少女「お兄さん、チョコ買って!」剣士「ダメだ」(88)

ある町にて――

行商人「さぁ、いらっしゃい! いらっしゃい!」

行商人「食べておいしい、なめておいしい、とろ~りチョコはいかが?」トロ…



少女「ねー、ねー、お兄さん、チョコ買って!」

剣士「ダメだ」

少女「買ってよー!」

剣士「ダ、メ、だ!」

行商人「毎度ありー!」



剣士「…………」チッ

少女「ああやって粘ってると結局買ってくれるんだよねー。甘いんだから」

少女「まるでこのチョコレートみたい」ペロペロ…

剣士「今すぐ返品してきてもいいんだぞ」

少女「もうなめちゃったもん」

少女「だけど今でこそ甘いけど、お兄さんって、昔はすんごく辛かったよね。
   それはもう、ピリッピリしてたもん」

剣士「…………」

少女「あれからもう、半年ぐらい経つっけ……」



………………

…………

……

~ 回想 ~

ある小さな村にて――

ザシュッ!

盗賊「ぐはぁっ……!」ドサッ

剣士「ハァ、ハァ……これで全員か……」

剣士(盗賊どもは倒した……が、もう手遅れだったようだな……。
   村人はみんな殺され、誰一人として生き残っては――)

ガサッ……

剣士「――ん?」

少女「お父さん、お母さん……」モゾ…

物陰から一人の少女がはい出てきた。

剣士「!」

剣士(生き残りがいたのか……。しかし……)

少女「ねえ、お父さんと、お母さんは……?」

剣士「死んだ」

少女「!」

剣士はあえて淡々と続ける。

剣士「盗賊は俺が全員斬り倒したが、村の人間は誰も生き残っていない。
   俺たちにできることは、弔ってやることだけだ」

少女「……うん」

村外れに、数十の墓が出来上がった。

剣士「これで、みんな安らかに眠れるだろう」

少女「うん……」

少女「…………」グスッ

少女「うえぇぇぇん! おとうさぁん! おかあさぁぁぁん……!」

剣士「…………」

剣士はどうすることもできず、ただ少女が泣き止むのを待つしかなかった。

……

剣士「金と、手紙と、地図だ」ドサッ

剣士「この町を出て、この店に行け。旅の途中、俺が用心棒をしてやった店だ。
   なかなか話せる人たちだから、手紙を見せればお前を雇ってくれるはずだ」

剣士「じゃあな」ザッ

剣士は村を出て、歩き始めた。しかし、少女は後ろからついてくる。

剣士「なんだ? なぜついてくる?」

少女「なんとなく」

剣士「…………」チッ

剣士は歩くペースを早めて、必死についてこようとする少女を置き去りにした。

次に訪れた町で、剣士が酒を楽しんでいると――

剣士(この町の酒はなかなかいけるな……どれ、少し買っていくか)

少女「や、やっと……追いついた……」ハァハァ…

剣士「!?」ギョッ

剣士「お前……なんでここに!?」

少女「なんでって、なんとか頑張って追いついてきたの」

剣士「バカが! あの地図に書いてある店に行けっていっただろう!
   そうすりゃ、使用人ぐらいにはしてもらえる!」

少女「イヤ。あたしはあなたについていく」

剣士「…………!」イラッ

剣士「いい加減にしろよ、ガキ。盗賊どもを倒したからって、
   俺がいい奴かなにかだと思ったら大きな間違いだ」

剣士「奴らの相手をしたのは、ただいい腕試しになると思ったからだ。
   力を誇示するために武器を振るうって点では、俺も奴らと全く同じだ」

剣士「なんなら、ここで試し斬りしてやったっていいんだぞ」ジャキッ

剣士は少女の喉元に剣を突きつけた。

少女「いいよ、斬っても。あなたが連れてってくれないっていうんなら、それでいい」

剣士「わけの分からないことを……」

剣士「なぜだ!? なぜ、そこまでして俺についてきたいんだ!」

少女「……寂しいから」

剣士「!」

少女「ついでにいうと……あなたも寂しそうだから」

剣士「誰が……!」

剣士は頭に血が上りそうになるのをぐっとこらえ、少女を軽く蹴飛ばした。

少女「あいたっ! なにすんのぉっ!」

剣士「今ので泣き出さないようなら、まぁいいだろう。ついてこい」

剣士「ただし、俺の旅もあいにくのんびりしてられる類のもんじゃないんでな。
   足手まといになるようだったら、容赦なく置いてく。いいな!」

少女「はいっ!」

……

…………

………………



少女「懐かしいなぁ」

剣士「…………」

少女「それによくよく思い返すと、あの頃からお兄さん、激甘だね。
   結局、あたしは斬らないし、ついてくのオッケーしちゃうし」

剣士「うるさいっ!」

愛用の剣で、素振りを始める剣士。

剣士「はっ! はあっ!」

ビュオッ! ビュオッ! ビュオンッ!

