恒一「えっ? 文化祭で映画ですか?」(206)


季節は夏から秋に移ろう頃。
学校の木々が色づくより少し先に、3組生徒は<災厄>による傷跡から回復の色を見せ始めていた。
そんな折、僕は廊下の掲示板に鮮やかなポスターを目にする。

『夜見北中学文化祭』

基本的に3年生はこの行事には参加しないとのこと。受験を控える身で文化祭にかまけている余裕などないのが理由だ。
けれども僕ら3組は違う。
悲劇の続いた5ヶ月、せめて残りの中学生活に楽しい思い出を飾りたい。その願いの下、皆が積極的な参加を表明している。
当然、僕の気持ちも同じだ。
しかし、その旨を千曳先生に伝えたところ、返ってきた提案には皆が驚きの色を隠せなかった。

~ホームルーム~

千曳「そう。自主映画の上映だよ。この通り台本も既にある」

ザワザワ

勅使河原「おいおい、マジかよ……」

望月「それってお芝居をやるってことだよね……」

恒一「千曳先生、それは……でも……」

千曳「榊原君……いや、君達の気持ちはわかるよ。綾野君、小椋君、赤沢君、3人の演劇部員を思い出すようでつらいと言いたいのだろう?」

恒一「……はい」

千曳「確かにね……だけど、これは他ならぬ彼女達の願いでもあるんだ」

恒一「えっ?」

千曳「この台本はね……彼女達が書いたものなんだ」

一同『!?』ピタッ

千曳「正確には、綾野君が起稿し途中から2人も、だね……部室を整理したらこれが出てきたんだ」

勅使河原「…………」

千曳「私もおおまかなストーリーを聞かせて貰ったに過ぎないんだが、生前、綾野君はよく言っていたものだよ。『3組で楽しい映画作りにするんだ』とね」

恒一「綾野さん……」

千曳「つらい気持ちはよくわかる……だがそこをあえて頼みたい。彼女達の夢をせめて君達の手で……!」

一同『…………』

恒一「……わかりました。僕達でどこまで出来るかわかりませんけど……」

千曳「榊原君……」

勅使河原「そうだとも! スゲェの作って天国の赤沢達を驚かせてやろうぜ!」

望月「うん。やろうよ」

猿田「やるぞな!」

有田「がんばろ~!」

一同『賛成!』パチパチパチ

千曳「君達……ありがとう。では早速台本を配ろう」

望月「すごく本格的だね」

恒一「どれどれ……タイトルは――」

『嗚呼、青春泡まみれ』

一同『……………………』

千曳「おや? 一体どうしたんだい?」

恒一「…………千曳先生。これはどこから冗談だったんですか?」

千曳「すべて事実であり、本気だが……何か?」

恒一「ええっと……ですね……」

バンッ

中島「な、何ですかっ! この卑猥なタイトルはっ!?//」

渡辺「まるでavのタイトルみたい」

柿沼「わわっ! そんな描写もありますよ!//」

佐藤「『大丈夫……ちゃんとココ、磨けば……輝けるから』……ココってどこ?」

多々良「あの……せっかくの力作ですが、わたくし達には荷が重いかと……」

藤巻「つーか、ぶっちゃけ嫌」

江藤「うえぇぇぇん!」ポロポロ

有田「もうやめてください! 泣いてる子もいるんですよ!」

鳴「…………」

ギャーギャー

和久井「ち、千曳先生! 女子から不満の声が……!」

米村「このままじゃ……!」

千曳「尋常ではないね」

米村「先生!」

千曳「ううむ……『智を捨てよう。エロに流されよう。これからは社会派官能小説だ』が綾野君の主張だったのだがね……」

恒一(綾野さん……)

勅使河原「……他のはないんスか?」

千曳「やむを得ないね。ならば改訂版の『花咲くいろは』にするか……」

恒一(初めからそっちを出してくださいよ!)

