提督「今日から鎮守府は24時間活動するから」 阿賀野「……はい?」 (257)


提督「これまで全員休憩していた夜の時間もフル活用して出撃をやってもらいます」

能代「分かりました、喜んで!」

矢矧「……分かったわ」

阿賀野「ち、ちょっと待ってよ提督さん!それじゃあ阿賀野達は一体いつ寝るの?」

提督「出撃して会敵してない時に立ちながら眠ればいいじゃないか」

能代「提督の言う通りよ、阿賀野姉ぇ」

阿賀野「能代ってば何言ってるの!?そんなので疲れが取れるわけ……」


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提督「阿賀野、それに能代と矢矧も目を閉じなさい」

阿賀野「……?」

提督「いいか。私達がこうしている間にも深海棲艦は地上を征圧しようと行動し続けている」

提督「海は赤く濁り、海洋生物はその数を急速に減らし、人々の生活圏は徐々に狭まっているんだ」

提督「奴らのせいで住む家を、愛する人を、育った大地を失った人々の気持ち……目を閉じたままで想像してみなさい」

阿賀野「……」


提督「完全なる被害者である彼らの無念を想えば、心の奥に熱いものが滾ってくるだろう!」

提督「それは何だ。何とかしなければならない、人々の幸せをこれ以上奪わせてはならない。君たちの胸にあるその気持ちは何だ!」

提督「それは……君自身が持つ、この世をもっと良くしようとする使命感。つまり君の夢なんだよ!」

提督「いつも心に夢の火を灯しなさい。そうすれば夜だから寝るなんて甘っちょろいセリフは口が裂けても言えないはずだ!」

能代「提督の言う通りよ、阿賀野姉ぇ。私達は夢を燃料にして頑張れるのよ」

阿賀野(……いやいやいやいや提督さんなんか途中から話飛んでない!?)


提督「目を開けてよろしい。……いいか阿賀野」

提督「最早一刻の猶予もない、私達は皆の笑顔と幸せを背負っている!それを守るという一心のみで軍務に向かわなければならない!」

提督「給金がどうとか、休暇がどうとか言っている場合じゃないんだ!そんなものは人々の笑顔と幸せに比べれば何の価値もない事が分かる!」

提督「とにかく一日も早く海に平和を!人々に幸せを!世界に笑顔を!君だってそう思っているだろう!!!」

阿賀野「は、はぁ……それは、まぁ」

阿賀野(お題目は正しいんだけど……)


提督「ありがとう!分かってくれて嬉しい!これからも夢を生きがいにして軍務に励んでくれたまえ!」

提督「話は以上だ。これからは昼夜問わず艦隊を回していくから、全員のスケジュールを調整しておくように」

阿賀野(会話終わっちゃったし。話振ったの阿賀野なんだけどなー……)

能代「一緒に頑張ろうね、阿賀野姉ぇ!人々の笑顔と幸せのために!」

阿賀野「能代……ちょっとテンション高すぎない?目の下にクマもあるし、ひょっとして徹夜明けじゃ」

能代「大丈夫!皆の幸せを私が守れると思えば自然と休まなくても仕事が出来るの!提督さんに教えて貰ったんだから!」

阿賀野「へ、へー」


矢矧「……あら、もうこんな時間。私は遠征組の出迎えに行ってくるから」

阿賀野「わ、私も艤装磨いてきまーす……だからその、能代、手……離して?」

能代「ええ!二人とも提督の想いを分かってくれたみたいで嬉しいわ!私ももっともっと頑張らなきゃ!」

阿賀野「能代はちょっと休んだ方がいいと思うな……色んな意味で」

能代「そんなことできないわ!世界の幸せを守らせてもらえる誇り高い仕事に就いてるんだから、誰よりも頑張らなきゃ!」

阿賀野(能代……目が怖いよぉ……)

――工廠

カーン・・・カーン・・・カーン・・・

阿賀野「お、お邪魔しまーす……」

阿賀野(前は入りやすかったのに……今の提督さんが来てから殺伐とし始めたのよね、工廠)

阿賀野(働く艦の”工夫”のおかげでより少ない資源で艦や装備の開発建造が出来るようになって大本営に表彰されたとは聞いてるけど)

明石「だから!どうしてこの装備を作るのにこんなに資材がかかるんですか!おかしいでしょう!」

夕張「そんな事言われても……その装備を作るにはその量が最低限必要なのよ」

夕張「妖精さんだってこれ以上削ったら土台すら作れないって困ってるし」


明石「それは今までの方法でやってるからです!もっと工夫しなさい!工廠係一人一人の頑張りが足りない!」

明石「提督もおっしゃっていたでしょう!?私達は装備を作って人類の平和と安定に貢献させていただいてるの!」

明石「装備を一つ作る事は、幸せな未来を作らせていただいているという事だと思いなさい!そういう感謝の心で作れば、自然と消費は減るはずです!」

夕張「ねぇ、お願いだから前の優しい明石に戻ってよ……私またあなたと妖精さん達とくだらない工作話しながら仕事したいよ……」

明石「うるさい!責任者は私です、無駄口叩いてる暇があったら手を動かしなさい!手!手!手!効率化しないといけないんです!」

夕張「うぅ……」


阿賀野「あ、あのー」

明石「なんですか!?」

阿賀野「阿賀野、艤装磨きに来たんだけど……あ、邪魔なら帰るから別に無理して準備しなくてもいいからね?」

明石「わぁ、こんな夜から艤装の手入れなんて素晴らしい心がけですね!」

明石「皆、これが実際の戦場に出ている人の覚悟なの!見習いなさい!そしてこの人のためにいい装備を少ない消費で作る工夫をしなさい!」

阿賀野「あ、いやそういうスポ根チックなのではなくて」


明石「どうぞどうぞ!艤装は右手奥に並べてありますから!ハイこれ掃除道具!頑張って一緒に幸せ作りましょうね!」

明石「それとも何か手伝うことありますか!?工廠の妖精総動員でやらせますが!」

阿賀野「間に合ってます」

阿賀野(明石さんも随分やつれちゃってるのに目だけギラギラして……なんか能代と似た雰囲気になっちゃってる)

阿賀野(成果は上がってるんだろうけど、夕張ちゃんも妖精さん達も目が死んでるし……)

阿賀野(うまく言えないけど……やっぱり今の提督さんの方針は間違ってるんじゃないかな?)


――遠征班・秘密の合流場所

電「第二艦隊、帰投したのです」

矢矧「……お疲れ様。怪我やトラブルはなかったかしら?」

電「ちょっと危ない場面はいくつかあったけど、第二艦隊は全艦無傷で帰投できたのです」

矢矧「そう。誰にも怪我はないのね、よかった……」

電「あの、矢矧さん。暁ちゃんが帰り道、もうフラフラで限界みたいだったのです……」


矢矧「分かってるわ。提督にはいつも通り三時間後に帰投報告するから、それまで秘密の場所でゆっくり寝てなさい」

電「……いつもごめんなさい。遠征の裏ルートを教えて貰って、報告を誤魔化すような真似までしてもらって……」

電「皆、矢矧さんには感謝してもしきれないのです。本当に……ありがとうございます、なのですっ」

矢矧「大丈夫よ、書類通りの時間で書類通りの成果は出てるんだから。あの提督にも文句は言わせないわ」

矢矧「そもそも寝ずに遠征なんてやる方が馬鹿げてるんだから、電達は堂々と休めばいいの。さ、行きなさい」

電「はいっ。失礼するのです」


矢矧(……足取りがおぼつかないわね。当たり前か、たった三時間の仮眠を終えてからさっきまでずっと重労働だったんだもの)

矢矧(あんな小さい子がフラフラになるまで使い倒しておきながら、今度は出撃班まで24時間体勢ですって?)

矢矧(艦娘だって生き物よ、限界がある。世界の幸せとやらを守るためなら何人沈んでもいいなんて、ふざけるんじゃないわよ……!)

矢矧(このままじゃ皆手遅れになる。こうなったら刺し違えてでも……!)

能代「あ、矢矧!こんなところにいたのね!探したのよ!」

矢矧「能代姉さん!?」


能代「私とあなたに出撃命令がきたの!一緒に出撃しましょう!皆の笑顔の為に!」

矢矧(どうしてここが……!)

能代「あれ?……ねぇ、矢矧」

矢矧(まずいわね……この状況は。まさか全部がバレていた……?)

