「『須賀京太郎』とは、あなたのそうぞう上の存在に過ぎないのではないでしょうか」 (762)




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「咲」

「ん、どうしたの京ちゃん」

「良かったな、お姉さんと仲直り出来て」

「……うん」


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SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1445939573



※【咲-saki-】SSです。

※恋愛要素は無い。多分無いと思う。無いんじゃないかな。

※京太郎は出る。多分出ると思う。出るんじゃないかな。


※初長期投下なので色々ブレる可能性あり。地の文はあったり無かったりするかも。

※大雑把なプロットと冒頭だけ有り、次回投下で終わったり1月超えたりするかもしれないくらい色々未定。






「ぅ……ん……?」


目を覚ましたら、あまりにも見慣れた天井がそこにあった。

寝ぼけた頭に妙な違和感を覚えながら身を起こす。

お腹のあたりにタオル生地の薄手の掛け布団がずり落ちるのを感じながら、あたりを見回す。


大きめの本棚、鏡と、洋服などが仕舞われている箪笥。

勉強机と、クレーンゲームの景品だったカピパラのぬいぐるみ。

いつもどおりの、自分の部屋だ。


そこまでぼんやりと考えたところで、目の端に写っているものに焦点を合わせ、一瞬で目が覚める。

そうか、違和感があったのは、いつも見ているはずの天井を久しぶりに見たからだ。

目の前にあるのは、インターハイの紋章が大きく飾られている、夏の前には無かったモノ。






『清澄高校一年生 宮永咲』






楯に刻まれた名前に、じんわりとした実感と、暦の上では短く、しかし何年間も続いていたような数週間を思い出す。




幾つもの顔、表情、笑顔、涙、声。


熱気、賽子の転がる音、点棒の音、牌の音。


熱と昂ぶりに満ちた景色と、そのあとの大騒ぎ。


それが、昨日まで居た風景。




そう、私は昨日、東京から──インターハイから帰ってきたのだ。


さっと身支度をして、朝食をと思いリビングへ。

お父さんはもう出かけたみたいだ。机の上に置き手紙と可愛らしい紙袋。



『おめでとう』



簡単な、走り書きのそっけない文字。

それでも、すごく嬉しかった。紙袋の中身は私の好きなお店のシフォンケーキ、生クリーム付き。

ありがたく、朝食代わりに。幸せな甘さに頬が緩むのを感じる。カロリーからは目をそらす。


お腹が満ちたら学校へ。

帰ってきて早々だが、取材が入っているとか何とか。


「まあ、勝ち進んだ者の義務みたいなものだと思って我慢して頂戴」


とは部長の言。



「おはよーだじぇ!」

「おはようございます」


待ち合わせをしていたわけでもないのに、登校途中で麻雀部の仲間と合流する。

まあ、普段から同じような時間に登校しているのだから特別なことでもないのだけど。


「おはよう。優希ちゃん、和ちゃん」

「ふっふっふ、ついにこの時が来たな咲ちゃん」


優希ちゃんは不敵な笑みを浮かべながら手をわきわきと動かす。

彼女は取材の話を聞いてからというもの、ずっとこの調子だ。



「疲れは取れましたか?」


ふわりと髪を揺らしながら和ちゃんが言う。

優希ちゃんと違って、和ちゃんはいつもどおりだ。

インターミドルの個人戦チャンプにもなった経験などで、取材には慣れているのかもしれない。


「うん。ホテルも良かったけど、やっぱり家は落ち着くね」

「そうですね、私も気がついたらウトウトとしていました」

「ほらほら、早く行こうじぇ。私の時代が待っているのだ!」


優希ちゃんが駆け出す。


「ああもう、転ばないで下さいね、優希」


そう言いつつも心持ち足を早めた和ちゃんに、本当に仲がいいなあと思わずくすりと笑い、私も二人を追いかける。


「ほらほら、咲ちゃん早く早く!」

「もう、優希。急かさないでください」


麻雀部の部室は、清澄高校本校舎から少し外れにある旧校舎の屋根裏が使われている。

運動部の熱心な練習の掛け声も、ここまでくると少し遠い。

階段を登り着いた部室には、すでに部長と染谷先輩が待っていた。


「おはようございます」

「おー、おはようさん」

「おはよう! どう、久しぶりの我が家はよく眠れたでしょう」


頼れる二人の先輩は、どうやら今日もごくごくいつも通りらしい。

染谷先輩は少しイタズラっぽい笑みを浮かべながらしっかりと。

部長は内から湧き出て止まらないとばかりに、自信に満ち溢れたような挨拶を返してくる。



「しっかしあれじゃな、帰ってきて早々登校とは休む暇も無いのう」


自分の不満、と言うよりは私達後輩をねぎらうような様子で染谷先輩が言う。


「何言ってるんだじぇ先輩、私達の若さの前には休みなんかよりもやるべきことがいっぱいあるのだ!」


インタビューとかインタビューとか!と何に向かってか拳を突き上げる優希ちゃん。

取材に対して熱い思い入れがあるようだ。

単に目立つことが好きなだけかもしれないけど。



「ノリノリじゃのう」

「じゃあ、ちょっと早いけど優希の勢いがあるうちに行きましょうか。待たせるよりは良いでしょ」

「出陣だじぇ!」

「そうですね、このまま待っていると優希が疲れちゃいそうですし」


取材は本校舎内の応接間でやるらしい。

その後、部室で少し写真を撮らせて欲しいということで、各員私物を軽く片付ける。

掃除はインターハイ出発前にしていったので、綺麗なものである。

私達が居ない間も、学生議会の人たちが何度か埃を払いにきてくれていたそうだ。



わいわいと、部室を出る支度をし始める部員たちの中、部長に声をかける。


「今日は私達だけですか?」


インターハイの取材だからだろう、と納得しかけていたが、部室と部員で撮らせて欲しいという要望があると聞いて少し引っかかったのだ。


「? そりゃあそうでしょう」

「どうかしたのか、咲ちゃん」


当然、というような部長と優希ちゃんの言葉に、少したじろぐ。そういうものなのか。


「う、ううん、そうですよね」

「まあまだ疲れてるかもしれないけど、これが終わったら祝勝会だから!」



取材は── 妙に私への質問が多かった気がするけど、そりゃねと部長をはじめ皆が笑っていた──順調に終わり、お昼過ぎから体育館で祝勝会が行われた。

朝から準備をしていたみたいで、床には絨毯が敷かれ垂れ幕がかけられていたりとかなり大掛かりだ。

壁際には料理が並んでいる。

学校側に許可をとって、有志で企画してくれていたらしい。


挨拶やら賞賛やらの声も落ち着き、ようやく自由になったところで飲み物を取りに行きつつ辺りを見回す。

学校中の生徒どころか、近くの商店街の人たちまで協賛してくれたようで、かなり大きな館内もかなり混み合っている。

こんなにも体育館の中に人がいるのに、その外には入りきれない人や立食に疲れた人が座れる休憩所のようなスペースまでもが広く作られているのだからびっくりした。

その多くが祭り気分での参加だとしても、どれだけの人が応援していてくれたのか、今更ながらに実感する。



「どうしたの、咲。トイレ探してる?」


キョロキョロとしていたら、後ろから声をかけられ、振り向く。

部長だった。

少し前に見た時には私の数倍の人に囲まれていたのに。

どんな手を使ったのか、今は周りにそれらしい人はなく、涼しい顔で手に持ったたい焼きを頬張っている。


「違います。というか、自分の学校でトイレの場所が分からないとか無いですから!」



「いやー、でも咲だし」

「私をなんだと思ってるんですか」


いる? と差し出された食べかけのたい焼きを断りながら、気になっていることを聞く。


「挨拶、終わったんですか?」

「終わらないから、抜け出して来ちゃった」


お腹も減ってたし、と笑う。

副会長に押し付けたそうだ。


どうやって、と思わなくもないが、部長なら普通にやってのけるんだろうと思ってしまう。


我らが麻雀部の部長は、麻雀部の部長というだけでなく、学校の学生議会長──所謂生徒会長──でもある。


その制度は名前だけでなく少々特殊で、副会長──正確には副議会長──と二人で立候補し、共に選挙戦を勝ち取って初めてその座に着くことができる。


部長と副会長は、数多の対立候補を退け、その座に2年連続で就いているという。


この自信に満ちた女性の相棒である、真面目そうでどこか達観した様子の有る、しかし先輩たち曰くロリコン疑惑があるらしい青年の顔を思い出す。



そんな私の思考を知ってか知らずか、部長な生徒議会長は目の前でたい焼きをぺろりと平らげて、こちらに向き直る。


「それより、何か探してたの? 和なら入り口の所で質問攻めにあってたわよ。ちなみにたい焼きだったらすぐそこの裏ね」


焼きそばならあそこ、フランクフルトはあっちと食べ物の場所を案内し始めた部長に、先ほど気になっていたことを思い出す。


「ああ、いえ。京ちゃんの姿が見えないもので」


きっと祝勝会から来ているのだろうと思ったのだが、姿を見かけていない。

人が多いから見ないだけでどこかにいるのだろうとは思うのだが、自分たちだけ取材を受けたことへの漠然とした後ろめたさからか、気分の座りが悪いのだ。

来ているのなら、何か話題があるわけでもないけれど、少し話したかった。



「部長は見かけませんでしたか?」

「うーん……」


どうやら見てはいないらしい。

でもこの様子なら、来ないという連絡も受けていなさそうだ。


「まだ来てないだけかな……あ、優希ちゃんと一緒にいるかも?」


部長に連絡をとってもらおうかと考えて、そこまでするほどでも無いかと一瞬で答えが出る。

私は相変わらず自分の携帯電話を持っていなかった。



「まあ、見て回りながらちょっと探してみます。部長ももし京ちゃんを見かけたら教えて下さい」

「……良いけど、キョウちゃんってどんな子だったかしら」

「はい?」

「咲の言い方だと、きっと私も会ったことがあるんだろうけど、思い出せないのよね。咲の知り合いならそう多くないから、紹介されたら流石に覚えてると思うんだけど……」

「え、どうしたんですか、部長?」

「いや、失礼だとは思うのよ? 後輩に紹介された相手を……紹介されてるのよね? 人を覚えるのは得意だと思ってたんだけどねー……」











「キョウちゃんって、うちの生徒?なのよね?」