~10分後~

恒一「ざっと見た感じ、そんな描写もいくつか残ってはいるけど……」

望月「さっきのよりはマトモだね……」

勅使河原「女子はどうだ? これならいいんじゃね?」

中島「まぁこれなら……」

柿沼「アリ、ですかね」

多々良「そうですね。お三方の遺された作品をあまり無下にしたくありませんし……」

藤巻「それもそうだな」

江藤「うん……がんばりゅ……」グスッ

千曳「ではこれで決定だね。明日、配役を決める読めるところまで読んでおいてほしい」

~夜~

恒一「さて、読んでおくか」

ペラッ

恒一「――ヒロイン松前緒花は東京の女子高生。母の夜逃げをきっかけに石川の祖母に引き取られ、祖母の経営する旅館『喜翠荘』で仲居として働くことになる――」

ペラッ

恒一「なるほど……このヒロインの声が大きくて明るいって所は綾野さんに似てるかも。ひょっとして本人がモデルかな?」

ペラッ

恒一「……『そんな描写』が……これを本当にあの3人が、女子中学生が書いたの?」

ペラッ

恒一「さて、僕はどうしよう。男子は余りそうだし――」

恒一「……ん? この人物は……」

よかった。レスついたか
今日はここまで、続きは明日の今頃にでも

~翌日~

配役は立候補や推薦によりトントン拍子に決まっていった。
うち何役かは全員納得の配役もあったからである。
もしかしたら綾野さんは登場人物にクラスメイトを参考としていたのかもしれない。
以下、主要人物の配役紹介。

鶴来民子:多々良恵
恒一(黒髪ロングストレートの美少女といえばそうだけど、性格はだいぶ違うんじゃ……)

押水菜子:佐藤和江
恒一(なんだろう……この配役は外しちゃいけないような不思議な力を感じる)

輪島巴:江藤悠
恒一(あまりイメージに合わないけど……まぁそもそも30歳手前のお姉さんが合う人なんて3組に…………)

四十万スイ:中島幸子
恒一(おばあちゃん役はみんな嫌がるだろうからって……中島さんいい人だ)

四十万縁:和久井和雄
恒一(押しに弱いところが似てるかも)

富樫蓮二:水野猛
恒一(この役は中尾君あたりかな……?)

宮岸徹:勅使河原直哉
恒一(勅使河原のヤツ、いかにおいしい役所かを台本の隅々まで語ってたけど、勉強にもそれくらいの熱意があったらいいのに……)

次郎丸太郎:辻井雪人
恒一(そういえば辻井君の夢も小説家なんだっけ)

助川電六:猿田昇
恒一(皆の人気者ってところで推されてたね。猿田君も乗り気だったし)

川尻崇子:藤巻奈緒美
恒一(藤巻さんもズバッと言うところあるね。でも「タカコ」っていうと……)

松前皐月:渡辺珊
恒一(渡辺さんを大人っぽいって言う人、割といるね)

和倉結名:有田松子
恒一(華やかでお嬢様っていうから赤沢さんがモデルかな? って最初思ったけど、赤沢さんはこんな天真爛漫じゃないよね)

恒一「……で、この『種村孝一』って役なんだけど……」

望月「それはもちろん」

勅使河原「サカキ。お前しかいないだろ」

恒一「やっぱ、そうなる?」

望月・勅使河原「「そうなる」」

一同『異議無し』パチパチパチ

恒一「……ハァ、それにしても綾野さん、どうしてこんな名前にしたんだろ?」

望月「えっ?」

恒一「だってヒロインのモデルが綾野さん本人なんだよね? その幼なじみで想いを寄せてる男子をどうして僕の名前と同じ音にしたんだろ?」

勅使河原「サカキ……そこまでわかってて、マジで言ってんのかよ……?」

恒一「うん。そうだけど?」

勅使河原「綾野、死んでからも哀れな……」

恒一「?」

千曳「さて、では松前緒花役だが、あと決まってない女子は柿沼君と――」

ガタッ

柿沼「せ、先生! 私はこの『五十嵐波子』という役でなければならない気がするんです!」

千曳「柿沼君?」

柿沼「いけない気がするんです!」

千曳「いや何もそんな決まりは……」

千曳「…………」

千曳「……おや? そう、だね……そうでなければならないね……」

恒一(あれ? 僕もなんだかそんな気がしてきた……)

一同『そう……だな(だね)……』

千曳「ふむ。では柿沼君も決まり、と」

パチパチパチ

恒一(なんだろう。まただ、また不思議な力を……)

千曳「となると、女子で残っているのは――」

一同『あっ……』

鳴「…………」

千曳「……見崎君。大丈夫かい?」

鳴「ここで嫌ですと言ったら、やめてもらえるんですか?」

千曳「それは……」

鳴「わかってます。お引き受けします」

千曳「う、うむ……」

パチ… パチ… パチ…

勅使河原(そうはいっても……)

望月(見崎さんが……)

恒一(声の大きい、元気な女の子?)

――演劇部室――

勅使河原「そもそも、見崎ってどれくらいまで声出せるんだ?」

望月「榊原君知ってる?」

恒一「いや、僕も……」

恒一(見崎が声を張り上げた事って一度でもあったかな?)

