P「家族計画」 (52)

クロスオーバーとはたぶん違います。あしからず。

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—どうも騙されたようだ。

騙されたかな?騙されたかも?という懸念はあった。ずっとあった。
案の定、騙されたことが「つい先日」発覚した。

「九魯威」は信用できる組織と聞いていたのに。

送迎・住居・仕事の3つがセットになったお得な出国パックと聞いていたのに。
確かに仕事も住居もあったが—その「仕事」が。

困惑である。

だがどうやらここは日本のようだから、第一の目的は達成した。
目的は他の人とは違いお金ではない。

だからあのような格好をさせられてあのような行為をさせられるのは、とても困るのだった。


まぁさほど気にすることでもないのかもしれない。
思ったほど苦痛でもなかった。
でも、あまり気分のいいものではない。それは確かだ。

結論—「困る」
そこで彼女の下した決断は—

逃 亡

もし捕まったら殺されるなーと思っていたので、腹をくくって、ついでに店の人間の荷物を永久に拝借してしまった。

これで当面は何とかなるかもしれない。
あとは逃げるだけである。言葉にすると簡単なことに思えた。

けれど、そこは勝手わからぬ異国の地。
慣れない土地に、油断するとすぐさま追っ手。
路地裏に隠れて身をひそめて2日。鞄にはラベルのない薬の瓶。

ご飯もしばらく食べていない。
当面のお金は最初の「仕事」でもらった数枚の紙幣のみだった。


まる1日?1日半?
もらった紙幣を取り出して考えてみる。
これでいったい何が食べれるのだろうか?
油淋鶏?豆飯?

そこまで考えて少女はため息をつく。
どちらにしろ今のこの格好では、買い物もままならないのだ。

このあからさまに外国人ですと言わんばかりの服。
ちょっと血なんかも付着してたりして。

なにも食べていない。空腹。
何も飲んでいない。のどが渇く。
日本の夏、キ○チョーの夏。
キ○チョーってなんだろう?

なぜか星さえ見えない空を見上げて考えた。


みんなお金のことばかり考える。

同じ船に乗ってきた人たちもそうだった。
でも仕方がない。
お金がなければ家族が飢えて死んでしまうから。

だからお金を手に入れることを否定する気はなかった。

もしかしたら日本みたいなお金の国は、お金のために星まで売ってしまったのではないかと考えた。

「…」

「○▽×◎■!?」

「!?」

遠くから耳慣れた言葉が聞こえた。
ここ2、3日で何度も聞いた言葉—


立たなきゃ。
立って移動しなきゃ。

ぐっと足に力を込めた瞬間、視界がゆがむ。

「はー?」

ドンガラガッシャーン!!

こけた。盛大に。

まずい。今の音で気づかれたかなーと、すぐそばにある地面を見ながら考える。
非常にまずいのだが、なぜか危機感も感じない。いや、感じなくなってきたのほうが正しいかもしれない。

なんだか眠く—意識が—

母親の夢を見た。

「媽媽—」

ちょっぴりしあわせ




ごみを捨てに路地裏に出ると、そこに少女が行き倒れていた。

「…」

これはいったい…。

頭の中を疑問符が渦巻く。
そもそも生きているのか死んでいるのか。
俺はごみを両手にしばらく考え込んだ。

今までも酔っ払いが倒れていることなら何度かあった。
ただこんな女の子が倒れていることは初めてだ。
よく無事だったものだ。

あるいはもう無事ではないのかもしれないが。
だとしたら厄介なことだ。


俺はその少女の脇腹をつま先でつつく。

「おい、生きてるか?」

「……ん」

どうやら生きてはいるらしい。
少なくとも、最悪の面倒事には巻き込まれずに済んだというところか。

この件は慎重に行け。
俺の本能がそう告げている。

この格好からすると—ホステス?デリヘル?
…俺よりはだいぶ若く見えるこの子が?

