【超電王】バッド・ラック・ラプソディ【デレマス】 (86)

!CAUTION!

・クロスですがどちらかというと電王寄り
 (デレマスしか知らなくても読めるよう努力はしてみます)

・超電王名義ですがTV版電王の内容に触れる部分が出る予定

・オリキャラ出ます

・1週間で完結させたい(あくまで希望的観測)

!CAUTION!

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1445623030

-ターミナル・車両格納庫。
黒いジャケットを纏った才気溢れる青年は、苦笑しながら1両の列車を見上げていた。
新幹線の先頭車両に似た、シャープな青い車体の列車。青年に取って知らぬものではない。

「まさかNEWデンライナーが予備車両扱い、とはね」
「現行のデンライナーでしばらく持つという判断からだそうだ。
乗客や乗員からもあの赤いカラーの方が人気が高いらしい」

青年の隣で問いに答えたのは、まるで青い鬼のような怪人だった。
しかしその物腰は姿と全く合わない丁寧な、執事を思わせるものである。

「ま、そのおかげでオレがまた乗れるんだから、結果オーライと見るべきかな。
 早速動かそうか、テディ」
「ああ、行こう!」

鬼の怪人-テディはマスターキーを取り出し、電磁ロックを解除する。
ほどなくして、NEWデンライナーの扉が開く。
内部に入った2人は迅速に運航機器のチェックに入った。

「どうやら『いつでも起動できる』って駅長さんの言葉、嘘じゃないらしい」
「そのようだ。システムに異常は見られない。幸太郎はコントロールユニットを頼む」
「OK、任せとけ」

先頭車両の中央に鎮座するバイク型ユニットのシートをチェックしながら、青年-野上幸太郎はそう返した。
デンライナータイプの車両はコントロールユニットにバイク「マシンデンバード」を採用しており、
ユニット単体でバイクとして使用することも珍しくない。
このため、始動前のユニット点検は操縦者自らが念入りに行う必要があった。

「…よし、コイツも問題なしだ。出すぞ!」
「了解だ!」

システムが起動し、正面スクリーンが点灯する。
幸太郎が跨ったマシンデンバードも、ハンドルのロックが解除されている。
懐から取り出した1枚のチケットをセットすると、デンバード側から軽快な音が鳴った。
画面上に表示された数字を見て、認証が正常に機能していることを確認した。

ふと、幸太郎の視界に何かが映る。
チケットをセットする際に一緒に出してしまった紙片だった。
映っているのは、どこか幸薄そうな笑顔を浮かべる、白い肌の少女。

(なんというか、似てる気がするんだよな…じいちゃんに)

らしくないと思いながらも、シンパシーを感じる。
だが、それも一瞬だけ。
紙片を懐に収め、幸太郎はデンバードのアクセルを全開にしていた。

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Masked Rider Chou-Den-O


     -----------------------------→
      バッド・ラック・ラプソディ
     ←-----------------------------


The IdolM@ster Cinderella Girls


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<R------→I>

東京都某所・港湾地区。

一人の少女がとぼとぼと歩いていた。
黒を基調としたワンピースが、透き通るような白い肌とコントラストを描く。
黒髪の少女の可憐な容姿は、港の無骨な設備と不釣り合いのはずだが、
身に纏う空気の重さがその違和感を消していた。

「はぁ…」

何度目かわからない溜息。少女の顔に元気は見られない。
手にした大判封筒に目を落とす。
中身は芸能プロダクションからの解雇通知と、その関連書類。
それらが収められた封筒には、彼女の名前がはっきりと記されていた。

「白菊ほたる様」と。

(どうして、こんなことに…)

物憂げな表情のまま、少女-ほたるは立ち止まる。
ここから下宿まで決して遠い距離ではなかったが、既に歩く気力は尽きかけていた。
ワンピースの汚れも気にせず、座り込んで海を見る。
このまま海に落ちてしまえば、という思いは最後の意地が食い止めていた。

「泣くことならたやすいけれど…悲しみには、流されない…」

かつて出会った、あるアイドルの持ち歌。
辛いことがある度にその曲を歌うのがほたるの癖だったが、今はその歌声もか細い。
肩を落とし、腕をだらりと垂れ下げる。右腕に嵌めたデジタル時計は1月11日を示していた。

そして、その頭上に何があるかを、ほたるは知らない。

<R←------I>

「幸太郎、念のため状況を確認するぞ」
「ああ、頼む」

NEWデンライナーの車両内後方から、テディが声をかける。
それに応じて幸太郎もマシンデンバードを自動操縦に切り替え、一時シートから離れた。
走行中だけに時折揺れは起きるが、話せないような状態でもない。

「ターミナル管轄『シンデレラドリーム』号の運行中、はぐれイマジン2体が車両外へ離脱。
事故か、故意の脱走行為かは確定し難い部分があるものの、現状では故意犯とターミナルは判断している。
2体を発見し、速やかに事態を収拾するのが今回の依頼だ」
「それもオレの指名付きで、ね」
「その通り」

状況説明を行いながら、テディは計器類の再チェックを進めていた。
常に周囲への警戒と点検を怠らない行為はテディの性分であったので、幸太郎は気にしていない。
そして幸太郎は幸太郎で、メインスクリーンに延々映しだされている砂漠を見つめていた。

「イマジンの狙いは不明だが、落着した場所より移動先の見当は付いている。
 また落着位置と車両内に残された所持品より、この少女がターゲットとされる可能性が高いらしい」
「で、その所持品がこの切り抜きってワケだ」

幸太郎は砂漠から目を離し、1枚の紙片を取り出す。運転前に一度見たものだ。
安っぽい紙質からして、それは雑誌か何かの切り抜きであることが見て取れた。
改めて少女の姿を確認する。幸薄そうではあるものの、その容姿は幸太郎の目からしても中々ハイレベルだと思われた。
もっとも、名前が書かれていないので誰かまではわからない。

「この子を護衛しつつ、やってくるであろう2体を絞め上げて連れてくればいいんだな?」
「そうだ。可能であれば少女の知らぬ間に連行し撤収したいが、そう簡単にいくとは限らない。
 私の分を含めて3人分、ターミナルから例のものを借り受けてある」
「アレ、ね…」

軽く嘆息しながら、幸太郎は車両の隅の異物を見やった。
NEWデンライナーに乗り込む際にテディが持ち込んだものである。
今は同乗者用シートの下に転がっているので、緑色の何かが見える程度でしかない。
もっとも、先んじて見た際の印象は「ブサイク」という身も蓋もないものだったので、
幸太郎としてはむしろ見えないのは幸いであった。
そんな内心を知ってか知らずか、テディは気にせず説明を続ける。

「また、イマジンの行動が破壊目的だと判明した場合は、その場でトドメを刺して良い。
 既に駅長から許可は出ている」
「できれば避けたいところだけどね。確かに荒事はじいちゃんよりオレの方が得意だけどさ」
「それは今回の事件の目的次第だな。…確認はこんなところでいいか?」
「十分だ。あとは全力でやるだけさ」

直後、車内アナウンスが流れ出した。
本来は後部車両にいる乗客向けに流されるものだが、目的地を超過して移動するケースを防ぐため、
乗客がいない場合でもこのアナウンスは自動的に流れるようになっている。
通常運行ならまだしも、今回のような追跡目的の運行ではアナウンスが流れた時点で
手動運転に切り替えるのが常であった。

「久しぶりの仕事だ。気合い入れていこう、幸太郎」
「ああ、行くぜ!」

再びマシンデンバードに跨り、幸太郎はアクセルグリップに手を掛ける。
速度を上げ、リング状のオーラを纏ったNEWデンライナーは一面に広がる砂漠を貫き、
マーブル模様の異空間へ突入した。そしてその勢いのまま、異空間すらも突き抜ける。


次の瞬間、NEWデンライナーはその車体の色にふさわしい、眩い青空の中にあった。

<R------→I>

観客のいない独演会は終わりが近付いていた。
一度歌い始めると、たとえどんな状況であろうと歌い切る。
それは白菊ほたるという少女の強さでもあったが、
全く心の晴れないまま歌い始めた今の彼女にとって、救いにならなかった。

「でも前だけを見つめてくー…」

(前だけを見つめたい…でも、もう…)

歌は終わった。
そして、曲の最後の歌詞が脳内でリフレインする。
歌に乗せられた想いと、ままならない現実。
海の水面を見つめる表情は暗い。

「間に合えッ!」
(…!?)

