幼なじみ「ねぇ、勉強教えてくんない」男「いいけど」 (39)






        オリジナルですが地の文なので、便宜的に名前つけます。
        記号的なものなので特に意味はありません。

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「だからさ、いっぺん見てみろって。面白いから」

「ほんとかあ?」

僕はそう言って話を合わせる。岡野は得意げな様子で続けた。

「マジマジ。ホントに人生変わるから」

「そうかい」

反射的に顔をしかめてしまう。岡野に見られないよう、前を向く。

夏の陽が、突き刺すように照らしてくる。

夏服の下につけてるシャツは肌にねっとりと張り付いていた。

「それとさ、来期から始まるんだけど」

岡野はこうなってしまうと止まらない。

テキトーに相槌を打って、気がすむまで喋らせておくのが賢明だ。

後ろから、知らない女子生徒が追い抜いていった。

彼女がくるりくるりと日傘を回す姿見て、僕はさらに足を速めるのだった。

途中の信号が僕の分かれ道。僕はまっすぐ渡る。岡野は渡らず右へ曲がる。

そこに差し掛かると、岡野のうっとおしいアニメ談義は止む。変わりにこう呟きがもれた。

「影がねえ」

遠い目をして、自分の帰る方向を見つめ、嘆く。

「こっちもだよ」

そういったらちょうど信号が青になった。背後から、じゃあな、速水。と声が聞こえる。

僕は振り向かずにひらひらと手を振った。早く家に帰ろう。

冷蔵庫にはたしかジュースが置いてあったはず。

この前大量に買い置きしたから無くなってはいないだろう。

お菓子もスナック系とチョコ系両方買ったと思う。

ポテトのザックザク感とレモンティーのまろやかな甘みは絶妙にマッチングすることに最近気付いた。

ポテトとコーラの組み合わせはもう古い。

「おーっす! 速水ぃー!」

唐突に背中に衝撃。うぐっ、と小さく声が漏れる。

誰なのか薄々感づいてはいるが、姿が見えない。

立ち尽くしていると、ひょっこりと誰かが正面に現れた。悪戯っぽいニヤケ面が陽に照らされている。
 
「やっぱりお前か」

 「えへへ」

得意げな顔をして、くまのストラップがついた鞄をくるっと回した。

不破だ。痩せ型で背は女子の中では平均的。

高校生になって茶色に染めた髪の毛は、陽気な性格と、整った顔立ちによく似合っている。

「はい。これ頼んだぜ」

すっ、と持っていた傘を渡してくる。はいはい、と言って俺は傘を開いた。

歩き出してすぐ、不破が俺を足を小突く。

「ちょっと寄りなって」

「へいへい」

左半身だけがチリチリと焼かれながら家路につくことになる。これはこれでつらい。

日焼け対策なのか、夏だというのに長袖のシャツをつけていて

手の甲の半分まで隠すように命いっぱい伸ばしている。

俺には横顔が見える形になる。彼女の薄い唇はきゅっと結ばれ

何かを考えこむような色だった。長い睫と涙袋を持つ瞳はいつも俺の目を引く。

彼女は視視線には気付いていないのか、ねえ、と向きを変えぬまま、口を開いた。

「さっきの人、友達?」

「岡野のことか?」

「あの人さ、ちょっとアレだっていわれてんだよね」

ピクッと眉根が動く。

「アレって?」

ゆらりゆらと小さく傘を揺らした。不破の目には僕に対する疑いは含まれていなかった。

陽気な調子で言葉は続く。

「他の奴らに、ていうか女子によく思われてないっていうか」

「どうして?」

「だってあいつオタクじゃん? スタイルも悪いしさー
 時々あたしも見かけるぜ、大声でアニメの話してるのとか、キモい絵描いてるのとか」

「アニメなら僕も少し観るけど」

そういうと、不破の顔から笑みが消えた。少しのため息のあと、あんたさぁ、と切り出す。

「そういうの、あたしの前以外で言うなよ? 言っとくけどあんたもそろそろヤバいんだからね」

「え?」

「あんなのと一緒にいるってだけで変な目で見られるよ」

「理不尽すぎるだろ女子……」

「理不尽すぎるんだよ女子は」

それからしばらくの沈黙。聞こえるのは、あっちこっちから蝉が騒ぐ声。

前を歩く男子グループのバカ笑い。

