鳥海「月が綺麗ですね」 / 木曾「砂浜の落書きだ」【艦これ】 (215)


艦これSS
鳥海、もしくは木曾が主役となります


長めの注意点
・台本形式ではありません。地の文多め
・独自設定・解釈あり
・続き物
・連作をここで一旦畳みます。なので今回は過去作を読んでもらってるの前提で書いてます
・以前から既読前提? ま、そんなこともあるわよね

というわけで関連作
①鳥海「司令官さんが木曾さんを冷遇している?」
鳥海「司令官さんが木曾さんを冷遇している?」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1432386050/)

②摩耶「あたしの妹離れ」
摩耶「あたしの妹離れ」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1439042360/)

③鳥海「秋は好きですか?」【艦これ】
鳥海「秋は好きですか?」【艦これ】 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1441934231/)

今回の時系列は②を含んだ同時期で③の前に当たります



SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1442893579




差し込んできた青い月光が司令官さんにかかる。

見慣れたはずの顔は私だけを真っ直ぐに見つめていた。

時間の止まったような部屋の中は自分の鼓動さえ外に漏れてるような気になるほどの静寂に包まれている。

伝えられた言葉はいつもとは違う重さと真剣さを含んでいて、それなのに上手くそれを受け止められなくて。

「それは! それも……何かの任務でしょうか?」

処理できない頭が意味を深く考えられないまま答えてしまう。考えなしの失言に気づけたのは司令官さんが肩を落としたから。

その時の顔は言い表すなら消沈、落胆とか失望とかそんなよくない言葉が当てはまってしまう。

「任務ならいいのか?」

それでも短く聞き返してきた時、司令官さんの顔からはそういう表情は消えていた。

だからこそ思った。この答えはすごく大事なんだって。

「どうなんだ、鳥海」

「――っ」

お願い、声を出して。

そうしないと私は司令官さんに何も伝えられないまま台無しにしてしまう。

今まで私は何をやってきたの?

私たちが積み上げてきたのが砂の城でないのなら。

どうか、私の気持ちを。






昇り始めた太陽が東の空を赤く焼いていた。俺は海岸でそれを一人見る。

今日は雨かと頭の片隅で思いながら、夜が明けきらないままの砂浜に線を描いていく。

砂浜に刻まれた白い谷は胸の内を描く文字になる。

こうすれば自分の気持ちがもっと分かるような気がした。

しかし出来上がる文字の真意を掴みかねて、俺はそれを消しては書き直していく。

何度目かでそれらしくなった。

そして俺は考え、認めて、受け入れようとする。

分かったところでもう遅い。それでも結果には納得していた。

結局、俺たちの後ろにはいつだって過去というやつが追いかけてくる。良くも悪くも。

そいつをどう受け止めてやるのかは……そいつ次第。

今日は雨が降る。

想いというやつは光に照らされることもあれば、雨に覆い隠されて見えなくなることもある。

俺たちはそんな中で選んでいく。見えるものを信じながら見えないことに思いを馳せて。

一つ願うとすれば。

悔いはあっても、嘆くのはなしってことだ。

俺たちの生きる世界に最善なんてない。だから願うんだ。少しでも明日は良くなるって。

それは誰しもがそうだと思う……いや、そうなんだと思いたい。

選ぶやつに選ばれたやつも、選ばれなかったやつも関わってないやつも。

俺たちは石を積む。たとえ、それを誰かが崩しに来たとしても積んでいく。

いつかそれが天に届くんじゃないかと信じてるみたいに。






鳥海「月が綺麗ですね」 / 木曾「砂浜の落書きだ」






もっと頼って甘えてほしい。

軍医の世話になった折に鳥海がそう言ってくれたことがある。

それから三ヶ月が過ぎていた。

季節が一つ移り変わるように俺も鳥海を意識できるようになっていた。

心の奥にある怯え以上に、同じ時間をもっと共有したいという意識が膨らんでいた。

それは木曾を一度喪ってから初めて誰かに抱いた強い衝動でもあった。

「今日のお仕事はこれで全部ですね」

書類の仕分けを終えた鳥海が笑いかけてきた。

壁に掛かった時計は午後の四時を指し示している。

鳥海の秘書艦としての仕事振りはかなり早いので定時前に仕事が終わることも多い。

そうなると残り時間を隣の私室から飲み物を持ち込んで雑談したり読書して過ごすようになる。

それでも鳥海が秘書艦に就いてからしばらくはそこまで仕事が早いとは思わなかったし、実際に早くなかった。

この空き時間を作るために早く仕事をこなしてるらしいと気づいたのは最近のことだ。

では何故この時間を作ろうとしているかを考えると……自制と自惚れが入り混じってしまう。

なんにせよ今日もつつがなく日課を終えると、余暇でも過ごすような寛いだ時間になった。

鳥海は立ち上がると窓のカーテンを閉めに行く。じきに西日が差し込んでくるからだ。





彼女の動きを目で追う。鳥海はいつものセーラー服という格好で腰回りが露わになっている。

白く引き締まったお腹にほっそりとした腰のくびれが艶めかしい。

上も下もいい体のラインをしているのが服の上からでも分かる。というか、あの格好だとより強調されてる。

「どうかしました?」

「お腹を触りたいと思って」

「……はい?」

おい何を言ってる、だだ漏れじゃないか。

少ししてから鳥海の頬が赤く染まり目が見開く。

「それはっ、何かの任務でしょうか!?」

「任務じゃないから! 忘れろ、忘れるんだ」

くそう、気が緩みすぎたか。どんな感触か気になるのは確かだが。

しかし今の反応からすると任務と言えば触らせてもらえるのか?

……ちょっとそれはな。

「そ、そういえばいよいよですね! いよいよ改二艤装が届きます!」

鳥海としてはこの微妙な雰囲気をどうにかしたいのか、慌てて話しかけてくる。

「まだ二週間ぐらいあるだろ」

「そうでしたっけ? それだけ待ち遠しいということです!」

鳥海はそこで一息ついて、少しでも落ち着こうとしているようだった。

「本当に楽しみなんですよ? もっとお役に立てますから」




鳥海の様子は頼りにしてる分だけ微笑ましく思うが、一方で危うく感じる面もあった。

改二艤装の不確かな信頼性への懸念か。

「なあ鳥海、改二艤装の試験をした妖精たちがどうなったかは話しただろ。不安はないのか?」

「まったくないと言えば嘘になりますけど、たぶん大丈夫ですよ。妖精たちも元気をなくしただけで、それも治ったんですよね?」

「あくまで一過性らしいからな」

「それなら心配いりませんよ。それに司令官さんがわざわざ頼んで用意してくれた艤装なんですよ。すごく嬉しかったんですよ?」

鳥海の言うように彼女の改二艤装に限れば、俺の意向が反映されて到着する形になる。

元々は開発が後回しにされていた鳥海の改二艤装を優先するよう掛け合った結果、今回の第一陣に間に合わせたのが実情だ。

秘書艦優先は公私混同と言われればそれまでなのかもしれない。

しかし鳥海が鎮守府でも指折りの戦力なのも事実で、そういった艦娘により良い装備を持たせたいという判断が間違ってるとはまったく思わない。

むしろ分からなくなったのは改二艤装の扱われ方だ。

妖精たちからは開発を優先させる見返りとして、何故か過去の戦功で授与された勲章を要求された。

渡すのは一向に構わなかったのだが意図がどうしても分からなかった。原料なら向こうにいくらでもあるし、そもそも艦政本部で作れる物を妖精がどうして改めて欲しがるのか。

……この話を軍医兼悪友のモヒに話したら、やつの助手の妖精曰く渡した勲章は可能性の塊になっていたからと伝えられた。

それがどういう意味かまでは教えてもらえなかったが思った。モヒもそんなにこの世界の裏を知りたいのなら、もっと妖精を追いかければいいのにと。いや、だから助手に妖精を選んだのか?

まあ、それは俺には関係のない話だ。俺に大切なのは。

「無理だけはしてくれるなよ。いてくれなきゃ困る」

「……はい。お気遣い、感謝です。必ず使いこなしてみせます」



◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆





◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



この話をした翌朝、高雄から摩耶を臨時の秘書艦にという話を持ち出された。

過去に相談していた話とはいえ、今更過ぎるタイミングなので何かあると直感した。

突いてみると高雄は正直に話してくれた。

要は摩耶を鳥海から自立させたいということで、そのためには摩耶が俺を信用しなきゃ始まらないと考えたらしい。

「……つまり摩耶の成長のために、というわけだな。いいよ、それなら受けよう。一週間ぐらいでよければ」

一週間にどれほど効果があるかは疑問だが改二艤装の到着が控えてるので、それ以上引き延ばすと支障が出てきそうだった。

「助かります、提督」

高雄は肩の荷が下りたのか表情を緩めた。

「そのぐらいはな。しかし摩耶か……」

鳥海は言うに及ばず、高雄と愛宕ともタイプが違う。

どう向き合ったものか……どうせそんなに器用に立ち回れないのだから、いつも通りにやるしかないか。

「提督、摩耶じゃないけど私もあなたと鳥海の関係が気になります。どう考えているのです?」

緩んでいた高雄の表情は硬くなっていた。

「関係と言われても……」

「あの子がどう思っているのかは分かっています。毎晩話してくれますから」

「……何を話してるんだ、あいつは」

それじゃのろけ話みたいじゃないか。

……なんで今、のろけだなんて思ったんだ?

……つまり、それが俺の本音か。そうあって欲しいという望み。






「だから提督はどうお思いになっているのかと」

「……それは高雄には言えない。高雄じゃなくっても他の誰にだって」

ふと木曾の顔が思い浮んだ。そして相手が木曾だったとしても俺の答えは変わらない。たぶん。

「鳥海への気持ちは鳥海にだけ伝えればいいことだ。いくら高雄が姉でも――」

「もう結構です。十分に分かりました」

少し小さな声で高雄は遮ってきた。

「摩耶の件、どうかよろしくお願いします。それでは」

頭を下げると高雄は翻って足早に立ち去っていった。

不意に初めて高雄に会った時に言われたことを思い出した。

『貴方のような素敵な提督で良かったわ』

鳥海への気持ちを高雄が知る必要はないのなら、今の俺にその時の高雄の真意を知る必要もないのだろう。

選択は可能性を一つ得る代わり、別の可能性を手放していくということ。

そんな寂しさが胸の内を風のように吹き抜けていった。



◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆





◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「摩耶を秘書艦にって……どういうことです?」

鳥海は口を尖らせていた。これで反発してくるとは考えてなかった。

想像以上に不満げで焦ったが、背景を知ってる以上は覆すわけにはいかない。

「鳥海は改二が近いだろ。しっかり海に出たり調整に専念したほうがいいと思ってな」

もっともらしい理由を伝える。が、すぐに言い返された。

「前回の出撃から、そんなに日が経ってませんけど……そんなに都合よく深海棲艦も出てこないのでは」

「そりゃ分かってるが俺としては万が一があっても困ると考え直した。念入りに調整した上で万全と言ってもらいたいな」

「そこまで言われてしまったら……」

完全に納得したという感じではないが鳥海は折れてくれた。

「でも、どうして摩耶なんです? 苦手ですよ、こういうこまごまとした仕事は」

「ああ、鳥海には話してなかったな。以前、その苦手そうな艦娘に秘書艦をやらせてみようと思ってた時期があってな。その名残みたいなもんだ」

「そうですか」

今度はすんなり納得したのか、それ以上は言ってこなかった。

考えてみれば、その思いつきがなければ鳥海がこうして秘書艦を務めることもなかったんじゃないか。分からないものだ。

「そんなわけだから、よろしく頼むよ。初日は何もなければ鳥海が指導してくれ」

「……はい、司令官さんがそうおっしゃるなら」

この件はどう転ぶのか。今になって軽率だったんじゃないかと思い始めていた。



◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


ひとまずここまで

というか今回、冒頭と終盤しか書き溜めできてません
なるべく週二更新はしたいと考えてますが、ほぼ牛歩更新になります
気長に付き合っていただければ幸いです




◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



摩耶の秘書艦初日は指導に鳥海もつけるはずだったのに、深海棲艦が都合よく発見された。

深海棲艦にこちらの事情など関係ないのは分かっているし対応しなきゃいけないが、それでもやはり間の悪さを実感せずにはいられなかった。

鳥海を旗艦とした迎撃艦隊が出撃する一方、俺は摩耶を秘書艦として日課をこなしていく。

確かに鳥海の言うように摩耶は事務仕事のように細かいことは苦手らしかった。

鎮守府内の弾薬の在庫がゼロという計算を出してきた時にはどうしようかと思ったが、少し注意したら大分よくなった。なのでひとまず不問にする。

仕事に集中しだした摩耶を盗み見る。

当たり前の話だが、姉妹と言えど摩耶は鳥海とはあまり似てない。探せば似てる部分があるはずでも摩耶はまだよく分からない。

責任感は強いのかもしれない。明らかに秘書艦に乗り気でない摩耶だが、失敗を指摘してからは真剣に打ち込んでくれている。

表への出し方が違うだけで、そういう真面目さは鳥海と似てるとは言えそうだ。

しばらくして摩耶の集中力が途切れそうになってるのを見て、午前の仕事を早めに切り上げることにした。

それに摩耶には悪いが、自分一人でやったほうが早く終わりそうな気がしてしまったのもある。

本当ならその辺も承知の上で仕事をさせなきゃならないが、あくまで摩耶は臨時という意識が妥協を許した。





ともあれ私室から持ち込んだラムネを飲みつつあれこれ話していると、自然と鳥海の話題になっていく。

摩耶の鳥海への態度は一貫していた。

「摩耶は鳥海が好きなんだな」

「そうさ、あいつは自慢の妹だからな」

胸を張りつつ、しかし少し照れたような顔で摩耶は答えた。

摩耶は鳥海を大事に思っている。姉妹艦だから、の一言で説明するのが躊躇われるほど。

そして口に出したらいい顔はしないだろうが、摩耶が鳥海を大切にするのには俺にも共感できた。理由は違うにしても。

摩耶からすれば、俺は二人の間に割って入ってきた障害物なのかもしれない。

高雄は摩耶が独り立ちするのを助けてほしいと言ってたが、実際は俺が摩耶からある程度の信頼を得られるかどうかが鍵じゃないのか。

そう考えると、少しばかり茶番というか道化をやってるような気分になった。





午後になって摩耶を神通との訓練に送り出す。

神通からは事前に申請が来ていたし、摩耶が鳥海との練度差に悩んでると聞かされれば止める気にもならなかった。

もっとも訓練の効果の程は分からない。というか一日二日の訓練で差が埋まったり覆ったら逆に問題だ。

一朝一夕でどうにかなる話じゃない。まだまだしばらく二人の差は埋まらないと思うが、それでも腐らなければいずれは追いつき追い越しもするかもしれない。

……鳥海には一歩先を行っててもらいたいが。

そんな口外すべきじゃない感想を抱きつつ、午前から持ち越しの書類を片付けていく。

一人だけの執務室はいつになく静かに思えた。自然と普段はあまり考えないようなこともあれこれ思い浮かんでは消えていく。

俺は不義理なんだろうか。

木曾に大きく傾いていたはずの天秤には、いつの間にかその逆側に鳥海がいて釣り合いは今や崩れてしまっている。

不義理なんだろうか。

答えの出せない疑問を頭が意識の彼方に追いやる。





摩耶と鳥海。書類の中身を吟味できずに今度は意識がそっちに向いていた。

俺は摩耶ほど鳥海を大事に思ってるのだろうか。

……こうやって悩むのが好意の証明なんだが。

触れ合って、抱き合って。大事にしたいから求めたくなる。

これは自然なことだ――人と人であるならば。

艦娘はどうなんだ? 人とはまた違う。

艦娘は多感で個性的で、俺にはどこか有象無象に思える人間たちよりもよほど人間味を伴った存在に見えてしまう。

巷の一部にあるような論調――彼女たちはしょせん兵器に過ぎないという見方は到底受け入れられない。

だいたい自分たちで考えて判断できる相手を兵器という道具の枠に押し込もうという見方が、すでに血の通わない壊れた見方じゃないのか?

一方で艦娘を単純に人として扱うのも少し違う気がする。

人間嫌いでも不信でもないつもりだが……それでも艦娘を人と一緒に扱うのは、艦娘たちには大きなお世話じゃないかと思うこともある。

答えはもちろん出てこない。






そして、俺が鳥海を欲しいと思う気持ちは変わらなかった。

この前の鳥海の反応を思い出す。お腹を触りたいと口走った時の反応を。

任務か、命令という形でならいいのか?

そんな形なら……俺は嫌だ。

自縄自縛に陥った頭は自分勝手な気疲れも引き起こしたらしい。

この状態で真っ先にできることから始める。

ため息をついてから、午後の仕事を再開した。



◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


今夜はここまで。むしろ今週がここまでになるのかも……?

