モバP「橘さんな日々」 (29)

モバマスSSです。
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『はじまり、はじまり』

中二病だとか蒼いだとか。そんな感じに世界が見えていた頃がありました。
自分以外の同年代の子が幼く見えて。

大人は私を笑いました。
「それは俺(私)も似たような時期があったと」
……誰も私のことなんて、分かるはずもないのに。
それからは今度は大人が愚か者に見えてきました。

だから澄ました顔の男の人にスカウトされた時に思いました。この人を試してやろうと。
ただ、私は勘違いしていたのです。

澄ました顔と称した人はただ単におっとりした人で、引きずり込まれた世界には可愛らしい人や綺麗な人、優しい人。……そして天敵が待ち受けていたのでした。

そんな世界で、私は今日もなんとか生きています。

『橘さんは今日もふんすふんす』

「……プロデューサー、どこに行ったんでしょう」

ぽかぽかとした陽気のお昼時。
いつもこの時間帯になると、プロデューサーは事務所から姿を消します。

言うまでもないことですが、私たちのプロダクションはアイドルばかりなので基本女性が多いです。
……男の人は女の人に囲まれていると居心地が悪いと聞きます。
これはあれです、きっと女性密度の高さからどこかで孤独に昼食を摂ろうとしているに違いありません。

ぼっち飯ってやつです。ネットの海と漫画で見たことあります。

「……これはプロデューサーは心優しい橘さんの心遣いに感謝してくれてもいいですね」

なんだか微妙にテンションが上がってきました。

……上がってきたのはいいんですけど、本当に見つかりません。本当にどこ行ったんでしょうか、プロデューサー。

『Cool属性(多分)』

「……なにやってるの、ありす。飼い主を探す犬みたいにうろうろして」
「あの、凛さんに犬うんぬんとか言われたくないんですけど」
「……」
「……」

私と凛さんの視線がぶつかります。
基本的に私と凛さんは仲が良くないです。なんというか、性質的に合わないといえばいいんでしょうか。
なんというか微妙にキャラ被りしてる気がします。
こう、正統派Cool属性な橘ありすとして立ち向かわねばならないような。

「……ありすは私にはなぜか懐かないよね」
「その懐く、懐かないとかいう感覚がもう既に色々とかけ離れてると思うんですけど」
「うっ、それは……一理あるかも」
「ふふん。それだから歳下受けしないんですよ」

若干ショックを受けたように仰け反る凛さん。
なんかちょっとしてやった感があります。爽快です。

「試しに笑ってみたらどうですか。こう、仏頂面では厳しい気がします」
「……笑って。……普段どうやって笑ってたっけ」
「あの……それはアイドルとしてどうなのかと思うんですけど……」

凛さんは若干慌てた面持ちで掌で頬をこねくり回しています。
暫くそうしてから、諦めたように頬から手を離します。

「そういうありすはどうなのさ」
「……笑顔なんて簡単なんですけ……ど?」

……え、と。どうやって笑えばいいんでしたっけ。……あ、あれ?

『やれば出来る子』

「……この話題は生産性がないと思います」
「……そうだね」

敗残兵がここに二人。
凛さんと揃って項垂れます。あと、ほっぺ弄りすぎて痛くなってきました。
マズいです。これはアイドルとして致命的です。

でも大丈夫です。いざとなったらプロデューサーがなんとかしてくれると思います。多分。……その、丸投げじゃないです。これはいわば、信頼関係が生み出した妙技と言えるでしょう。橘さんはやれば出来る子です。プロデューサーもそう言ってました。

「というか、凛さんが笑顔を忘れた悲しい現代っ子なのはともかくとしてですね」
「それって小学生のありすが言うことじゃないと思うんだけど」
「……私はいいんです。やろうと思えば出来ます。……きっと」
「うわっ、理不尽なんだ」

ジトっとした凛さんの瞳が私に向けられます。

「それはともかく、プロデューサー見ませんでした?」
「え?さっき中庭に居たけど」
「中庭に。……なるほど。助かりました」

くるりとUターンして中庭へ歩き出そうとすると、凛さんに肩を掴まれます。

「私も行く」

ちっ。

『知ったかぶ凛』

一面に広がる芝と屹立する数本の若い木。
基本的にプロダクションの中庭は混沌としていて、犬猫ぴにゃからイグアナ、トナカイまで幅広い動物がじゃれてることも珍しくないのですが、今日は不在のようです。

視線を巡らせれば目的の人が。
だけど、これは……。

「……寝てますね」
「……寝てるね」

凛さんと視線を交わします。

「……背中合わせですか」
「……背中合わせだね」

木陰の芝生に直接腰を下ろし、背中合わせに座る一組の男女。
……若葉さんとプロデューサーでした。こう、あの二人はへにゃっとしたりぼんやりしてる時は重なって見えるような人たちなので平時だったらスルーしていたかもしれません。