手加減なしの暑さに、風を吹かす慈悲もない。こんな天候は僕のような人間にはつらい。

ほどなく、僕たちの住む区域に近づいてきた。

不破と俺は昔から同じ区内に住んでいる。

こいつとは小学校からの縁なのだ。先に通るのは不破の家。

「そうそう速水さ」

「ん?」

「今度ベンキョー教えてくれよ」

「おや珍しい。 真面目になったのか?」

「そうそう。あたし期末頑張ろうって決めたから。だから今日は真っ直ぐ帰ってるんだって」

不破の口調には、冗談めかしたニュアンスがあった。表情も口の端を吊り上げた悪戯な笑みだったので、

「はいはい、えらいえらい」

と聞き流す。

不破は自宅の門扉をあけようと手を触れた。じゃあな、といおうとすると

「なぁ、マジで教えろよな」

「わかってるさ」

不破は満足そうにうなずくと、紺のソックスで覆われた、細い足で小走りに玄関へと走っていく。

翌日。

朝起きると体がだるかった。咳は時折出る程度で頭痛はないものの、体温計で図ると微熱があった。

親にその旨を伝えると、わかったといって電話をとり、学校に連絡。

俺は卒倒するように床に入る。

速水家は二階建て住宅なのだが、俺の寝床は一階の床の間だ。

ふすま越しに聞こえてくるのは断片的な家族の会話、

やたらテンションの高い女子アナの声、

かちゃりかちゃりと食器の音、こぽこぽこぽと飲み物を注ぐ音。

ぼんやりと天井を見つめていると、いつのまにかそんな音も消えてなくなっていた。

みんなそれぞれの場所に出払ったらしい。

うとうととまどろみながら、そういえば宿題をどうするんだと気付く。

今日もらえなかった分が明日に回されてしまうのか…。

休んだ後悔に苛まれながら眠りに落ちる。昼ごろに起き、しばらくしてまた眠りこける。

今度はインターホンの音で目が覚める。

「よーす、調子どうよ?」

「サイテー」

冗談めかしてそういったのだが、彼女にはそう聞こえなかったらしい。

「えぇ?」

と消え入りそうな声になる。

「でも、それは不破が来る前でさ。今は違うかな」

「お、おう。どーも」

僕は入るように促す。リビングへ連れていき、ソファーへ座らせる。

「お茶、入れるね」

そういうと、不破の表情はみるみるうちに青ざめていく

「ばかっ! そんなのいいって」

声を張り上げた。

「でもそういうわけには…」

「いいから寝てろ。ほら行くぞ」

僕の手を、というか指をつかんで引っ張る。

さすがの不破も、僕の様子をみて焦っているらしい。

不破は二階へ上ろうと、階段に足をかける。そこは違うと声をかけた。

「あ? どういうことだよ?」

「変わったんだよ。去年の終わりごろから」

「ああ、そうなん」

納得したようにうなずくと、どこだよ?と聞く。

僕が教えるとゆっくりそこに運んでくれた。

「昨日、炎天下にあるいたのがよくなかったのかな」

「情けねえ奴だな」

不破は頭をかく。僕が寝ている傍らに不破はいる。

短めのスカートに、紺のソックスをはいた姿でアヒルすわりをしている姿は見ていて妙な気分になった。

「ほらよ、お前の担任から預かってきたんだぜ」

鞄から二枚の紙を取り出す。

一枚は数学の問題が羅列されてあり、もう一枚は期末テストの時間割だった。

そういえば一週間後には期末が始まる。そしてあの日は期末テストの最終日。

「不破」

「ん?」

言おうとして、咳き込んでしまう。呼吸を整え、再度言った。

「勉強教える約束だったな。今やろうか」

「まずあんたの頭の中がどうなってるのか教えてほしいよ」

翌日に体調は回復し、俺はいつもどおりに学校へ出て行った。

二限目の理科の授業を終え、教室へと移動する。

「あ」

見知った顔が二人前方から歩いてくる。

二人ともこっちには気付いていない様子で、ニコニコしながら会話していた。

「不破」

不破は少し目を見開く。

「速水か。びっくりさせんなよ」

「悪い悪い。 そっちは確か、矢田さんだっけ」

「あ、うん」

少し近めに距離をとりすぎたのか、矢田さんはニ、三歩後ろへ下がった。

黒髪で背中まで届いたロングヘアー。楚々とした立ち姿で、不破とは別の方向性で美人だ。

「二人とも、なんの授業?」

不破は黙って教科書を見せてくる。音楽か。そういえば、不破にまだ聞いてない。