少女「相変わらず、すんごい迫力だね。
   ところで、今まであたしなりに気をつかって聞かなかったんだけど」

剣士「なんだ?」ビュオッ

少女「お兄さんてさ、どうして旅してるの?」

剣士「…………」ビュオッ

少女「答えたくなきゃ、答えなくていいけど」

剣士「敵討ち」ビュオッ

少女「かたきうち……」

剣士「もうすぐ一年になるか……。俺は故郷で親父を殺された」ビュオッ

少女「えっ……」

剣士「といっても、一対一の決闘で殺されたんだがな。
   親父が死んだのは、相手が親父より強かったから、それだけだ」ビュオッ

剣士「だけど、男手一つで俺を育ててくれた親父だ。俺は許せなかった」ビュオッ

剣士「そして、相手は俺に一年間だけ時間をくれた」ビュオッ

剣士「強くなって戻ってこい、と」ビュオッ

少女「あ……ってことは、もうすぐこの旅は――」

剣士「ああ、もうすぐ終わる。あと五日もすれば、俺の故郷に到着する」ビュオッ

剣士「俺は俺の憎しみ、この旅で得たもの、全てをヤツにぶつけて……必ず勝つ!」グオッ

大きく剣を振りかぶる。

剣士が刃を振り下ろしたところに、少女が滑り込んでいた。

剣士「うおあっ!?」ギュンッ

しかし、直前で軌道をずらしたおかげで、かろうじて斬らずに済んだ。

剣士「ふぅ……」ホッ…

剣士「なにやってんだ、バカ! 死ぬ気か!」

少女「えぇっと、お兄さんの素振りがあまりにも鬼気迫ってたから、
   リラックスさせてあげようと思って」

剣士「なにがリラックスだ! お前が永遠にリラックスするとこだったぞ!」

少女「あははっ、だけどこんなに焦るお兄さんの姿、初めて見たかも。
   昔はホント、鬼みたいだったもん」

剣士「…………」チッ

夜になり、簡素なテントの中で眠る二人。

少女「おやすみなさい、お兄さん」ドテッ

剣士「ああ」ゴロン…

剣士(あと少し……あともう少しでこの旅も終わる。全てに決着がつく……)



……

……

……

五日後、二人は剣士の故郷に到着した。

少女「うわーっ! 結構大きいね!」

剣士「まぁな」

少女「だけど、なんだか殺伐としてるね。みんなピリピリしてるっていうか……。
   今までの町や村とは全然ちがうや……」

剣士「まぁな」

少女「もう! 一年ぶりの故郷だってのに、そればっかり!」

剣士「まぁな」

呆れた少女は、それ以上話しかけるのをやめた。

剣士「とりあえず、俺の家に向かおう。まだ残っていればの話だが」

剣士の実家は残っていた。

少女「おおっ、残ってたじゃん! よかったねー!」

剣士「……ああ」

扉を開けると、手入れがばっちりと行き届いている。

剣士「…………!」

少女「てっきりホコリまみれかと思ったら、キレイじゃない!」

剣士(これは……まさか……)



後ろから声がかかる。

女「お帰りなさい」

剣士&少女「!」

剣士「これは……お前の仕業か」

女「ええ、あなたがいつ帰ってきてもいいように、と」

剣士「余計なことを……」

女「……ごめんなさい」

少女「こんにちはー!」

女「こんにちは。えぇと、あなたは?」

少女「あたしはね、旅の途中でお兄さんに助けてもらったの!」

女「あら、そうだったの。私が力になれることがあったら、なんでもいってね」

少女「ふう~ん……」ジロジロ

女「?」

少女「このお姉さんなら、正妻の座を譲ってあげてもいいかな。なら、あたしは二号か」

女「え?」

剣士「なにバカなこといってやがる」

少女「えへへ……」

まもなく、他にも人が集まってきた。

友人「オオッス! お帰り!」

医者「よう戻ってきたのう。苦しい旅だったじゃろう」

剣士「二人とも……」

医者「すまんかったのう。ワシの腕が至らぬばかりに、
   おぬしの父親を助けることができんで……」

剣士「いえ、あれは……仕方ないことです」

友人「……ま、とりあえず今日のところは一年ぶりの帰宅祝いに一杯やろうぜ!」

少女「さんせー!」

友人「――ん? 君は?」

少女「えーとね、あたしはお兄さんの妾、ってとこかな」

友人「……へ? めかけ……!?」

友人「剣士! お前、いつの間にロリコンに――」

ゴンッ!