「おい。どうしたんだ?」

声をかけると、少女はうっすらと目を開く。


「大丈夫か?一人で帰れるな?」

「…」

キレイな目をしていた。

「…あ…」

女の子が何かを呟く。

「…我…想要……一杯…水……」

それだけ言うと、少女は目をくるくると回した。

「…あいやー」

ぱたりこ

「おい…」

頬をぺしぺしとたたく。反応はない。


「まいったな…」

再び少女を見る。
国籍は—まず間違いなく中国だろう。これはイントネーションからわかる。

服装は白いチャイナドレス。スリットが不自然に大きい。
下着が見えそうなくらい切れ上がっている。

良くて水商売、悪けりゃ風俗。
—もっと悪いパターンだってあるかもな。
どっちにしろ、普通の一般人ってわけじゃなさそうだ。

「…ったく」

しかしドレスは少女にまったく似合っていない。
こういうタイプには、もっとこう…健康的で健全な格好が合う気がする。
…リボンとかも似合いそうだな。

さっきの目。キレイな目。
それからも健全で健康な印象を受けた。


純朴な内面と不自然な外見。
この構図はあまりいいものにはならない。

しかしここいらじゃそんなことは当たり前だ。
なんてことない日常だ。
そう、だから自分の責任なのだ。
自分の尻拭いは自分でするもんだろう。

見たところ目立った外傷はなさそうだが—

「おーい、Pくーん!どこいったのかなー?」

陽気な声が俺を呼ぶ。

「Pくー…あれ?」

P「黒井店長…」


黒井「ノンノン!私は店長代理だよPくん!間違えたらいけないな。言葉の乱れは風俗の乱れなのだからね」

日本で一番乱れた街で、そんなことをいうのはこの人くらいのものだった。
ただ、今は口ごたえする気にもならない。

P「それより店長、これを」

店長の目が少女に注がれることしばし—

黒井「どうやら、さっそく風紀が乱れているようだな、Pくん」

P「ちがうっつーの」

黒井「人目につかないのをいいことに、Pくんがこんなところで破廉恥行為を!」

P「そんなことしてないでしょう!」


黒井「まぁまあ落ち着きたまえ。君だって年頃の男子なんだ、衝動的に強○の一発や二発くらい衝動的にしてしまうことも…」

P「あ ん た の 国 で は 年 頃 の 男 は み ん な 強 ○ の 一 発 や 二 発 を す る の か ?」

ドスの利いた声で言った。

黒井「いやいやいやいや、ふっふっふっ」

P「都合が悪くなるとすぐごまかしますね」

中華料理店「黒龍」店長代理、黒井崇男とはこんな人だ。

黒井「おまわりさーん、おまわりさーん!」

胸ぐらをつかんで恫喝する。

P「警 察 を 呼 ば れ た ら い ろ い ろ と 困 る の は あ ん たの ほ う じ ゃ な い の か ?」

黒井「いや、まぁそう怒るものではないよ。些細な誤解じゃないか」

P「強○が些細か!」

俺は店長の胸ぐらをつかんでいた手を放す。


黒井「で、これなぁに?」

P「俺が聞きたいくらいですよ」

黒井「ふむん…」

外見も黒いが、中身はもっとどす黒い店長代理はしばらく思案すると、

黒井「そうだ、Pくんに何とかしてもらおう。第一発見者だし」

P「待てや!」

黒井「それがいい、そうしよう、うん!名案名案!名案が明暗をわけた、なんちゃって」

P「亡き者にしたい…」


黒井「それじゃその線でよろしく」

P「無理ですよ、警察に連絡しましょう」

黒井「警察はちょっとなぁ…」

P「なんでですか?」

黒井「ほら、僕だっていろいろとねぇ、ほらあれだよあれ」

というと、店長は店にぱっと戻ってしまった。

黒井「とにかくぼく知ーらないっと」

P「お、おい!」

黒井「あー、それも仕事ということでよろしく。早退していいからねー、その子のことよろしくね、アデュー!」


ひょいと顔だけ出して言う。

黒井「あまり人目に触れさせないほうがいいと思うよ」

P「ま、待て!人の話を…!」

店内からスタコラサッサ—と擬音が聞こえた。

P「く…!」

俺は改めて、路地裏に倒れる薄汚れた少女に視線をやった。

「…」

退廃の匂いがした。

黒井「Pくん、それはゲロの匂いだろうね!」

P「エスパーかあんたは!」

P×黒井店長・・・書けそうだピヨ

別世界置換系か

アイマスで西部劇をやったssを見たことがあるが
アレ面白かったなあ‥
期待

(タイトル見て朝っぱらから何を書いてるんだと思ったなんて言えない‥)

家族計画はガチ泣きしたゲームだから期待待機

そういや名前同じだったな字は違うけど




「…ん」

P「起きたか」

ちょうど冷やしたタオルを替えてやったところで、少女は目を覚ました。
むくりと身を起こす。

P「あ、おい急に動いて大丈夫か?」

「…?」

かくんと小首をかしげる。
—状況を理解しとらんな。

P「あんた、うちの店の裏で倒れてたんだ。覚えてるか?」

女の子は俺を見た。
まだぼんやりしている。


「あー…」

P「…」

「にんつぁおー」

P「は?」

にんちゃ…つぁ?なんだ?

