杏「きっと流した汗は」泰葉「美しい」 (28)

雨がしとしとと降っている。強くもなく、弱くもなく。
こんな日は気分が乗らない。いや、いつも乗らないけどさ。いつも以上に乗らない。
はぁ、音が一緒だから飴が振ってくればいいのに…。そんなことになったら大惨事か。はぁ、我ながらくだらない。
事務所に来たもののプロデューサーはいないし、ちひろさんは私に留守番頼んでどっかいっちゃうし。
もうすぐ誰か代わりが来るって言ってたな。
そのあとはレッスンか。レッスンスタジオまで行くのめんどくさいし誰も見てないしさぼってもいいかな。
コレも全部雨が悪い!雨だから仕方ないよね。

とりあえず代わりが来るまでゲームしてよう。
なんだかんだ言って頼まれていることこなしているのがえらいよね。
まあ、帰るのがめんどくさいだけだけど。
留守番の報酬ももらわないといけないな。具体的には休みとか。


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「ただいま戻りました」

「お帰り、泰葉ちゃん」

「留守番代わりに来ました」

代わりって泰葉ちゃんのことだったのか。泰葉ちゃんは正直言って苦手だ。
泰葉ちゃんは真面目な性格。真っ直ぐな性格。
努力家でアイドルとしては申し分ないだろう。
だからこそ嫌になる。私と正反対だ。
自分がなれない理想像を延々と見させられる感じ。
理想像って言っても私はこうなりたいわけじゃないけどね。

「ああ、めんどくさいな。レッスンさぼってもいいかな」

「だめですよ」

わかりきっていた返事が返ってくる。
わかりきっていたのになぜこんな挑発のような発言をしたのか。
なんとなく泰葉ちゃんが羨ましかったのだろう。
ようするに嫉妬だ。真面目で誰からも愛される泰葉ちゃんが羨ましい。
醜いな。自分でそう思う。だけど口から出てしまったものは仕方ない。
覆水盆に返らず。昔の人はうまいこと言うな。
私は冷静にだった。

「レッスンなんてめんどうなだけでしょ」

「アイドルとしてランクアップする上で大切なことだっていつもPさんが言ってるじゃないですか。それに真面目にやると楽しいですよ」

「ランクアップしなくても忙しすぎない今ぐらいがちょうどいいよ」

「杏さんには才能があるじゃないですか。いつも覚えるのが早いって、上達も早いって褒められてるじゃないですか」

「そんなの杏が望んだものじゃない!」

才能という言葉に私は少しだけ敏感だ。その言葉には嫌な思い出がある。
だから少し感情的になってしまった。
やっぱり泰葉ちゃんといると自分が惨めに感じてくる。
私が悪いってわかってる。だけど八つ当たりのように泰葉ちゃんに今の自分の思いをぶつける。

「才能なんて意味がない。いくら才能があってもいかせなかったら意味がないじゃないか」

「いかせないですか?」

「杏の才能はね、杏がまともに生きるために必要だったんだ。言うならば必要だから見につけたって感じだよ」

「そうなんですか」

「最適化。より少ないエネルギーで動く術だよ。杏は体が小さいでしょ?だから昔から体力とかもなかったんだ。最低限の動きしかしないんじゃなくて、最低限の動きしか出来なかった」

「それでもゆっくり体力をつけるように努力していけば…「杏はね。その努力って言葉が大嫌いなんだ」

そのとき、ピシッって音が鳴ったようなきがした。
泰葉ちゃんの身にまとう空気が変わったようなきがした。重く、冷たいものに。
なんか地雷踏んじゃったな。反省。でも言ってしまったことは仕方がない。
さっきといい私には失言をする癖がある気がしてきた。
なんでこんな余計なことを言うかな。
自分からめんどくさいことに突っ込むなんて私らしくない。
でも一度言ったことは戻らない。雨水天に戻らず。
今の気持ちと今の天候をかけてみる。さしてうまくないな。

「努力したって報われない気持ちが泰葉ちゃんにはわかる?」

「わかりますよ。私だって子役時代いくら努力してもお仕事は増えない所か減ってゆくばかりでした」

「じゃあ杏の言いたい事わかるでしょ?」

「でも私はそれらが無駄だったとは思いません。それらの経験が今の私を作っているのですから」

「泰葉ちゃんは強いね」

私は精一杯の皮肉を込めて言う。なんでそこまで平気なんだよ。
だけど泰葉ちゃんは全然気にしていない様子で、

「この業界にいれば嫌でも強かになりますよ」

本当に強いや。嫌になっちゃう。
泰葉ちゃんが眩しい。目が、いや全身が焦げそうだ。
劣等感で狂いそう。
この会話を切り抜けるためにも嫌だけどレッスンに行くべきか。
背に腹は変えられない。なんて思っていたら思わぬ提案を泰葉ちゃんがしてきた。

今度ライブバトルしませんか?」

「は?」

あまりに唐突な提案に思わず素っ頓狂な声をあげてしまう。
なんで?今までの話を聞いていたの?

