沙紀「モーニンググローリーにくちづけを」 (22)


・吉岡沙紀ちゃんのSSです

・短めです




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目を覚ますとそこは見慣れた壁じゃなかった。

体にかかったシーツの感触もなんだか違ってて、だけど別にイヤな感じはしなくて。
とにかく不思議な感覚がアタシの中に生まれていた。

少し重いまぶたをこすって身を起こす。
ギシッとベッドがきしむ音。
大きなあくびをひとつして、自然と出てくる涙を人差し指で拭うと、冷えた空気がシーツから出た肌を直に刺す。

あれ、なんでアタシ、服着てないんだ?


両手で確かめるように自分の体を触っても布の感触がないどころかブラすらつけていない。
汚れひとつない真っ白なシーツの中に手を滑らせると腰のところでなにか引っかかった。下は履いてることを確認してほっと一息。

いや、まずパンツ姿が問題。

あまりの寒さにぶるっとひとつ身震いして、我慢できずにもう一度寝転んでシーツに包まる。
いつもとは違う布の感触が変に気持ちよくてクセになっちゃいそうな感じ。
おもわず足を意味もなく前後にバタバタ動かしてみたり。

においも違うものだったけど、どこか知っているようなもので、それを深く吸い込むとなんだか心の奥がぼうってあたたかくなるみたいな。
キライじゃないというか、むしろ好きなにおいですごい落ち着く。


なんだろう、どこで知ったにおいなんだろうって考えながら体の向きを変えると、大きな背中が視界に飛び込んできた。
少し武骨で、どこからどう見てもそれは男の人の背中だった。
お父さんよりも若くて、そう、多分プロデューサーくらいの年齢の人だとおもう。

というかもしかして、この背中はプロデューサーなの?

おもわず無防備に丸まった背中に手を伸ばしてみる。
そっと、時間をかけて。
ひんやりとした感触がまず指先に、そして手のひらが背中に触れる。

すると、ううんと一言漏らしたとおもったら、ごろんとアタシの方に寝返りをうってきて、見慣れたプロデューサーの見慣れない無防備な寝顔が。


えっと、どういうことっすかね?

アタシもプロデューサーもなんでか服を脱いでて、同じベッドに寝ていて、朝を迎えて。

そこから導かれる答えって言うのはきっと多分ひとつしかない。
さっきまで寒いなぁなんておもっていたのに、この状況が理解出来た瞬間、お風呂に浸かったみたいに一瞬にして全身が熱を帯びていった。


反対に頭は冴え始めてきて、ようやく思い出してきた。
ロケで地方に来て、さぁホテルへと向かうと、なんの手違いか部屋がひとつしか予約できてなくて。
おまけに空きもないとのことで二人で同じ部屋に泊まったんだ。

アタシは別にプロデューサーとなら大丈夫だったし、ひとりよりも楽しくて安心するからなにも問題なかった。
ただそのプロデューサーったらやけに落ち着きがなくて、そんなに強くもないのにビールを早いペースで数缶あけては、ひとりで立つことができないくらい酔っちゃってた。

ダブルの部屋なのも悪かった。
お酒を飲む前「俺はソファーで寝るから!」ってしつこいくらい言ってたのに、気付いたらベッドでぐっすり。
そこでアタシもテンションが上がってたから、ふざけてシーツに潜り込んだら両手でガッチリホールドされちゃって。

そのときまでは二人とも服を着てた、はず。


つまりはそういうことだよね。
そういうことだ。

どうしよう。
ちゃんとつけたのかな、って違う。
あの、アタシ初めてだったんだけど、やっぱり血とか出たのかな。
ちょうどそのとこだけ覚えてないんだ。
言われてみれば下半身がちょっとだけ変な感じがする。
えっ、やっぱりそういうことなのかな。
確か周期では、うん、大丈夫な日っすね。
いや、そうじゃなくて、うわっ、どうしよう。
ほんとに、ほんとにこれ夢じゃないのかな。
嬉しいんだけど、嬉しいんだけど全然覚えてない。
変な感じ。
ていうか、やっちゃったんだ。
ついにしちゃったんだ。