「部長?」


部長の言葉に、混乱する。


「京ちゃんですよ? えぇと、その……」


そして、気づく。

相手が、人をからかうのが好きな小悪魔みたいな人だということを。


「……もー、一瞬信じちゃったじゃないですか。このタイミングでやめてくださいよ」


本人はバツが悪そうだ。


「いえ、本当に分からないのよ」

「いや、もう分かってますから。いいですって」


しかし質の悪い冗談だ、と呆れる。

確かに、女子だらけの麻雀部にあって、少々影の薄い部分はあるけれど。


「……うーん、待って。もう一度思い出してみるから。いつ会ったのかだけでもヒント貰えない?」


もう、この人は。

往生際悪く悪ふざけを続ける部長に、少しむっとしたところで、また一つ声がかかる。


「おー咲ちゃん。楽しんでるかー?」


優希ちゃんだった。

探す手間が省けた、とほっとして、部長を放っておいて、聞く。


「ああ、優希ちゃん。京ちゃん見なかった?」

「?」

「多分、来てると思うんだけど」


私の言葉に、優希ちゃんは首をかしげる。




「誰? 私の知ってる人なのか?」





「──……え?」


優希ちゃんの顔をまじまじと見る。

見る限り優希ちゃんにふざけている気配はなく、純粋に疑問を持って聞いているようだった。


「優希ちゃん、京ちゃんだよ? 須賀京太郎」


再び混乱する。

不快感を帯びた不安が、わずかにお腹をくすぐった。



「え、キョウちゃんって男の子なの?」


部長が驚いたように声を上げる。

その声色が、あまりにも普通に驚いていて、振り返る。


驚いていた。


それが分かるほど、私にも分かるほど。演技ではないと、何故か確信した。

それほど部長は素の様子だった。

優希ちゃんもかなり驚いた様子だ。


「え、咲ちゃん、男に知り合い居たのか!」


意外だじぇ、と本当に意外そうに、目を丸くしている。



「なんか、咲ちゃんって男と話すのとか苦手そうなイメージがあるじぇ」

「京太郎、だっけ? それをキョウちゃんって、幼なじみとかなのかしら」

「まさか、恋人か!?」


わいわいと、にわかに盛り上がりを見せる二人に、困惑する。


「え、ちょっと待って下さい。どういうことですか?」


言葉が、上手く出ない。


「だって、京ちゃんですよ? 同じ麻雀部員の」


その、私の言葉に、二人はきょとんとする。



私達が今いるのは、部室ではない。

麻雀喫茶『roof-top』。

染谷先輩の実家で、何故か出前のカツ丼が評判の雀荘だ。


部長はカウンター席に腰掛けて、優希ちゃんと和ちゃんは私と同じテーブルの席に座っている。染谷先輩は立ったまままだ。

今は開店前で、他にお客さんの姿はない。


「……」


私はただぼんやりと、机の上に置かれたお冷のグラスを見つめている。

これから始まるだろう議論に、弁論を用意する気力もなかった。

まるで魔女裁判のようになるだろう。

物語の中でしか知らない悲劇の描写を引き合いに出してみる。

それでも、悲壮感の欠片すら感じない。

只々、胸の内に空白を感じるだけだ。



今朝、起きて、アルバムを開いた。

手は震えていたけれど、その時は確かに、わずかにでも希望があった。

あったと、信じたい。



しかし、開いて、そこにあるものを見た時。

浮かんだのは「やっぱり」という言葉だった。

淡い希望は打ち砕かれて、昨日から今日は何も変わらない。



今日ここに来たのは、単に「約束したのだから行かなければ」という観念があっただけだった。

期待も希望も、特にあったわけではない。

断りの電話を入れるには、時間が迫りすぎていたということもある。

悪く言えば、私は惰性で今ここに座っていた。




そんな私の内情を知ってか知らずか──きっと知らないだろう──部長は脚組みを解き、私をすっと見る。



「咲。答え難いことは答えなくていい、と言いたいところだけど、場合が場合だしね。出来る限り、詳しく聞かせて欲しいかな」



始まった。

ぼんやりと、そう思った。



いったい何をするのだろう。

尋問みたいなことをされるのだろうか。

みたいなことを、と言っても実際にはどのようなものかは知らないのだけど。

それとも、私が言ったことを、端から端まで理論建てて否定していくのだろうか。

京ちゃんの存在を主張している私が、どれだけ間違っているのか、それをきっと教えてくれるのだ。

いや、もしかしたら私自身の何もかもを否定されるのかもしれない。

私はきっと、この世界でただ一人オカシイ人間なのだから、何から何まで否定されても可笑しくは無い。




「じゃあまずは……そうね、コレをはっきりさせておくべきね」








「咲にとって、京ちゃんってどういう存在だったの?」








「───で、まさか翌日に来るとは思わなかったけど」

「えへへ……」







東京駅近くの、有名な喫茶店。

日はまだ高くとも今は夕方で、店内は色々な格好の人で埋まっている。


ちなみにお姉ちゃんは制服で、私は私服だった。

部活終わりに迎えに来てくれたのだ。


「でも、迷子癖は相変わらずなんだね」

「む、昔よりはマシになったし……」


お姉ちゃんを待っている間、お土産を見るついでに軽く迷子になった。

待ち合わせ場所に向かう途中のお姉ちゃんが通りがかったため、事なきを得たのだけど。

その時のお姉ちゃんの飽きれ顔が想起される。



「インターハイ後に会ったときには、結構普通だったのに」


ショートケーキにフォークを通しながら、お姉ちゃんが言う。

あの時は、皆が居たから迷子になることが少なかった。

部長や染谷先輩の後ろについて行き、和ちゃんや優希ちゃんの横を歩き、京ちゃんに背中を押されて───


「ねえ、お姉ちゃん」

「なに?」

「京ちゃん──須賀京太郎を、覚えてる?」

「……私が、長野に居た頃の知り合い?」

「ううん」


ショックはない。

京ちゃんとお姉ちゃんはインターハイ後に会っている。

けれど、部活の皆が覚えていないのだから、お姉ちゃんも覚えてはいないだろうと思っていた。


「私が、今日来たのは」







「その、須賀京太郎という、男の子のことなの」







私は話す。


出会った頃の話、中学校での出来事、高校でのやり取り。


インターハイの間と、お姉ちゃんに紹介した時のことと、その後のこと。


京ちゃんとの記憶と──消し去られたその存在について。


お姉ちゃんは、言葉を挟むことなく、黙々とケーキを消費する。


居なくなってからのことを話した時には、僅かな鈍痛を伴った。


理由は分からない。


取り返しの付かない状況に陥ったような、そんな感覚を思い出すからだろうか。


実際、もう二度と、取り返しの付くことは無いと思った。


もう、二度と。


でも──




「──昨日、ようやく見つけた。京ちゃんが、居たことの手がかりを」


私を麻雀部に連れてきたのが誰なのか。

長野県予選で優希ちゃんのタコスを買ってきたのは、インターハイで食べたタコスを作ったのは。

学生議会室まで、私と一緒に資料を持っていったのは。

roof-topの模様替えで、大きな鉢植えを運んだのは。

一年生麻雀勝負で、ラスを引いたのは。

清澄高校麻雀部で、一番紅茶を淹れるのが上手かったのは。



誰も、答えることが出来なかった。



京ちゃんが居た場所に時間に、確かな空白があった。




「京ちゃんが居た場所は、確かにあった」








「──あったからこそ」



この事を話すために、私はお姉ちゃんに会いに来た。


・ ・
こう考えることは自然であるだろうけれど、触れてはいけないことのような気がして、避けていた。

なぜか、とても恐ろしいことのような気がしていたから。





「不思議なの」




「なんで、皆は──京ちゃんのことを忘れているんだろう」






もはや、このような不自然な空白が見つかって、避けようのなくなった疑念。


空白のそこに、京ちゃんが居たのなら。


大きな大きな何らかの力が、京ちゃんを消したとしか思えなかった。





「────咲」


お姉ちゃんが、ゆったりと紅茶を含んで飲み込んで、言う。

同時に、




──────ぞわり




見られている感覚があった。

強烈な違和感と、懐かしさ。



インターハイでこう呼ばれていた、お姉ちゃんの感覚。








照魔鏡。




「その、須賀君というのは」



僅かに緊張する。

ひんやりと冷たいアイスティーのコップを手のひらで包む。











「彼氏?」









「──え?」


口がポカンと開く。

呆ける脳が隅っこの方で、そういえば、とぼんやり思う。



そういえば、京ちゃんを紹介したときにも同じことを聞かれたな。


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「なるほど、分かった」


お姉ちゃんの言葉と同時に、見られているような感覚が消える。


「須賀さんの息子さん……か。……京香さんには、よくお世話になった」

「うん……」

「京香さんも清澄だったかな。制服が同じようにセーラーだった覚えがあるけど」

「よく覚えてるね……聞いたこと無いし、違うと思うけど……」


疲れた。

ちょっとだけ、机に突っ伏す。



様々なことを聞かれた。


私と京ちゃんの関係に始まり。


私が京ちゃんをどう思っているか、京ちゃんが私をどう思っていると思うか。


さらには京ちゃんの周囲の状況や、家庭環境まで。




でも、きっとお姉ちゃんのことだから。


「必要、だったんだよね?」



手を繋いだ時にどんな気分だったか、キスしてみたいと思ったことは等々、根掘り葉掘り聞かれたことも。

きっと、とても深い理由が──


「? 質問自体は私が聞きたかっただけだけど」



完全に、机に突っ伏す。


私が答えを濁そうとすると、真剣な顔をしてじっと見つめてくるものだから、大事なことだと思って真摯に答えたのに。


とても恥ずかしくなりながら、恥ずかしいことを口走ったりしたのに。


ただ、聞きたかっただけって。


聞きたかっただけって。



「でも、話すことは必要だったから」


頭上から聞こえた声に、顔をあげる。


「咲をちょっと『見』させてもらった」


そう言うお姉ちゃんの表情は、なにか考えているようで、結果が良いのか悪いのか判然としない。






「結論から言うと」




「咲がオカルトの影響を受けている様子はない」





