僧侶「神に祈りを」 (316)


東の街

盗賊「準備はいいか?」

剣士「必要ない、いつも通りだ。何が出て来ても斬り殺す」

盗賊「……昼間より夜の見張りの方が多いんだ。あまり無茶はするなよ」

剣士「分かってる。俺はもう行くぞ」

盗賊「待て、もう少し様子を見た方がいい。見張りの様子を…」

剣士「十分待った。もう待つ必要はない」ダッ

盗賊「…はぁ…相変わらずだな……オレも行くか」ダッ


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屋敷正門

剣士「(あいつの言う通り見張りは結構な数だ。中々愉しめそうだ)」ザッ

警備兵「ん?何だお前は」

剣士「お前等の敵だ」

ザンッ!

警備兵「カヒュ…」ドサッ


ーー襲撃!正門に襲撃者!
ーー人数は!?

ーー正門に一人!他にも仲間がいるはずだ!
ーー屋敷内の兵にも警戒させろ!


剣士「喧しい奴等だな」


慌てふためく警備兵に単身で突っ込んで行く、幅広の無骨な剣が瞬きの間に四名の命を奪った。

振り切った所を狙われるが空いた左手で腕を・み、剣の側面で脇腹を殴打。

弾かれたように吹っ飛んだ警備兵は他の兵士を巻き込み息絶えた。


剣士「雑魚が」


頭を振りながら何とか立ち上がろうとする兵士の頭上には既に切っ先が迫っている。

兵士は何やら叫ぼうとするも悲鳴を上げる間もなく首を刎ねられた。

宙を舞うそれは目を見開き、口をぱくぱくと痙攣させている。

周囲の兵士に動揺が走る中、剣士は犬歯を剥き出しに獰猛な笑みを浮かべた。


剣士「喧しい奴等だな」


慌てふためく警備兵に単身で突っ込んで行く、幅広の無骨な剣が瞬きの間に四名の命を奪った。

振り切った所を狙われるが空いた左手で腕を掴み、剣の側面で脇腹を殴打。

弾かれたように吹っ飛んだ警備兵は他の兵士を巻き込み息絶えた。


剣士「雑魚が」


頭を振りながら何とか立ち上がろうとする兵士の頭上には既に切っ先が迫っている。

兵士は何やら叫ぼうとするも悲鳴を上げる間もなく首を刎ねられた。

宙を舞うそれは目を見開き口をぱくぱくと痙攣させている。

周囲の兵士に動揺が走る中、剣士は犬歯を剥き出しに獰猛な笑みを浮かべた。


ーーま、待てッ!何故こんなことをする!?
ーー貴様正気か!!?この数相手に


剣士「……俺達は分かり合う為に来たんじゃない」

剣士「俺達は、この屋敷の主を殺しに来た」


返答する間も与えず斬り掛かる。

問い質した兵士は反応すら出来ぬまま頭から真っ二つに引き裂かれた。

血飛沫が舞い、辺りの兵士に飛び散る。

大量の返り血を浴びながら剣士は平然と歩を進める。

だが反応出来ない、兵士は脚が地面に縫われたように動けないでいる。

一振りするのがやっとであろう大剣を枯れ枝のように振り回し、容易く人体を捌く青年から目が離せない。


こんな時、弱者は現実を見ない。

切れかかる線を繋ぎ止めるべく、それを強く拒否する。

大型の獣が辺り構わず食い散らかしたような、惨たらしく引き裂かれた死体が転がっている。

それが現実だった。

彼等にとって、それは悪夢に違いなかった。


剣士「抵抗すらしないのか、つまらない奴等だ」


まるで地を這う虫を叩き潰すような動作で次々と斬り伏せていく。

中には半狂乱となり挑む者もいたが、一瞬にして胴を寸断された。

二十名はいたであろう正門の兵士は、たった一人の青年によって全滅した。


剣士「……増員が来ない。あいつ、派手にやってるな」


屋敷内にいる彼を思いながら剣士は笑う。

この世で唯一の同類だと認めた男、己が半身とも言える男。

屋敷を見つめるその顔は、刃を振るい舞い踊る彼の姿を間近で見ているようだった。


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屋敷内

盗賊「暴れるのが早過ぎる……」

そう呟きながら広い廊下を走り抜け、両手に強く握った短刀で兵士の首を次々と掻き切っていく。

手応えで分かるのか、盗賊は振り向くことすらせず目的の部屋へと直走る。


盗賊「あの部屋…ッ!!」


何かを感じたのか咄嗟に身を屈め、勢いを殺さず滑るように廊下を転がる。

素早く視線を上げると斧を振り下ろした重装兵の姿があった。

兜を装備しているため顔全体は見えないが、口元は厭らしく引き攣っていた。

獲物を逃がした怒りというより、よい獲物に巡り逢った狩人の笑みに近い。


重装兵「良く避けた……ん?」


不意打ちを見事に避けて見せた盗賊を賞賛したようだったが、彼の姿を改めて見た重装兵は更に昂ぶった。


重装兵「お前、エルフだな」

重装兵「しかもその褐色の肌……ダークエルフか…益々良い……」

盗賊「お前の相手をしている暇はない。悪いな」

重装兵「粛清……いや、絶滅したと聞いていたが生き残りがいたとはな」

重装兵「まあそう言うな、お前等とは一度戦ってみたかったんだ」


重装備と思えぬ素早い動きで間合いを詰めると、掲げた斧を脳天目掛けて振り下ろす。

だが対処出来ない速度ではない。盗賊は身を捩って躱したが既に次の攻撃が迫っている。


盗賊「……なるほど、口だけじゃないな」


後方に大きく飛び退き距離を取る。

重装兵は即座に走り出し、壁や床に穴を空けようが関係なしに斧を振り回す。


重装兵「戦いになれば種族の違いなんぞ関係ない。強い奴が勝つ」

一見滅茶苦茶に見えるが、こちらの動きを捉え、的確に斧を振ってくる。

重装兵には純粋な笑みがあった。

ああ、彼は戦いに生きる者なのだと、盗賊は素直にそう思った。

この姿を見た者なら必ず発するであろう差別侮蔑の感情など微塵も感じられないからだ。


盗賊「今までどんな奴と戦ってきたか知らないが、お前は『弱い奴』だ」


左手に持った短刀で斧の柄を滑らせ軌道を逸らし、次の動作に入るより早く懐に潜り込む。

すかさず右手の短刀を振り上げ顎に突き刺し、ぐっと押し込み脳を貫いた。


盗賊「強さに種族は関係ない、それはオレも同感だ」

盗賊「……あんたのような考えを持つ人間は嫌いじゃない」


短刀を支えに半ばぶら下がるように突っ立っている重装兵にそう告げると、短刀を一気に引き抜いた。

盗賊は重装兵が倒れるより早く駆け出し、遂に目的の部屋へと辿り着いた。


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富豪「な、何だ貴様は!?兵は!!見張りの兵は何を…」

盗賊「皆殺しだ、お前を救える奴はもういない」

富豪「馬鹿な!五十はいたはずだぞ!!」

盗賊「……黙れ」

富豪「ヒッ…」

盗賊「なあ、オレの顔を憶えてるか?」


富豪「は…ま…まさ…そんな…貴様、まさか…あの時の」

盗賊「ああそうだ。『あの時』の子供だ」

盗賊「お前等奴隷商人に騙され売られたダークエルフの生き残りだ」

富豪「ぜ、全員死んだはずだ!!」

盗賊「オレの肌を、オレの耳を見てそれが言えるのか?」

盗賊「オレは生き残った。お前等を[ピーーー]為にな」

富豪「ま、待ってくれっ!!私には家族がいるんだ!!」


富豪「は…ま…まさ…そんな……貴様、まさか…あの時の」

盗賊「ああそうだ。『あの時』の子供だ」

盗賊「お前等奴隷商人に騙され売られたダークエルフの生き残りだ」

富豪「ぜ、全員死んだはずだ!!」

盗賊「オレの肌を、オレの耳を見てそれが言えるのか?」

盗賊「オレは生き残った。お前等を殺す為にな」

富豪「ま、待ってくれっ!!私には家族がいるんだ!!」


盗賊「何度も聞いた言葉だ……」

盗賊「他者を踏みにじり幸せを掴んだ性根の腐った奴から何度も聞いた言葉だ」

富豪「か、家族だけは…」

盗賊「安心しろ、お前を殺した後で家族全員殺してやる」

富豪「そんな!それだけは止めてくれ!!何でもする!だからそれだけは!!」

盗賊「オレ達が助けを求めた時、お前等は何て言った?忘れたのか?」

富豪「…っ…ぐっ…」

盗賊「忘れたのなら教えてやるよ」


盗賊「いいか?何をしようが無駄なんだよ」

盗賊「これがお前達の運命なんだ。せいぜい、その身体に生まれたことを呪うんだな」

富豪「…っ…私はどうなってもいい!妻と息子だけ…」

盗賊「駄目だ、妻子の前に立ったらこう言ってやる」

盗賊「あんな屑と結婚し、あんな屑の子供として生まれたことを呪うんだな。ってな」

富豪「あ、悪魔めッ!子供に何の罪があるというんだ!!!」

盗賊「子供だったオレ達に何の罪があった!!答えろッ!!」

盗賊「オレ達を!!子供を奴隷として売ったお前が口に出来る言葉か!!!」


富豪「ぁ、ああ…ぐっ…うぅッ…」

盗賊「今更後悔しても遅い、街の地下に囚われている人間の奴隷も解放する」

盗賊「そうなれば、どの道妻子も殺される。死ぬのが今日でなくなるってだけだ」

富豪「…………」

盗賊「殺される前に答えろ、他の奴隷商人は何処にいる」

富豪「……居場所は知らない、ただ…」

盗賊「ただ、何だ」

富豪「南東にあるという小さな村が、奴隷商人に襲撃されたという話しを聞いた」


盗賊「いつの話しだ」

富豪「最近のことだ、詳しいことは分からない」

盗賊「そうか」ジャキッ

富豪「奴隷で金儲けする輩など掃いて捨てるほどいるんだぞ。国の対処も追い付かないほどに…」

富豪「……こんなことを、いつまで続けるつもりだ」

盗賊「お前達がいる限り続ける、お前達が滅びるまでな……」


グサッ!


富豪「ゲホッ…妻…息子…だ…けは」


盗賊「…………」

富豪「…頼む…た…のむ」ガシッ

盗賊「断る」

富豪「あ…くまめ、呪…てやる」

盗賊「勝手にしろ、お前はそういう運命だったんだ」

盗賊「せいぜい『あの時』の自分を呪って死ね」

富豪「…ヒュー…ヒュー…ガフッ…」

盗賊「……幸せ?家族?助けてくれ?」

盗賊「他人の人生を奪って生きておきながら、よく言えるな」

ザッザッザ…

ちょっと休憩、saga忘れ申し訳ない。


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野外

パチッ…パチッパチッ…

盗賊「何故奴隷まで殺した!!」

盗賊「オレ達の目的は奴隷商人を始末することだったはずだ。違うか!?」

剣士「お前は甘過ぎる。あんな奴等を生かしてなんになる?」

盗賊「何だと?」

剣士「解放したとして俺達に何が出来たと言っているんだ。奴等が保護されると思うか?」

盗賊「……そういう問題じゃない」

盗賊「生きようとしている人間を殺す必要はない。そう言っているんだ」

盗賊「そこからどうするかは彼等が決める。そこまで面倒を見るつもりはない」


剣士「なら、お前には奴等が本当に生きようとしているように見えたか?」

盗賊「…………」

剣士「俺にはそうは見えなかったがな」

盗賊「それは…」

剣士「這い上がろうとする意志のない奴には生きる資格などない」

剣士「あの場で奴等を助けたとして、その先を生きて行けるとは到底思えん」

剣士「どうせ保護だとか言って近付いてきた奴の言葉を信じて別の奴隷商に売られるのがオチだ」

盗賊「そうなったとしても決める権利は彼等にある」

剣士「俺達と同じ境遇にあったからといって奴等と俺達が同じということにはならない」

盗賊「そんなことは分かってる!!!」

盗賊「危害を加えるような奴、邪魔になりそうな奴は殺しても構わない」


盗賊「だが無駄な殺しはもう止めろ。オレ達が殺すべき存在は別にいる」

盗賊「時間が無駄になる上に脱出の際に手間取る。増援が来る可能性だってあるんだ」

剣士「……………」

盗賊「いいな」

剣士「分かった。お前が言うならそうしよう……ああ、そうだった」

盗賊「何だ」

剣士「お前、わざと富豪のガキを逃がしたな。あれは俺が殺しておいた」

1の前作あったりする?


盗賊「なっ…」

剣士「あのガキが俺達の存在を明かす可能性を考えなかったわけじゃないだろう?」

剣士「……今更生き方を変えようと思っているなら、俺がお前を殺す」

盗賊「…………」

剣士「生かそうとした理由は分かる。だが、あのガキは『あいつ』じゃない」

盗賊「ッ…分かってる!分かってるさ……」

剣士「なら何も望むな、俺達にそんな生き方は出来ない。誰かを救おうなんて考えるな」

盗賊「すまなかった。お前にだけ……つらい思いを……」

剣士「……いいんだ。お前も今日は疲れただろう、先に休め」

盗賊「ああ、そうだな…そうするよ…」


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オレ達は奴隷だった。

本来なら如何なる種族であっても奴隷にすることは許されない。

しかし現実はそうではない。

種族平等法があるにも拘わらず、奴隷商は巧みに法の網をかいくぐり違法な奴隷売買がなされていた。

特に多いのはオレのような存在だ。

ダークエルフ。

争いに身を投じ憤怒と憎悪に・まれた堕ちたエルフだ。

優れたエルフこそが世界の支配者だと、そう主張した傲慢なる者達の成れの果て。


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オレ達は奴隷だった。

本来なら如何なる種族であっても奴隷にすることは許されない。

しかし現実はそうではない。

種族平等法があるにも拘わらず奴隷商は法の網をかいくぐり、夜な夜な違法な奴隷売買がなされていたのだ。

特に多いのはオレのような存在だ。

ダークエルフ。

争いに身を投じ憤怒と憎悪に飲まれた堕ちたエルフ。

優れたエルフこそが世界の支配者だと、そう主張した傲慢なる者達の成れの果て。


ダークエルフは他三種族。

人間、エルフ、ドワーフの同盟軍によって粛清され世界から消えた。

しかし「子供に罪はない」と訴え、オレ達を保護しようとする慈善団体が名乗りを上げた。

その慈善団体こそ、奴隷商人共が作り出した虚構の団体だったのだ。

エルフに劣らぬ美貌とエルフにはない褐色の肌。

稀少種であるダークエルフを奴等が見逃すはずもない。

僅かな生き残りである子供達は高額で売り買いされ、皆は奴隷となった。

身体的に優れているとはいえ大人に敵うはずもなく、反抗した者は見せしめに嬲り殺された。

この世界にオレ達の味方はいないのだと、子供ながらにそう感じたことを今でもはっきりと憶えている。


その後売り飛ばされた先の屋敷で待っていたのは

頑丈な鎖に繋がれ、抵抗も出来ぬまま醜い女主人に犯され続ける恥辱の日々だった。

わけの分からぬ薬物を打たれ意識朦朧としながら犯され続ける屈辱の日々。

殺してやると喚くたびに、女主人は屋敷に響くほどの甲高い声で嗤った。

だが、そんな中にも救いはあった。

オレの他にも複数の奴隷がいたのだ。


(皆が子供だったことから、女主人が如何に異常だったのか今になってよく分かる)


オレは彼等との会話で救われた。

彼等は人間だったがオレを差別しなかったし【お気に入り】であるオレを気遣ってくれた。

同情も勿論あっただろうが、それよりも同じ囚われの身としての仲間意識が強かった。

その中で異彩を放っていたのが剣士だ。

先天的なものなのかどうか分からないが彼は痛みを感じない。

拷問専用の少年奴隷。それが彼だった。

もしかすると度重なる拷問の末に痛みを失ったのかもしれない。

口数は多い方ではなかったが

奴隷に堕とされながらも決して屈せず、常に堂々とした姿に他の奴隷達は支えられていた。


「飽きた」

女主人の一言で処分される仲間を救おうと、単身で看守に立ち向かったことさえある。

あの時の燃えるような瞳はとても印象的だった。

オレは常に鎖に繋がれていた為に見ていることしか出来なかった。

だが鎖をがちゃがちゃと打ち鳴らし、ありったけの声量で喚き散らしたのを憶えている。

その時、彼もオレを見ていた。

何かを感じたように、鎖を叩きつけ怒り狂うオレをじっとみつめていた。

その一件を境にオレ達は話すようになった。

互いの境遇やこれから先のこと、主にあの女主人をどうやって殺すか。

他の奴隷もオレ達の会話に耳を傾け、解放と脱出……自由を夢見ながら明日を迎える。


そんな日々がしばらく続いた。

しかしある時、一人の奴隷の処分が決定した。

人一倍お喋りが好きで陽気な奴だ。

あまり気を許さない剣士にすら平気で話し掛ける変な奴だった。


(富豪の息子は彼に似ていた)

(剣士はあんな風に言っていたが殺すのは躊躇ったはずだ。それほどに似ていた……)