剣士「んなわけあるか」

友人「あいたたた……!」

女「うふふっ……」

女(剣士さん、一年前はものすごく荒れてたけど……だいぶ癒されたみたい……。
  あの女の子のおかげかしら……)





手下A「…………」コソッ…

剣士の故郷で最も豪華な家。
この家の主人である男は、一年前剣士の父親を殺した“仇”であった。

“仇”の目は、燃え盛るような赤色をしていた。



赤眼「…………」モグモグ

ステーキを頬張り、生野菜をかじり、ライスを口に放り込む。
ただし、添え物のトウガラシ炒めには一切手をつけない。

手下B(う、うまそう……)ゴクッ…



手下A「――大変です、赤眼さん!」ガチャッ

赤眼「なんだ?」

手下A「剣士が……剣士の奴が、帰ってきました!」

赤眼「ほう、そういえば、もうそんな時期だったか」

赤眼「あのまま行方をくらますことも想定していたが、
   逃げずに帰ってきたというわけだな」

手下A「はい……!」

赤眼「ヤツは親父をオレに殺され、しかもヤツだけ見逃されるという屈辱を味わった。
   その恨み、さぞかし熟成してることだろう……」

手下A「…………」

手下A「赤眼さん、なぜあなたは一年前、ヤツを始末しなかったんですか?
    あなたなら、たやすく斬り殺せたでしょうに……」

赤眼は答えない。

手下B「……あ、あのう」

手下B「トウガラシ、お嫌いならもらっていいすかね」スッ

皿に残っているトウガラシをつまもうとする。

ザクッ!

赤眼が右手に持っていたナイフが、その手の甲を貫いた。

手下B「あぎゃあぁぁぁぁぁっ!」

赤眼「……オレはな、好きな物は一番最後に食べるタイプなんだよ」グリッ

手下B「す、すみませっ! いだだぁいっ!」

赤眼「人間も一緒」グリグリ…

手下B「あだだぁぁぁぁぁっ!」

手下A「な、なるほど……」

剣士『親父ッ! 親父ィィィッ!』

赤眼『お前に一年だけくれてやろう。せいぜい強くなって帰ってこい』

赤眼『もちろん、今この場でオレに挑んで殺されるのも、
   旅に出てそのまま戻ってこないのも、自由だけどな』

剣士『てめぇは……てめぇは必ず俺が殺すッ!』





赤眼「この町は昔から、一番強い人間が治めるというのがルールだったらしい」

赤眼「そしてオレはこの町を訪れ、町のリーダーだったヤツの親父を殺し、
   今は町を仕切っている」

赤眼「といっても、なんにもしちゃいないが。おかげですっかり荒れ放題だ」

赤眼「なぜ、オレがこんなクソみたいな町に一年も居続けていたかというと、
   ヤツを待っていたからだ」

赤眼「あれから一年、どれほどのものになってるか……実に楽しみだ」

今回はここまでとなります
よろしくお願いします

その夜――

剣士の実家では、剣士と仲間たちが酒盛りをしていた。
女が作った手料理を肴に、盛り上がる一同。

友人「へぇ、こいつが盗賊をねえ! やるじゃねーか!」

少女「うん、お兄さんいなかったら、あたしもおっ死んでたんだから!」

剣士「いい鍛錬になると思ったから、退治しただけだ」グビッ

少女&友人「またまたぁ~」

剣士「…………」イラッ



女「元気な子ですね……。本当はとても辛いでしょうに……」

医者「半年間、親を殺された者同士、二人で支え合ってきたんじゃろうなぁ」

友人「ところで、赤眼にはいつ挑むんだ?」

剣士「明日、ヤツのところへ行って、日時を決める」

友人「しっかし、あのヤロウが一対一に応じてくれるかね?
   下手したら、自分は戦わず手下をぶつけてくるかもしれねえぞ」

剣士「それはない。俺はヤツのことは大嫌いだし、憎んでいるが、
   そういうところだけは信頼している」

友人「うーん、だけどさぁ……」





「オレのことをちゃんと分かってくれてて、嬉しいねえ」

団らんの場に現れたのは、赤眼だった。

赤眼「よっ」

シーン……

赤眼「おいおい、どうしたんだ? みんな黙っちまって。
   オレの屋敷に来る手間を省いてやったってのに、挨拶もなしか?」



友人(マジかよ……! 最大の敵がいきなり乗り込んできやがった……!
   手下も連れずに……!)

