幼馴染「今日はハロウィンだよね♪」(52)

ぷるるる、ぷるるる・・・


男「もしもし、男です」

幼馴染「Trick or Treat!」

男「もしかして、お菓子の催促?」

幼馴染「うん、今日はハロウィンだよね♪」

幼馴染「Trick or Treat!!」

男「うちに来てくれたら、ちゃんとあげるから」

幼馴染「ほんとに?」

男「ほんとほんと」

幼馴染「じゃあ、今から楽しみにしてるね」

男「ところでさあ、幼馴染は今年は何に仮装するの?」

幼馴染「それを言ったら面白くないじゃない」

男「それもそうか」

幼馴染「とりあえず、いろんな意味で期待してくれていいから!」

男「まあ、そこまで言うなら期待して待ってるよ」

幼馴染「それじゃあ、切るわね」

男「ああ、待ってるから」


そう言うと、本当に電話が切れた。
どうやら、お菓子の催促をしたかっただけのようだ。

男「それじゃあ、俺もそろそろ準備をするか」


俺はスマホをポケットに入れて、キッチンに向かった。
そして野菜室からかぼちゃを取り出して、あらかじめ検索しておいたレシピサイトを開いた。

毎年のように作っている、ハロウィン用のお菓子。
去年はスウィートパンプキンを作ったので、今年はかぼちゃプリンに挑戦するつもりだ。
そのためにミキサーも買ってきた。


男「そういえば、妹が好きなお菓子だったよな……」


ふとそのことを思い出し、口元が緩んだ。
それなら、気合を入れて作らないといけないな。
俺はそう思いながら、かぼちゃをレンジに入れた。

・・・
・・・・・・
焼きあがったプリンが冷えた頃、幼馴染がやってきた。
カジュアルな秋服姿で、ハロウィンの仮装はしていない。
ファッションモールの紙袋を提げているので、その中に衣装が入っているのだろう。


幼馴染「ねえねえ、今年は何を作ったの」

男「かぼちゃプリン」

幼馴染「そうなんだ。もう冷えてるの?」

男「もう少しだから、それまで我慢してくれ」

幼馴染「うんっ♪ それじゃあ、その……着替えてくるわね//」


幼馴染はそう言うと、俺の部屋に移動した。
期待してくれてもいいと言っていたけど、どんなハロウィン衣装なのだろうか。
とても楽しみだ。

しばらくして、部屋から幼馴染が出てきた。
そしてその姿に、俺は唖然とした。
黒いベビードール姿に黒色のガーターベルトとストッキング。

これは一体、何の衣装なんだ?
というか、服を脱いだだけじゃないか!


幼馴染「Trick or Treat!」


幼馴染は恥ずかしさを打ち消すかのように、力強く言い放った。
そりゃあ、恥ずかしいだろう。
下着姿なんだから。

男「あのさあ、一つ聞いていい?」

幼馴染「う……うん」

男「それって、何の仮装?」

幼馴染「えっと、その……サキュバスだよ。背中を見るとね、ちゃんと羽が付いているの//」


幼馴染はそう言うと、くるりと後ろを向いた。
確かに、悪魔の羽がオプションで付いているようだ。


男「あっ、ほんとだ」

幼馴染「ねっ、すごく可愛いでしょ//」

幼馴染「お菓子をくれなきゃ、いたずらするぞ♪」

男「そんな格好で言われたら、逆にいたずらをされたいんだけど。というか、サキュバスってどんな悪魔なのか知ってるのか?」

幼馴染「それはその……男の人を誘惑してエッチなことをする悪魔だよね」

男「一般的にはそうだけど、サキュバスは俺たちと同じなんだよ」

幼馴染「私たちと同じ?」

男「そうだよ」


イメージ先行で頑張ってくれたのはうれしいけれど、サキュバスは本当はつらい過去を持つ悪魔なのだ。
ハロウィンで仮装するならば、そのことも知っておいて欲しい。
俺はそう思い、言葉を続けた。


