絵里「ダイヤモンドプリンセスの憂鬱」 (42)

むかしあるところに、立派なドレスと輝く金髪が特徴の

賢くて美しいお姫様がおりました。

彼女は小さいころからとても明るく、人懐っこく、誰にでも分け隔てなく笑顔を振りまくような…

そんな理想的なお姫様でした。

彼女は周囲の人々から、いつしか「かしこいかわいいエリーチカ」と呼ばれるようになりました。

エリーチカはダンスが、中でもバレエが得意で、その生まれ持った才能と他人以上の努力は

人々からたくさんの称賛を受けました。

エリーチカはそれが嬉しくて仕方ありませんでした。

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エリーチカはかしこく、勉強も誰よりも得意でした。

お姫様ゆえに人を統制することもありましたがエリーチカはそれも上手で、何事かをするにあたって彼女は常に中心的位置にいました。

エリーチカはかわいく、常に人を惹きつけました。

その美しさ、かわいらしさは老若男女問わず多くの人から魅力的に映り、彼女にはたくさんの友人ができました。

ある詩人はこう言います。彼女の美しさはダイヤモンドのようだ…と。

彼女は容姿端麗文武両道、才色兼備で非の打ちどころがありませんでした。

ゆえに、何をしてもうまくいく。


ゆえに、彼女はいつしか―――何をしても物足りなくなってしまいました。

バレエも、勉強も、人の中心に立つことも…

もはや彼女にとっては当たり前。

新しいことに挑戦してみても、結局はいつも通りそつなくこなしておしまい。

彼女の心は、それこそ冷たいダイヤモンドのように…凍ってしまったのです。

さらに、エリーチカへの向かい風は――それだけではありませんでした。

何をしても楽しみを見出せず、以前よりもどこか無気力になってしまった彼女を、周囲の人々は過剰に心配するのです。

「何か悩み事があれば相談して?」

「どうしたの?具合悪いの?食欲、ない?」

「お姫様、私たちがついています。何も心配することはありません」


「あなたは、私たちが守ってみせます」


彼女にとっては、ありがた迷惑でした。

「退屈ね…」エリーチカが呟きます。

彼女は物語を読んでいました。

囚われのお姫様が、白馬の王子様によって魔女の手から救い出される物語。

ありきたりで、少なくとも彼女の眼には陳腐に映るお話。

結末を予想できる段階まで来た時点で、彼女は読むのを止めてしまいました。

「…守られるだけって、本当に退屈」

そう再び呟いたとき、ドアが軽く二回ほど叩かれました。

「…どうぞ」誰が来たのかも聞かず、彼女は入室を許可します。

「失礼します」

入ってきたのは―――男性のような格好と、後ろで束ねた長い青髪が特徴的な、エリーチカ姫の目付け役。

剣術と弓術に長けるうえ、人を指揮する能力も高いため、多くの兵から一目置かれる勇敢な女性。

「海未…どうしたの?いったい」

海未、という名の彼女に向けて、エリーチカは問います。


「…その、あなたが心配で…様子を見に来ました」


「そう…ありがとう。だけど、別に心配されるようなことはなにも」


「嘘です、そんなはずはありません!…以前までのあなたは、もっと輝いていました」


「……」


「いつか誰かが言っていた通りの…まるでダイヤモンドのような輝きでした」

「…それをあなたは、なくしてしまった…いったいどうして…?」

少しうんざりとしたふうに溜息をひとつ吐き、エリーチカは答えます。


「…海未、あなたも私同様、多才なほうよね…剣も弓も、舞いもできるし頭もいい」

「…そんなあなたならわかるんじゃないかしら…何もかもうまくいきすぎて、何もかも面白くないときがあるってこと」


「…わかりません」


「どうして?」


「私には…絵里、あなたほどの才などありません…何もかもうまくいくだなんて、そんなこと―――」


エリーチカに特別高い評価を受けていた海未は、彼女を呼び捨てかつ名前で呼ぶことを許されていました。

