女の子「パパ、なんで神社ではくしゅするの?」 父「はくしゅじゃないよ」 (105)


娘「はくしゅじゃないの?」

父「うん。これはね、神さまへの挨拶なんだよ」

娘「ふーん・・そうなんだ。ちょっとめんどくさいなぁ。わたしもしなきゃダメ?」

父「うん、ちゃんとお辞儀もして」

娘「はーい。でもこんなちっちゃな神社に神さまなんているの?」

父「神社の大きさは関係ないんだよ」

娘「そうなの?」

父「うん。パパが子供のころ住んでた村にはね、ここよりもっと小さい神社があったんだ」

娘「その神社にも神さまはいたの?」

父「居たよ・・・そうだね、じゃあその神さまの話をしてあげるよ」

娘「神さまのお話?」

父「うん・・・パパが小学生の時のお話だよ」



バタン

ぼくは、そう言って車に乗りこんだ。

後部座席に娘が滑り込むを確認すると、ぼくはエンジンをかけた。

ミラーに映る娘の目は、不思議そうで、どこかわくわくしたような色をしていた。


病院に着くまでの間には話し終わるだろう、短いお話だ。



SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1441539917


***

***


あれは小学4年生の夏休みのことだった。

あの頃の夏はクーラーなんて無くても一日中過ごせた気がする。

近所には同じくらいの年の子供が何人かいた。

ぼくは、太陽がまぶしい昼はそういう近所の子供たちと遊んでいた。

近所と言っても隣の家は田んぼをはさんで離れていたが。

そして日が傾き、涼しくなった頃家に帰り、宿題をしたり家の手伝いをしていた。


それともう一つ。

ぼくには、幼いころから仲のいい子が居た。

隣の家だったその子は、生まれつき体が弱く学校も休みがちだった。

そして僕が小学4年生の夏休みは、体調を崩して7月の終わりころから入院していた。

ぼくは、1週間のうち3‐4日はその子のお見舞いに病院へ行っていた。

後で知ったことだが、その子は生まれつき心臓に病気を持っていたらしい。


少女「ぼく君、焼けたね」

ぼく「そうかな?」

少女「焼けたよ。夏休み入った頃に比べてらずいぶんと焼けたよ」

ぼく「うーん」

少女「いいなあ。わたしも外で遊びたい」

ぼく「いつごろ退院できそうなの?」

少女「分かんない。別にお熱とかないんだけどね。ちょっとふらふらする時があるだけ」

ぼく「そっか。はやく退院できるといいね」

少女「うん・・・ねえ、外のおはなし聞かせてよ」

ぼく「昨日はいつものみんなでセミ取りしたよ」

少女「セミ取りかぁ・・わたしは別にセミ取りはしなくてもいいや」

ぼく「うーん・・・あとはみんなで山に入ったりしたけど」

少女「なにかきれいなお花は咲いてた?」

ぼく「えー・・・あんまり見てないなぁ」

少女「もう!じゃあ次はちゃんと見てきてね」

ぼく「うん。摘んでこようか?」

少女「それはいいよ。お花がかわいそうだから」


看護婦さん「ぼく君、またね」

ぼく「うん」

ガチャン


ぼく(もう11時か。みんなどこで遊んでるだろ?)