男「サキュバスはリリムっていう悪魔と同一視されているんだけど、リリムはつらい過去を持っている悪魔なんだ」

幼馴染「つらい過去?」

男「アダムとイブは知ってるだろ」

幼馴染「うん、知ってる。最初の人間だよね」

男「それが実は違ってて、最初の人間はアダムとリリスなんだ」

幼馴染「リリス?」

男「そう。そしてその二人から生まれてきた子供たちのことを、リリムって言うんだ」

幼馴染「へえ、そうなんだ。じゃあ、イブって女性は何なの。もしかして、浮気?!」

男「何ていうか、性の不一致が原因で夫婦喧嘩をして、怒ったリリスが家出したんだ」

幼馴染「あー、よく聞くよね。その手の離婚話」

男「それでアダムが神様に相談して、3人の天使たちがリリスを探しに行ったわけなんだけど、リリスは悪魔と仲良くしていて子供が出来ていたんだ。そして、天使たちが言ったんだ」


いつまでも逃げていたら、お前の子供たちを毎日100人ずつ殺す――と。

幼馴染「はあぁぁっ?! 何、それっ!!」

男「それでも、リリスは帰ることを拒み続けた。そうしたら罰として、本当に子供たちが殺されていったんだ」

幼馴染「酷い……。子供たちは関係ないのに……」

男「それがショックでリリスは自殺をして、一人になったアダムを不憫に思った神様がイブを創ったんだ」

幼馴染「そのあと、子供たちはどうなったの? 失楽園の話で、リリムの話題は出てこないよねえ!」

男「つまりは、そういうことなんだろ」

幼馴染「そう……なんだ」

男「この結末を哀れんだ天使たちがリリスを蘇生させるんだけど、リリスはアダムとイブを恨み、悪魔サタンの妻となるんだ。そして、たくさんの悪魔リリムが生まれた」

男「つまり、サキュバスはそんな生い立ちを背負っているんだ」


サキュバスとは、理不尽な理由で殺された罪のない子供たちの魂。
そして人を呪うことを運命付けられ、悪魔として生まれてきた子供たちのことだ。


幼馴染「親のエゴで子供が殺されるなんて、残酷すぎる――」

男「まあ、諸説あるけどな」

幼馴染「でも何となく、妹さんの境遇に似ているかもしれないわね」

男「そう……かもしれないな」

それは今から14年前のことだ。
俺の両親は夫婦仲がとても悪く、暴力に耐えかねた母親が家を出て行ってしまったのだ。
いくら探しても見付けることが出来ず、二度と帰って来ることはなかった。

それから数ヶ月が過ぎて、父親が知らない女と再婚した。
それと時を同じくして、父親と継母が俺たちに暴力を振るうようになった。
毎日のように罵倒し、殴る蹴るを繰り返す。


あの女から生まれたことが赦せない――。


それが、俺たちに暴行するときの口癖だった。
そして季節が巡り、妹の身体が動かなくなった。

やがて事件が発覚して、父親と継母が逮捕された。
そのときに母親の居場所が判明したけれど、妹の死を知り情緒不安定になってしまったらしい。
すでに再婚していたこともあり、俺は一緒に暮らすのが嫌で『ひまわりの家』に入所することになった。

幼馴染「今年のハロウィンは、私が妹さんを連れてきたことになるのかなあ」

男「いやいや、それは勘弁してくれよ。サキュバスは淫魔なんだから――」


ハロウィンは、日本で言うお盆みたいなものだ。
死んだ妹の魂が家に帰ってくるのはうれしいけれど、淫魔と一緒に帰ってきたと思うと微妙な気持ちになる。


幼馴染「はいはい、私じゃなくて咲希ちゃんが連れてくるんだもんね」

男「今年も遊びに来てくれるかなあ」

幼馴染「来てくれるといいよね」

男「ところでさあ、ずっと下着姿でいるつもり?」


黒いベビードールが官能的に魅せる、豊満な乳房。
そしてガーターベルトとストッキングが作り出す、扇情的な太もも。
俺もオトコだし、そんな格好でいられると目のやり場に困る。


幼馴染「し……下着姿じゃなくて、ちゃんとした衣装だもん。少し恥ずかしいけど//」


どうやら、着替えるつもりはないらしい。
まあ、遊びに来るのは女の子だし、別に良いか。
とりあえず、ハロウィン衣装だし――。

ピンポーン♪

幼馴染「あっ、咲希ちゃんが来たのかも!」


幼馴染はそう言うと、笑顔で玄関に向かった。
そして咲希ちゃんであることを確認してから、ドアを開けた。


幼馴染「happy halloween」

少女「ハッピーハロウィン♪」

男「咲希ちゃん、ハッピーハロウィン」

少女「ハッピーハロウィン♪」


咲希ちゃんはそう言うと、ぺこりと頭を下げた。
ハロウィンらしい魔法使いの格好をしていて、なぜかネコ耳カチューシャを付けている。
萌える魔法少女がコンセプトなのかもしれない。

