俺「2030年、東海沖地震」(17)
これは、すぐそこにある物語。
2030年。
それは、株価は25000円を記録し、大成功を収めたあの式典から10年。
日本は過去最大の試練に向き合わされていた。
ユーラシアプレート・フィリピン海プレートにおける連続的な大地震が発生した。
その規模は東日本大震災を超えはしなかったものの、甚大な被害を日本に及ぼした。
俺「やれやれ、今年も吹雪が激しいな」
今年で40歳になってしまった。もちろん、独身である。今年の合計特殊出生率は1.3程度。
独身男性・女性の数は離婚と高齢男性の自然死に伴い、過去最大となっていた。
異常気象はジェット気流の南下を招いた。
たびたび日本海側は北極圏の寒気が流れ込み、壊滅的な豪雪に見舞われることになった。
地方の過疎化は著しく、この地区には役人と医者、そして老人しかいない。
俺「東海沖地震か・・・」
十年前のニュースを思い出す。
30年以内に地震の発生する確率はいくらだっただろうか。よく覚えてはいない。
番組を作る会社がほとんど関東に集約されていたため、NHKの速報だけが情報源である。
俺「M8.6、津波により堤防は決壊し、関東の海抜0m地帯はほとんど水の底。」
俺「死者は推定30万人以上かあ・・・」
このとき、俺は気づいていなかった。
この未曾有の大災害が、日本の最後だったのだ。
俺「東京証券取引所は停止。当然だなあ」
俺「政治家連中はお膝元が崩れて満足に機能しないか。復興には時間がかかる見込み、か」
この時、各地の銀行では預金引き出し騒動が起きていたが、そのことに気づくものは少数だ。
メディアは危険な関東には近づかないため、内情はよく分からない。
俺「災害チームの派遣とボランティアの募集か。まあ、行けないけどね」
季節は冬。極寒が関東地方を襲い、災害関連死は検討がつかないほど増加している。
さらに、若手が不足。「若さ」の代名詞的存在が30代後半にシフトして久しい。
救助するための若者が絶対的に不足している。
災害に巻き込まれた若者は、我儘なヒョロヒョロの男と、内輪揉めしかしない女ばかりだ。
65歳以上の高齢者を1:1未満で診なければならない災害現場では、静かに息を引き取るものも多い。
しかし、せん妄で暴れだす患者に労力が割かれ、対応は後手に回り続けているようだ。
被災者の数は、増加の一途を辿っている。
各国から支援チームがやってきた。最大の支援国家は中国だ。
中国は、米国のGDPと肩を並べている。
経済成長率は4.5%を維持しており、今後も順調な成長を遂げるとされている。
各地では紛争が激しさを増していたが、台湾国民党の共産党化は、南沙諸島の支配を確固たるものにしていた。
太平洋の西半分の国々はチャイナマネーに取り込まれ、大成功を収めたAIIBの元で経済をそれぞれ成長させていた。
政治的腐敗度は東南アジアでは過去最悪なものへと突入していたが、中国が2018年に打ち出した内需拡大政策による
恐慌の後では、政治よりも生活に関心が映っていた。
中国の支援は、関東に一部が割かれていたが、どちらかと言えば、沖縄での活動が重要に見える。
俺「まあ、俺には関係ないけどね」
俺は銀行から生活費をおろそうとしたが、ATMは機能しなかった。
どうやら、銀行の方で混乱が収まるまで引き出しを制限されているらしい。
俺「面倒くせえなあ。まあ、米を炊いて暮らすか」
米は安くて美味いアメリカ産だ。
TPPは成立しなかったが、農業を担う人間が不足し、関税をかけて農業を保護する意味がなくなっていた。
よって、関税は撤廃された。もちろん、米国は日本の工業製品に高い関税をかけている。
日本の貿易赤字は、経済成長率とは裏腹に、前年には過去最大を記録していた。
震災から3ヶ月が経過した。
首都圏は壊滅したが、オリンピック景気により頑丈になった建物に暮らしていた老人たちは生き延びた。
