城ヶ崎美嘉「乙女心とラーメン屋」 (39)

「寒っ……」

外に出ると、思った以上の寒さにそんなことを言ってしまった。お昼はまだ暖かかったんだけど……。そんなことを思っていると、前に居たプロデューサーが振り返って溜息を吐いた。

「だから、そんな格好をするなって言ってるのに」

その言葉にアタシはむっと思い、言う。「昼はまだ暖かかったから、この格好でも大丈夫だったの」

「夜になったら寒くなるなんてこと、わかってただろ」

「この仕事がそこまで長引くかどうかなんてわからなかったじゃん」

「なる可能性があることはわかっていただろ?」


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矢継ぎ早に正論を返されて、アタシはとうとうまともな反論ができなくなる。だから、

「……プロデューサーのバカ」

いじけるように、そんなことを言ってしまう。

「バカとはなんだよ」プロデューサーは苦笑して言う。「正論だろ?」

「正論だからむかつくの」論理も何もない感情論で、アタシは言う。「……頑張ったんだから、もうちょっと優しくしてくれてもいいじゃん」

イヤな女だな、と思う。プロデューサーは間違ったことを言っていないのに、感情論で反論してしまう。これって、よくある『面倒臭い女』そのものじゃん。そんなことを思って、自分で自分が嫌になる。

でも、今言ったことは本心でもある。嘘偽りない本心。わがままでしかないけど、それでも、今は優しくしてほしかったから。

「……そうだな。ちょっと、キツく言い過ぎたか。ごめんな、美嘉」

プロデューサーは申し訳なさそうに言う。ああ、やっぱり、プロデューサーはそう答えてくれるんだ。そう思って初めて、アタシは自分がプロデューサーがそう言ってくれることを期待してさっきのようなことを言ったのだと気付く。
……やっぱり、アタシ、嫌な女だな。
そんなことを思うけれど、でも、それでも、プロデューサーがそう言ってくれたことは、素直に嬉しくて。自己嫌悪よりも、嬉しいっていう気持ちの方が強くて、アタシの頬はゆるんでしまう。

「ううん、アタシの方こそごめん、プロデューサー」

「いや、お前が謝ることじゃ……」

そうやって気遣ってくれるプロデューサーに対して、アタシはにっとからかうための笑みを作り、

「でも、プロデューサーも、アタシの脚とか、肌とか、いっぱい見てたよねー? そんなエロい視線を向けていたプロデューサーがアタシに説教できるのかなー、とは思ったよねー」

「ぐっ」アタシの言葉を受けて、プロデューサーは困ったように声を詰まらせる。「いや、だが、上に羽織るものくらい持ってきてもよかっただろ」

「えー? でもでも、よく考えるとそういうことってプロデューサーの仕事じゃない? 確かに自己管理は大事だけど、こういう時のためにプロデューサーって居るんじゃないのかなー?」

「うっ……それを言われると、何と言うか……」

プロデューサーは困ったように口をもごもごとさせる。プロデューサーみたいな大人の人がそんな風にしているのはちょっと面白くて、ちょっとかわいい。

「ごめんごめん、プロデューサー」でも、ずっとそうさせているのは可哀想だから、助け舟とばかりにアタシは言う。「さすがに意地悪だった。ごめんね」

「……いや」プロデューサーは少し考えてから、アタシの言葉に首を振る。「確かに、俺の配慮が足らなかったよ。……でも、今は俺のジャケットくらいしかないから、それで我慢してくれ」

「えっ」

思わぬ申し出に、アタシは唖然としてしまう。そうしている内にプロデューサーはジャケットを脱ごうとしていて、こんなこと昔もあったな、なんて考えて、そこでようやく正気を取り戻して、アタシは言う。

「そ、それはプロデューサーに悪いからいいよ。プロデューサーも、寒いでしょ?」

「むしろ暑い」でも、プロデューサーは譲らない。「だから、俺の方から頼みたいくらいだよ。俺の汗が付いていて不快かもしれんが、そこは我慢してくれ」

そう言ったプロデューサーの顔に、汗は一滴足りとも見えなかった。さすがに寒いと思っているかどうかまではわからない。でも、この気温だ。薄着だと、寒いに決まってる。

でも、

「……うん。わかった。じゃあ、着させてもらうね」

アタシはプロデューサーのジャケットを受け取って、羽織る。思った通り、汗なんてまったく付いていない。でも、とても、温かい。

「んー……でも、ジャケットだけじゃ心もとないな。風邪を引かれたら困るし……」プロデューサーはしばし考えこんで、言った。「美嘉、この後、暇か?」

「えっ」プロデューサーからそんなことを言われるとは思わなくて、呆けたような声を出してしまう。でも、このチャンスを逃すわけにはいかないと思ってすぐさま「暇! 全然暇だよ!」と返す。