少女「トリック オア トリート!」

男「ああ、そうだね。今年はかぼちゃプリンを作ってみたよ」

少女「かぼちゃプリンですか?!」

男「そろそろ冷えている頃だと思う。みんなで食べようか」

少女「はいっ♪ 私、すっごく好きなんです!!」


咲希ちゃんはきらきらと目を輝かせた。
よほど、かぼちゃプリンに思い入れがあるらしい。
大丈夫だと思うけど、何だかプレッシャーを感じてしまう。


幼馴染「咲希ちゃん、上がって上がって」

少女「お邪魔します」

咲希ちゃんをダイニングに案内し、俺と幼馴染はキッチンに向かった。
そして冷蔵庫からかぼちゃプリンを取り出し、まずは死んだ妹にお供えをした。
妹はかぼちゃプリンが好きだったから、もし忘れたら何を言われるか分かったものではない。


男「それじゃあ、食べようか」

少女「いただきま~す♪」

幼馴染「いただきます」

少女「……! すごく美味しいです//」

幼馴染「舌触りが滑らかで、かぼちゃの風味もしっかりしているよね」

少女「ですよね。なんだか上品な感じがします」


咲希ちゃんはプリンを一口食べて、感嘆の声を漏らした。
幼馴染も美味しそうに食べているし、二人の笑顔を見られてほっとした。

少女「そういえば、幼馴染さんはどうして服を着ていないんですか」

幼馴染「いやいやいや、これがハロウィンの仮装なんだけど」

少女「ええっ、そうだったんですか?!」


咲希ちゃんは驚いて声を上げた。
どうやら、下着姿だと思っていたらしい。


幼馴染「そうだよ。背中にね、悪魔の羽が付いているの」

少女「ほんとだ! 幼馴染さん、えろ可愛いです//」

幼馴染「ありがとう。咲希ちゃんもすごく可愛いよ」

少女「えへへ// 今年が最後かもしれないし、頑張って作ったんです」

幼馴染「すごい! その衣装、手作りなんだ」

少女「そうですよ。施設のミシンを借りて、ガガガガッて縫いました。お裁縫、実は結構得意なんです」

男「ねえねえ、今年で最後ってどういうこと?」

少女「来年から中学生だし、今は小さい子がいなくて……。だから、来年はハロウィンをしないかもしれないんです」

男「そうなんだ。俺がいたときには結構いたのに」

少女「みんな出て行っちゃいました」


俺が3年前に退所したときは、咲希ちゃんを含む年少の子供たちが一緒に住んでいた。
それが今はいないということは、里親に委託されたり縁組が決まったりしたのだろう。
それはそれで、良いことなのかもしれない。


幼馴染「それじゃあ、咲希ちゃんはもう遊びに来なくなるの?」

少女「ハロウィンをしないのは施設だけですし、私はまた遊びに来たいと思います」

男「俺たちはいつでも待ってるから」

少女「それはそうと、それは何の仮装なんですか」

幼馴染「ああ、これ? これはサキュバスの仮装なの」

少女「へえ、そうなんだ。サキュバスって、どんな悪魔なんですか」

幼馴染「男の人を誘惑してエッチなことをする悪魔だよ」

少女「え……エッチなこと//」

幼馴染「いやらしい夢を見せて、男の人を夢精させるんだって」

少女「あはは、そんな悪魔がいるんだ~」

男「おい、幼馴染。あまり変なことを教えるなよ」

幼馴染「咲希ちゃんも喜んでいるみたいだから、別に良いんじゃないの?」

男「でも、サキュバスは淫魔だろ」

少女「私、幼馴染さんがサキュバスの仮装をした理由が分かる気がします。サキュバスって、すごく良い悪魔だし!」

幼馴染「ねえ、咲希ちゃん。サキュバスはエッチなことをする悪魔なのに、どうして良い悪魔なの?」


さすがの幼馴染も、その発言は気になったらしい。
咲希ちゃんは、一体どういうつもりで言ったのだろうか。


少女「えっと……この前、学校で性教育の授業があったんです」

少女「男子は思春期になったら精子が作られるようになって、自分でマスターベーションをして射精したり、眠っているときに夢精するようになるんですよねえ」

幼馴染「そうだよ」

少女「だけどそれは恥ずかしいことや悪いことではなくて、すごく素敵なことだと習ったんです。赤ちゃんを作れる身体になったということだから、すごく嬉しいことなんですよね」