「関係ないわよ、そんなこと…あなたは優秀なんだから」


「いえ、そんな…それに、私の才は日々の鍛錬を欠かさなかったがゆえのもの…生まれついたものなどではありません」


「だからこそ私は、今こうしてここにいて…あなたとほぼ対等の立場で話せているのですから」


「…そう、わかったわ…じゃああなたも、私の理解者にはなれないのね」


「絵里…!そんな、私はあなたに相談してほしくて…!」


「…じゃあ…ひとつ聞いていいかしら?」


「…!な、なんでしょう!」


「私のこと、あなたはどう思ってる?」

「…どう、とは…?」


「『コワレモノ』みたいに、大事に大事にしなくちゃいけないもの?」


「当たり前です!あなたは多くの人々にとって大事な方なのですから…」


「…違うわよ…あなた自身にとって、どうなのか」

「多くの人々にとってとか…そういうのは無しよ」


「…で、ですが…」


「……」


絵里は海未をじとっと見つめ続けるのみ。

海未は彼女の視線に促され、ふたたび口を開きます。

「…あなたは…『コワレモノ』なんかじゃありません、強い人だと…そう思っています」


「へえ…?ほんとにそう思ってくれてる?」


「はい、もちろんです」


「そう…じゃあもうひとつ聞くけど、海未にとって私はどのくらい大事?」


「もちろん…命を懸けて、お守りするほどに」


「…―――海未」


「はい」


「ごめんなさい…悪いけど、それじゃダメなのよ」


「絵里…どうして」


「悪いけど…今日はもう一人にして」


「……」

「…わかりました、それでは…また明日」


「……」

―――

その夜の話。

海未はひとり、お城の玄関ホールで思いを巡らせていました。


「…命を懸けてお守りする、というのは…はたしていけないことなのでしょうか…」


忠誠を誓った主を守る。それが彼女のすべきこと、したいこと、そして誇るべきことだったというのに。

その誇りを否定されては、彼女の立場はありません。


「私はいったいどうすれば…」

―――


翌朝。

エリーチカはお城の外へ出て散歩をしていました。

部屋に引きこもっていても、退屈なだけです。

かといって、外に何があるわけでもありませんが…。


「エリー!」


ふと、遠くから自分を呼ぶ声がしました。


「…真姫」


城下町に住むエリーチカの友人、西木野真姫。

少し素直じゃないところがありますが、根はやさしい少女です。

「久しぶりね、エリー」

「しばらく姿を見かけないから心配してたのよ?」


「そう…ごめんなさい」


「…エリーが元気なら構わないわよ」

「それより、今日はどうしてこっちへ?…それに、海未はどうしたの?」


「海未には…ついてくるなって」

「たまには自由に散歩したいじゃない」


「…お姫様も大変ね」


「そういうこと」

「…だけど真姫、あなたこの間私の身分に憧れるって…言ってなかったっけ?」

「…そりゃあ…なんだって思い通りになる身分だし」

「そうでなくてもあんなに素敵なドレスが着られるんだもの…女の子として、少しは憧れるわよ」


「…なんだって思い通り、なんていえるほど自由じゃないわよ?」


「…かもね」

「なんだかエリー…退屈そうだし」


「えっ!?」


予想していなかった言葉に、エリーチカは驚きます。


「そ、そんなに驚く?」


「あ、いや…ごめんなさい」

「どうしてわかったのかな、って…」


「もしかして、退屈をまぎらすために散歩してたの?」

「…というより…面白いことを探しに、ね」


「なるほどね…ま、退屈そうかどうかぐらいは見てればわかるわよ」

「いや、退屈そうっていうか、窮屈そう…かな」


「窮屈…」


「…とはいえ、私にはエリーの気持ちの深いとこまではわからないわ」

「けど案外、もっと身近なところにありそうじゃない?エリーの求めてるものって」


「え…?真姫、それってどういう…」