瞬間、何かの声と共に、体当たりされるような衝撃を感じた。
思案していただけに反応が遅れる。気付いた時には、ほたるの軽い身体は脇へ飛んでいた。
船止め用に置かれていたゴムタイヤの山に突っ込んだので怪我はなく、
海にも落ちず済んだものの、全く予期しない一撃は痛い。

何がぶつかってきたのか確認しようと、衝撃のした方を見ても何もいない。
そして、戸惑うほたるを更に不可思議な現象が襲う。

(汽笛…?)

鉄道路線を離れた港湾地区で聞こえるはずのない、電車の警笛のような音が天に響く。
思わず、ゴムタイヤに身を預けたまま空を見上げる。

一瞬、夢を見ているのかと疑った。
見上げた空には、どうみても新幹線の先頭車両にしか見えない列車が、レールを次々と生成して空を走っていた。
あまりに現実味のない光景。
ゴムタイヤとぶつかった痛みは現実を雄弁に語っていたが、それでもにわかには受け入れ難い。
だから、列車が猛スピードで自分のいる方へ突っ込んできても身動きはできなかった。

ほたるのすぐ近く、ついさっきまで足を降ろしていた海の上にレールを生成した列車はそこで動きを止めた。
扉が開き、誰かが降りてくる様を茫然自失のまま眺める。

「やはりこの子のようだ。…無事ですか?」

問いかける誰かの声に答えようとして振り返った先には、童話の鬼を擬人化したような青い怪人がいた。
思考が、ショートする。

「…ふえ」

間の抜けた声を発した直後、ほたるは視界がブラックアウトするのを感じていた。

<R←------I>

「…気絶した?」
「どうやらショックに弱い子みたいだな。ターミナルからブツ借りてきて正解かもしれない」

テディの姿を見るなり気を失った少女を前に、幸太郎とテディは冷静に状況を分析していた。
幸太郎やターミナルの人間からすれば特に当たり障りのない-むしろ同族の中では紳士的ですらある-
テディの容姿も、一般人からすれば十分にインパクトがある。
そのため、これまでも怖がられたり逃げられたりすることは少なからずあった。
それでも利便性の問題もあり姿を隠すことはしなかったのだが、さすがに気絶まで至ると問題である。

「よし、早速例のものを-」
「待った、テディ。先にイマジンを引き上げてからだ」

車内に戻ろうとするテディを制止し、幸太郎は周辺を探索し始めた。
少女には見えていなかったが、上空からやってきた2人には少女に体当たりを仕掛けた何かが、
そのまま海の方へ落ちる様を見ていたのである

ほどなくして、探していたものは見つかった。

「幸太郎、とり急ぎこれでどうだ?」

テディは少女の背後にあったゴムタイヤと、廃材として置かれたであろう古いロープを拝借し、
簡易的な救命具を作り上げていた。
すぐにそれを受け取り、幸太郎は海に向かって呼びかける。

「おい、聞こえるか!こいつに掴まれ!」

海の上では、青い色の怪人が溺れていた。そして、怪人目掛けて救命具をぶん投げる。
ゴムタイヤに両腕がかかったのを見て、幸太郎とテディは2人がかりで救命具を引っ張り、怪人を陸地まで拾い上げた。

「いやー、助かったぜ。空は飛べても泳げないからな、俺」

無事に陸へ上がった怪人は、軽い口調で礼を述べた。頭を下げた拍子に羽根が落ちる。
鬼を人の姿にした怪人がテディなら、この怪人は鳥を人の姿にしたものであった。

「助けた直後で申し訳ないが、確認だ。『シンデレラドリーム』号から降りたイマジンだな?」
「ああ、そうだぜ」

テディの質問に怪人は即答した。そしてさらに続ける。

「俺はブルーバードイマジン…って言うのもアレだ、ブルーって呼んでくれ。
 自分の由来すらわからない、はぐれ中のはぐれイマジンさ」

ビシッ!と自分を指さして自己紹介したは良いが、全身濡れ鼠-鳥だが-の姿ではさっぱり格好が付いていない。
そんな様を見て、微妙な反応をしながらも幸太郎はとりあえず安心していた。
変人のケはあるが、荒事なしで収まりそうな相手である。少なくともブルーは。

「なんで『シンデレラドリーム』号から落ちたんだ?」

少しだけ緊張を緩めて軽く聞く幸太郎だったが、その質問に対してブルーは緊張を強めた。

「その話だが、重要なことだから最初に言っとく。あの子は狙われてるんだ。俺とは別のイマジンにな」

幸太郎は緩めた緊張を即座に戻した。
予期していない可能性ではない。むしろ、自分が指名された時点から覚悟はしていた。
それでも荒事が避けられそうにないとなれば、相応の覚悟は要る。

「相手はどんなヤツなんだ?」
「そのあたりは急いで全部話すが…起きそうだぞ、あの子」

言いながら、ブルーは幸太郎の背後を指さした。
振り返るとゴムタイヤの山に突っ込んだ少女の瞼が動いている。
何もせずとも起きるのは時間の問題だろう。

「テディはデンライナーの中でそいつから状況を聞き出してくれ。オレはこの子の護衛に入る」
「わかった。ブルーの話を聞き終えたら、こちらも例のものを着て合流しよう」
「頼む。NEWデンライナーは倉庫内にでも隠しといてくれ」

幸太郎の迅速な判断に従い、テディとブルーはNEWデンライナーの車内に消えた。
青い車体が視界から消え、レールの生成音もしなくなったのを確認してから、幸太郎は少女を揺すり起こした。

<R------→I>

「おい、大丈夫か?」

声と共に揺さぶられ、ほたるは目を覚ました。
一瞬、気を失う前の光景がフラッシュバックしたが、目の前にいるのは黒いジャケットを纏った青年だった。
鬼の怪人も、空飛ぶ新幹線もそこにはない。
港湾地区を通る前から変わらない、白い封筒の重みだけが残っていた。

「あ…はい、大丈夫です」

やはりあの光景は夢だったのかと思いながら、ほたるは青年にそう返した。
歌っている間に眠りに落ちたか、幻覚でも見たか。そんな状態は尋常ではない。
精神的に追い込まれている事実を、ほたるは文字通りその身で思い知ってしまった。

「どうしてこんなところにいたんだ?
 女の子がこんな人気のないところで倒れてたら、危ないぜ」

青年の問いは聞こえていたものの、ほたるは答えられなかった。
あの非現実的な光景と過酷な過去とが混ざったぐるぐるとした状態では、
思考も何もあったものではない。

そんな様子を見てか、不意に青年が指を2回鳴らす。
耳元で軽快な破裂音が響き、ようやくほたるは現実に引き戻された。

「やっと気付いた。ホントに大丈夫か?
 さっきの話は好奇心で聞いただけだし、話したくないなら別にいいけど」
「あのっ、そういうわけじゃ…ただ気分を害したら嫌だな、って」
「大丈夫大丈夫、『オレが嫌いで逃げてました!』なんてダイレクトに言っても気にしないから。
 ま、初対面だけどね、オレ」

慌てて答えたほたるの言葉に、青年はさわやかに笑って答えた。
親切に介抱してくれた相手の言葉を無視するのは、ほたるの本意ではない。
相手が気にしなかったのがせめてもの救いだった。

「オレは野上幸太郎。君は?」
「白菊、ほたるです」

青年-幸太郎の名乗りに、ほたるもそう名乗る。

「良い名前じゃん。オレの時代でも通用しそうだ」
「時代?」
「あ…いや、こっちの話だから気にしないで」

名前を聞いた割には、妙な反応。
思わずほたるが聞き返すと、今度は青年が慌てて誤魔化した。
そして、そのまま話題を戻される。

「それより、ホントになんでこんなところにいたんだ?」

幸太郎の疑問はもっともだった。
この港湾地区は工業用で、特定の日を除けば誰もいない状態が基本である。
だから、人の気配が極度に存在しない。
こんな場所をまだ10代前半であろう少女が一人で歩くのは、たとえ日中でも危険と言わざるを得ない。