今切り出すか。矢田さんに聞かれても支障はないだろか。

不破はちらりちらりと振り向き、矢田さんの様子を伺っていた。意を決したように口を開く。

「なあ速水。うちら急ぐんだよ。用がないなら」

「あぁ悪い。 不破、お前に聞くことあって」

「何?」

「もうすぐ誕生日だろ? プレゼント何がいいのかって思ってさ」

「あー。そうだったな」

不破は考え込むように視線を漂わせた。言った後にしまったと思う。

こういうのはサプライズ的に用意すべきだったんだ。

びっくり箱を開けさせる前に、これはびっくり箱だと教えているようなもんだ。

「ま、なんでもいいぜ」

「なんでもっておまえ」

「なんでもはなんでもだよ。じゃあな」

彼女は矢田さんを引っ張るようにして、ぱたぱたと廊下を駆けていく。

なんでもって言われてもなあ…。

俺の脳裏に閃光のような光が起きた。こういうのを閃きっていうんだろうか。

ずっとどう切り出そうか考えていたことがある。その方法を思いついたかもしれない。

翌日は土曜。昼ごろに岡野から、遊びに行こうとメールが来た。

現実逃避をしようにも逃避先が見つからなかったから好都合。

すぐに了承した。行き先はだいたい岡野が決めるため、僕は黙ってついていくだけだ。

だいたい本屋だったり、ゲームショップだったり、大抵はサブカル系の店だ。

一通り回った後、僕は何か食いにいこうと提案した。近くに知っているラーメン屋があったのだ。

外見は木の扉に暖簾がかかっただけのシンプルなもの。

中はところどころタバコの煙がくゆり

テーブルは染みのようなものがついていて、岡野はその古臭さに渋っていた。

レジ脇の棚にある本は、ところどころ本がさかさまになっていたり

漫画だと、巻数の順番がめちゃくちゃだったりと、雑だった。

ところが味は文句なしにうまいのだ。

僕のお気に入りはミソラーメン。

麺とスープが絶妙に絡み合い、トッピングされたハムと卵が舌を退屈させない。

ラーメンだけじゃないのだ。餃子もうまい。餃子とみそラーメン。

この組み合わせは最強。そして食後のウーロン茶。

これを飲めば、大抵の悩みは忘れられる。
うまいな、と岡野もいってくれた。

テストに日はあっという間にやってきた。対策は十分にしてあるので、悩みところはあまりない。

毎度目標に掲げている、全教科75点以上は今回も達成できるだろう。

勉強はそれでいいのだ。学年一位を取れればそれはそれですごいが、

膨大な量をこなさねばならない。僕はそんなのいやだ。

勉強も大事だけど、遊びだってしたいし、高校生らしく恋もしたい。

仕入れた知識を目の前の答案にひたすらぶつけていく。三日目の最後のテストが終わる。

クラスメイトの顔はさまざまだった。

晴れやかな表情を浮かべているもの。どこか影ができているもの。

僕はというと…ちょっとドキドキしてきた。

その日の晩。不破にメールをする。その後に僕は出かけた。

ピンクの紙で包装された箱を持って。

不破の家につき、震える手でインターホンを押す。

前もって連絡していたからなのか、すぐに不破が出てくる。

「おう、どした?」

「あの、ごめんな。勉強教えるって約束」

「あー。あれね。。いいっていって」

気にすんなよ、と顔の前で手を揺らす。

テストの出来栄えを聞こうとしたが、嫌味になってしまうと考え直した。

不破のこういうところがいいところだ。

さっぱりしたところが。

ケバいだの、ビッチくさいだの言う奴がいるのは知っている。

それは外見だけを見て中身を知らない奴らが言ってることだ。

言葉を尽くしても語りきれないよさがある。でもあえて一言でいうなら、不破は優しい。

「誕生日おめでとう」

僕は勤めて柔和な口調で言ってみた。

「お、おう。どうも」

不破は少しためらいがちだったが受け取ってくれた。

「何にしたの?」

「それを今いっちゃつまんないだろ」

不破は一瞬きょとんとしたが、くすりと笑って、そりゃそうだね、と言った。

「じゃあな。プレゼント、ありがとうよ」

不破はもう終わりだと思っているらしい。僕はゆるゆるとかぶりを振った。

「まだあるのか」

