幼馴染「思い出話を作りませんかっ?」 (51)


男「なんでまた?」

幼馴染「だってわたしたち、そういえばあったねーって共感できる思い出がないじゃありませんか」

男「それに不都合でも?」

幼「大ありですよっ。昔話で盛り上がれない関係なんて、これじゃあ偽装幼馴染ちゃんです!」

男「そこまで言うなら作ってみるか。思い出話」

幼「ええ、そうしましょう? きっと楽しいですよっ」

男「記憶のねつ造って楽しいもんかなあ」

幼「やってみればわかりますって。楽しもうとする姿勢が大事ですよ、男さん」

男「わかった、やってみよう」

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男「まず最初は……公園で遊んでた時の話とかどうだ?」

幼「定番ですねえ。これは重要なエピソードですよっ」

男「落ち着け」

男「あそこってどんな遊具があったっけか。すべり台、ブランコに鉄棒と?」

幼「ふむふむ」

男「あ、砂場もあったな」

幼「他には何がありましたか?」

男「遊具じゃないが、ベンチと水飲み場もある。そんなとこだ」

幼「ふむふむ……」

幼「きゅぴーんっ」

幼「幼馴染ちゃんは閃いちゃいましたよっ」

男「ほー、どんな?」


幼「すべり台を交互に滑るわたしと男さん」

幼「けれど運動音痴なわたしは、滑り終えた後に転んでしまうのです」

幼「そこでぐずぐずと泣き出したわたしを、男さんが優しく水飲み場にエスコート!」

男「そこで幼が怪我したとこを洗ってやるわけだな」

幼「ですですっ。どうですか!」

男「いいな。他の女の子に話せば俺の好感度も上がって、言うことなしだ」

幼「ええっ? 今のなし、今のなしです!」

男「冗談だよ、そう慌てんなって」

幼「もう……わたしってばびっくりしちゃいましたよ」

男「そういうアホな反応してくれるから、からかいがいがあるぞ」

幼「まあ。幼馴染ちゃんは怒ってぷくーっとしちゃいますよっ」

男「アホの子ってかわいくていいな」

幼「むぅ……」


男「ほらむくれない。次だ次」

男「公園でもう何個か考えてもいいが、どうせなら他の場所で思い出を作るか」

幼「そうですねえ。次は何があります?」

男「んー……あ、急な坂道があるな。そこで苦労した話とかどうだ?」

幼「耳をすませばごっこですかっ」

男「丸ぱくりはちょっと」

幼「でしたら、そうですねぇ」

幼「坂道を下っている時に、男さんがサッカーボールを落としてしまうんです」

幼「追いかけても転がるサッカーボールに追いつけず、ボールがなくなってしまう」

幼「二人で一緒に探して、けれど見つからなかったというほろ苦い思い出です」

男「おお。即席にしては色々と考えるな」

幼「えっへん」

男「強いて難を言えば、俺、サッカーボール持ってなかったんだよなあ」

幼「そこは持っていたことにしてくれていいじゃないですかっ?」


男「にしても、これで二つ目か。思い出を作るのも早いもんだな」

幼「考えているのはわたしですけどね」

男「そういや、いくつぐらい作るんだ? 一〇個とか?」

幼「それはもう、時間の許す限りたくさん作りましょうよ」

男「ええー……」

幼「どうしてイヤそうなんですっ!」

男「幼は知らないかもしれないが、俺ってじっとしているのが苦手なんだ」

幼「イヤになるくらい知ってます、それ……」

男「ほお、物知りだな」

幼「もう、もうっ。からかう男さんには、わたしが満足するまで付き合ってもらいますっ」

男「へーへー。従いますよお姫様」

幼「わたし、お姫様じゃないです。幼馴染ちゃんです」

男「そんなのわかっとる」


ぱぱらぱっぱ、ぱっぱー♪

男「悪い、母さんから電話だ」

幼「……」コクリ

男「もしもし。ああ、うん。わかった。すぐ帰るから」

男「もういいぞ」

幼「お母様、なんですって?」

男「飯ができたから、ほっつき歩いてないでさっさと帰ってこいだと」

男「俺は飯食ってくる。幼は?」

幼「わたしは待ってますよ。ここで」

男「そか。ならすぐ戻ってくる」

幼「うふ。男さんのそういうとこ、わたし、好きですよ?」

男「アホウ。俺を口説こうなんぞ一年早い」

幼「意外に短いですっ」


幼「――――あ、なるほど。一年したら、わたし一六歳ですね。結婚できます」

幼「もーっ。やですよぉ、男さんってばぁ!」


男「戻ったぞー」

幼「お帰りなさい、あなたっ」

男「おう、どうした? ついに頭がどうにかなったか?」

幼「なってませんっ! 男さん失礼極まってます!」

男「失礼日本代表だな」

幼「へたれっぷりなら世界ランク入りです……」

男「チャンピオンになるまで頑張ろう」

幼「まったくもう」

幼「ところで、何を持ってきたんですか?」

男「母さんが物置の整理してたんだよ。で、子供の頃のオモチャが発掘されたんだ」

幼「へえ! これが男さんの遊んでたオモチャですかっ」

男「取って食うなよ」

幼「食べませんっ」

男「小さい子は何でも口に入れちゃうからなあ」


幼「これは……なんでしょう。中が空洞になっているんですね」

男「ブロックだな。レゴブロックみたいな固いのじゃなくて、ソフトなやつだが」

幼「これを組み合わせて遊ぶ、ですよね? 何が作れるんですか?」

男「あんま覚えてないなあ。人型っぽいロボットとか、剣っぽい棒とか、そんなもんだったか」

幼「ブロックだけじゃなくて、他にも色々とありますねー」

男「懐かしのヒーローや怪獣の人形だな。両手に持って、よく戦わせたもんだ」

幼「寂しい遊びですねー……男さん、悲しい幼少期をお過ごしになって……」

男「やめい。一人遊びは子供の想像力を養うからいいんだよ」

幼「おお、そういう側面が。なるほどー」

男(テキトーに言ったが、まあ間違っちゃいないだろ。たぶん)


