【R18】「粉雪が身体を冷やすから…」【モバマス】 (94)

本SSは、とあるこなあああああああああああああああゆきいいいいいいいいいいいいいいいいいが空から優しく降り積もる古典18禁浮気ゲームのサブルートシナリオをパク………
オマージュしたSSとなります。なお、登場するアイドルは十時愛梨と和久井留美です。
以下、いつもの注意事項。


・本番行為を含むセックス描写がありますので、18歳未満の方は読了をお控えください
・男がオリキャラです。
・あんまり優しくない世界です。
・終わりまで書き溜めていますが、そこそこ長いので分割して投下します。
・あと、タイトルも長いのでスレタイでは省略しています。



それでは、投下します。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1445762051




0.

「それを私にやらせるの……?」

ショートカットのよく手入れされた髪が悲しげに揺れる。

「酷い男…… 本当に酷い…」

悲しみと諦観が身体を冷たく醒まし、両腕で身体を抱きしめる。

ぬくもりが、欲しい。

「……わかったわ」

勝手に首肯する頚部を、ねじ切ることができたらどんなに幸せだろうか。

「地獄に墜ちなさい……」

最後まで笑顔を崩さなかった。

だから、最後まで、笑顔を崩せなかった……





.











「粉雪が身体を冷やすから、どうしても私はぬくもりを求めてしまいます」












.




1.

彼女がアイドルだと、彼氏としては苦労の連続である。

ましてや、それがトップアイドルならば尚更の話だ。

「ども、機材持ってきましたー」
「ああ、サンキュ。そこに置いといて。あ、これ終わったらヒマ?」
「えっと… 第2スタジオに呼ばれてるんですけど?」
「じゃあ、その後でいいからさ、コッチに戻って手伝ってくれる?」

業界大手の芸能プロダクション、美城プロ。

専用スタジオさえ抱えるその巨大なビルは、当然のようにその維持管理に多くの単純労働力を必要とする。

これが一般企業であれば、適当なビルメンテナンス会社や、清掃業者、電装業者に依頼するのだろうが、
そこは有名人が多数所属する芸能プロダクションである、一筋縄にはいかない。

ファン程度ならば問題は少ないが、バイトに紛れて醜聞を狙うパパラッチが潜り込まないとも限らないのだ。

だから、「彼」のような“口が堅く”“アイドルと親しい”“芸能界に無縁”のアルバイトが、意外と重宝される。

「いつも悪いね。あ、十時ちゃんとは最近会えてるの?」
「まぁ、美城のビル内でぼちぼちと… アイツ、大学にはほとんど来れないんで」
「大学行くときには連絡いくと思うから、その時はガード頼むよ」
「はい」

顔見知りのスタッフから声をかけられ、彼は快活な笑顔で頷いた。

「…わっかんねぇなぁ、芸能界って…… 愛梨がアイドルだもんなぁ……」

有名私大に入れる程度の学力、運動部でレギュラーを取れる程度の運動神経、下級生からラブレターを貰う程度のそこそこのルックス。

高スペックではあるが、彼はどこにでも居る大学生でしかない。

しかし、彼は普通でも、彼の彼女は普通ではなかった。

『初代シンデレラガール 十時愛梨』

346プロのそこかしこで見かけるそのポスターを見るたびに、彼は苦笑する。

彼の彼女、十時愛梨は、おそらく日本中の誰もが知っているトップアイドルなのだ。

***

愛梨と付き合い始めたのは、中学3年の夏からだった。

受験勉強が激化し始めた頃、たまたま学外の夏期講習で出会った2人は、互いに恋に恋する思春期特有の雰囲気に流され、彼氏彼女となった。

当時の愛梨はクラスではあまり目立たない娘で、スタイルもそれほど良くはなかった。

しかし、同じ高校に入り、高1の夏に互いのハジメテを交換してから、彼女のカラダは劇的に変化した。

やや貧相だったカラダは、肉付きよく豊満に成長し、バストなどカップ数が5つも上がった。

美しく成長する恋人に彼は純粋に喜び、そんな彼女に相応しくなれるようにと、勉強に部活にお洒落にと全力投球で頑張った。

その結果として、高校3年間、双方ともに変な虫が付くこともなく過ごすことができた。

しかし、2人で東京の私大に合格し、互いに1人暮らしを始めると、予想外な方向から『お邪魔虫』はやってきた。

『わたくし、こういうものですが……』

初めて2人で歩いた原宿のメインストリートで、十時愛梨はアイドルのスカウトを受けた。

その、いかにも都会めいたハプニングに2人は舞い上がり、あまり先のことなど考えずにスカウトを受け、

その結果…

『愛梨が初代シンデレラガール!? 嘘!?』
『ほ、本当だよ…! 私だって信じられないけど…』

プロダクション主催の新人アイドル総選挙で、十時愛梨はまさかのトップを取ってしまったのだ。

それから、十時愛梨の生活は激変した。

『今日も大学来れないの?』
『うん… お仕事あるから…』
『そっか… 仕事なら仕方ないな…』

大学はほとんど休学状態になり、彼と会う時間も大幅に減った。

住居もいつの間にかプロダクションが用意したガードの固い高級マンションに変わり、その場所は一般人にも、そして彼にも非公開となった。

『もう、1週間会えてねぇなぁ……』
『……あのね、プロデューサーさんがちょっとお話があるって…』

彼が愛梨との距離感にヤキモキしていた頃、愛梨のプロデューサーからとある依頼があった。

それは、346プロにアルバイトとして働かないか、ということだった。

十時愛梨に彼氏が居ることは、社外には極秘ではあるが346プロ内では公然の秘密だった。

そのため、情報が漏れるの心配も無く、また、やはり彼氏と会えずにストレスを溜めていた愛梨への精神的手当てとして、彼をアルバイトとして雇おうということだった。

『…あ、おはようございます!』
『十時さん。おはよう。今日も頑張ってね』
『うん!』

高校時代から考えたら雀の涙のような時間だったが、それでも2人にとってはこの処置は有り難かった。

ほんの僅かな逢瀬の時間を拠り所に、2人はこれまでと変わらぬ愛情を確かめ合っていた。

そのはずだった……




.




2.

「え、長期ロケ? そっか……」
「うん、ごめんね……」

完全防音の346プロ内の個人レッスンルーム。

シンセサイザーと簡単な音響装置が置かれたそこは、彼と愛梨にとって数少ない『2人きり』になれる場所だ。

「なんとか… ならないんだろうなぁ…」
「多分、スタッフとして同行できるように頼んでるから、一緒には行けると思うけど…」
「それはありがたいけど、やっぱり2人で旅行したかったじゃん?」
「そうだね…」

来週末、奇跡のように空いた愛梨の週末休暇を用いて、2人は東京近郊にお忍び旅行に出かける予定であった。

しかし、それも晩秋の温泉長期ロケによって実現不可能となってしまったようだ。

「あ~あ、私も楽しみにしてたんだけどなぁ…」

愚痴りながら、愛梨の手がなぜか自然と上着に伸びる。

「えーっと、奥多摩だっけ? あれ、都外だっけ? うん、とにかく秘湯だったよね。行きたかったな~」

スル、と上着が脱がれ、豊満なバストが布地を突き上げたシャツが露になる。

「お仕事で温泉はたくさんあるけど、意外とゆっくりできないんだよね~ タオル巻いて入らなきゃいけないし~」

プツ、プツ、とシャツのボタンが上から順に外されて、バスト88の巨乳の上乳が露出する。

「……あれ、何、ニヤニヤしてるの?」
「いや、どこまで脱ぐのかなー、って思って」
「え…… あ、や、やだ…!」

いつの間にか半裸になっている自分を発見し、愛梨の顔が赤くなった。

冗談のようだが、愛梨は無意識に衣類を『脱ぐ』変な癖がある。

本人は、『暑いなー、って思ったらいつの間にか脱いじゃってる』と意味不明な説明をしているが、
実態だけ見ればただの露出狂である。

「もう… 脱ぐ前に注意してって、いつも言ってるのに~」
「注意してるだろ? 俺以外の人間が居るときには…」
「ばかぁ……」

口で抗議しながら、しかし、乱れた衣類は直さずにそっと彼の横に寄り添う。

「…今日はこれから収録あるんだっけ?」
「うん… 2本取りだから深夜越えるっぽい…」
「そっか… ちゃんと送ってもらえよ?」
「うん… マネージャーさんに送ってもらう…」

そっと身体が重なり、慣れた調子で口唇が重なる。

ちゅ、ちゅ… と互いに啄ばむようなキスの最中、彼の手が伸びて愛梨の巨乳にそっと宛がわれる。

「ん… 揉むのはだめだよ…」
「ああ、わかってるよ…」

宛がった手を離すことなく、そのまま背中に滑らせて、ぎゅ、と抱きしめる。

自然に彼の首筋に顔を埋めた愛梨が、気持ちよさそうに、すんすん、と鼻を鳴らした。

***

「欲求不満になりそう…… ってか、確実になってるな…」

数分間の抱擁のあと愛梨をスタジオに送った彼は、確実に高まった情欲を無理やり押さえて帰路に着いた。

しかし…

「げっ… もう終電過ぎてる…」

職員用通用門を出たところでスマホで時刻表を確認すると、いつも乗る電車のは3分前に発車済みだった。

他の路線を検索するが、結果は芳しくない。

「どうしよっかなー…」

346プロダクションからアパートまではけっこうな距離がある。

歩いて帰るのは論外だし、タクシーを使えるほど金銭的な余裕があるわけでもない。

「ネカフェで一晩明かすか… けど、うーむ… 今日は帰りたい…」

本音を吐露すると、愛梨の匂い、感触が残っているうちに、自宅で『自己発散』したかった。

「もう半年近く、愛梨とはセックスしてねぇからなぁ…」

もちろん、週末のお忍び旅行はセックスを含めて楽しみにしていたこともあり、
彼の欲求不満はこれまでになく高まっていたのだ。

「……よし、ここは危険だがネカフェでやるか… 探せば愛梨のアイコラぐらいあるだろ… あんまり気乗りしないけど…」
「ねぇ、ちょっとキミ?」

ブツブツと呟く彼の背後から、突然、聞き覚えの有る声がかかった。

「ッッ!! え、えっと… すみません…! あ、和久井さん…?」
「キミ、バイトの子よね?」
「あ、はい、そうです」

声をかけてきたのは、346プロ所属のアイドル、和久井留美だった。

元秘書という通常異例な、しかし、346プロでは案外普通な経歴を持つアイドルで、
切れ目で知的な風貌、落ち着いた雰囲気が特長のクール・ビューティーである。

「何か困ってたみたいだけど、どうしたの?」
「えっと、ですね…」

留美とは面識が無いではないが、こうやって面と向かって話をするのは初めてだ。

それでも、しどろもどろに「終電を逃して帰る足が無い」ことを説明すると、彼女はにっこりと笑って頷いた。

「なーんだ、そんなことか。深刻な顔してたから、てっきり愛梨ちゃんにフラれちゃったのかと思ったわ」
「いや、それは… ないですよ」

一瞬、愛梨との関係を前提とした台詞に、ドキッ、としたが、よくよく考えれば知っていてもおかしくないと納得した。

「よし、それじゃ私に任せなさい。送ってあげる」
「え、そんな、悪いですよ」
「良いのよ。明日はオフだし、私、今日は車だから」

チャリ、と自動車のスマートキーを取り出して軽く振る。

「でも…」
「いいから、いいから。愛梨ちゃんの話も聞きたいし」

結局、ニコリと微笑む留美に強引に押し切られ、数分後に、彼は留美の運転するコンパクトカーの助手席に乗り込んでいた…




.




3.

信号機のLED光が運転席の留美の顔を照らす。

(美人だよなぁ、この人…)

助手席でその横顔を盗み見しながら、彼は居心地の悪さを身じろぎで誤魔化した。

「…あの、助かりました。ありがとうございます」
「良いのよ、一人で車に乗って帰るのも、味気ないし」

そういえば、マネージャーが付いていないことが不思議ではある。

しばらく躊躇したが、何か会話の糸口にと思い、彼は思い切って聞いてみることにした。

「あの、送迎はマネージャーさんがやるんじゃないですか?」
「え? ああ、そうね… 愛梨ちゃんはそうかも知れないけど、私程度のアイドルなら、送迎なんか付かないわよ」
「あ、すいません…」
「ふふ、なんで謝るの?」

彼は失念していたが、愛梨はあれでもシンデレラガールである。

他のアイドルとは扱いが一段違うことを、今さらながら彼は思い出した。

「ま、愛梨ちゃんは売れっ子っていうの抜きにしても、送迎つけないとマズイかもしれないけど」
「あ、それ、当たってます。アイツ、未だに東京の私鉄を把握してないから、絶対に迷子になります」
「本当? ふふ、天然って話は本当なんだ。それとも…」

チラリ、と艶のある流し目で助手席を見る。

「素敵な彼氏が居るから、覚える必要が無いのかしら…?」
「そんなんじゃ… そんなんじゃないですよ…」

美人の代名詞のような端整な顔立ちで言われ、彼は思わず胸が高鳴るのを感じた。

(いかん、いかん… 俺には愛梨が居るんだから…!)

とは思うものの、美人秘書という単語をそのまま具現化したような留美に、ついつい視線が泳いでしまう。

気を抜けば、タイトスカートからスラリと伸びる美脚に集中しそうな視線を強引に引き剥がす。

「あー、愛梨とは長い付き合いですけど、けっこう喧嘩もしますし…」
「へえ、どんな理由で?」
「そうですね… 焼き芋にバターを付けるか、付けないか、とかで…」
「ぷっ… なにそれ…!」

意外にツボに入ったのか、留美がクールな表情を崩して笑いだす。

その、意外と無邪気な笑い顔に、彼は再び、ドキリ、としたものを感じた。


.

***

「高校時代の話ですけどね、最近はほとんど会えてませんから」
「ふふ… そうよね、なんてったって、シンデレラガールだもんね」

ようやく笑いを収めた留美が、やんわりと慰めるような口調で言う。

「愛梨ちゃん、すごいと思うわ。天然系って一言で言うのは簡単だけど、彼女からはそれとは別な魅力を感じるわ。
 アイドルとしての天稟なのかもしれないわね」
「彼氏としては、ちょっと複雑ですけどね」

本当に複雑な気分なのだろう。

彼の言葉には、好悪混じった微妙な感情が込められていた。

「…やっぱり、彼女がトップアイドルなのは嫌?」
「彼氏としては、当然、嫌です。愛梨のファンの中には、その… “そういう目”で見てる連中だって多いですし。
 …けど、写真集とか、イメージPVが愛梨のメインでもあるんで」

天然系巨乳キャラである愛梨は、もちろん、エロスを主題に作られた水着写真集やイメージビデオが多い。

実際にその肉体の味を知り独占していた彼としては、そんなものは発売して欲しくも無いが、抗議をしても仕方が無い。

「でも、キミも買ってるんでしょ?」

ニヤリ、と悪戯めいた笑みを浮かべて留美が言う。

どうにも、嫌な流れに会話が進んでいるが、さりとて、黙るわけにもいかない。

「ま、まぁ… 買ってるっていうか、新作が出るたびに愛梨がプレゼントしてくれます。それで、2人で観て…」
「2人で!?」

彼の発言に留美が驚きの声を上げた。

彼は、「しまった…」と失言を後悔したが、後の祭りである。

「愛梨ちゃんと2人で、水着写真集とか、イメージビデオ観てるの!? あのダイナマイトボディを!?」
「いや… さすがに最近は無いですけど、初期のころはけっこう頻繁に、かな…?」

実を言えば、それは2人にとって愛欲を加熱させる“儀式”なのだが、さすがにそれは言えない。

言えない、が、しかし、

「年頃のカップルが2人でイメージビデオ鑑賞かぁ… ふーーーーーん…」

あっさりと看過されてしまった様子だった。

「あの… いえ… まぁ、その……」
「…ねぇ、最近は無いって、どれくらい?」
「えっ? えと… 半年ぐらいですかね…?」
「それじゃ、溜まってるの?」
「ぅえッ!?」

突然発せられた留美の下ネタに、彼の喉が蛙のように鳴った。

「た、溜まってるって…ッ!? えっ!?」
「クスクス… 図星みたいねぇ」

軽く笑った留美が、両手を動かしハンドルを切ると、ダークブルーのコンパクトカーは持ち主の動きに従い、大通りを外れた路地に進入した。

「あの… 近道ですか…?」

見知らぬ道に彼が戸惑って声をかけるが、留美はまるで聞こえないかのように運転に集中し、そして…

「……溜まってるなら、抜いてあげようか?」

人気の無い、住宅地の離合地帯。

僅かなタイヤ音と共に停車すると、ダークブルーの車体は完全に闇に熔けみ、
音も無くハイブリットエンジンが止まると、計器の灯りがゆっくりと消えた……




.