千曳「丁度いい。この部屋は防音がされているから大きな声を出しても迷惑にはならない。試しに目一杯出してみてくれ」

鳴「はい……あー、あー」

千曳「…………」

鳴「…………」

千曳「……まさか今のが目一杯なのかね?」

鳴「はい」

恒一「見崎はまず発声練習からだね」

勅使河原「でかい声なら前島の得意分野だな」

前島「ん? 呼んだか?」

勅使河原「おお前島、呼ぶ手間が省けた。ちょっと剣道の時のかけ声頼むわ」

前島「ああ、わかった」スゥー

ガチャ

江藤「先生。私や松子の役の方言についてなんですが――」

前島「ぎゃえらああああらああれえええええええん!!!」

江藤「ひっ……!?」ビクッ

前島「大きな声を出すには腹から声を出すことが…………って、あれ?」

一同『…………』シーン

江藤「ヒッ……ぅ……」ジワッ

江藤「うわぁぁぁぁぁん!」ポロポロ

藤巻「前島ぁ! てめぇ、いきなりでけぇ声出すんじゃねぇよ! 悠が泣き出しちまっただろがっ!?」

前島「わっ! 江藤さん! ゴメン、そんなつもりじゃ……」

渡辺「悠、かわいそう」

有田「カワイソー」

女子一同『』ヒソヒソ

前島「…………」

江藤「ウグッ……違うの……私が悪いの……ひっぐ」グスッ

藤巻「よしよし。悠は何も悪くないからな。悪ィのは前島のバカだからな」ナデナデ

前島「…………」

勅使河原「……あー、スマン前島」

前島「……いいんだ。剣道とは精神を鍛えるもの。何事にも動じない心で……」

恒一(僕にはそう言う前島君も、今にも泣き出しそうに見えるよ……)

千曳「まぁ、舞台とは違うから今の前島君までは必要ない。江藤君や藤巻君のくらいで十分だ」

鳴「はい」

千曳「じゃあ、腹から声を出すことを心がけて、やってごらん」

鳴「はい……スゥー」

鳴「あー!、あー!」

恒一「あっ、今のはいい線行ってるんじゃないですか?」

千曳「ふむ、後は編集で何とかするか。見崎君、合格だ」

鳴「ありがとうございます、先生」

千曳「よく頑張ったね」

鳴「それから……ありがとね、前島君」

前島「……どういたしまして」

今日はここまで

意味不明のミス訂正
>>15
和久井大輔


それから準備が始まった。
メイクや衣装合わせが始まるといよいよって感じがする。特に女子には『女は化ける』を実感するな……勉強になる。
人手不足のため出番の少ない役者はその分裏方に回る。僕の役『種村孝一』も出番は少ない方なので、裏方が中心だ。

ただ、僕はそれとは別に特別な係、『受験対策係』に任命されていた。
東京に戻りエスカレーター式の僕と違い、ほとんどの人は受験がある。準備ばかりに専念して勉強をおろそかには出来ない。
そこで僕がみんなの受験勉強を見ることになった。
クラスメイトの勉強を見るなんて、東京の頃には考えられなかったな。
そして僕は今日も『受験対策係』としてクラスメイトの勉強を見ていた。

――多々良家――

多々良「榊原さん。出来ました」

恒一「……うん、完璧だ。さすが多々良さん」

多々良「ありがとうございます」

藤巻「おい、榊原。こっちはどうだ?」

恒一「……藤巻さん。途中式書かないとダメだよ」

藤巻「メンドクセェな……」

恒一「それに答えも間違ってる」

藤巻「ちぇ……」

米村「おい、榊原。女子ばっか相手してないで、こっちにも来てくれよ」

水野「この文章の訳、わかんねぇ」

恒一「ちょっと待ってよ!」

佐藤「お茶が……美味しい」

恒一「って、佐藤さん。何くつろいでるの!?」

佐藤「だって終わったって言ってるのに、榊原君かまってくれないんだもん……」プクー

恒一「……」キュン

恒一(……不覚にも、ときめいて――)

恒一(いやいや、そんな場合じゃないぞ! あぁ忙しい忙しい)


今日は本来、多々良さんだけを担当するはずだった。
放課後、多々良さんから「榊原さんにお伝えしたいことがあります。家にいらして下さい」と、はにかんで言われては断る理由などあろうか、いやない。
期待と緊張に胸を膨らませ多々良さんの家に着くと、なんと佐藤さん、中島さん、江藤さん、藤巻さんが(ついでに水野君と米村君も)出迎えた。
なし崩しに7人の勉強をいっぺんに見る流れになったのだが、今は目が回る思いである。
少し浮かれていた先刻の自分が恨めしい。

