刀語 番外編 ?虚刀語? (21)





『絶刀・鉋』 所有者、真庭蝙蝠





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真庭忍軍。
 時代の裏で権力者たちの下、その鍛え上げた技で歴史を積み上げてきた忍者の中でも暗殺を専門とする特異な忍軍。その凶悪な性質と確かな実力でもって長い歴史を積み重ねることが出来ている強大な組織でもある。
 十二頭領というその名のごとく十二人の頭領の下に統率されると言う奇異な組織体制の下に構成された忍軍は、その手柄の末に天下を握った尾張幕府と密な関係を持つに至った。それは忍軍としては安泰が約束されたようなものだ。

 だがこれらの情報は全て過去形で話すべきだろう。
 何故ならばよりにもよって、天下の尾張幕府を裏切ったのだ。
 里を引き上げて、忍軍総出で抜け忍になった。

 本来この様な事はある事ではない。
 あって良い事ではない。

 だが、それでもソレは起きてしまったのだ。
 真庭忍軍に所属するある一人の忍が、尾張幕府家鳴将軍直轄預奉所軍所総監督と共に遂行したある任務が切っ掛けだった。あるいはもしもこの世界に歴史を築き上げようと心血を注いでいる者が居たとしたら、それは仕掛けだったのかも知れない。

 いずれにせよ、起こってしまったものは覆しようが無い。
 ならば問題はこの後どうするのか、だ。
 成立してしまった歴史に対して、これからどのような歴史を積み上げるかだ。

 これに関しては互いに迅速だった。
 裏切られた者はすぐさまに次の手を打ち……また裏切られていた。
 そして、裏切った側は……。

「キャハキャハ、いくらおれたち真庭忍軍が抜け忍には寛容だからつってもよぉ、まさか里全部が抜け忍になる日が来るなんて思いもしなかったよなぁ。 ま、おれが言っちゃあ世話無いけどよ」

 耳障りな甲高い声でその男は言った。
 黒い袖無しの忍装束。腕に巻かれた鎖。一般の忍装束とは乖離した変体忍装束は彼が真庭忍軍の忍である証だ。
 そして彼こそが里ごと幕府を裏切り抜け忍になる切っ掛けとなった任務をこなした忍だ。

 真庭忍軍十二頭領が一人、獣組真庭蝙蝠。

 軍所総監督奇策士とがめにある刀の収集を命じられ、見事その任務を果たし――その刀を持ったまま逃走した。
 忍者なんていうのはどれだけ技術を磨こうとも忍術を極めようとも雇われの身である。いくら卑怯卑劣が売りの暗殺集団だとは言え、信用を失えば雇われ先を失う。主君を裏切るなど信用をどん底に落とすような真似は御法度などという生易しい話ではない。禁忌だ。普通思いつきすらしない。魚が陸上で日向ぼっこをしようと言い出すようなものだ。

「まあおれは獣組であって魚組じゃねぇんだけどよ」

 その組み分けに関してはかなり怪しい部分が多いのだが。
 組み分けの詳しい内容に関しては、6月の物語にて。

 話が横にずれたが蝙蝠が、そして真庭忍軍がそんな危険を冒してまで幕府を裏切ったのかと言えば、そこはいかに忍者らしからぬ裏切りという行為を働いた割りに忍者らしかった。
 金のためだ。
 先に述べたように忍者は雇われの身だ。
 雇われてその腕を振るう以上は見返りを要求するのは至極当然のこと。
 得られる報酬とは何だ?
 卑怯卑劣が売りな忍者が名誉など求めるわけが無い。
 雇われ使われる身で天下など手に入れられるわけが無い。
 もちろん報酬と言えば金である。
 金のために技を磨き、金のために雇われ、金のために殺し、金のために裏切る。
 そこには一部の矛盾も一瞬の後ろめたさも存在しない。

 しかし、ならばこの時代において最大の顧客であるはずの幕府を裏切ったのは何故か。
 いや、何故かも何もすでに述べたように金のためなのだが、この時代この国に幕府以上に金を出して雇ってくれるような所はないはずなのだ。どう考えても割に合わない。利益とリスクが折り合わない。

 その答えが先の任務で収集した刀にある。

四季崎記紀。
 戦国の世を支配したとさえ言われる伝説的な刀鍛冶。その彼が打った刀の総数は千本と言われているが、中でも別格とされる十二本の刀がある。否、その十二本のために他の刀を打ったとさえ言われているくらいの格別だ。

 その内の一本こそが先の任務で真庭蝙蝠が刀。
 決して折れず曲がらず傷つかず何時までも良く斬れる。頑丈さに主題を置いて打たれた刀。
 『絶刀・鉋』。
 刀としての機能はさて置いても美術品としてのその価値は、一国が買えるほどとすら言われている。

