妹「勇者だってさ」 兄「なってみる?」(219)


兄「妹ー、テレビ見てみろー」

妹「また『勇者』でしょ? 総理大臣も大変だよねぇ」

兄「仕方ないんじゃないの? 『魔王』なんて厨二の鏡みたいなの出てきてるし」

妹「あれすごいよねー。最初はただの手品かと思ったけどさ」

兄「まさかアメリカに喧嘩売るとはねぇ。しかも勝っちゃうとはね」

妹「流石のアメリカも核は使えないから、結果として魔王の勝ちって」

兄「核使ったら、それこそ負けだから、魔王もそれは分かってたのかな。果たして策士なのか、バカなのか」

妹「バカじゃないのー?」

兄「あっははは、ひでぇなぁ」


妹「そういえば、最近は魔物が出始めたってさ」

兄「まじかーだるいなー」

妹「お兄ちゃんとか、トロいから食べられちゃうんじゃないの?」

兄「だろうなぁだるいなぁ」

妹「てかさ、今、魔王ってどこにいるの?」

兄「栃木県、那須町」

妹「って、近っ!」

兄「近いねー」


妹「それに、何でそんな事知ってるの?テレビとかで報道してないじゃんか」

兄「いや、俺が誘導したから。『かの有名な九尾の狐の尻尾が変化したと言われる殺生石がありますよー』って」

妹「……あぁ、そう」

妹「どーりで、魔物をよく見かける訳ね……」

兄「ん、あぁそれで魔物が多いのか」

妹「当事者……しっかりしようよ……」

兄「なんだー信用してないのかー?」

妹「信用はしてるよ。お兄ちゃん、そんな嘘は吐かないしさ」

兄「そうかお兄ちゃんは嬉しいぞ」

妹「はいはい」


兄「で、だ」

妹「……ん?」


兄「勇者、なってみたい?」


妹「……は?」


妹「……ごめん、意味が分からない」

兄「いやだからさ、勇者だよ勇者。面白そうじゃん」


妹「……あのね、お兄ちゃん」

兄「はい」

妹「勇者ってのは、第一級の『ミュータント』の内の、更に一握りがなれるんだよ?」

兄「知ってるでー」

妹「それも、国会が規定したすごぉく難しい試験を合格して、それでやっとだっていうんだから」

妹「人間の私達がなれるとおもう?」

兄「人間なら無理」

妹「………」

妹「……待って。ちょっと待って」

妹「なんか、お兄ちゃんが言外にすごぉーく嫌な事を言った気がする」

兄「まぁまぁ」

妹「なだめなくていいからね。興奮してないから」


兄「それで、どうするんだ?」

妹「え、今決めなきゃダメなの?」

兄「いや、そろそろ魔王も、殺生石がニセ情報だって気付く頃だろうし」

妹「嘘なの!?」

兄「あるわけ無いじゃん、そんなファンタジー」

妹「あ、あのさぁ……」

兄「それに、痺れを切らして暴れだすかもしれないしさ」

妹「あ、言われてみれば。 なんで魔物は今、暴れてないの?」

兄「『殺生石はとてつもない魔力を秘めていますので、探すときは強引にやると危険ですよー』って」

妹「……もう、なんでもいいや」


兄「で、どうするんだ?」

妹「……お兄ちゃんさ、実は勇者になりたいんでしょ」

兄「え、なんで?」

妹「そんなに推す理由が分からんから」

兄「ちゃうちゃう」

妹「違うの?」

兄「うん。昨日、妹が勇者になる夢見てたから」

妹「……なんで知ってるの、それ」

兄「知りたいの?」

妹「いや、いいです」

兄「そう」

妹「……はぁ」


妹「実際はさ、ミュータントみたいに、怪獣とか、魔物とかと戦ってみたいなぁ、なんて夢だって見ますよ」

妹「これでも、まだ子供だからね」

兄「へー」

妹「……殴っていい?いいよね?」

兄「やだ」

妹「……はぁ」

兄「皺が増えるよ!」

妹「やったねお婆ちゃん!」

兄「で」

妹「はいはいやりますよ。やりますって。勇者になれるモンなら是非なってみたいですー」

兄「もっとコブシ入れて」

妹「演歌っぽくさせようとすな」

兄「ちっ」


妹「勇者になるって言ったって、どうするの?」

兄「コレを使います」じゃじゃーん

妹「……いかにもヤバそうな液体だ」

兄「飲んでー」

妹「いやだ」

兄「ちっ」


妹「……おい待て」

兄「な、な、なんでしょ?」

妹「分かりやすく動揺すな」

妹「じゃなくて。いや、間違ってはないけど」

妹「さっきの、何のクスリ?」

兄「惚れ薬」

妹「………」


妹「……私をどうしたい?」

兄「貪りた冗談ですごめんなさいすいません許してくださいごめんください」

妹「よろしくないけどよろしい」

妹「それと、最後の謝辞の言葉じゃないよね」

兄「気にするな。誤差の範囲だ」

妹「………」

兄「小皺が増えるよ!」

妹「もうやりません」

兄「ちっ」

妹「舌打ち禁止」

兄「えー」


妹「いい加減に勇者になる方法を教えなさい」

兄「オゥ!ノイノリダネ!オジョウサン!」

妹「ひん剥いてやろうか」

兄「このクスリでございますお嬢様」じゃーん

妹「よろしくないってレベルじゃないけどよろしい」

妹「ってコレ、何」

兄「変身ベルト」

妹「なめてるの?ねぇなめてるの?」

兄「ホントホント」

妹「嘘おっしゃい!」


兄「嘘じゃないってー。ホラ、これ」

妹「え? あ、なんか埋め込まれてる……石?」

兄「それで勇者になれるぜぃ」

妹「触ればなれるの?」

兄「うん」

妹「……一応聞くけどさなんで変身ベr」

兄「かっこいいから」

妹「そこは即答なんだね」

兄「うん」


兄「じゃ、触ってみて」

妹「あ、あのさ。被験者って、いるの?」

兄「俺が作ったんだから、いる訳ないじゃん」

妹「デスヨネー」

妹「………」

妹「……くっ」ゴクリ

妹「ドキドキ」ソロソロ・・・チョン

妹「………」

兄「………」

妹「………」

妹「……え?」

兄「おめでとう。成功だ」

妹「……おいコラ」

兄「おぉう凄むな」

妹「何も起こらないじゃねーか」


兄「今はまだなー」

妹「……今は?」

兄「明日ごろには、いけんじゃね?」

妹「また曖昧な」

兄「しゃーなかべ」

妹「……はぁ。ったく」

妹「はい」ズイ

兄「え、なに?」

妹「ほら、ベルト」

兄「あぁ、仕舞えって?」


妹「違ぁーう!」

兄「な、なんだよー」

妹「お兄ちゃんも変身するの! 私だけ勇者とかヤだからね!」

兄「え、マジ……?」

妹「嘘言ってるように見える?」

兄「見えません」

妹「よろしい。では、さぁ触れて見よう」

兄「うーむ、だるいなぁ」チョン


………

妹「相変わらず何も起こらないね」

兄「しゃーなかべ」


次の日

妹「おにぃちゃぁぁぁぁぁぁん!!!」

兄「おー、どした?」

妹「見てコレ!」

兄「……何が?」

妹「見ててね!」グググ・・・

どかーん

兄「おー、目覚まし時計が飛んでいった」

兄「……って、酷いなぁ」

妹「あ……ごめん」


兄「いや、いいけどさ。それよか、上手くいったみたいだな」

妹「うん! 凄いよ! ムキムキになった訳でもないのに力持ち!」

兄「うん、分かってた」

妹「だよね!……って」

兄「妹の性格から行動の順序、重きを置いている動作に着目して、予測を立ててたんだけどね」

兄「予想通り、パワー型だ。主に剣とか持って前衛で戦うのが定石かな」

妹「………」

妹「そですか、はい」


妹「あれ、お兄ちゃんは?」

兄「んぇ?失敗じゃないの?力も強くなってないし」

妹「えー、マジですか」

兄「どうして残念そうなんよ」

妹「いや、魔王倒すのに一人で行くのとか流石に危ないからさ。お兄ちゃんがいれば心強いなー、なんて」

妹「あ、いや、他に誰か誘えばいいんだけどね! お兄ちゃんが特別って事じゃないからね!」

兄「あー、あー?どゆこと?」

妹「そ、それはいいから! 話進めてよ」


兄「ん、あぁ分かった」

兄「流石に、お前一人じゃ行かせられないから、俺も行くよ」

妹「え」

妹「いやいや、生身の人間じゃ危ないから! それはダメ!」

兄「うんにゃ、大丈夫」

妹「ダメだって!」


兄「だったら妹。俺の腹でもどこでもいいから、思いっきり殴ってみて」