医者(なんという大胆不敵さじゃ……)

女(この人の真っ赤な瞳……やはりまともに見られない……。恐ろしい……!)

剣士「…………」

皆が黙り込んでいると――

少女「あなたの目、すんごい赤いわね。激辛の料理みたい」

友人「ちょっ……!?」

少女「あなたが、お兄さんのお父さんを殺したの?」

赤眼「そうだよ」

少女「どうして殺したの?」

赤眼「オレは強い人間と戦うのが好きでね。
   こいつの親父は強いと評判だったから、この町に乗り込んで殺した」

赤眼「ついでにいうと、こっちの剣士は火をつければもっと強くなりそうだったから、
   目の前で親父のひとりやふたり殺してやれば、火がつくかなと思ったのさ」

赤眼「おっと、親父はフツーひとりだよな」ハハッ

少女「それだけ?」

赤眼「それだけだとも」

少女「あなたはずっとそうやって生きてくの?
   強い人に挑んだり、強くなりそうな人に火をつけたり……」

赤眼「そうだよ。剣士を倒したら、この町を去るつもりでいるしな。
   なんなら、最後に本当に町に火をつけちまうのもいいか」

友人(こいつ、マジかよ……!)

少女「ふうん……」

少女「あなたは、お兄さんには勝てないわ!」

赤眼「ほう? お嬢ちゃん、オレにはなにが足りないと?」

少女「甘さが足りない!」ビシッ

赤眼「甘さ、か……。ありがたいね、オレは甘い物が苦手だしな」

赤眼「ついでに教えとくと、砂糖の依存性ってのは、かなりのものだ。
   それこそ、砂糖を“猛毒”だと評する学者もいるぐらいにな」

少女「え、そうなの!?」

友人(なんの話をしてるんだ、こいつらは……)

赤眼「ちなみにオレが、今ここにあるもので一番好きなのは……」キョロキョロ

赤眼「これだな」ヒョイッ

辛めに味付けされたチキンを手に取る。

赤眼「オレは一番好きな物は、一番最後に食べる主義だが……今は食べる」パクッ

赤眼「なぜか分かるか?」

赤眼「剣士、お前という大好物が控えてるからだよ」ギョロッ

殺気に満ちた赤い瞳が剣士に向く。剣士は目を合わせない。

剣士「…………」

赤眼「勝負は……三日後でどうだ? ちょうどお前の親父の命日だったろ?」

剣士「ああ、それでいい」

赤眼「楽しみにしてるよ。オレの期待を裏切るなよ」

赤眼は悠々と立ち去っていった。



少女「べーっだ!」

剣士「…………」

友人「勝負は三日後か……。お前、よく飛びかからなかったな。
   正直いって、ここで斬り合いが始まるんじゃねえかとビクビクしてたのに」

剣士「飛びかかるところだったよ」

友人「え」

剣士「だけど、こいつに先を越されちまった」

剣士は少女に目をやった。

女「きわどいところだったんですね……」ホッ…

医者「うむ、よう我慢した」

友人「さて、決闘までの二日間……特訓するんなら、付き合うぜ」
  (相手になれる気がしないけど)