幼「こっちはなんです? 何かの機械ですか?」

男「ええとな……ここのボタンを押せば、左右が光った、はず?」カチッ

幼「…………」

男「…………」

幼「光りませんねえ」

男「電池切れかもな。ずっとほっぽっといたし」

幼「予備の電池、あったでしょうか……あ、時計の電池を抜いちゃいますね」

男「この家は電池も備蓄してないのか」

幼「むむっ、見くびってもらっては困りますよ! それはもう山となるほどあるに決まってます!」

男「きちんと計画性を持って買おうな」

幼「わたしに言われても困りますねぇ」


幼「では男さん、電池をどうぞ」

男「ふむ、確かに」

男「じゃあ電池カバーを外してっと」パカッ

幼「おや?」

男「あちゃあ」

幼「なんでしょうか。電池が塩を吹いたんです?」

男「違う違う。こりゃ液漏れだ。そりゃ使えないわな」

幼「これがあの有名な。触ってみましょう」スッ

男「アホウ、触るな」ヒョイ

幼「あ、嫌がらせですっ」

男「違わい。何でかは知らんが、親父が触るなと口を酸っぱくして言っていたんだよ」

幼「梅干しですかっ?」

男「初恋かもな」

幼「うわあ……甘酸っぱいですねぇ」


幼「――――はっ」

男「どした?」

幼「思い出に浸っている場合じゃありませんよっ」

幼「早くわたしたちの思い出話を作らなければ!」

男「なんだ、忘れたかと思ったのに」

幼「この幼馴染ちゃんを見くびってもらっては困りますっ」

男「いや、かなり忘却の彼方だったろ。実際」

幼「そんなことありませんっ。思い出しすぎて幻覚を見ちゃうくらいですよっ!」

男「――――病院、行くか?」

幼「やですー、やですー! わたしはとっても健康ですっ」

男「しかしなあ、幼は先天性幼児化病を患ってるからなあ」

幼「むっ……じゃあ大人っぽい幼馴染ちゃんでいきますよ」


幼「思い出話に戻りますけど、このオモチャから話を作るんですよね?」

男「だなあ。何か思い浮かぶか?」

幼「そうですねー」

幼「きゅ……っ、思いつきました」

男「今きゅぴーんって言おうとしたろ?」

幼「まさか。男さん、わたしをいくつだと思っているんですか? 花も恥じらう一五歳ですよ?」

男「んー……」

男(こいつ、花も恥じらうを若いって意味だと思ってんのかな。実は綺麗だって自己主張してんのかな)

男「…………」

男(面白そうだから黙っとこ)


男「で、どんな話にするんだ?」

幼「そうですねえ。はっきりした思い出ばかりだと嘘っぽいですし、曖昧にしますか」

幼「ここは一つ、このオモチャを使って遊んだというだけでどうでしょう」

男「なるほど、そうするか」

幼「男さんがヒーローの人形を、わたしが怪物の人形を持って、おままごとをするんですね」

幼「怪獣『おかえりなさい、あなた』とか。どうです?」

男「幼の感性を信じた俺がバカだった」

幼「ええっ? どうしてですか!」

男「妻が怪物とか、現実の夫婦関係を如実に表しすぎだろ」

幼「だ、だってぇ……女の子としては、旦那様はかっこいいヒーローがいいじゃないですかぁ」

男「むぅ。仕方ない、許す」

幼「やりました! 男さん、ちょろいですねっ」

男「言うにこと欠いてこの幼め……」


ゴーン、ゴーン

幼男「「あ」」

男「もう時間か。早いもんだな」

幼「しまりました……時計の時間をずらしておくの、忘れてましたね」

男「おいこの幼!」

幼「やですよー、男さんってば。幼馴染ちゃんジョークです」

男「ならいいがな」

男「あと、大人の女は自分の名前をちゃん付けしない」

幼「むっ……」

男「よし、じゃあ俺は帰るな」ガラガラ

幼「やっぱり窓から帰るんですか?」

男「そりゃな。いつものことだろ?」

幼「玄関から帰っても何か言われたりはしませんよ? 危ないですし、そろそろやめませんか?」

男「暗黙の了解っつうのは、守るから価値があるんだろ。それに大丈夫だって、ここ二階だしな」

幼「むぅ……でも、本当に気をつけてくださいね?」


    ◇翌日

幼「えっと……わたしも、色々考えてはいます。ええ、ええ……だから、その……また明日、お聞きしますね、お姉様……」

バタン

幼「はあ……」

男「よう」

幼「ひぅ!?」

男(ひぅ?)