4.

抜いてあげようか?

その留美の発言を理解するのに、数秒の時間が掛かってしまった。

「抜い、て…?」

彼がまず思い浮かべたのは、なぜかワイン瓶のコルク栓だった。

しかし、数瞬後にはそれが鮮やかな色彩を伴う愛梨のイメージに置き換わった。

「な、なに言ってるんですか…!?」
「だって、キミのここ、ずーっと辛そうにしてるじゃない」

留美の細く長く、そして白い指が、スッ、と伸び、ジーパンの上から彼の股間をそっと触れた。

その指は僅かに震えていたが、彼はそれに気付けるはずもなく、「やめてください…!」と留美の手を掴んで引き離した。

「俺、愛梨を裏切れないんで…」
「浮気を心配してるの? こんなの、浮気のうちに入らないわよ。運転してて、気になって仕方が無かったんだから」

留美の言葉に、「ぐっ…」と彼が息を詰まらせる。

正直、レッスンルームで愛離と抱擁したあとから、股間の情欲が収まる気配を見せない。

それは、彼の若さの現れでもあれば、車内に美女と2人きりという、このシチュエーションも原因であった。

「ほら、我慢は身体に毒よ? セックスするわけじゃないわ、ただ、処理してあげるだけだから…」

再び、留美の指が彼の股間に伸びる。

「あ… やめてください!」

本当は乱暴に身体を動かして抵抗したいが、相手がアイドルでは怪我を心配して上手く動けない。

「ホント、ダメですって…!」
「楽にしていて… ね…?」

声だけの制止を良い事に、留美が素早くファスナーを下ろし、ジーパンの中に指を滑り込ませる。

そして、固い布地のなかで、窮屈に収納されていた硬く熱い肉棒を掴むと、数瞬の躊躇いの後に、ジーパンの外に掴みだした。

急所を握られた彼は、金縛りにあったように動けなくなってしまった。

「……こんなこと、いつもやってるんですか……?」

衝撃が大きすぎて、彼の口からドギツイ質問が零れ落ちた。

その言葉に、留美は、ピクリ、と動きを止め、そして、語学の授業のようにはっきりと、丁寧に、「ええ…」とだけ答えた。

「留美さんが、そんな人だったなんて…」
「…幻滅した? でもね、オンナだって、色々と裏を持っているものなのよ…」

意外に切迫したその声が、行為の始まりの合図だった。




.




5.

ちゅく…

優しく握った肉棒の先端に、留美が卑猥に唾液を落とす。

暗い車内に僅かに輝く銀色の粘体は、彼の亀頭に違わず着地し、ぬらぬら、とその表面にまとわり付いた。

「処理するだけよ… 浮気じゃないわ…… ね、浮気じゃないの…… だから、大丈夫…」

『浮気じゃない』という言葉を必要以上に連呼して、留美はゆっくりと手を上下に動かし始めた。

「あッ…! ぐぅ……ッ!」

図らずとも焦らされていた彼の肉棒は、美女の手淫という極上の餌を与えられ、一気に、むくり、とその鎌首を伸ばした。

「わぁ… 大きい……」

手の中で、むくむく、と体積を増した肉棒に、やや無邪気な声で留美が歓声をあげる。

「留美さん… やめて下さい……!」
「ふふ、やーだ」

コス、コス、コス、と段々と留美の手指が勢いを増し始める。

その手戯は、明らかに経験があるとわかる巧みなもので、
竿をリズミカルに扱いていたかと思えば、不意に、細い指先で鈴口を、ちゅくちゅく、と弄られ、彼はそのたびに嬌声を上げるハメになった。

「上手すぎ……」
「ふふ… 興奮してるんだ…」

思わずそんな言葉が口から出ると、留美は意地悪な瞳で手の動きを止めた。

そして、口を亀頭に近づけると、細く窄めた口から、ふーっ、と細く長い息を吹き付けた。

「あぅ…ッ! そんな…」
「イキたい…? でも、まだ駄目よ……」

留美の手が少し下がり、彼の陰嚢を掌で包み、きゅ、と慎重に力を込めて握った。

「ッッ!? ちょ、ちょっと!」
「大丈夫… 大丈夫だから…」

生理的恐怖に身をすくめる彼の耳元で囁くと、留美は掌中の陰嚢、そして、その中に収められた睾丸を、こりこり、と刺激する。

痛みを誤解するようなその刺激は、しかし、彼にとって確かに未知の刺激であり、肉棒は萎えるどころか益々勢いよくそそり立っていた。

「嘘… だろ…?」
「さぁ、気持ちよくなりましょう…」

再び留美が彼の肉棒を握り、そして、前に増して勢いよく竿を扱き始めた。

「あっ、留美さん、それヤバイですッ!」
「イキそう…?」
「は、はい…ッ!」
「もう少し我慢してね…」

扱く手はそのままに、留美は片手でダッシュボードからティッシュを数枚手に取った。

そして、それを肉棒に宛がうかと思いきや…

「る、留美さんッ!?」
「気持ちよくなってね…」

スッ、と留美は顔を肉棒に近づけると、てらてらと濡れ光る口唇で、彼の亀頭を甘く咥えた。

「え…ッ!?」

それは人生で初めてのフェラチオだった。

愛梨はセックスに関しては完全に受け手で、肉棒を手で弄る程度のことはしてくれたが、
口腔奉仕などといった性戯は、完全に許容外だった。

(留美さんの口の中に、俺のチンポが…ッ!)

始めに亀頭を丸ごと咥えると、次に強烈な吸引をしながらゆっくりと顎を引く。

激しい吸引に肉棒が引っ張られ、しかし、吸い付いた留美の口唇は亀頭から離れず、ぐにゅ、と上唇と下唇とがアヒルのように伸ばされた。

「はは… なんスか、それ…」

あの留美が、知的美人という言葉を体現しているかのような和久井留美が見せたそれは、淫乱を表情全体で表すような、ひょっとこフェラ顔だった。

「ありえねぇ…」

その、あまりに残念で衝撃的で、そして、淫靡で倒錯的な光景を直視できず、彼はとうとう両手で顔を覆い視界を閉じてしまった。

瞬間、

「……………………………………」

それまで活動的に動いていた留美の口と手が、ほんの数秒だけ完全に止まった。

「…えっと?」

僅かな違和感を感じた彼が顔を覆った手を外すと、その視界には、再び強烈なフェラを再開した留美の姿が映った。

「あぅッ!!」
「もう出して良いわよ…」

留美の言葉と共に、手と口の動きがいっそう激しくなり、彼の精神的・肉体的忍耐力は、とうとう底をついてしまった。

「で、出ます… 出るッ!」
「んッ…! んぅ……」

鈴口から爆発するように、熱い精液が留美の口腔内へと炸裂した。

「嘘だろ… 口の中に…!?」

彼にとっては、これが口腔射精の初体験だった。

だというのに、留美はこれだけで終わりにしてはくれなかった。

「んーー… まら、ろこってる……」

留美は口腔内を精液で満たし、さらに亀頭を口で咥えたまま、指で肉棒の輸精管を、ぐりぐり、と扱きあげた。

「うぁ……ッ! そ、そんな…!」
「ん、れれひた… ちゅぅぅぅ……!」

そして、鈴口から漏れ出た精液の残滓を、まさしく空っぽになるまで吸い上げた。

「………………」

もう、彼は言葉を発することが出来なかった。

そんな彼を、留美は満足そうな表情で見つめると、
彼の目の前に広げたティッシュの上に、口から、だらぁ、と精液を吐き出した。

そして、「ふふ、たくさん出したわね。えらいえらい♪」と妖しく微笑むと、慈しむように彼の頭を、優しく、優しく撫ぜた……




.




6.

それから、車内は無言だった。

しかし、それは気まずい無言空間ではなく、
ある種、落ち着いた、情事後特有の奇妙な無言空間だった。

「…ここで良い?」

不意に留美が声を発し、彼はゆっくりと車外に目を向けた。

そこは、彼のアパートから程近いコンビニの駐車場で、彼は「あ、はい…」とややぼんやりと返事をして車から降りた。

「……ありがとうございました。あの… 今日の事は…」
「もちろん、誰にも言わないわ。キミも、誰にも言わない。それで良いでしょ?」
「はい… でも… もう、こんなことは…」
「なぁにぃ? また、こんな情況になって欲しいの?」
「違います! こういうことは、これっきりにしてください…」

搾り出した彼の言葉を、しかし、留美は最後まで聞いてくれなかった。

「……また、ね」

短く、しかし、心に刺さる言葉を残し、留美を乗せたダークブルーのコンパクトカーは走り去った。

「………ごめん」

しばらく、呆然と立っていた彼は、不意に罪悪感に苛まれ、地面に蹲った。

そして、「ごめん、ごめん…」と、恋人への謝罪の言葉を、何度も何度も繰り返した…







.

とりま、ここまで。
また夜に続きを投下します。でわでわ。

クライマックスでsagaを忘れるボケをかましてくれることに期待しとく

さて、それでは投下を再開します。

>>16
怖いフラグを建てないで…




7.

「十時ちゃーん、こっちにポーズちょうだい!」
「はーい!」

346プロダクション内撮影スタジオ。

今日撮っているのは、今度愛梨がMCをする番組用の宣伝写真で、
共に司会をする大柄だが可愛い少女と一緒に、念入りな撮影を繰り返していた。

「……やっぱり、愛梨は可愛いなぁ…」

彼は機材運びにスタジオに寄り、そのまま照明の手伝いをすることになったため、遠慮なく愛梨を間近で観ることができた。

「…………なんで俺、あんなことを…」

愛しい恋人を眺めるたびに、情欲に流されてしまったあの夜の自分を呪いたくなる。

誘った留美が悪い、という思考は有るには有るが、それ以上に、誘惑に勝てなかった自分が腹ただしかった。

「や、お疲れ様」

そうやって、思い悩む彼に、小声で話しかけた人物が居た。

「あ、あか…」
「だからプロデューサーで良いって。みんな、そう呼んでるんだから」

名前で呼ぼうとするが、やんわりと制されて、彼はあいさつをやり直した。

「はい、お疲れ様です、プロデューサー」

声を掛けたのは、優しそうな眼鏡が特徴の、どちらかといえば女子高の新米教師のような風貌の男性だ。

芸能業界とは何の縁も無さそうに見えるが、実は愛梨をスカウトし、プロデュースしているプロデューサーその人であった。

「週末、ゴメンね。愛梨ちゃんと旅行に行くはずだったんだよね?」
「いえ… 仕事ですから、しょうがないです」
「ホント、申し訳ない! お詫びといっては何だけど、キミも週末のロケに、スタッフとして同道できるように差配したから」
「え、本当ですか?」
「ああ、スタッフ用のホテルしか用意できないけど、現場で愛梨ちゃんを支えてあげてください」

誰にでも丁寧な口調で話すこのプロデューサーは社内での評判も良く、彼も愛梨も、実の兄のように慕っていた。

「あ、それと共演者は和久井留美さんだから、会ったら挨拶しといてね」
「えぇッ!?」

不意に、プロデューサーから告げられた留美の名前に、彼は思わず素っ頓狂な声を上げてしまい、スタジオ内の注目を浴びてしまった。

「お、おいおい、写真だからいいけど、現場で大声は無しだよ」
「す、すいません…」

プロデューサーが、「何でもありません、続けてください」と場をとりなすが、彼の心拍数は一気に上がっていた。

「…和久井さんと、知り合いだっけ?」
「えっと… 話したことは、あります…」

明らかに動揺する彼をプロデューサーは不思議そうに見ていたが、ちょうど撮影が終了したため、それ以上は追及せずに挨拶をして立ち去って行った。

「留美さんが… 一緒……」

1人残された彼は、照明設備を回収しながら、言い知れぬ不安に身を固めた…




8.

数日後、とある週末、とある温泉宿場町の、とあるビジネスホテル。

その薄暗い室内に、跳ねるような若い女性の声――十時愛梨の声が響いた。

「それでねぇ! あのオジサン、ヤラシー目で愛梨の事見るんだよ! もう、サイテー!」
「そうねぇ、あれは無いわねぇ。でも、有名税だと思って我慢しなくちゃ」
「そうですけどぉ……」

不満顔の愛梨がアルミ缶を、くぴぴ、と可愛らしくあおる。

その中身はアルコール度数の低い缶チューハイだが、すでに4本目ということもあり、愛梨は完全に酔っ払っていた。

「ねぇねぇ、どう思うー? 嫌だよねーぇ?」

愛梨が、ベッドの隅で息を殺している彼にしなだれかかる。

彼は邪険にすることも出来ず、さりとて、他人の目の前でイチャつくこともできず、困った顔で愛梨の身体を優しく押し戻した。

「そりゃ、嫌だけど、和久井さんの言う通り、有名税だと思わなきゃ…」
「ぶぅぅぅぅ……」

彼の言葉に愛梨が可愛らしく口を尖らせる。

そんな2人を、

「仲が良いのねー」

和久井留美が、笑みを浮かべて見つめていた。


***

事の発端は、愛梨の我が儘だった。

和久井留美と共に司会を務めた旅番組の週末ロケは、特に問題も無く初日を終えた。

そして、本来ならメインキャストである愛梨と留美は、取材をした旅館に1泊する予定だったのだが、

「………彼のホテルに遊びに行っちゃダメ?」

と、マネージャーおよびプロデューサーに我が儘を言ったのだ。

当然、そんな我が儘は通るはずも無かったが、2人とも愛梨の休日(と旅行)を潰してロケを入れた負い目もあり、
かつ、たまたま話を聞いていた留美が、

「それなら、私が監督役で一緒に行くわ。ほどほどで切り上げさせるから」

と、お目付け役を勝手に引き受けてしまい、なし崩しに愛梨のお忍びデートが実現してしまったのだ。

そして、彼の部屋に着くやいなや、愛梨は留美に遠慮せず彼に抱きつき、抱擁をねだり、
持ち込んだアルコール缶の蓋を空けて、小さな宴会が始まったのだ。



***

「留美さん… そろそろ連れ帰った方が…」
「んー、まだ良いんじゃない? 愛梨ちゃんもストレス溜めたままだと、仕事にも影響するだろうし」
「そうかもしれませんけど…」

ヒソヒソと話す2人を尻目に、愛梨は「んく、んく、んく… ぷはぁ!」と4本目の缶チューハイを空けると、
ごく当たり前のように上着を自然な動作で脱ぎ捨てた。

「あ、しまった…!」
「なんか、あつーい… あ、そっか、お酒飲んでるんだったぁ。あは」

そのまま下着まで脱ごうとする愛梨を、彼が慌てて止める。

「なによぉー!」
「ちょっと、愛梨… ここじゃマズイって…」
「マズイって、何がぁ?」
「留美さん居るし…」
「うむぅ~~~…」

愛梨が、とろん、とした瞳で、ニコニコ笑っている留美を見て、それから彼を見て言った。

「留美さんなら良いじゃん! 女の人だし! 君にはもう全部見せてるんだし!」
「いやッ! 愛梨… そういうわけには… わ、和久井さん! 見てないで止めてください…!」

彼が心底困った様子で留美に助けを求めるが、留美はそ知らぬ顔でニコニコと笑うのみだ。

「あら、愛梨ちゃんの言う通りじゃないかしら? 別にキミの前なら問題ないんじゃないの?」
「ちょ、ちょっと!」
「ほらぁ! 留美さんも良いって言ってるじゃん…」
「いや、でも! あ、愛梨、それはダメ! それは着てなきゃダメ!」

狭いビジネスホテルのベッド周りで、賑やかな、そして、確実に何かが進行する時が流れた…



9.

