魔女「ふふ。妻の鑑だろう?」 (585)





※※※諸注意※※※




・剣と魔法が飛び交いドラゴンが火を吹く、
 ありがちなファンタジー系です。
 使い古されたジャンルですがお付き合いください。

・めっちゃ長いです。
 書き溜めが全体の1/4溜まるごとに投下します。
 進捗は予備が1/4あります。
 ツキイチ連載のペースで行こうと思ってます。
 SSにあるまじき長さですが自己満だし許してお願い…お願い…。

・矛盾点などは笑ってスルーしてお願い…お願いします…。






SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1440845641




主観ではあるが、

この世にはどうしても変えられない事が3つある。

まず1つ。個人の都合で戦争は終わらない事。
11の時、私は生まれ育った小さな町を飛び出した。
故郷は、近くの森に棲む魔物たちの襲撃に苦しんでいた。
魔物の襲撃により月に一人死者が出た。
森から漏れだす瘴気に当てられ、月にまた一人死者が出た。
常に物資は不足していて、近くの町との小競り合いで、月にまた一人死者が出た。

故郷の民はみなどこかいじけて見えた。
青人草どもが口々に嘆こうとも、魔物は居なくならないし、
森を焼き払おうという勇者も現れない。
長く争った町と町が手を取り合う事は決してないし、
王国の助けも決して来ない。

みな戦う日々に疲れすぎたのだ。
戦いとは、状況に抗う事であると私は結論づける。
つまり故郷は戦う事を諦め状況に甘んじたに過ぎない。
月に3人の人柱は果たして本当に必要な犠牲なのか。
町民は5000人ほど。
決して多くはないが、決して少なくもない。
来月命を落とす事になる、その5000分の3に、家族だとか、恋人だとか、
大切な人が選ばれる可能性に、誰も目を向けない程度には。

ある日父が死んだ。
最後の家族だった。
私はそんな町に嫌気が差し、故郷を捨て魔法使いになるために魔法の王国へと向かった。
魔法使いになる事は私の夢だった。
魔法とは本来、人々の生活をほんの少し豊かにするためのものに過ぎないはずだった。
私が魔法の王国で学んだ事は、魔物を効率良く殲滅する方法だった。
それは学問の一分野として、国家試験や、学閥にまで食い込んでいた。

私は、魔物との争いが、青人草どもにとって、もはや欠かせないものになっている事を悟った。







そして2つ。報われない努力もあるという事。
11歳の私は魔法の王国へ向かう街道で、盗賊たちに捕まってしまった。
盗賊たちが私の目的地である魔法の王国に立ち寄ったのは偶然だった。
私を買ったのは童子趣味の変態貴族だった。
故郷に想い人がいる、純潔だけは守らせてくれ、と泣き崩れたら、変態貴族の目が踊った。
純潔だけは守らせてくれたが、その他ひと通り犯され続ける日々の中、ピロートークがてら魔法を習った。
私はどうも魔法の才能を持ちあわせていたようで、
変態貴族に後見人になってもらい、魔法学院に入学した。

2年も経つ頃には私は学院の鬼才と呼ばれるようになっていた。
奴隷出身の私は良い成績を残すほど生徒たちに疎まれた。
学院の研究室で私が編み出した術式の数々はどれも高く売れたようで、
後見人の変態貴族はさぞかし儲けた事だろう。
物理エネルギーを魔力に変換する技術は私の力作だ。
だが、魔法の格式を貶めたと中傷され権利を剥奪された。

使用権は学院名義になっていた。
どうせ鉱山都市あたりからリース料をせしめているのだろう。
私は学院を追われる事になったが、
学院で学ぶ事はもう無いし、私は野に下り研究を続けた。

変態貴族にとって成長した私は性的対象として使い物にならないらしく、
学院を追放された事も重なり、変態貴族からも捨てられた。
腹癒せにほんの悪戯心で、体毛という体毛がねじれて体中に突き刺さる呪いを残してきた。
1か月後に変態貴族は死んだ。
謎の病だと聞いた。

こんな事をするために魔法を身につけたわけじゃないのに。







魔女「やぁ、変わらないね。
   別れを交わした時と同じように血塗れじゃないか」

戦士「なんだ、帰ったのか」


背に担いだ魔物の死体をものぐさそうに投げ捨て、
身の丈以上あるハルバードを振り回し、彼は器用に魔物を解体した。


戦士「魔物食をどう思う?ここ数年、瘴気の侵食が進んでな。
   狩りをしようにも魔物しか居ないんだ」

魔女「ふふふ、そう言う君が一番平気じゃなさそうだが」

戦士「…そうだよ。
   まぁ、料理しちまえば似たようなもんなんだが、
   生きた姿はとても人類の狩猟対象には見えねぇよなぁ」


9年ぶりの再会には、期待していたようなロマンチシズムは感じなかったが、
幾星霜を数日に感じさせるように自然に、私たちは再会した。
9年前、彼は私を泣いて止め、父を振りきり丘を転げ落ち、大岩に頭から激突した。
割れた額から夥しい血が流れ、もはや涙が出ているのかどうかすらわからないまま、
彼は私を引き止めた。
その彼は今、魔物の血で赤く染められている。


魔女「辺境に勇壮なる斧槍使いがいると聞いたが」

戦士「ここいらにハルバード使いは居ねぇよ。
   他を当たれ」

魔女「君が手に持っているものはなんだ。
   …再会を喜んではくれないんだな」

戦士「俺も似たような話を聞いたんだ。辺境に国を追われた魔女が棲むって噂だ。
   危険すぎて中央王国も手が出せないんだと」







魔女「それは厄介な者もいるものだね、ふふ」

戦士「…まぁ、ここにいちいち素性を詮索するような者は居ない。
   旅の方、ゆるりと休まれよ」

魔女「あいにく、私の旅はここで終わりなんだ」

戦士「………マジで?」

魔女「帰ってきたんだよ。祝ってくれ、戦士」

戦士「…俺ぁ、てっきり立ち寄っただけかと」

魔女「約束したじゃないか。20になったら、帰ってくると」

戦士「何度か顔を見せに来るともな」

魔女「…悪かったよ。
   ただいま、戦士。また会えて嬉しい」

戦士「まったく、会わないうちにすっかりお尋ね者か。
   こんな辺境の町にまで学院の使いが来たぞ。
   魔女が現れたら知らせろとのお達しだ」

魔女「…………戦士」

戦士「ま、あいにくどこへ知らせればいいかを忘れてしまったよ」

魔女「………………」

戦士「お前は身寄りもないし。待ってろ、新しい素性を…どうした」

魔女「そうか。そうなのか」

戦士「どうした?」

魔女「君は、まだ、私を友と呼んでくれるんだな!!」

戦士「は、はぁ?」







魔女「戦士。私はひとつ心に決めていた事があるんだ。
   私の世界の3つだけの、変えられないもののひとつだ」

戦士「な、なんだよ」

魔女「だが、それはあえて言うまい。
   私には住むところが無いんだ。
   …9年間の間に、こんな防壁が出来ていたとはな。
   君の暮らすこの大門なら、外敵もすぐに察知できる」

戦士「言っている意味がわからん」

魔女「私を友と呼ぶのなら、私と暮らしてくれ。
   親愛なる友として、頼む」

戦士「なんでそうなるんだよ。
   うちに部屋はもうないんだ。大門に住みたきゃ、番兵の資格を」

魔女「それはできない。10年の居住履歴がなければ番兵にはなれないだろう」

戦士「…よく知ってるなぁ。でもな、肝心な事を忘れてるぞ。
   大門には、番兵しか住めないんだ」

魔女「無論、考慮済だ。この大門には非戦闘員が多く暮らしている事も事実だろう」

戦士「はぁー?それは………あ」

魔女「やっと気付いたか、ふふ」

戦士「いや、そりゃ、結婚してるヤツらも居るが」

魔女「その通りだ。配偶者を持つ番兵たちは、大門のファミリーエリアを借り受ける事ができる」

戦士「いや、待てよ。いきなり帰ってきてそりゃねえよ」

魔女「今こそ言おう。戦士、約束を果たしてくれ」

戦士「約束って、先に破ったのはお前じゃないか」







魔女「そうじゃない。言ってくれたじゃないか。20になって、私が帰ってきたら」


―――けっこんしようね!―――


戦士「……………ああ……」

魔女「忘れて、しまった、のか?」

戦士「いや、待てよ。俺にも生活が」

魔女「私は魔女だぞ。君の交友関係くらい、調べるのは容易だ。
…ここの番兵だった君の父上が死去していたのは少しショックだが、
   父上の跡を継いで、君は4年前から番兵をしているそうだね。
   現在交際している女性は居らず、
   言い寄られる事も無くはないが、肝心の君にその気がない。
   職務に忠実な君の女性関係は蛋白なもので、典型的な労働疎外といえる。
   番兵である君の場合、物的資本は町民の安全なので、君は使命感に生きるタイプに育ったようだ」

戦士「お前の使い魔って蛾か?」

魔女「だけではないが、基本は昆虫だ。
   彼らはなりが小さいぶん本能が強いからな。扱いやすいんだ」

戦士「…最近、やけに虫に集られると思ったんだ」

魔女「私が魔力を通せば滅多な事では死なんはずだが…。
   使い魔には私の意識が少しだけ乗り移っているんだぞ。
   君には何度も殺されたな。責任を取ってほしいものだ」

戦士「勝手に監視しといて何を」

魔女「つまりだ、何ら支障はないと言いたいんだ。
   戸籍ならある。山向こうの町のものだが」

戦士「でもだなぁ…」

魔女「なにが不満なんだ。
   私は魔女だから調合の腕に関しては自信があるぞ。つまり料理は得意だ」

戦士「料理は妖しげな薬品じゃねぇよ」







魔女「あと、潔癖な面もある。
   室内の汚れはすぐに目につくたちなんだ。
   研究室内が汚れていては良い発想も浮かばないというものだろう」

戦士「研究室じゃないって。俺の家だから」

魔女「繕い物もお手のものだ。たとえ種族が違っても繋ぎ合わせる事だってできる。
   絹糸のごとき脈管や神経の吻合だろうと、私なら容易だ」

戦士「あーキメラね。キメラの事ね!」

魔女「ええい、つまり応用が効くという事だ。
   家庭の屋台骨を支える良き妻になる自信はある。
   まぁ待て、容姿に関しては、私は学者肌だから、日光による損傷も少ないし、
   精一杯のケアは施しているのだが…それほど…
   生活は不規則不摂生の極致だったし…
   いや、しかし化粧品に関しては一廉の腕前だと自負している。
   半刻ほどくれれば絶世の美女とまではいかないが10人並の顔には仕上げれるだろう。
   体型に関しても体脂肪率は高めだ。私は運動が苦手だから…とりたてて鍛えられてはいないが…
   しかし痩せ薬だって作る事はできるんだ。私は魔女だからな。
   君が痩せ型が好みだというなら立処に痩せてみせよう」

戦士「容姿はともかく、一番大事なところを忘れてるぞ」

魔女「む、この他になにかあるのか?」

戦士「夫婦ってのは愛し合っていなければいけないだろう」

魔女「なに、その点は問題ない。私は君を深く愛している」

戦士「………はぁ?」

魔女「私とて好き合っていない者同士がつがいになる事に抵抗くらいある」

戦士「待て待て、9年間会ってないんだぞ」

魔女「私は4日前にもう君に会っているんだぞ。私は昆虫の姿だったが」

戦士「使い魔じゃねえか」

魔女「私の世界で3つだけの、変えられないものの3つめだ。
   それを確信したんだ」

戦士「なにが変わらないんだよ」

魔女「あの約束は、私の中で決して色褪せる事はない」







戦士「………でも、だなぁ」

魔女「君はどうなんだ」

戦士「どうって」

魔女「私をもう、愛してはいないのか。
   君は、結婚してもいい相手は一人だけだと、常日頃から言っているんだろう?」

戦士「…ああ、そりゃ、まぁ」

魔女「いや、待て。
   なにも思い上がるわけではない。
   私もあの時とは、随分変わったからね…」

戦士「わかったよ。
   結婚しよう」

魔女「真っ当なら、お互いを理解し合う時間が必要だし、
   9年という時間は歴史の中で見れば短いが私達にとっては半生に等しいわけだし、
   第二次性徴という多感な時期に別の人生を歩んだというのは、
   性器型発育曲線上で言えばまだ2~3割しかお互いを理解していないという事だし…
   しかし私にはもう時間が…駄目か?駄目なのか?
   私は、君にはもう愛されないのか?」






戦士「だから、結婚しようって」

魔女「え?」

戦士「結婚しよう。
   俺、本当は、お前の事が忘れられなかったんだ」

魔女「自棄になったのか?」

戦士「お前の提案じゃないか」

魔女「私は魔女だぞ?お尋ね者だぞ?いつ命を狙われるかわからないし、
   この大門では学院の魔法使いたち相手には1夜と持たないぞ」

戦士「学院の鬼才どのがおられるじゃないか。
   なにか考えがあるんだろう」

魔女「…まぁ、ない事もない。
   迷惑をかける訳にはいかないからな」

戦士「なら安心だろう」

魔女「…私は、この時をずっと夢見ていたんだ」

戦士「思っていた形とはずいぶん違うが、俺もだよ」

魔女「すまない。君を、私のエゴで振り回してしまうかもしれない」

戦士「いいんだ。お前の思うところはわからないが、
   これから解り合っていければいい」

魔女「なにも聞かないんだね」

戦士「話す気になれば話してくれ」

魔女「…ふふ。やはり君は、私の夢だった」







果たして彼女は本当に戸籍を持っていた。
番兵としては経歴の齟齬を絶対に見落とさない自信があったが、
一点の曇りもないほど、彼女の戸籍はクリーンだった。
婚姻はすんなりと受理された。
元々俺の部屋には荷物が少ないので、その日のうちにファミリーエリアに移る事ができた。

引っ越しといえば、男手を集め、荷車に大荷物を載せ、1日がかりでやるもの、
というのが一般的なイメージだが、
魔女の手にかかれば引っ越しは2分で終わるらしい。

彼女が白墨で床になにかを描き、手を掲げなにやら呟くと、
我が家には少しの揺れと共に、白墨で書かれた線に寸分の狂いなく、どこからともなく家具が現れた。
なかなか質のいい調度品だ。
彼女の言うところでは、あまり魔法を使うと素性が露見する恐れもあるが、
せっかく魔法が使えるのだし、挨拶がわりのようなもの、だそうだ。


魔女「指輪は必要ないか?」

戦士「指輪なんてしてたら武器を振るえないだろう」

魔女「…私が珍しく制作意欲に燃えているというのに。
   容易いものだぞ、金属いじりは得意なんだ」

戦士「錬金術士なのか?」

魔女「錬金術も必要な知識だが、似て非なるものだ。私の専門は機械工学でね」

戦士「…それ、魔法使いなのか?」

魔女「魔力に動力を求めるのなら魔法だと主張したが、受け入れられなかったね。
   相反する分野だが、得手不得手を補い合う感性はまだ一般的でないといえる。
   少なくとも、学院では」

戦士「だから異端児、か。
   新しい風は逆風を呼ぶ事が多いからなぁ」

魔女「学院の研究室に居た頃鉱山都市の技術者たちと会う機会が多かったが、
   彼らの方がまだ話がわかるな。
   あの技術者たちのレベルが旧態然とした魔法学院のノウハウを脅かせば、
   きっと学院も価値観を変えざるを得ないだろう」

戦士「遠い未来の話だな」







魔女「なに、専門といっても、研究分野の話だ。
   私は4年で魔法百般を究めたんだ。
   機械工学が現在の文明レベルなら、魔法で私にできない事はない。
   …ああ、ひとつだけあるけど」

戦士「ひとつだけ?」

魔女「これは古臭い自然干渉系の魔法使いたちにとって永遠の命題であり、悩みの種でもあるんだ。
   まぁ、代用は効くものだし、使えて得になる事でもない。
   気にせずともいいよ。
   …指輪が駄目なら、他のものをあげる」






彼女は指輪の代わりに、ものの数分でチョーカーを作ってくれた。
銀のインゴットに彼女の細い指が触れると、
インゴットはまるで粘土細工のように形を変えた。
細い革紐の先に、大樹に繁る枝のような繊細な意匠が凝らされた銀と、
小さな天然石が落ち着いた光を放っていた。
手渡す彼女はどこか誇らしげで、俺の胸元に光るチョーカーを見て、少し念を込めると、
とても嬉しそうな顔をした。
幸せを運ぶおまじないらしい。

その日から彼女は、良き妻として家を守ってくれている。
口調は物々しいが、性格は昔と変わらないようで、
俺の中で、9年前まで彼女と暮らした記憶が日に日に鮮明さを増していく。

彼女は魔法使いらしくなく、活動的で外出が好きで、
妙に所帯じみていた。
限られた資金で研究を続け結果を残してきた名残らしい。
ある日帰宅すると、部屋の隅に扉がひとつ増えていた。
そんな間取りはなかったはずだが、魔法使いにそういう事を聞くのは野暮というものだ。
話を聞くに本来は別にある彼女の研究室に繋がっているそうで、
彼女は日に2時間ほどその部屋に消える。

俺は過去に何度か魔法使いたちと会う機会があった。
敵もいれば味方もいたが、彼らはみな黒いローブを羽織り杖を隠し持っていた。
鼻につく薬品の匂いと青白い肌がより一層その妖しさを増していた。
だがそれらは彼女に言わせれば、魔法使いの神秘性を守るための演出の一環、だそうだ。
彼女はローブではなく、自ら考案したという上下の縫い合わされた作業着や、長白衣を好んだ。
薬品の匂いもしない訳ではないが、潤滑油や蝋、石膏の匂いが主だった。







魔女「君は魔法使いたちを見て、『妖しい』と思ったんだろう?
   魔法とは神秘的でなければならない、というのが彼らの考えでね。
   君たち兵士が攻撃的な意匠の鎧を身にまとうのと同様に、
   魔法使いたちは常識の埒外を演出する事で魔法の秘匿性を高めているんだ」

戦士「ほほー。
   理解しようもないものは確かに怖いからな」

魔女「古臭い考え方だ。魔法とは技術に過ぎない。
   大仰に呪文を唱え業火を生み出せたとしても、
   そんなもの油をかけた山のような巻藁に火をつければ代用は効く」

戦士「それは極論だろう」

魔女「つまり、その業火を意のままに操れねば意味がないという事だ。
   戦場で敵軍に業火を浴びせたとして、自軍と敵軍が入り乱れていたとしたら、
   敵軍だけを選択的に焼ければ戦略の幅が広がるだろう?
   技術とは用い方にこそ真理が宿るんだ。
   ただ大きい火が出せるというのみでは巻藁と油に劣る。
   だが、学院は『魔力を使って業火を出せる』過程をこそ重要視する。
   過程、つまり術式だ。
   術式を数多く生み出す事で体系に差別化を量っているわけだな」

戦士「いい事じゃないか。
   結果より過程を重視するってのは、
   ………慰みだな」

魔女「そうだ。慰みだ。
   彼らはその慰みで自尊心を保っているんだ。
   それでは進歩がないだろう?
   本来は、結果をどこに見据えるかが問題なんだ。
   彼らは火を生み出して満足している。
   我々は道具を用いず魔力のみを用い火を生み出すので特別な人種なのだ、と本気で信じている。
   だが広場でただ火を生み出すだけでは意味がない。
   火はなにかを燃やさなければ結果を残せないのだから」







…なるほど。
彼女は魔法を実践的に捉えすぎたんだ。
魔法とは祭儀的な側面を持つと聞く。
魔力を用い業火を生み出して、それがゴミの焼却のために用いられては、
魔法使いたちも気分が悪いだろう。

だが学院が居を構える魔法の王国の首都は眠らない町で有名だ。
国民のほとんどが多少の魔力を操れるかの王国では、
身体からわずかに漏れ出る魔力に反応し、意のままに照明が点滅するという。
それは初歩的な光魔法がほとんど魔力を消費しないからであり、
魔法使いたちにとっては息をするも同然に行使できる魔法であるから、というが…

つまり「これくらいなら民たちに与えても良い」と判断されたクズみたいな魔法という事か。


魔女「全く、また嫌な話をしてしまった。すまない」

戦士「馴染みのない話は面白いよ」

魔女「…君は優しいな。ふふ」


彼女はよく学院にいた頃の愚痴をこぼした。
学院の体質を聞けば聞くほど、なるほど、引っ越しに魔法を使うような魔法使いの居るところではないような気がする。
愚痴をこぼした夜は必ず、彼女は俺に甘えてきた。
胸に頬をこすりつけ、少し泣いた。

ふた月も経つ頃には、俺もまた彼女を深く愛するようになっていた。

泣いた彼女は一晩で元に戻る。
彼女がこの町を離れていた間、どんな苦労があったのか、俺は知らない。
きっと苦労をしたのだろうが、彼女は今とても溌剌としているので、
俺と暮らす事が彼女の傷を癒している、というのは、夫として気分の悪い話ではなかった。







魔女「今夜は外出しよう」

戦士「いいが、どこへ?」

魔女「久しぶりに星を読んでみたい気分なんだ。
   今日の天候パターンなら、今夜はきっと星がよく見えるはずだ」

戦士「星読みなんてするのか」

魔女「…む。私だって、女だぞ。
   愛する人と星を読んでみたいと思うくらい、いいじゃないか」

戦士「はは。悪かった悪かった。
   でも俺は星読みなんてした事ないよ」

魔女「私が教えよう。丘で星明かりだけを頼りに寄り添って、
   2人のこの先を占うんだ。
   昼に作ったパンチェッタのサラダが残っているから、パンに挟んで携帯食にしよう」


彼女は俺との外出を好んだ。
歩く時は俺の腕を抱き、よく顔を覗き込み笑いかけてきた。
陳腐なロマンチシズムを愛し、学者らしからぬ希望的観測をよく口にした。
天文学も気象学も立派な学問だと顔を真っ赤にして怒るのだが、
言っている事は夢丸出しで、
眉唾な占いを、いつも自分なりに前向きに解釈した。
そんな時は、彼女の魔法使いの仮面が外され、その表情は年頃の女性の顔を覗かせた。
俺はどちらの顔の彼女も好きだ。






戦士「で、どうなんだ。星は、まぁ、綺麗だな」

魔女「…うーん。
   肝心の、私の星が見えないんだ」

戦士「お前の星?」

魔女「私の誕生月の星がね、光の加減なのか…。
   見えなくては占えない…」

戦士「まぁ、いいじゃないか。
   2人でこうして星を眺めるだけでも」

魔女「駄目だ。…どうして見えないんだ…。
   これではホロスコープが作れない。
   私達の行く先を教えてもらえないじゃないか…」

戦士「ほら、指先に光集めるヤツ、あれやってくれよ」

魔女「…これか?星がますます見えなくなるだろう」

戦士「これがお前の星って事でいいだろ。
   お前の星は、お前ごと俺と結婚したから見えなくなったの。
   だから、俺が教えてやる。俺達は、幸せになれる」

魔女「…………ば、ばかっ…」

戦士「いやー、星が綺麗だ」

魔女「…たまに」

戦士「ん?」

魔女「こうして、星を見に来ないか。
   星を眺めるのが…好きなんだ。
   それが君となら、嬉しい」

戦士「いいよ。星の見える夜は、こうしよう」







魔女「……………静かだ」

戦士「ああ。ここいらには誰も来ないからな」

魔女「君は、私と結婚すると決めた時、…何も聞かなかったね」

戦士「そりゃあ気になるが、すぐにとは思わなかったんだよ。
   お前は帰ってきたわけだし、お前の故郷はここだから」

魔女「…すまない。
   なにも話せない私を許してほしい。
   けど、いずれ話せる時が来ると思う。
   ただ私は事実、君を愛している。
   信じてほしい」

戦士「信じてるよ。もう、疑いようがないから」

魔女「それと、もう1つ。
   …私は間違った事をして追われているわけじゃない」

戦士「それに関しては疑った事がないよ、はは」

魔女「…私は、戦争を止めたかったんだ。
   学院で魔法を修めた私になら、その力があると思った。
   でも、…できなかった。私は、失敗したんだ」

戦士「魔物退治か?」

魔女「魔物は魔界の生き物だろう。
   あれらは時空のひずみからこちら側にやってきているだけだ。
   個体差も激しいし、群体ではない。
   上位のものになると知性を持っていたり、魔法を扱えたりもするが、
   徒党を組んでいないから戦争とは言わないよ」

戦士「じゃ、戦争なんてほんとはないんだろう」

魔女「私が止めたかったのは…」






突如、轟音が鳴り響く。
弾かれたように音のした方角を見やると、
大門の方角に黒煙が立ち上り、赤い光が夜空を照らしていた。
人の叫び声。
警報を知らせる鐘の音が、夜風に混じって微かに聞こえてくる。


戦士「襲撃かっ!!」

魔女「かなりの規模だ。
   あの光、魔力で編まれたものだが、
   学院の用いる術式じゃないな。…魔物の仕業だ」

戦士「俺は町へ行く。避難を手伝わないと。
   お前は、どこかに隠れててくれ」

魔女「…私も手伝うよ。
   ここには居られなくなるが、故郷が滅びゆくのは偲びない」


彼女が指を振ると、俺の足にほのかな緑色が浮かんだ。
足に風がまとわりついてくる。
身体が軽い。
吹いていた夜風が、俺の身体を避けるように流れるのがわかる。


魔女「旅をしていた折、たまさかシルフを手懐けてね。
   君の足に封じた。
   これで君は、風を踏むように走る事ができる」

戦士「…ありがとう。
   でも、できればお前には隠れててほしいんだ」

魔女「ふふ、夫がそう言うなら仕方ない。
   私は転移魔法で先に部屋に戻っているよ。研究室にいれば心配はない。
   君たちの手に負えないと判断したら、住民の避難くらいは手伝おう」

戦士「ああ。頼む。
   数区画をまわったら、装備を取りに俺も戻る」


言い終わるなり、町へと駆け出す。
彼女の言う通り風の精霊の加護は、まるで空気の壁を感じさせない。
…町は、魔物だらけだ。
遠くまた聞こえる轟音が、破られた防壁が一箇所だけではない事を知らせる。


戦士「聖堂へ避難しろ!動けない者が優先だ!男たちは武器を取って戦え!」


魔物たちはさして強くない。
この程度なら2刻もしないうちに鎮圧できる。
…だが、魔法を扱える魔物がいるという事は無視できない。
デーモン種。魔界の住人。
彼らはみな知性的、そして文明的であり、言語を解し魔法を扱い、
武装し、独特の美学まで持ち合わせている事もある。
年輪を重ねたドラゴンや、元が人間のバンパイアたちは魔法行使も可能だそうだが、
彼らは人間の前に滅多に姿を見せない。
魔法を扱い人間を襲撃する魔物は、ほぼ間違いなくデーモン種だと言っていい。

なら恐らくは、魔物たちはデーモンに率いられている。
何体いるかはわからないが、1体でも強敵だ。
少なくとも装備がなければ、太刀打ちできない。

まだ2区画しか回っていないが、随分と時間を取られた。
先に装備を取りに戻ろう。
大門はいずれ落ちる。
彼女を巻き込むわけにはいかない。






魔女「まずいなぁ。
   隠れていると言ったが、やはりこんなヤツが居ては、どうしようもない」


物見の水晶は、プロジェクターのように彼女の使い魔のトンボの視界を映し出している。
大門は容易く破られた。
魔物たちがなだれ込み、町は殺戮の限りを尽くされている。

尖兵の魔物より少し遅れて悠然と町への橋を渡る、黒い肌をした人型の魔物。
3メートルほどだろうか。
魔物としてとりたてて大きな部類ではないが、竜のような翼を持ち、人とは質の違う頑健な筋肉が浮かび、
額から大きなヤギのようなねじれた角が生え、虹彩の無い朱いだけの目がその攻撃性を如実に物語る。
何より禍々しい漆黒の鎧と大剣で武装している事が、ただの魔物ではなく、知性を持つ事を悟らせる。


魔女「爆発はこいつの仕業か。
   魔界の術式は本当に、礼儀がなっていないね。
   威力だけが先走っている」


デーモンを倒すには手だれの前衛に、熟練した魔法使いの助けが必要だ。
…この町に、熟練した魔法使いは一人。


魔女「………私、か」


彼は一人でも戦おうとするだろう。
だがそれでは勝てない。
魔法には魔法の戦い方があるのだ。

…ふと気付いた。
いつの間にかデーモンが、こちらを見ている。


魔女「ふふ、気付かれたか。
   少し接近しすぎたな」


途切れる視界。
虎の子のトンボだったが仕方ない。
町に出よう。
彼の武具も届けてやらなければ。
棒きれ1本と鍋の蓋で強敵に挑ませるわけにはいかない。







やはり雑兵は大した事がない。
棒きれだろうが打ち据えるだけで、容易く倒せる。
だがそれだけでも民たちにとっては脅威だ。
彼らも応戦してはいるが、5年前この防壁が出来てからというもの、
戦闘に慣れていない民が増えた。

本当は、いつこんな事態が起きても、おかしくなかった。
だが5年間の平穏は、戦意を腐らせるには、充分な時間だったようだ。


戦士「戦える者は居ないのか!!
   怯えている暇があるなら逃げろ!」


兵の亡骸から拾った剣だが、なかなか良い剣だ。
剣には慣れていないが贅沢は言えない。
兵は顔見知りだった。
確か、王国から派遣された、駐留軍の兵士だったはずだ。
彼は去年結婚したと聞いた。

亡骸は、誰かに覆い被さるように倒れていた。
きっとその誰かを守り戦い抜いたのだろう。
傷跡は多く、四肢は引き裂かれていようと、剣を握る手には、
まだ力が残っていた。


戦士「ぜぇ、ぜぇ、…くそ」


戦える兵はどれだけ残っている?
魔物の数は多い。
個体として弱くとも、これだけ数がいれば、いつかは押されてしまう。
加えて率いている魔物の存在を、確かに感じる。
これだけの魔物が徒党をなして攻めてくる事は今までなかった。

…ふと、耳許に羽音を感じた。
羽音は一定で、なにかの意思を感じるように耳許から動かない。


戦士「魔女、か?今どこにいる?」

―――やはり私も戦おう。
   大門の近くに、デーモン種がいる。
   君たちでは、手に負えない。約束だ。

戦士「そう、か。強敵だ。早いとこ装備を、取りに戻らないと」

―――そこから1区画のところに、この間陣を敷いておいたんだ。
   武具を送ってある。宿の横の路地だ。
   避難が遅れた者達を見つけてね。
   まず彼らを避難させるから、あとで合流しよう。






戦士「わかった。無事でいてくれ」

―――ふふ、余計な心配だよ。
   私にも、魔―と―――経験く―――

―――――ら―が―――?―――

戦士「…どうした?」


彼女の虫が、燃え出す。
燃えた端から、光となって、霧散していく。
虫を縛っていた魔力が、散っていく。


戦士「どうした!?おい!!魔女っ!!!!」


間違いない。
彼女の身に、なにかあったのだ。
もしデーモンと遭遇すれば、いくら卓越した魔法使いといえど、
容易く殺されてしまうだろう。


戦士「どこだっ………!?
   避難が遅れた、場所…っ!!」


装備が送られたという宿に向かう。
冗談じゃない、結婚してまだ3ヶ月しか経っていない。
彼女を今失うわけにはいかない。

精霊の加護を受けた足なら、10分ほどで町を駆け回れる。
早く彼女を見つけないと。
俺は、また彼女を手放してしまう事に、なるかもしれない。







魔女「これで君たちはしばらく、魔物たちから見えなくなる。
   聖堂に急ぐんだ。
   あそこではまだ、兵たちが頑張っている」

町民「あ…ありがとうございます…」

魔女「道を拓こう。
   下がっていて」


町民たちには、ついでに忘却魔法もかけておいた。
研究室に眠っている自動人形たちを起こす事も考えたが、
私の素性が割れてしまう。
あれらを扱えるのは私だけだ。
古典的な念動力や自然干渉でなんとかするしかない。

腕を振ると同時に、道にいる魔物たちは次々と壁に打ち付けられていく。


町民「ま、まほうつかい」

魔女「そう。意外という顔だね」

町民「いえ、服装が…。
   …ありがとうございます。ご無事で」

魔女「魔法は10分ほどで消えてしまうから、早く」


さて、向こうにも確か、避難の遅れた者達がいる。
…使い魔が、彼の元に着いたようだ。
連絡をしておかないと。







―――わかった。無事でいてくれ。

魔女「ふふ、余計な心配だよ…」

魔女「……っち」


しまった。
囲まれている。


魔女「私にも、魔物と戦った経験くらい…。
   私は…。
   彼よりもずっと長く、お前たちと戦ってきた。
   来るがいい。この距離なら、雑兵の魔物程度、一掃してやる」


使い魔への魔力を切る。
この先は、彼には聞かせたくない。


魔女「どうした?魔界の『獣』たち。
   知性と魔力を持つ者には、本能的に従うのか」


魔物たちが一斉に駆けてくる。
この程度の数なら、さっきと同じように………

びくん、と耳の奥で音がした。

身体が、

動かない。

魔物の爪が迫る。
何が起こったのかわからないが、
麻痺はすぐに解けた。

しかし。間に合わない。


魔女「………くぅっ……!!!」


腹部を抉る、魔物の爪。
溶岩のような血が、口へとこみ上げてくる。


魔女「う…ああああああ!!」







魔女「……う…」


咄嗟に放った念動力で、魔物たちは一掃できた。
傷は深い。治療魔法で応急的に出血を止めてはいるが、
研究室に戻らなければこれ以上の治療はできないだろう。
この傷では、彼の援護はできそうにない。


魔女「すま、ない……ふふ……。
   やっぱり、かくれて、いれば…」


そして。
行く手に、漆黒の鎧を着た、悪魔がいる。


魔神「強力な魔力の揺らぎを感じたが。
   まさか人間の小娘だったとは」

魔女「そう、いう、きさまは、魔界の青二才、だろう?」

魔神「く、く。多少は我等について知識があるらしい。
   我を見ていた虫の飼い主は、貴様だろう。
   いみじくも言い得ている。我はまだ若い」

魔女「デーモンが、こんな辺境の町に…。
   なにが、望み…だ」

魔神「なに、請われただけの事。
   我に目的はないが、…そうだな。今は、目的もある」

魔女「…………く、ぅ…」

魔神「くくく、逃げるのか。転移魔法は通じんぞ。
   魔力の残滓を追えば良い」

魔女「…転移………っ」

―――彼の許へ。
デーモンは追ってくるだろうが、
私の命が尽きる前に、彼に伝えなければならない事がある。







突然、空から彼女が降ってきた。


戦士「お、おい!!
   …傷を負ったのか!?」

魔女「せ、んし…武具は…」

戦士「見つけたよ。…避難しないと。
   傷は、深いのか?」

魔女「そう、か、ふふ…妻の、かがみ、だろう?
   避難は、だめ、…だ。…じかんが、ない。
   デーモンが、追ってくるんだ」

戦士「…デーモンに、やられたのか」

魔女「…ちがう。この町、には、まものたち以外に、なにかの意図がはたらいて、いる。
   おそらく、わたしを、追って、」

戦士「喋るなっっ!!治療を…っ!」

魔女「まて、まだ、はなしが、」


魔神「…それは、貴様の想い人か?」


戦士「………っっ!!!」

魔女「ふふ、ふ、夫だ。いいおとこ、だろう?
   きさまと、契約は、できん」


気付けば、周囲は魔物たちに囲まれていた。
加えて、目の前にデーモンがいる。
…逃げ場は、ない。


魔神「…そうか。…待て。彼らは最後の言葉を交わしている。
   殺すのは後にしろ」

魔女「なかなか、はなしが、わかるじゃないか。
   …戦士、よく、聞いてほしい」

戦士「…な、なんだよ…」







魔女「3つだ。3つ、約束を、してほしい」

戦士「あ、ああ。なんでも、聞いてやる」

魔女「1つめ、わたしは、助からない」

戦士「………っっ!!」

魔女「だから、きみは、ここからいきのびて、
   わたしの研究室に、たどりつけ。
   きみなら、できる」

戦士「…わかった。次は?」

魔女「2つめ、ここから逃げるとき、
   なにがあっても、ふりかえってはいけない。
   わたしが死んで、そのあとなにが起こっても、
   けっして、ふりかえってはいけない」

戦士「わかった、振り返らない」

魔女「……さいごだ。ここをいきのび、王国、へ、向、かえ。
   そして、きみに、…みきわめてほしい。
   ほんと、うの、せんそう、を」

戦士「…わかった。一緒に行こう」

魔女「う…く…だめ、だ。
   わたし、は、いけ、ない、んだ。
   やくそ、く、を、…まもって、…ほし、い。
   きみ、は、いき…て…、
   すま、ない、……わたしは、きみに、…もっと、はなしが…」

戦士「おい…続き…」

魔女「―――――」

戦士「……………お、ぉぃ、起きろ…」

戦士「………起きて、くれよ…………」







魔神「終わったか?」

戦士「………まだ、終わってない」

魔女「――――…―――」

戦士「まだ、息があるんだ。
   …頼む。治療を」

魔神「そこまでする義理はない」

戦士「………なら、仕方ない。
   お前を倒して、………彼女を、助ける」

魔神「…面白い」


斧槍を構える。
…敵はデーモン種。
容易い敵ではない。

だが。


戦士「……………いくぞ」

魔神「そもそも、息がある事は、我にとっても僥倖だ」

戦士「オオオオオオオオオ!!!」


魔神の剣は鋭く、俺の身体ひとつはありそうな太い大剣を、
まるで細身の剣を振るうかの如く打ち付けてくる。
斧槍の柄は鉄製だが、
それでも、いなさずに受けてしまっては、折れてしまう事は明白だ。


魔神「人の身でそれだけの武器を鞭のように振るえるとは!
   惜しい、そこの魔法使いと2人なら、心ゆくまで戦えたものを!」

戦士「うおおおおお!!!」

魔神「だが一人では、な!
   魔法に対抗する手段が無いだろう!」







そうだ。
それが分の悪い理由。
俺には、魔法を防ぐ手立てがない。
デーモンの手に魔力の奔流が見えた瞬間、
腹に衝撃を感じ、簡単に壁まで吹き飛ばされてしまう。


戦士「…ぐ、はっ…」

魔神「まぁ、そもそも、契約などとは言わずともな」

戦士「なに、を、する気だ…」


デーモンが、魔女の首を掴んでいるのが見える。


魔女「…………ぅ…」

魔神「なに、これだけの魔力だ。さぞ美味かろう」

戦士「おい、よせ、やめろ」

魔神「この小娘はなにか言っていたな。
   死んだ後なにが起こっても振り返るなと。

   …貴様はどうするのだろうな。
   約束を守り逃げるのか、
   我を止めようと挑みかかってくるのか」

戦士「…やめろっっ!!!やめてくれええええええ!!!!!」


デーモンの腕が、彼女の腹に突き刺さった。
血は、出ていない。
まるで最初からひとつだったかのように、彼女の身体は、デーモンに吸い込まれていく。


魔神「ふ、ははははは!!!
   これは良い、これだけの魔力、魔界でもなかなか巡り会えん!!
   戦闘になっていれば我も無事ではなかっただろうが、
   既に手負いの状態で眼前に現れてくれるとは!!!!」

戦士「やめろ、やめろぉぉぉぉ!!!」







魔神「人間、約束はどうした!?
   吸収にはしばし時間がかかる、魔物を蹴散らし逃げるが良い!
   なに、事が済めば追跡してやるが、
   仇を討ちたいのならそこで待っていろ!!
   我の力がどれほど増すのか測るには、
   貴様のような手練が相応しい!!!」

戦士「う、おおおおおおおお!!!!!」

魔神「くくく、悲しいな。
   約束は守られんようだぞ」


デーモンが手を翳しただけで、身体が動かなくなる。
拘束魔法のひとつだろうか。
四肢はまるで、空間に縫い付けられたように動かない。


魔神「では仕方ない。そこで見ておくがいい。
   貴様の妻が、我とひとつになるところをな―――」


時間にして、5分ほど。

彼女の身体は、半身が消え、腕だけになり、
…指1本だけを残し、
その指も、
数秒でデーモンの身体に消えた。







魔神「くく、く、ははははは!!!
   素晴らしい、力が漲ってくる!!
   転生を果たした気分だ!!!」

戦士「あ…あ、あ…」

魔神「武器を返そう。
   さぁ、来るがいい。
   先ほどとどれだけの差があるのか、我も知りたい」

戦士「……………」

魔神「どうした?拘束は解けているはずだ。
   …しかし、フェアではないな。ではこうしよう。
   貴様の妻を貰った分、我は魔法は使わん。
   純粋に武力だけで、貴様と戦ってやろう」

戦士「………なめ、やがって」

魔神「なに、今の我なら、武力だけでも、もはや貴様を上回るだろう。
   誇るがいい。先ほどの剣戟、貴様は我と伯仲していた」

戦士「好きに、しろ。殺して、やる……」

魔神「なに、信じろ。悪魔は約束を守るものだ、くく」

戦士「………?」

魔神「………なにをしている?武器を取れ。
   先ほどのように、挑みかかってくるがいい!」

戦士「…鬨の声」

魔神「…なんだ?」

戦士「…鬨の声が、聞こえる」







聖堂の方からだ。
兵たちの鬨の声が聞こえる。

…ここに、魔物とデーモンが引きつけられている事で、戦局が覆されたのか。


魔神「…そうか。
   人間の兵も侮れんものだな」

戦士「……………」

魔神「だが本来、魔物どもなど必要ない。
   …力はあの小うるさい兵たちで試すとしよう。
   貴様は、ここで死ね」

戦士「………いいだろう。相手になってやる」


斧槍を構えたその時、見知った声が響いた。


兵長「こっちだ!!!隊列を組み直せ!!!」

戦士「兵、長。無事だったのか」

兵長「突撃いいい!!!!」

魔神「…ふん。存外早かったではないか。
   人間に対する認識を改めるべきか」

戦士「おい」

魔神「な―――ぐおお!!?」


斧槍の一撃で首を薙ぐ。
…手応えは充分に感じたが、傷はひとすじのみだった。


魔神「き、さまっ」


怒りに任せるがままの大剣を、なんとかいなす。
どうやら本当に、魔法を使わないらしい。






魔神「この傷の代償は大きいと思え。
   …不意を突こうとするとは、名が傷つくぞ」

戦士「相手が貴様なら何も言われまい。
   …魔物もいずれ蹴散らされるだろう。
   妻の仇、ここで討たせてもらう」


夜風が運んできたのだろうか。
気付けば、燃える町に照らされた空は、飴色の雲に覆われている。

遠雷が鳴り響く。それが合図。


魔神「ゆくぞ!凌ぐがいい!!」

戦士「うおおおおおお!!!!」


大剣は疾さを増し、嵐のように襲いかかる。
風の精霊の加護はまだ健在らしい。
加護がなければ、大剣の風圧だけで身体の自由が効かないかもしれない。
デーモンが清廉な武人である事は間違いない。
魔法を使わないというのなら、好きにすればいい。
武器による攻防のみなら、未だ少しの勝機がある事は、先ほどの剣戟の間に理解できた。


兵長「戦士!!手助けを…っ!?」


デーモンの背にはまだ多くの魔物たちが控えている。
兵たちは魔物たちに足止めされ、こちらまで辿り着けない。
…遠雷の音が近付いてくる。
嵐が来るのだろうか。


兵長「殲滅を優先しろ!戦士、持ちこたえてくれ!!」

魔神「く、ははははは!!!どうした!?
   動きが落ちているぞ!!
   助けが来る前に力尽きてしまうのか!?」


数分の剣戟。
デーモンにはまだまだ余力が残っているようだが、もう体力の限界が近い。
斧槍を握る手から、一合ごとに力が抜けていく。







戦士「く、そおおおおおお!!!!」


弾き飛ばされる。
大剣の一撃をいなしきれず、斧槍の柄は真二つに折れていた。


魔神「なに、なかなか持った方だが、やはり詰みか。
   先ほどはなかなか手こずらせたが、予想した以上だ」

戦士「…ぜぇ、ぜぇ、…まだ、おわって…」

魔神「どうすると言うのだ。
   妻は死に、彼我の実力差は歴然だ。
   味方はあのような雑魚どもに手間取る雑兵のみ、貴様の武器も既に折れた。
   くくく、どこに勝機がある?
   …我の力は充分にわかった。
   次は、魔法でも試そうか」

戦士「………ぐ、ぅ」


遠雷は更に近付いてくる。
風が強く、飴色の空は黒色へと変わる。

…体毛が逆立つのを感じる。
これは。
避けられぬ死の予兆なのだろうか。


魔神「ではな、人間。
   防ぐ手立てがあれば防げ」


デーモンの手から迸る魔力。
火炎魔法なのか、肌が焦げ付くのを感じる。
…あれだけの魔力なら、大門などひとたまりもなかったのだろう。


兵長「……んし!!……!!!」


周囲の砂埃が、なにかに引き寄せられたように宙に浮かび上がり、
肌を刺す蒼い光と、ぱち、ぱち、と薪の弾けるような音がする。
…ぱち、ぱちり、と。
これは、火炎魔法じゃない。
しかしデーモンの手からは、まだ魔法は放たれていない。


兵長「…戦士!!!聞け!!!!武器を捨てろ!!!!」

戦士「………は?」


…雷鳴は既に近い。
天は雷光の瞬きの間のみ、その雲の深さを知らせていた。
ついに轟音は頭上より聞こえ、そして、


兵長「――――雷だ!!!!!」







――――それはほんの、星の瞬きのような刹那。

眼球を焼くような閃光が走り、次いで耳をつんざく轟音が鳴り響き、
そして、どんな嵐よりも強い空気の壁が迫る。
雨のような稲妻が、兵たちを避け、
次々と魔物たちにのみ降り注いだ。

衝撃は町並みの炎をも吹き飛ばす。
…これは、天の裁きか。
魔王の如く思えたデーモンは容易く地面に膝をつき、
全身の樹にも似た幾何学的な熱傷が光を発している。

まるで永遠にも思える一瞬が過ぎ、
魔物たちが次々に死に絶えても、
兵士たちはまだ呆然と立ち尽くしている。
防壁を破り町を焼き、民の半数を殺した敵たちが、
ただ一度の閃光のみで次々に死に絶えた事実に理解が追いつかないのだろう。

きっと己の無力さにすら、まだ気付けていない。

…砂埃が晴れる。
いつの間に立っていたのか。

そこに、薄青く光る鎧に身を包んだ、女性の姿が浮かび上がった。


「…王国軍。名は勇者」

「神託の元、この地を、併合しにきた」






戦士「………ぁ、」

勇者「代表は…そなたか?」

戦士「…い、いや」

勇者「そうか。デーモンを相手によく戦った」

兵長「…勇者どの、と申されたか。
   町長は戦いの折、身罷られてしまった。
   しがない辺境の町の衛兵だが、
   私が代わりに伺おう」

勇者「…町長殿にご冥福を。
   私は中央王国軍中将、第6師団長、名を勇者という。
   この地に貸し与えていた駐留軍の返還を任され参ったが、
   魔物に襲撃されているとは。
   駐留軍に生き残りは居るか?」

兵長「駐留軍は…全滅した。
   ここに居る兵はみな、この町の衛兵の生き残りだ」

勇者「仕方ない、連絡を取り人員を補充しよう。
   …この町は中央王国の保護下となる。
   そなた達も、私の指揮下に入れ」

兵長「お言葉だが、少し言い分が勝手ではないか?
   この町はこれまでずっと独立を保ってきた」

「そうだ!今までどれだけ嘆願しても無視してきたじゃないか!」
「俺達の町は俺達のもんだ!」
「帰れ!二度と来るな!」

勇者「…………私が来なければ皆殺しにされていたのに、か」

兵長「…そうではない。
   助けて頂いた事には、みな感謝している。
   併合するというのなら、その口実が欲しいのだ」

勇者「………。
   みな、よく聞け!私の額の紋章を見ろ!!
   この紋章は神託の証だ!
   私は魔物を討つため神の意思により生まれた!!
   もう魔物に怯え暮らす必要はない!!
   戦える者は武器を持ち、私と共に戦え!!
   魔物どもを根絶し、人の世を取り戻すのだ!!!」







詭弁だ。
神託などあるわけがない。
あの紋章とやらからは、なんの力も感じない。
素材だってそれほどいいものは使っていないのだろう。
擦れ傷だらけでくすんでいて、とても神々しさとは縁遠い。
女性の怜悧な眼光はとても勇気などたたえておらず、
正しさの漲るブルーメタルの鎧だけが際立ち、
氷のような白銀の髪とのコントラストが微妙な演出を買っている。

…ただ。
先ほどの落雷と、魔物を容易く一掃する戦闘力は、
それでも兵たちの心を掴んだようだ。
押し付けがましい扇動だったが、
もはや口を開く兵はいない。


勇者「…これでいいか?」

兵長「恩に着る。
   明日にも復興作業を始めねばならん。
   保護下となれというのなら、
   王国軍の支援は期待しても良いだろうか」

勇者「約束しよう。明後日には呼び寄せる。私もしばらく滞在しよう」



魔神「――――くく、く―――」







「―――!!!!!」


勇者「……………」

魔神「雷魔法、か。なかなかのレアものじゃないか」


死んで、いなかった。
あれだけの落雷に打ち据えられ、全身を焼かれたのに。


勇者「…驚いたなぁ。
   確かに心臓まで達したと思ったのに」

魔神「先程、極上の魔力を摂取したのでな。
   これしきでは死ねんらしい」

勇者「そっか。じゃ、もう一度やらないと。
   君は逃がすわけにはいかないんだ」

魔神「殺すつもりか。容易くはないぞ」


勇者が剣を抜く。
ルーン文字の刻まれた、やや刀身の短い剣。
あれでは大剣の懐に潜り込む事は至難の業だ。


魔神「……剣も使えるのか?」

勇者「本業だよ」

魔神「どうだか、な―――――ッッッ!!!」


魔法戦は不利と悟ったのか、
デーモンは接近戦を選んだ。
大剣が翻る。
…やはり押されてはいるが、
女性の剣技は人の身ながら相当のものだ。
神速で打ちつけられる大剣を、最短距離で、うまく力を逃がすように迎撃する。
あの剣は刀身が短い分剣筋に融通が効くのか、
女性はその場を退かず、嵐の如き剣撃の全てを、舞を踊るようにさばき続ける。







だが、それにも終わりが来る。
女性は大剣の渾身の一撃を捌き切れず、吹き飛ばされ―――


「………ギガ」


圧倒的有利なはずのデーモンの、表情のないはずの顔に、
確かな焦りが現れた。
また、あの死の予兆が蘇る。
黒い身体に突き刺さる小さな蒼い光と、
はじけ飛ぶ薪のような音。
そもそも女性は、剣先を届かせる必要がない。
剣よりも確実に、命を奪う力を持っているが故に。


「デイン!!!」


吹き飛ばされ、距離を取る間に魔力を練ったのか、
女性の左腕から、
太い雷の槍が漆黒の悪魔に突き刺さる。


魔神「グオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!」







眼球を焼くような閃光。
鼓膜が引き裂かれるような雷鳴と、
爆発的な熱い空気の奔流。

…デタラメだ。
これが一人の人間の能力だというのか。

肉の焼け焦げる臭いが鼻をつく。
魔力の残滓が光を放つ。

…だが。


勇者「…驚いた。
   君の身体は雷を通さないんだ。
   電撃が、心の臓まで届かない」

魔神「…ぐっ………ふん、だがなかなかに、強力だ」


至近距離で雷に打ち据えられ、
全身が焼け焦げ、
左腕を失いながら、

…デーモンは生きていた。

…左腕を、犠牲にしたんだ。


勇者「でもダメージはあるようだね。
   何度も試せば、いつかは死ぬかな」

魔神「…くく、そうだろうとも。
   分が悪い、此度は退こう」

勇者「逃がすとでも?」


女性が手を掲げる。
空にたちこめる雷雲が渦を巻き、それで、
雷雲はこの女性が連れてきたという事がわかる。


魔神「そうさせてもらうとも」






背の翼を広げた瞬間、まるで空気抵抗を感じさせないように、デーモンは空へと飛び去ってしまった。
それを確認し、女性が掲げた手を振り下ろすと、
雷雲から、また雨のような稲妻が降り注いだ。

それは実に、数秒もの間。
刹那の時間で多くの魔物を殲滅したのだ。
先ほどとは比べ物にならない。

だが、閃光が晴れ、視界が蘇った時、
そこにデーモンの姿は、なかった。


勇者「………ちぇ。
   逃しちゃった。
   あー、また怒られちゃうな」

兵長「死体を探せ!
   残党を始末しろ!!」


勇者と名乗った女性は、ひとつため息をつくと、
こちらに向かって歩いてきた。
遠目にはわかりづらかったが、
近くで見ると、思いの外顔立ちに幼さが残る。
眼光は依然として怜悧なままだが、
背は低く、たおやかな腕は、とてもデーモンと打ち合い、
雷を生み出せるようには思えない。


勇者「この町の衛兵は練度が高いね。
   …君は、戦士くんかな?」

戦士「………あ、ああ。なぜ俺の名前を?」

勇者「有名だよ。
   辺境に住む勇壮なる斧槍使い。
   中央王国駐留軍の誰もが一撃で打ち倒されたと」

戦士「…あんなもん、暇潰しだ。
   魔物を狩れなければ意味がない」

勇者「謙遜しないでよー。
   ところでさぁ……」

戦士「なんだ?」

勇者「あいつ、なんか言ってたじゃん。
   極上の魔力がどうとかって」

戦士「……………」







勇者「それ、なんの事か、わかる?」

戦士「さっぱりわかんねぇな」

勇者「ふーん。じゃあ、質問変えよっか。
   魔女、見なかった?」

戦士「誰の事だ?」

勇者「……………」

戦士「心当たりがないな」

勇者「……へぇ」

戦士「そいつがどうかしたのか?」

勇者「………ま、いいや。
   次は個人的なお話だけど。
   明日、訪ねてきて」

戦士「今でいい。何の用だ?」

勇者「いやね」



勇者「君の奥さんの事でちょっと」






戦士「!!!!!」

勇者「…あはは、わかりやすいね、君」

戦士「(……こいつ、何を知ってる…?)」

勇者「黙ってちゃわかんないよ。
   捕らえよう、なんて思ってないよ?」

戦士「…何が目的だ?」

勇者「個人的なこと。
   明日でいいってば」

戦士「妻なら、死んだ。
   それだけだ」

勇者「………ふーん。そっか。ご愁傷様。
   ま、とにかく僕は…そうだな、どこかまともな部屋はあるかな?」

戦士「大聖堂の執務室を使うといい。
   王国軍の将官に貸せる部屋となると、そのくらいしか残ってないと思う」

勇者「オーケー、じゃそこに滞在するから、明日訪ねてきてね」


勇者はバイバイ、と右手を振りながら、背を向け去っていく。
…その右手に、微かに雷をまとわせて。

これは、脅しだ。
間違いなく勇者は魔女の存在を掴んでいる。
魔女は魔物だけでなく別の意図が働いている、と言った。
では中央王国がこの町を併合する事と魔物の襲撃とはどこかで繋がっているのか?
しかし勇者は魔物も、デーモンも撃退して見せた。
直接的に繋がりがあるとすれば、デーモンは死んだ振りをしておけばいい話だ。

勇者の戦闘を追想する。

…雷魔法。

個人が持つ武力じゃない。
雷を避ける生物がどこにいる?
直撃に耐えうる生物は?