「周りに人がいない方が好きなんです、私」
「人ごみが嫌い、ってことか?わからないじゃないけど…」

ほたるの答えに、幸太郎は怪訝な表情を見せた。
理解はできるが、納得はできないといったところだろう。
人払いをするにしても、いささか度を越し過ぎているのは事実である。

今の答えは半分本当で、半分嘘。
そして本当に-時として言葉ではなく身体で-納得したころには、
何も言わずとも相手の方が離れていくこともしばしばだった。
だからこそ、ほたるが自らその理由を口にすることは一度たりともなかった。

だが、この幸太郎と名乗るこの青年になら、不思議と言えるような気がした。
初対面で何を知っているわけではないが、知らないだけに先入観も何もない。
それ故にか発せられる幸太郎の強さが、頼もしく思えた。
加えて自分の別の側面を知らないことも、ほたるの気分を楽にさせた。

「…に、なってしまうから」
「え?」

か細い声でやっと出た言葉は、幸太郎に聞こえにくかったらしい。
だから、もう一度。今度ははっきりと。


「私に近付くと、みんな不幸になってしまうから」

<R←------I>

海の上を離れたNEWデンライナーは、すぐ近くの倉庫区画に滑り込んでいた。
人気がなく、十分なスペースもあり、余程でなければ騒音も問題ならない。
車両を隠すには実に最適な場所であった。

「よし、場所はここで良いな。さっそくだが、状況を聞かせてほしい」
「おう!どっから話せば良い?」
「…まずは、車両外離脱の状況から頼む。
 件の襲撃者の話に入る前に、先にその前提を知っておきたい」

少しだけ思案してから、テディは話を促した。
あの少女に危険が迫っているとはいえ、テディ達の大元の依頼は車両外離脱事故の調査・収拾である。
それに今はブルーに代わって幸太郎が付いている。すぐに大事にはならないだろう。
ならばこそ、スピードよりも正確な情報こそが武器になる、という判断だ。

「わかった。じゃあ、まずは落下までの話だな。
 …あの日、俺は『シンデレラドリーム』号に正規乗車していた。こんなザマだが、証拠は残ってる」

言いながら、ブルーは翼の中から1枚の紙片を取り出した。
先ほど海に落下した影響もあり損傷は激しかったが、テディが事前に見た『シンデレラドリーム』号の一般乗車券と相違ない。

「もちろん、俺はチケット通りに降りるつもりだった。
 だが、指定席制なのに乗車口の前でずーっと突っ立ってる妙なヤツを見つけてな…
 見てみたら、乗車口の真下をブチ抜いてやがった。で、止めようとしたら俺も落とされちまった、ってワケだ」
「なるほど…」

ブルーの発言内容を精査し、判明している事故状況と矛盾しないことを確認する。
実のところ、ブルーを完全には信用していなかったテディだが、状況的にシロである可能性が高いなら疑いは外すべきだった。
だからこそ、テディの側から話題をもう1人のイマジンへ切り替えた。

「状況からして、君と一緒に落ちたイマジンがあの子を襲おうとしている犯人…ということか?」
「そういうことだ」

テディの推測を肯定すると同時に、再びブルーの顔に緊張感が戻る。
事件に影響するだけに、テディの目も真剣だ。

「厄介だぞ、アイツは。落ちてきてからずっと相手してきたが、直接の被害を防ぐのが精一杯だ。
 俺の力不足もあるが、それ以上にアイツの武器が…」
「厄介ということは、普通の武器ではないと?」

テディの言葉に、渋い表情でブルーは答えた。

「ああ。普通なら『見えない』シロモノだ」

<R------→I>

「不幸?どういうことだ?」
「文字通りの意味、です」

意味を測りかねた幸太郎に、ほたるは自らの素性を明かす。

「私、実はアイドルやってたんです。
 自慢じゃないですけど、それなりに売れてる、って言えるくらいにはお仕事もらってました」

アイドル、と聞いて幸太郎は改めてほたるの容姿を見定める。
切り抜きの時点でハイレベルとは思ったが、なるほどアイドルなら似合いである。
タレ目気味なのもあってか押しに弱そうに見えるが、それも万人受けするという点ではプラスだろう。
それだけに、何かに押しつぶされそうな苦しげな表情すら絵になってしまうのは皮肉であった。

その表情が、さらに歪む。

「でも、私が撮影現場に入ると、決まって誰かが転ぶんです。
 怪我はもちろん、時にははしごごと倒れて重傷者も出ました」
「転ぶって…それ、ただ周りが不注意なんじゃないのか?」

あんまりな事態に思わず幸太郎はそう指摘するが、かぶりを振りながらほたるは否定する。

「たしかに、最初はみんなも不注意とか偶然だと思ってました。
 でも、どんなに注意を徹底しても、私の周りでは必ず転倒事故が起きるので、徐々に怪しまれて。
 しまいには現場入りしただけで睨まれるようになっちゃっいました」

暗い話をしている、という自覚があったのか、ほたるは無理に明るく言い切った。
幸太郎に見せるのは、取り繕ったような笑顔。
切り抜きで見た笑顔に似てはいたが、それより遥かに痛々しく見えた。
そしてその笑顔も、すぐに消沈する。

「加えて、年末からは音響機器の不調も相次いで、これも私のせいということになって。
 最後の正月生放送のお仕事が無事に終わったのは、奇跡みたいなものでした。
 …結局、今日付で契約解除されたんです。
 会社自体も事故補償で資金繰りが悪化した上に、人間関係の不和も重なって、お終いだって」

わずかな沈黙の後、口を開いたのは幸太郎だった。

「まぁ少し…というか、かなり不幸な出来事だとは思うけど、それでも君自身が悪いことをしたわけじゃないんだろ?」
「はい。だから、ずっと申し訳なくて、居づらくて…」
「気に病むのはわかるけど、そもそも責められるべき立場じゃないと思うんだけど。
 変に気にすること、ないんじゃないかな」

軽く頭をかきながら、重みを感じさせずに言う。
出会ったばかりのこの青年には、ほたるに対する色眼鏡も、仕事上での関係もない。
故にほたるを動かすためのおためごかしではなく、自然に励ましているだとほたるもわかっていた。
だからこそ本当のことを言えた。

「…これで3度目なんです」
「え?」
「私のいたプロダクションの離散」

さすがの幸太郎も、二の句が継げなかった。

「最初は、現場に移動する時に決まって車や船が運航障害を起こして。
 2番目は、私のいる現場で毎回誰かしら食中毒で倒れて。それで、3度目」

幸太郎は黙っている。黙っているが、間違いなく話を聞いてくれている。
だがら、ほたるは構わず続けた。

「もう、業界レベルで好き放題言われてるのも知ってます。
 『疫病神』に『歩く災厄』、『実写版超人ロック』…。
 それも私が直接何かしたわけではないから、みんな隠れて言うんです。
 いっそ…いっそ、面と向かって言ってくれる方がまだ楽になれるのに!」

叫びに似た悲痛な声の後、ほたるは両手で顔を覆う。
幸太郎は黙ったままだ。沈黙が、またやってくる。


破ったのは、また幸太郎だった。

「それで、どうするんだ?」
「…え?」

唐突な物言いに、思わず手を離してそう返す。

「オレが希望的観測をしてるだけで、ほたるちゃんが正しいのかもしれない。
 偶然じゃなくて、本当にめちゃくちゃ不幸を撒き散らしてるって可能性はゼロじゃない。
 …それが本当だとして、君はどうすんの?やめるの、アイドル」

真っすぐな言葉だった。
それだけに、幸太郎の問いはほたるの胸を締め付けるものでもあったが、
面と向かって問われることはほたる自身が望んだものだった。

だが、言いたいはずの言葉が、出ない。

「私はっ………私は……わた…し…」

言い掛けた言葉がだんだんと弱くなり、また無言に戻る。
答えは、すぐには出なかった。

<R←------I>

「なるほど、たしかに厄介だな…」

もう1人のイマジンは難敵である、との見立てがテディの表情を渋くしていた。
さすがにショッカーグリードのような超が付くほどの強敵ではないにしろ、
それなりに骨が折れることが予想された。