 言われてるだけで十分だ。
 言われてるほどで十全だ。
 幕府を裏切り、里ごと抜け忍なるのには事足りる。

「全部集めりゃ、国が十二個買えちまうって訳だ。 キャハキャハ! いくら幕府つったってこれ程の報酬をくれねぇもんなぁ。 それだったら全部横取りして売っぱらっちまうってのは至極当然のことだ」

 キャハキャハ、とやはり聞く者を不快にさせる甲高い笑い声を上げる。
 真庭忍軍十二頭領という立場にいる人間にしては随分と人格に難があるように思えるが、それは何も蝙蝠だけに限った話ではない。真庭忍軍に所属する者で人格に難がない、精神が破綻していない忍など皆無だ。十二頭領ともなればその際どさが極まった際物揃いだ。ひょっとしたらキャラの濃さで選出したのではないのかと邪推してしまいたくなるような面子だ。まるでそうでもしないと歴史に介入できないとでも言うように。まるっきりそうでもなければ物語に登場できないとでも言うように。

「しかしあの奇策士の子猫ちゃんには感謝しなきゃいけねぇのかな? おれたち真庭忍軍を恐れ知らずにも利用しようなんて思ってくれちゃってありがとうってよぉ。 キャハキャハ! お陰でこんな儲け話にありつけたんだからな」

 だけども、それでも――。
 蝙蝠は今までの甲高い笑いとは違う静かな、しかしそれこそが本質だと言わんばかりの暗い笑みを浮かべる。



「あの女に感謝する気なんて、いくら金を積まれようとも起きねえがな」

あの奇策士の目的を知った以上、あの女の異常な正体を知ったならば、とりたてて特別な感情ではない。
 蝙蝠は確信していた。卑怯卑劣が売りな蝙蝠だからこそ確信していた。
 この世にそれらを知ったうえで協力しようなどと言う物好きは、好き好んで利用されようと言う奴は一人だっていやしない。
 あの女を好きになるような奴など絶無だ。

「キャハキャハ! あんたもあの女に利用される所だったんだぜ、危なかったよなあ」

 笑う蝙蝠の前には縛られ猿轡までされた男が一人、恐怖で震えていた。
 男はここらではそれなりに名の知れた、腕の知れた船頭だった。自分でも己の腕への自信を持っていた。頼まれれば向こうの無人島にだって豪語していたほどだ。
 それが災いした。
 金の支払いが良い客が来たまでは良かった。若い娘だった。老人のような真っ白な総髪。豪華絢爛と言う言葉すらでも足りない着物を重ね着した娘だった。
 真っ当でないことなど一目で知れる。ましてや行く先は無人島だ。これで怪しまないものはいまい。
 それでも、詮索しなかったのは支払いの良さと己の腕を証明する良い機会だと言う事、それになによりも下手に詮索して厄介事に巻き込まれたくなかったからだ。

 しかし、本当に巻き込まれたくないと思うならば、いらぬ欲を持つべきではなかった。断ってしまえば良かったのだ。
 今更、何を言ったところで、どう思ったところで手遅れなのだが。

「しかし、あんたも中々良い体してるじゃねえか。 戦闘用の体とはまた違った鍛え方だよな。 これが海の男って奴なのかねえ、カッコイイじゃねーか。 キャハキャハ」

 先程から一方的に喋り続けている蝙蝠だが、その視線はずっと男から外れずに居た。
 まるで観察しているように。
 まるで観測しているように。

「いやいや、おれもいろんな奴の体を視てきたけどよ、考えてみりゃ海の男はこれが初めてだったかも知れねえな。 今まであまり必要とすることが無かったもんなあ、キャハキャハ。 しかしおればっか見せて貰うってのは不公平だよなあ。 おれもあんたに取って置きを見せてやるよ」

 そんなことを頼んでいない。
 頼まれてもいないのに、蝙蝠は自分の腕を口の中に突っ込んだ。
 拳を口の中に入れられるのを一芸としている者がいるがそんな生半可な物ではない。拳どころか手首が肘が順々に口の中に這入りこんでいく。
 その光景は大道芸と言うには見ていて気分の良いものではない。
 ましてや縛り上げられた上で目の前でやられては不安と恐怖を煽るだけだ。

 そして当然だが、それで終わりではない。蝙蝠が見せようという取って置きはこんな大道芸の延長などではない。
 ずぶりと入った腕がゆるりと口の中から出てくる。
 肘、手首、手と這入ったものから逆順に逆再生のように這い出てくる。
 当然だが、これは時が遡っている訳ではない。その証拠に這い出てきた手には這入るときには無かった物が握られている。