「さあね、私は用事があるからそろそろ行くわ」

「…あ、それとエリー…あなたがどう思ってようとあなたはお姫様なんだから、海未にあんまり心配かけさせちゃだめよ?」


「…わ、わかってるわよ」

「…行っちゃった…どういう意味かしら?真姫の言ってたこと…」

―――


真姫の言葉の真意を考え、頭をひねりながら歩き続けるエリーチカ。

道中で他の友人たちと出会い、相談をしたのですが―――


「凛にはよくわからないにゃー」

「あ、ねえねえ、海未ちゃん元気にしてる?」

「真姫ちゃんがそんなこと言ってたんですか?…ふふ、それは…ことりもそう思うなぁ」

「私も真姫ちゃんと同じ意見です!…でも、花陽が言っちゃったら意味がない気がする…かな」

「…エリー、あなたも鈍いわね…あの子も苦労するわけだわ」


…と、微妙にはぐらかされたり、そもそもあてにならなかったりと、なんともいえない答えしかもらえず、

どうしたものかとさらに首をひねるエリーチカです。



「…くっくっく、お姫様、お困りみたいやね」


そんなエリーチカに声をかける、黒いローブの人物。

「…!?だ、誰!?」


「ウチ?ウチは別に怪しいもんやないよ?」


「嘘よ、怪しいわよどう見ても!」

「あなたいったい何者…!?」


「なあに、退屈げなお姫様に…この魔女希ちゃんがお呪いしたろかなあ思ってね」


「…お呪いじゃなくておまじないって言いなさいよ…やっぱり怪しすぎるわ…」


「まあまあエリチカ姫、そんなんどっちだってええやろ?」

「…それに、あなたが求めてたのは…こういう刺激なんとちゃうの?」

「…こういう…刺激?」


「そそ、退屈をまぎらすにはうってつけの…すっごくスピリチュアルなもの…♪」


「……」


怪しい…どう見ても。

だけど、この怪しげな雰囲気―――エリーチカははじめて目にします。

守られてばかりいたせいで、いろんな人に遠ざけられ続けていた…未知の世界。

―――闇の香り。


「…欲しい」


「んー?なんやて?」


「…欲しいわ、その…すぴりちゅあるなおまじない…」

「まあ、ちょっと胡散臭いけれど…」


「ひどいなあお姫様。まあええよ、ついておいで」

―――


鬱蒼とした森の奥深く。周りには見慣れない植物や、珍しい動物がたくさんいます。

その中にどんと建てられている、やや奇妙な色遣いで塗られた木の小屋。

どうやらここが、希の家のようです。


「着いたよ」


「…ここがあなたの家?…とんだ辺境に建てられてるのね」


「まあね、ウチはどうせはみ出し者やし…」


「…はみ出し者?」


「う、ウチの話はええやん!さ、入って入って?」


「…え、ええ…お邪魔します」

中に入ると、動物のはく製が飾られていたりおかしな色の薬があったり、いかにも魔女の住む家といった様相を呈していました。


「…か、変わった趣味ね」


「やっぱりそう思う?よく言われるんよー」

「ウチはそんなにおかしくないと思うんやけどなあ…」


エリーチカを客間に通し、お菓子とお茶を手際よく用意する希。


「…まあ、何が好きかは人それぞれなわけだし…気に病むことはないんじゃないかしら?」


「あはは、そう割り切れたら確かに楽なんやけどねえ」


「えっ?」

「いやほら、やっぱり何事も譲れない部分てのが人それぞれあるわけやん?」

「ウチの場合はこの趣味こそがそれだから」

「――他の誰かと本当に打ち解けるためには…ある程度、相手にもわかってもらう必要があると思うんよ」


「…要するに、あなたは人それぞれ違うんだから、で終わりにしたくないのね」


お茶を一口すすりながら言います。


「そう…こういうのも恥ずかしいんやけど、言ってしまえば理解者が欲しいのかもしれへんね…あはは」


「…理解者、かあ…」


私も欲しいかも、と言いかけたところで、ふと海未の顔がエリーチカの頭に浮かび、お茶を噴き出してしまいます。


なんで、どうして海未が!?

