女「・・・」(21)


女「…」

男「なぁ、何か返事してくれよ」

女「…」

いつもこんな感じだ。そっけない。

男「また来るからな」

女「…」

俺は女の部屋を後にする。

ホントはもっと女の顔を見ていたかったのだけど。

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女母「ごめんね、男君。いつも来てもらっているのに、あの子なかなか返事してくれないでしょう?」

男「えぇ…」

女母「男君が来るって言うと、スゴク嬉しそうにしてるんだけどねェ…」

男「それが聞けただけで十分ですよ。また明日も来ます」

女母「きっとあの子も喜ぶわ」

男「失礼します」

女母「男君…うちの子が嫌になったら、嫌になってもいいのよ」

男「それはないと思います」

女母「ありがとう」

女は世間一般で言うところの、不治の病に侵されている。今の医療技術では治すことのできない病気だ。2年前から発症していて、それからというものずっと俺は彼女の部屋に見舞いに行っている。最初は元気に返事をしてくれていたが、最近は声を出すのも苦しそうだった。

男「…」

俺を見てればわかると思うけど、女の事が俺は好きだ。

どうしようもないほど好きだ。

どのくらいかって言うと、女がいなければ生きていても仕方ないって言うくらいに好きだ。

病気の事を聞いたときは、どうして彼女なのかと何度も誰でもない誰かに問い詰めていた。

俺にできる事ってなんだろう。

『自分が癌だと分かって、どうして自分なのか、どうして今なのかを何度も繰り返していました。

まだ40代だろう…子供たちを養っていかないといけないのに、俺は一体何やっているんだろう。

本当に毎日が恨めしかったですよ。幸せそうにしている人間を見るたびに、

どうしようもなくて理不尽な怒りが自分の中に湧き上がってくるのを感じていました。

テレビを見るのが嫌になりました。幸せそうな人しか映っていなかったからです。

外を歩くのが嫌になりました。

幸せそうに見える人しかいなかったからです』

俺が家に帰ると、テレビの中の40代のオジサンが淡々と自分の闘病生活について語っていた。

『自分は不幸せなんだって考えると、無性に虚しくなってしまいましてね。とうとう家族に当たってしまったんですよ。

お前は苦しくなくていいよな。

毎日死について考えるとかそういうことをしなくていいもんな。

ただ、世の中について不満を垂らしてればいいんだからって…まだ高校生にもなっていない息子にですよ?

親として失格ですよね…でもその時には余裕が無かった』

オジサンの話は本当に事実だけを伝えているようにも見えたし、溢れ出しそうな何かを必死になってこらえているようにも見えた。

俺は画面から目が離せなくなった。

『ただ、私にとって幸運だったのは自分には出来た息子がいたという事なんです。

あと、僕にはもったいなさすぎるくらいの家族がいました。

息子は自分のために泣いてくれました。

自分のために泣いてくれる人が居るという事が、こんなにも心強くてこんなにもうれしい事なのだと思わずこみあげてきました』

オジサンは震えていた。とめどなくあふれ出てくる感情を抑えきれなくなってきたのかもしれない。目頭が熱い。

『この年になって、お互いに泣きじゃくってしまってね…家内もやって来て一緒においおい泣いたんですよ。

 三人で輪になって一晩中大泣きしましてね…僕にはそれが何よりの宝物だったし、たまらなくいとおしい物だったんです』

話の途中からオジサンの顔がすごく安らかな顔になっていった。

どこか覚悟を決めたような、慈しみを持った瞳に俺は吸い込まれていく。

『三人で決めました。これから一年間は思い出をたくさん作ろうと。

 思い出が濃すぎて、お父さんの思い出と言ったらこれしかないよねって言うくらいに

 とっても濃い一日達をすごしてやろうって』

オジサンの目はもう泣いてはいなかった。

ただ前を向いてありのままを受け入れるそんな瞳になっていた。

諦めとか、そういう負の感情ではなくただ向かってやろうという意志だけがそこに存在していた。

やることは…決まった。

男「相談があります、女母さんと女父さん」

女母「何かしら」

女父「…」

男「女さんを僕にください!」

女母「急にどうしたの?」

男「思い出を…あの子にとっても濃い思い出を作ってあげたいんです」

女父「…」

男「ダメ…ですか?」

女母「私たちではもうあの子を笑顔にしてあげることはできないのかもしれない。それを男君がしてくれるかしら?」

男「はい」

女母「本当に…本当にあの子は幸せだわ…」

男「幸せにしてみせます」

女母「わかったわ。あの子をあなたに譲ります、男君。あの子の事、よろしくお願いします」


女父「男君…あの子はもう3か月と持たないだろう。それでも尚、もらってくれるかね?」

男「!?」

女母「今日、病院へ行ったら病気が進行しているっていう話でね…本当になんて言ったらいいか…」

男「…尚の事決心がつきました。女さんを僕にください」

女父「せめて…せめて、あの子に女の子らしい思い出を作ってやってくれないか」

男「もちろんです」

女父「すまん…!すまん!!」

女父さんはきっと悔しい思いと、嬉しい思いで一杯なのかもしれない。親になってみないと親の気持ちは分からないかもしれないが、少なくとも、俺があの立場だったらそう考えるだろう。