 一振りの刀だ。
 蝙蝠の胴体よりも長い刀身を持つ直刀がまるで奇術のように取り出された。

「キャハキャハ。 こいつが伝説の刀鍛冶四季崎記紀が打った変体刀完成形十二本の内の一本《絶刀・鉋》だ。 アンタみたいな船乗りじゃ一生縁の無かったはずの刀なんだからしっかりと目に刻んでくれよ」

しかし、そんな事言うまでもなく言われるまでもなく、船頭の視線は刀へと注がれている。釘付けだ。
 別にその刀が持つ特別な何かを感じ取ったわけではない。いくら伝説の刀鍛冶と呼ばれた男が打った際物の業物だとしても、剣士どころか武芸者ですらない船頭が見て、そこまで感じ入るものは無い。
 ただ単純に、縛られて身動きできない状態で翳された刀という分かり易い殺傷道具への危機感からだ。

 蝙蝠は船頭の真意を知ってか知らずか、いやむしろ船頭の真意などどうであろうとも同じことだと思っていることだろう。魅せてやると言いながらも自身がその刀身をうっとりとねっとりとじっとりと見詰めている。

「あぁ、本当に良い刀だ。 国一つ買えちゃうくらいの価値があるってのも頷けるってもんだよな。 剣士でもねえのにおれまでも魅かれるモノがあるぜ。 もっともだからって手放すのを惜しんじゃ本末転倒だよなあ。 あくまでこの刀は金のなる木ならず金になる刀なんだからよお。 キャハキャハ!」

 将来的にその刀をどうするかも船頭の興味の外だ。
 船頭が気になって気になって、気にして気にしているのは、今現在この場での刀の使い道だ。

「ああ、そうだこれだけじゃあ、おれの通り名としては足りないなあ。 あんたとしちゃ、一生拝む事ができない刀を見れただけでも十分かもしれないが遠慮するこたぁねえ。 存分に見て驚いてくれよ」

 キャハキャハと甲高い笑い声を上げる口が裂けた・・・。
 口だけではない腕が脚が、全身の筋肉が捩れ骨が伸縮し捏ね繰り回されて作り直されていく。

「ふぅ、やはり良い体だな。 戦闘用とは違うが見事に鍛え上げられている」

 船頭の目の前には刀を持ち変形忍装束を身に纏った船頭が居た。
 自分と同じ姿の者が自分に刀を突きつけている光景は悪夢そのものだったが、非情にもこれは現実だ。非常識だが現実だ。

「忍法《骨肉細工》。 体を粘土細工のように好きなように作り変えるのがおれの忍法だ」

 悪夢は楽しげに告げる。
 夢などではなく現実などだと。

「キャハキャハ! どうやらビックリ仰天してくれたみたいだなあ。 おれとしても見せた甲斐があったってもんだよ。 それじゃあ、最後にとっておきだ。 おれの名前と通り名を教えてやるよ」

 忍が名前を名乗る事のメリットはない。
 まあ、真庭忍軍に関してはその限りではないと突っ込みをされるかも知れないが。

「おれの名は真庭蝙蝠。 通り名は冥土の蝙蝠。 あまりにも冥土の土産を大盤振る舞いする接待好きの性格から名づけられた名前だよ。 あんたも一杯土産を持てただろ?」

 ゆるりと刀を翳す。
 ここまでくれば、事がここに至ればその刀の使い道は両全だった。

 知りたくも無かったけど。

「でもまあ、良かったよなあ。 あんたは運がいいぜ。 これであの女に利用されることがないんだからな」

 その言葉を最後に船頭は船を出した。
 土産を沢山載せた三途の川を渡るための船を。

不承島。
 この島をそう呼んでいるのはこの島に流された親子だけだ。近くの本土の地でも無人島と認識されている、そんな島。
 そんな島につい先刻、一艘の船が訪れた。

 乗っていたのは二人。
 一人は年不相応な白髪頭の豪華絢爛な着物を着た女。
 もう一人は、彼女をここまで送り届けるために舟を漕いで来た船頭。
 否、既に今は船頭ではない。

「キャハキャハ! あの女どこへ行くのかと思えばこんな無人島にようだったとはな。 まあとは言っても、あの女が何の目的も無く訪れるわきゃあねえよな。 どうせ碌でもない悪巧みを腹に訪れたんだろうよ」

 既に、変体忍装束へと着替えた真庭蝙蝠は白髪頭の女――奇策士とがめを追うべく、行動に移っていた。彼女の動向を追うことで、より多くの四季崎記紀の刀の情報を得るために。