「種族的に俺には見えたから良いものの、普通は対応できないぜアレ。
 今日なんぞ、どうしようもないからあの子に直接タックルして避けさせたんだから」
「それで海に転落か。カナヅチなのに無茶をするものだ」

テディのもっともな指摘に、思わずブルーも苦笑する。

「まぁな。ヤツの勝手で歴史改変なんぞさせねーって意地もあるが、
 ちょっと自分のルーツも関わってそうだからな…」
「そうか」

ブルーの発言に含みがあることを察したが、あえてテディは深く触れなかった。
幸太郎やデンライナーの関係者以外には深く干渉しないのが、テディの基本的なスタンスである。
もちろん仕事であればその限りではないが、必ずしも過去を知ることが人間関係を円滑にするとは限らない。
それがイマジンであれば尚更であった。
だからこそ、個人的な事情をすっ飛ばし、目前の事態に話をシフトさせる。

「とにかく、無茶をさせて申し訳ないが君も協力してほしい。
 電王はシステム上対応できるが、サポート役がいないと厳しいからな」
「申し訳もなんもねえ、ぜひとも協力させてくれ。俺もあの子に傷つけさせたくはない」

テディの頼みを、ブルーはサムズアップとともに快諾した。
これで勝算は上がるだろうが、テディは緊張を緩めない。
少しでも有利に進めるために、必要な情報は交戦前に拾っておくに限る。

「先だって知っておきたいのだが、相手の容姿はどんな感じだ?
 名前はともかく、ずっと相手していれば姿くらいは認識していると思うが」
「ああ、戦ってる時もそうだが、落ちる前に姿ははっきりと見てる。
 ヤツの姿は俺と同じ鳥人だが、色が違うんだ。
 聞いて驚け、金色だぜ?金色。ド派手だから目視できりゃあすぐわかる」

その時、運転室のコンソールから警告音が鳴った。
テディが機器を確認すると、NEWデンライナーのレーダーが接近する何かの反応を捉えていた。
迅速にコンソールを叩いたテディは、車両上方からカメラを展開して反応の元を辿る。

「…ちょうどああいう感じか?」
「おお!まさしくアレ-っておい!」

カメラが捉えていたのは、まさしく金色の鳥人そのものであった。

そしてその場所は、今まさに幸太郎達のいるであろう場所の上空。
ブルーの言葉から襲撃を警戒し、幸太郎は少女を起こす前に港湾地区の中でそれなりの距離を移動し、
最初の位置から射線が通らないよう対応している。しかし、今の位置関係では鳥人から射線が通ってしまう。
まだ幸太郎達に気付いてはいないようだが、視界を下げればじきに見つかることは自明であった。

もはや一刻の猶予もない。

テディとブルーは車両内のセッティングを急いで確認し、乗降扉に電磁ロックをかけてから、
車両の片隅に置かれたターミナルからの預かり品を着こんだ。
そしてマシンデンバードに2人乗りしたテディ達は全力でアクセルを踏み抜く。
同時に遠隔操作用のスイッチを押すと、中央モニターが左右に分割し、視界が開ける。

珍妙なシルエット2つを乗せて、マシンデンバードは車両を飛び出し港湾地区へと発進していた。

<R------→I>

「アイドルを…や…め…」

長い長い時間をかけ、死にそうな口の遅さで答えようとした言葉。
だがそれを言い切る前に、ほたるの口元に人差し指が当たっていた。

「ウソ」

遮る幸太郎の声は軽く、しかし的確な重みがあった。

「じゃあなんで泣いてるんだ?」
(…!)

言われてはじめて、自分が泣いていたことに気付いた。
頬を伝い、大粒の涙がぼたぼた零れ落ちる。
鏡はなかったが、自分はきっとひどい顔をしているのだろうな、とほたるはおぼろげに感じていた。

「その顔見れば、アイドルやめますー、ってのがウソだなんて子供だってわかるぜ。
 逆に死んでもアイドル続けたい意思の裏返しってことさ」
「でも…でも!私がアイドルを続けたら、またみんなが不幸に…そんなこと!」

気付けばほたるは、その気弱な面持ちらしからぬ、恥や外聞もない様で強く反論していた。
涙を流してると気付いたら、心も勢いに流されていく。
そして本当の心を偽ったり、妥協してしまうほど、白菊ほたるという少女は器用ではない。

だが、その様子を見て幸太郎は気分を害するでもなく、ある確信に行きあたっていた。

「弱かったり、運が悪かったり、何も知らないとしても、それは何もやらない事の言い訳にはならない」
「え…?」

その言葉は、光明のように聞こえた。
濁流のような心の波を、締め付けて抑え込むでも、さらに煽るでもなく、穏やかで自然な流れにしていく。
驚くほたるを前に、幸太郎は続ける。

「オレのじいちゃんも、ほたるちゃんに負けず劣らず不幸続きの人でさ。
 周りの人じゃなくて本人が不幸になる類だけど、不幸の程度って意味じゃあ同じくらいだと思う。
 …今の言葉は、そんなじいちゃんからの受け売りだ」

白菊ほたると、じいちゃん-幸太郎の祖父・野上良太郎。
出会う前から気になっていたが、今に至ってこの2人は似た者同士だと、幸太郎ははっきり理解した。
それは不幸続きの性分だけが理由ではない。

「不幸に巻き込まれる、巻き起こすってことはあるさ。無力さを感じることもあったと思う。
 でもそれを言い訳にして立ち止まったら、ただ不幸なまんまでお終いだ。
 それが嫌だから、続けてきたんだろ?3度プロダクションが潰れた今でもさ」

野上良太郎という人物も、肉体的に弱かろうと、何故事件に巻き込まれるか知らなかろうと、
自分の望む通りに常に前進し続けた人物だった。
その姿が、今この状況においても「アイドルになりたい」という一念だけでもがいているほたると、
どうしてもダブって仕方なかったのである。

「それに、何かを無くすことだけが生きるってことじゃない。
 諦めなきゃ、絶対に自分のターンが来るさ」
「…はい!」

激情でなく、投げやりでもない意思のこもった返事。
まだくしゃくしゃの、泣き腫らした顔のままではあったが、ほたるの中の何かは確実に変わった。
入水自殺もあわやというところまで来ていたほたるの心が、急速に蘇っていく。

「ほら、ハンカチ。あんまいいもんじゃないけど、泣きっぱなしってのもなんだろ?」

幸太郎が差し出したハンカチを受け取り、涙を拭う。
チャーハンとスプーンの描かれた派手な模様は、言葉通り決してセンスの良い柄と言えなかったが、
ほたるは気にしなかった。その間、幸太郎は祖父の話を続けていた。

「じいちゃんも男としては可愛げがあるっていうか、女だけじゃなく男にも人気あったんだよ。
 そりゃ、アイドルってほどじゃないけどね。若い頃はじいちゃんも、笑顔が幸薄そうだとか-」

その瞬間、ハンカチを動かすほたるの手が止まった。

「…幸薄そう?も、ってことは、私も?」
「あ、いや、今のは言葉のアヤってヤツで…」

調子に乗ってうっかり口を滑らせた言葉尻を捕え、ほたるはジト目で幸太郎に詰め寄っていた。
しまった、と言わんばかりの慌てぶりを見せ、幸太郎は両手を振って否定の意を示す。
少しの間、襟元を掴んでいたほたるだったが、すぐに手を離す。

代わりに出たのは、笑い声だった。そして、笑顔。
幸薄そう、という印象を結局幸太郎は否定しなかったが、それでも切り抜きの笑顔よりずっと幸せそうに見えた。

「私、絶対にアイドル続けます。もう止まりません。
 それで不幸になる人が出たとしても…やっぱり、自分に嘘はつきたくないから!」

幸太郎の前で、笑顔と共に力強く宣言するほたるに、もはやプロダクション崩壊の傷心はなかった。

「あ…でも、私のせいで不幸になった人には必ず謝っていきますけど」
「ああ、うん。それはいいんじゃないかな」

直後、すかさず弱気になったほたるに、幸太郎も思わず微妙に妥協した返事をする。
肝心なところでは強く出るが、普段は低姿勢…これも実は野上良太郎と同じであった。
この2人はとことん似ている。幸太郎は改めてそう思う。