多々良「榊原さん」

恒一「何?」

多々良「そろそろ、無礼ながら他の皆さんもお呼びした理由を申さねばなりませんね」

恒一「理由?」

多々良「はい。わたくし達の顔ぶれをご覧になれば、すでに心当たりがあるかと」

恒一「…………さぁ、何だろね?」

佐藤「とぼけなくてもいいよ……」

中島「私達はあの合宿に行かなかった7人」

藤巻「もっと言えば『逃げた組7人』ってとこか」

恒一「…………」

水野「榊原。姉貴のことは覚えてるよな?」

恒一「もちろんだよ」

水野「姉貴はさ、家にいても鬱陶しいばっかで、こんなヤツいなけりゃって思うこと何度もあったさ……」

恒一「…………」

水野「そんなのでさえ、実際いなくなると悲しかった。それに加えて、久保寺の……見ちまって、今度は死ぬことがすげぇ怖くなったんだ」

米村「合宿に行ったりしたら、次は俺の番かもしれねぇってな……」

水野「ああ、姉が死んだってのは俺だけなんだけど、ここにいる俺ら全員似たようなモンだ。<災厄>を止められるかもって聞かされても、ビビって逃げ出したんだ」

恒一「……合宿に来た人だって平気じゃなかったよ。疑心暗鬼に陥って……早まった人もいた……」

多々良「ですが、榊原さんはその渦中にあって見事<災厄>を止めた、と聞き及んでおります」

恒一「…………」

江藤「だからね、榊原君。私達も榊原君みたいに強くなりたい」

恒一「僕が強い?」

佐藤「『逃げない』。立ち向かっていく勇気。榊原君は私達の、3組のヒーローなんだよ」

恒一「…………」

中島「この映画作りがクラスのためになるなら、私達も一生懸命頑張る」

多々良「それが本日、我が家にお越しいただいた理由です。この気持ちは誰よりも先に榊原さんにお伝えしたかった」

恒一「みんな……」

藤巻「まぁ死にはしないだろう映画撮影でってのもナンだけどよぉ」

中島「それでもクラスのために尽くしたいの」

恒一「いや、その気持ちは立派だと思う……きっと他のみんなにも伝わるよ」

7人『ありがとう』


合宿以来、3組の中で温度差を感じることがある。
参加組と不参加組。合宿以前からの仲良しグループを無視すれば、3組は2つに分かれている印象を抱く。
何も不参加組を邪険に扱っているのではない。
ただそれは無意識のうちに行動に表れてしまうことがある。僕にだって全くないとは言えない。
7人はそれを承知の上で僕に打ち明けた。
この映画撮影がそんな3組の溝を埋めるきっかけになればと僕も思う。
でも「ヒーロー」だなんて……僕は……。

今日はここまで

~撮影初日~

千曳「それじゃあ、いくよ。カメラ、スタンバイいいかい?」

米村「okッス」

千曳「『緒花、喜翠荘到着』……カット!」カンッ

鳴「『草……あまり似合わないよ。せっかく物語から抜け出してきたみたいな旅館なのに……』」ムシリムシリ

多々良「…………」

鳴「…………」

多々良(3、2、1、いきます!)

多々良「『死ね』」バッ

鳴「……『え、えっと……予想外だったのでもう一度いいかな?』」

多々良「『コホン……死ね!』」ギロッ

鳴「…………」

多々良「…………あの?」

千曳「カット……出番の佐藤君はどうしたんだい?」

和久井「佐藤さんならあっちで……」

水野「おい、佐藤! しっかりしろ!」

佐藤「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい――」

和久井「多々良さんに……あまりの恐怖におののいてます……」

多々良「そ、そんな! わたくしが怖ろしいだなんて……!」ガーン

恒一「まさか? だって、見崎や米村君は平然と――」

鳴・米村「「…………」」

恒一「固まってる……」

千曳「私も目にしたが……尋常ではなかったね」

多々良「はぅ……」

千曳「リテイクだ。多々良君、いい熱演だが少し押さえてみようか」

多々良「はい……」シュン

~シーン『女将の説教』~

中島「『旅館商売はお客様が第一。自分たちは二の次三の次……いや、自分たちの番なんて永遠に来ないんだ』」

恒一(うーん、中島さんいい味出してるな……)

江藤「『失礼します』」

中島「『民子。こっちおいで』」

多々良「『あっ、はい』」

恒一(……あれ?中島さん何か冷や汗かいてないか?)