あの子は、私のことなんて、全然――!

「…っ!?だ、だいじょうぶ!?」


「げほっげほ…っ、ご、ごめんなさい…なんでもないわ」


「そ、そう?…それじゃあ、そろそろ本題に入ろうかな」

「今からするお呪いは…正直、ウチにも何が起こるかわからへんのよ」


「な、なにそれ…怖いじゃない、そんなの…」


「…例えば、異世界に行くとか、気持ちよくなれるとか、不思議な出来事が次々起こるとか…」


「ええっ、それ危なすぎじゃない…?」


「だけど、すごーくスピリチュアルやと思わない?」

「普通だったらこんな体験…絶対にできないーっ!ってことばっかり起こるんやで…?」

「冒険みたいで、ワクワクしてくるやろ?」


「…うっ…だ、だけど私は…」

「刺激が欲しいんやなかったのー?」


「う、うーっ…た、確かにそうだけど、でも…」


「…まあウチかて鬼やないし、お姫様自身が決めてくれたらええよ」

「退屈なお姫様か…冒険するお姫様か…ね?」


「わ…私、は…」


「…それにもちろん、ある程度危なくなってもウチがなんとか元に戻してあげるよ」

「ウチはお姫様のお手伝いがしたいだけ…お姫様を殺してしまいたいわけやないんやから」


「……」


「…どうする?」


「…希…お願いできるかしら?おまじない…」

「ふふっ、そうこなくっちゃ♪」

「それじゃあ、目を閉じて…?」


言われた通りに目を閉じるエリーチカ。


「よしよーし、じゃあそのままじっとしててな?」

「あなたにウチのスピリチュアルパワーたーっぷり注入!」

「はーいぷしゅっ☆」


「……」


…何も起きないじゃない。

エリーチカがそう言おうとしたそのとき。


「うっ…!」

ふっ、と意識が遠のきます。

ああ、やっぱりおまじないは本当だったんだ―――

私、これからどうなってしまうんだろう―――

本当に、私の求めていたものが、これで―――

どさっ。


「…ふふ…お姫様、いい夢見てなー」


そう言って、希が振り返った――そのときです。


ひゅんっ。

風切り音とともに、希の喉元に剣の切っ先が突きつけられました。


「…絵里に、何をしたんですか?」


冷ややかな視線を向けたまま、現れた青髪の剣士―――海未が希を睨みます。


「…これがお姫様のお目付け役かあ…ずいぶん物騒やなあ」

「あなたには言われたくありません」


「…何をしたかなんて、別に答えなくてもわかってるやろ?」


「…おおかた、あのお茶に睡眠薬でも混ぜて昏睡させたってところでしょう」


「お、正解。さすが海未ちゃんやねー、でもなんでわかったん?」


「わかってるだろうと言っておきながらそう聞きますか…まあいいですが」

「その質問に答えるならば…『あなたが優しい人だから』、ですかね」


「…え?」


剣を収めながら海未は言います。


「…希。あなた、こんな森の奥まで身を隠してひっそり暮らしているつもりなんでしょうが…」

「あなたがただのおせっかいやきの優しい女性だということは、もう城下町中のウワサですよ?」

「絵里は最近町まで行くことが少なかったので、知らなかったようですが…」


「え、え!?な、なんで…」

「私の知り合いに穂乃果という少女がいます、一度彼女の悩みを聞いてあげたことがあるそうですね?」


「え、うん、まあ…」


「…はあ。あなたも人を見る目があるんだかないんだか…」

「穂乃果ほどのお喋りを捕まえてしまえば、そりゃあウワサも広まりますよ」


「…あっちゃー…あ、いや、こうやって人を捕まえて、こっそりお悩み解決してあげるのがミステリアスかなー…なんて思ってたんやけどー…」


「とはいえ、睡眠薬を持ち出すとは思いませんでした」

「…絵里が思いつめた様子だったので、こっそりあとをつけていったのが功を奏しましたね」


「なんや、つけてたん?全然気が付かなかったよ」


「…まあ、中の様子はほとんど見えませんでしたけどね」

「絵里が倒れるところだけは見えたので、なんとか間に合いましたが」

「…間に合った、って言うんかな?それ」


「…少々痛いところをつきますね」

「ですが…まあ、あなたが要警戒人物でないことはわかっていましたから」


「えー、なんだかがっかりやわぁ…もう少し驚かせようと思ってたのに」


「…驚かせるって…何をするつもりだったんですか」


「海未ちゃん…言わせないでくれると嬉しいなあ?」


「はあ…あなたって人は、まったく…」


「…みんなの憧れのお姫様やからね、ウチも…ちょーっと、仲良くなりたかっただけや」


「…なれますよ、あなたなら誰とでも…」

「それこそ町中の…みんなとでも」


「…うふ、そうなら嬉しいなぁ」

―――


「ん、んぅ…」


「あ、絵里。おはようございます」


「…あ、あれ…?ここは、お城…?」


「ええ、そうですよ」


「の、希は…?あ、あれ、異世界の話は?おまじないは!?」


「何を寝ぼけてるんです?絵里」

「悪い魔女なら私がやっつけてしまいましたよ」


…すっかり彼女の筋書きに乗せられてしまいましたけどね。

まさか自分から悪役を買って出て、自分がやられたことにして、彼女に刺激を与えようとするなんて。

もしあそこまで私がつけていなかったら、どうするつもりだったんでしょう?