ぼくはそんな事を考えながら、自転車にまたがり病院から延びる坂道を登っていった。


ぼく「はぁ・・はぁ・・上り坂はきついなぁ・・」


坂道を登りきると、田んぼが無数に続く見慣れた光景が広がっていた。

視界の届く範囲に、友達の姿は見えなかった。

昼ご飯のために早めに家に帰ってしまったのか。

あるいは森の中で遊んでいるのか。

ぼくは、みんなが森の中にいると決めて、田んぼを背中に進みだした。

午前中ずっと病院にいてまったく遊んでいないぼくは、あるいはそういう理由をつけて少しでも家に帰る時間を遅くしたかったのかもしれない。


がさがさ・・

ぼく「・・・あれ?道間違えたかな・・」


見渡す限り続く田んぼと、道をはさんでそれに並ぶように続く森。

あまりに代わり映えしないその景色は、この村で生まれ育ったぼくのことも迷わすことがある。

どうやら、森の入口を間違えてしまったようだ。

入口は道のように見えたが、段々と足元の草の生い茂り方があやしくなってきた。

いつもみんなで虫捕りする道はもう少し先の入り口だったかな・・

しかし、僕の中の好奇心か、あるいは見えない何かの力が働いたのか。

ぼくはもう少しそのあやしい道を進んでみることにした。



ぼく「・・・ん?」


突然、僕の目の前に小さな神社が現れた。

いや、神社というには小さすぎる。

ほこらというものだろうか。

いずれにしてもその木造の小さな建物は、そこに至るまでの道が示す通り、長年誰も手入れしていないようだった。


ぼく「あれ?・・・これなんだろ?」


神社の屋根から糸のようなものが十数本伸び、その先に小さな白い球のようなものがついていた。

なんだか分からないが、それをぼくは花だと思った。


「それはね、うどんげの花よ」

ぼく「うわっ!」


女の子が突然神社の中から現れた。

年齢はぼくと同じくらいに見えた。

ぼくは思わずしりもちをついてしまった。


女の子「ご、ごめんなさい。驚かせるつもりは無かったの」

ぼく「き・・きみは?」

女の子「私もさっき、この神社見つけて遊んでたの。でも人が近づいてくる音がしたからちょっと怖くなって中に隠れてたの」

ぼく「なんだ・・びっくりしたぁ」


女の子「お花、好きなの?」

ぼく「え?」

女の子「うどんげの花、じっと見てたでしょ?」

ぼく「あ・・えっとこの花、うどんげって言うの?」

女の子「本当はね、これはお花じゃないの。カゲロウの卵よ」

ぼく「かげろう?トンボみたいな奴?」

女の子「ええ」

ぼく「そうなんだ。ぼく初めて見たよ」

女の子「とっても珍しいからね」

ぼく「そうなんだ・・・あ」

女の子「?」

ぼく「きみって花の名前詳しい?」

女の子「なぜ?」


ぼく「えっと、友達が花を見たら教えてほしいって」

女の子「ふーん・・でもその友達は自分で見に来ないの?」

ぼく「入院してるから」

女の子「あ、そうなの」

ぼく「なにか珍しい花、知ってる?」

女の子「そうね・・・じゃあ明後日の10時ごろに、あなたの家の田んぼに行ってごらんなさい」

ぼく「え?」

女の子「きっと珍しいお花が見られるよ」


ドーン・・・ドーン・・・ドーン


ぼく「あ、お昼の鐘だ。ご飯食べに帰らなきゃ」

女の子「うん、そうね」

ぼく「きみもいっしょに帰ろうよ」

女の子「私はもう少しここにいるわ。また遊ぼうね」


森の向こうには、田んぼと、また別の集落がある。

そしてさらに森をはさんでその向こうにも集落がある。

さっき会った女の子は森の向こうの集落の子なのかもしれない。

少なくとも、初めて見る顔だった。

そんな事を考えながら、ぼくは昼食の素麺をすすった。


午後、いつも遊ぶ友達たちと合流して山の中で虫捕りをした。

やっぱり午前中のあの道は、間違えだったようだ。

みんなにあの神社の事を教えようかと思ったが、なんとなくそれはやめた。

あの場所は、さっき会った女の子との秘密の場所。

そういうことにしておきたかった。

今日はここまでにします。

今週中くらいには終わらせるつもりの短いお話です。
よろしければお付き合いください。

女「あの、顔色悪いけど大丈夫ですか?」 男「・・・え?」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1437900124/)
これ書いた人?

こんばんわ

いや、拍手なんですけど感動とかの表現としての拍手じゃなく、挨拶としての拍手ですよーくらいの意味です
小さい子に教える程度の内容なので・・・
分かりづらくてすみません
あと、>>15は私ですね

それでは、続きです


あくる日。

ぼくはいつもより早く目を覚ました。

ちょうど爺ちゃんが仕事に行くところだった。


ぼく「爺ちゃん、今日ぼくもついて行っていい?」

爺ちゃん「お、田んぼ手伝ってくれるか?」

ぼく「うん。午前中だけ」

爺ちゃん「そうか。じゃあ水筒持ってけ。暑さでぶっ倒れちまうぞ」

ぼく「うん」



ブロロロロ・・

ぼくは軽トラの助手席の窓から田んぼを眺めていた。


爺ちゃん「今年はいい出来だぞ」

ぼく「お米?」

爺ちゃん「おう」

ぼく「うん・・・ねえ爺ちゃん、田んぼに今日咲きそうな花ってある?」

爺ちゃん「花?田んぼは水張ってるから雑草はほとんど生えねぇぞ」

ぼく「うーん・・そうだよね」


ぶちっ

ぶちっ

ぼくと爺ちゃんはあぜ道の雑草を抜き、案山子を立てた。


爺ちゃん「火薬使うから離れてな」

ぼく「うん」


バァァァン!!

ピピピピッ!

スズメが一斉に飛び立つ。

火薬のにおいが田んぼを包む。


ぼく「火薬、終わり?」

爺ちゃん「ああ」

ぼく「田んぼ入っていい?」

爺ちゃん「長靴はかねぇと嵌っちまうぞ」

ぼく「うーん・・やっぱり花なんて無いよなぁ・・・あれ?」

爺ちゃん「ん?どうした?」


ぼく「この稲の白いのって何?」

爺ちゃん「ん?ああ、稲の花だな。なんだ見るの初めてか」

ぼく「うん・・・あ」

爺ちゃん「?」

ぼく(あの子が言ってた珍しい花って稲の花だったのかな?)