彼は皆が寝静まったのを見計って、何かを決意したようにオレ達に話し掛けてきた。

いつものおどけた彼とは思えない表情、初めて見る顔だった。


「あんな奴に殺されるぐらいなら自分で死んだ方がマシだ」


そのあとに語られた言葉は、普段の彼からは到底想像出来ないものだった。

全て聞き終わった時、オレも彼も涙で顔がぐしゃぐしゃだった。

剣士は泣くまいと必死に堪えて、硬く握られた拳からは血が流れていた。


彼から唐突に告げられたのは常軌を逸した作戦だった。

オレ達はそれを受け入れた。

彼はオレに繋がれた鎖を首に巻き付ると、いつもの笑顔でこの牢から、この世界から旅立った。

オレは音が鳴らないように、彼が逝くまで強く強く抱き締めた。

剣士は牢の周囲を確認すると素早くこちらに戻る。オレ達は次の行動を開始した。


武器だ。

まずは武器が必要だった。

牢の中には武器になりそうなものなど何一つない、小石すらも落ちていない。

だが、彼は武器をも与えてくれた。



「めちゃくちゃ嫌だと思うけどさ、オレの骨を使ってくれよ」

「手じゃ無理だと思う。でも、思いっ切り噛めば何とかなる」

「そこら辺で腐るぐらいなら皆の武器になりたいんだ」

「オレ達の全てを奪った奴等から自由を取り戻すんだ。戦って戦って、奴等から自由を奪い返すんだ」


この提案にオレ達は言葉を失ったが、死を決意した彼の想いを無視することは出来なかった。

オレは正面から彼の遺体に噛み付き鎖骨を剥き出しにさせ、それを剣士が力いっぱい引き抜いた。

泣きながら口を赤に染めるオレを見た剣士は

彼の遺体をぐっと引き寄せ、思い切り噛み付き、もう一方の鎖骨を剥き出しにした。


「これで同じだ。お前にだけそんな想いはさせない」


その頃には全員が目を覚ましていた。流れ出た血と、異様な臭いで目を覚ましたのだろう。


彼等は何かを口にしようとしていたが


「これは、こいつが望んだことだ。俺達を生かす為にこいつが望んだ死だ」

「俺達は『こいつと一緒』に此処を脱出する。お前等が騒げば、二度と脱出の機会は訪れない」

「こいつの骨が、俺達の力になってくれる」


剣士のこの一言で、皆は声を抑えた。

それから意を決したように一人、また一人と彼の遺体に手を伸ばす。

彼の骨が皆の手に収まったのを確認し、オレは吠え声を上げた。


直ぐさま三人の看守がやってきて牢を開ける。

その瞬間、皆が一斉に飛び掛かった。

看守は彼の遺体と血溜まりに同様したのか反応が遅れた。

腹、足、股間、次々に彼の与えた武器が突き刺さる。


剣士は機を窺い、高く跳び上がると喉を一突きにした。

残り二人。皆が皆、殴られようが何をされようが必死で食らい付く。

血にまみれた必死の形相に看守は初めて奴隷に恐怖し、短い悲鳴を上げた。

血の滑りで倒れたのか腰が抜けたのか、二人の看守は揃って尻をついた。


剣士が止めるまで、彼等は看守を刺し続けた。

これまでの痛み憎しみを叩き込むように、何度も、何度も。

彼等は周囲を警戒し、剣士は見張り番から奪った鍵でオレの鎖を外した。

手枷足枷の鍵はなかったが無理矢理に引っ張って外すことが出来た。

足首、踵、足の甲、手の甲と親指辺りの肉が削がれたが些細なものだ。

焼けるような痛みよりも数ヶ月振りの解放感が勝ったのだろう。

血を流すオレに剣士が武器を手渡した。彼がくれた大事な大事な武器だ。


それを手にした時、オレは吼えた。

彼を失った悲しみ、女主人への憎しみと殺意が爆発した瞬間だった。

オレの叫びと共に皆は一斉に駆け出し、見張りの兵士を次々に殺していった。

中には殺された者もいたが、それはオレ達の怒りを増長させるばかりで勢いは全く衰えることはない。

武器を捨て逃げ出そうとする兵士は大勢いたが一人残らず殺した。

血まみれになりながら女主人の部屋に到着した時には、オレと剣士の二人だけになっていた。

扉を蹴破って開けると女主人は驚愕と恐怖で目を見開き、腰を抜かしていた。

何事かを喚き散らし醜く這いずる女主人を眺めながら、オレ達は一歩一歩踏み出す。

絶叫が屋敷に響き渡るが兵士は来ない。ふと、剣士はオレの肩を掴んだ。


「こんな奴をあいつと同じ場所に送りたくない。簡単に死なせてたまるか」


言うが早いかシーツを乱暴に引き裂き、女主人の二の腕と太腿にきつく巻き付けた。


「ブタ、お前は苦しみながら生き続けろ。お前のような奴に死は勿体ない」


オレはその意味を理解し、女主人の四肢に次々と武器を突き立てる。

笑いも泣きもせず、淡々と痛みを与え続ける。

剣士は拷問された経験からか、失神しないよう注意深く痛みを与えていた。


「ヒギッ…イッ…ぎゃああああああッッ!!いだいいだいだいぃぃッ!!」

「よくも、よくもぉぉッ!!あんなに優しく、大切にしてやったのにぃぃッ!!」

「あんなに愛し合ったのに何でこんなことをするの!!?私を愛していたんじゃないの!!?」


「奴隷が人を愛するわけがない。お前でなくても、それだけは絶対にありえない」

「飼われる者が飼う者に心を寄せるなんて絶対にありえない。頭にあるのは憎しみと自由、それだけだ」

「自由を奪い、虐げ、支配する奴を誰が愛すると思う?」

「何が優しいご主人様だ!笑わせるな!!!」

「仮にそんな奴がいたとしても、それは愛なんかじゃない。強い奴に依存したいだけの弱い奴だ」

「自由を諦めて骨まで奴隷になった奴だ!!オレ達はそうはならない!!なってたまるか!!」


「イギャ…はっ、がぁっ、あんなに愛してやったのに…あんなに愛してやったのにぃぃッ!!!」

「お前は私の物!私だけの物!必ず、必ずまた私だけの奴隷にしてやるるぅアアアッ!!!」


絶叫や罵倒はやがて意味不明な奇怪な雑音となり、遂にはそれも消えた。

ぶよぶよとした太い四肢は血を流し、垂れ下がる肉塊になった時、オレ達はやっと手を止めた。

無駄に思える止血作業を行った後で、オレ達は屋敷を抜け出した。



「これからどうする」

「まずは傷を癒す。その後は各地を回って奴隷商人共を捜し、殺す」

「なら俺も行こう」

「いいのか?」

「俺もそうするつもりだった。奴隷商人は皆殺しだ、どいつもこいつも切り刻んでやる」


それから四年。

オレ達は片時も離れず各地を放浪し、奴隷商人を狩りながら旅を続けている。

架空の児童保護団体を作り出した奴隷商人共は散り散りとなっており、情報を得るのは非常に困難だった。

聞いた話では三種族の頂点であるエルフの女王も摘発に尽力しているらしい。

未だ全員を捕らえるには至っていないようだが確実に数は減っているようだ。

オレ達が殺した奴等もいるが、相当数の奴隷商人が関与しているのは確かだろう。


明日からは南東の村を目指すことになる。

奇跡的に村が残っていて奇跡的に村人が生きていれば、新たな奴隷商人の情報を得られるだろう。

また明日書く寝る

>>22前のは勇者が純粋で無垢なやつです。
設定は共通してます、でもそこまで関係ないと思います。


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道中

盗賊「馬を奪えば楽に移動出来たんだけどな」

剣士「……馬を使えば脚が鈍る。馬より俺の方が速い」

盗賊「あのなぁ…素直に馬に乗れないって言えばいいだろ?」

剣士「ああいうのは苦手なんだ。覚えるのにも時間が掛かる」

剣士「第一、何故お前は乗れて俺には出来ないんだ。だから馬は気に入らないんだ……」

盗賊「そう言えば何故だろうな?どの馬も触るだけで暴れるし……」

剣士「馬にも分かるのかもな、こいつは人殺しだと」


盗賊「ならオレも同じだろ……妙なこと言うな」

剣士「……そうだな」


ーー急げ!早くしないと何を言われるか…
ーー何でオレ達が……

ーー仕方ないだろう、命令…
ーーたかが…一人に……


剣士「今行ったのは東の騎士か。確かこの先は……」

盗賊「ああ、例の村しかない。襲撃されたと聞いたが村はまだ生きてるのか?」

剣士「……走るぞ。奴等が何をするか分からない」

盗賊「ああ、その方が良さそうだな」


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剣士「鈍い馬だな、もう背が見えてきたぞ」

盗賊「………」


もう随分走ったがオレも剣士も息切れ一つしていない。

オレは亜種とはいえエルフだ、これぐらいはどうということはない。

しかし剣士は人間、幾ら鍛えたとはいえ納得いかない。

大剣を背負っていながら全く重量を感じさない、実に軽やかな走りだ。

人間である剣士が自分と同等ということを気に入らない訳じゃない、寧ろ嬉しく思う。

種族の垣根すら容易く超える剣士の身体的な強さ、それを支える強靱な精神。

共に走り、共に戦うたびに、オレは実感する。

こうして肩を並べ、戦えるのは剣士だけなのだと。


剣士「……おい、どうする?馬から引き摺り下ろして尋問でもするか?」

盗賊「いや、さっきの様子だと追い着いたところで易々と事情を話すとは思えない」

盗賊「取り敢えずこのまま追走して、村に着いた騎士の動向を見てから判断する」

剣士「ふん、相変わらず慎重だな。奴等に遅れを取って手掛かりを失わなければいいが」

盗賊「……安心しろ。きっとお前の望むような展開になる」


オレの発言にやや驚いたような顔をしたが、すぐに唇の片端を吊り上げた不敵に笑みに変わった。

種族的に言えばオレの方が争い好む質なのだが、どういうわけかオレが剣士を制する場面が多い。

やけに好戦的なのは昔から変わらない、戦うことが己の証明であるかのようにも思える。

だが、それ以上に誰にも支配されたくないのだ。これはオレも同じだ。

上に立つ者というだけで、どうしようもない反抗心と敵対心が生まれる。

総じて位の高い者。

例えそれが王であろうが何だろうがオレ達は従わない。


剣士「何を笑っている」

盗賊「ん?笑ってたか?」

剣士「ああ、騎士の動向を探るなどと言いながら結局は『そうなる』ことを望んでるんだろ?」

盗賊「言わなくても分かるだろ」

剣士「ははっ、そうだな。都の騎士か……どんな奴等か楽しみだ」

剣士「…………」


昨夜の剣士の言った通り生き方は変えられない。

オレ達を奴隷にした奴等、支配した奴等を皆殺しにするまで本当の意味で『枷』は外れない。

彼の骨を手に取って自由の為に戦った仲間達が解放されない。


剣士「見えてきたな、準備は出来てるか?」

盗賊「必要ない、やるべきことをやるだけだ」


剣士が茶化すように言ってきたが「それはオレの科白だ」とは言わなかった。

オレの返答など届いていないからだ。最早自分の発言すら忘れていることだろう。

それは恐らく、この先で起きるであろう荒事を想像しているからに違いない。

オレの体は一気に熱を帯びて、今か今かと脈打っている。


『オレ達の全てを奪った奴等から自由を取り戻すんだ』

『戦って戦って、奴等から自由を奪い返すんだ』


ふと、彼の言葉が頭を過ぎった。


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南東の村

騎士「抵抗はするな、無駄な犠牲者を出したくないなら指示に従え」

村人は村の中央

胸の前で祈るように両手を重ねた女性の像の前に集められた。

村人には恐れた様子も抵抗する気配もない、無言のまま騎士の指示に従っている。

見えざる何かを信じ、その訪れを待っているようかのように感じた。


騎士達はそれが不気味でならない。

本来飛び交うはずの疑問や怒号、それを静めるべく力を振るう。

騎士達はそうなるだろうと思っていた。


しかし現実はどうだ。

怯えるべき者が顔色一つ変えず、優位である騎士達の方が困惑している。

動揺を悟られまいと年長の騎士、おそらくこの隊の長であろう騎士が口を開いた。


騎士隊長「数日前にこの村を襲った一団、それを撃退した女を捜している」

騎士隊長「この中にいるのなら速やかに名乗れ」

村長「今はおりません」

騎士隊長「今は…だと?それはどういう意味だ」

村長「彼女は神の子なのです。その時になるまでは現れません」


騎士隊長「……何?」

村長「神の子が我々を守ってくださったのです。卑劣な略奪者から我々を……」

騎士隊長「あまりふざけたことを言うと村を焼き払うぞ!!」

村長「嘘ではありません、真実を言ったまでです」

騎士隊長「あくまでしらを切るつもりか?なら望み通り…」


???「やめて下さい」

騎士隊長「…なっ…」


決して大きな声ではなかった。

威圧的でも攻撃的でもないが良く通る澄んだ声。

優しく呟くように発せられた言葉は、緊迫した場を支配した。

声の主は祈りの像の前に立っていた。


彼女は衣服を一切身にまとっておらず、全てを晒した姿でそこにいる。

そこに『いた』のか、そこに『現れた』のか、誰にも理解出来なかった。



騎士達は一斉に息を・んだ。


光を受けて輝く純粋な黒髪、宝石をはめ込んだような黒い瞳。

真白い肢体は背後の像のように滑らかだ。

顔の輪郭から目鼻立ち、指先爪先まで綿密に設計されたような美しさ。

主張し過ぎず整った乳房、女性特有の優美な曲線を描く腰のくびれ、程よく引き締まった臀部。


そして、すらりと伸びる真白い四肢。

彼女を見て欲情する者は誰一人いなかった。

欲情することが罪であるかのような、神格めいた存在がそこに立っているのだ。



騎士達は一斉に息をのんだ。


光を受けて輝く純粋な黒髪と、宝石をはめ込んだような黒い瞳。

真白い肢体は背後の像のように滑らかだ。

顔の輪郭から目鼻立ち、指先爪先まで綿密に設計されたような美しさ。

主張し過ぎず整った乳房

女性特有の優美な曲線を描く腰のくびれ、程よく引き締まった臀部。


そして、すらりと伸びる真白い四肢。

彼女を見て欲情する者は誰一人いなかった。

欲情することが罪であるかのような、神格めいた存在がそこに立っているのだ。


飛び抜けて美しいエルフだ

と騎士達は思ったが、そよ風で露わになった耳にその特徴はない。

彼女の超然とした雰囲気にのまれ、騎士も村人も動けずにいた。

場が静まったのを確認し台座から降りると、彼女はゆっくりと口を開いた。


???「私は……僧侶と名乗ります」

僧侶「あなた達は何の目的でこの村に来たのですか?」

騎士隊長「…おっ、お前を…捕らえに…来た」

僧侶「それは何の為に?あなた達はあの略奪者の手先ですか?」


騎士隊長「……その質問には答えられない」

???「答えろよ」


村人の中からぼろぼろのローブを羽織った一人の男が立ち上がった。

フードを眼深に被っている為、表情は窺い知れない。

だが彼の声は地を這うように低く暗い。


騎士隊長「……貴様、何者だ」

???「奴隷商人ではなく、奴隷商人を追い払った女を捕らえるのは何故だ」

???「お前達は奴隷商人の命令でこの村に来たのか……答えろ」

呑んだ←のんだって表示されないんですね。気を付けます。

天に口の方を選んでました。申し訳ない。呑んだ呑んだ 


男はローブを脱ぎ捨て姿を露わにした。

褐色の肌に尖った耳

肌と対照的な白髪は陽光を受けて白銀に輝いている。

僧侶の黒髪と対をなす純粋な白、男性とも女性とも言える中性的な顔立ち。

エルフ特有の均整の取れた美貌。

しかしその端整な顔は憎悪によって歪み、瞳はどこまでも暗く、異様なぎらつきを見せている。

彼の発する敵意と殺意は凄まじく、周囲から息を詰まらせたような短い悲鳴が幾つも上がった。


盗賊「答えろ」


声は異常なまでの怒りに支配されている。

ローブを脱ぎ捨てた彼の両手には短刀、二本の曲刀が握られていた。

刀身の優美な輝きと緩やかな曲線が、これは命を刈り取るためにあるのだと強く主張している。


騎士隊長「…ダーク…エルフ…!」

僧侶「…………」

盗賊「僧侶とか言ったな」

僧侶「はい」

盗賊「それを羽織れ。騎士も村人も、お前の裸が気になって仕方ないみたいだからな」

僧侶「えっ?」

盗賊「オレを含めた男共全員に犯されたいなら、その格好のままで構わないけどな」

僧侶「……申し訳ありません、ありがとうございます」


憮然した態度で言い放つ盗賊に対し、僧侶は幾らかの嫌悪感もなく素直に礼を述べた。

盗賊の発言を忠告と受け取ったのか、脱ぎ捨てられたローブを拾い上げると素早く肌を隠した。

今更ではあるが、衆目に素肌を晒す自分を恥じるように。


盗賊「……これで気兼ねなく話せる」

騎士隊長「貴様は何者…」

盗賊「あんた隊長だろ?戦いの場で女の裸に見惚れているようじゃ殺されるぞ?」

盗賊「ほら、あんな風に……」


問いを無視して指差した先。

そこに立っていた騎士は

振り向く間もなく屋根を蹴り頭上高くから降ってきた何者かに両断された。

大剣を持つその男は着地の衝撃など関係なしに身を翻し次の標的に向かう。

突如現れた僧侶、そして村人の中に紛れていた盗賊。

予期せぬ事態に動揺したところを突かれ、瞬く間に三名の騎士が斬り殺された。


剣士「……やるじゃないか」


だが四人目の騎士はかろうじて躱し、大きく距離を取った。

大剣の圧力が予想以上に強かったのか、騎士は攻め込むのを躊躇している。

もしくは剣士の実力を測る為にわざと間を置いているのか。


騎士隊長「ッ…何だあれは!!あれは貴様の仲間か!!?」

盗賊「残りは二人か、何故こんな少数で来た?」


騎士隊長「………」

盗賊「答えないならそれでもいい」

盗賊「そこの女…僧侶に訊けば奴隷商人の情報は得られるからな」

騎士隊長「……何を勝ち誇っている。図に乗るなよ、小僧」


剣を抜き斬り掛かって来ると思いきや左手を盗賊に向け、赤い弾丸を射出した。

小石程度の大きさだが数が多い、盗賊は瞬時に村人の輪を飛び越え被弾を免れる。

反応出来ず動けぬままの村人達に容赦なく火球が降り注いだ。

着弾した部位は焼け爛れ、多数着弾したと思われる十数名は火達磨と化している。

大きさは小石程度だが、その威力は予想以上に高い。


盗賊「……何だ…あれは…」

これまでも術者と戦ったことはある。

だが奴の使う術法の発現速度は異常だ。出が早過ぎる。

一度にあれだけの数を撃ち出すとなると相応の時間を要するはずだ。

なのに、オレに手を向けて射出するまで数秒もかかっていない。まさか奴は……。


騎士隊長「貴様が今までどんな輩と戦ってきたかは知らんが、考えを改めた方がいい」

騎士隊長「我々の使う魔術は、そこらの術者が使うものとは違う」


火球の弾幕を回避した盗賊を睨み付けながら剣を抜き、荒く強い語気で言い放つ。

最早、僧侶のことなど頭の隅にも置いていないようだ。

意識は盗賊に集中している。

盗賊も同じく、遠方で戦う剣士のことを気に掛ける余裕などなかった。

後方でから聞こえていた村人の絶叫が突如止んだ。

止んだというより、途切れた。

村人の身に何が起きたのか理解するには、それだけで十分だった。


盗賊「その発現速度は何だ、拉致したドワーフに術法具でも作らせたのか?」

