たかし「肉まん食べたい」(20)

【小学生編】

今日僕は、とてつもない冒険をする。
これはパパやママにはモチロン、となりんちのミカちゃんにもばれちゃあいけない。
ミカちゃんはすぐに周りに言いふらしちゃうから。
先生は、ココには学校の帰りにはよっちゃダメだって言ってたけど、もう我慢ができないのだ。
お腹がすいてしようがない。ペコペコだ。
ゴクリと生唾を飲み込んで、僕はそこへと歩き出す。
緑と白のしま模様、入り口前には赤いポスト。
そう、コンビニへと。

今まで、一人で来たことはなかった。だからだろうか、自動ドアが開いたときの、流れる音が、普段とは全く違うように聞こえる。

店の中は、暖かい。外とは大違いだ。

とりあえず、お店の中に入るまでは、知っている人には会わなかった。
その事に、僕はほっとしながら、きょろきょろと店内を見回す。
僕の知り合いは誰もいないみたいだ。良かった。

じゃあもうやる事は決まっている。
僕はすぐさま、店員さんのいるカウンターへと向かう。
手の中には、お店に入る前から握っていた120円。
カウンターの前に立ち、一言。

「あの!に、肉まんください!」

想像よりも、大きな声になってしまった。
店員さんのお姉ちゃんが、それにびっくりしちゃったみたいで、目をぱちくりとさせた。
僕はあわててぺこりと頭を下げる。悪い事をしたら謝らないといけないのだ。

頭をあげると、お姉ちゃんは、にっこりと笑った。

「肉まん1つで宜しいですか?」

「はい」

さっきの反省をいかして、今度は普通の声の大きさで、返事ができた。

「それでは、121円になります」

僕はての中にあるお金を、カルトンへと置く。ここにお金を置くのが正しい、とテレビでやっていた。
だけど、お姉ちゃんがそれを見て、少し困った顔をする。一体どうしたのだろうか。

「ごめんね、僕。1円たりないんだけど、もってないかな?」

「うぇえ」

ショックのあまり思わず変な声が漏れた。ここまで危ないことをやったのに、目的の物がかえないとは。
1円に笑う者は1円に泣くぞ、とよく先生が言っていたが、僕は1円をわらったことはない。なのに何故1円に泣かなくてはならないのか。先生の嘘つき。

しかし、いくら先生を責めたところで、1円は出てこない。ここで立っていても、肉まんが貰えるわけでもない。しょうがないので、今日は諦めることにした。

僕が、お姉ちゃんに、やっぱりいいです、と言おうとした時に、いきなり後ろから大きな手が、にゅっと伸びてきた。
それはカルトンへと伸びたかとおもうと、1円玉をそこに落とした。
誰かが1円を恵んでくれたんだ、と、そう考えに至るまで、すこし時間がかかった。
突然すぎたんだ。

だけどこれで肉まんが買える。僕はさっきのがっかりした気分が嘘みたいに、喜ばしい気持ちになった。

そして、1円をくれた、後ろの人にお礼を言うために、振り向こうとした。しかし、頭を抑えられてしまう。

僕はすこしムッとした。1円をくれたとはいえ、いきなり頭を抑える事は無いんじゃないか、と思ったからだ。

お礼を言おうか、それとも文句か、と悩んでいた時に、いきなり後ろの人が言った。


「振り向くなよ、たかし。この後待ってるのは説教だ」

体温が、すっと、下がったような気がする。
無理もない。
なにせ聞こえた声は、先生のものだったから。
僕の気分は一気に最悪になった。
やっぱり悪い事はするものじゃないのかもしれない。

僕は恐る恐る、肉まんを受け取ってから、改めて後ろを振り向くと、やはりそこには先生がいた。


「俺も買うものあっから、先に外にでとけ。赤い車の前にいろ」

店外へと出て、どんな説教が待っているのだろうか、と震える。
先生が、少し遅れて、自動ドアから出てくる。
そのまま、僕の方へと歩いてくると、頭をぺしりと軽く叩いた。
これですめばいいけど、そんな事は無い。
次に、どんな言葉が降ってくるかと、駐車場のアスファルトを睨む。先生の方は、怖くて見れない。