爺ちゃん「おめも、8月はいっつも遊んでるからな。稲の花はこの時期の3‐4日間、昼前しか咲かないからな。たまには手伝うといいだろ?珍しいもん見れて」

ぼく「うん」

爺ちゃん「じゃあもう一仕事したら、昼めし食いに帰るか」

ぼく「うん」


昼食を食べ終わったぼくは、その足で病院に向かった。

勿論、午前中に見た珍しい花のことを少女に教えるためだ。



ぼく「少女ちゃん」

少女「あ、ぼく君。珍しいね、午後に来るのは」

ぼく「あのさ、今日珍しい花見たよ」

少女「え?どんな?」

ぼく「稲の花」

少女「稲の花?」


ぼく「うん、この時期にしか見られないんだって」

少女「へえ、懐かしいなぁ」

ぼく「え?知ってるの?」

少女「だってうちだって田んぼあるし。でも小っちゃいころ見たっきりだからなぁ」

ぼく「やっぱり、摘んでこようか?」

少女「ダメだよ!摘んじゃったらお米できないでしょ」

ぼく「ちょっとくらいなら大丈夫だよ」

少女「だーめ。でも明日こっそり抜け出して見てみようかなぁ」

ぼく「それは・・怒られちゃうよ」

少女「うん、そうだよね。まあ、来年はこの時期に入院しないようにしなきゃ」

ぼく「そうだね」


少女「他には珍しいお花見つけた?」

ぼく「え?他に?・・・・うーん・・・あ」

少女「?」

ぼく「“うどんげのはな”って知ってる?」

少女「うどんげ?知らないなぁ」

ぼく「あのね、昨日森に入ったんだけどね・・・」


ぼくは他の友達には話さなかったあの神社での出来事を、なぜか少女ちゃんには話した。

入院しているこの子は、きっとあの場所に行くことは無いだろう。

だから、あの場所の、ぼくとあの女の子の秘密の場所は依然として守られている。

その時は、そんな変な納得を自分の中でした。


少女「・・・で、その女の子には、今日も会いに行くの?」

ぼく「え?うん、行ってみようかと思う。お礼言わなきゃ。でも住んでるとこ知らないし、また会えるか分かんないけど」

少女「・・・ふーん」



少女ちゃんはなぜか不機嫌そうに目を細めた。


少女「じゃあさ、今度会ったら、わたしが“どうもありがとうございました”って言ってたって伝えといて」

ぼく「え?うん、いいけど」

少女「ちゃんと、“わたしが”言ってたって伝えてね」

ぼく「??うん」


***


がさっ  がさっ

神社に続く道は、依然として獣道のようだった。

よく考えたら、あの女の子がそこにいるという確証は何処にもなかった。

けれど女の子はそこにいたから、その時はそんなことは考えなかった。


女の子「こんにちは」

ぼく「こんにちは」

女の子「お花、見ることが出来た?」

ぼく「うん。きみが言ったのって、稲の花だったんだね。ありがとう」

女の子「良かった。お友達にも報告できた?」

ぼく「うん」

女の子「それは、良かったわ」

ぼく「あ、そういえば、友達が“どうもありがとうございました”って言ってたよ」

女の子「うん。“どういたしまして”って伝えてね」

ぼく「うん・・あ、でもなんできみは、ぼくの家の田んぼの稲の花が咲きそうだって分かったの?」

女の子「この辺りで作ってる稲の品種は今頃花が咲くから。あなたのお家もそろそろかと思ったの」

ぼく「ふーん」


ぼく「そう言えば、きみってどこの村の子?森のあっち側?」

女の子「違うわよ。こっち側だよ」

ぼく「そうなの?ぼく、きみのこと知らないから別の村だと思ってた。いつもどこで遊んでるの?」

女の子「この辺りの田んぼとか、森で遊んでるよ。でもこの神社見つけてからはここにいることが多いかな」

ぼく「ふーん・・・この神社って何の神社なのかな?」

女の子「分からないよ。でも神社って言う割にはとても小さいね。手水舎も鳥居もないのね」

ぼく「ちょうずや?」

女の子「神さまにお参りする前に手や口を清めるとこよ。あなた、神社のお作法知らないのね」

ぼく「?」


それからぼくは、女の子に神社でお参りする際の作法を教えてもらった。

手の洗い方。

お辞儀の仕方。

拍手の意味。


ぼく「でもさ、」

女の子「?」

ぼく「この神社ボロボロだよね。だれも来てないのかな」

女の子「来てないんじゃないの?あなた以外」

ぼく「なんの神社なんだろ・・・帰ったら爺ちゃんに聞いてみようかな」

女の子「うん。もし何か分かったら、私にも教えてね」

ぼく「うん」


**


ぼく「ねえじいちゃん」

爺ちゃん「なんだ?」

ぼく「森の中で、古い神社みたいのを見つけたんだけど、知ってる?」

爺ちゃん「神社?」

ぼく「うん。鳥居とかなくて小っちゃい建物があるだけの」

爺ちゃん「うーん・・見たことねえなぁ。うちんちから遠かし?」

ぼく「歩いて20分くらい」

爺ちゃん「聞いたことねえけど、もしかしたら水神様の祠かもな」

ぼく「水神様?」

爺ちゃん「この辺りの田んぼは川を埋め立てて造ったんだ。だから川をおさめてた神さまが怒らないように昔の人が祠を作ったのかもな」

ぼく「川をおさめてた神さまは、川が無くなったらどうなっちゃうの?」

爺ちゃん「神さまだからな。居なくなっちまうことは無いし、そのために祠を作るんだが・・・その祠を参る人が居なくなったら消えちまうかもな」

ぼく「そうなんだ」

今日はここまでにします。

わ、なんかすいません

とりあえずもうちょっと書いたので続きです


***


がさっ  がさっ


女の子「あれ、また来た」

ぼく「別にいいでしょ」

女の子「最近よく来るね」

ぼく「きみだけの場所ってわけじゃないでしょ」

女の子「そうだけどさ」

ぼく「爺ちゃんにここのこと聞いたんだけどさ」

女の子「何か分かったの?」

ぼく「爺ちゃんもよく知らないって。でも水神様のほこらかもって」

女の子「それって何?」

ぼく「えっとね・・」


・・・


女の子「・・・ふーん。じゃあここの神様は、人間たちに家を無くされたうえ、その人間たちに忘れ去られちゃってことなのかしら?」

ぼく「そうかもね」

女の子「でも、しょうがないのかな」


ぼく「え?」

女の子「だって、この村が稲作をしだしたのって、ずっと昔でしょ?川を埋め立てた頃のこと知ってる人なんてもう居ないと思うし」

ぼく「うん・・・そうだね。だけどさ、せっかくこうやって見つけたんだからこの神社きれいにしてあげたいな」

女の子「それをやって何の意味があるの?」

ぼく「別に、意味なんて無いかもしれないけど、なんとなく」

女の子「ふーん」

ぼく「友達にも教えようかな。ここのこと」

女の子「それはダメ」

ぼく「なんで?」

女の子「ここは私が見つけた場所だから勝手に他の人よんじゃダメよ」

ぼく「えー・・・ぼくも見つけたんだけど」

女の子「私のが先よ!」

ぼく「・・・でも、少女ちゃんには言っちゃったし」

女の子「・・・じゃあその子は連れてきてもいいよ。でもほかの人はイヤよ」

ぼく「なんだよそれー」



ぼくは、こっそり持ち出したおやつの炒り豆を、女の子と一緒に食べた。

女の子は嬉しそうに炒り豆をほおばったが、相変わらず友達を連れてくることには反対した。

女の子の気持ちは、もしかしたぼくが最初に、この神社のことを友達に言うか迷った時の気持ちと同じだったのかもしれない。

この場所は、女の子とぼくの秘密の場所。

そう考えると、なんとなく胸の奥がむず痒くなった。


**


ぼく「少女ちゃん」

少女「あ、ぼく君。こんにちは」

ぼく「調子はどう?」

少女「うん。大丈夫だよ。そう言えば、この前言ってた女の子ちゃんに会ったの?」

ぼく「うん、会ったよ」

少女「ちゃんと、わたしが言ったこと、伝えた?」

ぼく「あ、うん。“どういたしまして”って言ってたよ」

少女「・・・・・ふーん」

ぼく「?・・・あ、そう言えばね、その子が、ほかの子は嫌だけど少女ちゃんなら神社に連れてきてもいいって言ってたよ」

少女「え?」

ぼく「だからさ、病気治ったら神社遊びに行こう」

少女「・・・」

ぼく「少女ちゃん?」

少女「・・・病気はね、治らないの」

ぼく「え?」

少女「でも、退院したら連れてって」

ぼく「う・・うん?」


少女「あ・・・えっと。とりあえずその女の子に次会ったら言っておいてよ。わたしがお話したいって言ってたって」

ぼく「え?うん。いいけど、なんの話するの?」

少女「・・・うっさい!ぼく君は知らなくていいの!」

ぼく「え?え?」

少女「ふんっ!・・もうお昼だよ。今日はもう帰れば?」

ぼく「え・・・うん」

ぼく(変な少女ちゃん・・・)