「おーい、愛梨ー?」
「むにゃ… むにゃ… もう、脱ぐのありませーん… ぐぅ…」
「……はぁ」

あの後、下着全てを脱ごうとする愛梨を何とか押しとどめているうちに、
身体を動かしたことでアルコールが全身に回ったのか、愛梨は下着姿のままソファにもたれて眠り込んでしまった。

「あー、どうしよう… 愛梨、寝たら朝まで起きないんですよね…」
「そのまま運んじゃう?」
「下着姿なんで、それは… 服を着せようとすると、嫌がるし…」

愛梨の上から毛布を掛けて、彼がため息を吐く。

そして、マネージャーに連絡すべきかとスマホをグリグリ弄っていると、不意に留美の方から声が聞こえてきた。

「はい、私です、留美です。愛梨ちゃん、お酒飲んで寝ちゃって… はい、わかりました。このまま寝かせておきます。
 ええ、朝イチでロケ車に合流しますので… はい、はい、それでは…」

先んじて何処かに連絡をした留美が、何やらテキパキと段取りをつけてしまっていた。

「プロデューサーと連絡を付けたわ。そのまま寝かせて、明日イチでロケ車に合流してくれれば良いって」
「あ、そうですか… それじゃ、愛梨は俺が責任持って送り届けますんで… お疲れ様でした…」

どことなくホッとした口調で彼が留美に軽く頭を下げる、

が、留美はなぜか動こうとせず、逆に、まだ口の開いていない缶チューハイのプルタブを、カシュ、と開けた。

「あの… 留美さん…?」
「何を勘違いしてるの? 私も今日はココに泊まるわ。こんな時間に、1人でタクシーなんか乗れないし」
「いや、それは流石にダメでしょう!」

完全に焦った口調で彼が言うが、留美はその懇願を全く取り合わず、少し不満げな表情を作って言った。

「私と一緒は嫌なの?」
「常識で考えてください! 留美さんはアイドルで、俺はただの一般人で、しかも男なんですよ!」
「…じゃあ、愛梨ちゃんは良くて、どうして私はダメなの?」
「それは…!」

『それは、愛梨が俺の彼女だから』

当然発せられるべきその言葉を、彼はすんでの所でぐっと堪えた。

予感がしたのだ。その言葉は言うべきではない。言ってしまったら、自分は非難されるという予感が。

「…ねぇ、どうして、キミにあんなことをしたのか、わかる…?」

コトリ、と飲み掛けの缶チューハイをテーブルに置き、スッ、と留美が身体を躍らせた。

雰囲気が、一変した。

「どうしてって… そんなこと、わかんないですよ…!」
「考えたくない? そうよね、でも、我が儘だと思うでしょうけど、考えて欲しいわ…」

留美が硬直する青年の身体を、トン、と押す。

その衝撃に彼は、ふらふら、と後ろに数歩下がると、ちょうど後ろにあった椅子にぶつかり、トン、と椅子に腰掛けた。

「アイドルになってから、色んなモノを得たわ。けど、同じくらい、色んなモノも失ってきた…」

独白のようなその声は、平板なのに、なぜか深い情感がこもった矛盾したものだった。

「特に人間関係… 忙しさと、しがらみと、そして、やっかみ… いつの間にか、私は一人ぼっちになってたわ…」
「……………」

その異様な雰囲気に彼が何も言えずにいると、留美は自分のスマホを彼に見せるようにかざした。

「淋しいのよ、私は… ヒトの温もりが欲しいの… そして、酷い言い方だと思うけど、キミはちょうど良いのよ」

鮮やかな人工光を放つスマホの画面には、隠し撮りと見られる1枚の不鮮明な写真が表示されていた。

それは…

「あの時の… 写真…!?」

留美が、彼の肉棒を口唇で包んでいる姿が、おぼろげなのに、やけにはっきりと写っていた。

“口が堅く”“アイドルと親しい”“芸能界と無縁”のアルバイト…

その立場を思い出した瞬間、彼は絡みつくナニカに身を縛られる幻想を抱いた…




10.

「うぅ… ぐす… あぁ…… ごめんなさい… 許してください……」

悔恨と後悔と、それに罪悪感を混ぜ込んだような彼の慟哭と嗚咽が、部屋に静かに響く。

「ダメよ、諦めなさい」

しかし、そんな慟哭が聞こえないかのように、留美の手と口は迷いなく動いていた。

彼のズボンを強引に足首までパンツごと下げると、流石に萎えている肉棒が外気に触れ、ピクリと震えた。

「すぐに元気にしてあげるわ…」

スンスン、と男臭を確かめるように鼻を鳴らしたあと、留美は何の躊躇いも無く肉棒を、ぱくり、とその口に咥えた。

「うぁ……!」
「ぢゅる… ぢゅば… ぢゅぢゅぢゅ……」

彼は部屋に着いてからシャワーを浴びていない。

そのため、丸1日労働により散々に汚れ、臭気を放つ男の最も穢れた器官を、しかし、留美はなんら頓着することなく舐り嬲った。

「あぐ… 止めてくれ…」

敬語を使う余裕すらなくなり、素の口調で彼が懇願する。

だが、本心と裏腹に、男の象徴は女の巧みな口戯により、どんどんとその硬度を増していった。

「ふふ… 身体は正直、ね」

ねとぉ、とそそり立つ肉棒を舌でねぶり上げると、留美は傍らのバックからコンドームを取り出して、手早く彼の肉棒にそれを被せた。

「愛梨ちゃん以外の女の人は、ハジメテ…?」

留美の何とは無しに口に出たその言葉は、しかし、彼にとって混濁した意識を覚醒させるには十分なワードが含まれていた。

「…留美さんッ! それは絶対に嫌です!」
「…拒否できる立場にあると思うの?」
「それでも… もうこれ以上愛梨を裏切れません…! こんな、こんな…」

じっ、と彼が、ソファで眠る愛梨を、涙と鼻水でぐちょぐちょになった顔で、見つめた。

「愛梨の横で… セックスなんか出来ません… したくありません…」

それは、聞けば誰しも心を揺らす、切実な願いだった。

だが…

「そう、だから?」

留美の声は、どこまでも平静で、平板だった。

「私は、キミからヒトの温もりを分けて欲しいだけ。ただ、それだけよ。愛情なんて求めてないわ」

留美の断ずるような言葉に、彼は悔しくて情けなくて、「ちくしょう… ちくしょう…」とだけ呟き、動けなくなった。

「……でも、そうね、キミがそんなに嫌だって言うのなら」

パサ、と留美のスカートが床に落ちて、黒いショーツが足元まで下げられる。

そして、彼の肉棒にバックから出したクリームを丁寧に大量に塗りつけると、
ダイナミックに彼の股間をまたぎ、肉棒の先端をピタリと、とある肉の窄まりに押し当てた。

「………なに、する気ですか……?」
「コッチの穴で我慢をしてあげるわ……!」

その言葉の最後に、彼の肉棒が、ずるり、と挿入された。

「あ、はい、入って…!? えっ!? 嘘だろッ!?」
「前の穴でのセックスは嫌なんでしょう? だから、お尻でセックスしましょう…」

彼の肉棒が貫通したのは、留美の膣ではなく、少しズレた、本来は出すべき排泄器官だった…



.




11.

「アナル、セックス…!?」

それは、彼にとって完全に思考外の行為だった。

フェラチオぐらいならまだわかる。

しかし、排泄器官で肉棒を咥え込むなど、おおよそ人間同士がする行為とは、決して思えない。

「どいてくれ…! なんでケツなんかに…ッ!」
「あら、妥協してあげたのに、随分な言い草ね」

辛辣な口調とは裏腹に、留美の表情はどこか満足げな微笑みを浮かべていた。

留美の後孔は、肛門の入り口が輪ゴムのように彼の肉棒を強烈に締め付け、
それが、亀頭から根元まで素晴らしい紋扼感を彼にもたらした。

「あぅ… 締まる…ッ!」
「もっと良い声を、たくさん聞かせてちょうだい」

プツ、プツ、プツ、と留美がブラウスのボタンを外すと、ショーツとお揃いの黒いブラジャーが露になった。

それは黒一色の布地に細かく壮美な刺繍がしてある、ひと目で高級品とわかる品物で、
刺繍もさることながら、美乳の稜線を強調するデザインも素晴らしく、留美の性的魅力を強く高める役割を担っていた。

「大きさは愛梨ちゃんには負けるけど、良い形してるでしょ?」
「…………………」
「だんまりならそれでも良いわよ…」

留美が彼の後頭部に両手を回し、その顔面に豊潤な胸の谷間に押し付ける、

香水の匂いだろうか、甘く蕩けるような香りが彼の鼻腔を直撃し、
留美への嫌悪感一色だった思考が、ほんの少しだけ弛緩した。

「動くわよ… いっぱい扱いてコスってあげる…」

留美が下腹部に力を込め、腰を上下にゆっくりと、ゆっくりと揺らし始めた。

扱く、という言葉は本当にその通りで、彼の肉棒はまるで手で握られているかのような締め付けを味わい、
さらに、その紋扼感が上下に移動する感覚は、まさしく手で肉棒を扱く感覚に良く似ていた。

「太いわ… お尻の穴、壊れちゃいそうよ…」

留美の熱吐息が頭上から降り注ぎ、ほんのりと汗ばんだおっぱいが頬を優しく撫ぜる。

(クソ… 萎えろよ… 萎えてくれよ…!)

留美に対する敗北感と嫌悪感、横で寝ている愛梨に対する罪悪感と背徳感。

そして、確かに股間から脳髄に響く、留美がもたらす甘い快楽。

それらがない交ぜになり、彼の思考は混濁し、ただひたすら己の欲望が霧散することを願った。

だが、それは無様で哀れな願いだった。

「あぁぁッ!! くぅッ!!」
「あ、ここが良いの? ふふ、それじゃ、いっぱいゴシゴシしてあげるわね…」

留美の後孔淫戯はあまりにも巧みだった。

彼の最も敏感な箇所をあっさりと探り出すと、そこを重点的に責められる。

塗布されたクリームが乾くと、一旦後孔から肉棒を引き抜き、再びふんだんにクリームを塗布してから後孔に咥えなおす。

それは、ひどく手慣れた仕草に思えた。

(留美さん… 誰にこんな事を仕込まれたんだ…?)

芸能界に半年も居れば、色々と暗い噂や、あるいははっきりとした下衆な事実も知ることになる。

今の留美の姿と行為からは、そんな暗い影をはっきりと見ることができた。

「……留美さん、教えてください… なんでこんな事するんですか…?」
「言ったでしょう? 私は温もりが欲しいの…」
「本当にそうなんですか? 本当にそれが理由なんですか…?」
「…ええ、本当よ」

不意に留美が強くおっぱいの押し付けたため、彼は虚ろになった酸素を求めることに気が移ってしまった。

さらに、

ぬぷ、ぬぷ、にゅぷッ、にゅぷッ!

「うわッ! そんな、速く…!?

留美が腰の動きをダイナミックに、しかし、ピンポイントに早め、彼の性感はいやおう無しに高ぶってしまった。

「る、留美さん! もう、ヤバイッ!」
「はぁはぁ… イッちゃう? イッて… お尻のナカに出して…ッ!」

激しい行為に留美も余裕が無いのか、あっという間に吹き出た汗を散らしながら小さく叫ぶ。

その瞬間、

「んぅ~~~? なんの音ぉ…?」
「ッッッッッ!!!!」

熟睡していたはずの愛梨が、流石に怪しい振動と音が気になったのか、僅かに身動ぎして声を発した。

だが、まだ意識の大半は睡眠中のようで、瞼が開くそぶりは無い。

「さ、流石にマズイかしら… ごめんなさい、ちょっと抜いて…」
「あ、ダメッ! 留美さん、動かないでッ!!」

慎重を期して肉棒を抜こうとした留美の行為は、しかし、彼にとってトドメの一撃になってしまった。

「……あッ!」

コンドーム越しに、肉棒が射精して激しく痙攣しているのが腸内でわかる。

留美は、せめて自分と彼が身動きせずに音を立てないよう、ぎゅっと彼の頭を抱きしめた……









12.