オカルト────




──……






「……オカルト?」

「そう」



淡々としたお姉ちゃんの様子からは、それが重要な事なのかそうでないのかが分かりづらい。


「ええと、麻雀の?」

「じゃない方。いや、同じと言えば同じ?」


ストローを咥えながら顔を傾ける様は、思考する表情に妙な愛嬌を加える。



「まあ、簡単にいえば」



「その『京ちゃん』の存在──記憶とかそういったものに、何らかの力が働いてるんじゃないかなって調べたけど」



「咲にはその影響が見られなかったってこと」





何らかの力──確かに、それは知りたかったことだ。


京ちゃんの存在についての扱いは、通常では考えられないことだらけで、普通ではない力が働いているのではないかと何度も思った。

正直、それは突拍子もない話で、起きている事象から逃避するための妄想のつもりだった。



──だったけれど、お姉ちゃんはそれが有ることを真面目に語る。


そして、何よりも気になったのは──


「──お姉ちゃんには、それが分かるの?」

「うん」


お姉ちゃんは、相変わらず静かだ。



「麻雀で、オカルトの強い子が結構居るのは、咲も知ってると思う」



「あれは実際には、麻雀のオカルトと言うよりも、その人が元々備え持つ特殊な力──オカルトを、麻雀の技能として扱っている場合が多い」



「永水の神代さんなんかが、その最たる例」



まあ、持つ技術を麻雀に生かすというのは、オカルトに限った話じゃないけどね、とはお姉ちゃんの言。

観察する、絞り混む、狙い打つ、推測する。

オカルトも、結局のところそうした技能のひとつでしかない、と。




「ちょっと話がずれた。ともかく、私もそうしたオカルトを持ってる」


ぐわりと、音がするような圧力で私の後ろに何かが現れる。

先ほどと同じ、よりももっとはっきりとした形を持ったそれは、明確に鏡の形をしているように感じた。





「『本質を観測』する能力」




お姉ちゃんは変わらずの様子なのに、ぴりぴりとした威圧感がある。

前から、後ろから。



「麻雀では相手の傾向を知るために使っているけれど」


「相手の現在の感情や体調、嘘をついていないかというものから、体質や成長性、業や性といったものまで」


「知ろうとする事々にそれなりに時間はかかるけど、様々なことを知ることが出来る」





「──その様々には、オカルトについても」



圧倒される。

自分のすぐそばに、そんな力が存在したことに。

そうした事実を、あまりにも普通に話すお姉ちゃんに。


「なんでも、知ることが出来るってこと?」

「そこまで万能じゃないよ。言い方を変えれば、『本質』しか知ることが出来ない能力だから」



曰く、『質』の『本質』とは関係のない部分は分からない。

例えば何を考えているのかは分からないし、癖や変化については感知出来ない。


「オカルトの影響については、基本的に本質に関わってくるものだから」


ふっと、圧力が消える。


「私にも、分かるけど」



「……」


頭のなかを整理することで精一杯で、言葉が出てこない。

オカルトについては、なんだか不思議なくらいするりと受け入れる事ができた。

ただ、その影響が、考えていたことにまで響いて、ぐちゃぐちゃとしていた。

とにかく。

とにかく、大事なのは。


「私が、オカルトの影響を受けていないことと、京ちゃんがいなくなったことに、関係はあるの?」

「咲は疑問に思わなかった? 誰も覚えていない相手を」


お姉ちゃんは、ゆっくりとモンブランにフォークを通す。









「咲だけが、覚えている」







「だから、咲に何かしらのオカルトが発揮されてるものだと思った」

「……それって、私の方がオカシイと」

「違う」


ふるふるとお姉ちゃんは首を振る。


「規模の問題。何かしらの改変を行うオカルトであるのなら、例外にこそ解決の糸口があるはず」

「そしてその例外が、分かる限りではただ一人だけ。であるなら、オカルトを避けるだけの何らかの影響下にあると思ったんだけど」



「……その私は、オカルトの影響を受けていなかった」

「そう」


それはつまり、


「現状では、解決の糸口が見つけられない、ということ?」


お姉ちゃんは首を振る。


「そうであれば、咲が何故影響を受けなかったか、を突き詰めていけば良かっただけ」



「……けれど、前提条件を見なおさなければいけないみたい」

「前提条件を……?」



「さっき、自分で少し見てみたんだけど」


「私も、咲と同じだった。変わらなかった」










「──私も、咲と同じように、オカルトの影響下に無かった」







「記憶から何かを消し去られた形跡も、意識を書き換えられた痕跡も、知識を隠蔽された様子すらない」






「それって……」

「うん」




「現状は、こう判断せざるを得ない」












「『須賀京太郎』の消失に、オカルトは関わっていない」









お姉ちゃんの言葉に、考える。

もはや情報の更新が追い付かなくて、思考の外側が凍りついたように固まってしまっているのだけど、お陰で余計な思考が切り離された。




恐らく、憂うべきことなのだろう。

京ちゃんが消えた背景に何か特別な力が関わっているのではという妄想が、実際にあり得るのだと分かった。

あるのだと知ってしまうと、それが原因であるとしか思えないほどの力。

京ちゃんはただの失踪ではないのだ。



存在が無くなり、名前は消え、誰も彼もの記憶から削除される。


常の事象ではない。


だからこそ、私は一度諦めた。


そう、普通なら諦めざるを得ないような異様な状況を作り出せる力。



その力の関わりを手繰る糸が途切れてしまった。

憂うべきだろう。

ただ、やはり実感として乏しい。

受け入れられても、感情の域にまではまだ達しない。


それに──



「──現状、ということは、オカルトが原因である可能性は消えていない、ということ?」

「うん」


お姉ちゃんは頷く。


「オカルトは、枠というものが無いから。私でも、『異質』のモノは分からない」


オカルトであっても、人の力。

分かることしか分からないし、出来ることしか出来ない。




「ただ、『異質』のオカルトっていうのは珍しい。私のオカルトの『質』から外れているということは、人の領域から外れている可能性も高い」



「万が一、それが原因であるなら──解決は、難しいかもしれない」




人の領域の外であるなら。



お姉ちゃんはこともなげに言うが、私にはもう、話が想像の出来ない域に達しつつあった。

なんとなく、途方も無い規模であるように思う。

もはや、推測すら曖昧だ。

ただ、思ったのは。


「お姉ちゃん、慣れてるんだね」

「慣れてる?」



「うん、なんというか、そのオカルトの対応について」


お姉ちゃんはミルクレープをつつきながら、少し考える。


「……能力のせい、かな」

「能力の?」

「昔は強い何か……今思えばオカルトだったんだろうけど、そうしたものに遭遇した時に、能力が制御出来ないことがあった」



「私は、その度に。知ってきたから」




「……そっか」


異能の代償、というものだろうか。



怪力を得た人が、異形に絶望するように。

名探偵が、人の死に直面するように。

心を読める人が、心を閉ざすように。



「うん」


お姉ちゃんは、いつもの通り静かに頷く。



お姉ちゃんが紅茶のおかわりを頼んだ後、私に聞いてきた。


「咲。この『須賀京太郎』くんのこと、他の人に話してもいいかな」

「え?」


困惑しつつも、頷く。


「ええと、良いけど」


お姉ちゃんなら変な相手に話すことはないだろうし、そういった心配はない。

むしろ、そのような話をして、お姉ちゃんが変に思われないだろうか、と少々心配になる。

無関係の人に話すには、あまりにも信じがたい話だろう。



「どうするつもりなの?」

「とりあえず、『異質』の方に詳しい人に話を聞いてみようと思う」


お姉ちゃんは、そういう人も知っているのか。

驚いていると、


「咲は、とりあえずもう一度、部の仲間に話を聞いてみて。混乱が起きたことで、何か変化があるかもしれない」

「うん」


素直に頷く。

お姉ちゃんは、昔よりもちょっと淡々としていて、他の人には表情に乏しいと言われたりしていたけれど、やはりお姉ちゃんだ。

それがこういう時にも関わらず少し嬉しい。

なんだか少し気が楽になって、ぐっと腕を伸ばす。



「疲れた?」


届いた紅茶に手を伸ばして、お姉ちゃんが聞いてくる。


「ちょっとだけ。……ねえ、お姉ちゃんがそういう力を持ってたのって、もしかして、昔から?」

「そういうものだと知ったのはこっちに来てからだけど」


言いながら、そっと紅茶を飲む。


「能力自体は、昔からあったんだろうと思う。それをそうだと認識していなかっただけで」

「なんだか、凄いね。物語に出てくるような力を持っているだなんて」


笑う私に、お姉ちゃんは少し首を傾げる。


「咲にも、あるかもしれない」

「私にも?」

「さっきも言ったけど、オカルト打ちには結構な確率で生まれ持つオカルトを利用している場合が多いから。そうだと認識していないだけで」

「認識……」

「まあ、結局持ってても生涯認識することのない人がほとんどだから、咲もその可能性はあるけど」


お姉ちゃんの言葉を聞きつつも、手のひらを見てみる。

まるでそこに自分の能力があるかのように。



もしも、私にもオカルトがあるのなら。

京ちゃんにまた、会える力だったら良いのに。



そんなことを、思う。



私がコップを空にしたのを確認して、お姉ちゃんが時計を見る。


「そろそろ出よう。おかーさん、咲来るの楽しみにしてたし」

「うん」


お会計を済ませ、カランカランと音を鳴らし、外に出る。

湿気を含んだ熱気に僅かに怯んだけど、慣れた様子で先を行くお姉ちゃんの後を小走りで追いかける。


「ねえ、お姉ちゃん」

「?」

「今日は、ありがとう」

「うん」


外はまだまだ明るいが、日は僅かに傾いて、空を赤みがかった色に染めている。

二人で空を見上げて、なんとなく立ち止まる。

お姉ちゃんがふと、思い出したように呟く。



「須賀京太郎……京香さんの息子さん、か」

というわけで今回はここまで。俺は寝る。
ちなみに基本原作設定です(というかアニメは飛び飛びでしか見たこと無い)