そんなことを考えながら、海未はするするとリンゴの皮を剥いて、うさぎの形に変えていきます。

「う、海未!あの子は悪い魔女なんかじゃ――!」


「はいはい、わかっていますよ」

「絵里は悪い夢を見ていただけなんです」


きれいに剥けたりんごのうさぎを皿に乗せ、エリーチカの前にコト、と置きます。


エリーチカはそのりんごをやや乱暴に手に取り、ひょいっと口に運びながら。


「…バカにしてぇ…悪い夢なんかじゃないのに」

「やっぱりつまんないわよ、こんなところ…」


「……」

―――

『ねえ海未ちゃん、ウチがこんなこと言うのも差し出がましいんやけど』


『はい、なんでしょう?』


『…お姫様の…ううん、えりちのこと、もっとよくわかってあげて?』


『…それはいったいどういう意味ですか』


『守られるだけじゃ、ダイヤモンドの輝きはくすんでしまうんよ』

『だから、ダイヤが望むなら…』



『ショーケースから出して、磨きに磨いて加工してやって?』

『…海未ちゃんになら、できるはずやと思うから…ね?』

―――

「…絵里」


「…何よ」


「ついてきてください…私に」グイッ


「わっ、ちょっ、ちょっ!?」

「う、海未、ひっぱらないでよ…っ、ど、どこ行くのっ!?」


驚き、面喰らっているエリーチカの手を取り、海未は外へと駆け出していきます。


―――


…どれくらい走ったでしょうか。二人とももう動けなくなるくらいにまで、走って、走って、走り続けました。

もうお城は見えません。ここがどこだかもわかりません。


「はぁ、はぁ、はぁ…もう、どこよここ!着の身着のまま飛び出してきちゃったけど…」


「…そうですね、私もここがどこだか、よくわかりません」

「はあ!?…海未、あなたね…!どうするのよ、このままじゃ帰ることもできないじゃない!」


「…いいんですよ、これで」


「いいわけないでしょ、何言って…!」


「―――絵里」

「あなたが一番わかっているはずです」

「これが、あなたの―――やりたいこと、でしょう?」


「…何言ってるのよ」


「思えば私は…あなたに一度も『守って』などと言われたことはありませんでしたね」

「…私のエゴを、押しつけすぎていました」


「どういうこと…?」


「絵里、あなたは守られるだけの…大事にされるだけのダイヤモンドは嫌なんですよね…」

「…だったらもうそんなもの、おしまいにしてしまいましょう」

「…!」


「もちろん私はこれからもあなたを守り続けます」

「…だからその代わり…私が大変な時は、絵里が私を守ってください」

「もう…お姫様なんてやめてしまいましょう」

「あなたの望みを…私は叶えたいです」


「…そのために私を、こんなところにまで…?」


「はい!」


そのまっすぐすぎる返事には――― 一点の曇りもなくて。

「…ぷっ、ふふっ、あははははは…っ!!」


「…え、絵里?」