幼馴染「うん、咲希ちゃんの言うとおりだと思う。男の子も女の子と同じで、赤ちゃんを作れる身体に成長したことは、とても素晴らしいことなんだよ。だから、みんなが自分の身体と性を大切にしないといけないし、異性のことも同じように大切にしていかないといけないの」

少女「……はい//」

少女「だからこそ、私は夢精をしたときに、それが悪い悪魔の仕業だと考えるのは良くないと思うんです」

一体どういうつもりかと考えていたけれど……。
咲希ちゃんの言葉を聞いて、俺はとても感心させられた。

サキュバスはすごく良い悪魔である。

俺は今まで、そんなことは一度も考えたことがなかった。
サキュバスは悪魔なのだから、人を呪って当然の存在だと考えていたのだ。
しかし、それは間違っていた。

男性が夢精をするのは、心身が健全に成長している証拠でもある。
それに関わっているサキュバスは、本来ならば男性の成長を祝福する精霊として厚遇されるべきなのだ。
それなのに悪魔として貶められたのは、サキュバスの生い立ちが関係しているのかもしれない。

人間から悪魔に堕落した女、リリスの娘だから――。

そんな偏見や差別、宗教観。
それらの眼差しがサキュバスに向けられた結果、真逆に評価されることになってしまったのだ。
そしてそれは、今も根強く残っている。

幼馴染「そうだよね。そう言われてみれば、サキュバスを悪い悪魔だと考えるのは良くないことだと分かるよね」

少女「はい、そうです。偏見やイメージだけで決め付けてしまうのは、すごく残念なことだと思います。だから私は、頑張っている人をちゃんと見ていきたいんです」

男「そうだな。咲希ちゃんの言うとおりだ」


俺は幼馴染に『俺たちと同じだ』と言っておきながら、サキュバスの本質をまったく見ていなかった。
そしてそれは、俺自身に偏見と差別の視点があったことを意味している。
もっと多角的に捉えて、物事を考えるようにしなければならない。

それにしても、咲希ちゃんに教えられることになるとは思わなかった。
入所してきた頃は幼い少女だったのに、いつの間にか自分の意見を言えるほどに成長していたらしい。
俺は得意げに話す咲希ちゃんを見やり、深く自照した。

少女「ところで、幼馴染さん。サキュバスの仮装をしているってことは、もしかして男さんとキスとかエッチなことをしたことがあるんですか//」

幼馴染「それはまあ、私たちは付き合ってるし。そういうことも普通にしているよ」

少女「わわっ、そうなんだ//」

少女「それじゃあ、男の人のものが入ってくるのはどんな感じなんですか」

幼馴染「どんな感じって?!」

少女「その……初めてセックスをするときって、かなり痛いんですよねえ。それなのに身体の中に入れないといけないなんて想像したら、すごく怖いじゃないですか」

幼馴染「ねえ、男。ちょっとだけ、向こうに行っててくれる?」

男「おい、ちょっと待て。どうして、急にそんな話になってるんだよ」

幼馴染「それは咲希ちゃんが聞いてきたからだよ」

男「聞かれたからって、小学生にそういう話をするのは良くないだろ」

幼馴染「小学生とは言っても、来年から中学生でしょ。咲希ちゃんは興味があるみたいだし、ちゃんと話し合わないといけないんじゃないかなあ」

男「それはまあ、そうかもしれないけど……」

幼馴染「だったら、少し席を外してくれる? 男がいると話しにくいこともあるし」

男「……はあ、分かったよ」


俺は食べ終わったプリンのカップとスプーンを持って、仕方なくキッチンに移動した。
そのほうが、咲希ちゃんは話をしやすいだろう。
まあ1DKだから、全部丸聞こえなんだけど――。