眠たい頭で書くのですが、今後別のSSで出して欲しい艦娘をここで募集するのってどうですかね?
自分で言うのもなんですが普段の癖が強い分、割と荒れずになんとかなりそうな気もしてるんですが、さて

忠告ありがとうございます。普段より反応が多くて少し複雑な気分
今まで通りに書きたいように書いていきます

同時か終了後か分からないですが、次は朧で一つこしらえてみようと予告はしといてみる

正直に告白すると読む人がいるという事実は勇気をくれる
これでも少しは悩みぐらいするので……ともあれ今夜も少しばかり投下します。




◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「――はぁ」

私の口から自然と出てきたのはため息。

高速輸送艦のデッキから手摺りに寄りかかって、波を寄せては引いてく波が砕けるのをなんとはなしに見ていた。

上空では瑞鳳さんの九七艦攻が対潜哨戒のため海鳥のように飛び回っている。

深海棲艦のはぐれ艦隊を迎撃するために意気込んで出撃したまではよかったけど、あっさり鎮圧できてしまった。

牛刀で鶏を割くような有様だったのは深海棲艦が神出鬼没なのを踏まえると仕方のない側面もある。

そんなわけで私たちは日帰りで鎮守府に帰る途上だった。

司令官さんは調整のためにと言ってたけど……本当によかったのかな、これで。

秘書艦を務めていると、どうしても戦場からは離れがちになってしまって勘が鈍ってしまう。

かといって今回みたいな小規模の相手じゃ手応えがなさすぎて調整にもならない。

ここにいる意味を見いだせなくて私はため息を繰り返していた。

「元気なさそうだな、鳥海」

後ろから声をかけられ、振り返ると木曾さんがいた。

鉄色の髪に右目を隠す眼帯。浮かぶ表情は自信に満ちた微笑み。

ほっそりした体は白いセーラー服で包んでいる。そして、この人の見た目以上の力強さを私は知っている。

「木曾さん……いえ、そういうわけじゃないんです」

「俺でよければ話ぐらいは聞けるぞ。ま、お悩み相談はお手上げかもしれないがな」

「ありがとうございます」





木曾さんは隣に来ると手摺りに手をかけて、私と視線を合わせる。

確かに話は聞いてもらいたかった。けれど、いざ聞いてもらおうと思うと考えがまとまっていないのに気づいた。

そして木曾さんに聞くなら私の話よりも、木曾さんの話が聞きたい。

「木曾さん、前に言ってましたよね。司令官さんを見てると胸が痛いと……今でもそうなんですか?」

「ああ、もう前ほどじゃないけどな」

「痛みの理由って分かりましたか?」

「おいおい、俺の話か? お前も痛いのか?」

「痛くはないですけど、今は教えてほしいんです」

「そうかい」

木曾さんは体の向きを変えると手摺りに背中を預ける。

「他言無用。たぶん前の俺が提督を想ってるから痛いんだ。感謝だとか申し訳なさだとか混じってて――けど一番強いのは」

「……なんです?」

「鳥海はあいつを、提督をどう思ってる?」

「私ですか?」

「こういう話なら俺ばかり話してちゃ不公平だろ」






「私は……」

素直に答えるなら。

慕っている。好きになってしまっている。もうどうしようもないくらい。

……言えない。言えません。いくらなんでも、そんなの。






「ははっ、顔が真っ赤だぞ」

「ええっ!?」

「素直だな、鳥海は。分かりやすくてかわいい」

「ちょっ、からかわないでください!」

「からかっちゃいないさ。俺の中にある一番強い気持ちは……たぶん同じだからな」

「それって木曾さんも……」

考えてみれば、ううん。考えるまでもなく木曾さんは私より前からずっと深く複雑に司令官さんと関わっている。

それなら後から現れた私じゃ……。

「待てよ、急ぐな。こいつが俺の感情なのか、前の記憶を引き継いだからなのかは今でも区別がついてないんだ。俺の頭じゃな」

小さく笑った木曾さんは自分自身を笑ってるようだった。皮肉めいた陰のある笑い方で。

「この気持ちは、甘い痛みってのは前の俺に与えられたようなもんなんだ。それが本当の自分の気持ちかとなると……怪しいもんだろ?」

「それでも大切にしてきたんですよね? そうしたのは……他でもない私の知ってる木曾さんの意思だと思います」

すると木曾さんは声に出して笑う。さっきみたいな後ろ暗さのある笑い方とは違って、本当に面白そうに。

「……これじゃ、どっちが悩みを聞いてるか分からねえな」

「本当ですよ」

私もつられて笑っていた。






少し緩んだ気持ちがそのまま口を動かす。

「私も色々考えちゃうんですよ、最近は。それまでなら戦ってればよかったのに最近は司令官さんのことばかり……艦娘なのに」

「艦娘だから考えるんだろ。ただ戦うだけでいいなら、俺たちは深海棲艦と何も変わらなくなっちまう。だから俺たちは……」

木曾さんはそこで急に黙ってしまう。

天を見上げる横顔は笑みの代わりに震えるように歯を食いしばっていて声をかけづらかった。

だから私は海に視線を戻す。ささやかな秘密を共有するために。

程なくして木曾さんは深く息を吐いてから、独り言のように呟いた。

「……ったく、行き着くところは同じか。それが木曾の根本ってわけか」

こちらに視線を戻した木曾さんは、ほんの少しの違いがあってもいつものように不敵だった。

「考えて見つけるのさ。俺たちが本気で守りたい何かを」

「木曾さんにとって守りたいものは……」

「俺を信じてくれたやつら。あれだけ好き勝手やったのに許してくれた皆だ。鳥海は自分の気持ちってやつが分かるか?」






「私は――」

分かってる、と思う。だから今は苦しいんだ、きっと。

この気持ちはすごく大切な宝物で、同時に現実はすごく困難なのも分かっていた。

だから今の距離を守りたくなってしまう時も。

本当は夢を見ていたいのかもしれない。叶わない理想はそのために美しく見えるから。

伝えなければきっと……近づかなければきっと……本当は近づきたいのに。

「余計な世話を焼くならさ」

「……はい」

「人間も艦娘も決して万能なんかじゃねえ。伝えなきゃ、本当に相手のことは分かってやれないんだ」

木曾さんは胸を押さえていた。涙の跡が残る顔はすごく綺麗で素敵な横顔に見えた。

その顔に胸が締め付けられる。

「伝えられる時に伝えたほうがいい。機会はいつでもあるようでそうでもないし、やり直せることばかりじゃないからな」



◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



続いてる分の書き溜めおしまい
このペースなら来週の内に摩耶回と重複する分は捌ける……と思いたいなあ

話が全然進んでないけど投下しときます
なんか仕事が月月火水木金みたいな状態で面倒なのですよ……鳥海さん、画面から出てきてくれませんかね?




◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



鳥海が戦果報告に来た時、時計の短針は七と八の間を指していた。

全体の錬度が上がってきたので以前のように作戦室に詰めたり、帰投後すぐに反省会を行うことはほとんどなくなっていた。

反省は個々人間でやる場合が増え、こちらは旗艦からの報告を取りまとめて戦闘詳報に落とし込めばいい。

大規模作戦や大きな手落ちがある場合を別にすれば、こういう変化は傾向としては悪くないはず。

鳥海からの報告は手堅く攻めて手堅く勝ってきた。まとめるとそうなる。

話はこれで終わりだが、鳥海は執務机に出たままの書類を見ていた。

報告を聞く前に表面上は片付いてる体を取ればよかったが後の祭りだ。

残されているのは、本当なら定時の間に終わっているはずの書類だった。

書類から俺へと移った赤い瞳は見咎めているようで後ろめたい。

「あの、摩耶はどうでした?」

「くくく……よくやってくれたよ」

ありのまま、よりもちょっとだけ上乗せして褒めておく。具体的には計算ミスには触れない方向で。

「もっととっつきにくいかと思ってたけど話せばそうでもなかったしな」

「それはよかったです。でも、それって秘書艦の働きとは別ですよね?」

「……まあ、そうなるな」

思わず日向みたいなことを言いながら目を逸らしてしまう。






横目にも鳥海がため息をつくのが見えた。

「手伝います、二人ならこのぐらいの量なんてすぐに」

「結構だ」

鳥海は目を丸くしていた。まさか断られるとは考えてなかったようで。

書類にそのまま視線を落とす。

「これは俺の仕事だ。今の鳥海がやることじゃない」

「……でも摩耶の不始末でもあります」

「不始末ね」

あまり鳥海の口からは聞きたくない類の単語だった。というより言い方が引っかかった。摩耶をなじるような言い方が。

「摩耶を庇い立てするわけじゃないが、これが摩耶の不始末なら俺の不手際でもあるんだよ」

仕事の配分に失敗してたり早々に摩耶に見切りを付けてしまっている。

だから鳥海の言い方だと俺の落ち度まで摩耶に肩代わりさせてしまってるようなものだ。

「鳥海も初めから今ほど手際よく仕事ができたわけじゃないだろ? それに高雄から引き継ぎを受ける時間も取れていた。条件からして違うんだから、今の時点で目くじらを立てるもんじゃない」

「……分かりました」

鳥海の様子は不承不承といった感じに見える。あまり上手くたしなめられなかったようだ。






「今日は疲れてるだろうし、ゆっくり休んでくれ」

「お先に失礼します」

頭を下げると鳥海は立ち去――らなかった。入り口の前でまた振り返ってくる。

「あの、司令官さんも無理しないでくださいね?」

「ああ、気をつけとくよ」

まあ、これぐらいじゃ無理にも入らないんだが。

鳥海はまだ立ち去らなかった。本当にどうしたんだ?

「何かあったのか?」

いつもとは違う様子だ。

「あ……なんでもないんです」

また頭を下げてから今度こそ執務室出て行った。なんだったんだ?

言うまでもなかったか言いにくいことだったのか。奇妙なもどかしさだけが残った。

少なくとも鳥海も何かを抱えている。今まで近すぎて隠れていた部分が見えるようになっていた。

最前の彼女に感じたのは不満だ。俺に対してか秘書艦を外れたことにか、摩耶に対してか……あるいはその組み合わせとか全部かもしれない。

この三日後、俺は鳥海の抱える不満と向き合うことになる。



◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



本当に進んでないけどここまで
それと乙ありです。しばらく仕事が多忙なので予告通りの牛歩更新で参ります

今日は休みなので何度か更新したいところ




◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



摩耶の秘書艦任命から四日目。この連日は定時に仕事が終わらなくなっていた。

間の悪いことに鳥海が秘書艦を外れてから仕事が増えている。特に改二艤装の搬入が近づいているので、艦政本部との調整が続いていたり公文書の作成も必要となっていた。

摩耶を午後まで引っ張るのも考えていたが、場数も踏まないまま頼むのは躊躇われた。

それに神通との訓練の成果をあれこれ話す摩耶の相手をしていると、まあいいという気になってつい甘やかしてしまう。

図らずも摩耶は自分の目標というのを明確にした。となると、その後押しをするのも提督の役割の一つなんじゃないか。

そうして気づけば俺は一人で仕事を抱え込んで、しかも変な意地も湧いていた。

秘書艦たちに頼りすぎていたのだから、こういう時こそ自分の力で切り抜けるべきだと。

本当は鳥海も含めて秘書艦経験者を総動員して当たったほうがよかったのだろうし、早々にそういう体制を構築しとくのが提督としての役割だったのだとは思う。

いずれにせよ妙な間の悪さも重なって俺は一人で執務室にこもっていた。

艦政本部絡みの業務が片付いた頃には二一〇〇を回っていて、ようやく午前からの日課の残りを片付け始める。

普段なら来客もない時間だが部屋のドアがノックされた。






誰何すると鳥海で、部屋に入ってくる前から眉根を寄せていた。

「お手伝いします」

簡潔に言うと返事も待たずに書類の山を抱えた鳥海が秘書艦の机に陣取った。

助かるという本音とらしくない顔をしてる不安とが混ざる。

怒っているというのは感じる。飼い殺しみたいな状態になっていたからか?

書類に手をつけ始めてから鳥海がいくらか押し殺すような声で聞いてくる。

「こんなに残ってるのに、どうして一人でやろうとするんです?」

「くくく……たまにはいいかなと」

「本気で言ってわけじゃありませんよね? 秘書艦に頼めばいいじゃないですか」

明らかに皮肉だった。こういう言い方自体が鳥海らしく思えない。

初めは抑えていたと思っていた声も語気が強くなっている。






「摩耶には言いづらくてな。頑張ってるのは分かるんだが」

「今の摩耶は秘書艦なんですよ。それならしっかりやらせるべきです。神通さんとの訓練の話も聞きました。私たちは艦娘なんですから訓練は大切ですよね。でも、それとは別に秘書艦じゃないですか」

荒い呼吸そのままに鳥海はまくし立ててくる。

「鳥海」

「私ならこんなことには」

「鳥海、そんな風に言うんじゃない」

しかし鳥海は止まってくれない。

激情に後押しされるかのように摩耶への不満を露呈する。以前、摩耶の話をしてくれたことがあるが、その時とは真逆な態度を取りながら。

摩耶は勝手だ。周りのことを考えてくれない。振り回すだけ振り回して、いつも後始末はしない。鳥海の口から出てくるのはそういう内容の言葉だった。

「摩耶に任せさえしなければ」

摩耶の鳥海への気持ちは――俺が向けるのとは違うのだろうが、それでも大事にしようという点ではなんら変わらない。

だから俺は摩耶の気持ちが少なからず分かるつもりでいる。重なる部分があるのだから。

身勝手な話だが、摩耶を責めるその言い方は俺にも効く。





「なんで摩耶なんです? 私じゃだめだったんですか!」

立ち上がって身を乗り出していた。鳥海を動かしているであろう感情が、こっちにも取り憑きそうになっているのかもしれない。

「摩耶が嫌いなのか?」

「そんなこと……」

鳥海の勢いが衰える。少しは落ち着いてくれたらしい。

「絶対に嫌いなわけありません!」

嘘とは思えなかった。だが、だからこそ先程までの言葉は胸に痛かった。

「だったら、さっきまで言ってたことは聞かなかったことにする。だが自分が何を言っていて、それが摩耶をどう見てるよう受け止められるかはよく考えろ」

「ですが!」

「私が私がと――自惚れるんじゃない」

水をかけられたような顔で赤い瞳が揺れる。

鳥海の唇が動く。けれども言葉にはならず口ごもったようになる。

「俺が頼る鳥海は島風に本気で怒ったり木曾を心配して庇おうとした艦娘だ。今の摩耶にもそうなのか?」

「そ、れは……」

「……すまない、言い過ぎた」

「……いえ。司令官さんの仰る通りです。どうかしてますね、私……」

呆然としたように鳥海は項垂れる。






「気にしてくれてたのは嬉しかったよ。本当に」

「こちらこそ……司令官さんが言ってくれなかったら私、きっと……」

無理に笑おうとしてくれてるようで、ぎこちない顔になっていた。

「今夜はもう休んでくれ」

「はい。失礼、しました」

鳥海は頭を下げると静かに部屋から出て行く。

急に訪れた静けさが心を寒くした。

話したことを悔やんでないつもりでも、やり切れない気持ちが鉛のように沈んでいく。

今の鳥海には誰かが何か言わないといけなかった……詭弁か。

だが他に言い方があったはずだ。今ほど傷つけず、もっと素直に伝えられる言葉が。

……思い浮ばないんじゃ意味がないぞ、愚か者め。



◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆





◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



執務室はちゃんと出られたのに、すぐに限界が来てしまった。

喉の奥から漏れてきそうな声を留めているうちに零れ出してきたものを抑えきれなくなってくる。

眼鏡を外して手で拭っても止まってくれない。喉を震わせて外に出ようとする声だけは必死に押し留める。

部屋に戻るまでに誰とも会わないで、高雄姉さんも部屋を外していたのは幸運だった。

ベッドに入って頭から毛布をかぶる。ここまで来れたらもうよかった。

我慢するのをやめて、激情が収まるまで声を出して熱いものが流れるのに任せる。

涙の理由が自分でも分からない。ただ、ひたすらに体が震えている。

……どのぐらいそうしてたのか、激情は潮が引くみたいに今は落ち着いていた。

深く長い息を吐き出しながら天井の暗がりを見上げる。意味もなくそこに手を伸ばしてから、何も掴めないままゆっくりと手を下ろした。






「どうして泣いたんでしょう……」

摩耶が理由なのか司令官さんのせいなのか。それとも私自身の弱さのせい?

苦しかったのは確か、悲しかったのも確か。けれど、どうしてそう感じたのかが私自身に対してもうまく説明できない。

摩耶を軽んじていたかもしれない。それって摩耶からの信頼を裏切っていたことになってしまう。

それは嫌……けれど摩耶に対する反感は残ったまま。

司令官さんにそんな醜い部分を見透かされてしまったからかもしれない。

これはもっと嫌。

「自惚れていた……本当にそうなんですか?」

きっかけの一言を思い返すと、治まっていたはずなのにまた目頭が熱くなってくるのを感じる。

私たちの間にあったのは信頼だったはず。それが崩れてしまったような気がして。

これじゃまるで恋してるみたいで……恋?

「わたしは、あなたが、すき……?」

なんで疑問系なんだろう。そんなこと、もっと前から分かりきってるのに。

……ああ、そうなんだ。私は司令官さんに嫌われたくなかった。失望させたくなかったんだ。

だって私は司令官さんを。






「私だって、あなたのためになら……」

とっくに……懸想していたんだから。

そう意識してしまうと艦娘としての在り様を考えてしまう。

人間の姿を模していても人間とは違う。

私たちの本質は戦うためにある――でも、今ならこうも考えられる。それだけじゃないんだって。

兵器という単位で見るには、私たちはあまりに多くを考えて学ぶことができる。

喜びも悲しみも、楽しさも怒りも。こういうことはきっと兵器であるのなら必要ない。嬉しくて苦しいなんて。

だからといって人と同じように振る舞うのは少し違うようにも感じてしまう。そうするには外見はともかく、私たちは人との違いが大きすぎる。

……それなら私の想いはどうなってしまうの? 分不相応の高望みに過ぎないの?

私が人でなく艦娘であるなら、艦娘としてどうすれば応えられるのか。

一つだけ、思い浮かんだ。

「……負けたくない」

誰に? 何に? その答えを欠いたまま浮かんでしまう未完成の解決法。

それでも私にはそれが正解だと思えた。

相手が誰であれ、どんな状況でだって負けなければ――そして私は、摩耶と本気でケンカしてしまう。



◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆






◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「木曾っちと提督ってどんな関係なの?」

私室でくつろいでると、部屋に遊びに来ていた北上姉が出し抜けに聞いてきた。手には読みかけにした多摩姉のマンガを持ったまま。

そんな北上姉のすぐ隣には当然のような顔をして大井姉もいる。

球磨姉と多摩姉が出払ってるのは良かったのか悪かったのか。

「複雑な関係ってやつかな」

「うんうん、そこんとこ知りたいんだけど」

「聞かせるような話じゃないぞ」

「聞いてみないと分からないじゃん?」

いつもならあっさり引き下がる北上姉が今日は食いついてくる。

話の中身が中身だから、あんまり口外はしたくないんだけどな。

当時を知らない二人には俺が一度沈んでいるのと提督に暴行を加えてしまった件は話していた。

ただ俺と提督の微妙な間柄というのは話してない。というかうまく説明できないのが正解だな。

大井姉に無言で助けを求める視線を送る。

「私も聞きたいですね」

意図は伝わってくれなかったらしい。というか大井姉までが聞きたがるなんて。






「大井姉はそういう話に興味ないと思ってたんだけど」

「提督は北上さんを邪な目では見てませんからね。その点から私の中での脅威度は著しく低いので。となると……」

鼻を鳴らす。どうしようもない姉たちだ。

「なんで今になってそんな話を聞きたがるんだよ?」

二人は顔を見合わせると大井姉のほうが聞いてきた。

「明日、鳥海と摩耶が演習やるって話は知ってるわよね?」

「そりゃな。見に行くつもりだったし」

「今って臨時だけど摩耶が秘書艦代行してるわよね。そこにきてケンカからの演習じゃない。神通が止めてなければ一触即発だったとか」

「俺には尾びれ背びれが付いてる気しかしないけどねえ」

言うなれば目の前の二人が本当にケンカしだすような話だ。それも冷戦とかでなく取っ組み合いの。

いや、鳥海は生真面目すぎるから摩耶があまりにふざけたらケンカぐらいするのか?

だとしても、あの二人のケンカが想像しにくいのは確かだった。

噂が脚色されてるのは間違いないだろうけど、二人はそれをどこまで間に受けてんだか。






「火のない所に煙は立たないものよ」

「……つまりあれか? 痴情のもつれみたいなのを考えてるのか?」

「まー、可能性はあるよね。大井っちはともかく、私はちょっとそれを考えてる」

「ないない、あいつはそういうの嫌ってるからな」

「うんうん、そうやって断言できる根拠っていうか、そう考えられる過程みたいな話を聞きたいんだよ」

さすがの俺も鼻白んだ。青葉だってこの件はあまりしつこくなかったってのに。

大体、ちょっと考えれば提督と摩耶の接点なんて薄いのが分かるだろうに。

「なあ、姉さん方。俺にだって一つや二つはしたくない話があるんだけど」

「見たのよ」

「何を?」

「昨日の夜、執務室から出てきた鳥海が泣きながら部屋に戻るところを。私たちに気づかないぐらいだったから、よっぽどショックでも受けてたんだと思う」

大井姉は神妙な顔だった。

「昨日の今日じゃ穏やかな話じゃないでしょう?」






「……だとしても、それと俺には関係ないよ」

「ちっ、流されないか」

「おい」

文句を言おうとする前に大井姉が素早く右手を突き出してくる。止まれと言うように。

「今の話は本当だから。それと他人のそういう世話を焼くつもりはありません。でも木曾にもはっきりさせたほうがいいことがあるんじゃない?」

「まー、いい機会だしねぇ。球磨ねーさんに聞いた感じだと木曾っちと提督は宙ぶらりんって感じじゃない」

「宙ぶらりんって何が?」

「木曾っちと提督の間って実はなんも変わってないよねー」

焚きつけられてるのか?