「…綺麗にするわね」

愛梨が再び熟睡したのを確認すると、留美は荒い息を吐いている彼の肉棒に手を伸ばし、
中に溜まった精液が零れないように、丁寧に慎重にコンドームを取り外した。

「………むぅ」

事前に綺麗にしていたのであろうか、ゴムにはクリームと僅かに分泌された留美の腸液しか付着していない。

しかし、流石に消すことのできない排泄物のすえた臭いが留美の鼻腔をくすぐり、
それを感じた途端、留美の顔は耳まで真っ赤になってしまった。

「……なんで赤くなるんですか?」
「……知らない」

短く可愛く拒絶の言葉を口にすると、留美は僅かに逡巡した後、
あの時車内でしたように、彼の射精後の肉棒を口に咥え、丁寧に丁寧にお掃除フェラをした。

「……あぁ、すげぇ」
「じゅぷ… はい、綺麗になったわよ。でも、後からシャワーは浴びなさいね。
 ゴムもしたし、クリームには殺菌成分も入っているけど、炎症の危険はあるから」
「あ、はい…」

テキパキと事後処理を指示する留美は、元のイメージのままの、キャリアウーマン然とした留美だった。

そんな留美が、アブノーマルなアナルセックスを主導したことに、彼は強烈な違和を感じた。

「留美さん… やっぱりおかしいですよ? どう考えても、留美さんがこんな…」
「写真、愛梨ちゃんに見せても良いの?」
「うっ…」

疑問をあっさりとジョーカーで封じられてへこたれる彼を、しかし、留美はなんともいえない表情で見つめ、言った。

「……改めて宣言するけど、キミとの関係は肉体関係のみ。私が温もりを欲したときには、どんな場所でも、どんな時でも応えてもらうわ」
「そんな…!」
「でもね…」

反論しようとする彼の口を、スッ、と差し出した指で封する。

「その代わり、キミもいつでもどこでも私を抱いて良いわ… 愛梨ちゃんとセックスできなくて、いつも溜まってるんでしょう?
 私が、私の身体全てを使って、キミから性欲を抜いてあげるわ… それで良いでしょ?」

それは、20歳になったばかりの青年にとっては、あまりにも魅力的すぎる提案だった。

そして、その提案を呑まざるを得ない免罪符が、彼には存在した。

「断ろうとしても、どうせ写真で脅すんでしょう?」
「ええ、残念ながらそうよ」
「それなら、受けるしかないじゃないですか…」

不承不承に頷く彼に、留美はホッとした表情で「ありがとう…」と呟いた。

「それじゃ、私のプライベートアドレス。住所も書いてあるから、遊びに来ても良いわよ」
「…………」

あらかじめ用意されていたのであろうその黒い名刺を受け取ると、彼は愛梨に何度も視線を送りながら、それを財布の中に入れた。

「コラ、そんなわかり易い場所に保管しちゃダメでしょ?」
「あ、えっと…」
「スマホアプリでシークレットフォルダ作れるから、そこに写真で保管するの、貸しなさい」

言われるがままに留美にスマホを渡すと、彼女はさっさと必要なアプリをダウンロードしてから、名刺のアドレスを彼のスマホに記録させた。

そして、渡したばかりの名刺を細かく手で千切ると、あっさりとトイレに流してしまった。

「……渡して即捨てられる名刺に、拘った装飾する必要あるんですか?」
「そこは、女の矜持ってやつよ」

そう言って、悪戯っぽく、にっこり、と微笑む留美の表情は、この時間の中で、初めてみせた自然な表情だった…




13.

「ねぇ、最近、愛梨に何か隠し事してないー?」

そろそろ厚手のコートが欲しくなる冬の入り口に、

いつもの、逢瀬のレッスンルームで、

ポツリと呟かれた、それは、彼女の疑問だった。




***




「隠し事? あー、そういや、愛梨の大事にしてたマグカップ…」
「えー! もしかして割っちゃったの!?」
「いや、ついうっかり、牛乳飲んだ後、洗わずに丸1日放置しちまった。後からちゃんと漂白はしたんだけど…」
「えぇ~~、臭いついちゃったの~?」
「まぁ、微かに…」
「ぶぅ~~」

ぶーたれる愛梨の額を、彼が「ごめんごめん」と謝りながら指で突っつく。

「何か今度… そうだな、愛梨の好きな渋谷のハニートーストを差し入れるから」
「ホント? えへへ、それなら許してあげようかなー」

あっさりと気分を良くした愛梨が、彼にそっと身を寄せて呟く。

「最近、お仕事忙しすぎて、嫌になっちゃう…」
「プロデューサーさん、この冬が勝負だって言ってたからな。今が愛梨の頑張り時なんだよ」
「でも、淋しいよぅ…」

縋りつくように彼の身体に顔を埋めた愛梨が、何かをねだるように、上目使いに彼を見上げた。

「ん……」

何を求められているのか察知した彼が、身を屈め、顔を下ろして愛梨と口唇を重ねる。

「んぅ… ちゅ… はぁ、最近、シテないね…」
「そう、だな…」
「ごめんね…」
「なんで愛梨が謝るんだよ」
「だって…」

愛梨はカノジョなのに… という呟きを、彼は苦労して聞き流した。

そうして、彼がいつものように強く愛梨を抱きしめた瞬間、スマートフォンが無機質な振動音を発し、短い逢瀬の終わりを告げる。

「…時間だね」
「ああ、そうだな」

再び、どちらとも無く口唇を合わせると、愛梨は名残惜しそうにゆっくりと立ち上がった。

「…それじゃ、行ってくるね」
「うん、しっかりな」
「ありがとう」

にこり、と微笑み、愛梨はレッスン室を後にした。

残された彼は、しばらく、愛梨の残り香を惜しむように目を閉じたあと、
不意にスマートフォンを取り出し、わざわざインターネットブラウザを開き、そこからフリーメールを送信した。

「………」

そして、愛梨から遅れること10分。

レッスンルームを出る彼の表情は、能面のように固まっていた。




14.

ピチャ、ピチャ……

猫がミルクを啜るような水音が、薄暗いラブホテルの一室に響く。

「…そろそろ良いわ」
「はい…」

留美の股間に埋めていた顔を気だるそうに持ち上げ、淫液で汚れた口の端を、ぐい、と片手で拭う。

そして、慣れた様子で仁王立ちに立ち上がると、彼の股間に顔を寄せた留美が、半勃ちの肉棒を丁寧に、淫乱に咀嚼し始めた。

「う… く…ッ」
「………口に出したかったら、出しても良いのよ?」
「いえ… いいです」
「そう…」

強烈なバキュームフェラで最後の仕上げをすると、留美はすでに袋から出されていたコンドームを口に咥え、
まるで商売女がするように、器用に口唇を操ってコンドームを彼の肉棒に被せきった。

「…今日はどっちの…」
「今日もコッチです」

何かを期待するかのような留美の言葉を、強引に彼が遮る。

そして、やや乱暴に留美の身体をベッドに押し倒すと、彼はゴムに包まれた肉棒を、留美に妖しく蠢く肉肛に密着させた。

「前には挿れてくれないの?」
「そういう約束です」
「ふん、だ… ぁぁぁぁあああ!」

留美の言葉の最後に、彼の肉棒が窄まった肛門を強引に割り開き、留美の肛内に侵入を果たす。

「くっ… 締まる…ッ」

何度味わっても飽きることのない留美とのアナルセックスは、多重の背徳感から生まれる快感を彼にもたらす。

「ふぅ… ねぇ、私のお尻は気持ち良いかしら?」
「…はい」
「普通にセックスすれば、もっと気持ち良いと思うのだけれど?」
「……動きますよ」

留美の言葉を再び無視し、彼はゆっくりと肉棒の抽挿を始めた。

肉棒の動きに合わせて、留美の肛門が押し込められ、捲りあがる。

それは、キャリアウーマン然とした留美の印象からは程遠い淫靡な肉の蠢動であり、
数ヶ月前まではノーマルプレイしか知らなかった彼にとっては、飽きることの無いアブノーマルな肉交であった。

しかし……

くちゅ、と、肛門結合部とやや離れた位置から、水飴を弄るような音が聞こえた。

「…いつでも、ココの準備はできているから……」

その音は、留美の指が興奮に濡れた秘所を弄る音だった……

***

写真の脅迫による留美のセックス強要に対して、彼は2つの条件を出した。

1つはキスをしないこと、そしてもう一つは膣でのセックスをしないことだ。

『…幼稚な抵抗ね。心までは渡さない、という意思表示かしら?』
『幼稚でも何でも良いです』
『もし、私がこれを拒んだら?』
『その時は… 愛梨に全部話して、バイト辞めます』
『……そう、わかったわ』

意外なのは、留美がこの要求を飲んだことだ。

行為中、度々キスやセックスをせがむことはあっても、彼女は積極的に条件を破ろうとはしなかった。

しかし、だからこそ、彼は和久井留美という女性がわからなくなってしまった。

肛門性交などという、女性にとって身体的・精神的ダメージが大きい行為に、なぜ彼女は甘んじるのか?

そして…

「どうして、俺なんだ…?」

和久井留美に自分が『選ばれた』ことが、どうしても彼にはわからなかった…

***

「はぁはぁ… 何を、考えてるの…?」

バックから突かれる身体を強引に捻じ曲げ、潤んだ瞳を彼に向けて留美が言う。

「何でもありません。早く終わりたいだけです」
「そう… そうよね…」

冷たい口調の彼とは裏腹に、留美の声は明らかに昂奮したものだ。

(最近、ずいぶんと感じるようになったな…)

この関係が始まった当初は、アナルセックスというよりも、留美の肛門をつかった自慰行為じみた感覚を彼は持っていた。

なにしろ、留美の肛門の紋扼感は強烈で、ある程度のピストン運動をすると、彼はすぐに絶頂に達してしまい、互いにセックスを楽しむ暇など無かったからだ。

だが、今は…

「あぁ… そこ、そこぉ… そこは気持ち良いわ…」
「…ココですか?」

言われる通りに挿入角度を変え、留美の直腸を肉棒で、こりこり、と擦りあげる。

「あッ! 良いわッ! 気持ち良い…!」
「随分と、感じるようになりましたね…!」
「だって… こんなにお尻でセックスしたから、キミのチンポのカタチを、私のお尻が覚えちゃったんだもの…」

声と共に、留美が肛門を、ギュッ、と締める。

これまでなら、彼の射精感覚を加速させたその行為も、今は余裕を持って対処することができる。

「肛門、引っ張って欲しいんですか?」
「え…?」
「それじゃ、締めててくださいね」

彼が言葉を共に、留美の双臀をがっちりと両手で掴み固定しすると、ゆっくりとゆっくりと腰を引き始めた。

「ああああぁぁぁぁぁぁん!!」

引き抜かれる肉棒に、肛門粘膜が張り付いたまま引っ張られ、まるで捲りあがるようにして留美の肛門が引き伸ばされる。

敏感な粘膜を刺激するこの行為に、しかし、留美は蕩けた表情と嬌声で応えた。

「あぁん… 酷いわ… 私のお尻をこんなにオモチャにして…」
「…貴女が望んだことじゃないですか…ッ!」

ギリギリまで引き抜いた肉棒を、ズン、と音が聞こえそうなほど強く肛腸内に再び突き入れる。

留美の臀部と彼の下腹部が激しく接触し、拍手のような、パンッ、という音が部屋に響いた。

「あぁぁぁぁぁぁぁッッ!! 深い… 深すぎよ…!」
「黙っててください…」

女性の後穴を征服する劣情が、彼を暴力的な行為に走らせる。

「………ッ!?」

よくセットされた留美の後頭部を片手で押さえ、顔をベッドに押し付ける。

空いた片手は手形が残るほどに強く留美の臀部を把持し、深く挿入された肉棒を、グリグリ、とグラインドさせると、
シーツに押し付けられた留美の顔から、くぐもったうめき声が漏れた。

「こういうの、好きでしょ?」

押し付けられた頭を僅かに揺らし、留美が必死に否定の意思を伝える。

が、しかし、彼は不意に手を秘所に伸ばすと、そこは大量に分泌された愛液によって、しとどに濡れぼそっていた。

「ほら、こんなに濡れてる」

指で掬った愛液を留美の頬に擦りつけてやると、留美の体が屈辱と愛辱に戦慄く。

「いきますよ」

宣言と共に、彼が再び腰を前後に激しく動かし始めた。

「ッッッッッ!!」

声にならない、しかし、はっきりとそれとわかる嬌声を上げ、留美は絶頂に達した…





15.

「愛梨が… なにか感づいているみたいです」

行為後、ベッドに腰掛ける彼の股間に留美が顔を埋める、いつものお掃除フェラ。

その最中のその台詞に、留美は、ピクリ、と動きを止めた。

「…感づいているって、何を?」
「今日も聞かれました。『隠し事してないか』って… 誤魔化しましたけど」
「そう…」

その気の無い返事に、彼の苛立ちがつのる。

「愛梨にばれる前に、こんな関係終わりにして下さい!」
「……………」

彼の言葉に、留美が何かを考え込むように目を伏せる。

が、数瞬、彼女は彼の肉棒を、ぢゅぢゅぢゅ… と勢い良く啜ると、舐め取った精液を溢さないよう、しっかりと口を閉じて立ち上がった。

「留美さん!」

怒気荒く呼ぶ彼の声を努めて無視し、口腔内の精液を、ごくり、と嚥下すると、留美は「シャワーを浴びてくるわ…」と言い残して部屋を去った。

「……クソッ!」

1人残された彼は、がしがし、と頭を両手で掻き毟り、ついでベッドに倒れこんだ。

「…何とかしないと」

このままでは絶対にまずい。

なんとか留美との肉体関係を解消しなければ、きっと自分は愛梨と別れることになる。

そんな彼の視界に、チラリ、と黒いエナメルバッグが映った。

「…留美さんのバッグ」

チラ、と留美が消えたシャワールームに視線を送る。

愛梨もそうだが、女性はシャワー時間が長い。充分な時間があると思った。

「何か… 何かあれば…」

ひょっとしたら、このバッグの中に留美の“弱み”があるのかもしれない。

心の良心がわずかに警告を発するが、彼はそれを無視し、留美のバッグを手に取り物色を始めた。

そして、

「これは… 手帳、か?」

化粧ポーチや財布の他に、女性が使うにしては無機質な、掌サイズの小さな黒手帳が見つかった。

「これに、何か留美さんの秘密があれば……!」

ごくり、と唾液を飲み、彼は期待を込めて手帳を開いた。

しかし、数瞬後には、期待はあっさりと落胆に変わってしまった。

「…なんだこれ、去年の手帳じゃないか」

その手帳の日付は去年のものであった。

しかも、その内容は、マメな留美にしては酷く簡素なもので、カレンダー欄に走り書きのような数字の羅列、
そして、何かの予定だろうか、日付に定期的な赤丸が記されているだけだった。

「何の意味が… って、あれ、この手帳、どこかで……」

手帳そのものは、少し大きな本屋に行けば売ってある大量生産品だ。

だが、彼にはなぜかその手帳には見覚えがあった。

「うーん、どこで見たっけなぁ…」
「そんなもの見ても、何も書いて無いわよ」

突然、背後からそう声をかけられ、彼は心臓が口から飛び出るほど驚いた。

「あ、留美、さん…?」
「好奇心? それとも、弱味でも知りたかったのかしら?」

彼の背後に、首にタオルをかけただけの、ほぼ全裸の留美が立っていた。

留美の手が、スッ、と伸びて、彼の手から手帳を静かに奪う。

「……昔、私を捨てた男の手帳よ。いつか訴えてやろうと思って、肌身離さず持っているの」

衝撃的なその告白を、しかし、彼はしっかりと受け取めることができなかった。

「捨てた…?」
「重い女は嫌いだそうよ」

手帳をバッグに戻すと、留美は「で、なんの話しだったかしら?」と彼に声をかけた。

「あ、いえ…」

彼としては、再び肉体関係の解消を迫りたかったが、こんな場面を見られてしまっては、状況的に強くは出れない。

(クソ… もしかして、また嵌められたのか…?)