8月の太陽がぼくの頭を照り付けていた。

ぼくは、森の中から聞こえるミンミンゼミの鳴き声と、稲が風に揺れてサワサワと鳴る音を聞きながら家に帰った。

家に帰ると、居間の机の上には焼うどんが用意されていた。

ぼくは、少女ちゃんがなんで怒ってたのかをぼーっと考えながら、しょうゆ味のうどんを啜った。

その時のぼくは、少女ちゃんの気持ちなんて何一つわかっていなかった。


「おーい!ぼくー!」

ぼく「ん?」

デザートのスイカを食べていると、友達の声がした。

「ぼく、友達来てるわよ。父さんと母さんはまた仕事行くから夕方の鐘なったら帰ってきなさいね」

ぼく「はーい」


**


「なあ、ぼく」

ぼく「ん?」

「今日はさ、町行こうぜ」

ぼく「うん。いいけど、何するの?」

「なにって、お前、オレたちのリョウドカクダイだよ!」

ぼく「・・・まあいいけど」


ぼくはそう言って自転車にまたがった。


その隣町は、町と言っても都会という訳ではない。

テレビで見たようなオフィス・ビルは無いし、洒落た商店があるわけでもない。

高台にあるその町は、ただぼくたちが通う小学校があって、駐在さんが居て、駄菓子屋さんがあるだけだ。

いつものようにぼくたちは駄菓子屋のベンチに座った。


ごくごくごく
「はーっ!」

ぼく「大人がビール飲むみたいだよ」

「コレ、オレの兄ちゃんが良く飲んでるんだよ。でも、結構量あるよな」

ぼく「うん、ちょっとちょうだい」

「じゃあ、お前のアイスと交換な」

ぼく「うん」


ぼくがグレープ味のソレを口に含むと、友達が「あっ!」っと声をあげた。


「もう一本当たりだ!」


からからから・・・

帰り道、少し疲れた僕たちは自転車を手で押していた。

西日が傾きかけた頃、ぼくたちは田んぼ脇の道まで戻ってきた。


「そう言えばさ、今日も午前中はみんなで虫捕りしてたんだけどさ」

ぼく「うん」

「なんか、いつも行く森の道、最近虫少なくなってきたんだよなー」

ぼく「うーん・・・言われてみればそうかもね」

「もっと虫の多いとこ無いかなー」

ぼく「・・・・っ」

「ん?どうした?」

ぼく「あ・・・えっと。森越えて、隣の集落に近いとこはどうかな?」

「えー、あっちは隣村の奴らの縄張りだからなー」


女の子と会ったあの神社のことを思い出した。

ぼくはなんとか言葉を飲み込んだ。

最後までぼくは、あの神社に続く道のことは黙っていた。

そして夕方の鐘が鳴ると、友達と別れて家へとペダルを漕いだ。

では、今日は本当にこれで終わりにします

おやすみなさい

こんばんは
続きです


***


ぼく「こんにちは」

女の子「こんにちは・・・何してるの?」

ぼく「神さまにあいさつだよ」


そう言ってぼくは、前に女の子に習ったとおり社に向かって礼をして、手をたたいた。


女の子「ちゃんと覚えたのね」

ぼく「うん、きみもあいさつしたの?」

女の子「うん。でもねきっとここに神さまはいないと思うよ」

ぼく「なんで?」

女の子「私ね、ほとんど毎日ここに来てるけど、来るのはあなただけだから」

ぼく「うーん?」

女の子「神さまは、誰かが信じているから神さまなんだよ。忘れられて、誰にも信じてもらえなくなった神社に神様は居ないよ」

ぼく「んー・・・でも、ぼくもきみもここに来てるよ」

女の子「確かにそうだけど」


ぼく「だから、ぼくときみがここに来ている間は、ここに神さまはいるんじゃないの?」

女の子「・・そうかもね」

ぼく「ねえ、そういえばきみは、学校はどこなの?」

女の子「あなたと同じとこじゃないよ」

ぼく「そうだよね、会ったこと無かったもんね。宿題は終わった?」

女の子「えっと、うん。だいたい」

ぼく「すごいね。ぼくまだ読書感想文終わってないんだ」

女の子「どんな本読むの?」

ぼく「えっとね・・」


ぼくが作文を書くために読んでいる本の話をすると、女の子は夢中になってぼくの話に耳を傾けた。

横目でちらと、女の子を盗み見た。

女の子の目は、好奇心の強そうなわくわくした色をしていた。

ふと、ぼくの視線に気付いたその子は、少し目を細めて微笑んだ。

ぼくは、どきり、とした。


ぼく「きみは、読書感想文はどんな本を読んだの?」

女の子「私は読書感想文は無いわ。でも本を読むのは好きよ。最近はあまり読んでないけど」

ぼく「いいなぁ。読書感想文めんどうだよねぇ」

女の子「そう?その割には、ちゃんと読んでるじゃない。私にちゃんとあらすじを説明できるくらいに」

ぼく「あはは」

女の子「また、なにか本を読んだら私に教えてね」

ぼく「うん。あ、今度本持ってこようか?」

女の子「うん、でも読むんじゃなくて、あなたから聞きたいな」

ぼく「っ・・うん」

女の子「?」


話せば話すほど、ぼくは胸の音が強くなる気がした。

ぼくが言葉を飲み込むと、女の子はその意味がよく分からない、というように首を傾げ押し黙った。

蝉時雨と山鳥の声が、優しくぼくたちを包んだ。


ぼく「あっ・・・えっと。でも、きみって物知りだよね」


ぼくは頑張って言葉を発した。


女の子「?そうかな?」

ぼく「稲の花のこととか、神社のこととか」

女の子「知ってても、しょうがない事だよ」

ぼく「そんなことないよ」


ぼくがはじめて女の子と会ってから何週間か経った。

実際のところ、女の子は自然のことなど、とても物知りだった。

あの木は昔、擂粉木に使った、とか。