「さあて、んじゃまあ、あんたの持っている情報を洗いざらい全て吐き出してもらおうかね、子猫ちゃん。 どんな手段を用いてもどんな犠牲が出ようともな」


ーーー彼は行く、真庭の里の復興の為に。



その行動が、真庭忍軍滅亡への始まりとも知らずに




『斬刀・鈍』所有者、宇練銀閣』



鳥取藩因幡砂漠。
 観光名所として他の土地からの観光者を集め、鳥取藩にとって貴重な収入をもたらしていたそれが突如として藩そのものを滅ぼす猛威となって襲いかかった。突如としてその規模を広げて周りの土地を飲み込み始めた砂漠は終には鳥取藩全土を覆い尽くすほどに広がったところでようやくにその拡大を止めた。まるで測ったかのようにさながら謀ったように鳥取藩だけを飲み込んで。
 どれほどの権力を持とうがいかほどの武力を用いようが、自然の猛威を押し止めることなど過去の歴史から見ても、あるいは仮に未来の歴史を視ても不可能かもしれない。

 結局の所、自然に対して人間が出来る事は受け入れて去るか拒んで去るかの二つしかない。

 だが、一人、ただ独り、砂漠に飲まれた鳥取藩に居座る人物が居た。

鳥取藩下酷城。

 因幡砂漠に佇む、鳥取藩で唯一形を残した建造物。
 この過酷な地が、それでも以前は人が住まう地だったということを証明する数少ない物的証拠だ。かつては物見客で賑わっていただろうこの藩を治めていた城も、しかし今となっては砂と風で傷み朽ちて、まるで古代の遺跡のような有様だ。
 それでもこの城だけが唯一、見渡す限り砂の色だけが支配する地において別の色を持っていた。もっともその色も蜃気楼に隠されているために、余程近づかなければ見ることは出来ないのだが。

 この城の中に住まう者こそただ独り、誰もが逃げ出した砂漠に飲まれた鳥取藩に居残っている人物だ。

 浪人にして下酷城城主、宇練銀閣。

 何とも矛盾した肩書きだが、実際そうなのだから仕方あるまい。
 どこにも仕えていない以上、身分は浪人。
 城に住まう唯一の人物だから、立場は城主。
 故の奇妙な肩書きだ。

 だが、その奇妙な肩書きも奇妙な立場の銀閣には相応しいのかも知れない。
 誰もいなくなったこの土地に、それでも銀閣が居座ったのは決して愛郷からではない。
 かと言って、皆に置いていかれて、仕方無しにここにいるわけでもない。
 居座っているわけでもなければ取り残されたわけでもない。
 ただ、気がついたら一人残っていた。
 だから居残っている、という言い方が相応しい。

城の一室、襖二枚分くらいしかない幅の割りに妙に奥行きだけはあるその部屋の中で何するでもなく転寝うたたねをしている。
 奥まった部屋の最奥で唯一の出入り口である襖を正面に取られている姿は誰かを待っているように見えなくもないが、この男にそのような者がいるわけもない。むしろあの襖が開けられることが無いほうが良いと思っているくらいだった。
 完全に閉ざされた部屋に男が一人。その男もまったく動かないとあって、まるでこの部屋は時が止まってしまったかのような錯覚に陥ってしまいそうになる。
 もちろんそれは錯覚以上にはならない。かつては純白であっただろう部屋の壁面は銀閣の背後にある窓から、あるいは僅かな隙間から吹き入る風に混じった砂により茶色く化粧が施されている。やがてこの風と砂は色だけでなく壁そのものも侵食し崩壊させるだろう。それは銀閣自身にも及び、いずれはこの部屋の砂に混じって朽ち果てるだろう。