「しぇんも?」

またわけのわからん言葉が…。
当たり前だ。この子は中国人だった。

P「あー…とりあえず顔でも拭いとけよ」

と言って濡れたタオルを差し出す。

「…?」

見つめるだけで受け取ろうとはしない。


P「ほら」

と言ってずいとタオルを近づけると、

「…!」

女の子はびくっと身を引いた。

そんなに怖いか?おれ…。
ちょっとショックだ。

『…Pは、顔が怖い…』

P「…」

まあ、確かにそうなのかもな。

タオルを使って顔をふくゼスチャーをして見せたあと、タオルをポンと投げる。
女の子はしばらくタオルと俺の顔を交互に見ていたが、やがてこしこしと顔をふき始めた。

「…謝謝」

しぇいしぇい…か。
これはわかる。


P「ったく…」

台所に行って、コップに水を汲む。

ひとつだけわかったこと。
それは俺、Pがまたまたパンチの利いた不幸に見舞われたということだ。

P「不幸だ」

グイッと水を飲み干す。
ま、俺の不幸なんざ今に始まったことじゃないがな。
他人と関わり合いになるといつもこうだよ。

少女のところに戻り、空のコップをテーブルに置く。

「…?」

P「…すまん」

本当にどうかしてる。
俺はそそくさと台所に行き、水を汲んできた。

「…くす」

笑われた。ちっ。


少女はよほどのどが渇いていたのか、渡した水を一息に飲み干してしまった。

「…清再、給我一杯」

わからん…がなんとなくわかる。

P「もう一杯だな」

再び水を汲んでくる。

「謝謝」

今度は一息には飲まず、ちびちびと口に運んでいる。

P「…」


目の前の少女を見ながら考える。

他人と関わり合いになるとろくなことにならない。
だから店長命令だろうが、頑として拒否すればよかったんだ。
なのに—

『悪ぶったお人好しだと思う』

『だから、不幸になるのよ』

P「…」

…少しだけだ。
少しかくまってやるだけ。すぐに出てってもらうさ。
俺だって自分ひとりで生きていくので精一杯なんだ。

「…我叫天春香」


P「え?」

なんだ?
二杯目の水を飲み干した少女が口を開いた。

「我叫天春香」

P「ちゅんふぁ?」

春香「春香」

自分の胸に手を置いてそう言う。

P「なんだ?あんたの名前か?ちゅんふぁ?」

といって指差すと、少女はこくこくとうなずいた。


P「あー…おれはP」

春香「…ぴ?」

P「Pだ。ピー」

春香「ぴー…P」

P「そうだ」

春香「謝謝不尽、P」

というと、春香はにっこり笑った。
子供みたいに無邪気な笑顔で。




がつがつむしゃむしゃんぐんぐ

P「…」

はむはむぱりぱりちむちむ

よほど空腹だったのだろう。
俺が出した料理を、春香はすごい勢いで食べた。

P「足りなそうだな」

春香「…むぐむぐ…」

聞こえていないようだ。

ため息。

中華料理店でのバイトが無闇に役に立ったな。
作る身としては、こうしてがっついてくれるのは結構うれしいものだ。


結局、小さな一人用のテーブルには収まらなくなった料理を、二人で平らげた。

春香「…うぃ」

料理を食べ終えると、どこで覚えたのか春香は三つ指をついて深々と頭を下げた。

P「さて…」

これからどうしようか。
対面で春香はずずず…とお茶を飲んでいる。

P「あー…とりあえずシャワーでも浴びてこい。臭いぞ」

意味が通じてないのをいいことに、本音を言う。

春香「ほ?」

当然通じない。


P「シャワーだ、シャワー」

水を浴びるゼスチャーをする。
少しすると、

春香「…!」

意味が分かったのか、春香は目を輝かせてこくこくとうなずいた。

P「狭いけどな、そこは我慢だ」

とりあえず適温のお湯が出るように調節してやる。

P「あとはわかるだろ」

春香「…うぃ」


春香がバスルームに入ってしばらくすると、水音が聞こえてきた。
それを聞きながらタバコに火をつけ、ゆっくりと紫煙を吐き出す。

しかし、これからどうすればいいんだ?