あの鳥は、夏の間だけこの山にくる、とか。

その都度ぼくは、同い年くらいであるはずのその子を、素直にすごいと思った。

それに、なんだか少し嬉しそうにぼくに教えてくれるその表情は、とても眩しく見えた。


ぼく「ぼくは知らない事ばっかりだったし、それに、ぼくの友達も喜んでたよ」

女の子「うん・・・ありがとう。あ、そういえば友達は来ないの?」

ぼく「あ、うん。まだ入院してるから」

女の子「そうなんだ、早く良くなるといいね」

ぼく「うん」


***


少女「嬉しそうだね」

ぼく「え?」


病室で、その神社であったことを話すぼくに、少女ちゃんはそう言った。

今年の夏はなかなか退院できない少女ちゃんに、あったことを話すのがぼくの日課になっていた。

ぼくは女の子と話したことは、たぶん全部話していた。

ぼく自身の、まだ不確定な気持ち以外は。


少女「その女の子のこと話すとき、嬉しそうだね」

ぼく「そ、そうかな?」

少女「うん、とっても嬉しそう」

ぼく「・・・えっとさ、その子もはやく少女ちゃんに会いたいみたい」

少女「・・そうなの?」

ぼく「うん。だから、早く退院して、一緒に遊びに行こう?」

少女「・・・・・そうだね」

ぼく「?」


少女「ぼく君はさ、神さまって信じてるの?」

ぼく「え?」

少女「だって、神社のお掃除とかしてるんでしょ?」

ぼく「掃除っていうか、なんとなく雑草とか抜いたり、クモの巣払ったりしてるだけだよ」

少女「でも、その子に言ったんでしょ?ぼく君がお掃除とかしてる間は、神さまが居るって」

ぼく「うん・・・神さまが本当にいたらいいなって思うよ」

少女「うん、そうだね」


そう言うと少女ちゃんは、少しの間黙った。

そして、ぼくの手を急に掴むと、そのまま窓の外を見た。

ぼくはその視線を追ってみたが、窓の外には相変わらずの田舎の風景が見えただけだった。

そして窓の外を見たまま少女ちゃんはつぶやいた。


少女「・・・いたらいいよね」


右手から、少女ちゃんのあたたかさがゆっくりと伝わってきた。


少女ちゃんはぼくの手を放すと、思い出したように言い出した。


少女「ね」

ぼく「なに?」

少女「ぼく君さ、その女の子のこと好きでしょ?」

ぼく「へえっ?!」

少女「やっぱり好きなんだ」

ぼく「べ、別にそういうんじゃないよ!」

少女「わたし、ぼく君のことなんてぜーんぶ、分かるんだよ」

ぼく「だ、だから!そんなんじゃ・・お・・怒るよ!」

少女「・・・うん、よかった」

ぼく「え?」

少女「・・・もう!ぼく君のウワキモノ!もう知らない!!」

ぼく「え?え?」

少女「もう、ぼく君の顔なんて見たくない!お見舞いなんて来なくていいから!」

ぼく「ええ?」

少女「もう来ないでよね!ふんっ!」


少女ちゃんが怒った理由はその時のぼくにはよく分からなかった。

でもきっとぼくが何か怒らせてしまったんだろう。

だから、しばらくお見舞いはよそう。

どうせ、夏休みが終われば学校で会えるし。

そう思ってぼくは、病院を後にした。

とりあえず、ここまでにします

こんばんは
続きです


***


少女ちゃんのお見舞いに行かなくなって1週間と少しが過ぎた。

蝉たちのコンサートの主役はツクツクホウシに代わっていた。

夏休みも、今日を入れてあと二日だ。


今までずっと会っていた少女ちゃんと会わなくなったぼくは、なんとなく寂しさを覚えていたのかもしれない。

その分ぼくは、神社で会う女の子と話をするのが楽しみになっていた。


ぼく「ねえ、これあげる」

女の子「え?・・・これなに?」


ぼくは友達と町に行ったときに当たったアイスの棒を差し出した。

アイスの当たり棒っていうものは子供にとっては宝物みたいなものだ。

その素っ気ない薄茶色の木片が、冷たくて甘いお菓子に変わるのだから。

ぼくにとって女の子は、それを差し出してもいいくらいの存在になっていたんだと思う。


女の子「・・・“あたり”?」

ぼく「・・・もしかしてアイスとか食べないの?」

女の子「?」


よく考えたら、ぼくは女の子のこと何も知らない。

学校も、住んでいるところも。

もしかしたらこの女の子は、駄菓子屋でアイスを買うような子じゃなくて、どこかお金持ちの家のお嬢様なのかもしれない。

そう考えると、ちょっとだけその子が遠くに行ってしまうような気がした。

だからぼくは、ちょっとふざけて言ってみた。


ぼく「アイス知らないなんて、もしかしたらきみって神さまとか?」

女の子「え?」

ぼく「そう言えば、いろいろと物知りだし、神社のこともよく知ってるし」

女の子「・・・・ぷっ」

ぼく「?」

女の子「くっくっく・・」

ぼく「え?なに??」

女の子「私が、神さまなんてっ・・・変な事言うのね。あー可笑しい」

ぼく「そんなに笑わなくてもいいじゃん」


女の子「じゃあこの“あたり”はお供え物なの?ふふっ」

ぼく「もうっ!」


女の子は大きな目を細めて、悪戯っぽく笑った。

その笑顔はどこか蠱惑的な魅力があった。

ぼくの心は、まるで蛇に巻き付けられたようにその女の子に夢中になっていた。


女の子「ふふっ。でもありがとう。これ、大事にするね」

ぼく「うっ、うん」


女の子が当たり棒を、きゅっと握りしめた。

そんな些細な動作にまで、ぼくの心はざわついた。

そんなふわふわした心を振り切るように、ぼくは言葉を吐き出した。