姉さんたちの真意はどうであれ俺は二人に言い返すことができなかった。

今なら時間があるから鳥海とは話しておくか。

提督とじゃ何を話していいのか分からない……宙ぶらりんってそういうことなのかもしれない。



◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



話が全然進んでない気がするけど、今日はここまでで
重複分は……まあ見込みが甘かったってことで当面続きます



本編とは関係ないおまけ


木曾「そういや鳥海、あきつ丸って知ってるか?」

鳥海「確か陸さんの作った船が元になってる艦娘さんですね。でもこの場合は船娘になるんでしょうか?」

木曾「どうなんだぁ? つーか船って言ったら女じゃなくて男になっちまうような……」

鳥海「つまり……船ショタ?」

木曾「お前は何を言ってるんだ」

鳥海「愛宕姉さんが喜びそうです。あ、ということは出雲ま……じゃなくて飛鷹さんたちも?」

木曾「あの二人はむしろ男として育てられた令嬢だろ。飛鷹は初めから自分が女だって分かってたからおしとやかさが前面に出てて、隼鷹は途中まで区別がつかないで成長したからヒャッハーしてんだ」

鳥海「何を言ってるんですか。二人とも最初から立派な淑女じゃないですか」

木曾「え」

鳥海「木曾さんったらマニアックなんですね、すごいです。私にはそんな想像、とてもできません!」

木曾「演習しようぜ! お前標的艦な!」

鳥海「え」





鳥海「四十門の酸素魚雷って酷いじゃないですか……」

木曾「同じ四十門なのに北上姉さんと大井姉さんたちほど雷撃が上手く決まらないのはなんなんだろうな?」

鳥海「私の計算では木曾さんの日頃の行いが悪いからではないかと」

木曾「あ?」

鳥海「ごめんなさい」

木曾「話は変わるけどさ、秋津洲って名前に聞き覚えあるか?」

鳥海「うーん……聞いたことあるようなないような……でも私の計算によれば」

木曾「なんだ?」

鳥海「かなりの厚化粧をしてそうな気がします!」

木曾「どんな計算だよ」


???「へくちっ! 誰かが噂してくれてるのかも! 夏の大規模はルート固定もできたしこれからは私の時代、間違いなしかも!」


※ちなみに作者の鎮守府に秋津洲はいません

頭の中に何かが……
というわけで最近忙しかったせいか、こんな益体もないことを考えてた

寝る前に少しだけ。キリは悪い




◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



『鳥海しゃん』

昼下がり。頭に直接響くような声で私は呼び止められる。呼び止めたのは水兵服の伝達妖精だった。

いつもなら気にならないのに、今は進路上を遮るように止めてきた小さな姿に軽い苛立ちを覚えた。

それが妖精にとっては理不尽な怒りの矛先でも、そう感じてしまう心は止められない。

要件は木曾さんが私に会いたがってるという内容。

木曾さんは好きだけど、昨日の夜からトラブル続きで今日はもう誰ともあまり話したくない。

今日だけでも摩耶との不本意な演習が決まってしまっている

でも向こうが会いたいのは心配してくれてるから、なんだと思う。

本当はそうじゃないかもしれないけど、その可能性がある以上は蔑ろになんかできない。

木曾さんは甘味処『間宮』の前で待っているとのことだった。

足を運んだ私を木曾さんははにかむような顔で手を振って迎えてくれた。

「甘いの食べたいから付き合ってくれないか?」

正直に言うと乗り気じゃなかった。でも木曾さんのお願いなら……。

私の迷いを見て取ったのか、木曾さんは二枚の間宮券を指に挟んで見せてきた。

「一人で行くにはちょっと恥ずかしくてさ。どうかな?」

「普通に頼んでくれても行きますよ」

なんというか……説得力ないですね。





間宮に入った私たちは注文をしていく。

甘い物なので私は羊羹とお茶を。木曾さんはというと。

「金つばに……ブラックのコーヒーですか?」

「無性に甘いのを食べたくなる時ってあるだろ。ただ甘すぎるのもどうも苦手でねぇ……そんな時にはこうしてるんだ。ちなみに羊羹にも合うぞ」

「なんだか大人っぽいですね、木曾さん」

「おいおい、その反応は子供っぽく聞こえるぞ」

「そうですか?」

「たまに天然っぽいよな。まあ鳥海ならセーフかな。これが暁なら見栄を張ってブラックを飲みきれないってとこかな」

「あー……なんだか分かります。でも暁さんは和菓子より洋菓子を選びそうな気がします」

「確かにそれっぽい。となると、この組み合わせ自体を試さなさそうだな。レディー繋がりだと熊野は……やっぱり洋菓子か?」

「どっちも似合いそうですけどね。でも手でつまむ物はイメージ湧かないですね。鈴谷さんなら洋菓子。最上さんは……」



「和菓子でしょうか」「洋菓子だな」






「分かれましたね」

「そういうこともあるさ」

「でも最上さんは絶対にどら焼きだと思います」

「そうかい。鳥海んとこの姉妹はどんな好みなんだ?」

「姉さんたちは洋菓子のほうが好きですね。摩耶なんか一口目を食べるまではそんなに興味なさそうにしてるんですけど――」

摩耶の名前と様子が自然と出てきて少し驚いた。でも決して悪い気なんかしなくて逆に少し安心できた。

同時にも後悔した。私は摩耶に何をしてるんだろう……。

「賽は投げられた」

「え?」

「どうせ摩耶のことを考えてんだろ? いいじゃないか、こうなった以上はちゃんと戦ってやれば。二人の間に何があったかまでは知らないけど、こういう形で衝突したなら時間の問題だったってことだろ?」

「どうなんでしょう……いえ、確かに時間の問題だったのかもしれませんけど」

「ま、迷うなとも悩むなとも無責任なことは言わないさ。ただ俺はどっちかって言うと摩耶寄りの性格だからな……経緯はどうあれ鳥海と戦うなら全力で行くし、確認したい気持ちがあるならそれを見極められるようにするな」

「確認したい気持ちですか?」

「俺とお前はこの先も上手くやっていけるのか、とかか? 摩耶は摩耶でなんかあるんだろ。あたしだって姉さんたちに思うとこぐらいあるし」

「……難しいですね」

「その通り。鳥海は難しく考えすぎなんだ。もっと素直に摩耶と向かい合ってみればいいんじゃないのか?」

「はい……やってみます」






「話は変わるけど鳥海は和菓子と洋菓子、どっちが好きなんだ?」

「本当に変わりますね。どっちも好きですけど、ここで頼むなら和菓子ですね」

「何か理由が?」

「伊良湖ちゃんは和菓子のほうが得意と言ってたので。それに和菓子のほうが手間がかかるのが多いので誰かが作ってくれるなら」

「面倒な和菓子のほうがいいってことか」

「自分である程度作れるなら……というのはありますからね。でも間宮さんのカレーとかは別ですね。カレーも自分で作れますけど、間宮さんのは何度でも食べたくなります」

「よく分かる。ところであいつ、提督はカレーが好きだ」

「そう、なんですか」

歯切れが悪くなってしまう。どんな顔をして答えていいのかも分からなかった。

木曾さんは嘆息するように大きく息を吐いた。

「落ち込んでる原因は摩耶に提督ね。ったく悩める乙女ってわけだ」

乙女なんてそんな大層なものだとは思いませんけど……。





「なんだ、セクハラでもされたのか?」

「セクハラだなんてそんな……」

でも、少し前にお腹をさわりたいって言ってきたのはセクハラなのかも。

もし、あの時に司令官さんのお願いを聞いていたら今も私は秘書艦のまま?

……何を考えてるの。そんな風に考えてしまうから私は……。

「私は司令官さんの秘書艦には相応しくないんです」

「ふーん、なんでまた?」

「良かれと思ってやろうとしたことが裏目に出てしまって……本当は良いと思っていたのかも今は自信もないです……」

「あー……裏目に出ちまうのは当人にはしんどいな。それで、その裏目は取り返しのつかないようなことなのか?」

「……いえ、たぶんそこまではだと思います。でも注意された上に、その八つ当たりで摩耶に突っかかってしまって……みっともないです」

「そうかい。だったら秘書艦辞めればいいんじゃないか。別に義務じゃないんだし」

「それはっ……」

引責。これで責任を示せるのかはともかく、そういう選択肢はある。

「考えてみれば俺が秘書艦やってもいいのか。空白期間があるとは言え、あいつとの付き合いは長かったんだし以心伝心ってやつも難しくないのかもな」

気づけば拳を握りしめていた。自分の手じゃなくなってしまったみたいだった。

木曾さんの言う通りだと頭のどこかは考えてる。それなのに、とても受け入れていいとは思えなくて。






「鏡を持ってきておけばよかったな。今のその顔をお前に見せてやりたい」

木曾さんの息遣いは微かに笑うような気配があった。

「私の顔を?」

「本当は誰にも代わってもらいたくない。悔しそうな顔してるぜ」

握りしめていた手が顔の形を確かめるみたいに頬に触れる。

「それが鳥海の正直な気持ちだよ。塞いで後ろ向いてたってな」

「でも……そうだとしても、これは私の勝手です」

「いいじゃないか、勝手で結構。それに提督はそういう勝手も受け入れるぞ。だからまあ素直に行こうじゃないか、今はさ」

おもむろに木曾さんは右目の眼帯を外すと猫背気味になって、じっと私の目を見てきた。

なんで外したんだろうという疑問を抱きつつも、琥珀のような瞳には不思議と惹きつけるような力があるように感じた。

「お前が欲しいのは秘書艦の立場か。それともあいつか?」

「決まってるじゃないですか」

即答できたのには自分でも驚いた。昨日考えていたから?

それでも自覚している気持ちは言えない。

司令官さん以外の前で口にしてしまったら、なんだか急に薄っぺらくなってしまいそうな気がして。






「おめでとう。これで一歩前進だな」

木曾さんは背筋を伸ばすとカップに残っていたコーヒーを一気に飲み干す。

「あの、木曾さんこそどうなんですか?」

「ん?」

「本当なら私よりずっと司令官さんに近い場所にいたのに」

「そうさな。そいつは難しい問題だ」

木曾さんは腕を組んで頭を捻る。それでも私の目を見ていた。

「前にも話したけど俺は今でもあいつとどうしたいのか分かってない。それが答えだ。俺と鳥海の違いは提督にそれでもこうしたいって思えるかどうかなんだろうな」

コーヒーを飲もうとした木曾さんは中身がないのに気づいて途中でカップを下ろした。

「俺は今でもあいつに何かわがままを言いたいって思えないんだ。お前が羨ましいよ、あいつに通したい我があるんだから」

そして木曾さんが小さく呟いたのを聞き逃さなかった。

「羨ましいか……」

すぐに木曾さんは小さく笑った。

「姉さんらに言わせりゃ俺は宙ぶらりんなんだとさ。ちょっと意味が分かってきたよ。まあ、こいつは俺の問題としてだ」

木曾さんは身を乗り出して、私の顔を覗き込んでくる。

「今どうしたいのか分かってるんなら素直にそうすればいいさ」

私がどうしたいのか。

迷いは完全に消えた……なんてとてもじゃないけど言えない。

それでも今どうしたいのかは分かったような気がして。

「今は目の前のことから向かっていきます」

まずは摩耶と向き合うことから。私たちの道はきっと通じてるはずだから。



◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


短いけど今夜はここまで
やっと仕事のほうが落ち着きだしたので、そろそろ書いたり打ち込むペースは多少戻せそうです

日付が変わるまで、キリのいいとこまで終わるように善処してみる




◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



高雄型重巡洋艦。それが私たちの今も昔も変わらない艦型。

その三番艦が摩耶で、三人いる姉の中で一番私に近い。姉妹というより双子という感覚に近いのかも。

近いといっても性格は全然違う。

摩耶は活発で自分一人でもどんどん突き進んで行ってしまう。一度思いついてこうと決めてしまえば、それが霧の中でも暗闇の中でも止まらない。

いつも後ろからそんな背中を見ていた。

私は摩耶よりは慎重で……否定的に見るなら要領がよかった。

摩耶が突き進んでしまうなら、それを後ろから観察してどうすればいいのかを見極める。

同じように進んでいいのか、一歩引いたままがいいか。それとも止めなくちゃいけないのか。

そうして私は受け身になって、いつしか摩耶のことも全部分かってるような気になっていた。本当はそんなことないのに。

いつからだろう。それまでの当たり前が当たり前じゃなくなっていたのは。

始めから私たちは背中合わせだったのかもしれない。でも今は……。

――そして私の意識は覚醒した。





後ろに流れていく海面が見えて、頬を叩く風の感触が通り過ぎていく。

夢と現在が同時に混ざったような不確かな感覚に襲われる。

顔を巡らすと高雄姉さんの横顔が見上げる位置に来た。

見上げてるのに気づいた姉さんが視線を落としてきた。

「起きたのね」

「ここは……いたっ……」

お腹を中心に体中が軋んでるようだった。大人しくしていると痛みは遠くに引っ込んでくれた。

「摩耶とあれだけ叩き合ってたんだもの。覚えてる?」

「ええ……覚えてます。摩耶は?」

「向こう、愛宕と一緒よ」

この時になって姉さんが肩を貸す形で支えてくれてるのに気づいた。

姉さんに合わせて斜め後ろを見るとこっちと同じような状態の愛宕姉さんと摩耶が少し後ろにいる。

愛宕姉さんは鷹揚に手を振ってくれたけど摩耶はまだ意識がないみたいだった。寝てるだけならいいけど――。






演習は私が想像してた以上にもつれたけど判定としては私の勝ちだった。

だけど、お互いにそれで納得できた感じがしなくて……素手での勝負になってしまった。もちろん事前にこんなのは考えていなかったけど、その時はそれが最善だと思った。

今は……後悔はしてないけど、もうやりたくないというのが本音。

そして最後はそう――限界だった摩耶を抱き止めたんだ。

今になってしまうと、どうしてあそこまでお互いにできたのか。きっと相手が摩耶じゃなかったら、ここまではできなかったと思う。

「ずいぶん無茶をしてくれたわね」

高雄姉さんの声に私は思わず俯いてしまう。目を合わせるのを躊躇ってしまって。

「……ごめんなさい」

「本当よ。あまり心配をかけないで」

「……ごめんなさい」

「でも、あなたたちはこうするのが一番だと思ったんでしょう?」

「あの時は。でも姉さんたちに心配をかけたなら、きっとよくなかったんです」

「そうも思わないわ。心配するのとされるのとなら、するほうがいいもの」

「……言ってることと矛盾してます」

「本当にね。でもあなたも摩耶もきっとこうして私たちの手から離れていくのね」

高雄姉さんが力を込めて抱き寄せてくると訳もなく悲しくなってきた。







「私……自惚れて摩耶を分かった気になってた……でも、本当は全然分かってなくて、さっきもクセを知ってたから当てられただけで摩耶じゃなかったら全然ダメで、それなのにそんな私に笑ってくれて、でも私は八つ当たりしちゃって!」

「うん、もういいのよ」

「私は……」

「本当に謝らなくちゃいけないのは私なの。提督にお願いして摩耶を秘書艦にしてもらったのは私の入れ知恵なの。だから謝らないで、鳥海」

「それでも私は……」

「私にこんなこと言う資格なんてないかもしれないけど……そうね。私たちは本当に誰かを分かってあげることはできないの。私だってそう。鳥海も摩耶も、愛宕のことも全部は分かってあげられない。私自身……高雄のことさえも」

「そんなの……悲しいです」

「そうね。でも、そうだからこそ誰かに優しくもできるし本気にもなれる。触れ合いたくもなるの。分からないからこそ前に進めるのよ。だから、そんなに自分一人を責めないでいいのよ」

「……ごめんなさい」

「だからもう謝らないで。今は納得できなくてもいい。それでも、いつか今日のことだって笑って振り返れる日が来るから」

「ごめ……はい……」

「素直でよろしい。だからね、不満や怒りがあるのなら私にぶつけて。摩耶は何も知らなかったんだから、全部発端は私にあるの」






高雄姉さんはなんとも言えない顔で口を真一文字に結んでしまう。

私にはどう言っていいのか分からなくなっていて、そんな私の代わりに答えたのが。

『ちょっと高雄、自分一人だけで悪者気取らないでよ』

「愛宕?」

インカムからの声に耳をそばだてる。体の動きはにぶかったけど、それでも感度を調整する。

『最初に摩耶の話をしたのは私だし、それをどうにかしたいって引き込んだのは私よ?』

「それでも私は長女よ。長女には責任があるの」

『あら、それを言い出したら私が一番艦の記録もあるじゃない。本当は愛宕型かもしれないよ』

「ここでその話を蒸し返す気!?」

『まあ、こんな感じなの鳥海。不甲斐ない姉二人が事を大きくしちゃったの。だからごめんなさい、私たちが妹のあなたと摩耶を振り回してたの』

「そんな、そんなことないです!」

疲れ切っていたはずの体に少しだけ力が戻る。正直な気持ちを伝えるには十分だった。

「私……嬉しくて……高雄姉さんが姉さんで愛宕姉さんも摩耶もやっぱり姉さんで、私は姉さんたちの妹になれて本当に感謝してるんです!」

それだけ言い切ると、また痛みと疲れが思い出したかのように存在を主張し始めた。

遅れて姉さんたちの声が聞こえてくる。

『もう、泣かせること言わないの』

「私もあなたたちが妹で本当によかったわ」

高雄姉さんは温かくて、なんだかいい匂いがした。

このまま体を預けてしまっても大丈夫だと無条件で分かってしまう。

戻ってきた疲れが眠気も一緒に持ち込んできていて、私はもうそれに抗うつもりはなかった。

……抱き止めた時の摩耶もこんな気持ちだったのかな。そう思うのは……きっと自惚れなんかじゃないですよね……。



◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



結局日付が変わってしまったけど、こんな感じで
重複分は残すところ三パート予定なので月曜の午前か、間に合わなければ火曜の午後には終わらせたいところ

サンマァァァァァ!