中島(た、た、多々良さん……その……怖い顔で、お、怒らないでね……?)ビクビク

多々良(……力一杯どうぞ)

中島(う……うわあああああああああ!)バシッ

多々良「うっ……!」

中島(あああああ……)

中島「『アンタの布団を干すためにこいつはお客様に失礼したんだとさ。自分の身の回りくらい自分で手入れできなくてどうする!?』」

多々良「……『すみません』」

恒一(中島さん……頑張ってるなぁ……)

鳴「『悪いのは私です。私も叩いて下さい』」

中島(……見崎さん……ゴメン!)

バシッ バシッ バシッ

鳴「…………『あ、ありがとうございました!』」

中島「…………」ズーン


いったん撮影は休憩に入った。
思いの外、役者が憔悴してしまったためだ。
最初の段階からこんな調子で大丈夫なのかな?
特に深刻そうなのは中島さんと多々良さん。
僕はまず中島さんの元に向かうことにした。

恒一「中島さん。大丈夫……?」

中島「……榊原君。お願い……」

恒一「何?」

中島「私の顔、思いっきり殴って」

恒一「えっ……いや、そんな、女の子の顔を殴るなんてこと……」

恒一(あっ、女の子を蹴り飛ばしたりはしたっけ……)

中島「私はそんなことをしてしまったの! 私も同じ目に遭わないとっ!」

恒一「そうは言っても……」ポリポリ

中島「恵も見崎さんも『気にしてない』なんて言うけど……それじゃ私……私っ!」

恒一「えっと……」

中島「榊原君……!」

恒一「……本当にいいの?」

中島「お願い!」

恒一「……」ペシッ

中島「あっ……!」

中島「……痛い」ジワッ

恒一「わわっ! 力入りすぎた!? ゴメ――」

中島「グスッ……榊原君……ありがとう!//」

恒一「え? ……あ、うん」

恒一(女の子の顔叩いて感謝されるなんて、まるでさっきのシーンの再現みたいだな……)

恒一(というか、今みたいな感じなら中島さんがヒロイン役でもよかったんじゃ……)

恒一(さてと、次は多々良さんを)

多々良「…………」

恒一「多々良さん?」

多々良「榊原さんではありませんか……どうなさいました?」

恒一「……大丈夫? なんだか随分やつれているように見えるけど」

多々良「……わたくし、人様に『死ね』だなんて……ましてやあの<災厄>を共にしたクラスメイトに……」

恒一「いやさ、あれは台本に書いてあることであって……」

多々良「さぞや醜い心が透けていたのでしょうね……佐藤さん達が怖れるほどに……」

恒一(普段とのギャップと思われ……)

多々良「ああ……お父様、お母様。恵は悪い子になってしまいました……この上は尼となって御仏に――」ヨヨヨヨ

恒一「ス、ストーップ!」

多々良「榊原さん……?」

恒一「た、多々良さん! 多々良さんはみんなのために撮影を頑張ってるんでしょ!?」

多々良「……はい」

恒一「そうやってクラスメイトを思う多々良さんの心が醜いはずないじゃないか!? 多々良さんはいつだって綺麗だ! だから早まらないで! ねっ? ねっ!?」アセアセ

多々良「……榊原さん…………わたくしは赦されるのでしょうか……?」ウルッ

恒一「(ドキッ)ゆ、赦されるとも! 嘘なんかじゃない! 僕を信じてっ!」ガシッ

多々良「!」

多々良「……はい……わたくし、榊原さんを信じます……//」ポッ

恒一「そう……ならよかった」

恒一(フーッ、危うく多々良さんの人生が変わっちゃうところだった……)

多々良「……//」


撮影が再開され数シーンを撮り終えた後、予報外れの雨が降り出した。
雨天では演出上都合が悪いことも多いので、初日の撮影はこれで終わり。
そのまま解散の流れとなった。

家に帰って、ゆっくりしていた矢先、お祖母ちゃんから夕飯のお使いを頼まれた。
少し億劫に思ったけど、お祖母ちゃんに雨の中、重たいものを持たせるのは気が引ける。
僕は再び雨の中、商店街へと出かけた。

――スーパーマーケット――

恒一「ん? あれは……」

佐藤「…………」

恒一「佐藤さん」

佐藤「…………」

恒一「もしもし、佐藤さん?」チョンチョン

佐藤「……榊原君?」

恒一「こっちの方まで来るなんて珍しいね」

佐藤「うん……」

恒一「……?」

佐藤「…………」

恒一「……佐藤さん? またボーッとしてどうしたの?」

佐藤「ボーッとなんかしてないよ……私は――」

アナウンス『さぁ、ただ今からタイムセールス! 本日は牛切り落としが、お1人様2パック限りの半額となっております!』

佐藤「――!」ダッ

恒一(は、速っ……!)