能代「………………その資材、ナニ?」

矢矧「ッ……!」


――執務室

提督「……言い訳はあるか」

矢矧(最早取り繕っても無駄、か……じゃあコレを使えるようにするまでの時間を稼がないと)

矢矧「いいえ。そもそも指定期間中に要求通りの成果を出しているのに言い訳する意味が分からないしね」

提督「第二艦隊が三時間早く帰ってきたのはいい。喜ぶべきことだ。だが……なぜ三時間早く再遠征に行かせなかった?」

矢矧「仮眠が必要だと判断したからよ。鎮守府に帰ってきた時には誰が見ても全員体力気力の限界だったわ」


矢矧「あのまま再遠征させればいつか取り返しのつかない事故が起きる。そうなってからじゃ遅いのよ」

提督「そんなものは一人一人の頑張りでカバーできる。現に私は一週間寝ずに仕事をしても一回もミスをしなかった」

提督「なぜか分かるか?身体を突き動かす使命感があったからだ!艦娘の皆も現状を変えようという問題意識を持っているのなら出来る!」

矢矧「あなたが凄いのは認めるけど、それを周りに押し付けるのはやめてもらえないかしら。皆違う生き物なんだから、出来る事と出来ない事があるのよ」

提督「私はそうは思わない。私は君たち艦娘一人一人の奥に眠っている可能性を知っているし、信じている。君たちなら出来るはずだ」

矢矧「それを押し付けてるっていうのよ」

提督「私は押し付けてなどいない。想いを分かってもらおうと努力しているだけだ」


提督「そして私の想いは確実にこの鎮守府に伝播していると確信している」

提督「工廠で働く明石を見ろ、そこにいる能代を見ろ。目が熱く燃えているのが分かるだろう?」

矢矧「寝不足で充血してるだけよ。あなたまさか本当にそれが分からないの?」

提督「だ、そうだが……そうなのか?能代」

能代「いいえ。私のこの目は夢に燃えているからこんなに赤々と光っています!」

提督「今の素晴らしい言葉が聴こえたか?正しいのは私だ。結局は矢矧、君と遠征班の努力が足りないだけなんだよ」

矢矧「本当に…………救いようがないわねっ!」


提督「君の方がな」

ブシュ――――――――――ッ!

矢矧「なっ……!?」

矢矧(催涙スプレーなんて、いつの間に……!)

提督「能代っ!」

能代「矢矧ィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィッ!」

矢矧「ぐっ!?」

能代「あなたは今提督に砲を向けた!絶対に許さない!世界の幸せを守る提督を脅かすような怖い奴は私が倒す!」


提督「そこまでだ能代。動きは封じたままでいいから、それ以上の追撃はするな」

矢矧「……想定済みだった、ってわけ」

提督「最近は君のような奴が増えているからね。私も無防備とはいかなくなったんだ」

提督「能代のようなボディーガードを役割とする艦娘も何人かいるよ、不本意だがね」

矢矧「人の姉をここまで飼い殺しにして、他にもこんな女を侍らせているの?さぞかしいい気分でしょうね、猿山の王様」

提督「いい気分?私がいい気分になるのは人の幸せを守った時と誰かの笑顔を見られた時だけだよ、矢矧」


提督「そして私は君の事も信じている。何度裏切られようと、どんなに救い難かろうと、最後には必ず私の想いを分かってくれると」

矢矧「随分と信頼されたものね。ヘドが出るわ」

提督「能代。矢矧を”幸せと笑顔の部屋”に連れて行ってあげなさい」

能代「ハイ喜んで!」

能代「行こう矢矧。私も矢矧の事、信じてるから……必ず分かってくれるって」

矢矧(幸せと笑顔の……?参ったわね、嫌な予感しかしないわ……)


――笑顔と幸せの部屋

能代「ここよ。ここが笑顔と幸せの部屋」

矢矧(部屋……というよりは座敷牢ね。この密閉性と狭さは)

能代「それじゃあ矢矧、ここでいっぱい提督の想いに触れてね。私、提督と一緒に信じて待っているから」

矢矧(能代姉さん……もう完全に……)

ギィ――――――――――……バタンッ!


矢矧(さて、一人ぼっちにされちゃったわ。鬼が出るか蛇が出るか)

矢矧(ただの痛い拷問とかなら大体は耐える自信があるけど)

矢矧(この部屋、よく見ると壁に小さい穴がたくさん開いてる……?)

『この音声は、提督である私の想いを皆さんに伝えるために収録したものです』

『世界に幸せを!皆に笑顔を!そのために、君たちが今何をすべきなのか。この音声から感じ取ってもらいたいと思います』

矢矧「~~~~~~~~~~~~~っ!?」


『そもそも幸福とは何か?それは他者の笑顔。他者の笑顔で君たちも笑顔になれる。それが無限に連なる事で世界は平和になる』

『この単純な、しかし見落としがちな真理に気付くことから君たちの鎮守府の家族としての人生が始まるのです!』

矢矧(いきなり部屋中から大音量で提督の声が……!?)

矢矧「……なるほど、そういう趣向ってわけね。最悪の発想だわ」

『それではまず私の略歴からお話ししようと思います。いかにして私が自分の夢を叶え提督になり、皆さんの幸せを守ろうと思ったのか……』

矢矧(折れたフリなんて通用しそうにないし……さて、いつまで粘ってやろうかしら?)


――10時間経過

『世界に幸せを!皆に笑顔を!そのために、君たちが今何をすべきなのか。この音声から感じ取ってもらいたいと思います』

矢矧(内容は無限ループで何も面白くないし、いい加減耳が痛くなってきたわ……物理的に)

――15時間経過

『――だからこそ、私達は世界の幸せのために活動させていただくという喜びをもって軍務にあたらなければならないのです!』

矢矧(トイレとか……あるわけないか)


――18時間経過

『この音声は、提督である私の想いを皆さんに伝えるために収録したものです』

矢矧(耳が痛い……でもまだ、このくらいでは……)

――24時間経過

『まず私の略歴からお話ししようと思います。いかにして私が自分の夢を叶え提督になり、皆さんの幸せを守ろうと思ったのか……』

矢矧「うぅ……ぐっ!うるさいのよ、もうっ!」

矢矧(大音量で睡眠妨害か……これは、堪えるわね……)


――30時間経過

『世界に幸せを!皆に笑顔を!そのために、君たちが今何をすべきなのか。この音声から感じ取ってもらいたいと思います』

矢矧(お腹空いた……喉渇いた……眠い……)

――50時間経過

『この音声は、提督である私の想いを皆さんに伝えるために収録したものです』

矢矧(眠い……眠い五月蠅い眠い五月蠅い眠い五月蠅い眠い五月蠅い眠い五月蠅い眠い五月蠅い眠い五月蠅い五月蠅い五月蠅い!!!)

矢矧「もう……寝かせて、お願いだから……」


――52時間経過

ドンドンドンドンドンドン!

矢矧「能代姉さん!ここから出して!聴こえてるんでしょ!?もう限界!私が悪かった!謝るから!」

『世界に幸せを!皆に笑顔を!そのために、君たちが今何をすべきなのか。この音声から感じ取ってもらいたいと思います』

矢矧「嫌っ!もう聞きたくない!聞きたくないぃぃ……!もう嫌なのぉ!姉さん!助けて、能代姉さん!」

――66時間経過

ドンドンドンドンドンドン!

矢矧「だじでぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛!」

ドンドンドンドンドンドン!

矢矧「こごからだじでぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛!たすけ、だれかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


――72時間経過

矢矧「……ぅ……ぁ……」

矢矧(わたし……ほんとに、し、ぬ……の…………いや、いやぁ……!)

ギィ――――――――――……ガチャッ

矢矧「!?」

提督「すまなかったね矢矧。能代の手違いでこんなに長時間拘束してしまって……気が付けなかったのは私のミスだ」

矢矧「て……ぃ、と……」

提督「喋らなくていい、今入渠ドックに連れて行くから。部屋は後で妖精にでも掃除させればいい」


――入渠ドック

矢矧「ぁ、の……わ、た、し……?」

提督「人払いは済ませた。おかゆと暖かいお茶を持ってきたから、ゆっくり食べなさい」

矢矧「ぁ……ぁ……ご、は、ん……ごはん!!!!!!!!!」

提督「おいおい、あんまりガッつくと吐いちゃうぞ?ハハハ」

矢矧「う゛……え゛っ……美味しい……美味しいよぉ……!」

提督「よしよし。誰もとらないから、よく噛んで食べなさい」

矢矧「はい゛っ……」


提督「……」

矢矧「提督……私、こんなに優しくしてもらって……あんなに酷い事ばっかり言ったのに……」

提督「酷い事?さて何の事かな。私に言った悪口、一つでも思い出せるかい?」

矢矧「え……?あれ……?そういえば私、なんて言ったんだっけ……」

提督「悪い言葉は記憶から抜け落ちていくんだよ、脳が覚える事を拒否するからね。いい言葉はその逆で、いつまでも覚えていられる」

提督「だから覚えてない事なんて気にしなくていい。前に何と言われていようが、私は”今の”矢矧の事を信じていたいからね」

矢矧「提督……!」


提督「矢矧。あの音声を聞いてくれたのなら……私の想いを分かってくれたと思いたい」

提督「もう一度私と一緒に、皆の幸せと笑顔の為に……軍務に就いてくれないか?私達には、君の存在が必要なんだ」

矢矧「~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!!ハイ、喜んでっ!!!!皆の幸せと笑顔の為に!」

提督「ありがとう矢矧。分かってくれて嬉しい!これからも夢を生きがいにして軍務に励んでくれたまえ!」

矢矧「ハイッ!」

提督「うん!いい笑顔になったな!」


――同時刻・工廠

阿賀野「くしゅんっ!……ふぁぁ~~、誰か阿賀野の噂したー?」

阿賀野(最近提督さん鎮守府見回ってないみたいだから艤装磨きの名目で適度にサボれてたけど……うぅ、なんか悪寒がするなぁ)

阿賀野(ヤな事が起きなければいいけど……)

今日はここまでです


――翌日早朝・執務室

阿賀野(工廠の床でも眠ろうと思えば眠れるのねー……阿賀野、新発見!)