そしてそれに耐える生物は、

果たしてヒトと同じ範疇の存在なのだろうか。







兵士「兵長、戻りました。町内に魔物は残っていないようです。
   ………デーモンの死体も、ありませんでした」

兵長「ご苦労。
   …みな、疲れただろう。
   失ったものは大きいが、明日からまた頑張ろう」


兵長は言葉少なにそう締めくくった。
みな疲れきっている。
この町の衛兵の数は100に満たない。
その数で1000は越えようかという魔物たちと戦ったのだ。


兵長「…戦士。よく、戦ってくれた」

戦士「いえ。勝てなければ意味もありません」

兵長「奥方は…」

戦士「死にました。…俺の力不足です」

兵長「…そうか。ゆっくり休め」


焼け落ちた町を歩く。
部屋はどうなっているのだろうか。
町の中央からでも、大穴の空いた大門が見える。
崩落の憂き目に遭っていなければよいのだが。






魔女の魔法によるものなのか、
部屋に損傷はほぼなかった。
ただひとつ変わっている事は、
彼女の研究室への入り口がなくなっている。


戦士「…そうか。魔法が解けちゃったんだな。
   研究室って…なんの手がかりもなしか」


魔女の言葉を思い出そうとして、
わけもわからず、涙が溢れてきた。


―――戦士。私と、結婚してくれないか?


戦士「…違う。そこじゃないんだ。
   …思い出そうとしてるのは、
   最後の、言葉を」


どれだけ堪えようとしても、
彼女との生活だけが思い出されてしまう。

よりにもよって、
未来を改めて誓い合った、星見の夜に。
幸せになれるなんて言わなければ良かった。
最初から、2人で居れば良かった。
隠れていろと、強く言い含めておけば。

壁にそっと手を当てる。
冷たい漆喰の温度が手に刺さるようで、
彼女のいない寂しさを表しているかのようで、心がけばだつ。


戦士「………なんだ…?」


…胸元が、温かい。
じわりと肌に吸い付くような、温もり。
彼女が帰ってきたかのような。






魔女『うおっほん。えー、戦士。戦士、いるんだろう?』

戦士「!?あ、あれ?魔女?お前、どこから、」

魔女『この映像は過去のものだ。
   いつ君が見るかわからないから、曖昧にしておこう』

戦士「…すり抜ける?」


ダイニングの机に、見慣れない青いドーム状の針金細工と、
水晶球が置いてある。


魔女『この魔法の発動条件はふたつだ。
   ひとつは、魔力供給が絶たれること。
   私が生きている限り魔力は供給されるから、
   …つまり私が死んだ時だね」

戦士「……………お前」

魔女『もうひとつは、…あるものを持った人間が、
   ある壁に触れる事。
   …戦士、君が見ていてくれたら、嬉しい』

戦士「…見てるよ。俺、だ」

魔女『ふふふ、そしてこの魔法は、過去の映像を映写するものだ。
   発動条件の設定は、私が考案したんだ!凄いだろう?
   水晶球からの映写は当たり前に行われているが、
   特定の条件を組み込んだ術式は私にしか使えないんだ。
   これが意外と便利なんだぞ』

戦士「…ああ。凄いよ、お前は。…ほんとうに」






魔女『さて、私が死んだ時という事は、君にいくつか伝えた事があるはずだ。
   …君を遺していってしまう、という状況は、できれば、…避けたい。
   考えるだけで暗然とした心持ちになろうというものだ。

   ……………すまない。もっと、一緒に居たかったけど。

   君には、我が儘ばかり言ってしまう』

戦士「……はは。死ぬ前になに言ってんだ」

魔女『ああ、言い忘れていた。
   映像は一度きりなんだ。
   ………一度、きりなんだ。一度再生されると、水晶球は自壊する。
   だから、心して聞いてほしい』

戦士「ああ、なんでも聞いてやる」

魔女『まずは私の研究室の場所についてだ。
   この映像の時点では、まだ行ってはいないが、
   君とはよく星見をしているはずだ』

戦士「ああ、した。昨日、初めて、それで終わりだけど。
   ………もっと、したかったよ」

魔女『その時の会話を、よく思い出してほしい。
   鍵はもうひとつ。
   机の上に置いてあるはずだ』

戦士「はは。
   必ず見つけるよ」

魔女『次だ。…君は、このお願いは、聞かなくてもいい。
   このお願いは、きっと君を不幸にしてしまう。
   私は死んだけど、君は、
   私の業まで、背負わなくてもいいんだ。
   …でも。それでも、聞いてくれるのなら、本当に、嬉しい。
   私の最後の我が儘、なん、だ…』

戦士「なんでも聞いてやるよ。言ってみろ」






魔女『これには、命の危険が伴う。
   …だから言うべきじゃ、ないんだ。
   でも、
   ………戦士、君なら、意思を受け継いでくれると、信じている。
   君に、行ってほしい場所がある。3つだ』

戦士「…ほんとに、3つが好きだな」

魔女『まず、鉱山都市。
   この大陸の金属工業の、およそ8割弱の生産規模を担う街だ。
   そこに行き、私の痕跡を探してほしい』

戦士「わかった。鉱山都市だな」

魔女『次に、中央王国だ。
   そこではなにひとつ信用するな。
   中央王国は大陸で最大の勢力を誇る強国だが、
   その勢力の根幹を見極めてくれ』

戦士「…?お前、中央王国に行った事があるのか?」

魔女『最後に、魔法の王国だ。
   …いや、魔法の王国は最初にしてくれ。
   数少ない協力者が居る。
   君からは探してはいけない。名前は明かせないが、
   きっと君の助けになる。
   向こうから君を見つけてくれるはずだ』

戦士「……わかった。任せとけ」

魔女『本当にすまない。きっと君は、我が儘を聞いてくれるんだろう。
   …本当にすまない。甘えてしまって、すまない。
   だから、命の危険を感じたら、いつでも降りていいんだ。
   君にまで死んでほしく、ないんだ』

戦士「わかった。命を大事にするよ」






魔女『……………君を置いて、去ってしまう事を、どうか許してほしい』

戦士「……………」

魔女『…君は!
   …君は、魔物の肉に、あまり手をつけないね。
   魔物食に抵抗がある事はわかるが、武器を振るう者にとって、
   タンパク質は重要な栄養素だ。
   摂取できる機会に、積極的に摂取した方がいい』

戦士「…そうするよ」

魔女『…夜、椅子に座って寝てしまう事もある。
   私がテレキネシスで運んでいるからいいけど…。
   私はもう、そこには居ないから…。
   風邪を、ひいて、しまうだろう?
   だから、できるだけ、疲れた時はベッドに。
   シーツは、定期的に洗わないといけない。
   マットレスも、足と頭をたまにひっくり返すんだ』

戦士「……わかっ、た」

魔女『君は、本を、よく読むね。
   だが暗い部屋で本を読んでは、目に悪い。
   だから君が本を読みやすいように、ランプを設計しておいた。
   書斎に置いてあるから、見てくれ。畢生の出来だ。
   大理石から弾性のある金属で、長い柄をアーチ状に伸ばしたんだ。
   本を読むのに最適だ。分解だってできるんだぞ。
   君の魔力でも、光るはずだ』

戦士「…あとで見ておく」

魔女『タバコは控えた方がいい。
   みな当たり前のように嗜んでいるが、
   私の研究では、身体にとても悪い。
   特に呼吸器に重篤な疾患が現れる可能性がある。
   …長生き、してほしいんだ』

戦士「わかった。…やめるよ」






魔女『…そう、長生き、してほしい。
   ……君は、私の宝物だ。
   私は…あまり…誇れる生き方を…してこなかった。
   君は、私の…たったひとつの……』

戦士「……………」

魔女『……ごめんなさい。妻、失格、です。
   君に、苦しみしか遺してあげられない』

戦士「……んな事、ねぇよ」

魔女『どうか、幸せに…なって、ほしい。
   私が居なくても、君には、もっと相応しい女性は、本当はいくらでもいる』

戦士「……………いねぇよ。お前しか…」

魔女『でも、少しの間は、浮気、しないでいてくれると、嬉しい、かも。
   少しは、悲しんで、くれるかな』

戦士「……………いきかえれよ」

魔女『もっと傍に、いたかった。
   君と生きて、いきたかった。
   信じてもらえないかもしれないけど、愛して…います』

戦士「生き返れよッッッッッ!!!」

魔女『ほんとうに、愛してる。
   君の事を、10年以上前から。
   町を出ても、学院に居た時も、旅をした時も、結婚してからも、
   君の事をずっと愛してる』

戦士「…いきかえって、くれ…よ……」

魔女『…ふふ。私はまだ死んでいないのに。
君と結婚してから、涙もろいんだ。
   どうしてくれるんだ。私はこんなにも…弱くなってしまった…。
   ……………他に君に、もっと重要な伝えたい事があったのに。
   もう時間がないね』

戦士「……………くそ。くそぉ…っ」






魔女『ふふ。実は今日は、君と初めての、星見なんだ。
   …これでは、情報が不十分だ。
   またいずれ、撮り直さないとね』

戦士「……なんだよ。昨日じゃねぇか…」

魔女『じゃあね。これから私は君と会うけど、
   これを見ている君とは…会えない。
   元気で。
   ほんとうに、愛してるよ…』

戦士「……待ってくれ。もう少し、待って…」

魔女『床下を覗いてごらん。
   君に贈り物だ。
   私のお手製だ…。
   できれば、使う機会が無ければ良かった』

戦士「待ってくれ…………っっ」

魔女『…………最後に。雷に気をつけて』

戦士「―――――えっ」


映像が消える。
水晶球はまるで透明な砂のように、儚げにさらさらと崩れていった。
その姿があまりにも儚げだから、
俺のまだ知らない、彼女の後悔を表しているかのようだった。

そうして、気付く。


戦士「……お前は………。
   本当は、自分の死期を…悟っていたんだな」







床板を剥がしてみると布にくるまれた長物が出てきた。
布は絹織物のように軽くなめらかだが、
手触りは冷たく、金属を思わせる。

布の中には、眩しく輝く白銀の斧槍。
穂先は大振りの斧刃と刺先があり、
けら首から石突まで、あるはずの口金がない。
驚く事に、この斧槍は、
斧槍に象られた、金属の一塊なのだ。
柄には銅金のような突起があり、革巻きになっていて、
まるで愛用していたかのように手に馴染む。


戦士「ミスリルの、外套と、ハルバード」


ミスリルの削り出しや、織物など聞いた事がない。
そもそもミスリルはそのものが魔力を持つ鉱物で、
驚くほど硬度が高く、
あらゆる属性をはねのける、神秘の鉱物だと聞く。

太古の妖精のみがその精錬技術を持っていたとされ、
ミスリルの加工品はその全てが発掘された骨董品のはずだ。


戦士「お前は、本当に天才だったんだな。はは」


斧槍はまるで中空かと思うほど軽いが、
重心が先調子になっていて、適度な重さを感じる事ができる。
これまでの武器で一度振れるところを、二度は振れそうだ。


戦士「…ほんとに、妻の鑑だ。
   夫の事をよく理解してるじゃないか。
   ……待ってろ。
   お前のできなかった事、
   全部俺が、やってやるから」


彼女のできなかった事。
彼女が失敗した事。

…彼女が死ななければならなかった、理由を探すために。






勇者「駄目だ。そなたには軍に残ってもらう」

兵長「しかし!指揮を拒否し除隊を願い出る事は兵士の権利だ!」

勇者「…兵長、少し彼と話がしたい。
   席を外してもらおう」

兵長「………了解した」


衛兵たちは中央王国軍第58連隊に属する中隊として編制し直され、
兵長はその指揮官、中尉として組み込まれた。

中央王国軍に軍令は発令されていないため、編制単位は師団が最高だ。
戦力は30万と言われ、第15師団まで存在する。
1師団に4つの連隊が所属し、またそれぞれに5つの大隊、
そのまたそれぞれに4つの中隊が所属する。
中隊は250名ほどが登録される、公式のセクションとしての最小単位となる。

兵といっても儀仗兵や砲兵もいるし、
機甲師団、近衛師団などなど師団ごとのカラーリングにもそれぞれ違いがある事で、
人数もそれに応じ違ってくるが、概算で中央王国軍に連隊は60程度存在する。
末尾に近い事を考えると、併合の目的も多少は見えてくるというものだ。


戦士「話とは?」

勇者「んー、君、強いねって」

戦士「目的は、軍拡か」

勇者「そーそー。君、見かけによらず頭が回るんだね」

戦士「58連隊の拠点はどこだ?」

勇者「拠点なんて、ないよ。
   これから作るんだ。
   できたばっかだしね」






勇者「でさ。君の奥さんの事だけど」

戦士「死んだ」

勇者「………いやぁ、死んだっつってもさ。
   誰も見てないし」

戦士「…死んだ。あいつは、死んだんだ」

勇者「軍は死亡を確認していない場合、死者として扱わないんだ」

戦士「俺が、確認したと、言ってるだろっ!!」

勇者「うーん。じゃ、魔女の事、教えて」

戦士「なんだよ、魔女って。
   なんか関係があるのか?」

勇者「ウチのお偉方がね、いたく魔女をお気に入りなんだ。
   僕としては死んでいてくれた方がありがたい」

戦士「じゃあ、死んだんだろ。
   国を追われた魔女の噂は聞いた事があるが、俺は知らない」

勇者「奥さんとはどこで出会ったの?」

戦士「魔物を狩りに出た時、旅の女性を助けたのが縁でね。
   山向こうの町の出身だ」

勇者「届け出は3ヶ月前だね。
   確かに、この町の者は君の奥方を少なくとも一度は見たと言ってる」

戦士「当たり前だろ。外出が、好きだったから」



勇者「でもさー。誰一人として、特徴を覚えてないのは不自然じゃない?」






戦士「………は?」

勇者「衛兵たち100人に聞きましたー。
   君に奥さんが居る事を知っている人ー。
   は、100人だった。
   でも、風貌とか、特徴は誰も覚えてないんだ」

戦士「まぁ、よくいる、顔だし」

勇者「名前は?」

戦士「………女、だ」

勇者「うん、その通りだね。
   届けもその名前になってる」

戦士「じゃあ、いいだろ」

勇者「仮定の話だから、黙って聞いてね」

戦士「…なんのだよ」

勇者「君の奥さんが、例えば国を追われた魔女だとする」

戦士「ああ、仮にな」

勇者「当然魔女は身分を隠す必要がある。
   痕跡も、残してはならない。
   顔は魔法の王国で触れが出された時にバレてるから、
   姿も変えなければならない。
   でも魔女は痕跡を残す事を恐れ、町の番兵の妻という身分を残し、
   出会った人間の記憶を消すという方法をとった」

戦士「バカバカしい。想像に過ぎない」






勇者「でもこれヘンなんだよ」

戦士「…どういう意味だ?」

勇者「姿を変えれば済む事じゃん。
   記憶を消すのはやりすぎだよ。
   痕跡なんて魔法を使わなければいいし。
   こんなに綺麗さっぱり記憶が消されていれば、
   疑われて当然だと思わない?」

戦士「……………」

勇者「魔女は天授の智慧と悪魔の閃きを持つ、
   魔法学院の鬼才と聞いた。
   要はすっごく頭がいいって事だよね。
   頭のいい人の犯すミスじゃないよ」

戦士「…なにを」

勇者「つまりね。
   その魔女は、疑われてもいいと思っていたんだ。
   魔女はそこにいる、と疑われる事よりも隠したい事実があったという事。
   知られてはならない事。
   そこまでして隠したい事って、なんだろう?」

戦士「…俺が、知るか、よ」

勇者「まぁ、秘密に関してはいいや。
   この町は魔女の出身地だね」

戦士「…!?」

勇者「調べるのに手間取ったよ。
   なにせ彼女は、奴隷出身だから」

戦士「奴隷…?」






戦士「…テメェは、何を、知ってるんだ」

勇者「だから、個人的な話だよ。
   昨日から言うようにね。
   僕は君の奥さんは魔女だと思ってる。
   間違いなくね」

戦士「だったら、どうだってんだ」

勇者「彼女が追われる理由、教えてあげようか」

戦士「…ああ。知らないヤツだが、聞いてやる」

勇者「あはは、君は面白いね。
   嘘がつけないのに、認めたら負けだって思ってる。
   子供みたいだ」

戦士「うるせぇ、言いたいなら、さっさと言えっ」

勇者「鉱山都市に、画期的な新技術がある。
   悪いけど、言える事はそれだけなんだ」

戦士「なんだそれ。もったいぶっといて」

勇者「そこで君に提案があるんだって。
   僕が指揮する第6師団は少し特殊なの。
   僕はほとんど司令部に居ないんだ。
   不在の間は副司令が指揮をとってる。僕は、お飾り師団長なんだ」

戦士「じゃ、お前の仕事って?」

勇者「第6師団は別名、対特定生物国防師団。
   魔物退治が主な仕事で、編制はごった混ぜだ。
   加えて特例として、平時でも中隊以下、
   小隊、分隊を組織しての作戦行動が許可されてる。
   言ってる意味、わかるかい?」

戦士「……………冒険者」



勇者「そ。僕らは国家直属の、
   冒険者ギルドなんだ」





勇者「組織性なく襲い来る魔物に対して、
   少数精鋭の機動力により対応する。
   大陸中に散らばっちゃっててわかんないけど、
   人数は6000人くらいかな」

戦士「師団というには少ないな」

勇者「本国に14000人くらい残ってる。
   これほんとは秘密なんだよ。
   表向きの第6師団は実態として存在する歩兵師団なんだ。
   対特定生物国防師団は第6師団内部に存在する特殊なメンバーだと思ってね」

戦士「バカバカしい。要は工作員じゃないか」

勇者「まぁ、そだね。でも有用性は高いよ?
   それで君に残ってもらいたい理由なんだけど」

戦士「それに入れって言いたいのか?」

勇者「そう。ウチは曲者ぞろいだし、優秀な人材は見逃さないんだ。
   君はデーモンを相手に単騎で、ハルバードで互角に戦ったでしょ?
   それだけの兵士が王国軍に一体何人居るでしょう」

戦士「100人くらいか?」

勇者「残念。僕一人だ」

戦士「…王国軍も大した事ないんだな」

勇者「君が思ってるより、君は強いんだ。
   僕は悩んでるんだよ。
   背中を預けられる兵士が、なかなか居なくてさ。
   だからいつも単独行動」

戦士「……………」

勇者「僕と組んで。
   交換条件は、君を鉱山都市へ連れて行く事。
   ちょうど僕は今、鉱山都市に行くお仕事を抱えてるんだ」






…中央王国軍に入る。
魔女に言われた場所は3つだ。
中央王国、鉱山都市、魔法の王国。

映像に従うなら、優先すべきは魔法の王国だが、
この話を飲めば、鉱山都市と中央王国のふたつに、大きく近づく事になる。

魔女の最後の言葉が、気になる。


―――雷に気をつけて―――――


ここへ来る時兵たちが騒いでいた。


「勇者どのは素晴らしい!
 うちにもバケモンは居るが、あれだけの剣技、まるで神業だ!
 それにあれだけの魔物を一掃する雷魔法まで使えるんだ!!

 自然現象を自在に操るんだ!救国の英雄だぞ!!」


自然現象を自在に操る?
火も氷も自然現象じゃないのか?
…あれは、天災だ。
人がまだ操れない、雷という天災。

つまりそれは、



人類の敵って事じゃないのか?





戦士「明日返事をする。
   少し考えさせてくれ」

勇者「期待して待ってるよ、あはは」


…どうする。
勇者は強い。
単独行動より、身の安全は確保できるだろう。

どうせヤツは魔女の存在を掴んでる。
ならいっそ、飛び込んでしまえばいいんじゃないか?
しかし、魔法王国に住むという協力者、も気になる。


戦士「…のんびり考えるか」


最終的に彼女の夢を叶えてやればいいわけだ。
悩む事はない。

悪い、俺は、お前ほど賢くないから。
俺は、俺のやり方で。




今日の分終わりです。
クサクサのふぁんたじぃですが読んで頂けると幸いです。

次回なんですが、勇者の誘いに乗るパターンと乗らないパターン、
どっちがいいっすかねぇ。

次回は一月後までに投下します。
進捗次第で2週間くらいまで縮まるかも。

長いけどお付き合いください。

魔女が可哀想すぎる
ギガディンがあるならザオリクもあるはず!


わわ、ご批判の意見、痛み入ります。
実はどっちでもよいのです。
順番が入れ替わるだけで、話に直接影響はしません。
ちょちょいっと書き直せば済む話です。

今回は、ご意見が多いようなので、誘いに乗ってみる事にします。
頑張れ戦士。嫁のために。

早めに投下できるように頑張って書きます。
多くのレスありがとうございます。
励みになります。


>>72
色々ドラクエをモデルにしてるところはありますが、
ザオリクは創作物の敵です!
ドラゴンボールです!
なので使いドコロがちょっと難しいです。
でもギガデインって名前だけでワクワクしますよね。
かっこいいお名前を拝借しただけです。
ドラクエ呪文はギガデインだけだと思ってください。
申し訳ありません。


こんばんは。
意外に早く書き上がったのでもうちょいしたら投下します。
相変わらず趣味全開、読者置いてけぼり、
クッサクサのファンタジーです。
良ければお楽しみください。



*****



盗賊「旦那、もう少しで済みます」

戦士「…はぁ」

盗賊「ため息半分、って感じですな」

戦士「あいにくただのため息だ」

盗賊「なに、手癖の悪い盗賊のする事です。
   あなたが気に病む事はありません。
   それに、あなたがする事は人助けですから」

戦士「そうだが。
   しかしあんたはもう盗賊じゃないんだろう?」

盗賊「はは、そうでしたな。
   済みました。どうぞ」

戦士「ああ。行ってくる」

盗賊「確認です。
   勇者殿との合流ポイントは?」

戦士「第六セクション、3つめの扉だ。
   合流次第炉心に向かう」

盗賊「合流ポイントまでに戦闘に入った場合」

戦士「防戦しつつ合流ポイントに向かい、
   救援を待つ」

盗賊「勇者殿が居ない、もしくは来なかった場合」

戦士「書棚の右上から三番目の本を1/3引き出しておき、
   一人で炉心へ向かう」

盗賊「問題ありません。では、ご無事で」

戦士「ああ」






15日前、
辺境の町への魔物の襲撃の後、
俺は勇者の誘いに乗り、鉱山都市で勇者の仕事を手伝う事になった。

俺の提案した条件は3つ。
1つめ、俺は第6師団に配属されない事。
あくまで辺境の町の衛兵としての立場を貫く事。
2つめ、俺が協力した事が知られないよう、
建前として別の協力者を一人鉱山都市へ派遣する事。
信頼できる人間が望ましい。
きな臭い話を一度知ったとされては、
第6師団に配属されなければならなくなるか、
最悪、消されてしまう。
3つめ、仕事が終わった後、本都に連れて行く事。
本都に着いたら、協力関係を清算する事。

こんな条件を呑むとは思っていなかったが、
勇者は、君って意外と我が儘だね、と一度目を丸くした後、


勇者「オーケー、それでいいよ。
   惚れた弱みだね」


と冷たく笑った。

出立は1週後。
辺境の町から北西へ馬を飛ばし、5日間。
小さな山脈の谷間を越えた更に先、中原の王国を北東から一望する、
火竜山脈の裾野に鉱山都市がある。
鉱山都市の成り立ちは150年前にまで遡る。
ここはかつて中原に存在した帝国が管理する鉱山だった。
首都から離れている、という理由で、鉱夫たちが次々に住みつき、
いつの間にやら評議会までが作られ、独自の統治を続けるようになった。
帝国が中原の王国により征服されてからは即座に独立を宣言し、
大陸全土との交易により今もなお発展を続けているそうだ。

火竜山脈といっても実際に火竜が棲んでいるわけでもなく、
火山群というわけでもないが、
気の遠くなるほど昔本当に火竜が棲みついていたそうで、
どこかの山の中腹に大穴が開いており、
火竜の巣として観光事業までやってのけている。

ここは鉱山商人と工学者たち、そして鉱夫たちの国。
鉱山都市で手に入らない金属はない、と人々は言う。
火竜山脈にはあらゆる金属の鉱脈があり、
未だ発見されていない金属までも眠っているとも。






そして話は3日前に遡る。
到着し宿に着くなり、勇者に一人の壮年の男と引き合わされた。
聞けば盗賊上がりという、胡散臭い男だった。


勇者「僕の子飼いの諜報員ってところかな。
   腕は確かだよ。
   今回のお仕事は彼とする事にしておいた」

盗賊「鍵開けのみが取り柄のしがない獄卒ですが、助力致します。
   なんでもお申し付けください。
   侵入の手引も私が」

戦士「……………侵入?」

勇者「ああ、お仕事の説明がまだだったね。
   盗賊、やって」

盗賊「はぁ。説明もなにも、侵入して戦闘して確認、だけですが」

戦士「だから、侵入ってどこに」

盗賊「鉱山の動力炉エリアです。
   魔力炉のコアを見てくるだけの簡単なお仕事」

戦士「……………」

勇者「納得いかないって顔してるね」

戦士「…バカ言うなよ。
   そんだけの仕事にお前が駆り出されるわけないだろ」

勇者「ふふーん。戦士に褒められちゃった」

盗賊「…ま、正論ですな。
   強敵との戦闘でなければ勇者殿は呼ばれません」

勇者「まぁ、街を見ておいでよ。
   その物騒な武器は目立ちすぎるから置いていってね」

戦士「だから俺に、隠密行動とか無理だよっ」

勇者「仕方ないなぁ一緒に行ってあげるから」






勇者「情報収集の基本といえばっ」

戦士「酒場」

盗賊「ちと違います。
   今回の場合、モノはすでに確認済みなので」

戦士「魔力炉って何?」

盗賊「……………勇者殿」

勇者「現場で聞いた方がいい反応してくれるかなって」


交易で潤っているとは聞いていたが、
街に出るなり目についたのは、不思議な乗り物だった。
物としては乗合馬車に近い。
しかしいくらなんでもプラットフォームが大きすぎる。
縦長で屋根の上にも人が乗る事ができ、乗客は20人ほど。
プラットフォームは板バネで支えられていて、乗り心地も良さそうだ。

そして、馬が、おらん。

馬がいない代わりに、先頭で人がラダーのようなものを操っている。
スピードはあまり出ていないが、人が歩くよりは遥かに速い。


戦士「………あれ、勝手に動いてんのか?」

盗賊「いくらなんでも勝手には動きません。
   魔力で動くキャリッジです。
   運賃は昇降口に据え付けてある木箱に放り込む方式です。
   誰でも乗れますよ」

戦士「魔法使いが動かしてんの?」

盗賊「いえ、あれは…」

勇者「魔女の発明だよ。魔法石っていう妙な石に擬似魔力を溜めて、
   それを動力源にするんだ」

戦士「……………へぇ」

勇者「興味があるならそう言えばいいのに」

戦士「これが画期的な新技術?」

盗賊「当たらずとも遠からずです。少し違います。
   作ろうと思えば魔法の王国でも作れるのではないでしょうか」

戦士「作ろうと思えば?」

盗賊「まぁその辺りは追々。
   乗ってみますか?なかなか良いものですぞ」






キャリッジは一定の路線を時刻表に従い巡航する仕組みのようで、
近くの停留所から乗る事ができた。
乗ってみるとこれがなかなか気分がいい。
乗合馬車のような生物独特の息のついた牽引と違い、
等速のため乗り心地が非常になめらかだ。

道の凹凸は板バネに吸収され、喋っていても舌を咬む心配がない。
これで運賃が乗合馬車と変わらないという。


戦士「これじゃあ辻馬車は商売上がったりだな」

勇者「そうなんだよ。
   鉱山都市の基本交通手段だね」

戦士「…これが、魔女の発明」

勇者「物憂げだね」

盗賊「物憂げですな」

戦士「…いや。これだけの発明なのに」

勇者「なぜ追われるのかって?」

戦士「悪さをしなければ追われないだろ」

勇者「ま、そうなんだけどね」

盗賊「時として逸脱したものは追われますな」

戦士「とんでもない発明だ。
   これじゃあ馬車は必要なくなる。
   なぜ量産化しないんだ?」

勇者「できないからだよ」

戦士「………すでに3台とすれ違ったが」

盗賊「正確には、鉱山都市以外では動かないからですな。
   …そろそろ着きます」


気付けば鉱山都市のはずれまで来ていた。
山間の、気を向けなければ目立たない、
大きく広がる黒い池。
路線はここで終わりらしい。
乗客も居なければ、人通りもない。
それらを受け入れる建物もない。

ただ、砂埃をあげ、風が吹くだけの場所。
その先に広がる用済みの土地。

御者が声をあげる。
まるで一刻も早く立ち去りたいとでも言いたげに、
つまらなそうな声だった。


「…最終処分場ー、最終処分場ー………」






廃棄場。
ゴミ捨て場。
ゴミは燃やしてしまうものだ。
当然鉱山都市でもそれは同じ。
この大陸ではどこだってそうしてきた。

…そのゴミが、燃えれば、だが。

金属となればそうはいかない。
廃棄金属は、基本的には再利用する。
溶かして鋳型に流し込み、インゴットにして市場に戻る。

だが時に、その廃棄金属が大きすぎて、
再利用すればコストが高くなり、収益が見込めない場合や、
比率の狂った合金、
錆びて使い物にならない金属など。

そうした、「終わった」ものたち。
そういうものは全てここに棄てられる。
なにせ燃えないし、
溶かそうにも金属は成分として安定しすぎているので、
棄ててしまう方が効率が良いのだ。

視界に広がる終わった金属たち。
150年間棄てられ続けた金属たちはもはや、
城ひとつ入りそうな大穴から溢れ出しそうなほど積み上がっている。


戦士「なんだ、これ」

勇者「魔女の昔の家」

戦士「………はぁ?」

盗賊「3年ほど前、ここに魔女が居たといいます」

戦士「ここ、とても人が住めるところじゃねぇだろ」


なにせ、ひどく臭う。
腐った金属の臭い。
鼻にねじ込まれるような抵抗感を持ち、
眼球の奥を灼くような。






盗賊「4年前、学院を追われた魔女がふらりと鉱山都市に現れたそうです」

戦士「そんなに前から追われてるのか」

勇者「ちがうよ。その頃はまだお尋ね者じゃないもの。
   4年前、学院に居れなくなったってだけの話」

戦士「へ?」

勇者「彼女の発明が魔法を冒涜してるって言いがかりをつけられて。
   その実、学院が権利をぶんどっただけなんだけどね」

盗賊「先程のキャリッジもそうです。
   本来は魔法の王国にしかないものです」


なんとなく、わかってきた。
あいつが追われてた理由。


戦士「……確か、特別な術式は解析が禁じられてるんだよな」

盗賊「その通りです。
   学院は彼女の、
   ある発明を奪ったのです。
   それを鉱山都市にリースとして貸し出し、
   ひと儲けしました」

勇者「法外なリース料だったらしいよー。
   それでも鉱山都市としては、2年以内の新金属の発見を条件に、
   旨味のある契約内容だった」

盗賊「魔力炉というものについて、どこまで?」

戦士「全くわからん。
   中を確認するってのも、含めて」

盗賊「魔法の王国の新技術です。
   開発者は学院の、とある講師」

勇者「という事になってるね」

戦士「じゃあ、本来は」



―――魔女の発明、って事なのか。






勇者「そそ。
   魔力炉は、物理的な運動エネルギーを用いて、
   別エネルギーの魔力に転換するっていう驚きの技術なんだよ」

盗賊「鉱山都市は山間のため風が吹きます。
   ここからは見えませんが、運動エネルギーは風車から得ているようですな」

戦士「………待て、さっぱりわからん」

勇者「頭の回転は早いのに、座学はさっぱりなんだね、あはは」

戦士「うるせーバカヤロ」

盗賊「ははは。つまりこういう事です。
   例えばあなたが棒で人を殴りつけるとします」

戦士「ああ」

盗賊「棒を振るのはあなたの力です」

戦士「そりゃそうだ。
   力を使わなければそれはただ棒が落下しただけだ」

盗賊「その時使う力はあなたの筋力です。
   しかし、その考え方では棒の重さを無視しています」

戦士「???どういう意味?」

盗賊「なぜ人を殴る時に、棒を使おうと思いますか?」

戦士「そりゃ、棒を使った方が強いから………あー」

盗賊「そうです。
   あなたの筋力のみで力が決まるなら、
   それが拳でも結果は同じ事です。
   しかし棒を用いて殴りつけた方が、最終的な力は増します。
   拳を振るう事と同じだけの筋力を使った時に、棒を介する事で、威力が増す。
   それを運動エネルギーが増えた、と表現するのです。
   棒の重さや、長さによるモーメントなど小難しい話もいくつかあるのですが、
   まぁ、それは無視しましょう」

戦士「ああ、その方が助かる」






盗賊「そういった運動エネルギーを溜めておけるものがあります。
   例えば、バネのような」

勇者「バネを縮めたまま置いておくって事だね。
   力を解放すれば、バネは跳ねるでしょ?」

戦士「んー、なんとなく、わかる」

盗賊「バネ定数というものがあり、解放される運動エネルギーは100%ではありませんが、
   まぁそういったものがあるのです。
   これが炉心の技術に用いられているかは定かではありませんが、
   魔力炉はそういった運動エネルギーを、魔力に変換し、
   魔法石に蓄積しておくものです。
   考え方としてはバネと同じです」

戦士「ははぁー。
   それでさっきのキャリッジが動いているわけか。
   魔力を動力源に動くっていう事は、
   人形師の使うオートマタと同じだな」

盗賊「そうです。
   魔法石があれば魔法使いが居なくともオートマタを動かす事ができます。
   操る事はできませんが、動力としての働きはします。
   動きを覚えさせておけば単純な作業ならできます」

勇者「キャリッジもそうだし、
   魔法石を利用した採掘機械も多く動いてるんだよ。
   だから4年前から鉱山都市の金属生産量は大幅に伸びてる。
   今までツルハシとトロッコだけで採掘してたのが、
   自動で動く運搬機に、穴を掘る大きなドリルとか。
   垂直に音もなく動くエレベータ?だっけ?まぁそんなのも」

盗賊「採掘効率の大幅な上昇が見込めたため、
   新金属の発見も遠くないと判断し鉱山都市はリース契約を結びました。
   しかしリース料は法外です。
   掘っても掘っても追いつかない。
   そして1年が経ちました」

戦士「そんで、魔女が」

勇者「そーそー。
   凄いよね」

盗賊「その通りです。
   彼女は、この廃棄金属の山から、
   新型の魔力炉を作ってしまったのです」






勇者「しかも魔力転換効率は倍々だよ。
   学院には20個しかない、
   魔法石もそりゃもうたーくさん」

戦士「……………そりゃ、追われるわ。
   学院の大口の収益を潰したわけだ」

盗賊「それだけではありません。
   権利を保有している講師の面目も潰されました。
   学院の怒りは激しく、多くの追跡者を放ったそうですが、
   そのほとんどが帰ってこず、ついには市井に頼るようになりました」

戦士「でも、おかしいじゃないか。
   解析は禁じられているんだろ?
   リース料払うのが嫌だからって同じものを作ってしまっては、契約違反だ。
   学院に差し押さえられちまうだろ」

勇者「それが平気なんだなー。
   …いや、平気じゃないけど、平気なの。
   鉱山都市には強気に出られるだけの事実があるの」

戦士「??どういう意味?」

盗賊「証明しようがないのですよ。
   なぜなら、学院の誰にも、魔力炉の技術解析ができないのですから。
   機械を作れてメンテはできても、肝心の炉心から先が完全なブラックボックスなのです。
   魔力炉は魔法の王国に3基、鉱山都市の新型に1基あります。
   王国は1基を貸し出し、1基を研究、1基を実用化していましたが、
   4年経ち、鉱山都市から1基が戻っても、全く進捗はないようですな。
   魔女も、彼らでは200年はかかるね、だとかなんとか」

勇者「どうやって魔力に転換してるか、という事よりそもそも、
   魔法石ひとつにしたって、
   それが鉱物なのか陶器なのか、それとも硝子なのか、
   僕らにはさっぱりわかんないんだよ」

戦士「………えええー…」

盗賊「魔力紋、というものがあるでしょう」

戦士「あー。魔力は人によってそれぞれ違うってやつだろ」

盗賊「これも彼女の発見です」

戦士「はああああああー?」

盗賊「今でこそ魔力紋は学院に鑑識チームが生まれるまでになりましたが、
   発見された7年前当時では晴天の霹靂とも言える発見でした。
   この論文の発表は彼女の名声と悪名を大きく高めたのですが、
   要するに魔法石にしても、
   それを利用した機械にしても、
   それぞれ魔力紋があるのです。
   魔法石は3日で自然に魔力を失ってしまいます。
   鉱山都市で魔力を溜めた魔法石を利用した機械は、
   鉱山都市で生み出された魔力の魔力紋でしか動かないのです。
   そして、鉱山都市の魔力炉で生み出された魔力は、
   魔法の王国の魔力炉のものと、魔力紋が違っていました」






盗賊「解析ができないので、同じ術式を用いているという事は、
   証明しようがありません。
   鉱山都市はその点を突き、同一技術ではないと主張しました。
   魔法の王国にしても、鉱山都市と決裂しては金属が不足します。
   そういった理由で鉱山都市はリース料から解放され、
   採掘事業を継続する事ができました」

勇者「学院からすれば彼女のしわざって丸わかりだし、
   そういった理由で追われるようになっちゃったわけ。
   ひどい話だよねー」

戦士「……………」

勇者「なに?ショック?」

戦士「魔女は、
   …なにも悪くないじゃないか。
   奪われた権利を自分のものにしただけだ」

勇者「そーだよ。なにも悪くないの。
   学院が殺そうとしてるんじゃなくて追ってるってのも、
   魔女に魔力炉の建造方法を吐かせようとしてるってわけ」

戦士「……腐ってやがる」

勇者「悪いとすれば優秀すぎる事かな」

戦士「優秀なやつが、世のために開発したものだろ。
   本来の使い方じゃないか」

盗賊「時に過ぎた技術は争いを産むのです。
   事実魔法の王国は鉱山都市を征伐しようとしていました」

戦士「………そんな」

勇者「だから僕らが来たんだよ。
   鉱山都市は独立都市だから、武力は持たないからね。
   中央王国が鉱山都市の魔力炉保有は適当であるってスタンスを取る事で、
   ひとまずこの騒動は落ち着いたの。
   魔法の王国も中央王国と敵対しては、国力を落とすだけだって知ってるから」






戦士「え、中央王国はそういうスタンスなのか」

勇者「そーだよ。
   鉱山都市が魔法王国領になっていい事は何もないからね。
   ここには技術力もあるし、独立性を保たせておいた方が生産性が見込める。
   ただちょっときな臭いし、魔法の王国とは決して相容れないし、
   なによりほら、ウチ、軍事国家だから。
   だから最近ちょいと軍拡を」

盗賊「今回の任務は魔法の王国が間者を放ったという情報を知ったからです。
   これは確かな情報です。明日の夜、動力炉エリアで鉢合わせるはずです。
   ついでに可能ならちょっと炉心を覗いておく事。
   なので鉱山都市側に協力は要請できません。
   都市側からすれば機密中の機密ですから」

戦士「…そーいえば中央王国は魔法後進国だったな」


中央王国は魔法技術を持たない、騎士たちの国だ。
というか、魔法使い自体は居るのだが、
養成機関もなければ宮仕えにそういったセクションもない。
なぜか伝統的にそうなのだ。

中央王国の国力は魔法の王国を上回る。
国土も広ければ、人口も多い。
軍事力だって倍はあるし、歴史に至っては大陸一だ。
2000年以上続く皇族の血統すら持つ。

なので、魔法学院は中央王国出身者を冷遇するきらいがある。
たとえどれだけ魔法の素養があろうとも、
閉鎖的な国風は自らを上回る存在を許さない。


戦士「なら、今回の任務というのは、つまり、あれか。
   動力炉エリアに侵入し、同じく侵入した魔法の王国の間者を殺す。
   この時、戦闘になるかもしれない。
   ついでにちょっと炉心を覗いて、それを記録する」

勇者「あと、もうひとつあるんだけど…んー……」






盗賊「よいではないですか。
   戦士殿、我々のもうひとつの任務は、大陸のどこかにあると言われる、
   魔女の研究室を探す事です」

戦士「………研究室?」

盗賊「そう。
   彼女の研究の全てが記録されているはずです。
   彼女は学院を追われたあと野に下り、研究を続けたと聞きます」

勇者「でも、ここには無さそうだね」


勇者は冷ややかな眼で、廃棄場を見つめる。
手がかりを持っている事は、言わないでおく。
中央王国は信用できない。
…彼女の遺言だ。


戦士「中央王国が魔法に頼るのか?」

勇者「んー、頼らないために、研究室を探すんだよ。
   魔女の身柄も、生きていれば、できればウチで確保したい」

盗賊「危険ですからね」

戦士「………危険?」

勇者「うん」

盗賊「ええ」



勇者「彼女の発明は時代に過ぎたるものだよ。
   全部、破棄しないと」






世に出た技術は消えない。
技術は民草の生活を豊かにする。
それがインフラストラクチャーであれば尚更。

それは民草にとって「あって当然」のもの。
社会的経済、生産基盤となりうるもの。
それだけ根付いた技術は規制できない。
根切りをすれば樹は枯れる。

勇者たちは、魔力炉を否定しない。
もはやそれは鉱山都市になくてはならないものだから。
…しかしこの先、
魔女の技術が世に出る事は、
あってはならない事だと言う。

戦争を止めたいと彼女は言った。
失敗したと彼女は言った。
彼女の技術が戦争を呼ぶと勇者たちは言う。

過ぎたる技術は争いを呼ぶ。
ならばそれを防ぐ事は、
神々の行いではないのか。

そして、ひとつの矛盾に気付く。

勇者。

君のその雷を呼ぶ力も、

人類には過ぎたる力だという事に。






勇者「帰ろーか。
   説明も終わったし、君も聞きたい事は聞けたよね」

戦士「………ああ」


廃棄場を後にする。

…ふと、想像してしまう。
ゴミの山に佇む彼女の姿を。
たったひとりで廃棄物の山に立ち向かう彼女の姿を。

彼女の小さな身体は、油や赤錆で汚れている。
野ざらしの廃棄場では雨露をしのぐ事もできず、
設備面から始めなければならなかった。

これまでは設備の整った学院でやっていた事だ。
大型の機械は外注で済んだ。
冷遇されていたとは言っても、
手ずから作るのは炉心だけでいい。
稼働試験もチームが組まれ、
予算内であれば失敗だって許される。

ここにあるのは山のようなゴミだけ。
設備も、工具も、なにもかも元はゴミ。
作業着を好んでいた理由が今はわかる。
手が擦り切れ血をにじませながら、
彼女は一人でゴミから宝石を作ったのだ。


戦士「……………なぁ」

勇者「ん?」

戦士「鉱山都市の人間は、新型の魔力炉の建造に協力したのか?」

盗賊「追放された魔法使いですから、当初は冷ややかな対応だったそうです。
   学院には苦しめられていましたから。
   しかし彼女が新たな魔力炉を作るといい、
   それが形になりだした頃、自然と人が集まったそうです。
   魔女も定期的なメンテナンスを約束しました。
   それからしばらくは良い関係を築けたそうですが、
   学院との関係がこじれ出した頃、
   魔女は姿を消したとか」

戦士「そうか。よかった」

勇者「なんで?」


廃棄場に背を向ける。
かつて彼女がいた場所。
彼女の痕跡は、魔力炉では、なかった。


戦士「報われなきゃ、おかしいからな」






―――僕は別ルートだから。
   君の武器は目立ちすぎるからね。


方法はわからないが、とにかく、
勇者は割と正面から侵入できるそうで、
武器が目立ってしまう俺は裏手から、
勇者は正面からそれぞれ侵入する事になった。

時刻は午前2時ごろ。
動力炉エリアは夜でも魔力灯が煌々と輝いているが、
居るはずの守衛はみな眠っているのか、
一人も姿が見えない。


―――魔法王国の手の者は、すでに侵入しているはずだよ。
   目的は当然ひとつだよね。


合流ポイントに向かう。
建屋は1年の突貫工事で作られたという。
内装は金属の骨組みがむき出しになっていて、
とても新技術を擁するようには思えない。


―――できれば先に捕捉したいけど、
   敵はまず間違いなく魔法使いだ。
   …それも、荒事専門の。


魔法使いを相手に隠密戦は不可能に近い。
人ならざるものすら知覚する魔法使い独特のセンサーは、
生物から漏れ出る微かな魔力を嗅ぎ分ける。
戦えば負ける気はないが、
どうも金属は雷を通すとやらで、
金属の足場などでは雷魔法は使えないらしい。


戦士「金属に近づかないなら、入る事すらできねーな、これじゃ」


それでも端々には工事が進んでいるのか、
漆喰に塗り固められた部屋も散見される。


―――合流ポイントまでに戦闘になった場合は…


戦士「どうやらその心配はなさそうだが…」


合流ポイントは少し先の部屋。
あたりに人の気配はない。

…なさすぎる。

敵は恐らく近くに居る。
接敵の前に、勇者と合流しなければ。






戦士「………ここか」


ドアを開けると、勇者がぼんやりと立っていた。


勇者「…遅かったじゃん」

戦士「これでも急いで来たんだ。
   ルートはこっちが遠回りなんだろ」

勇者「敵、居るね。
   かなり強いよ。気を抜かないでね」

戦士「お前なら余裕だろ」

勇者「…そーでもないよ。
   今、すっごく後悔してるから。
   時間はまだ余裕あるし、ちょっとお話しよ」

戦士「はぁ?ここで?」

勇者「うん。ちょっと口説こうと思って」

戦士「??はい???」


口説くってなにを?