警察…はやはりまずいのだろうか?
何せ小奇麗な中国人の女の子があんなところで、この街で行き倒れていた。
まともなはずがない。

暴力団対策の新法ができて、外国人マフィアの取り締まりが強化されても、やっぱり歌舞伎町は歌舞伎町だ。
さまざまな人間が住む、日本の暗黒街—
机に肩肘をつき、何度目かわからないため息を吐く。

P「難儀だ—」

春香「P」

P「いや今のは春香のことじゃないぞ」


春香「P」

P「ああ、着替えか」

自分で言ってから思いつく。
そうだ着替え…

シャツとズボンは俺のを使うとして、下着はどうする?
コンビニに買いに行くしかないのか?俺が?

春香「P」

P「ちょっと待て、いま考えて…!?」

と言った瞬間には後ろから抱きつかれていた。


P「お、おい!?」

春香「謝謝、謝謝…」

春香はずっとつぶやきながら、腕に力を込めてきた。

P「わ、わかった!わかったから!」

あまり春香に触れないように、腕を振りほどく。

P「よせ!そんな真似は」

P「そんなことをしてもらいたくて、助けたわけじゃない!」

春香「……あ」

意味はわからなくとも何かしら感じ取ったのだろう。
春香は腕を放すと、すっと体を離した。

P「…対不起」

といぷちー?
…ごめんなさい、だろうか。


P「いや…いい」

春香「真対不起」

P「泣くなよ?」

春香「…」

P「わかった、おまえは情緒不安定なんだ。もう寝ろ」

後ろを見ないようにしながら、布団を指差す。

P「どのくらい放浪していたかは知らんが、一晩だけ休ませてやるから」

タンスをあさって適当なシャツとズボンを春香に渡す。
しばらくすると後ろからしゅるしゅると音がした。
音がやんでから、さらにゆっくり10秒数えた後、ゆっくり振り返る。

春香「…」

P「よし」


春香を布団に押し込む。

P「服は洗濯しておく。明日になれば着れるくらいには乾いてるだろ。それまでは我慢してくれ」

春香「…」

こく、とうなずく。
しかし春香はじっと俺のことを見つめていた。

P「寝ろって」

手のひらで瞼を閉じさせる。

春香「…謝謝、P」

P「しぇいしぇい…ね」


部屋の電気を消し、台所の電気をつけた。
洗濯かごにある春香の衣服を洗濯機(元廃品)に突っ込み、部屋に戻ると静かな寝息が聞こえた。

P「…ゆっくり休め」

しかし、あの時の春香の行動は…。
借りを、返そうとした…ってことか?
今の春香にできるお礼と言ったら、いわゆる「そういうこと」しかなかったってことか。

ということはあいつは今まで—

P「…」

まあ、考えるまい。
事実そうにしろ、そうじゃないにしろ、他人事だ。


とにかく身元だけでもわからないだろうか?
そういえば、バックを一つ持っていたな。

P「悪い…見せてもらうな」

鞄を開ける。

P「なんだこりゃ?」

鞄の中には錠剤の入った瓶が何本かと、へたった封筒が入っているだけだった。

P「…」

封筒には数枚の札。
瓶のほうはすべて同じものだった。すべて封は切られていて、開封済みである。

梱包前の商品か?

P「なんでこんなもんもってんだ?こいつ」


俺は何気なくふたを開けると、三錠ほど口に放り込んだ。
ま、なにかのビタミン剤のようなものだろう。

P「さてと」

疲れた。
俺も寝るか。

ジャージを丸めて簡易枕にし、なるべく春香から離れて部屋の隅に寝転がる。

自慢じゃないが俺は枕さえあればどこでも寝ることが—

P「…」

P「…」

P「…」


できないじゃないか。

なんか蒸し暑いな今日は…そろそろエアコンがほしくなってくる時期だ。
くそ、さっさと寝てしまえ。

P「う…うう…」

なんだ!?どんどん暑くなるぞ?
暑いってか…熱い?体が…。
あ、くそ…!おっきしちまった!ガッデム!

なんだよ、女の子が同じ部屋にいるから意識してんのか?俺。
それは俺がこの三年くらいご無沙汰してるからか!?

無節操な話だ。

しかしほんとになんか変だ。
急にいい匂いが…春香?
…嗅覚が過敏になったってのか?


P「う…」

体が熱い。
寝返りを打つ。

どっどっどっどっ

え?これ心臓の音か?

どっどっどっどっ!

P「うが…」

まずいな。
すぐそばで春香が寝ている。
春香が…

馬鹿な、あいつは…駄目だ、何を考えてるんだ俺は。


そうだ…あいつに…。
あいつに連絡して…。

いや、駄目だ。それまで我慢できる気がしない。
第一お互い大人になってるからってそんなこと…。
それに…

もうあいつには会わないって、決めたんじゃなかったのか?

