「空の瞳」 (10)

下車したバスが走り去っていくのを背に感じた。心地よい風が戦ぎ、優しい日の光が僕を包むように照らす。郷愁を感じながら目の前に広がる懐かしい風景を眺める。
僕はつぶやいた。

________帰ってきたよ。



****
****



僕は乾いた子供だ。
小学生なりにそれを自覚している。
周りの子と話が合わないわけではないのだが、家に帰ると、今日友達と話してきたことがすべて無駄な時間だったように思えてくる。
面白い漫画の話。部活の話。好きな女の子の話。
そんなたわいもないごく普通の話すら家の中に入るとばかばかしく、鉄板の上に垂れ落ちた水滴のように蒸発してしまう。

そんな僕でも今日の旅行はとても楽しみだった。家族と京都旅行に行くのだ。

普段は「あと5分……」を少なくとも5回は繰り返す僕だが、今朝はなんとたった一発で起きられたのだ!

着替えを済ませて下に降りると、パパとママが朝食後のコーヒーを飲んでいたところだっ
た。


「お、廉!今日は一人で起きられたのか、偉いじゃないか」


「待ちに待った旅行だからね。そりゃはやくおきるよ!」


「なら早く朝食食べちゃいなさい。作ってあるわよ。」



テーブルを見ると、今日の朝食はサンドウィッチだった。いつも和食ばっかなのに何故か今日はちょっぴりおしゃれだ。

朝食を食べ終わり、僕は前日に準備して置いた荷物を持っていち早く玄関へ走った。


「パパ!ママ!早くしないと置いてっちゃうよ!!」


「はっはっはっ、こりゃ急がないとなぁ!」


「そんなこと言ってるひまがあったら本当に急いでくださいな!新幹線逃しちゃうわよ?」


「そりゃいかんな!よしママ、廉!駅まで競争だ!!」

ほんとパパは子供だなぁ。子供の僕がそう思うんだから間違いない。

間違えて大人の体に生まれ変わった子供に違いない、と本気で思った。



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結局、駅まで走った。駅は帰省ラッシュ真っ只中で、うじゃうじゃと人が居た。

人の海をかき分けながら進み、無事新幹線に乗り込むことが出来た。
ここで逃していたら僕はきっとパパを死ぬほど恨んだだろう。

だがそんな考えはもう頭になかった。
なにせ、"初新幹線"なのだから!


座席は向かい合うようタイプのものだ。
僕の隣にはパパがどっさりと座り、僕達の正面にママが上品に座ってる。

「ねえ、どのくらいで京都に着くの?」


「そうねえ……3時間くらいかしら?」


「はっはっはっ、そのくらいならぺちゃくちゃ喋ったり、外の景色を眺めていればあっという間だな!お、出発するぞ!」

やっぱり新幹線は速い。電車と全然ちがう!そう思って隣を見ると、パパが目を瞑り出した。そして大きないびきをかきはじめた。



乗車5分で寝たのである。外の景色を眺めるよりさきに、あっという間に寝てしまった。
そんなパパを見て僕とママはクスクスと笑い合うのだった。

だんだんと景色がビルから自然へと変化していく。それとともに僕の心も普段の乾いた感情から、潤った果実のようなものへと変わっていった。

外の景色を眺めていると、京都に着くのはあっという間だ。
僕はもうウキウキして待ちきれなかった。まずはホテルにチェックインして、その後にお寺とか神社とかに行くらしい。


ホテルはとても清潔感のあるおしゃれな内装だった。1階には広々としたエントランスがあり、他にも食堂や、よくわからないような部屋がたくさんあった。

僕達の部屋は三階の東側の部屋だ。
部屋に入ったらまずこれをやろうと心に決めていたことがある。そう。



ベッドダイブだ。
ふかふかなベッドにムササビのように飛び込むあれだ。靴を脱ぎ、靴箱にしまう。クラウチングスタートの格好をとり、目を瞑る。
(人生初のベッドダイブ……必ず決めるッ!)
心の中でカウントダウンをとる。3…2…1…go!