騎士隊長「そんな真似はしない!これは【人間】が生み出した力だ!!!」


そう豪語すると同時、大量の火球が射出された。

先ほどより若干数は少ない。

火球同士の隙間もぎりぎり抜けられる程には空いている。

まるで、計算されたように。


盗賊の攻撃手段は二本の曲刀のみ、接近する以外に方法はない。

投擲も考えたが武器を失っては元も子もない。


誘い込む為の罠だと理解しながら、盗賊は火球の隙間を縫って走り抜けた。

掠めた箇所が異常な熱を帯び、焼けた肉が不快な匂いを放っている。

弾幕を抜けて間合いに入った瞬間、騎士は右手に持った剣を突き出した。


予想していた通りの罠。

剣は盗賊の左胸、心臓を的確に狙って突き出された。

盗賊は右足から踏み込み半身となり剣先を躱すと、がら空きの左半身、腹部に短刀を振り上げた。


騎士隊長「この程度か、口先だけの若造が」


冷ややかに嘲るような声。

短刀が腹を切り裂くより早く騎士隊長の左手が届く。

直後、小爆発が起きた。

予め作っていた小さな火球を盗賊の胸の前で爆発させたのだ。

盗賊は一瞬にして十数メートル吹っ飛び、それでも勢いは収まらず地面を転がり続けている。


騎士隊長「無様だな、戦闘で相手の力量を見誤ることは死に直結する」

騎士隊長「聞こえてはいないだろうが、一応教えておく。罠は幾つ張っても足りない」


仰向けに倒れ黒煙を上げる盗賊にそう吐き捨てると、部下であろう騎士の下に向かった。


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剣士「……爆発?」

爆発が起きた方向へ体を向けた瞬間、特大の岩石が剣士の視界を遮った。

数人まとめて押し潰せる程の巨岩が撃ち出されたのだ。


騎士「腕力と脚力は大したものだが、近付かせなければ問題な…」


巨岩により剣士の姿は完全に見えなくなった。

だが騎士の顔は蒼白、額からは多量の汗を流している。

僅かな隙を突き、ありったけの力を込めて作り出した巨岩が、宙に浮いたまま制止しているのだ。


本来なら剣士ごと村を突っ切って奥に見える林まで吹っ飛ぶはずだった。

巨岩は更に巨大な何かに固定されたように、ぴくりとも動かない。

ほんの数メートル、地面には深く抉られた二本の溝が出来ているのみ。


騎士「…は…そんな…馬鹿な」

剣士「もうお前と遊んでいる暇はない」

岩の向こう側から声が聞こえた。

有無を言わさぬ強い意思を持ったその声は、剣士のものに違いなかった。


何故生きている。

騎士は体から血の気が引いていくのを感じた。

『自分が相対しているのは本当に人間なのか?あれは一体何だ?』

その恐怖と怯えに呼応するように巨岩はびくりと震え、情けなく崩れ落ちる。


そこには巨岩の中心に大剣を突き立て、宙に固定していたであろう剣士の姿があった。

真っ直ぐに騎士を見据える金色の瞳には、未だ強い光が宿っている。


騎士は戦慄した。

大地を踏み締める逞しい脚も、大剣を支える引き締まった腕も、負傷した様子は一切ない。

あれだけの重量をまともに受ければ腕も脚もあらぬ方向に折れ曲がるはずだ。


いや、そもそも生きていられるはずがない。

そのはずなのに、奴は五体満足のまま立っている。

鍛え上げられた体であることは見れば分かる。

あっちにいた黒エルフより身長も高い、見た目通り筋力も申し分ないだろう。

だからといって大砲のごとく発射した巨大な岩を剣一つで受け止められはしない。


それにあの眼は何だ、鷲や肉食の獣が獲物を狙うような……

騎士の意識は、そこでぶつりと途切れた。


騎士「ひ、ヒヒッ…」

剣士「何が騎士だ、術頼みの臆病者め」


追撃が来るかと構えていたようだが、その気がないのが分かると服を叩いて埃を落とす。

多量の土埃で白くなった頭を振ると、仄かに赤みがかった本来の頭髪が露わになる。

摩擦により手のひらの皮と肉が焼けており、骨に達する直前で止まっていた。


剣士「……また刃に亀裂が入った」

剣士「高い金を払ったんだがな……いや、流石に今のを無傷には出来ないか」


土術使いの騎士は完全に戦意喪失したのか、地面膝を突いている。

目の焦点は定まっておらず、眼球は落ち着きなく動き回っている。

口から涎を垂らしブツブツ言っているが、剣士の目には次の標的しか映っていなかった。


剣士「てっきり援護してくると思ったが、一対一でやりたいのか?」

騎士隊長「弱者は必要ない」

剣士「なる程、それは同感だ。死ぬのはお前だがな」

騎士隊長「口の減らない小僧だ。貴様もあの小僧同様、焼き焦がしてやる」


手負いでありながら余裕を見せる剣士に多量の火球が降り注ぐ。


大剣を盾に前進するが、そのあまりに距離は遠い。

おそらく辿り着く前に刀身は溶け、火球の弾幕に曝されるだろう。

しかし、剣士は大剣の裏側で笑っていた。

その笑みは戦いよる歓喜ではなく安堵から来る微笑みだった。


剣士「そうだ、あいつが死ぬわけがない」


己の手のひらが徐々に治癒している。これこそが彼の生きている何よりの証拠。

僅かでも心配していたことに気付くと、剣士は小さく舌を鳴らした。


剣士「さっさと起きろ」


ぼそりと呟きながら剣士は猛攻に耐える。必ず訪れるであろう、その時のために。


大剣を盾に前進するが、その距離は遠い。

おそらく辿り着く前に刀身は溶け、火球の弾幕に曝されるだろう。

しかし、剣士は大剣の裏側で笑っていた。

その笑みは戦いよる歓喜ではなく安堵から来る微笑みだった。


剣士「そうだ、あいつが死ぬわけがない」


手のひらが徐々に治癒してきている。これこそが彼の生きている何よりの証拠。

僅かでも心配していたことに気付くと、剣士は小さく舌を鳴らした。


剣士「さっさと起きろ」


ぼそりと呟きながら剣士は猛攻に耐える。必ず訪れるであろう、その時のために。


騎士隊長「使い物にならない部下とは違い、あのダークエルフと貴様の命は…」

剣士「俺達の命は俺達だけの物だ。お前なんぞに渡す気はない」


距離は縮まらない。

剣士が進んだ分だけ相手が後退していくのだから当然だ。

火球を防ぎながら前進するにはかなりの集中力が必要だった。

大剣の角度一つで生死が決まる。早まって走り出せば相手の思う壷。

剣士に為す術はない。

出来ることはたった一つ、一歩でも前に進み、一歩でも多く後退させることだけだ。


騎士隊長「自慢の大剣も溶ける頃合いだな。何か言い残すことはあるか?」

剣士「……死ぬのは、お前だ」


金色の瞳が一際輝いた。

確信に満ちた剣士の声に薄ら寒いものを感じたが、死に際の戯れ言だと頭を振るう。

だが、その判断は誤っていた。


次の瞬間、騎士隊長は肩をぴくりと震わせた。

背後から突き刺さるような殺意が向けられていることを察知したのだ。


背後にいる何かが地面を蹴って高く跳躍した。

優位を保つべく太陽を背にしていた己の影に、別の影が重なる。

咄嗟に振り向き上空に火球を放つが陽光で目が眩み狙いは定まらない。


盗賊「罠は幾つ張っても足りない、だったよな」

視界が光に慣れた時、眼前には既に刃が迫っていた。

何か口にしようと騎士隊長の唇が微かに動いたが、声を発することは叶わない。

驚愕に見開かれたその顔に曲刀が深く突き刺さり、その切っ先は後頭部から抜けた。


盗賊「あんたの言う通り、次からは相手の実力を見極めて戦うよ」


素っ気なく言い、曲刀の刃を引き抜く。

渾身の力で突き刺したにもかかわらず、刃は滑るようにするりと抜けた。

血液は曲線に沿ってゆったりと刃の先端に伝っていく。

しかし獲物の血が名残惜しいのか中々手放そうとしない。

所持者同様に更なる戦いを欲しているのか、血に染まった刀身は妖しく輝いていた。


>>>>

盗賊「悪い、手間を掛けさせたな」

剣士「そうだな、お陰で剣が使い物にならなくなった」

戦いの熱が引いたのか二人共に表情は柔らかい。

盗賊の衣服は胸部から腹部にかけて焼け落ちたようだが、露出した胸部には火傷の跡だけが残っていた。


火傷の痕は蜘蛛の巣のようで、炎が胸元から広がったのを物語っている。

小規模の爆発だが威力が高かったらしく痕は鳩尾から首下にまで及び、新しい皮膚はまだ皺になっている。


盗賊「……油断した。あんな奴がこんな村に来るとは思っていなかった」

剣士「仕方ない、今までの術士は敵じゃなかった」

剣士「発現する前に斬り殺せばいい楽な相手だったからな」

盗賊「……あれだけの術法を使える奴が出て来るなんてな……」

剣士「最近の術法の進歩は異常だ。噂も無視できない」

盗賊「ああ、十分あり得る」

盗賊「ドワーフの術法具もなしにあんな高威力の術法を連発するのは無理だ」


剣士「……胸糞悪い、さっさと僧侶とかいう…」

盗賊「どうした?」

剣士「もう一匹残ってたのを忘れてた」

剣士は何かを思い出したように振り返る。

土術の騎士は微動だにせず、茫然自失のまま同じ場所に膝を突いていた。

それを眺め溜め息を吐くと、妙な形に変形した鉄塊を思い切り投げ付けた。


投擲の勢いは凄まじく、騎士の体は爆発したかのように消し飛んだ。

殺し忘れた騎士と鉄くずを処分した剣士は、退屈そうな顔で盗賊に向き直る。


剣士「暫くは素手だな」

盗賊「また新調すればいい」

剣士「もう少し保つかと思ったんだがな、見てくれだけだったようだ」

盗賊「そう言うな、あれだって高かったんだぞ?」

剣士「だから余計に腹が立つんだ」

盗賊「……それより」

剣士「ああ、あの僧侶とかいう女から奴隷商人について訊こう」

ザッザッザ…


村長「…おお…神の化身現し身よ……」ブツブツ

盗賊「何を言ってる?」

村長「神の子、僧侶様が言っておられたのです」

剣士「何をだ」

村長「二人の男がやってくる」

村長「一人は、金色に輝く瞳と大剣を持った戦士……」

剣士「…………」

村長「一人は、双剣を携えた唯一のダークエルフ」


盗賊「それはあの女が言ったのか」

村長「ええ」

盗賊「……村人が死んでいるのに何故笑っている」

村長「喜ばずにはいられません、僧侶様のお告げは事実だったのですから」

村長「そう、彼女は間違いなく神の子…」ブツブツ

盗賊「……あんたも怪我してるな、手当てしないと死ぬぞ」

村長「私は死を恐れません。神の下に還るのです」ニコッ


剣士「神などいない、神がいるのならこんな争いは起きなかった」

村長「これは必要な争いだったのです。神が我々を試す…」

盗賊「よせ!!もういい……僧侶はどこにいる」

村長「あちらで負傷者の手当てをしていらっしゃいます」

盗賊「さっさと行こう、話すだけ無駄だ」

剣士「そうだな、どうやらこの村の連中は頭のネジが飛んでるらしい」

盗賊「……何が神だ、いるなら救ってみせろよ……」


ザッザッザ…


村長「終末に訪れる善なる者よ、穢れた世界を救い給え」ブツブツ

寝るまた明日


>>>>

僧侶「これで大丈夫です」

盗賊から与えられたローブを羽織り、火球によって負傷した村人の治療を行っていた。

今行っているのは、治療というより蘇生と言った方がしっくりくる。

黒く焼け焦げたそれは、時間が巻き戻るかのように肉や皮膚がみるみる再生していった。


やがて完全な人間の姿に戻る。

どうやら女性だったらしい、何度も何度も僧侶に礼を言っている。


その女性が最後の一人。

僧侶は数十名からなる焼死体全てを蘇生させたのだ。

僧侶は周囲で歓喜の声を上げる村人達をやんわりとした態度で落ち着かせると、ひとまず帰宅するよう促した。

遠目から見ていた盗賊と剣士は、当たり前のように蘇生を受け入れる村人を心底気味悪そうに眺めていた。

死者を蘇らせるなど、どんなに高度な知識を持った老練の術士でも不可能。


誰もが挑み、誰もが失敗した禁術だ。

生命の流れを歪め乱すことから、今や探求することすら禁止され見付かれば大罪となる。


僧侶と名乗った女性はまだ若い。

幾ら才能に溢れた者だろうと何の補助もなく、まして一人で蘇生法を扱うなど出来るはずがない。

彼女が如何に異質な存在であるのか、一部始終を見た二人は改めて思い知った。

この村を襲撃した奴隷商人が何を見たのかは不明だが、彼女を捕らえようとしたのも頷ける。

彼女を捕らえ、あの力を研究することが出来れば不老不死すら夢ではない。


限られた寿命を持つ人間が考えそうなことだと、盗賊は横にいる剣士を見た。

剣士には彼女の力に惹かれた様子は一切なく、寧ろ強い嫌悪感を露わにしている。


剣士「死を意識せずに生きる人間は死者と同じだ。あいつ等は、人間じゃない」

吐き捨てるように呟くと、剣士は大股で僧侶の下へ歩き出した。

盗賊は何か声を掛けようとしたが上手く言葉に出来ず立ち尽くしていた。


剣士「あの女から情報を聞き出したら村を出る。長居したくない」

盗賊「……そうだな、そうしよう」


背後から、神を讃える賛辞の歌声が聞こえた。

歌声の主は村長だった。

奇妙な舞を踊りながら狂ったような大声で歌い続けている。

一通り歌い終えたかと思うと再び歌い出し、村の裏手にある山へと駆け出して行った。

それを見届けた盗賊は「狂ってる」と短く呟き、剣士の後に続いた。


>>>>

僧侶「村を救っていただき、本当にありがとうございました」

二人を待っていた僧侶は二人を空き家に案内すると、頭を下げて礼を述べた。

隙間風の入る朽ちた家だが、外で話すよりは落ち着いて話せる。


彼女を神の子だと崇拝する村人達。

彼等の目から解放されたことが、二人にとって一番の救いだろう。

新たに崇拝する対象が現れたかのような、盲目的信奉者の視線は耐えられそうになかった。


剣士は苛立ちを隠さず威嚇したが彼らには全く効果はなかった。

あの時の盗賊の言葉がなければ殴り殺していたかもしれない。


剣士「お前に任せる」

盗賊「分かった。少し休んでてくれ」

戦闘以上に酷く疲弊した声でそう言うと、盗賊から一歩下がった場所に座り込んだ。

どうやら彼女と会話する気は全くないらしい。

さっさと終わらせて村を出たい、その気持ちは痛いほどに理解出来た。


盗賊「あんたが何者か訊くつもりはないし、助けたつもりもない」

盗賊「だから礼なんかいらないし何かもう……色々とどうでもいい」


僧侶「違うんです、村の人達は勘違いを…」

盗賊「だからそこら辺のことも聞きたくない、知りたくもない」

盗賊「あんたが神の子だろうが何だろうがどうでもいいんだ」

僧侶「…………」

盗賊「俺達はこの村を襲撃した奴隷商人の情報が欲しい」

盗賊「どんな奴等だったのか、憶えていることがあれば教えてくれ」


盗賊「どんな些細なことでもいい」

僧侶「分かりました。確か…こんな顔でした」

突如石版が現れた。

そこには奴隷商人と思われる男の顔がはっきりと彫られている。

どうやら彼女は蘇生法だけではなく土術も難なく使えるらしい。

しかも、イメージしてから再現発現するまでに一秒も経っていない。

口で説明するより遙かに早い、こんなにも早く情報を得られるとは思っていなかった。


剣士も驚いたのだろう、背後から床の軋む音が聞こえた。

当の本人、僧侶は何に驚いているのか分からないといった様子だ。

これが彼女の当たり前だとすれば、世界中の術学者が卒倒するだろう。


盗賊「……その石版をくれないか」

僧侶「えっ?あ、どうぞ」

盗賊「ありがとう。これはあんたの手から離れても消えないのか?」


僧侶「……それはどういう意味ですか?」

どうやら、彼女は一度発現させたものを維持出来るらしい。

つまり一度発現させたものが消失することはないということだ。

僧侶「あのっ…」

盗賊「いや、もう何も言わなくていい。知りたいのはこれだけだ」

僧侶「あっ…」

盗賊「剣士、手掛かりは手に入った。早く行こう」


剣士「そうだな、その石版で十分だ。もう用はない」

僧侶「……そ、それが嘘だとは思わないのですか?」

盗賊「嘘?何が嘘なんだ?」

僧侶「…えっと…その石版の顔の人物が実在するかなんて分からないでしょう?」

今にも泣きそうな震えた声で、彼女は立ち去ろうとする二人を何とか引き留めた。

盗賊「何を言いたいのか分からないが、この石版の人物は実在する」


僧侶「でもっ…」

盗賊「こいつはオレの知っている男だ」

この言葉で、彼女は引き止める術を失った。

それが分かったると、何故か彼女は泣き出してしまった。

剣士は心底面倒くさそうに溜め息を吐くと、腕を組んで目を閉じた。

どうやら最後まで盗賊に任せるつもりらしい。

場の雰囲気に堪りかねたのか、剣士の態度で任されたことを理解したのか……

盗賊は諦めたように口を開いた。


僧侶「でもっ…」

盗賊「こいつはオレの知っている男だ」

この言葉で、彼女は引き止める術を失った。

それが分かると、彼女は泣き出してしまった。

剣士は心底面倒くさそうに溜め息を吐くと、腕を組んで目を閉じた。

どうやら最後まで盗賊に任せるつもりらしい。

場の雰囲気に堪りかねたのか、剣士の態度で任されたことを理解したのか……

盗賊は諦めたように口を開いた。


盗賊「言いたいことがあるなら言ってくれ」

盗賊「オレ達は急いでる。回りくどい言い方をしないで要件だけ言ってくれないか」

彼女は俯いた顔をぱっと上げると満面の笑みで盗賊を見上げた。

直後「あっ」と短く声を上げ、恥ずかしそうに袖で涙を拭う。

先ほど騎士達を圧倒し、神々しささえ感じさせた女性と同一人物だとは思えない。

容姿からは想像出来ない少女のような表情で、照れたように裾を握り、もじもじとしている。


泣き顔を見られたのが恥ずかしいのだろうか。

予期せぬ出来事に、盗賊はどんな反応をすればいいのか分からずにいた。

ちらりと横を向くと剣士さえも驚いている。

彼女はゆっくり呼吸を整えると、目を真っ赤にしながら意を決したように口を開いた。


僧侶「私も一緒に連れて行って下さい!」

僧侶「あなた達と一緒に旅をして、あなた達と一緒に世界を見たいんです!!」


盗賊「言いたいことがあるなら言ってくれ」

盗賊「オレ達は急いでる。回りくどい言い方をしないで要件だけ言ってくれないか」


彼女は俯いた顔をぱっと上げると満面の笑みで盗賊を見上げた。

直後「あっ」と短く声を上げ、恥ずかしそうに袖で涙を拭う。

先ほど騎士達を圧倒し、神々しささえ感じさせた女性と同一人物だとは思えない。

容姿からは想像出来ない少女のような表情で、照れたように裾を握り、もじもじとしている。


泣き顔を見られたのが恥ずかしいのだろうか。

予期せぬ出来事に、盗賊はどんな反応をすればいいのか分からずにいた。

ちらりと横を見ると剣士さえも驚いている。

彼女はゆっくりと呼吸を整えると、目を真っ赤にしながら意を決したように口を開いた。


僧侶「私も一緒に連れて行って下さい!」

僧侶「あなた達と一緒に旅をして、あなた達と一緒に世界を見たいんです!!」


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盗賊「このまま東の都を目指す、騎士の帰りが遅れれば当然怪しむ……」

