漫「ニワカは相手にならんよ!」(184)

――前略、末原先輩。 私です、上重漫です。

優希「東場は誰にも渡さないじぇー! 起家連荘ツモ!!」

――ついにやってきたインターハイ決勝、先鋒戦の真っ最中です。

玄「ツモ! タンヤオドラ7です!!」

――先輩たちの頑張りでなんとかたどり着いたこの舞台、絶対に負けられない戦いなんですが……

照「ツモ 700・1300」

照「ロン 7700」

照「ツモ 4100オール」

漫「ぐっ……」

照「ツモ 6200オール」

――正直、限界です。

恒子「清澄、阿知賀、白糸台がそれぞれ和了を重ねる中、姫松は苦戦しています!!」

優希(咲ちゃんの……みんなのために負けられないじぇ…!)ガルルルル

玄(同じ悔しさは……繰り返さない!)

照(咲が見ている……全力を尽くす!)

漫(くっ……)ハァハァ

漫(……789が……来えへん…… 爆発でけへん……)

漫(気持ちが……折れそうや……)

恒子「さあ、激戦は後半戦!! 三校は白糸台の攻勢を止められるのか!!」

玄(なんとか……、宮永さんを止めないと……!)

優希(咲ちゃんのおねーさんを止めるための……奥の手……)

ガサゴソ

優希(これを使うしかないじぇ……)

照(ここで……、一気に決める!)

キュピーン

ガシッ ギュルルン

恒子「白糸台宮永選手、またも必殺のコークスクリューの体勢に入った!」

玄(また来る……!)

優希(……ここだじぇ!)

スッ

優希「おおーっと、タコスの袋に間違えてお菓子が入ってたじぇー」(棒読み)

照「!?」

優希「タコスじゃなけりゃいらないじぇー、ぽいっ」

照(あっ)

フラフラッ

恒子「おおーっとこれは! 片岡選手の投げたお菓子に目を奪われた宮永選手、ツモ途中で体勢が崩れたー!」

健夜「コークスクリューの軌道が……逸れた……?」

漫「えっ」


メキョッ

※イメージ(左右反転)

       /!   ,.::'::::::::::::::::::::::::::::::ヽ            ヽ、:::::::::::::::::::::|
     ,.イ  | /::::::::::::;: ‐''"´ ̄ ̄``'、ヾヽ     ,,..      `''‐、_::::::::|
      /::|  レ':::::::::::/      ___. ゙、、_ノ7/,/::(_      ,. -‐''"::::i

     ,'!::::!  ヽ:::::::/       ,.ィ':::::::::::゙,``'i、;;;;ノノハ;__::::`‐...,,_', \::::::::::/   _ ,.ヘ

    .!|::::::゙,    \    /   !::::::::::::i.  |/   /ヘ'''``'=、-、ヽ ヽ:;ノ、   >` <
    l l::::::::ヽ    `''‐-r'′   l:::::::::::::| l7    /    ̄     /rへ,i  く/ヽ>
    .i '、:::::::::\     |     |:::::::::::::| !、_,,..`l        /f i } ||.  _r┐__

    ゙, ヽ::::::::::::`ヽ.、_,l     !::::::::::::;' / `トヽ ̄          /ィ ノ ,.ノ  '‐┐┌‐'
     ヽ \:::::::::::::::::::/     /:::::::::::// ノ/ニニ二ヽ      /、_,.r'"   lニ  コ
      \  `ヽ:、:::/   /:::::::::::/ /_`` ‐-'ゝヽ    /            |__|
       ` 、,../    ,/::::::::;:∠-‐'′ ``'ー-‐'゙`   ,. /
            ` ‐-;-'--‐ <.  ヽ、       ,.. - '" /           ロロ/7

__ ,,.. -─一¬ヾ´ヽ、;;;;;;;;;;;``;;;.、 `''ー---‐ ''"´   /ヽ、            //

ドッパァン

恒子「おーっと! 宮永選手の渾身の右フックが下家・上重選手の左頬にクリーンヒット!」

健夜「物理攻撃だよー!!」ガビーン

照(手が……当たっちゃった……)

恒子「上重選手の体が大きく宙を舞ったー!!」


――すみません…… 末原先輩……

私が…… 私がもっと強かったら……


ドサッ



――最後に見えたんは、決勝卓の天井に光る眩しい照明と、下家の清澄の驚いた顔。


……ああ、ぶっとばされたんだ……、と認識した次の瞬間。


私の意識はそこで途切れた。







…………えちん、やえちん!  やえちん!!





漫「…………はっ!?」

良子「起きたか」

日菜「もー、いきなり寝ちゃってどうしたの?」

紀子「入学式でそんなに緊張したのかー?」クスクス

漫「えっ…、ここは……?」キョロキョロ

日菜「ウフフッ、教室だよ」

良子「ほら帰るぞ。今日はもう終わりだ」

漫「へ?」

漫「え、教室って……。いや、私、インターハイの会場にいて……」

紀子「はあ?」

漫「あなた達は……誰ですか……?」

良子「おいおい何言ってんだよ」

紀子「大分寝ぼけてるな」

日菜「友達の顔も忘れちゃったのー? せっかく一緒の高校に入ったのにー」クスクス

漫「…………えっ?」

漫「あの……人違いじゃ……」

良子「はあ?」

紀子「なーに言ってんのさ、間違えるわけないでしょ」

良子「お前のその髪型で人違いしろっていう方が難しいだろう」

漫「えっ?」

日菜「そんな右が納豆おさげで左がギュルルンの髪型、やえちんしかいないでしょ」

漫「……誰って……?」

紀子「なんだよ、自分の名前も忘れたの?」

日菜「重症なお寝坊さんだね」ウフフッ

良子「私たちと同級生の麻雀部員、晩成高校一年・小走やえだろ、お前は!」

漫「えっ…… ええええええーーーー!!!!????」

紀子「さ、帰るよ」

漫「帰るて……どこへ?」

紀子「寮に決まってるでしょう」

漫「寮……?」

良子「やれやれ、とことん寝ぼけてるな」

日菜「ほら、一緒に行こう」

紀子「今日は早く休みなよ」アハハッ

漫「……はあ……」

――いつの間に着たのか、知らん制服……。 知らん教室に知らんクラスメイト……。

理解不能。まったくひとつも理解不能。

わけもわからず、三人に連れられるまま。気がつけば私はひとり、寮の部屋にいた。


日菜「じゃ、おやすみやえちん」

紀子「また明日」

漫「はい……」

バタン

漫「どういう……ことやねん……」

――クラスの名簿、寮の名札、学生証。

すべてそこにあった私のものらしき名前は、「一年A組・小走やえ」。

カレンダーの日付は……、二年前の四月。

そして……、ここは奈良、晩成高校の学生寮。

……あったんや、寮なんて。


漫「なんや……なんなんやこれは……」

――晩成の小走……、その名前は知っとる。

春の近畿大会で奈良代表やった、晩成の先鋒や。

対戦機会はなかったけど……、組み合わせ次第じゃ私と打つかもしれへんかった。

奈良でいちばんの要注意人物やって、常々末原先輩にも聞かされとった。

確か……、強さもやけど、髪型が……。

髪……型……。


漫「…………あれ?」

――ふと、部屋に置いてあった鏡が目に入った。

そこに映ったんは、確かに晩成高校の制服に身を包んだ私……。

……の……

……左の……おさげが……


漫「な……」

漫「なんじゃこりゃあーーー!!!」

――だんだん、思い出してきた。

そうや、あの時……。決勝戦の卓で……。

上家におった宮永照のコークスクリューが……私のほっぺに……。

思いっきりグーパンチになって……吹っ飛ばされたんや……。

…………。

えっ、まさかそれでこの髪……?

あの回転に髪が巻き込まれて……こんな片方ギュルルンに……?


――「そんな右が納豆おさげで左がギュルルンの髪型、やえちんしかいないでしょ」――


……そう、それは確かに、記憶の片隅にあったその人と同じ髪型やった。

その夜

漫「……直らへん……この髪……」ガシガシ

漫「さっきから3回もシャンプーして……ガッチガチの整髪剤までつけてんのに……」

漫「ふんっ……」グイッ

びよ~ん

ギュルルン

漫「なんて固い……何度伸ばしてもギュルルンに戻りよる……」

漫「クセ毛ってレベルやあらへん……。怨念でも籠っとるんちゃうか……?」

漫「……はぁ……」

漫「この髪型でいくしかないんか……明日から……」

――次の日は土曜日。幸いにも、学校は休み。

居てもたってもいられず、私は行動を起こした。


漫「とにかく……、一回大阪に……」

ガサッ ガサゴソッ

漫「お金……おさいふ……、あった!」

チャリン

漫「す、少なっ……。でも、大阪の電車代くらいはたぶんある!」

タッタッタッ

漫(家に……家に帰らんと……)

大阪

ワイワイ ザワザワ

漫(なんやえらい行列しとるな……。うちのお店の方やけど……)

漫「なーおっちゃん、これ何の行列なん?」

おっちゃん「おー、なんやこの先にお好み屋ができてんて」

漫「できて……?」

おっちゃん「おう、オープンセール中らしいで」

漫「……ふーん」

漫(この先のお好み屋て……、うちの店やんな?)