妹「や、やだよ! 危ないもん! ホントに死んじゃうって!」

兄「……妹」

妹「え……」

兄「やるんだ」

妹「う……わ、分かった……」

妹「力は抜くからね! でも、絶対ガマンとかしちゃやだよ!」

兄「大丈夫だっての」


妹「すー……はー……」

妹「ふっ!」ゴッ

兄「ぐふっ……」

妹「かなり、軽くしてみたけど……大丈夫?」

兄「………」

妹「あ、あれ、お兄ちゃん?」

妹「待って、嘘! え!?」

妹「おにいちゃあぁぁぁぁん!!!」


………

兄「あー……うん。大丈夫」

妹「1時間も倒れてた人が言うことじゃないよそれ」

兄「いや、ホラ。大丈夫だったろ」

妹「……あのさ」

兄「はい」

妹「無理して、私に付いて来ようとしなくてもいいからね」

妹「お兄ちゃんにそんな無茶させるなら、私は行かなくていいから」


兄「いや、それはお前」

妹「私は!」

妹「……魔王とか勇者とかよりも、お兄ちゃんが大切なの」

兄「………」

妹「分かった?」

兄「うん、分かった」

妹「そう、良かった……」

兄「行こう、魔王退治に」

妹「分かってない!?」


兄「じゃあ、更に強化してやるから、それで俺も守ってくれ」

妹「え、えぇ!?」

兄「ダメか?」

妹「だ、ダメとかじゃなくて……」

妹「……むぅぅ」

兄「ん、やっぱそこまでなら、俺も諦める!」

妹「え……え?」

兄「俺も、お前には無理させたくないから」

妹「お兄ちゃん……」


兄「じゃ、どうしよっか。行かないとしても、クスリの効果も永続だしなぁ」

妹「………」

妹「……ちょいちょい」

兄「なぁに?」

妹「………」バキッ

兄「ぐほぅ」


………

妹「永続なら、もう勇者になるしかないじゃんか」

兄「そうは言ってもなぁ。危険だぞ?」

妹「だからって、ニセ勇者やっていけるほどタフなハートは持ってません!」

兄「んー」

兄「やっぱ、行く?」

妹「行くしかないでしょ……」

兄「俺は?」

妹「責任とって付いてきて貰います」

兄「了解」


………

妹「武器と防具って、どうすればいいかな」

兄「これ使えー」ポイポイ

妹「うわっとと。なにこれ、本格的じゃん!」

兄「国会の勇者作戦に導入される予定の、西洋の甲冑と日本の鎧が混ざった奴だ」

妹「なんで持ってるかは聞かないからね」

兄「うむ」

妹「どうしてコタツの中から出てきたのかも聞かない事にするよ」

兄「うむうむ」


兄「で、こっちが大剣」ポイ

妹「あ、危ないって!」

兄「受け取れるんだから良いだろうに」

妹「それはそうだけどさぁ」

兄「この前、俺が作った奴だから、名前は無い」

妹「なにこれ、カックイー」

兄「両刃だから、ぶん回したときに便利だぞ」


妹「意外と軽いね」

兄「オリハルコン混ぜといた」

妹「………」

妹「まさか、こっちの防具も?」

兄「そっちは……なんだっけ、鳳凰の羽?」

妹「………」

妹「とりあえず、改造はしてあるのね」

兄「当たり前だ。政府のお偉いさん方の発注品そのままじゃそこらのオークの殴り一発耐えられん」

兄「連中、こんな非常事態だってのに金ケチってやがるからな。まぁ、相変わらずだが」

妹「そ、そう……」


………

兄「さて、準備完了」

妹「薬草とかも持ったの?」

兄「メガポーション持った」

妹「用意周到だねぇ……」

兄「ぬかりはないぞ、妹よ」

妹「ところで、お兄ちゃんの装備は?」

兄「え、この数珠」ジャラ

妹「………」

妹「……いや、お兄ちゃんの事だから、理由があるんだと信じて何も聞くまい」

兄「うむ」


妹「それじゃ、行こう!」

兄「れっつらごー」


兄「さて、公道に出た訳だが」

妹「んー?」

兄「どした」

妹「前よりも、魔物の数増えてない?」

兄「魔王も焦ってんだろ。国をあげて、ミュータント特攻されるんだからよ」

妹「それもそうだね」


兄「まずは体慣らしでもするか?」

妹「あー、それは必要だね。もう剣道も1年くらいやってないし」

兄「じゃ、そこのオークでも潰すか」

妹「ちょ、ちょっと待てぃ兄よ」

兄「ん、なんだよー」

妹「こんな一般道でドンパチ出来る訳なかろうが」

兄「あ、確かに」

妹「素なのか。それは素なのか」


兄「そんじゃあ広い場所でも探すか。ドンパチしても大丈夫そうな場所って近くにないかなぁ」

妹「んな物騒な場所あってたまるか、って言いたいけど。近くに工事予定地あったでしょ?」

兄「そーなのか」

妹「地元民、しっかりしなさいよ……」


………

兄「さて、着いた」

妹「……あのさぁ」

兄「はいはい何でござんしょ」

スライム x 3 <むにょーんむにょ-ん>

オーク x 2 <ブヒュルルルル>

妹「どうして魔物まで連れて来てるのよぉ!」


兄「煽ったからに決まってんじゃんか。つか、一緒にいただろうが」

妹「そうじゃない! こんないっぺんにどうにかなる訳ないでしょ!」

兄「大丈夫だって。やってみりゃ分かる」

妹「そりゃ、やるしかない状況ですけどねぇ!」

オーク達<フシューフシュー>

妹「うわぁ……殺る気マンマンだ……」


オーク1<グヒャオォォ!>グワァッ

妹「うわっ! 来た!」スカッ

オーク1<グヒョァ!?>

兄「おーい、避けないで剣構えろよー」

妹「う、うるさい! 今やる!」


オーク2<グヒュェェィ!>

妹「こんのっ!」ズバッ

オーク2<グヒャァァァァ>バタッ

兄「おー、やったやった」


オーク1<グヒョヒョヒョヒョオオオ!!>バタバタ

妹「キレてる暇があったら攻撃しなさい!」ザシュッ

オーク1<グヒョヒョォォォ>バタッ

兄「おー、流石だなぁ」


妹「感心してる場合じゃないでしょ! スライムは!?」

スライム達<………>チーン

妹「え、あれ……? もうやっつけた後のように見えるんですけど」

兄「うん。やっといた」

妹「………」

兄「お前、流石だな。人間じゃ今頃は息切れて死ぬ寸前だぞ?」

妹「そ、そうかな……ありがとう……うん……」


………

兄「具合はどうだった?」

妹「え? なにが?」

兄「体、鈍ってなかったか?」

妹「あー、それね」


妹「正直、ここまでとは思わなかったよ。今までの、どんな絶好調の時よりも、反応が早いんだ」

妹「それに、相手の動きを簡単に目で追える。それに体もついて来る」

妹「……でもさ」

妹「それって、素直に喜んでいいのかな」

妹「卑怯だ、って。思っちゃうんだ」

妹「努力も、気概も無いのに」


兄「だからこそだよ」

妹「……?」

兄「だからこそ、魔王をやっつけなきゃ」

兄「そのための、勇者だからな」

妹「………」

妹「ふふっ」

妹「口が上手いね」

兄「伊達にお前の兄やってないからな」

妹「ちょっと、それどういう意味!?」


兄「そのまんまだ」

妹「なんだとー!」

兄「まぁまぁ」

妹「なだめるなぁっ!」

兄「ふはははは」

妹「だからって哄笑するな!」

兄「さて、次の目的地だが」

妹「い、いきなり真面目にならないでくれます?」

兄「無理だ」

妹「断言された……」


兄「で、次だが」

妹「……はい」

兄「那須サファリパークに、何か反応があったらしい」

妹「え、反応?」

兄「はいこれ、ケータイの地図ね」

妹「無視かい」

兄「はい」


妹「……しばらく行ってなかったから、なんか懐かしいなぁ」

妹「けっこう近いんだね」

兄「あぁ。でも、歩くのだるいしバイクで行こうと思う」

妹「あ、そーなの。私は?」

兄「後ろ乗るしかないだろ」

妹「やった!」


………

ブルルーン

妹「あー、風がきもちいー」

兄「さみー」

妹「……お兄ちゃんには風情ってモノがないの?」

兄「無い」

妹「また断言されました」

兄「しました」

妹「あとどれ位で着くの?」

兄「んー、5分?」

妹「りょーかい」

兄(さみーさみー凍えるー)

妹(お兄ちゃんの背中、おおきいなー)