勇者「バカ、そんなんじゃないよ。
   僕、君を手放すつもり、あんまりないって話」

戦士「それなら断っただろ」

勇者「…中央王国は今、戦争の準備してるんだよ」

戦士「………え」

勇者「魔法の王国とのね。
   どちらかといえば、学院を目の敵にしてるんだけど」






戦士「そんな話、俺に聞かせてどうするんだよ」

勇者「………バカみたいだよね。
   魔法は人類のためにならないんだって」

戦士「いや、魔法がなくなったら色々困るだろ。
   魔法が無ければ困る事の方が多いじゃないか」

勇者「中央王国も魔力炉には注目してるんだ。
   でもさ、炉心は結構どうでもいいみたい」

戦士「は?なんで?
   普通炉心を欲しがるところじゃねぇの?」

勇者「わかんない?
   魔力はただの力だから、
   本当に注目すべきは、その力で動く機械たちだって」

戦士「んー、わかるよーな、わからんよーな」

勇者「だから、力は魔力だけじゃ…………」

戦士「……………」


気付いたのは同時。
小さな足音が聞こえる。
鉄棒の軋む音と、
なにかが小さく共鳴するような音。


戦士「…これは」

勇者「魔力を練る音だね。…多いなぁ」

戦士「3つ数えろ」

勇者「うん。3、2、1、」

戦士「出るぞ!!!狙われてる!!!」






それは、部屋を飛び出すと同時だった。
先ほどまで居た部屋はどこからか燃え上がり、
鉄棒だらけでスカスカの天井から、火の玉が降り注いでくる。


戦士「おい、敵多くねぇか!?」

勇者「だからっ、後悔、してるって!!
   戦えるところまで走って!!」

戦士「どこにあるんだよっ!!!」

勇者「この先!炉心の近くなら、壁ができてるはず!!!」


火球の数は多い。
魔力の瞬きを数える。
敵は恐らく、8人。


戦士「骨組みに雷通せねぇのか!?」

勇者「僕らまで死んでいいならできるよ!!!」

戦士「くっそっ、肝心なとこで、使えねぇ魔法だな!!」

勇者「うっさいなー!戦士足遅い!見捨てるよ!?」

戦士「あれか!?」

勇者「搬入口!開けてる暇ないからそのでっかい槍でなんとかして!!」


斧槍を構える。
ミスリルの硬度なら、できるはずだ。
扉は鉄製だが、動いていなければ、

斬鉄は初めてじゃない。


戦士「うおおおおおおおおおお!!!!!」






鉄扉を切り崩し、2人で搬入口に飛び込む。
ドーム状の石造りの部屋。
広さはそれなりで、闘技場を思わせる。


戦士「石は、どうなん、だっ…!」

勇者「ギガ………………、」


勇者の左手が魔力を帯びる。
…目にするのは二度目だが、
勇者が雷魔法を使う時の魔力は、驚くほどに少ない。
まるで、勇者の呼びかけに、雷の方が応えているような印象さえ浮かばせる。

一瞬、鉄扉から先の、鉄の骨組みが青く輝いた。
勇者の白銀の髪が逆立ち、
共鳴りのような振動音が、徐々に強くなる。


勇者「デイン!!!!」


雷の龍が足場を這う。
鉄は雷をよく通すというが、
なるほど、これでは使えない。
迅雷とはよく言ったものだ。
その速度、光に迫る。
魔法使いたちはまるで煙に燻された虫のように足場から落ちていく。


雷光が治まると、周囲は完全な無音の空間になった。
鉄と生き物の焦げ付く臭いと、
微かな雷と魔力の残滓。

前回の焼き直し。

勇者の、ただ一度の瞬きの間に、
容易く敵を全滅させる力。


勇者「……………」

戦士「出鱈目だな、相変わらず」

勇者「雲が見えればもっと強いんだけどね」

戦士「……俺、必要なのか?」

勇者「僕は接近戦が苦手だから。
   この地形だと一人じゃ危険―――」

戦士「………っ!!勇者!!!」







勇者の頭上から刃が降る。
まだ生き残りがいたのか、その剣は全く気配なく、
そして鋭く、
勇者の首を狙った。


勇者「!!!!」

戦士「…こ、のっ!!!」


すんでの処で弾く。
敵は剣戟を足場にし、宙に身を躍らせ、


勇者「魔法だ!避けて!!」

戦士「無茶言うなクソォッッ!!」


室内を染め上げる火炎魔法。
巨大な火球が回転し、小さな火球がその周りを、
惑星のように回り続け、


勇者「………っち、死んだかな、これ」

戦士「……………!!!」


咄嗟に勇者をかばった時、

大火球が、炸裂した。






戦士「……………」

勇者「あれ、生きてる」

戦士「あちっ、あちあちあち」

勇者「ああ、ミスリルのマントか。
   凄いね。ハルバードといい、
   なんでそんなお宝持ってんの?」

戦士「あちち、たまたまだよ。
   すげー熱いわ、脱がないと」」


「………ミスリルの、マント。
 あらゆる属性をよせつけぬ、とは本当なのね」


勇者「……………久しぶりじゃん。
   生きてたんだ」

戦士「知り合いなのか?」

勇者「魔法学院の暗部だね。
   魔法執行部隊の隊長で、賢者ってやつ。
   ……参ったなー。なんとなくわかってたけど、
   後悔しても遅いなぁ。
   あいつ、僕じゃ勝てない」

戦士「ふつーに剣持ってんじゃねぇか。
   魔法使いらしくねぇ」


長い黒髪の、長身の女性。
片手に細身の直剣を持ち、
フィッシュテールスカートと編上げブーツが、
なんだか嗜虐的。
踏まれたい感じ。

表情には僅かな憂いが浮かび、
肉感的ながら引き締まった肢体まで、
女性特有の悲しみを、
美しく身に纏っていた。


勇者「あの剣は杖の代わりだよ。
   あいつ、凄く速いんだ。
   雷が練れないの」






賢者「…久しぶりね、勇者。
   こんなところで会えるなんて」

勇者「僕は二度と会いたくなかったね」

賢者「相変わらず出鱈目な魔法…。
   やはりあなた、学院に来るべきよ。
   その術式、ぜひ魔法界のために役立てて」

勇者「魔力炉の解析ができれば行ってあげるよ」

賢者「………うふふ」


戦士「おい、あんまり挑発するな」

勇者「あいつ、僕より剣の腕が立つんだ。
   魔法も、魔力の迸りが視認できないくらい速い。
   距離を取れればデインでなんとかなるけど、
   どうしても接近されちゃうんだよねー…」


賢者「そろそろいいかしら?
   お仕事、始めたいのだけれど」

勇者「…まだ部下がいたんだね」

賢者「…ええ。気付いてくれて嬉しいわ」


戦士「…なんでわかるんだ?」

勇者「人の身体には雷が流れてるんだよ。
   弱すぎてとても雷とは言えないけど、
   僕はそれが見えるの」

戦士「お、おう。いよいよ化物だな」

勇者「でもあいつにはそれがバレてて、
   あいつ、自分の雷を隠せるんだ。
   だから接近されちゃう。
   接近されちゃ分が悪い…から、」

戦士「から?」


勇者「賢者。
   君の相手は彼がする」

賢者「まあ。ではお名前を伺わないと」



戦士「…はぁぁぁぁぁー??」






勇者「君を連れてきて正解だった。
   大丈夫、
   ミスリル装備があるでしょ?」

戦士「そりゃそうだけどさぁ」

勇者「君は接近戦なら僕より強いじゃん。
   あいつを倒すには、
   接敵して切り伏せるしかないんだって。
   そこらのとは違う、実戦的な魔法使いだよ。
   魔法戦じゃ無敵だね。
   魔法使いの狩り方、知ってるでしょ」

戦士「魔法を使わせる前に切る」

勇者「そ。
   僕は雑魚をなんとかするから、
   あいつは君に任せる。
   なんとか魔法を使わせずに倒してね。
   剣でも強いから油断しちゃ駄目だよ」


…接近戦もこなせる魔法使い。
そういえば最近、そんな敵と戦った。


戦士「……………そうだな。
   模擬戦だ。
   必ず、勝つ」

勇者「その意気その意気。
   じゃ、頼んだよ」






賢者「………お話は終わったかしら?」

―――…終わったか?―――

戦士「……………」

過去の敵を、思い出す。

戦士「……………ああ、終わった。
   いつでもいい」


勇者は俺に背を向け、
部屋の外に出る。
雑魚を相手に、あいつが不覚を取るとは思えない。
任せても安心だろう。


賢者「名前を聞いておこうかしら」

戦士「戦士だ。中央王国軍」


名を告げると、賢者は少し眉尻を落とした。
なにやら困った様子だが、
その心中は、測りようもない。


賢者「…そう、あなたが」

戦士「悪いがそれほど名は売れてない。
   人違いだろう」

賢者「うふふ、そうかしら。
   恐らくだけど、私、あなたに用があるわ」

戦士「……………」


学院の出なら、魔女とも面識があるかもしれない。
だが賢者は敵だ。
学院の暗部だというのなら、
魔女の追手なのかもしれない。


戦士「覚えがないな。
   …そろそろ始めよう。
   仕事が残ってるんだ」

賢者「……いいわ。
   物は試し、とも言うし。
   遊んであげる」






敵は勇者より強いという。
魔法執行部隊。
魔法学院が抱える揉め事を秘密裏に処理する、荒事専門の掃除屋たち。

というか殺し屋。
先ほどの魔法もそうだが、彼らは魔法を純粋に殺しのために用いるという。

斧槍を持つ手に力が入った時、視界の隅に燃え上がる炎。
いつの間に展開していたのか、気付いた時には賢者を中心に、
同心円状に炎があがる。


賢者「いつでもいいわ。
   かかってきなさい」

戦士「なめ、るなぁ!!」


斧槍を振り回す。
ミスリルには魔力を断つ力がある。
炎の壁を切り裂き、目標の敵へと突進した。
賢者の手があがる。
新たな魔法を使うつもりだろうが、俺にはそもそも、
接敵し切り結ぶ以外芸がない。

少しの魔力の瞬きと共に、広がった炎が渦を巻き、部屋に炎の嵐が吹き荒れた。


戦士「うおおおおおお!!!!!」

賢者「――――ッッ!?」


刃先が敵を捉える。
そう。
嵐は、俺には届かない。


賢者「シルフの、加護。
   本当に、装備が、豪華ね」






数合打ち合い、距離を取る。
間合いは得物が長いだけ、俺に分があるはずだ。
数メートルの距離なら魔法を使わせる前に接近戦に持ち込める。


賢者「これじゃあ風魔法は意味がないわ。
   せっかく得意な属性で罠をはったのに」

戦士「逃げてもいいぞ。
   追うのも得意なんだ」

賢者「……………うふふ」


賢者が初めて剣を構える。
細身の直剣。
女性的な刀身が、彼女の妖艶さを、より掻き立てている。


戦士「次だ。
   魔法に頼るのならそれでもいい」

賢者「あら、採点するのは私よ」


斧槍を構え、身を落とす。
息を吸い、吐き、足の先、指の先から、
体中に力を行き渡らせるような感覚。
動きを止めてはならない。
目の前の敵を倒すまで、
絶対に止まってはいけないと、身体に言い聞かせる。
それが武器を取る者としての矜持。


戦士「いくぞ!!!」


一塊となって駆ける。
足を止めては魔法の餌食。

斧槍の突きを弾き、賢者は思わずたたらを踏んだ。
精霊の加護の疾さで追う。
敵の得物は剣。
間合いを保つには突きがいい。


賢者「――――ッ、く―――」


次々に繰り出す斧槍の突き。
直剣は細身の刀身からは想像できないほどの強度を持つのか、
重量で勝る斧槍を受け続けても、その刀身には少しの歪みもない。


戦士「おおおおお!!!」


部屋を照らす刃先と穂先。
迫るハルバードと、防ぐ直剣。
剣戟は火花を散らし、その度、賢者は後退を余儀なくされる。
更に追う穂先。
それをかわし、受け、さばき、身をよじり、
賢者は更に後退する。
確かに、強い。
得物の間合いの利は、確実にハルバードにある。
それを、音を置き去りにするかのような雨のような突きを、
百にも及び迫る刺突を、彼女は凌ぎ続けている。






しかしもはや打つ手はないはずだ。
賢者は壁に追いやられ、
俺は渾身の速度で、最後のひと突きを繰り出す。

連撃より倍の速度で走る刺突。
しかし賢者はその穂先をさばき、身体を軸に長柄を転がるように、
間合いを詰めてきた。


戦士「―――!?」


眼前に迫る直剣。
柄で紙一重で受け止める。
鍔迫り合いなら体格差で撥ね退けれるかと思ったが、
賢者の圧力は体格には不釣り合いなほど強い。


戦士「…肉体強化か、なんでもありだなテメェ」

賢者「………うふ、ふ。やっと捕まえた。
   一方的に嬲られるのは趣味じゃないの」


鍔迫り合いが弾かれ、
斧槍を短く持ち替える。
間合いの利はもはやない。
糸を引くような直剣の軌跡が意識を惹きつける。

ミスリルの軽さ、精霊の加護、短く持ち替えた斧槍。
それだけの要素があっても、彼女の剣は更に疾い。

そう、疾い。
賢者の剣筋はただ疾いだけではなく、
袈裟懸けに走った剣は胴抜きへ、
左片手の平突きは瞬く間に右へと持ち変えられ、
果ては投擲かと思えば彼女は蛇のごとく剣に追いついた。


戦士「曲芸も、いい加減にッッ…!!!」

賢者「うふふ…武器を振るう者というのは、
   考え方も似るものね」


賢者の身体に蜃気楼のような歪みが見える。
あれは風だ。
空気の層が重なって、光を歪めている。






戦士「風魔法っ、そんな、使い方もッッ…」


絶え間ない毒を孕むような直剣の雨。
剣戟が雨なら、飛び散る火花は雷か。
間合いを測ろうにも、
賢者の剣はあまりに疾い。

―――そしてふと、違和感を覚える。

賢者の剣筋は変幻自在で読みづらいが、
少し、リズムが変わったような気がする。
まるで、なにかに備えているような。


賢者「そんな大振りな武器で…っ、
   ここまで防がれるなんて……うふ、ふ…」


剣が疾さを増す。
鞭のようにしならせた斬撃は軌道を不意に変え、
頭上から降り注ぐ。
だがそれも読み筋。
斧刃で迎え撃ち剣筋を崩し、返す穂先で腹を狙う。

しかしそれもかわされる。
賢者は独楽のように回転し、遠心力の乗った剣を横薙ぎに、


戦士「ち、くしょ…ッ」

賢者「――――うふふ―――」


横薙ぎに俺の脇腹に向け、

剣が、途中で掻き消えた。






勇者「はいはーい。
   逃げても意味ないからね」


雑魚狩りはつまらない。
導士レベルの魔法なんて、それほど殺傷力はないし、
雷魔法が使えなくても、剣だけでなんとかなる。
そりゃ中には強いのもいるけど、
そういった魔法使いは身体能力に欠けてるし、
その程度に苦戦するなら、伊達に師団長を張ってない。

魔法使いたちの知覚力は確かに厄介だけど、
そういった点ではこっちにも似た力もあるし、
先手を取られなければ、あとはもう狩りの時間。
眼に込めた魔力を戻す。
眼前では最後の一人であろう、右足を失った魔法使いが、
逃げようと這いずっている。


勇者「うーん。どうしよっかな。
   この際、ずっとやってみたかった事、試してみよう」


魔法使いが小さく悲鳴をあげる。
眼にまた魔力を込める。
人間の身体を流れる、小さな雷。
これがなんなのか、さっぱりわからないけど、
どうも人間っていうのは、小さな雷で動いているらしい。

左肩と右脇腹に手を当て、

…ほんの、少しだけ。






僅かな時間。
ほんの、雷とは思えないような、出力を絞った、
小さな力で。

それだけで魔法使いは、
かはっ、と小さく呻くと、

それきり、動かなくなった。


勇者「……へぇー…」


血は流れない。
ただ、少し雷を流しただけ。


勇者「………使えるなぁ、これ」


これほど呆気なく人は死ぬのか。
出力を絞り、少しだけ感電させる方法は、
今までにも試した事はある。
これがなかなかいい。
雷は魔力の産物ではない。
勇者は雷を喚んでいるに過ぎない。
デインは、れっきとした自然現象なのだ。


勇者「あはは」


あまりに小さな雷で人が動けなくなるので、
人間のあまりの脆さに、
言いようのない充足を感じた。
この力は勇者にしか使えない力。
戦闘以外に活かす道は、
今のところ、見つかってないけど。


勇者「あはははははは」



勇者「あはははははははははははは!!!!」







首元で火花が散る。
第六感だけを頼りに、斧槍で首を防いだ。
弾いた力で押し出されるように、思い切り前へ間合いを取る。


賢者「―――あら。防いでしまうのね」

戦士「空間、転移…」


消えた剣。
正面から脇腹を狙った横薙ぎの剣閃は、
突然背後から俺の首を狙った。

あろうことか、賢者は、
剣閃のさなかに、
転移魔法で、俺の背後に現れたのだ。


戦士「初見じゃ防げねぇな。
   最初に勇者を襲った時にやったやつだ」

賢者「それを込みでも、これを防がれたのは、
   勇者の次に2人目よ。
   …なんとかかわしただけの勇者とくらべて、
   接近戦において上回るというのは、本当みたいね」

戦士「次は通じない。
   転移にも、若干のタイムラグがあるみたいだな」

賢者「…さぁ。それもブラフかも」

戦士「そうは思えない。そんな剣閃ではなかった」

賢者「………うふふ。
   困ったひと。
   これだけの豪傑が市井に埋もれてるなんて…」

戦士「…目に映る人を守りたかっただけだ」

賢者「………ああ……そうなのね……。
   それは……並大抵の研鑽では……」

戦士「…何を、急に」

賢者「……それは……きっと彼女の父の死が…」

戦士「……ッ…構えろ」

賢者「うふふ…情報をあえて制限する事で、
   迷いを消す。
   戦場では必要な事ね…」

戦士「片足もらって、それから聞くさ」






賢者「うふふ、できるかしら?」

戦士「この間合いなら、俺に利がある。
   次は逃さん」

賢者「…そう。
   そうね。
   私にもう手はないし、
   間合いも戻ってしまった。
   私に勝ち目はないわ」

戦士「………構えろ。
   決着だ」

賢者「でも、死ぬのは困るの。
   約束が果たせなくなってしまうわ」

賢者「……………あの子。
   魔女、との」

戦士「――――ッッッッ!!!」


弾かれたように突進する。
狙いは心臓。
渾身の力を込め、穂先を走らせ―――


賢者「ごめんなさい。
   私も付き合うから、ちょっとだけ、我慢して」


賢者が手を振る。
…間に合わない。

突如、部屋が大きく揺れ、
床が崩れだした。


戦士「う、うわ!?」

賢者「そっちはそっちでなんとかしてね」


落ちる。
足元に広がる暗闇は、この先の道のりを如実に物語る。
なんとかって、どうすればいいのか。
魔法なんて覚えてないし、
パラシュートも持ってない。
そもそもパラシュート持ち歩いてる奴なんているもんか。
賢者に目を見やると、どうもあっちは風魔法でどうにかなるらしい。
ずるいと思う。

落下ってのは気分のいいもんじゃない。
内臓が全て口から出て行くような感覚だ。
…まぁ、出てくるのは、街で食ったふかし芋なんだろうけど、
とにかく気分が悪い。
意識が飛びそう。

薄れる意識の中、
身体が緑色の光に包まれた。
透明な羽虫の羽を背負った、小人が見える。

…ああ、お前。
お前の主人は、もう居ないんだ。
助けてもらって悪いけど、自由にしていいんだぞ。

小人は悲しげな目でこちらを見つめる。
ああ、俺だって悲しいよ。

つか、これから俺も死ぬし。






戦士「………いってぇ……」


どうも風の精霊がよしなにしてくれたようで、
身体のあちこちと、頭の芯がズキズキと痛むが、
かろうじて無傷。
精霊さん、ほんとに世話になるなぁ。


賢者「あーもう。無事なの?
   飛べないならそう言ってよね」

戦士「無茶しやがって。
   ここで続きをやろうってのか?」

賢者「呆れた。戦う事しか脳がないの?
   殺すつもりなら落ちる時に済ませてるわ」


賢者はだらしなく足を投げ出し座っている。
…ここ、どこだ。
先ほどより狭い空間。
むき出しの岩壁に、砂地。
壁につけられたランタンが柔らかな光を放っている。
今時珍しい油の火だ。


賢者「あんた、なんで王国軍なんかに入ってるのよ」

戦士「故郷が併合されたから成り行きだ。
   お前には関係ないだろ」

賢者「ある、わ。
   全く、最初にうちに来るんじゃなかったの?
   彼は、できる男だー。きっと、2、3日の間には来るだろうー、
   なんてあの子が言うから、
   ずっと街を張ってたんだから」

戦士「…俺を、探してたのか?」

賢者「あの子から聞いてるでしょ?
   魔法の王国の協力者の話」

戦士「へ?」

賢者「改めて名乗るわ。
   魔法執行部隊隊長、賢者よ。
   魔女とは、学院の寮で、同室だったわ」






魔女『えー、戦士。戦士、そこにいるのか?』

魔女『この映像は過去のものだ。
   賢者に託しておく、君が見た映像とは別のものだ。
   この魔法の発動条件は、特にない、けど、
   賢者には一人で見るな、君を信用させるために必要だ、
   と言い含めておいた。
   これを見ているという事は、私の意思を継いでくれた、と、
   判断してもいいのだろうか………』

魔女『恐らく賢者と2人で見るだろうから、
   本当は君にはたくさん愛を語りたいのだけど、
   控えめにしておく。
   本当は今にも泣き出しそうなんだ。
   それも我慢しよう』

魔女『賢者が君を見つけたという前提で話をする。
   彼女は彼女で仕事があるだろうから、
   それなりの事しか語れない。
   彼女は突っ走ってしまうからね。
   全く、同室だった時から、才能は人一倍あるけど、
   喧嘩が強くて手が早くて、きっと私と2人で夢を叶えよう、
   なんて言っておきながら、私を残して、
   執行部なんていう、才能を見事に活かせる部署に行くなんて、
   ひどい裏切りだとは思わないか?
   まぁそういう訳で、彼女は私の親友だ。
   2人といない、心を許せる相手なんだ。
   ああ戦士、君は私の夫だ。親友とは違う、それ以上だ。
   私は君が一番好きなんだ。
   誤解しないでほしい』


戦士「無駄話がなげぇ」

賢者「ほんとにね」


魔女『私が故郷の町まで逃げおおせたのも、
   彼女の協力によるところが大きい。
   彼女は大陸一の暗殺者でもあるが、
   本来の彼女はとても心優しい女性だ。
   ぜひ、仲良くしてほしい』


戦士「さっきまで殺し合ってたけどな」

賢者「あんたが意外に強いからよ。
   負けるとは思ってなかったし、
   こんな処で会うのも予定外だったし」






魔女『さて、君は今、魔法の王国に居るのだろうけど』


戦士「ごめん、いない」

賢者「なんだって鉱山都市なんかに」


魔女『彼女は天文学の専門家でもあるんだ。
   君に託してある、ドーム状の針金細工を見せてくれ』


賢者「なにこれ、ホロスコープじゃん」

戦士「ホロスコープ?」

賢者「ま、後でいいわ」


魔女『彼女なら、気付けると思う。
   それはある場所を示している。
   そこには君に、この先必要になるであろう物が用意してある』


賢者「うーん。
   もうわかっちゃいるんだけど」

戦士「なにを?」

賢者「指してる場所」


魔女『そして、君に伝えておきたい事がある。
   君に意思を継いでほしい、と私は言ったけど、
   この先、私が用意しておけるものは、
   君のサポートになる物だけだ』

魔女『だからこの先、
   君が目にするもの、
   君が感じたもの、
   君が出会うもの。
   私のこれまでの罪と、失敗に、
   君が出会った時、
   君なりの心で見定め、そして、
   君なりの答えで、その全てを終わらせてくれ』

魔女『私は答えを、出せなかったから』


賢者「……………」

戦士「…この映像、いつのだ?」

賢者「もらったのは、この子が死ぬ1週間前だよ」

戦士「…そう、か」

賢者「時間が逆なんでしょ?」

戦士「ああ」

賢者「…直接的な別れの言葉は、どうしても撮りにくかったんでしょ」






魔女『じゃあね。
   戦士、賢者。
   無理は、しないで…』


水晶球が崩れる。
さらさらと、透明な砂になって。

…彼女が消える姿を見るのは、三回目。
三回見て、三回、心が傷んだ。
俺は、何度、彼女を見送れば良いのか。


賢者「それで、ホロスコープの事だけど」

戦士「……………」

賢者「なに?」


いや、なにって。


戦士「口調が」

賢者「ああ」

戦士「口調、変わりすぎだろ。
   今のお前、ただの酒場の姉ちゃんじゃねぇか」

賢者「…オルターエゴっていうヤツ。
   もうひとり、意図的にキャラクターを演じてるのよ」

戦士「なんで?」

賢者「汚れ仕事ばっかだから。
   もうひとりの私が代わりにやってくれてるの。
   そうじゃないと、やってらんないって。
   勇者だってそうじゃないの?」


ああ。確かに。
軍人の時の勇者は随分口調が違う。


賢者「要は素の自分を隠す事で、ストレスから逃げてるのよねー」






賢者「で、ホロスコープの事だけど」

戦士「お前本気で俺の事殺す気で来たろ」

賢者「……………」

戦士「なんだ?」

賢者「私に殺されるくらいなら、命がいくつあっても足りないわ。
   こんなところで仕事中に出くわしたんだし、
   私だってそれなりに仕事しないといけないから。
   試したのよ」

戦士「………条件付きで、三回は死んでる」

賢者「生き残ったし、私にも勝ったんだから、いいじゃない」

戦士「炉心はどうするつもりだったんだ?」

賢者「盗めってお仕事だったから、
   王国軍に情報を漏らしておいたの。
   戦闘になって、他が全滅したら逃げるつもりだった」

戦士「情報漏れはお前だったのか。
   そりゃ確かな筋から流すだろうな」


賢者「で、ホロスコープの事だけど」

戦士「学院に居た頃の魔女って」

賢者「あーーーーーーーもううっさい!!!!
   早くしないと雷娘に見つかっちゃうでしょうが!!!!」

戦士「あ、はい、ごめん」

賢者「…全く…、あんた勇者相手にした事あんの?
   あの女とやり合ってちゃいつ死ぬかわかんないんだから、
   できるだけやりたくないの」

戦士「勇者、怖いのか?」

賢者「雷もらったら即死だよ?
   やり合いたいと思うヤツがどこにいるわけ?」

戦士「あいつはお前の事怖がってたぞ」

賢者「お互いがお互いを殺す手段を持ってたら、
   そういう事になんのよ」

戦士「なるほど」






賢者「………あーもう、見つかっちゃった」

戦士「え?マジで?」

賢者「私は見つかってないけどね。
   風魔法で隠してるから、身体の雷とやらは、
   私のは見えないはずよ」

戦士「まじか。すまん」

賢者「いいわ。
   本来ここで話す事じゃないし。
   ほら貸して」

戦士「え?」

賢者「あんたの武器に私の血、つけるの」

戦士「なんで?」

賢者「私と戦って、私には深手を負わせたけど、
   逃げられたって事にしないと。
   長くは持たないくらいがいいかな」

戦士「切るのか?」

賢者「まさか。
   血をかけるだけよ」


賢者は懐からなにやら袋を取り出すと、
ハルバードに袋から赤い液体を浴びせ始めた。


戦士「それ、血か?」

賢者「そ。
   でもこれだけじゃ駄目かな」


赤い液体は少し黒ずんでいるが、
賢者がごにょごにょと呟くと、
血液のようにみるみる鮮血を思わせる朱色に変わっていった。


戦士「え、なんで?え?」

賢者「負傷した時の輸血用よ。
   氷魔法で冷凍保存してあるの。
   リアリティを出すには動脈血にしないといけないから、
   風魔法で酸素を取り込ませてる」

戦士「意味がわからん」

賢者「わかんなくていーの」






賢者「あんた、この先どーすんの?」

戦士「とにかく、中央王国の王都に行こうと思ってる」

賢者「そ。
   じゃ、王都で会いましょ」

戦士「…大丈夫なのか?」

賢者「何度も行った事、あるわよ。
   ホロスコープの事はその時教えてあげる」

戦士「…ああ、頼む。心強いよ」

賢者「あんまり過度な期待はしないでね。
   私にできる協力は限られてるから」

戦士「…一人で、戦う覚悟をしてたから。
   協力者が居るのは嬉しい」

賢者「そうだ、眠らせておいた守衛は、全員起こしておくからね。
   炉心は、勇者に見せるわけにはいかないのよ。
   彼女の遺言だからね」

戦士「わかった。色々すまない」

賢者「うふふ、次戦う時は負けないからね」


突然風が吹いたかと思うと、
賢者の姿は消えていた。
…本当に心強い。
勇者と互角の戦闘力。
魔法の知識。
かつての魔女の姿を知る、協力者。

今の俺に、これ以上の仲間は居ない。


戦士「…王都で会おう。
   よろしくな、賢者」






勇者「戦士!!!無事!?」

戦士「ああ、すまん。
   なんとか撃退したよ」

勇者「もう!!!魔法を使わせちゃ駄目って言ったでしょ!?」

戦士「こんなところまで落とされちまった」

勇者「……心配、したんだよ」

戦士「…すまん」


勇者は落ちてくるなり、抱きついてきた。
細い腕と、小さな身体。
何度も思うが、とてもこんな小さな娘が、
あれだけの力を持っているとは、
この目にしなければ信じてはいないだろう。


勇者「勝ったんだね。さすが戦士だ!」

戦士「際どかったけどな。
   強かった。勝てたのが不思議なくらいだ。
   深手は負わせたけど、逃しちまった」

勇者「まずいことに、守衛たちが起きてきてるんだよ。
   これじゃ炉心は見れないや」

戦士「そうなのか。
   ここ、どこかわかるか?」

勇者「廃坑のひとつだね。
   風が吹いてるから、出口は近いよ。
   とにかく街に戻ろう」

戦士「ああ」






盗賊「お帰りなさい。
   首尾は如何ですか?」

勇者「敵は倒したけど、炉心は見れなかった。
   今頃騒ぎになってると思うよー」

戦士「死ぬかと思ったよ」

盗賊「左様ですか。
   強敵だったようですね」

勇者「もお~聞いてよ~、
   賢者とかち合っちゃってさあー」

盗賊「おやおや、まさか化けて出られているのですかね」

戦士「賢者ってそんなに有名なのか?」

盗賊「大陸で唯一勇者殿と互角に戦える人間ですな。
   今まで何人彼女に殺されたかわかりません」

勇者「でもねでもね、戦士は勝ったんだよ!!」

戦士「次やったらわかんねぇよ」

盗賊「…これは想像以上ですな。
   まさか死神とまで言われる彼女を、勇者殿以外に撃退できる人間が居るとは」

勇者「ほんと連れてって良かったよー、
   戦士居なかったら一度死んでるしー」

戦士「お前も殺される心配あるんだな」

勇者「そりゃ死ぬよー、あいつは別格だしねー」


勇者は足をばたつかせながら、ベッドに寝そべっている。
思えば、今まで勇者の普段の姿を見る事はなかった。
俺にとって優先すべき事しか見えていなかったからだが、
そういえば、俺にはひとつ知らない事がある。






戦士「勇者、そういえば、お前って、いくつなんだ?」

勇者「へ?」

盗賊「私は42ですね」

勇者「ああ、年?」

戦士「そう。ずいぶん、若いよな」

勇者「ふふーん。いくつだと思う?」

戦士「んー…26」

勇者「うそっ、そんなに大人に見える!?」

戦士「え?」

盗賊「肉体的には14くらいでしょうか」

勇者「殺すよ」

戦士「だって、王国軍の師団長だろ。
   それなりにキャリアを積まないと、
   そんな位置に居れないだろ」

勇者「うーん、僕は特別だから。
   僕はね、今年18だよー」


へ?


戦士「年下ァ!?」

勇者「戦士はいくつなの?」

戦士「俺、は、20、だけど…」

勇者「へー」

戦士「なんだよ」






勇者「実は知ってた」

戦士「………そうか。
   うちの町に居たんだもんな。
   編制の時に経歴くらい見るよな」

勇者「うんうん、18と20って、ぴったりだ」

戦士「なにがだよ」

勇者「なんでもないよー。
   盗賊、ココア淹れて。
   あまいやつ」

盗賊「はいはい」


戦士「まぁ、協力関係もこれで、終わりだな」

勇者「えー。僕、君を手放すつもりないよ」

戦士「これからも協力してやってもいいが、
   58連隊に正式に要請してくれ。
   あんまりきな臭い話は無しでな。
   ああ、王都に連れて行くって話、忘れてもらっちゃ困るが」

勇者「うーん、それは…うーん。
   お仕事の都合がつかないと、できないしぃ…」

戦士「仕事で都合つけてくれよ」

勇者「だからー、君には僕の後ろを守って欲しいんだってばー」

戦士「一人でどうにもならない時は呼んでくれ。
   色々教えてもらって助かったんだ。
   そのくらいはしてやる」

勇者「うーん、まぁ、それでも、いい…かぁ…」


ココアを嬉しそうに抱える。
怜悧な眼光はなりを潜め、
今の勇者は爛漫な少女そのものだ。

部屋着なんか清楚なチュニックである。
ブルーメタルの鎧と同じ、抜けるような空色。






勇者「ま、明日には王都に立とっか。
   君が王都で何をするのかは知らないけど、
   騒ぎは起こさないでね」

戦士「ああ。
   世話になるよ」

盗賊「王都で困った事があれば、私を訪ねてください。
   個人的に協力致しましょう」

勇者「あはは、こいつ昔は奴隷商の元締めだったから、
   王都には詳しいんだよー。
   今でも顔効くしねー」

戦士「極悪人じゃねぇかっ!!」

盗賊「なに、お勤めは果たしておりますから。
   体よくリクルートされた身ですが、
   もう悪さはしておりません」

戦士「第六師団ってのは、脛に傷持つ奴らばっかりなのか」

盗賊「それはもう。
   私など軽い方です」

戦士「…へぇー………」






塔の上から夜の王都を見渡すと、
質実剛健な国風がよく見て取れる。
都はみな寝静まっている。
魔法の王国では考えられない事だ。

…戦士との戦闘を思い返す。
あれだけの腕が辺境の町に埋もれていたとは俄に信じ難い。
才能あるとはいえ、あの武芸は、度が過ぎている。
魔力を持たず、駆使するのは己の身体と、大仰な武器のみ。
その武芸の冴えは疾風のごとき踏み込みから、
雷光のような突き、大気を切り裂くかのような薙ぎ払いを繰り出し、
瞬時に長柄を持ち替える事で遠近共に隙がない。
魔法と剣が使えると言っても、
あの嵐のようなハルバードの攻撃を相手に魔力が練れる人間は果たして居るのか。
高速詠唱には自信があった。
それでも、彼を相手にしては、全くと言っていいほど隙がなかったのだ。

賢者「…全く、あの子も化物だったけど、
   旦那は旦那でとんでもないわね」

彼の一足先に王都に着いた。
ここは騎士の国。
大陸最古の歴史を持つ軍事国家。

歴史のある国ほど闇が深い。
魔法の王国の兵力は10万。
対する中央王国は30万。
そして今もなお軍拡競争は続いている。

更に、勇者の存在。

彼女は単騎で1000の兵に匹敵するだろう。
雷雲さえあればどれだけ兵が居ても同じ事。
戦場で彼女を討ち取る状況が想像できない。

賢者「我が祖国も存亡の危機なのねー…。
   あの子、これを見越してたのかな」

戦争になれば勝敗は明白だ。
中央王国を相手に勝てる国はこの大陸にはない。

賢者「…行きますか。
   とにかく、勇者の事を調べないと」

夜の王都に身を躍らせる。
死神と呼ばれた、魔法学院の懐刀。

勇者の素性を知る者は居ない。
出身も、生年月日も。
いつどこで雷魔法を身につけたのか、
剣を修めたのか。
勇者と戦い、生き残っている者は知る限り、自身のみ。
…そして、魔法の王国に、勇者に対抗できる者も。

これは私にしかできない仕事。
戦士もわかっているだろう。


この道を往くのなら、
いつか、勇者と戦う日が来るという事を。




鉱山都市編、終わりです。
あと3回くらいです。

多数のレスありがとうございます。
励みになります。

よろしければお楽しみください。

あー
どっちのルートを選んでも結果は一緒だったんだよな?
勇者も賢者も魅力的だし
魔女には報われて欲しいし
なんだろうモヤモヤする

多数のレスありがとうございます。
励みになります。

>>138
仮に勇者の誘いを断っていた場合、
戦士を諦めきれない勇者が仕事を調整して、
魔法の王国についてきます。
道中執行部に襲われ鉱山都市に逃げ込むって感じです。
展開としては勇者の誘いに乗る方が自然です。

こんばんは。

前回が週1ペースだったので、
この際週1ペースにしようと思います。

はよ投下したかったんだよう。
我慢しきれんかった。

中央王国編は長いので前後編に区切ります。



***


死因は?

わからん。
突然死である事は間違いない。

魔法による他殺か、
自殺か?
他殺だとすれば、
魔法の王国の手の者だろうか…。

鑑識によると、魔力の残滓も、
毒物も検出されなかったようだ。
殺傷能力のある魔法の残滓なら、
霧散には少なくとも40時間はかかる、
という見解だ。

わからんぞ?
麻痺や精神操作なら、
卓越した者なら魔力量を少なくできる。

それでも10時間はかかるそうだ。
死斑の状態から死後12時間は経過していない。
部屋に荒らされた形跡もないし、
今のところ、心臓の病という可能性が最も高い。

可能性、ね。

他に証拠がないんだ。
暗殺だとしても、死因がわからなければ、
なんともならん。

捜査を続けよう。
上がこのままで治まるわけがない。

ああ。
…中央王国軍大将が不審死したとあってはな――――





火竜山脈の北、
大陸の中央に広がる魔の荒れ野と呼ばれる砂漠地帯の西。
かつてそこにひとつの王国があった。
国王は世襲だが、その血脈は治世に優れ、
代々名君を輩出しており、王家に暗君なしとまで称された。

ある時、王妃が双子を産んだ。
今より500年ほど前の事だ。
世継ぎとしない弟は忌み子とされ、ある高名な魔法使いに預けられた。
国王は慈悲深き名君だった。
間引くには、彼は優しすぎたのだ。

かの王家に暗君は産まれない。
兄は剣の道に秀で、勇猛なる指揮官に成長し、王国に栄華を齎した。
魔法使いに育てられた弟もまた、魔法百般を究め、
大陸一の魔法使いとなった。

双子が20になった時、流れ矢から副官を庇い深手を負った兄が、
ひと月の間生死の境を彷徨った。
国王は弟を世継ぎとしようと呼び戻した。



中央王国と魔法の王国の物語は、そこから始まる。






賢者「あとはお察しの通り」

戦士「兄貴が生き返ったんだな」

賢者「そうそう。納得いかない弟は王国北部の諸侯を抱き込んで、
   独立を宣言したのよ。
   なまじ2人とも名君の血を継いでいるだけに、
   王国は完全に分裂してしまったのね」

戦士「しかし意外だ。
   中央王国と魔法の王国が、かつてひとつの王国だったなんて」


中央王国は魔の荒れ野の西、大陸中原地方の、
火竜山脈の北部に位置する。
現在の国王は16代目。
中央王国国王は代々みなバリバリの武闘派で、
国王自ら軍事面の全てを掌握するのが特徴だ。

反面内政は宰相などに任されているが、
支配力はこれら文官層にも及んでおり、
国王自ら登用した肝いりの面々が名を連ねている。

連綿と紡がれる中央王国軍の歴史にはただ一度の敗走もなく、
15ある師団の中でも第1~第3師団は王国3師団と呼ばれ、
近衛師団と、騎兵師団・弓兵師団の主力部隊を3人の大将が率い、
その突破力たるや第2・第3師団のみで一国を滅ぼす事も可能だという。

騎兵戦力に優れる反面、
中央王国は国策として魔法排斥を推進しており、
魔術師ギルドもなく、宮廷魔術師も居ない。
神以外の超自然的存在を否定し、理性、倫理、正義を信奉する、
神教の教えに則った騎士道の国といえる。
規制などは行っていないため、
魔法使いの存在は違法ではないが、
国風ゆえか魔法はあくまで占術の範疇に留まる。
個人経営の魔法屋が細々と営業を行っているのみだ。

しかし決して魔法を軽視しているわけではなく、
魔力灯など最低限の日用品は流通しているし、
魔力を人ならざる物質として研究する機関、
王立魔法研究所という施設も存在する。
あくまで魔力エネルギーの解明を目指しているそうで、
れっきとした化学研究所だそうだ。
魔法戦力を保有しない中央王国軍が長らく大陸最強を誇れる点では、
それなりに成果を発揮しているといえるのだろう。






賢者「最近は王都で勇者が大人気なのよ」

戦士「ああ、肖像画から子供向けの勇者グッズまで、
   店先に並んでない事が全くないな。
   意外だよ。
   表立った存在ではないと思ってたけど」

賢者「知ってるでしょ、雷を纏いし英雄のお伽話」

戦士「西方より来たりし英雄、
   東方より来たりし魔族の王を討ち滅ぼす、
   ってヤツなぁ」

賢者「まぁ雷魔法が使えるんだから、
   英雄の生まれ変わりというのも信じてしまうけど…。
   アイツは救国の英雄って感じじゃないわね。
   1年半前に突然王国軍に現れて、
   我は神託を受けし者、共に魔物を討ち滅ぼせ、の呼びかけで、
   どんどん軍拡が進んじゃって。
   今じゃ50万の大軍勢よ、中央王国軍は」

戦士「…なんだこれ」

賢者「んー?ああ、蓄音水晶ね」

戦士「…勇者って書いてある」

賢者「歌手もしてるのよアイツ。
   言っとくけど聴けたもんじゃないわよ。
   譜面はなぞれてるけど声も震えてるし抑揚もないし」

戦士「…聴く気ねーけどよ」

賢者「あら、売れてるのよ?」

戦士「この世の終わりを見た」






賢者「どこに寝泊まりしてるの?」

戦士「元上司の実家が王都にあってな、
   そこに逗留させてもらってる」

賢者「そ。なら良かった」

戦士「お前はどこに泊まってんだ?」

賢者「うふふ、女の部屋を知ろうっていうの?」

戦士「バーカ」

賢者「じゃ、私はお仕事あるから。
   また夜に会いましょ。
   あんたはどうするの?」

戦士「ああ。その辺をうろついてみるよ」

賢者「油断しちゃ駄目よ」

戦士「了解。
   お前も気をつけてな」






私が王都に来たのは7日前。
王都は賑々しく、都民はみな国を愛し、
我こそ国のためならんと自己研鑚を欠かさない。
この国では行動力が愛される。
時間をかけたより良い結論より、直感をこそ重要視する。
まるで常に戦をしているかのよう。
その価値観は戦いに生きる者として共感すべき処はあるが、
思慮深きこそ美徳とされる私の母国とは決して相容れない。

思考より行動。
知力より腕力。
理性より野性。
そこには一定の美学があり、
決して愚者の国ではない。

それは失敗の可能性を肯定した国風であり、
案ずるより産むが易しとでも言うのか、
その国風は、失敗を恐れ動かぬより動いて失敗しろ、
あとでやり直せばいい、と端的に言い表す事ができる。

それは必ずしも失敗を恐れぬ事に繋がらない。
なぜならその教えは、
中央王国の豊かさに裏打ちされたものだからだ。
国が豊かであるゆえに、人はみな分の悪い賭けに乗れるのだ。

この国は居心地が悪い。
戦う道を選んだといっても、
私はあくまで魔法使いだ。
この国で魔法使いを名乗る事は、
嘲笑を甘んじて受ける事に他ならない。
ただ意見を同じとしてしまう自分にも気付かされる。
この国の豊かさを目にすると、
魔法の王国は知性豊かな愚者の国であるという事実を、
まざまざと見せつけられているような気にさえなってしまうから。






見習「姐さん、帰ってますか?」

賢者「居るわよ。
   どうなの?」

見習「やっぱ俺一人じゃ限界ありますよ。
   ある程度はわかりましたけど。
   どうやら死んだのは、近衛師団長の大将さんです」

賢者「死因は?」

見習「暗殺とか病死とか言われてますが、
   はっきりしませんね」

賢者「…ふーん。
   ここ数年私達の目の届かないところで何をやってたのかしら」

見習「死体発見は昨日の朝です。
   一昨日の夜、王立魔法研究所に出向いてますね。
   部下も連れずに何してたんだろ」

賢者「死んだ大将に持病は?」

見習「特にありませんね。
   健康なもんです。
   もう爺さんなのに、毎朝棒振りしてました」

賢者「突然死といえば心臓か脳だけど」

見習「解剖の結果脳にも損傷はありませんでした。
   突然心臓が動きを止めたって感じだそうです」

賢者「心臓に麻痺魔法を使うって手もあるけど、
   その言い方ならきっと、残留魔力も検出されてないわね」






賢者「だいたい私たちのお仕事なら、
   死体は残さないわ」

見習「もし他殺だとしたら卓越した暗殺技術を持った素人、
   という事になります。
   突然死、だと思うんですが…」

賢者「それにしては他殺の可能性を大きくしているわね?」

見習「うーん」

賢者「なによ」

見習「いえ、俺なりの推理もありますが、
   姐さんに聞かせるような内容じゃないです」

賢者「いいわよ。言ってみなさい」

見習「………うーん」

賢者「怒るわよ」

見習「2年くらい前ですが、魔研に新しく認可が降りてるんですよ」

賢者「それがどうかしたの?」

見習「その認可っていうのが、自動人形の研究です。
   人形というか、自動機械ですね」

賢者「…なんで魔研がそんなもの研究するのかしら」

見習「あと、鉱山都市に同調する立場を取る事と引き換えに、
   採掘ドリルをひとつ研究用に借り入れています。
   魔法石はありませんが」

賢者「……………」

見習「もしかして、なんですけどね」

賢者「なんとなくわかったわ」






見習「その認可が降りたのが、
   王室の魔研への査察の後です。
   なんかプレゼンしたんでしょうね。
   査察に来たのは国王やら宰相やら、
   お偉いさんばっかりです。
   当然近衛師団長も居ました」

賢者「…うふふ。
   いい度胸じゃない。
   あんたの考えが正しいなら、
   魔法への冒涜だわ」


中央王国は魔法技術に対し否定的な文化を続けてきたが、
表立って魔法排斥を謳うようになったのは、
今から2年前の事だ。
例の魔力炉保有問題に対し鉱山都市を支援する姿勢を見せた、
その数カ月後。

魔力とは未だ解明されていない力だ。
個々の肉体に宿りし、正体不明の意思の力。
研究は進んでいるが、魔法学院は魔力の解明には消極的で、
どちらかと言えば魔力を純粋なエネルギー資源として捉えているのは、
中央王国の方だと言える。


見習「魔力がどういった力なのか解明しようとする研究は、
   長らく鬼門とされていましたが、
   そこに一石を投じる魔法使いが現れました」

賢者「…あの子ね」

見習「魔法を使わなければ他に動力と言えるものは、
   ゼンマイバネくらいのものです。
   それじゃあとても力不足だ。
   しかし魔力を用いれば鉱山都市で数多く実用化されている、
   採掘機械たちを動かす事ができる。
   これは文明レベルの崩壊です。
   魔法の王国とてただ動かぬわけはありません。
   いずれ魔女も捕らわれるかもしれませんし、
   長い時間をかければ魔力炉も解析できるでしょう」





賢者「何百年かかるのやら」

見習「中央王国はきっとこう思ったはずです。
   魔女が現れなくともその数百年が過ぎれば、文明は必ず魔力に依存する」

賢者「…でも、中央王国は魔法に頼らない。
   ならいっそ、魔力に代わる新たなエネルギーを求めるべきだ」

見習「そうです。この予想が当たれば、
   魔研は恐らく次世代エネルギーの研究を進めています。
   それも、発見の見込みがあるために、認可が降りたのです」


賢者「悪くない読みよ、それ。
   合格点をあげるわ」

見習「え、あ、はい。
   ありがとうございます」

賢者「でもそれが、なぜ近衛師団長殺害に繋がるわけ?」

見習「…それがですね、確かではないのですが」

賢者「うんうん」

見習「魔女が魔研に協力していた、という噂があるのです」

賢者「………ありえないわ。
   中央王国はあの子の身柄を押さえたがってるんだから。
   一度でも協力していたら、
   二度とあの子を手放すわけはない」

見習「しかし、そういった噂があるんです。
   …それに繋がるのが、近衛師団長だったんです。
   魔研への認可は近衛師団長のゴリ押しで決まったとか」

賢者「つまりあんたはこう言いたいのね。
   魔研の研究内容を調べれば、
   近衛師団長殺害と、魔女に行き当たる、って」

見習「その通りです。
   …肝心の勇者の出自に関しては、
   さっぱり闇の中です。
   しかし手がかりはあります。
   勇者の子飼いになっている盗賊という男が居ます。
   この男なら、なにか知っているかと」

賢者「んー、そういうのはナシ」

見習「…なぜです?
   この男を攫えば…」

賢者「嫌われちゃうから」

見習「え?なんです?」

賢者「なんでもないわ。
   ほら行って行って。
   新しい話見つけるまで、帰ってこなくていいわよ」

見習「えっそんな。勘弁してください」






日が落ちてきた。
秋の暮れ、日没は日に日に早くなる。
まるで手桶を井戸に落とすように。

部屋はやがて暗くなる。
…魔力灯が点かない。
魔法とは鏡だ。
こういう時魔力灯が光を発しないという事は、
私はきっと暗い部屋のままがいい、と思っているから。
だとすれば自らに逆らうのは得策じゃない。
部屋が暗いからなんだというのだ。
私は魔法使いで、暗殺者で、諜報員。
ほら、暗い部屋がよく似合う。

指先に魔力を集め、柔らかな光を灯す。
やはり魔力とは便利なものだ。
その有用性を実感したからと言って、
これまでさんざん遠ざけておきながら、
今更焦って研究をすすめるなんて。
随分虫のいい話だと思うのだが―――


魔女『お帰り、賢者』

賢者『………なに?その透明な筒』

魔女『私が作ったんだ。樹脂と名付けた』

賢者『…硝子じゃないの?』

魔女『強度は硝子に劣るが、弾性に優れるんだ。
   見てくれ』

賢者『なに?………臭っ!!!
   なんなの、その粉!!!』

魔女『生石灰と蒸し焼きにした石炭を混ぜたものを、
   ある一定の方法で化学反応を起こさせたものだ。
   これは水と反応してガスを発生させる特性を持つ』






賢者『部屋でなにしてんのよ』

魔女『そのガスと酸素を混ぜ、火をつけるんだ』

賢者『火なんて魔法で出せば…』


賢者『………けほっ、けほっ』

魔女『驚いただろう?
   このガスは一定の混合比で酸素と混ぜると完全燃焼して、
   4000度もの温度で燃え上がるんだ』

賢者『………びっくり、した、けど。
   こんな回りくどいやり方…』

魔女『君は4000度の炎を出せる?』

賢者『…出せ、ない。
   せいぜい2000度くらい』

魔女『ふふ、それは君が2000度の炎しか知らないからだよ』

賢者『なにが言いたいのよ』

魔女『我々魔法使いは魔力を用いて魔法を使うが、
   その結果というのは魔法使いであるよりも、
   人間の想像したものに過ぎないんだ』

賢者『2000度で燃える炎しか知らないから、
   その温度の炎しか作れないってんでしょ。
   それ以上の温度の炎なんてないもの』

魔女『しかし私は今、4000度の炎を作ってみせた』

賢者『…凄いわね。
   でも魔法じゃないわ』

魔女『そうじゃないんだ。
   つまり我々魔法使いは、人の想像するものしか作れないんだよ』






魔女『我々は人を越えし者だと導士たちは言う。
   しかし本当は、現在の文明レベルの後追いをしているに過ぎない』

賢者『だからなにが言いたいのよ、結局』

魔女『いずれこの4000度の炎も、当たり前に作られる日が来るんだ。
   その時、我々もまた変わらねばならない』

賢者『……………』

魔女『私は、4000度を越える炎を魔法で作り出す事ができる。
   その炎を知ったから』

賢者『……ほんとに?』

魔女『うむ。導士たちの言う通り、
   この手法は我々にしか用いる事ができない。
   面倒な化学反応や合成の手順をすっ飛ばして、
   我々は魔力のみで炎を作り出す事ができる。
   魔力とは意思の力だ。
   意思の力とは、イマジネーションこそ重要なんだ。
   我々魔法使いの進化は結果を知る事から始まる。
   結果ありきでそこから戻る事こそ魔法なんだよ』


…その後、あの子は本当に、白色の炎を生み出して見せた。
私は結局できなかったけど、
白色の炎は石や金属を容易く溶かし、
大気をあっという間に膨張させた。

あの子はきっと、私達とは見ているものから根本的に異なったのだ。
私には「あせちれん」とかいうガスを作り出す事はできないし、
魔力炉だってさっぱり意味がわからない。
私はいつだってあの子の味方だったけど、
結局海千山千の魔法使いの一人に過ぎなかった。
あの子に色々教えてもらって、学院の進歩の無さはわかった。
けど、価値観は結局、魔法使いのままだったのだ。

何度かそれで喧嘩した。
あの子の才能と努力に嫉妬する事もあった。
けど私はあの子の事が好きだったし、
あの子も私が好きだった。

あの子がどんな子だろうと、結局親友のままでいれたのは、
あの子がとても優しくて、夢見がちで、一生懸命だったから。
そして私もまた、あの子の一番の理解者足り得たからなんだろう。






戦士「おせーぞ」

賢者「あら、時間通りのはずよ」


賢者の指定した場所は繁華街にある、酒場の2階。
シェードカーテンで仕切られている、
少し落ち着いた感じのところ。
男女の密会にはなかなか趣きのあるシチュエーションといえるが、
俺は男やもめだし相手は暗殺者であるがゆえ、
背にじっとりとした汗をかいてしまうのも仕方ない。


戦士「…そーだな。
   軍は時間前行動が基本だから」

賢者「軍は女性に人気のある職業と聞いたけど、
   あんたを見てるとそうでもなさそうね」

戦士「しかも男やもめには蛆が湧くってんだから損だよなぁ」


俺が王都に到着したのは昨日の朝。
勇者と盗賊と別れ、兵長の実家に挨拶に行ったところ、
昔少しだけ会った事を覚えていてくれたのか、
宿を取るならうちに泊まりなさい、と強く誘われ断りきれず、
結局そのまま逗留する事になった。

今日街を歩いているところを賢者に声をかけられたのだが、
見られてるってのは気分のいいものじゃない。


戦士「なんか調べてんのか?」

賢者「ちょっとね。
   このままだと戦争になりそう」

戦士「ああ、勇者が言ってた。
   中央王国は今戦支度をしてるそうだ。
   口実は知らねーけどな」

賢者「なんにせよそうなればウチに勝ち目はないから、
   なんとか戦争を避ける方法を思案中な訳。
   と、言うよりも…」

戦士「言うよりも?」

賢者「戦力はもう、どうしようもないからさぁ…。
   ああ、あんたには関係ないわ。
   お仕事の話はしない方がいいわね」






賢者「ほら、出して」

戦士「何を?」

賢者「ホロスコープよ。
   本題はそこでしょ」

戦士「ホロスコープって…ああ。これか」

賢者「そうそう。
   これ、占星術で使うヤツなのよ。
   天球図って言ってね、まぁ説明は省くわ。
   でもホロスコープは基本的に平面だから、
   いちいちドームにする必要ないのね」

戦士「うんうん」

賢者「あの子はライブラだから、支配星は金星ね」

戦士「なんか言ってたよ。
   私の星が見えないとかなんとか」

賢者「だと思うわ。金星じゃなんのメッセージにもならないから。
   んで、出生時の天体が基本になるから…えーとね。
   その辺はもうできてるからー」

戦士「わけわかんねー…」

賢者「つまりこの場合、デセンダントは出生時の西の天体になるのね。
   生まれた時に沈んでいくわけだから、本人に足りないものを意味するの。
   アセンダントは東の天体で、本人の本質を示しているわ。
   天頂は……」






賢者「わかった?」

戦士「ぜんぜん」

賢者「…まぁいいわ。
   で、ドーム状になっているところだけど、
   これは恐らくあんたのところね。
   あんたの星座、牡羊座でしょ?」

戦士「そうだな」

賢者「これは平面があの子のホロスコープで、
   それに針金細工であんたのホロスコープが被ってるわけ。
   天頂は最終到達地点を指すんだけど、
   あんたの天頂が金星になるの、わかる?」

戦士「南側を見るんだろ?」

賢者「そうなんだけど、でも金星がないんでしょ?
   この場合は星座で見るのね。
   となるとアクエリアスになるのよ」

戦士「よくわかんねぇよ」

賢者「天頂のアクエリアスは、独立性、革新性、論理性の3つを示すのね。
   これ、何を示してると思う?」

戦士「…国か?」

賢者「よくできました。
   独立性は中央王国、革新性は鉱山都市、論理性は魔法の王国ね」

戦士「えーつまり?」

賢者「3つの国の真ん中にはなにがあるでしょう」

戦士「あー。やっとわかった」



火竜山脈だ。
そのどこかに、研究室がある。






賢者「ま、あとちょっとしたメッセージもあるみたいね」

戦士「火竜山脈とだけ言われてもなぁ」

賢者「相性占いしてあげる。
   …詳しい事は省くけど、いいみたいよ」

戦士「そっか。良かった」

賢者「そんで、相性占いにも金星は重要なのね」

戦士「もうなにがなにやら」

賢者「お互いの度数が3度以下なの。
   これは結構珍しいの。
   運命の相手と言ってもいいわ。
   ほら、赤丸打ってあるでしょ」

戦士「……おう」

賢者「愛されてるわね」

戦士「……………そうだな」

賢者「まぁそれは置いておいて、
   火竜山脈のどこにあるかなんだけどー。
   火星と火の星座が被ってて、
   それが東の方角にあるって事は、
   多分東側にあるんじゃないかなー」

戦士「よくわかんねーけど、東側だな」

賢者「東側には確か火竜の巣穴があったわよね。
   その近くで、ひと目に触れないところを探せば?
   限られてくるだろうし」

戦士「…おう。ほんとに世話になるな」

賢者「いいわよこのくらい。
   あの子の頼みだしね」






賢者「いつ立つの?」

戦士「しばらく王都に居るよ。
   中央王国で何をすればいいのか、
   まだわかってないし」

賢者「そ。
   私もしばらく居るけど、
   あまり夜出歩かないほうが良いわよ。
   明日には魔法の都から執行部が何人か来るはずだから」

戦士「きな臭い事してんなぁ」

賢者「…あんたはさ」

戦士「ん?」

賢者「………なぜ、強くなったの」

戦士「さぁ、わからん。
   俺は強いとは思ってないが、
   気付いたらこうなってたよ」

賢者「うふふ、嘘つきね。
   それは男の嘘とは言わないわ」

戦士「なんだよ、男の嘘って」

賢者「男の嘘はなにかを守るためにつくものよ。
   秘密を纏えるのは女だけ」

戦士「…別に、守るもんなんて、ねぇから」

賢者「ねぇ、聞かせてよ」

戦士「何を」

賢者「愛する人が殺される瞬間を目の当たりにして、
   なにもできずにいる気持ちを」

戦士「……………」






―――ぁ……ぁ…………

―――戦士!!逃げろ!!!!