公式でもなんか色々あんのかな
まあとりあえず、気にする人が居るみたいなのでこのSS内では幼馴染設定が無いことだけ明言しときます

しかし原作側で小学校や幼稚園、それ以前からの付き合いがあったと公表があればそれはそれでSSの幅が広がるなぁ
HPでその辺に触れてくれないだろうか





それは確かに、行けば『何かがある』と分かるような光景だった。




「うわ……」


部室に入り絶句する私に、


「おう、おはよーさん」

「おっはよー」


染谷先輩と部長が挨拶し、


「おはようございます」

「おはよーだじぇ」


和ちゃんと優希ちゃんが挨拶を返しながら横をすり抜ける。

先ほどの様子からしても、二人は知っていたのだろう。

私はただ一人、困惑している。




「何ですか、この……紙の山は」



部室の机の上のみならず、床一面にも紙の束や冊子が詰め込まれた紙袋がいくつも並んでいる。


「いやあ、こんなに多くなるとは私も思わなかったんだけどね」


部長が少し疲れたように笑う。


「まあ、とりあえず見てみぃ」


そう促す染谷先輩に、戸惑いを残しながらも紙の山から1枚のプリントを手に取る。



目を通すが、何でもないただの授業参観のお知らせだ。

授業参観の後に懇親会があり、可能なら参加してください、というよく見るもの。

これがなんなのだろう、紙の束はもしかして全部こういったものなのだろうか、そう思ってなんともなしに日付を見る。


「──え?」


2年前。

それにも驚くが、それ以上にその下に書かれた学校名に目を見開く。




そこに記されているのは、私の通っていた中学校の名前。



プリントの下、紙の束や冊子を見る。

全て同じ中学校の名前が記されている。

中には、見覚えのある装丁の冊子もあった。


「こっちは高校のもので、そっちが中学校のもの」


混乱しながら部長を見ると、部長が言う。


「高校の方はなんとかなるとしても、中学の方はどうしようもなくてね」

「それで、同じ中学校だった子とかに声をかけたんだけど、伝言ゲーム的に話が広がったらしくて」



染谷先輩がため息をつく。


「今の1、2、3年どころか、兄弟姉妹の残ってた資料まで持ってこられてのう。親の、と言われた時には流石に笑ったわ」

「一昨日はマシだったけど、昨日は酷かったじぇ。部長が慌ててストップかけて、それからもしばらくは止まらなかったし」

「咲さんと同じ学年のものだけを分けるだけで、1日かかりましたしね」


優希ちゃんと和ちゃんが、積み上がっている『中学校のもの』を見ながら思い出したように笑っている。


「いやあ、思わぬところで私の人望の厚さを垣間見たわね」

「なんとも物理的な厚さじゃな」

「もう少し纏まっていてくれれば良かったのですが」

「のどちゃん、その言い方だとなんだか部長の人望が散らかっているみたいだじぇ」


部長たちの会話から、断片的に情報を得る。

一昨日から集まってきていた、ということは、つまり。


「あの後から、集めてたんですか?」


あの、roof-topでの話し合いの、すぐ後から。



「まあ、声だけね」


部長が頬をかく。


「咲がいなくなってからも、わしらは少し残っててのう」

「……口では信用すると言っていたものの、私たちにはまだどこか咲さんの言葉を軽んじている部分があったのかもしれません」

「咲の問いかけに何一つ、答えることができなかったのはまだしも、その事実に愕然としとったからな」


──自分たちの記憶が穴だらけで、しかもその事実に言われるまで気づかなかった。

──10年や20年前ならまだしも、まだ1年と経って居ない記憶が。


「あんなに混乱したのは、算数が数学になったとき以来だったじぇ」

「混乱している最中。咲さんの言っていたことが、本当かもしれない──信じているはずだったのに、あの時、そう思ってしまった」


──先輩たちの言葉に、思う。

──それで混乱することなど、なんら恥ずることはないだろうに。

──それでも、私のために恥じてくれるのだという。


「それで、話し合ったんです」



「私達も、知らなければいけない、と」



和ちゃんが、言う。



「で、まずは資料を集めよう、ってね」


部長が手近なプリントを手に取って、ひらりと持ち上げる。


「調べようにも、何を調べたらいいのかすら分からなかったから、調べられるものを集めましょう、って」

「こんなに集まったのは、予想外じゃったけどな」

「咲ちゃんが来てくれたのは、かなり助かるじぇ」

「最初は咲に内緒でやろーかなーとも思ったけど、そー言うものでもないしね」



「というわけでまあ、咲も手伝ってくれないかしら」



そう言って、部長は私にプリントを差し出してくる。

私の──京ちゃんの中学校の名前が入っているプリントを。





「私たちが、『須賀京太郎』くんを知るために」








チッチッという時計の秒針が進む音に、時折紙の擦れる音が混じる。


この音は嫌いではない。正確に言えば好きだ。


自分も紙をめくりながら、そんなことをふと思う。




皆が資料に集中して数分が経った。

私が今確認しているのは、私と京ちゃんの所属していた三年間分の資料だ。

三年分と言っても、なにせ持ってきた資料が数十人分になるので、生半な量ではない。

複数人が持ってきた為被りも多いのだけど、それをまた分別する手間や返すべき資料の再分別をする手間を考えて、資料ごとではなく山ごとに各自が確認することになった。

どこに手がかりがあるか分からないため、関係なさそうなものも端から端まで。

本を読み慣れているおかげか、辛くは無いのだが、大変な作業だ。



と、思っていると──


「……優希? ……ああ、もう」


見ると、優希ちゃんが紙の山に顔を突っ伏して寝ていた。

昨日もこの紙の山を選り分けて、しかも次々と来る人達の対応までしていたというのだから、疲れも有るのだろう。


感謝しかない。

優希ちゃんにも、和ちゃんにも、染谷先輩にも、部長にも。

跡がつかないようにとだけ、優希ちゃんの顔の下にベッドの上にあった枕を差し込む。



見終えた紙束を、取り上げた側と反対に置く。

当然だけど、どれも見たことがあるはずのもので、目を通しているだけで懐かしさが漂う。

三者面談のお知らせ、予防接種のお知らせ、全校ハイクの日程と予定、最近不審者が目撃されています──この紙の束はそうした告知のものがまとめられていた。

私はこうしたものは年末の大掃除や年度の切り替わりに捨ててしまっているので、よく取っておいたなぁと思う。

次の冊子を手に取る。


しかし、これは中々厳しい作業だ。

始めて少ししか経っていないけれど、気づく。

生徒の名前が載っている資料というのは、あまり多くない。

しかし、多くの無関係な資料の間に挟まっている学級報や校内紙で生徒の名前が出ていたりするので、気が抜けない。



手にとった冊子は結構厚く、和紙で簡単に装丁されていて、一文字『心』と書かれている。

見た覚えが有るような無いような、と思いながらページをめくると、


「……あぁー」


小さく、呻くような声が思わず出る。





詩集。





それだけで、分かる人は分かるだろう。

思春期の始まりに、こんなものを作らせるなど、なんと残酷なことだろうか。

少しばかり大人になった今、そう思わずにはいられない。

しかも、学年でまとめているものだから、その被害は結構な広範囲だ。


しかし、こういうものをこそ見なければならない。

学年の全クラス。

つまり私も、京ちゃんも、この中にいる『ハズ』だから。



並ぶ言葉の青臭さに、恥ずかしさに耐えながらページをめくる。

最初から、一文一文を丁寧に確認する。



何処に手がかりがあるか分からない。

それは、京ちゃんの存在が、必ずしも私の知る通りではない可能性があるからだ。

これは部長たちが私の居ない間に出した答えの一つ。

私も、それに了承した。




『私の知っている京ちゃんではないかもしれない京ちゃんの可能性』。



おかしな話だけど、それがなんらおかしくはないことを、私は知っている。