阿賀野「おはようございまーす」

矢矧「声が小さいわよ阿賀野姉さん!挨拶は幸せの元!笑顔で腹から声を出して挨拶しなきゃ!おはようございます!!」

阿賀野「や、矢矧?急にどうしたの?そういえば最近見なかったけど」

矢矧「私?私は元気よ!おはようございます!!!」


阿賀野「……目がなんかヒロポンキメた人みたいになってるよ?」

矢矧「おはようございます!!!!」

阿賀野「……?」

矢矧「おはようございます!!!!!!!!!!」

阿賀野「お……おはよーございまーす!!」

矢矧「よし!中々いい挨拶だったわ阿賀野姉さん。世界の幸せと笑顔の為に頑張りましょうね!」


阿賀野「うん阿賀野がんばる!」

阿賀野(って言っておかないとヤバい雰囲気がプンプンしてる!阿賀野ったら危機回避能力抜群ね!)

矢矧「それじゃあこれとこれとこれとこれとこれとこれとこれとこれとこれとこれ、昼までに終わらせてね!」

阿賀野「ちょっ!?阿賀野こんなに仕事出来る子じゃないよ!?こういうのは能代に」

矢矧「大丈夫、阿賀野姉さんなら出来る。私も鎮守府の仲間達も皆阿賀野姉さんの事信じてるから」

矢矧「くじけそうになったら『夢』を思い出して。何度限界がきたって、私達は夢を燃料にしてそれを越えていけるんだから!」


阿賀野「分かる―!夢の力凄いよね!うんうん!」

矢矧「分かってもらえて嬉しいわ。それじゃあ私は他にもやる事があるからこれで!頑張ってね阿賀野姉さん!」

阿賀野「……行っちゃった。矢矧ってあんなにテンション高くなかったよね?これ絶対提督さんが来てから変わっちゃったんだよね?」

阿賀野「それにしてもこの大量の仕事……スケジュール分刻みじゃない。しかも時間内に終わらなかったらお昼休み返上なんて鬼畜過ぎ!」

阿賀野「まさか、これ洗練されたボディを持つ阿賀野への嫉妬に駆られた誰かの陰湿なイジメ!?」

阿賀野「……なんて言ってる時間がもったいないし、さっさとやろうっと。なになに、まずは……」


――正午

阿賀野(えーと、さっきまでに済ませたのが出撃、補給、整備、経理、清掃、資材の搬入、在庫管理、業者との価格交渉……)

阿賀野「な、なんとか終わった……よかったぁ、お昼食べれる」

阿賀野「……ってちょっと!これもう阿賀野一人で鎮守府回してるみたいなものじゃない!」

能代「お疲れ様阿賀野姉ぇ!お仕事頑張ってるわね!」

阿賀野「の、のしろ~……阿賀野もう疲れたよ~」

能代「それじゃあこれとこれとこれとこれとこれとこれとこれとこれとこれとこれ!午後の分ね!日没までにお願い!」

阿賀野「」


能代「……どうしたの?」

阿賀野「能代、阿賀野もうむり……これ以上はむり……!今日一日で一生分働いた!」

能代「午前働けたんなら午後も働ける!午前の成功体験を思い出して!ほら、阿賀野姉ぇは立派に鎮守府に貢献出来たんだから!」

能代「それってつまり、阿賀野姉ぇの中にはそれが出来る可能性があるってこと!素敵じゃない!今までの自分がやってきた事を信じて!必ず出来る!!」

能代「あ、でも同じように仕事しちゃだめよ?いつも能率を考えて、やり方を工夫してね!」

阿賀野「無茶言わないでよ!阿賀野もう体動かないもん!頭使いたくないもん!能代代わって!」


能代「無茶じゃない、やる前から出来ないと思い込んでるから出来ないのよ!自分の中の可能性から力を引き出すの!」

阿賀野「いやその理屈は絶対おかしいよね?」

能代「おかしくない。それに私だって後30秒で午後の仕事に取り掛からなきゃいけないし」

阿賀野「……まさか能代も同じくらいの仕事あるの?」

能代「私だけじゃない、皆そうよ。もう時間だから行くわね阿賀野姉ぇ。一緒に世界の幸せと笑顔の為に頑張りましょうね!」

阿賀野(ぜっっっっっったいおかしい、この鎮守府……!)

阿賀野(こうなったら……きらりーん探偵阿賀野ちゃんの出番ねっ!)


――午後3時・潜水艦隊帰投場所

阿賀野(つーかーれーたー……判断する事多すぎて頭ぐわんぐわんするー……)

阿賀野(阿賀野の華奢な美脚がもうマッチ棒未満のなにかになってるー)

阿賀野(えーとつーぎーはー……大鯨さんにー……物資届けるー……)

阿賀野「大鯨さーん。お荷物ー」

大鯨「あ、どうもありがとうございます阿賀野さん!一日の本番はこれからです、お互いお仕事頑張りましょうね!」

阿賀野「あ、あははは……ソウデスネー」

阿賀野(そっかー大鯨さんもそういう目しちゃうかー……阿賀野いつものほんわか大鯨さんが恋しいんだけどなー)


大鯨「潜水艦の皆も阿賀野さんくらい優秀なら、鎮守府ももっと円滑に回るんでしょうけど……あ、やっと帰ってきたみたい」

伊58「潜水艦隊、帰投したよ」

U-511「……ただいま帰りました」

大鯨「遅い!!!何度も行っている場所なのだから、工夫のしようはあるはずです!もう10分縮めなさい!」

大鯨「その10分を有効活用する事で救われる命がいくつあるか……想像して動かないとダメ!」

U-511「で、でも……」

伊58「やめるでち。……申し訳ありません、次はもっと早く帰投します」


大鯨「ちゃんと時計で計測しますからね、貴方達の約束が口だけでない事を信じていますよ」

大鯨「それで、獲ってきた資材はどこですか。今回二人には別々のポイントに取りに行ってもらったハズですが」

伊58「ゴーヤの分はこれでち」

大鯨「はい確かに。……ノルマ分はありますね、流石ゴーヤちゃんです。提督の想いをしっかりと受け止めている証拠です!」

大鯨「24時間連続出撃の後ですから、15分の陸上休憩を許可します。栄養補給を済ませてきなさい」

伊58「……ありがとうございます、でち」


ザパァッ

阿賀野「お、お疲れ様ー……」

伊58「……」

阿賀野(うぅ、この手の沈黙は辛いなー……ゴーヤちゃんって見た目可愛いんだけど苦手なんだよねー)

阿賀野(纏ってる気みたいなのが完全にその筋の人だし。睨みつけられたら阿賀野ドキッとしちゃう!悪い意味で!)

大鯨「それで、ユー。貴方の分は?」

U-511「これ、です……」


大鯨「これだけ!?……貴方、前回もノルマ未満の量を持って平気で帰って来ましたね?ちょっと仕事舐めているんじゃないんですか!?」

大鯨「時間も獲得量も気にせず、資材さえ取ってくればそれでいいだろうという受け身の姿勢!艦娘としてふさわしくない精神です!」

大鯨「艦隊運営には資材は必要不可欠、代わりの利かない重要な仕事をやらせていただいてるんだってちゃんと分かってるんですか!?」

U-511「に、任務の重要性は分かっています。でも敵のいる海域でこれ以上は……」

大鯨「いいえ分かっていません!分かっていたらこれだけオリョール海を回ってこれっぽっちのはずがありません!明らかな努力不足です!」

大鯨「ノルマは数字なんです、誤魔化しはきかないの!既定量集めてくるまで陸には上がらせませんからね!早く再出撃なさい!」


大鯨「まったく……仕事に熱中せずに無駄なお喋りの勉強にかまけているからそうなるんです!反省しなさい!」

U-511「そんな……!ユーはただ皆と仲良くなれたら……いいなって……ここの文化に馴染めたらいいなって……」

大鯨「ノルマも集められないような艦に雑談する資格なんてないし、そもそも本来ここに居てはいけないの!」

U-511「!!」

大鯨「それにも関わらずあなたの能力を、可能性を信じて提督がチャンスを与えてくださっている事にも気づかないの!?」

U-511「う…………」


大鯨「泣けば資材が増えるんですか!無駄な体力消耗している暇があったら一つでも多くの貢献をしなさい!」

U-511「ごめんなさい……ごめん、なさい……!」

阿賀野(ちょっと!いくらなんでも流石に言い過ぎじゃない!?ユーちゃんはまだこっちに慣れてないのに!)

阿賀野「このままじゃ……大鯨さんを止めないと!」

伊58(……!)