幼「み、見てましたか?」

男「そうだな。窓枠で布団のように干されたまんましばらく見てた」

幼「こ、声くらいかけてくださいよ、もうっ」

男「幼がお姉さんと話してたし。それに俺、一応この部屋にはお忍びで来てるんだぞ?」

幼「……お姉様、気づきませんでした?」

男「いや、思いっきり目があった。手を振っといたさ」

幼「うぁぁ……もう最悪ですよぉ……」

男「きっとこう思ったことだろう。うちの妹ってば、いやらしい子に育ってまあ――とな」

幼「うぅ、エッチなのはよくないです。まだ一五歳ですもん」


男「気を取り直して思い出話を作るぞ!」

幼「男さんじゃないんですから、そんなほいほいと気分を変えられませんっ」

男「じゃあ幼がお姉さんと何を喋ってたか話すか」

幼「何をしているんですか男さんっ。思い出話を作りますよっ」

男「そんなにイヤか。姉の話」

幼「イヤ、ではないんですけどねぇ。……いいじゃありませんか、わたしの話はまたいつかです!」

男「五秒前くらいからでいいか?」

幼「話題が変わってません!」

男「変えてもいいけど、幼のお姉さんに許可取ってからだぞ? 『お姉ちゃんの話なんてしなくていいよね?』と言ってこよう」

幼「お姉様を困らせるのはやめてくださいっ」

男「仕方ない、じゃあ幼を困らせよう」

幼「……わたしが困るようなこと、男さんはやらないと信じてますよ?」

男「そだな。俺を信じていいぞ」

幼「はいっ」キュン

男「信じた数だけ裏切るからな」

幼「わたしの胸きゅんを帰してください!」


幼「もういいです、思い出話を早く作りますよっ」

男「へいへい。にしても、後はどんな場所があったっけか」

幼「そうですねぇ。ちょっと幼馴染の出るマンガを読んで探さないとでしょうか」

男「ああいうの見ても、結婚の約束とかしか出てこないんじゃないか?」

幼「おや、ついに幼馴染ちゃんと結婚の約束をしますかっ?」

男「してもいいけど、離婚の約束もしようぜ?」

幼「愛のない結婚です!」

男「そういう恋愛マンガってないもんかな」

幼「わたしは反対ですっ。だからこの思い出話だって悲しい内容はなしですからねっ」

男「ち、離ればなれエンドはなしか」

男「それならひとまず、通学路での思い出とかどうだ? わりと定番だろ?」

幼「んー……それはどうでしょうね」

男「反対してくるなんて珍しいな。どうしてだ?」

幼「わたしたち、学校が違いますし……同じ学校だった人には嘘ってばれちゃいます」

男「誰かに聞かせる予定でもあるのか?」

幼「ないですけど。一応ですよ、一応」


男「んー。ちょっと早い気もするが、季節ごとの思い出を作っていくか」

幼「夏祭りとかです?」

男「乗り気だな。じゃあまず祭りから始めるか」

幼「ふふん、幼馴染ちゃんはお祭りに詳しいですよ」

幼「かき氷に金魚すくい、やきそばにリンゴ飴、射的や輪投げですねっ」

男「まあそんなんだな」

幼「そして忘れちゃいけません、お祭りの最後に打ち上げられる花火ですっ」