漫(何言うとんねやこのおっちゃん……。うちは私が生まれる前からやっとるっちゅーねん)

漫(これでも一応、看板娘やっちゅうねん……。知らんとはニワカやな)

漫(……でもよかった、私がおらんでも繁盛しとるやん)

おっちゃん「お嬢ちゃんも並ぶか?」

漫「あ、ええねん。毎度おおきにな」

おっちゃん「? お、おう」

漫(あの角の先……)

タッタッタッ

漫(私の家……お好み屋……)

バッ

漫「…………えっ」


――そこで待っていたのは当然、物心ついたときから慣れ親しんだ実家の店の看板…………。

…………では、なかった。

漫「これは……!」


『広島お好み焼き ちゃちゃのん』


漫「あ…… な……」

漫「なんじゃぁこりゃぁーーーー!!!!」

漫「私の……うちの店が……」

漫「広島……お好みやと……」

漫「…………」

漫「ちゃちゃのんって……、あの鹿老渡の……?」

漫「……なんやねん……」

漫「なんやねん、これは……」

漫「うちの店を差し置いて……。しかも、この大阪でわざわざ広島お好みなんて……」

漫「……一体、何の嫌がらせや……!」ギリッ

いちご「……お客さん?」

漫「…………」

いちご「ちょっと、お客さん!」

漫「…………、はっ!? はい!?」

いちご「悪いけんど、店の前で立たれとったら邪魔じゃけえ。食いに来たんなら並んでもらえんかのう」

漫「佐々野……いちご……」

いちご「おっ、ちゃちゃのんのこと知っとるんか?」

漫「なんで……あんたが……大阪に……?」

いちご「?」

漫「あんたは! 広島の人ちゃうんですか!?」

いちご「おう、よう知っとるなー。ちゃちゃのんの知名度も大したもんじゃ」

漫「何を呑気な! なんで大阪で広島お好みなんかやっとんですか!!」

いちご「なんでもなにもなあ。自分ちの店じゃけえの」

漫「…………は?」

いちご「ちゃちゃのんのお父ちゃんがこっちで店やる事になったからの、一緒に引っ越して来たんじゃ」

漫「引っ……いやいや」

いちご「ちゃちゃのんがアイドルやるんも、大阪のテレビ局に近いと都合ええけえ。一石二鳥じゃ」

漫「……悪ふざけとかやなくて……ホンマに……?」

いちご「勿論。ここはちゃちゃのんのお父ちゃんが建てた店じゃ」

漫「建てた……て……」

いちご「こないだ開店したばっかりの新築じゃけえの。オープンセール中じゃ」

漫「……いやいや、おかしいやないですか! 新築てなんなんですか!!」

いちご「?」

漫「前の店は!? なんで勝手に潰してもうたんですか!?」

いちご「潰して……? 何の話じゃ?」

漫「その前に建っとった店があったやろ!! 大阪のお好み屋!!」

いちご「前の店……? ここ、ずっと更地じゃったて聞いたがのう?」

漫「!?」

漫「更……地……?」

いちご「おう、そうじゃ」

漫「な…………、え…………?」

いちご「?」

漫「……ほな、ここに住んどった人は……」

いちご「? おらんじゃろ、更地にそんなん」

漫「…………は?…………」

いちご「??」

漫「嘘……嘘や……」

いちご「どうしたんじゃ、さっきから」

漫「…………」

いちご「…………?」

漫「…………」

いちご「……まあようわからんが、食いたかったら並びんしゃい。今行列じゃけえの」

漫「う……あ……あ……」

ダダダッ

いちご「? …………行ってしもうた」

タッタッタッタッ

漫(夢や……)

タッタッタッタッ

漫(これは……悪い夢なんや……)

ワイワイ キャッキャッ

漫(…………?)

洋榎「いやー、食った食ったー」

由子「おいしかったのよー」

恭子「ちょっと食べ過ぎやで、洋榎」

漫(……!! あの声!!)

洋榎「次アレやな、佐々野の店でも行ってみよか?」

恭子「佐々野さんの店? この辺やっけ?」

由子「そういえば、この先に広島お好みの店ができてたのよー」

漫(あ……先輩たち……)

漫(やっと……やっと知ってる人に……)

漫「あ、あの!! すみません!!」

洋榎「ん?」

恭子「?」

由子「?」

漫「よかった……」グスン

洋榎「……なんやこいつ」

由子「いきなり泣き出したのよー」

恭子「あの……なにか?」

漫「先輩方……。会いたかったです……」グスン

恭子「?」

由子「?」

洋榎「いや、誰やねんお前?」

漫「!?」

漫「あのっ、姫松の…… あなたたちの後輩の……」

洋榎「はあ?」

恭子「後輩?」

由子「のよー?」

漫「え……その……」

洋榎「?」

漫「私のこと……、覚えて……ませんか……?」

恭子「覚えてるも何も……」

由子「初対面だと思うのよー」

洋榎「おう、全く心当たりもないわ」

漫(……えっ……)

洋榎「お前らの中学のヤツか?」

由子「こんな子知らないのよー」

恭子「……私も」

洋榎「なんやそら、冷やかしか?」

漫「えっ、いやその……、中学やなくて、高校の……麻雀部の……」

洋榎「麻雀部ぅ?」

由子「私達一年生なのよー。高校生の後輩はおらへんのよー」

恭子「……うん」

漫「そ……んな……」

漫(……やっぱり、二年前やから……?)

恭子「…………」

恭子「……その制服……、晩成高校かな? 奈良の……」

洋榎「はあ? 奈良ぁ?」

恭子「インターハイの常連校や。奈良代表言うたらこの制服やで」

洋榎「よー知っとんな」

恭子「創部以来三十年無敗。一回だけ途切れたけど、その後また去年まで七連覇中やね」

由子「恭子は詳しいのよー」

洋榎「ほーん。ほな、アンタも高校生ちゃうん?」

漫「う……その……」

洋榎「晩成の何年やねん、アンタ?」

漫「え……あ……えっと……、一年……です」

洋榎「なんや、おないやないかい」

漫「うう……」

洋榎「で、その晩成がウチらに何の用や?」

漫「えっと……あの……」

洋榎「おう?」

漫「……何ていうか……その……」

洋榎「…………」

漫(なんて……言うたらええんや……)

洋榎「なんやねんな、言わなわからんでー?」

漫「麻雀の……その……」

洋榎「…………」

洋榎「……まあアレか、要するに宣戦布告やろ」

漫「?」

洋榎「麻雀部やー言うて、ウチらにこない突っかかって来んねんから」

漫「いや……突っかかるなんて……」

洋榎「麻雀のライバルとして、顔覚えとけやっちゅーこっちゃろ?」

漫「いや……そんな……」

洋榎「最近ようあんねん、インターミドル出てからな」

恭子「まあ……確かに洋榎は中学から有名やったけど……」

洋榎「ま、ウチらに目ぇつけてきたとこは褒めたるけどな。こっちも忙しいねん」

漫「?」

洋榎「こんなとこで言われても知らんがな。少なくともな、大会で顔見るぐらいなってからにせえや」

漫「いや……その……」

洋榎「奈良やったら、近くて近畿大会やろ? 遠い遠いのトイトイホーや」

恭子(…………)イラッ

由子「…………」

洋榎「打ちもせんヤツ覚えとるほど暇やなし~」

漫「う……」

洋榎「ほな、そういうことや」

クルッ

洋榎「おい、行くで」

恭子「あ、うん……」

由子「のよー……」

スタスタ

漫「あっ、いや、待って……」

洋榎「じゃあの」

スタスタ

漫「あ…………」

漫「…………」

ヒュゥゥゥ……

漫「…………」

漫「……夢や……ない……」

漫「…………」

漫「もう……無いんや……」

漫「…………」

漫「お店どころか…… 家族も、知り合いも……」

ヘタリ

漫「私の……居場所……」

漫「…………」グスン

漫「おとーちゃん…… おかーちゃん……」

漫「末原……先輩……」

漫「……うっ……」

漫「うっ…… うぁ……」

漫「うわぁぁぁぁぁ~~ん!!」

…………

……

郁乃「あらら~、こんなとこで泣いとったらネズミに轢かれるで~?」

漫「!」

郁乃「どないしたん~?」

漫「代……行……」

郁乃「ん~? ダイコン?」

漫(…………)

漫(そうや……二年前は代行やないか……)

漫(どうせこの人も……私のことなんて……)