あまりに短いシャワー時間に、彼が暗い気持ちで居ると、留美はなぜか自然な笑顔を浮かべて彼に寄り添った。

「…女性の私物を勝手に物色するのは、あまり褒められた行動じゃないわね」
「それは…! でも……… ……すみません」

情事の隠し撮りを棚上げにした留美の発言だが、彼は頷くしかなかった。

「ふふ、それじゃ、許してあげる代わりに、ひとつだけ、私のお願いも聞いてちょうだい」
「え、なんですか?」

きょとん、と疑問を現す彼に、留美はさらに身体を寄せると、彼の耳元に甘く、甘い声で、囁いた

「ぎゅっと抱きしめて、キスをしてちょうだい…」

スーッ、と、留美の両手が彼の身体に伸びる。

「嘘じゃないの…」

ポツリ、と呟かれるその声は、何の飾りも無い、和久井留美の言葉に思えた。

「温もりが欲しいのは… 嘘じゃないのよ……」

伸びた両手が、彼の身体にそっと巻きつく。

これまでであれば、それは邪険に払われるだけ仕草。

しかし、今夜は…

「……わかりました」

彼にそれを拒否する理由は無かった。

***

「もっと… もっとギュッとしてちょうだい…」

彼の両腕が、細い留美の体を、ギュッ、と抱きしめる。

互いに全裸のままだから、留美の形の良い美乳が青年の胸板で潰れ、勃起した乳首がコリコリと刺激される。

「逞しいわ、凄く…」

どこかうっとりしたような留美の言葉に、彼が複雑な心境で「…少しは鍛えていますから」と答えた。

「そういうの、好きよ」

不意に呟かれた留美の言葉に、彼の心が、ギクリ、と狼狽の色に塗られる。

「留美さん…?」
「少しぐらい、甘えたっていいでしょう?」

抱きしめられた留美の身体が脱力し、双眸を閉じて顔を男の胸板に寄せる。

散々迷ったあげく、彼が片手を回してそっと留美の頭を押さえると、
彼女は待ってましたとばかりに、「はぁぁぁ……」と歓喜のため息を吐いた。

「…ねぇ」

完全に満ち足りた口調で、留美が彼を見上げてねだる。

もう完全に観念した彼は、心の中で何度も愛梨に謝罪しながら、ややぎこちなく口唇を留美に寄せた。

ちゅ、と互いの口唇が触れたその瞬間、ぬるり、と留美の舌が彼の口唇を割って入ってきた。

「ッ……」

ある程度予想はしていたのだろう、彼はそれを驚きつつもしっかりと受け止め、2人の肉舌が艶かしく絡み合った。

(………………あ)

その、ディープキスの最中、彼は、一つの発見を得た。

(留美さん、煙草吸うんだ……)

留美の口舌から、ほのかに苦い、煙草の匂いと味がしたのだ。

(意外だな…)

留美は――アイドル全般がそうだが――美容と健康に人一倍気を使う。

そんな彼女が、咽頭を害する可能性のある煙草を嗜むのは、けっこう意外に思った。

「んぅ… ちゅ、ちゅ…」

彼がほんの少し意識を逸らしている間も、留美は飽きることなく彼の口唇を吸い続けた。

「留美さん… ちょ、ちょっと休憩…」
「嫌よ」

流石に息が続かなくなった彼が口唇を離すが、いつの間にか互いの両脚も絡んだ男女の肢体は、ぴくり、とも離れてくれず、
すぐに留美が寄せた口唇は、再び彼の口唇にぴったりと密着した。

「んーー…… んぅ…」

とうとう観念した彼は、留美の口舌に為されるがままに脱力し、ただ鼻腔呼吸を強く意識し窒息の回避に努めるのみだ。

そんな彼とは対照的に、留美は彼の口から魂まで吸い尽くすかの様に、時に短く激しく、時に長く濃厚にディープキスを続けた。

「…………はぁ! はぁはぁはぁはぁ…………」

いったい、何分間キスをしたのだろうか?

ようやく離れた留美と彼の口唇は、当たり前のように唾液の橋が、とろん、と銀の糸を引き、互いの胸に墜ちた。

「はぁはぁはぁ…… 良かったわ… すごく……」

肉体的な性感とは別の、精神的な充実感を感じさせる口調で留美が言う。

「キス… 好きなんですね…」
「…ええ、とても」

再び、男の胸板に顔を寄せて留美がぼんやりと呟く。
      カノジョ
また一つ愛梨を裏切ってしまった彼だが、女がこうまで幸せそうにしている様を見ると、
破廉恥なことではあるが男としての充実感を感じてしまった。

だから、呟いてしまった。

「キスだけで良かったら… これから良いですよ」
「……良いの?」

一瞬、不安そうに聞き返し、次の瞬間、まるで童女のようなあどけない笑みが浮かぶ。

その表情に絆されてしまい、彼は曖昧な表情のまま、つい、首を立てに振ってしまった。

「ありがとう」

それは計算だったのか、それとも、自然な動作だったのか。

感謝の言葉を言った後、留美は、コテン、と頭を彼の胸板に乗せ、そして、しばらくその感触を楽しんだあと、

「ぢゅ、ぢゅぢゅぢゅ……!」

甘えるように、じゃれるように、彼の首筋をその口唇で甘く、そして、強く吸った。

「ッッッ! 留美さん!」
「え… あっ…!」

ふと、我に返った時には、すでに遅かった。

留美の吸引により、彼の首筋には、うっすらと紅いキスマークが刻まれてしまっていた。

「ご、ごめんなさい! そんなつもりじゃ…」
「えっと… 流石にこれは…」

慌ててスマホを起動し、インカメラで首筋を確認する。

「……微妙」

紅い斑点は、強弁すれば擦過による炎症に見えなくも無い。

「本当にごめんなさい… ええと、温めれば少しは消えるから…」
「愛梨はこういうのに鈍いと思うから、多分、平気だろ…」

どっと疲れが出たのか、どこか投げやりに呟くと、彼はベッドから立ち上がった。

「…怒ってる?」

ふと視線を落とすと、誰もがその美貌を羨む美女が、弱気な姿など見せない知的な美女が、
まるで叱られる前の子供のような不安な表情で見上げている。

「…いや、キスして良いって言ったの、俺だし…」

そんな姿を怒るに怒れず、彼は照れ臭そうに笑った。

「…留美さんの、そのレアな顔で、チャラにしてあげます」
「な、なによ、もぅ……」
「ハハ、さっきも言ったけど、愛梨は鈍いからバレませんよ。 …今までバレてないんだから」
「あ… ええ、そうね…」
「シャワー浴びますね。そしたら少しは消えるだろうし、もっとバレませんよ」

話しているうちに自信が出たのか、彼は落ち着いた口調でそう言った。

そして……


***

翌日、346プロダクション、玄関ロビー。

「…ねぇ、それ、キスマークだよね?」

今を煌めくアイドルが、自慢の彼氏に、鋭い詰問を投げかけた…

はい、とりあえず今日の投下分は終了です。
残りは明日投下予定ですので、よろしくお願いします。
ではでは。

非常によろしいss
過去作とかあれば教えて欲しい

あーい、帰宅しましたー
21時から残りを投下します

それでは投下を開始します。




16.

「え… キスマーク?」

不意のその詰問に、彼は無意識のうちに片手で首筋を押さえてしまった。

その仕草を当然愛梨が見逃すはずは無く、彼女の表情が見る見るうちに悲嘆に歪む。

「やっぱり… 浮気してたんだ……」
「ち、違うよ!」

突然の愁嘆場に彼が慌てて否定する。

「えと… とりあえず、コッチ来て!」

流石に外来者が多い玄関ロビーでする話ではない。

彼は愛梨を引っ張るようにして移動し、いつもの個人レッスン室へと連れ込んだ。

「…キスマークとか、知らないから」

努めて平静を装い、諭すように愛梨に話しかける。

「だって… そのクビの赤い痕…」
「だから、知らないって。虫刺されか何かだろ?」
「今、冬だよ!」
「冬にだって虫ぐらい居るさ。ホントに知らないから!」

語気強い彼の言葉に、愛梨は、ビクッ、と身体を震わせた。

「あ、ゴメン…」
「うぅ… ひっく、ひっく…」

慌てて彼は謝罪をするが、すでに愛梨の両目には涙が溢れ始めていた。

「やだよぉ… 浮気しちゃやだぁ…」
「してないよ… 本当に浮気なんかしてない…」

彼の脳裏に、『浮気じゃないの』という留美の言葉がリフレインする。

しかし、実際に自分の行為は浮気以外の何物でもなく、白々しい嘘を吐かなければならないこの身を彼は呪った。

(ちくしょう… どうにかして宥めないと…)

いっそ、この場で洗いざらい告白してしまい、愛梨に許しを請うのはどうだろうか?

その考えが頭に浮かび、一瞬、そうしようと口を開きかけた、が、

『温もりが欲しいのは… 嘘じゃないのよ……』

なぜか、本当になぜか、昨夜耳元で囁かれた、留美の言葉が頭を過ぎり、彼は言葉を発せなくなってしまった。

「…………………………」
「…………………………」

気まずい沈黙が2人を支配し、心が張り裂けそうな不安と焦燥が躍る。

(もっとちゃんと隠しておけば…)

キスマーク痕をそのままにしておいた自分が心底嫌になる。

昨夜、留美のアドバイス通りに温めて消すか、あるいは、バンドエイドなどで隠すべきだった。

(俺のミスで… 愛梨が泣くことになるなんて……)

その時、ふと、気付いた。

(あれ…?)

気付いた。

(なんで…?)

気付いてしまった。

(なんで俺、留美さんのせいって、そう考えないんだ?)

関係を強要したのも、キスマークを残したのも、全て和久井留美がやったことだ。

被害者は彼と愛梨で、全ての加害者は留美であるはずだった。

それなのに、彼は、留美に対して、怒りの感情を持つことが出来ずにいた。

(嘘だろ… もしかして、俺…)

泡のように浮かんだ恐ろしい感情に、彼の心がのたうちまわる。

(いや! そんなはず無い! そんなこと無い! 無いんだ!!)

感情は、抑圧され、相反し、それを踏みしめ心を固める。

「愛梨… 不安にさせてごめんな… 最近、スキンシップなかったし…」

平静な声が口から出てくれた。

それに安堵した彼は、にっこりと笑顔を浮かべ、そっと両手を愛梨に差し出した。

「浮気、してないから。ほら、来いよ」

その、愛しい彼の抱擁の誘いに、愛梨は涙目のまま満面の笑みを浮かべることが出来た。

「本当に… ホントに浮気じゃないかって心配したんだからぁ…」

ぽす、と愛梨が彼の胸板に飛び込む。

懐かしく、そして居心地の良いその感触にホッとして、彼は愛梨を抱きしめようとその腕を閉じた。

しかし、

「あ、れ…?」

その閉じた腕の中に、愛梨は居なかった。

「お、おい…? どうしたんだよ?」

愛梨は、彼の胸に飛び込んだ時よりも、ずっとずっと素早く、彼のもとから飛び離れていたのだ。

それは、普段の愛梨からは想像もできないような機敏な動きで、その表情は…

「や、だ……… やだぁ…」

絶望に満ちていた。

「愛梨…?」
「匂い…」
「え…?」
「女の人の、匂い…」

ゆがむ、ゆがむ、彼の顔が、愛梨の表情が、ゆがんだ。

「他の女の人の、匂いがした…」

サーッ、と血の気が引く音が、した………




17.

「気のせい、だよ」

搾り出すように声を発するが、その声は、ひび割れ、しわがれていた。

昨日は情事後にきっちりシャワーを浴びた。

しかし、それでも、自分の身体に和久井留美の香りが残っている可能性を、彼はついに否定できなかった。

「なんで… 嘘吐くの…?」
「嘘じゃないよ! 俺は…!」
「ヤダッ! 嫌いッ! 最低ッ!!」

ふっ、と風が動いた、次の瞬間、

パシーーーンッッ!!

乾いた打擲音が部屋に響いた。

それは、愛梨が思いっきり彼の頬を引っぱたいた音だった。

「あ……」

叩かれた衝撃よりも、これで何かが終わってしまったという衝撃が、彼を打ちのめした。

「ばかぁぁぁぁ!!」

呆然と立ち尽くしてしまった彼を尻目に、愛梨は脱兎の如くレッスン室から走り去った。

戸外で誰かの「キャッ!」という悲鳴が聞こえ、軽いが荒々しい足音が響き、そして、消えた。

「あ、愛梨…!」

彼は愛梨が消えたドアに手を伸ばし、身を伸ばし、しかし、足は、まるで床に縫い付けられたように動かなかった。

終わった。と、その一言が頭の中を、ぐるんぐるん、と駆け巡る。

伸ばした手が、力を失い、だらり、と身体に垂れ下がった。

ふらふら、と足がもつれ、レッスン室の壁にどかっと背中を預ける。

「……ちくしょう、ちくしょう………」

嗚咽すらも出てくれない。ただ、ひたすら、後悔と憤怒が彼を無茶苦茶に引き裂いていた。

そこに……

「ねぇ、今愛梨ちゃんが凄い勢いで走って行ったけど、どうしたの…?」

和久井留美が、現れた。




18.

その顔を認識した瞬間、彼は全身の血液が頭に、カーッ! と駆け上るのを確かに感じた。

「アンタ…… アンタがッ!!」

ザッ、と身を翻すと、入り口で呆然と立つ留美を強引に室内に引っ張りこむ。

そして、脚で乱暴にドアを蹴り閉めると、そのまま、磔にするように留美をレッスン室の壁に突き飛ばした。

「キャ! ちょ、ちょっと乱暴はやめて!」
「うるさい!」

勢い良く伸びた彼の右手が、留美の頭部の右横に、ダンッ!!とぶち当てられる。

俗に言う『壁ドン』の状態だが、それはネットや恋愛小説で形容される甘い情況ではなく、明らかに暴力と恐怖を象徴する動作だった。

「お、落ち着いてちょうだい…! 何があったの?」
「何があった? 何があったって…!?」

彼は完璧に錯乱していた。

ただ、愛梨が泣いたことが、愛梨が悲しんだことが、そして、愛梨に拒絶されたことが、この目の前の女が原因であること、それだけは理解できた。

「アンタのせいで、愛梨が泣いたんだ… 愛梨が…」
「…………そう」

今にも男の拳が自分に叩きつけられるかもしれない。

そんな、恐ろしく暴力的な雰囲気と状況に全身を震わせながら、だが、留美は全身全霊を込めて言葉を紡いだ。

「バレたのね、彼女に、私たちの関係が…」
「私たちッ!? アンタが強要したんだろうが!」

彼が留美の両肩を掴み、痣が出来るほどに強く強く掴む。

強烈な痛みに顔を顰めながら、それでも留美は絞りだすように「許容したのは、キミよ…」と言った。

その言葉は完全に火に油を注ぐ言葉だった。

血走った眼が視界を紅く染め、思考が暴力的発想に支配される。

そして、トドメの一言が発せられた。

「キミも、私とのセックスを、楽しんだじゃない…!」

そして、彼は、切れた。








19.

両肩に置かれた彼の手が、スーッ、と留美の胸元に伸びて、彼女がいつも着ているレディスーツとブラウスを、むんず、と掴んだ。

「あ…!」

そして、留美が静止する間も与えず、彼は両腕に力を込めると、力任せに左右にそれを引き千切った。

ビリィィィィッッ!! と派手な音を立てて、スーツとブラウスが真横に引き千切られ、いつか見た黒いブラジャーが露わになる。

「ちょっと!」
「……………」

留美も制止を黙殺すると、彼はブラジャーを荒々しくまくりあげ、外気に触れた留美の乳房に、がぶり、と噛み付いた。

「嫌ぁぁぁ! 痛いッッ!!」

ギリギリ、と乳首を歯で捻噛まれる激痛に、思わず留美は叫んだ。

しかし、その女の悲鳴は、完全に獣となった男を悦ばせるだけだった。

「……もっと悲鳴あげろよ! お前を壊してやる…ッ!」

噛んでいた口を離し絶対的な宣言をすると、彼は今度はスカートを無理やり足首まで降ろし、
ブラジャーとお揃いの黒いショーツのクロッチ部に、中指を強引に突き立てた。

「ひっ…!」

女性の急所に指を突き立てられ、流石に恐怖を感じた留美の口から悲鳴が漏れる。

「や、やめなさい! 今ならまだ!」
「うるさい!」

欲情のままに彼が留美を床に引き倒すと、黒ショーツに包まれた真っ白な、ぷりん、とした臀部が目の前に現れた。

その、ひどく女性的で美しく整った造形を前に、彼は自分の獣性がどんどん昂ぶるのを明確に自覚した。

自然と、手が大きく振りかぶられ、狙いを定め、力を込め、一気に…!

