男「時間を止められない能力……?」(32)

男「はぁぁ~……」

男「運動もダメ、勉強もダメ、仕事もダメ、恋愛もダメ、遊びもダメ……」

男「俺ってなにやってもダメだ……」

男「なんで俺って、こんなに能力がないんだろう……」

占い師「いえいえ、そんなことはありませんよ」

男「!?」ビクッ

男「なんだ君は! いきなり!」

占い師「おっと、これは失礼」

占い師「しかし、あなたはとてつもない能力を持っているのですよ」

男「俺に能力が……?」

男「それって、いったいどんな能力だ?」

男「まさか、みんなの反面教師になれる能力とか?」

占い師「ハハハ、ご冗談を。ちゃんとした能力でございますよ」

占い師「その名も……」

男「その名も?」

占い師「時間を止められない能力!」

男「時間を止められない能力……?」

男「時間を止める能力ならまだしも、止められない能力って……意味が分からないよ」

男「それに、その言い方だと、まるでみんなが時間を止める能力を持ってるみたいだ」

占い師「その通りです!」

男「え……!?」

占い師「もちろん、止められる時間に個人差はありますし、自覚している人もほぼいない」

占い師「また、自覚していても、それをわざわざ公言する人はいないでしょう」

占い師「とにかくいえることは、人間はみな、時間を止める能力を持っているのです」

占い師「――あなた以外はね」

男「そんな……まさか! バカな!」

占い師「たとえば、勉強してるように見えないのに、成績がいい人」

占い師「運動してるように見えないのに、スポーツが得意な人っているでしょう?」

男「うん……まあ、たしかに。いるよな、そういう人」

占い師「なぜ、彼らは他人が思う以上の成果をあげることができるか? 答えは簡単です」

占い師「時間を止めて、その間に運動や勉強をしてるだけなのです」

男「な、なんだってぇぇぇ!?」

占い師「バッティングの時、ボールが止まって見えた、という野球選手がいるでしょう?」

男「聞いたことがある。なんでも“ゾーン”っていう現象だとか……」

占い師「これも答えは簡単。時間を止めたから、ボールも止まって見えただけなのです」

占い師「もちろん、本人は時間を止めていたという自覚はないでしょうがね」

占い師「他にも、人より十手先、百手先を読める将棋棋士……」

占い師「これも時間を止めて、対戦相手より長い時間考えているだけなのです」

占い師「もちろん、将棋という競技は長く考えればいいというほど単純ではありませんが」

男「えぇぇ……」

占い師「これまでに申し上げたことをまとめますと――」

占い師「“時間を止める能力”は、あなた以外の全人類に備わっている」

占い師「そして、ほとんどの人間はそれを自覚していない」

占い師「知らず知らずのうちに時間を止め、それによって成果を上げている」

占い師「――ということなのです」

男「そ、そんな……」

男「でも、そうだとすると……たしかに俺が他の人に比べて冴えないことに説明がつく!」

男「みんな、時間を止めてその恩恵にあずかってるのに、俺だけその能力がないんじゃ」

男「そりゃあ、出せる結果に差がつくに決まってる!」

占い師「そうでしょう?」

男「だけどさ、俺だけ時間を止められないのを“能力”って表現するのは変じゃないか?」

男「いってみりゃさ、たとえば、足の不自由な人に」

男「“あなたは自由に歩けない能力を持ってるんです”っていうようなもんじゃん」

男「なんというか、かえって失礼というか……救いにならないんだけど」

占い師「なぁにをおっしゃる!」

男「!?」ビクッ

占い師「時間とは流れゆくもの。それを止めるというのは、ハッキリいえばインチキです」

占い師「あなた以外の人間はみな、多かれ少なかれインチキをしているということです」

占い師「しかし、あなたは唯一インチキをしていない!」

占い師「すばらしいことです! 誇るべきことですよ、これは!」

男「そ、そうかな……」

占い師「そうですとも!」

占い師「あなたは特別な人間なのです!」

男「特別な人間……!」

占い師「流れ続ける時間というものに、ただ一人正々堂々向き合っているのですから!」

男「正々堂々……!」

占い師「自信をお持ちなさい! あなたは、すばらしい“能力者”なのです!」

男「うおお……!」

男「うおおおおおおおおっ!」

男「ありがとう! なんだか、やる気出てきたよ! 燃えてきたよ!」

占い師「そうですか、そうですか」

占い師「では、アドバイス料として、一万円いただきましょう」

男「いいとも!」サッ

男「俺は“時間を止められない能力”の能力者なんだ! ハッハッハッハッハ!」

それからというもの――



男(俺だけがインチキをしていない……)

男(俺だけが時間と正々堂々向き合ってる……!)

男(俺はすごい能力者なんだ!)



自信を得た男は、まるで見違えたように活躍するようになる。

やがて、男は老齢を迎える。

男「ふぅ……」

男(いよいよ、私も寿命が近づいてきたようだ……)

男(あれから、私は“時間を止められない能力”を持つという自負のもと……)

男(ある程度の成功を収めることができた……)

男(しかし……ふと思うことがあるのだ)

男(あの占い師、実はデタラメをいっていたのではないかと……)

男(いや、デタラメというのは適切ではない。間違ってたのではないか、というべきか)

男(最近になって私が到達した仮説、それは――)

男(時間は流れている状態が自然なのではなく……)

男(実は……停止している状態こそが自然なのではないかということだ)

男(ようするに、本来はずっと流れることなく停止しているはずの時間を)

男(人間や動物、みんなで“時間を動かす能力”を使って動かしているのではないかと)

男(つまり、“時間を止める能力”というのは)

男(この“時間を動かす能力”を使ってない状態に過ぎないのではないのかと)

男(もちろん、これらのことを自覚している人間は誰もいないだろう)

男(みんな全くの無自覚のうちに“時間を動かす能力”を常に発動させているのだ)

男(たとえるなら、時間という大きな荷物があるとしよう)

男(普段は、みんなで力を合わせてその荷物を一生懸命動かしている)

男(だけど、たまにはその中の誰かが動かすのをやめて、ちょっとだけサボる)

男(誰かが欠ければ、その荷物は止まってしまう)

男(つまり、この時こそが“誰かが時間を止めている状態”ということなのだ)

男(だとすると……)

男(あの占い師いわく“時間を止められない能力”を持っているとされた私は――)

男(言いかえれば、“時間を動かす能力”に特に長けていたのではなかろうか……)

男(なにしろ、絶対に荷物運びをサボらないんだからな)

男(じゃあ……もし……私が死んでしまったら……私の能力が消えたら……)

男(みんなで重い荷物を運んでる時に……急に力持ちが抜けてしまうようなもの……)

男(普通の人が急に抜けるならまだしも……私が突然抜けたら……まずいのでは……)

男(反動で……なにか……とんでもないこと……起こる気がする……)

男(もっと早く気づいてれば……対策……できた……しれないのに……)

男(ああ……もう、考える力……なくなってきた……)

男(これが……死か……)

男(…………)

彼の死と同時に、時間が止まった。

そして、二度と動き出すことはなかった。









おわり

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