漫「放っといて……ください……」

郁乃「そう言われてもな~」

漫「…………」

郁乃「仮にも教え子の泣いとる顔見たら放っとけんやん? 上重漫ちゃん?」

漫「!!」

漫「え…………?」

郁乃「ん~?」

漫「あなた……は……?」

郁乃「私は~?」

漫「……私のこと……知っとるんですか……?」

郁乃「んにゃ~? どうやろな~?」

漫「とっ、とぼけないでください!! これは一体! 何なんですか!?」

郁乃「これって~?」

漫「全部ですよ! 今のこの! 私がいきなり奈良におって! なんもかもがおかしいやないですか!」

郁乃「そんなん、今はどうでもええんちゃう~?」

漫「どうでもええことないです! 説明してくださいよ!!」

郁乃「説明~?」

漫「そうですよ! あなたが何かしたんですか!?」

郁乃「私がそれ知ってたとしてや~、聞いてどうすんのん~?」

漫「どうすんのって……、元に戻してほしいんですよ!!」

郁乃「元に戻すて~?」

漫「決まっとるでしょう! なんやこんなおかしくなる前に! インターハイの会場に帰してくださいよ!!」

郁乃「戻りたいんや~?」

漫「当たり前やないですか! 決勝戦の途中やったんです!!」

郁乃「ん~、そう言うけどもやな~」

漫「?」

郁乃「今そこに戻れたとして、自分なにができるん?」

漫「!」

郁乃「その決勝戦ってや~、何点差ついとったっけ~?」

漫「うっ……」

郁乃「一人沈みでトップと9万点差……。3位とかて5万点差や」

漫「…………」

郁乃「……しかも」

漫「?」

郁乃「アンタ、その大事な大事な舞台でも不発弾やったやん?」

漫「!」グサッ

郁乃「あの点差からや~、果たして逆転優勝できるやろか~」

漫「うう……」

郁乃「いくら後ろのメンツが頑張る言うてもな~、厳しい思うわ~」

漫「ま、まだ先鋒戦は終わってないです! ここから少しでも取り返して!」

郁乃「無理やね」

漫「ぐっ……」

郁乃「今のアンタには、無理や」

漫「…………」

漫「そんなにっ……力の差があるて……。私じゃ通用しないて言うんですか……!」

郁乃「そういうことやなしに~」

漫「……そういうことや……ないですか……!」

郁乃「それ以前の話やて~」

漫「…………?」

郁乃「今のアンタは、心が折れとるわ」

漫「!」

郁乃「自分でも、わかってんのんちゃうん?」

漫「…………何がですか?」

郁乃「ここに来る前……。最後に思ったこと……何やった?」

漫「最後……?」

郁乃「『私が、もっと強かったら――』」

漫「!」ドキッ

郁乃「アンタがあのとき失ったんは点棒やない―― 自分への自信や」

漫「そこまで知って……一体あなたは……」

郁乃「知らんし言わへんけど~」

漫「…………」

郁乃「今のまんまで、またあの卓に座る勇気、あんのん~?」

漫「ぐっ……」

郁乃「それにさっき。少しでも、取り返すて言うた?」

漫「……?……」

郁乃「……少しでもや、無理やて。こっからでも逆転したるぐらいの気持ちが無いんやったら、やっても無駄や」

漫「うう…………」

郁乃「…………」

漫「…………」グスン

郁乃「……悔しい?」

漫「うっ……ひぐっ……」

郁乃「…………」

漫「…………」

郁乃「ほな、強くなりーや」

漫「!」

郁乃「折れたもんなら、直したらええ。足らんもんなら、足したらええ」

漫「…………?」

郁乃「なくした自信と、今以上の強さ……。アンタに要るんはそれだけや」

漫「自信と……強さ……」

郁乃「アンタがそれを求め、取り戻す気があるいうんなら……」

漫「…………」

郁乃「アンタがこの状況を乗り越えて、今より変われるんなら。またそん時や」

漫「…………」

漫「そんなん言うても……どうやって……」

郁乃「別に~? 難しい話やあらへんよ~?」

漫「?」

郁乃「全国優勝」

漫「!」

郁乃「……見せてんか、全国優勝。ここでその制服で。」

漫「!!」

郁乃「私が言いたいんはそれだけや」

漫「…………」

郁乃「…………」

漫「あなた……ほんま何者……?」

郁乃「それ言うてアンタは強くなるん~?」

漫「…………」

郁乃「ほな、そういうことで~」クルッ

漫「あっ、ちょっと! 待ってください!!」

郁乃「もう帰らんと門限やで~。アンタも寮に帰りや~」スタスタ

漫「いや、まだ聞きたいこと山ほどあるんですけど!!」

郁乃「タクシ~」サッ

ブロロン

漫「いや、ちょっと!!」

郁乃「ほなな~」

漫「ちょっと! 待ってくださいて!!」

バタン

郁乃「…………頑張れよ、スズ」

ブロロロロ……

漫「…………」

漫「言いたい事言うだけ言うて……」

漫「…………」

漫「…………」

漫「…………」

漫「…………なんや最後の標準語は……。気持ち悪っ」

夜 晩成寮

漫「結局……戻ってきてもうた……」

良子「おっ、来たか」

漫「……ただいま帰りました」

日菜「もー、探したよやえちん!」

紀子「出かけるなら一言言ってけよなー」

漫「…………ごめんなさい」


――後に残ったんは、私が晩成高校一年・小走やえだという目の前の現実。

あと、この髪型。

寮長「門限ぎりぎりですよ小走さん。初日からこれでは、先が思いやられますね」

漫「…………すみません」

日菜「でも、無事でよかった!」

漫「?」

良子「おう、失踪でもしたのかと思ったからな」アハハッ

漫「心配……、してくれるんですか……?」

紀子「なーに言ってんのさ、当たり前だよ!」

漫「…………ありがとうございます」


――誰もが一切疑いなく、私を小走やえやと思っとる。

得体の知れない怖さ。優しさへの戸惑い。

この人たちに、どう接していいのかもわからなかった。

――それでも日は昇り、明日が来る。

右も左もわからへん。前には不安しかないけれど。

ここの学校、ここの麻雀部で。

私の新しい高校生活が始まった。

――強くなりたい。ただそう思った。

わけのわからんあの人の言葉に従う感じになるんは癪やけど……。

あんだけ言われっぱなしで、やられっぱなしで……。黙ってられるかっちゅーねん……!

見返したる……! あの代行にもう一度会って……!

……それに……末原先輩たちにも……。

姫松のあのひとたちに、私の存在を見てほしい……!!


漫「やるしか……、やるしかあらへん……」

数日後 部活

漫「ツモ! 2000・4000です!」ドカン

一年生「……はい」

良子「やるなー」

一年生「小走さんってすごいねー」

漫(とにかく……。強く、強くならんと……)

二年生「調子に乗ってんな、あの一年……」

二年生「どうせマグレじゃないのー?」

??「いいじゃないか、気持ちが入ってるよ」

二年生「あ、あなたは!」

池上「私が相手になるよ。それでわかる」

二年生「三年の池上先輩! ディフェンスに定評のある池上先輩が小走に!!」

スタスタ

池上「次は私と打とうか、小走さん」

漫「…あっ、はい! よろしくお願いします!」

池上「私の守りを……超えられるかな……?」

対局中

……

池上「流局だね、テンパイ」パタッ

漫「はい……」

……

池上(現物…………)タンッ

漫(またベタオリ……固い打ちや……)

……

漫(さすが一目置かれとるレギュラー……ここまで放銃ゼロ……)

漫(当たり牌を的確に見切ってかわしとる……これも一種の才能なんやろか……)

漫(せやけど……)グッ

タンッ

漫(私の爆弾は……!)

タンッ

漫(相手が強ければ、強いほど……!)