男「あー……この辺りの祭りって、花火は上げないぞ」

幼「え、そうなんですか?」

男「出店の種類はそれなりにあるんだけどな。あとはビンゴ大会をやるくらいか」

幼「お祭りなのにビンゴをやるんですか?」

男「景品はしょぼいけどな。俺、二等でローラースケート当たったことあるし」

幼「ならお祭りの思い出は、ローラースケートをうらやましがるわたしに、男さんが気前よくプレゼントしてくれたってことにしましょうか」

男「……やらんぞ? あれは俺の遊び道具だ」

幼「んー、世知辛いですねぇ」


男「次は秋か。秋……秋って何かあるか?」

幼「公園で落ち葉を集めて焼き芋なんてどうです?」

男「近所の公園、狭い上に木が一本もないぞ」

幼「緑化の叫ばれる時代に逆らってますねえ」

男「他は月見とか、読書やスポーツの秋くらいか」

幼「あ、ハロウィンとかどうですっ」

男「定着してないイベントだろ」

幼「でもわたし、男さんの家を訪ねたいですよっ」

幼「お菓子をくれなきゃイタズラしますっ!」

男「菓子はやれないな。仕方ない、イタズラされよう」

幼「え?」

男「そら、早くしろ」

幼「……」

幼「…………///」

幼「で、できませんっ///」

男「この色ぼけめ」


男「秋は幼のむっつりな一面がわかる思い出がありました、と」

幼「忘れてくださいっ」

男「よし冬だな。やっぱ雪合戦か?」

幼「かまくらとかもいいですねぇ」

男「この辺りはそこまで積もらないだろ」

幼「んー、しょぼいですねっ」

男「この幼め、関東平野に謝れよ」

幼「あ、冬といえばクリスマスがあるじゃありませんか。メインイベントです!」

男「そりゃそうだが、クリスマスの思い出なら普通にあるだろ?」

幼「そういえばそうでしたねぇ。男さん、毎年わたしの部屋でクリスマスを祝ってくれますし」

男「ケーキとプレゼントを持ったまま木登りするのにも慣れたものだな」

幼「一度、ケーキがぐしゃぐしゃになりましたよねえ」

男「あの時がはじめての喧嘩じゃなかったか?」

幼「そうですそうです! 玄関から普通に入ってほしいわたしと、窓から入ろうとする男さんとの争いでしたっ」

男「考えてみれば、俺と幼って昔から変わってないなあ」

幼「変わっていることも多くありますけど、この関係は変わらないでほしいですね」


幼「――――やっぱりいいですね。思い出話をたくさん作りましょうっ」

男「どうした急に」

幼「思い出話をしてみて、その素晴らしさを再確認したのです!」

男「火に油を注いじゃったか」

幼「さあ男さん、次は春ですよっ」

男「春……そうだなあ。お花見、ピクニック、ひなたぼっこ」

幼「暖かい季節になると、やっぱり外に出たくなるものでしょうか」

男「俺なんかはそうだな。引きこもりの幼にはわからないかもだが」

幼「ひどいですっ。わたし、ちゃんと学校に行ってますよ!」

男(学校だけ、なのが問題なんだけどな)