とりあえず21尾までは獲ったし、イベが終わるまでに30尾は行けるデース(慢心)




◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



姉さんたちに運ばれた先のドックで私と摩耶は目を覚ました。

それから私たちは話をして……摩耶の言葉を借りるなら、私たちは少しだけ変わって少しよくなって仲直りした。

摩耶がそれまで私に抱いていたという気持ちは意外で、そんな風に思われていたなんて全然気づかなかった。

もしかすると私が摩耶をどう思っていたのかも逆に伝わっていなかったのかもしれない。

私にはそれが悲しいのか良かったのか判断がつかなかった。

だって悪い思いも伝わりにくいと言えるのだから……都合よく考えすぎかな?

唐突に摩耶が私の髪を洗うなんて言いだした。

今まで一度もそんなことを言ってこなかったけど、今なら摩耶の好きなようにさせていいと思えた。

形ばかりの断りをしてから、それでもと言ってくれた摩耶に私は自分も髪を洗うという代案を示してから任せることにした。

――摩耶は私を頼ってそれで安心してたなんて言う。

私は摩耶に頼られるような妹じゃなかったはずなのに。

今回の件だってそう。

私は摩耶が秘書艦に就いたことに不満ばかりで摩耶への気遣いなんてほとんどなかった。

摩耶の仕事が疎かになっていてもそう。注意をするどころか、代わりに自分がやってしまえばいいとすぐに結論づけていた。

それなのに摩耶は……私を誤解してる。





私は初めから手伝う気しかなかった。でも、それを止めたのは司令官さん。

不慣れな摩耶を気遣ったのも司令官さん。私は気にもしなかったのに。

……ごめんなさい、摩耶。司令官さん。今だけはいい妹でいさせてください。

「ん、どした?」

「なんでもない……少しシャンプーが沁みた気がしただけ」

「わりぃ、すぐ流すから」

「ううん、大丈夫。気のせいだし……こうしてもらえるのはやっぱり気持ちいい」

「……そっか? なら続けるぞ」

「うん、お願い」

会わす顔がないって今みたいな気分を言うんだ……。

私はきっと摩耶が考えてるようないい妹じゃないし、これからもそうはなれないかもしれない。

それでも……摩耶は私のお姉さんだし、それなら摩耶が誇ってくれるような妹にはなりたいと思う。

どうしたらいいかちっとも分からないけど、せめて気の持ちようぐらいはそうでありたい。

摩耶に体を委ねながら、そんな風に考えた。

摩耶が私の髪を洗い終えたら、次は私が洗う番。精一杯の感謝を込めて洗おうと私は胸に誓った。



◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆






◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



摩耶の秘書艦着任から一週間が過ぎた。短くも紆余曲折のあった時間は終わり、私はまた司令官さんの秘書艦に戻るはずだった。

少なくとも摩耶の最後の仕事は私への引き継ぎで、そこで今日からまた私が秘書艦に戻るよう伝えられている。

ただ私は少しだけ躊躇っていた。私の気持ちははっきりしても司令官さんが本当はどう考えてるのかは分からない。

今回戻すのだって今まで秘書艦をやってたから、その上での慣例的な処置かもしれないとどこかで考えてしまう。

さすがに悪く考えすぎてるとは思うけれど確証というか自信がどこかで持てなかった。

けれど、それならそれで務めは果たさないと。

それにせめて司令官さんのお願いを叶えておきたかった。私がそうしたいと思っているのだから。

私は悪い方向に話を想像していた。

「戻ってきてくれてありがとう。それにすまなかった。いつかは手伝いに来てくれたのに」

だけど、それは取り越し苦労だった。

司令官さんはそう言って私に頭を下げ、今また迎えてくれた。

「いえ、私こそありがとうございました。確かにショックでしたけど周りも摩耶も見えてなかったのは事実ですから」

もし司令官さんが怒ってくれなかったら、摩耶とはもっと拗れてたような気がする。

結果論とか思い込みでしょうか……それでも、この件で司令官さんが私に謝るのは何か違うはず。

「だから謝らないでください。怒ってくれて……ありがとうございました」

「そんな風に言われたのは初めてだよ」

「それに司令官さんが謝ったら示しがつかなくなってしまいます」

そんなもっともらしい理由も添えると微苦笑を返された。





「今日からまた秘書艦……頼めるか?」

「こちらこそお願いします」

これでまた秘書艦としての一日が始まる。でも、今日はこれだけじゃない。

素早く歩いて司令官さんの前に立つ。そして深呼吸を一つ。

「どうした?」

「私のお腹をさわってください」

「……なんだって?」

「ですから触ってください。前に触りたいって言ったじゃないですか」

「確かに言ったが!」

珍しく司令官さんが慌ててる。そんな反応がちょっと面白かった。

司令官さんの右手を取って、ちょっと強引にその手をお腹に触れさせた。

そういえば司令官さんの手をちゃんとさわったことはない。

軽く触れたり触れられたりは何度もあるけど、こうやって意識しては。

初めて司令官さんにちゃんとさわったのは……そう、木曾さんの件で怪我をしたこの人を運んだ時だ。

あれからもうずいぶん時間が経ってしまったような気がする。

「鳥海、もしまだ気にしてるなら……」

「そうじゃありません。確かにそれで悩みましたけど、これはそれも含めた全部のことなんです」

「……正直よく分からないが鳥海には大切なんだな」

司令官さんもその気になってくれたみたいだった。そうして指がお腹に当たった。

少しくすぐったいけど別に体が変な反応したりとかはありません。






「あの、どうしてさわりたいと?」

「触ってみたいからだ。気になるんだ。理解して欲しいとは言わない」

「では、それは司令官さんのわがままになるんでしょうか?」

「そう、だな。任務でも命令でもなく、わがままな願いだ。やっぱり嫌だよな」

「いえ、恥ずかしいですけど嬉しいです」

私の言葉は本当。素直に気持ちを伝える。

「あなたが、私にわがままを言ってくれて」

あなたと、司令官さんを意識して呼んだのは初めてだった。

どうだったかな? もしかしたら意識せずにそう呼んだことはあるかもしれない。

でも、今のように司令官さんへの親しみと私の小さな願いを込めて呼んだのは本当に初めて。

その司令官さんはお腹をぺたぺたさわる。

初めは少し遠慮してるのか指の腹を少しだけ押し当てるようなさわり方だったけど、すぐに控えめな感じはなくなった。

かといって乱暴な手つきでも無遠慮な触れ方でもない。本当に触ってみたかっただけみたいで――。

「つまんでみる」

「はい? ひゃいっ!?」

「ごめん、痛かったか?」

「鳥海は大丈夫です!」

「そうか……なかなか難しいな」

油断してたらなんだかすごいことになりそう……。






「触られたりつままれるのはどんな気分だ? いいとか悪いとか」

「強いて言うなら恥ずかしいです……」

「まあ、そうだよな」

そう言いながらも司令官さんの指は止まらない。私の反応を気にしてるようで、あまり気にしてない気がする。

そして急に思いついた。

こうなったら私もさわり返そうと。司令官さんのお腹に手を伸ばして触れた。

「どんな気分かというと、こんな気分です」

「くくく……確かに恥ずかしいなこれは」

面白そうに司令官さんは笑う。

私は恥ずかしいのに向こうには余裕があるのが、ほんのちょっぴり悔しかった。

初めは慌ててくれたはずなのに今はもうすっかり馴染んでる。

司令官さんは物怖じしないさわり方なのに私は緊張して手が震えてる。

だからささやかな仕返しをする。

「司令官さんのお腹、ぷにぷにしてて柔らかいです。もう少し絞った方が……」

「いや、まったく」

司令官さんは手を離した。仕返ししたつもりだったけど最後まで余裕は崩せなかった。

……ちょっとだけ名残惜しいと思ってしまって、そんな自分にもっと恥ずかしくなった。

「ご満足いただけたんですか?」

「ああ、すごくよかった。朝から妙な具合だが、改めてよろしく頼みたい」

「もちろんです。私は司令官さんの秘書艦ですから」

――ここが私の居場所。司令官さんの一番近い場所で、あなたと共に。



◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


今日はここまで
エロい雰囲気が書けなくて本当にすまないと思ってる

そして話的にはこれで前半終了となります。一作目と同じ轍を踏んでるけど分割した方がよかったのかも
ともあれ後半は改二絡めつつタイトル通りの話となります
読んでいただいた方々に感謝を。もうしばらくお付き合いいただければありがたいです。

一週間も開くとは思わなかった……ともあれ今日から後半となります




◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



――提督が特定の艦娘に入れ込むのは本来ならあってはならないのかもしれない。

それは不公平な話だし緊密な力関係による均衡を壊すことにもなりかねないからだ。

しかし人間というのは感情の生き物だ。艦娘も生い立ちはどうであれ感情を持っている。

感情同士が交わったりぶつかれば、そこではもう理屈なんて二の次になってしまう。

たとえ、それを愚かと指さされようとも俺は提督である以前に人間だ。

開き直りかもしれない。というか実際にそうなんだろう。

けれども熱情というのは、そうした理屈を全て置き去りにしていく。

だから俺は自分の気持ちには少なからず正直に、誠実でいたかった。

艦娘たちに対してもそうだ。不実ではなかったはず。

もちろん要求に全て応えられたとは思わないし応えられないが……できる限りはやれたはずだ。

その中で俺たちは常に選択する。何かを受け入れ、何かは捨てる。何かを認め、何かは諦める。

そうして積み重なるのが生涯で、その生涯が途方もなく積み上がっているのが世界というやつだ。

俺たちは世界という枠組みの中では歯車……もしかしたら部品ですらないのかもしれない。が、まあそれはいい。

俺にだって願いの一つぐらいある。

その願いを他人に伝えるのはわがままかもしれない。一人では果たせない願いなのだから。

結局――これはそういう話だ。

俺の願いが、望みが誰かに届いてほしいと祈るんだ。

望みもなく生きるには世界はあまりに広すぎるし彩りに欠ける。

だから俺は、俺たちは望みを持って願いを叶えようとするんだ。

たとえ、いつかは風化し朽ちるとしても。その全てが叶わず届かないとしても。



◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆





◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



改二艤装を含んだ物資が予定通りに到着した。

搬入作業を鳥海に任せる一方で、俺は艦政本部から派遣されてきた技官と会っていた。

こちらの内情を調べるためにも送られてきたのかとも思ったが、挨拶などの話す口ぶりや身のこなしは間諜からは程遠く思えた。

大尉の階級章をつけた若い技官は単に面倒な仕事を押し付けられただけのようで、見かけ以上にくたびれた人畜無害といった印象だった。これがもしも演技なのなら大した役者だ。

「今回お届けした艤装、ならびに各種装備の一覧と資料になります。それからこちらがご依頼の旧大戦時の戦闘詳報となります」

大尉は厚みのあるひも付きの封筒を差し出す一方で、台車に積まれた段ボールの山を示す。

「何分、持ち出せる範囲に限りがあるのと当時の混乱で散逸してる資料も多く、内容の確度も不確かですが……」

言い訳がましい前置きを半ば聞き流しながらダンボールが十箱あるのを数える。

頼んだ資料の量を考えると少なすぎるが、それをこの大尉に問いただす気にはなれなかった。

「准将が赤レンガまでお越しいただければ、もっと多くの資料をご用意できるのですが……」

「出世街道から外れた成り上がりが戻ったところで、いい顔をしないお歴々も多いだろう」

「はあ……」

気の抜けた返事をされる。この大尉は一般の大学辺りから入ってきたのだろう、慣例や階級についてどうも疎いらしい。







深海棲艦との緒戦で日本を始め海岸線に面した各国は海軍戦力に甚大な損害を被り、都市部を中心に壊滅的な被害を受けていた。

日本に限れば人的にも物的にも従来の体制では到底埋められないだけの損失を前にして、とにもかくにも民間から厚遇をもって人員をかき集めたのが現在の海軍となる。

陸勤務に回されていた自分や予備役を除けば、機能していた頃の兵学校を出た者はもう残り少ない。

こうなってくると海軍としての質は低下の一途を辿っていくのだが、そもそもが人間では対処できない深海棲艦が相手となるので懸念はされてもさほどの取り沙汰もされなかった。どうせ勝ち目はないのだと。

要は烏合の衆だ。頭数ばかりどうにか揃えて体面をそれらしく整えただけで組織としては機能不全に陥ってる。

階級も形骸化しつつある。さすがに将官と佐官、佐官と尉官、士官と兵卒という上下の区別はさすがに生きているが先任や下士官という概念は消えてしまっていた。

将官も将官で大将とそれ以下というあまりに大雑把な括りになってしまっている。

だいたい戦功があるからと三十にもなっていない俺が准将という地位にいるのがすでにおかしい。

いくら親の影響が無縁じゃないとしてもあの人はすでに他界して久しいし、同じ縁故の影響ならば他に優先されて然るべき人間は何人もいた。

それに俺が未だに艦娘たちの提督であるのも変だ。

現状、艦娘は深海棲艦に唯一対抗できる戦力で、運用当初ならともかく戦果を続けて挙げていれば横槍が入ってくるのが当然なのに何も起きない。

国を左右できるだけの戦力を若造に預けたままにしておくなんて異常だった。

軍医のモヒはこの世界が歪だと言ったが、在り様を失っている今の海軍に身を置いてれば俺にだって本当はそれぐらい分かる。







何かしらの力が働いて、この鎮守府を取り巻く環境は作られている。

……それができるとしたら、おそらく妖精だけだろう。

艦娘を生み出そうとして化けて出てくるのが妖精だ。しかし実際はそれだけじゃ説明できないほどの妖精がすでにいる。

現にこの鎮守府でだって妖精を伝達要員や作戦室のオペレーター代わりに使えるほど余裕がある。

その一方で艦娘以上に妖精のことは分かっていない。分かっていないが妖精たちのもたらした技術がなければ、人類はもはやこの世界で生きていくことは敵わない。あるいは海を捨てれば不可能でもないのかもしれないが、それは現実味のない選択に思える。

そして仮説に則るなら、俺が提督でいるのは何かしら都合がいいからなのだろう。

利用されるだけの存在だとしても俺はそれに甘んじるつもりだった。艦娘たちとの接点がない人生を俺はもう選びたくなくなっている……依存かもしれないな。

「具合が優れないのですか、准将殿?」

「いや、すまない。気にしないでくれ」

戸惑ったような大尉に頭を振る。彼にどう思われようと影響はないはずだが詮索されるのは避けておきたい。

破滅に通じる道だとしても相乗りしていくしかないんだ。これが何かの筋書きで誰かの都合であったとしても、失いたくないものを見つけてしまった以上は。

そうするだけの価値を見出しているのならばそれで十分だ。

いずれにせよ俺がこの世界を構成する歯車の一つに過ぎないのなら、真偽の分からない推測に気を取られるよりも今は。






「改二艤装の試験をした妖精はその後どうなったんだ?」

「現在は通常の勤務に戻っていますが、一部は改二艤装との装備連携のためにこちらに来ています……ええと、たとえば高雄型の改二艤装がそうです。専属の見張り員として」

該当するのは鳥海の改二艤装だけだ。妙な装備もひっさげてきたというわけか。

「専属となると他の艤装についてもらうのは難しいのか?」

「可能ですが妖精たちが習熟するまではそのまま高雄型専属として運用した方がよろしいかと。最新版の資料に詳細がありますので」

「分かった、後で確認しておこう」

「それと本日はもう一つ准将にはお渡ししたい物がありまして……艦政本部の妖精が新たに開発したものですが」

「妖精が?」

さっきの考えが頭にあるせいで、なんとも言えない気分だ。

大尉が渡してきたのは桐の箱で、蓋を開けるとさらに小さな拳大ほどの黒い箱と折り畳まれた白い紙が入っていた。

紙はマニュアルの類かと思ったが違った。







婚姻届(仮)






黒い箱を開けるとそこにあったのは二組の銀の輪――指輪だった。


設定の話ばかりだけど、今夜はここまで
起きた後に頭が働いてれば出勤前にもう少し投下します

朝は起きるので精一杯でした
そしてカレンダーを見て、今日の午後に投下すべきだったと気づく
個人的な験担ぎで大安に合わせて投下してる故




「大尉、これはなんだ? 紙もそうだが、ただの指輪ではないんだろう?」

「最近になって妖精が開発したもので、艦娘たちの能力を限界以上まで引き出せると……通訳の結果、そう言っています」

「実証は?」

「できていません。極めて高い錬度の艦娘に加えて准将との間に信頼関係が成立していないと効力を発揮できないようで、この説明も妖精の説明をそのまま伝えているだけであります」