タンッ

漫「ツモ! 3000・6000です!」ドカァン

池上「……やるじゃないか」

日菜「やったね! やえちん!」

ざわっ…… ざわざわっ……

良子「池上先輩に勝つとはな……」

漫「いやそんな、半荘一回だけやから……」

池上「いや、十分伝わったよ」

漫「先輩……」

池上「君は強いな。まだまだ荒削りだけど、気持ちの強さが違う」

漫「荒い……ですか……」

池上「……まだ伸びるってことだよ。気持ちがあれば、力は後からついてくるものさ」

漫「!」

池上「期待してるぞ、一年生」

漫「ありがとうございます!」

――池上先輩との一局をきっかけに、部内でも注目され信頼されることもできてきた。

こっちの人とは一切面識も記憶もないわけで、会話に齟齬が出ることは多々あれど。

大体全部、記憶喪失ボケキャラ扱いで済まされていた。

それもどうやと思うけど。

不安が山積みなのは変わらへん、でもなんとかやっていけるかも……。

そう思い始めていたその矢先。

真の敵は、別のところにあった――

今日はここまで

続き

――話は遡って四月の始め。

教師「はい、じゃあ授業始めていきまーす」

漫(はあ……。そんなんやっとる場合とちゃうっちゅーねん……)

漫(おまけに一年の内容なんて……。なんでいまさらもう一回……)

パラパラッ

漫(……あれ……? 教科書こんなんやったっけ……? なんか難しい……)

教師「……はい、それじゃ次なー」

漫(えっ……早っ……)

教師「じゃ、こことここの練習問題は家でやっといてなー、次の時間ノート提出ー」

漫(お、多っ……)

教師「あとこの問題集が副教材なー、難関入試対策って書いてあるけどこれくらい気にすんなー」

漫(な……)

クラスメイトA「はーい」

クラスメイトB「へーい」

教師「ま、うちは進学校だからな。ちょっと普通より大盛りでやってくけどついてこいよー」

クラスメイトC「問題ないっすー」

漫(…………ヤバイかもしれへん…………)

そして中間試験後

漫(ヤバイ…… 進学校ヤバイ……)

漫(赤点だらけや……)

漫(姫松でやってた内容もあったけど……それでコレとは……)

漫(……来年……。習ってへんとこやり始めたら……)

漫(……二年なったら……どうすんねんこれ……)

担任「おーい、小走」

漫「はい?」

担任「はいこれ、プリント」パサッ

漫「……何ですか?」

担任「ちょっと今回、試験できてなかったからな。仕方ないな」

漫「『夏季補習授業のお知らせ』……?」

担任「成績下位者は強制参加だからな。予定しとくように」

漫「いや、でもこれ…… インターハイの日程と被って……」

担任「何言ってんだ、学業優先だよ。赤点あったら大会出場許可おりないぞ」

漫「えっ」

担任「うちの決まりだ。文武両道だからな」

漫「大会に……出られへん……?」

担任「まあ、まだ最初の中間試験だけだからな。まだまだこれからだぞ」

漫「……はい……」

担任「今のうちなら取り返せるからな。このまま放っておいて、留年だの退寮だのなったら大変だ」

漫「たい……、えっ? 大漁?」

担任「赤点のままで単位とれなきゃ留年だぞ。そしたら悪いけど、寮にも置いてはおけないよ」

漫「退……寮……?」

担任「そうだよ」

漫(そ……んな……)フラッ

担任「まあまあ、それはよっぽどの最終的な話さ。しっかり補習がんばれば、心配することないからな」

漫「…………はい」

担任「じゃ、そういうことで」スタスタ

漫「…………」

漫「なんてこった……」

漫(あかん、これはマジでヤバイ……)

漫(両親も実家も行方知れずやのに……この上、寮を追い出されたりしたら……)

漫(…………)

漫(……本気で路頭に迷う……)

――そう。最大の敵、進学校の勉強との両立。

こればっかりは、特効薬なんて無い。気持ちだけではどうにもならん。

……いや、他の事だって、特効薬なんていっこもあらへんのやけども。


漫(なんとか……なんとかせな……)

漫(……でも……この状況でできることって……)

日菜「やーえちん、テストどうだったー?」

漫「あ、いや……」

紀子「なんだよ、ダメダメかー?」

良子「見せてみろよー」

漫「あっ、でも」

紀子「いいじゃない、私らも見せるからさー」

ヒョイッ

紀子「えっ……」

日菜「あっ……」

良子「これは……」

漫「…………」orz

良子「これはお前……」

紀子「ちょっと酷いな……」

日菜「……補習、だよね?」

漫「…………はい」

良子「あちゃー……」

紀子「勿体ないなー」

漫「勿体……ない?」

日菜「そうだよ、やえちんならレギュラー選ばれたかもだったのに……」

漫「!」

漫(そうや……)

漫(路頭に迷っとる暇はない……)

漫(こんなんで終わってもうたら……目ぇかけてもろた池上先輩にも申し訳ないわ……)

漫(……なんとか、なんとか勉強……)

漫(……でも……私が頼りにできるって言うたら……)チラッ

良子「ん?」

紀子「どうかしたか?」

漫(……いや、遠慮とかしとる場合ちゃう……。なりふり構ってられへん!)

漫「あ、あのっ!」

日菜「?」

漫「いままでたくさん迷惑かけといて……さらにこんなん申し訳ないんですけど……」

良子「なんだよ、改まって?」

日菜「…………」

紀子「…………」

漫「お願いします……」

日菜「何?」

紀子「?」

良子「?」

漫「…………勉強教えてください」

日菜「……ぷっ」

良子「あっはっはっ」

紀子「なーにを改まって言うかと思えば……」

漫「…………?」

良子「そんなの当然だろー?」

紀子「言われなくてもそのつもりだよ、これ見たら」

日菜「中学の時だっていつも教えあいしてたじゃない」

漫「…………ありがとうございます」

日菜「友達だもん、あたりまえだよ」

漫「ともだち……」

漫「でも……」

日菜「?」

漫「私は、あなたたちのこと……」

紀子「なーにいらない気遣いしてんのさー」

日菜「記憶喪失キャラでもなんでもいいけど、やえちんはやえちんだよ」

良子「おう、でも敬語くらいはやめろよなー」

漫「…………」

漫「…………ありがとう」

漫(……記憶喪失キャラとかやないねんけどな……)

――とりあえず、最悪の事態からは逃れられそうになった。

それでも、日に日に不安は減るどころか募る。

まだ不安や……。二年なったら、姫松でやった予備知識もなくなる……

一年はなんとかなっても、二年以降もこんなペースで授業やられたら……


漫(…………よし!)

次の日

漫「あ、あの先輩! 二年の教科書ちょっと見してもらってええですか!?」

二年生「お、なんだー熱心だなー」

日菜「やえちんがんばるねー」

池上「あいつは将来晩成を背負って立つよ」

漫「そ、そんなんやなくてですね……」

七月 寮のロビー

ワイワイザワザワ

漫「なんや、皆集まって……。何しとるん?」

日菜「あ、やえちんも見る? テレビだよ」

紀子「今年のインハイの注目選手特集だってさ」

漫「!」

テレビ「続いては西東京代表、白糸台高校の紹介です!」

漫「白糸台……」

テレビ「なんといっても、注目はこの人! 今年大ブレイク確実の白糸台の超新星! その名も……」

漫(宮永さんか……。そういや、この人も同い年になんねんな……)

テレビ「白糸台高校一年、多治比真佑子選手です!!」

漫「えっ」

良子「やっぱりなー」

日菜「だよねー」

紀子「うんうん」

漫「いや…… えっ?」

日菜「どうしたの?」

良子「まさか、コイツも知らないっていうんじゃないだろうなー?」

紀子「また記憶喪失ー?」アハハッ

漫「……いや……知っとるけども……」

日菜「知ってるけど、何ー?」

漫「白糸台の……一年生……?」

紀子「うん」

漫「今年注目の……エース……?」

良子「そうだよ」

漫「…………」

日菜「?」

紀子「?」

良子「?」

――やっぱり、色々とおかしい。私の知っとる歴史と違う。

結局、インハイはその多治比が優勝。白糸台は個人団体で二冠。

私はといえば……、目の前の勉強に精一杯やった。

現地応援も生中継の観戦もでけへん、補習授業の日々。

ヤバイ。ヤバイヤバイヤバイ。

優勝どころか、出場すらできてへん……この取り残されている感はヤバイ。

普通に過ごしてたってあかんのに。強くならんとあかんのに……。

それに、麻雀以外の様子も知りたい……。多治比にも会うて問い詰めたいのに……。

結局一年生の夏は……、焦りと危機感だけが募って過ぎていった。


漫「ああ……どんどん時間がなくなってく……」

漫「なんもでけへん……こんなんじゃ……」

九月

漫「うーん……なんとかせな……。でも今日はアレしてアレして……あのプリントもやらな……」ブツブツ

日菜「やーえちん、最近がんばりすぎじゃないー?」

漫「……いや、でも……」

日菜「あんまり根詰めすぎるのもよくないよー」

良子「たまには息抜きしようぜー」

漫「息抜き……言うても……」

紀子「今度の日曜、ちょっとサギりに行かないー?」

漫「詐欺る…?」

紀子「この辺のナウなヤングにバカウケなプレイングスポット! 鷺森レーンでボウリングすることさ」

漫「鷺森……。どっかで聞いた名前……」

良子「まさか、ボウリングまで忘れたとか言わないよなー?」

漫「いや、それくらいは覚えとるけど……」

日曜日 鷺森レーン

漫(まあ……、たまには気分転換もええかな……)

日菜「ボウリング久しぶりー」

カランカラン

灼(中3)「いらっしゃいませ」

漫「!」

灼「?」

漫(あ……)

灼「? なにか?」

漫(この子……、阿知賀の部長……)

漫(そうや、鷺森……。鷺森レーンって……この子の店やったんか……)

灼「どうかしましたか?」

漫「…………」

灼「…………」

漫(いや……。私のことは知らんはずや)

灼「?」

漫「いやごめん、この店初めてやったから」

灼「はあ……。それじゃ、こちらがご利用案内です」スッ

漫「……ありがと」

灼「スタンプカードはお作りしますか?」

漫「…………はい」

漫(……まあええか……。聞いたところでどうもならんやろ)

ボウリング中

ゴロゴロゴロ… ガラガラァン!!