男「学校っていえば、春は卒業、入学の季節だよな」

幼「でもわたしたち、学校は違いますけど卒業式や入学式はだいたい同じ日じゃないですか」

幼「二人の思い出にはなりませんねー」

男「いや、そこでこそ想像を働かせようぜ」

男「式が終わった後、二人で会ってお互いの制服を見せ合うんだよ」


幼「わあ! 男さんとは思えないナイスな発想ですっ」

男「しばいたろか」

幼「そういえばわたし、男さんの制服姿を見たことないです」

男「そりゃな。ここに来るのはいつも着替えてからだし」

幼「……きゅぴーんっ」

男「それはやめないのか。で、何を思いついたんだ?」

幼「ちょっと再現してみましょうっ。男さん、制服に着替えてから幼馴染ちゃんの部屋に集合ですよ!」

男「えー……」

幼「どうしてイヤそうなんです?」

男「だってめんどいだろ。どうしてまた制服に袖を通さにゃならん」

幼「やです、やですっ。男さんの制服姿を見せてくださいっ」

男「明日じゃダメか?」

幼「男さんの制服姿を必要としているのは今ですよっ!」

男「しゃーないな、着替えてくるか」


男「おー、幼の学校の制服、なんかいいな」

幼「そうですか?」

男「うちの学校はブレザーだから、ワンピースってだけで評価上がる」

幼「それを可愛い幼馴染ちゃんが着ているんですから、評価はうなぎ登りですね!」

男「全くだな」

幼「…………」

男「?」

幼「…………///」

男「どうしたんだよ」

幼「真顔で恥ずかしいこと言わないでくださいっ」

男「褒めたのになんてさんざんな言われよう」

幼「全くもう……あ、男さんの制服姿って他の男子とそう変わりませんね」

男「せめて褒める努力はしろよ!」


男「まあとりあえず、思い出話の内容は今みたいな会話ってことでいいよな」

幼「そうですね、楽しかったですし」

幼「……そう、ですよね」

男「どした? 急にテンションが墜落したぞ」

幼「ああ、いえ――――ちょっと現実を見てしまったというか」

男「どういうこっちゃ」

幼「はは……男さんって、ちょくちょく聞き慣れない返事をしますよね。やっぱり変わり者です」

男「行動も言動も突飛な幼に言われたかないな」

幼「むっ、聞き捨てなりませんねっ。幼馴染ちゃんはいつだって思慮深いんですよ!」

男「どこにその片鱗があったのか教えてくれよ……」

幼「床に落ちているかもしれませんよ、探してみてください」

男「落っことしてるなら幼に思慮深さなんて残ってねーよ!」


男「くそっ、さっきから幼にしてやられてるな。次くらいでぎゃふんと言わせてやる」

幼「ふふん、期待して待っていますよっ」

男「なら次の思い出話でも作るか。どんなのがいいかねえ」

幼「……あの、男さん?」

男「どした?」

幼「実は今日、学校で面白いことがあったんです。そっちを聞いてくれませんか?」

男「なるほど、登校したら幼の机がなかったり教科書が破られてたのか」

幼「イジメですっ!? というかわたし、いじめられてませんっ」

男「なんだ、安心した」

幼「全く、男さんはわたしをどんな目で見ているんでしょうねぇ」

男「穴が空いた靴下で学校に来ちゃった時の気分だな」

幼「すっごくやらかしてます! わたし、そんな恥ずかしい子じゃありませんよっ」


    ◇翌日

幼「もうすぐ男さんが来ちゃいますねぇ」