当然「勘付かれる前に都に入る、お前の武器も都で買えばいい」

剣士「……都までは何日かかる?」

盗賊「このまま走れば明日の昼までには着く」


今現在、二人は都に向かって全力で走っている。

都へ行くには道を引き返さなければならず、東の街を通過することになる。

そこから更に東に数十キロ行った先、最東端にあるのが東の都だ。


四年の旅で分かったことだが、エルフの女王が直接統治する北と西は比較的治安は良い。

それに対し東と南は治安が悪い。

これまでに二人が殺害した奴隷商人は、ほぼ東と南に隠れ住んでいた。


以前、二人が囚われていたのも此方側である。

富豪が言っていたように、奴隷売買は増え続けている。

僧侶を狙った騎士達が何を隠しているのかは知らないが、石版に刻まれた男と関係しているのは確実だろう。


僧侶「あの、ごめんなさい。少し遅れました」


盗賊「……何で」

僧侶「えっと、お別れを言ってたら時間が……」

盗賊「遅れた理由を訊いてるわけじゃない」

僧侶「?」


二人は全力で走っている。

並みの人間、馬ですら追い付けない速度で走り続けている。


『付いて来たければ勝手にしろ。ただ、お前に合わせるつもりはない』


盗賊は発言した当人である剣士を非難する気にはなれなかった。

まさか追い付かれるなどとは微塵も考えていなかったからだ。


何の意図があって共に旅をしようと言ったかなど、二人には全く興味がなかった。

奴隷商人の手掛かりを得た時点で彼女は用済みだったし、これ以上関わり合いになりたくなかった。

騎士が狙っている以上、彼女といるだけで面倒事に巻き込まれる可能性は格段に高くなる。

姿が見えなくなれば諦めるだろう。そう思っていたが認識が甘かったようだ。


僧侶「これからよろしくお願いします!」

剣士・盗賊「……………」


風に乗りながら悠々と並走する彼女に、剣士は何も言えなかった。

いや、厳密に言えば彼女は走っていない。風術を使って浮いている。


風を操作して、二人に合わせている。

もっと速度を上げることも可能なのだろうが、二人の速度に合わせているのだ。

剣士はそれが非常に気に入らないらしく、眉間に皺を寄せ露骨に不機嫌そうな顔をしている。


僧侶「……遅れたのを怒っているのですか?」

盗賊「剣士は辺りを警戒しているだけだ。気にするな」

僧侶「そうだったんですか、なるほど……」

盗賊「……………」


風術は攻撃面では他の術法と変わらない、球体や刃として撃ち出すだけだ。

だが、移動法として扱うとなると別だ。

目に見えぬ気流の操作や体勢の維持など、かなり細かな作業が必要になる。

同じ場所に浮くだけでも難しいのに、高速移動など熟練の術士でも困難だろう。


仮に出来たとして、長距離となると凄まじい集中力と精神力を要する。

それを疲れた様子もなく、涼しい顔でおこなっているのだ。


盗賊「土術の他に風術も使えるのか」

僧侶「はいっ、他にも火術と水術を使えます!」


盗賊は絶句した。

四術全てを使える人間など聞いたことがない、おそらくエルフにもいない。


ドワーフが作る術法具にもそんな大それた物はないはずだ。

何故か。作ったところで扱える術士など誰一人いないからだ。

第一、そんな莫大な力を個人が持つことは許されないと定められている。


いや、そもそも莫大な力とやらを受け入れられる者が存在するのだろうか……

限りなくそれに近い存在が横にいるわけだが、当人に自覚はなさそうだ。

そんなことを考えている内に日は傾き始め、東の街が見えてきた。


盗賊「……僧侶、お前は何者だ」


訊かずにはいられなかった。

比喩ではなく、世界を変える力を持つ彼女が何故オレ達との旅を望んだのか……

寝るまた明日書く


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東の街を横切った数キロ先の森で、盗賊と僧侶は倒木に腰を下ろしていた。

剣士は二人の衣服と自分の武器を調達する為、東の街へ向かった。

村にやって来た騎士達が街を中継していたのか知る為でもある。


剣士が街へ向かってから何分経っただろうか、僧侶は未だ口を噤んだままだ。

どこか怯えたような表情で手を組んだり握ったりしている。

大人しい性格で内向的、容姿とは裏腹に言動は幼く未成熟。


それが僧侶に対する盗賊の印象。

そのため、彼女との会話を進めるには口調を多少なりとも改めなければならなかった。

まずは彼女が話し易いような雰囲気を作る必要がある。

剣士がこの場から離れたのはその為でもあった。

特に深い配慮があったわけではなく、僧侶との会話が面倒だから離れたかっただけかもしれないが。


彼は僧侶の為に口調を変えたりなど絶対にしない、譲歩するような男でもない。

相手を打ちのめし、恫喝してでも情報を聞き出すのが彼のやり方だ。


その点、盗賊は相手によって口調や表情を変えることにあまり抵抗はない。

より多くの情報を得られるのであれば、手段を問わない。


盗賊「そろそろ話してくれないか」

僧侶「……どう伝えようか考えているんですけど、上手く表現出来そうになくて…」

盗賊「深く考えなくていい、思ったことを言ってくれればいいんだ」

盗賊「……ゆっくりでいい」


目を閉じて静かに言葉を待つ盗賊を見て、彼女は落ち着きを取り戻したようだ。

このような相手の場合、目を合わせるより視線を外すなりした方が良い。

真剣に聞こうとすればするほど、それが逆効果になってしまう場合がある。


充分な時間を与えることで緊張を解せば、やがては向こうから話し出す。

盗賊にも多少の苛立ちはあったが、何故かそれ程苦にならなかった。

人気のない森にいるからか、彼女が放つ一種の安らぎに似た雰囲気がそうさせるのだろうか。

悪くない、などと思いながら盗賊は膝の上で手を組んだ。

しばし無言が続いたが、僧侶は何とか絞り出しすように、か細い声で語り出した。


僧侶「私はずっと眠ってました。眠っていたという表現が正しいのかは分かりませんけど……」

僧侶「私は此処とは違う別の世界で眠っていて、急に目が覚めたんです」


僧侶「でも、自分が何者なのかも何をしたらいいかも分からなくて……」

僧侶「だけど私はそれを知らなくちゃならない。手掛かりはこの世界にあるって……」

僧侶「それで…その……」

自分の言葉が伝わっているのか不安で堪らない様子で、僧侶は一旦言葉を切った。

実際、彼女が何を言っているのか盗賊には理解出来ていなかった。


何か奇妙な感じがする。

上手く表現出来ないが、何というかぎこちない。

彼女の言葉を下らない妄想だと切り捨てればそれまでだ。

しかし、何故だか分からないが彼女を信じるべきだと心が強く訴えてくる。


盗賊「君は自分が何者で何をすべきなのかを知りたい」

僧侶「は、はいっ!」

自分の気持ちが伝わったのを感じたのか、彼女は顔を綻ばせて喜んでいる。

彼女は彼女なりに決意して、オレ達に付いて行くと言ったのだろう。

だが、疑問はまだまだ残っている。


盗賊「そうか、分かった。だが何故オレ達なんだ?」

僧侶「目覚めてから真っ先に頭に浮かんだのが、あなた達だったんです」

僧侶「……あなた達に付いて行くべきだと、そう感じたからです」


その言葉は今まで以上にはっきりとしていて、強い意志が込められていた。

先ほどとは違い、彼女は盗賊の目を真っ直ぐに見つめている。

黒く輝く瞳には幾分の迷いもなく使命感のようなものを感じさせた。

嘘を吐いている様子はない、盗賊は次なる質問を投げかけた。


盗賊「……自分の力についてはどう思う」

僧侶「えっ?」

盗賊「質問の意味が分からないのか?」


僧侶「……はい」

盗賊は確信した。

異世界云々はともかく、彼女は本来誰もが知っていることを知らない。

彼女は世界を知らない、術法やその常識を全く知らないのだと。

人口の少ない田舎の山村に住んでいる者でも知っていることすら知らないのだ。


盗賊「なら教えておく、この世界に四術全てを使える者などいない」

僧侶「そうなんですか……知らなかったです」


あっけらかんと、四術を扱えることが当たり前かのように彼女は言う。

ここまで来ると本当に別世界の住人なのではないかと思えてしまう。


盗賊「……ああ、もしいるなら世界に名を轟かす術士として誰もが知っているはずだ」

盗賊「だが、今まで君の存在を知る者はいなかった。普通なら有り得ないことだ」

僧侶「それじゃあ…」

盗賊「だからといって別世界から突然現れれたというのは信じられない」

僧侶「そう…ですよね……」

盗賊「最後まで聞いてくれ」

がっくりと肩を落とす彼女を宥めるように、盗賊は続けた。


盗賊「東都の騎士達は君を捕らえようとしてる。その力を欲しがってるんだ」

盗賊「自分が如何に強大な力を持っているのか自覚した方がいい」

僧侶「…………」

盗賊「それともう一つ、オレ達と共に旅をすれば醜いものを見続けることになる」

盗賊「君がオレ達をどう思っているか分からないが、オレ達は薄汚い人殺しだ」

僧侶「そんなことないです。本当に強い人は、きっと優しい人だから」


剣士「なら、お前に人を殺す覚悟はあるか?」

いつからいたのか、暗闇からのそりと姿を現した。

彼の声は刃を突き立てるように鋭く、彼女に対する怒りを隠そうともしていない。

その言葉にびくりと体を震わせ、助けを求めるように盗賊を見る。

しかし彼は口を噤んだままだった。

これから剣士が告げるであろう言葉は、取り繕うことの出来ない事実だと理解しているからだ。


剣士「俺達と共に旅をするということは、そういうことだ」

剣士「俺達が見ている世界が知りたいのなら存分に教えてやる」


剣士「だが俺はお前を守る気など一切ない、自分の身は自分で守れ」

剣士「それすら出来ないなら付いてくるな。どんな力があろうと荷物になるだけだからな」

剣士「いいか、お前が何処から来て何処へ行こうが俺達に関係ない。俺達の邪魔をしたら殺す」

剣士「お前も女の下らん戯言に付き合うのは止めろ。さっさと着替えて出発するぞ」

盗賊「……ああ、そうだな」


盗賊に釘を刺すと、衣服の入った袋を二人に向かって乱暴に投げつけた。

彼なりに気を遣ったのか、袋は盗賊の衣服と僧侶の衣服の二つに分けられていた。

中に入っているであろう彼女の下着も含めて剣士が買ったのかと思うと、盗賊は噴き出しそうになったが何とか耐えた。

一体どんな顔で女性物の下着や服を買ったのか想像しないように、顔を伏せて必死に耐えた。


僧侶「わぁ、とっても綺麗な服ですね」

剣士「黙れ、さっさと向こうで着替えろ」

僧侶「あっ、ごめなさい…」


怒られたと思ったのか、彼女はそそくさと樹の影に隠れて着替え始めた。

ぼろぼろのローブ一枚だった彼女はすぐに着替えを終え、樹の影から現れた。

白地に鮮やかな赤の刺繍が入ったシャツ、銀の金具がついた黒い革のベルト。

赤い細身のパンツ、茶色のブーツ。

そして艶やかな黒いローブ、彼女の美しい体のラインがはっきりと分かる服だ。


僧侶「あのっ、こんな服は初めて着ました!大切にします!」


剣士「……勝手にしろ」

盗賊「…くっ、あはははっ!!」

盗賊には白い長袖のシャツと、少しだぼついた白いズボン、茶色のブーツ、赤いローブ。

ベルトの金具は大きく、やけに派手だ。

どうやら投擲用のナイフを収納出来るように作られているようだ。

剣士も盗賊と同じ色の赤いローブを羽織っている。

遂に耐えきれなくなったのか、盗賊は盛大に笑った。

二人で旅をしている時でもこんなに大声で笑ったことはない。


剣士「殺すぞ」

盗賊「……悪かった……ありがとう」

笑いを堪えるのがやっとだった。

何だかんだ言って、剣士も彼女を気に掛けているのだ。

僧侶は何が起こっているのか分からないようで、心配そうに二人を見ている。

僧侶の服や下着などは全て店員に任せたのだろうが、普段なら絶対にしない。


盗賊も剣士も、彼女は守らなければならない存在だと心の何処かで思っているのは間違いない。

しかし、当人達は全く気付いていないようだ。

彼女の持つ、心を解きほぐすような不可思議な何かは、彼等の心に変化を与え始めていた。

また明日


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着替えを済ませ一息吐いた後、剣士から街の状況が説明された。

先日の屋敷襲撃により兵士達が慌ただしく動いていたようだが、騎士の姿はなかったらしい。

都にも通達されたはずだろうが、どうやら奴隷商人の調査をする気はないようだ。

向こうと比べると、こちら側は奴隷商摘発にあまり積極的ではない。


女王に東部南部を任されている【東王】と【南王】は信頼の厚い女王側の者だ。

しかし王の配下まで【まとも】かと言えば、そうではない。

まあそれはいい、種族間の軋轢も抑制出来ない王になど初めから期待していない。


オレ達が村で殺した騎士共は彼女の説得、又は同行を促すべく極少数でやって来た。

説得が失敗に終わった場合、街に待機している別部隊が村に押し寄せ、彼女を拘束し連行する。

オレ達はそう予想していた。


盗賊「別動隊はなしか」

盗賊「騎士による村の襲撃は奴等の独断……とは流石に考えられない」

剣士「ああ、おそらく裏で何かが動いている」

盗賊「そうだな。裁かれるべき奴隷商人は匿われ、奴隷商人を撃退した彼女が狙われているんだ」

盗賊「となれば、あの騎士達に命令を下した奴と奴隷商人が繋がっている可能性が高い」


剣士「騎士を動かせる立場にいる奴か……」

女王に反発する派閥は数多くあると聞く、挙げればきりがないほどに。

その中の一つと奴隷商人が繋がっていて、僧侶を捕らえることでパワーバランスを崩し、女王統治からの独立を目指す。

これは行き過ぎた想像だが、彼女の力を利用しようとしている輩がいるのは明白だ。


盗賊「……これ以上は考えても仕方ない、そろそろ行こう」

僧侶「あの、お二人は何の為に旅をしているんですか?」


二人のやり取りを眺めていただけだった僧侶が重い口を開く。

何故今更になってそんな質問をする。といった風な呆れた態度で、剣士が盗賊に目配せする。

安っぽい優しさなど捨てろ、お前が言え。そう言っているようだった。

彼女は彼女のなりの覚悟を持ってオレ達と共に旅をすると言っているのだ。

ならばオレも応えなければならない。


盗賊「奴隷商人を殺す為だ。もう一度訊く、それでもオレ達に付いてくるのか?」


僧侶「その…殺すことには、理由があるんですよね……」

剣士「当たり前だ、お前に話す気など一切ないがな。迷いがあるなら来るな」

僧侶「いえ、一緒に行きます」

剣士「なら勝手にしろ。つまらない質問は二度とするなよ」

先ほどとは打って変わって、僧侶は剣士の目をしっかりと見つめながら答えた。

以外にも、堪えきれず視線を外したのは剣士だった。

脅かすつもりで睨んだのだろうが当てが外れた。どうやら彼女には通用しなかったらしい。

つくづく面倒な女だ。などと呟きながら剣士は先に行ってしまった。


盗賊「来るなと言っても来るんだな」

僧侶「はい」

盗賊「いいか、君とオレ達は違う。旅の目的も何もかも違うんだ」

盗賊「君がオレ達から離れたいと思ったのなら迷わずそうしろ。オレ達はそれで構わない」

盗賊「君は……」


何かを呑み込むように、盗賊はぐっと堪えた。

彼女にはあるが彼にはないもの。彼女の持つ『それ』に対する隠しきれぬ羨望。


盗賊「……君は自由だ」

盗賊「どんな状況になっても、選択の自由は君にある」


オレも剣士も、何故こんなにも彼女を気に掛けるのだろう。

戦いとは無縁の世間知らずな女など旅の荷物にしかならない。

おまけに別世界から来たなどとぬかす頭のおかしい女だ。面倒なことこの上ない。

どういうわけか彼女はオレ達を信じてる。

隙を突いて気を失わせ、この場から立ち去ればいい。

その後どうなろうが知ったことじゃない。


僧侶「選択の自由……自由…私は…自由……」


噛み締めるように、彼女は何度も呟いている。

まるで今この瞬間与えられたような、見えざる何かから解放されたような表情だ。


やるなら今しかない、彼女は無防備だ。完全に油断している。

変な情が生まれる前に断ち切ってしまえ、いずれ必ず後悔する。

早くしろ。この女はオレ達の邪魔になるぞ。

盗賊の脳内で警鐘が鳴り響いた。


僧侶「ありがとうございます!何だか楽になりました!」

僧侶「自由、自由かぁ……」


晴れやかな笑顔は夢見る少女のように無垢だ。

その力があれば何処までも自由に生きていける。誰もが欲して止まない名声も手に入るだろう。

だというのに、何故だか囚われているかのように見えた。


盗賊「(止せ、駄目だ。違う。きっと彼女も……)」

瞬間的に何かを感じたのか、失神させるべく作っていた手刀を引っ込めた。

結局、盗賊は動けなかった。


僧侶「あっ、でも…」

盗賊「何だ?」

僧侶「私が離れることはないと思います。きっと、後悔するだろうから……」


なあ剣士、お前もこんな気持ちなのか。

彼女が発する正体不明の安らぎと温もりを、お前も心地良く感じているのか。


僧侶「大丈夫ですか?まだ怪我が…」

盗賊「いや、大丈夫だ……早く行こう、剣士が待ってる」

そそくさと歩き始めたオレの後を慌てて付いてくる。

四術の扱いには慣れているようだが、森の歩き方は全く駄目だ。

蔦や朽ち木に足を取られ、枝葉に視界を邪魔され悪戦苦闘しているのが分かる。


敢えて速度を落とさず先に進んだ。

こんなことで一々止まるわけにはいかない、オレ達にはオレ達の目的がある。


共に旅をすると言っても、それはそれだ。

藪を抜けると剣士が待っていた。樹に背を預け、腕を組んで目を閉じている。


剣士「女は置いてきたのか」

盗賊「置いてきても勝手に付いてくる。勝手にな」

剣士「……鬱陶しい女だ。行くぞ、獲物が待ってる」


呆れたように言ってみせたが、一瞬見えた表情は微笑んでいるように見えた。

だがすぐに切り替わる。それはいつもの剣士が見せる不敵な笑みだった。

オレ達は彼女を待たずに森を抜け、東都に向かって再び走り出した。


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僧侶「はぁ…置いて行かれちゃった」

慣れない山歩きに疲労困憊した様子で、彼女は何とか歩みを進めている。

森を抜けるにはまだ時間が掛かりそうだ。

また一人ぼっちだ。などと考えながら藪を掻き分け進んで行く。

ようやく藪を抜けた時、彼女の脳裏に一つの疑問が浮かんだ。


(また?またって何?)