「そこまで慌てて言うことか……?」 

プロデューサーがアタシの様子を不審がって言う。その反応に、ちょっとがっつき過ぎたかも、と急に恥ずかしくなってしまう。でも、プロデューサーからあんなことを言うなんて本当に稀なのだ。ちょっとくらい慌ててしまっても仕方ないと思う。

「でも、暇か。それなら、良かったらこの後、一緒に飯でも食いに行かないか? 当然だが、奢るからさ」

その言葉には本当に驚いて、声も出なかった。プロデューサーが、ごはんに誘ってくれるなんて……。アタシは慌てて後ろに振り返って、顔を隠した。たぶん、きっと、見せられないような顔をしていたから。

「ど、どうした? やっぱり、嫌だったか?」

プロデューサーの心配したような声が聞こえる。……真逆だよ、プロデューサー。

「……本当に、プロデューサーは乙女心をわかってないよね」

「は?」プロデューサーは意味がわからないとでも言うように声を出す。「いきなりなんだ。どういう意味だよ」

「そのままの意味!」嬉しさを隠すことなく、振り返って、アタシは笑う。「行きたいよ。アタシ、プロデューサーと一緒に、行きたい」

「……そうか」

突然、プロデューサーが口元を手で隠すようにして後ろに振り返った。どうしてだろう? そう考えて、すぐにその意味に思い至る。

「……えへへ。プロデューサー、アタシの笑顔が魅力的過ぎて、顔、赤くなっちゃった?」

「なっ」明らかに図星だというような反応をして、プロデューサーは言う。「ち、違う。違うからな!」

「照れなくてもいいのにー」

そう言いながら、アタシはプロデューサーの隙だらけの背中に近付いて、ぎゅっとその手を掴む。

「あっ……美嘉、お前、何を」

プロデューサーが言いながら振り向いたその瞬間に、アタシは言う。

「アタシも、そうだったからさ」

そう言うと、プロデューサーは固まった。そして、アタシの言葉の意味を理解したのか、どんどん顔が赤くなっていく。……たぶん、アタシも。

そのままアタシたちは時が止まっているかのように固まっていたけれど、びゅうと冷たい風が吹いてきて、同時に身体を震えさせてしまった。そんな互いの顔を見て、アタシたちは一緒にぷっと笑い出した。

「……プロデューサー、やっぱり、寒いんじゃん」

「お前こそ、まだ寒いんだな。……早く、行くか」

「うん」

そう返すと、プロデューサーはアタシの手を離して、ゆっくりと歩き始めた。離されたその手には思うところがあったけれど、手を繋いだまま歩いてはいけないなんてこともわからないほどバカでもない。アタシは自分を納得させて、プロデューサーに付いて行った。

でも、もやもやは残っていたから、「アタシの手を触って、エロいこと、考えちゃった?」なんてことは言った。それに対してプロデューサーは「うるさい」と顔を赤らめてくれたから、アタシのもやもやもほとんどが晴れた。


――

「ん、着いた着いた。ここだ、ここ」

「ここ、って……」

プロデューサーの言葉が信じられなくて、アタシは言葉を止めた。……まさか。さすがにプロデューサーでも、女の子と一緒に来て、こんなところにするなんて……。

「ああ。ラーメン屋だ。温まるだろ?」

……どうやら、本当にここらしい。

「……プロデューサー、やっぱり乙女心ってものをわかってないね」

「は? 何がだよ」

「普通、女の子をラーメン屋に連れてくるか、ってこと」アタシは不機嫌を隠そうともせずに、唇を尖らせる。「しかも、豚骨だし」

「美嘉はラーメン嫌いだったか?」

「そういうことじゃなくて……もう!」

期待していたアタシがバカみたいじゃん。プロデューサーに悪気はないんだろうけど……だからこそ、むかつく。アタシ、女の子として意識されてないのかな……。そう考えるとむしょうに悲しくなってきて、じわ、と目に涙が滲んでくる。

「……美嘉?」

その言葉にアタシはハッとして目を拭って、プロデューサーの方を向く。もういいや。プロデューサーがアタシをそういう目で見てないのなら、今まで以上にユウワクしてやるだけだ。でも、今日だけは、ここでやけ食いしてやるー!