幼「はあ、どうしましょう。思い出話、もう作らなくていいって言ったら怒られちゃうでしょうか」

ボフン

幼「もう。こんなに悩んでるのに、男さんぬいぐるみは答えてくれないですっ。幼馴染ちゃんはぷんぷんですよっ」

男「答えてほしけりゃケーキを出しなっ(裏声)」

幼「ひぅ!? な、なんでいるんですかっ」

男「人が一生懸命二階まで来たというのに、幼がぬいぐるみの俺に話しかけてるのが悪いだろ」

幼「それを言われてしまうと返す言葉がありませんねぇ」

男「で、なんだって? 思い出話、もう作らなくていいのか?」

幼「はは……ちょっとお休みしていいかなぁ、と思ってます」

男「言い出しっぺは幼なんだから、好きにすりゃいいがな。にしても、なんでやめようと思ったんだ?」

幼「たとえばですけど、男さん、どんな思い出話を作ったか、覚えてます?」

男「人を単細胞扱いすんな。覚えとるわ」

男「公園だろ、坂道だろ、夏は祭り、秋は……なんだっけか。月見……じゃない、ハロウィンか」

男「で、冬はクリスマスに喧嘩して、春は昨日制服姿を見せ合ったあれだよな」


幼「ですね、あってますよ」

男「そらみろ」

幼「……ただですねー。印象に残るのって、実際の出来事のクリスマスや、昨日の制服お披露目だけなんですよねー」

男「そりゃ実際の思い出と作った思い出じゃ、どうしても違いは出るだろ」

幼「なんですよね。んー、困りました。わたし、どうしてもっと早く気づかなかったんでしょう」

男「気づいてなかったのか。わかっててやってるもんだと思ってた」

幼「え? ひどいですよ男さんっ。どうして言ってくれないんですっ?」

男「いや、当たり前にわかるもんだと思ってな……」

男「すまん……」

幼「わ、わ、あまり謝らないでくださいっ。わたしが本当におバカさんだったみたいですっ」

男「すまなかった幼! この通りだ!」

幼「土下座しないでくださいっ! わたしがすっごくいたたまれません!」


男「やー楽しかった」

幼「全くもう、男さんってばいつもこうです」

幼「――――優しいですよね、いつもいつも」

男「おう、なんだ? 俺を口説くのか?」

幼「男さん正座っ! 幼馴染ちゃんはまじめな話をしていますよっ」

男「はい」

男「……で、どうするんだ?」

幼「どうするも何もありませんよ。意気消沈です」

幼「こんなことなら、ちゃんと外に出ておくべきでしたねぇ」

男「明日からでもそうすりゃいい。皆を驚かせてやろうぜ」

幼「でも……いえ、やめておきます」

男「変なとこで遠慮するやつだな」

幼「だってほら。わたしは望まれない子ですからね。あまり迷惑をかけちゃいけません」

男「それ、お姉さんが聞いたら悲しむぞ」

幼「わかってますよ。だから内緒です。こんなこと言えるの、男さんくらいですから」


男(事情があるのはわかっちゃいるが、ずっとこのままってのもなあ)

男「――――ふむ」

幼「どうかしました?」

男「俺はいつだってどうかしてるだろ」

幼「頭の話ですか?」

男「違うわっ」

男「幼、椅子とワイングラスと猫を出せ!」

幼「えー……椅子はありますけど、残りは雪印コーヒーと男さんぬいぐるみでいいです?」

男「まあ妥協しよう」


男「くっくっく」

男(俺は紙パックのコーヒーをくゆらせ、自分の顔をしたぬいぐるみをなでながら椅子に深く腰かける)