伊58「阿賀野。ちょっとツラ貸すでち、ジュース買いに行くでち」


阿賀野「後で!今それどころじゃ……」

伊58「ゴーヤの『お願い』、聞いてくれないの?」

阿賀野「分かりました行きますもちろん阿賀野が奢らせていただきます睨まないで怖いです」

伊58「できるだけ人の目がなくてゆっくりできるところに案内するでち」

阿賀野「はい!」

伊58(今は贅沢言ってる場合じゃない……藁だろうとすがるしかないでち……)


――鎮守府裏・阿賀野の秘密サボりスペース

伊58「……」

阿賀野(……何かしゃべってよ!阿賀野あんまり親しくない人と二人きりになった時のこういう空気とっても苦手!)

伊58「これだけの秘密基地を、よくもこんな狭いスペースに作ったもんでち。ここなら聞かれる心配もなさそうでち」

阿賀野(ありゃ?なんか秘密の悪口?ま、まさかカツアゲ!?阿賀野ついに被カツアゲデビュー!?どうしよう嬉しくない!)

伊58「時間が無いから手短に用件だけ言うね。今夜、ゴーヤが阿賀野をここから逃がしてやるでち」

阿賀野「え!?」


伊58「ハッキリ言って今の鎮守府は異常でち。なのに全員仕事に忙殺されて誰も声をあげられない状況があるのは分かるよね?」

阿賀野「……まぁ」

伊58「誰か一人でいい、ここの異常性を外に発信する艦娘が必要なんでち」

伊58「外部の人間が立ち入ればあのクソ野郎だって好き勝手にはできないはず。……大鯨さんも、元に戻ってくれるかもしれないでち」

伊58「とにかく阿賀野には今夜ここを出て、どこかで内部告発して欲しいんでち」

伊58「本当はゴーヤが直接行くべきなんだけど……一度行ったら何日かかるか分からないし」

伊58「そんな長い間今の大鯨さんとユーを二人きりにするわけにはいかないから……」

阿賀野(ゴーヤちゃん……)


伊58「正気を保っていてまだ重要なポストに就いてない阿賀野に行ってもらいたいんでち。いきなりこんな事頼んで、迷惑だとは思うけど……」

阿賀野「待って。仮に提督さんを何とかするにしても、阿賀野その方法はおすすめできないなー」

伊58「……どうしてでちか」

阿賀野「仕事の合間に提督さんの経歴ざっと洗ってみたんだけどね、どうにもあの人そういう事は慣れてるみたい」

阿賀野「犯罪まがいの事ばっかりやってるのに一度も捕まってないしね。よほど賢しく立ち回れるのか、上に懇意な人物でもいるのか……」

阿賀野「対してこっちは素人二人の付け焼き刃作戦。海千山千の提督さんに挑んだってバレた上で返り討ちに遭うのが関の山だよねー」

伊58「そんな……!」


伊58「じゃあ……じゃあどうしたら!どうしたらいいでち!?……どうやったら、優しい大鯨さんが戻ってくるんでち!?」

阿賀野「大・丈・夫!阿賀野ちゃんがスパッと解決しちゃうから!ゴーヤちゃんはユーちゃんのお世話してあげてちょーだい」

伊58「申し訳ないけど全然信用おけないでち……」

阿賀野「ひっどーい!阿賀野これでもさいしんえー軽巡洋艦なのよ?」

阿賀野「――――絶対、何とかするから。大和型にでも乗ったつもりでどーんと構えててよ!ね!」

伊58「阿賀野……」


阿賀野「さて。それじゃあ時間もないし、次のお仕事始めますか。ゴーヤちゃんも早くユーちゃんのところに行ってあげて!」

伊58「分かったでち。それじゃあゴーヤはユーのノルマ手伝ってくるでち」

阿賀野「うん!」








――物陰

矢矧「…………………………………………」


――深夜・遠征班到着場所

阿賀野「次はー、遠征第二艦隊の出迎えと補給。はぁ……」

阿賀野「こんなの艦娘の仕事じゃないと思うんだけどなー。鎮守府の設備でやってよ、設備で!」

阿賀野(でも遠征艦隊の子達はこんな夜遅くまで頑張って帰ってくるんだもん、少しでも明るく振る舞って元気分けてあげないとね!)

電「…………だい、にかんたい……帰投、したの……です」

阿賀野「おっかえりー!皆お疲れ様っ。補給済ませちゃうから一列に並んでねー」

遠征班「「「「「「………………………………」」」」」」

阿賀野「おおう、このグサグサと刺さる視線の冷たさたるや……もしかしなくても阿賀野滑っちゃった?」


電「阿賀野さん、矢矧さんは……?」

阿賀野「矢矧?あー、うん、なんか今朝見かけたけど様子がおかしかった。阿賀野びっくり!」

電「や、やっぱり……!ケホッ、ケホッ……!」

阿賀野「ねぇ電ちゃん、さっきから体調悪そうだけど大丈夫なの?……ちょっとおデコ借りるね」

電「ぁ……!」

阿賀野「……ちょっと、凄い熱じゃない!早く休まないと!もしかして他の子もこうなの!?」


電「ち、ちがうのです!気のせいなのです!電達はまだ働けるのです!そうですよね、皆!」

遠征班「「「「「……はい!はたらけます!艦隊一丸となって皆の幸せと笑顔の為に身を粉にする覚悟です!」」」」」

電「そうなのです!電達はみ、みんなのしあわせと笑顔の……う、うぅ……」

阿賀野「いいから横になって、ホラ。阿賀野の太もも使っていいから」

電「でも……スケジュールが……ノルマが達成できないと……電達は……皆の幸せを守れないのです……怒られるのです……」

阿賀野「そんな事言ってる場合じゃ……!」


ゴーン・・・ゴーン・・・ゴーン・・・

阿賀野(何この音……鐘?)

電「……ヒッ!?あ、あがのさん早く!早く補給してください!」

阿賀野「ど、どうしたの電ちゃん!?」

電「いいから!!!!!!お願いします!!!!!」

阿賀野「わ、分かったけど……熱出してるんだからこれ以上無茶な事は」

電「ありがとうございます!!第二艦隊、再遠征に出発するのです!!!ゲホッ……み、皆の幸せと笑顔の為に!」

遠征班「「「「「皆の幸せと笑顔の為に!」」」」」

阿賀野「…………」


提督「あの鐘は『幸せの鐘』と言ってね、遠征艦隊が帰投してから5分経つと鳴る仕組みなんだ」

提督「あの鐘が鳴らす音を合図に、彼女たちは再び資材を……未来の幸せの種を集める仕事をさせていただけるんだ」

提督「人間も艦娘も感情の生き物だ。個人のやる気や心構えには魔が差す事もある。だが”やらない”事は当人にとっても本意ではないはずだ」

提督「何故なら艦娘達は皆『夢』を持っているから。本当はもっと他者の為に頑張りたいと思っているんだよ」

提督「なら私は鎮守府という集団のリーダーとして皆の心の中にある怠惰を退治して善の可能性を引き出したいし、その義務があるはずだ」

提督「だから『幸せの鐘』を作らせたんだよ」

提督「あの音を聞く度に”そうだ。自分は他者のために働かなければ”という気持ちを新たにしてほしい……そういう祈りを込めてね」

提督「どうだろう。常に皆の幸せと笑顔の為に努力し続ける集団であるためには、いいシステムだと思わないかな?」

阿賀野「……こんばんは提督さん。あんまり素敵な音色だったから、阿賀野つい聞き惚れちゃってた」


提督「こんばんは阿賀野。軍務に励んでくれているようで何よりだ」

提督「君は与えた仕事を時間内に全てこなしている非情に優れた艦だ」

提督「能力には適正な報酬を与えなければならない。よって更に多くの仕事で鎮守府に貢献出来るチャンスをあげよう」

阿賀野「ありがとうございます。これからも最新鋭軽巡洋艦の実力、存分にお見せできるように頑張ります」

提督「ハハハ、その意気だ。……ところで、『鎮守府の裏にあった何者かの隠れ家』は撤去しておいたよ」

阿賀野「!!」


提督「あんなもので誰かが休んでいたら頑張っている他の者に示しがつかないからね」

提督「そもそもサボるための部屋など職場である鎮守府には不要なはずなんだが……発見に手間取ってしまった。私のミスだ」

阿賀野「そうなんですか。まったく、そんなものを誰が作ったのやら……」

提督「……阿賀野。私達の鎮守府には君が必要だ。私は君の能力と可能性を信じている。君の考える力を失わせるような事はしたくない」

阿賀野「理解しています」

提督「ならばいい、これからも信頼に応え続けてくれたまえ。君は今回一度きりだけの特例だ」

提督「……二度目はないぞ。見えていないと思うなよ」

阿賀野「はい。肝に銘じます」

阿賀野(……)


――同時刻・笑顔と幸せの部屋

大鯨「大丈夫ですよゴーヤちゃん。今回は魔が差しただけですもんね」

大鯨「皆で信じ続けますから……あなたにもきっと、提督の想いが伝わるって!」

伊58「……」

伊58(ユー……ごめんでち……ゴーヤはたぶんもう、手伝ってあげられないでち……)

伊58(阿賀野、巻き込んじゃってごめんでち……どうか、無事で……)