先ほどまで二人がいた場所で立ち止まり、彼女は朧気な記憶を辿り始めた。

此処ではない世界で眠っていた己を目覚めさせた存在、彼の声。

あれはいつだっただろうか。

遠い過去のように霞んでいた記憶が徐々に晴れていき、やがて鮮明に蘇る。

そうだ。心地良く眠っていたあの場所に、彼は突然現れた。


『何でオレ達ばっかあんな目に遭うのかな?そんなに悪いことしたの?』


『えっ?』

『なんで奴隷なんかになっちまったのかなーってさ』

『奴隷……人として扱われないヒト』

『そうそれ、もしかして前世で悪いことしたとか?』

『ごめんなさい、私には分からない』

『いや、いいよ。困らせてごめん』 

『……あなたは、何で此処にいられるの?』


『んー、分かんねえや……』

『あっ、ところでキミは?何でこんなとこで一人ぼっち?』

『分からない。私は一人ぼっちなの?』

『いーや、今はオレがいるから二人ぼっちだな』

『ふふっ、なにそれ』

『やっと笑ってくれた。やっぱ、女の子は笑顔が一番だな』

『あなたって面白い人ね』

『まーね、でも……あいつらは泣いてるよ』


『泣いてる?誰が?』

『オレの友達さ!』

『オレと同じ奴隷だけど、とっても強い奴等なんだぜ!』

『……きかせて』

『あいつらは自由になりたいんだ。でも、オレが余計なこと言っちまったから……』

『余計なこと?』

『そう、戦えなんて言っちまったんだ。その言葉が、呪いみたいに二人を強く縛ってる』

『…………』

『キミには二人を助けて欲しい』


『でも、私は何で目が覚めたのかも分からない』

『一度目が覚めて、お姉ちゃん達に力を教わってからも分からないままなの……』

『それを知りたいなら尚更さ、二人と一緒にいれば分かる』

『あなたは、そのために私を起こしたの?』

『いいかい?苦しむために生まれた命なんてない。初めは誰もが美しい』


『?』


『オレは数ある内の一つでしかない。皆、キミに助けを求めてる』


『ッ…いたい!』

『聞こえるかい?それが彼等の痛み、キミが聞くべき声なんだ』

『なんで私に?』

『今伝えても意味がない。それはキミ自身が知らないと駄目なんだ』

『知るって、なにを?』

『ごめんね、もう行かないと……』

『待って!一人にしないで!』


『キミは一人じゃない。一人だけど一つじゃない』


『お願いっ!待ってよ!』

『キミだけが二人を救える。あいつらだけがキミを救える』

『なに?なにを言ってるの!?』

『目覚めたーーーはーーーー』


膨大な記憶の中に埋もれていた彼との会話はそこで途切れた。

激しい痛みが走ったのか彼女は頭を抑え、その場に蹲った。

その痛みは記憶の混乱によるものではなく、心に刃を突き立てられたような痛み。


何かを出来たはずなのに私は何もしなかった。

何故だか分からないが彼女はそう感じた。

安らぎに満ち溢れ、無知でいられたあの場所にはもう戻れない。

彼女は思い出した。あの場所から降り立ったのは自分自身の選択、その結果なのだと。

そして、己を知るために此処にいる。


僧侶「っ…早く、行かなきゃ……」


頭を振って立ち上がり、風術を使って一気に森を突き抜ける。

彼女には二人の場所が分かった。理由は分からないが確かに感じる。

頭に響く声から逃げたくて、声を振り切りたい一心で、彼女は風に乗って二人を追った。

猫→病気→病院→薬もらう→一旦落ち着いた→今は様子を見ている→通院?