男「――どうだ? 何かを企んでる悪役っぽいだろ?」

幼「いえ……とってもかわいそうな子になってましたっ」

幼「持っている紙パックに描かれているおかっぱのゆきこたんが哀愁を誘いますねぇ」

男「何をぅ!?」


幼「それで、男さんは何を企んだんです?」

男「明日まで内緒だな」

幼「わかりました」

幼「……日付が変わってすぐ、メールで教えてくださいね?」

男「アホウ、そこまで厳密な明日じゃない」

男「ま、そうだな。明日は休日だし、お昼過ぎとでも思っていてくれ」

幼「男さん……あまり親御さんを泣かせてはいけませんよ?」

男「俺が何をやらかすと思ってるんだよっ」

幼「あ、やっぱりやらかすんですねっ」

男「くっ……語るに落ちたか」

幼「では仕方ありませんねぇ、幼馴染ちゃんも同行しましょう。わたし、やらかすことにかけては男さんに負けませんよっ!」

男「あのな、幼。俺がお前に内緒でやろうとしてること、わかってるか?」

続きはCMの後で! スレッドはそのまま!


    ◆翌日

幼「男さんはこなーい」♪

幼「ひとりぼっちのホーリデータイム、fu~fu」♪

幼「んー、男さん遅いですねぇ。替え歌も飽きましたし。待ちくたびれちゃいましたっ」

幼「……こうして窓を眺めてると、なんだか憂鬱になりますねぇ」

幼(でも、イヤな気分ではないんですよね。男さんと初めて会った日のことを思い出しちゃうので)


    ◆むかしむかし

チビ幼「ひぅ!? だ、だれですなんです!?」

チビ男「なんだ、げんきそうだな」

チビ幼「あたりまえですっ。おさななじみちゃんはげんきですよ!」

チビ男「ならつまらなそうにしてるなよ。ほら、いっしょにあそぼうぜ」


    ◆

幼「木を上って、窓から急に男さんが顔を出してきて、とっても驚かされましたねー」

幼(でもあれ、今だからこそ笑えますけど、思いっきり不法侵入でしたよねぇ。男さんがいかに悪童だったかがよくわかります)

幼(実際、わたしがこの明晰な頭脳で弁護してあげなきゃ、警察を呼ばれていたでしょうし)

幼「ふふん。男さんはもっと幼馴染ちゃんに感謝していいと思うんですよねー」

がちゃり

男「なんじゃそりゃ。むしろ俺に感謝しろって」

幼「……へ?」

幼(男さんは扉を開けて、わたしの部屋に入ってきた)