………

妹「結局10分かかったわけですが」

兄「5分程度でわいのわいのと騒ぐなガキが!」

妹「ひでー」

兄「という冗談は置いといて」


妹「うわー懐かしー」

兄「やっぱ休業中だな」

妹「そら、そうでしょ。あんだけ魔物うじゃうじゃいるのに、のうのうと客入れるわけにゃ、いかんって」

兄「確かに」


妹「で、お目当ての物はありそう?」

兄「うん、あるっぽい。悪いんだが、着いてきてくれないか? おもにボディガード的な役割で」

妹「元々そのつもりで連れて来たんでしょ。モチロン行きますよ」

兄「うーん、ちょっと違うけど。まぁ、助かるわ。すまんな」

妹「いいって」


………

妹「うひゃー、動物が野放しだー」

兄「一応、餌はやってるみたいだな。もしそうじゃなかったら、俺たちが餌だな」

妹「ちょっ、怖いこと言わないでよ!」

兄「おいおい、スーパーマンが何を言う」

妹「動物は殴りたくないの! それに、スーパーマンじゃなくてスーパーウーマンだから!」

兄「ガキが何を言う」

妹「うるさっ!うーるさっ!」


妹「いつまで歩くのー?」

兄「ここの管理室にあるんだよ。それくらい、ちょっとはガマンしろ。まだ15分だぞ」

妹「まじですかー。すっごい長く感じたよー」

兄「……ここかな」

妹「おー、管理室って書いてある」

兄「ふんっ」ガコン

妹「って、窓外しとるー!」


妹「こらこらお兄さん、なにをしてはるの」

兄「ホラ来い。早くしないと見回りが来るぞ」

妹「あー、もう……」

妹「……よいしょっ」

兄「お、あったあった」

妹「……?」


兄「これだよこれ」じゃーん

妹「なにこれ……石?」

妹「石……まさか」

兄「アタリ」


兄「殺生石ね、コレ」


妹「説明を求む」

兄「めんどー」

妹「絞めるぞコラ」

兄「話しますからやめてくださいまし」

妹「ったく……」


兄「まず、この殺生石は欠片とかではない。コレ一個で殺生石」

兄「数日前に、ここのライオンが掘り出したんだと」

妹「へぇ~。ライオン君すごいね」

兄「んで、ものすごーい魔力がこの中に詰まっているんだ」

妹「さいですか」

兄「もしこの魔力をゲット出来たら、最強じゃね?って事で」

妹「はい」

兄「割って」

妹「……はい?」


兄「時間無いからさ、この場で一発」

妹「きーよーし!」

妹「じゃなくて」

妹「危ないでしょ! そんなの!」

兄「大丈夫だってばー」

妹「その言葉を信用しろと?」

兄「うん」

妹「覇気も信憑性も皆無なんですが……」

妹「……はぁ」

妹「しゃーなし、か」

兄「ごーごー」

妹「茶化すな!」

兄「さーせん」


妹「すぅ……はぁ……」

妹「……うりゃぁっ!」ズドン

兄「おーすげー音」

妹「………」

妹「割れないんですけど」

兄「いんや、割れたぞ」

妹「え?」


ビシッ

妹「あ、ホントだ。亀裂入った」

ゴゴゴゴゴ

妹「え……」

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ

妹「ねぇ、やばいんじゃないの?」

兄「大丈夫だろ? 魔王が来る以外は」

妹「はぁ!? マジで言ってんの!?」

兄「冗談に決まってるだろ。対策は完璧だ」

妹「………」


???「くぉぉぉらああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

妹「うわぁっ!」

兄「おひさー」

???「まぁぁた貴様かあああぁぁぁぁぁ!!!」

妹「え、誰!? 知り合い!?」

???「ヒトの登場シーンくらいしっかり見ていろおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

兄「うん、こいつ九尾の狐」

妹「………」


九尾の狐「無視をするなああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

兄「あ、泣いた」

九尾の狐「な、泣いてないわああああぁぁぁぁぁ!!!」

兄「いい加減、騒がしいんですけど」

妹「……てか、女の子じゃん」

九尾の狐「女の子って言うなああああぁぁぁぁぁ!!!」

兄「ちょっとお前だまれ」

九尾の狐「貴様むぐっ……!」


妹「ホントに、この子がそうなの?」

兄「尻尾あるじゃん」

妹「あら、ホント」

九尾の狐「むぐぐーーむぐぐぐーーー!!」

兄「うるさい」ゴン

九尾の狐「んきゅぅっ!」

妹「容赦ねぇな……」


兄「さて、狐」

九尾の狐「むぐ?」

兄「お前に、力を貸して欲しい」

九尾の狐「もがもがふがふが」

兄「お前さ、さっきもそうだが、ヒトじゃねーからな」

妹「え、なんて?」

兄「『それがヒトにモノを頼む態度か!』だとよ」

妹「あー確かに」


兄「しっかり頭下げればいいんだろ?」

兄「妹、よろしく」

妹「な、なんで私が……!」

兄「いや、だって力手に入れるの、お前じゃん」

妹「それはそうだけど……くそぅ」

妹「とりあえず、お兄ちゃんはその子を放してあげて」

兄「ん、了解ー」パッ

九尾の狐「きっ、貴様らぁ! 我をどれほど愚弄すれば気が」

兄「ヒトの話はしっかり聞け。お前が言いそうな事だな。ホレ、妹が言うことあるってよ」

九尾の狐「ぐっ……!」


妹「狐さん、あなたの力……魔力?を、私に分けてください」

兄「だとさ」

九尾の狐「……なにゆえ、我にそのような事を」

妹「魔王っていう悪い人が、世界を荒らしてるんです。それを退治する為に、私には力が必要なんです」

九尾の狐「それで、我を呼んだのか」

妹「はい」

九尾の狐「……残念だが」


九尾の狐「我がこの力を渡すことが出来るのは、そこの馬鹿だけだ」

妹「え……お兄ちゃん?」

兄「え、なに?」

九尾の狐「馬鹿といえば、お前しかおらぬだろう!」

兄「うそーん」

妹「でもどうして、お兄ちゃんなのですか?」

九尾の狐「それは追々分かろう」

妹「また、先送りですか……」

九尾の狐「それに」

妹「はい」


九尾の狐「我の力は一つだけではないぞ?」

妹「……!」

九尾の狐「妖狐にとっては、取るに足りない力だが、人間にとってのそれは、大いなる力であろう」

妹「お願いします! それを私に!」

九尾の狐「では、条件を出そう」

妹「は……はい。なんでしょうか」

九尾の狐「この馬鹿坊主を、少し貸してはくれないか」

妹「え、それは……」

九尾の狐「駄目なのか?ならば……」

妹「お、お兄ちゃんが許可を出してくれれば……!」

妹「でも、私には許可を出す権利はありません……」

九尾の狐「それなら……どうだ? 馬鹿坊主」


兄「拒否る選択肢はねぇよ。それに、俺からも話があったからな」

妹「お兄ちゃん……」

九尾の狐「そうか。それは良かった」

九尾の狐「では、取引は成立だ」ツカツカ

妹「はい……」


九尾の狐「貴様に力をやろう……」トン