剣士「お前じゃ、俺の相手になれないだろ」

友人「!」ガーン

剣士「みんな、いつも通り過ごしてくれ。俺も特別なことはなにもしない。
   この三日間、悔いのないように過ごしたいんだ」

少女「悔いのないようにって……」

剣士「勘違いするな。ベストの状態で戦えるようにしたい、って意味だ。
   下手に特訓して、ヤツの手下に手の内を探られたり、体を壊したらつまらんだろう」

少女「なーんだ、ビックリした!」

剣士「それじゃ、今日のところは解散しよう」

剣士「――あ、そういえば、いい忘れてた」

女「なんでしょう?」

剣士は照れ臭そうにいった。

剣士「俺の家……手入れしてくれて、ありがとう」

剣士「きっと……親父も喜んでる」

女「い、いえっ! 私が勝手にしたことですから……!」

少女「ヒューヒュー!」

剣士「…………」ギロッ

少女「ひゅーひゅー、風が吹いてるなぁ~」

二人きりとなる剣士と少女。

少女「お兄さん、久々の実家はどう?」

剣士「別に……どうってことない。手入れしてもらってたのは、感謝しているが」

少女「ふうん」

剣士「ただ……みんなと再会して、赤眼と会って、
   やっぱり俺は赤眼を倒さなきゃならないんだ、と思った」

少女「お兄さん……勝てるよね?」

剣士「……分からない」

剣士「だが、やるだけやってみるさ」



剣士「はあっ! せやっ!」ビュオッ ブオンッ

友人「おいおい、決闘まで特別なことはしないんじゃなかったのか?」

剣士「もちろん、ヤツとの戦いに備えた特別な訓練、のようなことはしない。
   これはあくまで、日常の鍛錬だ」

剣士「特別なことをしないってのは、なにものんびり過ごすってことじゃないからな」

友人「なるほどね、そういやそうだな」



少女「ねーねー、お姉さん! お料理、教えて!」

女「いいわよ。どんな料理を作りたい?」

少女「うーんとね……」



赤眼『砂糖を“猛毒”だと評する学者もいるぐらいにな』



少女「し、塩まみれの料理!」

女「……お砂糖も、適量であれば毒にはならないのよ」



医者(一年前、剣士の父親は赤眼を相手に押し気味に戦いながらも、
   あやつの一撃で敗れ去ってしまった……)

医者(剣士がどのぐらい腕を上げたか知らぬが、厳しい戦いになるじゃろう)

医者(剣士よ、死んでくれるなよ)

医者(親子二代にわたって、この老いぼれが死亡診断をするのはごめんじゃぞ……)



女「剣士さん……やはりこの戦い、やめることはできないのでしょうか?」

剣士「……不安か?」

女「え?」

剣士「俺が殺されるのが」

女「いえっ、そんなっ……」

剣士「気持ちはありがたく受け取ろう。だが、俺は逃げるわけにはいかない。
   だから……俺の戦いを見届けていて欲しい」

女「分かりました……見届けさせていただきます」



手下B「きょ、今日はトウガラシから食べられるんですね?」

赤眼「ああ、大好物が控えてるからな」モグモグ…

赤眼「ところで、オレが刺した傷はどうだ? まだ痛むか?」

手下B「えぇと……痛いです!」

赤眼「そうか。その痛み、忘れるなよ。
   もしかしたら、お前もオレを脅かす存在になれるかもしれん」

手下B「えぇ~、そうですかぁ? 俺なんかが……赤眼さんに……」テヘッ

赤眼「やっぱり無理そうだな」モグモグ…



少女「お兄さん、いよいよ明日だね! 決闘!」

剣士「ああ」

少女「なんていうか……えぇと、絶対死なないでね!」

剣士「悪いが、約束はできない」

少女「うう……」

剣士「だが……昔は赤眼を倒せたなら、死んでもいいと思っていたが、
   今は……生きてみたいとも考えている」

剣士「それはきっと、お前と出会ったからなんだろう」

少女「お兄さん……」





こうして、瞬く間に決闘までの二日間は過ぎ去っていった。

今回はここまでです

決闘当日――

この町ではリーダー、すなわち“一番強い者”への挑戦者が現れた時、
町じゅうの人間を集めて決闘をするというしきたりとなっている。

といっても半ば風化した古い風習ではあったのだが、近年では二人の挑戦者が現れている。
一年前の赤眼と、今回の剣士である。



ザワザワ…… ガヤガヤ……

「赤眼の圧勝だろう」

「いやいや、剣士もこの一年でだいぶ強くなってるはずだ」

「あんな女の子を連れて旅してたんだぜ? 下手すりゃ弱くなってんじゃねーか?」

「やっぱり赤眼だよ。あいつは強すぎる」

「剣士にも頑張ってもらいたいもんだが……」

決闘場の一角にて、すっかり装備を整えた剣士が腰を下ろしている。

友人「決まってるな。調子はどうだ?」

剣士「…………」

剣士「悪くない。とても穏やかな気分だ」

といいつつ、剣士の心は高揚していた。



そこへ――

少女「お兄さん、はいこれ!」サッ

剣士「なんだこれは……真っ黒な板?」

少女「ひっどいなー。チョコレートよ、チョコレート!
   お姉さんに教わって、豆から作ってみたの! ちょっとかじってみてよ!」

剣士「どれ……」ガリッ

剣士「固い……」

少女「あれー? ダメだった?」

剣士「ま、これはあとで食べるとしよう」

女「剣士さん」

剣士「ん」

女「生きて……生きて戻ってきて下さいませ」

剣士「……ありがとう」

戻ってくる、とはいえなかった。



剣士が出陣する。

ザッ……!

赤眼陣営――

赤眼が手下たちに剣舞を披露している。

手下B「すっ、すげえっ!」

手下A「……余裕ですね」

赤眼「余裕じゃない」シュルッ…

赤眼「今回の戦い、果たして勝てるかどうかオレにも分からん」ユラ…

赤眼「それを思うと、高ぶりが止まらんのだ。
   こうして舞っていなければ、とてもじゃないが落ち着かんのだ」シュタッ

舞い終えた赤眼が、満足げな笑みを浮かべる。



赤眼が出陣する。

ザッ……!