―――待っ……っ

―――うおおおおお!!!!!!


―――ぐす…っ、ひ……ぅ

―――……………おじさん…

―――ゃだ………ゃだよぅ……


戦士「……………」

賢者「ねぇ」


―――お父さん……っ!!!


戦士「………そんなはずは、ない」

賢者「戦士」

戦士「……名を呼ばれるのは、初めてだな」

賢者「あんたのせいじゃないのよ」

戦士「…弱いのが、悪いんだろ」

賢者「間違ってるわ。
   あんたは、あの子の後を追って、何をするつもりなの?」






賢者が"あの子"と呼ぶのは、魔女の事だけだ。
恐らくは、魔女の魔法使いとしての部分を、
最も良く理解する存在。

………魔女を理解する彼女なら。

………俺の考えも、理解してしまうのかもしれない。


戦士「特に考えてねぇよ。
   死に際の願いくらい、叶えてやりたいだけだ」

賢者「あの子は言ったわ。
   身の危険を感じたら、
   いつでも降りていいって」

戦士「今のところは大丈夫と踏んでる」

賢者「………そんなはずないわ」

戦士「…」

賢者「きっとあの子は、あんたに死んでほしくない、と言ったんでしょう?」


あー、ちくしょ。

やっぱ、隠し通せない。


賢者「あんた、もしかして。
   このまま最後まで、
   あの子の後を追うつもりじゃないでしょうね」






戦士「もちろん最後まで追う。
   全部終わったら故郷に戻って、
   あいつの事でも思い出しながら暮らすさ」

賢者「………そう。
   私はあの子にあんたの事、頼まれてんのよ。
   …だから私は、あんたの味方よ」

戦士「…そうか。助かる」

賢者「私は知ってる。
   あの子があんたに夢を託した事と、
   それをとても辛そうにしていた事。
   今なら、その理由がわかるわ」

戦士「大丈夫だよ。
   俺は、死なない」

賢者「そ。
   ならそうして。
   あんたに死なれちゃあの子に怒られちゃうの」

戦士「とにかく、今日は帰って寝るよ。
   ホロスコープの謎が解けたのはでかい。
   ありがとう」

賢者「どういたしまして。
   まっすぐ帰るのよ」

戦士「はいはい」






帰り道、ふと空を見上げると、
降り注ぐような満天の星空だった。
星空が瞬く度に目を奪われる。
身体ごと、彼方まで誘われているようで、
あの空の彼方まで飛んでいければ、
彼女にまた会えるような気さえした。

彼女の愛した満天の星空。
あの星降る夜に誓い合った未来には、
まだ俺は辿り着けない。
この空は彼女の心で、
瞬く星々は彼女の祈りだ。
その瞬きのひとつひとつが、
俺の心に語りかけてくる、彼女の意思の力。

全て終われば、
彼女にまた会える気がするから、
俺はまだ歩き続けよう。

彼女の残り香を探すように、

…彼女を忘れないために。






兵長「ああ、帰ったのか」

戦士「あれ。なんでここに」

兵長「帰省してはいかんか?
   …というのは嘘だが、
   王都に少し用があってな。
   お前が逗留していると聞いた時は驚いたぞ」

戦士「いえ、お会いできて嬉しいです。
   お久しぶりです。
   ………師匠」

兵長「はは、お前が発ってからそれほど日は経っていないがな。
   毎日と顔を合わせていたから、
   久しく思うのも無理はないが」

戦士「町はどうです?
   復興は進んでいますか?」

兵長「ああ、軍からの支援で順調に進んでいるよ。
   防壁の修復には時間がかかりそうだが、
   その分兵の数も増えたからな。
   目処が立ったんで、王都での用を済まそうと、帰ってきたわけだ」

戦士「そうですか。
   本当は俺も手伝うべきですが…」

兵長「気にするな。
   最近は魔物どももなりを潜めているし、
   お前が居なくともなんとかなる」

戦士「申し訳ありません。
   兵長の用とはなんです?」

兵長「ああ、いや。
   …お前には話しておこうか。

   実はここに戻るつもりなんだ」





戦士「ここに、とは。
   王都に?」

兵長「ああ。
   色々思うところあって」

戦士「そうですか。
   …故郷が一気に心配になる瞬間ですね、はは」

兵長「軍から一人尉官が派遣されるはずだ。
   …きっと、あの町での俺の役目も終わりなんだ」

戦士「俺には止める権利はありませんからね。
   寂しくなりますが、兵長の思うように」

兵長「ああ。お前にはよく戦ってもらったが…。
   …懐かしいな。お前が震える手で木剣を…」

戦士「はは。昨日の事のようです」

兵長「湿っぽくなりそうだ、もう寝るとしよう。
   明日時間はあるか?
   久しぶりに酒でもどうだ」

戦士「ええ、お付き合いします。
   ぜひそうさせてください」






…今度は誰が?

宰相殿です。
発見は今朝。
以前と同じで、外傷も魔力の残滓もありません。
薄い痣があるだけです。

…信じるか?
国の重鎮が2人続けて、心臓の病で亡くなるとは。

信じられません。
これは明らかに殺人のはずです。
ですが…。

殺害方法がわからんのでは…な。
死後何時間くらいだ?

死斑は現れていません。
5時間程度と考えられます。

さっぱりわからん。
…とにかく解剖に回してもらおう。
死因の解明が先決だ。

ばれませんかね?

背中側からサバけばいい。
バレたら騒がれるだろうが、
必要な事だ。
仕方ない。

わかりました。
では、そのように。





戦士「では、佐官に?」

兵長「ああ」


朝、兵長に久方ぶりの稽古をつけてもらった。
俺はずっと父に剣を習っていたのだが、
その父は16の時、魔物との戦闘で命を落とした。
母は俺を産んだ時森の瘴気に当てられ死んでしまっていて、
俺の家族は父だけだった。
まるで世界の終わりにも思えたが、
彼は涙を堪える俺の肩を支え、こう言った。

君の世界はまだ続く。
希望を捨てず戦え、と。

俺の剣は父に習った。
兵長は父の後を継いでくれた。
16の俺から見て兵長は強く、
そして誰よりも優しかった。
彼は父と並ぶ人生の師だった。

最初は10本に1本も取れなかったが、
やがてそれは5本に1本、
3本に1本になり、
俺が18の頃互角になり、
いつしか逆転しても、
彼は俺の良き師であり続けた。


兵長「王城に勤めれば佐官に昇進できるそうだ。
   勇者殿の口利きだよ」

戦士「…そうですか。
   俺はいずれ町に戻ろうと思っていましたが」

兵長「お前から見て俺の母親はどうだ?」

戦士「…溌剌としていて、良いご母堂だと思います。
   いつも師匠の事を案じているのだろうと感じました」

兵長「あれで、最近、どこか悪いらしい。
   だから一人にはしておけないんだ」

戦士「……………」






兵長「実は俺にはかみさんが居たんだよ」

戦士「知ってますよ。
   結婚を機にうちの町に来たんでしょう」

兵長「3年しか夫婦で居れなかった。
   あいつの愛した町を守る事に人生を捧げようと思ったが…」

戦士「………」

兵長「王国軍は精強だ。
   士気は高く、装備も強い。
   きっとあの町はもう、大丈夫だ。
   俺の役目は終わりなんだ」


剣を合わせて感じた。
兵長の兵士としての肉体は衰え始めている。
顔には年輪を重ねた男の苦悩が刻まれ、
剣を握る手には力がなく、
幾度もその剣は弾かれた。


戦士「さよならは言いませんよ。
   また会いに来ますから」

兵長「ああ、ぜひそうしてくれ。
   …いてて、本当に強くなったな。
   もうとても敵わんよ」

戦士「…そういえば、気になっていたんですが」

兵長「どうした?」

戦士「今日の兵長は右への反応が遅れますね。
   いや、反応は同じくらいなんですが、
   多少、右は受けにくそうにする。
   利き手は右手なのに」





兵長「ははは。
   見破られていたのか」

戦士「何年剣を合わせてきたと思ってるんですか、はは」

兵長「いや、克服したつもりだったんだがなぁ。
   身体の衰えと共に、また顔を出してきたようだ。
   右半身に古傷があるんだ。
   それが理由だ」

戦士「古傷?」


兵長が服を脱ぐと、まるで刺青のような傷跡が現れた。
傷跡は肩口からシダの葉のように広がり、
脇腹で消えていた。
…どこかで見たような傷。
あれはどこだったか。


戦士「…その傷は……」

兵長「不思議な傷だろう?
   右への反応が遅れる理由だ。
   どうしても右半身とのバランスが悪くてな」

戦士「痛むんですか?」

兵長「日常生活を送るには、全く問題のない傷だ。
   痛む事もないし引きつる事もない。
   だが思ったより深い場所にダメージがあるらしい」

戦士「…それ、…なんの」

兵長「なんだ。最近も見ただろう」

戦士「あ………」


あれは。


―――グオオオオオオオオオ!!!!!


眼球を焼くような閃光。
鼓膜が引き裂かれるような雷鳴と、
爆発的な熱い空気の奔流。

デーモンは容易く片膝をつき、
全身に、

樹にも似た幾何学的な熱傷が光を――――






兵長「昔、雷に打たれた事があるんだ」

戦士「…それは、雷の傷、ですか」

兵長「ああ。
   まだお前の町に居なかった頃、俺は雨の戦場で、
   肩に背負った槍に雷を受けたんだ。
   今でもよく憶えてる。
   砂埃が舞い上がり、
   薪の弾けるような音がして、
   肌を刺す青い光が見えた。
   閃光が走ったかと思えばとんでもない音がして、
   気付いた時には介抱されていたよ」


―――聞け!!!!武器を捨てろ!!!!


戦士「だから、あの時」

兵長「忘れもしない、雷の予兆だった。
   生きた心地がしなかったよ。
   人生で二度雷に打たれるのかと」

戦士「はは。
   それで右への反応が遅れるんですか」

兵長「そうなんだよ。全く問題を感じないんだが、
   右半身だけ、少し鈍ったような感覚なんだ。
   医者が言うには後遺症とはそういうもんだそうだ」

戦士「…よく、生きていたものです」

兵長「雷が心臓を通っていれば即死だったそうだ。
   俺は運がいいな」

戦士「……………勇者も」

兵長「む」






戦士「勇者の雷魔法を受けても、そうなるのでしょうか」


あの時、確かに聞いていた。
勇者は心臓を狙っていると。


兵長「当然そうなるのだろうな。
   勇者殿の魔法が、雷を喚ぶものだとすれば、
   それが心臓を駆け抜ければ、生きていられる生物は居ない」

戦士「…そんな、力」


人が手にしていいものじゃない、と、
口にしかけて、どうしても声にならなかった。
事実として雷魔法は存在し、
その力を振るう人間もまた存在する。
力は振るわれるためにある。
その矛先が自分や、目に映る人々に向けられる可能性は、
例えどれだけ低いものでも、無視できるものではない。


兵長「………何を考えているかは知らんが、
   それはきっと、お前が思い悩む事ではないよ」

戦士「そうですか。
   …そうですよね。
   すみません」

兵長「勇者殿の力は凄まじい。
   あの力はきっと選ばれたものだと思う」

戦士「…そうですね」

兵長「だがな、戦士。
   俺はお前が勇者殿より劣っているとは思っていないぞ」






戦士「…へ?」

兵長「俺だって劣っているつもりはない。
   本当は誰だってそうなんだ」

戦士「よく、わかりません」

兵長「なに、お前はお前にできる事をやればいいんだ。
   お前が思い悩んで、できる事を為したならば、
   それはきっとお前にしかできない事なんだ」

戦士「………俺の、選択ですか」

兵長「勇者殿があの力でなにをするのかは、
   俺達には及びもつかんことなんだろうが。
   だが、本来それはあまり、関係のない事なのだろうな」





兵長「そろそろ俺は行くよ。
   王城に用があるんだ」

戦士「ええ。
   立派な少佐になってください」

兵長「じゃあな。
   今晩の酒の約束を忘れるなよ」


兵長は俺にとって、
剣の、そして人生の師だ。
旅路が別れてもそれは変わらない。
本当は別れなどないんだ。

人生とは別れの連続だ。
だが、どこにいようと、
心だけは揺らがない。






兵長「58連隊所属中尉、兵長と申します。
   勇者中将にお目通りを」

兵士「確認致します。
   少しお待ちください」


母が倒れたと聞いたのは1週前。
結局軽い過労という事で大事には至らなかったが、
数年振りに会う母は随分と小さく見えた。

亡き妻にこだわり辺境の町に住み続けた。
それを後悔した日はないが、
この時ばかりは後悔しなかった自分を責めた。
良い機会だと思い王都に戻る決心をしたが、
町に残す事になる、息子同然の男にひと目会いたかった事も事実だ。

偶然とはいえ、それが叶ってよかった。


兵長「…はは。
   あいつも、随分と強くなった。
   いつまでも小僧だと思っていれば…」


戦士には剣に関して、天賦の煌めきを感じた。
いずれ大陸一の剣士になってくれればと思っていたのに、
ある時突然、大仰な斧槍を持ち出し、
自分の得物はこれにする、と言い出した。

あいつが腕を磨くのは魔物を狩るためだ。
魔物の体格に合わせた武器を選ぶのも自然な事だろう。
しかし戦士の天賦の才は、本来一騎打ちには向かぬ斧槍を用いても、
立ち合いで敗北を知る事はなかった。
師として鼻が高いが、
同時に寂しくもある。
もはや自分が相手では戦士にとって鍛錬にすらならないのだから。

今夜がいい酒になればいい。
あいつも辛い思いをしてきただろう。
剣の師は失格でも、
人生の導き手くらいにはなれるといい。






憲兵「兵長殿ですね。
   辺境の町の、元衛兵長」

兵長「そうですが、何か…」


声をかけてきたのは、白い軍服姿の男だ。
他と違う、秩序を顕す白い軍服。
その白は警察権を示す。
軍隊内部の秩序と規律を守るための。


兵長「軍警察が、何の御用でしょうか」

憲兵「誤解なさらぬようお願いします。
   ただ、少し意見を頂きたいのです」

兵長「はあ。
   しがない辺境の町の衛兵がお役に立てれば良いのだが」

憲兵「兵長殿は、
   辺境の町でデーモン種と戦ったと聞きます」

兵長「………いかにも、戦いました。
   私が直接ではないにしろ、
   我々はデーモンと戦い敗れ、
   勇者殿に助けられた」

憲兵「その経験でお答えください。
   デーモン種は、自らの魔力を隠せますか?」






兵長「仰られている事の意味がわかりかねますな。
   私は魔法に関して門外漢も甚だしい」

憲兵「…では、デーモン種は自らの魔力を隠そうとすると思いますか?」

兵長「まず隠さんでしょう。
   確かに強大な魔力を感じたが、
   むしろ力を誇示する事を好むと思います」

憲兵「そうですか………」

兵長「何を悩まれているのかわかりませんが、
   魔力が検出されんのなら、それは魔法ではないのでは」

憲兵「ええ、ええ。そうなのですが」

兵長「私ではやはりお役に立てません。
   学院出身の者を探した方がいい」

憲兵「…しかし…魔法としか思えん事件なのです。
   肩口に微かな火傷があるのみで…」

兵長「私に漏らすとあとで叱られますぞ」

憲兵「ああ、いえ。
   どうか忘れてください。
   ………勇者殿に確認が取れたようです」

兵長「そうですか。
   お役に立てず申し訳ない」

憲兵「いえ。突然失礼致しました」






勇者「兵長殿か。
   お早いお着きだ」

兵長「推薦状、感謝致す。
   本来上官である貴女には礼を尽くすべきだが…」

勇者「気にせずともいい。
   私の指揮下の者という訳でもないしな」

兵長「これからは王城勤めだ、そういう訳にもいくまい。
   共に仕事をする事があればその時は上官として礼を尽くそう」

勇者「戦士殿には会えたか?」

兵長「ああ、彼は今、私の母の暮らす家に逗留している。
   どうも彼が世話になったようだ。
   私は彼の親代わりのようなものでね、
   代わって礼を言おう」

勇者「そうか。なによりだ」

兵長「ところで王城でなにか起こっているのか?」

勇者「…なにか、とは?」

兵長「先程軍警察に声をかけられてね。
   随分と困っている様子だった」

勇者「……………。
   残念ながら、軍警察の任務については、極秘が原則だ。
   当然私も知る事はない」

兵長「魔法がどうとか言っておりましたな。
   あと火傷とか。
   私も無関係とはいくまいが、
   そういう事なら仕方ない」






勇者「………いや、やはり貴公には話しておこうか」

兵長「あまりいい話ではなさそうだが、はは」

勇者「ここ7日間の話だ。
   近衛師団長と、宰相の2人が、ここ王城で身罷られた」

兵長「………死因は?」

勇者「外傷も魔力の残滓もなしだ。
   部屋に争った形跡もなし。
   突然死んだとしか説明がつかぬ」

兵長「それは。謎としか言いようがない」

勇者「ああ、実は外傷はあるのだ」

兵長「ほう。どんな?」



勇者「左肩と脇腹に火傷のような跡がな。
   加えて、それを繋ぐように薄く、
   樹のような痣が」





兵長「!!!!!!」

勇者「顔色が変わったぞ。
   どうした、兵長」

兵長「…それは。
   雷の跡だ」

勇者「凄いね。君にはわかるんだ」


勇者の姿が歪んで見える。
そもそも、この女性は、どのような印象だったか。
怜悧な眼光。
感情の乗らぬ声。
そして圧倒的な力。

とても味方にはなり得ぬような。


勇者「剣、抜くんだね。
   王城で剣を抜いちゃ、大問題だよ」

兵長「貴様は………、
   何を考えてる…?」

勇者「そっちこそ何を考えてるの?
   早く逃げ出すべきじゃない?」

兵長「何を馬鹿な。
   貴様が俺の考えている通りの人間なら、
   ここで討ち取られるべきだ」

勇者「…ふーん。
   じゃ代わりに僕が言おう。
   僕が実は近衛師団長と宰相を殺した暗殺者で、
   君が興味本位でカマをかけてきちゃって、
   それがあんまり聞いてほしくない事だったから、
   君を殺そうとしてる。
   しかも僕の殺害方法は、
   音もなく痕跡も残さない。
   しかもここは密室」

兵長「………ッッッ!!!!」

勇者「逃げるべきだったんだよ。
   僕が、僕になる前に」



―――――戦士ッッッ……!!!

     こいつはッッッ……―――――






勇者「君が悪いんだよ。
   ヤブをつつくから」


執務室の入り口に倒れている男。
戦士の師匠だか、親代わりだか、
よく知らないけど、戦士の傍に居た人ってだけで、
なんだか気分が悪い男であるのも事実だった。

せっかく王都に呼び寄せて彼から引き離そうと思ってたのに、
ここで機嫌を損ねられると、
もう殺すしかないじゃん。
だから仕方ない。
彼には言えないなぁ。
僕がこんな事してるなんて事。


勇者「…ま、最終的に、あの子が全部悪いんだけどね。
   助けてくれた事には感謝してるけど、
   一人で幸せになろうなんてするから」


故郷で結婚して人並みの幸せを、なんて。
君にできるわけがない。
でも悔しいから、君の愛した男は、
僕の傍に置いておく事にするから。


勇者「だから安心して死んでてね。
   ………戦士、早く会いたいなぁ」


くるくると回ってみたりして。
夢見る少女って感じ?
恋する乙女の方がいいかな。


勇者「あはは」


勇者「あはははははは………」



前編終わりです。
続きはまた1週間後。

お久しぶりです。
数々のレスありがとうございます。
励みになります。
応援されると俄然やる気が出るってものです。

頑張って今夜更新しようと思います。
シルバーウィークはちょっと更新できそうにないので…

よろしくお付き合いください。
恵まれぬ斧使いの「せんし」に愛の手を。




憲兵「兵長殿?
   確かに昨日、見えられたが」

戦士「自分は兵長殿の家に逗留しているのですが、
   昨日から帰られないのです。
   連絡がないので、自分がご母堂の代わりに」

憲兵「そうですか。
   しかし、私どもではわかりかねるようです。
   昨日は勇者殿と会われていたようですが、
   その後の事は…」

戦士「…ありがとうございます。
   勇者殿にアポイントは取れますか?」

憲兵「勇者殿は昨日の夜から出られております。
   恐らく第6師団司令部だと。
   拠点は荒れ野近くです。
   しかしあの方はほぼ拠点におられないので、
   連絡もつかないと思います。
   帰りを待たれた方が」

戦士「うーん…」

憲兵「なに、兵長殿の事は存じてはおりませんでしたが、
   話を聞く限りでは勇猛な指揮官という印象を受けました。
   きっとなにか事情があるのでしょう。
   容易く危機に陥るような方ではないのでは?」

戦士「…そうですね。
   あ、そうだ。
   一人、他にお会いしたい人物が」

憲兵「はぁ、どなたでしょうか」

戦士「盗賊、という方を。
   第6師団所属という事しかわかりませんが、
   そう言えばわかる、と」





見習「姐さん、執行部の到着が少し遅れるそうです」

賢者「そう。
   相変わらず動きが鈍いわね」

見習「あと都から連絡が来ました。
   盗賊という男を捕らえろと」

賢者「………誰の入れ知恵?」

見習「すみません、俺です」

賢者「伏せろと言ったはずよ。
   強行に出る段階ではないわ」

見習「…しかし。
   手がかりは、そこしか」

賢者「それに、あなたの判断する事でもない。
   隊長は誰だったかしら?」

見習「……姐さんには、わからないのか」

賢者「…言うじゃない。偉くなったものね」

見習「俺には聞こえる。
   刻々と近づく戦禍の足音が。
   それは…姐さんにも、きっと」

賢者「……………」

見習「時間はもうないんだ。
   手段は選んでいられない」

賢者「…いいわ。
   応援が着き次第、やってあげる。
   あんたにも、手伝ってもらうから」

見習「ごめん。
   俺、クビでもいいよ」

賢者「いいこと?
   これは始めから失敗したお仕事になるわよ。
   それだけは覚えておいて」

見習「…覚悟の上です」






憲兵に第6師団の人間と連絡を取ってもらったところ、
中央王国軍に盗賊という名の登録は無いそうで、
どうも嘱託のような扱いだそうだ。
普段の顔は町の宿屋の主人。
その宿屋というのも王都の外れ、暗黒街に近く、
ならず者たちの溜まり場になっているような宿らしい。

教えられた場所に行くと、盗賊は店先で掃き掃除をしていた。
古いながらも趣のある宿だ。
その風情は盗賊という男によく似ている。
繕われた部分も数多く、年月を感じさせながら、
その姿を微塵も恥じていない。

ただ、その方々に残る修繕の跡は、
その奥の、深刻な欠陥に目を向けさせないためのような、

虚栄だとも、確信できた。


盗賊「おや旦那。
   本当に訪ねて頂けるとは」

戦士「あんた、一体何者なんだ。
   軍籍を持った事もない、
   嘱託軍人なんて聞いた事ないぞ」

盗賊「そりゃあ、私は勇者殿個人に雇われておりますから」

戦士「そんなの、軍人じゃねぇよ」

盗賊「まぁ、お入りください。
   なにか御用があって来られたんでしょう」


促されて宿に入ると、
訝しげな目線を多く感じた。
敵意ではない事は確かだが、
どちらかと言えば敵意を向けようか悩んでいる、
という雰囲気。

この盗賊という男は、
勇者の弁では、かつて、奴隷商の元締めだった。
ただ軍籍を持たないという事は、生業は少なくとも宮仕えではないのだろう。
どこまで信用できるのか。
それは堅気の俺には、全く計り知れない。

しかしこんな場所に店を構えていられるのなら、
暗黒街へ未だある一定の影響力を持っているという事は、
確かな事だと言えるだろう。






戦士「人を探してもらいたい」


といっても、この男が何をしていようと、
俺には関係のない事だ。
今はこの男の協力が必要だし、
個人的に協力すると言ったのはこの男の方だ。


盗賊「いきなりですな。
   それで、誰を?」

戦士「兵長という男性だ。
   昨日、勇者と会った後、行方不明になった」

盗賊「はぁ。なにか急用なのでは?」

戦士「王城の誰もが行方を知らなかった。
   勇者と会ってからの消息がわからないんだ。
   夜、食事の約束をしていたんだ。
   連絡なしに失踪するような人じゃない」

盗賊「…確かに、それは妙ですな」

戦士「勇者と連絡を取る事は難しいと言われた。
   あんたも勇者と一緒かと思ってたけど」

盗賊「私が勇者殿と行動を共にするのは、
   個人行動の時のみですから。
   勇者殿は今司令部に戻られております」

戦士「なんとか頼むよ。
   王都には詳しいんだろう?」

盗賊「確かに、引退した身とはいえ、
   王都の事でしたら表の事も裏の事も、
   大抵の情報は私の耳に入ってきます。
   しかしですな。全く行方がわからないという事であれば…」

戦士「ひょっこり戻ってくるかもしれんが、
   なにかあったとしか思えない。
   片手間でいいから、探しといてくれ」






盗賊「ははは、旦那も勇者殿と同じで人使いが荒い」

戦士「協力するっつったのはあんたじゃないか」

盗賊「確かにそうですが、そのご依頼は、
   私個人ではなんともなりません。
   なにか対価を頂かなければ」

戦士「金か?」

盗賊「金は必要なものですが、
   今のところ私は金には困っておりませんので…。
   そうですな…」

戦士「つっても俺は貧乏だし、
   売り物になるもんはねぇなぁ」

盗賊「では、護衛をしていただきましょう」

戦士「護衛?」

盗賊「実は私は今、命を狙われておりまして」

戦士「はぁ?」

盗賊「言ったでしょう。
   王都の事なら、大抵の事は私の耳に入ってきます」

戦士「きな臭い事はごめんだぞ。
   ただでさえ中央王国には用が残ってるんだ」

盗賊「いえいえ、これは旦那にも関係する事です」

戦士「俺に………?」

盗賊「ええ。
   私の命を狙っておるというのは、
   執行部隊ですから」






戦士「待て待て、とにかく、
   詳しい事を話して欲しい」

盗賊「執行部の人間と思しき人物が、
   魔法の王国に連絡を取った形跡があるのです。
   諜報員としても魔法使いとしても未熟なのか、
   念信が傍受されました。
   私を捕らえるとか言っていたそうです」

戦士「へぇ。
   こないだのヤツに出てこられると厄介だな」

盗賊「ええ。勇者殿不在の今、
   彼女に狙われては命がありません。
   王城に居ればハコ的に入りにくいので、
   多少は安全でしょうが、
   王城は私にとって居心地が悪いので」

戦士「じゃあ数日、あんたの護衛を引き受ければいいんだな。
   そしたら兵長を探してもらえると」

盗賊「そうなりますね。
   できれば執行部が私を諦めてくれるまでがよいのですが」

戦士「勇者が帰ってきたらくっついてればいいだろ。
   接近されなければ有利らしいし」

盗賊「いえいえ、勇者殿はなにかとご多忙なので。
   旦那も暇というわけではないでしょうが」

戦士「ところであんたはどれくらい戦えるんだ?」

盗賊「戦闘の心得は多少ありますが、
   期待されては困りますな。
   雑兵に劣ります」

戦士「…そうか。
   わかった。3日間、あんたを護衛する」

盗賊「すみませんな。
   安宿ですがうちにお泊まりください。
   不自由はさせません」






賢者「…と、いう事らしいわ」

見習「……………すみません」

賢者「念信は時間と場所をよく選べって言ったでしょ?
   どこで連絡したの?」

見習「えーっと、町外れのどこかで…」

賢者「…失敗例にもならないのね。呆れたわ」

見習「ほんと、すみません」

賢者「戦士が護衛についてるなら、
   誘拐は絶対に不可能よ。
   …どーしようかな」

見習「中止しないんですか?」

賢者「国家直々の命令なのよ。
   私達に拒否権があるわけないでしょう」

見習「…そーですけど」

賢者「あーもう、めんどくさいわねー。
   仕方ないから外出したところを狙いましょ」

見習「外、出ますかね?」

賢者「出なかったら無理。
   強襲して全員で戦士に殺されればいいわ」

見習「そ、そんな」

賢者「んー………」


私の使い魔は鳥。
私が魔力を通せる最小の生き物。
このサイズで限界。
虫を使い魔にするとか神業だと思う。
鳥の視界に映る戦士がこちらを見ている。
鋭いなぁ。
結構離れてるのに。

戦士はぱくぱくと口を動かす。

こ、ん、や、ひ、と、り、で、こ、い。

……………うふふ、生意気。
言われなくても行ってあげるわよ。
私だって困ってるんだから。





窓を開けて待つ。
少し冷え込む夜風が心地良い。
秋の夜、空気は蒼く澄みわたり、
あらゆる輪郭は月明かりに濡らされて、
鮮やかな夜の景色を映し出す。

夜風にカーテンが踊る。
さざなみのような風に掠められ、
ゆらり、ゆらりと、リズムを取る指のように。
それはじれったくもあり、優しげでもある。
窓枠は額縁のように、夜空から秋の大きな月を掬い上げ、
カーテンは揺れる度に月のその姿を隠す。
気まぐれな夜。
カーテンを束ねようとは思わなかった。
今夜の待ち人には、きっとこんな夜が似合うだろう。

一陣の強い風が吹いた時、
一度だけふわりと大きくカーテンが揺れ、
まるで最初から窓辺に座っていたかのように、
彼女の姿が影絵のごとく月光を遮った。


賢者「待った?来てあげたわよ」

戦士「演出過多じゃないか?」

賢者「私は魔法使いよ。
   演出が効いてなくてどうするの」


長い黒髪は、月明かりに濡れていて、
まるで金色の鱗粉を纏っているかのようだ。
彼女には夜が似合う。
長い黒髪も、色を吸い込むような黒い瞳も、
妖艶な唇も。


戦士「はは、それもそうだ。
   魔女も言っていたよ。
   魔法使いは、演出がうまいって」





賢者「あんたは下手そうね、うふふ」

戦士「俺は魔法使いじゃないからさ。
   そんな事を言えば、
   あいつだって、魔法使いの割には下手だったよ」

賢者「そうね。
   あの子は、とっても下手だった。
   魔法使いらしくなかったわ」

戦士「…前、聞きそびれたが」

賢者「なあに?」

戦士「学院に居た頃のあいつは、
   …どんな奴だったんだ?」

賢者「…そうね。
   優しい子だったわ」


賢者は、堪えるように唇を噛み締めながら、
堪えきれずに漏れ出るような言葉で、
魔女の話を続ける。
苦しげな声は、こぼれ落ちる涙を思わせた。
表情には、少しの怒りと悲しみ。
そして、大きな親愛の情が浮かんでいる。


賢者「同室になったのは4年間よ。
   私はあの子のひとつ上だったし、
   身体も他の子より大きかったから、
   痩せっぽちの、みすぼらしい、傷だらけのあの子の事は、
   妙に癇に障ったわ」

戦士「痩せっぽち?
   あいつはどっちかといえば…」

賢者「あの頃は痩せてたわ。
   ろくなもの食べてなかったみたいで」






戦士「ろくなものって…苦労してたんだな」

賢者「主人が意地悪だったのよ」

戦士「…主人?」

賢者「………まずったわね」

戦士「待てよ。どういう事だ?」

賢者「まぁいいか。有名な話だし。
   …あの子は、奴隷出身なのよ」


そういえば、勇者も、同じ事を言っていた気がする。
魔女は奴隷出身だと。
しかし、あいつは辺境で生まれ育ったはずだ。


賢者「あの子は魔法の王国に来る時、火竜山脈の東側を通るルートを選んだの。
   辺境の町は独立を保っていたでしょ?
   西側だと、中央王国領を通る事になるから、
   国境で足止めされるのを嫌ったんでしょうね。
   …でも、東側は荒れ野との境っていう事と、
   無主地って事で。
   治安が悪くてさ…」


大陸の片隅からの、少女の一人旅。
それがどんな危険を伴うのか。
当時の魔女にはまだ想像できなかったんだろう。


戦士「奴隷狩りに、捕まったのか」

賢者「…うん。
   で、たまたまそこが魔法の王国の近くだったから、
   魔法の王国で売られたのよ。
   結局ある貴族があの子の事を買ったんだけど、
   そいつがとんだロリコンで…。
   ああ、純潔は守られたみたいよ」

戦士「……………」






賢者「続けるわよ」

戦士「……………ああ、聞かせてくれ」

賢者「うん。
   まぁそれで、たまたま魔法の才能があったって事で、
   貴族が後見人になって学院に入学してきたの。
   第一印象は悪かったけど、
   学院の寮で暮らすうちに栄養状態も良くなって、
   本来の可愛らしい顔に戻る頃には、
   私なんて足元にも及ばないくらいの魔法使いになってた」

戦士「…そりゃ凄い。
   魔法使いってのは、6年で一人前になれるかどうかって世界だろう」

賢者「系統を選ばず、術式への理解力も再現性も応用性も、
   新しい術式を開発する発想力も凄かったけど、
   一番凄いのは魔力量だったわねー。
   どれだけ魔法を使っても魔力切れを起こさないの。
   まるで生きてるだけで魔力を生み出しているようだったわ」

戦士「回復力が優れてるって事か?
   魔力は休めば自然回復するんだろ?」

賢者「そうだけど、あくまでそれは補充よ。
   魔力って大気中にあるものなのよ」

戦士「え、そうなの」

賢者「うーん。完全には解明されていないんだけど、
   魔力は大気中っていうか、外界に存在するものと、
   体内に存在するものがあって、
   魔法使いが魔法に用いるものは後者。
   で、魔力は使う度、自然に外界から補充される。
   外界に存在する魔力はとても薄くって、
   本来回復には時間がかかるのよ。
   でもあの子は体内の魔力がずば抜けて多くて、
   少なくとも私は、あの子が魔力切れを起こしたところ、
   見たことがないわ」





賢者「でも最後に会った時は、それまでの無茶な魔法行使が祟ったとかで、
   ずいぶん力が衰えてたみたいだけど」

戦士「そうなのか。
   とてもそんな風には見えなかった」

賢者「あんたとあの子が再会したのは、4ヶ月くらい前でしょ。
   その頃にはもう衰えきってて、昔ほどの魔法行使なんて、
   とてもできなくなっていたわ。
   それでも並の魔法使いとは比べ物にならなかったんだけどね」

戦士「へ、へぇー。
   まさかそこまで凄いなんて思ってなかったな」

賢者「そ。
   あの子は凄いのよ。
   …でも、それを鼻にかける事はなくて、
   それも殊更に学院の人間たちに、あの子を疎ませたのよ。
   あの子が発見した魔法特性や、開発した術式はいくらでもあるわ。
   魔力炉、魔力紋だってそうだし、魔界の発見と交信方法、
   新種のキメラ、多系統統合魔法、新型の自動人形に、
   術式のマルチアクション、他にも色々」

戦士「でも、奴隷出身ってだけで」

賢者「学院は閉鎖的なのよ。
   異分子には厳しいわ」

戦士「……………」

賢者「それでもあの子は、結果を出し続けたわ。
   あの子、ある口癖があってね」

戦士「口癖?」

賢者「人々が争い合う理由がなくなればいい。
   理由がなければ皆争い合う事はないはずだ、って」

戦士「……………」



―――私は、戦争を止めたかったんだ。





賢者「うふふ、あともうひとつ」

戦士「なんだよ」

賢者「いつか故郷に戻りたい。
   彼が待ってくれているといいのだけど、って」

戦士「……………」

賢者「…うふふ。からかうのはやめておくわ。
   あの子の話もそろそろやめましょ。
   本題に入らないと」


本題とは盗賊の話だろう。
賢者は窓枠から身を踊らせ部屋の中央に座ると、
まっすぐとこっちの目を見つめてきた。
魔女の話をしていた時の、物憂げな眼差しとは違う、
意思を強く込めた、本来の彼女の眼差しで。


賢者「あんた、護衛の仕事、なんで受けたの?」

戦士「色々と事情があるんだ。
   あの鳥が全部聞いてるんだろ?」

賢者「あんたが護衛をするって事は、
   私と戦うという事よ。
   わかってるの?」

戦士「戦うって、なんで?」

賢者「はぁ!?執行部を率いてるのは私よ!?」

戦士「だから、戦わない方法を取るために、
   誘いに応じたんだろ」





賢者「……ふざっ………」

戦士「話を聞くに、お前らしくないところも多かったしな」

賢者「………まー、そーだけど…」

戦士「乗り気じゃないんだろ?」

賢者「なんでそう思うわけ」

戦士「お前の発案なら、こんなに簡単に漏れるわけがない。
   この件はきっとお前の与り知らぬところで勧められたはずだ。
   なら護衛を受けて、お前と話せば避けられる」

賢者「……………」

戦士「そう思ったんだ。
   なんで盗賊を狙うんだ?」

賢者「………まぁ、いーわ。
   合格よ」

戦士「はぁ?」

賢者「口癖。
   出来の悪い部下を持つと苦労するの」

戦士「俺はお前の部下じゃねーよ」

賢者「盗賊という男を狙う理由はね、」

戦士「話聞けよ」





賢者「その男が、勇者の素性を知っているって仮説よ」

戦士「勇者の素性?」

賢者「そ。
   あの雷女が、どういう生まれで、どこで剣を習ったのか。
   どこで雷魔法を身につけたのか。
   それだけじゃないわ。
   弱点も」

戦士「でも。それは、あくまで仮説だろう。
   なにも知らない場合はどうするんだ」

賢者「調べが必要ならそうするだけよ。
   たとえ思わぬ結果でも………。
   そんな事は大きな問題じゃない。
   そうでしょ?」

戦士「……………そんな、仕事」

賢者「忘れたの?
   私達は荒事専門なのよ」


つまりこういう事だ。
盗賊が何を知っていようと知らなかろうと、
賢者たちは、「行動を起こしてから考える」。

捕まえてみて、知っていれば聞き出すし、
知らなければ殺すだけ。
可能性のひとつを潰してみる、というだけ。

だが、それは。


戦士「学院はそこまで追い詰められているのか?」

賢者「これは学院のお仕事じゃないわ。
   魔法学院は国立施設なのよ。知ってるでしょう?
   このお仕事は、国家直々のお仕事よ」

戦士「じゃあ、戦争は」

賢者「避け得ないと判断したわけ。
   私はこのお仕事、したくなかったけど、
   出来の悪い部下が突っ走っちゃって。
   おかげで話がややこしくなったわ」





賢者「あんたもあんたよ」

戦士「なんでだよ」

賢者「なんでって。
   誘いに乗って来てあげたけど、
   私をどう説得するつもりだったの?」

戦士「……………」

賢者「呆れた。
   なにも考えてないのね」

戦士「…ま、話せばわかるかなって。
   だからそれを話し合おうとしてるんだろ」

賢者「それで?展望としてはどうなの?」

戦士「…うーん。命令は拒否できないのか?」

賢者「できるわけないでしょう。
   国家直々の命令よ」

戦士「…………あーもう。
   お前も考えてくれよ」

賢者「盗賊の話が出た時から考えたわよ。
   考えた結果、報告内容に入れないって結論だったんだけど…。
   こうなってしまった以上仕方ないわ」

戦士「ほ、他に。
   なんか手はないのか」

賢者「ないわ。強いて言えばあんたが手を引く事ね」

戦士「俺だって中央王国軍だぞ。
   立場上盗賊の護衛を勤めるのも自然だ」

賢者「じゃあ私達と戦う道を選んで」

戦士「嫌だよ。
   なんでお前と戦わなきゃならないんだ」





戦士「あっそうだ。
   要はお前が任務を遂行すればいいんだろ?
   じゃ、お前は一応盗賊を襲撃して、わざと失敗…」

賢者「はぁ?無理に決まってんでしょ」

戦士「なんでだよ」

賢者「あのね、私は一度失敗してるのよ。
   鉱山都市の一件、忘れたの?」

戦士「あー………」

賢者「あの失敗が許される条件はね、
   相手が勇者だった事。これは雷魔法の痕跡で証明されるわ。
   加えて、私の任務成功率が極めて高い事。
   これまで積み上げてきた信頼ね」

戦士「じゃ、次の失敗は」

賢者「許されないわ。
   ましてや今回の襲撃対象は、リタイヤした中年男よ。
   あんたは名が知られてないし。
   私にとって任務失敗は一番困るのよ」

戦士「…う……厳しいなぁ…」

賢者「…私だって、あんたと戦いたくはないけど」

戦士「そうなのか。意外だ」

賢者「…次、やっても。
   私、きっと、勝てないし」

戦士「へ?」

賢者「なんでもないわよ」






戦士「んー…じゃあさ。
   俺が勇者の話を、盗賊から聞き出して…」

賢者「聞き出せたとして、信頼性の低いソースじゃ意味ないわ」

戦士「………あー、もう、どうすりゃいいんだよ」

賢者「そもそもあんたにそんな真似できるの?
   相手はずっと闇社会で生きてきた人間よ。
   棒振りに一生を捧げてるあんたの交渉術に期待はしてないわ」

戦士「どーも、すいませんでした」

賢者「…戦争になれば勝てないけど、
   せめて一人くらいは抑えないと」

戦士「んーあー………。
   つまりは勇者の素性がわかればいいんだろ。
   それも確かなソースで」

賢者「そうね。
   あ、王城に居ればって話をしてたわね。
   あれは惜しかったと思うわ。
   執行部も王城内じゃ荒事はできないから」

戦士「お、おう」

賢者「でも結局、嘱託って事で現実的じゃない。
   例えば盗賊が、軍籍に身を置けば、
   上を説得するのに割といい線行くと思うんだけど」

戦士「でもあいつ、軍籍なんて絶対無理だと思うぞ」

賢者「そうね。私もそう思うわ。
   …あー、勇者の素性が謎なのが問題なのよ」

戦士「ん?」






賢者「は?」

戦士「ちょっと待て」

賢者「なんなのよ」

戦士「結局問題はそこなんだ。
   勇者の素性が全くの謎って事。
   1年半前、突然中央王国軍に現れ、だっけ?」

賢者「そーね。
   神託がどうとか言って。
   デモンストレーションで雷落っことしてから、
   王都はアイツに夢中。
   でもそんなアイドルが対特定生物国防師団なんていう、
   きな臭いところの師団長なもんだから、
   怪しいものよね」

戦士「つまり、ソースが他にないって思い込んでるから、
   手詰まりなんだ。
   盗賊にこだわり過ぎてるんだよ」

賢者「………あー」

戦士「ならソースの価値を下げてやればいい。
   先に他から見つけてしまえばいいんだ。
   勇者の素性を」

賢者「……………」

戦士「な、なんだよ」

賢者「そりゃそうだけどって感じ。
   全くもって正論だし、悪くないけど。
   宛はあるの?
   そんなに時間、ないわよ」

戦士「……………ない」

賢者「でしょうね。そんなものがあるなら、
   私達がとっくに見つけてるもの」





戦士「なんか勇者に繋がりそうなところ、ないのかぁ?」

賢者「だいたい、そんなに盗賊って男が大事なわけ?
   私と戦ってまで?」

戦士「盗賊は襲わせたくないし、お前とも戦いたくない」

賢者「…はぁ。子供じゃあるまいし。
   言っとくけどね、盗賊は元盗賊ギルド長よ。
   バーグラーとしては、かつてはこの世であの男に入れない場所はない、
   と言われたほどの凄腕よ。
   思いつく悪事はだいたいやってる極悪人なのよ」

戦士「………まぁ、薄々思ってはいたよ。
   でも、一度旅をした仲間だから」

賢者「呆れたお人好しね」

戦士「しかたねーだろ。
   元々俺は魔物としか戦いたくないんだ。
   そりゃ、仕方なく人を相手にする事もあるけど…」

賢者「たとえ勇者でも同じ事を言うわけ?」

戦士「そりゃそーだ。
   一時とはいえ、仲間だったんだから」

賢者「はぁー。
   あのね、私とあんたの接点はあの子だけなんだから。
   私と勇者は絶対に相容れないのよ。
   どちらかを選べとは言わないけどね」

戦士「………う」

賢者「私と勇者が戦ってるところを見たら、
   あんたどうするの?
   というか、私が探ってる事は、勇者を殺す方法なのよ。
   言ってしまえばね」

戦士「………ん?」

賢者「なによ」

戦士「魔女。
   あいつが言ってたんだよ。
   遺言で」

賢者「水晶球の話?」

戦士「ああ。雷に気をつけろって」






賢者「…え?」

戦士「追伸のような言い回しだった。
   これは絶対に勇者の事だと思う」

賢者「馬鹿!なんで早く言わないの!?」

戦士「わ、忘れてたんだよっ。
   これ、あいつは勇者の事を危険だと感じていたって事だろ」

賢者「……………そうね。
   間違いないと思うわ。
   でも、なんであの子が、勇者にこだわるのかしら」

戦士「なんか繋がる情報ないのか?
   お前は個人的にあいつの事調べてるんだろ?」

賢者「……………ちょっと待って。
   考えてるから」

戦士「おう」

賢者「……………そうだわ。
   魔女が、あの子が魔研に協力してたって噂があるの」

戦士「いや、中央王国はあいつの身柄を押さえたがってんだろ。
   あいつの研究は害悪だって、勇者も言ってたぞ」

賢者「仕方ないじゃない、そうなんだから。
   で、魔研に数年前認可が降りた研究と関係してるって話があって…。
   その認可に関係した人物が最近連続して不審死してるのよ。
   つまり…」


―――魔研の研究内容を調べれば…


賢者「あの子と、勇者の…。
   繋がりが見えてくるかもしれない」






戦士「待て待て、つまりどういう事だよ」

賢者「可能性は薄いけど。
   …無視できる可能性じゃないわ」

戦士「魔研がどうしたって?」

賢者「詳しい事はまた話すから!
   あんたも協力して」

戦士「お、おう。
   協力はもちろん、するが」

賢者「いい?
   とにかく、魔研に侵入する必要があるわ。
   でも執行部にそんな命令は出ていないのよ」

戦士「じゃあ、個人的にやるしかないってのか?」

賢者「それも…難しいわね。
   朝にも執行部からの増援が来ちゃって、
   そんな暇なくなるわ」

戦士「どっちにしろ無理じゃねーか」

賢者「だから、あんたにやってもらう事は―――」






盗賊「はぁ、魔研に?」

戦士「ああ。
   お前の権限で入れないか?」

盗賊「そうですな。
   鍵開けは数少ない取り柄ですから。
   その気になればどこにでも入れますが」

戦士「そういう事じゃねえよ。
   正規の手段で入りたいんだ」

盗賊「できない事もありません。
   ですが、なぜ魔研にこだわるのです?」

戦士「ちょっとな。用があるんだ。
   訳は話せないんだが、護衛の報酬に上乗せさせてくれ」

盗賊「ふーむ…。
   ま、そう言われれば仕方ないですな。
   なに、勇者殿の話をちらつかせれば、
   見学くらい断られる事はないでしょう」

戦士「勇者に迷惑がかからないか?」

盗賊「恐らく事後承諾で問題ありません。
   便宜をはかってくださると思います」

戦士「へぇー。
   信頼されてるんだな」

盗賊「はは、信頼とは少し違います。
   私は勇者殿を裏切れませんから。
   弱味を握られておるんです」

戦士「お前って、人に弱味を見せるような人間なのか?」

盗賊「ま、人には色々あるという事です。
   何時ごろにしましょう」

戦士「そうだな、夕方頃がいい。
   魔研では日がな研究してるんだろ?」

盗賊「研究員は常におりますが、
   ずっと研究しているわけではありません。
   では4時ごろにしましょう」






賢者『いい?あんたの仕事は、盗賊を連れて魔研に入る事よ』

戦士『なんで盗賊を連れて?』

賢者『あんたが護衛に居る事で、
   襲撃は盗賊の外出を狙う事になってるの。
   執行部は事を荒立てるのを嫌うから、
閉鎖された施設内が望ましいわ。
   そうなれば魔研での襲撃を選ぶのは自然でしょ?』

戦士『なるほど。
   研究所内ではどうするんだ?』

賢者『私はあんたを抑える事にして、あんたと2人で離脱する。
   タイムリミットは10分ってところね。
   10分の間に勇者と魔女の情報を入手する。
   盗賊の情報源としての価値が吹き飛ぶくらいのものがいいわ』

戦士『情報がなければ?』

賢者『悪いけど、その可能性の方が高いわ。
   そうなれば、盗賊の拉致を優先させてもらうから』

戦士『…わかった。仕方ない』

賢者『…けど、その先にもし情報があった場合、
   その価値は私とあんたにとって、計り知れないものという事は確かよ。
   ま、そうそう捕まるような男じゃなさそうだし、
   うちの連中程度じゃ追跡はできないでしょうね。
   そのあたりは安心してていいわよ』


とは言うものの。
俺は魔研が何階建てなのかすら知らない。
つまり俺のやるべき事は、
盗賊を連れ魔研に入り、建物内部をよく観察しながら、
執行部の襲撃を待つ。
とにかく構造を把握し、
怪しげな扉でもあろうものなら、全てを記憶しなければならない。

だがしかし、
魔研の研究は国家機密だ。
一介の兵士の見学に、
その深奥を見せるとは、とても思えなかった。


戦士「…聞いてるんだろ。
   4時だ」


向かいの軒先に止まる白鳩を見やる。
白鳩は置物のように動かない。
…昨日はカラスだったんだけど。
なんで白鳩なんだろう?