ちょっと前の私なら、受け入れられなかったことだろうけど。

でもただでさえ、現状でさえ、今の京ちゃんは私の知っている京ちゃんではないのだ。

それを、今の私は理解している。




何故なら、私の知っている京ちゃんは、皆に忘れられてはいないのだから。




知っている名前がちらほらと出てきて、ちょっと感動しつつ、その内容に悶たくなる衝動を耐えつつ、ページをめくる手は止めない。


その手が止まったのは、私のクラスのページに差し掛かった時だった。

左のページ一枚に、クラスと、皆で話し合って決めた見出し。

見出しには『絆』と書かれている。


無意識に止めていた呼吸を、ゆっくりと、深く再開して、一層慎重にページをめくる。



あ……お……か……こ……



五十音順に並んだ名前は、もちろん知った名前ばかりだ。

うろ覚えだったクラスメイトの記憶も、名前を見て、文字を見てはっきりとした輪郭を持つ。



さ……




その後を、ゆっくりと目で追う。



ページの上下に、ひとりずつの手書きの詩。


それが見開きで、4人分。



私の知っている通りなら、さ行は6人だ。

何かの時に出席番号順で並んで、ちょうど一列がぴったりさ行で埋まって話のネタになっていた。



あの時、京ちゃんは何番目だったっけ。




目を通す。


ページをめくる。



後ろのほうだった気がする。

4番目?5番目?一番後ろ?



目を通す。



違和感。

確かに、違和感がある。




でも──



左上に視線を移す。







…………た。






──『須賀京太郎』は、見つからない。






ほう、と息を吐く。

分かっていたことだ。

そんな簡単に見つかるようなら、私はあれほどの焦燥に駆られることもなかったはずだ。


気を取り直す。


期待はしていた。

でも、その期待が外れたところで、落ち込みはしない。




一度諦めた私には、分かっている。


諦めることの気楽さを、落ち込むことの安心を。


諦めることの恐怖を、虚無感を、失望を。


落ち込むことの苦しみを、停滞感を、焦燥を。




もう一度冊子を見直してみる。

さ行の名前は右上から始まり、一二三四。

ページをめくり、五。



やはり、どこか違和感がある。



次を探そう、と考える思考と、この違和感の原因を調べた方が良い、という感覚に迷いながら、名前を確認していく。

再度、ページをめくり、右下を確認して、ああそうか、と気がつく。

先程は気付かなかったが、右上が空白になっている。



なんだ、と思いつつも納得した。


5人しか居ないのに、偶数分のページが使われていたことに、無意識ながら違和感を感じていたようだ。

先生が間違えたのかな。


そう考えながら、空白部分に目をやって。







そうだ、京ちゃんは5番目だった。


それを思い出すと同時。







「──え?」
















────── 須賀 京太郎






私は、その名前を見る。



驚きだわ、24時間近く寝た
夜にゆったり投下する所存~




久しぶりに、京ちゃんの姿を見た気がする。


最後に見たのは、インターハイから帰ってきた日なのだから、まだ5日と経っていないのだけど。


そこに写る男の子は、その最後の姿よりも少し幼く見える。



大きく滑ったそれらのひとつを、部長が拾い上げた。


「あら、写真ね。どうし──」


部長は、写真に写るものに目を落として、言葉を切る。



「──ああ、そういえば、ハンドボールをやってたって聞いたから、ハンドボール部の情報も集めてたんだった」



ん?と、部長は首をかしげる。

その横で、染谷先輩が他の写真を拾い上げる。


「……やっぱり、知っとるよりは若いのう。やっぱり……」


その言葉は、どこか歯切れが悪い。

私の横で、散らばった紙を拾い上げていた和ちゃんと優希ちゃんも、難しい顔をしている。



「──そう、よね。私たちは探してたのよね」

「これは、進展があった……と考えて良いんでしょうか」

「良いと思うじぇ」

「そうじゃのう、京太郎の名前があったということは、十分な進展じゃろ」



「咲、お手柄ね」



その言葉に、部長を見る。

そこには、なんというか、先ほどあった違和感はない。



「……思い、出したんですか?」


今度こそ、本当に?

それとも、また?



部長は、私の言葉に少し考える。


「思い出した……そうね、思い出したんでしょうね」

「なんだか、変な感じだじぇ」


優希ちゃんは、言いながらぐらぐらと頭を回す。


「確かに、変な感じですね。覚えていると覚えていないの境目、とでも言うのでしょうか」

「なんじゃろーな、とりあえず、今は京太郎のことが分かるのは確かじゃ」


和ちゃんと染谷先輩も、違和感を確かめるようにこめかみに手を当てている。



そこには、いつも通りの姿があるように思えた。
             ・ ・ ・ ・
あの、ブキミな 食い違い も無いように思える。

でも、やはり、警戒が解けない。


「京ちゃんを……京ちゃんを、教えてください」


私の口から零れたのは、そんな言葉。



それを聞いた部長は、苦笑する。


「須賀くんを、教える……そう言われると、難しい感じがあるわね」

「前に聞かれとった『分からないこと』に沿うんなら、咲を麻雀部に連れてきて、一年生麻雀で見事なラスを引き、タコス作りが上手くうちの模様替えに尽力してくれ……他になにがあったかのう?」

「紅茶を淹れるのが上手、とかありませんでしたっけ。そういえば、タコス以外にも料理を作ったりしていましたね」

「龍門渕の執事さんと仲良くなったのよね。夏休み入ってかららしいけど、紅茶とかその辺はホント向上したわよねぇ」

「タコスについては免許皆伝と言って良いじぇ」

「タコスに免許ってあるんでしょうか……」




それらの言葉が、京ちゃんの事を教えてくれているのかは、正直のところ分からなかった。

そもそも、自分が何を求めてそんな発言をしたのかも、分からないことなのだけど。

でも、それらの言葉は、私の知っている皆から発されているように思えた。



「じゃあ、本当に……」


「咲には、悪いことをしたわね。忘れられてた須賀くんにもだけど」

「なんで忘れてたんじゃろーな」

「でも、これからどうするんですか?」

「犬のことを思い出したのはいーけど、どうしたら良いかはさっぱりだじぇ」



ほう、と大きく息を吐く。

皆、思い出したんだ。

今度こそ、本当に。

安心した。




……うん、安心した。



でも、なんだろうか。

変な言い方だけど、なんだか喜びきれていない気がする。


嬉しい、私は今確かに喜んでいる。


京ちゃんは居るんだ。


皆が思い出したのは、そういうことだろう。


なのに、なんだか大きな喜びが出口のところで引っ掛かっているような感じなのだ。


理由は何となく分かる。

皆の反応が、なんというか、普通なんだ。

忘れていた仲間を思い出した。

それは、劇的なことだと思うのに。

劇的な方が良いというわけではないのだけど、なんというのだろうか。

反応が乏しくて、私もなんだかそれに引っ張られて、反応が鈍くなっている。


「……でも、少し怖かったですよ」


変な落ち着きのまま、私は言う。


「どうしてですか?」

「だって、さっきは、居ないって言ったり、居るって言ったり……」

「?」


和ちゃんたちはキョトンとしている。



「え……ほら、京ちゃんは知ってるけど誰だっけ、とか」

「そういえば、そうですね」

「……変だと、思わないの?」

「そう言われると、確かに不自然じゃな」





──そう言われると





ぞっとした。


.・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・  ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
そう言われなければ、変ではないということに。