「ううん、なんでもない!」


真姫たちが言っていたのはこういうことか、と。

一人で納得して、そしたら笑いが止まらなくなって。


…なんだ、悩む必要なんて――なかったんだ。


「…ねえ…王子様?こんなに遠くまで私を連れてきて…これからどうするつもりなの?」


「もちろん…あなたと一緒に、まだ見ぬ刺激を探しに行くんです」

すっと地面に片膝を立てて、海未が傅きます。

そして、右の掌を、エリーチカに向かって差し出して。


「…絵里。あなたさえよければ、私と―――どこまでも遠くへ」

「――身分など捨てて、逃げ出してしまいませんか?」


身分を捨てた逃避行。それは絵里にとって、すごく刺激的な響きであって。

小さく微笑しながら、口から零した返事は短く。


「―――喜んで」


絵里の差し出した右の掌が、海未の掌にやさしくそっとふれました。

―――


時は流れて。


凛「絵里ちゃん、どこ行っちゃったのかにゃー?」

花陽「ちょっとさみしいね…」

穂乃果「海未ちゃんもいなくなっちゃったし…」

真姫「あなたたち、心配しすぎよ」

にこ「そうよ、あのかしこいかわいいエリーチカが、ちょっとやそっとでだめになるわけないでしょう?」

ことり「…そうかなあ、ことりも信じたいけど…」

穂乃果「…ねえ希ちゃん、希ちゃんはどう思う?」

希「うちもにこっちに賛成かなあ」

希「…それに、カードも言ってるよ?むしろこの町を出て正解だった…ってね☆」

穂乃果「えー?でも二人がいないとさみしいよぉ…」

希「大丈夫大丈夫!しばらくしたら、またここに刺激を求めて帰ってくるよ」

ことり「本当に!?」

花陽「刺激…?」

希「そ、シ・ゲ・キ☆」

―――


どれくらいの時間が経ったでしょう。

お城から遠く遠く離れて――いまや違う世界に来た二人。

二人で隣り合って座ったまま、星空を仰ぎ見て、絵里が口を開きます。


「海未…起きてる?」


「もちろんです、こんなところで寝てしまったら風邪をひきますから」


「あはは、それもそうね」

「…海未…ありがとう、私を…連れ出してくれて」


「…お礼などいりません、むしろ感謝すべきは私のほうです」

「絵里、あのとき私はあなたを強引に連れ出してしまった」

「…にもかかわらず、私とともに歩むことを選んでくださって―――本当に嬉しく思っています」

…なによ、照れくさいじゃない」


「ふふ、そうでしょうか」


「…うん」

「けど、おかげで…今の日々はとっても―――刺激的よ」


「そうですか!それはよかった…!」


満天の星空にも負けない輝きを宿して、海未はにこりと。

絵里に向かって微笑みかけます。


「…!」

どきっ。心臓の高鳴る音。

今のは―――いくらなんでも。


「…ちょっと、刺激が強すぎる…かも」


「…?」


―おしまい―

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