「入ろう、プロデューサー」

「え? いや、でも、お前……」

「いいから!」

「はい!」

アタシが怒鳴るように言うと、プロデューサーは『気を付け』の姿勢になって答えた。……ホント、まだむかつきは収まらないけど、こういうのを見て『情けない』よりも『かわいい』って感情の方が大きくなるから、恋愛っていうのは惚れた方が負けなんだろうな。

そんなことを思っていると顔がゆるんでしまっていたのだろう。プロデューサーが「……あれ? 美嘉、機嫌、治った?」と言ってきた。それに対してどう答えるかは迷ったけれど、いつまでもキツく当たるのもどうかと思ったので、「まあ、そこそこ」と答えた。
プロデューサーは安心したような顔で「良かった」と言った。「やっぱり、美嘉は怒っているよりも、いつもの方がかわいいよ」

……プロデューサー、もしかして、ぜんぶわかっていて言っているじゃないの?

そう思ってしまうような言葉だったけれど、それでも嬉しいと思ってしまうから、やっぱりアタシってチョロいな、と思った。


――

店の中に入ると、そこそこの数の人が居た。店の至るところに色んな貼り紙が貼ってある。『豚骨ラーメン600円』だとか『ラーメン一杯ご注文で替え玉かライス無料!』とか。他にも餃子とか、明太子ごはんとか。そういう貼り紙が貼ってあるのが物珍しくて、思わず、キョロキョロと店の中を見回してしまう。

「もしかして、美嘉、こういう店、初めてか?」

プロデューサーの言葉通り、アタシはこういう店に来るのは初めてだった。ラーメンが特別好きってわけでもなければ、女子高生でこういうところに来る機会はあんまりないと思う。

そう答えるとプロデューサーは「そうか」と笑った。「まあ、確かに、女子高生だけでは入りにくいかもしれないな」

実際、店の中に女子高生はアタシだけだし、女の人もあまり居ない。……というか、それがわかっているなら、女の子をこういうところに連れてくるのはおかしいってわかるんじゃないの? そう思ってアタシはプロデューサーを睨むように見るが、プロデューサーは「な、なんだよ……」と知らぬ顔。……調子狂うなあ。

「あー……とりあえず、食券を買うぞ」

アタシの視線から逃れるとばかりに、プロデューサーは食券販売機に向かう。……まあ、いいけど。アタシもプロデューサーに付いて行って、食券機の前に立って、何があるのかを見る。でも、わからない。

「何を頼めばいいの?」

「何を? 何を、か……」プロデューサーはうーんと考えて、言った。「初めてなら、とりあえず、ラーメンじゃないか?」

「普通の?」

「普通の、まあ、ここでなら豚骨ラーメンだな」プロデューサーは言う。「麺の硬さやら背脂の量やらも調整できることにはできるが、まあ、最初なら普通でいいだろう」

「麺の硬さ? 背脂の量?」よくわからない単語が出てきて、アタシは首を傾げる。「そういうのも、変えられるんだ」

「こういう店は、な」プロデューサーは言って、食券機に手を伸ばす。「ってことで、これでいいか?」

「うん」そううなずいた瞬間にアタシはあることが気になって、尋ねる。「プロデューサーは、何にするの?」

「俺か? 俺は……」プロデューサーは食券機に書いてあるメニューを見てしばし考えこんでから言った。「うん、ラーメンと餃子かな。それと、サービスでライスか替え玉が無料らしいから、ライスを付ける」

「ライス?」それが気になって、アタシは口に出してしまう。そう言えば、そういう貼り紙があった。でも、ラーメンに、ライス……。「それ、合うの?」

「合う」プロデューサーは言い切った。「少なくとも、俺は好きだな」

「へぇ……」

プロデューサーがそこまで言うのなら、本当においしいのかもしれない。ちょっと、こわいけど……。

「じゃあ、アタシもそうしようかな」

「餃子も付けるのか?」

「そっちじゃなくて」

「ああ、ライスか。確かに、話の流れからするとそうだな」プロデューサーは言った。「でも、餃子、要らないのか?」

「要らないよ」

「そうか?」プロデューサーはどこか残念そうに言った。「……おいしいのになあ」

確かにおいしいかもしれない。でも、女の子に餃子を勧めるっていうのはどうかと思う。それも、プロデューサーの前で、なんて……もしも口がにおったりしたら、なんて、考えるだけでこわい。