―――
――


佐藤「ふぅ……」

恒一「さ、佐藤さん……」

佐藤「あれ? 榊原君は買わなかったの? なくなっちゃったよ」

恒一「僕はお使いを頼まれただけだから……それにしてもすごいダッシュだったね……」

佐藤「私は『逃げない』って決めたから、何事にもひるまず立ち向かっていくんだ」

恒一(ちょっと意味が違うんじゃ……)

佐藤「あっ……だったら、お肉、榊原君にも買ってもらえばよかった……」

恒一「ふふっ、佐藤さん、やっぱ少し抜けてるみたいだね」クスッ

佐藤「」カチン

佐藤「……私に言わせれば榊原君の方こそ抜けてる」

恒一「えっ……?」

佐藤「そのお米、上から取ったでしょ? もっと精米年月日が新しいのあるよ。それにこのお茄子、弾力もツヤもよくないし、大きさの割に軽い。あと、お豆腐は曲がり角のお豆腐屋さんの方が、値段も変わらないし、美味しいよ」

恒一「…………」

恒一「……お見それいたしました」

佐藤「もう……いつもボーッとして抜けてるなんて思われるのは心外だよ」

恒一「ははっ……佐藤さんって自分で料理作ったりするの?」

佐藤「女の子なんだから当然だよ……」

恒一(料理できない女子って、結構知ってるけどなぁ……)

佐藤「何なら榊原君に何か作ってみせてもいいけど……//」

恒一「そこまでしなくていいよ……ただ料理上手な佐藤さんの旦那さんになる人は幸せだなって思っただけ」ニコッ

佐藤「…………」

恒一「佐藤さん?」

佐藤(……榊原君は女心の扱い方が抜けてるよね)ボソッ

恒一「えっ? なんか言った?」

佐藤「……なんでもない」プイッ

~撮影日~

千曳「では『緒花、徹にかり出される』……カット!」カンッ

勅使河原「『おい、そこの。暇してるならちぃと付き合えや』」

恒一(意外だ。勅使河原ってこんな演技上手かったのか)

ミチシルベノ~♪ ミエナイミチ~♪

勅使河原「『お前二の腕太いし、力ありそうだから丁度いいだろ』」

鳴「『この格好で二の腕なんてそうそう――』」

勅使河原「『うっしなうも~の~♪ そのいたみを~♪ うけとめるかくごきめたら~♪』」

恒一(ウゼェ……でも役には合ってるのか)

勅使河原「『お前友達いないだろ』」

鳴「『はぁ!? いますよ!』」

勅使河原「『だってお前、空気読めなさそうだもんな』」

勅使河原「『協調性? 周りが見えてないってゆうかさ』」

鳴「『……他人には期待しないようにしてるんです』」

勅使河原「『……それじゃあ自分に期待できるのか? 自分のことは自分でって、それが出来るタマか? お前』」

恒一(……偶然の一致、だよね?)

鳴「…………」

~シーン『緒花の復讐』~

鳴「――『「死ね」はやめようよ。それでさ私が本当に死んだらどうするの? きっと後味悪いよ』」

多々良「…………」

恒一(あっ、多々良さんがつらそうだ。ここは手旗信号で……)ササッ

ボ・ク・ヲ・シ・ン・ジ・テ

多々良「//」

恒一(よし、立ち直った!)

佐藤「『あっ……』」

鳴「『菜子さんは逃げるのやめようよ!』」

佐藤「…………」

恒一(今度は佐藤さんが……)ササッ

ボ・ク・ガ・ツ・イ・テ・ル

佐藤「//」

多々良「『何アンタ。さっきからやめようやめようって』」

鳴「『私もやめるから……空気読まないのやめる』」

多々良「『今も十分読んでない』」

鳴「『他人に期待しないのもやめる』」

佐藤「『期待……』」

鳴「『頼るから……期待するから……』」

恒一(見崎……)

佐藤「『あっ……』」

鳴「『それ以外にも2人のこともっと知りたい! だから教えて!』」

恒一(見崎はこのセリフをどう感じてるんだろ……?)