「あの、幸太郎さんのお話も聞いていいですか?」

上目遣いで幸太郎を見上げながら、ほたるが聞いてくる。
通りがかりとはいえ、自分を救ってくれた人に興味を持つのは、なるほど自然な成り行きである。
なのだが、幸太郎は内心困っていた。ほたるに言えない部分が多過ぎるのである。
かといって、ほたるの笑顔を前にだんまりを決め込むこともできなかった。

「そうだな、ほたるちゃんばっかりってのナンだし、オレの話もしようか。オレは-」

意を決して話し出したが、そこで強制的に打ち切られる。
幸太郎の言葉の先は、バイクの爆音と砲撃音がかき消していた。

<R←------I>

「幸太郎ーっ!!」
「テディか!?どうし…た?」

聞き慣れたマシンデンバードの走行音。
そして自分を呼ぶテディの声に振り返った幸太郎だが、思わず言葉が疑問形になってしまった。
そこにいたのは見慣れた青い鬼の執事ではない。

緑色の太った猫のような風体。
さらに凄まじくミスマッチなやさぐれた目と、オレンジ色のリボン。
そんな着ぐるみがデンバードに2人乗りしている様は、それだけで異常事態とも言えた。

(やっぱブサイクだなー、アレ…)

良くいえば味わい深い、悪くいえば衝撃の強過ぎる2体の着ぐるみが迫ってくる光景に、幸太郎は若干げんなりしていた。
だが、隣に立つほたるの反応は意外なものだった。

「あれって、ぴにゃこら太?」
「知ってるのか?」
「はい、最近人気が出てきたゆるキャラなんです。
 正月の収録で一緒にフレームインしたから、よく覚えてます」

あの奇妙なキャラクターがTV放映レベルできちんと認知されている、という事実に幸太郎は軽く驚いていた。
2体の中身はもちろんテディとブルーである。
そしてあの着ぐるみこそ、テディがNEWデンライナーにわざわざ持ち込んだ、ターミナルからの借り受け品だった。
幸太郎からすればただのブサイクに過ぎないが、ほたるの違和感ない反応を見るに着ぐるみ選びの手腕は確かと言わざる得ない。

「よくバイク乗れたな、それで」
「事前に調整して、手足のグリップ性能を上げてあるからな。
 モトクロスや空手をするマスコットもいるのだから、これくらいはな」
「そいつは凄いが、正直似合ってないぞ」
「…似合っていたら、それはそれで私のイメージに関わる」
「はは、そりゃそうだ」

気楽に話しながらも、じわじわと2人は距離を詰める。
この距離なら、ほたるには聞こえず、幸太郎とテディだけで会話ができる状態だ。
ブサイクなマスクが迫ってくるのは相応の威圧感があったが、今は構っている場合ではない。

「それより緊急事態だ。例のもう1体がすぐ近くにいる」

テディの言葉に、幸太郎は一気に態度を引き締めた。
荒事となれば自分の中のスイッチをすぐ切り替える。幸太郎にはそれが日常的に出来る人間だった。

「さっきのゴウカノンはそいつに向けて撃ったのか?」

幸太郎の問いに、テディは着ぐるみ故に大げさに頷いて肯定した。
NEWデンライナーは一見してそうは見えないが、武装車両である。
ほたるとの会話を遮った砲撃音は、搭載武装である大砲・ゴウカノンのそれに違いなかった。

「対空掃射で行動範囲を狭めて、相手の高度を一気に降下させた。
 できればあの子を避難させたいところだが…」

上空を見ると、金色の鳥人が降下してきている。
あれが倒すべき敵なのだと、幸太郎は認識した。

「避難はナシだ。もうあの距離まで来てるんじゃ、逃がしてる間に一気に不利になる。
 とりあえずオレが話して、手近なところに待たせとくよ。こうなったら見える位置で護る方がいい」
「同感だ。頼む、幸太郎」

話をまとめた幸太郎は、一度ほたるの元へ戻った。

「中の方、お友達なんですか?なんだかあの声、どこかで聞いた気がするんですけど…」
「いやぁ、気のせいだろ。友達なのは間違いないけど」

ほたるの疑問を、それとなく誤魔化す。
気絶する直前に聞いた最後の声なのだから覚えがあって当然だが、それで騒いでいられる余裕はない。

「それより、ちょっと危ないからそこの倉庫際にいてくれないかな?
 人気のあるところまで送っていきたいから、そのまま待っててほしいんだけど」
「は、はい。…わざわざ着ぐるみで来るってことは、ショーの練習か何かなんですか?」
「ま、練習というか本番というか、そんなところかな。
 オレの方が派手なアクションするから、離れてないと危ないってワケ」

少し驚きながらも、ほたるは幸太郎のそれらしい理由に納得して倉庫側に歩き出した。
そして、その倉庫の裏にはNEWデンライナーが隠してある。
これなら港湾地区丸ごと吹き飛ばすような事態でもない限り、ほたるに脅威が迫ることはない。

ただ、ほたるの言うショーというのも、あながち外れていないかもしれない。
それだけ戦いは派手になるだろうと、既に幸太郎は予見していた。

<R------→I>

ほたるの目の前、少しだけ離れた距離に幸太郎は立っていた。
そこにバイクを伴ってぴにゃこら太1体が現れたが、そのまま2人はその場で待機している。

何を待っているのだろう、と思っていると空に金色の鳥のような何かが現れた。
宙に浮かんでいるにも関わらず、特に釣られている様子がないのは不思議だったが、
スクリーン投影か何かだろうとほたるは納得した。

「お前、何者だ?」

幸太郎が悪役と思しき金色の鳥に問う。
悪の怪人を睨みつけるその様は、アイドルであるほたるからしても中々サマになっているように見えた。

「我はフェネクス。フェネクスイマジン…金翼の太陽と呼びたまえ」

金色の鳥-フェネクスは、実に尊大な口調で幸太郎に応えた。
口ぶりからして、練習しているのはヒーローショーなのだろう。
ならば大立ち回りも不思議ではない。

「念のため聞いとく。『シンデレラドリーム号』の脱落事故を起こしたのはお前か?」
「然り。我の目的通りだ」

フェネクスが口を大きく開く。応じて、幸太郎は反射的にバックステップしていた。
ほたるには打ち合わせ通りに殺陣をしているようにしか見えなかったが
幸太郎が避けた足場に、弾痕のような痕が残ったことが気になった。

(ず、ずいぶん本格的なショーの練習…でも、あの痕って直すの、結構大変だったような)

自分の不幸から身についてしまった知識で、思わずほたるは勝手な心配をしていた。
その間にも、幸太郎の大立ち回りと台詞の応酬は続く。

「仮面ライダーNEW電王、貴様との対峙もまた然り!」
「そうかよ!そうまで言ってくれりゃあ、心置きなく倒せる!」

後方に側転し、幸太郎はフェネクスと距離を取る。
そのままぴにゃこら太がバイクの後方から持ち出した、1本のベルトを受け取った。
金色をベースに蒼い帯が塗られたベルトを勢い良く振り、腰に巻き付ける。
ベルトから何かの待機音が鳴る。そして幸太郎は脇に装着されたパスケースを手に取った。

「変身!」
『STRIKE FORM』

(え…ええ~!?)