決闘場の中央で、二人が向き合う。

赤眼「さぁ、一年間熟成させたであろう恨みや憎しみを、オレにぶつけてくれ。
   おっと、甘さもあったか」

赤眼「はたしてその甘さ、お前にとって薬になるかな? それとも毒になるかな?」

剣士は答えない。

赤眼「これは失敬、気持ちが高ぶると多弁になるのはオレの悪いクセだ」



戦いが始まった。



先に仕掛けたのは――

剣士「はああっ!」

剣士「はっ! せやっ! はああっ!」

ヒュオッ! ブンッ! ビュアッ!

剣士の鋭く速い剣を、赤眼は余裕でかわし続ける。





少女「いけいけえ! あいつ、よけるだけで精一杯じゃない!」

友人「いいや、ちがう。あれは、赤眼得意の戦法なのさ」

少女「へ……?」

剣士が足を止め、一息つこうとした瞬間、赤眼が動く。

シュバァッ!

空を切り裂くような一閃。

赤眼「お前の親父は、今のぐらいで仕留められたんだがな」

剣士「…………」ザッ

剣士もまた、余裕でかわしていた。





少女「すんごい……。なに今の……!」

友人「赤眼の剣は、典型的なカウンター狙いさ。
   敵の力を引き出してから、それを丸ごと飲み込むように、敵を斬る!」

赤眼「一年前のあの戦い、あれほど鮮やかな一撃を決めることができたのは、
   オレの人生でも初めてのことだった」

赤眼「ようするに、それだけお前の親父の剣が優れてたってことだ。
   さぁ……そろそろお前の本当の剣を見せてくれ!」

剣士「……いいだろう」

剣士がより攻撃的な構えを取る。

剣士「いくぞっ!」ギュオッ

ヒュアッ! シュバッ! ビュオンッ!

猛烈な連撃が、赤眼に襲いかかる。

剣士(赤眼のカウンター剣に打ち勝つには、
   それをさせぬほどの猛烈な勢いで、ただひたすら攻めあるのみ!)

ビュオッ! ビュアッ! ビュウンッ!

赤眼もかわし続けるが、その顔から笑みは消えていた。

赤眼(これだ……!)

赤眼(この迫力! この速度! この危機感! どれをとっても素晴らしい!
   一年前の父親以上だ!)

剣士「だああっ!」

ビュアオッ!

剣士(当たらない……なら当たるまで攻めるのみ!)ダッ

しばらく、剣士が斬りかかり、赤眼がかわす光景が続いた。
だが、剣士は大きく息を吸い込むと――

剣士「はあっ!」

赤眼「!」



キンッ! ――ズシャアッ!





ほとんどの観客には何が起きたか分からなかった。

友人「な、なにが起きた……!? どうなった……?」

しかし、半年間剣士と一緒にいた少女にはかろうじて見えていた。

少女「お兄さんの、すんごい一撃を……あの男が剣で受け止めて……
   その力を利用して……お兄さんを斬った、の……」

友人「なにい!?」



次の瞬間、剣士は膝をついていた。

脇腹から血を流しつつ、剣士は赤眼を睨みつける。

赤眼「……っと、浅かったか。ここはうかつに攻めないでおこう」ピタッ

剣士「…………」ジャキッ





女「剣士さんっ!」

少女「お兄さぁんっ!」

医者「あの傷、見た目ほど深くはない……。ひとまずは大丈夫じゃ」
  (だが、決して無視したまま戦えるほど、浅くもないが……)

赤眼「さぁ、こい! 手負いの獣ほど、より強力で凶悪になるという!
   その程度の傷で音をあげるほど、安い鍛え方はしていないだろう!」

剣士「いわれなくとも!」ダッ

ビュオッ! ブウンッ! シュバッ!

剣士が攻める。

剣士(ぐっ……!)ズキッ

しかし、その動きは明らかに精彩を欠いていた。
傷の痛みと、カウンターへの警戒心が、剣を鈍らせているのだ。

赤眼「…………」

赤眼「たった一傷でそんなザマとはな……」

剣士「!」

赤眼「もし、一年前のお前があのまま、恨みを熟成させていたなら……
   あの程度の攻撃でひるむことはなかっただろう……」

赤眼「そうすれば、あるいはオレの剣をも打ち破れたものを……」

赤眼「あんな小娘と出会ったばかりに……やはり甘さはお前にとって猛毒だったようだ」

赤眼「もうこれ以上のものが出ることもあるまい。こちらからいくぞ」スゥッ

赤眼が初めて攻勢に出る。

キィンッ! ギィンッ! ――ガキンッ!