鳴「『言えー!』」

――崖――

ザッパーン

辻井「……先生。本当に飛び込まなきゃダメですか?」

千曳「そうだね。出来る限り台本通りにしたいからね」

勅使河原「安心しろ。<災厄>はもう止まったんだ」

猿田「なら安心ぞな」

辻井「…………」

ザッパーン

辻井「……なワケあるかー! 普通にヤバイだろ!?」

千曳「一応すぐに救助されるし、万一に備えて数人を崖下に待機させているが」

柿沼「あの……」

望月「まだー?」

有田「ばっちこ~い!」

辻井「あのメンツじゃ気休めにしかなんねー!」

勅使河原「……なぁ辻井。ちょっと耳貸せ」

辻井「何だ?」

勅使河原「いいか……」ゴニョゴニョ

辻井「! ……すみませんでした先生。僕としたことが少し取り乱していたようです」

恒一(ん?)

辻井「スケジュールを遅らせるワケにはいきません。手早く取りかかりましょう」キリッ

千曳「ふむ。そうだね」

辻井「佐藤さん。救助頼むよ」

佐藤「うん」

恒一「……勅使河原。辻井君に何言ったの?」

勅使河原「さぁな」

~シーン『次郎丸逃亡』~

辻井「『来るな! 来ないでくれぇ!』」

恒一(一体何があったんだろ……気になるな)

辻井「『僕才能ないんです。賞なんて絶対取れませーん!』」ピョーン

ドポーン

恒一(うわっ……思いっきり飛んだな)

辻井「あっぷ……あっぷ……死にたく……ない!」バシャバシャ

恒一(すごい! 迫真の演技だ!)

佐藤「『緒花さん。それ持ってて下さい』」ピョン

ドポーン

勅使河原「『すげぇ、大丈夫かよ……』」

中島「『心配いらないよ。あの子の幼時分のあだ名は「かっぱっぱ」。――』」

―――
――


佐藤「うぅ……びしょ濡れ……」

恒一「あのさ、佐藤さんさ――」

佐藤「きゃ……ダメッ……あっち向いてて……は、恥ずかしいよぅ///」

恒一「わわっ!ごめん!//」

佐藤「み、見えちゃた……かな……?//」

恒一「ぼ、僕は何も見てない! 見てないからね!///」

有田「コラ。和江の濡れ姿を視姦するなんて、お姉さん達が許しませんよ」

渡辺「ハイ、和江、タオル」

佐藤「ありがと……それで榊原君。何?」

恒一「ああ……その佐藤さん、あの飛び込みはすごかったよ」

有田「当然! 和江は水泳の天才なんだから!」

恒一(……やっぱり何か作為的なものを感じる)

辻井「ふぅ……」

恒一(あっ、辻井君だ)

勅使河原「おつかれさん。これで拭いとけ」

辻井「ああ、サンキュ」

勅使河原「……で? 間近で拝んだ感想。どんくらいすごかったよ?」

辻井「そりゃ……いや、やめておこう」

勅使河原「なんでだよ?」

辻井「ふっ……言葉にすれば野暮になる」

勅使河原「……そうか、それもそうだな」

辻井「あの身長に見合うだけのものは持っていた、とだけ言っておこう」

勅使河原「そいつは……さすがだな佐藤」ニヤッ

辻井「ああ」ニヤッ

有田「……ねぇ、珊」

渡辺「うん、後でシメとくか」

恒一(2人とも何か怖いよ……)

~1時間後~

江藤「片付け、終わりました」

千曳「ああ、江藤君ありがとう。助かったよ」

恒一「さて、今日の撮影はこれでお終いですね」

千曳「ん? 何を言っているんだい? 前回、雨で後回しにしたシーンがあるじゃないか」

恒一「あっ……あのシーン、やっぱりやるんですか……?」

千曳「当然だよ。あのシーン無しには物語は成り立たないからね。榊原君と見崎君は公園恒一「はい……」
に集合すること」

恒一(ああいうシーンがあるからこそ、この役に気乗りしなかったんだよなぁ……)

鳴「…………」

――公園――

~シーン『緒花、旅立ち前夜』~

恒一(そういえば<いないもの>になった時に見崎と来たのも夜のこの公園だっけ)

恒一「『俺はさ……へばりついたコーンを水浸しにして取るような男だ』」

鳴「『うん。オリジナリティあるよね』」

恒一(あの時は、こんな青春っぽい雰囲気じゃなかったけどね……)

恒一「『一番仲いいのは俺だし、そんなに焦らなくてもいつか必ずって……ずっとそばにいりゃ、お前が俺に気付いてくれるって……』」

鳴「……『こうちゃんゴメン。もっとわかりやすく』」

恒一(うぅ、恥ずかしい……// けど!)