「どういうことだじぇ?」

「わしらは、今は京太郎のことがわかっとる。じゃがさっきは、その分かる前に『分かっている』と言っとったじゃろ?」

「あー、確かに言われてみれば」

「……確かに、なんだか変ですね」


引っ掛かることを、染谷先輩が言った気がした。


「え……あのときはまだ、分かっていなかったんですか?」



「ああ、京太郎の事は分かっておらんかった。……そうじゃな、確かに、分かっておらんかった……」

「……それって、どういう──」

「あ、これ」


私の呼び掛けは、部長の声に中断される。

部長が、なにやら一枚の紙を持ち上げていた。

それは、私が4日前に見た、あの紙。


「中学の方にしか須賀くんの名前がないのなら、なにか理由があるのかなと思って気になったんだけど」



──『麻雀部員一覧』。


それを、私へと差し出す。


「高校の方を見てみたら、ほら」






   3年
   ・竹井久
   2年
   ・染谷まこ
   1年
   ・須賀京太郎
   ・原村和
   ・片岡優希
   ・宮永咲








 ── 『1年

       ・須賀京太郎』





「もちろん、前と同じ物よ。今回は台帳ごと持ってきたって違いはあるけど」


あの時欲した名前は、なんの変哲もなく、そこにある。



「……どういうことだと思う?」





私は、何も言うことが出来ない。






その後、京ちゃんは至るところに見つかった。


部長と優希ちゃんは、高校の資料から。


染谷先輩と和ちゃん、私は、中学校の資料から。


京ちゃんの名前を、姿を。





部長たちは、すっかり私が知っている部長たちだった。


名前がある度に京ちゃんらしいと言い、姿があれば知っている姿と比べて若いと言う。


部長が苦笑していた。



──変な話ね。知るために、とか言ってたくせに、こんなにも知っているなんて。



皆、覚えていなかったことも覚えている。

《2》


これは、どう考えるべきだろうか。

宮永さんから聞いた話を、再度頭の中で整理する。



なんでも、妹さんの友達の男性(……彼氏さん?)が居なくなった、という話だ。

しかも、失踪ではなく消失に近いソレは、言ってしまえば「普通ではない」事象だった。

普通であれば、発言者の妄言・妄想や、精神的な病を疑うほどのものだろうと思う。

でも、「普通ではない」ものこそが、私達の領域。

話を聞くに、この話は私達の領域の話か、もしくはそれに近いものであると思う。

けれど、私が悩んでいるのは、そのことではなかった。




時期が、あまりにも符合している──そのことを、どう考えるべきだろう。






今、神代の家はかなり慌ただしい。

ようやく落ち着いてきたとはいえ、昨日まで初美ちゃん達までも駆り出して、色々と情報をやり取りしていたのだ。

全国津々浦々、大事小事を様々に、有識者無識者別け隔てなく。

繋がりを最大限に駆使して、異変の有無を確認していた。

その原因は、小蒔ちゃん──神代の姫様の違和感。



小蒔ちゃんは、憑依型の巫女だ。

その能力は何処までも強く、高天原の神々をその身に宿しても些細な悪影響すらない。

しかし憑依型は、一体化することで神の力を限りなく純粋に引き出すことを可能とする代わりに、一体化する故に身に宿す神との対話の機会を持たない。

小蒔ちゃんが神の「所作」を知ろうとすれば、他の神職者と同じように儀式を執り行うか、そうした能力を持つ者に助けてもらわなければならないでしょう。




その小蒔ちゃんが。

その日、朝起きて、ぼんやりとしながらこう漏らした。




「……皆さん、何をそんなに慌てているのでしょう」


              ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
起こしに来た、 私しか居ない寝室で。



その後、どうなったかは言うまでもない。

相談役の様な立ち位置に居る祖母が飛んできたように現れて、姫様の言葉を聞くに、



「私の体を借りようとして、それに意味が無いと気づき離れていった。そんな感じがしました」


「その時に感じたのは、喪失と填補。──まるで、弔いのような」



そう、言った。



喪失と填補。

失い、それを埋め合わせる。



そのあまり穏やかではない単語と、小蒔ちゃんの体を使っても意味が無いという状況に、霧島の専門家たちはそれぞれの分野ですぐさま行動した。

神降ろし、神託、占い。様々なものを試みたが、どれも異常はないとの結果だった。

でも、安心はできない。

それらは全て、神に答えを問うものだから。



人と神は、存在の次元が異なる。

その為、神々の問題であっても人の問題ではないこと、人にとっては問題であっても神々にとっては問題ではないことがあったりする。

神と神の間ですら、隔絶が多々あるのだから、当然といえば当然かもしれない。

また、人にとっての要不要を神々が確実に把握しているとは言い難く、神々が人とは無関係と告げずにいた物事が後に大事となることも過去にあった。



だから、祖母は即座に情報を広めた。

今度は人に、答えを問うために。

霧島──神代は、全国に太い情報網を持つ。

政にも深く関わりがあるから、直接的に繋がりがなくとも様々な分野・場所へとその手は届く。

つまり、広がる先は、全国のほぼ全てと言っていい。


そんな想像も絶する数の場所へと、その日の内に情報は伝わり、考察され、早いとその日の内に結果が帰ってくる。


考察の内容は中継点である程度絞られてくるのだけど、それでもその量は膨大だ。

早急の事態である可能性もあるため、専門家でチームが組まれ、時には神々の御力を借りてそれを処理する。

私も、その一人だった。



そしてようやく、戻ってきた情報の殆どを処理したのが、今朝方の話。

寝て、起きたのがちょっと前のこと。

半ば寝ぼけながら、人と会うことを思い出したのは先ほどのこと。

そして今、その眠気は吹き飛んでいる。



昨日、恐らく夜分に、宮永さんから連絡があったことは覚えている。

宮永さんは、高校麻雀では小蒔ちゃんと共に【牌に愛された子】と称される女の子の一人だ。

私たちに言わせると、【神に愛された子】の一人。

その力は強く、中でも『本質を見抜く力』の潜在能力は神の力にも匹敵する。

麻雀の関係者は、私達を高校麻雀のインターハイで知り合った仲だと思っているようだけど、実は彼女が中学生の時にはもう既に関わりがあった。

麻雀ではなく、神代の本業としての関わりが。

だからこそ、私達は彼女の能力についてよく知っていた。

その彼女から、連絡があった。



その時には、小蒔ちゃんのことと何か関係があるのではないか、と思ったのだ。

だから、詳しく話が聞きたいと交通手段を手配し、来てもらった。


でも、眠りから覚めた時にはその考えも霧散していた。

全国から集められた情報、戻ってきたそれらの考察が全て処理し終わっていたためだ。



結果は、正常。



災害の起きる予兆などは皆無で、少なくともこの世界での異変は起きていない。

所々、同じように神々がざわついているところなどがあるようだけど、現世への影響は確認されなかった。


様々な視野から、数多の論点をそれぞれに考察しての結論。

なら、正常なのでしょう。

そう考えた。


今回は小蒔ちゃんが神と感情を交わしたという異常があったために大事になったけど、元々内容自体は注意・警告といったものではなかったのだから、おかしな結論でもない。


だから、あまり関係のない事象だろうと思ったのだ。

思い返してみれば、男の子が一人居なくなったというあまりにも局地的な事象。

仮に神隠しだとしても、今回の考察の中には神隠しがあったという報告はなく、長野方面の情報にも怪しいところは見当たらなかった。

ということは、姫様のこととは無関係だろう。


そう思った。





でも、話を聞いて、考える。






三日前なのだ。


小蒔ちゃんが、神と感情を交わしたのは。





   ・ ・ ・ ・ ・    ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・    ・ ・ ・ ・ ・
 『須賀京太郎 』 という少年が消えた三日前と、同じなのだ。






これは、偶然なのだろうか。



消失した少年。

喪失と補填。



偶然と言うには、出来すぎている。

しかし、それを必然と言うことは、難しい。

一つ、確実に言えることがあるから。




神は、人の喪失に無関心だ。



小蒔ちゃんですら、その喪失に悼んでは貰えないだろう。

薄情や冷酷なのではなく、そういう存在なのだ。

もちろん例外はあるが、極々稀と言っていい。

だから、少年の消失と、喪失には関係がないはずだ。

少年が一人、居なくなった所で神々にはなんら意味のないことなのだから。




「──わかりました、調べさせていただきます」



ようやく発した声に、宮永さんは頭を下げる。

頭のなかで段取りを描きながら、考える。

時期が同じなのは、なんら必然性のない、偶々のことだったのだろう。



おそらく、偶然だ。


偶然なのだろう。




しかし───





───偶然では、ないとしたら?