女は幸せだ。こんなにいい家族がいるのだから。


男「ほら?綺麗だろ?絶対に海に行こうな」

男「南の海はすごくきれいなんだぜ。絶対よかったって思えるから!」

女「うん…」

今日は水族館にいる。

目の前の分厚いガラスのムコウで、カラフルな熱帯魚が優雅に泳いでいる。平日という事もあって、人は少ない。

館内の照明は薄暗くなっていて、ガラスから差し込む光が俺たちの顔を青く照らしている。


女「綺麗…」

男「だろ?」

女「うん…」

男「絶対に行こうな」

女「うん」

お前の方が綺麗だよって言ってやりたかったのだけど、ドキドキしていてそれどころじゃなかった。なんだか不甲斐ない。

女「お前の方が綺麗だねって言ってほしいの?」

男「俺が言う方だよッ!」

女「フフ…笑った」

男「意地悪いなぁ」

外に連れ出してから、女はちょっとしたジョークを言えるようにまでなっていた。部屋に見舞いに行っていた時よりとっても進歩していることがとてもうれしい。

…俺の事は何でもお見通しなんだな。


男「たまには近くの公園でお弁当っていうのも悪くないだろ?」

女「うん…」

男「ほら、たこさんウィンナーだぞ?」

女「それ、火星人じゃなかったの?」

力作のたこさんウィンナーは力を入れ過ぎたせいか、プリティーな脚はギザギザの足になっていた。確かに火星人に見える。

男「うわ失礼な奴だなー。せっかく俺が丹精込めて作ったのにさ」

女「うん、分かっているよ。ありがとう」

男「!」

女「?」

男「…ッ!!」

この可愛さは反則だろう。コクンと頷くとちょっと首をかしげてありがとうだなんて、神よなんというものを作ってくれたんだ!

女「お日様気持ちいいね」

男「ほら、麦わら帽子かぶれよ」

女「似あう?」

男「あぁ…反則的なまでに似合っているぞ」

女「海賊に俺はなる~」

男「ただの海賊でいいのかよ…」

男「おっ、髪切ったのかーすげぇ似合っているぞ!」

女「ありがとう。ショートもなかなかのもんでしょ?」

男「あぁ、どんな髪型でも似合うけどな」

女「私、坊主にしようかな~」

男「出家でもするのかよ!尼さんチィース!」

女「美少女尼さんとしてテレビで売れても知らないよ?」

男「おぉ、俺の彼女がテレビに出て売れっ子になるんだったら本望だな!」

女「ふぇ!?」

男「ハッハッハ」

今日は部屋の中でゆっくりと過ごすことにした。

女から大事な話があるらしい。

女「男…今までありがとう」

男「おう、どういたしまして」

女「二年間ちゃんとお見舞いに来てくれて本当にありがとう」

女「私、あの時にもっと男と話しておけばよかったなって思った」

女「とっても恥ずかしくってね、男に何か言うのが出来なかったの。でもね、今は自由だよ。私は男と話してもいいって」

男「なんだか照れるな…」

女「私のためにこんなに頑張ってくれる男に、私何も返すことができないよ」

男「そんなの…どうだっていいじゃないか」

女「やだ!男に私も何かしてあげたい!!」

男「もうたくさんもらったよ」

女「えっ」

男「好きな子と一緒にこんなに長い時間過ごすことができたんだぜ…これ以上何を望むって言うんだよ」

女「あ…あ…あっ!!」

男「改めて、ちゃんと伝えておくな」




男「あなたが大好きです。女さん」




女「私も…大好きです」

4月24日

こうして彼女と一緒に歩けることが奇跡だ。

病気の進行が止まった。寧ろ、回復しているそうだ。

医者もこればっかりは頭を悩ませているようだ。

あの時、動いて本当に良かった。

思い出を作ろうとしなかったら、きっとずっと後悔していただろう。
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女「男!!早くいくよ!!!」

男「分かっているって!!」

女「男」

男「何だよ?」

女「ありがとう」




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