「嫌だよ。めんどうくさい」

「そんなこと言わずに。もし杏さんが勝ったらなんでも言うことを聞きますよ」

「なんでも?」

「はい。もしこれからの印税全部よこせというならそれに従います」

「もし杏が負けたら?」

「アイドルを引退してもらいます」

「なっ」

驚いて言葉が詰まった。泰葉ちゃんはふざけているわけじゃない。
本気で引退させるつもりだ。空気がそう告げている。

「そんなことプロデューサーが認めないでしょ」

「私とPさんは少し付き合いが長いんですよ。多分本気で訴えれば聞いてくれます」

「でも…」

「逃げるんですか?」

「そういうわけじゃないけど」

「今まで努力から逃げてきてさらに今回もライブバトルから逃げるんですか?」


これ以上なく嫌みったらしく泰葉ちゃんが言ってくる。
泰葉ちゃんってこんなキャラだったっけ?
しかし、ここまで言われたら流石の私でも腹が立ってくる。
そうだ。負けたって最悪引退なんだ。いつもアイドル辞めたいって言ってるじゃないか。
うん。私にはメリットしかない。そうだろう。
自分を言いくるめて私は泰葉ちゃんを睨む。

「やってやるよ。そこまで言われちゃやるしかない」

「そうこなくちゃ。私はPさんにこの旨を伝えてきます。杏さんはレッスン頑張ってください」

私は完全に頭に血が上った状態で事務所を出る。
なんでこんなことになったんだ。わからない。だけどやるしかない。
雨はまだしとしとと降り続いていた。



雨は大分弱くなった、でもまだ降り続いてる。めんどくさいけど事務所に来た。何でもプロデューサーが話があるみたいだ。

「聞いたぞ、杏。泰葉にライブバトルの場を整えてくれって言われたんだが本当にやるのか?」

「泰葉ちゃんがやるって言ってるしやるんじゃん?」

「投げやりだな」

泰葉ちゃん少し仕事早すぎないかい?昨日の今日だぞ。
でもプロデューサーの反応をみるとまだ引退の件については話していないのかな?
大見得切ったもののやっぱりやめようかな。
昨日家に帰ってからそんなことを考えてたんだけど、これじゃ逃げ道を完全に封鎖されてるね。
もう私には勝つか負けるか、二つに一つしかないのか。

「もう一度聞くけど本当にやるのか?」

「やるよ。どうして?」

「いや、な。今やっても杏が勝てるとは…」

「プロデューサーは杏が負けるからやらないほうがいいって言いたいわけ?」

「そういうわけじゃないけど。でも、今のままだと実力に差があるのは確かだ」

「そんぐらいひっくり返して見せるよ」

「杏…。うん。俺はプロデューサーだからどちらかに肩入れすることは出来ないけど応援してるぞ」

プロデューサーは私の目を見て押し黙った。
そうだよね。今の私は覚悟を決めている。だからプロデューサーも認めてくれたんだろう。
よし、やろう。やるしかない。
私が事務所を出るときには雨もやんでいた。まるで私の背中を押してくれているみたいだ。
もう何も怖くない。前にアニメで聞いたセリフを思い出す。
あー、でも調子には乗り過ぎないようにしよう。うん。
体が軽い。こんな気持ちはじめて。なんて間違っても言わないようにしようかな。
うん、この冗談も面白くないな。私にはそのようなセンスがないみたいだ。

その日、私はレッスンを受けに行った。ただそれだけのことなのにひどく騒がれた。
私が時間通りに、いや時間より前に来てストレッチしていることがルキトレさんに驚かれた。

「せっかく雨がやんだのにまたふっちゃうかもしれませんね」

あ、私が思ってたことと同じことだ。
ルキトレさんもジョークのセンスがないな。

ウチの事務所ではアイドルを四段階に分けている。
デビュー前のアイドルがルキトレさん。
デビューしたてがトレさん。
中堅アイドルがべテトレさん。
最後にトップに近いアイドルがマストレさん。
確か泰葉ちゃんはべテトレさんのレッスンを受けてたかな。
私はもうデビューしているけど体力のなさとやる気のなさから特別にルキトレさんに教わってる。