妹「ふわぁ……」ビクッ

妹「これが……ちか、ら……」フラッ

兄「おっと」ストン

兄「おいおい、流し込みすぎじゃねぇのか」

九尾の狐「そ、そんなあほうな失敗はせんわ!」

九尾の狐「……すこし、眠らせただけじゃ」

兄「あぁ、それは知ってる。こいつかなり疲れてたモンな」


九尾の狐「あまり、無理はさせるなよ?」

兄「すまんな、分かってるつもりなんだが」

九尾の狐「で、どうなんだ? その魔王とやらは」

兄「大丈夫だ。俺がついてりゃ、妹に傷ひとつ付けねぇよ」

九尾の狐「ふむ、ならば安心した」

九尾の狐「して、貴様は力が必要なのか?」


兄「ま、正直言って要らないけどな。念のためだ、少しだけでいいから分けてくれ」

九尾の狐「これだけの魔力を持ちながら、まだ心配か?」

兄「何事も100%安全は無いからな」

九尾の狐「ふん、我は難しいことは分からんわ」

兄「ははは、変わってねぇなぁ」

九尾の狐「ずっと眠ってるだけで、何変わるわけがなかろうが」

兄「そりゃそうだ」


兄「……じゃ、よろしく」

九尾の狐「ん、了解した」

兄「この後、石はどうする?」

九尾の狐「また、適当に埋めといてくれ」

兄「あいよ」

九尾の狐「結界もかけるんだぞ」

兄「分かってるっての」

九尾の狐「さて……今回は、ちょっとばかし痛いかも知れぬ」

兄「構わん」

九尾の狐「……なら、始めるぞ」

兄「あぁ」


………

妹「ん……」

妹「……あれ?」

兄「お、起きたか」

妹「………」

妹「狐さんは?」

兄「ん、帰ってった」

妹「……そう」

兄「そう」


妹「ごめん、寝ちゃってた。なんでだろ」

兄「疲れでも溜まってたんだろ?」

妹「そうかな……」

兄「そうだよ」


妹「でさ、ここどこ?」

兄「バイクとめた場所の近くの公園」

妹「運んでくれたの?」

兄「まぁな」

妹「ありがと」

兄「気にすんな」


妹「見回りの人に見つからなかった?」

妹「……狐さん、結構騒がしかったから」

兄「あぁ、いないよそんな人」

妹「……は?」

兄「警備員とか、この時期にいる訳ないじゃん。魔物だらけなんだぞ?」

妹「………」

妹「そういえば……前にさ、九尾の狐を『あるわけ無いじゃん、そんなファンタジー』って」

兄「あったんだなこれが」

妹「………」

妹「……さいですか」


………

兄「バイク盗まれてなかった、ちょっと心配だったんだよねぇ」

妹「魔物がいるから人はいないって、ついさっきお兄ちゃんの口から聞いたんだけど」

兄「あー、そういえば」

妹「……はぁ」

兄「じゃ、次の目的地に行こうか」

妹「あ、うん。行こうか」

兄「いやぁバイク便利」

妹「そだねー」


兄「次は、もう決まってる。早速向かおうか」

妹「ま、待ってよ。それ、どこなの?」

兄「んー、行けば分かると思うよ」

妹「えぇー……」

兄「次は戦うことになるからな。頑張れよー」

妹「え、ホント?」

兄「狐にもらった力、試せるな」

妹「うん!」


ブロローン

兄「やっぱさみー」

妹「風情がうんたら」

兄「無いうんたら」

妹「それ、うんたらって言う必要ない気がする」

兄「きにすんなー」

妹「そーですねー」

兄(やべーさみーさみー)

妹(狐さんの時のお兄ちゃん……格好良かった……声に出して言うことは出来ないけど……)

妹「………」ギュッ・・・

兄「どした?お前も寒いのか?」

妹「……ばか」

兄「ひ、ひでぇ……」

ブロローン


兄「さぁ、着いたぞ」

妹「遠かったねー」

兄「スタンドは来る途中に見つけたから、ここのケリついたら行くか」

妹「そうだね」

妹「で、ここが目的の場所なの?」

兄「あぁ」

妹「これ……」


妹「工場……だよね」


妹「普通の工場に見えるけど……なにがあるの?」

兄「……とりあえずは、入ってみなきゃわからん」

兄「行くぞ」

妹「えー、またそれー?」

兄「遅れるなよー」

妹「まったくもー!」


兄「よし、何とか侵入成功」

妹「あ、あのさ……」

兄「なんだ?」

妹「なんであんなに、魔物がいっぱいいるの……?」

兄「この工場はな……」

妹「……たぶん、分かった気がする」

兄「あぁ。魔物を召喚する施設だ」

書き手って普通sageないのか

知らんかった俺のもageるか

支援


兄「元は、本物の工場だったんだろうな。駆動機関がまだ生きてる」

妹「ふぅん」

妹「……あ、そういえば」

妹「ここって、今でも魔物が召喚されてるんだよね?」

兄「そうらしいな」

妹「だったらさ、もっとわんさか、いるはずじゃない?」

兄「?」

妹「だってさ、外に結構いたけどさ、そこまでたくさんじゃなかったでしょ」

兄「あぁ、そういうことね」

兄「そりゃ、連中だって、この工場から魔物がぞろぞろ出てくるのは見られたくないだろうから」

妹「どこかから……搬出してる?」

兄「おそらく、地下だろうな」

妹「ふぅん……」


兄「でも、そのおかげで俺達が侵入しやすくて助かるわな」

妹「まぁ、確かにそうだね」

………

兄「結構な数の部屋……というか作業場を通り抜けたが」

妹「ここは、なんの部屋なのかな」

兄「さぁな……さて、そろそろだ」


兄「頼んだぞ」

妹「……まぁ、ここまで来れば目的は分かるよ」

妹「召喚場の……破壊、でしょ?」

兄「あぁ」

兄「それは、俺がやるから気にしなくていいぞ」

妹「適材適所ってね」

兄「そうだ。問題は、山のように沸いてくる魔物をどうやってさばくか……」


妹「狐さんの力も加わったし、何とかなるんじゃないの?」

兄「……妹」

兄「恐らく、お前は百を超える魔物を同時に相手することになる」

妹「……マジ?」

兄「嘘なんか吐かん」

兄「流石に、キツいだろ?」

妹「ま……まぁ、それは」

兄「………」

兄「そのために、だ」

妹「うん……」ゴクリ


兄「ほい、これ」ジャラ

妹「……え?」

兄「腕に付けて戦え」

妹「これ……数珠……?」

兄「俺が身に着けてた奴だ」

兄「障壁の効果がある。これで少しはマシになるだろう」

妹「で、でも……それじゃお兄ちゃんが」

兄「俺は大丈夫だ」

兄「それに、俺を心配してくれるなら……」

妹「う、うん」

兄「思いっきり暴れてくれ」

兄「お前が連中の注意を引き付けてるあいだに、破壊する」

妹「わかった……」


兄「じゃあ……合図したら行くぞ」

妹「………」コク


兄「………」

妹「………」

兄「………」コク

妹「うああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!!」ダダダダ

魔物達<な、なんだぁっ!?>

魔物達<人間だ!!>

魔物達<迎撃体制!!早くしろ!!!>

兄「よし、今のうちに!」タタタッ


妹「こんのぉぉぉぉぉっ!!!」ズバァァン

魔物達<ぐわぁーーー>

妹(な、なにこれ……すごい……一気になぎ払えた……!)