ぼく「えっ・・とさ、」

女の子「なに?」


ぼく「もうすぐ夏休み終わりだよね」

女の子「うん」

ぼく「夏休み終わっても、一緒に遊ぼうよ」

女の子「うん、でも私、あなたのお友達の少女ちゃんとも、お友達になりたいな」

ぼく「うん。退院したら、一緒に遊ぼうって誘うよ・・・あ・・」

女の子「どうしたの?」

ぼく「・・そう言えば、少女ちゃんとはケンカしたんだった」

女の子「そうなんだ・・ダメだよ。大切なお友達なんでしょ?」

ぼく「・・うん」

女の子「ね、もしもね、どうしても仲直りできなかったら、私が仲直りさせてあげる。だからここに連れてきてよ」

ぼく「うん、ありがとう。でも少女ちゃん、入院してるから、退院したらね」

女の子「夏休みの間に、会いたいな。ちょっとだけ、病院抜け出せないの?」

ぼく「え?」


女の子「“あたり”のお礼、してあげたいの」

ぼく「でも、病院抜け出すのなんて無理だよ。怒られちゃうよ」

女の子「大丈夫だよ、一回くらい」

ぼく「でも・・・少女ちゃんに、もうお見舞い来るなって言われちゃったし」

女の子「ダメだよ。それでも連れて来なきゃ、ダメなの」

ぼく「うーん・・」


ぼくの知っている、女の子らしくない強引さがあった。

もちろん少女ちゃんと仲直りしたい気持ちもあった。

でも来るなって言われて行くのも、なんとなく嫌だった。

ぼくがそんな思いを巡らせて、答えを渋っていると、女の子は右手の小指をぼくの前に突き出した。


女の子「指切りしよ」

ぼく「え?」

女の子「少女ちゃんを、連れてくるの。その指切り」

ぼく「・・・」


ぼくがそれでも答えを渋っていると、女の子の左手がぼくの右手をつかんだ。


「指切りげんまん、嘘ついたら針千本のーます」


ちょっと強引な指切りが交わされて、ぼくの手と女の子の手が離れた。

女の子は相変わらずの悪戯っぽい笑顔で、えへへ、と笑った。

そして、夏の空の色が映りこんだのだろうか。

紺碧色をしたその深い瞳で、ぼくのことをしっかりと見つめ、言った。


女の子「約束だよ」



帰り道。

すっかりと日は暮れていた。

帰りの鐘には気が付かなかった。

指先に女の子の体温が残る。

田んぼの脇道は不自然なくらい静かだった。

いつもなら聞こえるカエルの声も、山から聞こえる鳥の声も全然しなかった。

その代り、遥か西の空から、遠雷が微かに聞こえた気がした。

とりあえずここまでにします

夜当番が無くなったので続き書いていきます


***


8月31日は、朝から大雨が降っていた。

村の人たちは、朝早くから総出で田んぼに出ていた。

水があふれないように水門を開け、稲が倒れないように田んぼにロープを張る。

ぼくも手伝うために雨合羽を着て田んぼに出ていた。

身長のないぼくは、田んぼに入るのは危ないということで、あぜ道でロープをおさえていた。

何とか昼前にロープは張りおわり、皆それぞれの家に帰って行った。

昼ご飯を食べていると、外からうねるような風の音がした。


ゴオオオオオオオオオ・・・・・

ガラガラガラガラ・・・・



何かが飛んでいく音がした。

雷が鳴り、家の電気が落ちた。

母さんが雨戸を閉め始めると、爺ちゃんがぽつりと言った。


爺ちゃん「・・・こりゃ荒れるな」


ぼく「ねえ爺ちゃん」

爺ちゃん「ん?」

ぼく「稲、大丈夫かな」

爺ちゃん「分からん、けどやることはやった。後は祈るしかねえべ」

ぼく「・・・」

爺ちゃん「前言ったべ。この辺の田んぼもともと川だったからな。洪水になったら流されちまう」

ぼく「・・前もそういうことあったの?」

爺ちゃん「いや、俺が生きてる間には無かったな。でも大昔はこのあたりの川は良く荒れたらしい」

ぼく「そうなんだ」

爺ちゃん「おめの学校とか、高台は大丈夫だろうけど、低い所はやられちまうかもな」

ぼく「・・・え、じゃあ坂下にある病院とかは?」

爺ちゃん「あそこも昔は川の一部だったからな。あぶねえかもな」

ぼく「・・・」


ぼくは昼ご飯を食べ終わると、ほとんど自動的に雨合羽を持って家を出た。

見つかったら怒られると思ったから、こっそりと裏口から出た。

雨と風の中、ぼくは全力でペダルを漕いだ。

代わり映えしない田んぼ、と言っても今は見慣れないロープが張られているが、その緑を左に見ながら。

やがて、左に曲がる道に差し掛かった。

眼下にいくつかの建物が見えた。

そのうちの1つの建物を目指して、ぼくはノン・ブレーキで坂を駆け下りる。

遠くの空には、さらに暗い雲が迫って来ていた。



その小さな病院は、やはり停電となっていた。

職員の姿もまばら、と言うよりほとんど居ない。

この辺りに住む者は多かれ少なかれ田んぼを持っている。

恐らく午前中のロープ張りに出て行って、そのまま休憩しているのであろう。

ぼくはこの夏、何度も訪れたその部屋のドアをスライドさせた。


ぼく「少女ちゃん!」

少女「えっ?!」

ぼく「大丈夫だった?!」

少女「な・・え?・・ぼく君、なんで?泥だらけだよ?」

ぼく「急いでここから出よう!」

少女「な、なに言ってるの?」

ぼく「洪水になったらこの病院流されちゃうよ!」

少女「ここにいれば安全でしょ?・・・それに、もう来ないでって言ったよね?」

ぼく「違うんだ!ここは昔川で、とにかくここにいたら危ないから!」

少女「??何言ってるか分からないよ」

ぼく「でもっ!」


ピシャアアアンン!!