盗賊「朝ご連絡差し上げた者です。
   医薬品庁の代理でこさせて頂きました」

研究員「…はぁ。
    また視察ですか」

盗賊「いえいえ人聞きの悪い。
   ただの見学です」

研究員「…上に、話がまだついておりません。
    所長室にご案内させて頂きます」


魔研はねずみ色の、漆喰のような石のような、
なめらかな建築材料を用いて建造された星形要塞だ。
中原の王国で少し名の知られ始めた新鋭の建築士をわざわざ招聘したらしい。

星形要塞ってのは、文字通り五芒星の形をしている。
かつて大陸ではこの正気を疑うようなデザインの城塞が主流だったという。
五芒星の突起部は中央を囲む5つの稜堡となる。
これには、面的に攻撃を受けてしまう高い城壁を持つ円形の城塞が、
攻城魔法にあまりに無力な事に対し、
多角的に防衛戦を行えるメリットがあった。

しかし魔法技術の進歩が進み、戦力を分散してしまう星形要塞の独特の形状は、
大規模な魔法行使に対して各個撃破を容易にしてしまう結果となり、
いつしか星形要塞はその即応性と円形城壁の堅牢さを併せ持つ多角形要塞へと進化し、
今では深く掘られた塹壕を主防御に置くようになった。

ちなみに本来の星形要塞は稜堡は先に行くほど下がっていて、
城壁を高くしすぎる事により生まれる足元の死角をカバーしているのだが、
魔研はそもそも張り出し陣がなく、屋根の上を歩けない。
最近はこういったレトロながら近未来的なデザインの建築がにわかに流行っているそうだ。


戦士「この壁、なにでできてるんだ?
   漆喰にしては硬すぎる」

盗賊「これはコンクリートですね。
   石灰と火山灰から作られる新素材です。
   立方メートルあたりで豪邸が建ちます。
   強度と靭性、耐久性に優れるのが特徴で、
   …贅沢なものですね」






変化のない、ねずみ色の通路が続く。
通路には埃ひとつない。
魔女の着ていた長白衣のようだ。
一色に設えられた内装は汚れを目立たせるためなのだろう。


研究員「…こちらです…。
    どうぞ…」


所長室ともなればそうもいかないのか、
少しだけ高級感のある調度品の並ぶ一室に通される。
室内では背の曲がった短身痩躯の男が、
その体格にそぐわない大きな椅子に腰掛けていた。


所長「やぁ、よく来て頂きましたねぇ。
   どちらが盗賊殿ですかねぇ?」

盗賊「私です。
   彼は、護衛の者です」

所長「ほほぉ。
   して、どういったご用件でしょうかねぇ?」

盗賊「かねてより医薬品庁から研究データ開示申請が出されていましたな」

所長「………そうでしたかねぇ」

盗賊「色々と議論が為されたようですが、進捗がありません。
   よって軍部が間に立ち、王国軍中将、勇者の指示のもと、
   納得できる範囲内での研究データの開示請求をする事となりました。
   今回はそのご挨拶です。
   ついでに施設内の見学などを」

所長「…それは、勇者殿が直接来られなければぁ…」

盗賊「いえ、私はただの代理ですので。
   今勇者殿は出払っておられましてな。
   今回はご挨拶だと申した通りです」

所長「…ちっ……………」

盗賊「では、施設内を見学させて頂きましょう。
   見せられる範囲で結構です」

所長「…貴様ぁ………わかっているのかぁ?」

盗賊「なにをです?」

所長「王立の研究機関と内政機関の揉め事の話だろぉ……?
   軍部の介入があるという事はぁ………」

盗賊「なにを仰る。
   中央王国は軍事国家です。
   政府とは軍であり軍は政府です。
   この施設も軍事研究施設では?」

所長「……………ぐぅ………」

盗賊「では、後ほど」






戦士「さっきはなんの話をしていたんだ?」

盗賊「いえ、魔研は研究データを秘匿しがちでしてね。
   当然ハッタリです」

戦士「そんな事して大丈夫なのか…。
   事実関係を調べられたらどうするんだ」

盗賊「調べられませんよ。
   調べてしまっては医薬品庁に連絡を取る必要が」


盗賊は事も無げにそう断言する。
その返答には少しの逡巡もない。
そう確信している証拠だ。


盗賊「旦那は魔研のなにを見たいのです?」

戦士「んー、とにかく色々見て回りたいな。
   見学はどこまでできるんだ?」

盗賊「魔研はセクションが様々に分かれています。
   確認できるのは第5ラボまでですが、地下も存在します。
   なにせ勝手に研究を始めるものですから、
   研究済みのデータを後から認可するなんて事も多いですな。
   偶発的な発見、という建前で」

戦士「…くせーなぁ。
   内政の目が行き届かないのか」

盗賊「我が国が持つ対魔法技術の粋が詰まっております。
   …魔研はとても広い。
   案内役なしでは限界がありますな」






研究員「…………え…で…どうしろと」

盗賊「暇そうでしたので。
   案内を頼めますか?」

研究員「…はぁ………。
    実験の手を休めただけ…なんですが…。
    それは…ご命令…ですか…?」

戦士「(会話のテンポわりーなコイツ)」

盗賊「いえいえ、お願い、です。
   とにかくそれぞれのラボの説明をして頂きましょう」

研究員「…まだ…引き受けた…わけでは………」

盗賊「ここは第1ラボですね」

研究員「………………」

戦士「なにしてんだ、あれ。
   妙な粉撒いて」

研究員「魔力の…反応……を…見ています…。
    マグナロイ…を……高温高圧で処理します……。
    すると…炭化して……ああいった粉になるのです……」

戦士「マグナロイって何?」

研究員「……魔法樹とも…呼ばれます…。
    あの粉は…粒子が非常に細かく……。
    オドである残留魔力と…反応して……、
    マナが…オドに変わる反応を…利用し……て…」

戦士「つまりなにやってんだ?」

盗賊「あの粉を撒いた時、そこに魔力が残っていれば、
   光を発するのです。
   魔力紋によって色が変わるので、
   魔法犯罪の捜査に役立っています」

研究員「……………」






研究員「つまり……、
    第1ラボ…は…、アンチ…マジックラボ…と呼ばれ…」

盗賊「魔法に対抗する技術を研究しているのですな」

研究員「…は……い…。
    直近の…研究では……、
    一定の……音…により…、魔法詠唱を…
    阻害する音……が…発見され……」

戦士「そりゃ凄い。
   呪文の詠唱ができなくなるのか」

研究員「…まだ…研究段階……です……。
    有効な魔法使いと…そうでない……魔法使いと…存在し…」

盗賊「高速詠唱が原因なのです」

戦士「慣れてくると呪文が省略できるんだっけ?
   ら抜き言葉みたいな」

盗賊「呪文には個人差がありますからね」

研究員「……その辺の魔法使いの…呪文なら……妨害できる…のですが…。
    一定のレベル以上となると……」

盗賊「ほうほう。
   第2ラボにはなにが?」

研究員「第2ラボ…は……。
    魔法植物の研究をして…います…。
    医薬品庁の方………というのなら…そちらでは……?」

盗賊「そうですな。
   まぁそれは後ほどで構いません。
   第3ラボは?」

研究員「第3ラボは……。
    あまり…お見せできるものでは………」






戦士「ん、なんで?」

研究員「…特定生物の……研究…をしています……。
    つまり…魔物を……」

戦士「うわぁ。切った貼ったってやつか」

研究員「そう……です………。
    第4、第5ラボは……、
    自然現象を…それぞれ水、地……火、風を……、
    研究……して………」

盗賊「なるほど。自然干渉は魔法の基礎ですからね」

戦士「…ほおー。
   ゴーレムとか、ネクロマンシーとかは研究してないのか?」

研究員「それらは……、資料が……」

盗賊「機械工学、医学の範疇になるのでしょう」

研究員「…は………い……。
    精神干渉…や……幻覚などに…ついても…、
    アンチマジックラボで……」

盗賊「なるほど。
   で、旦那の興味のある分野というのは?」

戦士「んー………。
   さっきマップを見たんだが、
   中央の五角形はどんな施設なんだ?」

研究員「そこは……寄宿舎に…」

戦士「…できれば、そっちが見たいんだが」

研究員「…………………できません…」

戦士「なぜだ?」

研究員「寄宿舎…には……、
    我々しか…立ち入っては………」






戦士「まぁ、ちょっとくらい。いいじゃないか」

研究員「…だめ……です……!!」

戦士「うお」

盗賊「うーむ。
   弱りましたなぁ。
   所員は何名ほど?」

研究員「……200名…ほど、…です」

盗賊「200名が暮らす寄宿舎にしては大きいですな?
   地下もあるのでしょう?
   地下にはなにが?」

研究員「………禁じられて…」

戦士「しかたねーなぁ。
   地下への入り口はどこにあるんだ」

研究員「…だ、だめ…!!」

盗賊「旦那、無理はいけません」

戦士「責任者か誰かいねーのか?
   所内の詳細なマップが欲しいんだが」

研究員「しょ……所内、は……頻繁に改修…されて……」

戦士「じゃあ改修の図面かなんかでも、あるだろ。
   ああそうだ。
   ここ数年で改修された場所を教えてくれ」

研究員「……!!!…だ、………だめです!!ほんとにだめ!!」

盗賊「旦那、待って!!
   お嬢さん、行ってください。
   なんとかしますから」






見習「………姐さん。
   みな、配置に着いています。
   命令を待つのみです」

賢者「ええ。
   わかってるわ」

見習「……………」


眼前に広がる光景は、
果たして現実なのか。

それとも、地獄なのか。

暴れ出しそうな心を必死で抑えつける。
心拍は大きく、速くなり、
気を抜けば心臓を破りそうだ。
身体は指ひとつ動かない。
動かないのに、
口が渇き、息が上がり、
心臓は暴れ出しそうなほどに波打つ。
全身から流れ出す脂汗を止める事ができない。

これは、怒りだ。

熱狂。怒り。
それらが人を変える。

故に、頭のどこかの理性が答えを告げる。
この光景は、熱狂と怒りの産物だと。
敵意、憎悪、そんな規模の小さなものでは、
こんな光景は産まれない。
群衆の中で、
心的相互作用により産まれ育った怒りと熱狂。
その意識は人から人へと移り行き、
神経軸索を越えるようにその興奮を伝え増していく。


見習「みな…、名の知れた魔法使いです。
   ここ1年で行方不明になった…」

賢者「そうね。
   誰かわからないのも、あるけど」

見習「…弔いを…」

賢者「必要ないわ。
   弔いは、私達のお仕事でするのよ」


ここは第3ラボ地下施設。
潜伏にここを選んだ事は、偶然だった。

だが、今では必然とも思えてしまう。

眼前に広がる躯たちは、
みな肉袋を破るように内臓を暴かれ、
硝子の容器に浮かんでいる。

色々と足りないものもあれば、
増えたものもある。
魔物と縫い合わされたものから、
内臓全てを切り取られたものまで。

それらはみな、名の知れた魔法使いの躯たち。

…魔法使いの解剖研究。
それが王立施設で行われているのだ。


賢者「予定変更よ。
   盗賊の拉致は後回し。
   …今やらなくてどうするの。
   魔研を、潰すわよ」






盗賊「どうしたんです、急に。
   旦那らしくない」

戦士「…いや。すまん」

盗賊「なにかあるのですか?
   私でよければ相談に乗りましょう」

戦士「…お前って、元極悪人なのに。
   人の良さげな顔をしてるよな」

盗賊「ははは、外道は人の良さげな顔をして近づくもんです」

戦士「ふん、じゃあ、相談に乗るってのも、
   罠なのか?」

盗賊「いえいえ。
   もう引退した身ですから」


本当のところ、
焦っていた。

なぜかはわからない。
賢者と合流した時、いい顔をしたかったのか。
まだ見つからない中央王国の手がかりに痺れを切らしているのか。

日に日に増していく、
彼女の居ない寂しさからなのか。


戦士「…そうだな。
   話を聞いて欲しいのかもな。
   …いや、聞かせて欲しいのか」

盗賊「なんです?
   私の話など面白くもないですよ」






戦士「お前が勇者に雇われてる理由だよ。
   そもそも、なんで引退したんだ」

盗賊「……………」

戦士「42だろ。
   衰えても、まだ身体は動くだろうし、
   悪事を働く知恵もあるはずだ。
   まだまだ、やれるはずだ」

盗賊「まさか、そんな話だとは」

戦士「聞かせろよ。
   暗黒街の主が、
   国一番の英雄の腹心になった理由を」

盗賊「……………」


盗賊は目を伏せ、
口許に僅かばかりの笑みを浮かべる。
悦に入ったものではない。
むしろ、解放されたような喜びの笑顔だ。


盗賊「暗黒街の主と言いましたが、
   なぜそう思うのです?」

戦士「お前の話を少し聞いたんだよ。
   未だ影響力を持つそうだな。
   奴隷商の元締めという話と、
   後先はわからないが」

盗賊「………如何にも、私は、
   千の指と呼ばれた先々代の盗賊ギルド長です。
   5年だけでしたがね」






戦士「そんな男がなぜ、嘱託軍人なんてやってんだ」

盗賊「……はは。
   理由は簡単です」


伏せていた顔を上げる。
胡散臭い壮年の男の顔ではない。
千の指と称された、
剥き身のナイフのような男がそこにいた。


盗賊「罪滅ぼしですよ」

戦士「…何を言うかと思えば」

盗賊「くく、そう思うでしょう。
   しかし、真実なのですよ」


半ば自嘲気味な言葉。
眼窩は落ち窪み、目に暗い影を落とす。
苦悩と後悔と共に生きてきたような。

この顔は、知っている。
…自殺を決意した男の顔だ。


盗賊「私は足に古傷がありましてね。
   それが原因で私は速く走れなくなったのです」

戦士「…ほぉ」

盗賊「はは、間抜けなもんです。
   慢心が、罠の解除を怠らせた。
   靴紐が切れましてね。
   転んでしまったのですよ」

戦士「そんなヤツ、パーティーに欲しくないな。
   ははは」

盗賊「…そうして、千の指は死んだのです。
   足の遅い盗賊などが生きていける場所はない。
   私は盗賊ギルドを去り、国を去りました。
   自堕落な旅を続ければ仲間もできます。
   私は彼らと日々に流されるまま奴隷商となりました」






盗賊「盗賊ギルドに居た頃、各国の富裕層たちの性癖を知る機会がありました。
   コネクションも持っていました。
   あとは、顧客のニーズに合わせ、旅人を攫うだけ。
   瞬く間に成り上がりました。
   人生の絶頂期でした。
   私には商才もあったようで、
   アフターサービスにも力を入れました」

戦士「律儀な性格してるもんな、お前」

盗賊「ええ、ええ。
   私は金に物を言わせ、中央王国に戻り、
   先代盗賊ギルド長の弱味を握り、今の店を構えました。
   はは、うちの店はかつて奴隷部屋だったのです。
   あ、内装は改修してありますのでご心配なく」

戦士「気にしねぇよ」

盗賊「………そんな折、部下が一人の少女を攫ったのです」






盗賊「あれは、火竜山脈の東の街道だったとか。
   旅疲れか、痩せぎすの少女でした。
   亜麻色の髪の…」

戦士「………ぇ…」

盗賊「少女の一人旅など、攫えと言っているようなものです。
   容姿も悪くありませんでした。
   たまたま魔法の王国にいた私は、
   童女趣味の貴族を知っていたので、
   これ幸いと商談を持ちかけ、
   目論見通りその貴族に売れました」


どこかで聞いた話だ。


盗賊「数日経ち、クレームが入ったのです。
   純潔を奪おうとしたら、舌を噛み切ろうとしたと。
   私は慌てて貴族の住む屋敷に向かいました。
   …すぐに引き取り、鞭打って殺そうと思っていました。
   顧客の信頼を失っては成り立たん商売ですから」


一人旅の、
奴隷狩りに捕まった、
童女趣味の貴族に売られた、
…亜麻色の髪の少女。
純潔を守ろうとした、少女。


盗賊「屋敷に居たのはボロボロに殴られ、
   地下室に打ち捨てられたように横たわりながら、
   目に決意を湛えた少女でした。
   私はその目に、情けなくも居竦んでしまったのです、はは。
   貴族は一通り虐待したら気が済んだようで、
   純潔を奪わない代わりに色々試すと言い、
   結局少女を買ったのです。
   それから私は何度か様子を見に行きました。
   少女の身体は…本当に、ボロボロでした。
   見る度に違う場所の骨が折れていました。
   体中に長い針が刺さっていた事もありました。
   殴られすぎて片目の視力を失いそうにもなっていたり、
   毒薬を飲まされた事もあったようです」






盗賊「しかし少女は、目に湛えた決意の炎を消す事はありませんでした。
   …それからしばらく経ち、私は、
   その少女が魔法学院に入学した事を知りました」

戦士「……………それは。魔女か」

盗賊「ええ、そうです。
   魔法学院で学んだ彼女の優れた治療魔術なのか、
   身体の傷は癒えたようです。
   …本当は、まだ答えは出ていないのですが、
   私はそれから、なんとなく、事業を仲間に譲り、
   王都で隠居生活を始めたのです」

戦士「………そうか。
   お前が、魔女を」

盗賊「旦那は、彼女の夫だそうですね」

戦士「……………」

盗賊「勇者殿から聞いております。
   …旦那はきっと、私の事は、許せないのでしょうな」

戦士「………続きを」

盗賊「ええ。お聞かせしましょう。
   勇者殿は…」





「続きは後にして。さっさと逃げて」






盗賊「!?」

戦士「………賢者」

盗賊「……………旦那。あんたは」

戦士「どうした?
   襲撃は…」

賢者「ごめんね。
   でも、その男はもういいから。
   …さっさと逃げてよ。
   あんたには、見られたくないの」

盗賊「………そういう事ですか。
   旦那は、最初から」

戦士「勘違いしてんじゃねぇ。
   賢者は俺の仲間だ。
   お前が執行部の襲撃対象にならないように、
   手を回していたんだよ」

盗賊「…どういう事です?」

賢者「戦士はあんたの護衛って事よ。
   …そろそろ始まる頃ね」


突然、大きな耳鳴りのような音がして、
一斉に魔力灯が消えた。
窓のない研究所。
コンクリートは光を通さないのか、
所内は完全な闇に塗りつぶされる。
近くに居るはずの盗賊の姿すら判別できない。


戦士「賢者!!待て!!!
   何をする気だ!!!!」

賢者「ごめん戦士。
   あの子との約束、守れない」

戦士「馬鹿言え!!
   くそっ、盗賊!
   魔力灯持ってねぇのか!?」

盗賊「すみませんが、持ちあわせがありません。
   …夜目は効く方です。
   先導しましょう」







賢者「私、見てはいけないもの、見ちゃったの。
   
   ここ………、
   
   壊さないと………」


無謀だ。
王都の主要施設の守護は近衛師団の管轄だ。
こんな騒ぎを起こしたら、
大陸最強といわれる近衛師団がすぐに飛んできてしまう。


戦士「馬鹿!この馬鹿野郎!」

盗賊「旦那、お早く!」

戦士「…盗賊、お前、先に出ろ。
   執行部に見つからないようにな。
   出たら店に戻って、閉じこもってろ」

盗賊「…旦那は」

戦士「ちゃんと戻るよ。
   放棄しといてなんだが、護衛は数日間の約束だ」

盗賊「はは。
   ………わかりました。ご無事で」

戦士「帰ったら話の続き聞かせろよ」


賢者の気配はもはや無い。
駆け出すと同時に、所内に警報が鳴り響く。
遠くから次々と爆発音が聞こえる。
執行部の襲撃が始まったのは本当らしい。


戦士「賢者!!!賢者、どこだ!!!!!」


行く先の通路には火の手が上がっていた。
夜目の効かない俺には都合が良い。
賢者は恐らく死ぬ気だ。
何を見たかは知らないが、
みすみす死なせていい女じゃない。

身体を風が包む。
精霊は俺の心を読んだかのように空気の壁を切り裂いた。
ああ、そうだ。
お前の主人の親友を助けるんだ。

魔女。
頼む。

力を貸してくれ。







火は便利だ。
四大元素、自然現象においての、
破壊の象徴。

燃やすという行為はただ壊す事とは印象が異なる。
燃え盛る炎はその存在ごと、意味を燃やしてしまう気がするのだ。
燃え殻は灰となり、煤となり、大気となって、天地の間へと還る。
そこにはあらゆる意思もない。
喜びも悲しみも、正念も無念も、全て天地へ還るのだ。

炎に包まれる、かつて魔法使いたちだったもの。
本来なら何を目的に解剖したのか、調べるべきだ。
こんな激情に流されるままに破壊してしまっては、
死神の名が泣こう。

でも、それでいいと思う。
その責を負い、私はここで死のう。
命令違反に加え、宣戦布告とまで取れるテロ行為だ。
魔法の王国に帰っても、私はきっと生きていられない。


賢者「…あなたたちも、お疲れ様。
   こんな事に付き合わせてしまったわね」

「…いえ。
 隊長と戦えて、光栄でした」

「こんなものを見せられては。
 隊長の判断は間違っておりません」

「我々は施設内を調べ、生き残りを探します。
 一人も生かしてはおけない」


魔法使いであれば。
魔法使いであれば、みなこうしただろう。


賢者「…やっぱ、治ってなかったな。
   心だけが突っ走る癖」


これじゃあ見習の事を叱れない。
あれも不出来だったけど。
やっぱ、よく似てるなぁ。

戦士はちゃんと脱出できたかな。
ちょっと視てやろ。





賢者「あれ、居ない?」


施設の外を見張る使い魔の視界にも、
遠くを見渡す知覚魔法にも、戦士の姿が無い。
戦士に気配遮断が使えるわけがない。


賢者「見失った…?
   そんなわけ…」


ま、いいか。
きっと無事だろう。

もっかいくらい会っとけば良かったかも。
まだあの子の事、全部話してないのに。

お人好しの斧槍使い。
凄く強い癖に、たまに自殺志願者みたいな目をする。
男やもめに同情するわけじゃないけどね。


賢者「ふぅ。


   ん…、あれ?」


天井が壊れる音がして、

なんか気配が近付いてくる。

っていうか、降ってくる。


「ぉぉぉぉぉぉぁぁぁあああああああ!!!!」


賢者「は、はぁ!?」


降ってきた斧槍を担いだ男は、
地面すれすれで、ぶわっ、と空気のクッションみたいなもので減速して、


戦士「………へぶっ」


どんくさく、地面に叩きつけられた。






賢者「…………………なにしてんの?」


戦士はしばらく地面に貼り付いてたかと思ったら、

突然飛び起きて、
しこたま打ったのか赤い顔をしながら、
怒りの視線を向けてきた。


戦士「馬鹿野郎!!こっちのセリフだ!!!」

賢者「………」

戦士「……は?」

賢者「いいわ。
   どうしてここがわかったの?」

戦士「魔法使いを一人とっ捕まえたんだよ。
   隊長はどこだ、ってな」

賢者「…ふぅん」

戦士「なんだ、ここ。
   妙な臭いがするな」

賢者「あんたは知らなくていいわ」


あー、
だから知覚魔法に引っかからなかったのか。
こんなに近くにいたんだから。

でも、
20メートルくらいある地下に飛び降りるなんて。
あ、でも私も一度落とした事ある。
あの時はこうやって助かったのね。


賢者「…わざわざ追ってきてくれたの。
   どうするの?あんたも逃げられないわよ」

戦士「しらねーよ!
   そん時はそん時だ!!さっさと逃げるぞ!!」






賢者「…逃げても意味ないわ。
   魔法の王国に戻っても、
   どうせ死罪よ」

戦士「はぁ?なんでだよ」

賢者「わかんないの?私のした事は、宣戦布告と取られるわ。
   これで、戦争が起こる事は確実よ。
   戦争を避けるために動いてたのに」

戦士「わかっててなんでこんな事したんだよ。
   お前思慮深いタイプじゃなかったか?」

賢者「今まで何度も痛い目を見て、
   やっと思慮深くなれたと思ってたのよ。
   …でも、変わってなかったみたいね。
   心が突っ走っちゃうタイプなのよ、私って」

戦士「…ふーん」


なんでこんな話してるんだか。
研究所がコンクリ造りで良かった。
施設内は火の海だけど、崩落はしなさそう。


賢者「ほら、さっさと逃げなさいよ。
   私の事はほっといてよ。
   死にたいのよ、わかって」

戦士「なんでだよ。お前も逃げろよ」

賢者「…近衛師団が来るわ。
   迎え撃っても死ぬし、国に帰っても死ぬもの。
   なら、死に場所くらい選ばせてよ」

戦士「………死なないって道はないのか」






賢者「私、意外と祖国を愛してるのよ。
   祖国に殉じれるなら本望だわ」

戦士「魔女と勇者の繋がり、探すんじゃなかったのか?」

賢者「あのね、私は国の役に立つから、便宜が図られるし、
   普通じゃできない事もできるわ。
   でも、自由にやれるわけじゃないのよ。
   逃げても、中央王国からも魔法の王国からも追手がかかるだろうし、
   国の後ろ盾がなくなった私なんて、
   …あの子の役には、…とても」

戦士「…だから、ここで死ぬってのか」

賢者「まぁね。
   どうしたって死ぬんなら、ここがいいな。
   …あんたは、行きなさい。
   あの子の遺志、継いであげて」


戦士「お前、馬鹿だわ」

賢者「あんたに言われたくないわ」

戦士「いや、お前の方が馬鹿だわ。
   確実に馬鹿」

賢者「はぁ?なんでよ」

戦士「すっげー、馬鹿だから」

賢者「……………怒るわよ」

戦士「怒ってみろよ馬鹿野郎」

賢者「…いい度胸じゃない。
   静かに死なせてくれないなら、先に殺してあげるわ」

戦士「いいか!!!
   あいつの遺志を継ぐってんなら、
   お前が死ぬのを止めなきゃなんねーんだよ!!!!!」



賢者「………ぇ」







戦士「そんで!
   俺だって、お前に死んでほしくないんだ!」

賢者「なに、言ってんのよ」

戦士「お前は良い奴だからな!
   だいたい国の後ろ盾なんていらねぇだろ!
   お前は強いし、知識だって豊富だ!
   一人で何の問題があるんだ!」

賢者「…………でも、私。責任は取らないと」

戦士「俺一人で魔女の思い出を抱えてたら、
   きっと今頃潰れてたんだよ!
   仲間が増えたって、期待させんじゃねぇ!
   その責任も取りやがれ!」

賢者「………」

戦士「どうせ死ぬんなら俺の役に立て!
   捨てる命なら俺によこせ!」

賢者「………戦士」




戦士「お前は、仲間だ!!!!」






どうしよう。
凄く嬉しい。

でも、こいつ気付いてんのかな。
これじゃ、まるでプロポーズじゃない。

こいつ、きっと一生、

あの子の旦那で居続けるつもりのくせに。







賢者「…うふふ。
   言ってる事、無茶苦茶よ。
   わかってる?」

戦士「うるせーな、わかってるよ」

賢者「仕方ないわね。
   …生きてあげるわ。
   逃げ道、わかってる?」

戦士「…わりぃ。
   教えてくれ」

賢者「駄目な男ねー…」

戦士「うっせばーか」

賢者「ちょっと待ってね。静かにしてて」

戦士「はぁ?…ま、いいけど」


しばらく、息を潜め、待つ。
数秒後、地上フロアで大きな爆発音。

…知覚魔法の範囲を広げる。

地中に伝わる音の反響を感知。
反射音を測定、距離を計算。
再構成、映像化。
地下層はアリの巣状に広がっているようだ。
中央に大きく筒のように空いた空間がある。
…地中に埋め込まれた塔のようだ。
螺旋状に階段が続いている。


賢者「…ここから、中央の縦穴に逃げられるわ。
   何箇所か、壁があるけど、
   魔法でなんとかなりそう」

戦士「魔法使いの知覚力、か」

賢者「うふふ、役に立つでしょ。
   うまく使ってね」

戦士「気持ちわりぃ言い方すんなっ」

賢者「あら、私の命、もらってくれるんじゃないの?」

戦士「こ、言葉のあやだよっ!」






第3ラボ地下フロアから続く通路を進み、
その先の扉を蹴破ると、大きな縦穴へと繋がっていた。
魔力灯が作動している。
地上フロアから爆発音が続いているが、
コンクリートというのは本当に頑丈なのか、
ここまで延焼はしなさそうだ。


賢者「……………」

戦士「どうした?」

賢者「部下を大勢付き合わせてしまったわ。
   …ま、執行部隊を見殺しになんて、
   今まで何度もしてきたけど」

戦士「……………そうか」

賢者「意見を同じくして、共に使命に殉じようとしたのは…。
   初めてだわ」


縦穴を降りる。
50メートルはあるだろう。
しかし、壁はここまでもコンクリートで出来ている。
…立方メートルあたりで豪邸が建つのではなかったか。


賢者「最下層に到着ね。
   ここに身を隠して、機を待ちましょ。
   近衛師団が到着したら、
   見つからない事を祈るしかないけど…。
   といっても、随分遅いわね」

戦士「…ここ、なんのためのフロアなんだ?」

賢者「さぁ?
   一応探索してみる?」


ここ、研究所っぽくない。
と、言うより、むしろ―――






戦士「………おいおい」


隅の鉄扉を開けると、
小さな居住空間が広がっていた。
簡素な木机と、ベッド。
むき出しの厠。
他には、
…なにもない。


戦士「ここ、牢獄じゃないか」

賢者「なんで魔研の地下に牢獄が?
   …っていうか、
   深すぎでしょ。どんな極悪人なんだか」

戦士「じゃあ、他の扉は看守の部屋って事になるのか?」

賢者「さぁ。開けてみれば?」


向かいにある扉を開ける。
扉を少し開くと、

…どこか、懐かしい臭いが、した。


賢者「なにここ。
   ずいぶんプライベートな研究室ね」


ともすれば、キッチンのような研究室。
調理器具がフラスコやビーカーなど、実験器具にすり替わったような。
広いテーブルには不思議な機械や部品が散乱していて、
隅にはいくつかのインゴットが転がっている。






賢者「研究資料がないわね。
   …もう使われていないのかしら」

戦士「なぁ。
   …これ、なにで出来てんだ?
   硝子じゃないよな」

賢者「………あんた、それ…」


擦り傷だらけの、透明な瓶。
硬度はそれほど感じないが、
僅かな弾性がある。


戦士「妙な瓶だなぁ。
   でも落としても割れなさそうだ。
   日用品としちゃなかなかいいな」

賢者「確か、樹脂っていう素材よ」

戦士「じゅし?なんだそりゃ」

賢者「あの子が一度見せてくれたわ」

戦士「…魔女が?」

賢者「それ、あの子が作ったものよ。
   あの子にしか作れないわ。
   …ここ、魔法使いの研究室よ。
   棚の配置とかが、テレキネシス前提でしょ」

戦士「おいおい、待てよ。
   それじゃまるで」

賢者「ここはあの子が使っていた部屋ね」






『学院の魔法使いたち相手には1夜と持たないぞ』

『学院の用いる術式じゃないな。…魔物の仕業だ』

『ここをいきのび、王国、へ、向、かえ』


思えば、魔女はしきりに学院の襲撃を気にしていた。
…中央王国軍の襲撃は、ありえないと判断していたのか。


戦士「ここが、あいつの研究室、なのか?」

賢者「ホロスコープで探せって言ってたのってそれ?」

戦士「あ、ああ」

賢者「じゃあ、恐らく違うわ。
   そこは火竜山脈で間違いないと思う。
   …ここは、ひとつ前の研究室なんでしょう」

戦士「…そうか。
   荒らされていたのかと」

賢者「なにを研究していて、いつまで居たのかはわからないけど。
   …あの子が、中央王国に居たという証拠ね。
   それも、魔研に協力していた。
   どんな意図があったのか、わからないけど、
   あの牢獄に居た人間に聞くしかないわね」

戦士「それって誰だ?」

賢者「さっぱりわかんない」

戦士「……おう」

賢者「ま、これから探しましょ」






賢者「上、静かになったわね」

戦士「近衛師団が来たのかなぁ」

賢者「……いいえ、来ていないみたいよ。
   今使い魔に探らせてるけど、
   魔研には誰も来る気配がないわ」

戦士「…じゃ、執行部隊は?」

賢者「今、知覚して………」


賢者の顔がみるみる青くなる。
まるで喉元に刃を突きつけられたように。


賢者「……………嘘。
   なんで、アイツが」

戦士「ど、どうした?
   なんかあったのか?」

賢者「…ありえない。ありえない!」

戦士「お、おい!なんだ、急に…」


賢者が怯えるように抱きついてきた。
触れてみて初めて、彼女の身体が震えているのがわかる。
…賢者をここまで怯えさせる存在は、
…恐らく、一人だけ。
身体が風に包まれる。
賢者の身にまとう風魔法は、身体の雷とやらを隠すらしい。


賢者「…アイツが、来てる。勇者が」



今回の分終わりです。(中編)

ふたつに分けると言ったが、あれは嘘だ。
あんまり長いので、3つに分けます。
本当にごめんなさい。

数々のレスありがとうございます。
励みになります。
反応頂けると頑張れます。
では、まだ先も長いですが、よろしくお付き合いください。

ご無沙汰しております。
数々のレスありがとうございます。
私生活が忙しくなかなか書き進めたり投下する時間が取れません。
ストックはまだあるのですが…。

週末あたりにできたらいいと思います。
遅くなってしまいますがよろしくお付き合い頂けると嬉しいです。

遅くなりました。
続き投下させていただきます。
よろしくお付き合いください。




盗賊「…これは………。
   一体何が起こっているのか」


焼け焦げた鎧騎士の亡骸たち。
ひしゃげた鎧の紋章に僅かに残る、
王国に仇をなす者に災いあれの文字。

近衛師団第一中隊、王都守護職を司る誉れ高き近衛騎士団の成れの果て。

魔研は王都の北の郊外、小さな森の中にひらけた丘にある。
盗賊は執行部の目を逃れ、研究所を脱出し、
森の中に潜んでいた。


盗賊「兵たちの声が途絶えたと思えば。
   …一体なにがあった?」


少し前まで聞こえていた、
森を駆ける蹄の音、
兵たちの鬨の声。
およそ250の騎兵たちの気配。

それは、僅かの戦闘の音と、轟音によってかき消された。
例外は無い。
第一中隊は、わずか数分で、
完膚なきまでに皆殺しにされたのだ。

一体どのような魔法を使ったのか。
粉砕された木々の中倒れ伏す、
焼け焦げた亡骸たちを見るに、熱を用いる魔法である事に疑いはない。
しかし、このような規模の惨劇を引き起こすには、
少なく見積もろうと、100人以上の魔法使いが必要となろう。
加えて、中央王国軍は対魔法装備が充実している。
鎧はみな法儀済みの上、魔力の迸りを感知する槍旗もあり、
対魔法陣形の訓練も受けている。
ドラゴンの鱗を織り込んだ帷子など、
特に消費魔力に対し攻撃効率の高い火炎魔法に対しての対策は、
ほぼ万全のはずだ。

それでいて、そもそもこの有様はなんだ。
鎧を粉砕するほどの火炎魔法など聞いた事がない。





盗賊「……………」


盗賊は思案する。
この惨状の下手人はともかく、
彼方に映ゆ、燃え上がる研究所。
魔研への襲撃を知り、駆けつけたのであろう近衛騎士団。
そのどちらもが壊滅し、得をするのは一体誰なのか。

…その結論は、決して責められるものではない。
だが戦争はもはや避けられるものではなかったはずだ。
魔法とは果たして、これほどの戦略単位だったのか。
これだけの戦果を挙げられる新術式であれば、
敵地の中央で披露するには勿体無い。

その観点では、下手人は魔法の王国ではないと考えるのが自然だが―――。


盗賊「…お客ですか。今、忙しいのですが」


背後の森に感じる気配。
荒い息と、引きずるような足音。
体温は隠しようもない熱を持っている。
それは、自らと同じように、
修羅の庭から落ち延びたがゆえだろう。


見習「…お前、が、居るから…、か」

盗賊「おや。そのなりは、執行部隊の方ですか」


見習の姿を確認し、盗賊は思わず身構えた。
執行部は単独行動をしない。
行動は常に監視を伴い、自らが死すとも情報を遺し逝く。
つまり作戦行動中の執行部と出くわす事は、
その仲間にも見られている、という事に他ならないからだ。





見習「……絶対に、許さない。
   お前だけは、確実に……」

盗賊「身に覚えがありませんな。
   …お仲間の視線を感じませんね。
   皆、身罷られましたか」

見習「…生き残ったのは、
   …俺、
   …一人、だ」

盗賊「そうですか。
   まぁ、これだけの戦果を挙げたのです。
   少数の命で引き換える事ができるなら、儲けものでしょう」

見習「何を………馬鹿な。
   お前、だろ………」

盗賊「私は残念ながら戦闘はからっきしでして」

見習「お前……だろ…………。
   あの……あいつ……を……」

盗賊「先程から何を言っているのです?
   私が、とか。
   あいつ、とか」

見習「あの化物を…!!!!
   連れてきたのは!!!!!!」

盗賊「…ちっ………」


地獄から湧き上がるような怨嗟の声と共に、
執行部隊の生き残りが魔力を発する。
小さな光弾からは悲しいほどに意気込みにそぐわぬ魔力しか感じないが、
狙いはなかなか正確で、弾速もそれなりに速い。

だが避けられぬほどでもない。
足が使えずとも、身のこなしだけで対処できる。
横飛びに倒れ込むようにして、胸元を狙った光弾から身をかわす。






盗賊「…その声、覚えがあります。
   私を捕らえる、と言っていたのは貴方ですね」

見習「………つぎ、は…、
   外さ、ない」

盗賊「魔力も未熟、
   心の軋みは隠そうともしない。
   貴方にこの仕事は向いていませんね」

見習「うあああああああ!!!!」


またも光弾が走る。
連射が効かないのか、ひとつだけ。
しかし、その放たれた光弾は突然炸裂する。
光に視界が白み、
そして気付いた。
この魔法は殺傷を目的としていないという事に。


盗賊「くっ……」


殺傷能力の低い魔法であるという事は、使い手ならばこそ熟知しているのだろう。
この魔法は、視界を奪う事を目的に放っているのだ。


見習「死、ねぇ!!!」


眩む視界の中、朧げな、短剣を構え突進してくる青年の姿が見えた。
きっと勝利を確信した笑みでも漏らしているのだろう。
殺す、ではなく捕らえる、と言い表した事からして、
恐らく盗賊の持つ情報を欲していたのであろうに、
この男は明確な殺意を放っている。

魔研で何があったのかは知るべくもないが、
悲惨な現状に正気を失い、逆上し、本来の目的を失っている事は確かだ。
どこか失笑を誘うほどの雑駁さ。
現役を退いて久しいが、
ここはひとつ思い知らせてやらねば。


盗賊「……侮るな、小僧」


必殺の機にこそ落とし穴があるという事を。






戦士「勇者?
   なんであいつがここに居るんだ?
   あいつは第6師団司令部に…」

賢者「…黙って。
   牢に身を隠しましょう。
   私から離れなければ、見つからないはずよ」


賢者の身体は、未だ微かに震えている。
無理もない。
勇者はどこからでも命を奪う手段を持っているのだ。
況してやここは、賢者にとって敵地だ。
身を現せば確実に殺されてしまう。


戦士「転移魔法、使えるだろ?
   お前だけでも逃げてくれ」

賢者「無理だってば。
   転移魔法は発動地点と目的地点とを、
   目視よりもなお強くイメージする必要があるのよ。
   じゃないと場所が安定しないし、
   下手に使うと肉体がうまく分解再構成されないわ」

戦士「えー、つまりどういう事だ?」

賢者「身体がバラバラになって死ぬ。
   まぁ、あとは壁にめり込んだりとか」

戦士「そ、それは嫌だな」

賢者「だから魔法陣を介したりするんだけど…」

戦士「ここに魔法陣は描いたりとか」

賢者「あのね、転移魔法がそんなに便利だったら、
   誰だって苦労しないし私達もずっと楽よ?
   長く暮らした場所ならまだしも、
   ここはよく知らない場所だし、
   それなりの測量と儀式が要るんだから。
   そんな時間ないわ」






戦士「…なら、どうする?」

賢者「とにかく、見つからない事を祈るしか…」

戦士「あいつの動き、探れないのか?」

賢者「所内をうろうろ。
   知覚をさぼってた間の音、
   …どうやら戦闘の音だったようね。
   生き残りは居るのかしら」


戦士「なぁ」


賢者「なに?」

戦士「どうでもいいけど、くっつきすぎじゃないか」

賢者「あんた一人でアイツから隠れられるなら離れるわ」

戦士「いや、無理だけど」

賢者「なら仕方ないじゃない。
   しばらく我慢して」

戦士「つか、そうじゃん。
   俺一人なら話し合いも」

賢者「あんた、自分が囮になって私を逃がそうって思ってるんでしょ」

戦士「なんでわかんの?」

賢者「馬鹿だから」

戦士「怒るぞ」

賢者「怒ってみなさいよ」






戦士「そういえば、盗賊の話、聞いてたか?」

賢者「ええ、聞いていたわ」

戦士「知ってたのかよ。
   教えてくれていても良かったじゃないか」

賢者「知ってたとして、護衛断ってたの?」

戦士「……………」

賢者「あんたはそういう男よね」

戦士「わかんねぇよ。
   自分でもわかんねぇんだ」

賢者「辛い思いをするくらいなら、
   知らなくていい事もあるわ」

戦士「それを決めるのは、お前じゃない」

賢者「あら、言う言わないを決めるのは私よ」

戦士「………そりゃそうだけどよ…」


身を捩り、賢者と寄り添う。
肉感的な肢体は柔らかな筋肉の弾力を孕み、
体表のより深部に確かな存在感を感じさせる。
しなやかな、靭性のある筋肉だ。
剣を扱おうと彼女は魔法使いなのだろう。
力は身体強化魔法を使えば良い。
打ち合いの強さよりも、身のこなしを重要視した鍛え方だ。


賢者「………ねぇ」

戦士「ん?」

賢者「あんたはあんたで、
   自分のために生き方を決めるべきよ」

戦士「言われなくても、そうしてる。
   別に誰にも気を遣ってねえぞ」

賢者「違うんだってば。
   あんたは全然自分の思うままにしてないわ」

戦士「なんでだよ。
   好き勝手旅してここに来たんじゃないか」







賢者「あんたはなんで旅をしてるの?」

戦士「なんでって、そりゃあ…」


別に認めたくなかったわけじゃない。
恥じているわけでもない。
ただ。
その生き方は、きっと歪んでいると。


戦士「…あいつの遺言を聞いて、あいつの願いを叶えたいと。
   俺が、そう思ったから」

賢者「それは、あの子を気遣ってる事になるわね。
   あんたの本心じゃないわ」


きっと、自省してしまっているから。


賢者「あんたは、何を探してるの?」

戦士「…俺が……探してるのは……」


―――ふふ。君は、優しいな。


彼女の残した跡。
彼女の生きた証を。


―――星を眺めるのが…好きなんだ。


賢者「あの子の残り香を追うのも仕方ないわ。
   姿を探してしまうのも当たり前よ。
   あんたは、あの子を亡くしてるんだから」


―――それが君となら―――


戦士「……………。
   やめてくれ。
   虚しい、…だけだ」








賢者「そう、虚しいだけよ。
   そんな事をしたって、
   あの子はもう居ないんだから。
   でもね。
   思い出に耽るのは当たり前に許された慰みよ。
   恥じる事なんてないわ」

戦士「じゃあ。
   …別に、いいじゃないか」

賢者「あんた、自分では、違和感をうまく口にできないのね」

戦士「……………」

賢者「私が言ってあげるわ。
   あんたの場合、少し違うのよ」

戦士「なにが…違うんだよ。
   あいつが死んでから、まだひと月も経ってないんだ。
   仕方ないだろ」


賢者は表情を隠すように、俺の胸元に顔を埋めている。
身体を包み込む風が少し柔らかなものになった気がした。
魔力とは意思の力。
魔法とは心を映し出す鏡。
その効果には、術者の精神状態が如実に現れる。

優しげに頬を撫ぜる風が心地良い。
柔らかく、暖かく流れる風。
涙を拭われている時と、それはよく似ていた。


賢者「あんたがあの子の跡を追うのは、
   まるでその度、あの子がもう居ないんだって、
   確認しているかのようだわ。
   ひとつひとつ、
   自分に言い聞かせるように。
   …あんたは、あの子の跡を追って、
   あの子の死を思い知るために旅をしてるんだわ」


眼前で魔物に奪われた、妻の姿を思い出す。
魔女にはまだ、
僅かながら息があった。
生きながらにして飲まれた、妻。
俺は、


賢者「戦士はね、きっと、
   …あの子の死を、
   まだ受け入れられていないのよ」


彼女を、守れなかったんだ。


―――君と、生きて、いきたかった。


今度も、また。










「あは、は―――――
         みつ、
                けたぁ―――――」








倒れ伏す執行部隊の青年。
眩んだ視界は数秒で回復した。
盗賊という男は、自らでは戦う意義を見出さない。
なればこそ命までは奪わぬが、
捨て置ける相手という訳でもない。


盗賊「すまないが。
   足くらいは、折らせてもらったよ」


気絶した見習の頭に手を当てる。
生きてきた中で必要に迫られ会得しただけの、
盗賊の持つ唯一の魔法だ。


盗賊「………。
   何故?
   本部に、おられるのでは……」


読心術。
精度は低く、対象者の情動如何で映像は程良く乱れるが、
対象者の心も同時に読めるため、
それが都合が良い事もあった。

…見習の記憶の中で、
悪鬼の如く魔法使いたちを切り伏せる女性。
青い鎧を身にまとい、
白銀の髪をなびかせ、
ルーン文字の刻まれた刀身の短い剣を振るうその姿。

盗賊とて勇者の全てを知るはずはない。
例えば。
勇者ほどの逸脱した戦闘力を持つ存在が、
忠誠心なしに王国の走狗に甘んじている矛盾、であるとか。


盗賊「………これは………。
   きっと。
   親心、なのか」


近衛騎士団の全滅が勇者の手によるものだとすれば、
ならば勇者の凶行は、
もはや王国に従う理由なし、という事だ。
察しはついている。
未だ18の少女なのだ。
僅か16で王国軍中将の地位を与えられ、
受けるべき時に愛情を受けなかった代償は大きい。


盗賊「つまり、彼女は、もう。
   …そうか。
   すまない。
   言葉が見つからないんだ。
   …すまない」


ならば勇者だけでも。

これ以上修羅の道を歩ませぬよう、
引き戻してやらなければならない。






戦士「………!」


ぞわり、と背後から心臓をその手に握られたような悪寒。
慣れ親しんだ修羅の庭に蔓延る死神たちの風招ぎ。
今、風は死地へと吹いている。

恐懼に竦むより先に、賢者が声をあげた。


賢者「やばっ…!見つかった!!」

戦士「……ああ、わかる」


頭上高く、地上フロアから放たれる殺気。
勇者が俺や賢者を認識しているかどうかは定かではない。
しかしこの殺気は、
明確な殺意を持ってこちらへと向かっているのだろう。
兵長を思い出し、身が震える。
命を奪われぬとも、遥か未来まで身を蝕む雷。
直撃しては死を免れぬ。

そんな敵を相手に、どう戦えばいいのか。


賢者「ごめん…!魔法、乱れたっ…!」

戦士「とにかく、かけ直してくれ。
   見つかったままじゃまずい」

賢者「もうやってるわよ!
   でも、こっちへ向かってる…!」

戦士「…そうか。
   なら………」


道は、ひとつしかない。


賢者「あんまりいい案じゃなさそうね」

戦士「そうでもないさ。
   退路がない時、する事はひとつだろ?」






賢者「…私、パス。
   分の悪い賭けはしないわ」

戦士「ここで考えあぐねてる方が分が悪いよ」

賢者「駄目よ。
   死を先延ばしにするだけ、って考え方は正しいわ。
   少しでも生きていれば、やれる事はあるんだから」

戦士「お前、どうせ死ぬなら今がいい、って、
   さっきまで言ってたじゃねえか」

賢者「……………そーだけど」

戦士「そもそも、死ぬつもりはないんだ。
   これは生きるためだよ。
   俺を、上まで運べ。
   足止めしてる間に、
   …いい案、出してくれよな」


賢者は目を伏せ、
…そして、揺るがぬ眼差しでこちらを見直す。
魔女の話をしていた時もそうだ。
心が激しく動いた時の彼女は、
まるで涙をこらえるような素顔を見せる。

きっと本来の彼女が涙もろいせいだ。
彼女の生き方は、本来のその性質を、
悲しい鉄面皮で覆ってしまったのだ。


賢者「…死んだら、許さない。
   私を生かしておいて、先に死ぬなんて、
   …ありえないわ」


頭上の天蓋を睥睨する。
長い筒の先、まるで満月のような天井。
どのように地上フロアと通じているかは定かではないが、
少なくとも上にある事には違いない。
蛇のように壁を這う螺旋階段に欄干は無く、
そこで戦闘になれば、不利は、
身体が大きく得物の長いこちらなのか、
体重の軽い勇者なのかは、時至るまでわからないだろう。

しかし、遮蔽物の無い細い地形は、
雷魔法の前では、
距離が離れる事は即座に死を意味する事を充分に理解させた。






戦士「…勇者の動向は?」

賢者「すぐ上まで来てるわ。
   飛ばすから、動かないでね」

戦士「………おう」


賢者がぶつぶつと呪文を唱え始める。
身体が青い光に包まれ、
まるで重力が消え失せていくかのような、風圧を感じ始めた。


賢者「上、よく見ててね。
   離れると姿勢制御がしにくいから、その辺りは精霊に命じて…」

戦士「は?
   そんな事できねーよ」

賢者「シルフ、飼ってるんじゃないの?」

戦士「まだ足に棲みついてるらしいけど、
   命じるとか、した事ないよ」

賢者「…ふぅん。
   なにも知らないのね」


途方もない轟音と振動が地下を揺るがしたのは、その時だった。
賢者は驚きに身を強張らせ、
身体を包む風圧が消える。
衝撃は天井からだ。
やがて粉塵が降り注ぎ、それで、天井が壊されようとしている事を悟る。

賢者の眼差しは、より一層鋭さを増す。
なにかが猛烈な力で天井を壊そうとしている。
方法はわからないが、その力、魔性の類である事は疑いがない。

再び地下は激震する。
天井の中央から、蜘蛛の巣を思わせるような罅が走る。
相当な厚みがあるようだが、あの損傷では、次は耐えられないだろう。


賢者「…戦士」

戦士「作戦変更だ。
   あれが崩落すると同時に、俺を上に飛ばせてくれ」

賢者「馬鹿、瓦礫に当たって死ぬわよ」

戦士「大丈夫さ。
   ただ、頼みがあるんだ」

賢者「何よ」

戦士「うんと、身を軽くしてくれ。
   姿勢制御は、しなくていい」

賢者「……………わかった。
   やってみるわ」


道がひとつしか無いのなら、
迷わずに済むという事だ。
それが死地に向かおうとも。






夜の王城が騒がしい。
近衛騎士団が出撃し、文官たちは急な雑務に追われている。
どれだけ壮麗に飾り立てようと、騎士団は殺しが生業だ。
王城に詰めた、250の騎兵たち。
一体何人を殺すのか知らないが、その数だけ愁嘆場があり、
その数だけ様々な人生が幕を閉じる。
犠牲も産むだろう。
しかし騎士団は確実な戦果を挙げるに違いない。
彼らはそのために技を磨き、鍛え上げ、
それが正義だと信ずるからこそ、敵を見つけ力を放つ。
250の物語は、みなそういった物語だ。
そこに世俗的なヒューマニズムは必要ない。
軍とはそういうものだ。
個ではなく群としてラベリングされた人生たち。
彼らはそれぞれ名を持つが、
使命と誇りは時として名以上の価値を持つ。


憲兵「全く、なんの騒ぎだ」

兵士「魔研に襲撃だそうです。
   魔法執行部隊だとか。
   ま、すぐに片がつくでしょう」

憲兵「襲撃?
   大体、なぜ執行部だとわかるんだ」

兵士「大規模な魔法行使を感知したそうです。
   組織だった動きで瞬く間に制圧されたそうで。
   情況証拠に過ぎませんがね」

憲兵「…見事な手並みだ。
   なんの研究をしていたかは知らんが、
   上はお冠だろうな」

兵士「まぁしかし、魔法の王国も、それだけの精鋭を失います。
   痛み分けでしょうな」

憲兵「痛み分け………?」

兵士「違いますか?」

憲兵「………いや。
   確かに痛み分けだ。
   どうやったって、痛み分けがいいところだ」

兵士「戦争になれば、勝利するのは我々です。
   悪あがきといったところでしょうか」

憲兵「……………」






悪あがき?
魔法使いらしからぬ発想だ。
無様に足掻くより、自ら死を選ぶ。
彼らはそういった美意識を持つはずだ。

ならば、襲撃を決意させた理由とは。


憲兵「…ひとつだ」

兵士「なんです?」


熱狂、そして怒り。
それらが人を変える。

こんな話を聞いた事がある。
なんの事はない、古典的な社会心理学の研究だ。
研究者は、少年たちを2つのグループに分けた。
2つのグループは1週間、それぞれ親睦を深める。
他のグループとの接触はなかった。
1週後、2つのグループは賞品を賭けて競い争った。
グループの結束は高まり、グループ間では敵対心が生まれた。
これは自明の理といえるだろう。

さて問題はここからだ。
その後、グループ間の対立を解消する試みが行われた。
2集団の交流の機会を増やし、
音楽鑑賞や食事を共に楽しませ、詩の朗読会を開いた。

ところが、集団間の葛藤はむしろ増加する傾向になったのだ。

2つの集団は、似たものを賭け、この先も争い合うのだろう。
交流が溝を深めるのでは、和解の手段は無い。
幾度争い合えば気付くのか。
集団が1つになれば良いだけの話だ。

だがそれに気付く頃には、もはや手遅れなのだ。

…熱狂、そして怒り。
伝播するそれらは、やがて恐怖に変わり、
無慈悲に救世主を求める。
だが救世主は現れない。
恐怖に駆られた民草は、やがて。


憲兵「暴走だよ。
   …これは、始まりだ」


自ら命を断つだろう。


兵士「………なんです?」


自覚の、無いままに。






3度目の激震。
天井はもはや持たない。
疼くような音がして、ひとつ、またひとつと、
小さな破片が降る。


賢者「ちょっと!いつまでこうしてればいいの!?」

戦士「……………」


まだ早い。
これでは、届かない。


戦士「…もう、少しだ」


罅は天井の姿をすっかり隠してしまい、
ねずみ色はもはや黒一色だ。
反響していた轟音はやがて静まり、
一瞬の静寂が地下を包む。

そして、突然、まるで巨人に踏み抜かれたように、
天井は激しく崩落を開始した。


戦士「今だ!!」

賢者「もうっ!急なのよ!」


身体がふわりと持ち上がる。
うねる気流を視界が捉える。
だから、理解できる。
この長い筒状の縦穴に、螺旋状に道ができている事を。


戦士「気流の道か!やるな、賢者!」

賢者「うるっさい!さっさと行け!
   招きは天に、私の腕は大気を掴む………!」


足が地を掴む感覚が無い。
重力が身体を包む気流に相殺される、絶妙な力加減だ。
賢者の感覚の鋭さゆえに成せる事だろう。


賢者「バギクロス!!!!」


地を蹴り、斜めに跳ぶ。
少し遅れ、背に風を受け、加速。
膨大な風量に押された加速感は、まるで時を加速させるかの如くだ。
瓦礫のその落下を静止させたようにさえ感じさせる。
第一の目標と定めるは、自らの体重を支えるだけのサイズの瓦礫。
それを足蹴にし、更なる目標を定め、戦士は文字通り疾走する。
風魔法の恩恵があればその程度、階段を駆け上ると同じ事。
落下速度を遥かに上回る速度で跳べば、
瓦礫は宙に浮かぶ足場となんら変わりない。






戦士「うおおおおおおお!!!」


更に瓦礫を足蹴にして、次なる瓦礫へと跳躍する。
まずい事に、想像していた以上に速度がのる。
これではじっくりと「足場」を選ぶ余裕は無い。
速度は跳躍ごとに増し、戦士の身体を猛然と突き進む尾を引く流星へと変える。
姿勢が乱れ、その移動はもはや跳躍ではなく、バウンドするボールを思わせた。
だが動きを止める訳にはいかない。
甲冑、腕、身体のあらゆる場所を使い、
賢者が作った道を追い、
気流の螺旋階段を駆け上り、戦士は空へと疾走する。

回数にして、七度。
戦士は遂に天蓋を穿ち、崩落する天井を抜け、
地上へと躍り出た。


勇者「………戦士?」


そこに、驚きに身を固める、青い鎧姿の女性を見る。

想像よりも速度が落ちない。
戦士は身を翻し、地上フロアの天井に「着地」し、
更に反転し、地上へと降りた。
地下を抜けたら解除されるようになっていたのか、
魔法は既に解けている。
突然、身体を重く感じた。
先ほどまでの身軽さは、僅かの時間だったが、
充分に、身体に重力を忘れさせてしまったようだ。