紀子「いえーい、ストライク!」

良子「おー」

……

ゴロゴロゴロ… ゴトン

日菜「あー、またガーター」

良子「日菜は下手だなー」

……

ゴロゴロゴロ… ガラガラァン!!

良子「見たか! 良子ボンバー!」

紀子「はっはっは、爆弾かよ」

漫「爆弾?」ピクッ

日菜「ん?」

良子「どした?」

紀子「やえちんの番だよ?」

漫「…………うん」

スッ

漫「……爆弾……」

日菜「?」

漫(この黒い球の感じ…… 爆弾か……)

グワッ

漫「ふんっ!」

ゴロゴロゴロ… ガラガラァン!!

良子「おー」

日菜「いいじゃない!」

漫(…………うん)

漫(今の球投げたときの感じ……)

漫(何か……掴めた気がする……!)

漫(私の弱点……。そら、自分で分かっとる……)

漫(なんでかわからんけど…… 自分の思い通りに、思ったときに爆発でけへんことや……)

漫(……思い出すわ……。主将に言われたあの言葉……)

―回想―

由子「ツモ、2000・4000なのよー」

漫「……はい……」

恭子「また漫ちゃんがラスやな」

洋榎「だーっ、いつ爆発すんねんお前はホンマ!」

恭子「ちょっと最近、しなさすぎやで?」

絹恵「したときは凄いのにー」

漫「うう……」

洋榎「もーちょい、おのれでコントロールとかでけへんのかいな!?」

漫「そう言われても……」

恭子「うーん、私としても、そうなってほしいんやけどね……」

漫「末原先輩まで……」

洋榎「もっとなんや、爆弾を使いこなせや! それがお前の武器やろ!」

漫「……それはわかってますけど……」

恭子「……ま、主将の言い方はアレやけども。それが漫ちゃんの一番の課題やね」

漫「……はい……」

恭子「なんか、ええ方法無いもんやろかね……」

洋榎「よっしゃ思いついた! 爆弾買うてきてな、いっつも持ち歩いとったらええんちゃう!?」

漫「買うてきて?」

洋榎「鎖使いになりたかったら四六時中鎖をいじってろとかよく言うやろ! 気の持ちようやて!」

絹恵「お姉ちゃん、それマンガの話やで」

由子「「爆弾なんてそない簡単に買えるもんやないのよー」

洋榎「えーそうなん? 吉田のおばちゃんとこならある感じせーへん?」

漫「無理言わんでください主将……」

恭子「誰やねん吉田のおばちゃんて……」

絹恵「お姉ちゃん、吉田のおばちゃんの駄菓子屋さんなら随分前に潰れたやんか」

洋榎「お、そやったっけ?」

由子「爆弾が駄菓子屋さんに売ってるわけないのよー」

恭子「まったく……テキトーなんやから……」

―回想終―

漫(爆弾を使いこなせ、四六時中爆弾を触っとれ、か……)

ゴロゴロゴロ… ガラガラァン!!

漫(そんなオカルトありえへんやろうし、あんなんただの主将の軽口やろけど…、ふんっ!)

ゴロゴロゴロ… ガラガラァン!!

漫(気の持ちようや言われたんは……その通りかもしれへん……)

ゴロゴロゴロ… ガラガラァン!!

漫(黒い球の扱いに慣れる……爆弾をもっと使いこなすイメージ……)

ゴロゴロゴロ… ガラガラァン!!

漫(これで…… これで何かが……!)

1ゲーム終了後

紀子「ふうっ! おつかれさまー!」

日菜「楽しかったー」

漫「……あの、もう1回ええかな?」

良子「おっ、やる気だなー!」

紀子「いいね!」

漫(もっとや……、もっと爆弾に触りたい……)

良子「よし! それなら次は、負けたら罰ゲームつけるのはどうだ?」

日菜「えぇー」

紀子「面白そうじゃない。どういうの?」

良子「そうだな……」チラッ

漫「?」

良子「じゃあ、負けた方はおでこに油性で落書きだ!」

漫「!」ピクッ

日菜「なにそれー」

良子「ふっふっふ、前からちょっと気になってたんだよなー、やえ」

漫「…………」

日菜「?」

良子「お前のおでこさー、なんか油性したくなるんだよねー」

日菜「そ、そんなこと言うの……失礼だよ……」

良子「褒めてるつもりだけどなあ」

紀子「あはは、いいじゃない! どうよやえちん?」

漫(…………むう)

漫(知らんとはいえ……や)

日菜「?」

漫(デコ油性を……甘く見たらあかんで……)

良子「おっ、怒った?」

漫「……いやええよ、それでやろうや」

良子「グッド!」

紀子「よっしゃ、負けないぞー!」

日菜「大丈夫……?」

漫「……ああ、問題ないて」


――その日、私は人生初の200オーバーを出して大圧勝したんやけど、それは別の話。


漫「こればっかりはな……。末原先輩以外にやらせるかっちゅーねん……」

帰路

良子「あー、遊んだなー」

日菜「楽しかったー」

漫「……うん」

紀子「どう、少しは元気出た?」

漫「?」

良子「お前のためなんだぞ、今日誘ったのは」

漫「……えっ?」

日菜「インターハイ、悔しかったのは見ててわかるよ。でもさ」

紀子「ちょっと余裕無さすぎだって。自分を追い詰めてるだけじゃ、体も心も参っちゃうよ」

良子「たまにはさ、こうやって気分転換もしろよ。いつでも付き合うからさ」

漫「みんな……」

日菜「私たち、ずっとそばにいるからね?」

良子「もっと私らのこと頼っていいんだぜー?」

紀子「あははっ、既に勉強は頼られてるけどね」

漫「……うん、ありがとな」

漫「……また、来てもええかな?」

良子「おっ、乗り気になったじゃねーか」

日菜「いいよ! もちろん!」

紀子「やえちんがよければ、望むところさ」

漫「…………うん」

日菜「…………」ウフフッ

漫「……できれば、週2くらいで」

三人「そんなに!?」

――この生活の、唯一の心の支え。

こっちは全然知らんのに、昔からの友達みたいに付き合ってくれるこの三人。

おかげで、なんとか潰れることなくやっていけた。

相変わらず悪戦苦闘やったけど、どうにかこうにか日々が過ぎていった。

なんとか赤点回避はできるようになってきて……、ボウリングに行く回数も増えてきた。

ボウリングするくらいのお小遣いには、特に不自由もせんかった。

誰が用意したんか……。部屋で見つけた「学費」と書かれた通帳には、その倍以上の額が入ってた。

せっかくやから有効活用や。マイボール買うたった。


……そして三月。私は無事に、二年生に進級した。

二年生 四月

日菜「今日から一年生が来るよー」

紀子「私たちも先輩だな」

漫「……うん」

部長「はい、じゃあ一人ずつ自己紹介してー」

一年生「はーい」

漫「! ……なっ……」

――その中に見えた、忘れもせんあの顔。

由華「巽由華です、よろしくお願いします」

漫「みや……なが……」

日菜「どうしたの?」

漫「いや……なんもない……」ドキドキ

漫(…………)

漫(どうして……ここに……)


部活終了後

漫「なあ、ちょっと」

由華「はい?」

漫「話、させてもろうてええかな」

由華「? はい」

部室前の廊下

漫「どういうつもりかな?」

由華「えっ?」

漫「白糸台にも全国大会にも……影も形もおれへんかって……」

由華「?」

漫「今んなって私の前に現れて……。何を企んどるんですか?」

由華「??…………何の話ですか?」

漫「…………」

漫「…………」

由華「…………」

漫「宮永さんやんな?」

由華「……すみません、先輩が何を言ってるのかわからない」

漫「…………」

由華「…………」

漫「…………宮永照って名前に覚えは?」

由華「?……知らない人です」

漫「…………生まれと家族構成教えてくれへん?」

由華「……奈良の一人っ子ですけど」

漫「…………さよか」

ジロジロ

由華「?」

漫(よー見たらちゃうか……。似てるけど、∠があらへん…)

由華「??」

漫「……すまん、人違いやったわ」

由華「はあ」

漫「……悪かったな。気にせんといて」

由華「……はい、わかりました」

漫(…………)

漫(別人……か……)

漫(でも……気になるわあいつ……)

春の部内合宿 駅前集合時

良子「よーし、皆揃ったかー?」

日菜「もうすぐ電車来るよー」

一年生「せんぱーい、由華ちゃんがいませーん」

漫「えっ」

紀子「どうした、休みかい?」

一年生「いえ、来るはずなんですけど……はぐれちゃったのかも……」

漫(いやいや…… 寮から駅まで一直線やったし、皆で一緒に来てたやろ……)