そんなアタシの気持ちなんて知らずにすうすうと気持ち良さそうに寝息を立てるプロデューサー。

なんか、ムカつく。
ムカつくっす。

アタシだけこんな悶々とさせて、自分はぐっすり夢の中なんて不公平。
フェアじゃない。


だからアタシは快適な睡眠をとれてるだろうプロデューサーにちょっかいをかけることにした。
ターゲットは顔。
今度も同じようにゆっくり手を伸ばしていく。

そしてほおをぺちぺち。

ぺちぺち。ぺちぺち。
それでもプロデューサーは起きない。

ぺちぺち。ぺちぺち。
さっきより少し強めに叩いてみるけど、やっぱり起きない。


むぅ、ここまでして起きないなんてよっぽど楽しい夢を見ているに違いない。
なおさら面白くない。

でもここでムキになっちゃうのもなんだかな。
迷路よりも複雑な感情がほおを叩く手を止めさせ、さてこれからどうしようかなと口を真横一文字に結んでむむむ、と考える。

すると、ぐっすり夢の中を遊泳しているはずのプロデューサーが突然ふにゃふにゃの口調でアタシの名前を呼んだ。

夢の中でもアタシといるのかな、なんておもうと、どうにかしてやろうって感情はいつの間にか消えちゃって、自分の意思と関係なくつい口元がほころんじゃう。
えへ、嬉しいな。


それにしても、寝顔をこうまじまじと見るなんて。
普段では見れない無防備な姿にどくんと鼓動がひとつ大げさに跳ねた。

遊園地で手を繋いだときよりも、喫茶店で隣に座ったときよりもドキドキが強くて、今にも口から心臓が飛び出ちゃいそう。

夢の中の二人はどうしてるのかな。
こうやってひとつのベッドで向かい合っているのかな。
それとも抱き合っているのかな。

考えれば考えるだけ幸せがこぼれてくる。
口を両手で塞いだってとめどなく溢れてきて、目の前に鏡があったならすっごい情けない顔になってるんだろう。
人には絶対見せられない姿。
それはもちろんプロデューサーにも。


ベッドから降りて立ってみると、ふわふわした感覚があってどこか夢心地。
完全に浮かれきっちゃってるって頭でわかっていても、それを指摘するアタシはどこにもいない。

枕元に昨日身につけていたブラを発見。
なんでそんなところにあるんだ、なんて深くは考えずにとりあえずプロデューサーの顔のとこに置いてみた。

起きたらビックリするかな。


「沙紀は青が似合うよなぁ」って言ってくれたから、そこから手に取る服は青色が多くなった。
もちろん全身青にするなんてコーデはしないけど、今日は見えない場所に。

勝負下着っていうたいそうなものじゃないけど、かわいいのにしてよかった。
というか、こうなるならもっとちゃんとしたのになぁ。

「スカートもいいな。衣装以外だと新鮮っていうのもあるけど、沙紀の女性っぽさが増してさ。うん、いいよ」

きまぐれでスカートをはいてきた日の言葉。
プロデューサーはこういうことばっかり言って、アタシの心を翻弄してくる。

別にスカートがイヤってわけじゃなくて、単純にズボンのが慣れてるからいままでスカートをはいてこなかったんだけど、こんなこと言われたら意識しちゃうに決まってる。


みんなはアタシのことをカッコいいって言ってくれるのに、プロデューサーはいつもかわいいって言う。

最初はからかってるんだとおもってたのに、この人のことを知れば知るほど大真面目その一言をアタシに向けて放ってるんだってわかって。

プロデューサーの言葉はまるで魔法。
アタシの心を一瞬で変えてしまう。
あなた以外が背景になっていく。

なんてカッコつけて言ったりして。


床に投げ捨てられた黄色のパーカー。
インナーなしで着ると裏地が肌に擦れて、首筋に息を吹かれたみたいにこそばゆい。
それに薄手だからおもったよりも体のラインが出てきて、なかなか恥ずかしい格好。

アート、というよりロックっすね。

不思議なことにアタシが昨日着てたものはこれしかなくて、シーツの上に脱ぎ捨ててあるシャツを勝手に借りるのもなんだか気がひける。
でも男の人は裸ワイシャツっていうのが好きなんだよね。
プロデューサーもやっぱりそっちの方がいいのかな。

まぁ、いっか。


机の上のデジタル時計は五時四〇分を指していた。
すっかり目が覚めちゃって、二度寝をするって気分じゃないし、まだまだプロデューサーは起きそうにないなぁ。

せっかくだから、紅茶でも淹れて寝顔をしっかり堪能させてもらおう。


その前に、忘れ物。

ゆっくりと顔を近づけて、プロデューサーの頬にひとつキスをした。

ため息をつく暇もないくらい短いくちづけ。
それでもアタシにとってはどんな行為よりも深くて、誠実で、想いの乗せたもの。

今日という日を忘れないように。
アタシなりの備忘録。


おわり


朝チュンはアートだってゴーストがささやいてきたから……たったそれだけを書きたいだけだった……


同じ世界線のお話です

沙紀「ひとかけらの微熱を乗せて」
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