魔物達<人間風情が舐めるなっ!>グワッ

妹「遅いよ!」

魔物達<くそっ! なんて動きだ!>


妹「はぁっ!」ドォォン

魔物達<なにぃ!? 今度は衝撃波だとぉ!?>

妹「もういっちょ!」ドガァン

魔物達<ぐはぁーーー>


兄「おー、やってるやってる」コソコソ

兄「さて、こっちもボチボチやりますか……」


… … …

妹「くっ……どんどん増える……! まさか、外からも集まってきてるの……!?」

魔物兵士<隊長! なにやら召喚陣の様子がおかしいです!>

魔物隊長<なにぃ!? そっちにも人員を分けろ! 恐らくあの人間の仲間だ! なんとしても止めるんだ!>

魔物兵士<イエッサー!>

妹「う、嘘っ……!? お兄ちゃん!!」


魔物達<スキアリ!>ドッ

妹「きゃぁっ!」ズシャァ

魔物達<今だ! かかれぇい!>

魔物達<<ウオォォォ>>

妹「お兄ちゃん! 魔物が……!」


魔物兵士<おい! こっちにも、人間がいるぞ!>

兄「チッ」

魔物達<召喚陣を壊すつもりだ! そいつも殺れぇ!>

魔物達<うらぁっ!>ドゴ

兄「ぐ……!」

魔物達<死ねぇ!>ゴス

兄「っが……」ボキ

魔物達<ひははは、口より体の方が正直だな!>ゴッ

兄「……っ!」グシャ・・・


妹「いやぁぁぁっ、お兄ちゃんが! この、どいてよぉっ!!」ズバァァ

魔物達<押されるな! かかっていけぇぇ!>

魔物達<オォォォ>ガガガガ

妹「お兄ちゃ……し、しまっ、あぐぅぅぅっ!」ドフッ


魔物達<いい加減に……反応しろやぁ!>

兄「………」メシャ

魔物達<お、おい……>

魔物達<なんだこいつ……! 一切反撃してこねぇぞ……!>


妹「お兄ちゃん! いやぁぁぁ!」


兄「………」


妹「お兄ちゃん!! もうやめて! おにいちゃんっ!!」


兄「………」


妹「おにいちゃん!!!」


兄「……完了」


バシィィィン


妹「え……!?」


魔物達<しょ、召喚陣が!>

魔物隊長<なぜ止められなかった!?>

魔物達<すいません! しかし、致死量の攻撃は加えた筈なのですが!>

魔物隊長<な、なぜ倒れない……!>


妹「おにい……ちゃん……」


兄「…………」

兄「………妹の借り…………返させてもらおうか」


魔物達<な、なんなんだ貴様は!!>


兄「……妹、伏せて」

妹「え、あ……うん」スッ

魔物達<お、おい! お前らも伏せろ!>

魔物達<ワァワァ>


兄「………」


兄「……そこだよ」ニヤァ


ゴッ

妹「きゃぁぁぁぁぁ」

魔物達<う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁ……>


 … … …
… … …
 … … …


妹「……ん……あ、あれ?」

兄「おはよう」

妹「あ、あれ……。また……寝て……」

妹「……ハッ!」ガバ

兄「大丈夫だよ。成功だ」

妹「え、あれ……?」

兄「召喚は止めたよ。って言っても、ここのだけだけどね」

妹「そう……なの……?」


兄「妹」

妹「な、なに……」

兄「ありがとう」

兄「それに」

兄「ごめんな」

兄「辛い思いさせて」

妹「う、うぅん! 私はいいの!」

兄「そっか……ありがとうな」

妹「お兄ちゃん……」

兄「傷……一応は手当てしたけど、痛むか?」

妹「あ……気づかなかった……」

妹「痛くない……」

兄「良かった……」


妹「お、お兄ちゃんの傷……は……」

兄「……大丈夫だよ。ちょっと、痛いだけだ」

妹「嘘……魔物達が……死ぬはずだって……」

兄「嘘じゃない。もしかして俺、死んだほうが良かったか?」

妹「……いじわる」

兄「はは、ショックだなぁ」

妹「………」

妹「そ、それに……」


兄「……それに、俺の魔法の事」

兄「だろ?」

妹「………」

兄「だまってて、ごめん」

兄「俺は、魔導師の能力を手に入れたんだ」

妹「………」

妹「それは……最初にベルトの石を触ったときに……」

兄「いや、違う。もっとずっと……前だ」

妹「え……」

兄「だから……だまっててごめん」


妹「………」

妹「……許すよ」

兄「………」

妹「許すから……」


妹「許すから、そんな悲しそうな顔しないで!」


兄「妹……」


妹「私は……私が傷つくことよりも、嘘吐かれる事よりも……」

妹「もっともっと、お兄ちゃんが辛そうな顔をしてる事のほうが悲しい!」

兄「………」

妹「それに……私なんかより、お兄ちゃんの方がとっても怪我してて……」

妹「それなのに……私の心配してて……」

妹「だから……」ポロポロ

妹「だから……ぐす……ぇぐっ……」

兄「妹……」スッ

兄「ごめん……」ギュ

妹「っぁ……」

兄「それに、ありがとう……」ギュゥ

妹「……うん」

兄「ありがとう……」

妹「うん……」


妹「おにいちゃん……もうちょっとだけ……このまま……」

兄「あぁ……こういう時は、泣いてもいいんだ」

妹「うん……うん……」

兄「………」ギュゥ

妹「ぅ、あ……」

妹「あぁぁぁ……」ボロボロ

兄「……大丈夫だ、今度こそ、俺が守る」


………

兄「……はぁ」

妹「……泣きつかれた」

兄「なんだかなぁ……俺のキャラじゃないなぁ……」

妹「えー、じゃあさっきの言葉も嘘だって言うの?」

兄「そうは言ってねぇじゃねぇか」

妹「ふふ、冗談」

兄「ったく、このやろ」ワシャワシャ

妹「あー! 髪ぐしゃぐしゃするなー!」

兄「悔しかったらやり返してみろやー」

妹「高さ的に無理なの分かってて言うなぁ!」

兄「ふはははは」

妹「ぬぁーー!」


兄「……そろそろだな」

妹「……え、なにが?」

兄「向こうの空見てみろ」

妹「空……?」


妹「……何あれ」


兄「魔王」

妹「………」


妹「に、逃げなくていいの!?」

兄「おいおい……魔王を倒す為にここまで来たってのに、ずいぶん弱気じゃねぇか」

妹「そ、それはそうだけど……」

兄「じゃ、逃げるか」

妹「だからって……え?」

兄「早くしないと見つかるぞー」

妹「ま、魔王倒さなくていいの!?」

兄「その傷だらけの体でどうするつもりだ?」

兄「返り討ちにあう、なんてヌルい事言ってられないぞ」

兄「拙速の先にある物は『死』だけだ」

妹「それは……」


兄「大丈夫だ。コンディション整える時間くらいはある」

兄「今は体力を回復する事が先決だ」

兄「……それに」

妹「……?」

兄「俺は、またお前を危険な目に逢わせたくない」

妹「……!」

兄「もし、なんて事があったら死んでも死にきれないから」

妹「お兄ちゃん……」


兄「もし、それでも今、魔王を倒さなくてはならないと言うなら……」

兄「俺は、止めはしない。そんで、俺もついていく」

妹「………」

兄「どうしたい?」

妹「わ、私は……」


???「残念ですが、時間切れでーす」


妹「!?」

兄「あれ、もうここまで来てたのか。気づかなかった。さすが魔王」

妹「まっ、魔王!?」

魔王「あ、ども。魔王です」

妹「ど、どうも……」

魔王「さて、唐突ですが……兄様、久しいですね」

兄「やっぱり魔王は、お前だったのか」

魔王「兄様、嘘言わないでくださいよー。全部、知ってたんでしょう?」

兄「まぁな」

妹「え?え??え???」


魔王「お嬢さんも、このような男性には気を付けた方が身のためですよ」

妹「え、あ、はい……」

妹「……じゃなくて、私、妹です」

魔王「あらあら、貴女まで嘘を吐かれるのですか。よろしくありませんねぇ」

兄「嘘ちゃうわー」

魔王「何を仰る兄様。貴方ほどの『変態』に、貴女の様な可愛らしい妹がいる訳があ

りません」

兄「……俺って、みんなからどんな目で見られてんだよ」


妹「あ、あの、魔王……さん?」

魔王「はいはい。なんでございましょう」

妹「魔王さんは、お兄ちゃ……兄と知り合いなのですか?」

魔王「はい、そうですよ! 二年前の『狐騒動』の時に、ご一緒しましてね」

妹「ふぅん……」

兄「懐かしいモンだな。つか、もう二年になるのか」

魔王「月日が経つのは早いものです」

兄「だなぁ……」


兄「しっかしお前、成長してねぇな!」

魔王「な、なんですと!? 失敬な!」

魔王「これでも、背も胸も成長してるんです!」

兄「10歳児が何を言う」

魔王「しゃ、シャラップです!」

兄「へいへーい」

妹(このやり取り、狐さんの時も見たような……)


妹「ところで、どうしてお兄ちゃんの知り合いにはちっちゃい女の子が多いの?」

魔王「ガーン」

妹「あ、あぁ! ごめんなさい!」

兄「そう、それだよ! どうしてこう、ちんまい奴ばっかなんだ!」

魔王「ちんまい……ちんまい……」ズーン

妹「お、お兄ちゃん……」


妹「って、本題を忘れてるよ!」

兄「え、なんだっけ?」

魔王「ちんまい……」

妹「………」ゴン ゴン

兄「おー、思い出した!」

魔王「はっ! 俺様は一体何を!」

兄「……お前、まだ一人称が俺様なのか。痛いぞ」

魔王「しゃ、シャラーップぅ」

妹「……駄目だ。全てが駄目だ。魔王がかわいく見えてきた私が一番駄目だ」


魔王「ふはははは!」バッ

魔王「もそもそと、魔王様の前に姿を現しおって!」

魔王「貴様らの企みなど、俺様に及ぶ所ではないわぁ!」

兄「……どうしたいきなり」

妹「そこは乗ってあげようよ、お兄ちゃん」

兄「おまえもな」

魔王「もういいです……ぐすん」

妹「あー魔王さんがー」

兄「さん付けで呼んでるけど、どう見ても妹の方が魔王よか歳が上に見える」

魔王「………」イジイジ

妹「あー……」


妹「……んん、ゴホン」

妹「いい加減に本題に戻りましょう」

魔王「はい」

兄「うむ」

妹「どうして魔王さんはここに?」

魔王「え、それは……」

魔王「……貴女方が、召喚陣を壊したから、なんですけど」

妹「あ……そういえば」

兄「ダメダメじゃーん」

妹「………」ドス

兄「あふん」


魔王「それに、『不死身の人間がいる』、と」

妹「……え、それって」

兄「俺だな」

魔王「ふ、不死身だったのですか!?」

兄「ちゃうちゃう」

兄「肉体強化の魔法ををかけただけだ」

魔王「あ、あぁ。それなら納得」

妹「え、そこ、納得するところですか?」

魔王「そうですよ?」

妹「そ、そうですか……」


魔王「それと、魔法障壁を使ってないと聞きましたが、何故ですか?」

兄「あ? それ説明しないと駄目?」

魔王「いえ、単純な興味ですが」

妹「……私は、気になるから、教えて欲しいな」

兄「んー、しゃあねぇなぁ」


兄「妹、数珠出して」

妹「あ、うん……はい」ジャラ

兄「サンキュ」

魔王「……それは」

兄「おぉ、流石だな。これで分かるとは」


魔王「『薙の数珠』ですね。他人の魔力を感じた時のみ、障壁を張る……でしたっけ



兄「半分当たり。正確には、『魔力を蓄積した人間が障壁を張っていない時のみ、
使用者以外の魔力を感知して障壁を張る』だ」

兄「これ使うためには、俺自身が障壁を張る訳にはいかなかったんよ」

兄「妹が、あの混戦状態で俺の魔法を避けるには、これしか手が思いつかなくってな」

妹(あ……それで私だけ無事だったんだ……)