ギィ――――――――――……


『この音声は、提督である私の想いを皆さんに伝えるために収録したものです』

『世界に幸せを!皆に笑顔を!そのために、君たちが今何をすべきなのか。この音声から感じ取ってもらいたいと思います』

『そもそも幸福とは何か?それは他者の笑顔。他者の笑顔で君たちも笑顔になれる。それが無限に連なる事で世界は平和になる』

『この単純な、しかし見落としがちな真理に気付くことから、君たちの鎮守府の家族としての人生が新しく始まるのです!』

『それではまず私の略歴からお話ししようと思います。いかにして私が自分の夢を叶え提督になり、皆さんの幸せを守ろうと思ったのか……』

今日はここまでです


――翌日早朝

阿賀野「ふぁぁ……おっと、いけないいけない。おはようございまーす!」

阿賀野(寝てないのにおはようってのも変な気がするなー)

矢矧「おはよう阿賀野姉!!!この辺全部昼までにお願いね!」

阿賀野「りょうかーい」

阿賀野(昨日よりさらに増えてるし。……これはちょっと本気でかからないとダメかな)

阿賀野(まずは提督さんの信頼を勝ち取らないと。疑われたまんまじゃロクに動けないし)

阿賀野「それじゃあ阿賀野頑張りまーす!」


――午前・工廠

阿賀野「明石さーん!ちょっとお願いがあるんだけどー」

明石「はいはい!何でも言ってください!工廠総力を挙げて開発します!」

阿賀野(元気だなぁ……もう何日も眠れてないでしょうに)

阿賀野「それじゃあこれとこれとこれとこれとこれとこれとこれとこれとこれ、日没までにお願いしてもいいかなー?」

明石「はい喜んで!」

夕張「えぇ!?さっき終わったばっかりなのに、すぐには無理よこんな量……しかもたったこれだけの資材で」


明石「そんな事ありません。以前も無理だったのが夕張さんの工夫で何とか出来たじゃないですか!!!」

明石「なら今回も工夫すればできます!効率化!軽量化!コストダウン!全部できます!工廠の皆を信じて!」

夕張「そんな事言われても瞼が重いのよ……もうこれ以上したらホントに死ぬ……」

明石「私もそうです!皆そうです!辛いのは一人だけじゃない!一緒に団結して乗り越えればいいんです!」

明石「そう!すべては!!!世界の幸せと笑顔の為に!!!!!さぁシャキっとしてください夕張さん!」

阿賀野(ごめんね夕張さん、工廠の皆……提督さんをどうにかするまでの辛抱だから)


――昼・応接室

阿賀野(眠らなすぎて逆に頭が冴えてきちゃった。阿賀野ったらハイパーモードかも)

阿賀野(えーと、今回の来客のメンバーってどんな人達だっけ?)

阿賀野(……思い出した。大型建造マニアと訓練マニアと新兵器マニアと大和型運用マニアだ)

阿賀野「粗茶でございますが、どうぞお召し上がりください。他にも必要なものがあればお申し付けください」

A提督「ありがとう。……大衆には前線で戦う英雄などと持て囃される我々ですが、その名誉も全て貴方達の努力があってこそだ」

B提督「ここのような鎮守府から送られてくる資源が無ければ艦隊運営は立ち行きませんからね」


C提督「資材、装備の確保と他の鎮守府への定量分配を専任とする鎮守府……まさに軍の心臓と言える」

D提督「ここで働いている者達をこそ真の英雄と呼ぶべきでしょう。いやぁ”自然回復”様様ですな!ハッハッハ!」

阿賀野(何が自然回復よ……資材が土から生えてくるわけないでしょ!次の予定も詰まってるんだからさっさと帰ってよー!)

A提督「それにも関わらず我々が取り逃がしたりはぐれたりした深海棲艦が前線ではないこちらの海域まで侵入していると聞き、不甲斐ない思いです」

C提督「記録によれば最近は早朝から深夜まで、数こそ多くないものの絶え間なく流れ込んで来ているとか。いや申し訳ない限り」

D提督「まったく情けない。ここに深海棲艦と戦う戦力など無い事はこの場に居る全員が知っているだろうになぁ」

B提督「本当です。戦う事は我々の役目だというのに……大量の艦とケッコンしたのもあくまで戦力増強のためだというのに……」


提督「はぐれ深海棲艦については許容範囲内です、問題ありません。当鎮守府の艦娘達が適宜処理しております」

提督「ここが前線であろうとなかろうと、鎮守府という施設である以上は付近に住む人々の安全と制海権を守る義務があります」

提督「銃後の人々の盾となり戦火を浴びるのは軍の原初にして共通の役割です。戦力や所属の差異など言い訳になりません」

D提督「勇ましい事だ。まったく頼りになる男だよ、君は」

提督「恐縮です。……それで、本日はどのような御用件でしょうか」

D提督「うむ。それなんだが……前線ではますます戦闘が激化していてね。指揮下の全艦隊を戦闘や支援に出さなければならないほどなのだ」


C提督「そうなれば必然、遠征艦隊を出している暇もなくなるという事」

B提督「既に我々の資源は枯渇寸前です。もちろん常日頃から資材はいただいていますし、十分感謝もしていますが」

A提督「時間当たりの量がどうしても戦局に不釣り合いなのです。責任者として、弾も持たせないまま出撃させる訳にはいきません」

阿賀野(……ああ、そういう)

提督「なるほど。つまり資材供給のスピードを更に上げるため、我々により一層の努力と成果を求めるという事ですね?」

A提督「話が早くて助かります」

A提督「大変な要求をしている事はもちろん分かっていますが、我々の鎮守府の艦娘達は砲火の元その身を危険に晒して戦っています」


B提督「そう。彼女たちの護国の想いに応えるためにも、なんとか頑張って頂きたいのです」

C提督「貴方には今まで我々の要求に応え続けてくれた実績があります。今回もそれを信じたい」

提督「承知いたしました。皆様が少しでも楽に戦えるよう鎮守府一丸となって更に軍務に励み、必ず今までよりも高速に資材をお届けします」

D提督「ありがたい、これで大和の機嫌を損ねずに済むよ。体はいいがどうにも面倒な女でなぁ、出撃できないとうるさくてかなわん」

C提督「それは大変ですな、ハハハ」

提督「……一日でも早く深海棲艦を殲滅するため、皆様のご武運を心よりお祈りしております」


A提督「ありがとうございます。いやぁよかった、これで我々も気兼ねなく戦える」

B提督「任せてください。数か月後までにはあいつらを暗い海の底に追い返してやりますよ」

D提督「それでは失礼させてもらうか。資材の件、くれぐれもよろしく頼むよ」

提督「はい」

阿賀野「本日は遥々ご足労いただきありがとうございました。お気をつけてお帰り下さい」

バタン・・・


提督「聞いての通りだ、要求される資材の量が増える。皆の幸せと笑顔の為により一層貢献するチャンスだ」

阿賀野(阿賀野達の鎮守府の立場が低い事はなんとなく感じるし、前線の人達の要求には逆らえないのも分かる。でも……)

阿賀野(あんな連中に配る資源なんて……)

提督「阿賀野、笑顔が消えているぞ。彼らも提督だ……他の者に与えて彼らに与えないなどという事は許されない」

阿賀野「……分かりました。遠征部隊と経理の面により一層の努力と効率化を働きかけて対応します」

提督「いい返事だ。よろしく頼む」


阿賀野(さて、と。まーた忙しくなっちゃったなー。電ちゃん達にも頑張ってもらわなきゃ)

阿賀野(大鯨さんのところにも後で声かけに行くでしょー?)

阿賀野(月々の予算内でもっといっぱい資材を買うには業者さんとももう一回価格交渉しないとだし……)

阿賀野(えーと……あれ?阿賀野、何か忘れているような……)

阿賀野(お仕事じゃなくて……何だっけ?)

阿賀野(って違う違うこんな事考えてる場合じゃない!今はお仕事!お仕事こなさなきゃ!時間!効率!)


――夕方・遠征班到着場所

電「第二艦隊、帰投したのです」

阿賀野「おかえり。補給済ませちゃうから一列に並んでねー」

阿賀野「はい、次の子ー。…………あ、そういえば電ちゃん熱は引いた?身体は大丈夫?」

電「熱はいつの間にか引いてたのです。一時期はもう本当にギリギリのギリギリのギリギリの所まで追い詰められたんですけど」

電「最近は疲れもきつさも感じないのです。なんかもう色々吹っ切れて一周しちゃった感じがするのです」

阿賀野(あ、それ分かるー。今阿賀野もそんな感じだもん)


電「あと最近遠征中に交代で立ち寝する事を覚えましたから、寝不足に関しても多少は改善されてきてるのです」

阿賀野「そっか、よかった。実は今日他の鎮守府の提督さんが来てね、もっと資源配分するスピード上げろって言ってきたの」

電「……なのです」

阿賀野「新しいルート開拓したりしてなんとか遠征時間縮めて欲しいの。お願いできる?」

電「最大限努力するのです」

阿賀野「うん。よろしくね、皆で頑張ろうね」

電「はい、頑張るのです。皆の幸せと笑顔の為に!第二艦隊、再遠征に出発するのです!」

遠征班「「「「「皆の幸せと笑顔の為に!」」」」」

阿賀野(さて。次のお仕事に行かなきゃ)