代わりに、彼らを介護するための若い看護スタッフの多くが鬱病になった。
銀行の幾つかは預金騒動により、返還額を渡して破綻した。
もっとも、返還額というなけなしの資金は、紙くずと化したのだが。
日経平均株価は、震災前は11000円代を何とか保っていたが、震災後に暴落。
しかし、その後、急速に円安が進んだため、株価は乱高下を繰り返し、現在4000円代を維持している。
1$=400円で相場は推移。もちろん、外貨準備高を使い尽くしてこの数字である。
国債ランクはB+からDに大幅格下げされたが、国債の多くは日本の銀行や郵便が保有していたため、財政破綻は免れた。
俺「うわあ・・・パンが一斤3000円かよ」
急速な円安は、製品を中国に頼り、食料を米国に頼った日本を直撃した。
元は自由化されていないため、元-円レートがどのように変更されるかは、中国当局が握っている話だ。
1元=8円でレートは推移していたが、1元=40円程度にするという噂もある。
もちろん、新たな電化製品を買わない俺には関係のない話だが、飢餓に苦しむ事態になると、一体誰が想像しただろうか?
打開策は幾つかあるらしいが、あまり関心はない。どうせ上手く行かないだろう。
貯金は独身生活のおかげでそれなりにはあったが、銀行の破綻により多くは失われてしまった。
なけなしの金も、生活費で全て失いそうだ。
俺「琉球独立、国家承認に米国が拒否権発動かあ」
沖縄は琉球共和国として独立を宣言した。
円ではなく、琉球元を使うことによって、円安ショックを回避。
『沖縄を切り捨てた本土を許すな、今度は小日本を切り捨てる番だ』
というスローガンの元、独立は沖縄議会に満場一致で採択された。
中国からは、1元=8琉球元という破格の条件で通貨設定がなされ、日本円も沖縄元として多くが換金された。
この結果、琉球には莫大なマネーが流入したため、現在は『第二のシンガポール』を名乗っている。
多民族国家を標榜し、外国人にも参政権と自治を与えたため、多くの華人が琉球に流れ込んでいるそうだ。
米軍の基地は連日のようにデモ隊に取り囲まれている。
もっとも、繁栄は一時だ。一時的なバブルが弾ければ、生活は日本よりはマシという程度に落ち着くだろう。
彼らには、その優越感だけで、十分かもしれないが。
俺「円安だと、昔は経済が回復したのになあ」
少子化は悪化の一途をたどり、産業の空洞化はより進んでいた。
少ない労働力の多くは医療に割かれた。2025年に団塊の世代が後期高齢者となり、若者は莫大な税金に苦しんでいた。
しかし、彼らは頑なに海外には行かず、多くはワーキングプアか生活保護の道へ進んだ。
これにより、所得の逆転現象が起きた。新卒正社員の方が、生活保護より生活が苦しいのである。
彼らの一部は、米国に国籍を移し、日本と、税金から永遠に決別する道を選んだ。
もっとも、それが許されるのはエリートだけではあるが。
労働力の質も量も悪化し、輸出力の低下には歯止めがかからず、数少ない沿岸部の向上も地震で壊滅。
今、日本が輸出できる製品はない。円安は、そんな日本の現状に追い打ちをかけている。
俺「日本、壊滅か!? 悪趣味なテレビ番組だなあ」
復興するためには莫大な資金が必要だ。
経済の停滞が著しい欧米諸国からの援助は期待できない。彼らは、チャイナマネーが必要なのだ。
2024年に躍進したのは共和党だが、大統領が打ち出した政策の多くは、財政均衡に関わるものだ。
反中国の立場を維持していた日本に対して、米国はとうとう米軍引き上げに舵をきったようだ。
米国民主党、共和党、共に孤立主義を唱えたため、米軍の駐留数はかつてない規模で縮小している。
梯子を外された日本は、現在、軍事的空白地帯である。
『琉球共和国』誕生は、米国の外交的敗北他ならなかったのだ。
