いらないもん消していって、ようやく気付けたこと書いてく (76)

誰にだって消し去りたい過去があると思う
そういうのって大抵気付いたら忘れてるんだろうけど

でも、どうしようもなく取り返しのつかないようなものってあるだろ?
それが消せるって言われて、調子に乗ったのが余計大きな失敗を生んだんだろうな

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「消したい過去があるんでしょう?」
その店主は確かにそう言ったんだ
「失敗した、そんな顔をしていらっしゃる
でもね、叶うんですよ。なかったことに出来るんですよ」

高二の秋だったっけか、受験もまだ先だし、そんなに活発じゃなかった部活も引退した俺は消化するみたいに毎日を過ごしてた
「さぁ、帰りましょうか、うーちゃん」
彼女はいなかったけど、それと同じじゃないかってくらい親しい女友達もいて
そんなわけで何の不満もない日常を送ってたんだが、どうしてかその日は機嫌が悪かったんだよ
何を話してたかすら覚えてないような会話
けど、その中で絶対に言っちゃいけない言葉が口をついたんだ
「へぇ、それお前が言うんだ?」
「そんなつもりじゃ――」
「似たようなもんだろ」
我ながら最低だと思ったけど、そう思ったときって大方既に遅いんだよな
悪いと思ったときには彼女の姿は見えなくなってた

どうしようもない後悔と、どうでもいいくらいの時間だけがただただ残ってた
本当はすぐに電話でもして謝るべきだったんだろうけど、なんて声かけたらいいのかわかんなかったんだ
だからどこに行くわけでもなくふらふら歩いてた、どうにか解決してくんねぇかなんて都合いいこと考えながらな

気付いたときには迷子になってた
普段来たこともないような裏路地に足踏み入れたんだから、当然なんだろうけど
仕方ないから誰かに道を聞こうかと思ったんだけど、人通りはまったくない上に店も見当たらない
渋々歩き続けた末に見つけた店は、周りの風景から明らかに浮いてるくらい、古臭いカフェだった

「いらっしゃいませ」
出てきた店主は店の外観に不釣合いなほど若かった
いらっしゃいもなにも、道を聞くためだけに立ち寄ったのだから申し訳ないなと思ってたとき、店主が言葉を続けた
「消したい過去があるんでしょう」と
何を言ってるかわかんなかったさ
俺の頭がおかしくなっちまったのか、この店主の頭がおかしいのか、どっちかだと思った
だが、店主は話をやめなかった
「時間とか人生ってのはね、音楽みたいなもんなんですよ
行動とか思考とか、いろんな音符を選んで曲を作り上げてく
その音符を取り除いちゃえば、いらない過去は消し去れます」
わからないなら何も考えなくていい、ただ祈りなさい、と
それがその店で聞いた、最後の言葉だったと思う

気付いたらいつの間にか自宅に戻ってて、ベッドの上で見慣れた天井を見上げてた
あの店も、その日の出来事も、みんな夢だったらって思ったよ
夢じゃないのは、握りしめた小さなキーホルダーが確かに告げていたけれど

そうやって何度か試すうちに制約というか出来ることがわかってきたんだ

まず、消すことができるのは出来事だけだってこと
結果だけを都合よく消すことは出来ないみたいだった
テストで悪い点とって、自分が受けなかったとか、テスト自体がなかったことにすることは出来る
でも、悪い点を取ったことだけを消したりは出来ない
中々不便ではあるよな

あと、「あることをしなかった」って過去は消せない
勉強しなかった過去を消したからって勉強したことにはならないってことだ

んで次が一番大事なんだけど
消した過去に関する記憶や記録は自分の中にしか残らない
あとは矛盾がないように関連することも含めて消される
それこそ歴史から"なかったこと"にされるわけだ
最初の時点でなんとなく察しはついてたけどな

最初は使いにくすぎるって思ったよ
こんな制約だらけじゃ何も出来ないってね

ただまあこういうのって使い方次第だよな
どんなテストだって教師がある範囲以外から作った問題を消しちまえば解ける部分しか出ないし、どんな揉め事だってなかったことにすれば俺は悪くならない

高校生が考える「問題」って、こんなもんかなんて思ったね
別に俺が凄いわけじゃないのに、自惚れてた
そうして俺は自分に都合がいい「優等生」を作り上げてたんだ

使い方がわかってとりあえず落ち着くまで、一ヶ月くらいだったかな
消そうと思ってて、まだなにもしていなかったことがひとつだけあったんだよ
友達だった奴、って言えばいいのかな
そいつとの関係をどうにかしたかった

話せば長くなるし、極力簡潔に話すよ
当時…っつってもそのキーホルダーを手に入れる半年くらい前だったかな
これ以上ないってくらい仲がいい奴がいたんだ
親友とか言うとなんとなく安っぽくなっちまうし、そういう表現はしたくないけど

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