幼「どうして……だって、いつもは窓……」

男「たまにはいいもんだろ。普通に扉から出入りするのも」

幼「それはまあ。わたし、もともと窓を使うの反対してましたからね」

男「しかし窓にだって利点はあるんだぞ。幼の着替えに遭遇できる可能性がある」

幼「そんな目的だったんですかっ! 幼馴染ちゃんはぷっつんしますよっ!」

男「だというのに、幼は一度も俺に柔肌を見せやがらない。がっかりだ」

幼「男さんがいつ部屋にくるか、だいたいわかってますし。それなのに着替えてたら、わたし、残念な子です」

男「だからこそ期待してたんだけどな」

幼「……? ……。……男さん、失礼です!」


幼「――――それより、ごまかさないでください」

幼「どうして今日はお家の中からやってきたんですか?」

男「幼と会う前に、話だけ通しておこうかと思ってな」

男「幼のお母さんとお姉さんに会ってきた」

幼「…………」

男「外に連れ出していいか聞いたら、困惑されたぞ。恥をかいちまった」

幼「それは、まあ……わたし、別に外で遊ぶなと言われたわけじゃありませんし」

男「そうだな」

幼「外で遊んだら、怪我するかもしれません。誰かと喧嘩になって、お母様やお姉様に迷惑をかけるかもしれません」

男「そういうこともあるかもな」

幼「だから、外に出ないのはわたしのわがままです。男さんも知ってるじゃありませんか」


男「俺は知ってるけど、二人は知らなかったろ。だから説明してきたんだよ」

男「幼が何に遠慮してるかってことをさ」

幼「だからって……どうして急に、こんなこと」

男「思い出話、作りたいんだろ?」

男「なら作りに行けばいいじゃないか」

幼「でも……」

男「幼の部屋でうだうだしながら話してるのも楽しいけどな」

男「でも幼の欲しい思い出話ってそうじゃないんだろ? なら、外に出なきゃな」

幼「……本当に、いいんでしょうか」

男「大丈夫だろ。幼のお母さんには言っておいたさ、任せて下さいってな」

男「なんか胡散臭い目で見られたけど」

幼「それはまあ。お母様、男さんのこと信用してませんしねー」

男「それは先に言えよ!」


    ◇外

幼「……うふ。うふふ」

男「怖っ!」

幼「女の子に向かってなんてこと言うんですか!」

男「なら言い直す。不気味だな」

幼「男さん失礼です! もうっ、もうっ!」

男「なら急に笑い出すのやめてくれよ。驚くだろ」

幼「だって嬉しかったんです」

幼「お母様、いってらっしゃいって言ってくれました」

幼「お姉様は、遅くならないうちに帰りなさいねって」

男「良かったじゃないか」

幼「そうですね。それじゃあ帰りましょうか」

男「おい幼このやろう」

幼「やですねー、冗談ですよぉ」


幼「……もう思い出話が一つできちゃいました」

男「出かける時の会話か?」

幼「そうじゃありませんよぅ。男さんは女心がわかってません」

男「いや、俺ほど女心の理解に長けたやつもいないが」

幼「そうは思えませんねー」

男「俺がこれまでにどれほどの浮名を流してきたことか」

幼「ちょっと男さん! そんな話聞いてませんよっ!」

男「そりゃそうだろ。思い出のねつ造だからな」

幼「なら驚かさないでください。幼馴染ちゃんはびっくりしちゃいましたよ」

男「二人の思い出話を作ろうって言われた時の俺も、同じくらいにはびっくりしたさ」

幼「そんなにびっくりしましたか?」

男「いや、そうとう話を盛ってる」

幼「男さんと会話してると、真実がどこにあるのかわからなくなるんですよねー」


男「それはそれとして、思い出話ってなんのことを言ってるんだよ。このアホな会話か?」

幼「初めての外の思い出がこれじゃあ悲しすぎます……」

男「そこまで悲しい思い出じゃないだろ」

幼「最初はもっときらきらした思い出がいいじゃないですかっ」

男「そうだな、電灯できらっきらにするか」

幼「……それ、やるのは男さんだけですからね」

男「隣を歩く幼も恥ずかしいだろうけどな」

幼「恥ずかしいですけど、それでも歩きますよ」

幼「男さんは、お姫様を外に連れ出してくれた王子様なんですから」


男「あー……それが一つ目な」

幼「当たり前です。どうして他の話だと思ったのかがわかりません」

男「何しろ、発言者が幼だからな」

幼「発言者が男さんよりは信頼性が高いです」

男「俺を基準にしちゃうから信じられないんだろ」

幼「そんなこと言わないで、わたしに男さんを信じさせてくださいっ」

男「無茶言うな」

幼「もう……いいです。それでもわたしは男さんを信じますから」

男「んー。まあ好きにしろ。それなりに頑張る」

幼「そうします」


男「さて、最初はどこに行くかな」

幼「どこでもいいじゃありませんか」

男「最初っからそんな投げやりでどうするよ」

幼「大丈夫です。男さんとならどこにいても楽しいですし、それは素敵な思い出になります」

男「……そっか」

幼「そうです」

幼「だから、男さん」


幼「あまずっぱい、思い出話を作りませんかっ?」

短いですが以上で終わります。
みなさんの灰色な思い出もときどきは思い出してください。

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