日菜「電話してみたら?」

一年生「あ、はい……」

プルルル プルルル

一年生「もしもし、由華ちゃん? 今どこ? えっ、違うよ!全然反対方向だよ!!」

漫(……なんやこの方向音痴は……)

合宿中

ワイワイザワザワ

良子「お菓子余ったけど誰かいるかー?」

由華「はい」

良子「おう、ほら」

由華「ありがとうございます」

一年生「あははっ、巽さんって食いしんぼだね」

由華「…………」モグモグ

漫(いやいや……。さっき同じの三袋食うとったやんけ……)

由華「?」モグモグ

漫(こいつ…… どんだけお菓子好きやねん……)

合宿の夜 休憩時間

一年生「巽さーん! こっちで一緒に卓球しないー?」

由華「あ、私は本読んでるから……」

一年生「そう、やりたかったらいつでも声かけてね!」

由華「うん、ありがとう」

漫(…………)

漫(方向音痴でお菓子好きで本好きで……)

漫(……ほんまこいつ、末原先輩から聞いてたあの人そのまんまやな……)

――次の日の練習。疑いは確信に変わった。

由華「ツモ 300・500です」

由華「ツモ 700・1300です」

由華「ロン 3900です」

一年生「はい」

紀子「三連続だなー」

漫(小さい和了からだんだん高く、か……。なんやあの打ち筋を思い出さすな……)

由華「ツモ 2100オールです」

良子「おー、四連荘だ」

漫(えっ……)ゾクッ

漫(まさか……な……)

由華「ロン 12600です」

一年生「……はい……」

漫(……いやいや……)

日菜「巽さん絶好調だねー」

漫(ちょっと……待ちいや……)

キュピーン

ガシッ ギュルルン

タンッ

由華「ツモ 6300オールです」ギュルルン

漫(み……)

漫(宮永照やこの人ーー!!)ガビーン

一年生「……トビです」

由華「はい、終了ですね」

良子「凄いな! なんだ今の連荘!」

オー スゴーイ ワイワイザワザワ

漫(あのツモ……)

漫(忘れもせん……。誰が忘れるか……)

漫(私の髪をギュルルンにした、宮永照のコークスクリューそのものやんか……)

由華「?」

漫(やっぱり…… こいつは……)



漫「なあ」

由華「はい?」

漫「確認やから、気ぃ悪くせんでな。もういっかい、聞かせてほしいねんけど……」

由華「? はい」

漫「ほんまに宮永照って名前、覚えあらへんか?」

由華「? ……ないです」

漫「…………」

由華「あの、その人って私と何か……?」

漫「いや、なんもない。ほんま何度もごめんな」

由華「…………はあ」

漫(あの性格にあの和了。そして白糸台におらんかった事実)

漫(別人とはどうしても思えへん……。けど、∠と記憶だけが違う……)

漫(…………)

漫(……この世界がいろいろおかしいのは、今までもよう分かっとるけど……)

漫(ほんまに……、∠と記憶をなくした宮永照で……、なんて……?)

漫(…………)

漫(……いやいや、何をオカルトな上にオカルトな事言うとんねん)

漫(この際、深くは追求せんでええ)

漫(わからんもんはわからんし。知らん言うてんのを何度も聞いたって、あいつもかわいそうや)

漫(重要なんは……、あいつがあんな打ち方で強くてここにおるってこと)

漫(これは……チャンスなんや!)

漫(こいつと打てば……。宮永照と打ったような感じが……)

漫(対策が……できるかも……)

漫(それに現実問題……)

漫(いくら私ばっかりが鬼のように強なったとしても……。団体戦は、一人じゃ勝てん)

漫(三箇牧の荒川かて、団体には出られんかったんや……)

漫(その私が鬼のように強なる……てのやって、まだまだでけてへんっちゅーに……)

漫(そんな私がぶっちぎり無双しとるようじゃ、とても全国を勝ち上がるなんてでけへん)

漫(良子たちにも……もっと強なってもらわなあかん……)

漫(でも、そこでこいつ……)チラッ

由華「?」

漫(こいつが味方で、練習相手やったら……、間違いなく晩成は強うなる!)

漫「……ほな、ついでにもうひとつええか」

由華「はい」

漫「明日からちょっと、暇やったら居残り打ち、付き合うてくれへん?」

由華「あ、はい……」

一年生「うわぁ……」ヒソヒソ

一年生「由華ちゃんすごいね……」ヒソヒソ

一年生「小走先輩に目をつけられるなんて……」ヒソヒソ

一年生「あーん、うらやましー」ヒソヒソ

一年生「アリですね」ヒソヒソ


――こうして、良子たちとしていた居残り打ちに、ひとりメンツが増えることになった。

明日で終わり

続き

六月

部長「はい注目ー」

部長「今日は卒業生の先輩方が練習を見に来てくれるから失礼の無いように」

部員「誰が来るんですかー?」

部長「栗巣先輩だよ」

\わぁっ/

漫「?」

漫「なんや盛り上がっとるな……クリス先輩?」

日菜「あれ、知らないの?」

良子「晩成麻雀部員だったら、それは知らないとまずいぞ」

漫「そうなん?」

紀子「地元奈良出身の麻雀プロ……。"ファイヤーアイズ"栗巣陵だよ」

日菜「晩成の卒業生なんだよ! 三年前うちのレギュラーだった人!」

良子「うちらの世代じゃ、この人に憧れて晩成目指した奴も多いって話だぜ?」

漫「……ふーん……」

日菜「来たら先輩じゃなくて、栗巣プロって呼ばなくちゃね」

紀子「そうだよなー」

漫(あー……。おったなそんなプロ……)

漫(晩成出身やったんか……)

陵「こんにちは! 燃えてるかいっ!?」ボォォッ

守芽「燃えてる燃えてるあんたの目が」

漫「……なんや暑苦しい人やな……」

日菜「うん、ああいう先輩だから」

漫「いやあれ……、目から本物の火ぃ出てへん?」

紀子「気のせい気のせい」

部長「一年生には紹介しておくね。うちの卒業生、栗巣陵プロと美並守芽先輩だ」

陵「よろしくっ!」

栗巣指導中

ワイワイザワザワ

陵「んー……」キョロキョロ

守芽「? どうした?」

スタスタ

陵「あなた、名前は?」

漫「あ、うえし…、いえ、小走です……」

漫(この名前を名乗るんも、未だに慣れんもんやな……)

陵「そっか、あなたが小走さん!」

漫「?」

陵「あなただね、池上ちゃんのイチオシの子は!」

漫「!」

陵「話はよく聞いてるよっ!」

陵「………ふーん」ジロジロ

守芽「どしたの、りょーちゃん?」

陵「あなたは…… 不思議な感じがするね……」

漫「!」ドキッ

陵「凄くいいものを持ってると思う……。力を秘めている感じがするけれど……」

漫「…………」

陵「何か他の人と違うっていうか……」

漫(この人……、私のことを……?)

陵「何か計り知れない……後ろに背負ったものを感じるね……」

漫「あ、えっと、その……」

陵「ん?」

漫「何と……言ったらいいのか……」

陵「んー?」

漫「…………」

陵「…………」

漫「……すみません、ちょっと説明が難しくて……」

陵「そっか! 困る事なら、無理して説明しなくてもいいよ!」

漫「……すみません」

陵「じゃ、代わりにひとつだけ聞かせてくれるかな?」

漫「はい」

陵「あなたは今……、何を目指しているのかな?」

漫「!」

漫「何を……目指しているか……」

陵「そう!」

漫「…………」

陵「…………」

漫「…………」

陵「…………」

漫「……麻雀打つ高校生やったら……目指す先はひとつです」

陵「ほほう」

漫「全国制覇……。インターハイ優勝です!!」

陵「ん!」

――あの日代行に言われてから、初めて自分で口に出したその言葉。

そう。

今の私にはそれしかないんや。

どんなに麻雀も勉強もきつくったって。

今の私には、それしかない。

陵「いい答えだ! それが聞けたら満足だよ!」

漫「……身の程知らず……ですかね……。私なんかが……」

陵「ううん! 私はぜんぜん、そうは思わない!」

漫「…………」

陵「どんな夢だって、信じて貫けば必ず現実のものになるんだ!」

漫「先輩……」

陵「燃えるね!そういうの!」ボォォッ

守芽「氷の聖闘士のセリフだけどな、それ」

漫「……ありがとうございます……」

部活終了間際

守芽「なかなかやるね、小走さん」

漫「……はい?」

守芽「さっきの話さ。私も正直、聞いてて嬉しかったよ」

漫「?」

守芽「うちの麻雀部の実績。当然、みんな知って入ってきてるんだろうと思うけど……」

漫「…………」

守芽「晩成に足りないのって、あなたみたいな気持ちだと思うんだ」

漫「?」

守芽「県大会三十連覇、プラス去年までまた八連覇」

守芽「なまじ県内敵なしなだけに、大会に出れば勝つ経験はできて満足できる」

守芽「……でも、それ以上の気持ちが無い」

漫「!」

守芽「県内じゃ勝って当たり前、全国じゃ勝てなくてもそんなもん」

守芽「……うちはずっと、そんな部だった」

守芽「敵がいなけりゃ向上心もない。慢心さ」

守芽「全国大会常連という名前に慣れ過ぎてるんだ」

漫「…………」

守芽「……それはいつか、大きな落とし穴になると思う」

守芽「……だからね、小走さん」

漫「?」

守芽「あなたには、それを打ち破ってほしい。その強い気持ちで」

漫「!」

守芽「あなたが見せた高い志が、晩成には必要なんだ」

漫「先輩………」

漫「…………」

守芽(……おや、考え込んじゃったかな?)