幼馴染「えっと、初めてのときはどんな感じかって話だったよね」

少女「はいっ//」

幼馴染「初体験は彼の部屋でしたんだけど、陰茎が入ってくる時はすごく痛かったよ。でもその後は、幸せな気持ちでいっぱいだった」

少女「すごく痛かったのに?」

幼馴染「そうだよ。好きな人と一つになることが出来た証だと思うと、今までにないくらい幸せな気持ちになれたの。本当にすごく嬉しかった//」

少女「そうなんだ……」

幼馴染「分からないことばかりで不安かもしれないけど、お互いに想いあう気持ちがあれば、咲希ちゃんも幸せなセックスが出来ると思う。だから怖がる必要なんてないんだよ」

少女「お互いに想いあう気持ち――か」

幼馴染「うん、そんな気持ちが一番大切なの。だって、セックスは好きな人と一緒に二人ですることなんだから」

少女「そうですよね。何だか、幼馴染さんが羨ましいです//」

幼馴染「それじゃあ、セックスは何のためにすると思う?」

少女「えっ?! 何のためって、お互いに好きだからするんじゃないんですか」

幼馴染「そういうことじゃなくて、勃起している陰茎に性的な刺激を与えたら、男の人はどうなると思う?」

少女「性的な刺激を与えると、精液を射精すると思います」

少女「……あれっ? もしかして、セックスをしたら射精するんですか?!」

幼馴染「うん、そうだよ。そうしたら、女性器の中にたくさんの精子が入ってくることになるよね」

少女「それって、赤ちゃんが出来るんじゃ……」

幼馴染「はい、大正解♪ セックスは赤ちゃんを作るためにすることなの」

少女「ええっ、そうなんだ!」

幼馴染「それって、すっごく大事なことだよね。だからセックスをするということは、母親として新しい命に責任を持つことが出来るということなのよ」

少女「それじゃあ、セックスは軽い気持ちでしてはいけないんですね」

幼馴染「咲希ちゃん、そのことは絶対に忘れないでね」

少女「でも、少しおかしくないですか」

幼馴染「おかしいって、何が?」

少女「幼馴染さんは男さんと付き合っているから、エッチなことも普通にしているって言っていましたよね。それなのに、どうして赤ちゃんがいないんですか」

幼馴染「それは避妊をしているからなの」

少女「避妊?」

幼馴染「望まない妊娠をしないように、避妊具を使ってセックスをすることだよ。私はコンドームを使っているんだけど、それは性行為で感染する病気を防ぐ効果もあるの」

少女「コンドームとか性行為で感染する病気とか、それって何なんですか?」

幼馴染「じゃあ、スマホで検索してみよっか!」

男「幼馴染、ちょっと待て。さすがにスマホ検索はやりすぎだろ」


俺は慌てて、キッチンから幼馴染に声を掛けた。
黙って聞いていれば、小学生にどこまで教えるつもりなんだよ。
軽い気持ちでしてはいけないと分かれば、それで十分じゃないのか?


幼馴染「そうやって教えないから、中高生が妊娠して中絶したり、生まれてすぐに捨てられる赤ちゃんがいるのよ。そんなの、みんな傷付くだけだと思う」

男「咲希ちゃんに限って、そんなことはないだろ」

幼馴染「そうかもしれないけど、リスクを背負うのは女の子なんだよ。それに、万が一ってこともないとは限らないでしょ」

男「それはそうだけど……」

幼馴染「咲希ちゃんのことを大切だと思うなら、私に任せてくれないかなあ」

男「……分かった、もう幼馴染に任せるよ。ちょっと買い物に行ってくるから、その間にちゃんと教えてあげてくれ」

幼馴染「了解♪ それじゃあ、行ってらっしゃい~」

少女「えっ……あっ、行ってらっしゃい」

俺は家を出て、近所のスーパーに行くことにした。
今の様子だと咲希ちゃんは長居をしそうだし、ハロウィンらしいものを買ってこよう。
そう考えて、幼馴染の言葉を思い出した。

咲希ちゃんのことが大切だと思うなら――か。

初めて咲希ちゃんに会ったのは、高校生になってすぐのことだ。
俺の母親が入学祝いを持って会いに来たときに、小さな女の子が一緒にいたのだ。
その姿を見た瞬間、俺は妹が生き返ったかのような錯覚に囚われた。
それくらいに、彼女の容姿は妹にそっくりだった。