剣士「ぐうっ……!」





女「初めて自分からっ……!」

友人「あいつ、カウンター狙いじゃなく、自分から攻めてもあんなに強えのかよ!」

少女(あたしだ……あたしのせいだ!)

少女(もし、お兄さんとあたしが出会わず、甘くならずに戦えてたら……
   お兄さんは勝てた! 生き残ることができた!)

少女(あたしのせいで……! お兄さんがっ……!)





剣士「……違うな」

赤眼「!」

剣士「あいつと出会ったことは、決して毒じゃない。それを今から証明してやろう」

赤眼「ほぉう?」ギョロッ

剣士「はっ!」ダンッ

剣士が力強く踏み込む。が、やはりどこか弱々しい。

赤眼(なかなかの速さだが、残念ながらオレには届かん! カウンターの餌食――)

赤眼に迫っていた刃は――

ギュアッ!

寸前で軌道を変え――



ザシィッ!



赤眼の肩に食い込んだ。

赤眼「な……!?」ブシュッ…

オォォ……!

まさかの反撃に、歓声が沸く。



女「や、やったっ!」

友人「すっげえ! なんだぁ、今の技!?」

少女(今のは……あたしがお兄さんの素振りを邪魔した時の……!)



赤眼「ぐ……妙な技を……!」ヨロ…

剣士(よし……!)

剣士(あと一太刀入れれば、勝てる……ッ!)

剣士(親父の仇を討てるッ!)

剣士「だああああっ!」

ギンッ! キィンッ! キンッ!

勢いを増した剣士の猛攻。赤眼もかわし切れず、受けるのに精一杯となる。

剣士(――ここだッ!)ギュオッ

刃の軌道が変わる。先ほどよりもずっと滑らかな変化。

しかし――

赤眼「甘い」

勝負を決めるはずの一撃は完全に読まれていた。
あっさりと受け止められ、逆に赤眼のカウンターが炸裂する。





バシュッ……!





剣士の胸が、切り裂かれた。

赤眼「同じ技を立て続けに放って、オレに通じると思ったか?
   やはり甘さはお前にとって“猛毒”に過ぎなかったな」



ワァッ……!

剣士の胸から血が噴き出す。全身が、足元からぐにゃりと崩れ落ちていく。



剣士(甘かった……!)

剣士(なら……今こそ、甘さを捨てる……)

剣士(親父の仇を取る! 復讐してやる! ブチ殺してやる!)

剣士(この赤い目のクソ野郎を、叩き斬ってやるッ!)

剣士(俺はまだ、やれる! やれ……る……!)

剣士(ま、だ……)

剣士(ち、ちくしょう……! 立て……ない……! 恨みが足りね……ぇ……)



“何をしている”



剣士(この声……!? まさか……!?)



“私のことより、今の仲間のことを考えろ。ほら、いい匂いがするだろう”



剣士(匂い……?)クンクン

剣士(な、なんだ、この匂い……。甘い……香り……)



『お兄さんっ!』



剣士「――――!」ハッ



ザクゥッ!



赤眼「!?」ビクッ

地面に倒れる寸前、剣士は己の剣を地面に突き刺し、かろうじて踏みとどまった。

そして――

剣士「うおおあああああああああッ!!!」グンッ

赤眼「おおおっ……!?」

飛び起きる勢いを利用して、全体重を乗せて、斬りかかる。





ザシュゥッ……!





赤眼「ぐふぉっ……!」

赤眼(なぜ……!? なぜ倒れなかった……!?)

赤眼(さっきの一撃……たとえ即死を免れても、ヤツを戦闘不能にするには、
   十分すぎる一撃だったはず……!)

赤眼(分か、ら、ん……)

赤眼(いずれにせよ……オレが最後にとっておいた、大好物は……)

赤眼(オレにとって……とんだ猛毒、だったようだ……)



ドサァッ……



ワアァァァァァ……! オオォォォォォ……!