                                                                                                             《2-石戸霞》

ひと月くらいかけて、先ほどようやく積んでいたARIAを読み終わり、読み終えてなんか息苦しくなった勢いで投稿。
……今日も仕事なのにこんな時間まで何やってんだろう

《1》


龍門渕家の別館。

窓際に椅子を寄せ、空を見上げる。

今宵の月は白が際立つ。

いや、ここ最近はずっとそうだ。

これは己が心の中の投射なのであろうか。



輓近、妙なざわつきを感じている。

それは夜に僅かに強くなり、朝にはもう忘れているようなものである。

夜に強くなる理由は分かっている。


月。


予てから己が友であった、空浮かぶ半身。

その存在が、昼間には感じるまでもない予兆もしくは余波を感じさせるほどの過敏さを齎している。

しかし、その齎される感覚が、如何なるものであるかを知る術がない。


如何にせん。

そう思いつつ、虚空に向かい呼びかける。


「ハギヨシ」

「はい」


先ほどまで一人であった部屋に、背の高い影が現れる。


ハギヨシ。

龍門渕家に仕える執事。

そのハギヨシに、一言、問おうとして、


「……そろそろ寝る」

「かしこまりました」


結局、言えずに終わる。

ハギヨシが居なくなるのを横目に見て、再び空の月を見る。

ざわつきの一因に、ハギヨシがあった。



ハギヨシは、衣の知る限り唯一の『完璧』の体現者である。

言われるを熟し、言われざるを熟し、欠けたるは無く十分、時に十二分に満たす。

人間的な、内面の話は分からないが、少なくとも衣の知る限り、寸分の隙間なくハギヨシは執事であった。

衣が龍門渕家に来た時には、既にハギヨシは透華の執事だったが、それから6年の間、ハギヨシが失態というものを犯した所を見たことがない。

当時齢13の少年である。

それが、失態を犯さないだけではなく、人とはこれ程のものであるかと衣に思わせる活躍をしていたのだ。

それでいて、疎まれず、恨まれず、かといって大いに好む者は無く、被加問わず嫉妬や羨望とは無縁である。

色々な面での『強者』は数多く見てきたが、これほどに個として完成し、また完結している者は、少なくとも衣は見たことがなかった。



その完璧さがざわつきの一因となったのは、一昨日のことである。


昼食後、食器が片付けられたと思ったら、卓の上にはお菓子が並んでいた。

ケーキはカップケーキに始まりシフォンケーキやチーズケーキ等数種類、マカロン、ばうむくーへんやなにやらクリームを挟んだクッキー等。

シンプル故に、その味を視覚にまで訴えかけるようなそれらが、数多広げられている。

正に千紫万紅の光景であった。


「これは?」

「女性が好むような洋菓子を作りたい、と相談を受けまして。恐れながら、ご意見をお伺いしたいのです」


珍しい、と思いながらも手前にあった一口大の丸いパンの様なものを口に入れてみる。

もちもちとした食感に、中に詰まっている小豆とクリームが頬を緩ませる。


ハギヨシは、料理だけでなくお菓子も一級品だ。

それは知っていたことだが、ここまで豊富な量を見たのは初めてだった。


「お気に召されましたか」

「……気を使わせたか?」

「出過ぎた真似かとも思いましたが、度々難しいお顔をされていましたもので」


妙な落ち着きの無さを感じていたことを、悟られていたらしい。



東京から帰ってきてからだろうか、何か違和感を感じているのだ。

しかし、それが何か分からず、鬱屈とした気分を抱えていた。

ハギヨシのお陰で、今はその気分も何処かへと行ってしまっているが。


「相談を受けたというのも、名分か」


プリンの入ったシュークリームを頬張る。



「いえ、そちらも本当にございます」

「歩か?」


細長いクレープを手に取る。

齧ると、薄く切ったバナナやいちごなどがクリームと一緒に包まれていた。



お菓子を作りたい、と教えを請うハギヨシの知人など、歩しか思い浮かばない。

透華の気まぐれもあり得るが、そうであればこうも回りくどいことはしないだろう。


しかし、と卓上を見渡す。

これは福徳円満。

流石ハギヨシ、どれも並ではない。

単純な造りであるというのに、何故こうも飛び抜けて美味しいのか。


「いえ、歩ではありません」


カップケーキへと手を伸ばす。


「では、誰に?」



その瞬間。

何故か、ハギヨシは目を見開き、固まった。



そのようなハギヨシの反応は初めてで、手を伸ばしたままハギヨシを凝視してしまった。

衣の視線を感じてか、ハギヨシは──これも珍しいことだが──照れたように微笑む。


「……いえ、気のせいだったかもしれません」


気の所為。

何が?


「約束が、か?」

「はい」


カップケーキを口に運びながら、呆然としてしまう。

ハギヨシが、約束していたことを錯覚する。

そんなことがあり得るのか。


「……珍しいな、ハギヨシが思い違いなど」

「お恥ずかしい限りです」

「どこだ?」

「……」

「少し気になるだけだ」


言い訳になると考えて、詳細を伏せようとしているのだろう。

しかし、やはり震天動地だ。

カップケーキを噛みしめる。

ヌガーが薄く混ぜ込まれたそれは、甘く舌に溶ける。


ハギヨシは、約束事となれば銘肌鏤骨の男である。

約束を忘れることも、していない約束をしていると錯覚することも、俄には信じがたい。

例えそれが真実だとしても、そこには何か外部的な理由があるのではないか──そう、思いたかった。

ハギヨシは、少し躊躇った後、言う。







「相手、です」





「お菓子作りを教えることを、確かに約束していたと思っていたのですが──その相手が、どうしてもわからないのです」







それからは、ハギヨシは何もなかったように振る舞っている。

いつも通りの執事としてのハギヨシである。

『完璧』なハギヨシである。


しかしだからこそ、あの失態──そう、失態が心の氷となる。

その氷は、数日経った今も溶ける気配が無い。

普段であれば、数日もたてばもしかしたら、「そういうこともあるのだろう」と思えたかもしれない。

けれども今は、元より感じていたざわつきがそれを許さない。

ざわつきを感じている今に、ハギヨシが失態を犯したことが、どうも関係しているように思えてならないのだ。

しかし、それがどのように関係しているのか分からない。

第一、ざわつきの正体を突き止めなければならないのだが、それも未だ分からぬままだ。

分かる気配もない。



ふう、と息をついて、月を見上げる。


月。


嘗て聞いた、奥底に残る記憶を辿る。

大切な大切な記憶を辿る。

涼やかな夜風が、頬を撫でた。



"月"。


それは、時に母への感情の象徴となり、時に狂気の象徴となる。

子を宿した母体を示し、神を示し、永遠を示す。



語源は『太陽に次ぐ』、もしくは───






────『欠け、尽きる』。



                                                                                                             《1-天江衣》

真面目に闘牌やってるやつもいいよ。
噛ませキャラな俺としては華菜ちゃん大活躍な

和「宮永さん、私のリー棒も受け取ってください」咲「う、うんっ!」

とか王者の打ち筋の小走やえがかっこいい
やえ「牌に愛された子か……」

とか
それ以外には能力がまだきちんと把握されてなかった頃におもしろい能力を付けられていた

キャプテンが阿知賀に転校したら

とか

《 》


私よりも多くのモノを『見て』きた人は、世界にどれだけも居ないだろう。


齢18にも満たない私が、こう言うのをどれほどの人がまともに受けてくれるだろうか。

それは恐らく、経験的なモノのために、生きた年数がそうした多寡に直結していると考えての否定であるのだろう。

きっと、普通であればその考えは正しさに近いものだと思う。


ただ、私の場合は違う。

私はそれが事実だと『見て』いるから、そうとしか言えないのだ。



私とともにある、『本質を観測』する能力。



完全な『観測』。

脳を介して変質することのない、完璧な情報。


そして、その情報の中には、前述の観測もある。

『私よりも多くのモノを[見る]ことの出来る人はどれだけもいない』と。

正確には、この能力は『そういうモノ』であると、その能力自体が告げているのだ。


実際、私は多くのモノを『見て』きた。

今でこそ制御出来ているものの、能力が覚醒した当初は不意に発動したり、発動や停止を繰り返したりしていた為に、余計に多くのモノを『視(し)』った。


そして、それほどまでに強い『知覚』であるから、より強く感じるのだ。




この能力は、万能ではないと。




この能力は『本質を観測する』能力である。

芯を捉える能力である。



しかし、『答えを得る』能力ではない。

『救いを見出す』能力ではない。

指針を示す能力ではない。

希望を叶える能力ではない。


見ようとしたものが見えるわけではない。

見たいものが、見える能力ではない。





見たものから、逃れることは出来ない。



「宮永さん──」


岩戸さんが、言う。


咲の話──『須賀京太郎』について、調べたことを。

その推測を。


そして、私の能力は。

無慈悲に、無感動に、『視』らせてしまう


抱いていた違和感の正体も。

抱えていた、疑問の真相も。

空いた一つの穴から、暗闇が引き裂かれるように、暴かれる。

暴かれる。

暴かれる。



話し声は遠い。


『見えて』しまった事象が、意識を内側へと引きずり込む。

能力は、ただただ『見せる』。

真実を。

正体を。

真相を。



私は、誰よりも多くのモノを見てきた私は、考える。

誰よりも多くのモノを見ているというのに、答えの出せない私は、考える。



私に──私に、何が出来るだろう。





                                                                                                             《 -宮永照》

最新刊でがっつりモチベーションが上がりました。
原村夫婦でSS書きたいモチベーションが。

しかし親父さん宮崎出身かー。
以前どっかで情報出てたかな。

日和とかも色々書きたいことはありますがそろそろ寝るのでまた後日。
今日は6時から日勤なのですよ。
元旦も日勤なのですよ。

年内にどれだけの人が見るかはわかりませぬが、皆様方、良いお年を。

んー?つまりこういうことか?