「今度は物じゃない。受け取るかは自由にしてくれ」

「はぁ?」

「まあついてきてくれよ」

会話のないまま、目的地に到着。

田舎の小学校というのはまだ防犯意識が低いのか、夜中でも門が開け放たれている。

そこに入り、グラウンドの端に置かれてある遊具へと向かう。

「懐かしいな」

「あんたはほとんど遊具にいなかったけどね」

「そうだっけ?」

「ガッチガッチの野球バカだったくせに」

そういえば、そうだった。昔の話だ。

補欠ではなかったが、練習とか上下関係がしんどくて辞めたんだった。

不破は遊具脇のベンチに座る。細く長い足を組んで優雅に。

この体制になった今しかない。僕は彼女の前に立つ。

怪訝な色に変わり「なんだよ」とつぶやく。

「不破」

「何」

「僕、不破が好き」

え、とつぶやきが聞こえた。

俯きながら横目で不破の反応をうかがっていると、

足組みがほどかれ、すっ、と立ち上がる。

「あの、実は小学校の頃から」

「ふざけんな」

続けようとすると、さえぎられる。いつもの不破とは違う、温かみのない尖った声だった。

「あんた舐めてんの? 自分のこと分かってる? 」

いきなりまくし立てられ、僕はただただ黙り込むことしかできない。

「ありえない。これで告白とかキモすぎる。身の程わきまえろよ」
 
不破の瞳は冷淡な無感情なものになっている。

「不破…僕のこと」

「嫌いだよ。今嫌いになった。 ていうかあたしが恋愛感情もってないってわかんなかったのかよ」

「そんな…不破はいろいろやってくれたじゃないか」

「あたしがあんたに?」

フッ、と鼻で笑う。なにを? とあごをあげて威圧するように聞いてきた。

「帰り道、声かけてくれたじゃないか。お見舞いにも着てくれたし、プレゼントだって受け取ってくれた」

不破は人差し指を立てる。

帰り道しゃべったのは、テスト勉強手伝ってもらうためだよ。あんたそんな体でも勉強はできるんだもん」

不破は中指を立てる。

「見舞いに来たのは学校のプリント渡すため。頼まれたんだよ。お前の担任に」

不破は薬指を立てる。

「プレゼント受け取ったのは腐れ縁のよしみだよ。そうじゃなきゃソッコーつき返してるよ」

「そう…なんだ…」

今の僕にはそういうのが精一杯だ。

「だいたいさ」

彼女はまだ言い足りないらしい。

「あんた都合のよいことだけ覚えてるんだね。矢田の反応、覚えてないの?」

矢田さんの? 移動教室に会ったときの?

「ちょっと後ろに下がってたでしょ。 あれ、他の女子でもそうするって。つまりそういうことだよ」

いつの間にか、僕は俯いていた。自分のぼろぼろの靴をじっと見つめているほかなかった。

「一応聞いとくけど、自覚はあんの? 鏡みたことある?」

沈鬱な気分のまま、家路に急ぐ。わかっていた。

ずっと目を逸らし続けていたんだ。

不破が自分の手で僕に触れなくなったことからも。

僕の自宅の部屋が一階に移されたことからも。

家に着き、風呂場へ向かう。脱

衣所の鏡には、泣き出しそうに歪んだ表情が写る。

そういえば風呂まだだったと思い、服を脱ぐ。

鏡に映ったのは、丸太のように太い二の腕。

ほとんどは脂肪に覆われていて、動かすたびにだらしなくぶるぶる揺れる。

胸には女性のように乳房ができて、腹ははちきれんばかりに突き出ている。

まぎれもない自分自身の姿だった。

僕はそんな姿から目をそらしたくて、

ときどき、小学校、中学時代の写真を眺め、自分をなぐさめていた。

野球をもう一度始めようかと思った。でもこの体では以前のようなパフォーマンスはできない。

突如、耳覚えのある電子音が聞こえた。籠から聞こえている。

さっき脱ぎ捨てた服から携帯を取り出し忘れていたことに気付く。

開くとメールが一件届いてた。不破からだ。

From 不破

昔みたいな体になってもっかい出直してこいっ!

迷惑じゃなきゃ、あたしも手伝う。


あとごめん。一個嘘ついたわ。

あんたのこと、別に嫌いじゃないから。

人間としてはね。

プレゼントありがと。





               おわり


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