その1ヶ月後、彼女が『ひまわりの家』に入所してきた。
両親が交通事故に遭い、彼女だけが残されてしまったからだ。
俺はそのときに、初めて彼女の名前を知った。

『さき』

それは死んだ妹と同じ名前だった。

咲希ちゃんにとって、俺だけが唯一の血縁者だ。
そのことは彼女も知っている。
一度会っていたこともあり、何かとよく俺に頼ってきた。

遊んで欲しいとか、勉強を教えて欲しいとか。
ときには、夜に寂しくなって俺の部屋に来ることもあった。

それらのことが、最初は不快だった。
家を出て行った母親の再婚相手との娘なんて、受け入れられるわけがなかった。
しかも、そのせいで妹が殺されたのだから。

そんな気持ちが変わってきたのは、やっぱり妹に似ていたからかもしれない。
それでいて、妹と同じ名前。
いつしか、俺は彼女に妹の面影を重ねるようになっていた。

これからも、咲希ちゃんに笑っていて欲しい。
そして、たくさんのことを経験して欲しい。

『早紀』には出来なかったことが、咲希ちゃんには出来るのだから――。

・・・
・・・・・・
男「ただいま」


買い物から帰ってきて、俺はダイニングにいる二人に声を掛けた。
まだ性教育が続いているのか、楽しくおしゃべりをしているようだ。
それを気にしつつ、テーブルの上に買い物袋を置いた。


幼馴染「あっ、おかえり~」

少女「男さん、おかえりなさい」

男「話は終わったの?」

幼馴染「うん、最低限必要だなと思うことは」

少女「知らないことばっかりで、すごく面白かったです//」

男「そうなんだ。どんな話をしたのか知らないけど、俺から言えることがあるとしたら、軽い女にはならずに自分を大切にして欲しいってことかな」

少女「はい、そうですよね//」

幼馴染「ところで、男は何を買ってきたの?」

男「りんご」

幼馴染「ああ、アレをするんだ」

男「咲希ちゃんがいるし、何か余興をしようかなって」

少女「あれって、ダック・アップルですか」

男「そうだけど、ついでに恋占いもしてみる?」

少女「あわわ// そういう人は、い……いないです」

男「ははっ、そうなんだ」


俺は慌てる咲希ちゃんを見やり、キッチンから水を入れたたらいを持ってきた。
そしてフェイスタオルを用意して、りんごを4つ浮かべた。

男「ルールはりんごを一番早く取れた人の勝ちってことで」

少女「ふふん、負けませんよ!」

男「おおっ、かなりやる気だな」

少女「もちろんです。それじゃあ、私から挑戦してもいいですか」

男「いいよ」

幼馴染「じゃあ、私が時間を測ってあげるね。用意、スタート!」


その言葉と同時、咲希ちゃんは水の中に顔を突っ込んだ。
りんごがぷかぷかと動き回り、何度も息継ぎをしながらアタックしている。

そういえば、ダック・アップルには2つの由来がある。
ハロウィンがりんごの収穫時期と重なり、豊穣の象徴になっているからというもの。
そしてもう一つは、魔女狩りの時代に、捕まえた魔女を自白させるために行っていた拷問に由来しているというものだ。

咲希ちゃんは、ネコ耳魔法少女の仮装をしている。
後者の由来を考えると、正しい遊び方をしているのかもしれない。
そう考えていると、咲希ちゃんがりんごのヘタを咥えることに成功した。

少女「りんほ、ほれふぁした!」

幼馴染「1分12秒。なかなか、いいタイムなんじゃないの?」

少女「この記録はそう簡単には敗れませんよ!」

幼馴染「じゃあ、次は私がするわね。咲希ちゃん、時間をよろしく」

少女「……はい。用意、スタート」


続いて、幼馴染が水の中に顔を突っ込んだ。
幼馴染の仮装はサキュバスなので、魔女狩りの由来には関係なさそうだ。

しかし、サキュバスもりんごには縁がある。
アダムとイブが食べた禁断の果実は、一説ではりんごだと解釈されているからだ。
そして二人に禁断の果実を食べるように唆した蛇が、リリスの夫でもあるサタンだったと言われている。

そう考えると、リリスの子供たちであるリリム・サキュバスが、楽園の外に禁断の果実を持ち出してしまう遊びは興味深いかもしれない。
原罪と失楽園がなければ、人はどうなっていたのだろう。