「今回だけ見逃してやる、さっさと帰れ」

しかし、先生は、予想外の事を言った。
そして、さっさと車に乗り込むと、僕が何か言う前に、それは走り去っていった。

許してもらった安心だとか、色んなものがグチャグチャに入り乱れる中で、一言、言葉が出た。

「……かっけー」

そして、僕は肉まんにかぶりつきながら、家へと急いだ。

【中学生編】

まさに、今の俺は失意のどん底であった。
意気揚々と、第一志望の高校の合格発表へと向かったはいいものの、まっていたのは不合格。あれだけ自信があったのも相まって、相当に悔しい。
いや、本当は悔しいなんていうものではないのだが、悲しい哉、俺の語彙力ではこれ以上適切な言葉は見当たらない。
そんなんだから、高校受験に失敗するんだ、と何度目かの自責を行っていると、ふとコンビニが目に入る。
赤いポストに緑と白のボーダー。幾度となくみた、駅前のコンビニだ。
ああくそ、こうなったらやけ食いでもしてやるか。
そう考えて、コンビニへと歩を進める。

なにをしてやろうか。アイスを10本でもかってやろうか。どうせならハーゲンダッツがいい。
自動ドアを潜り抜け、独特のメロディーの電子音にお迎えされながら、店内を物色する。
店内BGMの、受験生応援ソングがいやに耳につく。くそが、なんでこうも全てが俺の神経を逆なでする。心をささくれ立たせる。
さっきまでは何でも買ってやるつもりだったが、なんだかこの店の売り上げに貢献するのも癪だ。
しかし、何かをバカみたいに食ってやりたいという気持ちは変わらない。
結局俺は、肉まん3つという、嫌に現実的なやけ食いを決行する事にした。

「肉まん、3つ」

レジ前に行って、言う。自分でもびっくりするくらいに、声が擦れていた。

「はい、肉まん3つで宜しいですね」

バイトであろう、変にチャラついた男が、注文の確認をとる。見た目のわりに、しっかりとした敬語は、普段なら好ましい筈であるのに、妙に鼻についた。

支払いを済ませて、肉まんが入った紙袋を、店員から引っ手繰る。驚いた顔をしている。はは、ざまあみろ。

店外へとでる。紙袋の中をガサガサと漁りながら、走って帰路につく。
細い路地にはいると、途端に人がいなくなる。
肉まんを1個とって、走りながらかぶりつく。熱いじゃねえか畜生。ほら、熱すぎて涙出てきた。生理現象。

「あ〝あ〝ぐぞ!ぜってー受かった奴よりいい大学はいっでやる!ぜっでーだ!ぐそが!」

そう叫びながら、アスファルトに唾だか肉汁だか、涙だか、よくわからない物をポタポタと垂らす。はたからみたら、気が違っているように見えるかもしれないが、言葉も涙も、堰を切って止まらない。
人よりは何倍も勉強したつもりだし、結果も、今まではついてきてた。模試でもS判定だった。
県内最難関とは言っても、努力すれば入れるんじゃねえのかよ!

「ぜっでーみかえすからな!みでろ!」

そう言って、立ち止まって肉まん2個目を取り出す。
俺はそれをもそもそと食いながら、時折鼻を啜り、後は走ることもなく、ゆっくりと歩いて帰った。

【高校生編】

「たかしもさぁ、大概馬鹿だよね」

「は?」

ミカはそう言うと、寒そうに肩を抱き、マフラーを整えた。

「わりーけどオメーより成績はいいよ。大体にして、試験前にお前に勉強教えてんだろうが」

「いや、そう言うことじゃなくてさ」

じゃあどういうことだよ、という言葉は押し留める。こいつは、話に茶々を入れられるのが嫌いだからだ。わざわざ不機嫌にさせたくはない。続きを目で促す。

「いやさ、頼まれたことは断れないっていうかさぁ、ね」

こほんと一息。

「生粋のお人好しか、臆病者」

「んなこたぁねぇよ」

食い気味に否定してしまった。いや、やましいところがあるわけではないのだ。
ただ、なんというか、自信満々なミカが若干、いやかなり癪なもんだから、さっさと否定してしまいたかった。