地上フロアは大きなホールになっている。
会議室、だろうか。
多数の研究者が暮らす魔研の居住フロアに存在するだけあり、
かなりの人数が収容できそうだ。

その中央で、勇者と邂逅する。
魔翌力灯は全ては壊れてはいないが、
フロアは暗い。
勇者の表情はよく見えないが、
僅かな戸惑いと、確かに存在する敵意を感じ取る事ができる。


戦士「…お前、なんでここに居るんだ」

勇者「こっちが聞きたいよ。
   なんで魔研なんかに居るの?」

戦士「野暮用だ」

勇者「隠れてたね?」

戦士「気のせいじゃないか?」

勇者「………あは、は。
   浮気者だなぁ、戦士は」






勇者「…僕から、隠れてたね」

戦士「お前の見落としじゃないか?」

勇者「…今の、魔法じゃん。
   それにこの魔力の匂い。
   凄く、むかむかするなぁ」


ブルーメタルの鎧が光る。
勇猛なる青の鎧は、暗い室内で、より暗く紺碧に染まっている。
本来ならばどこまでも華美な拵え。
救国の英雄にこそ、この鎧は相応しい。
猛々しいこの鎧を身にまとう英雄を目にした者はみな、
希望を胸に膨らませ、どれだけ幸薄き世だろうと光明を見出すだろう。

退魔のルーンが刻まれた剣もそうだ。
鏡面のように磨き上げられ、僅かの曇りも見せない。
怜悧なる輝きは正義の心を喚び覚ます。
どれだけ敵に打ち付けようと、刀身は刃毀れひとつ見せない。

あれは、オリハルコンだ。
ミスリルの白銀の輝きとは違う、やや鋼の色の強い輝き。
太古の鍛冶師が神に挑み、鍛え上げたものだといわれる、
王国に伝わる王者の剣。

だがそれらの輝きも、
身に纏う冷たさに染め上げられてしまっている。
伝説の英雄の姿を模した、
憎悪と絶望に疲れ果て、その全てを皮肉るような笑みを湛える、
勇者という女性の冷たさに。

怜悧な眼光と白銀の髪。
これは希望を捨てた眼だ。
擦り切れた神託の証とやらも、
神などものの役に立たぬ、と切り捨てているかのようだ。


戦士「…雷魔法以外も、使えたのか」

勇者「んー?んーん。使えないよ」






戦士「じゃ、どうやって、床を割ったんだ」

勇者「内緒」

戦士「…へいへい」

勇者「時間稼ぎ、楽しい?」

戦士「………いいや」

勇者「この下も懐かしいなぁ」

戦士「来た事あるのか?」

勇者「ま、そーなるね」


やばい。全く信用されてない。


戦士「あー、聞け、勇者。
   俺がここに居るのには訳があるんだ」

勇者「………仕方ないなぁ。
   そんなに言いたいなら聞いてあげるよ」

戦士「おう。
   …頼む、聞いてくれ。
   だから、それまで手を出すな。
   ………お互いに」

勇者「……………ちぇ。
   ほんとに、気配を殺すのが上手いね。
   君ほど相性の悪い敵は居ないよ」

賢者「悪いけど、聞けないわ、戦士。
   この子は危険なのよ。
   私は、この子だけは、
   殺せる時に、殺すわ」

勇者「やってみなよ。
   ………きっと、共倒れだね」

賢者「………ッ……」


どこから現れたのか、
賢者は背後から勇者に剣を突きつけるが、
勇者の右手には既に魔力が練られていた。
僅かに纏った雷霆にどれ程の威力があるのかは定かではない。
しかし、そもそもこの距離では、勇者とて無事では済まないだろう。






賢者「………で?
   戦士、あんたは、どうすんの?」

戦士「……………」

勇者「なんも考えてないんでしょ」

戦士「いや、ある。考えは」

勇者「戦うしか脳ないもんね」

賢者「同感」

戦士「あるって。
   とにかく二人とも、抑えてくれ。
   このままじゃ話にならない」

勇者「やだよ」

賢者「いやよ」

戦士「頼むって。
   話合いでなんとかなるはずだ」

勇者「なにを話すの?
   僕だって、こいつだけは殺しておかないと、
   困るんだけど」

賢者「…なぜ、第6師団が魔研襲撃に駆けつけるのかしらね」

勇者「プライベートに口出す人って嫌だなぁ」

戦士「……………2人とも、やめろ。
   それじゃ、共倒れにしかならない。
   やめないと、どちらかが生き残っても、
   俺が殺してやる」






勇者「言うじゃん、らしくない。
   …まぁ、いいよ。
   じゃあ、なにから聞こうかな」


腕から雷が消える。
少しだけ不満気に、勇者は全身に漲らせた殺気を解いた。


賢者「質問は私達がするのよ。
   あなたに選択権があると思わないで」

勇者「私達?ふぅん。
   戦士は、本当の君の仲間なの?」

賢者「っ………!
   ええ、そうよ。
   彼は、私の仲間」

勇者「君の仲間は殺し屋でしょ。
   身体に死臭残ってるよ」

賢者「侮辱は許さないわ。
   私達には私達のルールがあるの」

戦士「やめろって。
   …勇者は、ここに、何しに来たんだ」


敵意は決して消えないが、
とにかく戦闘は避けられたようだ。
賢者もまた剣先を下ろしている。


勇者「んー………」

賢者「答えなさい。
   ここで何をしているの?
   なぜ、近衛師団が派遣されないのか、
   あなたは、知っているのかしら」






憲兵「不審な男?」

兵士「ええ、郊外で確保されました。
   たまたま出回っていた兵が声をかけたところ、
   死体を埋めていたとかで」

憲兵「死体、ね。
   最近は王都も物騒だな」

兵士「ですが、その被害者の身許というのが…」

憲兵「身許?
   そんなもの、すぐわかるだろう」

兵士「わかってしまうのが問題なのです。
   まぁ、一度見てみてください」


城の地下へ向かう。
地下は地熱と地下水を利用した簡易的冷蔵室となっていて、
貯蔵庫にも使われてはいるが、
我々の目的はその奥に存在する死体置き場だ。
存在を知らなければつい見落としてしまうような階段は、
闇色に満たされ、その先を隠している。
我々はランプを片手に闇に身を潜らせる。
階段を一段降りる度、鼻を刺す死臭が強くなり、
足取りは徐々に重くなる。
石造りの階段には足音がよく響き、
死の国へ足を踏み入れる自らの姿を俯瞰させるようだ。


憲兵「…死体は、俺は会った事があるのか?」

兵士「まぁ、一度だけですが。
   どうぞ」


一室に通される。
死体には番号が与えられているが、番号通りに並んでいるわけではない。
事件性や共通する状況など、同時に捜査が進められるべき場合に、
同じ部屋に収容されるのだが…。


憲兵「この部屋は。
   …近衛師団長の」


部屋には、解剖が済み縫合された近衛師団長、宰相の死体。
そして見覚えのある、新たな死体が並んでいた。


憲兵「………兵長、殿」





憲兵「なぜこの3人が同じ部屋に?」

兵士「…この痣を見てください。
   シダの葉のような」


右肩口から、虫が這ったような痣が、
シダの葉のように広がっている。
それはまるで刺青のようだが、
とうの昔に治癒しているようで、所々かすれていたり、
途切れている場所もある。


憲兵「古傷じゃないか。
   直接の死因ではないだろう」

兵士「これはなんの跡かおわかりですか?」

憲兵「いいや。
   …まるで前衛芸術のようだが」

兵士「王都に住むというこの方のご母堂にお話を伺いました。
   兵長殿はどうやら、かつて雷に打たれた経験があるようです」

憲兵「………雷に?」

兵士「…宰相殿のご遺体に、薄く、同じ痣がある事を、
   覚えていますか」

憲兵「馬鹿な。
   室内で雷に打たれるはずはない。
   ………そんなはずは、ない。
   不審な男という者はどこに?」

兵士「死にました」

憲兵「自殺か?」

兵士「そうです。カンダタという男です」






憲兵「…妄想型の殺人鬼だ。
   とんだお尋ね者だろう」

兵士「ええ。
   しばらく足取りを消していましたが、
   遠方の街で殺人を繰り返し、
   結局逮捕されています。
   最終的な身柄は第6師団が」

憲兵「……………」


考えてはならぬ事だ。
言葉もなく、憲兵は沈黙の中で、自らの考えを疑った。
しかし雷の痣は決定的な証拠になり得るものだ。
救国の英雄が軍部で暗殺を続けているという推論を、
充分に裏付ける事ができる。

しかし、その、動機とは。


憲兵「証拠が足りない。
   手を出すべきではない案件だ」

兵士「そうも言っていられますかね?」

憲兵「救国の英雄が国家転覆を?
   馬鹿馬鹿しい。
   お前も、そう思うだろう」

兵士「国王の身辺警護を固めるくらいしか出来ませんが…。
   あなたは捜査を続ける事ができますか?」

憲兵「具体的な最終目標が無ければ動くにも動けないな。
   勇者殿の罷免か。
   …それとも」

兵士「我が国には彼女を討ち取れるだけの兵は居ませんよ。
   …あなたは、どうかはわかりませんが」

憲兵「とにかく、この件は誰にも話すな。
   あと、魔法使いを見つけて来い。
   時が来るまで、部屋を冷凍しておく必要がある」

兵士「わかりました」






勇者「近衛師団ー?
   さぁ。
   なにしてんだろ?」

戦士「教えてくれ、勇者。
   お前は、何をしにここへ来たんだ」

勇者「里帰り、だって。
   僕の実家はここだから」


勇者は心底おかしいとでも言うように、
こみあげる笑いを隠そうともせずにくつくつと笑う。
だが、それでは真意を図る事ができない。


戦士「仲間は、居るのか?」

勇者「んー、もう帰ったんじゃないかなぁ」

賢者「…そうね。
   撤退する部隊の姿が見えたわ。
   私の部隊に生き残りは居るのかしら?」

勇者「生きてるかどうかは関係ないよ。
   今ここに、人間は3人だけ」

賢者「あなたが喋らないというのなら、
   私が喋りましょう。
   ひとつ、わかった事があるから」

勇者「………なにが?」


賢者はつとめて冷静だ。
一呼吸置き、彼女は会話を続ける。


賢者「あなたの雷魔法の秘密についてよ」






勇者「………へぇ。
   聞いてあげようじゃん」

賢者「軽々しく魔法使いの近くで使うべきではなかったわね。
   まず、あなたの雷だけど、
   発動効果は一瞬だけ。
   そうでしょう?」

勇者「………そうだね」


意外にも勇者はすぐに認める。
確かにそうだ。
勇者の雷魔法は、遠く目撃できる自然のものと同じ。
発動は一瞬だが、それでも凄まじい威力がある事は確かだ。


賢者「発動までは少しのタイムラグがある。
   あと…これは推測だけど。
   狙いは至って正確だけど、
   雷の、『軌道までは操れない』。違うかしら?」

勇者「……………」


勇者の顔から色が消えた。
賢者が何を見抜いたのかはわからないが、
恐らく的を射ているのだろう。


勇者「……凄いね。
   その通りだよ。
   僕は、雷を支配しているわけじゃない」

賢者「私達魔法使いの自然干渉系魔法は、自然現象を支配する事で成立する。
   そもそも、雷なんて属性はないわ。
   つまり自然現象である雷は、エレメンタルのどこかに組み込まれるという事。
   …あなたの雷はなにか絡繰りがあって作られたものって、ずっと思っていたわ。
   あなたの本当の魔法は、つまり」

勇者「……………」

賢者「天候魔法。
   あなたは超高速で雷雲を作る事ができるのよ」






勇者「…ほんとに、君は嫌いだよ」

賢者「私も天候魔法は使えるけど、
   同じ芸当なんて出来ないわ。
   まだ秘密がありそうだけど、それだけわかっただけでも充分」

勇者「…まー、まがい物でも、彼女の自信作なんだけどね」

戦士「彼女って、まさか」

勇者「………あはは。
   想像はつくかもしれないけど、
   それは、秘密だよ」

賢者「里帰り、と言ったわね」

勇者「……………」

戦士「勇者。もしかして、下の牢獄に居たのは」

勇者「あははは!違うよ。
   あの牢獄に居たのは、『本物』だから」

戦士「………本物?」

勇者「そ。
   今は、もう居ないんだけどね」

賢者「なんの話をしているの?」

勇者「だめだめ。
   次は僕が喋る番だよ。
   戦士、あれ、見た?」

戦士「あれ?って、どれだ?」

勇者「んー?違うの?
   てっきりあれ見て怒ったからこんな事したのかと」

賢者「……………」






勇者「魔法使いたちの死体の話」

戦士「……………死体?」

勇者「燃やしてくれちゃって、困るなぁ。
   まぁ新しいのをいっぱい仕入れられたからいいんだけど」

賢者「………あなた、まさか」

勇者「さぁねー」

賢者「私の部下達を、…どうしたの」

勇者「内緒だよ。言う必要ある?」


話の内容はわからない。
しかし断片的な単語から推測出来ることは、
…とても人の道ではない。
死体を使って何をする?
人が魔法使いに求めるもの。
…それは。


戦士「魔力か?」

勇者「お、戦士はやっぱり賢いね。
   馬鹿だけど」

賢者「あなた達は、一体なにを……」

勇者「うーん。
   教えてあげたいけど、
   教えられないんだよね」

賢者「あれはあなたの仕業なの?」

勇者「なんだ、見たのは君なんだ。
   君って意外に直情的なんだね」

賢者「……………」


賢者は、ぎり、と唇を噛む。
彼女は見てはいけないものを見たと言った。
どれだけ苛烈な状況に身を置こうとも、
激情に駆られようとも、彼女は心の静謐さを失わない。
その彼女が冷静さを失い、凶行に及ぶだけの理由とは、
きっと誇りと尊厳でも踏みにじられたのだろう。
そしてそれは恐らく、決して自らのものではないのだ。


勇者「ま、そろそろ幕引きだね」






賢者「………ッ、……ぁっ………」


賢者は声にならない悲鳴をあげ、
こめかみを押さえ、突然膝を屈した。
理由はわからない。
だが、この場においての彼女の特異性とは、
彼女が魔法使いであるという事のみだ。


戦士「賢者!どうしたっ!?」

賢者「わ、わから……」

勇者「知覚を解けばいいだけだよ。
   無理すると死んじゃうよー」

賢者「ぅ、く……」


思わず賢者に駆け寄る。
未だ痛むのか、賢者は少し頭を気にしながら立ち上がった。
視線を外したのは僅かの時間だったが、
勇者に距離を取らせるには充分の時間だったようだ。


勇者「迎えが来たんだ。
   欲しいものは回収したいし、
   邪魔はされたくないんだよ。
   ごめんね」

戦士「待て、勇者!!
   欲しい物ってなんなんだ!」

勇者「これこれ」


勇者の右手には、拳大の赤黒い球体が握られていた。
毒々しい赤だ。
見覚えはないが、なぜだかあの色を知っている気がする。

記憶を頼りにその色から受ける印象を必死に言葉にしようとして、
…そして、気付く。
赤黒い球体から想起させる印象。
勇者が手に入れたという魔法使いの死体たち。
それの意味するところとは。






戦士「それ、…血でできてるのか」

勇者「だけじゃないよ。
   ほら、うちの司令部、荒れ野の近くにあるって知ってたっけ?
   荒れ野で採掘される妙な石があってさ。
   木炭と混ぜるとほんとよく燃えるんだ」

賢者「…ブラックパウダー………」

勇者「…なんで、知ってるの?」

賢者「…魔法学院が最近発見した技術よ。
   私としては、王国軍が製法を知っている事が驚きだわ」

勇者「ま、いいよ。
   これはブラックパウダーにね、魔法使いの血液を染み込ませたものだよ」

賢者「……………」

勇者「魔力って血液に溜まるんだって。
   知ってた?」

賢者「そういう説もあるけど。
   そうしたらどうなるの?」

勇者「魔力って勝手なものでさ。
   意思が通わなくても、起こった現象を真似するんだよ。
   馬鹿みたい。
   魔力は血液に溜まるってわかっても、
   魔法石みたいにその魔力を取り出す方法もわからないし。
   …だから単純に、ブラックパウダーの威力を高めれないかってね」

戦士「………賢者」

勇者「自慢したくてたまんなくてさぁ。
   ま、試しに防いでみて」

賢者「戦士、私の後ろに!!!」






勇者の放り投げた赤黒い球体は、
床に落下するなり、閃光を放ち轟音を響かせた。
圧倒的な熱量と急激に膨張した大気が放つ衝撃波は、
容易くコンクリートを崩壊させる。
それを見て、床を壊したのはこの爆発だと確信できた。
爆轟の規模は決して大きくはない。
しかし眩む視界の中、爆轟の周囲に、更に炸裂する大気を見た。

まるで連鎖するかのように、
爆発は蟻の巣のように周囲を取り囲む。
球体に蓄積された魔力が新たな爆発を産んでいるのか。
乱れ咲く爆轟はまさに雨粒の飛沫を散らすが如くだ。
反応速度が高すぎて、爆轟は一度のみに感じられる。


賢者「………ぐっ……………!!!」


連鎖反応が終わり、
焦げ付いたような臭いが鼻を刺す。
範囲はおよそ10メートル四方だろうか。
身体が無傷のところを見ると、
どうやら賢者に守られたようだ。


戦士「…無事、か?」

賢者「たまんないわね、これは。
   何度も防げるものじゃないわ」

戦士「お前も無傷か。
   すまない、助かった」

賢者「でも魔力切れよ。
   もう、…搾り粕も出ないわ」

戦士「…………あとは任せろ。
   どうにか守ってやる」






勇者「へぇ、防げたんだ。
   さすが百戦錬磨の魔法使いだね」

賢者「…とんでもないもの、作ってくれたわね」

勇者「あはは。
   余力、ある?
   戦士はいーけど、魔力切れの君を見逃す手、
   …ないんじゃないかなぁ…?」

賢者「……戦士………」

戦士「間合いが、離れすぎてる。
   …俺の後ろに」

賢者「ごめん………眠くて……」

戦士「賢者っ!?」

勇者「あー、もう、めんどくさい。
   …まとめてやっちゃおうか」


魔力切れの影響か、
賢者は力なく崩れ落ちてしまった。
すんでの処で抱きとめるが、
賢者の息は荒く、身体は燃えるように熱い。
勇者の手が振り上がる。
その手に僅かに、雷霆を纏わせながら。


戦士「………やめろ、勇者。
   目的を聞かせてくれ。
   話次第では、敵にはなり得ないはずだ」

勇者「そーゆーわけにもいかないって。
   時間もないし、彼女とはずっと殺し合ってきたんだもん。
   爆弾も見せちゃったし、彼女に同じ手は二度通じないから、
   今のうちに殺しておかないとって、
   僕間違ってる?」

戦士「………俺が、気に入らない」

勇者「子供みたいな事言わないでよ。
   苛めたくなっちゃうじゃん」


どうする。
ミスリルの外套に賭けるか。
ハルバードを投擲するか。
…どの手立ても、見込みが薄い。
睨み合いは続く。
例え雷を防いだところで、
勇者は接近戦もデーモンと渡り合える腕前だ。






勇者「もう、さっさと逃げてよ。
   戦士には、できるだけこんな姿、見せたくなかったのに」

戦士「馬鹿言え。
   みすみす見逃せる事じゃねえ」

勇者「…ほんと、何度も命は狙われるわ、
   戦士は誑かすわ。
   …目障りだね、賢者は」


勇者は仕掛けてこない。
おかしい。
これは勇者にとって、絶好の機会と言えるはずだ。
俺が間に立っているとはいえ、
脅すのみに留めている理由がない。


戦士「仲間が、来るのか?」

勇者「……………さぁ?」


なぜ、気付かなかったのか。
勇者は魔法使いの死体を求めていると言った。
しかし爆弾が魔法使いの血液を原料としているのなら、
魔法使いは生け捕りが都合が良いはずだ。
つまり、勇者は。


戦士「動けない賢者を、捕らえるつもりなんだな」

勇者「……………」


勇者は沈黙で応える。
そもそも勇者の返答は関係が無い。
これは確信に近い推測だ。


勇者「………ふぅ。
   ま、別に殺してもいいんだ。
   賢者ほどの魔法使いが生け捕りにできて、
   生かしておけば血液が収穫できるってのは魅力的だけどさ」

戦士「………収穫、……だと?」

勇者「怒んないでよ。
   賢者の存在は、殺すだけでも、
   充分に戦略的価値を見出だせるんだ。
   …だから、戦士がそこから動いたら捕らえるし。
   動かないなら、君ごと殺すしかない」






勇者「じゃ、5つ数えるね。
   どっちか選んでね」

戦士「………くっそ……」

勇者「ごー、よーん」


どうする。
賢者を連れ縦穴に降りる。
…駄目だ、精霊さんの機嫌次第だし、
下は瓦礫だらけだし雷を遮るものがない。
勇者に挑みかかる。
…雷魔法の発動より速く斬りかかれるか?
…八方塞がりだ。
いくら考えても、状況を打開する方法が思い浮かばない。


勇者「さーん、にーい」


それだけは駄目だ。
賢者を見捨てる事はできない。
命をもらうと約束したんだから。


戦士「………く、そぉっ……!」


この勝負の帰趨は既に決している。
間合いを取られては魔法の餌食だし、
後ろには賢者が倒れ伏している。
故に俺は身を横に躱す事ができない。
足に棲んでいるという精霊は気まぐれで、
助力は期待できたものではないし、
間合いを詰めるより先を取られる事は明白だ。

だが俺の身体は、雷を耐える事などできない。
これは死へと向かう疾走だ。
だが諦観も絶望も、あってたまるものか。
これは俺の打てる最善の一手。
気休めかもしれないが、ミスリルの外套を身体の前に翻す。


戦士「うおおおおおおお!!!!」

勇者「ふうん。
   それが君の答えなんだね」


勇者の手から雷霆が放たれようとした、その時。


「旦那!!!止まってください!!!!」


見知った、声が響いた。






王城に、一人の伝令が戻ってきたと聞いたのは数分前。
通信水晶が発見されてからというもの、
伝令のための駿馬が駆けるという事は、
作戦行動の失敗を意味しているようなもので、
報告を受けた時、俄に心がけばだった。


憲兵「…近衛騎士団が?」


そして、その予感は正しい。
伝令は出撃した近衛騎士団の全滅を報せるものだったのだ。


兵士「ええ。
   魔研に向かう森で、全滅したそうです」

憲兵「馬鹿な。全滅というのなら、生き残りは…」

兵士「先ほど帰った一人のみです。
   なにやら恐慌状態のようで、
   詳しい話が聞けるのは数日後でしょうね」

憲兵「………何故だ?
   近衛騎士団を全滅させられるだけの兵力、
   秘密裏に王都に送り込めるわけはない」

兵士「真偽の程はわかりませんが、
   魔研の近くで轟音が鳴り響いたという証言も出ています。
   …信憑性は、7、3といったところですかね?
   とにかく20分後に軍議です。
   あなたもご出席を」

憲兵「…ああ。
   すまないが、それまでに例の雷撃痕の資料を纏めておいてくれ」

兵士「………なぜ、今?」

憲兵「今だからだ。
   国が危機に瀕している時に勝負をかけるべきだ。
   手遅れになってからでは遅いとは思わないか?」

兵士「…わかりました。
   纏めておきます」






大将「おお、憲兵か。
   なにやら国に暗雲が立ち込めておるな」


王国軍大将、
第2師団長。
中央王国軍最高評議会の議長でもある。
ヒゲを結わえた禿頭、巨腹の小男で、
かつては軍神とまで言われた戦略家だったが、
寄る年波にその知略にも陰りが差しているようで、
近年では専ら権力に縋り付く俗物と評されている。

評議会というのも、前線に赴かないこの男のポストを用意した程度だ。
軍議とは王国軍の意向を再確認するのみに過ぎない。
つまり必要性はないのだが、
一定の権限が与えられている事が質が悪い。


憲兵「評議会が機能するのも久しい事です。
   この程度の暗雲、王国なら容易く払えるでしょう」

大将「ははは。
   うむ、その通りだ。
   我が軍は精強無比故にな!
   大陸統一も近いと言えるだろう、はははは!!!」


軍は王のものだ。
だが王国で軍権を握る事は、巨大な権力を手にする事になる。
ある程度の増長は仕方ない。


憲兵「…大将殿。
   軍議の前に、大将殿のお耳に入れておきたい事項がございます」


近衛師団長亡き今、この男こそ名目上軍権の頂点に立つ男だ。
ならば根回しくらいはしておくべき、と憲兵は判断する。
近衛騎士団の全滅は由々しき事態だが、
憲兵はあくまで軍警察だ。
軍内部を取り締まる任務を帯びている。






大将「…勇者殿が、国家転覆を?」

憲兵「ええ。
   例の暗殺事件も、下手人は勇者殿で間違いありません」


大将は少し思案顔を見せたが、


大将「なに、それがどうしたのだ」


すぐに、普段の顔に戻った。


憲兵「……………は?」

大将「さぁ、行くぞ。
   軍議だ。
   どうした?突っ立っていては始まるまい」

憲兵「いえ。
   事態が、おわかりなのですか!?」

大将「…そうさな。
   まぁ、しいて言えば、
   事態は早急ではないと言えるが、
   …何、先に始末しておくのも一手か」

憲兵「!?!?!?」


ドアが蹴破られ、
雪崩れ込んで来る衛兵たち。
それを目にし、理解した。


………国家転覆など、

既に終わっていた事を。




中央王国編、終わりです。
直接続きになりますが、
次回からは魔法の王国編です。

次回の投下はいつになるかまだわかりませんが、
よろしくお付き合いください。
数々のレスありがとうございます。
励みになります。

ご無沙汰しております。
ちょっとだけ時間が取れたので、
もうちょいしたらちょっとだけ投下します。

かなり期間が開いてしまいました。
申し訳ありません。

魔法の王国編の導入部だけでお茶を濁す作戦。


*****


戦士「盗賊!?」


声がしたその時、
機を伺っていたのであろう、勇者の背後に現れた壮年の男が、
勇者に向け、桶に汲んだ水を浴びせた。
投げつけられた桶如き、勇者の身体能力をもってすれば、
容易く避けられるものだが、

しかし声に虚を突かれた勇者は身を固めてしまい、
全身に水を浴びる事を、完全に許してしまっていた。


盗賊「…お許しを」


盗賊は手に、
内反りに湾曲した、大振りなナイフを構えている。
それは決然とした戦闘態勢だ。
盗賊の装束は街着のままだが、
その姿こそが市井に潜む無頼の男の真の姿なのだろう。


勇者「………君まで、裏切るの?」

盗賊「そのつもりはありません。
   …しかし、あなたの行動を諌める事も、
   私の賜った役目かと」

勇者「そんな事頼んでないよ。
   君に、その資格があるとでも?」


勇者は身体を戦士に向けたまま盗賊と話をする。
顔は伏せられ表情は読めないが、
その双眸に宿った暗い輝きを、声色から容易に知ることができた。






盗賊「これは君のすべき事ではない。
   私がこうして君の生き方を正す事は、
   君に仕えた時から、決めていた事だ」

勇者「…意外に、つまんない事で死ねる男」


勇者は言うなり、逆巻く波の如く反転し、
壮年の男へと躍りかかった。


盗賊「ぐ、っ――――!!!」


眉間に迫るオリハルコンの剣。
神速の踏み込みから唐竹に振り下ろされた刃を、
盗賊は湾曲した短刀で防ぐ。


勇者「君、戦えたんだ。
   知らなかったよ。
   君が戦えるなら、これまで僕も苦労しなかったんだけど」

盗賊「なに、…嗜みのようなものです。
   披露する機会は無いと思っていましたが」

勇者「全く、鼠賊如きが剣士の真似事を…ッ!」


響き合う、剣と短刀。
盗賊はトップヘビーなグルカナイフの利点を活かし、
しなやかに距離を稼ぐような軌道で、身に迫る剣を迎撃する。
それは驚嘆すべき達人の技だ。
しかし盗賊が達人ならば、
対する勇者の剣腕は超人の域。
人の身で人ならざる膂力を誇る魔神と互角に打ち合う程の。






盗賊「(やはり、及ばぬか………ッ!)」


盗賊の顔に焦りが滲み出る。
そもそも勇者と剣を交わす事が、彼にとっての死地となる事は、
彼なら理解できていただろう。

得物の間合いの不利。
足に古傷を抱え、疾走が許されぬ事。
力量の差。
グルカナイフは厄介な武器だが、
その利は投擲にこそある。
接近戦では決め手に欠ける武器を用いる事に加え、
足を使えず距離の取れない事からしてこの状況は、
勝利もなく敗走も許されぬ、
ただ死を待つ戦いだ。

一際高い剣戟の音がして、
ふたつの刃が鬩ぎ合う。
鍔元で刃を受ける勇者に対し、
盗賊は反りの中央に落としこむように受け止める。
体格は盗賊が有利だが、勇者の鋭い踏み込みによる体勢の差が災いし、
拮抗した鍔迫り合いとなった。


勇者「実はなかなか腕が立つみたいだけど。
   あんまり怖くはないかな」

盗賊「…ご冗談を。
   あなたが恐怖を感じる事など、ありはしないでしょうに」


鍔迫り合いは続く。
どこか愉悦を覚えたような勇者とは対照的に、
盗賊はもはや忘我の域にでも居るのか、
表情は引き攣り、大粒の汗を額に浮かばせ、
しかし確かな感情の昂ぶりを見せている。

それは使命を帯び絶望の戦場に赴く兵士の貌。
そこに趨勢を案じる必要は無く、
ただ使命のために己を賭すのみ。
そこが生の終着地となろうと、
己が役割を果たさんとするだけの男の貌だ。







盗賊「ぐっ――――!!!」


先に限界を迎えたのは盗賊だった。
崩れ落ちるように蹴り足にした右膝を折り、
だらしなく地を這い、勇者の間合いから逃れようとするが、


勇者「じゃ。
   なかなか楽しかったよ―――」


銀髪の女性は、その背に上段に構えた剣を容赦なく振り下ろす。


勇者「――!?」


しかしその剣が届く事は無い。
振り下ろされた剣は、斧槍の穂先が迎え撃つ。
戦士がホールの隅に昏睡状態の賢者を横たえ、
手助けに戻るだけの時間を、盗賊は稼いだのだ。
弾かれた剣先を眺め、勇者は苛ついたように唇を噛み締める。


勇者「………ちっ、君まで」

戦士「わりぃけど、俺はそいつの護衛の仕事を受けたんだ」


理由はわからないが、
勇者は水に濡れていては雷魔法を扱えないようだ。
加えて間合いを詰めれば、接近戦なら勝機がある。

しかしそれでも、ただひとつの懸念材料があるが―――


勇者「……………っ、」


先程の赤黒い球体だ。
正体はわからない。
しかしその威力、直撃すればひとたまりもないだろう。


盗賊「旦那、殺しはいけません。
   ………頼みます、無力化を」







勇者「捕まえる気?」

盗賊「そうです。
   あなたが"彼"の命で動いているとすれば、
   まずあなたの身柄を確保しなければ」

勇者「……そうだよ。
   でも勇者ってのは、王の命令で動くものでしょ」

戦士「なんだかわかんねぇが諦めろ。
   2対1だ。
   趨勢は決まっただろう」


戦士は立ち上がった盗賊と挟む形で勇者と対峙し、
その中で戦士一人のみ、摺り足でじりじりと間合いを詰める。
接近戦しか脳が無いという事は実に不便だ。
だが立ち合いとは長所の潰し合いといえる。
勇者はまごうことなき強者であり、
どんな強者に総合力で劣っていようと、
「接近すれば打ち勝てる」という強みを持つ戦士もまた、
超人の域の者であるという証として過言無い。

先に仕掛けたのも、やはり戦士。
彼にとって細かな技など必要なく、勇者にとっても警戒すべきはその威力のみ。
ただ実直な突き込みを、勇者は僅かに身を捻り躱す。
しかし――――


勇者「……は、やっ……!!」


その突き込みの速度は、勇者の想像を遥かに超えていた。
繰り返される刺突と縦横無尽な薙ぎ払い。
戦士が踏みしめる蹴り足は床を割り、荒れ狂う薙ぎ払いは、
暴風のようにホールの机や椅子を舞い上がらせる。
勇者はひたすらに追われる刃先を近づけないよう、
追い散らされる鹿のごとく防戦に徹する事しかできず、
武器使いとしての技量の差を、ひしひしと肌に感じていた。






勇者「………はぁ、はぁ………つ、よいね、ほんとに…」


だが勇者は同時に、確かな血の滾りも感じた。
戦士のファイターとしての技量はまさに無双のものだが、
勇者はそもそも剣と魔法とを複合的に用いる魔法剣士だ。
決して武器による戦闘のみで優劣が決まる訳はない。

難敵を前に、自らの長所を頼りに血が滾るなど、
そんな清冽な覚悟はとうに捨てたものと思っていたが、
どうやら武人としての自己も捨てたものではないらしい。
多少の距離を取り、向かい合う。
荒い息をつく勇者と対照的に、戦士は汗ひとつ流していない。

そのとき、勇者の真横から、気配を殺して見守っていた、
壮年の男が斬りかかる。
戦士との剣戟で疲弊した事が災いしてか、
先程まで圧倒していた相手の連撃さえ、精々凌ぐ事しかできない。
盗賊の短刀が勇者に届く事こそ決して無いが、
勇者の力はもはや盗賊と伯仲の領域まで落ち込んでいた。

剣戟の中、盗賊の左手が腰に伸びる。
同時に盗賊は一瞬のうちに胸元で右手の短刀を逆手に持ち替え、
勇者の握る剣の鍔元に短刀の背を絡ませた。


勇者「――――ッ!?」

盗賊「お許しを」


絡ませた腕を右へ振りぬき、勇者の側頭部が露わになる。
身を捩る勢いをそのままに盗賊は左手を振るう。

その手には、紐の先に金属塊のついた武器が握られていた。






勇者「―――ぁ、ぅぁ―――ッ…」


太く重苦しい音と、高い金属音がして、
勇者の額に光っていた"神託の証"が宙を舞う。
衝撃は鉢金を通しても充分に脳を揺らしたようで、
勇者は額を押さえ蹲った。

戦士は盗賊の手に握られた武器を目にし、記憶を巡らせる。
記憶が正しければあれは東洋で生まれた暗器の一種だ。
縄の先に金属の重りをつけ、振り回し攻撃する。
それなりに遠心力をつけなければ効果的ではないためか、
盗賊は一度背で振り回してから攻撃に移った。
武器の持ち替えからディスアームまでとそれは同時に行われた事。
一朝一夕でできる芸当ではない。


勇者「……暗器、使い…っ」

盗賊「―――旦那、拘束をお願いします。
   最悪眠らせても」

戦士「紐なんて持ってねーよ。
   それ、貸せ」


戦士は盗賊から流星錘を受け取り、勇者の腕を後ろ手に縛る。
弾かれた鉢金を見やると、大鎚で叩いたかの如く、見事にひしゃげていた。
鉢金が無ければ死んでいると見て間違いない。


盗賊「すみません、勇者殿。
   しかし、あなたの望みとは…」

勇者「…うぐ…わ、かってる、はずだよ。
   僕の望みは、ずっとひとつ」

盗賊「………私は。
   あなたがこうして変わり果てて行く姿を、
   ただ見ていただけだった」

勇者「…………そうだ。
   君は、ただ見ていただけだった。
   いや、…初めは。
   見てすらもいなかったんだ」






戦士「おい、盗賊。
   外が騒がしいぞ。
   さっさと逃げねーと、新手が来る」

盗賊「あなたは賢者殿を。
   私は、この子を…」

賢者「……その必要はないわ。
   どうやら、あなたに助けられたようね」


休んでいるうちに回復したのであろう賢者は、
頬を僅かに紅潮させ吐息も未だ荒いが、
なんとか足は動くようだった。


賢者「髪が濡れてるわね。
   …ふーん。
   そっか、水は雷を通しやすいから。
   濡れてちゃ使えないってわけね」

勇者「……………」

戦士「賢者、走れるか?」

賢者「多少なら平気よ。
   …頭はずきずきするけど、
   魔力切れは初めてじゃないから」

盗賊「行きましょう。
   脱出経路は調べてあります」

勇者「………ふざけないでよ。
   絶対に、逃がさない」


盗賊が勇者に手を掛けた時、
勇者は手を縛られたまま、投げやられた剣に弾かれたように跳躍した。
落ちた剣で紐を切り、手を縛る流星錘がはらりと地に落ちる。
勇者の左手には魔力が練られていた。
身体を濡らす水はもはや渇き、
ただ蒼い光と薪の音が響く。






戦士「賢者!後ろに隠れてろ!!」

賢者「―――ッ!」


結局、状況が戻ってしまった。
距離を取られ、勇者の手には魔力。
対してこちらは、魔法に抗する力を持たない戦士と、
病み上がりの賢者、速く走れない盗賊。


勇者「昔盗賊に、
   …僕の望みを語ったね」

盗賊「…ええ」

勇者「それは今でも変わってないよ。
   いや、ずっと変わらないんだ」

盗賊「……………」


盗賊は痛々しげに目を伏せ、
しかしすぐに揺るがぬ眼差しで勇者を見返した。


盗賊「君の望みが、そうであるなら。
   "家族"を求めるのであれば、
   …君は、彼に従うべきではない」

勇者「…求めるんじゃない。
   取り戻すんだ。
   あの頃を!!あの時を!!!」


声は徐々に振り絞られ、
やがて後悔を越えた慟哭となる。


勇者「僕は、自由になるんだ!
   あの館から!暗い地下の底から!
   魔法の王国からも!中央王国からも!!
   "彼"からも!!!」


悲しみに引き裂かれるような。
はじめから叶わぬと知る願いを訴えるような。

失った生きる意味を取り戻そうとするかのような。


勇者「最後の家族と一緒に!!」

盗賊「…しかし、彼女は、もう」

勇者「うるさいうるさいうるさい!!
   元はといえば君が悪いんだ!!
   奴隷商の癖に僕に優しくなんてしないでよ!!!」

盗賊「ただ、私は君に―――」

勇者「君は殺さないよ。
   君はずっと見続けるんだ。
   僕と、――――」

盗賊「………………ああ」

勇者「魔女の、結末まで」






勇者の右手から放たれる雷。
それは戦士でも盗賊でもなく、
戦士の背後の賢者を狙ったものだった。

雷は弧を描くように放たれた。
その軌道は尋常では予測し得ないものだ。
魔法に疎い戦士は勿論の事、
魔法使いである賢者でも。

故に、勇者の傍に在り続けた盗賊が、
2人よりも早く行動に移る事ができたのは必然だったのだ。


勇者「―――――え?」


賢者を庇う形で身を投げ出す壮年の男。
いかづちは無慈悲に命を奪う。
男の胸元に直撃した雷は、不条理なほどの殺傷能力で、
その心の臓の動きを停止させた。






不運な事に、部屋には窓が無く、
外の状況は望めなかった。
城内での帯剣は許されてはいるが、雪崩れ込んだ衛兵たちの数は多く、
突破する事も不可能ではなさそうだが、
こちらも無傷では済まないだろう。

影響はどこまで及んでいるのか。
大将は、先に始末しておく、と言った。
自らの出自を慮るに、
では事態は切迫しているに相違なかろう。


憲兵「…王国軍大将ともあろうものが、
   卦体な謀に手を染めたのか」

大将「王国軍を真の大陸の覇者とするに必要な事よ」


顎を撫で回し、下卑た笑みを浮かべ、大将は言葉を繋ぐ。


大将「勇者殿を見て確信したのだ。
   我が王国の王家には、血は伝わっていないとな」

憲兵「……………」

大将「魔法排斥?馬鹿馬鹿しい。
   王家の血筋に魔力が宿らぬ言い訳だろうに。
   魔法を認めてしまえば、王家の血筋が詳らかになる危険もある。
   民草は与太話をよく信じるからな。
   ……しかしその割に、躍起になって研究所を建造するあたり、
   さもしいものよ」

憲兵「…王国軍は既に大陸の覇者だ。
   そもそも、魔法などという不公平な力に依存することは、
   文明として危険な事だ」

大将「だが現に、神託の者などというくだらぬ演出に、
   王国は大いに沸いたではないか」

憲兵「それは、あなたがお膳立てをした―――」

大将「そうだ。
   三文芝居もいいところだが、
   まがい物とはいえ英雄と同じ力を振るえるというだけでこの通りだ。
   愚かな民草どもにはいい慰みだろうよ。
   …まぁ、故に、わしの目指す王国に王家は必要ないのだ」

憲兵「……………」

大将「英雄の血を引いておきながら――――
   その象徴たる、雷の力を受け継いでいない王家などな」







憲兵「…愛国故の造反とばかり思っていたが、
   なんの事もない、ただの強権的なテロリストとはな」


吐き捨て、抜剣する。
同時に己の無能さを嘆いた。
軍警察の地位にありながら、ここまでの造反を許してしまったのだ。

しかし、今知り得た事をよしとせざるを得ない。
軍議には王も出席するのだ。
恐らく軍議が始まってしまえば、
その場で国家転覆は完了してしまうのだろう。


大将「王家の血筋は根絶やしにする。
   くくく、そしてそれはあなたも例外にはならん」

憲兵「………ほざけ。そうはさせん」

大将「城内に味方が居るとは思わない方がいい。
   では、わしは失礼しよう。
   せいぜい足掻くがいい―――――」

憲兵「待て、貴様!!」

大将「―――――第二王子殿」


大将がこちらに背を向けた時、
一人の衛兵が斬りかかってきた。

視界が閃光に包まれるのと、それは同時。
室内の誰もが目を眩ませ、
気付いた時には手を引かれ、
大将を通そうと兵たちが開けた道へと誘われていた。






勇者「……………なんで」

戦士「お、おい!!
   盗賊!!!!」


勇者は呆然となにかを呟き続け、
戦士は倒れ伏す男を抱き起こし、
賢者は男の身を確かめようと、残り滓のような魔力を振り絞る。

しかし賢者が首を横に振った時、
勇者はなぜ、どうして、と呟いたのち、


勇者「……………つまんない」


それだけはっきりと声に出し、
その場に背を向けた。


戦士「待て、勇者!!!」


勇者の身体にはなおも雷が纏わりついている。
それは追えば殺すという意味だ。
勇者は一度も振り返る事なく、
扉の先に消えてしまった。


賢者「………逃げるわよ。
   彼は…置いていくしか…」

戦士「……ああ」

賢者「…あんたのせいじゃないわ。
   …絶対に、違う」

戦士「わかって、るよ」


恐らく、考えあぐねる時間はないのだろう。
2人は少しだけ倒れた男を見、
外へと駆け出した。






――――――そこで、物見の水晶球への魔力を切る。

盗賊の死は慮外だが、
彼女の意思を継ぐ者の顔を知る事ができた。
賢者が魔力切れを起こしてくれたおかげだ。

あの武器は、ミスリルだろうか。
また随分と嫌われたものだ。


「ふふ、ははは――――。
 死んでも、僕の、邪魔、するんだねぇ――――」


ここは暗い地の底の館。
誰も知らぬ、時の流れに埋葬された場所。
領地には死にきれぬ哀れな人形が徘徊し、魔獣たちが庭を守る、
涜神の館。
ここは死の国。
"彼"の作り上げた、"彼"の王国。


「早くおいでよ。
 負けないよー、なんつって。
 ははははははは!!!」


戦士はまだ、知る事はない。
大陸に巣食う、本当の敵の姿を。






如何に鍛えようと、
何人を打ち倒そうと、
所詮は人の身ひとつ。
そんな詮無き事、十を過ぎる頃には悟ったはずだ。

しかしそこで歩みを止めず、愚かと知りながら、
人の身ひとつで出来る事を必死に探し続けてきた。
それは無駄に等しい足掻き。
しかしそれが真に無駄ならば、
人とはその無駄こそが生ならば、
なんとこの世は無常な事だろう。


「昨夜!!王立魔法研究所への、魔法の王国と思われる兵による攻撃があった!!」


少女の描いたたったひとつの夢。
その夢の彼方に、千、万の潰えた夢がある。
その夢を思えば、昨夜は、万に一つの機であったはずだ。


「国王は事態を重く鑑み、
 自ら近衛騎士団を率い出撃したが、
 魔法の王国の新兵器と思われる攻撃の前に、奮戦し全滅!
 あろうことか、国王までも崩御された!!!」


所詮無明の旅だったのか。
冬の訪れを告げる、冷たい風が肌に刺さる。


「中央王国評議会は、既に国境封鎖を決定した!
 研究所襲撃を事実上の宣戦布告と見做し、
 国王の弔いの為、
 第六師団長、救国の英雄と称される勇者中将に非常時大権を委任!」


彼女の夢は、戦争を止める事。


「現時点より、我が国は戦争状態となる!!!」


俺は彼女の意思を、継いだはずだった。






賢者「………どう?」

戦士「…駄目だ。
   どこに行っても兵隊がうろうろ。
   こりゃお忍びで国境越えは無理だな」

賢者「魔法も探知されるでしょうねー…」

戦士「…ま、俺は俺で、なんとかするよ。
   お前も、一人の方がなんとかなるんじゃねぇか?」

賢者「そうね。お互い単独の方がやりやすいかも。
   あんたは一応、王国軍所属だし」


兵長のご母堂から、兵長の死を聞かされた。
下手人はわからないとの事だが、
…勇者の手による事だと、なんとなくわかった。

…勇者がどんな意図で行動しているのかは、
俺にはわからない。
唯一、知るはずの盗賊も死に、
結局俺の仲間は、賢者だけになってしまった。


賢者「じゃ、私はとにかく、
   一度魔法の都に戻るわ。
   あんたは?」

戦士「…俺は、火竜山脈に向かうよ。
   あいつの研究室を見つけないと」

賢者「そ。
   …きっと、見つかるわ。
   あんたが、あの子の事を想い続ければきっとね」

戦士「………そうだと、いいがね」






賢者「じゃ、気をつけてね」

戦士「………ああ。
   お前もな」


賢者は一度背を向けたが、


賢者「…あ」


なにかを思い出したように振り向いた。


賢者「そういえば、言いたい事あるんだけど」

戦士「ん?」

賢者「………うーん」

戦士「なんだよ」

賢者「…やっぱり、いいわ。
   次に会った時の方が良さそうね」

戦士「な、なんなんだよ」

賢者「んーん。いいの。
   とにかく今は、あの子の言う事、聞いてあげて。
   私、魔法の王国で待ってるから、
   その時のあんた見て、決めるから」

戦士「…よくわかんねーけど。
   はは。じゃあ、意地でも死ねねぇわ」

賢者「当たり前じゃん。
   私より先に死んだら怒るからね。
   じゃあ、またね」


そして彼女はいつものように、
一陣の風と共に消えた。






思えば旅を始めてから、
一人旅は初めてだ。
勇者と、盗賊と、賢者。
辺境を発ってから、常に誰かと行動を共にした。

師と仲間を同時に失ったからか、
それとも一人になった事で彼女の死をより強く感じるからか、
ふと空虚な闇を、心に感じてしまう。


戦士「………旅を、続けよう。
   まだまだわからない事が多いんだから」


先は長い。
立ち止まっている暇はない。

空虚な心は軽くて良い。
次なる目的地、火竜山脈へ。
雪が降るまでに着ければ良いのだが。


今日の分終わりです。
>>1を完全に無視しています。
申し訳ありません。
許して…お願い……。

ご無沙汰しております。
今晩更新します。
という生存報告。




中央王国の北部、魔法の王国との境界は山岳地帯になっていて、
裂け谷と呼ばれる谷間に中央王国にとって重要な拠点となる砦がある。
砦といっても城や城壁のような建造物があるわけではないが、
北部には断崖から蛇行して降りる細い道が一本のみ、魔法の王国領まで繋がっていて、
地形として防衛に非常に適している、天然の要塞だ。
この道は互い違いに石造りの段で築かれており、折り返すごとに石碑が立てられている。
魔法の王国領を一望できる上、南東に荘厳に聳える火竜山脈が後部からの偵察と奇襲を防ぐこの地を守る限り、
中央王国北部の守りは鉄壁であると言われた。


賢者「…なんとかならないものかしら。
   ここを奪わない限り攻め込めないけど、
   ここを奪う事は不可能に近いだなんて」


夜、一人王都を抜けだした賢者は、
一夜のうちに裂け谷砦に辿り着いた。
一夜にして80キロを踏破する、徒歩としてそれは驚くべき移動速度だ。
戦士と別れた事は正解だった。
単独であるからこそ、王国軍が裂け谷砦の防備を固める前にここに辿り着けた。
非戦時、砦にはおよそ200名の人員が割かれているが、
その程度の防備なら、この魔法使いにとって突破する事は容易い事だろう。


賢者「崖下の森に身を隠せれば、
   魔法の都まですぐね。
   …馬を調達できればいいけど、
   崖を下る時目立ちすぎるかしら」


陽の昇る前に裂け谷砦を抜ける必要がある。
見張り番の息の根を止め、賢者は崖へと向かう。

そしてその時、静穏だった賢者の心が、少しだけ傾いだ。


賢者「……………ちぇ。
   依存、してる」


魔研を最後に会っていない、不出来な部下を思い出す。
彼は無事だろうか。
魔法の都に着けば、消息はわかるだろうか。

不出来な部下だが彼の存在は、賢者にとって大きかった。
これがもし彼の結末だとしても、それを恐れ自らの指揮下に置いていたとしても、
全ては彼が望んだ事だ。
忠告はしたとはいえ、それが彼の選んだ道なら、彼を守り抜く事は自らに課せられた役目だった。

では賢者の失態とは、さしずめ力不足という事か。

国王への報告を終えたら暇を貰おう、などと嘯く。
そうしたら、今度こそ胸を張り故国を守れる仕事にでも就こう。
戦争が避けられぬなら、
その戦いの果てが平和であるべきだ。

世が平和になれば、命を奪いすぎたこの身も、
平穏に暮らす事も許されるかもしれない。





老婆「ああ。今年はまだ、降っとらんはずじゃよ。
   毎年11月の半ばじゃな。
   上の方は根雪になっとるが、中腹を抜ければいい」

戦士「そうか。
   なら雪の心配はないな」

老婆「あんた、火竜山脈なんぞを抜けてどうするんじゃ?
   鉱山都市を回れば山間の街道があるのに」

戦士「少し探し物があるんだ。
   そうだな、食料を買い込みたい。
   どこかに店はないか?」

老婆「良いが、この街は高いよ。
   少し登れば烽火台がある。南部諸侯国に救援を伝えるためのものだけど、
   今となっては老兵たちが余生を過ごすだけの施設じゃ。
   そこで分けてもらうといい」

戦士「わざわざありがとう。
   なら、そうさせてもらうよ」


火竜山脈を越える道を選んだ理由はひとつだ。
可能性は高いとはいえ、彼女の研究室は必ずしも火竜の巣穴にあるとは限らない。
山脈を横断しても南を迂回しても然程時間は変わらないため、
少しでも長い時間、山脈を探し回れるルートを選んだ。


老婆「食料はそれでいいが、それなりの準備をして行きなさい。
   山脈の魔物たちは手強い」

戦士「魔物が相手なら問題ないさ。
   それなりに腕に覚えもある」

老婆「…神の導きのあらんことを」

戦士「よしてくれ、俺は違う」

老婆「おや、この辺りでは珍しいねぇ。
   …なら、武運でも祈ろうかの」






朝方のうちに烽火台に着くように、
日の出を待たず登頂を開始する事にした。
携行魔力灯のつたない光を頼りに闇の山中を歩く。
樹林帯の山道は険しく、霧が身体に張り付き、
汗をかいたような錯覚を覚える。
気温はむしろ低いのに身体が茹だるように錯覚してしまう事が、
余計に体力を奪う原因なのだろうか。


戦士「さっさと林を抜けたいな、こりゃ。
   魔物に出くわしませんように」


烽火台は山の中腹、林を抜け岩肌が目立つようになれば見えてくると聞いた。
地元の老人の話では4時間も登れば着くそうだが、その見通しが甘かった事には存外すぐに気付いた。
山道に慣れていない自分では、何時間かかるのかわからない。
手持ちの焼き菓子を齧り、更に林を歩く。

陽の光が顔を出し、気温が上がり、
疲れから鈍く熱を持つ膝をひたすら動かし続ける。
そうして6時間後、視界が開けた。
時刻は11時。
地元の人間しか知らぬ道があるのか、ペースが遅いのかはわからないが、
とにかく空き地に出た。
まだまだ余力はあるが、一息入れる事とする。

高地は空気が薄いと聞く。
6時間登っただけで、随分と息苦しいものだ。
岩場に腰を下ろし、来た道を確認すると、林の向こうに大きな湖が見下ろせた。
旅路の気の重みを差し引いたとしても、なかなかに素晴らしい見晴らしなのだろう。
前方には樹林帯が見下ろせ、そのすぐ先にまた山が見える。
その山の中腹に、小さく小屋が見えた。
間抜けな事に、どうやら登る山を間違えたようだ。