お互いの体重を預けるように背中を合わせて眠る二人に近づいてみると寝息が重なって聞こえます。

「あの、凛さん」
「……なに?」
「なんでこの二人は寝るなら仮眠室で寝ればいいのにこんなところで寝てるんですかね。よく、分かりません」

服も汚れますし、合理的じゃありません。
……そのはずなのに、穏やかな寝顔が二つ並んでいるとこれでいいような、変な気分になります。

「……それは、あれだよ」
「あれ?」

若干挙動不審に凛さんが目を右往左往させています。

「……あれはあれというか……そ、そう。プロデューサーはその、女の人の体温を体で感じることに幸福を感じるタイプの人なんだよ!」
「そうだったんですか」

なんて難儀な幸福なんでしょうか。
……やっぱり、大人の男の人はよく分かりません。

『別に重い訳じゃないけど無理なものは無理』

「……なるほど」
「へ?」

呆けている凛さんを置いて、芝生の中に歩みを進めます。
寝こけているプロデューサーがお腹の前で手を組んでいたのをほどいて、ポイと芝の上に投げ捨てて膝の上に潜り込みます。

プロデューサーのお腹に背中を預けて一息吐きます。
……まぁ、悪くない座り心地です。

「……そんなことに幸福を感じるなら、時々なら……協力してあげないでもないです」

食べ損ねていたお弁当を広げていると凛さんが仏頂面のままフリーズしているのに気づきます。

「なにか?」
「ツッコム所しかないと思うんだけど」
「……若葉さんの膝は譲ってあげます」
「それって色々無理があるというか、無理しかないよね」
「若葉さんなら『凛ちゃんもお姉さんの膝の上においで~』とか言いそうな気がするんですけど」
「言いそうだけど!すっごく言いそうだけど!無駄に声真似そっくりだけど!出来るかどうかは別じゃない!?体積的に!」

そんなこと知ったことじゃありません。
お弁当を食べ終えて、お腹一杯になった私は心地よい満腹感と共に瞼をゆっくりと閉じました。

『我々の業界でもご褒美かは微妙』

翌日。……なんですが、朝から頭がガンガンします。
失敗しました。やってしまった感があります。寒気もします、鼻水も止まりません。
やっぱり外でなんて寝るもじゃないです。というか、一緒に寝てたはずのプロデューサーと若葉さんが頑丈すぎるだけです。……解せません。

前髮がかきあげられて、額に男の人の大きな掌が添えられました。

「今日はお休みな。……寮は……人が居ないから逆に不便か」

こちらに背中を向けて、しゃがみこんだプロデューサーにおんぶというか、しがみつきます。

「鼻水が止まりません」
「……頼むからスーツにだけは付けないでくれよ」
「……自信、ないれす」

鼻を一つ啜り上げます。いいじゃないですか、昨日だって芝生に座り込んでたんですから、ちょっとくらいはご愛嬌で済むと思います。……プロデューサーの背中、ぬくいです。

『目は口ほどに』

あっという間に仮眠室のベッドに寝かされていました。
……馴れた手つきです。よくあることなんでしょうか。
ちょっとモヤっとします。

「お腹は?」
「すいてないです」
「喉とかは?」
「別になんともないです」
「頭は」
「凛さんよりはいいと思います」
「じゃあそんな致命的に酷くはなさそうだな。薬飲んで寝てような」

頭におかれた掌がゆっくりと一往復して離れていきます。
差し出された水と錠剤の薬を飲み込んで、再び横になる。

「じゃあ仕事に出るから」
「……」

ゆっくりと立ち上がったプロデューサーへと目を向ける。
……特に意味はないですが。

「……甘いものと消化に良さそうなものも買ってくるよ」
「…………別に、なにも言っていませんけど、ちょっとだけ、楽しみにしておきます」

『陽だまり系Cu』

ぼうっと一人で横になっていると色々と考えてしまいます。
楽しいことも、そうでないことも。

「最後にこうやって介抱してもらったのっていつでしたっけ」

額に貼り付けられた冷却シートをぺたぺたと触りながら呟く。

瞼を閉じて、ただただぼうっとして過ごす。
それだけで自然と眠気は私を蝕んでいって、いつしか眠りに落ちていました。



 ◇



ひんやりとした感触を額に感じて、自然と目が覚める。
揺らぐ視界に小さな人影を捉えました。

「……若葉さん」
「あ、あれ?起こしちゃいましたか?」

どこか困ったような表情の若葉さんがそこに居ました。

「むむ~。プロデューサーさんには起こさない程度にって言われてたんですけど……失敗しちゃいましたねぇ」

困惑から笑みへ、笑みから苦笑いへ。
若葉さんはころころと表情を変えて見せます。
私とは根っこから違うような人なんだな、と理解してしまう。別にそれは悪いことではないけれど、その真っ直ぐな素直さが少しだけ羨ましく思ってしまいます。