ほたるは思わず、口を開けて驚愕していた。

幸太郎がバックルにパスをかざした瞬間、バックルから放たれた青い粒子が幸太郎の身体に集まり、
一瞬にして青と黒を基調としたスーツと化したのである。
同時に幸太郎の周囲にレール上のオーラが浮かび、レールに沿って幾つかのパーツが出現する。
それらは次々とスーツに装着され、鎧となっていく。
そして胸に装着された線路の切り替え部分のようなパーツが装着されると、
後頭部からフェイスカバーが展開され仮面を形成した。

早着替えやスーツアクターとの入れ替わりなどという、生易しいものでは決してない。
それは正真正銘の「変身」であった。

「いくぞテディ!」

さらに変身した幸太郎が指を鳴らすと、どこかから蒼い光が飛来し、
幸太郎の手元に大型の剣がいきなり現れた。
そしてそのまま、剣をフェネクスに向けると先端から弾丸が発射される。
フェネクスは回避したが、空砲でも火薬でもなく、幸太郎は本当に銃撃していた。

これはショーではないのだと、ほたるはもう本能的に認識してしまっていた。
目の前で起きていることは完全に理解を超えていたが、夢などではない。
そして、それでもほたるは逃げず、倉庫際に残った。
幸太郎が自分をここに留めたことには意味があるはず。そう信じたのである。

だが、少し後にほたるは耳を疑った。
フェネクスが再び口を開き、幸太郎が何かを剣で弾いた瞬間に、
耳を塞ぎたくなるような異音が聞こえたのである。

(この歪み…そんな、まさか!)

その音は、はじめて聞いた音ではなかった。

<R←------I>

「幸太郎、大丈夫か!」
「ああ、センサー感度を調整してくれたおかげで見えてるからな」

銃剣と化したテディ-マチューテディに、幸太郎はそう答えた。
フェネクスの攻撃は、変身してからは目視できている。
それはテディが事前の情報から対策を練ったおかげだった。

(にしても確かに厄介だな、音を武器にするってのは!)

連射されるフェネクスの攻撃を避けながら、幸太郎は内心で一人ごちた。

空気振動を操作して発する音波弾。
それこそがブルーから聞き出した、フェネクスの使う「見えない武器」の正体である。

マチューテディで弾いた音波弾が湾内のスピーカーを直撃する度に、凄まじい異音が響いた。
どうやら音響機器の類に当たると、歪んだ音波を音声信号として受信してしまうらしい。
港湾地区にあるスピーカーは多くなかったが、待機中の貨物船に当たっても音が響くのでうるさくて仕方がない。

「NEW電王…そして哀れなはぐれ者よ。私がこの場で引導を渡して差し上げる」
「しゃらくせえやテメエ!」

どこまでも居丈高なフェネクスの物言いに激怒し、ブルーはぴにゃこら太の着ぐるみのまま全力で飛びかかる。
だが、翼を広げられない状態では、飛行するフェネクスに全く届かない。
一瞬高度を上げただけでブルーを無視し、フェネクスは幸太郎の変身した戦士-NEW電王との戦いを優先した。

「何故あの子を狙う!」
「あの娘と会話したのならわかるだろう?あれだけの不幸があれば、後悔も十分あろう。
 つまりイマジンとの契約を交わす余地などいくらでもあるということだ。
 まして希望の直前にこそ、絶望は一番濃くなるのだからな」
「あの子のせいに見せ掛けて、音響機器の不調を起こしたのもキサマか!」
「本来はあの状態からでも自力で立ち直るらしいからな。我が不幸を煽らせてもらった。
 よく出来た不幸であろう?」
「この…ゲス野郎が!!」

幸太郎は思わずそう吐き捨てた。
たしかにほたるの心根は強いが、彼女も人間だ。限界はある。
不幸体質に便乗して不幸を上乗せし、心を押し潰そうとするフェネクスの所業は、到底許せるものではない。
あの無理に作った笑顔とボロボロの泣き顔を思い出し、幸太郎は怒りに燃えた。

「テディ、遠隔操作でゴウカノン撃てないか?」
「ダメだ。あのイマジンはゴウカノンの対空掃射範囲ギリギリを維持し続けている。
 無理に掃射範囲を下げれば港湾地区の大型クレーンを巻き込む!」

NEWデンライナーで叩き落とす策は使えない。
ならば、と頭上を狙ってフェネクスに射撃を浴びせる。
回避しようとわずかに高度を下げた瞬間、すかさずNEW電王は一気に跳躍した。
撃てぬなら、叩き斬って引き擦り落とすまで。

だが斬撃と共に飛びかかるNEW電王を、フェネクスは翼を広げて待ち構えていた。

「我が力が音波だけと思うな!受けてみよ、シャインスパーク!!」

光を纏い、高速飛行しながらNEW電王に突撃する。
咄嗟にマチューテディの刃で受け流すが、攻撃のチャンスが潰れた上に体勢が崩れた。
なんとか受け身を取って着地するも、直後に再びフェネクスが突撃してくる。
受け流しが間に合わない!

「間に合えッ!!」

衝撃と共に、シャインスパークの射線からNEW電王は弾き出された。
捨て身のタックルを仕掛けたブルー本人も、ギリギリでシャインスパークを避ける。

「大丈夫か、ブルー!」
「あ、ああ…着ぐるみがなければ即死だったかもしれん」

ブルーの着ているぴにゃこら太の着ぐるみは、腹から下の前面部が丸ごと消し飛ばされていた。
回避がギリギリだったため、肌から離れた着ぐるみの一部が掠めたのである。
即死とはいかずとも、この威力の直撃を受ければ重傷は避けられないだろう。

-遠距離で待てば音波弾、射撃はスピードで回避される、飛びかかってもシャインスパークで迎撃-

幸太郎は本格的に攻めあぐねていた。

<R------→I>

港湾地区に度々響く異音は、年末から続く音響機器の不調そのものだった。
こんな状況下で不幸が続く我が身を、ほたるは思わず呪う。
その音で幸太郎達が何を話しているかはもはや聞こえていなかったが、
幸太郎の苦戦する姿は確かに見えていた。

「幸太郎さん…ぴにゃこら太…!」

思わずほたるは声を上げていた。

一介のアイドルであるほたるに、戦う力などありはしない。
何故、このような戦いを幸太郎がするのかもわからない。
それでもほたるは、ただ無為に隠れているだけではいられなかった。

できるのは祈ることだけ。ならば、迷わず祈るのみ。

(私の不幸が、少しでも思うようになるのなら…神様…!)

<R←------I>

「見えるっつっても、無傷じゃいかねえな…!」

反撃の糸口のないまま、音波弾の連射を回避する幸太郎達。
だが、防戦一方では消耗していくだけだった。
特に損傷した着ぐるみで動きを制約されながらも、ほたるのために脱ぐこともできないブルーには、
少しずつ、しかし確実にダメージが蓄積されていく。

このままでは事故の証人でもあるブルーが死んでしまう。
音波弾をマチューテディで凌ぎながら対応策を考えるが、打開策が見えない。
だがその時、剣を振った勢いで偶然、ベルトのバックル横にあるスイッチに手が触れた。

(!…これだ!)

異音の嵐の中、幸太郎が叫ぶ。

「ブルー!お前の力を貸してくれ!」
「もう戦ってるぜ!着ぐるみじゃ限界あるけどよ…!」
「そういう意味じゃない!」

返しながら、ブルーに放たれた音波弾をマチューテディで弾く。
その様子を見て、ブルーも気付く。

「…!わかった、お前に任せるぞ!」
「よし、一瞬でもあの音波弾が止まった瞬間が勝負だ!」

幸太郎はそのままブルーの盾となり、音波弾の処理に集中した。
その動きの変化は当然フェネクスにも察知されていたが、その意図まではわからない。

「何を考えているか知らぬが…そのまま海に落ちたまえ!」

押していることには変わりない。ならばそのまま押し倒す。
そう割り切り、フェネクスは音波弾の連射に集中しようとした。
だが、連射体勢を固めるべく、大型クレーンの上に立とうとした瞬間-