「じゃ、とりあえず、豚骨ラーメンが二つと、餃子だけでいいか」

「うん」


そうして食券を買って、席に着いて、お水を持ってきた店員さんに食券を渡した。プロデューサーは「あ、俺の分は麺をバリカタで、背脂多めで。こっちの分は普通でお願いします」と言っていた。バリカタ……? とアタシが首を傾げていると、「まあ、かためってことだ」と答えてくれた。ラーメン用語的なもの、なのかな。……なんだか、別の世界みたい。アタシは思った。今まで入ったことがない、初めて見る世界。それがラーメン屋っていうのも変な話だけど……少なくとも、アタシにとってはそうだ。

それから少し待つと、ラーメンとライス、それから餃子が運ばれてきた。チャーシューとネギ、それから……これは、きくらげかな? あと、海苔が上に乗っているラーメンだ。
色は『豚骨』って感じの色。うっすらと油が浮いていて、なんだか食欲がそそられる。

「じゃあ、食べるか。いただきます」

「あ、うん。いただきます」

でも、どういう順番で食べるべきなんだろう。何か作法があるかもしれない。そう思って、プロデューサーを見る。プロデューサーはまずレンゲでスープをすくって飲んでいた。……とりあえず、アタシもそうしよう。そう思ってレンゲを持って、スーブに髪が付いたりしないように、もう片方の手で髪を少しだけかきあげて、スーブに口を付ける。

「……あ」

おいしい。ちょっとこってりしていて、『豚骨ラーメン』って感じの味だ。でも、今まで食べてきたラーメンとは全然違う。なんでだろう。すごく、おいしい。

おいしいとしか表現できない自分の語彙が嫌になってくるけど、本当にそうとしか言えない。ラーメンを初めて食べるわけじゃないけど、こういう店は初めてなのだ。正直、これは初めて食べる味で……『おいしい』としか、表現できる言葉を持っていない。

……麺も、食べてみよう。アタシはお箸を手に持って、麺を啜ってみる。プロデューサーも、他の人もしているみたいに、はしたないかもしれないけれど、音を立てて。

「……ん!」

おいしい! なんだろ、うん、すっごくおいしい! このちょっとかための、しこしこした感じの麺とスープが、何と言うか、マッチしていて、とってもおいしい。本当に、なんて表現したらいいのかわからないんだけど、気持ち良い。

もう一口、とアタシは麺を啜ってみる。うん……うん! なんだろう。喉越しがいい、って、ラーメンに使っていい表現なのかわからないけど、そんな感じ? それでいて、麺の食感もちゃんとあって……うん、本当に、おいしい。

でも、このかたさで『普通』なら、『バリカタ』っていうのは、どんなのなんだろう。それが少し気になって、アタシはプロデューサーの方を見る。するとプロデューサーはすぐに気付き、「なんだ?」と尋ねてきた。アタシは正直に、「バリカタって、どんなのだろう、って思って」と答える。


「じゃあ、食べるか?」

「……え?」

プロデューサーの言葉に、アタシはぽかーんと口を開けて答える。「ほれ」とプロデューサーはアタシの方にラーメンの器を持ってくるが……いやいやいや、ちょっと待ってちょっと待って。さ、さすがにこれは……そう思ってプロデューサーをちらっと見てみるけれど、プロデューサーが何かに気付いた様子はない。……むぅ。なんだか、自分だけ気にしているのがバカみたいに思えてきた。ちょっと恥ずかしいけど、食べてやろう。

ふぅ、ふぅ、と息で冷まして、ずずっ、と啜る。

「んっ……」

かたい。さっきよりもかたいし、それに、スープの味も違う。さっきよりもこってりしてる? というか、ちょっとだけドロっとしてるような気がしないでもない。麺のかたさはさっきよりも結構かたくなってるけど、麺にからみついてくるスープの量も多くなっている感じ。でも……。

「……おいしい」

「そうか」プロデューサーは嬉しそうに笑った。「美嘉の舌に合ってくれたみたいで、良かったよ」

「うん。本当に、おいしいよ。……最初、女の子をラーメン屋に連れて来た時は何を考えてるのか、って思ったけど」

「あー……それで不機嫌になっていたのか。確かに、よく考えるとダメ、か……ごめんな、美嘉。女性を連れて来るなら、もっと洒落た店にするべきだったか。俺と美嘉の仲だからって甘えてたよ。親しき仲にも礼儀あり、だよな」