P「く…」

駄目だ、とりあえず外に行こう。
これ以上ここにいたら何をしてしまうか…。
そうだ…風○にでも行こうか。
経済的に苦しいがしょうがない。

助けた人間を襲うよりマシだ。


ゆっくりと身を起こす。
自分の股間に目をやると、信じられないくらい膨張していた。

こんなに大きかったんですか?

…なぜ敬語だ。
くそ!俺の体はどうしちまったんだ!?

春香「…P?」

P「!?」

馬鹿、声をかけるな!

春香がむくりと体を起こした…気配がした。
瞬間、部屋の空気がぐるりと動き、俺の鼻を甘い香りが刺激する。

まずい。

春香が近寄ってくる気配がする。


P「くるな…いいから…」

声がかすれる。心臓が暴れる。

P「大…丈夫だ」

手を突き出して拒否の意思を伝える。

ぼんやりした意識の中春香に目をやると、暗闇の中、大きなシャツの胸元から白い肌が見える。

P「うぐぅ…」


春香が近づいてくる。

頼む、俺を—

春香が近づいてくる。

俺をこれ以上、最悪な奴にしないでくれ—

春香が近づいてくる。

駄目だ—

限界だった。
動作に移るため筋肉が緊張し、動きかけた。
瞬間

春香「——」

P「…あ?」


春香が歌っていた。

歌詞はよくわからない。中国の歌だろうか?
さほど大きな声ではないが、その声はとても澄んでいて、今までの春香からは想像できなかった。

春香「——」

俺はあっけにとられ、さっきまでの体の変調も一瞬忘れていた。

春香が俺の頭を、彼女の膝に導く。

P「…」

不思議と抵抗する気持ちにはならなかった。


春香「——」

横になる。
自分の体に意識を向けると、相変わらず体は熱い。
心臓は早鐘のようだ。けど—

春香「——」

気持ちは不思議なほど穏やかになっていた。

歌が聞こえる。甘い香りがする。

春香は、一度拒否したことを覚えていたのだろうか?
それとも俺が苦しんでいるとでも思ったのだろうか?

春香「——」

意識が薄れる。

でも、これだけは確かだ。
春香は…

俺が最悪な奴になるのを、止めてくれた—





P「う…」

ふと意識を戻すと、まだ室内は暗かった。

P「…」

春香は、俺にひざまくらをした状態から崩れたような体勢で眠っていた。

布団に戻してやり、毛布を掛けてやる。

P「…!」

唐突にある考えに思い至り、自分の下着を確認する。

P「…は」

キレイなままだった。


P「ふむ…」

頭は妙にすっきりしている。
こうして冷静になった頭で考えると、どうもあの薬が原因だと思い至る。

…あれはいったいなんだったんだ?
今は頭痛もなければ、吐き気もない。
神経が一時的に過敏になり、興奮状態になって
—ってまさか。

春香の持っていたバックに目をやる。
…なんでこんなものを持ってるんだ?

その後、俺は明け方まで訪れない眠気に苦しんだ。




男は名を高木順一朗といった。

現在訳あって武装逃亡の身の上。

三人の追っ手のうち二人までは無力化したのだが、手違いがあって一人逃がしてしまった。
そのため、現在は大事を取って派手な行動は控えている。

三日三晩、臭く暗く汚い路地裏に潜伏していたのだ。
中華料理店から排出されるゴミ袋をあさり、糧を得た。


さて、順一朗は見ていた。
行き倒れの少女が、青年に助けられていくのを。

きっとあの少女はうまい飯にありつくのだろう。
暖かい寝床を得るのだろう。

不公平だ。

自分の境遇を鑑み、順一朗は憤りを感じた。
今まで身を粉にして働いて、得たものは逃亡生活。
こうして債権者から逃れて繁華街で一晩を過ごしている。

不公平だ。
不公平は是正されなければならない。

つまり、飯を食い、布団で寝るべきなのだ、私は!

くわっ!

と、順一朗の目が見開かれた。


立ち上がり、ポケットからしゅるっとネクタイを取り出すと、自分の首にたたきつけるようにして数秒でこれを装着した。

その様は熟練した企業戦士のそれだ。
キュッと締め上げると、体内に駆けめぐる力を感じる。
わけのわからん確信を抱くと、青年の向かったほうに足を向けた。
順一朗は歩き出す。
自分が気持ちよく生きるために。

「ぐふふ」

かつては敏腕事業家として鳴らした順一朗のネジは、ちょっと緩んでいた。

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