小さくため息をつく。
陽の差さぬ樹林帯が方向感覚を狂わせたのだろうか。
どうにかして、枝尾根伝いに回れないかと眺めていると、
小さく、唸り声が聴こえた。


戦士「……………」


小屋を眺める、その背後。
少し離れた岩場に、こちらを伺っている四足歩行の魔物が見える。
体毛の薄い褐色の肌。
野蛮な細い目と大きな胴体を、力強く太い四肢が低く屈ませ、
醜穢な口元は巨大な牙を剥いている。
その体躯は馬ほどもあり、太く響く唸り声は虎を思わせた。
更に不穏な事に、その背後には林が広がっている。


戦士「…魔狼か。
   群れ、だろうなぁ…」


1体でもなかなかの強敵だが、魔狼はその名の通り、
狼のように群れをなして行動する。
胸の飾り毛を見せつけるように魔物は誇らしげに遠吠える。
獲物を見つけた事を知らせているのだろうか。

姿を現していた1体が岩を蹴ると、林から次々とまた魔狼が飛び出してきた。
岩場を駆ける音はまるで鼓を打ち鳴らすが如くその体躯の大きさを予感させ、
涎を撒き散らし剥かれた牙がその殺傷力を如実に表わしていた。






戦士「でああっ!!!」


最初の1体を迎撃する。
飛び上がった魔狼の下に飛び込み、すれ違いざまに首を飛ばした。
林を見やると、視認できるだけで15体ほどの魔狼が見える。
疾駆するその速度は駿馬と変わらぬものだ。
囲まれる危険はあるが、ここで迎撃する他ない。

突進してくる次の1体をやり過ごし、横脇から逆風に切り上げる。
しかし3体目までは防げなかった。
突進をまともに受け、膨大な質量を感じた瞬間、
10メートルほど離れた岩壁まで吹き飛ばされた。


戦士「ぐ、はっ……」


斧槍を離さなかった事は奇跡に近い。
一斉に飛びかかる肚か、
魔狼たちは一定の距離を保ち吠えかけてくる。
頭から痛みを振り払い、斧槍を構え、

―――頭上を、狙った。

岩壁の背後から狙っていた1体の頭部を串刺しにする。
そのまま力を込め、魔狼たちの前に躯と化した1体を投げ捨てた。


戦士「…魔狼の狩りは、得物を追い詰め背後から狙うんだったな」


魔狼たちは多少怯んだ様子を見せたが、
より一層速度を増し、一斉に突進してきた。
その一体を逆袈裟に切り伏せ、前方に身を投げ出す。
更に斧槍を横薙ぎに払い、5体目を仕留めた。


戦士「あと10体くらいか!!
   たまには魔物を斬っとかねぇと、
   勘が鈍っちまうなぁ!!!」


その時、更に鼓を打ち鳴らすような足音を耳にする。
闘志は少しも揺るがぬものの、少しの諦観がじくりと心を刺し、
背後に迫る敵意がひとつの事実を悟らせた。

群れがこれだけではなかった事を。

振り返るその目に、新たに飛び出してくる魔狼の群れが見えた。






魔法の王国領の小さな村で宿を取る。
村は慌ただしくも、人の数は少なかった。
それも無理の無い話だ。
ここは中央王国に程近い小さな村で、戦争になれば戦禍を被るに違いなく、
更に20キロほど離れた場所に魔法の王国の砦がある。

埃っぽく、著名な出身者も居なければ、
特別なものを産出するわけでもない、存在する意義を見出だせない村だ。
宿は1件だけ。村唯一の酒場も兼ねているようだが、
自分以外に客の姿は見られなかった。


賢者「みんな、どこへ避難するのかしら?」

店主「避難先なんぞないよ。
   皆できるだけ北に行こうって肚だ。
   しかしまぁ、いつの間にか商人どもがやってきて、
   軍票欲しさにひと稼ぎしようとしとる。
   うちもそうだが」

賢者「…勝敗は見えてるものね。
   現金なものだわ」

店主「ま、学院が痛い目に遭うなら俺らとしちゃ願ってもない話だ。
   …と、失礼。
   あんたもしかして魔法使いか?」

賢者「うふふ、だったらどうするの?」

店主「………いや、
   どうしようかねぇ」


店主は体裁の悪そうな顔をして、それきり奥に引っ込んでしまった。
…学院の魔法使いたちの傲岸な振る舞いは魔法の王国中に知られている。
血税で成り立っておきながら市井を見下す精神性。
導士たちは国民を虫程度にしか考えておらず、
あろうことか催眠を掛け同意書を作成させ、民を対象に実験を行う者まで居る。
政府はその振る舞いを見てすらもいない。
なぜなら、政府もまた、魔法使いのみを人として扱っているからだ。

しかしそれでも民草は皆魔法使いに憧れる。
国土の肥沃さに恵まれぬこの地に豊かさをもたらしているのは魔法技術の恩恵に他ならない。
荒れ野に近いが故に雨が降らず水資源に乏しく、夜は寒く昼は暑い。
土は石だらけでろくな作物が育たない。
北部は極寒地帯に近く、とても人の住める環境ではない。

ならば魔法使いの選民思想が根付くのも自然と言えるだろう。






少年「お姉さん、魔法使いなの?」


いつの間にそこに居たのか、
端正な顔立ちをした、黄金色の髪の少年がカウンターの隣に座っていた。


賢者「……………」


知覚魔法を使っていないとはいえ、
これだけ接近されて気付かないとは。

賢者は少年を見て、不可思議な違和感を覚える。
この少年には気配が無いのだ。
確かに少年の姿をその双眸で捕らえては居るはずだが、
まるで本来そこには居ない者のような、
例え頬を撫でられても気付かないような。

存在を目にしているのに、瞳に映っていないかのような。


賢者「…そうね。
   魔法使いかもしれないわね」


しばらく警戒心を強めていた賢者だったが、
無邪気に微笑む少年に少しだけ毒気を抜かれ、
賢者はつい、答えを返してしまった。


少年「ふうん。やっぱり魔法使いだね。
   それも、かなり高位の術士だね」

賢者「それで?君も、そうなの?」


賢者がそう尋ね返した事に、少年は幾許かの疑念を抱いたようで、
少しばかり頭を捻った後、答えた。


少年「僕は…そうだね、魔法使いなんだけど、
   ちょっと違うのかも」

賢者「魔法が使えるのなら、魔法使いよ。
   自慢できる事だと思うわ」

少年「いや、本来魔法使いだった、が正しいのかなぁ」

賢者「だった?今は使えないの?」

少年「使えるよ。
   でも、魔法が使える事だけが魔法使いの条件じゃないでしょ?」





魔法使いの定義。
それは、魔法行使が可能である事。
魔力を用い、なんらかの事象を起こせる事。

なら、魔法が使えるのなら、魔法使いであるはずだ。


賢者「…どういう事かしら」

少年「だからさー、それは演繹だよね。
   魔法が使えるなら魔法使い、じゃ進歩なくない?
   魔法使いという存在について、お姉さん、考えた事ある?」

賢者「…ないわね。
   私は、覚えた魔法を、自分なりに使っているだけ。
   そういう話は、学院の導士たちの仕事よ」


少年は一度大きく笑顔を浮かべ、
目を輝かせた。


少年「なら、お姉さんは間違いなく魔法使いだね。
   良かった」

賢者「じゃ、君の考える魔法使いって?」

少年「概念として?…いや、資質の話かな。
   なんにせよ、きっと他のみんなは、魔法が使える人ってだけだよ。
   魔法使いとは違うと思うな」

賢者「そう。ありがと」


興味なさげに、賢者はグラスを空にする。
少年の正体はわからないがきっとどこかの導士なのだろう。
接近に気付かなかったのは、気配遮断のスクロールでも身につけているのだろう。
見ない顔だが、当然ながらこの国に魔法使いは珍しくもない。






少年「でもさ。
   この国の魔法使い達、あ、これは役割としての表現だね。
   魔法使いたちは、みんな選民思想が激しいね。
   分離政策なんてとってないのに」

賢者「そうね。でも、この国を育てたのは魔法よ。
   あなたも、この国で魔法を習ったんでしょう」

少年「習った?まさか。
   逆はまだしもね」


と言い切って、まるで心外という顔をする。
やはり少年には存在感がない。
身振りから巻き起こる気流を感じない。
声は聞こえるのに鼓膜を震わせない。
足音を響かせるのに、振動を感じない。
それは、まるで幻のように。


少年「なら、お姉さん。
   あなたは魔法使いだけど、
   そうでない素質も持ってるね」

賢者「………どういう事なのか、わからないわ」

少年「魔法使いはなぜ魔法を習うの?
   世の中を豊かにするため?
   人々の助けとなるため?
   それとも、ただ便利だから?
   お姉さんは3つめだね。
   でも、みんなそうではないよね」


大仰な身振りで少年は続ける。
賢者は何故か言葉を発せられない自分に気付いた。
少年の言葉に僅かな毒と、思想の胎動を感じたからだろう。


少年「みんな次の段階に進みたいからだよね。
   世の中なんて関係ないし、人々の事なんて見向きもしない。
   勿体ぶって利便性にも目を向けない。
   ただ、魔法の行く末を見たいんだ。
   この世に魔法しか無いと思ってる。
   でも頭打ちだ。
   新しい理念が欲しいんだ。
   それらは魔法では生み出せないものなのに、魔法は再現する事しか出来ないのに、
   未だ見ぬものを魔法で生み出そうとしている」






賢者「愚かだと言いたいのね」


似た話を、どこかで聞いた。
魔法とは引き返す事だと。
結果を知らなければ魔法は使えないのだと。


少年「愚かだよ。
   でも、魔法使いが愚かでは立ち行かないでしょ?
   だからみんなほんとは魔法使いじゃないんだ。
   僕に言わせればね」

賢者「うふふ。評論家気取りかしら。
   随分と能弁なのね」


少年は少しだけ笑みを浮かべ、
忘れ去られ、苔むし、澱み、腐りきった沼のような瞳を僅かに歪め、
その双眸に初めて賢者の姿を捕らえる。
拭い去れぬ違和感と未知への恐怖に、
賢者は思わず身を竦ませる事もできずただ身動ぎを止めた。
少年の声はまるで脳へ直接響くかのようで、
反芻する言霊は脳髄をごりごりと軋ませる。
少年から目を離せない。
耳を塞ぐ事もできない。

大きな手で顔を掴まれているみたい。
空気の震えを感じさせない声は、ともすれば、
自らの心の声なのかと錯覚してしまうようだった。


少年「だから思うんだ。
   ただの魔法が使える人なら、意思さえあればいいんじゃないかってね」

賢者「…………意思…」

少年「肉体なんてめんどくさいもの、必要ないんじゃない?
   あ、でも、アストラル体はやわっこいから、
   まぁほらあれだよ。
   要は身体がどんなのでも別に大した問題じゃないんじゃないかって」

賢者「………………ぁ、」

少年「魔法は随分と進歩したね。
   かつて精霊と対話する力は森に棲むエルフたちだけのものだった。
   神聖魔法と銘打たれた神職者たちの秘伝も、魔法の範疇である事が証明されて、
   教会は力を失った。
   でも、それらはみな元々あったものだ。
   …ここらで、生物として次のステージに進んでみるべきじゃない?
   違うかな?」






少年「…あれ?」

賢者「……………」

少年「意外と可愛いね。
   もう喋れないか」


瞳の色を失い呆ける賢者の額に、そっと光る指先を触れさせる。
人のものとは違う、強力な催眠。
魔力の糸を心の奥底まで伸ばす瞬間はこの少年にとって嗜好するものに値する。
どれだけ肉体を蹂躙しようと、これに勝る征服感は味わえないから。


少年「さて。
   ちょっと小細工させてもらうね。
   君は、逃げ足が速いから…」


細い糸を滑らせ、
ひとつひとつ心の壁を紐解いていく。
読心とは異なる、這うような精神汚染。


少年「やっぱりロックされてるけど。
   このくらいなら」


引き金をひとつひとつ下ろすように糸を滑らせる。
他者の心象風景は自らの心とは異なるものだ。
それを一度映像化した上で自らの心に投影する。
この少年はピッキングのようなイメージを好んだ。
心に咲く小さな悪の華。その小さな遊び心で、
他者の人生を大きく狂わせる趣向こそ、
この少年の本質なのだろう。


少年「…でーきた。
   おじゃましまーす」


開いた心の壁の先。
鍵は既に用をなさず、扉は開け放たれている。
僅かな達成感と旅立ちを前にするような高揚感に少年の心は踊った。

しかし、
鍵開けに没頭していた事が災いしてか、
少年には気付くことはできなかった。
賢者は間諜であり、情報は守られねばならない。
持つ情報の機密性には国家レベルのものすらもある。

その可用性を守るものは、決して鍵のみではない。
乙女の寝所には、番人が居るのだ。






少年「―――っつ―――!!!」


前兆も、脈略も、意思すらも感じぬ一振り。
はじめから引き絞られていた弓を思わせる、ナイフの切っ先が少年を襲う。
しかし危機を察知し、そして反応するまで、それはまさに刹那の瞬間だった。
その少年の回避速度たるや、およそ人間ではありえない速度だ。
結果としてナイフの切っ先は少年の頬を掠めるに留まった。

賢者が自らの持つ情報を守るために行っている事は2つだ。
ひとつは、昏迷時以上の深度の意識レベルでは思考を停止させ、読心を防ぐ精神操作魔法。
そしてもうひとつが、精神への外部アクセスを引き金として、敵を自動的に迎撃する自己暗示だ。

しかし、その結果はどうであったのか。
この攻撃は、この少年にとって確実に、意識の外からの攻撃であるはずだった。
しかし少年はその危機を即座に察知し、反応し、かわしてみせたのだ。


少年「…へー。
   なかなか気の利いたセキュリティじゃん」


ナイフを構える賢者の瞳に光が戻る。
少年が持ち合わせる魔眼の力が解けたのか、
賢者の魔法抵抗力がその魔力に勝ったのか、
あるいはそのどちらもが理由なのか。


賢者「………いったい、何?」


意識を取り戻した賢者の第一声、
その謎めいた言葉は心の混乱に必死に耐え、溢れ出た疑問だった。
魔法使いである彼女は、自らの意識を容易く奪った魔法の正体が、
この黄金色の髪の少年が持つ魔眼の力である事には既に気付いていた。
しかし呪文の詠唱をせず、ただ視線のみで魔力を叩き込む魔眼では、
せいぜい1カウント相当の効果しか持たぬはずだ。
高位魔法使いである賢者にそれと気付かせず意識を奪う程の魔眼など、
果たして世に存在するのか。






存在感のない肉体の持つ身体能力。
埒外の魔力を湛える魔の双眸。
十を過ぎたばかりであろう年齢にそぐわぬ魔法の練度。

その意味するところとは。


賢者「少なくとも、人間ではないわね」

少年「解答は具体的にお願いしまーす」


嘲るような口調で少年は応え、
渦巻く混沌を掬い取った瞳をぐにゃりと歪めた。
底抜けに愉しむようなその表情はまるで人形遊びをする子供だ。
だが、少年から滲み出る隠しようもない邪悪さは、
同時に倒錯的な嗜虐心も感じさせる。


賢者「(冗談じゃないわ。
    これじゃ、遊び終わる頃には、)」

少年「大体僕が人間じゃない事くらい、
   誰だってわかるでしょ」

賢者「(人形はバラバラにされてるじゃない…!)」


彼女は未知の敵と戦った経験に欠ける。
賢者の間諜としての本質は卓越した情報収集能力にあり、
どんな難敵に対してもひとつの「勝ちの一手」を用意する事で対抗してきた。

故に今、能力や種族すらも想像だにする事のできない難敵を前に、
彼女には打倒できる自信がなかった。
こちらの武装はナイフ一本、徒手錬成による魔法行使。
敵の能力はわからないが、ひとまずは、


賢者「(敵の攻撃を待って、対抗…)」

少年「手段を、考えようって肚だね。
   消極的だけどいい手だ」


心をぴたりと言い当てられ、
隠せぬ動揺が顔に滲む。







少年「汚れ仕事のいいところだね。
   彼我の実力差を感じ取り、それを受け入れる事ができる」

賢者「……………」


容易く心を覗かれた事もそうだが、
先程の魔眼による催眠効果の事もある。
つまり対話は不利益だ、と賢者は考える。
ではこの状況は旨くない。
ナイフを逆手に持ち替え、身体に魔力を通わせる。


少年「悪くないフィジカルエンチャントだ。
   やっぱり君は時世にそぐわない実践的な魔法使いだよ。
   でもごめんね、凄く凄くもったいないんだけど…」

賢者「はぁぁぁっ!!」


帯剣していない事が悔やまれるが、
単純な魔法であれば徒手であれど行使が可能だ。
賢者の好む、猫科をモデルとした肉体強化は、
静止状態から即座に最大速度での踏み込みを可能とする。
渾身の速度で半身に胸元へとナイフを構え、
少年の心臓へと切っ先を突き立てたが、


少年「ま、殺すのは僕じゃないんだけど」


その言葉だけを残し、少年の姿は掻き消えていた。


賢者「…転、」

少年「転移じゃないよーん」


声は背後から響く。
魔法を駆使した賢者の知覚力は例え音の速度で動こうと視認を可能とする。
ではその姿がはじめから幻であった事以外に考えられず、
少年は元よりそこに居たかのように、賢者の背後、バーカウンターに腰掛けていた。






少年「なんて顔してるのさ」

賢者「………バカげてるわ」


少年は賢者のグラスをひと舐めし、続ける。


少年「君の知覚はおかしくないよ。
   でも僕を知覚するには少し足りない。
   意識の外に目を向けてみる事だね」

賢者「…ご高説ありがと」

少年「ま、ひとつだけ教えてあげる。
   臨戦態勢の君に魔眼は効かないし、
   そもそも僕は幻なんかじゃなかったよ。
   これ以上は自分で考えてね」

賢者「……………」

少年「ま、目的は果たしたし。
   ごめんね、バイバイ」


その言葉を響かせながら、
少年の身体は再び霧散した。
それは姿を消す事とは異なる。
滲む視界を思わせる、
僅かに残像の残るような、
焦点が徐々に合わなくなるような、

…奥深い霧の向こうへと沈むような。


賢者「…ああ、なるほど」


そして彼女は、少年の正体を悟った。


賢者「仕事、増やしてほしくないんだけどな…」


その正体が賢者の想像の通りだとすれば、
交戦が不利である事も頷ける。

少年は目的は果たしたと言った。
目的とは恐らく賢者自身であるはずだ。






心を覗かれかけた事からして、
目的は彼女の持つ情報と考える事が自然だ。
だが精神侵入は未然に防がれたはず。
その意味するところは、


賢者「…いったい、『何をされた』のかしらね」


目的とは、賢者の少しだけ開いた心に、
「なにか」を遺していく事だ。

陽はやがて沈み、
影は昏く長く、やがて夜の帳を下ろす。
外は蝙蝠がぎゃあぎゃあと鳴き、
窓から差す夕陽が室内の湿気を洗い流した。

それで、残された気配は完全に消える。

目的はわからないが、
それは人に仇なすものとしか考えられない。
年数にもよるが、一介の魔法使いの敵う相手ではないだろう。
一刻も早く都へと向かう必要がある。

賢者は自己に誇りを持たない。
故に、自らが敵わぬ事など大した問題にはなり得ない。
どんな難敵だろうと、打倒できる手段は必ずあるのだ。

旅支度を整え、宿を跡にする。
町は先ほどまでの喧騒が嘘のように静まり返っていた。


賢者「髄から骨、肉から皮へ。
   流れ還る力の渦は我が四肢をそうならしめよ」


肉体強化の呪文を唱える。
イメージするはかつて見た、エルフの手により育てられたという駿馬。


賢者「人の身のいましめを脱し、我が身は草原を駆ける。
   風のように。
   音のように。
   朝が来ずとも、陽が沈まぬとも。
   …我が疾走は、決して止めぬ」


一陣の風に乗り、賢者は魔法の都へと駆け出した。






どれだけの戦闘があったのか。

岩場は夥しい魔物の血で黒く染まり、
累々と魔狼の屍が横たわる。
そして倒れ伏し小さく唸る最後の一頭に穂先を突き立てた男もまた、
深く傷つき、吐く息は硬く、眼や鼻からすら流血し、
長物の支えが無ければ地を踏む事すら難しいといわんばかりに、
斧槍に身体を預けていた。

血を失いすぎたのか、
戦士は朦朧と、すぐ側まで迫る自らの死に思いを馳せる。

旅の目的とはなんだったのか。
足取りを追う度に、彼女の短い生涯が、
無学な田舎者の範疇に収まらぬものと知るのみだ。

鉱山都市での彼女の行い、
中央王国で見た研究の実情。
そのどちらもが彼女だとすれば、

幸せに過ごした3ヶ月間すら、今や虚像と思えてしまう。

彼女が止めたかったという戦争は避けられぬものとなり、
敵の姿も未だ見えず、
魔神の足取りもわからない。
勇者を止めるもできず、
魔物を狩るために磨いたはずの腕すら力が及ばない。

状況に流され続け、こうして命を落とすのなら、
この旅に意味などなかったのだろうか。


戦士「………………死ねば、会える、か」


どうしてだか、
これでは死後彼女に会えると思えないが、
既に手に力は入らないし、
膝ももう伸ばしていられない。

ずるずると柄から崩れ落ち、
あるはずの地がないかのように、意識の底へと落ちていく。
なにもかもが希薄に感じられる中、
ただ孤独感だけが昏く大きく心に陰を落とした。


「ああ。それが死というものだよ」


どこからか響く声。
これは彼女も味わったものだと思えば、少しだけ、
その孤独感も受け入れられた。

復讐は身を滅ぼすとどこかで聞いた事があるが、
その意味が少しだけわかった気がした。






寄せては返す波間に揺蕩う意識。
四肢に感覚は無く、波の鼓に綯い交ぜにされた自己は混濁とした意識をより希薄にする。
揺られ、流れ、そして岸辺へと押し戻される。
海の先には死者の国。
どれだけの時間が経ったのか、そもそもここに時間などは意味をなさぬのか、
まぁ、とにかく、暇だ。

さて、状況を整理しよう。

あの日、故郷で。


「あの数の魔狼を、一人で。
 確かに、大した腕だ」


俺は魔物の群れを相手に、街中を駆け回っていた。
その時彼女の使い魔を介した念信があり、
彼女は民の避難を手伝っていると聞いた。

そこで、念信が途切れた。

次に会った時、彼女は傷を負っていた。
念信が途切れた時、俺には彼女の身になにか起こったとしか思えなかったが、
腹に受けた傷はひとつのみ。
恐らく魔物の爪によるものだ。
だが、念信が途切れる時の声色には少しの焦りも感じられなかった。

つまり、念信は彼女により、切られたのだ。

それがなにを意味するかはわからないが、
重要な事は念信が途切れた間、何が起こったかだ。
彼女の魔法の腕前を考えれば、あの程度の魔物に容易く屈する事など考えられない。
デーモンがそこに居たという事も考えれば辻褄は合うが、


『既に手負いの状態で眼前に現れてくれるとは!!!!』


彼女の傷はデーモンによるものではない。
彼女が言った、第三者の意図。
彼女の傷がその第三者によるものだとすれば、

あの場には、街の者、攻め寄せたデーモンと魔物たち、
そのどちらにも属さない、何者かが居た事になる。






「傷は多いが、深いものは無い。
 目覚める頃には治癒しているだろう」


魔研の一件はどうだろう。
地下の彼女の研究室。
それは彼女が魔研に居た事を示す。

彼女は3年前、鉱山都市を去ったという。
居たとすればその後3年間の間のどこかだろう。
向かいには、勇者の語る処での「本物」が居たという牢獄。
勇者は魔研を実家だと言った。
雷魔法が魔研での研究の産物だとすれば、
牢獄には雷魔法の使い手が?
しかし、「本物」が雷魔法の使い手だとして、
容易く幽閉できるような存在なのだろうか。

そもそも、あの赤黒い球体だ。
魔法使いの血が勇者の言うようなものだとすれば、
魔法使いの血液は火にくべれば燃えあがる事になる。
魔力の正体がそのようなものだとして、
そんな単純な事を、魔法学院が見逃しているはずがない。
恐らくなにか特殊な処理が必要なのだろうが、
なんにせよあの爆発は大きな驚異だ。
中央王国軍は現在勇者により掌握されている。
加えてあのような新兵器が投入されれば、趨勢は決まったも同然だろう。

そしてそれらの研究に魔女が手を貸していたとすれば。

謎は未だ残る。
賢者の知覚を封じたものの正体。
賢者は、宣戦布告の口実になると理解した上で、なぜ魔研を襲撃したのか。

そして、勇者と盗賊が言った、「彼」とは。

…まぁ、考えるだけ無駄なのだろう。
俺は、もう。


「…いい加減、起きろ。
 いつまで寝ている気だ」






戦士「…へ?」

老人「生きておる。
   傷跡すらあるまいて」

戦士「………はぁ」


寝かされていたのは、
東方風の、妙にオリエンタルな内装の部屋だった。
ちりん、ちりんと下げられた鈴が揺れ、
魔力灯の柔らかな光が強く感じられる。
それは他に光が差さない事の証左だ。
つまり、今は夜であるか、それとも、


戦士「洞窟なのか?ここは」


土壁から覗く岩を見るに、後者なのだろう。


老人「無礼な男だ。
   君を助けたのは誰だと思うておる」


憮然とした面持ちの老人は、如何にも隠者が好みそうな、
黒いローブを流し着て、木椅子に腰掛けている。
助かった理由はわからないが、礼を言っておくべきだろう。


戦士「ああ、すまない。
   助けてもらったようだ。ありがとう」

老人「…まぁ、いいだろう」


釈然とはしないが、助けられた事は事実だ。
老人は少し顎をしゃくり、
口を開く。






老人「君は、あの子の縁者かね」

戦士「…あの子?」

老人「魔女と呼ばれておるはずだ。
   名前には疎くてな」

戦士「………夫だ」

老人「やはりそうか。
   ミスリルの斧槍には見覚えがあった」


少しため息をつき、
棚から、水晶球を取り出す。
はっきりと見覚えのある、彼女の水晶球だ。


老人「竜の巣穴へようこそ。
   私は、…そうだな、番人とでも思っておきなさい」

戦士「…あいつを、知っているのか?」


老人は目を伏せ、


老人「私は、あの子の魔法の師にあたる」


水晶を木机に置き、そう呟いた。




今日はここまでです。
数々の応援レスありがとうございます。
励みになります。

なかなか時間が取れず申し訳ありません。
頑張って進めます。
読んでくださる方が居る限り頑張ります。
見捨てないで…お願い…。



一昨日のおまけです。
筆休めに書きました。
完全な番外編です。
良ければ読んでやってください。





出自にとりわけ意味はなく、

なんの事はない町で産まれた。


時計職人の厳格な父と、美しく優しい母、気の強い妹の4人家族だった。
厳格な父は仕事ぶりもまた、その性に相応しく厳格なものであり、
父の作る時計は、大陸で最も正確に時を報せると言われる鐘の音と、
如何なる時も寸分の狂いなく時刻を示した。
父は毎日のように時計を作り続けた。
春夏秋冬、雨の日も、風の日も。
幼心に、父は誇れるものだった。

厳格な父の作品は厳格に時を刻み続ける。
その仕事は一日たりとも休まれる事はない。
命芽吹く春も、茹だるような暑い夏も。
葉が黄金色に色づき虫たちの音色が響く秋も、
身体の芯まで凍りつくような冬も。
父はまるでそれしかないようにひたすらに時を刻み続ける。
ただ、正確に時を刻む事こそが父の人生であるというように。

魔法技術の発展に伴い、
もはや世の中が機械仕掛の時計を必要としなくなっても、
父は時計を作り続けた。
発注など来ないというのに、
もはや高価な壁掛け時計など誰も必要としないというのに、
正確な時計の動きを再現するだけの金属板の方がずっと小型で便利だというのに、
父は何も言わず時計を作り続けた。

そしてやがて、
14に差し掛かる頃、やっと彼は、
父には本当に"それ"しかないのだと気付いた。

父は時間に魅せられていた。
何十年という間、正確な時に生き、正確に時を刻もうとし続けた父は、
もはや他にすべき事を見出だせなくなっていたのだと。
時計は父の自我の結晶であり、
自分とは流れる時の異なる、自らの妻や子供にすら、
興味を失ってしまっているのだと。






生活が困窮し、、
母が働きに出るようになっても、
父は時計を作り続ける。
彼は、そんな父を見捨てられない母を見捨てられず、
妹を食わせる必要もあり、
彼もまた働きに出るようになった。
作れど作れど発注は来ない。
家は時計が溢れかえり、
こち、こち、と寸分の狂いなく時を刻み続ける。
ある日彼はもう何年も父の声を聞いていない事に気付いた。

妹がいつの間にか家族を見捨て家を出たのは、その頃だった。

嵩む時計の製作費。
彼は何度も父を捨て家を出ようと訴えたが、母の耳には届かず、
少しでも多い収入を求めた母は、仕出し女として従軍する事を決め、
帰宅は数ヶ月に一度となった。

家には彼と時計を作る父、そして、山のような時計のみが残された。
2人を囲む時計たちは全て同じリズムで時を刻む。

こち、こち、こち、と。

振り返ってこっちを見ろ、
時計を作るのをやめろ。
それができないのなら、母を解放してくれ。

詰る彼の言葉も、父に流れる正確な時間を止める事はできない。
怒り狂った彼が時計を破壊し、父の向かう机に叩きつけると、
父は少し目を歪め、製作途中の時計を脇へ追いやり、
何事もなかったかのように破壊された時計を修理し始めた。


その時。

背骨が熱された鉄芯に感じられるほどの激しい怒りが心を満たし、

彼は、ならばその正確な時を止めようと思い至った。



ふた月後、母が帰宅した。
久しく見る母はどこか窶れて見え、"父さんはどこへ?"と問いかけてきた。
彼は、"出て行った"、とだけ伝えた。
"そう"それだけ言葉を発すると、母は倒れ、その日から床に伏した。
従軍中、兵士に強姦され、その傷が元で感染症を引き起こしたと知ったのは、
母が亡くなった後だった。






そして父も母も妹も、時計すらも、彼の前から消えた。
なにも失くした彼は引きずられるようにふらふらと、
無音の家を跡にした。

今日からは、無音の時を刻もう。
それだけを思い、あてのない旅に出る。

あれはどこだっただろう。
名もない街の市場で、腹を空かした彼は、店先に積まれた林檎をふと目にし、
虚ろに林檎を見つめるうち、心に疑念が渦巻くのを感じた。

自分は何が悪かったのだろう。
なぜこのような人生になったのだろう。
店先で無邪気に遊ぶ子供、
それを笑いながら見守る母。
我が家はどうなっているのか。
溢れかえる時計を全て捨ててみれば、我が家にはなにも残らなかった。
時を刻む事を止めた我が家はただ朽ちるだけだというのか。
だというのに、我が家がそうだというのに、なぜこの家は、
硝子一枚割れていないのだ。

店先を通り掛かる時、
なんの澱みもなく指が動いた。

まるで、何年も前から、生業としていたかのように。

少しも傷まぬ心と、口に広がる、爽やかな甘味と酸味。
自分は何も悪くない。全て親が悪いのだ。
そのひとつの小さな窃盗が、
全てを失くした彼の心を、黒く染め上げたのだった。







それから僅か数年後。
彼は千の指となった。







彼に開けられぬ錠前はなかった。
例えどれだけ難解な錠前であろうと、
罠が仕掛けられていようと、
どのような魔法技術が使われていようと。
彼はたちどころに仕掛けを見破り、
音もなく侵入する事ができた。

難解な曲を弾きこなすピアニストのように動く指。
彼はいつしか千の指を持つ男と呼ばれ、
彼の名声を高めていった。
はじめは、王国のスラム街で。
やがて鍵開けの腕を買われ冒険者たちに協力するようになり、
貴族たちから宝物庫の錠前について意見を求められる事さえあった。

だが、その生来の指先の感覚が、
憎き父から受け継いだものである事は確かだった。

彼が働いた盗みは、城が建つほどの金額に上る。
だが彼はその金を貯めこむばかりで、使おうともしなかった。
唾棄すべき父と愛する母、姿を消した妹への、
無念、遺憾、未達、隠忍の思いをぶつけられるだけのものが、
そもそも小物である彼には、それしかなかっただけの事。
優しかった顔立ちには苦悩が刻まれ、
黒かった髪は白髪となり、
酒の飲み過ぎで土気色の肌には表情を出す事もなくなった。

だがギルド長となった彼にも守るべき立場と部下ができた。
ならば必要に迫られ殺しをする事もある。
望まぬつとめを果たす事も、
立場と部下を守るためには必要なのだ。

その迷いを封じ込め、
彼は5年間盗賊ギルド長を務めた。
迷いを晴らせぬまま、わだかまりも消えぬまま、
本来は容易いはずの罠解除で、彼は右足に重症を負った。

走れず足音も殺せない盗賊など価値はなくなったようなもの。
囲っていた堅気の女の家に転がり込んで、1年が過ぎた。
その女にも愛想を尽かされたのか、
ある日酒を飲んで帰ると女は消えていた。






居場所を失くした彼はまた放浪の旅に出る事にした。
旅を続ければ顔馴染みもできる。
まだ心の闇を晴らせていない、そう考えた彼は仲間と共に奴隷商となった。

奴隷商は気分が良かった。
未来ある子供の人生を、ただ腹を肥やすためだけの不条理で台無しにできる。
虫を爪弾くようなものだ。
それが人に変わったところで、なんの違いもない。

自分のような無学でなんの展望もない男の食事のために、
未来ある子供が泣きわめき、絶望し、瞳から光が喪われる。
殺しは好かない、殺されないだけマシと思え。
そう心で語りかけ、彼は奴隷たちに背を向ける。

奴隷たちにとって身体を暴かれる事はただ命を落とすより辛い事なのだが、
絶望しきった彼には、それが理解できなかった。

奴隷商を続けたのは9年ほど。
だがそれも、どれだけ傷めつけられようと瞳から光を喪わない、
亜麻色の髪をした少女と出逢い、
すっぽりと闇が抜け落ち、彼はまた心を失くしてしまった。

一体なにをすれば楽になれるのか。
自分にはなにができるのか。
すべき事を見つけられない彼はもはや死を待つばかり。
だがふと、死ぬ前に誰かと話したくなり、
親しい友人も居ない彼は、娼館に出向く事にした。

あてがわれた女は、ひどく蒼白く頬のこけた、気だるそうな年増の女だった。
股ぐらの芯が痛むのかふらふらとおぼつかない足取りで、
それが梅毒特有の症状だという事もわかった。

…しかし、妙に親近感の湧く顔立ちをしていた。






お兄さん、どこかでお会いした事が?

…いいや。だが、お前の顔は、なんだか見ていると落ち着くよ。

そうですか。…ま、時間もないですし。
そろそろ始めましょ。

その前に、少し話をしよう。
…無理にまぐわらなくてもいい。

はぁ?なに言ってんの?冷やかしなら帰んなさいな。

い、いや。冷やかしじゃない。
ただ、話がしたいだけなんだ。
それだけで金がもらえるんだ。悪い話じゃないだろ?

…あたしだってね。
こんな事したくてしてるわけじゃないよ!!
でもね、あたしにはこれしかないの!!
話したいなら酒場に行きな!
馬鹿にしてんじゃないわよ!!!

ま、待ってくれ!頼む!!!






部屋を出ようとする手を強く引いた時、
身体の痛みからか娼婦はバランスを崩し、
椅子の角で頭を強く打ち、それきり動かなくなった。

ただ話がしたかっただけ。
それが、娼婦として生きる彼女の決意を踏みにじった事にも、
彼は気付けなかった。

騒ぎを聞きつけ部屋に踏み込んでくる男たち。
ただ呆然とするまま拘束され、
彼は衛兵に引き渡された。






青年「娼館で殺し?」

兵士「ええ、そうです。
   本来ではこっちには回ってこない話なんですが」

青年「うーん。
   世の中も平和で、
   仕事もないし、まあいいよ。
   で、犯人はどこに?」

兵士「身柄は確保済みです。
   なんかずっとうなだれてますけど。
   ああ、身許なんですけどね、
   先代の盗賊ギルド長なんですよ」

青年「…ええ、大物だね」

兵士「だから話が回ってきたんです。
   軍警察としては動かないといけないでしょう、お坊ちゃま」

青年「うるさいな。
   年下の癖に」

兵士「で、ですね。
   これがまたややこしいんですよ。
   資料纏めておいたんで読んでおいてください」

青年「相変わらず有能だなぁ」






盗賊「……………」


仮牢で一人うなだれる。
一体何日経ったのか。
なぜこうなったのか。
どこで間違えたのか。

ただそれだけを考え続けた。

従軍する母を止めるべきだったのか。
父はどう訴えれば時計作りをやめたのか。
妹の家出になぜ気付けなかったのか。

盗賊となったのは間違いだったのか。
奴隷を狩り続けてなんになったのか。

自分の人生は、不幸と憂さ晴らしの連続でしかなかった。


青年「食事、摂らなければ。
   そのまま餓死するつもりですか?」


部屋に入ってきた若い男。
よく鍛えられた身体と、血色のいい顔。
そして少しの汚れも無い白い軍服姿に目が眩む。


青年「面倒くさい前置きは省きます。
   なぜ殺したんです」

盗賊「………殺す、つもりは」

青年「まぁそうですね。
   状況としても、わざわざ椅子に頭を打ち付けるなんて。
   殴った方が早いです」

盗賊「……………」






青年「まぁ、いいです。
   問題はあなたの経歴です。
   はじめは、盗賊として。
   その次に、奴隷商として。
   罪に問われなかった理由は色々あるでしょうが、
   捕まってしまった以上極刑は免れませんよ」

盗賊「……別に…構わない」

青年「極刑は自殺の場ではありませんから。
   死んだ娼婦についてどこまでお知りですか?」


盗賊は朦朧と、娼婦の顔を思い返す。
こんな時まで腹が減るとは、
人の身体とは不便なものだ。

青白く、痩せこけ、気だるそうな女。
見覚えはないが、ただ、
彼女の顔は、とても落ち着いた事は確かだ。


青年「では教えて差し上げます。
   彼女が娼婦となったのは、3年ほど前です。
   彼女は未婚の母でしてね。
   一人娘を奴隷狩りでさらわれてしまい、
   なんとか見つけ出したものの、買い取った者が随分と悪どくて、
   通報すれば娘は殺す、1億で娘は返してやる、と持ちかけたそうです」

盗賊「………奴隷、狩り」

青年「元はと言えばあなたのせいですね。
   裏は取れています」

盗賊「…そうか。
   ますます死ぬべきだな、俺は」






青年「で、娘の父親ですが、
   10年前、彼女には内縁の夫がいました」

盗賊「………」

青年「その男がひどい男でね、
   職を失くし、毎日飲んだくれていたそうで。
   妊娠に気付いた彼女は子供のために、
   男の元を去ったとか。
   それなりに愛してはいたが、生まれてくる子を守りたかったと、
   周囲に漏らしていたそうですよ」

盗賊「………待て」

青年「なんです?」

盗賊「そんな馬鹿な話が、」

青年「話を続けますよ」

盗賊「待て!!!
   女の名は!!!!」

青年「今から言いますって。
   話、聞いてくださいよ」

盗賊「………」

青年「話を続けますね。
   彼女の名ですが、名前が一度変わっています。
   うちの有能な部下が3日かけて調べてくれたんですよ。
   感謝してくださいね」






盗賊「…名前が、変わった?」

青年「ええ。
   彼女は、中央王国のはずれの街にある、時計職人の娘として産まれました。
   家出して名前変えたみたいです」


そんな、


青年「彼女の名前は、女って名前みたいですけど」


ばかな、話が。


青年「名を、変える前。
   彼女は、あなたの実の妹ですね」


生き別れた妹。
気の強い、誇り高い娘だった。

生き別れた兄と妹が、
お互いがそれと気付かずに夫婦になり。

娘を設け、また別れ、
知らぬまに誘拐犯とその被害者となり、

またそれと気付かぬまま、
殺人事件の加害者と被害者になっている。


盗賊「そんな、馬鹿な話があるかあああ!!!!!」






しゅ、という音がした。
舌を噛み切ろうとした歯は、
それよりも速く口にねじ込まれた手ぬぐいを、
ぎりぎりと噛みしめていた。


青年「死んじゃだめです」

盗賊「ぐう、ううううううあああああ!!!!!!」

青年「娘さんはどうするんです」

盗賊「……!?!?」

青年「娘さんに会いたくはないですか?」


その時、なんの抵抗もなく。
心にするりと、ひとつの感情が滑りこんだ。

――――会いたい、と。

しかし会っても、償う事も、支えてやる事もできない。
自分では、娘にどうしてやる事もできない。


青年「ああ、…すみません。
   口を放してください」

盗賊「…ぅ……ぁ……………。
   その、…子は」

青年「会いたいですか?」

盗賊「……会えなくても。
   会えなくてもいい!!!
   会わせる顔なんて、…とても……!!!」

青年「……………」

盗賊「ひと目でいい!!!!
   ひと目でいい、見させてくれ!!!
   頼む!!!」






青年「…その子は、今この王城に居ます。
   少し事情がありましてね」

盗賊「え―――――」

青年「最近の話ですが。
   …そこで、あなたをリクルートします。
   あなたの情報を抹消し、新しい戸籍をあげてもいいです。
   手続き上の問題なので、誰にも文句は言われません。
   あなたはむしろ生かしておき手元に置いた方が、
   各方面の貴族を黙らせるのに便利ですからね」

盗賊「…なぜ、そんな事をする」

青年「なに、簡単な事ですよ」



青年「あなたには、その子の世話係になってもらいますから」








少女「………おじさん、誰?」


そして、その少女と引き合わされた。
顔立ちなどは、幼い頃の妹にまるで生き写しだ。

ただ、氷のような白銀の髪を除いては。


盗賊「…髪は、元々その色ですか?」

少女「さいしょは黒かったけど、
   …気付いたら、こうなっちゃった」

盗賊「そうですか。
   ―――私と、同じですね」


この子に父とは名乗れない。
自分に、その資格はないが、

この子の傍を終の棲家とする事を、その時決めた。





***



見習「なにぼーっとしてんですか」

憲兵「………ああ。
   少し、昔の話を思い出していた」

見習「へー。
   あんたいくつだっけ?」

憲兵「今年で28だが」

見習「まじ、てっきり30過ぎかと。
   昔の話ってなんです?」

憲兵「………秘密だ。
   おい、目的地まではどのくらいだ?」

兵士「あと3時間ほどです。
   お急ぎを」

見習「おい、待て、待てって!!!」






おまけ終わりです。
本編にはあんまし関係ないです。
>>1の脳内エピでしたが気に入ったので文にしました。
1時間くらいで書いたのでおかしいところあるかもです……許し…て……。

本編はもう少しお待ちください…。
応援レスありがとうございます。
毎度毎度、励みになります。
本当にありがとうございます。


遅くなり本当に申し訳ありません。
本日夜更新予定です。

殺される…仕事に殺される…。



***


―――そう。…出ていくのね。

ふふ。君にも、色々迷惑をかけてしまった。
これも仕方ないんだ。
これ以上ここにいても良い事もないし、
頃合いなんだろうね。

―――結局。
   あなたの産み出したものは、
   なにひとつあなたの手には残らなかったわね。

手柄も名声も必要ない。
私にとってそんなもの、必要なら、いくらでも手に入るものだった。
私に必要なものは、ここの教育機関と、研究設備だった。
なにも母校を軽んじるつもりはないが、
ここで学ぶべきことはもうない。
ふふふ、しかし追放とは。
まだ利用価値があると思われているとは…ふふふ。

―――学院はそう思っていても、
   国はどう思うかしらね?

…そう、か。
君は。

―――さっき指令が来たの。
   あなたの身柄の確保。
   …断りたかったけど、私の権限では無理ね。

ふふ…。
これも仕方ない、…か。
私では、君から逃げ切る事は不可能に近い…ね。

―――諦めるの?






…諦めない。
諦めたく、ない。

―――………。

諦めて、たまるか!!!
私はまだ、なにも…!!

―――そう。
   …あなたらしいわね。

まだ、なにもできてない!
私は変えてみせる!!
辛い思いも!
悲しい現実も!!

―――………。

私は!!
この世の不条理を、全て無くしてみせる!!!







―――じゃ、さっさと行って。

…え?

―――追手は私がなんとかする。
   あなたほどの魔法使いなら、
   取り逃がしたところで誰も疑いやしないわ。

…ありがとう。
君には、世話をかけっぱなしだ。

―――うまく逃げるのよ。
   …落ち着いたら、連絡を寄越しなさい。
   どこへ行くのか、知らないけど。

そうだね。
まずは、鉱山都市にでも行ってみる事にするよ。
手の付けた仕事がまだ残っているし、
現状も気になるところだ。

―――そう。
   …あまり目立ったことはしちゃ駄目よ?
   何度も助けられるものじゃないわ。

ああ、そうする。
あまり迷惑はかけられないからね。
…本当に、ありがとう。

―――いつか見せてほしいわ。
   あなたが、いつかきっと実現する、
   不条理のない、幸せな世界を―――






柔らかな朝日が頬を射し、
朝靄のような眠りを静かに晴らした。
窓が少しだけ霜づく、冬の訪れを報せる寒い朝。
この季節の日の出は遅い。
どうやら少し眠りすぎたようだ。

賢者が魔法の都へと着いたのは、
魔法の王国南部の小さな村を飛び出した、実にその数時間後だ。
学院所有のものを借り上げた小さな屋敷が、彼女の住処。
使用人もおらず、生活といえば寝室と浴室のみ。
それなりに設えられた調度品は全て埃をかぶり、
彼女は内心、この小さな屋敷でも広すぎるとすら思っていた。


賢者「…昨日の疲れ、
   …抜けないな。
   あれだけ走れば当然か」


鈍る頭を振り払い、小さな化粧台に腰かける。
机に投げやられた旅支度から携行食を取出し、
珈琲の一杯でも煎れれば良かったかなどと考えながら噛り付いた。
エルフから教わった焼き菓子はとても栄養価が高く味もいいが、
なにせ喉が渇く。
しかし長い間家を空けていた事が災いし、水の備蓄がない。


賢者「寒いけど、仕方ないか」


水を汲みに表の井戸へと向かう。
屋敷は閑静な一角に建てられていて、
朝霧に霞む街並みに人気はなかった。

呪文を唱え、水を喚ぶ。
簡単な念動力だが、こういう時は便利なものだ。
手桶を肩ほどに浮かべ屋敷へ戻ろうとして、


―――あー、あー。
   これ、通じてんのか?


どこか間の抜けたような声を心に聞いた。






賢者「…戦士?」

―――おお、ちゃんと通じるんだな。


念話は屋敷の壁にはりつくトカゲから聞こえる。
誰の使い魔かはわからないが、
ちょっとした結界を施してある賢者の自宅に侵入できるという事は、
かなり高位の術師のものだろう。


賢者「誰の使い魔なの?」

―――あー。
   …そいつは…。
   すまん、言えない。

賢者「あっそ。
   別にいーけど」

―――ごめんって。
   ああ、あいつの研究室、見つけたよ。
   …お前にも、今度教える。
   誰の使い魔か、そしたらわかると思う。

賢者「ほんと?良かったわ。
   今日謁見したら、しばらく行動の自由をもらうつもりだから、
   そしたら合流しましょ」

―――いいのか?
   開戦、秒読みだぞ。

賢者「だからよ。
   戦場は私の分野じゃないし、あの子の足取りを追う事は、
   この戦争の背景にも繋がるわ。
   大体、捨てる命なら俺のために使えって、あんた言ったでしょ」

―――いや、それは、言葉のあやでだな。

賢者「公私混同は良くないけど、
   利害が一致してれば別でしょ。
   …連絡を待つのは趣味じゃないけど」






―――ああ、わかった。
   そのトカゲ、しばらくその屋敷に棲みつくみたいだから、
   念信したら出てくるらしい。
   俺の持ってる通信水晶と交信できるそうだ。

賢者「…凄いわね。
   それ、かなりの高位技術よ。一体何者なの?」

―――まぁそれは、後のお楽しみって事にしといてくれ。
   俺はこれから、また中央王国に向かうよ。
   やることができたんだ。

賢者「りょーかい。
   また連絡するわね。
   …っと、そうだ」

―――どうした?