なんにせよまた明日とか言って二日空けて申し訳ないです。
また明日書きます、出来なかったらごめんなさい。

下手でもいいから前よりじっくり書いていくつもりです。
早めに終わらせたいとは思っています。


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盗賊「東都に行くのも久しぶりだな」

剣士「あの時は情報収集が目的だったが今回は違う。奴がいる」

盗賊「今までで一番の大物だ。奴だけは絶対に逃がすわけにはいかない」

剣士「首はお前にくれてやる。思う存分切り刻め」

盗賊「そのつもりだ」


石版に刻まれた男。

彼は各地の奴隷商人を束ねる権力者であり、盗賊を奴隷に堕とした偽りの保護団体の代表だった。

四年間の旅の中で、唯一彼の情報だけは得ることが出来なかった。

盗賊と剣士は奴隷商人を狩り初め、女王も一斉摘発に乗り出したことで多くの奴隷商人が逮捕処刑された。


二人が殺した者は名を変え、各地を転々としながら、いつ捕まるかと怯えながら生きていた。

東の街の富豪もその中の一人だ。

だが大元であろう彼の手掛かりは一切得られない。女王も徹底的に調べているはずなのに。


完全に痕跡を消すなど不可能だ。

おそらく彼を裏から支えている存在がいるのだと、二人は予測していた。

その存在が東都にいるのかは分からないが、石版の男は東都に身を潜めている。


やっと届く。盗賊は拳を握り締め都を睨んだ。

あの時、檻の外から品物を見る【石版の男】の表情と声は今までもはっきりと憶えている。

周囲をにいた彼のご機嫌取りの下品な顔は忘れても、冷たく見下ろすあの目だけは忘れない。

奴の胸に刃を突き立て、この手で終わらせてやる。後悔させてやる。

自由を奪われた者の怒りを、その身で思い知るがいい。


剣士「予定より遅れたがそろそろ着くぞ」

盗賊「遅れはしたが動くにはまだ早い、到着したら夜まで休もう」

どこまでも暗く濁った怒りが腹の底で煮え滾る。

その熱が全身に広がるのを感じたが、まだその時ではないと抑え込む。

しかし、そう易々と抑え込めるものではない。


冷静さを失えば自分だけではなく剣士まで危険に晒すことになる。

例え【石版の男】が目の前に現れたとしても、怒りに身を任せてはならない。


そう言い聞かせていた時、突如盗賊の肩に羽のような何かがふわりと触れた。

びくりと肩を震わせ即座に振り向くと、そこには僧侶の白い手があった。

彼女の目に映る盗賊の顔は、あらゆる負の感情で酷く歪んでいる。


都を目前に盗賊は足を止め、続いて剣士も足を止めた。

何のつもりだと口を開きかけた時、僧侶がそれを制するように盗賊の胸に手をあてた。

触れられた場所から徐々に熱が引いていくのを、盗賊はしっかりと感じ取った。


僧侶「私にはこんなことしか出来ないけれど、どうか怒りに囚われないで……」


柔らかく慈愛に満ちた声だった。

こんな術法があるのかとも思ったが、どうやらこれは彼女自身の力のようだ。


女性のみが持つ母性という力、全てを受け入れる包容力。

それは警戒心をいとも容易くすり抜けて、荒んだ心をたちまち癒していく。

母の愛など知らずに育った二人にとって、それは初めての体験だった。

その様子を見ている剣士でさえ、心が穏やかになっていくのを感じた。


彼女だからだろうと、二人は思う。

嘗て女主人に犯された過去を持つ盗賊は、女性に気を許すことなどなかった。

一度たりともなかったはずなのに、出逢ったばかりの彼女は彼等の心に触れた。


盗賊「……君は一体」

と口にしかけた時、彼女の体がぐらりと揺れる。

はっとして表情で直ぐさま抱き止めると、盗賊は無言のまま彼女を背負った。

剣士はその行動に対して否定も肯定もせず、沈黙を守ったままだ。


二人は同時に歩き出したが、すぐに足を止めた。

互いに何かを確認するように軽く目を合わせると、都へゆっくりと歩き始めた。


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東都 宿

ーーおや、綺麗な奥さんですね

剣士「違う。部屋は二階だな」

ーーまたまた、美男美女お似合いの

剣士「鍵は貰うぞ」

宿屋の主人の声を無視して鍵を手に取ると、剣士は二階にある部屋へ向かった。

鍵を開け僧侶をベッドへ寝かせると、備え付けの椅子をベッドに寄せ腰を下ろした。


剣士「お前は一体何なんだ」

寝息を立てる僧侶に彼が問い掛ける。

出逢って間もない女が、こんなにも自分達に影響を及ぼすとは考えてもいなかった。

あの時から今まで安息など求めていなかったはずだ。心安らぐ時などなかった。


だが今はどうだ。

俺達の心に入り込んだ『これ』は何だ。

ただ確かなのは、この女と出逢ってから半日足らずで俺達の何かが変わった。


剣士「お前には、俺達がどう見える」

僧侶「スー…スー…」

剣士「俺が今ここでお前を殺すとは思わないのか?」

剣士「お前は無防備過ぎる。何故俺達を信じる?俺には理解出来ない……」

僧侶「スー…スー…」

剣士「お前は人間を、他者を疑うべきだ」

剣士「裏切りなんてそこら中に転がっている。俺達が裏切るとは考えてないのか?」

剣士「お前の力を利用するとは思わないのか?」


彼女は安らかな顔で眠っている。

随分と疲れていたようで、この分だと当分起きる気配はなさそうだ。

原因は主に記憶の混濁。急激な心身疲労が彼女を襲ったのだろう。


剣士「人の心さえも操作する術法……」

変化を認めたくないのか、ぽつりと呟いた。だが、すぐさま馬鹿馬鹿しいと頭を振る。

そんな力があるのなら最初から操ればいい、わざわざ二人に自我を残しておく必要性がない。

実行するかどうかは別として彼女を殺せるかと問われれば剣士は頷くだろう。


それが必要なことであれば、だが。

人心の操作などという術法はないが、彼女には、剣士にそう思わせる何かがある。


蘇生法に加えて高度な四術の使用、異界から来たという妙な発言、計算し尽くされたような美貌。

騎士をたじろがせた神格めいた雰囲気、超然とした姿。

あれを見れば、彼女が崇められる理由も分からないでもなかった。


崇拝されることなど彼女自身が望んでいないのも分かる。

ただ、救いを求むる者にとって彼女はこの上ない理想の存在だった。

一切を身にまとわず、生まれたままの姿で地上に降り立った穢れなき者。


神の遣い、天使、神の子。

救われたい者にすれば縋り付きたい存在。彼女に全てを委ねようとしている。

いや、事実していた。

剣士は村人の顔を思い出し、静まっていたはずの憤怒は再び呼び起こされた。


剣士「戦おうともせず女一人に全て背負わせ、どうせ死んでもこいつがいるから大丈夫だと……」

声は微かに震えていた。

彼女を思っての言葉ではない、自分達の居場所を守ろうとすらしない村人に怒っている。

力などなくとも戦えるはずだ、敵と己に明らかな力の差があっても戦えるはずだ。


生まれ育った場所を守る為ならば戦えただろう。

たとえ彼女が「いいです、私が戦います」

と言ったとしても、彼等は自らの意思次第で戦えたはずなのだ。

こんな女一人に任せてられない、自分達が戦って村を守る。そんな強い意志さえあれば。


だが彼等にそれはない。

寄り掛かれる存在が現れたと見るや、その瞬間に全てを投げ出し、あろうことか崇拝した。

剣士にはそれが許せなかった。

足掻くことすらせず、彼女に生命を背負わせ、自己を放棄した彼等を。


剣士「生きることを放棄した屑共が」


低く吐き捨てるように言った言葉は此処ではない別の場所に向けられていた。

村人か、それとも先日殺害した奴隷達に対して向けられているのかもしれない。


僧侶「……あなたは強い人だから」

宙に溶けて消えたと思っていた声に、思いがけない返答が返ってきた。

身を横たえてはいるが、彼女の黒の瞳はしっかりと剣士を捉えている。

まだ疲労が残っているのか弱々しく微笑み、彼女は続けた。


僧侶「あなたは強い人。いえ、きっと誰よりも強くありたい人……」

僧侶「だから彼等を許せない」


剣士「許す必要などない」

それほど大きな声ではないが、鋭い声で言い放った。

彼女と出逢ったことで何かが変化したとしても、彼の根本は変わらない。おそらく盗賊も。

彼も盗賊も強くならなければ、強くなくては生きられなかった。

自由は戦って勝ち取る他ない、奪われたものは戦って奪い返すしかない。


僧侶「許せなんて言わないけれど、否定はしないでください……生きているんです」

剣士「自分が死んでも何とも思わない奴等がか?笑わせるな」

剣士「生き死にを操作され平気な面をしている奴等が生きていると言うのか?」


僧侶「それは…」

剣士「蘇りだと、反吐が出る。死者は蘇らない、死は体験出来ない」

剣士「死ぬことに慣れた人間。お前は、それが生きていると言えるのか?答えろ」

僧侶「…………」

剣士「俺の命は俺だけの物だ」

剣士「この体、髪の毛一本まで全てが俺だけの物だ」


僧侶「それは違います」

剣士「ふん、何が違う?言ってみろ、救いたがりの馬鹿女が」

僧侶「…っ……それでも構いません。それでも…」

僧侶「心を許し信頼している存在がいるなら、その考えは間違ってます」

僧侶「あなたの死を悲しむ人がいるなら、自分だけの命だなんて言わないで……」

剣士「…………」

僧侶「あなた達がどんな境遇にあったのかは知りません。でも、繋がりはあるはずです」

僧侶「だから、自分の命を大切にして下さい。出来れば彼等の命も……」


剣士「あいつと……盗賊と奴等を同等に考えろと言いたいのか?」

剣士「あんな連中と同等に?」

剣士「次にふざけたことを言うと殺すぞ。俺は今でも構わないがな」

僧侶「ち、違います!」

僧侶「他人を守ってとか、みんな同じようにとか、そういうのじゃないんです」

僧侶「ただ、彼等にも繋がりはあるんだって分かって欲しくて……」

剣士「なら最初からそう言え、お前と話していると苛々する」


僧侶「……ごめんなさい」

剣士「一々謝るな鬱陶しい」

僧侶「ご…いえ、何でもないです」

剣士「次からははっきり話せ、一度で済む会話が長引く」

剣士「戦闘中なら尚更だ。分かったな」

僧侶「は、はいっ!」

剣士「……喜んだり泣きそうになったり、ガキみたいだな」

僧侶「子供じゃないです!術法だってちゃんと使えます!!」


剣士「術法と見た目はな」

僧侶「えっ?へへっ…やった。褒められた」ボソッ

剣士「褒めてない、馬鹿にしたんだ」

僧侶「……意地悪なんですね、もういいです」

剣士「ああそうだな、さっさと寝ろ」

僧侶「はいはい分かりました……あっ、剣士さん!」


剣士「何だ」

僧侶「盗賊さんはどこに?」

剣士「俺やお前の武器を買いに行ってる」

僧侶「……私のも?」

剣士「ああ、そうだ」

僧侶「じゃあ本当に連れて行ってくれるんですね!?」


剣士「……………」

僧侶「よしっ、頑張るぞぉ…」ウン

剣士「お前には大して期待してない」

僧侶「…うっ…別にいいですよ、私が勝手に頑張るだけですから!」

剣士「そうだな、分かったから早く寝ろ。うるさい」

僧侶「………ふんっ」ゴロン


剣士「(ガキかと思えばそうでもない。だが、やはりガキだな)」

剣士「(まあ、犬や猫のようで見ている分には退屈しないな……)」

書けたらまた明日


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盗賊「確かに変わり者みたいだな」

長年都に住んでいる者でも通らない、人一人が何とか通れるような細い道だ。

道というより隙間と言った方がしっくりくるような裏道を進んで行く。


店がある雰囲気など一切ない。

だが、建物の背中。壁と壁との僅かな隙間にそれはあった。

建物の裏側、塗装もされていない薄汚れた壁に重厚な扉が一つ。

しかも、その扉は不親切にも内側にではなく外側に開くように出来ている。


こんな狭い道とも言えぬ道で外開き、扉は鉄製だろうか、かなりの重量だ。

盗賊は苦笑しながらも手に入れた情報が正しかったことに安堵し、扉を開けた。

すると今度は地下へ降りる長い階段が現れた。手摺りや何の配慮もない。

後ろに体重を掛けなければならないほどに急だ。


盗賊「随分捻くれたドワーフだな」

これから向かう先にいるであろう鍛冶職人に毒づきながら階段を降りていく。

壁に手を添えながら降りると先ほどと同じような扉があった。

盗賊は取っ手を回し思い切り引っ張ったがびくともしない、押しても結果は同じだった。


盗賊「……会いたくなくなってきたな」

呆れたように溜め息を吐きながら扉を横へ滑らせると、驚くほど簡単に開いた。

身体的ではなく、精神的にやっとのことで辿り着いたのは巨大な地下工房。

今までに造ったであろう武器が雑多に並べられており、奥からは鉄を打つ音がする。

内装を見るに武器防具屋も兼業しているのだろうが、果たして客は来るのだろうか。


などと考えていると、突如音が止んだ。

奥から現れたのは如何にも偏屈そうな雰囲気をしたドワーフだ。

髪は伸ばし放題で髭も腹の辺りまで伸びている。おそらく風呂にも入っていないだろう。

前髪の隙間から見える瞳は値踏みするように細められている。


職人「誰から聞いた」

盗賊「何人に訊いたか憶えていない。長いこと聞き回ったからな」

盗賊「性格はともかく、この都で一番腕の良い鍛冶屋を捜していたら此処に辿り着いた」


盗賊「まさかこんなに根暗っぽくて不潔な奴だとは思わなかったが」

辿り着くまでに相応の時間が掛かった為、盗賊も些か苛立っているようだ。

機嫌を損ねてしまったのか、鍛冶屋は険しい顔を伏せて押し黙ってしまった。


何を言おうが納得などしない捻くれ者。

客を選び、好き嫌いはかなり激しい。

口は悪く接客態度もまるでなってないが腕は良い、悔しいがな。

物を買えただけでも運が良いくらいだ、相手にされないのを覚悟で行くんだな。

というのが、この鍛冶屋に対する同業者の印象だった。


職人「そうかいそうかい、いやいや!よく来られたな!」

気にしている様子は一切ない。

前髪を掻き上げ後ろに束ねると両手を広げて笑って見せた。意外にも歯は白い。

顔の殆どは髭で見えないが豪快な笑い声を上げている。

声から察するに予想していたより若い、盗賊は少々面食らった様子だ。


職人「で、世界中から忌み嫌われ絶滅したはずの黒エルフがオレに何の用だ?」

悪びれる様子もなく、フードをおろした盗賊を見るや差別的な発言を連発する。

しかし、まるで嫌味を感じさせない彼の軽妙な語り口に盗賊は笑った。


盗賊「そうだな……」

盗賊「お前のような汚らしいドワーフを一撃で殺せる武器をくれないか?」

職人「ぶはっ!はははは!!言うじゃねえかよ!」

職人「分かった!いいぜ、あんたは気に入った!!」

盗賊「それは嬉しいな、今からでも造ってくれるか?出来れば日暮れ前までに」

職人「夕暮れだ?随分急だな、特別製がお望みか?」

盗賊「そうだ。出来るだけ大きく折れない両手大剣と、女でも振れるような軽量な杖が欲しい」

職人「あんたは腰に差してる。大剣はあんたの武器じゃないな?」


盗賊「ああ、仲間の武器だ」

職人「そいつの身長は?」

盗賊「大体オレと同じだ。女のは好きに造ってくれて構わない」

職人「それだけ分かれば上等だ。それより、あんたの武器を見せてくれないか?」

盗賊「…………」

職人「安心しろ、壊しゃしねえよ」

盗賊「……分かった」スッ

職人「いやはや、こいつは凄いな!!間近で見ると格別だ」

職人「妖気みたいなもんをビシビシ感じる。あんた、何人殺した?」


盗賊「さあな、数えてない」

職人「百や二百じゃないな?随分とくたびれてるぜ?」

盗賊「くたびれてる?刃こぼれはしてないだろ?」

職人「誰に磨がせたかしらないが全然なっちゃいない。『芯』にガタがきてる」

職人「見た目じゃ分からねえだろうがな」

盗賊「なら、あんたが何とかしてくれ。二度と磨ぎ代を払わずに済むようにな」

職人「ははは!!案外贅沢な奴だな……いいぜ、やってやるよ」

職人「すぐに終わるからこっちで見ていけ、あんたの意見を参考にしてやる」

研ぐだね。申し訳ない


>>>>

職人「もう少し刃は厚い方がいいか?」

盗賊「ああ」

幾重にも重なり厚みを増していく鉄の板を叩きながら問い掛ける。

片手間のように見えるが、ハンマーの精度が落ちることはない。

鋼ではない何かも混ぜているようだ。確実に叩く回数が増えている。


盗賊「それは?」

職人「アダマスっていってな、北西の都でしか手に入らない代物だ」


盗賊「……アダマス」

職人「大昔に神を殺した男が使った杖の材料だって言われてる」

盗賊「神殺し…四龍と裁き天使か?」

職人「ああ、それだそれだ。これは世界で一番硬い鉱物さ」

盗賊「何でそんな物を?」

職人「元々は北西の都でやってたんだけどよ、嫌気が差したからアダマス持って逃げたんだ」


職人「大量生産なんざお断りだ。大事なのは質なんだよ」

何やら思うところがあるのか、ぶつくさ言っている。かなり苛立っているようだ。

ハンマーの速度が増していく、壊れやしないかと思ったが全く問題はないようだ。


職人「まあ、結局は誰も分かってくれなかったけどな。出来上がった物は嘘を吐かねえ」

以前よりも更に武骨で凶悪な大剣の刃を盗賊に見せると、にやりと笑った。

出来上がった大剣の刃に魅入ったままの盗賊を見て、彼は満足したようだ。

柄の部分はあっという間に形作られ、大剣が完成した。


職人「ところで、この【怪物】を使うのはドワーフか?」

盗賊「……いや、人間だ」

職人「人間……そんな人間がいるのか……」

職人「まあいい、じゃあ次はあんたの曲刀だな」


疑う様子もなく興味深そうにしていたがそれも束の間、すぐに曲刀を手に取った。

どうやら良い物を造れるのなら使い手はあまり関係ないようだ。

それもこれも盗賊を気に入っただからだろうが。


職人「芯だ。芯を強くする」

ぼそぼそと自分に言い聞かせながら刃を熱し、再びハンマーで打ち始めた。

一打一打確認しながら丁寧に刃を鍛えていき、アダマスで補強していく。


研ぎ終わった曲刀の姿は、まるで芸術品のようだった。

厚みと重量は増したが美しさはそのままに、以前にはなかった力強さを感じさせる。

少しばかり反りはなくなったが、あの優美な曲線の流れは健在だ。


職人「悪いな、打ち直した。反りが大きい分、負担も大きかったみてえだからよ」


盗賊「いや、気に入った」

盗賊「……本当に凄いな、あんたを捜して歩き回った甲斐があった」

職人「なら良かった。元が良いから苦労したんだぜ?」

少しばかり不安の色の混じった声だったが、盗賊の一言でほっとしたように二刀を置いた。

これ程の短時間で三つの剣を完成させることが出来たのは、勿論ドワーフであるからだろう。

しかし、素人目に見てもこれまでのドワーフ職人より彼は抜きん出ていると盗賊は感じていた。


職人「後は杖だな、軽量軽量……なら、ミスリルだな……」


奥にあった塊を掴み熱すると凄まじい速度で打ち始めた。

ハンマーを使っているとは思えない、まるでガラス細工のように繊細な作業だ。

杖はほぼ一呼吸の内に完成した。

女性と言われた時から既にイメージしていたのか、造形に迷いはなかったようだ。


職人「ほらよ。軽いから武器としちゃああんまり使えねえぞ」

盗賊「それでいいんだ。これを武器として使わせたら終わりだ」


職人「?」

盗賊「こっちの話だ。いきなりで悪いがこれで足りるか?」

腰の袋から金貨を無造作に掴み取ると、盗賊は職人に見せた。

足りないなら幾らでも出すといった様子の盗賊に、職人は再び笑った。


職人「随分荒っぽい金の出し方するんだな」

盗賊「出来ることなら金貨袋ごとやりたいくらいだが、それは勘弁してくれ」

職人「ははは!そんな大金いらねえよ、それで充分足りる。寧ろ払いすぎだ」

盗賊「いいから受け取ってくれ。素人だから上手く言えないが、これだけ払う価値はある」


職人「……ありがとよ」

盗賊「悪いけど急いでるんだ。もう行く」

大きな袋に入った大剣と杖を担ぎ、新しい鞘に入った曲刀を腰に差して立ち上がる。

そのまま立ち去ろうとした時、背後から声が掛かった。


職人「ちょっと待った!」

盗賊「何だ?」

職人「このナイフも持ってけ」

そう言うと盗賊のベルトからナイフを取り出し、変わりに数本のナイフを入れた。

更には腕に手甲を巻き付けた。

様々な刺繍と装飾が施されているが強度は申し分ないだろう。

職人「武器を見れば殺り方は分かる。防具も大事だ、持っといた方がいい」


盗賊「どうしてそこまで…」

職人「オレははぐれ者だ。世界からはぐれた薄汚い黒エルフには死んで欲しくないのさ」

おちょくるように言ってみせたが、その言葉が本気だということはすぐに分かった。


はぐれ者。

元々そうであったはずなのに盗賊にはその言葉が新鮮で、妙に心地良く感じた。

盗賊「はははっ、なる程な。じゃあ、ありがたく頂戴するよ」

職人「何するつもりか知らねえが死ぬなよ」

盗賊「……ああ、ありがとう」


ザッザッザッ…


職人「何だか不思議な奴だったな…ん?」

作業着のポケットに違和感を感じて中を確かめると、更に十数枚の金貨が入っていた。

先ほどの会話の最中に盗賊が入れたのだろう。

職人「かぁー!キザな奴だな!!まあ、金は嫌いじゃなねえからいいけどよ」

職人「……そろそろ東都での仕事も潮時かもな。この金使って店移すか」

また明日かな。長くなるなあ


>>>>

盗賊「流石に、そう簡単には見付からないか」

予想以上に早く武器が手に入り、日が落ちるまでにはまだ時間があった。

余った時間を使って【石版の男】の情報収集をしていたのだが、未だ有力な手掛かりはない。


その筋。

奴隷売買に通じている人物にも接触し【奴隷市場】の場所は聞き出せた。

余計な警戒を生まぬよう【石版の男】のことは訊かなかったが、奴隷市場の情報を聞き出せたのは大きい。

盗賊の思い描く通りに事が進めば、今夜中にも【石版の男】を抹殺出来るだろう。


どんな後ろ盾があるかは知らないが必ず償わせてやると、強く拳を握る。

が、何かを思い出したようにふっと息を吐き強張った体から力を抜いた。

軽く首を鳴らし深く息を吸うと、もたれていた壁から背中を離し、ゆっくりと立ち上がる。


盗賊「……怒りに囚われるな、か」

眼下に広がる景色を眺めながら僧侶に言われた言葉を呟いた。

彼女に触れられた感覚を思い返すように、胸に手を当てて目を閉じる。

すると一気に熱が冷め、心を支配していた怒りがおずおずと身を潜めた。


盗賊は一通りの情報を手に入れた後、都の景色を一望出来る時計塔に足を運んでいた。

関係者以外立ち入り禁止と書かれていたが、それを無視して内部に侵入。

長い螺旋階段を駆け上がり、頂上に到着すると抱えた荷を置き腰を下ろした。


人間・エルフ・ドワーフ。

種族関係なく多くの者と話した所為か精神的に酷く消耗したようだ。

とにかく人目の付かぬ場所で息抜きしたかったのか、気付けば此処を目指していたのだろう。

首が痛くなるくらい見上げなければならなかった建造物も、今や指でつまめる程に小さく見える。

外壁の上で腕を組むと、再び深く息を吸った。


盗賊「……ん?」

何の気なしに目を向けた手甲の内手首側に何やら紙切れが挟まっている。

取り出してみると、そこには仕様に関する内容が乱雑な文字で書かれていた。


【手甲にはめ込まれた二つの指輪を親指と人差し指に嵌める】

【指輪同士を軽く触れ合わせることで作動】

【作動させる際は手甲を決して自分に向けないこと】


作動。という文字が気になった。


人差し指の指輪は基節骨から中節骨まで、親指は基節骨から末節骨まで覆う形だ。