「……ううん、べつにいいよ。おいしいし」アタシは早口でそう言って、ラーメンの器をプロデューサーに返す。「その、ありがと。そっちはそっちで、また別で、良かった」

「ん、あ、そうか。それは良かった。べつに交換してもいいが……」

「そっ、それはダメ!」慌ててアタシは言う。「それはさすがに、間接キスとか、そんなレベルじゃないし……」

「は? 間接……」プロデューサーはそこでようやく気付いたようで、顔を変えて言った。「ご、ごめん、美嘉。そうか、間接キスか。そうだな、うん。配慮が足らなかった」

「う、うん」プロデューサーが慌て出すと、見てるこっちは逆に冷静になってきた。冷静になってきて、余裕が出来てきた。にっ、と口角を上げて、アタシは言う。「……プロデューサー」

「な、なんだ」

「これからプロデューサーが味わうのは、アタシの味、だね」

「なっ!?」プロデューサーは声を上げて、すぐに口を手で抑えた。「……お前、変なこと言うなよ」

「交換しようって言ったのはプロデューサーの方からじゃん」アタシはにやにやと笑みを浮かべながら言う。「アタシ、プロデューサーはもうとっくに気付いているのかと思ってたよ」

「……早く食べないと、冷めるぞ」

プロデューサーは強引に話を変えて、ラーメンに箸を付けようとして、やめて、餃子に箸を伸ばしていった。さすがに強引過ぎたからそれをからかうこともできたけど、こんなことを続けていたらラーメンが冷めるし、伸びてしまう。それはアタシも嫌だったから、からかうのはやめて、アタシもラーメンに向き直った。

それからちょっとずつ食べ進めて、アタシは気付いた。ライスに手を付けていない。それに、海苔にも手を付けてない。

ネギはいいアクセントになっておいしかったし、チャーシューもしっとりとしていておいしかった。きくらげもいい食感のアクセントになっていて楽しかったし……でも、海苔。これはどうやって食べたらいいんだろうか。

プロデューサーを見ると、ちょうどライスに箸を付けようとしているところだった。ごはんを口に運んで、それからすぐにレンゲでスープをすくい、啜った。そうやって楽しんでから、また麺を啜り、今度は海苔でごはんをくるんで口に入れた。それから、レンゲですくったスープの中にごはんを入れて、それを口に入れたり、チャーシューをおかずにごはんを食べたり、色んなことをしていた。……つまり、そうすればいいのかな。

アタシはまず、ごはんを口に入れて、スープを飲む方法をしようと思った。えっと、まず、ごはんを口に入れて……それから、スープを啜る。

「……あ」

これ、おいしい。うん、おいしい! なんだろ、この豚骨のスープとごはん……めちゃくちゃ合ってる!

それからアタシはプロデューサーと同じようにして、麺を啜ってみる。うん、やっぱりおいしい。でも、これを知っちゃうと、交互に食べたくなってくる。

ごはん、スープ、麺。ごはん、スープ、麺。……どうしよ、止まらなくなってきそう。

でも、このまま食べて行っちゃうとごはんもスープも麺もなくなっちゃう。その前に……とアタシはプロデューサーがしていたように、海苔でごはんをくるんで食べようとする。出てきてから今までの時間でスープに浸ってちょっとしんなりしてしまった海苔。スープの味がしっかりと付いていて、それでごはんをくるんで食べる……もう、想像するだけでおいしいのがわかる。


海苔を持って、ごはんをくるんで、そして……食べる。

「……うん!」

思った通り、おいしい! 海苔、いいなぁ……うん、いい仕事してる! 思った以上においしい。なんだろう。もうパリパリなんてしてないんだけど、海苔特有の風味みたいなのは残っていて、それがスープと合わさって、さらにはごはんとも合わさって、ものすごくおいしくなっている。……このおいしさを表現できないのがちょっともどかしい。とにかく、本当に、めちゃくちゃおいしい!

あと……とアタシはチャーシューに目を付ける。これをおかずに、ごはんを……そんなの、絶対においしいじゃん! まずはスープを一口啜って、チャーシューに口を付ける。それから……

「……んー!」

おいしい! わかっていたけど、やっぱり、おいしい!