つるっ。

「ぐおう!?」

フェネクスは盛大にバランスを崩し、クレーンの上に倒れ込んだ。

-転倒事故。
第3のプロダクションで、白菊ほたるを悩ませ続けた不幸。
それは彼女を狙って近付いた存在であるフェネクスにも、例外なく襲いかかったのである。

「くっ…どこだ!?」

急いで起き上ったフェネクスの視界には、NEW電王もブルーもいない。
慌てて周囲を見回したその後頭部に、派手な銃撃が炸裂する。

「射点が…!?まさか、そんなはずは…!」
「なかった、って言いたいのか?大層な名前名乗った割には、案外見通しが甘いんだな」

その声にすぐさま振り向く。
背後にいたのは、間違いなく仮面ライダーNEW電王だった。
しかし、その場所は地上ではない。

フェネクスの頭上、大型クレーンのアームよりも高い場所。
青い翼の眩しい飛行する足場に乗り、NEW電王は空に浮かんでいたのである。
イマジンであるテディを銃剣と化すNEW電王の能力は、同じイマジンであるブルーにも通用していた。

「さて…攻守交代の時間だ!」
「行こう、幸太郎!」
「いくゼエ!!」

サブフライトシステムと化したブルーを駆り、NEW電王が空を飛ぶ。
音波弾の見えるブルーが足場となり、さらに大空という地上より遥かに広いフィールドに出れば、
フェネクスの音波弾は容易くかわすことができる。
さらに飛行に特化した姿となったブルーの速度は、フェネクスを上回っていた。

「幸太郎、カウントはどうする!」
「今回も10でいこう!」
「わかった!」

トドメを刺せると踏んだ幸太郎は、一気に攻勢に出た。
カウントダウン。
それは幸太郎とテディにとって、勝負に出る際に課す枷であり、2人の絆であった。

「10…9…8」

幸太郎の設定通り、テディのカウントは10から始まった。
同時に一気にフェネクスへ接近し、すれ違い様に斬撃を叩き込んでいく。
斬り抜けた勢いでそのまま離脱し、反撃を許さない。

「7…6…5…」

NEW電王はなおも接近する。しかし、ただ斬られるだけのフェネクスではない。
迎撃しようと、翼を広げ出す。

「くらえ、シャインスパー…」
「二度通じると思うな!」
「がはあッ!!」

シャインスパークの飛行体勢を整えようとした瞬間、マチューテディの的確な銃撃が翼を撃ち抜いた。
体勢を崩していない相手に対し、動きの止まるシャインスパークを使うことは、
相手に絶好の隙を見せることに他ならなかった。
初見でそれを見抜いていた幸太郎に同じ技を見せるのは、自殺行為に等しい。

「4…3…2…」

翼を負傷したことで、墜落はせずともフェネクスの飛行速度は大幅に落ちていた。
すかさず幸太郎はベルト脇から再びパスを取り出し、バックルの前にかざす。

『FULL CHARGE』

電子音声と共に、バックルから放電状のエネルギーが迸る。
それはNEW電王のアーマーを伝い、マチューテディの刀身に集中した。

「行っちまえ、幸太郎!」
「おおおおおっ!!」

肩を押すブルーの上から飛び上がり、NEW電王が大空に舞い上がる。

「1…」

必殺の斬撃が、金翼の太陽を襲う。
NEW電王の刃は動きの鈍ったフェネクスを確実に捉え、そのまま真っ二つに斬り裂いた。

「ぐああああああーーっ!!!」
完全に切れてしまう直前、断末魔が響く。
それは彼自身の撒き散らした、音波弾の異音に似た不快なものであった。

「ゼロ」

カウントゼロ。
ブルーの上にNEW電王が着地した瞬間、その背後で大爆発が起きた。
不幸を押しつける歪んだ太陽の最後だった。

「お見事!やったな、幸太郎」
「いやー、これで俺も帰れるぜ」

盛大な爆発を確認し、『シンデレラドリーム』号事件の決着を喜ぶテディとブルー。
だが、幸太郎にはまだやることが残っている。
そしてそれは、別れを意味していた。

「ああ。あとは、あの子を帰すだけだ」

<R------→I>

「ヒーローショーの練習」という、見え見えの嘘。
戻ってきた幸太郎の言葉を、ほたるはあえて額面通りに信じることにした。

港湾地区に少なからず爪痕を残すほどの戦いをしていたというのに、
ほぼ-異音が鳴り続けたことで多少頭痛がした程度で-危険な目に遭わなかった。
ほたるにはそれで十分だった。

それでも強いて理由があるとすれば、あの戦いの中で音響事故の異音が多発したことである。
もし、幸太郎が戦っていたのが事故の原因となるものだったなら、
彼は自分を救うために戦ってくれたのではないか?
少し前までは、そんな都合の良い想像は思いつくまでもなく自ら潰してしまっていたが、
今はそんなキレイな想像も受け入れられるような気がした。

偶然出会って、偶然救われる。不幸もなくそれで終わるなら、どんなに幸せなことか。
その重みは、痛いほど良く知っている。

…でも、その偶然ももう終わり。
出会ったなら、別れは必ず来る。

「じゃ、ここでいいかな?オレ、電車移動じゃないから」

港湾地区からバイクで移動し、2人は最寄りの駅前に到着した。
降りるのは、ほたるだけ。幸太郎はそのままバイクで帰るという。

「本当に、本当にありがとうございました」
「オレは大したことはしてないよ。自分の強さを信じろってだけさ」

深く頭を下げるほたるに、幸太郎の掛けた言葉はやはり軽かった。
その軽さは軽薄なのではなく、自分の言葉を他人の重しにしないためなのだと、今のほたるは理解していた。

「アイドル、がんばれよ。オレも応援してるから」
「はい!」
「その返事なら、もう心配いらなさそうだな。…じゃあな!」

その言葉を最後に、幸太郎はバイクを動かし始めた。
ほたるも幸太郎に背を向けて、駅に向かおうとする。
財布を出すためにワンピースのポケットに手を伸ばすと、慣れない感触を感じた。

ハンカチ。
スプーンとチャーハンを模した、妙なセンスの柄。
涙を拭う時に幸太郎から借りたものを、そのままポケットに入れてしまっていた。

背後でバイクのエンジン音が聞こえる。

「あの、幸太郎さん!」

すぐに踵を返すが、もう幸太郎のバイクは発進していた。
遠ざかる背中はまだすぐ近くにあるはずなのに、何故だかほたるには見えないほど遠くに感じられた。
だから、追いかけようにも立ちすくんでしまう。

…結局、借りっぱなしになってしまった。
手の中に残されたハンカチを見つめ、そして何気なく裏返す。

(え…?これって…)

驚いて立ち止まっていると、不意に声をかけられる。
幸太郎ではない。だが、どこかで聞いた女性の声。

「あら?ほたるちゃん、よね?」
「え?」
「ほら、正月特番の時に一緒だった…」

言われて、ほたるは思い出した。たしかに正月特番の時の共演者だ。
不幸続きでナーバスだったほたるを随分と励ましてくれた覚えもある。
ただ、収録の時は着物だったが、今は私服なのですぐに記憶と結びつかなかった。

「それにしても、すぐ見つかって良かった。
 私のところのプロデューサーさんが探してたの」
「探してる?なんで…」

思わずほたるは首を傾げた。
たしかに彼女自身は知らぬ仲ではないし悪しからず思っているが、
その担当プロデューサーとは面識すらない。
だからこそ、かつての共演者の答えに思わず耳を疑った。

「新しいプロダクションへのお誘い、だって」

その言葉が嘘ではないと知った瞬間、ほたるは泣いていた。
でもそれは、悲しいからじゃない。
多分、少し前の自分は断っていただろう。
だけど今はアイドルを続けられるという事実が、何よりも嬉しい。

-いつか聞いた汽笛の音が、どこかで響いた気がした。

<R← I>

-ターミナル。
いかなる場所よりも雑多な人の流れを持つこの場所に、幸太郎達はようやく帰って来た。

「終わったな、幸太郎」
「ああ。今回は比較的ラクに決着が付いたな」
「ブルーを憑依させた時はさすがに驚いたが…無事で良かった」
「ま、じいちゃんは4体同時とかやってたからね。
 張り合うわけじゃないけど、オレも2人同時くらいはできなきゃ情けないでしょ」

テディと共に、今回の事件を振りかえりながらターミナルを歩く。
ゴルフ場やら温泉やら、大規模施設が片っ端から集合した超ド級の施設ではあるが、
曲がりなりにも駅である。中央部に限れば無駄に広いワケでもない。