――夜・潜水艦隊帰投場所

阿賀野「大鯨さん、物資ここ置いておくよー」

大鯨「ありがとうございます!!お互い頑張りましょうね!!!」

阿賀野「それとお仕事のペース上げて欲しいって話なんだけど……」

大鯨「その話なら能代さんから伺っていますよ!」

阿賀野「ならいいや、大鯨さんもお仕事頑張って」

阿賀野(よし次)


U-511「あのっ!阿賀野さん!」

阿賀野「……なぁに?阿賀野次のお仕事に行かなきゃいけないんだけど」

U-511「ご、ごめんなさい。でも、でっちの様子が……!」

伊58「オリョール回るでち!資材集めるでち!皆の幸せと笑顔の為に!」

阿賀野「ゴーヤちゃん?……見たところ別におかしくないけど?やる気出して頑張ってるじゃない」

U-511「……そんな!?」


阿賀野「きっと勘違いだよ。ユーちゃん溜め込み過ぎるところあるしねー」

大鯨「ユーちゃん!お話しする暇があるんですか!?」

伊58「そうでち。ユー、喋ってる暇あったら早くノルマ集めるでち。オリョール回るでち!」

阿賀野「それじゃあ阿賀野もう行くね。お仕事頑張ってねユーちゃん」

伊58「早く行くでち!ほら!」

U-511「あ、まって、阿賀野さん……!」


――廊下

阿賀野(余計な時間かかっちゃった。ユーちゃんったら急に変な事言うんだもん)

阿賀野(……………………あれ?)

阿賀野(そういえば……阿賀野って何かゴーヤちゃんに頼まれてたような……?)

阿賀野(……あ、提督さんと能代だ)

提督「で、この部分だが……出来るな?」

能代「やってみせます!」


提督「よろしく頼む。私はこれから来客への対応をする、頼んだことが上手くいかなかったら35分後に執務室に来てくれ」

能代「来客ですか?私も同席した方が良いでしょうか」

提督「必要ない。自分の軍務を全うしてくれ」

能代「はい!」

阿賀野(そういえば阿賀野提督さんが寝てるとこ見た事ないなー。……ん?提督さん……?ゴーヤちゃん……?)

阿賀野(…………あ)

阿賀野(あぁああああああああああああーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?)


阿賀野(そうだった!阿賀野提督さんを何とかするってゴーヤちゃんと約束してたんだった!)

阿賀野(あ、あっぶなー……もう少しで阿賀野もヤバい側に行くところだった……)

阿賀野(忙殺されるって怖いことなのねー……思い出させてくれてありがとユーちゃん!)

阿賀野(そうと決まればさっさと手を打たないといけないんだけど)

阿賀野(『約束は果たす』『お仕事もこなす』”両方”やらなくっちゃあならないのがさいしんえー軽巡の辛い所ね……!)

阿賀野(でも、ここで阿賀野がやらなきゃ皆がダメになっちゃうんだから!気合の入れ時って今よ、頑張れ阿賀野!)


――応接室

技術者「やぁ」

提督「お待たせしました。点検と整備をお願いします」

技術者「ふむ……胸部補助脳の調子はどうかね?」

提督「快調です。本物の脳と交互に使用する事で睡眠をとる必要もなくなり、高い集中力で軍務に臨めています」

技術者「本来はそんな使い方をするものじゃないんだがね……腕を見せなさい」

提督「はい」


技術者「……全く、職務の為に体のほぼ全てを機械化するなんてイカれている。いざ君を前にすると改めてそう思うよ」

提督「私の他に機械化手術を受けた者はいないと?」

技術者「そんな馬鹿は君が最初で最後だ。温かい血の流れを失い、子孫を諦め、人間である事の証まで捨てて組織のために働こうとする奴なんかはな」

提督「艦娘達を寝ずに酷使しておきながら私が寝てしまっては示しがつきません。本来ならこの月に一度の30分すら惜しい程です」

技術者「無茶を言うな。これさえ無くしてしまったら君の寿命は来月までだぞ」

提督「理解しているつもりです」


技術者「……君にかけられた嫌疑の数々はどうなった」

提督「違法賭博、組織的詐欺、資材の横領の疑いは晴れたとの報告を受けました」

技術者「身に覚えのない罪がやっと晴れたのに、何故そんなに淡々と話すか」

提督「当時の部下が私を攻撃するために無から作り出したねつ造である事は分かりきっていましたから」

提督「記憶している事とその証拠を提出したら済んだだけの事です」

技術者「……確かに、他の冤罪もいずれ晴れるだろうがね。それにしても反省はするべきだ」

技術者「人の弱い心を分かる努力をしないから、部下の恨みを買うような真似ばかりするからそういうしっぺ返しを食らうんだぞ」

技術者「そしてそれはいつか君を殺す。間違いなくな」


技術者「今の状況だってそうだろう。地位も誉れもない後方に追いやられたのは、進退を決める立場の者に君を快く思わない者が居たからだ」

提督「当時を思うと、人間の部下というのはやはり私には扱いこなせるものではなかったのだろうと思います」

技術者「なるほど君の言う通り、確かに艦娘は人間じゃない。人間の持つ可能性を内包した兵器だ。だが人の心を持っている事は明らかだ」

提督「それが楔になっているんです。本来なら彼女達はもっと効率的に自らを動かす事が出来る。睡眠など本来必要ない」

提督「しかしそれが出来ないのは「自分が人である」という錯覚から能力の限界を無意識に人間と同列のところまで抑え込んでいるからです」

技術者「しかし……それを知ったところでどうする。人間の心を持つものに人間ではないと、どう分からせる?」


提督「艦娘を保護する法律はありません」

提督「故に彼女達には徹底した教育を施し、弱い心をねじ伏せ、皆の幸せと笑顔の為に戦う喜びだけを覚えてもらう」

提督「それが彼女達の潜在能力を引き出す上で必要なものだと考えています」

技術者「効率的なのかもしれんが、狂ってるようにしか見えんね」

提督「それで深海棲艦を滅ぼせるなら、狂人の誹りなどいくらでも受け入れます」

技術者「……まだ、悔やんでいるのか」


提督「……」

技術者「いいか、彼女は……」

提督「私は艦娘の可能性を知っているし、信じています。彼女が教えてくれた事です」

技術者「……本物の馬鹿だよ、君は。終わりだ、大好きな軍務に励むがいいさ」

提督「ありがとうございます。先生もお気をつけてお帰りください」

技術者「先生はよせ。私はただの悪辣な技術者に過ぎんし、君はその哀れな実験台だ」


――同時刻・執務室

阿賀野(この時間なら艦娘は全員別の場所でお仕事に追われてるから、物陰から見られてるってこともないよね)

阿賀野(……これで仕込みは完了。後は……運次第かな)

提督「阿賀野。何らかの問題は発生したか?」

阿賀野「おかえりなさい提督さん。全ての軍務は滞りなく進んでるよー」

提督「そうか。やはり阿賀野型の……いや。阿賀野の事務処理能力は極めて優秀だな。これからも期待している」

阿賀野「もちろん、阿賀野にお任せっ!」

今日はここまでです


――早朝・執務室

提督「阿賀野、手は空いているな」

阿賀野「お仕事なら言って。手は空いてないけど対応するから」

提督「鎮守府正面海域の最奥に手負いの駆逐イ級が一隻確認された。ただちに出撃してこれを殲滅しろ。随伴艦は必要か?」

阿賀野「必要ないわ、阿賀野に任せておいてー」

提督「分かった。速やかに事を終えてくれ」

阿賀野「はい!」


阿賀野「……ところで提督さん、先日潜伏していた敵潜水艦からの雷撃で他の鎮守府の艦娘が予期しない損傷を受けてるの」

提督「確かにそういう報告は聞いているな。今回もその可能性があると?」

阿賀野「まさかとは思うけど無いとは言い切れないかな。万が一の事を考えて爆雷とソナー持って行っていい?」

提督「君が必要だと思うなら持って行け。私は君の決断を信頼する」

阿賀野「はーい。それじゃあ最新鋭軽巡阿賀野、出撃よ!皆の幸せと笑顔の為に!」

阿賀野(そう、阿賀野は皆の幸せと笑顔の為に頑張る。……艦娘の、ね)


――朝・鎮守府正面海域最奥

イ級「……!」

ドゴォォン!

阿賀野「ハイ主砲でドーン、轟沈確認。運が悪かったわねー」

阿賀野(さて、ここからが本題)

阿賀野(えーとまず、ここの座標と施設としての重要性、全戦力、周辺の空海域の警戒が手薄になる時間帯を記録したやつと……)

阿賀野(提督さんの人となり、艦娘皆の恨みつらみを書き記した、行為の動機付けになるやつを防水対策済みのメッセージボックスに入れて)

阿賀野(あらかじめ用意しておいた、明石さん印の時限作動式発信機と一緒に爆雷投射機に括り付けてっと)

阿賀野(これをなるべく遠くの海中に……投射!)

阿賀野「……お願いだから気づいてよー?」

阿賀野(深海棲艦も日本語読めるよね?姫級とか喋ってるらしいし、たぶん……うん、大丈夫でしょ!)