パーーーーーーンッ!!

「ぎゃあああぁぁぁぁぁぁッッッ!!!!」

炸裂音と共に、彼の手が思いっきり留美の白いお尻に打ち付けられた。

「はは、昨日のお返しだ…!」

打擲した手をずらすと、それまで真っ白だった留美のお尻に、赤く大きい手形がはっきりと刻まれていた。

「お、お願いやめて… 乱暴しないで…」
「嫌です」

その哀願が恐ろしく心地良い。

愉悦を手にした彼は、今度は逆の手を振りかぶり、反対側のお尻を力いっぱい打擲した。

再び生じた炸裂音と留美の悲鳴が、激情をさらに加速させる。

「もっと! もっと叫べよッ!」
「嫌ぁぁぁぁ! やめてぇぇぇぇッッ!!」

とうとう四つ這いのまま逃げようとした留美を、彼は覆いかぶさるように拘束すると、
暴れる彼女を男の腕力でねじ伏せ、何度も何度もスパンキングを続けた。

「ひぎッ! あぁぁぁッッ!!」

パーーーンッ!! パーーーンッ!! と打擲音が響くたびに、留美の身体が大きく振るえ、可憐な口から苦悶の呻きが漏れる。

その内に彼はとうとう黒ショーツも引き下げると、まだ白く残る肌を紅く染めるべく、執拗に留美のお尻を打擲した。

「嫌ぁ… やめて… お尻痛いの… 痛いのぉ…」

数分後、留美の臀部は、正常人であれば思わず目を背けるほどに痛々しく、苛烈に紅く染まっていた。

「酷い… 酷いぃ……」

ここまで陵辱されたら、もはや女が抵抗できるはずも無い。

ようやく打擲を止めた彼の、「ケツをあげろ」という非常な声に、留美は激痛を堪えながら従うしかなった。

「挿れてやるよ、嬉しいだろ?」

紅い尻ぼたを左右に、ぐい、と開かれ激痛が増すが、しかし、留美にはもっと切実な恐怖が存在した。

「い、挿れるって、ドコに…!?」
「あぁ? アンタに挿れる穴は、ココに決まってるだろ?」

彼の人指し指が、何のためらいもなく、ずぶり、と留美の肛門に突き刺さる。

ローションもなく、乾いた肛門にごつごつした男の指を挿入され、留美はさらなる激痛を感じ「ダメッ! 止めてッ!」と叫んだ。

「無理よッ! ローション無しじゃ裂けちゃう!」
「うるさい! あんだけチンポ咥えておいて裂けるわけねぇだろ!」
「いつもはちゃんと準備してるの…  ちゃんと貴方を受け入れられるよに準備して…」

留美が、必死の形相で彼に哀願する。

「お願い… 今日は準備してないの… ゴムも無いし… 貴方を、汚しちゃう…」

彼は知らなかったが、留美は彼と情事の際には、必ず腸内洗浄をしてからアナルセックスに臨んでいた。

それは、初めて彼と繋がった晩も例外ではなかった。

「……昨日、貴方とアナルセックスしてから、トイレに行ってないの… 汚しちゃうわ…」

お尻と同じぐらい顔を真っ赤に染めて、留美は自らの痴状を告白した。

「いつもは、事前にお浣腸してるの… だから…」

男のペニスを直腸で受け入れるためのその努力は、女にとって酷く惨めで憐れで、そして痛々しいものだ。

だが、そんな悲痛な告白も、今の彼には届かなかった。

「…だったら、コッチでしてやるよ」

指を肛門から強引に抜くと、彼は露出したペニスを、ぴたり、ととある器官に宛がった。

「え……?」
「ココなら、文句ないだろ? アンタだって、望んでたんだ…!」

留美が振り返ると同時に、

ズンッ!

「……………ぁぁぁぁぁぁああああああああ!!!!!」

その秘裂に、彼のペニスが強引にねじ込まれた。








20.

パンッ、パンッ、パンッとリズミカルな打擲音がレッスン室に響く。

それは、肉と肉とがぶつかり合う音で、留美にとっては苦痛の、そして、彼にとっては悦楽の音だった。

「す、少し休ませて… 痛いの… 痛いの…!」
「うるさいッ!」

真っ赤に腫れ上がった臀部と、そして、潤滑不足のまま荒々しい肉棒の侵入を受けた膣とが、重複する痛みを留美に与える。

しかし、そんなことは意に介さず、彼は数ヶ月ぶりのセックスに溺れていた。

「クソッ! やっぱケツより全然気持ち良いじゃねぇか!」

早くこの穴を蹂躙していれば良かった。

どうせ破局を迎えるのなら、早くこの女の誘惑に負けていればよかった。

暗い思考を拡げながら、彼は身体全体をバネにして留美のヴァギナを蹂躙した。

「ひぎぃッッ!」

これが、きちんとした前戯を経た挿入であれば、彼女はそうとうに乱れ、悦楽の嬌声を発していただろう。

しかし、若さに牽引された強引なピストン運動は、当然、留美にとっては苦悶の拷問だった。

「うぁぁぁ… 痛い… 痛いのぉ…」

あまりに留美が「痛い」と連呼するので少し興が削がれたのか、彼は「チッ…」と舌打ちを一つ打つと、
深く膣内に肉棒を突き刺したまま動きを止めた。

「はぅ……」

子宮口を抉られ、トドメを刺されたような吐息が漏れる。

不意に、留美の前に彼の指が差し出され、一言「舐めろ」と声をかけられた。

その意味するところを理解し、留美は必死になって彼の指をしゃぶり、舐め、自身の唾液をふんだんに塗布した。

「よし、一度抜くぞ」

ずる、と膣肉を捲りながら肉棒が引き抜かれる。

そして、間髪居れずに唾液塗れの指を挿入され、思わず留美は「はぁぁぁん…」と悦楽めいた吐息を漏らした。

「へぇ、レイプされて感じてるんだ? アンタ、やっぱりマゾなんだな」
「ち、違うわ…」
「どうだか…」

唾液によりようやく潤滑を得た膣内を、彼の指が引っ掻くように刺激する。

それは乱暴ではあるが確かに愛撫で、留美はその僅かにもたらされた悦楽に必死になってしがみ付いた。

「はぁ… はぁ… はぁん…」
「……………」

明らかに膣内の潤滑が増したのを確認すると、彼は無言で指を引き抜き、再び肉棒をヴァギナに押し当てた。

「ぁぁぁんッ!」
「…クソッ!」

挿入の瞬間、留美から発せられた確かな嬌声に、彼は不快感を感じて悪態をついた。

「マゾ女め… アナルセックスが好きだったり、レイプで感じたり、アンタ、つくづく変態女なんだな」
「そ、それは違うわ!」
「違わないさ。はは、元キャリアウーマンのクールアイドルが、本当は淫乱変態女だったなんて、芸能雑誌にリークしたら良いネタになりそうだな…!」
「やめて… お願い… そんな事言わないで…」

再び声に嗚咽が混じるが、しかし、肉体は別だった。

ぐちゅ、ぐちゃ、ちゅく…

肉棒が荒々しくピストンされるたびに、2人の結合部からは新鮮な愛液が飛沫をあげていた。

彼女の肉体は、とうとうこの拷問の様なセックスに順応し、明らかな快楽を持ち主に返していたのだ。

「はぁん… んぁぁ……」

留美の口から甘い吐息が漏れる。

そしてそれは、女の反撃が開始された合図でもあった。

「くっ… 締まる…」

それまで、どちらかといえば被虐による精神的悦楽を味わっていた彼だったが、
潤滑を増し、男を迎え入れる準備を整えたヴァギナにより、今度は肉体的快楽を強烈に味わいはじめたのだ。

「……すげぇ」

愛梨以外、初めて経験する2人目の膣は、その持ち主の外見に相応しい洗練された名器だった。

肉感的に“蚯蚓”と形容したくなる膣壁が、優しく強烈に肉棒をしごきあげる。

挿入するときは優しく拒むような抵抗を受けるのに、引き抜こうとすると逆に離すまいと吸い付いてくる。

愛梨のモノとは全く違うその脈動に、彼は性感が急速に高まるのを感じた。

「……くっ、そろそろ」

彼の呟いたその一言に、留美が敏感に反応した。

「だ、出すなら外に出してちょうだい! 中は駄目よ!」

それは、大人の女性として当たり前の主張ではあったが、皮肉なことに、それが彼の嗜虐性を復活させることとなってしまった。

「そっか… ナマだからこんなに気持ちいいのか…」
「…ええ、だから」
「それじゃ、中に出すぞ」

言葉の後、彼は留美の臀部を強く強く掴み、肉棒を最奥へと突き刺した。

「だ……ッ!」

駄目! と言葉を発する暇は無かった。

「う… 出るッ!」

短い宣言と共に、彼の肉棒から勢い良く精液が発射され、留美の膣内を白く白く染め上げた…




21.

「嘘… 中に出してる…!」

身体の一番奥、男だけが到達できる女の最奥に、熱い迸りを感じる。

それは、本能で理解できる、射精の熱だった。

「抜いて! 早く抜いて! 赤ちゃんできちゃう!」
「へぇ、危険日なんだ?」
「違うわ… でも、安全日でもないから…!」

留美が必死に訴えるが、彼は肉棒を最奥から動かそうとはしなかった。

「お願い、早く…」
「…嫌だ」

ポツリと呟かれた彼の言葉は、まるで駄々をこねる子供のような、そんな声だった。

「嫌だよ…」
「どう、したの…?」

怪訝に思った留美が苦労して首を捻じ曲げ、自分を背後から犯す男の顔を見る。

彼は、泣いていた。

「キミ…」
「留美さんのせいだよ… 留美さんの…」

その言葉に、留美は強烈な罪悪感を感じてしまった。
.・ .・ .・ .・ .・
それが目的だったのに、罪悪感を感じてしまったのだ。

「ごめんなさい…」

留美の口から、するり、と謝罪の言葉が漏れ出た。

身体はがっちりと男が掴んで離してくれないから、片手を伸ばして彼の涙を優しく拭う。

そうして、何かを観念したかのように顔を地面に伏せると、ぎゅぅぅ、と膣を絞りあげた。

本能的に、それが再開の合図だと悟った彼が、ゆっくりと腰を引き、そして、突いた。

「……ぁん」

精液と愛液とが混ざり合った淫液が、ぐちゅり、と結合部からいやらしい飛沫をあげる。

その音が、なぜか互いに気恥ずかしくて、そして、なぜか互いに好ましくかった。

「体勢変えるよ…」

ボソリと言うと、彼は肉棒を膣内から抜かないまま、器用に留美の身体を一回転させ、正常位となった。

「痛…」

打擲で真っ赤になったお尻が地面に触れ、思わず留美の口から苦悶の声が零れる。

すると、彼は無言で留美の腰を抱きしめると、結合部を軸にして、ゆっくりと留美の体を持ち上げ始めた。

「あ、あ、あ…! 深いぃ…!」

留美の身体が持ち上がるにつれ、肉棒の挿入角度が深くなり、最後には胡坐をかいた彼の上に留美が大股開きで腰掛ける椅座位になった。

「…………」
「…………」

この体位だと、自然と2人が至近距離で見つめ合うこととなる。

どちらが先に動いたのだろうか?

気付いたときにはキスをしていた。

「…あっという間に慣れちゃったわね」
「言わないで下さい、そんな事…」

ゆっくりと腰を揺らしながらキスを交し合う。

ぢゅく、ぢゅ、ぢゅぅ…

結合部からの粘着音と、口腔と舌が絡み合う粘稠音が、淫らなハーモニーを奏でる。

彼の手が留美の乳首に伸びると、そこはコリコリに勃起していて、留美が恐ろしいまでに興奮しているのが良くわかる。

「興奮、してますね」
「…これで興奮しないのなら、オンナを辞めるしかないわ」
「そうですか…」

乳首を軽く抓ると、留美が「あぁん…」と鼻にかかった嬌声をあげる。

そして、腰から背中に、つつー、となぞるように指を動かすと、ぞくり、と留美は肌を振るわせた。

「……キミに優しくされるのは、すごく新鮮ね」
「…また、激しくして欲しいんですか?」
「うぅん… 優しく、シテ…」

その言葉に、彼は両手で留美の身体を抱きしめると、甘く優しく腰を振った。

「あぁ… そんな事をされると、たまらないわ……」

男に身体を完全に拘束され、膣奥をかき回され、留美は精神的にも肉体的にも深い絶頂を味わった。

「……留美さん、そろそろ」

彼が二度目の絶頂を予告すると、留美は瞳を閉じて暫く沈思黙考した。

そして、僅かに瞳を開いて彼を見ると、小さく、しかし、はっきりと首を縦に降った。

2度目の射精は、絶頂と共に迎えた…






22.

「まだスルの?」
「あと一回だけ…」

都合2回、女の胎内で思う存分享楽を堪能した肉棒は、しかし、それでも満足してくれなかった。

どうしても萎えてくれない分身に半ば呆れながらも、彼はさらなる悦楽を求めて腰を揺らし始めた。

その時だった、

コンコン…!