幼馴染「取れたっ!」

少女「幼馴染さんは2分35秒です」

幼馴染「えー、負けちゃった」

少女「だから言ったじゃないですか。次は男さんの番ですよ」

男「それじゃあ、俺TUEEEするけど良いかな」

少女「望むところです! 用意、スタート」


俺は大きく口を開けて、狙ったりんごをたらいの底に押さえつけた。
しかし沈めるときに向きが変わったらしく、思うように咥えられない。

そして息継ぎをして、二度目の挑戦。
今度は生意気にも、ぷかぷかと逃げられてしまった。
思っていたより難しいな、これ――。

少女「男さん、1分49秒」

男「今日のところは、これくらいにしておいてやるよ」

幼馴染「何それ、かっこ悪い」

少女「俺ツエーとか言ってたし、1分切ってほしかったですよね~」

幼馴染「ほんとほんと」

男「……」

男「…………」

男「さてと、りんご飴でも作ろうかな」

少女「あっ! 誤魔化した!!」

俺は逃げるようにしてキッチンに行き、りんごの水気を拭き取って割り箸を突き刺した。
そしてレシピで分量を調べ、砂糖水を火に掛けた。


幼馴染「私に手伝えることってある?」

男「クッキーの型にサラダ油を塗っといてくれるかな」

幼馴染「うん」

少女「私は飴を掛けるのをやってみたいです」

男「じゃあ、もうすぐしたら出来るからやってみる?」

少女「はいっ!」


しばらくして、俺はトロトロになった飴をクッキングシートに少し垂らし、固まることを確認した。
そして火を止めて、飴の中にりんごを浸してくるくると回した。
後はクッキングシートの上に置いて、冷めるのを待つだけだ。

男「それじゃあ、今やったみたいにして、残りを全部してくれるかな。すごく熱いから気を付けてね」

少女「こんな感じで良いですか」

男「そうそう、そんな感じ」


咲希ちゃんは器用に飴を絡め、クッキングシートの上に並べていった。
そしてりんご飴を作り終わると、俺は鍋を受け取り、幼馴染が準備してくれたクッキーの型に残った飴を流し込んだ。


少女「後は冷めるのを待つだけですね♪」

幼馴染「楽しみだね~」

少女「ところで、男さん。りんご飴が4つあるってことは、1つはさきさんの分ですよね」

男「さきさん? ああ、妹のことか。そうだよ」

少女「ときどき思うんですけど、私はお母さんに愛されていたのでしょうか」

男「どうして、そう思うの?」

少女「だって、私の名前が早紀さんと同じだから――。とても優しかった記憶があるけど、私は早紀さんの代わりだったんじゃないのかなって思うときがあるんです」

男「早紀の代わりか」

少女「男さんも私のこと、早紀さんの代わりだと思っていますか?」


その言葉は、俺の心に重く圧し掛かった。
俺も咲希ちゃんに、妹の面影を重ねていた時期がある。
それは妹の代わりだったと言えないこともない。

幼馴染「咲希ちゃん、それは言いすぎじゃないかな。男が咲希ちゃんのことを代わりだと思っているなら、妹さんのプリンやりんご飴は作らないでしょ」

少女「あっ……、ごめんなさい」

男「いいよ、別に」

男「俺もむかしは、咲希ちゃんに妹の面影を重ね合わせていたし――。だからきっと、母親も咲希ちゃんに早紀の姿を重ね合わせていたと思う」

少女「そうなんだ……」

男「でもそれは、悪いことじゃないと思うよ。だって、咲希ちゃんの名前には意味があるだろ」

少女「意味……ですか?」

男「ほら、読み方は一緒だけど、咲希ちゃんの名前には『たくさんの希望が咲いてほしい』という願いが込められているじゃないか。きっと、咲希ちゃんは愛されていたと思うよ」

少女「たくさんの希望が咲いてほしい……か。そうだったら良いな――」

幼馴染「きっと、そうだよ。咲希ちゃんが来る前にね、サキュバスの生い立ちが妹さんに似ているって話をしていたんだけど、考えてみれば、咲希ちゃんもサキュバスなんだよね」

少女「あの、どういう意味ですか」


咲希ちゃんが困った顔で首を傾げると、幼馴染が説明を始めた。
そういえばリリスの子供たちも、父親が誰であれリリムと名付けられている。
その点で言っても、サキュバスと妹は似ているのかもしれない。


幼馴染「――それにね、咲希ちゃんが言ってたよね。サキュバスはすごく良い悪魔だって。それって悪魔じゃなくて、男の人の成長を祝福する女神みたいなものだよね」

少女「そうですね」

幼馴染「最初のリリムは残念なことになってしまったけど、その想いはお母さんのリリスを通じて繋がっていたんだと思う。だから咲希ちゃんも、お母さんを通じて早紀さんの想いが繋がっていると思うの」