――深夜・執務室

阿賀野「はい阿賀野です……ちょっと、それ本当!?……分かった。提督さん!哨戒中の偵察機から緊急入電来たよ!」

提督「緊急入電だと?何が起きた」

阿賀野「深海棲艦の軍勢がこっちに向かってる!」

提督「……敵の戦力の詳細は分かるか」

阿賀野「確認済みのは戦艦6隻、重巡洋艦7隻、軽巡洋艦と駆逐艦が12隻ずつ!」

提督(よりにもよって近辺の前線鎮守府の警戒が最も手薄になる極僅かな瞬間を狙って襲撃してくるとはな……!)


提督(事前の偵察も確認できていないにも関わらず、タイミングが良すぎる……狙ってやったとは思いたくないが)

提督「敵空母は無いんだな?」

阿賀野「空母の存在は確認できてない!」

提督「分かった。これより当鎮守府の全艦娘に出撃命令を出す、一秒でも長く敵を食い止めろ。奴らを陸に近づけるな」

阿賀野「全艦娘って……明石さん達も!?」

提督「当然だ。今はそれだけの非常事態だ、全ての艦娘は鎮守府に籍を置く兵器として銃後を守る盾にならねばならない」

提督「私は緊急の増援要請を前線の鎮守府に発信しておく」


阿賀野「分かった。でも提督さんは避難して!私達の戦力じゃいつまで持つか分からない!もしここを攻撃されたら……!」

提督「部下を戦わせておきながら尻を向けて逃げる上官に誰が命を預けるものか。私はここで各鎮守府の提督と連絡を取り合う仕事も残っている」

提督「……心配は無用だ。敵に航空戦力が存在しないのならここだけ吹き飛ばされる事はない」

提督「君たちなら増援が来るまで耐え抜く事が出来るはずだ。逐次戦線を下げつつ持久戦を展開、最終的には増援艦隊と挟撃の形を取る」

提督「作戦方針は今伝えた通りだが、これから艦隊に直接指示を出している暇はない。現場の指揮は君に一任する…………頼むぞ」

阿賀野「……うん!」


――出撃準備場

ジリリリリリリリリリリリリリッ!

阿賀野「全員集まった!?」

矢矧「全艦娘の集結、点呼確認完了!」

阿賀野「よし。皆聞いて!今からここが爆撃されます!」

能代「えっ!?」


阿賀野「深海棲艦の爆撃機が百機単位で鎮守府に迫ってるの!」

阿賀野「こんな数相手だと、ウチの対空防衛力では応戦したところでいたずらに被害を拡大させるだけ」

阿賀野「よって提督さんはこの鎮守府を放棄する事に決定しました!」

電「えっ、それじゃあ司令官は!?」

阿賀野「安心して、とっくの昔に車で脱出してる」

阿賀野「皆はこれから侵攻してくる敵の飛行機や深海棲艦に発見されないように迂回して海域を脱出後、援軍の艦隊と合流してもらいます!」


ゴーヤ「でもゴーヤ達が逃げたら皆の幸せと笑顔が……!」

阿賀野「逃げるんじゃない!すれ違った後に反転、合流した艦隊と合同で背後から敵を殲滅するの!」

阿賀野「敵の数は正規空母3隻、戦艦6隻、重巡洋艦7隻、軽巡洋艦と駆逐艦が12隻ずつ!正面から戦っても勝ち目がないのは分かるでしょ?」

阿賀野「これは提督さんの命令です!何か他に質問ある!?」

・・・

阿賀野「無いみたいね!全員艤装をつけて!脱出しよっ!」

明石「あの、私こういうのは初めてなんですけど、どどどどうすれば!?」

阿賀野「合流するまでは何が見えても決して振り向かない、注目しない、刺激しない!とにかく前に進む事だけを考えて!」

阿賀野「それじゃあ行くわよー!皆の幸せと笑顔の為に!」


――十数分後・執務室

提督「はい。……そうです。既にB提督には連絡しました」

提督「敵の数と種類は先程お伝えした通りです、至急増援を願います」

提督(阿賀野達は私の想いを分かってくれた!今も敵を押し留めるために戦おうとしてくれている!)

提督(そうだ、彼女達を信じろ。夢を信じろ。……皆の幸せと、笑顔の為に……)

ヒュルルルルルル・・・

提督(……何の音だ?)


――同時刻・海上

矢矧「あ、ぁ……」

夕張「あんなに、炎が燃え盛って……」

電「ひどいのです……」

能代「あ、阿賀野姉ぇ!鎮守府が!」

阿賀野「振り返らないで!!!敵の爆撃は鎮守府に集中してる。むしろ好機なの!だから進んで能代!皆も!」

阿賀野「鎮守府は銃後を守るための盾。阿賀野達が今やるべき事は抜け殻の盾を守る事じゃない、盾の向こう側に居る人達を確実に守る事!」

能代「ッ……!」


――30分後・鎮守府跡

提督「…………う」

提督(私は……生きて……いるのか……)

提督(両足が根元から吹き飛んではいるが、思考回路は……無事らしい。補助脳のおかげか)

提督(機械の、体も……捨てたものじゃないな……)

提督(鎮守府は……機能停止だな。無理もない、あれだけの爆弾を食らったのだ)

提督(我が艦隊の優秀な偵察機でも確認できなかった空母による夜間爆撃、か。敵ながら見事な戦術だ)


提督(迷彩などで隠密性を高めた新型か、それとも新型戦艦に空母の機能が備わっていたのか……)

提督(分からないな。後で状況の分析が必要だ……)

提督(阿賀野達は、私の想いを受け継いで戦ってくれている艦娘達は、無事だろうか……)

『この音声は、提督である私の想いを皆さんに伝えるために収録したものです』

『世界に幸せを!皆に笑顔を!そのために、君たちが今何をすべきなのか。この音声から感じ取ってもらいたいと思います』

提督(この音声は……笑顔と幸せの部屋の……?)

提督(そうか、爆撃によって扉が破壊され……中の機械が誤作動したのか)


戦艦タ級「見ツケタゾ。……ソウカ……オ前ガ、コノ鎮守府ノ提督カ……」

提督「……来たか、化け物。乾坤一擲の作戦が成功してさぞかしいい気分だろうな」

提督(ここにこいつがいるという事は……阿賀野達は……)

提督「おい化け物。何人殺した?」

戦艦タ級「……何ヲ言ッテイル?」

提督(この反応……鎮守府が爆撃で破壊されたのを見て指揮系統喪失を認識、会敵を避けて迂回したのか。いい判断だ、阿賀野……)


『それではまず私の略歴からお話ししようと思います。いかにして私が自分の夢を叶え提督になり、皆さんの幸せを守ろうと思ったのか……』

提督「フ、フフフ……ハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!貴様らの負けだ化け物共!」

提督「私は知っているぞ!私は信じているぞ!艦娘の可能性を!」

提督「たった一人で鎮守府にあてがわれ、ロクな装備もなく!共に銃後を守るべき人間の仲間のほぼ全てが逃げ出したにも関わらず!」

提督「前触れなく押し寄せる深海棲艦の群れに夜も眠らず、逃げ出しもせず!皆の幸せと笑顔の為だからと、出撃の度に増えていく生傷を省みすらせず!」

提督「援軍が来るまでの約一か月、戦って戦って、戦い尽くして!そうして全てを守り抜いてひとり沈んでいった彼女の姿を、誰が忘れるものか!」

戦艦タ級「…………!」


提督「私は彼女の死を悔やみ、夢を受け継いだ。一日でも早く戦争を終わらせ、皆の幸せと笑顔を守るという想いを受け継いだ!」

提督「その私もここでお前に殺されるだろう。……だが!」

提督「私の想いを受け継ぎ、兵器としての更なる可能性を引き出した艦娘達が!資材を託された他の提督が!実験台となった事で後世に残される技術が!」

提督「必ず……必ずお前達を殲滅する!どれだけ月日がかかろうと、必ずだ!」

提督「その日を震えて待つがいい化け物共!貴様らの望む暗黒の未来を許すほど、人間は落ちぶれちゃいない!」

戦艦タ級「…………」

提督「……なんだお前……泣いているのか?」


提督「だが今更後悔しても手遅れだ、もう遅い!」

提督「既にお前たちを倒すために援軍がこの海域に集結している!貴様らはこの海から出る事なく全滅するんだ!」

戦艦タ級「……」

提督「何をする!?離せ!やめろ!化け物に抱きすくめられるなど……!」

提督(ま、ずい……ほじょ、のう、が……じ、かん、ぎれ、か……!)