「ッッ!!??」

背後のドアがノックされ、2人が同時に背筋を震わせた。

そして、遠慮がちにドアを開けて入ってきたのは、優しそうな眼鏡が特徴の、まるで女子高の新米教師のような男だった。

「あ… プロデューサー…」
「……………ッ!」

男――十時愛梨のプロデューサーの姿を見た途端、弾かれたように和久井留美が動いた。

彼を突き飛ばすようにして立ち上がると、どこからともなく取り出したハンカチを股間にあて、足首までずり落ちていた黒ショーツを強引に引き上げる。

そして、奇跡的に破れていなかったタイトスカートとブラウスをあっという間に着直すと、後は脇目も振らずにレッスンのドアに突進した。

「……後でお話があります」
「…………」

ドアをくぐる瞬間かけられたプロデューサーの言葉を黙殺し、留美は決して走らず、しかし、歩くには速すぎる速さで去って行った。

「……………はぁ~」

留美が出て行ってきっちり15秒後。

プロデューサーは盛大なため息を吐いて額に手を当てた。

「なんだか愛梨ちゃんが元気ないから、どうかしたのかと思ったけど… きみ達……」

その口調は咎めるというよりは、むしろ第3者を気遣う丁寧なものだった。

「その… きみ達、いつからなんだい?」
「あ、そのッ! 俺たち、そういう関係じゃ!」
「いや、ちょっと落ち着いて… ああ、ソレ、早くしまいなさい」

プロデューサーから指を差され、彼は淫液にまみれた肉棒を情けなさそうにズボンにしまった。

「しかし… すごい匂いだね、ココ。しばらく立ち入り禁止にしなきゃ…」

壁面の換気扇スイッチを、ぱちり、と操作し、プロデューサーは何ともいえない表情で言った。

「とりあえず、場所を変えようか… 僕も少し落ち着きたいから」

その苦しそうな言葉での提案に、彼はただ頷くことしかできなかった。

***

「よかった、誰も居ない」

346プロにいくつか点在する喫煙所に来ると、プロデューサーはコーヒーメイカーでココアを作ると、落ち着きなくベンチに座る彼に差し出した。

「はい、とりあえず飲んで落ち着いたら?」
「あ、ありがとうございます…… アチッ!」
「ああ、熱いから気をつけてね…」

そう言うと、自分は空手のままベンチに座り、「う~ん…」と言い辛そうに口を開いた。

「まず、これは社会人として叱ることだけども、ああいう行為を会社でするのは良くないよ」
「あ、はい、気をつけます……?」

意外すぎる『大人の注意』に、彼は面食らって惚けた返事をしてしまった。

「うん、気をつけて欲しいな… って、いや、本題はそうじゃなくて、さ…」

まいったなぁ、と一言呟いてから、プロデューサーはやおら真剣な表情になった言った。

「……愛梨ちゃんと、上手くいってなかった」
「…………」
「まぁ、擦れ違いばっかりだったからね。互いにフラストレーションが溜まっていたことは理解していたよ」
「それは… そうですけど…」
「うん、でもね」

眼鏡の奥の瞳の色が、真剣なそれに変わる。

「だからって、浮気は駄目だよ。最低な行為だ」
「………はい」

その言葉は、死刑宣告のように彼の胸を打った。

カップを持つ手が震え、じわりじわりと目尻から涙が溢れ出す。

「すみません… 俺、とんでもないことを…」
「うん、そうだね」

プロデューサーが彼の背を、ぽんぽん、と叩くと、それが契機となって大粒の涙が流れ出した。

「愛梨ちゃんにはバレてるの?」
「わ、わかりません… 疑っては、いました…… さっきも、それでケンカになった」
「そっか… それならフォローを入れればなんとかなるかな…」

頭の中で何かの算段を付けると、プロデューサーは毅然とした表情で告げた。

「きみの事だから、何か事情があったんだとは思う。だけどね…」

スッ、と背中から手を離し、身体全体を彼に向ける。

「今のきみを、愛梨の傍に置くわけにはいかない。これは、愛梨のプロデューサーとしても、2人の共通の知人としても譲れない」
「それはッ! それは… でも…」
「でも、は無しだよ。きみが一番よく分かっていることじゃないか?」

再び、愛梨がレッスン室を走り去ったときの喪失感が彼を襲う。

留美との激しい情事で忘れていた負の感情が、怒涛のごとく蘇ってきた。

「俺… 嫌です… 愛梨と別れたくありません…」
「その想いがあるのなら、どんな事情があろうと、誠実でいなきゃいけなかったんだよ」
「聞いてください! 俺、和久井さんに脅されて、仕方なく…!」
「それは留美さんからもしっかり事情を聞きます」
「写真を撮られたんです! 車で… その、手で強引に手コキされて… その現場を写真に!」
「………だとしても」

言葉を選ぶように、傷つけないように、プロデューサーはゆっくりと、はっきりと言葉を作った。

「最後に判断を下したのはきみなんだ… それは、覆すことができない事実なんだよ…」

それは、最後通牒だった。

優しいが、有無を言わさぬその言葉に彼は打ちのめされた。

「…留美さんを恨んじゃだめだよ。彼女もこの1年で色々あったし… 淋しい気持ちがあったんだろうなぁ」

その言葉に、彼はどう反応していいかわからず、「そう、なんですか…?」と適当に相槌をうった。

「うん、色々ね… 彼女、入れ込んじゃうクチだから」
「あ、あの手帳…」

不意に、昨夜見つけた手帳を思い出した。

「どうかしたかい?」
「あ、えと…」

喉までこみ上げた昨日の留美との会話を、しかし、彼は口に出すことはなかった。

それは、それを口に出すと、何か得体の知れない誤謬を犯すような、そんな予感があったのだ。

「いえ、なんでもないです」
「そうかい」

そう言うと、プロデューサーは話は終わりとばかりにベンチから立ち上がった。

「今日はこのまま帰りなさい。後から僕が連絡をするから」
「はい…」
「あ、そうだ。したいとは思うけど、愛梨ちゃんと連絡取っちゃだめだよ。今のきみじゃ、どう転んでも愛梨ちゃんを傷つけるから」
「はい…」

しょんぼりとうな垂れる彼の頭を、ポン、と叩くと、プロデューサーは「折角の喫煙室だからなぁ」とスーツの内ポケットから見慣れない四角い箱を取り出した。

「あれ… 煙草、吸ってましたっけ…?」
「ほとんど吸わないよ。月に1箱ぐらいかなぁ…?」

そう言う割りに、プロデューサーは慣れた様子で煙草を口に咥えると、銀色のジッポーライターを取り出して火をつけた。

スーーーッ、と深く吸い込み、彼に気を使って反対側を向いて紫煙を吐く。

が、隣に立っていてはその気遣いもほとんど意味をなさず、漂った紫煙が彼の鼻腔を硝いた。

その瞬間、思考が、弾けた。

その匂いは、昨日の、和久井留美のキスで感じた匂いと、まったく同じだった。




23.

「あ、あ、あ… プロデューサー……」

急に様子を変えた彼を、プロデューサーが怪訝そうな表情で見つめる。

「ど、どうしたの? そんなに煙草、嫌だった」
「そうじゃない、です」

いくつも疑問があった。

なぜ、和久井留美は自分を選んだ。

どうして、和久井留美はあそこまで自分を捨てて誘惑した。

誰が、和久井留美の身体をあそこまで『開発』したのか。

そして、なぜ和久井留美の口から、この煙草と同じ匂いがしたのか。

「俺が…」

俺はなんだ? ただの大学生だ。どこにでも居る大学生だ。

しかし、俺の彼女は、普通ではない。

それこそ、彼氏の存在すら許されない、トップアイドルなのだ。

「俺が邪魔で、全部、アンタが仕組んだことだったのか…」

瞬間、プロデューサーの顔から、表情が消えた。



.




24.

「……どうしたんだい、急に」

言葉は丁寧なまま、口調だけが色を持つ。

「なにが、なんだって?」
「アンタが、和久井さんを使って俺をハメたんだ…!」
「ひ、酷いなぁ… なんでそんなこと…」
「煙草…」

彼が、プロデューサーが指に挟んだ煙草を指差した。

「俺、パシること多いですから、けっこうプロダクションの煙草事情に詳しいんです。
 このプロダクションのスタッフ全員が吸ってる煙草の銘柄だって、暗記してます。
 …でも、その煙草は知りません」
「だから?」
「和久井さんの口からも、その煙草の匂いがしました」
「……だから?」

声色に変化は無い。

だが、指に挟む煙草から、ポトリと灰が床に落ちた。

「…留美さんも、僕と同じ銘柄の煙草を吸っているのかもしれない」
「それはありません。和久井さんは猫アレルギーです。動物の体毛と同じく、煙草の煙は気管支の大敵です」
「それは……」
「まだあります」

畳み掛けるように、彼が言う。

「思い出したんです。和久井さんが持ってた手帳… あれ、去年、俺と愛梨が貴方にプレゼントしたやつです」

去年、まだ愛梨がアイドルデビューをする前、今からお世話になるプロデューサーに何かプレゼントを… 
と、2人して無い知恵を絞って選んだのがあの手帳だった。

もちろん、社会人たるプロデューサーはしっかり自前の、それももっと高機能で自分に合った手帳を持っていたので、
プレゼントされた手帳は予備として保管されているはずだった。

「その手帳を、和久井さんが持っていました。そして、俺に言いました。『私を捨てた男のものだ』と」
「……………」
「そして、アンタはさっきこう言った、『この1年で色々あった』と…」
「………は~~」

不意に、プロデューサーは煙草を揉み消して大きくため息を吐くと、ドカッ、とベンチに座りなおした。

「…………まさか、こんなアホなことでバレるとはね…」

その言葉にカッとなって、彼は文句を言おうとプロデューサーに向き直った。

しかし、その顔を見て、彼はまるで背筋に氷のつららが突き刺さったような寒気を感じた。

「ホント、きみは邪魔者以外の何者でもないね」

プロデューサーの眼は、これまで見たこともないくらい、冷たいものだった…






25.

「正直に言うよ。ああ、そうだ、黒幕は僕だ。僕が留美に言って、きみを誘惑させた。」

その明け透けな物言いに逆に毒気を抜かれ、彼は言葉短く、「そうですか…」と返した。

「…なんでそんなことを?」
「きみが言った通り、きみが邪魔だった。
 十時愛梨というアイドルをプロデュースするのに、きみという存在が邪魔だったからさ」
「そ、そんな理由でッ!」
「そんな?」

激昂しようとする彼を、冷たいプロデューサーの言葉が制する。

「きみはあれだけ近くに居るのに、十時愛梨というアイドルを何も理解していないんだね」
「そんなこと無い!」
「いいや、違う」

プロデューサーの口調に、どこか熱っぽい凄みが混じり始めた。

「十時愛梨は10年に1人の逸材だよ。ビジュアル、ルックス、カリスマ、全てが抜きん出ている。
 考えてもごらん? 地方から出てきたズブの素人が、いきなりシンデレラガールになったんだぞ? 普通、考えられることじゃない」

いいか、とたたみかけるように続ける。

「あのシンデレラガール総選挙は、ほぼ最初から出来レースだったんだよ。
 栄えある初代シンデレラガールになるアイドルは最初から決まっていた。
 そのための宣伝、プロデュース、CD販促、イベント… 346プロは専用の予算まで組んでバックアップしたんだ」

それなのに、初代シンデレラガールに輝いたのは、十時愛梨だった。

「運命を感じたね。僕のスカウトから、この娘のシンデレラストーリーは始まったんだって。
 そして、彼女は僕の期待に十二分に応えてくれた。 …ただ一つ、きみの存在以外は」

彼を見るプロデューサーの眼が、胡乱なものに変わる。

「何度も別れるように迫った。だが、愛梨は首を縦に振らなかった。
 基本的に、男の影が見えただけでアイドルはおしまいだ。それなのに、愛梨はきみと別れようとしなかった」
「…だから、俺をハメたんですか?」
「ああ、そうだよ。愛梨がうんと言わないなら、言わざるを得ない状況を作ってやればいい。だから、そうした」

頭がいつの間にか、しん、と冷えていた。

だから、期待通りの言葉が、期待通りの声色で口から出てくれた。

「…和久井さんは、どうしてアンタの指示に従ったんですか?」
「僕に捨てられたくないからさ」

衝撃的なその告白を、しかし、彼は冷静に受け止めることができた。

「和久井さんと、肉体関係があったんですね? それも、ずっと」
「2年、だね。愛梨の話とは矛盾するが、和久井留美というアイドルは、特定の男の笑顔を見るために、大衆に笑顔を振りまく女だ。
 だから、妙な男に引っかかる前に、僕がモノにした」
「けど、捨てたんですね?」
「ああ、彼女はすぐにアイドルとしての限界に達した。年齢も年齢だしね、だから僕は彼女に女優への転身を薦めた。ところがだ」

吸い尽くした煙草を捨てて、また新たな煙草に火を点ける。

「留美はアイドルに固執した。まぁ、アイドルを辞めたら、僕から離れることになるからね。
 そして、どんどんと仕事は減り、二進も三進も行かなくなると、彼女は…」

一度言葉を切り、思い出すように言葉を紡ぐ。

「彼女は僕に、『アイドルを辞めるから、結婚をしてくれ』と強要した。だから、捨てた」
「どうして… 結婚してあげたら良いじゃないですか! アイドルを辞めるんだったら問題は!」
「5人」

スッ、と彼の前に、プロデューサーが5指を広げて見せた。

「わかるかい? 『僕と付き合っている』と勘違いしているアイドルの数だ。
 もちろん、この中には僕と肉体関係のあるアイドルも居る」
「そんな… それじゃ……」
「結婚なんてしたら、刺されて終わりだね、あはは…」

その乾いた笑いに、彼はぞっとしたものを感じた。

なぜなら、このプロデューサーの行為は、芸能業界では当たり前の事なのだろうと気付いたからだ。

「…留美には、関係の修復をエサにきみを誘惑させた。まさか、行くとこまで行くとは思わなかったけれど…
 ああ、留美の口から煙草の匂いがしたのは当然だね。だって、きみとセックスをする数時間前に、僕とセックスをしていたんだから」

不意にこみ上げた嘔吐感に、思わず口を押さえる。

それはつまり、

「そうだ、つまりきみと僕は穴兄弟というわけだ。まぁ、この業界だと珍しいことじゃない、気にするな」

さっきと同じように背中を、ぽんぽん、と叩かれる、が、今度は嫌悪感しか感じなかった。

「さて、ネタバラシはこれでおしまいだよ。けど、きみがやることは変わらない。今すぐ家に帰りなさい。そして…」

プロデューサーが立ち上がり、優しく言葉を紡ぐ。

「そして、2度と僕と愛梨の前に姿を現すな。ああ、1人が淋しいんだったら、今日も留美をきみの元に行かせよう。
 きっと、優しくしてくれるはずだ、さっきのようにね」
「くっ…! このッ!」

その言葉だけは許せなかった。

彼はプロデューサーに踊りかかると、おもいっきり振りかぶった右拳で、したたかにプロデューサーの頬を殴りつけた。

「ッッッぐ!!」

衝撃でプロデューサーの顔から眼鏡が飛び、喫煙室の壁にぶち当たって、ガシャリ、と音を立てた。

「アンタがぁ!」

今度は左拳を振りかぶり、強烈なボディブロウを見舞う。

ぐえ、という不気味な声がプロデューサーの口から漏れ、身体がコの字に曲がり、崩れ落ちた。

「はぁはぁ… クソッ!」

なおも打撃を加えようと握りしめた拳を、しかし、彼は苦労して緩め、解いた。

「ゲホッ、ゴホッ…… も、もう殴らないのかい?」
「……弱い者いじめは、好きじゃありません」
「はは、そっか…」
「わざと殴られる人を殴る趣味もありません」
「あー…… そっかぁ……」

プロデューサーは壁に手を付いて苦労して立ち上がると、フレームが歪んだ眼鏡を拾い上げ、強引に顔にかけた。

「…それじゃ」

短く、そう告げて、プロデューサーはおぼつかない足取りで喫煙室から去って行った。




26.

不意に疲労を感じ、彼はどっかとベンチに倒れこんだ。

正直、これからどうして良いかわからなかった。

愛梨に何か釈明をしたいが、上手く口が回ってくれるとも思えない。

「ちくしょう…」

ふと視線を泳がせると、テーブルの上にプロデューサーがくれたココアがあった。

悩んだ末に手に取ると、恐ろしく複雑な気持ちですっかり温くなったソレを一口啜る。

甘味がゆっくりと身体に広がるのを感じ、ささくれ立った心が整ってくれるのを感じた。

そんな時だった。

「着信…?」

彼のスマートフォンが振動と音とで電話着信を告げる。

画面に表示されたその名前は、

「……愛梨!?」

恐る恐る彼はスマートフォンを手にし、着信ボタンをタッチする。

そして、流れてきた恋人の声色は、彼が想像していたものとはまったく違うものだった。




27.