「試験もままならないわけか……安全性はどうなっている」

「問題ありません」

「それも妖精の受け売りか?」

「はい」

「大尉、君は試験も満足にできない道具を安全だと言い切るのか? 大した神経だよ」

失言に気づいて大尉の顔は心なしか青くなっている。

俺としてはこの哀れな大尉をいたぶる趣味はないが、多少辛辣になったとしてもそれは彼の落ち度に端を発したことだ。

「……改めて聞こう。何らかのリスクを有する可能性もあるんだな?」

「はい……い、いえ。妖精に言わせれば、それはありえないとのことです」

あくまでも大尉――ひいては艦政本部はその方針で通すつもりらしい。妖精の技術に間違いはないと。

となると、どこまで信用していいのか。

確かに妖精の技術は人智を越えている。謳う効果は本当にあると考えても間違いないだろう。

となれば使うかどうかは今すぐ決める必要はない、と考えればいいかもしれない。それに極めて高い錬度という条件を満たしてる艦娘がここにいるのかも分からない。





「それでこれは二人分か?」

「いえ、一人分です。一方は准将が身につけねばならないので」

「この婚姻届はなんだ?」

「それは契約の証明です。准将と艦娘の間で指輪をかわすのを、我々はケッコンカッコカリと名づけ運用することに決めました」

……誰が考え付いたか知らないが正気とは思えない名称だった。

「この書類は必要なのか?」

「軍隊といえど公的機関ですので、こういうことは明確にせねばなりません」

取ってつけたような上に頭の痛くなりそうな理由だった。

「それに戦力の拡充目的ですのでカッコカリ、つまり仮契約の方が今後も何かと都合がよろしいでしょう」

「……ああ、そうかい」

なるほど、つまりこの仕組みが人間の都合だけで考えられてるというわけだ。

人の理屈に基づいた人のためのシステム――それが当然といわんばかりの一方的な押しつけ。鼻白むしかなかった。






「……この指輪は一つだけなのか?」

「時間はかかりますが量産できます。何分、妖精もかかりっきりになるのでオーダーメイドという形になりますが」

「そうか。まあ、数ばかりあっても……」

「しかし噂には聞いてましたが艦娘というのは美人揃いですな。准将ほどの方ならいくつ指輪も必要になるか」

……この男はどうやら太鼓持ちには向かないな。

なにせ俺には今のが侮辱にしか聞こえなかったからだ。その意図がないのは分かるが、根底にあるのは偏見や悪意と呼ばれるものだ。

それが俺になのか艦娘に対してかは分からないが、この男とこれ以上は話す気がなかった。

「大尉。私は君への人事権は持っていないが、君のために特別な推薦状を用意できる立場なのは忘れないほうがいい」

「気に触られたようですが、私は別に」

「無駄な口を開くなと言っている。業務連絡が済んでいるのなら速やかに退出したまえ。まだ君に私の時間を取るほどの用件があるのか?」

「失礼いたしました」

慌てて背筋を伸ばすと、台車に積まれたままのダンボールを見て留まるか迷ったようだが、俺の顔を見てその考えも消えたらしい。

そそくさとドアまで引き下がっていく。

階級を縦にした物言いは気に食わないが、これはこれで今の俺の武器でもある。

「ああ、大尉」

こういう時の送り方は心得ている。背筋を張ったままの、おそらくもう二度と会わないであろう男に声をかける。

「ご苦労」

できる限りの笑顔で見送ってやればいい。



◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

×階級を縦にした物言いは

○階級を盾にした物言いは

誤字をやらかしたところで終了。水曜は始発から終日まで仕事なので次回はたぶん金曜になります

プロットにすればそう長くはないはずなんだけど……ともあれ寝る前に少しばかり投下




◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



改二艤装を割り当てられた艦娘たちは更新された艤装と装備を新たに身につけると鎮守府近海に繰り出していた。

これから三週間は慣熟訓練も兼ねた運用試験を実施していく。期間としては短いが、これはそれ以前の艤装と比べてそこまでの差異がないと目されているためだ。

初日に当たる今日はひとまずの慣らしで姉妹艦同士での航行訓練となっていた――ちなみに千歳たち二人は比較できる同型艦がいないので飛鷹型の二人に任せている。

出港のタイミングを逸してしまった俺は帰投する時刻に合わせて改めてドックに顔を出した。

改二組で最初に戻ってきたのは夕立だった。艤装を外すなり駆け寄ってきた。

「見て見て提督さん、改二っぽい!」

新調された服を見せびらかすように夕立は目の前で回ってみせる。しかし目を引くのは服装でなく髪と目だった。

「ちょっと落ち着きなよ夕立。それじゃまるで犬だ」

後から追いついてきた時雨がたしなめる。

実を言えば時雨にも改二艤装はすでに用意されていた。しかし改二への懸念が拭えないため今回は見送っていた。

それにしても時雨の評はあながち間違いでもなく、もっともだと思える。

一方で俺としては時雨も見ていて犬っぽさを感じてダックスフントに似てる気がしてしまう。

その連想に吹き出しそうになって口元を覆い隠す。






「何か失礼なこと考えてないかい?」

「気のせいだろ。それより夕立の髪はどうしたんだ? 目も赤くなってるし」

夕立の髪は伸びたというか増えた? それに生成色の髪の先端が桜の花のように艶のある色になっている。

「艤装をつけたらこうなったっぽい!」

「大丈夫なのか、それ?」

「提督さんってば心配性。でもありがとう」

「本人が平気というなら信じるしかないね。それに僕らも間近で見てたけど、夕立の新しい艤装から嫌な感じはしないよ」

「まだ油断はできないだろ。こういうのは時間をかけて経過を見ないと」

「確かにね。でも改二を扱うのは夕立や他のみんなであって提督じゃない。そこに提督が危ないとばかり予防線を張るのはあまり感心しないね」

「それはそうかもしれないが……」

時雨の発言は正論だった。それでも、すんなり納得できるわけでもなく。

「やれやれ、そんなに秘書艦殿が心配かい?」

時雨はわざとらしくため息をつく。その顔はからかうように笑っていた。





「特定個人でなく全体の心配をしている」

「でも優先度をつけるなら鳥海が一番上になるんでしょ」

「くくく……今ので時雨は何かあっても後回しにするつもりになった」

「うわぁ、ひどいや」

「今のは時雨の自業自得っぽい」

「夕立まで……」

「でも時雨の言うように心配よりもっともっと褒めてほしいっぽい! 提督さんも夕立たちを心配したくて改二にしたわけじゃないんでしょ?」

……参ったな。一本取られた気分だ。

彼女たちが強くなればそれだけ無事に帰ってきてくれる確率が高くなる。そのための改二艤装のはずだというのに。

いつの間にか俺は負の面ばかりに気を取られて悪い方へとばかり考えすぎていたらしい。

「偉いぞ、夕立。前から分かってたけどお前は素直でかわいいやつだな」

「えへへ~、それほどでもあるっぽい!」

「提督、最初に言った僕も褒めて。ここは公平に」

「時雨はひねくれ者だなぁ……」

「褒めてないだろ、それ!」

「くくく……分かるか」

「当たり前じゃないか。まったく君には失望したよ」

「ははは、期待に応えられたようで何よりだ」

「提督さんもひねくれ者っぽい」






「こうでもなきゃ提督なんてやってらないさ」

「もう行こうよ夕立。姉さんたちも待ってるだろうし」

時雨に袖を引かれる形で夕立が遠ざかっていく。そんな二人に声をかける。

「本当に何かおかしいと感じたら、すぐに言うんだぞ。こっちは冗談じゃない」

「――本当に提督はひねくれ者だ。こんな調子じゃ鳥海も大変だろうに」

「ぽい」

何故か時雨はそんなことを言い残して、夕立もたぶんあれは時雨に同意したんだと思う。

今のには何か意図でもあるのかとその意味を少しばかり考えてみたが、言葉以上の意味はなさそうだった。もう近くに時雨がいないのは分かっていても言い返す。

「それとこれは関係ないだろ」

これではまるでぼやきじゃないか。頭の片隅が自分の無様をあざ笑ってるような感覚に囚われた。

「どうしたのさ、提督。独り言なんか言っちゃって」

振り返った先にいたのは北上に大井、そして木曾だった。北上と大井はお揃いの格好で、木曾はこの二人とも今までの木曾からもずいぶんと様変わりしていた。



朝起きた時に脳が酸欠じゃなければ続き書きます……でもだめっぽい
そういえば初めてまともに夕立と時雨を書いたような気がする




「あ、もしかして見に来てくれたの?」

「当たり前だろ。改二艤装なんだから」

心配して、と言いそうになって自戒した。さっき夕立も言ったばかりじゃないか。心配よりも期待したほうがいいと。どうしても心配するなら、そういうのは表に出さない。

北上と大井の服装は濃緑から白色のセーラーに変わっていて、何故かへそが丸出しになっている。

艦娘の薄着化は今に始まったことじゃないが、そこを見せてくるのは鳥海と摩耶だけで十分なんだが。

とはいえ取り立てて問題があるわけじゃない。あるとしたら何故かこれが俺の指定した格好のように広まることだろうか。

薄着化は好意的に考えれば目の保養、忌避的に考えるなら騒動の種か。どっちに振れるかは天のみぞ知る。

「木曾は……帽子か眼帯に髑髏マークを入れたら立派な海賊だな」

がらりとイメージが変わるのは木曾だ。元のセーラー服の上から黒いマントを羽織り、焦げ茶のグラブとブーツでかっちり固めている。それに帯刀していて腰には鞘がぶら下がっているのが見える。

「俺の格好って変なのか……?」

「かっこいい」

「それって女子にはどうなんですか?」

「じゃあ凛々しい」






大井の睨め付けるような視線に返したが、じゃあってなんだ。本当にそう思ってるのに、これじゃ心にもない世辞みたいじゃないか。

しかし木曾には正確に伝わったようで嬉しそうに肩を叩いて手まで握ってくる。

「いやいや、俺は分かってくれて嬉しいぞ!」

実際、木曾はかっこいい。今の木曾を見たら天龍なんかは間違いなく羨ましがるだろうし、俺からしたってマントの裏に武器とか隠し腕みたいなギミックがありそうで妙に心をくすぐってくる。

「ま、これからもあたしたち重雷装巡洋艦にお任せってね。どんどん活躍してあげるからさ~」

「ふふっ……北上さんとお揃いの今こそ必殺のハイパーズ魚雷が猛威を振るうんです。冷たく暗い鉛の海へ、研ぎ澄まされた刃として海中へ解き放たれるんです! 信管も適切に調整したので波で自爆もありえません! 甲標的も併用することで奇襲も可能で、私たちの槍
衾が華々しく戦場の第一陣を切るんです! その名も酸素魚雷! 殺戮者のエントリーだ! 提督なら分かりますよね!」

「うん? うん……?」

「……すまねえ、大井姉はちょっと昂ぶってんだ」

「ああ、まあそうだな」

「ちなみにねー、今回の改装であたしはスーパーからハイパー化したからハイパー北上さまで大井っちもハイパー大井っちで二人でハイパーズ。そこにハイパー木曾が加わることでハイパートリオ。つまり百二十門の酸素魚雷は世界最強なんだよ」

「今度はもう机上の空論なんて呼ばせませんよ!」

「……ほんと、すまねえ」

「敵が小さく見えない内は大丈夫だろ……」






それにしても北上も大井もこんな性格だったか?

単に羽目が外れてるだけなら一時的なもんなのだろうが……でも考えてみれば。

「たまに忘れそうになるけど、お前たちもあの球磨の妹なんだよな。こういう時に思い出させてくれる」

「何それ、私たちが非常識みたいじゃん」

「別に俺は球磨が非常識なんて言ってないんだが」

「もう、提督ったら揚げ足取りみたいに北上さんに失礼なこと言って。そんな人には酸素魚雷の試し撃ちしちゃいますよ? 陸地で魚雷が使えないと思ってません?」

「使えないだろ?」

「使えないよねー」

「使えねえなぁ……」

「……それでも鈍器なら」

ぼそりと大井が物騒なことを呟いたのが聞こえてしまった。





「……よーし、大井っち。今日は一晩中魚雷について語り明かそっか?」

「北上さん?」

「いやー、せっかく五連装発射管も回ってきたんだし色々あるんでしょ? それになんてったって、あたしたちはハイパーズなんだから」

「……ふふ、そう! そうですよね! さあさあ、善は急げですよ! 燃えてきちゃいました!」

大井が馬か何かのような勢いで北上を連れ去っていく。慌てて進路上にいた艦娘たちが道を空けていくが、それが当然のように爆走している。

……やっぱり球磨の妹だ、あいつら。

「いいのか、行かなくて? トリオなんだろ」

「いくら俺でもあの状態の二人に割って入れる勇気はないな」

木曾は少し遠くを見るような目で二人を見ていた。それはどこか距離を見定めようとしているように、俺には見えてしまった。


間に合ったような間に合わなかったような
次回更新は27日を予定……25は終日外出だから、たぶん更新する時間が取れないので

思ってたより進めたので今日が終わらない内に少しばかり投下




「あの二人と馴染めてないのか?」

「そうでもない。北上姉はマイペースなだけだし大井姉は何をやるにしてもまず北上姉が第一にあって、その後に俺や球磨姉たちがきてと……要は優先度の問題ってやつだ」

「少しばかり重いというか行き過ぎてる気もするな。人の趣味にケチをつけるもんじゃなかろうが」

「大井姉の古事記じゃ北上姉が国産みをした神様なんだとさ」

「それはもう信仰の域に達してるな」

「純粋だし献身的なんだよ、あれで。ところで古事記ってどんな話なんだ?」

「古文の授業は寝てばかりでな……」

適当にとぼけてみたが、大井版古事記に則るなら北上はイザナギかイザナミのどちらかで空いた一柱が大井になるのだろうか?

もしそうなら分かっているのだろうか。二柱の神の顛末は離縁だ。

「けどさ、そんな大井姉が俺のことを全部説明した時に言ってくれたんだ。今の木曾しか知らないんだから一人目とか二人目とか大した問題じゃないって」

「……そうだったのか」

大井の態度は木曾となかなか向き合えなかった身には素直に感心させられる。俺にはできなかった受け止め方だ。

「持ち上げてはみたけど俺から見てもあの二人がどうしようもないダメ姉に見えることはあるよ。けど、それは向こうだって俺がどうしようもなくダメな妹に見えたりもするんだ、たぶん」

だからな、と言うと木曾はどこか子供みたいに屈託なく笑って見せた。

その笑顔は俺が惹かれた木曾が見せたことのない表情だったが、すごく好ましくも思えた。

「俺たちはそうやって釣り合いを取ってるんだよ。だから俺たちのことを心配してるんなら、そいつは無駄骨ってやつさ」






「分かった。まあ心配するなら球磨姉妹の仲よりも改二艤装の使い心地のほうが気になるかもな」

「そりゃそうか。改二はなかなかのもんだぜ。仮に扱いづらかったとしても使いこなしてみせるけどな」

「大した自信だ」

「弱気の俺なんか見たってしょうがないだろ? 他のやつに聞いても使い勝手はそんなに変わらないか、逆に調子がいいって反応になるだろうな」

「妙な疲れに襲われたりとかも?」

「俺は感じないし前の艤装に差し戻して欲しいとも思わねえな」

「そうか、参考にしておく」

「俺もそろそろ行くよ。そうそう、遠目で見たけど鳥海も結構変わってたぜ」

言い残すと木曾は手をひらひら振って離れていく。

改二への反応は自分で想像していたよりもずっといい。

取り越し苦労だったのかもしれないと思えるようになると、気を揉んでいた分だけ反動で気楽になってきた。

その後も何人かの改二組の話を聞いて過ごし、鳥海が姿を見せたのは一番最後だった。






木曾の言う通りだった。姉たちとやってきた鳥海は鮮やかになったと真っ先に思った。

そのすぐ後ろには姉たちが控えていて、摩耶なんかはなんとも言えない顔で俺を見ていた。何か言いたいのに我慢してるような、そんな顔で。

鳥海は頭を深く下げてくる。セーラー服の面影を残す翠緑のジャケットに、プリーツ折りの白いスカートは赤い紐で編まれたスリットが入っている。

胸元は桜紋を象ったペンダント、側頭部にちょこんと乗っているのは高雄や愛宕と同じような帽子だがずっと小さく色もジャケットと同じ色だ。

彼女の動きに合わせて黒髪がさらりと流れる。

「鳥海、参りました。改装していただいてありがとうございます」

いつもと変わらない、けれど自信を窺わせる声に俺はああとかうんとか間の抜けた返し方しかできなかった。

俺がたぶん――見とれてしまっていたんだ。

「もしかして変でしたか?」

「すごく綺麗だ」

「え!? は、はい! ありがとうございます! このお礼は夜戦などで!」

「早まるな、鳥海!」

後ろから摩耶が悲鳴じみた声を上げる。

「私は別に何も早まってなんか!」

振り返った鳥海が摩耶に言い返すと愛宕も摩耶をなだめる。

「そうよ摩耶。鳥海だって子供じゃないんだから」

「それはそうだけど、やっぱり心の準備が必要だろ!」

「……それって摩耶に必要な準備じゃないでしょ?」





すると高雄がしみじみと呟く。

「こうして独り立ちしていくのね……姉さんを置いていって」

「高雄まで大げさなのよ。鳥海は一人でも大丈夫なんだから」

「そうですよ。私は――私、は――もう、一人だけだから――」

予兆、というのはなかったと思う。しかし後ろから見ていても様子がおかしいのが分かった。

鳥海が頭を抱える。何かがまずいと、そう気づいた時にはもう遅くて。

「いや……いやぁ! 摩耶が! 摩耶が!」

鳥海が今まで聞いたことのないような声で叫びだした。その迫力に踏み出そうとしていたはずの体が固まって動かなくなる。

「あたしはここだ! ここにいる!」

そばの摩耶が見えていないかのように鳥海はなおも取り乱している。

腕を振り回して暴れながら叫ぶ鳥海を摩耶がすぐさま正面から受け止める。

「摩耶が沈んじゃう! ひどい……どうして摩耶なの! なんで私を狙ってくれなかったの!? こんなのってあんまりだよ……」

「レイテはもう終わったんだ! 提督は来んな! 怪我すんぞ!」

硬直の解けかけていた体が再び行き場を見失ってしまう。

酸素を求めて喘ぐような鳥海はやがて嗚咽を漏らしだした。

「ずっと一人で戦ってきたんだよ……なのに姉さんたちがいなくなって……本当の一人ぼっちだよ……」

「……鳥海だって本当は辛かったんだよな。ごめんな……もう今度は離さないから……離してやるもんか」

摩耶は鳥海の頭に手を回すとあやすように抱きしめた。

「ごめんなさい……ごめんなさい……ありがとう……ごめんなさい……」

鳥海は謝罪と感謝の言葉を口にしながら摩耶にしがみついていた。

とてもではないが俺には立ち入れない。立ち入ってもいけないと思えてしまう。

……木曾を失った時、俺はその場にいなかった。けれど今回はそうじゃない。

目の前で起きているのに何もできないまま力になれやしない。

俺はどこまで行っても彼女たちの深い部分には立ち入れられないのか?