漫(……阿知賀は確かに強い……。けど、晩成が勝てへんかった別の理由が見えた気がした)

守芽「…………」

漫「…………」

守芽「まあ、深く気にしないで! ただの卒業生のお節介だから!」アハハッ

漫「……いえ、よくわかります」

守芽「……そっか、ありがと!」


――こちらこそ。一番大事なことをもう一度、思い起こさせてもらいました。

ありがとうございました、栗巣先輩、美並先輩。

――そして、二年生の夏。

部長「はい、それじゃ大会のメンバー発表しまーす」

部長「部員数が多いから、個人戦は三年生優先ね。最後の大会だし」

漫(……こういうとこ、良くも悪くも伝統校やな。まあしゃーないか)

部長「で、団体のオーダーは……」

……

部長「大将は……小走!」

漫「!」

\オーッ/

部長「よろしくな」

漫「はい!」


――なんとか勉強をクリアした私は、団体戦レギュラーに……大将に抜擢された。

二年生では一人だけの、大会に出るチャンス。

でも。

喜べることはなにもない。不完全燃焼もええとこやった。

実況「さあ、今年も奈良県大会が始まります! 選手たちが会場に揃いました!」

漫「阿知賀は……、やっぱり、まだおらんのか……」

…………

……

実況「試合終了ー! 優勝は今年も晩成高校です!」


――県大会は、苦労もせず突破。

阿知賀がおらんと、ほんまに手応えもない。

先輩たちの緊張感も無い。

美並先輩の言うてた慢心ってのも……、わかるような気がした。

――そして迎えた、全国大会準決勝。


ダヴァン「ロン! スミマセンネ、終わらせてもらいますヨ!」

晩成副将「……はい……」

透華(冷)「…………」

実況「なんとまさかのトビ終了! この試合は副将戦で決着ですー!!」


――そう、今年のうちの結末は、準決勝副将戦でトビ敗退。

私に出番は、まわってけーへんかった……。

副将「ごめん……小走……」グスン

漫「いえ、私に謝ることなんてないです、先輩」

副将「小走…………」

漫「……来年、仇はとりますから」

部員「まあでもさ、準決勝まで行ったんだから大健闘だよ!」

部員「そうそう、凄い方だよね!」

部員「よくやったよ、私たち!」

部員「しょうがないよね! 全国だもん!」

漫「…………」イラッ

観客「あーあ、つまんない終わり方だったよなー」

観客「そうだよなー、あれは臨海が逃げたんだよ」

観客「でもさ、逃がす方がダメだよあれは。トバされるような点差つけられてるんだもの」

漫「!」カチン

漫「…………」ギロッ

観客「お、おいあれ……」

観客「あっ、晩成の制服……」

観客「い、行こうか……」

コソコソ

漫「晩成を…………舐めんなや…………」

――そして三年生は引退。私は部長に指名された。

日菜「じゃ、新部長! 所信表明を!」

漫「……うん」

漫「えっと」

漫「この学校に来てから、ここまで……。私なりに、必死に部活やってきたつもり」

漫「前部長や皆はそれを評価してくれて……、私を部長にしてくれたんかもしれんけど……」

漫「それに満足してたらあかんと思う」

漫「私が言うのもおかしな話や思うかもやけど……。全国はそんなもんやない」

部員「!」

漫「全国の壁は……、もっと高かった」

ざわっ…

漫「私も一度……。壁の高さに絶望しかけたことがある……。情けない話や」

日菜「?」

紀子「?」

良子(何の話だ……?)

漫「私は……、勝ちたい相手がおる。強さを見せたい人たちがおる」

漫「……壁を超えたい。それを思って、その一心で私はやってきた」

漫「……でも、それは一人じゃでけへん。せやから」

部員「?」

漫「……押し付けすんなて、思われるかもしれんけど……」

漫「私は皆にも、そんな気持ちを持ってほしいと思う。上の壁を越える、強い気持ちを」

部員「!」

漫「……そんな気持ちで、ついてきてくれると嬉しい」

ざわっ… ざわざわっ…

漫「………目標は一つ」

漫「一緒に、全国優勝目指そう!」

部員「おおー!」

――それからは、ただひたすらに力を磨く日々。弱かった過去の私に打ち勝とうとする毎日。

漫「ツモ! 2000・4000!」

由華「……はい」

漫「もう半荘や! いくで!」

漫(まだや……まだ足りひん……)

……

担任「やったな小走。今度の試験、平均点超えたぞ」

漫「ありがとうございます!」

漫(レベルアップ……レベルアップ……)

……

灼「はい、またスタンプカードいっぱいですね」

漫「やったー!」

灼「いつもご利用ありがとうございます」

漫「こちらこそ、いつもありがとな!」

漫(…………おや?)

三年生 四月

日菜「やえちん、これどうする?」

漫「ん?」

良子「ゴールデンウィークにやる合同練習試合のご案内、だと」

日菜「三箇牧からのお誘いだよー」

紀子「三年生で話して、部長の判断で参加するか決めろってさ」

漫「んー……、どういうやつ?」

良子「三箇牧に毎年ゲストを呼んで、あと千里山、姫松でいつもやってるみたいだけど」

紀子「今年は姫松が来ないんだってさ。それでうちにお誘いが来たんだ」

漫(……そうやな、確かプロ呼んで秘密特訓やっとったわ。あのときと同じなら)

日菜「どうするー?」

漫「ふーん……、ゲストって?」

日菜「あっ、東京から白糸台が来るって書いてあるよ!」

漫「!」

良子「ほほー」

漫「……そら、参加で決まりやろ」

良子「お、やるか?」

紀子「OKー」

漫(白糸台に……会うチャンスや……)

合同練習試合 開始前

ワイワイ ザワザワ

漫(今ならちょっと時間あるか……)

スタスタ

漫「由華、ちょっと付き合ってんか」

由華「?」

漫「白糸台に会いに行く」

白糸台控え室

コンコン

誠子「はーい!」

ガチャッ

漫「……お邪魔するで、白糸台」

菫「君は……晩成の小走」

漫「多治比は……おらんか」キョロキョロ

菫「うちのエースに何か?」

漫「エース……。エースなんよな、多治比真佑子は」

菫「いまさら何を言ってるんだ」

漫「…………」

由華「?」

漫「由華、こいつらに覚えは?」

由華「? ……初対面です」

漫「……そうか」

菫「なんなんだ一体?」

漫「いや、ただの確認や」

菫「?」

漫「念のために聞くんやけど……。あんたたち、こいつのこと知っとるか」

菫「? そっちの彼女か?」

由華「……?」

菫「いや、知らないな」

漫「……ならええ」

菫「? ……意味がわからないな」

漫「単なる挨拶やて。あんたら白糸台は、この巽由華と私の晩成が倒す。楽しみにしとき」

由華「先輩……」

菫「ほう、言うじゃないか」

漫「……それだけや、ほなな」

淡「なにー? 何の話ー?」

菫「……お前はあっちに行ってなさい」

淡「おおっと! 敵情視察かな?」

漫(…………大星淡)

淡「ところが残念っ! 今年も優勝は白糸台だからねっ!」

漫「…………」

淡「白糸台はマユだけだと思ったら大間違いだよ! 今年はマユより強い私がいるんだから!」

漫(…………「マユ」、か)

淡「この、実力で言えば高校100年生の私がね!」ドヤァ

漫「…………はあ?」

菫「…………」ヤレヤレ

淡「100!」ドヤァ

漫「…………」

菫「…………ハァ」(溜息)

漫(何言うとんねんこいつ……。アタマの残念な子か……?)

淡「…………」ドヤドヤァ

漫(……しかし100年生とは…… 言うてくれるもんやな……)

――ふと、あのときを。あの全国大会決勝戦を、私は思い出していた。


漫(あのとき……。初めての全国決勝で私が感じたんは、ただただ力不足、経験不足)

漫(でも……、今は違う……!)

漫(少なくとも、経験はもう誰よりも私の方が上や……!)

漫(私が高校生になってから、もう何年過ぎとる思てんねん……)

漫(姫松の二年生は途中までやったけど……)

漫(それでも今の私には……、晩成と姫松、ふたつ分の積み重ねがある……!)