「ごめんなさい!」

数時間後、夜、彼のアパート。

半年以上ぶりにそこを訪れた愛梨は、彼と顔を合わせるやいなや大げさに腰を折って謝った。

「留美さんから連絡を貰ったの… 昨日、酔った留美さんを家まで送ったんだよね? なんで教えてくれなかったの? 私が怒ると思った?」
「え、あ、うん…」
「その時、酔っぱらって抱きついてキスマークをつけたって、留美さん言ってた… だから女の人の匂いがするんだね…」

スンスン、と愛梨が鼻を動かす。

「あー、まだ匂いがする」
「…まだシャワー浴びてないからな」
「そっかー」

愛梨がこの部屋にいるのが、随分懐かしく感じる。

そして、過密スケジュールであるはずの愛梨が、なぜココにいるのかが疑問でもあった。

「なぁ、お前仕事は?」
「留美さんがマネージャーさんと話しをつけてくれたんだ。プロデューサーさんにはナイショで、スケジュール調整してくれるって。
 ここまで送ってくれたのも留美さんなんだよ?」
「えっ!?」

その言葉にドキリとするが、愛梨はお構い無しに続けた。

「だからぁ、今日の愛梨はー、アイドルじゃなくて、カノジョの愛梨だよ?」

ニコニコ、と満面の笑顔で彼に擦り寄ると、愛梨は彼の頬に手を添えて言った。

「…ごめんね、ぶっちゃって」
「いや… いいよ」
「仲直り、してくれる?」
「ケンカ、してないだろ? ケンカなのか、あれ?」
「だってぇ……」

愛梨がじゃれるように彼の身体にまとわり、そして、「う~~~」と不満げにうなる。

「やっぱり留美さんの匂いがする!」
「しょうがないだろ…」
「だったら…」

ちゅ、と不意打ちのように愛梨の口唇が彼と合わさる。

「愛梨の匂い、つけちゃお?」

そうして、愛梨に押し倒されるように、2人はもつれ合って倒れた。




28.

「……ごめん、愛梨」

押し倒され、脚を絡められ、豊満なおっぱいを押し付けられ、柔らかい身体で全身をプレスされ…

おおよそ、男の理性が完全に崩壊する情況で、しかし、彼は全身全霊をもって愛梨の身体を押しのけた。

「え……」

愛梨がキョトンとした顔で彼を見つめ、そして、すぐに泣きそうな表情に変わる。

「うぅ… 愛梨とエッチするの、嫌なの…?」
「違うよ… そうじゃないんだ……」

たぶん、いや、絶対にこの状況は留美が演出したものだ。

どういう意味で、どういう目的でこんな状況を作り出したのかはわからない。

しかし、彼には、一つだけ明確に確信のある予感が、あった。

「愛梨、留美さんに送ってもらったんだよな?」
「う、うん…」
「どこまで?」
「あの、近くのコンビニ…」
「そっか…」

スッ、と彼は立ち上がると、しょんぼり顔の愛梨に顔を寄せ、深く静かにキスを交わした。

「愛梨、俺は愛梨の事好きだ、愛してる。本当だ、心の底からそう思う」
「え、えぇ…」

長い付き合いだが、彼がここまで臭くて甘い言葉を言ったことは記憶にない。

しかし、だからこそ、この愛しの彼が真剣であることを、愛梨は理解した。

「…ちょっと、決着をつけてくる。すぐには戻れないかもしれない。けど、絶対に戻るから」
「決着…」

その言葉に何を悟ったのか、愛梨はやはり泣きそうな、しかし真剣な表情で頷いた。

「うん… 私、待ってる… 待ってて良いんだよね?」
「ああ、待っててくれ」

力強く頷いて、彼は部屋から出ようとし、

「……もう寒いかな?」

と、衣替えに出した厚手のダッフルコートを羽織って外に駆け出した…







29.

そこそこ広い、コンビニエンスストアの駐車場。

そこの目立たない一角に停めたダークブルーの車体にもたれ掛かり、ぼんやりと視線を宙に漂わせる。

自分は何をやっているのだろう?

何度も自問するが、答えは返ってこない。

この数時間の自分の行動は、数ヶ月の自分を裏切るものだ。

それはわかっている、わかっているのだが…

「不思議ね… なぜか、気分が良いわ…」

ほぅ、と吐いた白い息が、数瞬中空に漂い、すぐに霧散する。

ヴィーヴィー、と助手席に置いたスマートフォンが、何度目かわからない着信を知らせる。

画面に表示されているのは、自分が愛してやまないはずの男の名前だ。

だが、応答する気は、さらさら無い。

「はぁ…」

すっ、と瞳を閉じて、いっそう身体を愛車の車体に預ける。

秘書時代から使っているコンパクトカーが、主人に抗議するように僅かに軋んだ。

そうして、どれだけ時間が過ぎただろうか?

不意に、ブルリと身体が震えて、半ば微睡んでいた意識が不快に覚醒する。

「さむ……」

生理的に身体を抱くように肩に伸びた手が、何かを感じ取り動きを止める。

それは、今シーズン初めての、自然現象だった。

「寒いはずね…」

指で掬って見つめてみると、視界の中でキラキラと光るそれが、淡く、儚く、消えた。

「雪、か…」

空を見上げると、目視するのにも苦労しそうなほど細かい粉雪が、広がるように、包むように、降り注いでいる。

「あーあ、これじゃあ、ホントの馬鹿ね…」

不意に、詫しい気持ちがこみ上げて、見上げた瞳が涙に浸る。

それを溢すまいとしっかりと瞼を閉じ、嫌な気持ちを振り払うように頭を振り、そうして再び眼を開けると……

そこに、彼が立っていた。









30.

走ってきたのであろう彼は、肩で息をして、全身からは湯気が立っていた。

息を切らせたその赤い顔は、怒っている様でもあり、また、ホッとしたようでもあった。

「なんで……?」

動揺を隠せない声色で、留美が呟く。

それは、彼がここに居ることへの疑問ではない。

それは、なぜ自分がここに居ることが知れたかの疑問ではない。

それは…

(なんで、私、嬉しいの…?)

彼の姿を見た瞬間、胸の奥に沸き起こった認め難い感情によるものだった。

「……愛梨ちゃんは、良いの?」
「はぁはぁ… 今は、留美さんです」

その彼の一言に、早鐘が加速する。

何かを期待しても良いのかもしれない。

そんな安易で複雑な矛盾する思考が、留美の中を行ったり来たりした。

「……それで、なんの用なの?」

かろうじて口唇を震わせることなく、平然と言葉を紡ぐ。

彼は、ふーーーっ、と一度深呼吸をして息を落ち着かせた後、はっきりとした声で言った。

「もう、全部知ってます」
「ッッ!?」

それは、意外すぎる一言で、留美は危うく変な声を出す所だった。

「全部って、何を…?」
「全部は全部です。留美さんが、誰の指示であんなことをしたのか。そして、どうしてそうなったのかも、です」
「…驚いたわ。あの人がヘマするなんて……」

あの、朗らかな笑顔で全てを覆い隠してしまう鉄面皮を、いったいどんな方法で剥がしたのだろうか?

疑問はあったが、しかし、留美にとってその過程はどうでも良い事だった。

「……それで?」

言葉短く、努めて冷静を装う。

そうして待って得た彼の答えは、留美を大いに動揺させた。

「どうして、こんな事をしたんですか?」
「こんな、事…?」

その問いに、留美は少し考え込んでしまった。

彼が、自分のどの行動を指して言ったのか分からなかったからだ。

(でも… そうね)

視線を横に走らせ、目を合わせずに、言う。

「……もう、全部知っているなら、隠すことも無いわね。ええ、私は、」

まるで、芝居の台詞の如く、頭に組み立てた文章を正確になぞる。

「もう一度、あの人に抱かれたかったのよ」

***

言ってしまってから、留美はなぜだか胸の奥の“しこり”が、スッと消えるのを感じた。

(ああ、過去形なんだ…)

あの人に抱かれたかった。

その言葉が、なるほど、自分の今の本音なのだと、留美は納得した。

そうして、考えている間も、留美の口は滔々と組み立てた文章を暗唱し続けてくれた。

「初めてあの人に抱かれたのは2年前。当時はアイドルとしては駆け出しで、失敗の連続だった。
 そんな時、あの人は私を優しく励ましてアドバイスをくれて、プライベートを潰してまで構ってくれて…」

今思えば、あの頃の自分は随分とチョロかったと思う。

優しくされただけで靡いてしまうほど、自分は安い女だったのだろうか?

「だから、あの人が私の身体を求めてきたとき、私は喜んで応じたわ。
 馬鹿だと思うでしょうけれど、生涯の伴侶を得たと、そう感じたのよ」

はぁ、と自嘲に満ちたため息を吐く。

「でも、それは私の勘違い、幻想だった。私が想いを拗らせてあの人に迫ると、あの人はあっさりと私を捨てたわ。
 そこで学習すればよかったんだけど、馬鹿ね… 諦め切れなかった」

横に逃げた視線を、思い切って正面に移す。

「ええ、関係の修復を条件にキミを誘惑したわ」

はっきりと良い、耐え切れずに瞳を閉じる。

罵倒されるか、それとも、殴られるか――

色んな覚悟を決めてただひたすらに待つ。

が、そんな留美の覚悟は空振りに終わった。

「留美さん、そうじゃないんです」
「え…?」

意外な彼の言葉に、留美は張り詰めた緊張が解けるのを感じた。

「言葉が足りませんでした、すみません…」

彼は言葉を捜すように数呼吸時間を置き、やがて、納得するように軽く首肯して言った。

「どうして、留美さんはプロデューサーを裏切ったんですか?」

それは、予想もしていなかった質問だった。

***

「裏切った…?」
「はい、そうです。よくよく考えれば変な話です。
 俺の浮気を演出するのなら、最初の情事だけでよかったはずです。
 あの時の写真を、プロデューサー経由で愛梨に示せば良い。それなのに、留美さんはその後も俺と肉体関係を続けました」

プロデューサーは、「行くとこまで行くとは思わなかった」と言っていた。

それはつまり、留美の行動は、プロデューサーにとっても予想外の暴走だったのだ。

「それは… 確実な証拠が欲しかっただけよ。肉体関係という、確実な証拠が…」
「じゃあ、どうしてアナルセックスなんです? どうして普通のセックスをしなかったんですか?」
「それは! キミが嫌がったからじゃない!」
「そうです。でも、留美さんは俺にセックスを強要することができた。けど、それをしなかった」

彼は一旦言葉を切り、そして、慮るように声を落として、静かに言った。

「そして、今日の行動です。愛梨にフォローの連絡をして、わざわざ愛梨のスケジュールを弄ってまで、俺と愛梨の仲を修復した…
 コレ、当然プロデューサーは知らないことですよね? あの人の目的とは、全く合致しない行動です」

彼にそう言われ、留美の心は千々に乱れ始めた。

わからなくなったのだ。自分がどうして、そんな行動を取ったのか。

「私は……」

そうして、ある一つの答えが留美の脳裏をよぎる。

(まさか、でも、そんな……!)

彼が目の前に現れて、胸が高鳴った。

しかしそれは、これが初めてではない。

胸は、彼から連絡がある度に、高鳴っていたのだ。

そうして、言われた。

「途中から… いえ、もしかしたら最初から、手段と目的が入れ替わっていたんじゃないですか?」

言われた。

「浮気の証拠を作るためではなく、俺と肉体関係を続けることが目的になっていたんじゃないですか?」
「そんなこと、無いわよ…」

口では否定しながらも、留美の心臓は明確にそれを肯定していた。

「俺との関係を続けるために、俺が許容したアナルセックスをダラダラと続けて、
 そして、決定的な証拠を作っても愛梨に密告をせずに、逆にアリバイ作りに積極的になった…」

ロケ地でのシークレットアドレス作りを思い出す。

その他にも、ブラウザからのメールも留美が教えたものだ。

単純なことだった。それらの行動は全て、留美の好意から出たものだったのだ。

「留美さんは… 俺のことが好きなんですね?」

その言葉は、留美の心をメチャクチャに掻き回し、そして、優しく溶かした…

***

「そう、ね…」

胸のうちに沸き起こった熱い情動を必死に抑える。

「そうかもしれないわね…」

自分から肯定はしない。絶対にしない。

前にそれで失敗したから。

「キミ、ルックス良いし、背も高いし、女性に優しいし、よく気が付くし」

喋り続けていないと涙が出そうだった。

「意外とエッチ上手いし、身体の相性だって良いし…」

自分に期待する資格など無いことは百も承知だ。

それに、プロデューサーを裏切ってまでフォローをした愛梨を泣かせることなど、言語道断だ。

しかし、それでも、だからこそ…

「ええ、そうね、ひょっとしたら、私が惚れちゃうこともあったかもしれないわ… でもね、それはキミの勘違い…」
「留美さん」

静かに、しかし力強く、彼が留美の言葉を遮った。

静かに、しかし力強く、彼が留美の言葉を遮った。

「俺は、愛梨を愛しています」
「……………」
「この騒動で愛梨を失いかけたとき、この世の終わりだと思いました。
 俺の人生には、愛梨が必要なんです」

あんなに高鳴っていた胸が、あっという間に静かになった。

「俺には… 留美さんを受け入れることはできません」
「そう…… ね……」

絞り出したその声は、か細く、震えていた。

「それを伝えに来ました。これで… 終わりです」

終わり、その言葉が、短く強く、留美の心に突き刺さった。

「それじゃ…」

彼が、クルリ、と踵を返して背中を向ける。

「……………………」

その背中に泣いて縋りたくなる衝動を必死に堪える。

彼は終わりと言ったのだ。自分はまた失敗したのだ。

「……………………」

悲しみに耐え切れずに目を閉じた留美の耳に、ザッザッ、と雪を踏みしめる音が聞こえた。

(ああ、終わったのね…)

しんしん、と降る雪が留美の頭に、両肩に積もり、体温を冷やす。

寒くて寒くて、余りにも寒くて。粉雪が身体を冷やすから、

「……………………」

留美は、開いた目に映ったその身体に、ぬくもりを求めて抱きついた。

「…寒いわ」
「…そうですね」
「行かなくて良いの?」
「行きます、けど…」

広げられたダッフルコートが、無理やり2人の身体を包み込む。

「あんまり留美さんが寒そうだから…」

これは間違いだろう。

きっと、2人にとって、致命的な間違いなのだろう。

けれど、留美には、その間違いを糺すことなど、できなかった。

「お願い… 寒いの… 温もりが欲しいの……」

いつか言った台詞を、もう一度だけ言う。

「私を… 温めて……!」

粉雪が空から優しく降りてくる。

その雪が切なく、嬉しく、愛おしく、そして、悲しかった…





















「粉雪が身体を冷やすから、どうしても私はぬくもりを求めてしまいます」     

                                             ――了














.

はい、終わりです。

プロットにはこの後のシーンもあったけど、割愛。
元ネタのゲームはもう20年近く前の作品なんだなぁ。ここがあの女のハウスね。

アニメが個人的に不完全燃焼だったので、またポツポツ年長組をフォーカスしたSSを書いていきたいです。


>>40
既作はけっこう散らばっちゃってるので、わかる範囲で…

調教シリーズ
【モバマス】モバP「安価でアイドルたちを調教する」【R18】 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/news4ssnip/kako/1396/13961/1396176907.html)

枕シリーズ
http://seesaawiki.jp/cgep/d/%a3%d3%a3%d3%cc%dc%bc%a1
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ではでは、次作もよろしくお願いします。

あ、これ忘れてた

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誰のガチレズ読みたいですか?

なんかネタはあるけどキャラを搾りきれないのでー

うん、わかりました。
ちょっと頑張ってあんまりエロに頼らずに書いてみます。
ありがとうございました。

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