「杏、頑張るから勝つ方法を教えてほしいんだ」

「本当にどうしたのでしょうか?」

ルキトレさんが少し冷や汗をかいている。
どんだけ怠けてると思われてたんだ。
いや、実際そう思われても仕方ないくらいには怠けていたけどさ。
私は精一杯の真剣な眼差しをルキトレさんに向ける。

「負けたくない人がいるんだ」

「わかりました。じゃあ、一緒に頑張りましょう」

これまでにないほど真面目にレッスンを受けている。
なんかルキトレさんはこんなにも私に教えてくれてたんだな。
今までサボってすみません。罪悪感が沸いてきた。
ダメだダメだ。今はレッスンに集中だ。今までの分も取り返すぞ。

「はい、これで今日のレッスンは終わりです」

「お疲れ様でした…」

連日のレッスンはニートアイドルと呼ばれた私の体はボロボロだった。
真面目に受けたレッスンはこんなに辛かったっけ?ここまで体力ないものだっけ?久しく忘れていたよ。
これをデビュー前からやってるんじゃ大分力がつくよな。
もう一歩も動けない…。私はレッスンルームの端っこに倒れこんだ。
確かこの後にレッスンルームを使う予定がある人はいないはずだ。
少し休憩してから帰ろう。
ガチャリ、扉が開いた。
あれ?私の間違いだったかな?

「あれ?先客がいましたか」

「いやいや、しばらくしたら出て行くから使って使って」

「では遠慮なく使わせてもらいます」

入ってきたのは輿水幸子ちゃん、確か中堅アイドルに部類されるのかな?
私より年下なのに頑張ってるな。しかし、自主練をしてたとは。

「最近杏さん真面目にレッスン受けているみたいですね、何か心境の変化でもあったんですか?」

軽いステップを踏みながら話しかけてくる。素直に凄いと思った。

「いや、ライブバトル申し込まれてさ、負けたら引退なんだよ。」

あ、動きが止まった。
顔をこちらのほうに向けて、どうやら話を聞いてくれるみたいだ。

「なんですかそれ?」

「いや、泰葉ちゃんに挑まれてさ、ライブバトルやることになった」

「泰葉さんがそこまで言うなんてなにかしたんですか?」

「努力が嫌いって言ったら怒り出した」

「あー、なるほど。それは怒りますよ」

幸子ちゃんは妙に納得したような表情をした。
何か知ってるみたいだ、聞いてみよう。

「なんで?」

「泰葉さんとプロデューサーさんは付き合いが長いってことは知ってますよね?」

「知ってるよ、確かプロデューサーが初めて担当したアイドルだっけ?」

「そうです。だけどそれだけじゃないんです。プロデューサーさんは元々は泰葉さんのマネージャーでした」

「それは初耳だ」

「泰葉さんは子役として人気がなくなってきたときもずっと練習をしていたみたいです。それを見たマネージャー、現プロデューサーが思い切ってアイドルとしてやっていかないかと持ちかけたみたいです」