提督と呼ばれたってこんな時に何もしてやれないほど俺は無力なのか……。



◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


空気を悪くしてみたところで投下終了
今週はろ号作戦が手つかずな程度には時間取れませんでしたが、SSは十一月の三日前後には終わらせたいと目標は掲げてみる




◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「フラッシュバック? 火災で急に燃え広がる現象か?」

「あれはフラッシュオーバーだ。こっちは抑圧していた感情が何かのきっかけで刺激されて一気に甦ることだ」

モヒカンの軍医が日中に取り乱した鳥海の症状をそう説明した。

鳥海はあれから落ち着きを取り戻したので、ひとまずモヒに診断させて今は高雄たち三人に付き添ってもらう形で休ませていた。

モヒは助手である妖精が淹れたコーヒーのカップを俺と自分の前に置いてから、所見の説明を始めた所だった。

「詳細は検査の結果待ちだが、今の段階では身体的には異常は見当たらない」

「そうか。気休めでも嬉しいよ」

コーヒーに口をつけるとブラックだった。香りはいいと思うが味はどうにも苦味ばかりが際立っているようでうまいと思えない。

砂糖が少しぐらい入ってるほうが本当は好きだ。特にこうして厄介事が起きた時に飲むなら甘ったるいぐらいでもいい。

それが贅沢な要求なのは自覚していた。

現在の日本ではようやくインドネシアやベトナム産の豆が流通するようになったばかりで、それも品質とは釣り合いが取れていないほどの高級品になっている。

さすがに大航海時代もかくやというほどの価格ではないが、一般的な家庭では簡単に手が出せないのは同じだ。

そんな高級品を飲んでおいてあれこれ言うのは、市井を顧みない傲慢な軍人という烙印を押されるだけだろう。

ふたくち目以降の意欲を殺がれたまま問う。






「そのフラッシュバックがあの時の鳥海に?」

「厳密には違うのだろうが、近しい説明となるこれが近いはずだ。艦としての記憶と一緒に、その光景に付随する感情も一気に喚起されてしまったのだろう」

「それは……他の艦娘たちは大丈夫なのか?」

「メンタルは専門外だが」

「いい、正直に話してくれ。それに専門外なら気休めにならないからな」

「どういう理屈だ、それは? まあいい、おそらく発症はしないだろう。これは克服できていない記憶と感情が原因による一種のパニックだ。艦娘はそれぞれ軍艦の生涯を記憶として残している」

その通りだった。あくまで軍艦としての視点で見える記憶なので記録や乗員とはまた異なる視点ではあるようだが。

「生涯の記憶には自身や僚艦の沈没や廃艦など最期の瞬間も含まれている。そして記憶には感情も付随してくる。つまりトラウマやストレスの要因となるそういった記憶もあるはずだ。輪廻転生があるなら、俺はそうした記憶は消しておいてもらいたいがな」

生まれ変わりなど医者の言うことかとも思ったが、医者だからこそ言いたくなるのかもしれない。

実際、艦娘は軍艦の生まれ変わりではあるんだ。

「その記憶を彼女たちは少しずつ自らに馴染ませていた。ちょうど水と液体が混ざるように今ある記憶とで薄めて混ぜることによって、そうやって軍艦である一方で艦娘としての個を育み確立させ折り合っていく」

「鳥海にはそれができていなかった?」

「先ほど克服と言ったが、それは忘れるのを意味してるわけではない。特別な記憶や感情を特別でない部分と交じらせるという意味だ。しかし、そうしなければならない特別な部分が欠けていた」

「改二がきっかけで記憶が戻っていて、それが何かの弾みで感情まで爆発させてしまったのか」

モヒは物々しく頷いた。原因の見通しは立った。






となると改二艤装をきっかけに記憶を取り戻してフラッシュバックを起こしたという仮説ができる。

これなら妖精たちの気落ちなどの症状も説明できる。妖精たちもおそらくそれぞれの艦が持つ記憶と感情を呼び起こされショックを受けた。

ただ妖精たちは感情表現が苦手か、あるいはそれを正確に人間たちには伝えられないから気落ちという形でしか判断されなかったのではないか。

間接的な要因ではあっても改二艤装そのものが悪い、なんて単純な話ではなかったというわけだ。

今後の改二化は事前に記憶の有無やどう受け止めているかという調査が必要になってくる。そういう対策が判明しただけでも今回の件は有意だったと言える。

提督としての思考はそう判断してる。その裏でまだあの時の鳥海の声が頭から離れていない。

「解決法は?」

「時間をかけて記憶をなじませる。それで取り乱させた感情も落ち着いていくはずだ。幸い、水と油を混ぜるようなものではない」

「……俺には何もできないのか?」

「今まで通りでよかろう」

「モヒ、俺はこれでも真剣に」

「艦娘からお前の悪い話は聞こえてこない。それは一定以上の信頼を得ているからだと考えてもいいはずだ」

「だから何も変えるなと?」

「そうだ。なじませるのは当たり前の記憶の中に溶け込ませることだ。お前があたふたしては逆に示しがつかんのではないか?」

それはそうなのかもしれない。俺はどうも焦りすぎて視野が狭くなっているらしい。

「……ありがとう」

少し癪だが謝意は伝える。するとやつは笑った。

「過程を気にしているのなら、それはお前が気に病むことではない」

モヒの態度はいつになく柔らかく思えた。それで笑顔の凶悪さが薄れるわけでもないのだが。






「今まで向き合うことすらできなかったのだから誰にも不可抗力だ。その上で過去のことは過去を知る者に任せればいい。あの艦娘には姉妹艦がいるんだろう?」

「ああ、姉が三人だ」

「三人寄らば文殊の知恵。そうでなくとも支えになるものだ。お前は過去ではなく先を考えてやればいい」

「……将来のことか?」

「誰にもできて簡単にはできないことだ。お前の、提督の役割とはそういうものなのだろう?」

「……俺のカウンセリングは頼んじゃいないぞ」

「気にするな。専門外だしこいつはロハだ」

「なら貸しだとは思わない。けど感謝する。少しだけ気が楽になったよ」

将来。いつかは訪れる避けようのない未来。

その時のために俺はいったい何ができるのか。

俺は何を望み、艦娘たちは何を願うのだろうか。

「くくく……簡単に見えることほど難しいってわけだ」

しかし意義がある。

望まない未来は蹴飛ばして願う未来をこの手に掴む。いやいや、俺はそんな大それた人間じゃないが。

しかし、たとえ力が及ばないとしても試してみようとするだけの価値がある。未来は必ずやってくるのだから。



◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆





◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



鳥海はあの日あの時の一度きりの取り乱しだけで落ち着いていた。少なくとも表面上は。

秘書艦としての仕事振りは変わらないし、俺や周囲への態度も変わってないように感じる。

鳥海が半狂乱で大騒ぎしたのはもちろん鎮守府内で噂にはなっている。人の口に戸が立てられないのは艦娘にだって当てはまる。

もちろん俺の耳に届くぐらいなのだから、当事者でもある鳥海にはもっと過敏に聞こえてくるはずなのだがそれでもやはり変わらない。

では内面はどうかといえば、これも特に変わったようには見えない。

しかし、まったく変化がないわけでもない。

ふとした時に顔を見ると何かを考え込んでいるような憂う表情を見せるようになっていた。

そういった時は決まって上の空になっていて、一度目の問いかけには反応が鈍かったり少しずれた返答をしてくる。

探りを入れるように別の問いをすると今度は吟味していたような答えが返ってくる。だから鳥海の変化は小さく目立ちにくい。

そして俺は鳥海の憂い顔を見ると胸がうずくようで落ち着かない感覚に襲われる。

心配と、おそらくは罪悪感から。あの顔を初めて見た時、俺は見とれてしまっていた。





「何を悩んでるのか教えてくれ、鳥海」

単刀直入に訊いてみる。

鳥海は持っているペンを手で遊ばせながら、目を合わせようとはしなかった。

「……司令官さんでも分からないことですよ」

声音には拒絶するような響きがあった。しかし俺もめげる気はない。

「それはそうだ。俺は万能じゃないからな。でも一緒に考えることはできるんだから、頼ってくれていいんだぞ?」

鳥海はちらりと俺を見た。そして小さく微笑んだ。

「誰にも分からなくて、誰も答えなんか持ってないことですよ?」

「それが鳥海の重荷になってるなら、少しぐらいは担がせてほしいんだ」

「……ありがとうございます」

深紅の瞳の中にどこか怯えてるような、そんな弱々しさが見え隠れしているようにも見えてしまう。

「では教えてください。艦娘は……いつまで生きられるのでしょうか?」





「……難しいな」

それは命ある者ならいつかは必ずぶつかる疑問だった。

鳥海は正しい。その本当の答えを誰一人として持ち合わせていない。

そして鳥海は間違っている。その答えは自身の中にしか存在しない――見出すしかない類のものだ。

「戦うのが嫌になったわけじゃないですし、沈む覚悟もあるつもりです。深海棲艦と戦い続けて……いつかはこの戦いも終わるとも信じています。でも私たちにその先なんてあるんですか?」

「ある。あるに決まっている」

ほとんど反射的な答えだった。そうでなければ、あまりに惨めではないか。

けれど、これは感情的な答えで鳥海が望んでいた答えとは違う。だから鳥海はゆっくりと頭を振った。





「分かりませんよね? 私たちは……きっと兵器であって兵器ではないんです。でも兵器という一面があるのは事実です。その目的が失われた時、艦娘はどうなってしまうんでしょうか? そうでなくとも……私たちはどれほど生きられますか?」

何も俺には答えられなかった。

艦娘は新しい種族といっていい。それ故、何も分からない。

人と同じぐらいには生きられるのか、それとももっと短いのか長いのか。体も心もどれほどもつのか。

それでも、俺は少しだけ嬉しかった。

「どうして生きてるのか、なんて悩んでたら俺はきっと泣いてたよ」

いつまで、ということは生きていたいということだ。艦娘はそんな当たり前を望んでくれている。

「それでも……鳥海には分かりません」



◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


今日はここまで
ちょっと重い感じもしますけれど、でも頑張ります! 榛名は出ませんけど!
本当にあと一週間で終わるのか怪しいですが、完結までもう少々お付き合いいただければ幸いです




◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



俺は鳥海の抱える悩み――というより一種の命題に答えられなかった。

その間にも改二組の運用試験は続き、従来の艤装と同じように扱えるのが確認されていった。

鳥海の憂いの影も日を追う毎に減っているようだった。

それでもまだ完全には消えていない。

不意に現れては伝えていくのだ。まだ悩んでいるのだと。

そうした中で着々と時間は進んでいくある日、執務室にやってきたのは木曾だった。

「邪魔したいんだけど時間いいか?」

「ああ、俺も誰かと話したい気分だった」

「それじゃ失礼するぞ」

部屋に入ってきた木曾に応接用のソファーを勧めると、遠慮する様子もなくそこに座った。

時刻は二○○○を過ぎていた。定時はとうに終わっていたが、改二艤装と一緒に取り寄せた戦闘詳報を調べていた。





「何読んでんだ?」

「戦闘詳報。レイテ沖海戦のやつだ」

「鳥海絡みか?」

「それもあるが、あの海戦じゃ多くの艦艇と航空機を喪失してる。今後のためにも改めて知っておいたほうがいいと思ったんだ」

「そうかい……」

歯切れ悪く聞こえるのは、当時の木曾は輸送任務の護衛にしか充てられなくなっていたからだろうか。

「他にもマリアナやソロモン海海戦の総評とかもあるぞ。といっても抜けてる箇所も多いけど」

「よく持ってこられたな。そういうのって軍機だろ」

「ここにあるのは今はもうそこまで重要視されてない資料だからな。本当に軍機指定されてるのは持ち出し禁止か、第三次大戦のゴタゴタで米軍が持ち去ったことになってる」

木曾は不快感も露わに渋い顔をする。それは次の言葉の端にも表われる。





「俺たちの戦後、あれから十年足らずでまた懲りずに世界大戦やってたなんてな」

「あの頃の米ソはまだ余力を残していたし、人が死ぬのにも慣れすぎてしまってたんだろうな」

「痛みからじゃ学ばないのかよ、人間ってやつは?」

「痛すぎると感覚も麻痺するんだろ。それか痛みを知らない人間がトップについてしまったか……それも当時を知らない人間の見方でしかないか」

「人間の業ってやつなのか? 何かあると流血が付きまとっちまうのは」

「どうかな。業なんて言葉で片付けてしまっていいのか俺には分からない」

「せっかくだから教えてくれないか。後の方の大戦について」

「義務教育ぐらいの内容でいいなら」

木曾は頷く。しかし話すのは構わないが、こんな話を聞きに来たわけでもないだろうに。





米ソの代理戦争という体で1950年に始まった朝鮮戦争は開戦から一年足らずの間に米ソの全面戦争に変わっていた。

互いに核兵器を応酬し合うという泥沼の戦いは現代に至るまで人の住めない土地を大量に作り出す結果となった。

直接核に晒されなかった日本も気流に乗った死の灰の影響を受けることとなり、後に放射能の除去薬を完成させることになるがそれは別の話。

一方、欧州では名ばかりは戦勝国だった英仏の弱体化に伴い赤化の嵐が吹き荒れ、各国で赤化革命やそれに乗じたソ連の武力進駐が活発化した。

それはすぐに東西の対立へと発展し、赤化戦争と呼ばれる欧州全土を巻き込んだ戦争となった。

こうした一連の動きを第三次世界大戦と今日では呼んでいる。

こうなってくると共産圏を最大の敵と認識していたアメリカも苦しくなってくる。さしものアメリカでも再度の二方面戦争はかえって経済事情を圧迫させていった。

共産圏の拡大に合わせて経済、工業共に著しい成長が見込めるソ連に対し、アメリカは重い軍費により頭打ちに近かった。よくて横ばい、まず下降の一途だろうというのが当時の予測で事実それは正しい分析になる。

またソ連の内部工作もあり、反戦活動は増加し国内の厭戦感情は日増しに高まっていた。

太平洋戦争と共に脱却したはずのモンロー主義も復古していた。

この状況下でアメリカが選んだのは欧州方面へ戦力の集中投入。そしてアジア方面への赤化の防波堤とすべく日本の独立だった。





当時の日本は特需に湧く一方で軍は解体されたままで独自の戦力を有していない。

そこでアメリカは駐在米軍を残す一方で軍の早期再建を容認した――というより再建せざるをえなかった。

が、それも遅すぎた。この時点で米軍は朝鮮半島を放棄しており、すでに日本は最前線となっていた。

守る壁の薄い日本は戦備を整える間もなく、ソ連と中国の連合軍に北海道と九州のに方面から上陸を許し――。

「――取られたところをどうにか追い出して、今に至るってわけだ」

木曾は神妙に俺の話を聞いていた。人と話すのには否応なしに慣れる立場だが、それでも話し疲れる。

「三度目は負けなかったが勝てたわけでもない。いや、現状維持が衰退って見方もあるぐらいだし、むしろまた負けたのかもな」

「それでも北方領土は取り戻したし、今じゃまたウラジオストックに食い込んでる。得るものはあったはずだ」

「失ったものと等価値かは……いや、釣り合いなんかいつだって取れないのか。それより、こんな話をしに来たわけじゃないんだろ」

「……ああ、これを渡すつもりだった」

立ち上がった木曾が机に置いたのはサーベルだった。黒塗りの鞘に収まっているそれは、木曾の改二艤装の装備品だ。

「木曾が借りて失せた物だ」


設定までしか書けなかった……明後日の夜に続きを投下して、最低でもここのパートは終わらせます

一応、過去作から一貫してWW2を旧大戦とか過去って言い回しにして、遠回しに前と使わないよう意識してたつもりだけど自信なし
ともあれ投下開始




このサーベルを受け取れというのか。

「同じ価値があるとは思わないけどせめて」

「受け取れないよ」

「頼む」

「頼まれたって困る。俺はそういう物に執着したくないんだ」

「知ってる。それでも」

「刀の振り方は知っててもサーベルでの突き方は知らないんだ。それなら使いこなせるやつが持ってたほうがいい」

机の上に置かれた鞘を掴んで木曾に押し返す。結局、木曾は渋々ながらもそれを受け取った。

「分かったよ。無理言って悪かったな」

「……すまない」

「はっ、どうして謝る? 別に悪さをしたわけじゃないのに」

「なんで俺にこれを?」

質問に答える代わりに逆に聞き返すと木曾も答える。






「刀の代わりなんて刀しかないだろ」

木曾は胸を指で弾くように叩きながら、その目はどこか寂しげに見えた。

「お前が気にすることじゃないのに」

あれは俺と前の木曾の間で起きたことなんだから。そうだ……今の木曾が気にすることじゃないんだ、本当なら。

「だからなんだよ。だから俺は……」

木曾は机に両手を突くとずいと身を乗り出してくる。その目は真剣で、それこそ下手なことを言おうものなら斬られてしまいそうだった。

「確かめてみたくなったんだ。俺と提督の関係を。提督の本心が聞きたいんだ」

「本心?」

「俺たちは……宙ぶらりんなのか?」

どういう意味だ?

空気のように軽い?

いや、たぶんそういう意味じゃない。

ならば、どっちつかず? 左右を行ったり来たりする振り子のような?

それはあるのかもしれない。そこまで揺れてるとは思わないけど、立ち位置がはっきりしてなかったかもしれない。





いつかの波止場の時と同じように木曾の目を見返す。

「俺は今でも木曾を頼りにしてる。それは本当だし、この先もそうでありたい。でも……以前の木曾と同じようには見られない」

木曾の左目がたゆたうように揺れたような気がした。けれど木曾の表情は実際には微動だにしてなくて、自分の願望がそう見せただけかもしれない。

代わりに無言の表情が語ってるような気がする。これでいいと。もっと自分の本心を話せと。

口を開くのを躊躇った。だけど、一度開いてしまうと淀みなく言葉が出てきた。

「俺は本当に好きだったんだ。一緒に生きていけたのなら、この先もそばにいてくれたら、それがどんなに意義があるのか、幸せになれるのかってずっと考えてた」

目の前の木曾に俺は言った。以前の木曾に縛られるなと。でも、それは結局のところ俺自身にも向けられていたのかもしれない。

「なのにそれを伝えられなくて、話せないまま木曾は沈んでしまって……あの時に俺の中の気持ちも……」

今や俺は先に進んでしまった。どんな過去でも留まっていてはいけない。そうじゃなきゃ顔向けできないと思ったから。

だから悔やまない。それこそ、きっと裏切りになってしまうのだから。逝った者に対して生きた者ができる数少ない手向けとして。

「俺の恋はあの時に、前の木曾が沈んだ時に一緒に終わってたんだ。俺は君をそういう風には見てない」





「……そうか」

静かに、目の前の木曾は頷いた。

「聞けてよかったよ。俺の方もすっきりした」

木曾は今や穏やかな笑みを湛えて後ろに下がっていく。

「気づいてたかもしんねえけど俺は提督を見てるとずっと胸が痛んでた。最近はずっとどうしてっていうより、その痛みがどっちのせいかって考えてた。でもやっと分かった気がするよ」

満足だよ、と木曾は辛うじて聞き取れる声で呟いた。そんな気がした。

後悔なんてない。それでも気持ちがざわめくのを抑えられなかった。だが、同時にかける言葉がどうしても出てこなかった。

「もし大切なやつがいるなら――いるに決まってるか。今度はそれを伝えるのを躊躇うな」

木曾はドアの前で背を向ける。その背中はやっぱり華奢で小さかった。

「本当によかったよ。やっぱり艦娘もちゃんと言ってもらえないとダメだな」

どこか懐かしむような響きを残して出て行った木曾の後ろ姿を、俺はただ見送ることしかできなかった。



◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆





◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



執務室を出て、すぐに息を吐いた。深い吐息は地の底に重たく落ちていく。それは消えることなく足下に滞留し続けて重石のように歩く足に絡んできたような気がした。

覚悟はしていた。いやいや、本当は覚悟なんて大それたものじゃなかっただろ。どっちにせよ予期してた答えだった。

あいつは俺を選ばない。そんなの何ヶ月も見てれば嫌でも分かってしまう。

ぶり返してきた胸の痛みが今はただ苦いと感じた。

……これでもまだ宙ぶらりんだと言うのか?