「ほら、食い気味!それが証拠」

「まだいうか」

ぺしりとデコピンを決めてやる。
あう、と声をあげてデコを押さえるミカを見ながら言う。

「ばっかじゃねぇの」

「けっこうムカチーン!」

まだ痛そうに額を押さえながら、ミカは声を張り上げる。というか、結構怒ってるなこれ。口調はギャグみたいだが、これは謝らないと臍を曲げるな。

「わーった悪かった、ゴメン」

「じゃあさ!悪いと思ってんなら、誠意をみせてよ!」

そう言いながら、ミカはようやくデコから手を外し、左手で横を指差す。
それに誘われるように、左を向くと、赤いポスト。緑と白のボーダー。

「そこのコンビニであたしにあんまんを奢れ!」

渋々とミカの要求を呑んで、コンビニへと向かう。いや、正直いうと、ここで要求を呑まないと、機嫌を直してもらうのにさらに費用がかかる。つまりここで了承するのが最適なのだ。

「よっしゃ、あんまんだ」

ミカはというと、そんな俺の計算などいざ知らず、体の前で小さくガッツポーズを作っていた。

「すいません、あんまんとにくまん1個ずつ」

レジ前に立ち、店員に言う。頭皮が見え隠れしている男はなんというか、頼りなさげであった。いや、コンビニ店員に頼り甲斐を求める方がおかしいか。

店員の確認をうけ、会計を済ます。
紙袋を受け取って、店外へとでると、紙袋へとミカが手を突っ込む。いや、はやいよ、がっつきすぎ。

「これだ!きたきたー」

そう言って、あんまんを引っ張り出すと、かぶりつく。
いやしかし、速攻で迷いなく食べたな。重さとかであんまんか肉まんかわかんのかね。

「うわ、これ肉まんじゃん」

わからなかったようだ。馬鹿かよ。確認しろよ。下についてる紙みたいなのよく見ろ。

「あんまんはこっちな、ほら肉まん寄越せ。残りは俺が食う」

「うぇ!い、いいよ!肉まんで!」

「いや俺が良くない」

「いーからー!あたしがいいんだからいーの!」

とんでもなく、胸の前で手をわちゃわちゃとさせて、ミカが言う。見ていて肉まんを落とさないか不安だ。

結局、そのままミカに押し切られる形で、あんまんを食う羽目となった。
まあミカが肉まんをさっさと食ってしまっただけなのだが。

どうせなら食わないともったいないと、一口。

「うわ、あんまんクッソ甘」

「なにおー、それがいーんでしょうが!」

いらないなら寄越せと言わんばかりの勢いに、思わず言う。

「じゃあ、お前半分食えよ」

二つにあんまんを裂き、ミカへと渡す。

「うぇ、うう、ほしい、けど、うああ」

謎の躊躇をミカが繰り返す。正直意味がわからんが、まあ、こいつはそういうのがちょくちょくあるからな。やがて、覚悟を決めたのか、一口であんまんを全て頬張る。

「…う、うまい!」

「大丈夫かよお前」

リアクションが過度すぎる。
ふと、空を見ると夕陽が雲から顔を覗かせていた。その斜めに刺す陽の光が、やけにまぶしくて、腕を翳す。『斜陽』だ。内容は知らないが。
ふと横を見ると、ミカの顔は、夕陽に染まって真っ赤になっていた。

「おら、暗くなる前に帰るぞ」

「たかしはあたしの親か何か?」

「うっせ」

軽くミカの頭を叩くと、俺は残ったあんまんを口の中に放り込む。やっぱりクソ甘い。

「やっぱたかしは馬鹿だ!」

いきなり、隣にいたミカが言い、走り出した。
なんだかわからないが、馬鹿にされてるのはわかる。
デコピンはしないとしても、髪のセットをぐしゃっとしてしまうくらいは構わないだろう。
そう考えて、俺もミカを追いかけるべく走り出した。

【社会人編】

高校以来である。
大学時代はなんとなくで帰省はせずに、社会人となり、久々に帰省した。
なんだか無性に肉まんが食いたくなって、実家に帰る前に、コンビニに立ち寄った。

「おー、かわってねー」

相変わらずの赤いポスト。少し色が落ちただろうか。
自動ドアをくぐると、独特の電子音が迎える。
早速レジ前に行き、肉まんを頼もうとしたのだが。

「ごめんね、僕。1円たりないんだけど、もってないかな?」

「うぇえ」

見れば、隣のレジで、ランドセルを背負った、小学4年生くらいの男の子が、わたわたとしていた。

おしまい

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