少女「きゃっ!!」


大きな雷が近くに落ちた。

その瞬間はまるで、空から大きな白い龍がおりてきたようだった。


ぼく「つかまって!」

少女「えっ?!」


ぼくは無理やり少女ちゃんを背負うと、病室を飛び出した。

ぼくたちが一階の受付に着いたとき、一階の床は水浸しになっていた。

少女ちゃんはそれを見て、思わずぼくの肩を強く掴んだ。

ぼくは、少女ちゃんの上に雨合羽をかぶせると、病院の外に飛び出した。



ザアアアアアアアアアアアアア・・・

ざぶっ

ざぶっ

少女「えっ・・なにこれ?!」

外は、ぼくのくるぶしの上まで水が来ていた。

乗ってきた自転車は風に倒されたのか、水に押し流されたのか、見当たらなかった。

いずれにしろ、少女ちゃんを負ぶっては乗れない。

ぼくは全速力で今降りて来た坂道を、今度は駆け上がり始めた。


坂道を登り切って振り返ると、眼下に病院が見えた。

病院は一階部分が水没しているようだった。

少女ちゃんはその様子に視線を落とし、少し震えていた。


ぼくはそのまま右に曲がって田んぼの脇道を歩き始めた。

稲はそのほとんどが水没していて、田んぼからは水があふれていた。

左の山から水がとめどなく流れ出てきていた。


少女「ぼく君・・・怖い」

ぼく「・・大丈夫」


ぼくは、少女ちゃんがこれ以上怖がらないように、落ち着いたような口調を必死に作った。

この子を守らなければいけない、と思った。

だが、少し進んだところで、ぼくの目には信じられないものが映った。

いつもは気にも留めなかった小川は、橋が流され濁流と化していた。

ぼく「・・・っく」

少女「・・・ぼく君」


その場でぼくは立ち止まった。

それまで感じなかった少女ちゃんの体重が、急にぼくに重くのしかかった。

止まない雨が、ぼくの視界を曇らせた。


その瞬間、声がした。


「こっち!」


左の森の切れ目から、確かに声がした。

よく見るとその切れ目は、あの神社に続く森の入り口だった。

ぼくの体に、また少しだけ力が戻った気がした。


ぼく「少女ちゃん、大丈夫。この先に休めるとこあるから」

少女「え?」


ぼくは少女ちゃんを負ぶったまま、その森の参道を登った。

不思議な事にその道は、初めて来た時と比べてとてもきれいだった。

石畳で舗装されているわけではなかったが、それはもう獣道ではなかった。

道の両脇の木々がアーチを作り、雨はほとんど当たらなかった。

登り切った先には、相変わらずの忘れられた神社があった。



女の子「良かった。間に合ったんだね」


ぼく「きみも外にいたの?」

女の子「うん。そんな事よりはやく中に入ろう?少女ちゃんも疲れてるみたいだよ」

ぼく「うん」


神社の中は、子供3人が入るのがやっとの空間だった。

でもボロい割には、屋根もしっかりしていて、雨も漏ってこなかった。

少女ちゃんは少し苦しそうに横になった。


ぼく「大丈夫?」

少女「はぁ・・はぁ・・・うん・・・大丈夫」

女の子「この布で、体拭いてあげるね。乾いてるから。ぼく君も足から血が出てるよ。この布で縛っておくといいよ」


そう言って女の子は少女ちゃんの体や髪を拭いた。


少女「あなたが・・はぁ・はぁ・・・女の子ちゃん?」

女の子「そうだよ」

少女「そっか・・・はぁ・・はぁ・・・あのね、お願いがあるの」

女の子「なに?」


少女「これからも、ぼく君のそばにいてあげて」

女の子「それは、あなたの役目でしょ?」

少女「でも・・・わたし」

女の子「ね、ぼく君」

ぼく「えっ?」

女の子「ゴメンね、ちゃんと言ってなかったけど、私、なつやすみが終わったら、この村から居なくなるの。だから、今日でお別れ」

ぼく「・・・えっ?!」

女の子「だから、少女ちゃんのお願いも聞いてあげられない」

少女「でも・・・はぁっ・・はぁっ・・・・わたし・・・」

女の子「だいじょうぶ。大丈夫だから」


そう言うと、女の子は少女ちゃんの背中を優しく撫でた。

ピシャッ!!

雷が落ちて、一瞬神社の中も明るく照らされた気がした。

少女ちゃんは疲れてしまったのか、そのまま寝息を立てて床に伏した。


少女「ぼく君」

ぼく「・・・少女ちゃん」

少女「わたし、助けを呼んでくるね。あなたは足怪我してるし、ここでおとなしくしてて」

ぼく「でっ・・でもっ!」

少女「・・・あなたが私の事覚えていてくれれば、またいつか会えるよ。だから、私の事、忘れないで」


女の子の言葉は、まるで永遠の別れのように聞こえた。


ぼく「いやだよっ・・待って!」

少女「あなたと一緒にお話したり、ここのお掃除をしたりするの、楽しかったし、嬉しかった」

少女「“あたり”のお礼くらい、出来たかな?」


ピシャアアアアアアアンン!!