あいつは選んだ。俺は選ばれなかった。それだけと言えば、それだけの話だ。

でも、あいつにとってはそんな簡単に説明できるような話でもなかったんだろうな。

俺たちの立ち位置ははっきりして、それは今後同じ道に歩んだとしても一定の距離までしか近づけないってことで……。

未練はないか、と部屋を出る前に訊きそうになったけどそれはさすがに留まった。

俺の願望かもしれないけど未練はある。でなきゃ再会してから提督はあんな目で俺は見てこなかっただろうし、俺を避けたりもしてこなかったはず。

訊けなかったのは、あの時の提督の顔には残念ながらもう迷ってるようには見えなかったからだ。

二流の言葉を口にして、自分の傷口に塩を擦り込むような真似をするのはごめんだった。





「……これでいいだろ。俺は俺なんだ」

すっきりしたのは本当だった。

気分が晴れやか、とはいかないけど変に肩肘張ったりしないでもいいと思えると気が楽だった。

「あ……」

それはどっちの声だったか、廊下の曲がり角で鳥海と出会った。

挨拶、という単語が思い浮んでくる前に先を越されてしまった。

「どうしたんですか?」

気遣わしげに見る目に俺は何故だか息を呑んでしまった。

急にさっきまでの全部を鳥海に言いたい衝動に駆られた。でもこれだけは言っちゃいけない気がした。どうしてかは分からない。分からないけど、どうしても言えない。

提督が選んだのはきっと鳥海なんだろうから大事なことは提督が話すべきだ。

俺は鳥海も好きだ。気に入ってる。だから弱みに見えてしまうようなことは言いたくなかった。

それって悔しいじゃないか。





「なんでもないさ」

無理やりだったかもしれないが笑ってみせる。

なに、俺は平気さ。この前は鳥海の前で泣いてしまったけど、それもない。

分かっていたんだから、とっくに心に整理はついていたんだろうから。

何か言われるよりも前にすれ違って背中を押すように叩く。それが今の俺にできる精一杯だった。

その意図が伝わらなくていい。

俺は伝えて、伝えられた。大事なのはそこんとこだろ。

部屋に帰ると何故か大井姉が一人だけいた。部屋が違うだろと思ったけど、それを聞くのも億劫だった。

「振られてきた」

え、と大井姉が驚いた顔をするのを横目に俺はさっさと寝てしまうことにした。

帽子を脱いでマントを外して、寝間着に着替えようかと考えてそれがとても面倒に感じる。

その間にも大井姉が何事かと聞いてくるけど、それも無視してベッドに入った。

どうせすぐに寝られやしない。そんな予想に反して、俺はあっさり眠りの淵ってやつへと落ちていった。



◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

重い話はここまで
一応、今日はまた夜に更新できるよう努めてみます




◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



目が覚めた時、まだ夜が明けていなくてカーテンを閉め切った部屋の中はほとんど真っ暗だった。

明かりのない部屋でも寝起きならかえって夜目が利くし、自分たちの部屋なら目を閉じてたって正確に出て行ける自信がある。

体を起こすと球磨姉と多摩姉がそれぞれベッドから頭を出して寝てるのが見えた。

さて、どうしたものか。

寝直すにはちょいとばかり目が冴えてしまっている。昨日は――普段より早く寝てしまったわけだし。

大井姉には少し悪い真似をしてしまったなと、今になって思い当たった。もう少し態度みたいなものがあったとは……しかしあの時にどんな態度をすればよかったのかはまだ分からないまま。

どうにも落ち着かなくて夜風にでも当たろうって気になった。

シワになったかもしれない服をそのままに帽子を被って、マントを肩にかけたままなるべく音を立てないように部屋から出て行く。

廊下もひっそり静まりかえっていて、曲がり角など要所に置かれた常夜灯が橙色の光を放っていた。

そのまま宿舎から出て、当てもないので海沿いに歩いていく。

時間を調べていくと四時前だった。朝日が出てくるまで、まだ一時間ぐらいはありそうだった。





鎮守府から少し歩くと海岸がある。この時間は当然だが、元からほとんど人は来ない。

近くに鎮守府があるから不要な立ち入りは機密の観点から禁止されていたし、そうでなくとも深海棲艦に対する恐怖から人間は仕事でもなければあまり海に寄りつかなくなっている。

適当に砂浜を歩いたところで適当に腰を下ろして適当に時間を潰す。

まだ真っ黒な海も寄せて砕ける波頭は白っぽく見えた。

自分や提督のこと、前の木曾やこれから先とか、大井姉に謝ったほうがいいかとか色々考えてた。

けれど、そういうのは別の考えに思考が飛んだ後に思い返そうとすると具体的に何をどう考えてたのか靄がかかったように思い出せなくなっていた。

もどかしいなと胸中に呟きながら急に閃いた。

この海岸に来る者は皆無なら備忘録みたいに落書きしていいじゃんか。

なんでもっと早く思い浮ばなかったんだと思いながら、手頃な枝を見つけると砂浜に文字を刻み込んでいく。

こうすれば自分の気持ちが分かるような気がした。

真っ先に考えてみたのは大井姉のこと。一番それが簡単そうな気がしたからだ。

大井姉は……姉っぽくない。俺たちからも浮いてる。おいおい、これはさすがにどうなんだ。

そんなわけで消してから新たに書き足す。


     仲良くしたい



おお、いい感じだ。





気をよくして俺はどんどん書いて、違うと思ったことは足で砂をかけて消していく。

そうこうしている内に水平線が白み始めてくる。

誰が言ったか、明けない夜はない。

逆を言えばいつかは夜も来るってことだ。冷たく静かな夜が。

改めて――提督のことを考えてみた。木曾についても一緒に考えてみた。

そして白い砂浜に線を描く。考えそのものを刻み込むように。

しかし出来上がる文字の真意を掴みかねて、俺は消しては書き直していく。

今でも胸の内に宿る甘い痛みをうまく言葉に置き換えられないのがもどかしい。

気持ちを言葉にするのは簡単じゃないのは分かっていた。

説明できないと言えば聞こえはいいが、もっと単純に正体を掴めてない。

理解してない、つまりはそうなのかもしれなかった。

だから始まりはしても進みもしない。

そもそも俺は本当に……どうしたかったんだ?

過去に縛られるなと言われた。それはきっと正しい。

けれど過去を切り離してしまうと、俺は俺じゃなくなってしまう。




     好き


「……なんか違うな」


     スキ


「うん、こうだな。いや、もう一つだな」


     スキ?


「いや、これだ」


スキだった






――ああ、そうだったんだ。

気づくのがきっと遅すぎたんだ。

自分の顔を、頬を触ってみる。流れるものはない。

諦めとは違う気がした。きっと受け入れたんだ。

「ありがとう、さようなら……かな?」

なんでだろう。きっと俺は悲しいのに、それが悪い気持ちだとは思えなかった。

「……ん?」

不意に視界の端に白い物が見えた。

警戒感と興味を引かれて顔を上げると海上に何か白い物が漂ってる。

流木ではなさそうだし船か何かの残骸とも違う気がした。

疑問に思っていると白い漂流物がいきなり起き上がってきた。本気で驚いたからサーベルを抜いていた。

「なんだお前!?」





真っ先に深海棲艦が思い浮んだが、そいつは違った。

白いスク水を着た……艦娘、なのか? なんか自信がない。

スク水の腹の部分には朱文字で丸に囲まれたゆの字が書かれている。

気が抜けるのを実感しながら、それでも誰何はやめない。

「もう一度訊くぞ、お前は誰だ?」

「まるゆです! 先日着任したばかりです!」

ゴーグルを外すとショートカットの小柄な少女だと分かった。

かなり幼い感じで一回りか下手すれば二回りぐらい年下に見える。

「あの……できれば、その光り物を収めてくれませんか?」

まるゆに指摘されて自分がサーベルを抜いたままだとやっと気づいた。

危険はないと分かったのですぐに鞘に戻す。





「……悪いな。それで、そのまるゆさんは何をしてるんだ?」

「潜水艦なので潜ってました!」

「潜水艦だあ? 本当に潜れんのか、お前?」

「も、潜れますよ! 見ててください……まるゆの潜水!」

まるゆはもぐもぐ言いながら潜って……漂ってた。

伊号の連中とはずいぶん違うなぁ、なんて思ってるとまるゆが体を勢いよく起こす。

「どうですか!」

「本当に大丈夫なのかよ、お前。さっきのどう見ても漂ってるだけだったぞ」

「まるゆは大器晩成なんです! 大体あなたこそ名乗りもしないで誰ですか? 初対面でいきなり酷いこと言って」

「木曾だ。軽巡……今は重雷装巡洋艦の木曾だ」

「木曾……あなた、軍艦の時にも同じようなこと言いませんでした?」

「……覚えてねえなあ」

本当に覚えてない。

前の木曾なら覚えてたんだろうか……いや、たぶん覚えてないだろうな。





「いいえ、絶対に言いましたよ……まるゆは本当に潜れるんですから!」

「お、おう……そりゃ悪かった」

身に覚えがないけど、まるゆとやらは本当に気にしてるようだったので気の毒になった。

「なんでこんな朝っぱらから潜ってたんだ?」

「……練習してました」

急にしおらしくなったな。見てて飽きないやつではありそうだ。

「まるゆは陸軍工廠生まれの艦娘で潜水できるんですけど……今はまだあんまり得意じゃなくって」

「そういや陸軍から二人ぐらい回ってきたんだっけ」

ちらりと噂には聞いてたけど、こいつがその片割れか。伊号とも違うのは、それが理由なのか。

「もう一人があきつ……あきつしまだっけ?」

「あきつ丸さんですよ。よくそう間違えられるって言ってたから本人の前でそれ、やめてくださいよ」

「そうなのか、気をつけるよ」

あきつと聞くと、何故かあきつしまと続くような連想をしてしまう。うちにはそんな艦娘いないのに。


日付変わったけど、調子がいいので敢えて続行




「この時間にいるってことは、もしかして夜間から練習してたのか?」

「……はい」

「一人でか?」

「はい……伊号の皆さんは外洋で作戦に就いているとのことで、まだ会ったこともなくて」

まったく。ちょっと色々言いたくなってきた。

俺のそんな気配を察してるのか、元からの性格なのかは分からないが、まるゆは警戒して身構えているようだ。

……怖がらせてどうすんだよ、俺は。

「いいか? 夜間の単独航行は熟練の艦娘だって、それなりに危険だし神経を使うもんなんだ。ここは鎮守府に近いけど、それだって深海棲艦が入り込んでくる可能性だってゼロじゃない」

諭すように話す。自分で努めて優しい声を出すように気をつけながら。

「まあ、そうやって足りない部分を補おうとしてるのは感心したよ。だから、今度から練習したいなら誰かに必ず声をかけろ。声をかけにくいってんなら俺が付き合ってやる」

「いい……んですか?」

「俺だって対潜用の訓練はしときたいからな。やり過ぎて困ることなんてないだろ」

「あ、ありがとうございます! 本当にありがとうございます、木曾さん!」

なんだか、むずがゆかった。駆逐艦の中にも子供っぽいやつは多いけど、ここまでストレートに感謝されたのは初めてだった。






「まあ、そんなわけだから今は切り上げとけ。後で俺も艤装を用意して手伝ってやるから」

「はい、よろしくお願いします!」

砂浜に上がったまるゆは素足になる。足下怪我しないように気をつけろよ、なんて言ってると鎮守府の方から歩いてくる二人が見えた。

北上姉と大井姉だ。なんでまたと思いながら見てると、まるゆも俺の視線で近づいてくる二人に気づいたようだった。

「あの人たちは?」

「姉さんたちだ」

「お姉さん……いいですね」

「ああ。いい姉さんたちだよ……本人の前で俺がそう言ってたなんて言うなよ?」

まるゆは頷くと、俺の方は見ないで質問を重ねてくる。

「木曾さんはお友達も多いんですか?」

「あー……どうだかなあ。多いかは分からねえなぁ」





「まるゆは……来たばかりであきつ丸さんしか知り合いがいないです。潜水艦って言うと、みんななんだか引くし……」

「今も昔もずいぶん苦しめられたからな」

そういう反応自体は仕方ない、といえば仕方ないのかもしれない。潜水艦に沈められた艦は多いわけで。

しかし、まるゆたちから見たらとばっちりでしかないのも確かか。その辺は歩み寄って埋めていくしかないんだろう。

「なら俺がまるゆの友達になっておくさ。まあ俺とお前じゃ先輩後輩かもしれないけどな」

すると、まるゆにしがみつかれた。

どうしていいのか分からなかったけど、自然と頭に手を置いて撫でていた。

変に引きはがすのはよくないとも思って結局させるがままにしておく。





そうこうしてる内に姉さんたちがやってきた。

「やっぱり木曾じゃん。どしたの、こんなに朝早くから」

「俺は早く起きすぎたから散歩してたんだけど、そっちこそなんで?」

「大井っちが散歩するって言うから、くっついてきた」

いつもと逆のパターンか? 珍しいっていうか、そういうこともあるんだな。

その大井姉は目が合うと一瞬、俺から視線を逸らした。昨日のことがあるからだろう。やっぱり後でちゃんと謝っておこう。

「それで、そっちの子は? 見慣れない顔だけど隠し子?」

「なんでそうなるんだよ」

「基本じゃん、そういうのって。ねえ、大井っち?」

「え、ええ! そうです、基本です!」

「いやいや、勘弁してくれよ」

っていうか大井姉も今のは上の空で聞いてなかっただろ。

それでも大井姉もまるゆに興味を持ったようで、前に乗り出すように見ている。





「まるゆ、自己紹介だ」

「は、はい! 先日着任したまるゆと言います! 艦種は潜水艦です!」

「あ、何? 潜水艦?」

「ひっ!」

殺気すら感じさせて凄む大井姉にまるゆが大慌てで俺の後ろに隠れる。後ろに引っ張られたことで、怯えたようにマントの袖を掴んだのが分かる。

大井姉が潜水艦に嫌な感情を抱いてるのは知ってるけど、さすがにそれとこれは別だ。

「ちょっと大井姉、そういうのよくないと思うぞ」

「ちっ……確かにそうね、反省するわ」

大井姉は鼻を鳴らすようにして顔を背けてしまう。こういうところは、やっぱりどうかと思ってしまう。

「まー、こんなところで立ち話もなんだし戻らない? ちょっと早いけど間宮も開いてはいるだろうし」

反対は出てこなかった。

まるゆだけはどうしようかと迷っているようだったので、こっちから誘ってみたけどまだ及び腰って感じだった。





「……悪かったわね、まるゆ」

大井姉がなんと頭を下げた。そんな姿を見るのは初めてで、北上姉も驚いたように目を丸くしていた。

「昔の大井は潜水艦の雷撃で沈んでるのよ……だから、どうしても潜水艦って聞くと爆雷をぶつけたくなって」

謝ってるのか宣戦布告してるのか分からなかった。いや、姉さんなりに謝ってるのは確かなんだけど。

「つまり……私が悪かったってことよ」

「いえ……まるゆは気にしてません。気にしてませんから……」

俺を掴む力が強くなる。

まるゆは嘘をついてる。本当はかなり気にしているのだと。

板挟みだな。けど、どうしてかこういうのも悪くないと思ってしまう俺がいた。

「気にしてないなら一緒に行こうよ、まるゆ」

北上姉も声をかける。普段と同じようで、それでいて頼りたくなるような顔で。

普段と違う姉二人の様子に意外と感じるのと同時に、この二人のことも碌に分かってなかったんだと実感させられた。

「大丈夫だ、まるゆ。この人たちは俺の姉さんたちなんだ」

だから信じてやってくれないか。

そんな思いを汲んでくれたのかは分からないけど、まるゆは今度こそ頷いた。





鎮守府への途について歩いてると、北上姉がいきなりそこら辺に落ちている枝を拾った。

「帰る前になんか書いてかない? 願掛けみたいにさ」

まるでさっきの俺みたいだと思ったが、それは言わないでおく。それに俺は願掛けってつもりはなかったし。

「ちょっと面白そうですね」

と大井姉もその辺から何本か枝を拾ってくると俺と、それからまだ硬い表情のままのまるゆに渡してきた。

「じゃあ言い出しっぺのあたしから書いてみようかな」

北上姉が枝を砂浜に向ける。が、すぐに動かない。

「いざ書くとなると、なんだか難しいねぇ」

「願掛けとなると……やはり目標ですか?」

「目標はなんだろうねー、世界平和とか?」

「北上さんのキャラじゃないですね」

「違いねえ」

「うおぅ、二人ともひどいよ。あたしだって人並みには世の中を気にしてんだよ? でも、それで閃いたぁっ」





     カレー食べたい


「世界平和の後がカレーって……いいのかよ、そんなんで」

「だめ?」

「カレーなら私が作ってあげますよ!」

「んー、大井っちの気持ちだけでお腹いっぱいだよ。そういや木曾はカレー作り上手いよねぇ」

「……そうか?」

「よし、木曾は今度カレーを作ること。これはお姉さんからの命令であるぅ」

「……まあ暇な時でよければ別にいいぞ」

「ほんと? いやぁ、言ってみるもんだねぇ~」

「まるゆもその時は手伝えよ?」

「いいんですか?」

「ああ、カレーは艦娘の基本だからな」

「さあ、次は私ですね」





     ごめんなさい


「これはまた解説に困るねー」

「大人になると素直に謝れなくなっていくものなんですよ」

「でも、さっきはまるゆに謝ってくれたじゃないですか」

「ちっ、これだから潜水艦は……」

「それが大人の対応とは思いたくないなぁ……」

「でも球磨型で一番しっかりしてるのは、この大井ではありませんか?」

「えっ」

「えっ」

「もう次に行きましょう! 次! 木曾!」





     またあした


「その心は?」

「今日は昨日よりもいい日になる」

俺たちはたまには立ち止まる。時には後ろにも下がる。

それでも前には進み続けるし、自然とそうしてくんだと思う。

昔から艦ってやつは前に進むのが一番得意って相場が決まってる。

まあ、まるゆみたいに下に進むのが特徴みたいな場合もあるけど。

「じゃあ、最後はまるゆだな」

「……はい!」

まるゆは勢いよく書いていく。書き終えたまるゆは恥ずかしそうに、だけど胸を張っていた。



     ありがとう


今夜はここまで。木曾パートもここまで。重たい話なんてなかった

先週の時点じゃ一週間で終わらせるとか無理だろって内心じゃ思ってたんですが、案外いけそうなもんですね
というわけで2日か4日に鳥海と提督を書いて、このSSも完結とさせていただきます

やりました
http://fsm.vip2ch.com/-/hirame/hira093265.jpg




◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「一緒に飲みましょう!」

執務室に入ってくるなり唐突に言ってきたのは愛宕だった。

「飲むって俺と愛宕でか?」

「違いますよ、私たち姉妹と提督とでですよ。今日で鳥海の試験も終わるじゃないですか。そのお祝いに」

鳥海は改二艤装の運用試験に参加してるので今はここにいない。

運用試験も大詰めで今は燃料と弾薬を絞った状態、つまり深海棲艦との連戦が続いてるという想定での試験をしている。

ここで問題がないようなら晴れて実戦投入という流れだ。

「それで今夜、間宮でささやかながら祝宴をしようって。あの子、伊良湖ちゃんと仲いいから口利きしてくれて」

祝われる相手が幹事も兼ねてるのか。奇妙な話もあったもんだ。

それとも鳥海は祝われるのには興味がなくて、姉たちと飲むのが楽しみなだけでは。

もし、そうなら俺は邪魔じゃないのか。





「誘いはありがたいが、それなら姉妹水入らずでやったほうがいいんじゃないか?」

「そう考えてたら誘ったりなんかしませんよ」

愛宕は相手の警戒心を溶かす柔らかな笑みを浮かべている。

「それに提督、今の質問は野暮ですよ。あの子が一番見てもらいたいのは誰だと思ってるんですか?」

「それは……」

自意識過剰じゃないのか、と続くはずの言葉を飲み込んだ。

「気遣いもいいですけど、女の子にだってたまには強引なぐらいがいいんですから」

「分かった、分かったよ。時間を教えてくれ。ちょっと遅くなるかもしれないけど、それでいいだろ」

「さっすが提督。誘った甲斐がありました」

「おだてたって何も出てこないぞ」

愛宕の指定してきた時間は二一〇〇だった。

というわけで遅れるかもと言いながら、指定の十分前には間宮に着くようにした。

遅れるという前提で約束の時間を守れるのは、それなりにいい印象を与えたり喜ばれたりするものだ。

駆け引きなどと呼ぶにはあまりに陳腐で小賢しすぎるが、それでも印象というのはやはり大事になる。





すでに高雄型の四人は飲んでいて、俺の姿に気づいて案内してくれた愛宕の頬はほのかに赤くなっていた。

鳥海の隣の席に通されると、すでに冷酒が用意されている。これは嬉しい。

酒の好みを話したのは摩耶だったなと思い、斜向かいに座る摩耶を見るとそっぽを向かれてしまった。

「それでは改めて! ぱんぱかぱーん!」

「ぱんぱかぱーん!」

愛宕の音頭にノリノリで続いたのが鳥海で、高雄と摩耶は恥ずかしそうと言うかヤケっぽく真似をしてる。

この場で一番酔ってるのが誰なのかすぐに分かった。

「司令官さん! 唐揚げにレモンをかけるのはありですか? なしですか!」

どんなノリだ。しかも鳥海はそんなことを聞きながらすでにレモンをかけていた。

選択の余地がないじゃないか、と喉元まで出かかった。

まあ笑い上戸らしい鳥海は最近続いていた憂い顔が鳴りを潜めているようで仕方ないかなんて諦める。





ちなみに俺は唐揚げには何もかけないのが一番好きだ。塩でもなんでも他のものをかけると、下味がぼやける気がして損をしてる気分になる。

そのままの流れで食べ物の好みの話になっていた。

酒は好きだが、焼酎はやや苦手。安物を何度も掴まされたせいか、どうも香りがいいくせに味がいまいちというのを何度か体験してるせいか。しかし酔うには最適の酒だとは思ってる。