ゴフッ






______結果は散々だった。
ベッドが思っていたよりも硬く、お腹を思いっきり打ち付ける形になってしまった。もう絶対にダイブはやらないと心に誓った。



「あら、何ベッドでうずくまってるの?」


「何でもないよ。ベッドダイブしたらお腹を打っただけだから…」


「はっはっはっ、パパも昔はよくやったなぁ!よし蓮!もう一度だ!」


「絶ッッ対にやらないからね!」



そういいつつももう一回やった。結果は………うん。もう家に帰りたい。

そんなこんなでチェックインを済ませた僕達は、夜までいろんな観光名所を回ることにした。

僕はお寺と神社の違いすらわからないただのがきだ。そして世の中にはそんな違いも知らない「がき」が大半なのだろう。

だがそんながきな僕でもここは知っている。


伏見稲荷大社


数え切れないほどの鳥居が立ち並ぶ神社。という程度に知っていた僕だが、実際に見てみるとやはり凄い。何がどうすごいのかは言葉に表せないけど、何か神聖な気がする。


「ふぅ、やっと頂上についたね」


「お?なんだ蓮、もう疲れたのか?」


「べっ、別にそんなことないよっ!」


「はっはっはっ、なら下山したらもう1回登るか!!」


「い、いやもういいかな…」



山頂に辿りついてそんな話をしていたら、僕達が登ってきた階段から弱々しい声が聞こえたきた。




パーパ??れーん??登るの速すぎよぉ?……



ママである。ママは綺麗だけど体力がないのだ。僕より体力が無いなんてママはきっとクラスでもビリッけつだったんだろう。


山頂には大きな岩があった。
きっとこれが"ごしんたい"というやつなのだろう。
その横におみくじがあったのでみんなで引いた。


「ママ、これなんて読むの?」


「これはね大吉って読むのよ。」


「蓮!すごいじゃないか大吉だぞ!」


僕はどうやら運が良かったらしい。


パパとママはどうだったのか聞いたのだが、何故かふたりは顔を見合わせてフフッと笑い、うまくはぐらかされてしまった。きっと良くない引きだったんだろう。僕は小学校なりに気を使ってこれ以上聞かないことにした。


ひいひい言いながらもなんとか下山してホテルに戻ってきた。

今日はホテルでダラダラ過ごしても良かったのだが、微妙に時間が空いてしまったので伏見稲荷へ行ったのだ。
おかげでへとへとだ。

ベットに倒れこむようにして眠りの海へダイブした。

翌日、
今日は金閣寺や、銀閣寺、東寺や清水寺などに行った。どこも凄かったのだが、一番感動したのは東寺だ。


中にはとても大きな、堂々とした仏像があった。大昔に作られたとは思えない程に輝いていた。
口をあんぐり開けて見上げていると、ママが言った。


「フフッそんな顔してると口から虫でも入るわよ?」


「この仏像がおっきすぎるのが悪いんだよ!次お前を見に来るときはもっとおっきくなってるからな!!」


「こら蓮、仏様に向かってお前なんて言っちゃダメだぞ?」


「はーい……」


少し凹みながらも、もう一度仏像を見上げた。すると黄金の輝きを放つ仏像は、僕にこう言ってるように思えた。


_______またおいで、と。


3日目は嵐山や比叡山、貴船神社に、行く予定だった。

だが、パパの仕事の用事が入ってしまったのだ。



「ごめんな二人とも。パパこれから仕事の用事が入っちゃったんだ…」



パパの顔は悔しそうな、それでいて悲しそうな表情だった。
そんなパパの気持ちなど気がつくわけもなく僕は言った。



「そんなぁ!!折角の旅行なのに!!帰るのやだよっ?!!」



「蓮?蓮の悲しい気持ちはわかるけど、それくらいパパも悲しい気持ちなんだよ。それに旅行くらいまた来年行けるじゃない!!ね?」



「……来年も行けるの?」



「ああ!勿論だとも!来年は今年よりもっと楽しむぞお!!」



「……わかったよ。また来年来ようね。絶対だよ!?」


「ええ。またここに来ましょ」


そういってママはにっこり笑った。

"また来年来れる"

このことだけで僕は一年間を頑張れる気がした。


僕たち家族は、名残惜しい気持ちを心の奥に封じ込めて駅へと向かった。


新幹線乗り場は人が少なく、寂しい僕の気持ちが更に寂しく、空っぽになっていくようでとても嫌な気分になった。
そして、新幹線に乗った。


パパは行きの様に寝たりせず、じっと外を見据えていた。何を見ているのか聞こうと思ったけれど、パパの瞳が聞くな!と言っているようで聞けなかった。


通路側の座席に座っていた僕は、ふと、通路側へ振り返った。





______ん?あの子……



知っている子がいた。
確か、去年クラスメイトだった気がする。名前は思い出せないけど、
旅行先で知り合いに会うなんてすごい偶然だ!僕は咄嗟に声を掛けた。








「あのっ……君ってもしかしt_____










そう言い終わる前に、僕の声はとてつもない轟音によって遮られた。




急に床が傾き、僕は体勢を崩して転びそうになる。




ふと誰かに抱きしめられた。





僕はパパに抱かれている。





状況が理解できずにいる僕に、パパが聞き取れない程の早口な声で僕に怒鳴った。





「蓮は絶対に守る!だから来年、絶対に家族みんなで__________











その言葉を聞き遂げる前に、僕の意識は闇に沈んでいった。

















飛び起きるようにして目が覚めた。


枕元の時計は深夜の1時を指している。



______ああ、この夢を見るのも久しぶりだ。



祖母の家ではもう長い間見ていなかった、忘れようと心の底にしまい込んだ、トラウマの夢。




僕は旅行の帰りに事故で両親を亡くした。
両親は往く直前まで僕を抱き、庇い、そして守りきった。



_______そうか。両親と過ごしたこの地に帰ってきたから、こんな夢を見たのか。



明日は学校だ。
転校初日の登校日。地元の高校だから顔馴染みもいるかもしれない。
遅刻しないようにもう寝よう。

微睡みの中、ふと頭に疑問が過ぎった。




_______あの時のクラスメイトは誰だったんだっけ

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