少女がそこまで言うと、大きな雷が落ちた。

眩しくて、ぼくは思わず目をつぶった。

目を開けた時、少女の姿は無かった。


社の外から雨の音に混じって、微かな声が聞こえた。


「バイバイ」


それから何時間かして、眠っていたぼくたちは村の青年団の人たちに助けられた

助けられた、と言うより、保護された。

台風の中、ぼくが居ない事に家族が気づいたときはもう外に出られる状況ではなかったらしい。

だから捜索活動が開始されたのは雨脚が弱まりだした深夜だった。

日が落ちたにもかかわらず、ぼくたちが迅速に発見されたのはわけがあった。

神社に続く道の入口の木に、ぼくの雨合羽がかかっていたらしい。

あの嵐の中、ぼくたちが助かったのは奇跡に近かった。

その台風がもたらしたものは、100年に一度の大災害だったという。

田んぼは浸水し、稲はほぼ全滅。

低地に作られた建物はほとんどが水没。

少女ちゃんが入院していた病院では逃げ遅れた人もいて人的被害が出たらしい。


ぼくたちが雨宿りしていた神社の社は、倒壊寸前だった。

ぼくが3日後に再びその神社を訪れた時には、すでに建物は崩れていた。

まるで、ぼくたちを守るために全ての力を使い果たしたかのように。


神社の正確な由来は、村の誰も知らなかった。

神社だったその場所に、あの女の子は二度と現れなかった。


少女ちゃんはその後、すぐに市内の大きな病院に転院した。

少女ちゃんの心臓の病気は、もう手術をしなければ時間が無いという状況だったらしい。

でも、その手術も成功する確率は低い。

そして、手術が成功したとしても、それは短い延命でしかないということだった。

だから少女ちゃんは、手術をためらっていた。

ぼくはそれを知って、罪悪感に襲われた。

そんな状態の少女ちゃんを、ぼくは雨の中連れまわしたのだから。

でも、市内の病院に転院する少し前、少女ちゃんは僕に言った。


少女「わたしのこと、一生懸命守ってくれてありがとう。わたし、勇気出たよ」


それを聞いて、少しだけぼくの心は救われた気がした。


**


それから程なくして、ぼくの村は稲作から離れていった。

あの神社のあった森は切り崩され、造成され、道路が通った。

多くの家庭は、家業を第3次産業に転身し、村を出て行った。

ぼくの家も、少女ちゃんの家も。


***

***


娘「えー!それじゃあ、その女の子は神さまだったの?」

父「ははは、どうだろうね。でもね、女の子のおかげで、パパは今ここにいるし、それに、お前も産まれたんだよ。だから・・・その子が神さまかどうかは分からないけど、でも、その神社にきっと神さまはいたんだよ」

娘「ふーん・・・ね、その女の子とは、その後会ってないの?」

父「うん。探したんだけどね。お礼を言わなきゃと思って引っ越した後何度も村に行ったんだけど、結局見つからなかったな」

娘「そっか。でもね、私思うの。その女の子は、きっとパパに感謝してるよ。だってパパは今でもその子のことを覚えているんでしょ」

父「・・・うん。そうだね」



目的地の病院が近づいてきた。

ミラー越しの娘は少し疲れたのか眠ってしまっているようだった。

病院の駐車場に車を止めると、ぼくは娘を起こさないようにそっと抱きかかえた。

娘を抱いたまま、ぼくは3階の病室に向かう。


ガラッ

母「あなた」

父「うん。なんだもう退院の準備終わってたのか」

母「ええ。この子もちょうどいま眠ったとこよ」


そう言って妻は、大事に抱きかかえた小さな男の子をぼくに見せてくれた。


父「ありがとう」


ぼくは妻と子供たちを優しく抱きしめた。


娘「う・・・ん」

どうやら娘を起こしてしまったらしい。


娘「あっ・・・かわいい・・わたしの弟なんだよね?」

母「そうよ。娘ちゃんも、もうお姉ちゃんだね」

娘「うんっ!わたし、おねえちゃんなの!弟はね、わたしがめんどう見るの!」

母「うん。えらいえらい」

娘「あ、ママ」

母「なに?」

娘「・・・お腹すいた」

母「あらあら・・ふふふ。何食べたいの?」

娘「えっとね・・アイス!」


お姉ちゃんも、まだまだ子供だな。

ぼくはそう思い、幸せをかみしめながら娘の頭を撫でた。



あの夏の日、神社で出会ったあの女の子は、今どこにいるんだろうか。

ぼくは案外、あの子は本当に神さまだったんじゃないかと思っている。

だって、あの女の子が背中を撫でた少女ちゃんは、あの後、市内の病院で医者たちを驚かせたのだから。

不治の病だった病気が、まるで始めからそんなものは無かったかのように治ってしまっていたのだから。

そして、元気な子供を二人も産んでくれたのだから。

それを奇跡と言わずに、なんと言うのだろう。



ぼくはあの嵐の日のことを今でも覚えている。

あの女の子との約束を覚えている。

あの女の子が、確かに居たということを覚えている。

だから、きっといつかまた会える。

もしかしたら、ぼくが気づいていないだけで、もうどこかで会っているのかもしれない。

そうだとしたら、きっとあの子は、ぼくや妻のことを今でも優しく見守っていてくれているはずだ。



走り出した車の窓から彼方を見上げた。

からりと晴れた夏の青空は、どこまでも抜けるような紺碧色をしていた。


これにて終わりです。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。


以前書いたものを一応載せます↓

女「じゃあさ、初恋の思い出とか語ってよ」 男「うざっ」
女「じゃあさ、初恋の思い出とか語ってよ」 男「うざっ」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1437327293/)

女「あの、顔色悪いけど大丈夫ですか?」 男「・・・え?」
女「あの、顔色悪いけど大丈夫ですか?」 男「・・・え?」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1437900124/)


また別のSSでお会いできると嬉しいです。

ホントスイマセン

>>83は以下に差し替えます



女の子「ぼく君」

ぼく「・・・女の子ちゃん」

女の子「私、助けを呼んでくるね。あなたは足怪我してるし、ここでおとなしくしてて」

ぼく「でっ・・でもっ!」

女の子「・・・あなたが私の事覚えていてくれれば、またいつか会えるよ。だから、私の事、忘れないで」


女の子の言葉は、まるで永遠の別れのように聞こえた。


ぼく「いやだよっ・・待って!」

女の子「あなたと一緒にお話したり、ここのお掃除をしたりするの、楽しかったし、嬉しかった」

女の子「“あたり”のお礼くらい、出来たかな?」


ピシャアアアアアアアンン!!

女の子がそこまで言うと、大きな雷が落ちた。

眩しくて、ぼくは思わず目をつぶった。

目を開けた時、女の子の姿は無かった。

社の外から雨の音に混じって、微かな声が聞こえた。


「バイバイ」

ご指摘ありがとうございます

書き溜めしないで書くとダメですね・・・

それでは本当にさようなら

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