魔王「ふむふむ。しかしそれは、面倒な制約ですねぇ」

兄「だろ? 肉体強化だけじゃマジで死ぬっての」

妹「え……」

兄「あ、あぁーすまん。大丈夫だったからな。ホラ、死んでないだろ?」

妹「う、うん……ぐすっ……」

兄「しまった……」

魔王「泣ーかせたー、泣ーかせたー」

妹「な、泣いて……ない、もん……」ポロポロ

兄「あぁぁぁ……」


………

兄「……落ち着いたか?」

妹「……うん」

兄「ごめんな、ホントに」

妹「平気……だから」

魔王「あーあー、お兄さんサイテー」

兄「うっせ」


兄「さて、と」

魔王「もう行っちゃうのですか」

兄「まぁ、な」

魔王「いくら兄様でも、その傷では危険だ、と?」

兄「……妹がいるからな」

魔王「ですよね……ふふっ、あの頃の兄様は、傷が無い日がありませんでしたから」

妹「………」

魔王「当時なら、向かってきましたよね。それも一人で」

兄「おい……やめろ」


魔王「クスクス、冗談ですよ。そんな怖い顔しないでください」

兄「……チッ」

妹「お兄ちゃん……」

兄「あ、あぁ、すまん」

魔王「それでは、またです。……次は、三日後に会うことになりましょうか」

兄「……分かってる」

魔王「だと思いました! さすが兄様ですね!」

兄「はいはい」

魔王「適当にあしらわないでくださいよー」


兄「分かったから、早く行けっての」

魔王「酷いなぁ。……ではでは、失礼しますね」

兄「じゃあな」

魔王「はい。じゃあな、です」

魔王「妹さんも、じゃあな、ですよー」

妹「は、はい……じゃあな、です」

妹(何故私まで……)

魔王「それでは……とーぅ!」バッサバッサ


兄「……はぁ」

妹「今度は、気配消さないで帰っていくんだね」

兄「そうだな」

妹「でさ、いきなりだけど、三日後って何のこと?」

兄「……後で説明する。今はしんどい」

妹「大丈夫?」

兄「大丈夫だっつーの。心配しすぎだ」

妹「なら……いいけどさ」

兄「帰るか」

妹「そうだね」


………

兄「あー、やっと家に着いたー」

妹「運転、お疲れ様」

兄「早速だが寝てくる」

妹「って、ちょっと待って」

妹「その前に、お風呂、入らなきゃ」

兄「後でー」

妹「不衛生だから、ダメだよ!」

兄「えー」


妹「すぐに沸かすから」

兄「あー、分かった分かった。俺がやるからいいよ」

妹「怪我人は働いちゃいけません」

兄「……バイク運転してきたんですが」

妹「それはそれ!」

兄「あーもーなんか親みたいだ」

妹「すぐだから、待っててね」

兄「あいよー」


………

妹「お風呂、準備してきたよ」

兄「zzz……」

妹「あ……やっぱり寝ちゃってるか」

妹「疲れてるもん、ね」

妹「傷……どうなのかな」

妹「見ていいのかな」

兄「……ぅ」

妹「!?」

兄「ぅぅ……」

妹「うなされてる……」


妹「傷が、痛むの?」

兄「ぅあ……!」ビク

妹「っ!!」

兄「っが……は……」

妹「お……お兄ちゃん!」バッ

妹「ど、どうしよう!? お兄ちゃん、お兄ちゃん!」

兄「ぐぁ……」グジュ・・・

妹「……!?」

妹「な……なに……が」


兄「ぁ……ぁ……」グジュルル

妹「ひっ……!」

妹(お兄ちゃんの体が……内側から動いてる)

妹「………」

妹(見ちゃいけない事は分かってる……でも……)