中国は琉球協和国の誕生に忙しく、日本への支援はつれない素振りだ。
復興は遅々として進まず、首都移転の話もあったが、資金難のため不可能だったそうだ。
富士山が噴火し、建物には火山灰が降り積もっている。
潰れた家の下から、独居老人の骸がひょっこり顔をだすなんてザラである。
強盗殺人などの凶悪犯罪は増加している。北朝鮮製の武器が流入している、という噂があるぐらいだ。
二年が経過した。
1$=1000円代にまで円安は進み、多国籍企業は生き延びたが、多くの中小企業が破産。
物価の上昇に歯止めはかからず、医療機関があちこちで破綻し、残りの病院に病人達は殺到した。
団塊の世代の多くは『病気になって死ぬか、自殺するか』の二択を迫られている。
若者はもっと悲惨だ。自殺数は人口減少にもかかわらず過去最高を記録。
特に、20代の自殺が割合を大きく占めているのが、印象的だ。
政権を担っていた自民党はクーデターにより、解散した。政治家の多くが殺されたそうだ。
緊急措置的に与党となった、野党第一党、共産党がこのクーデターを影で操っていたかもしれない。
マスコミは自民党の内紛によるものとして報道している。
マスコミは、自民党の災害とその後の対応が如何に稚拙であったか、批判的な論説を展開している。
クーデターを実行したのは、20代の若者だ。
彼らの英雄的行為に対して、皆は口をそろえて賞賛しているそうだ。
俺「総選挙かあ。もう政治には関心ないし、行かなくていいよね」
臨時与党、共産党が正式に与党となり、憲法改正がなされた。
憲法が国会によって解散できるように手続きがなされた。国民はこれに賛成した。
そして、天皇制が廃止された。これにより、皇室2700年の歴史は幕を閉じることとなる。
そんなニュースはさておき、移民法案の方が重要だ。
俺「移民受け入れ法案が可決か。これで日本の経済も治るかねえ」
俺は経済にしか関心はない。
全ては、明日の生活のためだ。
イデオロギーとかはよくわからないが、良い生活をさせてくれるなら、なんだって良い。
しかし、生活は良くはならなかった。
外国人参政権が認められ、中国から莫大な数の人間が入ったからだ。
政策は既存の暮らしを送っていた人々を苦しめるばかりなのだが、
マスコミは経済成長率が過去最高を記録したと報道を繰り返している。
日本の公用語に、中国語と英語が盛り込まれた。
国語の授業で用いられる漢字は、簡体字と呼ばれる字になるらしい。
共産党の改革の一環として、道州制が導入された。
これにより、東京一極集中は是正されるらしい。
どちらかと言うと、局地的に中国人の多い東関西州と九州道が政治的発言権を強める工作に見えるのではあるが。
歪な州の形は、それなりに抵抗はあったらしいが、結局決定された。
4年に1度、州の境界は大統領選前に変更されるらしい。少数意見を反映する、最適化のためだそうだ。
俺「なるほど、俺の意見も採用される、素晴らしい政策だな」
さらに八年が経った。俺も50歳だ。
俺「ハッピバースデイトゥーミー」
俺「お父さん、お母さん、今日もボクは元気です」
父母の写真を前に、線香を置く。線香と言っても、枯れ木に火を灯した代物ではあるが。
俺「さて、仕事もクビになったし、これから先、生きる希望もない」
俺「あの頃の日本はもう戻ってこないのだ」
俺は、元職場であった病院に行くと、カリウムを見つけた。
カリウムは安いし、どこにでもあるのだ。打てばすぐに心停止を起こし、意識を失う。
遺書はない。読む人間がいない物に、意味は無いのだ。
注射器の痛みが、人生最後の感覚だった。
俺(一体何が悪かったのだろうか。俺は、何も、悪いことは、していないのに―――――
-完-
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