ラーメンにライス……初めて見た時は意味がわからないと思ったけど、うん、これ、最高かも!

それからもアタシは食べ進めていって、すぐにライスがなくなってしまった。ライスで終わるのか麺で終わるのかは迷ったけれど、麺で終わった方が気持ち良いような気がしたから、最後に麺を残して、一気に啜った。時間が経ったから、最初よりはちょっとやわらかくなっていて、でも、やっぱり爽快で、気持ち良い。それから、ちょっとスープを飲んで、お水を飲んで……うん、満足。

「ごちそうさまでした」

アタシがそう言うと、プロデューサーがこっちを見ていた。「満足したか?」

「うん。おいしかったよ」

「それじゃあ、出るか」

「うん」

そう言い合って、アタシたちは店の外に出た。やっぱり、店の外は寒い。でも、さっきほどじゃない。ちゃんと、温まっている。

それなのに、店の外に出るなりプロデューサーはジャケットを脱いで、アタシに羽織らせてくる。

「もう……」アタシは呆れるように言う。「十分、温まったって」

「それは俺もだよ、美嘉」プロデューサーは言う。「それに、べつにこれは美嘉のためじゃない。ただの見栄だ」

嘘だ。誰にでもわかる、稚拙な嘘。

でも。

「……うん。わかった。ありがと、プロデューサー」

アタシは言って、肩にかかるジャケットをぎゅっ、と握りしめる。

「じゃあ、帰るか」

「うん」

プロデューサーは言って、ゆっくりと歩き始める。アタシもその横に並んで、歩き出す。

「そう言えばさ、プロデューサー」

ふと思うところがあって、アタシは言う。「なんだ?」とプロデューサーがアタシの方をちらと見て尋ねる。だから、アタシは思ったことを口にする。

「アタシの味、どうだった?」

「はぁ!?」プロデューサーが大声を出すと、周囲を歩く人たちの視線がプロデューサーに集まる。それに対して少し頭を下げてから、プロデューサーはアタシに向かって小声で言う。「……お前、公衆の面前でそんなこと言うなよ」

「でも、事実でしょ?」

「事実……じゃないだろ」

「あは。一瞬迷ったってことは、やっぱり、味わったんだ」

アタシはからかうために笑みを浮かべて言う。プロデューサーの顔は赤くなるばっかりで、それがどんな言葉よりも真実を語っている。

「……ねぇ、プロデューサー」

そんなプロデューサーを見ていると、なんだかとても優しい気持ちが胸の中に生まれてきた。

「なんだよ」

でも、プロデューサーはアタシが何を言うのかと警戒している。傷付くなあ、なんて、思ってもないことを考えてから、アタシは言う。

「今日はありがと。アタシみたいな女子高生をラーメン屋に連れて行く、っていうのは、やっぱりどうかと思うけど、おいしかったよ」

「ん、そ、そうか」

警戒していた言葉とは違う言葉がきたのか、プロデューサーは戸惑ったように言う。……うん、やっぱり、プロデューサーのこういう表情、好きだな。仕事の時の表情も好きだけど、こういう表情も好きだ。

そんなことを思いながら、アタシは言葉を続ける。自然な話の流れを装って、いちばんの、ユウワクを。

「でも、女の子だけで行くのはやっぱり行きにくいから……また、連れて来てね」

この言葉に、どれだけの意味が含まれているか、プロデューサーは気付くだろうか。

……ううん、きっと、気付かない。鈍感なプロデューサーは、気付いてくれない。

でも、それでいいと思う。それでもいい。それでも、アタシの気持ちは、変わらないから。

「ん……ああ。いいぞ」

プロデューサーは軽く受け止めて、笑って、言った。

――やっぱり。

やっぱり、気付かなかった。うん、これはわかってた。どうせ、プロデューサーは気付いてくれない、って。

だから、アタシは言うのだ。いつものように、鈍感なプロデューサーでも、逃れられないような言葉を。

「それは、またアタシの味を味わいたい、ってことかな?」

「なっ……お前、今、それを言うか?」

プロデューサーは困ったような顔をして言う。その顔には、先程と同じく赤みが見える。

だから、アタシはプロデューサーの言葉に笑って答える。

「うん、言うよ。プロデューサーが、乙女心をわかるまで、ね」

そして、いつかアタシに惚れさせてあげるから。

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