………………

…………

……

剣士の体はすぐさま町の医療施設まで運ばれた。

少女「お兄さん、お兄さんっ! しっかりしてぇっ!」

女「生きて下さい! お願いします!」

友人「勝ったんだぞ! お前は勝ったんだからな!」

医者「…………」

少女「ごめんなさい、お兄さん! あたしが……あたしがいなきゃっ!
   お兄さん、こんなケガしないで勝てたのに……!」

剣士「……いや……」

少女「!」

剣士「そんなこと、ない、さ……」

少女「お兄さんっ!」

剣士「ヤツの最後の一撃……復讐心では、立ち上がることができなかった……」

剣士「立てた、のは……お前のおかげ、だ……」

剣士「復讐にこだわったままじゃ、おそらく……俺は……赤眼には勝てなかった……」

剣士「たとえ、勝った……としても……その先は……なかった、だろう……」

剣士「俺を復讐だけを誓う、つまらん人間から……引き上げてくれたのは……
   まちが、いなく……お前だ……」

少女「お兄さん!」

剣士「あ……あり、がとう……」

剣士「…………」

少女「お兄さんっ! お兄さぁんっ!」

女「ああっ……!」

友人「ちくしょう! 勝ったのに! 勝ったってのに!」ガンッ

少女「おじいちゃん、お兄さんを助けてっ!」

医者「もちろんじゃ!」

医者(じゃが……これではもはや……)

老人は長年の経験から、剣士の命運を冷静に判断していた。

医者(――ん、なんじゃ?)クンクン

医者(この甘い匂いは……?)



………………

…………

……

町のど真ん中で、少女の声が響き渡る。



少女「えい、やっ、とうっ!」ヒュンッ

木で作られた練習用の小さな剣を、一生懸命振り回す。

女「今日も精が出るわね」

少女「……うん。だって、あたしがお兄さんの後を継ぐんだもん!」ヒュンッ

女「ふふふ、きっと……剣士さんも喜ぶわ。
  あなたのような人に、剣と意志を継いでもらえれば……」

剣士「おいおい、二人とも……まるで俺を死んだように扱うな」

少女「あっ、お兄さん! お帰りなさい!」

女「ケガの具合はいかがですか?」

剣士「傷はふさがってきているが……なにしろ心臓をかすめるように、
   骨も肉もバッサリとやられたんだ」

剣士「もう、前のように剣は振るえないだろうな」

少女「お兄さん……」

剣士「気にするな。赤眼の実力は間違いなく、俺の命以上のものだった。
   それなら、生きてるだけで儲けもんだ」

友人が笑い声とともにやってきた。

友人「ハッハッハ、だよなぁ!」

友人「あんときゃ、もう絶対ダメだと思ったもんよ」

剣士「これはこれは、町長……なんのご用ですか?」

友人「わざとらしい敬語やめてくれる?」

友人「つか、あの後、俺を町のリーダーに指名したのお前だしな!
   “強い者が町を治めるのはもう終わり”ってことでさ」

友人「お前と赤眼の戦いが凄惨だったのも手伝って、みんなあっさり賛成しちまったし」

友人「手下どもも、赤眼のあんな心底楽しみましたみたいな死に顔を見たら、
   納得したようにどこかに消えちまったしな……」

女「友人さんのおかげで、この町もあの殺伐さが見違えるように栄え始めましたよ」

友人「どうやら俺、商才っつうのか、博才っつうのか、そういうのあったみたいね。
   なーんてね」

少女「夜な夜な、お金の勘定するの好きそうだもんねえ」

友人「そうそう、みんなが寝静まった頃、コインやお札を数えてる時が一番幸せ……
   ってそんなことしねえよ!」

少女「きゃははははっ!」

友人「それよか、剣士のことだ。まさか、あの時あんなもんが見つかるとはな。
   今思い出しても笑っちまうよ」

医者『懐になんか入っとる……。なんじゃこれ……?
   これは……真っ二つに割れたチョコレート……!? これが甘い匂いの正体か!』



友人「なんであんなもん、懐に入れてたんだよ」

剣士「いや、後で食べるって約束したから……」

友人「いやいや入れねーだろ、フツー! これから決闘って時に!」

少女「入れない入れない! 普通はどこかに置いておくよね!」

剣士「そうかな……」

赤面する剣士。

女「でも、もしあれが懐に入ってなかったら……盾になってなかったら……
  相手の剣が剣士さんの心臓に、到達してたかもしれないんですよね……」

友人「赤眼の剣がそんな甘いものだとも思えねーし、今となっちゃ分からないけどな」

友人「ひとつだけいえることは、あのチョコレートは血でベトベトだったから、
   食えたもんじゃなかったってことだな」

少女「そういえば、あれ食べてもらえなかったんだっけ」

少女「よぉーし、そんならあたし、もう一回作っちゃうよ!」

少女「今度は剣でも斬れないような、すんごい固いやつをね!」

剣士「……おい」ボソッ

女「はい?」

剣士「あいつがチョコ作るとこ、見てやってくれ。
   歯が欠けるような固いのを持ってこられたら、たまったもんじゃない」

女「ふふっ、分かってますよ」

少女「それじゃ甘くてカッチカチのチョコ作りに、レッツゴー!」







― おわり ―

以上です

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