兄「ぁ、ぎ……」ジュル・・・

妹「………」

妹「……ごめん」

妹「……私、今、サイテーな事考えた」

妹「ごめん……」

兄「………は、ぁ」


妹「お兄ちゃん……ごめん……」

兄「ぅ、ん……?」パチ

妹「……!」

兄「……あれ、妹? どうした?」

妹「え、ぁ……」

兄「?」

妹「………」

兄「………」

兄「……お前、まさか」

妹「ごめん……」

兄「……いや、いい」

兄「いずれは、話そうと思ってたから」

妹「………」


兄「今、聞きたいか?」

妹「……うん、今、聞きたい」

兄「そか」

兄「………」

兄「狐のトコ行った時なんだがな」

兄「妹、魔力もらって、倒れただろ?」

妹「あ、うん……」

兄「その、後にな……」



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

九尾の狐「貴様は、話が早くて助かる」

兄「さてね」

九尾の狐「その返事も、相変わらずだな」

兄「そうだな、俺も変わってないのか」


九尾の狐「では、始めるぞ」フゥン

兄「っ……!」

九尾の狐「すぐに終わる。我慢せぇ」

兄「分かってる……」

九尾の狐「……くっ」

兄「お前だって……辛いんじゃねえか」

九尾の狐「知らんわ馬鹿……」

兄「ふ……」

兄「……それよか、まだなのか」

九尾の狐「そう急かすな……っと」

九尾の狐「完了じゃ」


兄「ん……」

兄「はぁ……やっぱ、こんなモンか」

九尾の狐「……なに?」

兄「これじゃ、足りないな」

九尾の狐「それ以上は無理だと思え。我慢しろ」

兄「ひでーなぁ」

九尾の狐「無理に酷いも何もないわ馬鹿」

兄「馬鹿馬鹿言うなっての、本当に馬鹿になっちまう」

九尾の狐「もう遅いわ馬鹿」

兄「ひでー……」


………

兄「という訳で、もっかいお願い」

九尾の狐「何が「という訳」だ。無理だと言っただろう」

兄「……俺に嘘は通じないって、知ってるだろ」

九尾の狐「ぐっ……」

九尾の狐「わ、我は……貴様を心配して言ってるのだぞ」

兄「そっかよ。でも、必要なんだ」

九尾の狐「無理じゃ!無理じゃ!帰れ!」


兄「狐、その力が……必要なんだ」

九尾の狐「……!」

九尾の狐「……貴様、ずるいぞ」

兄「この際、色仕掛けでも構わん」

九尾の狐「な、なななっ!?」

九尾の狐「何を言っとるか!」

兄「『貴様、ずるいぞ』の『ずるいぞ』ってなんだよ」

九尾の狐「っ……!」

兄「頼む、このとおりだ!」

九尾の狐「つ、次から次へと卑怯な!」


兄「………」

九尾の狐「……わ」

九尾の狐「分かった……から、頭を上げろ……」

兄「……あぁ」

兄「すまんな」

九尾の狐「言うな。傷つくのはお前なのだぞ」

兄「分かってる……」


………

九尾の狐「……本当に、この力を授けていいのか? 今なら、まだ間に合うぞ」

兄「いいんだっつの。俺は強い子だから、問題ない」

九尾の狐「しかし……」

兄「お前……石ん中に閉じ込められてる間に、ずいぶんお人好しになったな」

九尾の狐「う、五月蝿いわ、馬鹿」

兄「俺がやってくれって言ってんだから。お前が気負う必要はないよ」

九尾の狐「分かっておる……だが……」

兄「あーもう!」

兄「これは……主人の命令だ!」

九尾の狐「な……!」

兄「今すぐに、その力を分けてくれ!」

九尾の狐「……はぁ」

九尾の狐「……やはり、ずるいぞ」

兄「言ってろ」


九尾の狐「………」

九尾の狐「……始めるぞ」

兄「あぁ、いつでもいいぞ」


九尾の狐「……んっ」ヒュゥゥ

九尾の狐「ぐっ……受け取れ!」バシュゥン

兄「よし来い……!」バリッ

兄「ぐ、ぅあぁぁぁぁぁぁ!!!」ゴシュ

九尾の狐「お、おい……!?」


兄「あああぁぁぁぁぁぁ!!!」グシャ


九尾の狐「体がもたない……! 魔力に負けてしまう……!」

九尾の狐「だ、駄目じゃ……そんなの駄目じゃっ!」バッ


兄「……とめ、るなぁっ!!」


九尾の狐「!?」


兄「俺は……守る為に力が必要なんだ!!!」


兄「うおああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」


兄「……………」


兄「っぁ……がはっ……」


九尾の狐「こやつ……あれだけの魔力を全て吸収しよった」


兄「やっべ……死にそう……」

九尾の狐「むしろ、よく死なんかったな」

兄「俺を、なめるな……っての」

九尾の狐「流石じゃな」

兄「ふはは……はぁ」

九尾の狐「………」ペロ

兄「!?」

九尾の狐「ご褒美じゃ……」ペロペロ

兄「そか……」

九尾の狐「……あの頃が、懐かしくなってしまうな」ペロペロ

兄「そうかもな」

九尾の狐「……反応が薄いぞ」ペロ・・・

兄「……これでも、照れてるんだよ」


九尾の狐「………」

九尾の狐「御主人様は」

九尾の狐「我では……満足出来ないのか?」

兄「……言うと思った」

九尾の狐「……そういうところが、嫌いじゃ」

兄「照れてんだよ」

九尾の狐「それしか言わぬ……ずるいぞ……」

兄「………」

兄「狐」

九尾の狐「なんじゃ」

兄「……いや、なんでもない」

九尾の狐「む、はっきりせんか」

兄「……すまんな」

九尾の狐「………」

九尾の狐「五月蝿い……」


九尾の狐「……我はいまだ、これで良かったのかわからん」

兄「俺が良いって言ってんだから、いいの」

九尾の狐「……分かってたら、そのような事は言わん」

兄「『肉体の妖化』だろ」

九尾の狐「そうじゃ。……本当に物知りじゃのう」

兄「褒めるな、デレる」

九尾の狐「デレるのか?」

兄「嘘だ」

九尾の狐「なんじゃ、つまらん」

兄「うっせ」


九尾の狐「………」

九尾の狐「今の痛みが、いつまで続くのか。我には分からん」

兄「恐らく、3ヶ月ぐらいだな」

九尾の狐「耐えるしかないが……頑張るのじゃぞ」

兄「お前に心配されるとはな」

九尾の狐「五月蝿いわ、馬鹿」


兄「……ところでさ」

九尾の狐「……?」

兄「お前、口調が思いっきり戻ってるぞ」

九尾の狐「……!」

九尾の狐「こ、これは、違うのじゃ!」

九尾の狐「……あ」

兄「やっぱさ、そのままでいいんじゃねーの?」

九尾の狐「だ、黙れ! 馬鹿!」

兄「はいはい、黙りますよーっと」


………

兄「いい加減に、立ち話はやめにするよ」

九尾の狐「……ん、行くのか」

兄「あぁ、そろそろ妹も起きるからな」

九尾の狐「……そう、だな」

兄「そうだ」


九尾の狐「……ご主人よ」

兄「なんだ?」

九尾の狐「……頑張るのだぞ」

兄「分かっとるわ馬鹿」

九尾の狐「な……!」

兄「真似して見ました」

九尾の狐「……ふん、馬鹿にしおって」

兄「はは、すねんなよ」

九尾の狐「すねてないわ馬鹿」

兄「……あぁ、それでいい」


兄「次逢う時は、何時になるだろうな」

九尾の狐「死ぬ前に、一度は会いに来いよ?」

兄「分かってる」



九尾の狐「……さよなら、じゃ」


兄「……またな」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


兄「……と、いう事があった訳だ」

妹「………」

兄「……妹?」

妹「……ん、分かった」

妹「お風呂、ぬるくなっちゃうから、入って来て」

兄「………」

妹「は、早く入って……その後に私も、入る、ん……だから」

兄「……あいよ」

兄「んじゃ、入ってくる」

妹「……うん」


………

カポーン

兄「あーあ。また泣かせちった」

兄「最低な兄だな、こりゃ」

兄「はぁ……」チャポ

兄「どうしたモンかなぁ……ブクブク」


妹「お兄ちゃん……」

兄「ん……妹か」

兄「すまんな。ちょっとボーっとしてた」

兄「風呂、すぐ出るから、ちょっと待ってて」

妹「……違うの」

兄「妹……?」


兄「妹……?」

妹「お兄ちゃん」

兄「………」

妹「………」

妹「……ありがと」

兄「……あぁ」

妹「それだけ」

兄「そか……」

妹「……急いで、お風呂出なくてもいいからね」

兄「あぁ」

妹「じゃ……」

兄「あぁ」


………

翌朝

兄「ふぁぁ……よく寝た」

妹「あ、おはよー」

兄「ん、おはよう」

妹「朝ごはん、出来てるから。食べよ?」

兄「あいよ」


妹「いただきます」

兄「いただきます」



妹「そういえば、聞きはぐってたんだけどさ」

兄「んー?」

妹「三日後……は昨日の話だから、二日後って、何があるの?」

兄「あーそれな」

兄「次の召喚陣が出来るまでにかかる日にち」

妹「あー、ちょっとだけ予想はしてたよ」

兄「だろうな」


妹「やっぱ、魔物の召喚は止めてくれないんだね」

兄「そら、そうだろうな。要するに兵士だし」

妹「それもそうだね」

妹「じゃあ、それが完成する前に壊しに行くんだね?」

兄「そういう事だ」

兄「それまでに、体力戻しておかないとな」

妹「そだね」


兄「……と、言いたいところだがな」

妹「え?」


兄「今から、魔王に勝負を挑む事にする」


妹「え……!?」


妹「……理由は?」

兄「俺の……詠み間違いだ」

妹「なんで……お兄ちゃんが間違うなんて」

兄「魔王に嵌められたよ。完全に騙されてた」

妹「そ、それで?」

兄「あぁ……」


兄「召喚陣は……恐らく、今日明日の内に完成する」


妹「……!」


妹「そんな……、完成に三日はかかるって」

兄「アイツが、『予備』を準備していなければ、だけどな」

妹「あ……」

兄「二つ同時に動かすつもりはなかったんだろうな」

兄「だが、アイツの行動を見るに……」

兄「予備がある。それも複数だ」

妹「ど、どうしよう!」

兄「おいおい、そんなの分かってるだろ?」

妹「……やっぱり、戦うの?」

兄「なんでお前が躊躇してんだよ。正義のヒーローは、たとえ元の仲間でも、悪を許しちゃだめだろ」

妹「それは……そうだけど」

兄「じゃあ、俺が許可するよ」

妹「………」


兄「正直、時間はそんなに無い」

兄「今日中にカタを付けられるなら、大丈夫だろうが……」

兄「躊躇して、俺たちが殺られるか」

兄「腹くくって、魔王を倒すか、だ」

兄「もし、もう全部投げ出して、勇者なんかやめるって言うのなら、もちろん止めない」

妹「………」

兄「お前が、決めるんだ」



妹「………」

妹「……剣、取ってくる」

兄「あぁ……了解」



兄「……ありがとうな」


………

兄「さて、魔王はどこにいるんだか」

妹「……たぶんだけど、分かるかも」

兄「おー、まじか」

妹「案内するから、運転はお願いね」

兄「えー、まじか」

妹「足がバイクしかないんだから、仕方ないでしょ」

兄「だろうな」

妹「……いつもだけどさ、面倒くさいんだけど」

兄「諦めろ」


………

ブイーン

兄「昨日、魔王が帰る時に飛んでった方向だろ?」

妹「うぅん、違うよ」

兄「……あ?」

妹「魔王さんが、飛んでいったのは、たぶん彼女の家だと思う」

妹「だとしたら、今日そっちに行っても意味無いよね」

妹「召喚陣の準備するんだもん」

兄「あーそうか……」


妹「それと、今の時間だよ」

妹「朝の9時」

妹「彼女の昨日の話を聞く限りだと、少なくとも、朝早くに起きるような生活はしてないハズ」

兄「おー、探偵みたいだ」

妹「そして、今日。彼女が真っ先にやる事は何か」

兄「……昨日の工場、か」

妹「うん」

