春香「クリスマス・キス」 (68)




「殺されるのは“三浦あずさ”でいいのね?」

「そうね」



とんでもない会話が耳に入ってきた。

ホテルのラウンジは、サラリーマンの打ち合わせや、ランチ後のマダムで溢れていたが、

真横のテーブルの会話が聞き取れない程には、騒々しくは無かった。



「じゃあ、次は……」



そこで会話が途切れた。



──天海春香は耳を疑った。

昼下がりのホテルで堂々と殺人の計画を練るものだろうか?



「ははっ、まさかね……」






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「菊地真は?」

「うーん、いいんじゃないかしら?」



菊地真の名前には聞き覚えがあった。

元アイドルで今は女優として活躍している。

思い返してみれば、先程の三浦あずさも同じ事務所の女優だ。



「はぁ……びっくりした」



天海春香は安堵した。

横の二人の会話はドラマか舞台の役柄の事だったのだろう。






「──では、よろしくお願いします」

「こちらこそ」



横の席の二人が席を立ち、一人は足早に去っていく。

その様子を目で追いながら、カップに残った紅茶を飲み干し、席を立った。

──しかし。



「うわっ!」



どんがらがっしゃーんと派手に転ぶ。

天海春香は何もないところで転んでしまうクセがあった。

なぜか、かすり傷を一つも負わないのだが……。




「あの、大丈夫ですか?」



声をかけてきたのは、隣に座っていた女性の一人だった。

胸にはこのホテルのネームプレートを付けていた。



「すみません……」

「いえ、お怪我は無いですか?」

「はい……。 あれ?」



女性の手を借り、立ち上がったところ、急に意識が遠ざかっていた。

──なんか急に眠たくなって……。




──



目を覚ますと見た事の無い天井だった。

春香はそのまま意識を失っていた。



「私……」



ここはホテルの部屋なのだろうか?

意識が少しずつ覚醒していく。

するとドアがガチャリと開く音が聞こえた。



「具合は大丈夫ですか?」

「はい」

「どうやら貧血で倒れたみたいですね」

「あの……」

「そういえばご挨拶がまだでしたね。 私はこのホテルの従業員で如月千早といいます」



──如月千早は笑顔でそう答えた。



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