漫「……フッ、ニワカ丸出しやな」

淡「?」

漫「私は……高校五年生や。リアルにガチで」どんっ

淡「えっ」

漫「えっ」

淡「なにそれこわい」

漫「は?」

淡「ねえねえ菫先輩ー!」

菫「……なんだ」

淡「あの人五年生だってー! おっかしー!!」

菫「お前が100年生なんて言うからだろう」

淡「ダブりだよダブリー! しかも二回!! ドヤ顔で!!」

菫「ほ、本人の前で言うな……」

淡「あーいうの、アタマの残念なヒトって言うんだよねー!」

菫「ちょ、もういいから黙れお前……」

漫(……こいつ……)

菫「す、すみません……。こいつにはきつく言っておきますから……」

淡「?」

漫「あ、ああ……。ほな失礼するわ」

菫「はい、こちらこそ失礼しました」

バタン

漫「…………」

由華「…………」

漫(なんっやあのスカタンは……。お前が100年生言うたんやろ……)

漫(そんで、なんで最後弘世さんも敬語に変わっとんねん……)

漫(ただの言い損やんけ……恥ずかしい……)

六月 コンビニにて

漫「アンパンと……牛乳と……」

ウィーン ラッシャーセー

穏乃「ふんふふーん」

漫「!」

穏乃「何にしようかなー」

漫(阿知賀の大将……)

穏乃「んー、このパンにしよっ!」スッ

アリアシター

タッタッタッ

漫(……ついに、来たか)

コンビニ前

初瀬「あ、憧!?」

憧「初瀬……」

初瀬「なんで晩成に来なかったのよ!」

憧「いやいやー」

初瀬「その制服……阿知賀……?」

憧「そうでーす」

…………

……

憧「じゃ、またどこかの卓で~」

初瀬「……」

漫「どうしたー?」

初瀬「小走先輩……」

漫「……阿知賀女子か」

初瀬「! 先輩、ご存知なんですか?」

漫「…………ああ。二年以上ぶりや」

初瀬「?」

漫「あいつら、知り合いか?」

初瀬「はい、憧の方……。私と同じ中学で、麻雀部で……」

漫「そうか」

初瀬「なんで……なんで私に黙って……」

漫「…………」

初瀬「一緒に晩成って……思ってたのに……」

漫「…………思うとこありそうやな」

初瀬「小走先輩は、阿知賀のこと……?」

漫「……いや、なんもないねんけどな。さっきそこのコンビニで見ただけや」

初瀬「……そうですか」

漫「……あのバンソウコウだらけの指、マメ潰した跡やな」

初瀬「?」

漫「ありゃそーとー打ってる」

初瀬「!」

漫(…………)

漫(指のマメ、か……)

漫(対して、私のこの指は……)

スッ

漫「…………」

初瀬「先輩?」

漫「マメなんてな」

初瀬「?」

漫「最近せっせと打ち始めたヤツにできるもんや」

初瀬「? ……はい」

漫「小三の頃から……とまでは言わへんが」

初瀬「?」

漫「私はいまさら……、麻雀やったくらいでマメなんぞできん」

初瀬「先輩……」

漫(…………そう)

漫(今の私の積み重ねは……、そない浅くない!)

漫(……指のマメくらい、もう何度となく潰してきたわ(主にボウリングで))

漫(晩成に来て、この二年と三ヵ月……)

漫(私はあいつらより、誰よりも悩んで苦しんで! 誰よりも麻雀(とボウリング)に打ち込んできた!)

漫(こんな経験した高校生が……他におるかっちゅーねん……!)

漫(……それに)

漫(今の私には、あのときの晩成に無かった武器がある!)

漫(阿知賀の先鋒、"ドラゴンロード"松実玄……)

漫(彼女の力は初見やない……。あのとき嫌っちゅうほど肌で感じた感覚、忘れるはずもあらへん……!)

漫(阿知賀の他の連中も……どんな打ち手かはわかっとる……!)

漫(末原先輩が教えてくれた……攻略法と共に!!)

漫「大丈夫やで、初瀬」

初瀬「?」

漫「阿知賀は私が倒す……! あいつら以上の、この積み重ねをもって……!」

初瀬「先輩……」

漫「…………ま、心配しなさんな」

フフッ


漫「ニワカは相手にならんよ!!」





――決まったー! 県大会優勝は晩成高校!!



やはり強い! これで県10連覇達成です!!――



――そして、私はやってきた。全国大会、組み合わせ抽選会。

司会「奈良代表、晩成高校! 24番です!!」

漫(姫松とは……逆の山か……)


抽選会後

洋榎「おう、晩成の」

恭子「こんにちは」

漫「……あっ」

恭子「ごめんな、洋榎が一言挨拶したいって」

漫「主将、末原先輩…………」

恭子「?」

漫「……いえ、愛宕さん、末原さん」

洋榎「おう」

洋榎「反対の山やな、小走よ」

漫「!」

洋榎「ん?」

漫「……名前……」

洋榎「?」

漫「……覚えててくれはったんですね」

漫(……上重漫や……あらへんけど……)

洋榎「フン、最初に会うたとき言うたやろ」

漫「?」

洋榎「大会で打つようなヤツやったら、いくらでも覚えたるわ」

漫「! …………おおきに」

洋榎「ま、せいぜい頑張りや。決勝で待ってるで」

漫「はい、お互いに」

洋榎「まあ、優勝すんのは姫松やけどな!」

漫「…………いえ、悪いですけど」

洋榎「?」

漫「優勝は、晩成がいただきますから!」

洋榎「……ヘッ、上等や」

漫(この人たちに引っ張られるんやない……。対等に肩を並べる立場で……)

漫(全力でぶつかる……。私の……すべてを込めて!)

…………

……


――そして、決戦の日――

     \                    /

       \  丶       i.   |      /     ./       /
        \  ヽ     i.   .|     /    /      /
          \  ヽ    i  |     /   /     /
       \


                                       -‐
  ー   ――決勝大将戦、決着です!!

 __                                      --
     二                                = 二
   ̄.    今年の夏、全国52校の頂点に立ったのは――   ̄

    -‐                                 ‐-

        /

                /               ヽ      \
        /                    丶     \
       /   /    /      |   i,      丶     \
     /    /    /       |    i,      丶     \

ワァァァァーーーーー



――全力を出し切った。そう思ったその瞬間。



私の意識は、再び途切れた。



…………

……

漫「………はっ!?」ガバッ

玄「……あっ、目が覚めた!」

照「………よかった」

優希「だ、大丈夫かじょ……?」

漫「…………ここは…………」

漫(インターハイ会場……決勝のステージ……)

漫(姫松の制服に……このメンツ……)

漫(…………)

漫(戻ってきた……。あのときに)

審判「君、大丈夫ですか?」

漫「え、あ、はい……」

漫(今までのは……夢……?)

漫(いやそんな……、そんなわけない……)

漫(私は、確かに今まで……)

漫(…………うん)

漫(あの経験が、夢であってたまるかい……!)

審判「少し休憩を取りましょうか?」

漫「休憩?」

審判「試合中ですが……、打てそうにないなら一時中断を検討しますよ」

漫「試合……中……」

漫(そうや……。そうやったな……)

漫(こっちは……まだ終わってへん)

漫(まだ決着は……ついとらんかった)

漫(…………よし!)

漫(先鋒戦も後半……。逆転には程遠い点差……)

漫(…………でも)

漫(見てろや……まだこれからや!)

漫「いえ、大丈夫です」

審判「そ、そうですか」

優希「いいのかじょ?」

漫「おう、問題なしや」

玄「せめてその、髪のギュルルンくらい直した方が……」

漫「ええて。どうせ直らへん」

玄「?」

照「……少し休んだ方が」

漫「大丈夫やて。他人の心配しとる場合ちゃうでお前ら」

優希「…………」

玄「…………」

照(…………ためぐち)

漫「始めましょう! 大丈夫ですから!」

審判「は、はい。それでは」

玄(何か……雰囲気が変わった……?)

優希(頭のアレなとこ打っちゃったんかじょ……?)

照(自信に満ちた強い顔……。さっきまでとは別人のよう……)

漫(私は帰ってきた……すべてはこの時のために!)

クワッ

漫「お見せしよう……、高校五年生のうちしゅじを!!」


観客席

良子「ははっ。あいつ、やえみたいな髪型になったぞ」

やえ「いいじゃないか、どうやらベストドレッサー賞も狙いに来たようだな」

良子「お、おう」

やえ「……ここからだよ、あいつは」

良子「なんだよ、姫松の肩持つのか?」

日菜「やえちん、阿知賀の応援してるんじゃないの?」

紀子「私たちに勝ったんだから絶対優勝しろって言ってたじゃない」

やえ「もちろんさ。…………でも」

由華「でも?」

やえ「心が折れた相手に勝ってくれても嬉しくはないよ」

由華「?」

やえ「…………頑張れよ、スズ」


カン

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