少年「下駄箱の靴を隠された……」(39)

下駄箱――

少女「ねえ、一緒に帰ろ!」

少年「うん!」

少年「…………」キィィ…

少年(あれ……靴がない!)

少年「…………」

少年(こんなことするのは……きっと、あいつだ! あいつしかいない!)

少女「どうしたの?」

少年「ちょっと忘れ物しちゃったんだ!」タタタッ

少女「ふうん。じゃあ私、先に帰ってるね」

少年「ごめんね!」

教室――

いじめっ子「よぉ、待ってたぜ」

少年「靴を隠したのは、お前だな? 靴を返せ!」

いじめっ子「へへへ、いやなこった!」

俺はすかさず懐からトカレフを抜いた。

少年「返せ」チャッ

いじめっ子「は……? へへへ、そんなモデルガンでビビるとでも――」





パァンッ!

俺が放った銃弾は、いじめっ子の耳をかすめるように飛んでいった。

いじめっ子「ひいっ!?」

少年「お前の目が正しいのであれば、これは実弾を発射できるモデルガンってことか」

少年「節穴な目は時として、死を招く。よぉく覚えておくんだな」

少年「もっとも……覚えたとしても、ここで死ねば意味はないがな」

少年「もう一度だけいう。俺の靴を返せ。5秒以内にな」

いじめっ子「あ……あ……」

少年「5」

いじめっ子「し、知らねえ……!」

少年「4」

いじめっ子「だから知らねえって!」

少年「3」

いじめっ子「本当だ! 本当に知らねェんだ!」

少年「2」

いじめっ子「せ、先生だぁ! 先生に頼まれたんだぁぁぁ!」

少年「1」

いじめっ子「お前の靴は、先生に渡したぁぁぁ!」ジョボボボボ…

いじめっ子の股から、異臭が漂ってきた。

いじめっ子「せ、先生……先生にっ……!」ガタガタ…

少年「どうやら本当のようだな」

俺は財布から万札を取り出した。

少年「すまなかったな。これで、新しいパンツを買ってくれ」ピッ

いじめっ子「あ……あ……」

職員室――

少年「先生……」

先生「来たかね」ニッコリ

少年「返してもらおうか、俺の靴を」

先生「そういうセリフは、私を這いつくばらせてからいうのが効果的だよ」

少年「それはいえてるな」

先生「シッ、シシィッ!」

ビュボボッ! ボッ!

先生が軽やかなステップから、鋭いパンチを何発も繰り出す。

先生「セアッ!」ブオンッ

回し蹴り。つま先が俺の脇腹にめり込む。

少年「ぐっ……!」

だが、俺はその蹴りの軸となっている足をすくって、先生のバランスを崩した。

先生「おわっ!?」ガクン

すかさず、必殺の右ヒザを顔面に叩き込む。

グシャアッ!

先生「ぶげぁっ!」

これで元プロレスラーを沈めたこともある。俺のヒザに、折れた前歯が刺さった。

先生「あう、ぐぐぐ……!」

少年「さぁ、這いつくばらせたぞ。話してもらおうか、先生」

先生「まったく……これじゃ当分、大好物のステーキは食えないな……」

先生「いいだろう、教えてやろう。靴は校長に渡した。そういう契約だったからね」

先生「そう……全ての黒幕は校長だ!」

少年「ありがとうございます、先生」

校長室――

校長「やっとここまでたどり着きましたか」

少年「校長……なぜこんなマネをする? いったいなにが目的だ?」

校長「知れたことです」

校長「小学生の靴は高く売れるのです……男女問わずね」

校長「闇ルートでは、一足数億円という破格の値がつくのですよ」

校長「こういった副業でもしなければ、公立小学校の校長などやってられませんよ」

少年「ま、あんたの金儲けにとやかく言う趣味はない」

少年「俺は、俺の靴を返してもらえればそれでいい」

校長「もう、ここにはありませんよ」

校長「私が集めた靴は、すでに私の商売相手が運び去ってしまいましたから」

少年「どこへ?」

校長「言う必要はありません。なぜなら――」

校長「私があなたをあの世へと運び去るからです!」チャッ

パァンッ! パァンッ!

銃声が二発、校長室に響き渡った。

ドサッ……

校長「ぐふっ……。さすが……ですね……」

少年「俺の靴はどこだ?」

校長「いいでしょう、私を倒した褒美に教えましょう……」

校長「集めた靴は……先ほど、ある巨大密輸組織の手先に渡し、ました……」

校長「彼らの根城の一つは……繁華街にある『蟲毒』というバーです……」

校長「それ以上のことは……私も知りま、せん……」

校長「…………」ガクッ

少年(校長、安らかに眠れ……)

繁華街――

少年「あれが『蟲毒』だな……」

『蟲毒』の外観は、典型的なキャッチバーであった。

おそらく日々、勉強不足な三流サラリーマンが泣かされているのだろう。

黒服「なんだ、お前は?」

少年「このバーのオーナーに会わせろ」

黒服「おいおい、なにいってやがる。ガキはとっとと帰りな」

ドゴォッ!

俺は黒服のボディに拳をプレゼントした。

少年「オーナーはどこにいる?」

黒服「ぐ……! 奥の部屋……だ!」ゲホッ

オーナーは東洋人ではあったが、この国の人間ではなかった。

愛想よく振る舞ってはいるが、目は全く笑っていない。

オーナー「おやおや、ずいぶんかわいいお客さんね」

オーナー「お酒飲むか? それともミルクがいいか?」

少年「どっちもいらん」

少年「俺の靴のありかを教えてもらおう」

オーナー「ハハハ、坊や、正直すぎると、死ぬことなるね」サッ

オーナーが左手を上げると、銃を持った護衛が数人現れた。

オーナー「ととと帰るか、射殺されるか、選ぶがよろし」

少年「どっちもごめんだ」



シュバババババッ!