 それでも、銀閣はここを動こうとはしない。
 動くわけには行かなかった。

 今までも何度か遣いの者が退去勧告をしに来たが、その悉くを腰に帯びた刀で斬ってきた。

 戦国の世を支配したとまで言われる伝説の刀鍛冶、四季崎記紀。
 彼が打った刀の中でも特に際物の完成形変体刀十二本の内の一本、斬刀『鈍』

かつて、銀閣の先祖である金閣は当時の最大権力者からこの刀を献上するように命じられても叛き、挙句には差し向けられた軍を片っ端から切り捨てた。その数は一万人にも及んだとされる。
 さすがに、それを銀閣も鵜呑みにしているわけではないが、少なくとも命に叛き、そして最後まで刀を渡さなかった事だけはこの刀が物的証拠として宇練の家に代々受け継がれている。
 まあ、その結果としては当然なのだろうが宇練家の者は代々浪人の見に甘んじる事となっていた。何せ時の将軍に逆らった大罪人の一族だ。いくら既に当時の将軍家が没落したとは言え、彼らを改めて取り立てようなどと思う藩は何処にも無かった。いや、もしかしたら奇特な藩も探せばあったかもしれないが、彼らがこの因幡を離れようとしなかった以上、意味の無い話だった。まさか面目を丸潰しにされた鳥取藩が取り立てるなどということはまずもってない。
 いや、それ以上にそもそも斬刀と共に受け継いできたモノがあってはどこの藩でも取り扱えないだろう。
 宇練家の人間は代々狂っていた。
 斬刀の、四季崎の刀の毒が隅々まで行き渡っていた。
 それは刀を守るために己の主である藩に、そして時の将軍に逆らった金閣程では無かったのかも知れないが、それでも刀への執着、或いは妄執は常軌を逸していたし、それを用いて多くの人間を斬ってきた。

 だが、銀閣はそこまで狂ってはいなかった。
 毒は回っていたし、人を斬りたいという衝動もある。そして何よりこの刀を、そしてこの地への妄執は現状を見れば容易に知れることだ。
 それでも、人を斬りたいと思い、そして斬ってきたのは以前よりそうであったし、刀と因幡の地を守るのは他に守るものが無かったからだ。

そもそも人を斬りたいという衝動が強ければ、こんな誰もいない地などとうの昔に棄てているはずだ。稀に盗人や迷い人が訪れ、それを斬ってはいるがそう頻繁にあることではない。
 それなのに銀閣はこの一室でうたた寝をしていた。
 毒気よりも眠気のほうが強いとばかりに。

 だが、その眠りも常に浅い。
 ほんの小さな物音でも意識が覚醒してしまうような眠り。
 故に常に眠気は晴れずにいた。だから何時だって寝ているし、その眠りは結局浅いので……と悪循環を繰り返す。

 お陰で銀閣はいつも夢を見る。
 内容は様々だが、それらは決して起きていては見れないモノばかり。起きて見る夢など当の昔に失っている銀閣にとっては唯一見ることの出来る夢だが、やはりそれも不毛。
 何故ならそれは所詮幻影でしかなく、見て得られるモノなど何一つ無いのだから。

テメーまたかよ 俺は覚えてるぞ

ふと、銀閣は目を覚ました。
 最初に目に入ったのは容赦なく照りつける太陽。周りに広がる青空とそこに浮かぶ白い雲。そしてそれらを遮るように青々と茂った木の葉。
 どうやら、木陰で居眠りしていたらしい。

 違和感。
 何かが違う、銀閣がそんなことを思ったとき、横から騒がしい声が聞こえた。
 どうやら自分はこの声に眠りを妨げられたのかと気付くと、違和感より不快感のほうが先にたつ。

「旦那! 銀閣の旦那! いい加減起きてくださいよ!」

「うるせえな。 アンタのうるせぇ声でとっくに起きてるよ」

 男は現在銀閣が雇われている所の下っ端だった。
 銀閣のような輩を雇うだけあって、ならず者共の集まり。そこの下っ端となるとチンピラと呼ばれる類の人種だった。

 それでも、人斬りの銀閣を雇ってくれているのには変わりなく、眠りを邪魔されたというくらいの理由で斬り捨ててしまうわけにはいかなかった。
 それに銀閣を恐れずに声を掛けてくる貴重な人間である事も斬らない理由だった。

「それで? 一体人の眠りを邪魔してまで何の用だよ」

「おお、そうだった。 それがですねどうもウチと敵対してる組が近々大きな動きを見せるって情報を入手したんですがね。 何分情報が不確かな上に、一体何処の連中が何時、何を企んでんのかも分からんって有様ですが、一応旦那にも働いてもらう事になるかもしれねえんで耳に入れておこうかと思いまして」

「そんないい加減な情報のためにいちいち俺を起こしたのか?」

 気だるそうでありながらはっきりと苛立ちを含めた声音でそういうと身を起こして、涼んでいた木陰から抜け出す。
 途端にキツイ日差しに晒されるが覚悟してたほどの熱気は襲っては来なかった。というか、何だか暑さだけでなく全体的に感覚があやふやに感じた。剣士としてはあるまじき事であるが、まさか起き抜けで感覚が鈍っているのではないかと銀閣はいぶかしんでみるが、別に不調といった感じはしなかった。

 現に思うように刀を振るうことが出来た。

「あれ? え? ええええ!?」

 すっぱりと、男の着流しの裾が斬れた。

>>16
キモすぎワロタ

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