咲「他愛のない、幸福な日々」 (33)

咲和。短いです

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和「ひどい指ですね」

突然の指摘に咲はテーブルを拭く手を止め、「えっ」と顔を上げる。

咲の手を取った和は、ところどころに赤いひび割れができた青白い手を痛ましそうに見つめた。

和「咲さんの綺麗な手が…」

咲「この位、ハンドクリームをぬっとけばいいだけだよ」

和「でも…」

咲「もともと手が荒れやすい体質だし、今年に限ったことじゃないしね」

和「ハンドクリームだけではしのげないから、ここまで悪化しているんでしょう」

咲「う…」

和「頻繁に家事をするようになったからじゃないんですか?」

うーん、と咲は自らの手を見下ろした。

もちろん痛いし、困ってないわけではない。

だけど手荒れが悪化するような生活環境には一切不満がないどころか、むしろ満足しているのだ。

咲「確かに手洗いの回数は増えたけどね。この程度で音を上げてたら主婦とはいえないし」

和「でも…」

咲「和ちゃんにご飯を作ってあげたり、和ちゃんの洗濯物を干したりするのが私でよかったって、たまに改めて思うの」

和「咲さん…」

咲「だからこのあかぎれはいわば、勲章みたいなものかな」

言いすぎだとは自分でも思ったけど、そう思えば指の痛みも苦には感じない。

和「私としては、苦労をかけているようで複雑な心境です」

傷ついた咲の指に、綺麗な和の指が絡められる。

咲「和ちゃんだって苦労してるじゃない」

和「私ですか?」

咲「毎日朝早くから夜遅くまで仕事して、休みの日には家事を手伝ってくれて」

和「それこそ心配する必要のないことです。たくさん稼いで咲さんを養うのは私の望んだ生活ですから」

咲「だったら、私と同じじゃない」

絡めた指を、咲はぎゅっと握りしめた。

咲「幸せも苦労も分かち合うのが夫婦ってものでしょう?」

和「…そうでした」

咲の言葉に、和ははっとした表情で頷く。

和「でも、咲さんの大事な手をこのまましておくのはいただけません」

咲「まだ言ってるの…」

和「そうだ、毎日寝る前にクリームを塗ってあげましょうか」

咲「クリームくらい自分で塗れるよ」

和のことだ。

とても丁寧にあますことなく塗ってくれるだろう光景は想像にあまりあるが、

違う意味で落ち着かない気分になりそうだ。

和「本当に?毎日ちゃんと、忘れずに塗れますか?」

咲「それは…。努力するよ」

ずぼらな咲は、寝る頃には面倒くさくなってそのまま寝てしまうかもしれない。

和には当然お見通しだ。

むう、ともらした和は、やや唇をとがらせている。

和「しっかり自分でケアしてくれるなら結構ですけど、私のやることがないですね」

咲「なんでそんな不満そうなの」

和「何かしてあげたいっていう女心がわからないんですか」

咲「私も女なんだけど」

ゆるくほどいた指先をもてあそびながら、和は首をひねる。

和「手袋を買ってあげるというのはどうですか?せめて外出の時だけでも指をあたためた方がいいです」

咲「手袋なら持ってるよ」

和「四年も前にあげたやつじゃないですか。いい加減、新しいのに替えましょう」

咲「でも気に入ってるものだし、まだ使えるよ」

あの手袋はもともと和のもので。

冬の日の夜中にマフラーも手袋もつけず突然会いに行った咲に、和が貸してくれたものだ。

返さなくていいと言われたものの、申し訳なくて。

二人で片方ずつ嵌めて、なにもつけていない方の手を繋いだりした思い出もある。

肌触りがよく、薄いわりにあたたかいため気に入ってしまい、結局は咲のものになっている。

和「私もそろそろ手袋を新調しようかと思ってたんです。せっかくの機会ですから、お揃いのを買いましょう」

お揃いという言葉には惹かれたが、単純に喜ぶこともできなくて。

むぅ、と口を曲げれば、もっともあかぎれのひどい親指の背にちゅっと口付けられた。

和「ね。咲さん」

甘えるような声音で見つめられてしまえば、咲も断りきることができない。

咲「…あんまり高いのは買わなくていいからね」

和「値段にこだわらず、素材で選べばいいですよ」

そうするとだいたい咲の中の予算がオーバーになってしまうのが常だ。

咲「私としては上等な手袋なんかより、和ちゃんが手を繋いでくれた方がよっぽどあったかいんだけどね」

弁護士の和は忙しい。

専業主婦の咲とはなかなか一緒に出かけることができないのが現状だ。

パチリと目を瞬いた和の目尻に赤みがさす。

和「そんなことを言われると、咲さんが出かけるたびに手袋がわりにどこへでも着いていきたくなります」

咲「それは困るね」

クスッと笑って、唇へと落ちてきたキスを受けとめる。



今日は一緒に買い物に行って一緒に夕飯を作ろうという和の提案に、

咲は抱きつくことで応じたのだった。


カン!

いい夫婦の日ってことで、saki界のベストカップル咲和の小話です。

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