「それが本当だったら契約とか色々まずくないの?」

「それは…社長とちひろさんが色々手回ししたおかげで平気だったみたいです」

「なにをやったんだ…」

「それは触れないでおきましょう。で泰葉さんが努力を続けてきたから救われたんです。だから努力が嫌いって発言に怒ったんでしょう」

「そうなのか…まずいことしちゃったみたいだね」

「そうですね」

幸子ちゃんは直接言ってくれるから好きだ。
回りくどくない。めんどくさいことが嫌いな私としては助かるよ。

「でも、勝負は勝負だ。杏のアイドル生活、もとい印税生活がかかってるからね」

「杏さんもぶれないですね」

「ドヤッ」

「あまり褒めてないですよ」

そういって幸子ちゃんはまた練習を始めた。
ワンツーワンツー、自称の裏にはこういった努力の積み重ねがあったのか。

「そういえばさ、幸子ちゃんはいつも自主練しているの?」

「もちろんです」

今度はこっちを向かないで、ステップを踏みながら返してくる。

「なんでそんなに努力しているの?」

「そうですね…ある人の言葉を借りてボクなりに言うなら努力しなくてカワイイのは天才だけです。ボクはカワイイですけど天才じゃないから努力をします」

「そうなんだ、強いね幸子ちゃんは」

今度は皮肉などを込めずに素直に思った。
しかし、返ってきた答えは皮肉にも泰葉ちゃんと同じ答えだった。

「そりゃ、この業界にいたら強くもなりますよ」

そこからある程度が経っただろう。
ルキトレさんの試験を受けて合格。

「次はトレ姉さんのところでレッスンですね」

「いや、べテトレさんのレッスンを受けたいんだ」

「そんな、段階を踏まなくちゃダメですよ」

「わがままなのは承知しているんだ。でもこのままだと追いつけないんだ」

「…わかりました。姉さん二人と相談してみます」

「すみません、ありがとうございます」

「杏ちゃんがここまで本気出しているなら私も答えないとね。体力もついてきたし」

次の日、指定の時間にレッスンルームに行くとべテトレさんが待っていた。
泰葉ちゃんといい、ルキトレさんといいみんな仕事早いな。

「ルキから大体のことは聞いている。これまでとはレベルが違うぞ。本気なのか?」

「もちろんです。泰葉ちゃんに少しでも追いつきたいんです」

「なに?岡崎が目標なのか?」

「はい」

するとべテトレさんは少し困った顔をした。
私になにかを伝えるべきか、私のモチベーションに関係する話なんだろう。

「岡崎はマス姉さんのレッスンを受けることになったぞ。最近妙に気合が入ってると思ったら競ってるのか?」

な、追いつけたと思ったのに…。泰葉ちゃんの背中はまだまだ遠いです。
目標にはなかなか近づけないもんだな。じれったい。
今この話したら私が諦めてしまうと思ってたのかな?
確かに今までだったらそうだろう。だけど今は違う。
上を目指すんだ。

「なら、杏もマストレさんのレッスンを…」

「その必要はない。双葉、お前は悔しいが他の子はない才能がある。今までは宝の持ち腐れだった。しかし、今は違う」

あれだけ嫌っていた才能という言葉。それに今助けられるのだ。
皮肉って言葉を最近よく使ってる気がする。
ようは自分が思ってる方向と逆の方向に物事は進むものだ。
うまくはいかないもんだな。だけどそれに助けられる。

「岡崎の何倍もの速度で吸収できるはずだ。それなら勝てる」

大嫌いなはずの才能、大嫌いなはずの努力。
それらが今の私を形作っている。
けして大本が変わったわけじゃない。今でもサボれるものならサボりたいと思ってる。
今の私を突き動かしているものはなんだ?
危機感、焦燥感。それらの原因はただ一つ。
要するに私はアイドルをやめたくないんだ。アイドルが好きなんだ。
それに気がついたから頑張れるんだ。

「マス姉さんがたまにやるスペシャルモードやヘルモードがあるだろ」

「ああ、噂には聞いたことがある…」

べテトレさんがニヤリと笑った。
やばい、本能的に危険を察知したようだ。冷や汗が出る。
蛇に睨まれた蛙。ちひろさんに睨まれたプロデューサーだ。

「私もあれをやってみたかったんだ」

「さいですか…」

「これからは私のことを軍曹と呼ぶように」

完全にスイッチ入ってるよ。これはまずいやつだ。
しかし、もう引き返せない。乗りかかった船だ。いや、最初に言ったのは私だけど。

「まずは土手を10時間走ってもらおうか」

「え?」

「冗談だ」

なんでだろう、冗談に聞こえなかった。この人も私とは違う意味で冗談のセンスがないな。
なんてふざけたことを考えているけどこれは現実逃避にしかならない。
向き合わなくちゃ。
少し前の私じゃ今の私は考えられないな。

そしてやってきたライブバトル当日。
天気は晴れ。絶好のライブ日和。干からびそうなぐらいだ。
今までの日々はまるで地獄としか例えられない日々だった。
体力をつけるための走りこみ10時間ではないが2時間は走らされた。
他にも筋トレなどの地味なものから。
今までより格段にレベルの高いボイス、ヴィジュアル、ダンスレッスンだ。
ネックだった体力はまだ完璧じゃないけどそれなりにある気がする。
私から見たら凄い成長だ。
いつもよりだらけてると番組で言われた。それで人気が少し上がったみたい。
なんでだ…。幸子ちゃんにそれを話したら「杏さんは天才ですから」と言われた。
なんか腑に落ちないんだよな…。
それでも軍曹、もといべテトレさんについていった私は私自身を褒めてあげたい。
アイドルをやってて楽しい。
確かに泰葉ちゃんの言うとおりだった。
今まで私は自分で自分に限界を作っていただけだった。
殻を破ったんだ。それを教えてくれた泰葉ちゃんに感謝だ。
私が勝ったときの願いことは決めた。
まず泰葉ちゃんに謝ろう。そしてこれからもよろしくお願いしますって言おう。
今の私は完璧な状態。体が軽い。こんな気持ちはじめてだ。