てる「須賀とやらのヒントを求めて、石戸さんのお宅にお邪魔しますた  ……はーほんとつっかえ」
石戸「まだなにも説明してないですよ!?」

しかし、元旦から仕事って日本の企業としてクズの極みだな。
…日本系じゃないのかな?



長野から鹿児島は、結構遠い。

新幹線と電車を乗り継ぎ羽田空港まで行って、鹿児島空港まで飛行機。

これだけでも5時間近くかかっている。

鹿児島空港からは、お迎えの車に乗って、霧島へ。

ちなみに、ここまでの切符やチケットは、駅に着いたら渡された。

お姉ちゃんから聞いていたとはいえ、見知らぬ人から物を預かると言うのは、結構勇気の要ることだった。

相手が女性だったから、まだましだったけれど。

あれも配慮のことだったんだろうか。



そうして、私は今、大きなお屋敷の前に居る。

車から大きな神社が見えたと思ったら、ここに降ろされたのだ。

しかし、車が去ってからしばらくになるが、なんというか、その雰囲気に圧倒されてインターフォンを押せずにいた。


大きな門構えに不釣り合いな、普通のインターフォン(少なくとも、見た目は)。

これは、押しても良いものなのだろうか、とぼんやりしていると、


「何してるの」

「うわぁっ」


不意に、声を掛けられた。

真ん中の大きな門ではなく、その側面の上から、ひょこっと生首が浮かんでいた。



「お、お姉ちゃん……?」

「うん」


生首は、お姉ちゃんの顔をしていた。


「着くって聞いてた時間から結構経つから、様子を見に来たんだけど。入らないの?」


髪を揺らし首を傾ける。

よく見れば、そこには小さい窓のようなものがあって、そこから顔を出しているらしい。


「あ、ええと。……入って、いいの?」

「そのために来たからね」


ちょっと待って、と顔が引っ込む。

しばらくして、大きな扉の片方がゆっくりと動いた。


「入って良いよ」


お姉ちゃんが開いた扉の間から手招きする。


「お、おじゃまします」


恐る恐る門をくぐると、






「うわぁ……」




思わず声が出る。




そこは、見事な「日本の庭」だった。



テレビで見るような、本で読んだような。

静かな造りの、時の止まったような空間。


圧倒される私に、お姉ちゃんはいつも通りに声をかける。



「じゃあ、行こうか」



そう言って、歩き始める。


お姉ちゃんの後ろ姿を追いかける。


「迷わなかった?」

「あ、うん。電車と飛行機に乗るだけだったし」


ちなみに、もらったチケットにはすごく分かりやすい地図もついていた。

おかげで、空港も少し迷っただけで済んだ。


「そっか」


お姉ちゃんは頷き、黙り混む。


「……ええと」


なんとなく、言葉を探す。


「……似合ってるね、お姉ちゃん」

「ん、ありがと」


お姉ちゃんは和装だった。

いつだかの夏祭りで見た浴衣、それよりもずっとしっかりした感じのものだ。

落ち着いた色合いが、お姉ちゃんによく似合っている。

すらりとしたシルエットも、生地の描く滑らかな曲線に良く映える。


「ええと……」


再び、言葉を探す。

特に、話題はないのだけれど。


……なんだろうか。

お姉ちゃんに、どこか、触れがたいものを感じる。


それが少し遠くに感じるようで、そうではないと確かめるかのように、かける言葉を探してしまう。


「ここ、慣れてるの?」


そもそも、ここはなんなのだろう。

何処なのか、と言うのは昨日、お姉ちゃんに目的地を聞いて知っている。

しかし、そういうことではなく、 何を目的としているのか ということが不安だった。

少なくとも、気軽に遊びに来れる様な場所ではない。

ふらりと立ち寄るような場所ではない。

それでも、お姉ちゃんはここに居て、私を呼び寄せた。

聞くまでも無く、お姉ちゃんはここに慣れている。


でも、なんで?

何のために?



「何度か、来たことはある」

「そうなんだ」





──いや、なんの為かは気づいている。


京ちゃんの為、だろう。

きっと、お姉ちゃんの言っていた『異質』に詳しい人達。

それが、この場所。




分かっていた。


昨日、連絡があった時からそれくらいは分かっていた。


何の為にここに呼ばれたのか。


なんで、私はここに来たのか。



でも、分からないふりをしようとしていた。

強烈な、意識に叩きつけるような感覚があった。











          ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
私は、ここで知らなければならない。




・ ・ ・   ・ ・ ・ ・ ・   ・ ・  ・ ・ ・ ・
しかし、知ることで、何か致命的な ──────








「ここ」

「……」


石の道の先にあった、厳格な造りの平屋の中。

その奥の方へ進んだ所で、お姉ちゃんは立ち止まった。




「……」




ここだ。

お姉ちゃんが立ち止まったからではなく、その奥からにじみ出る圧力に確信する。




この場所だ。

ここが、目的地だ。



肌を刺すほどの威圧感。

しかしお姉ちゃんは、それを微塵も気にした様子はない。

ふすまに向かい、いつも通りの調子で声をかける。


「入るよ」

「どうぞ」


短い応答。

返ってきた声は、聞き覚えのあるものだ。







途端、威圧感が増す。




すう、と音もなく引かれたふすまの向こうは、時代劇で見たことのあるような、しかしどこか異なるものを感じるような部屋。

謁見の間、という言葉が一番近いだろう。

しかし、それそのものと言うには、やはりどこか異質。



奥の、一段高いところに、一人の巫女装束の少女が静々と座している。

その少女の手前には道を作るかのように、同じく巫女装束の少女たちが左右へと並び座っている。

その多くは、見覚えのある顔だ。

先ほどの『どうぞ』は、並ぶ中でも一人、奥の少女の近くに座る彼女のものだろう。



すう、と音立たぬ音に振り向けば、ふすまの横の、これまた巫女装束の女性がそれを閉めている所だった。

先ほどふすまを引いたのも彼女だろう。

そのメガネを掛けた落ち着いた顔にも、見覚えがあった。








「ああ、たしかに」








ビクリと振り向く。

聞こえたその声は、優しげな少女のものだった。

しかし同時に、重なるように聞こえた厳かな別の何か。

それが、無視のしようがない威圧感を放っている。



「この者である」



その威圧感が、告げる。









「この者に違いない」





「……っ」






























 










「……」










「……?」



威圧感が、消えている。





「……はっ」



今しがた言葉を発していたはずの奥の少女が、ビクリと体を震わせる。

状況が読めない様にきょろきょろと周りを見回す。

そして、状況を把握したのか、



「あ、ええと……すみません、寝てました」


と、緩やかに言う。


そして、傍らの巫女さんに目を向けて、その巫女さんが小さく頷くのを見る。



「……そう、ですか」


その声色は、どこか悲しげだ。

あっけに取られていると、彼女は私を見て、私を安心させるようにほんわかと笑う。


そのほんわか巫女さんが言う。



「すみません、確かめさせていただきました。必要なことだったので」




確かめる、とは。

私はもはや、困惑の上に困惑を重ね、ただただ固まっているしかない。



そんな私を見て何を思ったのか、


                              ・ ・ ・
「ああ、そうだ、顔を合わせているとは言え、こちらでは改めてのはじめましてですね」



す、と自然な仕草で服装の乱れを正し、太腿の付け根あたりへと手を添える。


その所作は正しく和で、美しいな、とぼんやり思った。









「神代が当代の筆頭巫女、小蒔と申します」



「宮永咲さん、どうぞよろしくお願いします」




元号変わったし終わらせるか、と文章化してたんですがとんでも世界観暴露にモチベ吹っ飛びました
原作買い直すくらいのモチベが復活したらどっかで書くかもしれんですが、一旦クローズします

半年以上前に出した他作の依頼がスルーされてるっぽいんで、もはや機能してるか分からんですが

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