見たことのない造形だったこともあり、盗賊は早速取り外すと指に嵌めた。

当然合うわけもなく、するりと抜け落ちるかと思いきや盗賊の指に合わせて突如伸縮。


どうやらドワーフ独自の鍛冶術法が施されていたようだ。

指輪の彫刻に意味があるのだろう。

その技術に感嘆しながら、腕を前に伸ばして恐る恐る指輪同士を触れ合わせる。


盗賊「……凄いな……こんなに優れた代物だと分かっていたらもっと払ったのに」

作動したそれと右手に光る二つの指輪を見ながら、【はぐれ者】の職人ドワーフに感謝した。

しばらく時間を忘れて眺めていたが、頭上で鳴り響く鐘の音で目を覚ます。

素早く荷を手に取ると時計塔を駆け降り、二人の待つ宿へと向かって走り出した。


>>>>

剣士「いい重さだ」

到着後に早速手渡すと【怪物】と称された大剣を片手で持ち、握りを確かめている。

余程気に入ったのか右手と左手を何度も往復させ、重量感を楽しんでいる。


僧侶は落とさないか心配そうにしていたが、杖を渡すとその美しさに一瞬にして目を奪われた。

握りの上で複雑に絡み合う繊細な装飾を何度も指でなぞっている。

盗賊も二人の様子を見て、何だか報われたような、妙に誇らしい気分になった。


盗賊「気に入ってくれて良かった。具合はどうだ?」

僧侶「もう大丈夫です!」

盗賊「そうか、良かった」

剣士「ちっとも良くない、ずっと喋りっぱなしだった。次からは別の部屋にしろ」

盗賊「ああ分かった。『次から』はそうする」

どうやら共に旅することに抵抗はないようだ。

これも彼女の力だろうか。


僧侶「……あの、盗賊さん」

盗賊「どうした?」

僧侶「この杖、絶対に大事にします」ギュッ

盗賊「ああ、そうしてくれ」

剣士「ガキみたいにはしゃぐな、馬鹿が」

僧侶「剣士さんは昔からこんな感じなんですか?すぐ怒るし…」

盗賊「分からない。オレ達にこういう会話はなかったからな」


僧侶「あっ、そっか……そうですよね」

盗賊「一々落ち込むな、少しずつ馴れればいい」

僧侶「はいっ!」

僧侶「(同じこと言われた。何て言うか兄弟みたい、言い方は全然違うけど)」

盗賊「取り敢えず襲撃がなくて良かった。お前は退屈だったろうが……」

剣士「ああ、お喋り女と二人でいるくらいなら襲撃された方がマシだった」

僧侶「(……守ってくれてたんだ……言い方は酷いけど…)」


剣士「進展はあったか」

盗賊「伝言を頼んだからな、奴は必ず動く」

僧侶「伝言、ですか?」

盗賊「ああ、騎士に君が作った石版を渡して目的の女はオレが預かっている」

盗賊「そう言ったんだ」

僧侶「なるほど…」

剣士「場所は」

盗賊「深夜に地下奴隷市場だ。そこで奴を殺す」

剣士「分かった。俺はそれまで外で時間を潰してくる。そいつの所為で疲れた」

ガチャ…パタンッ


盗賊「……君はどうする」

剣士の背中を見送り、足音が遠ざかるのを確かめた後、盗賊は静かに言った。

大丈夫です。

とは言っていたが、僧侶はまだベッドに座ったままだ。

顔色は随分良くなったようだが、それでも万全とは言えないだろう。


僧侶「一緒に行きます」

迷いはないようだが、やはり不安なのか、細い指はシーツを強く握って離さない。


彼女の目的は目的を知ること、彼等の目的は復讐と自由。

彼女自身に戦う意味はないのだから不安なのは当たり前のことだろう。


盗賊「選択の自由なんて言っておきながら済まないな。オレは、君を利用した」

奴隷に堕とした張本人を殺す為、彼は手段を選ばなかった。

彼女への言葉は本心だったし偽りはないが己の発言を裏切ってでも果たしたい目的がある。


伝言を頼んだと言った騎士には自身がダークエルフであることを晒した。

更に、あの時の生き残りであると言えば分かるとも伝えていた。

幾らかでも【石版の男】が現れる確率を上げる為に。必ずこの手で殺す為に。


僧侶「……いいんです。ただ、一つだけ教えて下さい」

シーツをから手を離し、自分を利用したと言った彼の心の内を想う。

彼女も【石版の男】を誘き出すには自分を利用することが一番の近道だと理解している。

だからそれは気にはしていなかった。寧ろ彼にとっては当然のことだと感じていた。


あの時の【彼】を思い出す。

確かに彼等は強い、意志の強さも知っている。

なら、私は何をすべきなのか。

【彼】が言うように彼等を救うにはどうすべきなのか。それを知るべく彼女は問う。


盗賊「どうした、早く言ってくれ」

剣士が座っていた椅子に腰を下ろすと膝の上で手を組み、彼女を正面間近から見つめる。

声は至って穏やかで怒りの色は見えない。


冷静そのものといった様子だ。

選択を奪い、無理矢理に戦いの場に引きずり出したことを少しばかりでも気にしているのかもしれない。

彼女は彼の手に自分の手を重ね、言った。


僧侶「その人は…あなたに何をしたんですか」


彼の手がピクリと震えた。

怒りではない、もっと別の深い場所に根差した何かだ。

直感的にこれは怯えている、怖れているのだと、彼女は感じ取った。

同時に、怒りで怯えを隠そうとしているとも。


盗賊「オレを、ダークエルフの子供達を奴隷にした」

剣士も彼も表面的には絶対に出さないが、今の彼は確かに怯えている。

過去と向き合い打ち勝つ為に懸命に戦っているのだ。


あの時の彼は檻に入れられ、死にゆく同族を眺めるしか出来なかった。

何の抵抗も出来ない無力な子供でしかなかった。 


その恐怖たるやどれ程のものだろうか。

幸せな家庭など初めからなく、両親共に粛清の名の下に殺され、孤独に生きた幼少期。

粛清が終わったと思えば奴隷商人に囚われ、あの女主人の下に売られたのだ。


彼女は再び思い出した。

【彼】を通して聞こえてきた数多の声を。

救いを求め泣き喚く子供達の魂の叫びを。

それを思い出した時、自分が何者かなどは最早気にならなかった。

何をすべきかではなく、何が出来るのか。彼女の中で急速に何かが変化していく。


僧侶「戦う覚悟が出来ました」

彼の手を両手で優しく包むと、今までにない意思の込められた口調で言った。

その瞬間、ある言葉をはっきりと思い出した。森でも言った言葉だが、あれでは伝わらない。

かつて自分に四術を教えた四人の女性は、常々こう言っていた。


僧侶「誰よりも優しく、誰よりも強い女になるんです」

私があなた達を救います。とまでは言えなかった。

自分の記憶には不鮮明な部分が多く、彼等を知っている【彼】のこともあまり分からない。


説明出来る自信もなかった。

現段階で彼等が奴隷であったことを知っていると告白するのは流石に躊躇われる。

そもそも奴隷であったこと知っているだけで他のことは何も知らないのだ。


盗賊「……まるで人が変わったみたいだな」

僧侶「今はまだ話せませんけど、少しずつ分かってきてるんです」

盗賊「そっか。分かるといいな、自分のこと」

優しげに言った彼の顔は、ほんの瞬きの間だが確かに微笑んでいた。

この瞬間、【彼】が言っていた言葉が少しだけ分かった気がした。


『あいつらだけが、君を救える』


やはり彼等でなくては駄目なのだと、彼女は改めて確信した。


剣士「なら、何人焼き殺しても平気だな」

いつから立ち聞きしていたのか、剣士が乱暴にドアを開けて入ってきた。

僧侶は盗賊と額がくっつくほど近づいていたことに気付き、顔を真っ赤にして離れた。

そして、何故かベッドの上に立って剣士を睨む。


剣士「何だ?また綺麗事をぬかすのか?」

僧侶「違います」

僧侶「私は誰かを悲しませる者、人々に苦しみを与える者には躊躇いなく力を行使します」

その堂々たる姿、雰囲気は村で初めて見た時に近かった。

ベッドの上だからか迫力はあまりないが、彼女が本気であることは二人共に理解したようだ。


剣士「口なら何とでも言える」

剣士「今夜、その言葉が本物かどうか見せてもらおうじゃないか」

僧侶「盗み聞きする人にそんなこと言われたくないです」

ふっと顔を背ける僧侶の様子を見て、子供なのか大人なのか分からないと盗賊は思った。

本当に不思議な存在だと。

先ほどまでは全身を包み込まれるような安堵感があったが、今は全て霧散したように一切感じない。


僧侶「盗み聞きが趣味なんですか?」

剣士「殺すぞ、クソガキ」ズッ

僧侶「ごめんなさい許してください」

盗賊「…っ、あははっ!」

剣士「何がおかしい」

盗賊「お前と二人で旅している時は、まさなこんな風になるとは思ってなかった」

盗賊「……何だか、こういうのも悪くないと思ってな」

剣士「………まあ、そうかもな。確かに悪くない」

僧侶「あの、そろそろ首から剣を離してくれませんか?凄く怖いです…」プルプル

寝るまた明日かな。


>>>>

盗賊「此処だな」

予定の時刻よりも早く宿屋を出た三人は極力人目を避けながら移動し、ある場所へと向かった。

そこは何の変哲もない多くの住宅が建ち並ぶ一画、現在は使われていない古びた涸れ井戸。

井戸には転落防止やゴミの不法投棄を防ぐ為なのか、ぶ厚い石盤で蓋をされている。


盗賊が蓋をずらし、その隙間から僧侶が涸れ井戸の中へと降りる。

次いで剣士が、最後に盗賊が入り、内側から石盤を元の位置に戻し涸れ井戸の底へ降り立った。


深さは分からなかったが、僧侶が風術と火術を併用することで安全に降りることが出来た。

井戸の底で小さな火球を発現させ周囲を照らすと、奥に広がる暗闇が暴かれる。

火球の照らし出した先には、三人が並んでも充分余裕のある程の広々とした通路があった。


奴隷市場への通路として作られた地下道。

盗賊が得た情報では他にも幾つかの地下通路があるようだが、彼は此処を選んだ。

地盤が悪いのか何度か工事されたらしいが、現在は放置され使われていない通路だ。

多少の危険を犯してでも、利用頻度の高い地下道を通るよりは良いと判断したのだろう。


地下奴隷市場へ行くには地下道を通らねばならず、地上から市場内部を窺い知ることは出来ない。

早めに宿屋を出たのは奴隷市場の内部を把握する為でもあった。

何処に何があるのか、逃走経路として他の地下道も把握しておく必要がある。


指定の時刻まではまだまだ余裕はある。

騎士に【石版の男】への伝言を頼んでから、まだそれほど時間は経っていない。

何事もなく進めれば騎士や術士が配備される前に到着出来るだろう。


火球の明かりを頼りに進んでいくと、柱が折れて崩れかけている箇所が幾つかあった。

注意深く進んでいく中、僧侶が何か思い詰めた様子で口を開いた。


僧侶「奴隷を売り買いする為だけに、こんな道を幾つも作ったんですか?」

声は予想以上に反響した。

この地下道が如何に広いのか分かったのか彼女は更に驚愕したようだ。

未だ響き渡る己の声にも驚いている。


盗賊「ああ、だろうな。それがどうかしたのか?」

法で禁じられている以上、市場の場所は絶対に見付かるわけにはいかない。

その為に張り巡らされた地下道だ。

これくらいのことをしなければ安全に奴隷売買は出来ない。

それ以外に何の用途があるのだと、盗賊はやや呆れた様子で問い返す。


僧侶「こんな地下道作れるなら、もっと他のことに使えばいいのになって……」

盗賊「他のこと?金の使い道か?」

僧侶「いえ、そうじゃなくて……火事があった時とかに使う避難通路とか」

二人は言葉を失った。

呆れた訳でもなんでもない、そんな利用用途など一切想像出来なかったからである。

確かにそのような地下道があれば住民は更に安全に生活出来るだろう。


彼女の言葉は何一つ間違ってはいない。一般の人間なら当たり前の考えだ。

そんな当たり前が、二人には衝撃的だった。


剣士「お前のような善良な馬鹿ばかりなら、こんな世界にはならなかっただろうな」

盗賊「そうだな、争いが起きても口喧嘩程度で済みそうだ」

鼻を鳴らし馬鹿にした様子の剣士、子猫か何かを見るように目を細めて微笑む盗賊。

両者共に声は実に穏やかだ。


稀少動物でも見守っているような、ある種、慈愛に満ちた目で彼女を見ている。

その何とも言いようのない視線に気付き、彼女は二人を横目で見ながら疑いの眼差しを向けた。


僧侶「……それ、褒めてます?」

盗賊「ああ、勿論褒めてる」

僧侶「絶対嘘ですよ。だって笑ってるし……」

別に変なこと言ってないのにと、若干ふて腐れた様子で火球を先に進める。

まるで子供のように唇を尖らせたふくれっ面を見て、盗賊は再び微笑む。

もっと早く彼女のような存在と出逢っていたなら、オレ達はどうなっていただろうと。


そんなことを思ったが、今までにも近付いてくる輩はいた。

一緒に旅がしたいだの、金になる話しがあるだの、様々なことを言って近付いてくる。


当然どれも断ったわけだが、彼女は違う。

彼女でなくてはこんな風に笑うことはなかっただろうし、彼女だったからこそ剣士も自分も変わったのだろう。


四年間、片時も離れず旅をしたが談笑したことなどあっただろうか。

笑い合った時なら幾らでもあるが、それは獲物を仕留めた時や襲撃前など暗いものばかりだ。

一般的な意味での談笑などしたことはないかもしれない。


僧侶「盗賊さん?どうかしましたか?」

盗賊「……いや、何でもない。君はどうだ?辛くはないか?」

僧侶「えっ?は、はいっ、宿屋で休めたのでもう大丈夫です!」

剣士「おい、気を付けろ。あまり大きな声は出すな」

声の影響か元々の地盤の弱さからか、彼女の真上から落ちた拳大の石を剣士は素早く掴み取って砕いた。

怒った様子はなく、寧ろ身を案じているような声を出したことに彼女は非常に驚いている。

剣士はそれを察したのか、礼を言われる前に顔を背け一歩前を歩き出した。


僧侶「えっ…あれっ?盗賊さん?」

盗賊も同じく一歩前を歩き出した。

僧侶は一体二人に何が起きたのか分からずあたふたしている。


彼は自分の発言に驚いていた。

森では彼女の素性を聞き出す為に声や表情を装っていたはずなのに、今はそれが自然になっている。

まだ一日と経っていないのに、自分達は彼女との出逢いによって急激に変化しつつある。


それはおそらく、初めて触れたからだろう。

打算のない優しさや思いやり、いたわりの心や温もり、彼女が時折醸し出す母性に似た包容力。

それら全ては誰もが知っているべき当たり前のものだろう。

しかし彼等にとってみれば、彼女のそれは体感したことのない不可思議なものだった。


剣士「いいのか」

盗賊「共に旅をすると決めた。それは、お前も認めたはずだ」

囁くような剣士の警告に、盗賊は間を置かずに答えた。

剣士は何も言わなかった。

それから沈黙が続いたが、盗賊は悩んだ末に自分の頭に浮かんでいた言葉を口にした。


盗賊「………オレ達が守ればいい」

盗賊「生き方を変えるわけじゃない、旅が変わるだけだ」

剣士「お前がそう言うならそれでいい。やるべきことは変わらない」

盗賊「お前はどうなんだ」

剣士「……俺達は変わった」

剣士「もう前のようには戻れない。なら、受け入れるだけだ」

剣士「それに、変化を恐れて女から逃げるのも気に食わないからな」


ぶっきらぼうに言うと更に先に進んでしまった。

剣士自身、自分の発言に戸惑っているのだろう。盗賊にも同様の戸惑いはある。

変化を受け入れるという剣士の言葉が、妙に耳に残った。

彼らしいと言えば彼らしい。

変化しようと自分は自分だと、そう言っているのだろう。


盗賊「どう変わろうが、オレはオレだ」

僧侶「どうしたんですか急に、二人共早歩きしちゃうし……」


言い聞かせるように歩み出した時、背後から僧侶が走ってきた。

気付かぬ内に随分先に進んでしまったらしい。

ぬかるみに足を取られたらしくブーツは泥まみれ、急いで来たのか少々疲れているようだった。

盗賊「悪いな、少し相談してたんだ」

僧侶「相談?戦い方とかですか?」

盗賊「そうじゃない。これから先、オレ達がどうするか話してたんだ」

僧侶「……よかったぁ…また何かしちゃったのかと思いました」


また剣士を怒らせてしまったのではないか不安だったのだろう、彼女はほっと胸を撫で下ろした。

焦って来たのかローブがあちこち所々汚れている。

盗賊はそっと頭に手を伸ばし、彼女のフードに付いた土埃を払った。

そしてどこか吹っ切れたような、おそらく彼本来の持つ声で、彼女に言った。


盗賊「そんなことはない、剣士も怒ったわけじゃないから」

僧侶「……えぇー、本当ですか?」

宿屋で切っ先を向けられたのが相当効いているのか、少し怯えいる。

先を行く剣士の背中をちらちらと見ながら様子を窺っている。今の彼女は子供のようだ。


盗賊「大丈夫、本当だ」

僧侶「…なら、よかったです」

先ほど馬鹿にされたのを根に持っているのか、どうにも納得行かないような表情だ。

盗賊は子供をあやすような、彼女の頭にぽんと手を置いてから柔らかな声で言った。

彼自身は気付いていないだろうが、今までにない優しげな眼差しで彼女を見つめながら。


盗賊「君はそのままでいい、無理はするな」

僧侶「あっ…えっと…ありがとうございます…」

彼女は咄嗟にフードを深く被り、真っ赤な頬を見られぬよう顔を伏せた。


盗賊「落ちついたか?さあ行こう」

僧侶「はいっ」

やっぱり二人共本当は優しい人なんだと、彼女は思った。

襲撃を警戒し、文句を言いながらもお喋りに付き合ってくれた剣士の優しさも。

今の盗賊の何気ない行動も、彼女はその何もかもが嬉しかった。


彼女にとっても、それは今までに向けられたことのない特別なものだった。

彼女もまた、彼等と同じように変化している。


>>>>

剣士「一通り見たが、やはり今までとは規模が違うな」

目に見える扉は勿論、他の地下通路の場所も確認し終え、隠し扉も幾つか発見した。

全てではないだろうが大方の調査は終了、今のところ敵の気配もない。


三人は一番上の観客席から奴隷が出品される場所を眺めていた。

僧侶が発現させた火球のお陰で市場内部は全て見通せる。

剣士の言うように規模は大きい、観客席だけでも数百人は収容出来る。


立ち見の客がいればそれ以上だろう。

つい先日行われたのだろうか、観客の熱気がまだ残っているようにも感じられた。

逃亡防止の高い塀に囲まれた出品場所もかなりの広さだ。


一度に売買される人数もかなり多いのだろう。

僧侶はこの場所で起きていることを想像しているのか、酷く辛そうな顔をしている。

だが更に衝撃的で残酷な事実が、盗賊と剣士の口から飛び出した。


剣士「中央にある陣の形状は聞いたものと合致する。やはり【生贄】の噂は本当だったようだな」

盗賊「もしかすると村で戦った騎士は此処で…」

僧侶「……噂って、なんですか?」

出品場所中央にある陣を見ながら、僧侶は恐る恐る二人に訊ねた。


二人は顔を見合わせ、隠しても仕方がないと判断したのか陣の説明を始めた。

説明と言っても一言三言で終わる内容だが。

盗賊「あれは奴隷の命を奪って術法の強化を行う為の陣。奪った命を術法や肉体の力にするものだ」

盗賊「身体能力でも術法でもエルフに劣る人間が考え出した外法にして【邪法・邪術】」

盗賊「騎士が言っていた【人間の力】とは、間違いなくあれのことだろう」

剣士「こちら側で奴隷売買が多いのは他にも需要があったから、というわけだ」


僧侶「…なんでそこまで…そんな力…そんなの、誰も救われないのに…」

息苦しそうに呟きながら、今にも泣きそうな顔で眼下の陣を見つめる。

彼女には黒で描かれた蛇の環と内側にある赤の螺旋十字が毒々しく輝いて見えた。


???「邪術まで調べたか、たかが数年で色々と学んだようだな」

???「てっきり学のない粗暴な輩に育っているかと思ったが、そうでもないらしい」

撫で付けられた金髪に蛇のような切れ長の目、青白い肌、薄い唇、忘れようのない冷たい声。

あの時と変わらない姿。

三人の座る席の対面、出品場所を挟んだ向こう側の席に彼……【石版の男】はいた。


瞬間、盗賊が吼えた。

理性などない獣のように咆哮を上げると一気に跳躍し、空中で双剣を抜いた。

数十メートルの距離を一瞬で詰め、体を弓なりに曲刀を振り上げる。

しかし【石版の男】目掛けて振り下ろした刃は突如現れた分厚い石壁に阻まれた。


刃が弾かれたような音の直後、みしみしと骨の砕ける音が石壁越しに響く。

彼は退屈そうに足を組み、石壁に叩き付けられたであろう盗賊に冷ややかな声で告げる。

???「やはり粗暴で愚かだな、ダークエルフ。世界の異物…いや、汚物か」

また明日かな。


僧侶「盗賊さん!!」

石壁に衝突したまま動かない、びたりと張り付いたような格好で静止している。

彼女の声に反応した様子もない、胸を強く打ったのか呼吸不全を起こしているのかもしれない。

何度も叫ぶ彼女とは対照的に、剣士は落ち着き払っていた。

背後の壁に突き刺していた大剣を引き抜き、ゆっくりと立ち上がる。


剣士「奴のことはあいつに任せる。それより警戒しろ」

両手で肩をがしりと掴み、剣士は真正面から強い語気で告げる。

彼女は何か反論しようとしたが、金色に輝く瞳がそれを許さない。


彼もまた自分を抑えるのに必死なのだ。肩を掴む手は怒りに震えている。

もし彼女がいなければ今すぐ走り出し、冷静さを失った盗賊の援護に向かっていたに違いない。


あの瞬間の盗賊は正に異常だった。

【石版の男】を見た瞬間に起きた感情の爆発に突き動かされ、理性が崩壊したように見えた。

あれ程に怒り狂った盗賊を見るのは剣士も初めてのことだった。


だからこそ自分が冷静でなければならない。

今、彼等の立場は完全に逆転している。

この場にいて彼女を支えるべき存在は剣士ではなく盗賊だったはずだ。

相手が【石版の男】でなければ。


剣士「いいか、あいつのことは心配するな。あんなことでやられる奴じゃない」

彼女が少しばかり冷静さを取り戻したのを確認すると、ゆっくりと肩から手を離した。

杖を握り締める手は、かたかたと震えている。


???「先日とは全く違うな。半日足らずで自我を確立させたのか……」

僧侶の様子を窺っていたのか、【石版の男】が興味深げに呟いた。


黒地に金の刺繍が施されたローブ。

裾を軽く叩いて席から立ち上がるまでの一連の仕草は、まるで紳士のようだった。

想像していた奴隷商人とは違い、どこか気品の漂う【石版の男】に僧侶が問い掛ける。


僧侶「……あなたは、何者ですか」

感情を押し殺しているのか、その声は途切れ途切れに発せられた。

自然と杖を握る力が強くなる。

【石版の男】が放つ異様な雰囲気に呑まれまいと抵抗しているようにも見えた。


???「私が何者か?ならば君は己が何者か答えられるのか?」

背後から冷や水をかけられたように僧侶の体がびくりと跳ねた。

存在の証明、己が何者であるか。それは彼女自身が求めているものに他ならない。


現在の彼女を支えている柱はあまりに脆く、敵対心を抱く間もなく混乱に陥った。

自分自身を知らぬという怖れが戦いの決意を塗り潰していく。

表情を変えないまま此方を見据える【石版の男】に、彼女は遂に答えられなかった。


???「私と共に来れば君が何者であるか、君が何をすべきか教えてやろう」

この言葉に彼女の心は強く揺さぶられた。

おそらく今の言葉は嘘ではないだろう。

直感的に【石版の男】に付いて行けば自分自身が何者であるか知ることが出来るだろうと感じた。


だが、その直後に恥じた。

あの男が何を策しているかは分からないが、あの男は何者も救うことは出来ない。

あんな男の甘言に惑わされてはならないと、彼女の心は警鐘を鳴らし強く拒絶している。


彼女は未だ動きを見せぬ盗賊、傍らに立つ剣士の姿を交互に見た。

やはり共にいるべきは彼等だと、傾きかけていた精神が一気に立ち直る。

彼女は【石版の男】の絡みつくような視線を真正面から受け止めた。