とんかつにはしょう油。カレーは辛口。ワインは甘め。ラーメンは煮干だしと鶏がらのスープが至高。焼き鳥はせせりとぼんじりが甲乙付けがたし。鯖は刺身より酢締めの方が実は好き。

なんて話をしてると食わず嫌いをしてないつもりでも、実はこだわりがあるらしいと気づかされたのは発見だ。

他にもちょっと真面目に――意外な気もしたが摩耶が振ってきたのは艤装の装備についての話で、鳥海の改二に付いてきた妖精見張り員の話などもした。

妖精見張り員はなんでも鳥海と綾波に似てるんだとか。今度見てみないと。

あれこれ話をしている内に酒がどんどん進んでいき、高雄と愛宕はぐいぐいと飲んでいった。飲み慣れてないのか、逆に慣れすぎてるのか見てるとペースがかなり速い。

そうこうしてる内に鳥海が席を立つ。

花を摘みに行ったのだろうと大して気にしないまま他の三人と話していると、なかなか戻ってこないことに気づいた。

時計を見ると十五分は経っていて、さすがに少し遅すぎやしないかと思い始めた頃、摩耶が呟いた。

「夜風にでも当たりに行ったのか? 提督、ちょっと見てきてくれないか?」

「俺でいいのか?」

摩耶らしくない頼みだと思って聞き返す。鳥海絡みなら俺に頼むより自分でやりたがりそうなのに。






「そうしたいのは山々だけど姉さんたちも結構飲んじゃってるし」

「私たちがなんですの!」

高雄が摩耶に抱きつくと甘えるように頬をすり合わせる。

「ずるーい! 摩耶は私のものなのよー!」

さらに愛宕が逆から摩耶に抱きついてくる。そういや世の中には抱き癖のあるやつもいるんだったな。

「というわけなんだ……つーか、あんまジロジロ見んなよ」

「はいはい、仰せのままに」

鳥海が気になっていたのは確かだし、絡み酒の類は面倒なので摩耶に任せてしまう。

立ち上がると、自分の頭を揺すりたくなる衝動に駆られてしまい酔いが回ってるのを実感した。

鳥海は花を摘みに、なら俺はその花を手折りに……って何を訳の分からんことを。

思ってる以上に俺も酔ってるらしい。少しばかり不安定な足下で間宮を出ていく。



◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆





◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



摩耶は夜風になんて言ってたが、外に出る前に先に女子トイレを探してもらうべきだったと思った。

さすがに緊急を要するわけでもないのに自分から入るのは躊躇われたし、他の誰かに頼むのもあからさまに不審すぎる。

まあ仕方ないなんて思いながら外に出てしまうと、火照った体に夜風は程よく涼しく感じられた。

ほとんど直感で歩いていると波止場で鳥海を見つけた。

係留用のボラードに背中を預けて空を見上げている。見下ろしてきたのは月と星々だ。深海棲艦が現れてから、空は少しだけ綺麗になったような気がする。

「あ、司令官さんじゃないですか。どうしたんですか?」

「戻ってこないから探しに来たんだよ」

「そうなんですか……ありがとうございます」

そう言いながらも鳥海はその場から動こうとはしないので、隣に俺も腰を下ろした。

「空を見てたのか?」

「はい……司令官さん、空の先には宇宙があるんですよね」

「らしいな。星と星の間に横たわる無重力の空間って話だ」

まだ人類は誰も到達していない世界。あるいは米ソが第三次大戦などで徒に国力を摩耗させなければ、今頃は誰か月に行けてたのかもしれないが。






「天国は……宇宙にあるんでしょうか?」

「どうかな。案外、見えてないだけですぐ隣にあるかもしれないし」

こういう話をするということは、やはりまだいつまでが気にかかってるのだろう。

けれど見返す鳥海は確かに笑っていた。

「それって司令官さんが私の天国って言いたいんですか?」

「いや、そんなつもりじゃ」

鳥海の手が俺の掌を押さえると体を前に回す。

潤んだ深紅の瞳が夜を背景に俺を見つめる。

「司令官さん、私……」

鳥海が目を閉じる。上気した肌、熱っぽく濡れたような桜色の唇が上を向く。

何を望んでいるのか分かる。不安もあるのかもしれないが、今の鳥海は全身で期待を表わしていた。

だから――額を小突いた。





「痛っ!? 本当は痛くないですけど驚きました! なんなんですかっ!? せっかく……せっかく勇気を出したのに!」

「酒の力を借りるのは勇気とは言わないぞ」

「うぅ……司令官さん、もしかして怒ってます?」

「かもな。酔ったやつの言うことは当てにならない」

「……酔ってなかったら応じてくれましたぁ?」

「ああ」

「鳥海は残念なのです……」

「だいぶ酔ってるな……」

「そうなんです。だから、こんなことだってできちゃいますよ」

いきなり首に手を回ししたと思ったら胸を顔に押し当ててくる。

ジャケット越しにも女らしい柔らかさがこれでもかと伝わってくる。





「こういうのは素面で!」

「酔ってるからできるんですよー」

それはそうかもしれないが、とにかく引きはがす。酔っ払いのペースには付き合ってられない。

「司令官さんったらおさわりは禁止されています~。その手、落ちても知らないですよ?」

「いや、お前……今のは自分から触ってきたんだろ?」

「ふふふ、怖いか?」

「かわいい」

いや、そうだけどそうじゃない。なんで龍田と天龍らしき物真似なんかしてるんだ……。

「とりあえず第八艦隊の真似はやめてだな」

「はい、鳥海は大丈夫です! 艦隊の頭脳と言われるよう頑張ります!」

「だから物真似はやめなさい」

「気合い! 入れて! 真似してみました!」

楽しそうに敬礼までしだす。まあ鳥海が楽しそうならいいかと、ちょっと投げ遣りな自分を自覚する。





それにしても金剛型の声真似が上手いのには結構驚いた。

「しかし、そこまでやっといて金剛はやらないのか」

「……金剛さんにはわだかまりがあるんデース」

あるのかないのかどっちだよ。

でも、本当にわだかまりがあるとしたら、それはレイテでの誤射説が遠因なのだろうか……。

鳥海は糸の切れた操り人形みたく、その場で項垂れたまま言う。

「金剛さんはデリカシーがないんです。司令官さんには私がいるのに会う度にバーニングラァァァブってなんなんですか。いずれ決着を付けないと……」

そこか。自分の予想に比べたらなんてことなくて、ずいぶんかわいいもんだ。

「そこは穏便にな?」

「大丈夫ですよ……私は気にしてませんから……金剛さんが気にしてても私はもう……」

俺の話は聞いてないようだ。





こっちを見上げた鳥海は眠たそうな顔をしていた。そういえば酒にはそこまで強くないと言ってたっけ。

いくら艦娘でもこんなところで寝たら風邪を引くかもしれない。

鳥海を軽く揺する。

「立てるか、鳥海?」

「立てます……」

「無理か?」

「無理です……」

だめだな、これは。背負って連れて行くしかないか。

まだ意識がある内にやってしまったほうが楽だ。

「ほら、手を回して背中に寄りかかって、あと足も開いて」

「はい……」

一息に立ち上がると鳥海は思ってたよりもずっと軽かった。これなら運ぶのもなんとかなりそうだ。

さっき抱きつかれた時も思ったけど、やっぱり柔らかいな……。





「司令官さん……大好きです」

囁くなんて甘いもんではなく、ほとんど寝言のようだった。

酔ってるやつに言われたって……嬉しいけど。

「うん、俺もだ」

「……うれしいです」

すぐに寝息が聞こえてきた、他には潮の音だけが響いてるぐらいだ。

「くくく……酒の力を借りてるのは俺もか」

寝息を立てて無防備に体を預けてくる秘書艦からは甘い香りが立ち上って、潮に混じって鼻をくすぐっていく。

頭上では星が瞬き月は柔らかく光を投げかける。波が砕ける夜の海は暗く、同時に魅惑的にも見える。それでも俺の気持ちは鳥海にしか向かない。

「月が綺麗だな」

……もっと率直に言わないと伝わってくれない気がする。

そして面と向かい合って言えるだろうか?

……言いたいな。

確かな暖かさと重みを感じれば、そう考えるのはごく自然だと思えた。



◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


もう少しですが頭痛いので一回休憩します。今日の内に最後までたぶん終わらせます
最初期に書き溜めた文がようやく生きてきたというか

乙乙
カッコカリおめでとう

>>199
祝福しろ。結婚にはそれが必要だ(ありがとうございます)


二十三時ぐらいから残りを投下予定となります




◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



鳥海を背負ったまま間宮に行くと店仕舞いした後だったので、部屋まで運んで行くと鳥海と高雄の部屋には鍵がかかっていた。

すると、こちらの気配に気づいたのか隣の部屋から不機嫌そうに見える摩耶が顔を出してきた。

「鳥海は提督の部屋で寝かせてやってくれよ」

事も無げに言う摩耶に絶句した。すかさず摩耶が付け足す。

「さっきまで高雄姉さんが酔って暴れて、それをやっとのことで部屋に閉じ込めたんだから今日はそっちの部屋は使用禁止」

絶対に嘘だろ。とは思ったが、じゃあなんでそんな嘘をつくんだと。

「そっちに寝かせればいいだろ」

「こっちはベッドが二つしかないから定員オーバー。そうなると提督の部屋しかないだろ。はい、この話はおしまい!」

摩耶は部屋のドアを勢いよく閉めると鍵までかけてしまった。

無茶苦茶だ。

執務室に戻ればマスターキーもあるが、そこまで戻るのなら俺の私室に寝かせてしまう方が早くはなる。





「……一夜を共にしろって?」

それは願ったり叶ったりだが、こんな形で後押しみたいな真似をされるとは思ってなかった。

……据え膳食わねばなんとやらとは言うが、ここで待ち呆けていても事態は進まない。

眠りこけた鳥海を抱えて部屋に戻る頃には、さすがに疲れて腕が痺れるわ汗だくになるわで散々だった。

それでも鳥海は熟睡したままだったので部屋のベッドに寝かしつける。眼鏡を外したが鳥海は起きてこない。

シーツなどは毎朝新しい替えが用意されるので汚れてはいないのが幸いだった。

とにかく汗もかいたし風呂に入ってこよう。その間に鳥海が目を覚まして出て行けばよし。まだ寝ていたり起きても部屋にいた場合はその時に考えればいい。

……そうして普段より念入りに体を洗ってから戻ると、鳥海はまだベッドで眠ったままだった。

まったく無防備な秘書艦だ、なんて思いながら部屋の電気を点けるのはやめた。

代わりに窓のカーテンを開けると月明かりが差し込んでくる。

いくらなんでも寝てる相手にどうこうしようという趣味はなかった。





椅子を月明かりの当たる位置に置いて座る。これからどうなるにせよ起きるまでは持久戦だ。

空気が流れてないような沈黙が続いている内に俺も睡魔に捕まった。

鳥海はまだ起きない。まあいいさ。部屋の鍵は開けてある。この手からするりと抜け落ちるのなら、それも仕方ない。仕方ないけど……嫌だ。

――どのくらい時間が経ったのか、物音がしたような気がして目を覚ました。

自分の状況が一瞬思い出せなくて戸惑ったが、自分のベッドに腰かけている鳥海を見て思い出した。

空には未だに月が輝いている。そして鳥海は外しておいた眼鏡をかけて、シーツを胸にかき抱くようにして俺を見ていた。

「おはよう。まだ夜みたいだけど」

少し間の抜けた挨拶を俺はしていた。



◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆





◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



微かな頭の痛さも今は飛んでいってしまった。

どうして私が司令官さんの私室にいるのかは分からない。分からないけど二人で何を話して私が何をしたかは残念ながら覚えていた。

なんて恥ずかしいことを……と後悔してももう手遅れだった。

でも、それでここにいるのだとしたら……それは悪いことでもないの? 私の頭はまだ上手く働いてくれないみたいだった。

「おはよう。まだ夜みたいだけど」

「お、おはようございます……」

私はなんだからずれたやり取りをしている気がした。でも、ちょっといいかななんて思って、この感じ方がやっぱりずれているだと感じさせるみたいで……落ち着きなさい、鳥海。

「いつまで生きられか、鳥海はそう聞いたよな」

「……ええ」

無意識の内に抱き寄せていたシーツを私は握りしめていた。





「やっぱり俺には分からないな。だけど、いや分からないからかな」

司令官さんは椅子から立ち上がると、私を真っ直ぐ見つめてくる。

「俺と競争してくれないか?」

「どんな競争ですか?」

「どちらが長く生きていけるか」

「……それは」

「これからも一緒に生きてくれないか?」

私はその意味を……二つの思いで受け止めてしまった。

司令官さんの真意が私の望み通りならすごく嬉しい。

同時に、その真意が私も望んだ通りならとてつもなく重くて。





「それは! それも……何かの任務でしょうか?」

考えることさえできない頭が、そんな最低な言葉を返していた。

私はきっとこの時の司令官さんの顔をずっと忘れられない……そう思うぐらい、私は自分の言葉に後悔した。

「任務ならいいのか?」

私は大事な局面に立っている。命を懸けるのと同じぐらい大事な局面に。

「どうなんだ、鳥海」

「――っ」

お願い、声を出して。

「わ、私は!」

どうか、私の気持ちを。

「い、嫌です!」

そう、嫌だ。そんなの私は望んでない。私とあなたの間をそれだけで分けられてしまうなんて。

「任務だけの繋がりなんて……それだけの繋がりしかないなんて嫌です!」





気づけば私は司令官さんに詰め寄って思いの丈をぶつけていた。

「私たちはいつまで生きられるのかも分からないんですよ! この戦いを生き延びれるかも分からない、生き延びても艦娘がいつまで生きられるかも分からない!」

私は……あなたよりも先に死にたいです。

私は高雄型の最後の一人だったんです。高雄姉さんは生き残りましたけど、あの時の情勢じゃそんなのは奇跡みたいなものでしたから、ずっと最後だと思ってました。

大切な人たちが私より先に逝ってしまって独りだけ遺されて……そんなのはもう嫌なんです。

あの時の気持ちをまた味わうぐらいなら、私は先に逝ってしまいたい。

「……なんだよ、それは」

怒りを滲ませた声が私の体を静かに震わせた。

「それも含めて生きてくってことだろ。遺して遺されて、それが!」

「でも……でも! 私は艦娘で人とも違うんです。いつかきっと!」

抱きしめられた。熱に浮かされてるみたいだった。





「俺は代わりに血を流してやることもできないし痛みも肩代わりできない。同じ場所で戦ってやることだって」

そんなの……あなたが気に病むことじゃないんです。でも、そんな言葉も出てきてくれなくて。

「それでも一緒にいたい。俺にできるなら鳥海を支えたいし、俺も鳥海に甘えて頼りたい」

違う、そうじゃない。司令官さんが小さく呟く。

「俺は……ただ一緒にいたいだけだ。鳥海には辛い選択になっても俺はもう……嫌なんだ。何もできないまま手放すなんて」

手を、離したくない。ああ、そうだったのに。そんな簡単なことだったのに、どうして私たちはいつも。

司令官さんが私の手を掴む。少し硬い、けれど確かな温もりを宿した手が。

「俺たちが離れ離れになる、その時まで」

「本当に私で……いいんですか?」

「鳥海じゃなきゃだめなんだ」

思いが溢れて、それを抑える術なんか私にはなくて。

私は生きていた。今も生きている。これからも生きていきたい。

だから私は想いと共に声を上げた。





「月が綺麗ですね」

「死んでも構わない」

「司令官さんったら……定型文ですよ。それに縁起も悪いです」

「でも俺たちにはそれが一番だ」

「先に死なせたりなんかしませんから」

「俺はできれば看取ってもらいたいんだけどな」

「約束なら、できませんよ」

――もう迷わない。

この人を全て受け入れて進んでいく。

もっと先に、もっと深く、行けるところまで行ってみたい。

手が差し出される。遠くに行ってしまわないよう掴み続けようとしていた手が。

願うばかりで、その手に満足に触ってこなかったのに気づいてしまう。

でも、これからは……。

人が誰かを求めるのは、この暖かさを知ってるからなのかもしれない。

それは艦娘である私たちも変わらないのかも。

「私にも……暖かさはあるのでしょうか?」

「当たり前じゃないか」

「うれしいです」

こんな時にどうするかは知って――ううん、自然とそうしたくなった。

司令官さんの背中に手を回して、そのまま二人でベッドに倒れ込む。

体をくっつけたまま耳元で囁く。

「あの、私を……もらってください」

高揚感に身を委ねて、熱に誘われるままに。

嬉しいことも悲しいことも、楽しいことも辛いことも全て司令官さんと一緒に。

あなたは私にたくさんを教えてくれました。

だから願わせてください。

これからもあなたと。

いつか私たちを、死が分かつまで。





おしまい

長々となりましたがお付き合いいただきありがとうございました。
この鎮守府絡みというか、この二人絡みの話だとまだまだ書きたいことはあるのですが、どうにも作者がこの二人に引きずられ過ぎてる感があるので及び腰でもあります
なので、しばらくはこの二人をメインに何か書くってことはないと思います
でも鳥海と金剛姉妹の話は扱っておきたいのでいずれ書ければと思う次第。というか誰か書いてもいいのよ?
鳥海はなんで取り上げられないのかが不思議なぐらい史実にネタが転がってるので

ともあれ当座は期間が終わってしまいましたが、浴衣朧で短編書いて、ちょっと落ち着いたら安価も一度はやってみたいかなと思ってます

後書きまで長くなってますが、ここまでお付き合いいただいた方々に感謝を。これから読む人がいたらやはり感謝を
誰かが付けてくれた乙などがなければ、ここまで書けた気がしません。またどこかで読んでいただければ幸いです

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