俺は護衛たちのみぞおちに拳を入れ、全員を昏倒させた。

オーナー「な……!?」

少年「立場逆転だな」

少年「ちなみに俺も銃を持ってるんだ。とっとと喋るか、射殺されるか、選びな」チャッ

オーナー「くっ……!」

オーナー「靴なんて、私、知らない」

パァンッ!

俺はオーナーの足に、一発撃ち込んだ。

オーナー「うがああああっ!」

オーナー「分かった! いう! いうから撃つやめてっ!」

少年「どこにあるんだ?」

オーナー「靴は……一度、ここに運び込まれて……」

オーナー「さっき……ボスの“側近”が全部、持ってったね」

オーナー「今頃……密輸船に積み込んでる、はずね……。多分、あなたの靴も……」

少年「……嘘じゃないようだな」

オーナー「私……よく嘘つくけど、敵わないと分かった相手には……嘘、つかないよ」

オーナー「だから忠告……。もう靴は諦めた方が……身のためよ」

少年「そうはいかない。ここまできたら、意地でも取り戻す」

港――

ボォォォォ……!

俺が港にたどり着くと、出航しようとする怪しい船があった。

少年(あの船が、密輸船にちがいない!)

少年「はあっ!」バッ

俺は助走をつけジャンプをし、船の外壁に取りついた。

こんな夜更けにB級アクション映画みたいなことをするはめになるとはね。

船の中には大勢の敵がいたが――



「侵入者だーっ!」 「始末しろっ!」 「海に叩き込んでやれっ!」



パァンッ! パァンッ! パァンッ!

バキィッ! ドカッ! ドゴォッ!



俺は愛用のトカレフと、磨き上げた格闘術で、次々に敵を倒していく。

死闘の末、俺はようやく積荷のありかにたどり着く。

しかし、ここが終点とはいかなかった。

少年(いくら探しても、俺の靴がない……)

少年(この船に運び込まれた靴は、これで全部のはずだ)

少年(いったい、どういうことだ……?)

少年(この船のリーダーを締め上げて、聞き出すしかないか)

俺は船長室に潜んでいた、ボスの“側近”を問い詰めた。

ドカッ!

側近「ぐっ……!」

少年「俺の靴と、ついでにお前たちのボスについて吐いてもらおうか」

側近「ボスは……この船にはおらん」

側近「密輸品の靴のうち、一足だけ持って、どこかへ消えてしまったよ……」

少年「どこへ行った?」

側近「もはや、貴様に話すことは、ない……」グハッ

ドサッ……

少年「毒か……」

側近が自害したことで、俺の靴につながる道筋は完全に途絶えてしまった。

だが、この時、俺には全ての真相が分かっていた。

いや実のところ、最初から分かっていたのだ。本当の敵が誰であるのか、を。

しかし、心のどこかでそれを認めたくなかったから、これまで回り道をしてしまったのだ。





俺「行くか……ボスのところへ」

学校――

少女「あら、こんばんは」

少年「用件は分かっているな?」

少女「ええ、あなたの靴はここよ」ヒョイッ

少女「いつから気づいてたの? 私がボスだって」

少年「ボスかどうかはともかく……最初から怪しんではいた」

少年「なにしろあんた、自分から俺を誘っておいて」

少年「俺が忘れ物をしたといったら、すぐさま先に帰る、と言い出した」

少年「あんたにゃ分かってたんだ。俺がすぐ戻ってこないってことを」

少女「ふうん……」

真っ赤なルージュに彩られた唇が、うっすらとほほ笑んだ。

少年「なぜ、俺の靴を?」

少女「あなたが好きだから、よ」

少年「女は嘘が上手というが、あんたはそうでもないらしい」

少年「俺もあんたも……人を愛することも、愛されることもできない人種だ」

少女「…………」

少女「じゃあ答えを教えてあげる。あなた今、とっても疲れてるでしょ?」

少年「まぁな。今だけはどんないい女に言い寄られても、断ってしまうだろう」

少女「それが狙いだったのよ」

少女「あなた、いずれ私の商売の邪魔になりそうだし……」

少女「靴をエサにして、私の手でこの世から消し去りたかったのよ」

少女「こんな風にね!」チャッ

パァンッ!

引き金を引くタイミングは同時だった。

だが、倒れたのは一人だけ――



少女「見事、だわ……」

少年「……なぜ、わざと外した?」

少女「ふ、ふふふ……」

少女「最初に言ったでしょ……?」

少女「あなたが好きって……」

少年「…………」

少女「女はね、嘘も得意だけど……本心を嘘に見せかけるのも……得意、なのよ……」

少年「俺もあんたのことが好きだったよ」

少年「あんたは……俺が愛した、最初で最後の女だ……」

少女「あ、りがと……」



彼女の亡骸を抱きしめると、まだ温かかった。

俺はそっと、彼女の唇に口づけをした。

家に戻ると、いつものように整理整頓されていない真っ暗な部屋が俺を歓迎してくれた。

俺はあえて電気をつけず、グラスにアップルジュースを注ぐと、ソファに腰かけ、

窓の外でまばらに光る星を見上げた。



少年「靴はプレゼントしちまったから……しばらくは裸足、だな」








                                   ― 完 ―

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