提督「失、せ、ろ!消、え、て……な、く、な、れ!」

提督「く、そ…………!クソオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」

提督「……―――――――――――――――――――――――――――――」

戦艦タ級「……本当ニ………………馬鹿ナ男……」


――同時刻・鎮守府正面海域

大鳳「鎮守府跡に複数の深海棲艦発見!……未確認の空母もいる!一気に叩きます!」

加賀「帰ったらあの人に肉じゃが作ってもらいましょう」

瑞鶴「えー!カレーがいいなー、提督さんのカレー美味しいし」

加賀「五航戦の妾の方は黙ってなさい。あの人に夕餉を注文する権利があるのは正妻だけです」

瑞鶴「ムキーッ!なんですって!」

大鳳「大和さん!そちらの二人はアテになりません!私達で!」

大和「了解!全砲門…………………………………………薙ぎ払え!」


――2週間後・A提督鎮守府 阿賀野型の部屋

阿賀野「そうなのよー、もう大変だったんだから。……ハイ能代、あーんっ♪」

能代「ちょっと、青葉さんが居る前で恥ずかしいよ阿賀野姉ぇ!……あ、あーん」

青葉「へぇ~、そんなに急いで脱出を。すると阿賀野さん方は今でも行方不明の提督の事を探していらっしゃる?」

阿賀野「ううん、もういいの。……ハイ矢矧、あーんっ♪」

矢矧「あーん……」


阿賀野「ちょっと聞きたいんだけど、昨日の新聞あるかなー?」

青葉「そりゃありますけど……えーと、この一面の『深海棲艦、一部地域で侵攻速度を速める』ってやつですか?」

阿賀野「そんなのはどうでもいいの。三面くらいになんかあるでしょ?」

青葉「三面?何々……『壮烈!先日破壊された後方鎮守府の行方不明提督の衣服の一部、激しく損傷した状態で見つかる』」

青葉「『これについて大本営は、同提督は死亡したとの認識を示した』」

青葉「『他にも鎮守府跡には鉄クズを抱きかかえたまま死亡している深海棲艦の死骸も発見され……』」

青葉「あー……なるほど。死亡確認!ってやつですね」


阿賀野「そ。それ見てから能代も矢矧もすっかり落ち着いちゃったんだもんねー。阿賀野びっくり!……ハイ二人とも、阿賀野にあーんしてぇ」

矢矧・能代「「あ、あーん」」

阿賀野「あーんっ♪……ぱくっ!美味しい~~~~~~~~~~!やっぱり冬はチーズケーキだよねー!」

『深海棲艦の群れが発見された。手の空いている者は……』

青葉「おや。敵が発見されたようですね」

阿賀野「阿賀野パース。ここ戦力いっぱいあるし、他の人が頑張ればいいよー」

能代「私も……もうちょっと、阿賀野姉ぇのお世話しないとだし」

矢矧「私もパスね。最近なんだかこういう穏やかな時間が好きになってきたし、雲の流れでも眺めていようかしら」

青葉「青葉はもちろん取材を続けるのでパスですね。ま、誰か行くでしょう」


――A提督鎮守府 工廠

『深海棲艦の群れが発見された。手の空いている者は……』

夕張「わー大変。戦闘が始まっちゃいますねー」

明石「そうですねぇ。それじゃあ私達は戦闘が終わった皆さんを癒すための”動く!鳴る!電子ペット・瑞雲”でも作ってみます?」

夕張「あはは!何それ楽しそう!」

明石「でしょう?昨日パッて思いついてあ、これいけるな……!って思って、実はもう設計図書いちゃったんですよ」

明石「私は出撃とは縁ないし、ここは改修も滅多にやらないから暇で暇でしょうがないんですよねー」

夕張「でも私、こうやって明石さんとくだらない工作するの大好きだよ!」

明石「私もです!ふふふ、今度はどんなもの作って鎮守府の皆を驚かせてやりましょうか……!」


――A提督鎮守府 廊下

『深海棲艦の群れが発見された。手の空いている者は……』

電「はわわ……昨日遅くまで遊び過ぎて眠いのです……」

電(深海棲艦?特殊な海域でもない戦闘に駆逐の出番なんかないし……行かなくてもいいよね)

電(こんな感じで出撃は辞退出来るし、遠征もないし、この鎮守府は悠々自適で幸せいっぱいなのです)

電(今日は駆逐の皆とお絵描きでもしようかなぁ……)

電(……そういえば、眠いってことは……お仕事しない内に、以前の一周しちゃった時の感覚は消えちゃったって事なのです?)

電(……まぁ、どうでもいいのです。きっとこっちの方が正常なのです、電は自分の心に従うのです)

電「はわわわわ……眠いのです……」


――A提督鎮守府 潜水艦の部屋

『深海棲艦の群れが発見された。手の空いている者は……』

伊58「敵艦かぁ……最近出撃も滅多にないから体鈍ってるし、そろそろ」

U-511「でっち、ユーを置いて行っちゃ、ダメ……!でっちはユーにもっと日本の事教えるんですって!」

伊58(こっちに来てからユーがだいぶ主張してくるようになったでち……401あたりの影響かなぁ?いい傾向だけど)

伊58「敵艦を倒すための出撃は駄目でちか……じゃあせめてオリョールでもいくでち?」

U-511「資材なんて自然回復するからわざわざ獲らなくていいって、A提督さん言ってたよ?」

伊58「自然回復……ま、いいでち。それじゃあ今日はユーに伊号潜水艦100の秘密を教えてやるでち!」

U-511「わーい!でっち、教えて教えて!」


――A提督鎮守府 執務室

A提督「誰も来ないなー」

大鳳「来ませんね……やはりここは私が」

A提督「いやいいや。大した数じゃないし、索敵範囲外で見逃しちゃったって事で。他の連中が何とかするよ」

大鳳「し、しかし」

A提督「大丈夫大丈夫。大鳳はもっと肩の力を抜いてかからなきゃ」


A提督「艦娘も人間も生きてる心を持ってるんだから。今何をしなきゃいけないのかより、今何がしたいのか……だろう?」

大鳳「そんなものですか……」

A提督「そんなものだよ。心配するなって、明日も朝日は昇るんだから」

A提督「だから大鳳。いちゃいちゃしよう!今そうしたいから!」

大鳳「きゃっ!そんな、提督……まだ昼なのにぃ……」

A提督「よいではないか、よいではないか~」

大鳳「もう、しょうがないんですから……」


――とある研究機関

技術者「……やはり燃やそう。あの研究資料は危険だ」

部下「どうしたんですか?」

技術者「覚えておけ。この世にはあってはならない技術があるんだ」

部下「はぁ……」

技術者「どんなに悔しかろうが……人は人のまま産まれ、人のまま生き、人のまま滅びるべきなんだよ」

部下「……昨日深酒でもしたんですか?」

技術者「お前、後で所内全域の清掃な」

部下「そんなぁ」


――夜・A提督鎮守府 屋上

阿賀野「はぁ~……食べた、食べた。阿賀野お腹いっぱ~い」

阿賀野「今日は風も気持ちいいし、お星さまでも金平糖に見立ててロマンチックな時間を過ごそっと」

伊58「阿賀野。ここにいたんでちか」

阿賀野「あら、ゴーヤちゃん。わんばんこー」

伊58「聞きたいことがあるんでち。あの日の、あの襲撃は……結局全部阿賀野の作戦だったんでち?」

阿賀野「そーだよー。なに?もーちょっとスマートな方法があったんじゃないのか、って話?」


伊58「……ああいう考えはゴーヤにもあったでち。でも実行する気はなかったでち」

伊58「てっきりあのクソ野郎を失脚させる手はずでも整えてるのかと思ってたでち」

伊58「まさか阿賀野があそこまでやるなんて、思ってみなかったでち……鎮守府も、提督も……」

阿賀野「……確かに、作戦っていうには雑だし、危ないし、何より禁じ手だよねー。将棋盤をひっくり返して殴りかかる、みたいな」

伊58「……」

阿賀野「阿賀野にはあれ以上のものは思いつかなかったんだよー。正面から提督さんを否定する事が出来なかった」

阿賀野「だって何か下手に意見したら即洗脳されそうな雰囲気あったじゃない?阿賀野そういうコワイのだめだもーん」


阿賀野「それでも皆はあの提督さんのせいで嫌な思いをしていた。阿賀野も嫌な思いをしていた。だから出来る方法でやった」

阿賀野「それでいいんじゃない?最後に勝ったのは心でしたーって事で、この話はおしまい!」

伊58「……それもそうでちね。それじゃあ阿賀野、一緒に間宮さんとこいくでち!大食い勝負でち!」

阿賀野「お?阿賀野にスイーツ大食い勝負を挑むなんて命知らずな潜水艦もいたものね!その勝負乗った!」

U-511「でっち!見つけた!ユーも!ユーも行きますって!」

伊58「あーはいはい、分かったからあんまりひっつくなでち。まったくもう……」

終わりです。ここまで読んでいただきありがとうございました

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2015年11月16日 (月) 19:33:11   ID: GAwwrCiA

面白かったです。乙さまです。もっと時間かかってもいいので、長編ストーリーをつくってほしいです。

2 :  SS好きの774さん   2015年11月17日 (火) 01:59:09   ID: zOtfMJoA

某居酒屋チェーン店の社長かな?
阿賀野がただすごいだけじゃなくて一回社畜面に落ちそうになるところが良かったです

3 :  SS好きの774さん   2015年12月08日 (火) 00:24:29   ID: JpWnOX5t

カタルシスが全くなくてストレスがたまるだけだな
筋も下らない

4 :  SS好きの774さん   2018年06月21日 (木) 11:23:37   ID: epotKoZf

※3楽しく読んでる奴奴が不愉快になるコメントやめろやクズ

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