『【自称オトナ】日下部若葉』

なんとなく、額に手を当てる。
冷却シートはよくある、端から剥がれかけている、なんてことはなく新しいものに替えられていました。

「あ、あのっ」
「ん?どうしましたか~」
「ありがとう、ございます。……わぷっ!?」

一瞬ぽかんとしていた若葉さんが寝そべっている私に正面から飛びついてきます。

「わぁ~♪ありすちゃんかわい~♪」

……暑苦しいです。伝染ります。あと、なんか微妙な気分です。

「ふふん、お姉さんに一杯あまえてくれていいよっ!」

ようやく離してくれた若葉さんが胸を張って言います。

「……なんか、納得いきません」
「お姉さんも気持ちは分かりますけど子供時代はお得な時間なんですから~♪」
「……そうなんですか?」
「そうなんですっ!子供時代の何倍も大人時代は長いんですからっ!……まぁ、私は……その、未だに子供扱いされますけど……ちっちゃいからってひどいですよねぇ」

若葉さんが子供扱いされるのはまた、違うような。
なんて言えばいいんでしょう。……うぐぐ……。

『身長差たった七センチな二人』

「……子供には自由がありません」

ぽつりと漏らした言葉は虚空に溶けて消えて。
若葉さんはただニコニコと笑んでいるだけです。

「……自分でお金だって稼げるようになったのに」

相も変わらずプロデューサーとか凛さんとか凛さんとか凛さんとかが子供扱いしてくるのには納得いかないものがあります。

「なるほど、なるほど~♪」
「……あの、聞いてます?」
「うんうん。聞いてる、聞いてますよ~。やっぱりありすちゃんかわいいですよねぇ」
「あ、あんまりかわいいかわいい言わないでくださいっ!」
「えぇ~。本当にかわいいのにぃ」

ほんわかと笑む若葉さんを見ているど毒気が抜かれるというか、なんというか。
……その、悪口じゃないですけど時々、あぁ、やっぱりこの人は大人なんだなぁという風格が……。

その時、こつこつと扉を叩く音が響き、ドアが開きました。

「苺のムースとかプリンとか後はスポーツドリンク買ってきたけど、ありすは苺のムースとプリンどっちが……」
「はい!私は苺のムースがいいです!」
「……ん?あぁ、若葉も居たのか」
「ひ、ひどい!暇な時ありすを見てやってくれって自分が言ったんじゃないですかぁ!」

前言撤回。
やっぱりこの人子供です。あと、苺のムースは絶対に渡しません。……絶対に。あっ、二つあった。……た、橘さんは寛大なのでデザートの種類でうだうだ言いませんけどね!

『納得いかない渋谷さん』

「ありす……大丈夫か一応見に来たんだけど……ってなにやってるの二人共?」

続いてやってきたのは凛さんでした。
各々、プロデューサーが買い込んできたデザート類を口に運んでいたので適当な視線を凛さんに向けています。

「……食べるか?」

プロデューサーが余っていたプリンを差し出しながら首を傾げます。

「……食べるよ?食べるけどさ、どうせなら呼んでくれてもよくないかな」
「生憎私が臥せっていたので。……こほん、こほん。そんなところに凛さんを呼ぶのも憚られるかな、と」
「うわっ、わざとらしっ!」

一回寝て殆ど良くなりましたが、そんな心配をしていないこともなかったような気がしないでもないです。
……まぁ、正直に言えば忘れてましたけど。

『逆転の発想』

大分元の形を失った苺ムースをぼんやりと見つめていると妙案が浮かびました。
どうせ子供扱いされるなら、もう完全に子供になりきってしまいましょう。

「プロデューサー、これ持ってください」

不思議そうに苺ムースのカップとスプーンを受け取るプロデューサー。

「一人じゃ食べられないので食べさせてください」
「……あはは、せっかくだから凛お姉ちゃんが食べさせてあげようか?」

凛さんは笑っていました。
……額に青筋を浮かべながら、ですけど。ちょっと、結構こわいです。

「凛さんはつい手が滑って私の喉にスプーン突き刺しそうなのでいいです」

ふい、と凛さんから視線を外してプロデューサーに催促をすると、ごくごく自然な仕草で口元にスプーンが運ばれました。やっぱ気性が荒い凛さんよりプロデューサーの方がいいです。余は満足です。

「次、ください」

再びプロデューサーの持つスプーンがこちらに向けられ……た瞬間でした。
横からぱくり、とスプーンを凛さんが咥えました。……おのれ。

「……ふふん」

勝ち誇ったように笑う凛さん。子供相手そんなことして恥ずかしくないんですか、うぎぎぎぎ……。

「じゃあ、プロデューサーさんにはお姉さんの苺ムースをあーん、してあげますねっ!お姉さんはそっちのプリンが欲しいのであーん、してくださいね?」

凛さんと視線が合った。同時に理解してしまう。
足の引っ張り合いをしている場合じゃない、と。まずは目の前の強大な敵(日下部若葉)を倒さねばならぬと。

そしてここに二桁以上仲間割れを繰り返す世にも不思議なCoolユニットが生まれ、後の世間を席巻することになるなんてその時の誰も思うことはありませんでした。

モバP「橘さんな日々」 END

これにて完結。
見て頂けた皆さんに感謝。
年齢がネックでちょっと気にしちゃう橘さんとベタにいちゃついてるのが読みたかったけど自分で書いてみたら短くなってしまった。
誰か書いてくださいお願いします(懇願)

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