ライブバトルはお互いに一曲だけ先攻と後攻で披露する、今回は泰葉ちゃんが先攻で私は後攻。
さあ、始まった。泰葉ちゃんが歌うのは落ち着いた曲。

「聴いてください。『ファイト』」


遠い日の約束が 手をふりながら

     ファイト ファイトって叫んでいるから

未来の私にだって 届けてゆくんだ

     ファイト ファイトって聞こえるように


これは…過去の泰葉ちゃんに向けた曲、今の私に向けた曲、そしてこれからの私たちに向けた曲。
すごい、歌でここまで心が動くなんて。これがアイドル。これが岡崎泰葉の力。

わかった。ありがとう。受け取ったよ。
だから…聴いて私の曲私だけの曲!

「『あんずのうた』!」


やる気も無い 根気も無いナイ

    でも出来ないワケじゃないナイナイナイ


これが今までの私、才能って言うものに頼りきりだった私。
もう…さよなら。


きっと 流した汗は美しい!

全力を出し尽くした今回のライブバトル。
結果は…私の負け。
ああ、せっかく楽しめると思ったのにな。そんな矢先に引退か。
でも仕方ないよな。今まで怠けていたつけだよ。
いつもやめたがっていたじゃないか。自業自得。
そんな言い訳が頭の中を巡る。

…ダメだ。やっぱり嫌だ。
「う゛あ゛あ゛あ゛ん゛」
我ながらひどい声で泣いてるな。
アイドルがこんな声出しちゃだめだよ。あ、もうアイドルじゃないからいいか。
いやいや、女の子としてだめだ。
冷静に考える。いや、冷静に考えてる振りをしている。そうじゃないと自分が保てない気がする。

コンコン、ドアがノックされる。こんなときに誰だよ。

「大丈夫ですか?」

泰葉ちゃんが入ってくる。こうなってるのは泰葉ちゃんのせいだよ。
そう思ったけど違う、自分でまいた種だ。八つ当たりになってしまう。
精一杯強がる。まあ顔はぐしゃぐしゃだし声も泣き声だしまったく取り繕えてないけどさ。

「た゛い゛し゛ょう゛ふ゛」

「大丈夫じゃなさそうですね。ここでいいお知らせがあります」

泰葉ちゃんはにこりと笑った。
なにが楽しいんだよ、私がやめることか?笑えない冗談だよ。

「杏さんはアイドルを辞めません」

「え゛っ!」

「Pさんにはくだんの用件は言ってないんです」

「だ、だましたな!」

「そうでもしないと杏さんが本気になってくれないと思って。杏さんも色々言いつつアイドルが好きなことはわかってましたから」

驚きのあまり涙も引っ込んだ。

そのあと、嫌味を思いっきり込めて言う。多分効かないんだろうな。

「本当に泰葉ちゃんは強かだね」

「はい。この業界にいれば強かにもなります」

やっぱりな。
…アイドルやめなくていいんだ。…アイドル続けていいんだ。
よかった、よかった。
ああ、安心したらまた涙が出てきた。

「よ゛か゛った゛!」

「ああ、泣かないでくださいよ!」

杏が落ち着くまで泰葉ちゃんはそばにいてくれた。
ふう、ふう。もう平気。言いたかったことを言おう。

「あのさ、泰葉ちゃん」

「なんでしょうか?」

いざ言うとなると恥ずかしいな。
いやもっと恥ずかしいところ見られているし平気だ。

「ありがとう…これからもよろしく」

「こちらこそ!」

うう、笑顔が眩しいぞ。

「そういえば本当に引退するとなったら杏さんはどうするつもりでした?」

「うーん、双葉杏は引退してヌヌ葉否として活動したかな」

「なんですかそれ、杏さんこそ強かじゃないですか」

「そりゃね、こんな業界にいてこんな先輩がいたら嫌でも強くなるさ」

そういって二人で笑いあった。

以上で終わりです。

杏も泰葉も幸子も芸能界を生き抜くための強かさを持ってる思います。

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