僧侶「私は絶対にあなたとは一緒に行きません。私は私自身が見つけ出します」

目を覚ましたように、彼女は強い意志を持って【石版の男】を拒絶した。

少々驚いた様子だったが、彼はさして問題ないといった風に彼女に告げる。


???「そこまで成長しているとは想定外だ。まだ赤ん坊かと思っていたんだが……」

???「まあいいだろう。君が絶対行かないと言うなら、私は絶対に君を連れて行く」

???「一応名乗っておこう。私は錬金術師だ」

腰に差していた一見細剣のような杖を手に取ると、杖全体が輝きだした。

杖から流れ出した光の糸は市場全体に降り注ぎ、一瞬の静寂が訪れる。


何かを感じ取ったのか、剣士は僧侶を抱き寄せると即座に跳躍。

空中から市場を見下ろすと、光が当たった場所から異形の怪物が出現した。

埃を被ったような灰色の体毛と鋭い爪、手には盾と鋸刃の剣を所持している。


錬金術師「勘が良いな。だが、どうする?」

僧侶に何事かを指示し天井付近で滞空、右手に持った大剣を【石版の男】に向けて投擲した。

しかし盗賊と同じく石壁によって容易く防がれてしまう。大剣は半ばまで突き刺さり停止した。

術法の発現速度は村で戦った土術の騎士とは比べ物にならない。


剣士「やれ、後はあいつに任せる」

僧侶は無言のまま頷くと土術で作り出したハンマーで大剣を石壁に打ち付けた。

大剣は石壁を粉砕したが客席に突き刺さった。錬金術師は後方に飛び退き躱して見せたのだ。


錬金術師「ハンマーか、子供らしい柔軟な発想だな。しかしあの男…」

土埃と舞い散った破片が視界を遮る中、上空から接近する何かがあった。

考察していたのか反応が遅れ、飛来した何かが凄まじい力で錬金術師の胸を突き刺した。


錬金術師「ぐっ…」

土埃が晴れていき、視界が遮られた中にあって的確に胸を突き刺した人物の姿が露わになる。

風術の補助を受けて大幅に加速した盗賊。彼が繰り出した曲刀、二つの刃。


盗賊「一体何人の命をその身に宿した」

射殺すような眼差しで盗賊は叫んだ。

石壁に直撃した際に吐血したのか、口元と白い衣服が赤く染まっている。

確実に心臓を捉えているにも拘わらず、錬金術師は感心した様子で盗賊を見ている。

この僅かな間にも胸や首を刎ね、何度も切り裂き、心臓や脳天に曲刀を突き立てた。


だが、それでも生きている。

出血を気にしている様子もなく傷も残らない、切り裂かれた衣服以外は何の変化もない。

傷付く前の体に戻っている。

いや、戻っているというより切り裂かれる数秒前の姿に逆行しているという方が近いだろうか。


どちらにせよ現段階で盗賊が錬金術師に傷を与えることは不可能だろう。

奪った命の総量が桁外れに多く、彼に囚われている魂の数は計り知れない。

人の身でありながら神になろうとでもいうのかと、盗賊は錬金術師を睨み付ける。


錬金術師「その様子だと邪術についてそこそこ詳しいようだな。一つ教えてやろう、ご褒美だ」

盗賊「お前が放った化け物が【オーク】だということなら既に知っている」

盗賊「……元々はエルフであったこともな」

錬金術師「それは結構なことだが、私が言いたいのは『その程度』のことじゃない」


錬金術師「彼女のことだ」

錬金術師「あれは腐敗した世界を浄化するべく降り立った【神】だ」

胸を貫かれているにも拘わらず、顔色一つ変えずに盗賊の背後を指差した。

そこには風術を使い此方に向かって来る僧侶の姿があった。おそらく剣士の指示だろう。

剣士は出品場に降り、オークの群れを相手に大剣を振るっている。


オークについては文献で知った程度で、その姿から鈍重な生物かと思っていたがそうでもない。

連携も取れている上に動きも非常に早い、剣士は大剣を盾にして攻撃を弾くと半歩後退。

オークが前方と上空から襲い掛かるが、待っていたと言わんばかりに大剣を回転させる。

アダマスで作られた大剣は暴風を巻き起こし、迫り来るオークを一薙ぎにした。


職人が【怪物】と称したそれは剣士の手で高速回転し、容易く剣を折り盾を粉砕。

勢いそれだけでは収まらず、オークの体をへし折りながら四方八方に吹き飛ばした。

壁に叩き付けられたオークは短い破裂音を響かせ、瞬く間に壁を真っ赤に染める染料と化した。


剣士は改めて大剣の重量と耐久力を実感したのか、満足気に笑っている。

目の前の人間。剣士を怖れているのか、オーク達動揺し、攻めあぐねている。


僧侶「盗賊さん、無事ですか!?」

一瞬で状況を理解し錬金術師に向き直る間際、僧侶が傍に降り立った。


盗賊「ああ、オレはもう大丈夫だ。済まない、二人に迷惑を掛けた」

冷静さを失い飛び出したことを我ながら情けないと思っているのか、彼は素直に謝罪した。

彼女は無事ならそれでいいと首を振り、自分も大丈夫だと示すように軽く微笑んで見せた。

その様子を怨みがましく見つめる錬金術師を、盗賊が問い詰める。


盗賊「彼女が神だと言ったな。それはどういう意味だ」

傍に立つ僧侶を落ち着かせるように大丈夫だと頷いて見せると、錬金術師に答えるよう促した。


錬金術師「そのままの意味だ」

錬金術師「それに、私は言ったはずだぞ。教えるのは一つだけだとな」

そう言って、杖の柄を盗賊の胸に当てた。

ほんの触れる程度のゆっくりとした動作、それも優しく小突くように。

しかし盗賊は一瞬にして吹き飛び、客席を破壊しながら出品場上空を突っ切って壁に激突した。

杖の速度は到底攻撃などとは思えないもので、傍にいた僧侶も何が起きたのか把握出来ていない。


錬金術師「私が土術しか使えないとでも思ったか。人間を嘗めるな」

彼女に向けられた双眸には明確な敵意が込められた薄黒い闇があった。

だが彼女には分からない、彼が何故自分に敵意を向けているのか理解出来るはずがない。

彼女は何も知らないのだから。


錬金術師「あれから二百年だ、神である貴様にとっては瞬きほどの時間だったろうがな」

錬金術師「だがその間にどれだけの者達が苦しんだか分かるまい!!」

錬金術師「貴様は救えた命を救わずに世界から去った!!何故今になって再び現れた!!」

意味は理解出来ないが自分を非難していることははっきりと分かった。

どこまでも冷え切っていた声は、今や凄まじい熱を帯びて彼女を焼き尽くそうとしている。


僧侶「あはたは何を…痛っ!!?」

ありったけの負の感情をぶつけられたのが引き金となったのか、彼女の記憶は激しく揺さぶられ掻き乱された。

遠い過去に聞いた叫び声が脳内で反響し、彼女はその激痛に耐えかね膝を突き、その場に倒れた。

朦朧としながらも意識を保とうとしたが、助けを求める声はいつまで経っても止むことはない。

彼女は必死に祈った。どうか、どうかこの痛みを消してくれと。


しかし先ほどの言葉が脳裏に蘇る。

その言葉は彼女を絶望の淵へ突き落とした。


あの男は私が【神】だと言った。

もし本当に自分が【神】だとするならば、私には祈るべき神すらいない。

その瞬間、かろうじて保っていた意識は砕かれ深く暗い混濁の海に沈んだ。


錬金術師「……他愛もない。さあ、宣言通り一緒に来てもらうぞ」


錬金術師「これは貰っていく」

錬金術師「どうやら彼女の精神的支柱はダークエルフのようだからな」

剣士「……屑が」

斬っても斬っても減る気配がない。

押し寄せるオークの合間から、力なくだらりとしたまま連れ去られる盗賊の姿が見えた。

オークに担がれた盗賊の腹には数本の氷の槍が突き刺さっている。

風術で吹き飛ばしたと同時に発現させていたのかと、剣士はぎりと歯噛みした。


為す術がない。

この場から離れれば僧侶までもが連れ去られるか、もしくは殺されてしまう。

未だ気を失ったままの僧侶を見下ろし、盗賊の言葉を思い出す。


『オレ達が守ればいい』


その言葉が彼を奮い立たせた。盗賊の奪還を諦めたわけではない。

今すべきことに専念するのみだと、己に強く言い聞かせる。

剣士は懸命に大剣を振り、押し寄せるオークを斬り伏せながら錬金術師に宣言した。


剣士「お前は必ず殺す」

表に出さなかったが、錬金術師は背筋にぞくりと冷たいものが走るのを感じていた。

燃え盛る憤怒と憎悪が、その一言に集約されているようだった。

錬金術師は一度立ち止まったが、盗賊を担いだオークと共に隠し扉の向こうへ姿を消した。

また明日かな。進むの遅くて申し訳ない。


剣士「ごちゃごちゃと喧しい奴だ」

オークを撃退しながら機を窺っていた剣士が出品場から壁を蹴って飛び上がり大剣を振り抜いた。

倒れた僧侶を抱き起こそうと屈んだところを狙った一撃が、錬金術師の脇腹を引き裂いた。

咄嗟に身を捩って躱そうとたが避けきれず、多量の血液が床に飛び散る。


深く切り裂かれた脇腹の傷が治る気配はない。

剣士は僧侶を背に大剣を構え、傷を抑え呻く錬金術師の前に立ちはだかった。


錬金術師「……やはりそうか、ならば仕方がないな」

傷付くことのない己の体が傷付けられたことで何かを悟ったのか、錬金術師が憎々しげ呟いた。

僧侶を諦めその場から飛び退き杖を一振りすると、オークの群れが二人を取り囲む。

彼は更にもう一体のオークを召喚し、盗賊の下へと向かわせた。


錬金術師「あれは貰っていく」

錬金術師「どうやら彼女の精神的支柱はダークエルフのようだからな」

剣士「……屑が」

斬っても斬っても一向に減る気配がない。

押し寄せるオークの合間から、力なくだらりとしたまま連れ去られる盗賊の姿が見えた。

オークに担がれた盗賊の腹には数本の氷の槍が突き刺さっている。

風術で吹き飛ばしたと同時に発現させていたのかと、剣士はぎりと歯噛みした。


為す術がない。

この場から離れれば僧侶までもが連れ去られるか、もしくは殺されてしまう。

未だ気を失ったままの彼女を見下ろした時、地下道での盗賊の言葉が頭を過ぎった。


『オレ達が守ればいい』


その言葉が彼を奮い立たせた。決して盗賊の奪還を諦めたわけではない。

今すべきことに専念するのみだと、己に強く言い聞かせる。

剣士は懸命に大剣を振り、押し寄せるオークを斬り伏せながら、彼は錬金術師に宣言した。


剣士「お前は必ず殺す」

表には出さなかったが、錬金術師は背筋にぞくりと冷たいものが走るのを感じていた。

燃え盛る憤怒と憎悪が、その一言に集約されているようだった。

錬金術師は一度立ち止まったが、盗賊を担いだオークと共に隠し扉の向こうへ姿を消した。

>>274>>275の間が一つ抜けてた。
確認し忘れました。申し訳ないです。

>>275>>276はミスです。>>274の続きは>>280からです。


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錬金術師「美醜は関係なく流れ続け、彼の者の血は受け継がれり隔世か」

力なくぼそぼそと呟いた意味不明な言葉が地下道に木霊した。

火球の光で照らされた顔は血の気が失せたように蒼白く、ただでさえ痩身の体は更に痩せこけて見える。

だが切れ長の目だけは揺るがぬ野望の熱を持ち、ぎらぎらと輝きを放っている。


僧侶を手に入れられなかったことは痛手だが、彼女の支えである盗賊を手に入れた。

これさえあれば幾らでもやりようはあると、オークに担がれる彼を見て野心的な笑みを浮かべた。

表情とは裏腹に歩みは遅い。地面を這う靴底がずりずりと音を鳴らしている。


抉られた脇腹を抑えているが、既に傷は治癒しており出血もない。

だが時折激痛が走ったように顔を歪め、短い呻き声を上げては何度も立ち止まった。


錬金術師「やはり魂そのものに傷を……」

先ほどより幾分か意識がはっきりとしたのか、己の身に何が起きたのか分析する。

前提として肉体的なダメージを与えることは不可能だということ。

これは盗賊が幾ら切り刻んでも傷を負わせることが出来なかったことで証明された。


しかし、現に傷を負っている。

だとすれば、剣士と呼ばれていた男が魂そのものに傷を与えたとしか考えられない。

そんなことが出来る人間はいない。

もしいるとするならば、嘗て人界の王である【天界の監視者】を破壊した存在だ。


彼女には神をも[ピーーー]力があったとされる。

肉体ではなく魂の破壊。彼女の振るう物全てが必殺の武器と化す。

剣であろうと弓であろうと、果ては小石であろうと関係ない。

おそらく剣士は彼女の血を引く者だろうと、錬金術師は推測していた。


しかし現に傷を負っている。

だとすれば、剣士と呼ばれていた男が魂そのものに傷を与えたとしか考えられない。

そんなことが出来る人間はいない。

もしいるとするならば、嘗て人界の王である【天界の監視者】を破壊した存在だ。


彼女には神をも殺す力があったとされる。

肉体ではなく魂の破壊。彼女の振るう物全てが必殺の武器と化す。

剣であろうと弓であろうと、果ては小石であろうと関係ない。

おそらく剣士は彼女の血を引く者だろうと、錬金術師は推測していた。


錬金術師「今は僧侶だったか。あれが今になって再び現れたのは世界に彼がいたからか」

錬金術師「だとしたら、このダークエルフは何の為に…」

前を歩くオークの肩に担がれた盗賊を眺めながら、彼の存在理由を探る。

何故二人なのか、過去をなぞるのなら剣士だけで充分なはずだ。


この男、盗賊のどこに必要性があるというのだ。

世界に唯一のダークエルフであり、その姿を保っていられる稀有な個体であることは分かる。

だがそれだけだ。

他に目立った点はない、現段階で彼の必要性は感じられない。


神の気紛れと片付けるのは容易だが、彼にも何かしらの役目があると考えた方が良いだろう。

僧侶と剣士を釣る餌として使うのは無論だが、まずは研究材料とすべきだろうか。

などと思案している最中、突如盗賊の体が前方に投げ出される。


まるで見えぬ糸で引っ張られたように、灯りの届かぬ暗闇へと吸い込まれていった。

直後、盗賊を担いでいたオークの体が凍り付き、硝子が砕けるような音を鳴らし崩れ落ちる。


???「いつまで経っても暗い顔してるのね。あの時からちっとも変わってない」

???「そうやって過去に囚われてるから暗い未来しか描けないのよ」


???「大体、犠牲に上に成り立つ世界なんて誰も喜ばないわよ?」

???「暗黒の時代を抜けた先にある【輝かしい未来】を創造するのが目的じゃなかったの?」

暗闇から聞こえる声に覚えがあるらしく、錬金術師は苦い顔で彼女を睨んだ。


???「彼の重要性が分からないようなら、あたしが貰ってくから」

???「納得出来ないって言うなら戦ってもいいけど、その体であたしに勝てるかしら」

脇腹の傷は完全に治癒した。

内部の魂も幾分か安定してきているが、万全ではない。

彼女の力量はよく知っている。この場で盗賊を巡って戦っても益もなく長引くだけだ。

戦闘の最中に剣士に追い付かれでもすれば、それこそ目も当てられない事態になる。


しかし、彼女が現れたことで盗賊の重要性を知ることになろうとは思いもしなかった。

彼女が何の意味もなく、まして危険を犯してまで自分と接触するとは考えられない。

どこから情報を得たのかは知らないが、あの口振りからして此方が万全だとしても盗賊を奪うつもりだったのだろう。


相変わらず他人を苛立たせるような物言い、飄々とした語り口。

姿は見えないが、この苛立ちに更に拍車を掛ける彼女の大仰な仕草が目に浮かぶ。

ふざけてはいるが目的の為なら手段を問わない危険な女だ。今は、関わりたくはない。

挑戦的な彼女の言葉に苛立ちながら、錬金術師は重々しく口を開いた。


錬金術師「……好きにしろ」

彼女からの返答はない。

遠ざかっていく足音だけが地下道に響き渡り、彼はそれを見送ることしか出来なかった。

魔女めと吐き捨て、距離が充分に離れたのを確認すると再び歩き出した。


>>>>

僧侶「…うっ…ん…」

剣士「起きたか」

頭を抑えながら視線を上げると剣士の大きな背があった。頭から血を被ったように全身が染まっている。

辺りには剣士に寸断されたオークの死骸が無数に転がっていた。

それによって出来た血溜まりが川となり、階段を伝って出品場に流れ落ちる。

その様は、まるで黒蛇の環と螺旋十字が血液を吸い寄せ啜っているようだった。


彼女自身もオークの血液によって濡れており、白いシャツが赤黒く染まっている。

血の滑りで一度では立てず、僧侶は何度か尻もちと膝を突いた。

市場に充満する悪臭と凄惨な光景に言葉を失いつつも、彼女は何とか起き上がった。


僧侶「……あ…盗賊さんは…」

吐き気を抑え、姿の見えぬ盗賊を探したが何処にも見当たらない。

錬金術師の姿もないが、地下奴隷市場には今も不穏な空気が流れている。

召喚されたオーク全てを排除したが、剣士は未だ警戒を解いてはいない。

僧侶に背を向けたまま、剣士は僅かに怒りを滲ませた声で事実を告げた。


剣士「盗賊は錬金術師に連れ去られた」

僧侶「そんな、何で……あの人の狙いは私だったんじゃ!」

剣士「そうだ。お前が狙いだから盗賊を連れ去った」


僧侶「えっ?」

剣士「あいつが連れ去られたと聞いて、お前はどう思う。何がしたい」

僧侶「……早く助けたい、何とかしなきゃって…」

彼女は盗賊に渡されたミスリルの杖を抱き締めながら、カタカタと震えている。

無力さを痛感し、またしても何も出来なかった己を呪っているようだった。

親を見失い迷子になった幼子のように恐怖に怯え涙ぐんでいる。


剣士「奴は俺達が盗賊を助け出そうと動いたところを狙ってくるだろう」

剣士「あくまで目的はお前だ。馬鹿でも分かるように説明したつもりだが、分かるか」

僧侶「……はい、分かります」

袖で涙を拭う彼女を、剣士は無言のまま見つめた。


剣士「よし、ならいい。そろそろ来るぞ、一応構えろ」

僧侶「えっ?」

そう言ったと同時、全ての通路から騎士達が雪崩れ込んで来た。

人数はさほど多くはないが統率の取れた動きを見た剣士は精鋭揃いだと判断した。


騎士達はオークの死骸に驚くこともなく、あっという間に二人を取り囲む。

だが攻撃してくる気配はない。

直ぐさま背を向けると小さな円陣を作り、二人を守護するように辺りを警戒している。

他の騎士達は素早く散開、オークの生き残りがいないか確認しているようだ。


僧侶「剣士さん。この人達、この都の騎士じゃないです」

剣士「そんなことは見れば分かる」

剣士「こいつらは北西……女王の騎士共だ。厄介なことになったな」

僧侶「厄介?守ってくれてるみたいですけど……」


剣士「今に分かる」

僧侶「?」

残党がいないのを確認したのか、二人を囲んでいた円陣が開く。

一人の女性騎士が二人に近付いて来る。

おそらく彼女が騎士達を指揮している人物だろう。

騎士達に不満の色はなく、敬意と畏怖が見て取れる。


彼女は剣士の前に立ち、彼をしげしげと眺めた。

血塗れの剣士を前に怖れる様子を微塵も見せないない彼女を、僧侶は怯えた表情で観察している。

抱いたのは恐怖や怯えだけではない。

彼女の堂々たる姿に強い憧れさえ抱いているようだ。


女騎士「女王陛下の命でやって来た。二人共、我等と共に来て欲しい」

剣士「断る。女王に用はない、俺にはやるべきことがある」

彼は元々誰かと行動を共にしたり他人の指示に従うような男ではない。

従うとは言っても、そもそも盗賊と主従関係にあったわけではない。


二人は常に対等な立場にあり、互いに認め合っていたからこそ行動を共にしていた。

互いが互いの一部であるかのような、信頼や友情とも違う強い繋がりを持っている。

『固い絆』

などと言ってしまえばそれまでだが、その一言で表現出来るようなものではない。


唯一の例外。

盗賊がいない今、彼を動かせる者は誰一人としていない。

そんな彼が、連れ去られた盗賊の奪還を放棄して女王の派遣した騎士に付いて行くはずがない。


剣士「無理矢理にでもと言うなら、面倒だが全員殺す」

そこら中に転がるオークの死骸を見ても一切の動揺を見せなかった騎士達に緊張が走った。

現場の様子と死骸の傷痕から見て、彼が単身でオークを全滅させたのは確かだ。


剣士の瞳が爛々と輝く。

大剣を振るって血を払う姿は新たな獲物を見つけた獣のようだった。

一瞬にして場の空気が変わり、剣士から滲み出る獰猛な殺気は騎士達を呑み込んだ。

各々が剣に手を掛け、術法を使える者は悟られぬように力を練った。

そんな中でただ一人、平然としている者がいた。


女騎士「下手に出るのは止めだ。おいクソガキ、よく聞け」

剣士「察しの通り俺は気が短い。悪態をつく暇があるならさっさと言え、ババア」

瞬時に大剣を喉元に突き付け、先を促す。女性騎士同様、彼もまた苛立っている。

これ以上引き止めるつもりなら躊躇うことなく彼女の首を刎ねるだろう。


ババアと言われたのが余程気に触ったのか、彼女は頬をひくつかせている。

相手はガキだと何とか怒りを抑え、彼女は続けた。

女騎士「東都で大規模な術式の発動を確認した」

女騎士「もうじき都は消滅する。巻き込まれたくなかったら一緒に来い」

女騎士「お前等の連れは女王陛下の友人が救出、一足先に都を離れた」


剣士「証拠は、納得させる材料はあるのか」

女騎士「ない。数十分待てば証明出来るが、その時は私もお前もこの世にはいないだろうな」

剣士「時間の無駄だったな……死ね」

何ら取り繕おうとせず言い切った彼女に対し、剣士は首筋にあてた切っ先を押し込んだ。

しかし背後から掛かった声により鮮血が飛び散ることはなかった。


僧侶「待って下さい!」

剣士「……何だ」

僧侶「盗賊さんが助けられたかどうかは分かりませんけど、この都から離れたのは本当です」


剣士「何故分かる」

僧侶「説明は出来ないけど分かるんです、剣士さんと盗賊さんがどこにいるのか……」

僧侶「だから村から出た時も森で離れた後も、すぐに追い着けたんです」


僧侶「……お願いします、信じて下さい」

あまりに自然に追い着いて来ていたため、そんなことは疑問にすら感じていなかった。

確かに根拠はないが、僧侶が一切道に迷わず追い着いて来たのが何よりの証明だろう。

だが、それが事実だとしても盗賊救出を裏付けることにはならない。

剣士「盗賊を連れて都を出たのが錬金術師ではない。という確証はあるのか」


僧侶「それは…」

言い淀む僧侶に代わり、女性騎士が口を開いた。


女騎士「都を丸ごと使った術式だぞ、術士がいなければ発動しない。馬鹿かお前は」

女騎士「それより時間がない、早くしろ。説明なら都を出た後で幾らでもしてやる」

未だ切っ先を向けられながらも態度を崩す様子はなく、剣士を上目に睨みつける。

この女が言っていることが事実だと仮定して剣士は思考を巡らせた。


大規模な術式、切迫した状況下。この女がはったりを言っているようには見えない。

盗賊が救出されたのであれば、女王のいる北西の都で合流出来るはずだ。

嘘があった場合は皆殺しだ。その後で僧侶が示す道を行けば盗賊の下に辿り着ける。


剣士「……いいだろう。その前に一つだけ言っておく」

女騎士「何だ。時間がないと言ってるだろうが、早く言えクソガキ」

剣士「もう二度と俺に指図するなよ、次は殺す。分かったかババア」

その会話を最後に、剣士と僧侶は騎士達に先導されながら地下道を走り抜ける。

騎士達の足が遅いのが気に入らないのか、剣士は終始不機嫌なままだった。

先導とはいえ、先を走られることすら気に入らないらしい。


騎士の先導があったからか、何の問題もなく東都から抜け出すことが出来た。

走り行く騎士達を怪訝な目で見ていた都の人々が一斉消失したのは女騎士の宣言通り、それから数十分後のことだった。

続きは違うスレ建てて書きます。
最後までこの書き方でいこうと思ってたけど無理でした。何かぐちゃぐちゃしてるし。
次からは会話文のみで書きます。

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