賢者「あんた、精霊の力、うまく使えないって言ってたでしょ」

―――…ああ。

賢者「たまに精霊が目の前に現れない?
   ちょっと、悲しそうな顔で」

―――あー。一度だけある。
   緑色で、羽の生えた小人だった。

賢者「それ、名前をつけて欲しがってるのよ。
   契約がまだ済んでないから、
   精霊がどうしていいかわかんなくなっちゃってるのね」

―――名前って。
   …そうなのか。
   ありがとう、考えてみるよ。

賢者「いい名前つけてあげてね。
   それだけ力を貸してくれてるってことは、
   あなた好かれてるのよ。
   …それで?あの子の研究室で、知りたかったことは知れたの?」


少しの沈黙が流れ、


―――ああ、わかったよ。
   いろいろとな。


その沈黙を噛み潰したような言葉を言い残し、念信は途切れた。






「起きましたか。
 詳しく説明している暇はありません。
 あなたに、頼みがあるのです」


その時目覚める前の最後の記憶は、向う脛に重い一撃を貰ってよろめき、
後頭部をしこたま殴られたところだった。
目が覚めれば右足には添え木が当てられ、
額には手拭いが置かれ、
顔を覗き込む初老の男。

己を打倒した男に介抱されるほど、屈辱的なことはない。


「執行部は、勇者殿に襲撃された。
 そうですね?」


なんでこいつが知ってんだ、とその時は思った。


「すみません、記憶を読ませて頂きました。
 私の扱える唯一の魔法です。
 …頼みを、聞いて頂きたい」

「私はこれから魔研に向かいます。
 勇者殿を止めるためです。これは私にしかできないつとめです。
 あなたは王城へと向かってください。
 そして、なんとかしてある男へと接触し、この惨状と、魔研で起こった事を伝えるのです。
 憲兵という、信用の置ける男です。
 それがきっと、魔法の王国のためにもなります」

「疑うのなら心を読んで頂いても構いません。
 できない?…なるほど。では、信じてくださいと言う他ありません。
 私とその憲兵という男は、あなたたちよりも、この世の中に詳しい。
 …少しだけ。少しだけですが、ほんの少しの真実を知っている」






別に、その、寂しそうな背中をした初老の男に、
哀愁も憐憫も感じたわけじゃないが、
その少しの真実とやらは気になった。
そもそもこんなロートルに負けているようじゃ、
燃え落ちる研究所に戻ったところで、姉の助けになるとは思えないし、
この初老の男の頼みを引き受ける事が情報を引き出す鍵となる、と思っただけ。

それからの行動は早かった。
折れた骨を簡単な治癒スクロールで固め、
騎士の亡骸から鎧を剥ぎ、
落ち延びた騎士を装い王城へと侵入した。

しかし、いざ憲兵という男とやらの所在を突き止めてみれば、
なにやら部屋が騒がしい。
やはり頼みを聞くべきではなかった。
いつか耳にした事がある。
中央王国の妾腹の王子が、王宮で要職に就いている、と。

確か側室である母親は王にその美貌を見初められただけの、
元はといえば旅芸人一座の踊り子だ。
中央王国王家の血筋はみな太陽のように眩いばかりの金髪だが、
その王子は光を吸い込んでしまうような黒髪だと聞く。

厄介な事に、正統なる王太子もそれはそれでなかなかの人物ではあるものの、
中央王国王家の血筋は妾腹の弟の方が色濃く受け継いだようで、
力を持ちすぎぬよう王宮で子飼いにしているらしい。
なまじ本人も先見の明があるのか均整の取れた人格をしているのか、
それほど野心など抱えていない事は確かなのだが、
いつなんどきでも兄王子を先に立てるその振る舞いは放っておいても人望を集めてしまうらしく、
目下王宮の悩みの種だそうだ。

まぁ、そんなヤツ嫌うとしたらその本人に余程問題があるのみだろう、と誰しもそう思うものだが、
どうやらこの第二師団長という男はそういった余程問題のある手合なのだろう。


大将「せいぜい足掻くがいい。第二王子殿」


まぁ、仕方ない。
毒食わば皿まで。
厄ネタをひっかぶせてきたロートルへの恨み言を心に溢れさせながら、
道が開いた瞬間に閃光魔法を唱えた。






閃光魔法ひとつで切り抜けられたのは奇跡に近い。
城から離れ、城下町の路地裏で肺の奥まで息を引き込んだ。


憲兵「助かった…が。
   君は一体、誰だ?」


男は訝しげに見つめてくる。
よく見なくても端正な面持ちだ。
通俗な親しみやすさの中に、隠しきれぬ毛並みの良さも見て取れる、
清濁併せ持つ危うげな完璧さを秘めている。
見習には、それがどこか気に食わなかった。

盗賊から言付かった内容を話す。
憲兵は見習の拙い話しぶりに深く耳を傾け、頷き、


憲兵「…そうか、それで。
   すまないな、敵方にも関わらず、危ない橋を渡らせてしまった」


だなんて、仮想敵国のスパイへの気遣いなんてものを吐くから質が悪い。


見習「いいや、俺は別に構わないんだ。
   じゃあ俺はもう…」

部下「そういう訳にも参りません。
   あなたは知りすぎている。
   我々と行動を共にして頂きます」


突然の声に路地裏の出口を見れば、
立襟の外套を身にまとった旅装束の女性が立っている。
中肉中背、特に印象に残らぬ顔。
つまり普通程度には見れる顔だが、
とりわけ目を引かれるものはない、そういった顔。






憲兵「お前も無事だったか」

部下「ええ。
   お助けしては私まで捕らえられる事は明白でしたから。
   あなたがご自身の力で難を逃れられる事に懸けました」

憲兵「その判断は悪くはないが、
   見捨てられたと言っても間違いではないな」

部下「そうなればいずれお助けにあがる所存でした」

憲兵「まぁいい。
   しかしなにも、お前まで逃げんでもいいだろう。
   追われているのは俺一人なんだ」

部下「もはや兵ではありません。
   私はあなたの部下です。
   そもそも、あなたの持つ唯一の私兵を、
   身動きが取りやすいように強引に登用したに過ぎぬではありませんか」

憲兵「…っ、しかしだな…」

部下「あなたに仕える事は私の使命です。
   それともなにか?
   王城に戻り、あなたを追う任に身を委ねろと?
   あなたは自らに一生を捧げると誓う部下に、
   主人に弓を引けと命ずるのですか?」

憲兵「…わかった!もういい!!!」

部下「わかってくださったのならよいのです。
   さて、目下の行動指針ですが」


なにやら話がついたようだが、
彼らはひとつ忘れている。






見習「話がついたようで良かったよ。
   じゃ、俺は―――」

部下「お待ちください」

見習「………へいへい」


マジで貧乏くじだ、と盗賊は思う。
確かに死ぬよりはマシなんだろうが、
助けたっていうのに、この仕打はないんじゃないだろうか。


憲兵「ああ、すまない。
   俺も彼女には同意見なんだ。
   君には、しばらく我々と行動を共にしてもらいたい」

見習「そりゃねーっすよ。
   俺には、今日の事を国に報告する義務が…」

憲兵「助けてもらった事は確かだが、
   看過できん事もある。
   我々は二人だ、味方は少ない。
   協力者が手に入るチャンスは逃したくないんだ」

見習「今がチャンスなのか?
   言っとくが俺は使えねーぞ、お断りだ」

憲兵「…どうしても承諾してもらえないのか?
   強制は、できるだけしたくないんだ」

見習「…へっ、あんたがどんだけ強いか知らねぇが、
   逃げ足には自信があるんだ。
   なんなら騒ぎを起こしたっていい。
   あんたらには困るだろ?」

憲兵「そうか。なら仕方ない」







憲兵は無造作に手を掲げ、
…なにやら呟き始めた。


見習「…は?」


掲げられた手に小さな光が灯る。
それは確かに、魔法の王国の者である彼らには慣れ親しんだ力で、
中央王国の者たちには、忌むべき力であるはずだ。


見習「魔力、だって?」


憲兵の慣れた手つきには、少しの澱みもない。
驚嘆と、その仕草があまりに恭謙であるがゆえ、
見習は身体の自由を奪われた事に気付けないでいた。


憲兵「…かつて賢き者ども、
   ここに座せり。
   彼の者はいましめの鎖を整え、
   彼の者は敵を抑え、
   彼の者は鎖をつなぎとめる。
   ―――いましめは今、我が手に」

見習「お、おい、やめろ!!!」

憲兵「―――いと小さき者を捕らえ、
   我が言霊を届けよ」


光が消える。
それが魔法の発動が完了した証である事を、
なまじ魔法を齧っている事で、理解できてしまった。






見習「はっ、―――はっ、」

憲兵「すまない。
   だが、条件は、『我々の旅に協力する事』それだけだ。
   時がきたら、解除する。約束しよう」

見習「てめぇ、なにもんだ!
   強制魔法は遺失魔法だぞ!!
   なんでてめぇが扱えるんだ!!」


ふと、憲兵の後ろの女と目が合うが、
部下だという女も目を丸くしていて、目が合った事に気付くと、
ぶんぶんと横に頭を振った。
どうやらあの女にとっても思い掛けない事実だったようだ。


憲兵「…部下、目下の行動指針を」

部下「………あ、
   …はい。
   ひとまず身分を偽り、国内に潜伏する事ですが、
   これはなんとでもなるでしょう。
   国内の情勢には詳しいですからね。
   つまりどこに潜伏するかですが、
   第二師団長の手が及びにくく、
   第六師団の影響力の強い場所が望ましい。
   そうですね?」

憲兵「仕事のできるヤツだなぁ」

見習「………ちぇ」

部下「条件を満たす街はいくつかあります。
   加えて、自由にできる空き家が一件。
   なので目的地はそこにしましょう」

憲兵「そこはどこだ?」

部下「盗賊が手の者を使って管理していた家ですよ。
   入れ替わり立ち替わり住人が変わっていますから誰も気に留めません。
   場所は、時計塔の街です」





と、いうわけで、見習は今時計塔の街に居る。
盗賊という男が管理していたという空き家に身を潜め、
1週間が過ぎようとしていた。


見習「………しっかし、まぁ」


見れば見るほどなにもない家である。
ドーマータイプの角地という事は、
元は中流家庭が暮らしていた家だろう。
しかし竈も食堂も居間も、全て奥まった一角にある。
窓際には更に作業台のような机が据え付けられていて、
この家の家主はよほど生活スペースが狭かったのだと推測できる。
窓明かりを取り込むためか、
作業台の窓のみガラスが嵌めこまれている。


見習「ま、姉ちゃんもこんなもんだけど」


仕事ばっかしてるから自宅に求めるものが少なくなるんだ。
家は自らの帰りを待つものであるはずだ。
人も招かず、家庭も持たず、する事と言えば寝るか湯浴みするか、そのどちらかだけ。
姉も20の女性なんだから、良い嫁ぎ先のひとつでもあればいいのだが、
まぁ恐らく暗殺者と結婚したがる男など、それはきっと余程の物好きか、
似たような外法の者しか居ないのだろう。


見習「あ、いけね」


珈琲でも煎れようと湯を沸かしていた事を失念していた。
ここは火龍山脈南部に近く、地下水の豊富な街だ。
水資源は街を豊かにする。
長閑な地方の街を気取っていられる事も、巨大な山脈の恵みに守られているからこそだろう。
時計塔の街というだけあり、時計作りはこの街の伝統工芸だ。
魔法仕掛けの時計が幅を効かせるようになってからは時計職人たちは姿を消したと聞いたが、
彼らは時計職人から、金属板に印を刻む彫金師へと姿を変え、
未だ時計を作り続けているという。
それは執念か、それとも妄執か。
時とは人を惹きつける。
取り戻せない過去。
それは行きて帰らざる日々。
秒針がひとつ揺れる度、人々はまた何かを失くし生み出していく。
哲学者は時間の浪費にもなにかを見出すのだろうか?
未来を浪費し過去になにかを見出す事が彼らの人生だとすれば、
それは死んでいると同じ事だ。
差し引き、ゼロじゃないか。






ぱたん、と音がして女が帰ってきた。
憲兵と部下がこの街で何をしているかは知らないが、
見習の命ぜられた事はといえば、


憲兵「君はここで待機だ。
   必要な時、力を貸してもらいたい」


なにせ逆らうと身体に激痛が走るのだ。
あの男、涼しい顔をして、魔法の練度はといえばかなりのものだった。
少なくとも未熟な自分に抵抗できるものではない。
彼がいつどこでこんな魔法を身につけたのか、知る由もないが、
強制魔法は既に失われた秘法だ。
かつて教会の司祭たちが悪魔調伏のため用いたとされるが、それも伝説のようなもんで、
実際神教の教えなんて全部眉唾だ。
まぁ信者はそれなりに居るし、中央王国ではまだそれなりに力を持っているんだが―――


見習「なにしてんの?」

部下「…挨拶を待ってんのよ。
   人が帰ったんだから挨拶くらいしろ、ばか」


このねーちゃんもなかなかの狐っぷりだ。
しかし言ってる内容は変わんないってんだから驚き。


見習「ああ、ごめん。お帰り」

部下「ったく、主人の手前、私もああ言ったけど。
   お坊ちゃまもなんであんたなんか連れてくんのかしら。
   あんな芸当できるなら、喋るな、で良かったのに」

見習「あー、あんた頭いいけど、魔法に関して不勉強だね」

部下「…なんですって?」


あと、ついでだが、
この人は怒ると、姉ちゃん以上に怖い。


見習「あー、ごめんって、えーとな。
   仮にも魔法の王国だから。
   これ、エンチャントの一種だから、魔法がかかってればばれるわけよ」

部下「…そっか。私にも隠してたくらいだしね」

見習「そー。
   既に追われる身なのに、これ以上興味持たれたくないでしょ」







部下「なら、いっそ殺してしまえば良かったのよ。
   だいたい何?魔法使いったって、ぴかぴか光らせるくらいしか芸がないじゃない!!」

見習「ひでぇ言われようだなぁ。
   閃光閃熱魔法は使い手が少なくて貴重なんだぞ」

部下「習おうとする人が誰も居ないからでしょ」

見習「ごもっともです」

部下「足手まといにしかならないんなら、いっそ私が…」

見習「あんたの主人はそんな人なの?」

部下「………ぅ」

見習「はぁ。
   俺はあんたの主人を助けた。
   敵方であるにも関わらず、割と重要な情報の糸口を掴まされてね」

部下「そうね」

見習「割と悩んだと思うよ。
   情報を漏らすわけにはいかない、クーデターが成功し王城には帰れない。
   しかし、助けられた恩がある。
   …冷静になって考えてみたらさ、この処遇は彼なりの最大限の譲歩なんだ。
   軟禁は退屈だし、正直魔法の王国にも帰りたいけど、
   ま、ここはある程度安全らしいし、
   最悪の状況ってわけでもないしな」

部下「……驚いた。
   あなた、意外に冷静だし、物事も見れる子なのね」

見習「これでも一応執行部だから。
   潜入と情報収集だけは上手いんだ、俺」

部下「ま、使いでがある事はいい事だわ。
   ならいずれ働いてもらう事になりそうね」

見習「…俺、なんかまずった?」

部下「爪を隠す脳はなかったようね、あはは」






夕刻を告げる鐘の音が鳴り響き、
また、扉の音がした。


部下「お帰りなさいませ」

憲兵「ああ。
   人員はわかったか?」

部下「ええ。
   割とサボっている様子で、練度はそれほど高くありません」

憲兵「よし、では明日にでも行動に移そう。
   見習、君にも働いてもらう事になりそうだ」

見習「いーけどさ、なにすんです?」

憲兵「依頼を出す」

見習「はい?なんの?」

憲兵「地取り捜査。
   第六師団は各地の冒険者ギルドと結びついている。
   行動は分隊単位が基本だが…、
   まぁ、多少面倒だが、5分もあれば終わるだろう」

見習「………あんた、意外と」

憲兵「兎にも角にも、まずは手がかりだ。
   第六師団狩りだよ」







ローブを用意し、湯浴みを済ませた。
この国ではこれこそが正装だ。
今の時期ならまだいいが、いかに大陸北部とはいえ、
夏が無いわけではない。
王城で魔法は禁じられているため、夏の謁見ともなれば、
それはまさに地獄だ。

ま、謁見の間は、魔法で空調が効いてはいるけど。

髪を結わえている時、
ふと、化粧台の隅に追いやられていた、小瓶が目に留まった。
確か、いつかどこかの商人からガメた月下香のオイルだった気がする。


賢者「…なんだって、こんなもの………」


随分高価なものだと聞くが、
持ち帰ったまま長い間忘れていた。
優れた防腐処理が為されているようで、
少なくとも劣化などはないようだ。

なんとなく、小瓶を開けてみると、
ふわりと部屋中に、なんともいえない甘い香りが広がった。
思考を軽く麻痺させるほどの、粘膜が痺れるほどの甘い香り。
異国的でいながら、どこか庭先に覚えのあるような、
例えるなら、自らに罪はなく人を狂わせる儚げな美女のような香りだ。


賢者「…っぷ。つっよ…」


…ま、少しならいっか。
首にちょっとだけ擦り込んでローブを羽織る。


賢者「あ。
   ………いい香り」


これなら、密かな自分だけの楽しみといえる。
…チュベローズって、どんな花だっけ?

ま、いっか。いい香りだし。






賢者「私よ。報告に戻ったわ。火急」


正規の軍籍を持たない賢者が謁見するには、
一度学院長を通す必要がある。
暗部である執行部には、表立った謁見許可など降りない。
よって、彼女が王に謁見する時は、王城内の小さな館が常だったが、


学院長「ああ、聞いておる。
    謁見の間に来いとの事だ」


今日に限っては、広間らしい。


どう考えてもおかしいが、
考えても仕方ない。
加えて例え王城内であろうと、何が起ころうと逃げ切る自信が、
彼女にはあった。
それだけの実力を彼女は備えてしまっていた。

もし行動が露見しているとすれば、
その時は、彼の存在だけは、どうしても隠し通さねばならない。
そして彼女は、まだ名前をつけてはいないが、
心に湧いたその感情を、はっきりと感じ取っていた。







「―――お会いになられる。入るがいい」


そして彼女は、


自らの死地へと、足を踏み入れてしまった。







賢者「…長くかかり申し訳ございません。
   中央王国王立魔法技術研究所においての戦闘についてからご報告致します」

魔法王「……………良かろう。
    申すが良い」


王の姿は、大きな天蓋に遮られ、目にする事はできない。
魔法を使えば目にしようと思えばできるが、罰せられる、といった方が正しい。
まぁ、彼女は王の姿など何度も城内の館で見ているのだが、
謁見の間の作法とはこういうものなのだろう。


賢者「我々執行部隊は指令の通り、盗賊という男の身柄を確保しようとしましたが、
   念信が傍受されたため、男の向かった魔研において行動に移そうとしました。
   しかしそこで、荒れ野に居るはずの勇者と、そしてその手勢の者と戦闘になったのです。
   勇者とその手勢は異変を察知し魔研へと向かう中央王国軍近衛師団第一中隊をも襲い、
   これを殲滅。
   魔研襲撃は全て執行部の責となりました」


謁見の間がざわつく。
当然だろう。
我が国は、罠にかかり宣戦布告を"させられた"のだから。


近衛「貴様、それでおめおめと逃げ帰ってきたのか!!」

賢者「情報が完全に漏れていたのです。
   …部隊に内通者が居た可能性は否定でき兼ねますが、
   現に部隊は勇者の手により全滅しています。
   内通者が居るのなら、生き延びているものと」

近衛「…そんな馬鹿な…!!」

魔法王「良い。
    …続きを申せ」

賢者「念信に留めず国に戻った事には理由があります。
   最早開戦は避けられない。
   しばしの行動の自由を頂きたいのです。
   ひと月の間に、状況の打開を約束致します。
   ですから、どうか―――」






魔法王「……………」


王は黙して語らぬ。
もうひと押し、必要なのかもしれない。


賢者「我が王よ。
   私には―――」


だが。

彼女は、王が黙する意味を、

読み違えていたのだ。


魔法王「賢者よ」


王の真意は、開戦の理由などには無い事に、

彼女は気付けなかった。


魔法王「―――魔女なる女の行方は、どうした?」






賢者「―――は」


見誤った。
賢者は、王の関心が戦の是非にあると考えていた。


魔法王「確かに奴は手強かろう。
    あれほどの魔法使い、
    もう我が国に現れる事はないだろう。
    して、鉱山都市の魔力炉はどうなった?
    魔法の都は盲目とでも思ったか?」

賢者「いえ。…決して、そのような事は。
   魔女の行方は、中央王国も追っています。
   彼女絡みの任務では、勇者と会う機会も多く…」

魔法王「語らずとも良い。
    …あの魔法使いが死んでいる事など、
    儂はとうに知る処だ」

賢者「―――え?」

魔法王「そして最早戦争など。
    中央王国など恐るるに足らぬ力を、我らは手にしたのだ。
    他ならぬ魔女の編み出した秘術よ」

賢者「我が王。
   …あなたは」

魔法王「解析には時間がかかったが。
    我らは遂に。
    遂に、手に入れたのだ!!」

賢者「あなたは一体、何をしたのですっ!!!!」







突如、謁見の間の天井が崩落し、
大柄な人型の魔族が、謁見の間へと降り立った。

黒い肌に浮かぶ頑健な筋肉。

虹彩の無い、ただ朱いだけの眼球。

額からは大きな山羊を思わせるねじれた角が生え、

竜のような翼を持つ。

そして何より、禍々しい漆黒の鎧を纏い、

攻撃的な意匠の大剣を持つ、その姿。


魔法王「これが、我らの力!
    人の及ばぬ魔神の力を、我らは従えたのだ!」

賢者「貴様は―――ッッ!」


デーモン種と呼ばれる魔物は大剣をその手に構え、
戦闘への愉悦をその口の端に浮かべる。
ここは、死地だ。
一人で打倒できる相手ではない。

―――だが。


賢者「己の統治すべき国に、魔を引き入れたのか!!!」


不可能でも、賢者は、敵をここで討伐する。
祖国を守るため。
彼を守るため。

…親友の仇を、取るために。




今日の分終わりです。
毎度少なくてすみません。

数々の応援レスありがとうございます。
励みになります。

年越しの暇潰しに読んでいただければ幸いです。
それでは皆様良いお年を…。

ご無沙汰しております。
昨日一昨日に更新しようと思ったのですが、
この1週間体調を崩してしまい…、
申し訳ありません。
すっかり忘れ去られてしまったかもしれませんが、
もうしばらくお待ち頂けると幸いです。

皆様冬は確かに旬ですが、
牡蠣にはお気をつけください。
地獄でした。

明日更新します…。


***


その日の鉱山都市には大雨が降りしきり、
日中だというのに空は飴色で、人々は影によって陰に追いやられ、
みな自宅で息を殺していた。
鉱山は兎角雨に弱く、鉱夫たちも早朝から坑道に詰めている。

そんな日の彼女の仕事はといえば、
いずれ運び込まれる負傷者の手当くらいのもので、
鉱山のほど近くへと自ら建てた小さな研究室兼自宅で待機していた。
過酷な労働環境に身を置く鉱夫たちはみな屈強だが、
それでも月に何人もが命を落とす。
鉱山都市は平和そのものだ。
平和な都市ですら、これだけの死者が出る事実に、彼女はまたも心を痛める。

人は物陰で理由なく死ぬ。
その死と労働災害による死にどれだけの違いがあるのだろうか。

鉱山都市は兵を持たない。
金銭の授受のみが、住民に課された絶対的なルール。

即ち、国家の民営化である。

人々は治安や司法を金で買う。
金さえあれば安全が他者により保障され、権力を手に入れられる。
鉱山都市の街角には食料や衣類品、生活用品のみならず、法律、名声や権力まで並ぶのだ。
住民はそれらを自由競争によって手に入れられる。
持とうと思えば私兵も持てる。
人の生き死にすら金銭のやり取りで済む。

この歪な個人主義は自然に産まれたものだ。
その結果、住民たちは金のため、自ら火中に身を投げる。
つまりは能動的な死だ。
理由なく死ぬ人々とは前提から異なってくる。

―――そして彼女がそこに、ひとつの光明を見出した事も、
   自然といえるだろう。





外からは雨音が絶え間なく耳に届く。
魔法使いである彼女の耳は、その中に微かに紛れる、聞き慣れぬ物音をも聞き分けた。
友人が言う処によると魔翌力炉を作ってからというもの、
学院に彼女の身柄を拘束しようという動きがあるらしい。
しかし所詮そのような事、はじめから覚悟していた事だ。
評議会にもいずれ姿を消す事になるとは伝えてある。
追手がかかれば迎え撃ち、しかる後に身を隠しても遅くはない。
息を殺し身を固め、敵を待った。

しかし数分が経っても、気配を相変わらず感じるも、襲われるような気配を感じなかった。


魔女「…これは、戦闘音、か?」


耳を凝らす。

引き絞られた弓弦が軋む。
放たれた矢は雨を引き裂き、獲物を確実に捉える。
侵入した魔法使いたちはその矢速を知覚し切れず、音もなくこめかみを貫かれた。
遮蔽物のない小屋の周辺、それは射手には格好の狩場となるのだろう。
雨に煙る視界にあぐらをかき姿を消さなかった魔法使いたちにそれを防ぐ術はない。
放たれる音は八度。
矢はそのひとつも的を外さず、侵入者は全滅した。

異音が消えた小屋へと、足音が近付いてくる。
気配を[ピーーー]意図を見せない、堂々とした足音だ。

足音は小屋の前で止まり、ゆっくりと三度、戸が叩かれた。


魔女「君は、誰だ?」


そして彼女は、客人を迎え入れた。





魔女「外套はそこにかけておくといい。
   濡れたままでは辛いだろう?」


言いつつ、ティーサーバーを傾ける。


憲兵「ありがとう。
   …魔法使いの家にしては、簡素なものだな。
   その手に持つものも、魔法で動かせるんじゃないか?」

魔女「依存は良くない。身も、心もだ」


カップを机に置き、彼女は続けた。


魔女「なまってしまうじゃないか」

憲兵「はは。本当に、異端者と呼ばれる事も頷ける」

魔女「だが、魔法とはやはり便利なものだ。
   上着も脱ぐといい。乾かしてあげる」

憲兵「…ああ、頼む」

魔女「それと、外にいる弓使いにも入ってもらって構わない。
   この雨の中外で待たせるのは、心苦しい」

憲兵「どうして、弓使いが他に居ると?」

魔女「弓を引き絞る音、矢が走る音が聴こえた。
   君は北から歩いてきたが、矢は西の方角からだ」

憲兵「…参ったな。100メートルは離れているのに」

魔女「雨の日は特にわかりやすい。
   耳を凝らせば半径250メートル内なら、雨音ひとつまで聞き分けられる。
   耳を凝らせば、だけど」





客人2人の服を干し、
茶を新たに沸かし、3人は机を囲む。


兵士「これは、あなたが」

憲兵「いいって」

兵士「いいから飲んでください。
   で、古い方を私にください。
   喉乾いてるんです」

憲兵「それ飲めばいいだろ」

兵士「主人より新しい茶を飲むわけには参りません」

憲兵「本音は?」

兵士「猫舌なんです」


魔女「それで、どういった用件で?」

憲兵「ああ、すまない。
   私は、…えーと…」

兵士「中央王国軍の者です。
   あなたを保護するため、ここへ」

憲兵「と、いう事になっている。
   私は憲兵司令官でね、階級は中将だ。
   目的は君の拉致。もしくは殺害…だったんだが、
   着いてみれば妙なのが居たんでね」

兵士「おい」

憲兵「どうせ心も読めるんだろ?
   彼女に隠し事は不可能だよ。
   信用を失うだけだ」

魔女「…ふふ。そう簡単には読めないよ。
   でも、嘘はわかる」

兵士「…どうやってです?」

魔女「それは、秘密。
   目的を話してもらおう」





憲兵「その前にひとつ質問だ。
   君を狙う学院執行部を退治した手間賃として答えてくれ」

魔女「あのくらいなら、助けは必要ないよ。
   君たちのように、無為に命を奪うまでもない」

憲兵「だろうね。だから質問で済ませるんだ」

魔女「…いいよ。
   聞きたい事とは?」


憲兵は少し睨めあげるように彼女を見つめ、続ける。


憲兵「雷の研究は、しているか?」


少しの沈黙が流れる。
予想だにしない質問に、彼女は息を飲んだ。

雷魔法。
学院の魔法使いたちが数百年研究を続け、
未だ解明されない、伝説に近い魔法。
それは英雄の証とも言われるお伽話。

学問として最も難しい事は、「存在しない」事だと「証明する」事だ。
仮説に対し100%の否定は不可能に近い。
故に、否定の可能性を限りなく100%に近づけていく。

だが、500年前。
西方から現れたという英雄は、数々の伝承に確かにその左手に雷霆を纏わせたと伝えられる。
雷霆とは神の武器。
聖教の主神は自らの武器を英雄へと分け与えたという。
そしていつしか学院はこう結論づけた。

雷とは、魔法ではない、と。


魔女「……………」


しかし。
異端と呼ばれる彼女はそうは思わなかった事もまた確かだ。





魔女「未経験では、ない。
   雷魔法は実在する」


そう答えた数日後、
彼女は中央王国へと迎えられた。
与えられた役目は、魔法に留まらぬ、「雷」の基礎研究。


魔女「雷とは自然現象なんだ。
   魔法で扱う分類に属さない。
   …しかし、代用は効くものだし、使えて得になるものでもない」


研究施設は充実していて、
そこには2人のサンプルが居た。
一人は見知った顔。
そして、もう一人は。


魔女「……………まだ、ね」


遥か地下に封じられた、古の怪物だった。





――――――――――――――――
―――――――――――
――――――


どうしてこんな事になったのか。

本部に招集されぬ自分たちなど、各所の支部を任されたごろつきに過ぎない。
家畜が逃げた、人探し、家具の組み立て、引っ越しの手伝い等、
依頼はつまらないものばかりだし、便利屋などをやって師団の運用費用を稼ぐだけの仕事だったはずだ。
まぁ元がこそ泥だったり、日銭を稼ぐだけのどうしようもない傭兵だったり、
育ちのいい者、実直に生きてきた者など同僚には一人として居なかったが、
感謝というのは麻薬のようなもので、みな悪い気はしていない事は確かだった。

仕事はくだらないが誰かに必要とされる仕事というものは意外にも性に合っていたのかもしれない。
最近では自分なりにやり甲斐などというものを感じ始めていて、
このまま骨を埋める事も悪くはないかもしれない、とまで考えていた。

依頼は単なる護衛だったはずだ。
指定された場所で落ち合うと、そこには妙に育ちの良さそうな男が居た。
隣の村までの護衛を頼む、金に糸目はつけないからできるだけ多くの人員を連れて来て欲しい、
それが依頼だった。時計塔の街に駐留している第6師団所属の人員に戦闘に長けた者は少なく、
魔物退治の経験のある支部長を含む10人が選ばれた。

落ち合った場所は街はずれの林だ。
支部長が男と話している時、突然一人が倒れ伏した。
倒れた一人はこめかみを矢が貫通していて、みなそれを見て敵襲に備え、木々の合間に身を隠した。

襲ってきた者は何者か、なぜ自分たちが狙われるのか。
混乱した頭を抱え思わず空を見上げた時、確かに見た。

矢が不自然な弧を描き、吸い込まれるようにまた別の者のこめかみを貫くところを。





見習「…お見事、残り6名。
   N7323、W318、
   頭部は地面から120ってところ。
   視線は7時方向」


憲兵から離れた崖の中腹に、まだあどけなさの残る青年と、
弓を携えた女性が居た。
青年の指示を聞き、女性は矢の羽山を調節する。
大弓を引き絞り、指定された座標へと放った。

矧の部分を調節し、山間の風に乗せられた矢は、あらぬ軌道を描き飛ぶ。
加えて未熟といえど魔法使いの補助があれば、その軌道はもはや蛇の如く標的へと迫るものとなる。


見習「命中。まさに鷹の目だ」


見習は次なる的を探す。
彼の得意とする光魔法の応用だ。
光を屈折させ、視野を拡大し、空間が通っていればどの角度からでも「見たい場所を見る事ができる」。
木々に隠れようと、壁に隠れようと。
彼の視線から逃れるためには、暗闇に身を置くか密室に入る他なく、
その密室も、少しでも光が漏れ出ていれば、彼には中を覗く事ができた。


部下「本当に、意外に便利ね。
   魔法使いの知覚は第六感に近いと聞いていたけど、あなたのは違うのね。
   弓使いの私にとっては直接視野に勝るものはないわ」

見習「観測射も必要ないからね、隠密向き。
   N7437、E772。
   頭部175、視線は10時方向だけどキョロキョロしてる。
   2射いるかも」

部下「了解。お坊ちゃんは?」

見習「残ったヤツ処理してる。
   はえー。
   …その一人で終わりだよ」

部下「はいはい」


女性は矢を3本番え、放つ。
放たれた2本は標的の肩と胸を貫き、1本は右目を貫いた。





部下「お疲れ様でした。
   支部長一人ですか?」

憲兵「一応3人生かしてある。
   尋問は君に任せる」

部下「お任せを」


憲兵の前には意識を失い縛られた3人の男が横たわっていた。
1人は支部長と呼ばれた壮年の男。
2人はその横にいただけの若い男だ。

これは見習の直感に過ぎないが、
若い男2人、ともすれば壮年の男すらからも情報は得られないだろう。
こんな非常時に招集されない事からして、持ち得る情報はたかが知れている。


見習「なぁ」


考えの定まらぬまま、
返り血ひとつ浴びていない憲兵に声をかけた。
我ながら青臭い、と見習は思った。
これが彼らの出来得る限りの方法だという事も理解しているにも関わらず、


―――あんたって、意外と…


人の死をなんとも思わない人間なんだな。
言いかけて留めた言葉を心にかき抱く。


見習「これ、いつまで続けるんだ?」

憲兵「有力な手がかりが掴めるまでだ。
   君は帰って旅支度を整えておいてくれ」

見習「………オーケー」


踵を返し拠点へと向かう。
つい先程見た狙撃の恐怖に怯える男の顔が心に浮かんだ。





「ま、…待ってくれ!頼む!解放してくれ!!」

「俺は第6師団じゃない!!」


その時そう叫んだのは、目を覚ましたのか、捕らえられた若い男の1人だ。
あまりの突飛さに虚を突かれ、部下も見習も、憲兵までもがその若い男に目を向けた。


男「頼む、解放を…!」

部下「突然どうしたんです?解放を望むなら知り得る情報を話しなさい。
   これから聞こうと思っていたところなのに、順番が逆になってしまいました」

男「お、俺は、…中原の国の者だ」


部下と憲兵が顔を見合わせる。


憲兵「どう思う?」

部下「つまらない嘘ですね。
   いいですか?潜入するならこんな辺鄙なところを選ばないし、
   あなたはそれにしては身体も大きい。
   くだらない事を言う暇があったら私たちを喜ばせてみてください」

男「…本当なんだ。
  王の命により第6師団に潜入していた。
  片手だけでいい、縄を解いてくれ!
  証拠を見せる!」

部下「………どうします?」

憲兵「…いいだろう。
   だが、少しでも妙な動きをすれば片腕を切り飛ばす」


部下はひとつ溜息をつき、男の片腕を自由にする。
男は懐から1枚の羊皮紙を取り出すと、ぐしゃぐしゃと丸め、
また広げた。


男「2年前から第6師団で連絡員をしているんだ。
  この街に居たことは偶然で、人手が足りないと言われた。
  依頼の行き先と近かったんで、同行を頼まれただけだ」

男が手をかざすと、紙はみるみるうちに皺が伸び、
元の綺麗な羊皮紙へと戻っていった。





見習「…すげー。時間魔法だ。
   初めて見た」

男「こうやって文書を盗み読みしていたんだ。
  使える範囲は狭くて、せいぜい3分ほどしか戻せない。
  独学だが、意外と便利だ」


そう言って、男は少し笑う。
はにかむような笑顔はどこか憲兵と似ていた。


部下「それじゃあ証拠になりませんね。
   魔法の王国の者という見方しかできません」

見習「それはねーよ」

部下「…は?なんで?」

見習「時間魔法なんて使えるヤツ、なかなか居ないし。
   学院にいたら有名なはずだぜ。
   でも俺、こんなヤツ見た事ないよ」

部下「あんたがポンコツだからじゃないの?」

見習「これでも執行部なんだ。
   学院の人間の顔と名前は全員わかる」

部下「…ふうん。なるほど」


その時、思案顔をしていた憲兵が突然、口を開いた。


憲兵「なら、簡単な質問をしよう。
   君の身分は話さなくてもいいが、2つ質問に答えてくれ。
   解放するかは、その解答に依る」

男「…わかった。なんでも聞いてくれ」





憲兵「まずひとつ。
   潜入していたのなら、君の言を信じるとすれば、
   君は宮仕えの諜報員だ。そうだな?」

男「そうだ。中原王の子飼いのようなものだ」

憲兵「なら、王室の情報には詳しいはずだ。
   中原の先王は表向きには病没とされているが、
   本当の死因を知っているだろう。
   それはなんだ?」


男は一瞬目を丸くしたが、
落ち着いた声でその質問に答える。


男「……………毒殺だ。
  下手人は、王妃の」

憲兵「正解だ。
   部下、縄を解いてやれ」

男「…なぜ、それを知っている?
  王室の、一部の人間にしか知り得ない事だ」

憲兵「私も君と似た事を生業としていた。
   誰のした事かは知らなかったが、
   先王が精神を病んでいたという情報は正しかったようだな」


縄が解かれた男はその場に背を向けようとし、
振り向いて憲兵を見やった。


男「その、黒髪。
  君は…」

憲兵「よせ。私は君の事を忘れる。
   君も、私を詮索するな」

男「…貴公の寛大かつ賢明な措置は、
  七つの山をも超えて知られるだろう。
  感謝する」


それだけを言い残し、男は林の奥へと消えた。






結局気絶しっぱなしだった2人の男からは、
大した情報は得られず、その身柄は部下に任された。
見習は思うに、部下に身柄を任されるという事は、
きっと今頃生きてはいないだろう。

近くの支部は17キロ先の街。
人員は30人、戦闘員は半分の15人。
支部長は勇者や将たちといった中央の人間と会った事はなく、
その目的も知らない。
なかば一般人なんだから仕方のない事だ。

とにかく得た情報はそれだけ。
それだけの情報を得るのに、9人の命と引き換えにした。
その憲兵を寛大かつ賢明と評した男。

どう考えてもおかしい。
それともおかしいのは見習の方なのか。


憲兵「早朝出立しよう。
   夕食は?」

見習「食べるよ」


どうも夕食は肉らしい。
焼き加減は?と部下に聞かれ、よく焼いてくれ、と答える。
自分の見ていないところで、姉はもっと苛烈に務めを果たしてきたのだろう。

考えが及ばぬ事は罪、それが魔法使いの在るべき姿だ。
でもどうやっても頭がうまく働いてくれないので、
明日からはもう少し心を保とう、とだけ考えた。

出立は明日。
憲兵という男が何を考えているのかは、まだわからない。
国境近くには次々と陣が築かれ、開戦はもはや秒読み段階だそうだ。
それまでに戦争を止めるネタが手に入れば俺達の勝ち。
さて、彼らの勝ちとはどのような形なのだろう。


今日の分終わりです。
ちょい短いですけど、
明日も少し時間があるので、明日また更新します。

長くお待たせしてしまってすみません。
頑張るので見捨てないでください。お願いします。お願い……。

多くのコメントを頂いて嬉しい限りです。
励みになります。

また明日お会いしましょう。

来週中には必ず。

まじでちょっと待って
今週末
今週末には更新しますから
多分土曜か日曜になります


――――――――――――――――
―――――――――――
――――――

第三師団長「製造は順調です。
      …しかし、あれは一体なんです?」

勇者「何度も言わせるな」

第三師団長「ええ、焼夷兵器でしょう。
      一体なにから作られたものなのです。
      研究所の資料は喪失したはずでは?」

勇者「では既存技術の応用、という事だ。
   第一師団改編はどうなっている?」

第三師団長「…第一師団は大規模である上、複数の兵科で編成されています。
      ふたつの小型師団に分ける事までは簡単ですが…」

勇者「やはり、指揮する者が足りない、と」

第三師団長「ええ。
      ここ数年で兵科の多様化が急速に進んだ弊害です。
      特に騎兵戦力の運用に長けた者が少ない」

勇者「仕方ない、もう何人か昇格させろ」

第三師団長「…良いのですか?
      彼らの仕事は指揮官たちの警衛です。
      若者たちの中には実戦経験に乏しい者達も多く…」

勇者「貴様はいくつの戦場を経験した?」

第三師団長「三度です」

勇者「たった三度だろう。
   私に至ってはただの一度も無い。
   何、拠点防衛は私一人いれば事足りる。
   本来警衛など不要だ」






勇者「下がれ、明後日までに編成案を完成させろ。
   2週後の開戦に間に合うようにな」

第三師団長「………」

勇者「まだ何かあるのか?」

第三師団長「……兵はみな、不安がっている」

勇者「ほう?」

第三師団長「士気は高い。
      新型の焼夷兵器も一定の戦果を挙げるだろう。
      …これは結果の見えた戦です」

勇者「では不安を感じる事もあるまい」

第三師団長「そうです。
      …故にみな、どこか違和感を覚えるのだと」

勇者「はっきり話せ。
   私は忙しい」

第三師団長「我が国の国防計画は全てかの国を想定している。
      …北方の要塞線、魔研の設立、我が国に根付く魔法排斥の動き。
      全て、私が生を受ける前からの動きだ」

勇者「………それで?」

第三師団長「民草は無能だが無知ではない。
      …我が国はこの戦争を回避できない。
      その理由からみな目を背けているのです。
      結果は見えているとはいえ魔法の王国は大国だ。
      戦は数年に渡るだろう」

勇者「……貴様は軍人に向いていないようだな」

第三師団長「和睦の道など誰も夢にも思わない!
      民はみな心のどこかで、為政者たちにこの戦争を回避する選択を期待していたんだ!
      魔法は厄介な戦略単位だ、戦局などいくらでも覆る!
      たとえ勝利したところで、得るものも何も無いというのに…!!」





勇者はしばらく目を伏せていたが、


勇者「黙れ」


不意の、
髪から垣間見せた鋭い一瞥、
そしてただの一声の、煮え滾る内腑から絞り出すような低い声。
それはこの第三師団長という男を居竦ませるに充分に事足りた。


第三師団長「………!」

勇者「我が軍の指揮官は誰だ?」

第三師団長「………それは、あなた、だ」

勇者「そうだ。
   …この戦の指揮官は私だ。
   兵たちの生死も勝敗も、私の持つ権利だ」

第三師団長「…それは、危険なまでに傲慢な考えです。
      指揮官には兵をできうる限り生還させる義務がある」

勇者「そんなものはない。
   わかるか?
   そんなものは、無いんだ。
   兵が持つ義務とは、命を賭して指揮官に勝利を齎す事だけだ」

第三師団長「それでは!あなたの歩む道の先には、
      あなたしか居ない事になる!」

勇者「それでいい。
   例え私の指揮で全軍が滅びようと、
   目指す勝利の先が無人の荒野であろうと。
   …この戦の指揮官は私だ!」

第三師団長「……………」

勇者「戦争の発端がなんであろうと、
   民がどう思おうと関係ない。
   長期化した戦の産む犠牲がどれだけ多くとも、
   敵国を滅ぼすという目的は変わらない。
   和睦の道?ふざけるな。軍人が口にしていい言葉ではない」

第三師団長「しかし!
      …しかし、それを出来うるのは、もはやあなただけだ!
      英雄の再来と言われ、大権を委任されたあなたになら…!」





勇者「………国王亡き今、私に緊急権が与えられた意味をよく考えろ。
   所詮、私は未だ18の小娘に過ぎん。
   戦が終わればその役目は終わりだ。
   貴様も国の行く末を案ずるのなら、圧倒的戦力を持って敵を粉砕する方策でも考えるがいい。
   …和睦の道があろうとなかろうと、それは我々の範疇ではない。
   そういった話は宮廷で脳天気な話し合いをするような連中に任せておけばいい」


男は大将となってまだ日が浅く、
年齢も34と若かった。
理想と現実に引かれ合い震える身体を拳を握り締める事で堪え、


第三師団長「………わかり、ました」


なんとかその言葉だけを絞り出し、
銀髪の、上官でなければ小娘と呼ぶになんの躊躇もないであろう指揮官に背を向けた。

怒りが湧く度にその怒りが行き場を失い、暗い夜道にも似た喪失感、無力感に苛まされる。
男が部屋の扉に手をかけたその時、
その背に、勇者からなにやら言葉が投げかけられた。


第三師団長「………なにか?」

勇者「…いいや。
   そういえば、貴様の履歴を見た。
   なかなかに優秀な人材のようだ。
   私が居る限り、我が軍に敗走は無い。
   それだけは信じて欲しい」

第三師団長「あなたの強さは信じて疑いません。
      …が、無敵とはいかないでしょう」

勇者「………なぜそう思う?」

第三師団長「あなたは左腕をあまり使わない。
      理由はわかりませんが、過去に受けた傷が原因なのでは?」

勇者「……………」

第三師団長「…失礼する」


男が去り、また目を伏せた勇者は左腕を静かに掻き抱く。
その左手の指先は、微かに震えていた。





数分が経ち、
執務室のドアが数回叩かれた。


勇者「入れ」

兵士「…失礼します。
   第六師団所属…」

勇者「良い。貴様の顔は覚えている」

兵士「光栄ですね。英雄であるあなたに覚えて頂けているとは」

勇者「用向きだけ手短に話せ」

兵士「ええとですね、ふたつほど報告したい事が御座います。
   一昨日、王都管理局で、魔法使いを数人拘束しました。
   恐らく魔法学院執行部の残党かと思われます。
   妙な事を話されても困るので身柄は第六師団で押さえてありますが」

勇者「そうか。明日連れて来い。
   彼に預ける」

兵士「わかりました。
   次に、時計塔の街を中心に、末端ではありますが第六師団所属の部隊が次々に消息を絶っています。
   2日に1~2部隊というかなりのスピードで対応が遅れました。
   部隊はみなならず者を雇用しただけの数合わせで被害は無いようなものだったのも原因ではありますが、
   昨日ついに西方の不安定化工作に関わっていた一部隊がやられました」

勇者「…ほう?」

兵士「不自然なほど痕跡を残していません。
   傷は剣によるものと、あとは矢傷です。
   剣は彼らの物を奪って使っているようです。
   我々の事を探っているものと」

勇者「手口が荒いという事は結果を急いているという事だ。
   つまり残された時間をある程度把握していると見ていい。
   調べはどこまで進んでいる?」

兵士「それが、犯人達の潜伏場所は割とすぐ突き止めたのですが、
   今朝方踏み込んだところもぬけの殻でした」

勇者「場所は?」

兵士「時計塔の街の一軒家です」

勇者「……狸爺め。
   討ち漏らしたとは聞いていたが…。
   他には?」





兵士「以上です。
   調べを続けます」

勇者「…そうか、ご苦労。
   下がっていい」

兵士「わかりました。
   …あれ」

勇者「どうした?」

兵士「勇者殿、
いつもの剣はどうなさったのです」

勇者「…ああ」


勇者は腰に手をやると、


勇者「あの剣なら、人に貸していてね」


少しだけ、嘲るように笑った。




――――――――――――――――
―――――――――――
――――――


鉛色の異形を漆黒の鎧で武装し、
携えた大剣を持ちて繰り出される剣戟は、
相対した者をまさに紙細工のように打ち砕く。
肉体強度は卓越した戦士の斬撃で僅かに傷がつく程度。
知性的であり卓越した戦術眼を備え、自らの存在に誇りを持ち、
冷酷ではあるものの人間にも一定の理解を示すようだ。
魔法の練度についての詳細、不明だが低く見積もって小さな城壁を吹き飛ばす程。
恐らく人間の到達し得るレベルではないと見ていい。

問題は、この諸情報は、例のハルバード使いによるものという事だ。

あれほどの武芸をもってしても、この魔族は近接戦闘においてなお上回るという。
賢者の剣技はその例の男には及ばぬものである上、彼には魔法の才は無く、
その情報には若干の加重をかけねばならない。

広間では方々で悲鳴が上がり、
腰を抜かす者、逃げ出す者など様々だ。

どうやらこの怪物の存在は魔法王のみの企みによる結果なのだろう。
遠い玉座に座す魔法王の表情は、この状況に似つかず強張っていて、
魔神と対峙する賢者の姿をただ見つめていた。


魔法王「殺せ。その後は、好きにして良い」


そして王は語る。
敢えて言葉として受け入れる必要もなかったが、
使役する魔神への命であると同時に、賢者へと向けた通告とも取れるその言葉に、
賢者は心が激しく毛羽立つのを感じた。


賢者「………ふぅー…」


彼女はひとつ息を衝き、抜剣し、
剣先を柔らかく振り身体に魔力を通わせ、更にその魔力を室内の気流へと乗せた。
肉体から迸る視認を可能とするほどの魔力は蒼白い光の絹糸となり、
そのうねりは柔らかく揺れる細い剣先に全てを委ねているようだった。

気流のうねりはやがて激しさを増し、
遠く近く吹く風音が共鳴し合い、茫々たる天地に吹き荒れる嵐が奏でる音色を思わせるようになった時、


賢者「………はっ…!」


魔神の眼前から、魔法使いの姿が消え去った。






彼我の距離は目測で10メートルは離れている。
それは恐らく、互いに容易く距離を詰められる間合いではあるが、
賢者はまず自らの絶対的に信を置く、その疾さを試したのだ。
正眼に立つ異形の魔神、その正面から、糸を引くような剣先が横薙ぎに黒色のプレートメイルの継ぎ目を狙う。

魔神は刹那の反応の遅れを示し、だがしかし最短の動きで身構え、一枚板のような大剣で左半身を覆い隠した。
甲高く耳障りな金属音が響く。
ぶつかり合う細身の直剣と黒色の大剣、その圧倒的質量差に賢者の身体は浮き上がり、
しかしその接触点を支点に身を魔神の背後へと巡らし更に攻撃に転じた。
踏んでいた通り、やはり疾さにおいてはこちらが有利。
返す刃で背後から右肩を狙う。

その斬撃は繰り返す事三度。
二種類の肉体強化、気流制御、歩法、持てる技術の全てを駆使した賢者の速度は、
もはや自らの認識の限界の処まで来ている。
五感はその速度に僅かに追いつかないが、彼女のたゆまぬ鍛錬と豊富な戦闘経験がその速度を可能とさせていたのだ。

しかしその斬撃はいずれも僅かに身動ぎした魔神の鎧によって防がれた。
振り向きざまに振るわれる大剣を認識し、彼女は息を呑んだ。
恐らく大剣の重量だけでも彼女の体重を越えるだろう。
更に驚くべきはその剣速。
移動速度、身のこなし、判断速度、そのいずれも彼女は魔神をも上回るが、
ただひとつ、その大剣の剣速だけは彼女の速度を上回っていた。


賢者「ぅああっ!!!」


異形の身体を蹴り飛ばし距離を取る。
そのまま空中で反転し、魔神の間合いから逃れると共に、彼女は渾身の魔力をもって、
一工程で行使できる最大威力の火炎魔法を投げ遣るように発した。
しかし魔神は一瞬で息を溜め、剣を構え跳躍するが如く逃れる賢者へとその身を踊らせる。
火炎魔法はいずれも馬車程度なら吹き飛ばす威力のものだが、
魔神はその火球を意にも介さず疾走した。
魔法の直撃をその身に受けながらも猛然と迫る怪物に、賢者が思わず身を居竦めた事を誰が責められよう。
その一瞬の間は大剣を回避するに致命的な隙となったが、
彼女は当惑しながらも魔力による防壁を三重に展開、加えて剣を構え、斬撃の防御を試みた。





苦し紛れの薄い防壁は全て大剣の一振りを前に砕け散り、僅かに剣速を鈍らせるに留まったが、
生死の境に感覚が超然と澄み切った一瞬、悲鳴をあげる肉体に更に鞭を入れ半身になる事で斬撃を回避、
更に細身の直剣が螺旋を描き魔神の首元をめがけ走る。
清明な彼女の頭脳は、かの斧槍使いの語った言葉を思い起こしてはいたが、
極限まで冴え渡る五感が本能的にそうさせたのだ。
斬撃は確かに魔神の首元を捉え、異形の怪物の皮膚を僅かに削り取り、
落胆をその背に負ったまま彼女は幾合もの剣戟を続ける。
頼れるのは自らの疾さ、ただその一点のみ。
その一点において彼女はこの怪物を上回る事だけは確信できた。

刹那の未来が遥か遠方にも感じられる打ち合いを続ける。
彼女に魔神の剣を防ぐ術はなく、
有効な防御はその身を躱す事のみ。
少しでも掠れば、衝撃は骨をも駆け抜けるだろう。

剣戟は時間にして10秒間ほどだが、彼女にとってどれほどの時間が過ぎただろうか定かではない。
躱した大剣が魔神の目線を遮った隙を衝き、
魔神の間合いから逃れた。


賢者「…ぅ……ぇ、げほっ……」


立ち止まると同時に肺は貪欲に酸素を求め、
その隅々まで大気を吸い込もうとするが、
極限の恐怖と戦闘への高揚感が咽頭と気道を粘つかせる。
視野はぼんやりと滲み、無理な魔法行使に頭痛が止まらず、
未だ20秒にも満たぬ戦闘にもかかわらず身体の節々は悲鳴をあげていた。

気付けば広間から人は消え、
暴虐の渦に包まれた破壊の痕跡だけが、魔神のその強壮さを彩っていた。
たった20秒間の交戦、ただそれだけで、
賢者の疲弊ぶりはもはや握る剣に力も無く、ただ迫る大剣を待つ事しかできない処まできていた。
あれだけ見えなかった刹那の先が今ははっきりと理解できる。

恐らく、自分は死ぬのだろう。
これほどの相手、相対した瞬間に撤退を決意するべきだったのだ。
しかし思い起こされるのは、かつて見た親友の笑顔。
眼前に立つ異形の怪物が自らの仇敵である事が、彼女の判断を鈍らせてしまった。


賢者「…はぁ、はぁ、はぁ…」


悠然と眼前に立つ魔神を見据え、
彼女は構えを解いた。
次の瞬間にも大剣が迫り命を落とす事を痛いほど知りながら。

だがそれにも悔いはない。
男との約束は破ってしまう事になるが、
友の仇を前にして撤退するという選択を彼女は持ち得なかった。
敵の強大さについての予備知識は確かにあった。
本来ならば執行部総掛かりで倒す相手である事も知っていた。
だが彼女には実力があった。
どれだけの難敵を前にしても、倒し切る事はできずとも、
制し切る自信も持っていた。

ただ、敵の脅威を見誤っていただけの事。

死を前に彼女は目を閉じた。
もう、二度とその目を開く事はないと覚悟をして。






魔神「…なかなかの練度だ、魔法使い」


だが慮外にも、浴びせられたのは大剣ではなく、言葉だった。
突然の魔族からの賞賛に、彼女は二度と開かぬはずの目を大きく見開いた。


魔神「剣腕、魔法ともに申し分ない。
   だがそのいずれも我を傷つけるには至らぬようだ。
   驚嘆すべきは疾さだが…目に留まらぬほどでもない」

賢者「………お褒めの言葉ありがたく頂戴するわ、魔王さま。
   死ぬ覚悟はできているわ。
   さっさと殺しなさい」


魔神は大剣を構える事なく強く床に突き刺し、
そのまま座り込んだ。


魔神「行け、魔法使い。
   今なら落ち延びる事もできるだろう」

賢者「……………は?」

魔神「見逃してやる。
   生き延び、研鑽を積むがいい。
   我と戦える強さを掴むまでな」

賢者「…契約者の命令に背くの?」


魔法王は、魔女の術式を解析したと言っていた。
それが真実であるならば、召喚に応じた魔族は術者と契約を交わし、
その契約に縛られるはずだ。
契約者と魔族は魔法によるパスが繋がり、互いの魔力を譲渡し合う事ができる。
それによる肉体的な影響やら精神的感応やら色々とあるらしいが、
詳しい事はわからない。

ただ、その契約は次元跳躍を可能にする条件とも言うべきもので、
その順守は絶対であるはずだ。
内容についておおよそ考え至る事は契約者への絶対服従。
明らかに魔法王を上回る存在が命令に従っていた事からして、
契約とはそれに近いものだと考えて自然だろう。





魔神「人間如きの考えた粗末な制約など、召喚と同時に破棄した。
   あの人間は…そうだな、協力者とでも言っておこう。
   我はなにもこの世界に戦いにきた訳ではない。
   奴は我の目的のための環境を提供し、我は奴の願いを多少聞いてやる。
   その程度の間柄だ」

賢者「…魔族が人間を見逃すのね」

魔神「つまらぬ戦いなどに興味は無い。
   無論殺される事も御免こうむるが、
   貴様如きに我は倒せん。
   が、見どころはある。
   腕を磨き出直すがいい」


その時、賢者の鼓動に変化が現れた。
どくん、とひとつ大きく心臓が収縮し、
鼓動がどんどんと早まっていく。

瞳は焦点が定まらず、
視界がぼやけ、眼前で声を発する魔神の声も、徐々に耳に届かなくなっていった。


魔神「…どうした?
   みすみす死ぬなど莫迦らしいぞ、人間」


ぐるぐると螺旋を描き、意識が遠のいていく。
この感覚はいつか味わったものだ。


―――お姉さん、魔法使いなの?


あれはどこだったか。

確か、最近、どこかの小さな村で。


―――意外と可愛いね。もう、喋れないか。
―――………じゃ、お邪魔しまーす………


そこで意識は暗転する。
記憶の底にあるいつか見た、忘れ去られ、苔むし、澱み、いつしか腐りきった底知れぬ沼のような瞳の中へ、
彼女の精神は堕ちていった。






少年「さすがに苦戦するみたいだね、おねーさん。
   あはははは…」


どこまでも白い世界。
ここは夢か、現か。

何もかもが消えた白い景色、
自らが立っているかどうかも定かではない場所。

眼前には、悪魔のような笑顔を湛えた、金髪の少年の姿があった。




遅筆ですみません。
今回はここまでです。

待って頂いている方、本当に申し訳ありません。
励みになります。

次回をお待ちください……。すみませんすみません。

もうちょいお待ちください…。

僭越ながら保守らせて頂きます…

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2015年11月16日 (月) 21:27:31   ID: nA6zCZqx

飽きた

2 :  SS好きの774さん   2015年11月18日 (水) 08:36:17   ID: iy1UmVO_

荒らしが出るほどなんとやら
頑張ってくれ〜エタるなよ〜

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom