「星空凛です」 (27)


──凛は自分の名字が嫌い。


だって、馬鹿にされるから。


だって、凛には似合わないから。




「星空凛って言います」

「体を動かすことが好きです」

「よろしくお願いします」ペコリ




「あの人の名字、星空って言うんだってー」ヒソヒソ

「へぇー」

「星空さーん」オーイ

「聞こえてないのかな」キャハハ



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──はぁ。
またこれだ。
理由は分かるにゃ。
星空なんて名字、日本中探しても滅多いない。

そんな面白い名字を持った人がいたら、凛もきっとどんな人なのか気になる。

いつも凛は嫌な思いをしてきたにゃ。


『おーい、星空』

『わっ、本当に星空なんだー』



『この星の名前はなんでしょう』

『ねえ、“星空さん”この問題、分かる?』フフッ



『星空凛って芸名みたいだよね』

『分かるー』

『ぶりっ子アイドルみたいなー?』アハハ




やめて

やめてよ

凛は、凛なの。


小学生の頃は事ある度にバカにされたんだ。

中学生からは裏でコソコソ言われる事が多くなってきた。

ははっ、あの顔で星空なのー?とか言われてたのかな。

そのたび、凛は笑って誤魔化してきたんだ。


「人から覚えられやすくて良いよね」


そう言う人もいるよ。でも……凛は……。


「いいなぁ、私も星空って名字が良かった」

「うーん、私は嫌かなぁ……」


後ろの席の方から、そんな話が聞こえる。

悪気が無いのは分かってる。

でも、凛はもうウンザリだにゃ。


「ねえ、あなたはどう思う」

「どうって……」

「まあ、素敵な名前なんじゃない」

「私、天体観測とか好きだし」


……出たよ、星好き。

この名字のせいで、例外無く話しかけられる。

別に星なんて、詳しくないのに。

横目でチラッと後ろを見ると、視界の端に赤い髪が映った。

……あの子には気をつけるにゃ。



後でかよちんに聞いたら、あの子は西木野さんって
言うらしい。

西木野総合病院。
凛もよく知ってる病院の一人娘。

あんなに可愛いくて、お嬢様なんて
花陽とは少し住む世界が違うよね。

そんな風にいうかよちんが、西木野さんに憧れていることはよく分かったにゃ。

ふーん、お嬢様か。
確かに凛とは全然違うね。


数日経つと、あまり名字でいじられることは減ってきた。

音ノ木は生徒数も少ないし、良かったにゃ。



それと、西木野さんについて、色々分かった。

どうやら彼女は勉強も凄くできるらしい。

そういえば、新入生代表の挨拶してたにゃ。

将来は医者になるんだろうなー。

それと今日、かよちんと学校探検してて気付いたこと。


廊下に響く綺麗なピアノの音色と歌声。


──その先には、西木野さんが居た。


西木野さんって本当に凄い……

そういったかよちんの目がすごくキラキラしてた。

凛もよく分かったよ。

同い年にこんなに凄い人が居るんだって思った。


西木野さんは凛に話しかけて来なかった。

まあ、別に名字が星空だからって凛に話しかけてくるとは限らないよね。

それに、凛になんて興味無いんだよ。


かわいくて、美人で、頭も良くて、
ピアノも弾けて、歌が上手で。
おまけに家柄も良くて、お金持ち。


凛には何があるんだろう。
何も無い凛に話しかけることはないよね。


西木野さんが星空って名字だったらどうだろう。
きっと、からかわれることもないよね。


だって、西木野さんは輝いてるから。
凛に持ってないものを全部もってるんだ。


あ、天体観測も好きだったにゃ。
余計にぴったりだよね。


凛は星空って名字だから、からかわれたって思ってた。

けど、違うみたいだにゃ。

星空って名字を持つのが凛だったから、なんだね。


──μ's

凛はスクールアイドルになったにゃ。

もちろん、かよちんも一緒に。

そして、真姫ちゃんも一緒に。



初めて、真姫ちゃんと話したにゃ。

真姫ちゃんは恥ずかしがりで、とにかく可愛くて。

その日から、凛たちは3人で一緒に居ることが多くなった。


真姫ちゃんは凛のイメージと少し違ったにゃ。

もっと、お嬢様特有の性格の悪さとかあるんじゃないかって思ってた。


真姫ちゃんと仲良くなれて良かった。

かよちんがそう言ってた。


……凛もそう思うにゃ。



ついにμ'sも9人になった。

あれから、にこちゃん、絵里ちゃん、希ちゃんが加わった。

ついでに、合宿もしたにゃ。

先輩禁止なんだって。
私たちは対等だからって。


凛は対等って言葉に違和感を感じるにゃ。

対等って、同じってこと?

凛はみんなと同じなの?

かよちん、
穂乃果ちゃん、
ことりちゃん、
海未ちゃん、
にこちゃん、
希ちゃん、
絵里ちゃん、
そして、真姫ちゃん。

同じなの?

μ'sの人気も大きくなってきて、
凛は考えるんだ。

凛が居なくても、μ'sはやっていけたんじゃないか、って。

もしもあの時、真姫ちゃんとかよちんを引っ張って
穂乃果ちゃん達のところにいかなかったら

きっと、今の凛の場所には誰か他の人が居たんじゃないかなって。



凛には何もないから。

μ'sに入らなかったら、こんな人たちと友達になんてなれなかったんだろうな。


みんなと仲良くなって、みんなのことをたくさん知ることができた。


みんなを知って、凛はどんどん小さくなって行く気がした。


大きく強く輝く星たちの近くじゃ、凛みたいなちっぽけな星はないのも同然だね。


みんなと仲良くなれて、うれしい
って、素直に言えるかな……



最近は、星を見ることが多くなった。

星を見ながら、色んな事を考えるんだ。

星を見ているときは凛は凛じゃない。

いつも元気に振舞う凛じゃない。

星空凛っていうちっぽけな存在。

──星空の中に凛は居ない。


「凛、そこ間違ってるわよ」

定期テスト。

この世の中で必要のないものの一つに数えられるにゃ。

英語は特に苦手。もう訳わかんないにゃ。

「時制に気をつけないと」

今日は真姫ちゃんが凛に勉強を教えてくれるんだって。
かよちんは自分もやんないといけないからって、帰っちゃった。

真姫ちゃんは余裕があるから、つきっきりで誰も教えてくれてる。

放課後の教室。

凛と真姫ちゃんだけの空間。

「ここもほら」

真姫ちゃんは優しい。

だからね、凛はごめんね、ごめんねって
心の中で何度も何度も呟くんだ。

こんな凛に迷惑かけさせてごめんね、って。

「ごめんね」

「いいのよ、もう一回教えるわね」

どうして、凛はこうなんだろう。

「ごめん……ごめんねっ」グシャ


「凛、あなた泣いてるの?」


……駄目だ、凛はもう。


「どうして、真姫ちゃんは……」


「凛に……優しくしてくれるの?」


「凛のことなんて、放っておいて良かったのに」


もう、凛は凛を演じるのは疲れた。


「……そんなこと」

「ねえ、何か悩みがあるなら……」



「真姫ちゃんは、」

「真姫ちゃんはいいよね」

「凛には、凛にはないものを全部もってるんだ」


みんなと一緒に居るのが辛い。
みんなと一緒に居るのが苦しい。
みんなは何も言わないから、
凛がいても何も言わないから。


「可愛くて、頭も良くて、お金持ちのお嬢様で」

「なにも苦労なく生きてきたんだよね」

「ち、違っ……」

「違わないよ」

「ねえ、本当は凛のことどう思ってるの?」

だから、否定してよ。真姫ちゃん。
凛を否定して。
凛は要らないって言ってよ。

みんなが優しいから凛は辛いの。

「凛なんてμ'sに、真姫ちゃんにとって」

「必要ないんでしょ!!」


──ぱちん


「……っ」


凛は驚いた。
頬を打たれた、からじゃない。

「うぐっ、ううううぇっ……」

真姫ちゃんが泣いてたから。


「必要ないっ、なん、て、言わないで」

「あなたは、わ、私の……」

「親友、なんだからっ……」

真姫ちゃんはそれから泣きながらこう続けた。

凛たちに出会うまで、まともに友達が出来なかったこと。

μ'sに入って、凛たちと友達になって、
本当に嬉しかったってこと。

こうして、凛に勉強を教えることが
真姫ちゃんにとっては、楽しくて、楽しくて。

気付いたら、凛も泣いてた。

ごめんね、真姫ちゃん
凛も真姫ちゃんと友達になれて良かったよって。

それから、2人でわんわん泣いて

凛は凛の話をした。
凛の悩みを真姫ちゃんに打ち明けた。

そんなことないよって
真姫ちゃんは言ってくれた。

凛を見てると元気がもらえるって。
凛に助けられたことがたくさんあるのよって。


真姫ちゃんも自分の話をしてくれた。

昔から、病院の一人娘だっていうことで
周りから少し距離を置かれていたということ。

私の周りには、友達なんて集まらなかった
嫉妬されて、時には嫌がらせもされたことがあった。って

本当は入学してすぐに、凛に話しかけたかったけど、
怖くて出来なかったって。

真姫ちゃんも凛と同じだったんだね。
凛は何も知らないで、自分のことを棚に上げて、
真姫ちゃんのことを偏見してた。

気付いてたはずなのに。
真姫ちゃんはそんな人じゃないって。

凛と真姫ちゃんは、お互いの話をしてた。
とにかく泣いてばかりで、お互い伝わったのか
分かんないけど。

テストのことも忘れて、2人でずっと話をした。


次の日。

かよちんにあったらびっくりされた。
真っ赤に腫れた凛の目を見て。

凛は真姫ちゃんと、少し目があって、
互いの目をみて笑いあった。

昨日のことは内緒にゃ。



「ねえ、あの星はなんていうの?」

「あれは……」

今日は真姫ちゃんと星を見ていた。

星のこと、知りたくなったんだ。

あれから、星を見る気持ちも変わった。
どんなに小さな星だって、輝いているんだって
そこに存在してるんだって

そう気付くことができたから。

それから、もう一つ。
凛は自分の気持ちに気付いたにゃ。

それは凛が悩んでて、苦しんで、心が埋もれてしまっていても
いつの日からか凛の中に存在し続けてたもの。

凛は真姫ちゃんのことが───



──凛は自分の名字が好き。

星空が好き。

──だって、


「ねえ、本当に良かったの?」

「何よ、いまさら」

「だって、西木野病院は……」

「いいのよ、それに何年も先の話でしょ?」

「私が院長になってから、なんだから」

「うん」

「それに、私は素敵だと思うわ」

「星空病院って、響きが明るいじゃない」



──だって、凛にとって大事な人の名字でもあるから。

短いですけど、これで終わりです

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