妹「残ってる物とか、魔法の残滓を見に行ってる可能性は高いと思う」

兄「なら、急がないとな」

妹「そうだね」

ブィーン


………

兄「工場に到着したぞ」

妹「……なにそのセリフ」

兄「セリフって発言も、下手したらアレだぞ」

妹「あー、それはあるかもね」

兄「緊張感ねぇなぁ」

妹「お兄ちゃんが主な原因です」

兄「否定は出来ません」

妹「させません」

兄「ドsめ」

妹「ちゃうわ!」


………

兄「魔王出てこーい」

妹「出てこーい」

兄「どこにいるんだー」

妹「いるんだー」

魔王「あぁもう……騒々しい。朝から何事ですか?」

兄「あ、みっけ」

妹「めっけー」

魔王「………うそん」


魔王「なぜバレたのですか」

兄「んー、なんとなく」

魔王「兄様らしいですね……」

兄「はっはっはー」

魔王「それに、どうしてここが?」

兄「妹の活躍だ。褒めてやってくれ」

魔王「よしよしー、えらいですねー」

妹「なっ、子供扱いしないでください!」

魔王「えー、褒めろって言われたから褒めたのに」

兄「それに、コイツからしたらお前なんてほんのガキだぞ。魔王の歳はき」

魔王「歳が……どうしました?」

兄「サー、なんでもないであります」


魔王「……まったく」

魔王「それで、どうするんですか?」

兄「お前を倒す」

魔王「……そこは、もう少し焦らして下さい」

兄「めんどい」

魔王「言うと思いました」

魔王「……では、手早く始めましょうか」


妹「ま、待ってください!」


魔王「……なんでしょうか」

妹「魔王さんに……質問があります」

魔王「はい」

妹「どうして、このような事をするのですか」

魔王「………」

魔王「……もしや、とは思いましたが」

兄「う……」

魔王「やはり、兄様。教えて差し上げてませんね」

妹「……え、お兄ちゃん?」


兄「あー、それは……その……」

魔王「はっきりしてください」

兄「教えてませんでした。すいませんでした」

魔王「よろしい」

兄「こえー魔王こえー」

魔王「なにか?」

兄「なんでもありません」

妹「? どういうこと?」


魔王「……では、私が直々に、お教えしましょう」


魔王「私の……過去を」


魔王「実は……私は、ミュータントです」

妹「……!?」

魔王「ミュータント実験用の、プロトタイプr-3型、の一人です」

妹「それって……」

魔王「はい。生まれてからずっと、施設にいました」

魔王「……兄様に、外に出して頂くまでは」

妹「え……」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

毎日が苦痛だった

痛くて辛くて悲しかった 注射をされてガスを流し込まれて何度も死にそうになった

でもヒトは苦痛に慣れる その事が苦痛だった

私の脳は移植された脳 培養された脳 ワタシのモノではないダレカのノウミソ

私の体は作られた体 設計された体 ワタシのモノではないニセモノのニクタイ

逃げ出したい

そんな崇高な事を考える心はとっくに無くって 壊れていて

だからこのままでよかった 外を知りたいと思わなかった



それなのに……『彼』が来て。



全てを、覆して。



私は……『私』を知った。


毎日が楽しかった。

楽しくて、嬉しくて、幸せだった。

『彼』が『私』を守ってくれたから。『彼』が『私』を支えてくれたから。


彼は私に、色々な事を話してくれた。

この世界の事。人間の事。

私の知らないような、ミュータントの事も。

素敵な事から、悲しい事まで。

私は、彼の話をいつも楽しみにしていて。


ある時、彼は私にこう言った

「この世界を、愛してくれ」

もちろん、意味なんて分からなかったけど

でも、せいいっぱい、愛しようとした


でも……出来なかった


少しずつ、壊れていく。

それが、怖かった。

記憶も、理性も

少しずつ、崩壊していく。

海岸が、打ち付ける波に浸食されるように。


プロトタイプの、寿命が限界に近づいていた。


人間の延命措置は通用しない。


彼は、私のために心を痛め、泣いてくれた


私は、私のために恐怖し、彼に泣きついた


私が泣いている時は、いつも、そっと抱きしめてくれる

そして、私を抱きしめて、こう言ってくれたんだ



「                」



……あれ


思い出せない

あれ



駄目だね、私って
なんで忘れてるのかな

大切な事なのに


……違う
違うこれは忘れたわけじゃない

記憶が崩壊していく
幸せなページが破られていく

自然な事だ私にとっては

でもそんなのはやだ

忘れたくない



でも

消える

彼との思い出が
思い出そうとすればするほど千切れていく


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


魔王「わ、私なんで思い出せ、な……」

兄「……あまり、無理するな」

妹「魔王さん……」

魔王「私……ワタシ……」フラ

兄「おい、大丈夫か?」

魔王「近寄るな!」バシ

兄「……っ!」

魔王「あれ、違う……違うのに……」

魔王「ごめんなさい……ごめんなさい……違う、ごめんなさい……」

妹「な、なにが……」

兄「チッ!」

兄「妹。ちょっとこっち来い」

妹「え、な、なに……」

魔王「ぁ……ぁぁぁ………」



兄「……アイツは、実験用のミュータントだった」

兄「だから……もう体がもたない」

兄「体も心も、限界なんだ」

妹「……!」

妹「作り物の、体……」

兄「……あぁ」

兄「チッ、まさかもうここまで症状が進行してたとはな」

妹「ど、どうすれば……」

妹「お兄ちゃん……」

兄「………」

妹「……お兄ちゃん?」

兄「……アイツを、見てみろ」



魔王「あ、あぁ……なんで……思い出せないの……」

魔王「ぅあ……あ、あ、ぁぁ、」



兄「ああして、壊れていくんだ」

兄「ミュータントってのは、それを繰り返して生まれた」

兄「実験体の屍の山の上に、生まれた」

妹「………」


魔王「あ、ああああああ、あああああああああああ」



兄「彼女が、魔王と名乗って、世界を滅ぼそうとする動機は、それにある」

妹「ミュータントを作り出した、人間が……憎い……」

兄「あぁ」

兄「彼女は優しいから、優しい故に、辛い」

兄「そして優しすぎて……壊れてしまった」

妹「なんで……こんなの……ひどい……」


魔王「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」



兄「俺は、気付いてやれなかったんだ……最低な読み間違いだ……」

兄「………」

兄「………だからって、それをただ悔いて見捨てる気は無い」

妹「お兄ちゃん……」


兄「だから……」



兄「俺が、すべて終わらせる!」ダッ!



兄「魔王! こっちを向け!」


魔王「あああああああああ!!!!来るなああああああああああああああ!!!!!!」ガガガガ


兄「ぐ……」


兄「……俺が、救い出したのが失敗だった」


兄「俺が、優しくしてあげたのが間違いだった」


兄「そんな事は………」


兄「そんな事は、思いたくないんだよぉぉぉっ!!!」


魔王「あああああああああ!!!やめろおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」バッ!


魔物<グオォォォォ>


兄「な、召喚した!?」



兄「くそ、やめろ!魔王!!」


魔物<グオオアァァ>ゴゥ


兄「くっ……!」


妹「お兄ちゃんっ!!」ガキィン


兄「妹!?」


妹「魔物は私がなんとかする! 魔王さんをお願い!!」


兄「あ、あぁ!頼む!」


妹「まかせて!勇者様にかかれば、こんな弱っちいの、瞬殺だから!」


兄「気をつけろよ!」


妹「分かってる!」バッ



魔王「ウルサイウルサイウルサイウルサイウルサイ」


兄「……魔王!!」


魔王「ガ、ア……!!??」


魔王「ダれ……止め、テ……!!」


兄「俺は、お前を……!」


魔王「来る、なァァ……!!!」


兄「………」


魔王「ア、ァ……」


兄「魔王……」


魔王「ァ……ア、ニ……」



兄「………」ギュ


魔王「、ァ………」


兄「……ごめんな」


兄「お前には……辛い道を歩ませちまった」


兄「……でも、俺は後悔してない」


兄「だって、お前はあんなに笑って、泣いて」


兄「だから……」


魔王「………」



兄「許せ、なんて言えないけど……」


兄「これは、俺のケジメのつもりだ……」


兄「気付けなくて、ごめん」


兄「止められなくて、ごめん」


兄「救ってやれなくて、ごめん」


兄「でも……ありがとう」ヒュウ・・・


ドン



魔王「ァ………」


兄「ありがとう……」


魔王「あ、兄……様……」


兄「……!?」


魔王「あり、が……と……」


兄「………」


魔王「………………」


兄「………」



妹「お兄ちゃん、魔物が消え……、っ!!!」


妹「魔王、さん……」


兄「………」


妹「そっか……終わったんだね」


兄「あぁ……終わった」


兄「妹……」


兄「俺、本当にこれで良かったのかな……」


妹「……私には、分からないよ」


兄「はは、そうだよな……」



兄「妹……ごめん」


兄「でも……ありがとう」


妹「うん……お兄ちゃんも、ありがとう……」


兄「……少しだけ、泣いていいかな」


妹「……おいで」


兄「………」


妹「………」ギュ・・・


兄「く、ぅぁ……」


妹「………」



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



妹「当時はさ……まだ子供だったから」


妹「勇者なんて、馬鹿げた事言って、その気になっちゃって」

妹「結果、あんな事になったけど」

妹「……私は、それで良かったんだと思う」

妹「『勇者に、なってみたい?』」

妹「その一言が無かったら」

妹「『彼女』と『彼』が再び出会うことは無かったから」

妹「そんなの、もっとずっと辛いもん」

妹「私だったら、そんなのやだ」


妹「………」

妹「それが、運命だと言うなら」

妹「私がここにいる事もまた、運命なのかな」

妹「運命に縛られるのもやだけど」

妹「運命は変えられないから、」

妹「その中で、精一杯、頑張るって」

妹「必死に、勇気を振り絞って、戦うって」

妹「そういう考え方もあるんだね」

妹「今なら、分かる気がする」


妹「だって」

妹「お兄ちゃんも……狐さんも……魔王さんも」

妹「そして、私も……」

妹「みんな、『勇有る者』だから」



妹『勇者に、なってみた』






















どうしてこうなった


どうしてこうなった、を含めて、この作品とさせて頂きます。

たとえ1だけでも読んで下さった全ての人に、感謝。


文章力が何とかなるまで詠むに耐えないモノを

多く上げることになるかと思われますが、

なにとぞ、ご容赦の程、よろしくお願いいたします。


批判大歓迎ですので、「ここが酷い」「自己満足過ぎる」など

書き込んでいって頂けると幸いです。

精一杯精進致します。


  批判すら来ない事を多分に怯えつつ……

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