デンライナーの正体。それは時間移動を行う「時の列車」である。
時の流れを護ると同時に、ターミナルを中継する時間旅行者の移動手段。
その中でもデンライナーは、時間を超える犯罪者と戦う機能を持った特別な車両であった。

そして、そんな時の列車に乗り、「電王」として戦う人物もまた普通ではない。
事実、野上幸太郎という人物は、本来ほたるのいるあの時代から50年も後に生きている青年である。
今回の依頼で指名を受けたのは、青年時代の野上良太郎-じいちゃんにして彼も「電王」だ-では、
ほたると同時代に生きているが故に、行動しにくくなる可能性が懸念されたためだった。
もちろん、未来人の中でも幸太郎が選ばれたのは、彼自身の戦闘力の高さもあるのだが。

「ブルーは契約イマジンの件、蹴ったんだっけ?」
「ああ。彼なら鍛えれば十分やれると思うのだが…」

ブルーはターミナル帰還後、今回の件に決着を付けるべく、幸太郎ら同行の上で駅長と面談した。
結果、車両離脱についてはフェネクスの歴史改変防止・打倒に積極的に協力した事実から不問とされ、
謝礼の金一封代わりに時の列車のチケットが再発行されることとなった。
ただし、ブルーの希望でその行き先は当初乗っていた時の日付から変えられている。

「あの子のよく歌ってた曲…『蒼い鳥』っていうらしいんだわ。
 イマジンは童話モチーフって思ってたからずっとルーツに行きあたらなかったんだが、
 あの子が歌う度に俺の中の何かが疼いてたから、もしやと思ってな。俺は、あの曲の元を追ってみたい」

それがブルーの答えだった。
新たに発行されたチケットの行き先は、2005年7月26日。
そこに何があるのか幸太郎は知らないが、その旅が良いものであることを願わずにはいられない。

そして、最後に思い返すのは-

「あの後、ほたるちゃんはどうなったんだろうな?」
「私達の向かった日に新たなプロダクションに行く…というのが、本来の歴史だ。
 歴史改変もイマジンの契約による再被害も免れたが、その後の彼女の詳細は伝えられていない。
 過去のアイドル年鑑でも調べれば何かわかるとは思うが…」

冷たくも駅長の判断は妥当だ、と幸太郎は思った。
過去を知れば、時として歴史改変を肯定したくなる瞬間が出ることは訪れ得る。
だからこそ、接触する相手の情報は必要最低限しか開示されないのが常だった。
知らないからこそ、戦えるということもある。

しかし、幸太郎はジャケットから1枚の紙片を取り出しながら、はっきり答えた。

「オレ達が行く前より元気にやってるってことだけは、今でもわかるよ」
「…?どうしてわかるんだ?」
「コイツさ」

不思議に思うテディが紙片を覗き込む。
それは全ての始まり。フェネクスが『シンデレラドリーム』号に残した切り抜き。

その中に映るほたるの笑顔は、過去に向かう前より明るかった。

<R →I>

2013年1月18日。
あの日から、1週間後。

白菊ほたるは、北海道の撮影スタジオにいた。
宣伝素材となる写真をスズラン畑で撮り終え、そのままスタジオに合流したのである。
スズランという花の毒性を知っているだけに戦々恐々としていたほたるだが、
不幸が起きるはなく、スズランを手に持っての撮影は無事に終わった。

何かあると反射的に謝ってしまうクセと、生まれながらの押しの弱い性格は全く変わらなかったが、
インパクトのあるアイドルが少なくない今の現場では、むしろ好意的に捉えられている。

(この調子なら、今度こそうまくできる…多分、きっと)

写真撮影で自信を付けたほたるは、スタジオ内の楽屋に入る。
今日の収録は、新たにプロダクション入りしたアイドルが揃う紹介番組である。
3つのプロダクションを渡り歩いたほたるだったが、今この場ではニューカマーだった。

…1週間前のあの日。
正月番組の共演者である鷹富士茄子に連れられた先で、ほたるはその場でプロダクション移籍を決めた。
ほたるの不幸をものともしない「幸運の女神」たる茄子への安心は少なからずあったが、
それ以上に彼女の紹介したプロデューサーもまたパワフルで、めったな不幸には負けない力強い人物だった。
そして、これまでほたるを拾ってきたプロダクションと違い、「実績のある即戦力」として安易に引きこんだのではなく、
不幸体質を承知で「不幸を乗り越えるバイタリティ」を見込んでのスカウトである。

-この人達は覚悟がある。ならば、今度こそ最後までここにいられるかもしれない。
即日の移籍は、その可能性に賭けてのものだった。

楽屋で、一緒に出演予定の新アイドル達と出番を待つ。
隣では超能力アイドルの少女が、スプーン曲げの予行演習に忙しい。
後ろでは別の少女が、鏡越しに手の運動をしているのが見えた。
もう1人いるはずの日露ハーフの少女は、真昼の月を見に外出中だった。

自分も、気合いを入れなければ。
そう思い、ほたるは自分のミニポーチから何かを取り出した。
スプーンとチャーハンの柄のハンカチ。あの日、幸太郎が残していったもの。
そして、それをおもむろに裏返す。

無地の裏側の隅に、小さく印字された数字。
一緒に書かれた文字から、それは製造場所と製造日が書かれたものと理解できた。
産地は日本。そして、製造日は-

(お婆ちゃんになっちゃうかな、私)

その数字を初めて見た時、目標ができたのだ。
野上幸太郎がどこの、何をしている人物だったかは、結局わからない。
でも「いつの人」なのかだけはわかった。
ならば、その時まで輝いていられる自分になりたい。
たとえこの先、どれだけの不幸が待っていようとも、
それはもう何もせずにいられる言い訳にはならないのだから。

(もう、迷わない。絶対に…50年後まで輝けるトップアイドルになりたい!)

揺るがない決意が、ほたるを奮い立たせる。
再出発の時はすぐそこまで来ていた。

-continue to "Cinderella Girls Theater No.70"-

[完]

お目汚し失礼しました。
野上家とほたるちゃんのクロスは随分前から考えていたのですが、
いざ書いてみたら2万文字超えの大ボリュームに…どうりで形にならないワケだorz

本編後の部分ですので、本編内に入ってる小ネタをちょっと書いて終わりたいと思います。
(思いきりネタバレなので、最後から読む派の人は要注意)

・フェネクスって何?
近年ではユニコーンガンダム3号機としても有名ですが、「フェニックス」と言い直せばわかりやすいでしょうか。
ソロモン王72柱の魔神の名でもあるので、悪の意匠が付けやすいのです。平成ライダーだと『龍騎』のゴルドフェニックスとか。

イマジンとしてのイメージソースはグリム童話「黄金の鳥」に登場する黄金の鳥ですが、同作は
「狐(実はヒロインの兄貴)が主人公に忠告するも、その度に忠告をガン無視して失敗するので狐がフォローに周りまくる」
というとんでもない話だったり。狐は第3の王子をグーで殴っても良いと思うよ?
なお、幸太郎に面と向かってゲス野郎呼ばわりされた性格骨子は、主人公の兄である第1・第2の王子の影響が強いです
(自身の失策で絞首台送りになるのを主人公に救われたのに、井戸の端に座った主人公を突き落として
 持ちモノ全部奪うという救いようのないゲス野郎2人組)

・ブルーの行き先
最後に向かった「2005年7月26日」は、アーケード版『THE IDOLM@STER』の稼働開始日。
如月千早の楽曲として「蒼い鳥」が正式に世に出た日です。
ブルーの推測通り、イマジンとして現出する時のイメージソースは童話ではなく楽曲の方。
(電王本編に出たブルーバードイマジンとブルーは別人で、シルエットは似てますが細部が全く異なります)

・Cinderella Girls Theater No.70
デレマスで見ればすぐわかりますが、シンデレラガールズ劇場70話「北海道から来ました?」は
白菊ほたる初登場回です。楽屋で同席しているのも同回初出のアイドル達です
(棟方師匠にユッコとアーニャ)

ということで、今回はこれまでになります。
お付き合いいただき本当にありがとうございました。

いつか、未来で。

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