少女「早紀さんの想いが、お母さんを通じて私に――」

幼馴染「そうだよ。そして咲希ちゃんと早紀さんの想いが、私たちに繋がっている。私はその繋がりを大切にしていきたい」

少女「そっか、同じ名前だからって悩む必要はなかったんだ」


そう言うと、咲希ちゃんは満面の笑みを浮かべた。
それは、どこにでもいる普通の小学生らしい笑顔だった。


幼馴染「良かったね、咲希ちゃんの笑顔が見られて」

男「幼馴染のおかげだよ。ありがとう」

幼馴染「私にとっても、咲希ちゃんは妹みたいなものだしね」

男「そっか、そうだな」

少女「そういえば、りんご飴は冷めてますかねえ」

男「もう大丈夫だと思うよ。今、食べるの?」

少女「いえ、可愛いラッピングをして欲しいです」

男「それじゃあ、少し待っててね」


俺はそう言うと、戸棚から小さい袋とリボンを取り出した。
そして咲希ちゃんが作ったりんご飴に袋をかぶせて、可愛く結んであげた。


少女「ありがとうございます」

男「大丈夫だと思うけど、ゲームで使ったりんごだから早めにね」

少女「はい。でも、これを食べるのは私じゃないんです」

どういうことだろう。
そう思っていると、咲希ちゃんはダイニングの写真立てを見詰めた。


少女「早紀お姉ちゃん――」

少女「ハッピーハロウィン♪」


咲希ちゃんは笑顔で歩み寄り、
かぼちゃプリンの隣にりんご飴をお供えした。

咲希ちゃんの想いが、初めて早紀に繋がった――。

・・・
・・・・・・
日が傾いた頃、咲希ちゃんはりんご飴とべっこう飴を持って施設に帰っていった。
小学生最後のハロウィン。
充実した時間になってくれていればと思う。


幼馴染「紗希ちゃんも大人になったよね」

男「そうだな。初めて会ったときは子供だったのに……」


妹の写真の前にお供えされた、咲希ちゃんが作ったりんご飴。
死んだ妹の想いは、俺たちに繋がっているのだ。
もう少し貯金が貯まって生活が安定すれば、咲希ちゃんと暮らしたい。
そのことは、おいおい幼馴染も含めて3人で話し合おう。

男「そういえばさあ、昼過ぎにサキュバスの生い立ちの話しをしていただろ。そのときに、失楽園の話でリリムが出て来ないことを気にしていただろ」

幼馴染「うん」

男「アダムとイブが食べた禁断の果実は、楽園に残っていたリリムたちのことだったのかもしれない。それを大切にしなかったから、唆したサタンは呪いを受けて、アダムとイブは原罪を背負うことになってしまったんだ」

幼馴染「そっか。そうだとしたら、リリスも悲しいね」

男「楽園のはずなのに、リリスやリリムには楽園ではなかったんだろうな」


俺の母親はどうだったのだろうか。
思い返してみれば、入学式などのお祝い事のときには施設に会いに来てくれていた。
妹の死を知ったときは、酷く悲しんでいた。

もしかしたら、一緒に暮らせない理由があったのかもしれない。
サタンが禁断の果実を食べるように唆したように、再婚相手が連れ子を嫌がっていたのかもしれない。

真実は分からないけれど、母親だけは俺と妹のことを愛してくれていた。
だから、咲希ちゃんに妹と同じ名前をつけたのだ。
それだけは間違いないだろう――。

幼馴染「ところで、男性のサキュバスもいるのかなあ」

男「ああ、いるよ。インキュバスって言うんだ」

幼馴染「それもリリムなの?」

男「リリムっていうのは、そもそもリリスから生まれた子供たちのことだから」

幼馴染「そうなんだ。じゃあ、妹さんと兄妹の男もリリムってことになるよねえ」

男「んっ? まあ、そうだな」

幼馴染「それでね、サキュバスは男性の成長を祝福する女神だったでしょ」

男「あ……ああ、そういう話だったな」

幼馴染「そこまで言えば、もう分かるよね?」

幼馴染はそう言うと、背中に腕を回して悪魔の羽を取り外した。
サキュバスの仮装から、一人の女性に戻ったのだ。

目の前には、下着姿の幼馴染。
じっと俺を見詰めて、その答えを待っている。


男「これからも大変なことが多いだろうけど、俺は幼馴染を祝福したい」

幼馴染「……うん」

男「お前だけをずっと愛してる」


俺は真剣な眼差しで幼馴染を見詰めて、そっと唇を重ねた。
そして、優しく抱き締めた――。

幼馴染「今日はハロウィンだよね♪」
―完―

ハロウィンらしくない内容だったかもしれないけど、以上で終わりです。
ありがとうございました。

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