恒一「『言います!好きでした!』」

鳴「えっ……///」

恒一「『ずっと松前緒花が好きでした!』」

鳴「ちょっ……『ちょっと……待って、好きって……』//」

恒一「『行ってこいよ……行ってこいよー!』」ダッ

千曳「ハイ、カット」

恒一「……//」

鳴「……//」

千曳「実にいい演技だったよ。真に迫っていた」ポンッ

恒一「そんな、お世辞はよしてくださいよ……//」

千曳「いやいや、まるで実際の告白現場に居合わせたかのようだった」

恒一「からかわないで下さい……ただの演技ですって、ねぇ見崎?」

鳴「…………」

恒一「見崎?」

鳴「……そうね。ただの演技ね」

千曳「そうかい? まぁ今日はお疲れ様。遅くならないうちに帰りなさい」

恒一・鳴「「はい」」

恒一「……まったく。千曳先生には参っちゃうな」

鳴「…………」

――橋――

恒一「今日は疲れた……」

鳴「榊原君はまだマシ。私はこれからもずっとだよ」

恒一「ははは、そうだったね」

鳴「…………」

恒一「じゃあ、この辺で――」

鳴「榊原君」

恒一「ん?」

鳴「勅使河原君の、『宮岸徹』のセリフをどう思った?」

恒一「…………ああ、勅使河原ってもっと下手くそだと思ってたけど、意外と――」

鳴「勅使河原君の演技力じゃない……セリフの中身の方」

恒一「…………」

鳴「協調性がなくて友達もいない。そのくせ自分1人で全部出来るわけでもない。ふふっ、この役で私に当てはまるところあったね」

恒一「見崎……」

鳴「私、思うの。未咲のこと、人形の目のこと。もっと早く打ち明けていれば、犠牲者は少なかったかもしれないってね」

恒一「でも、それをいまさら後悔しても……」

鳴「そうね。過去を悔やんでも意味はない――」

恒一「なら……」

鳴「でも過去を未来に活かすことには意味がある」

恒一「えっ?」

鳴「私はずっと変わらないままの人形じゃない。変わっていける人間なんだって……」

恒一「…………」

鳴「だから、私決めたの。これから変わっていこうって」

恒一「……見崎。君は……」

鳴「引き留めてごめんなさい。それじゃ、また明日。こ・う・ちゃん」

恒一「……その呼び方は勘弁してよ……こそばゆいんだから……」


知り合って約半年。
見崎はあまり感情を表に出さないので、未だ考えを掴めないところがある。
だけど、全くの無感情ではない。あの<災厄>を通じて見崎にもまた思うところがあるのだろう。
これを機に変わりたいと願うのは合宿不参加組だけではないようだ。
そんな見崎の決意を応援したい。なんだか僕まで役に入り込んできた気がするな。

さて、さっき見崎も言ったように、これから僕の出番は少ない。
しばらくは『受験対策係』を中心として動くことになりそうだ。

今日はここまで

――図書室――

有田「むむむ、円錐は円柱の3分の1じゃけぇ……」

恒一(有田さん、すっかりおかしな方言が染みついてるな……)

有田「よし、わかったで。答えは12πやろ?」

恒一「正解」

有田「やったぁ! 褒めたって~」

恒一「……でも、単位をつけないと減点されるよ」

有田「もう、ブチ固いこと言わんといて。女の子落としたいんやろ? とにかく甘やかせば榊原君ならチョロいよ?」

恒一「……調子乗るといけないから、さっきのはやっぱ×ってことで……」

有田「せっかくアドバイスしたったのに、ひどいわ~!」

恒一「もう……有田さんは……」

有田「あはは~、でもさ榊原君はこの映画撮影でクラスみんなを仲良くさせたいんでしょ?」

恒一「……うん」

有田「仲良しになるには相手のいいところいっぱい見つけて、いっぱい褒めてあげること。お姉さんからのアドバイスだぞ♪」

恒一「……そういや有田さんって友達多いよね。交友のコツとかよく知ってるんだ。そういうところが『和倉結名』に似てるのかも」

有田「う~ん。ちょっと違うんだけど……あっ、でもあそこは同じだな」

恒一「どこ?」

有田「将来の夢がいっぱいってとこ。私も多くて、どれからやろうか困ってるんだ」

恒一「へぇー」

有田「看護婦でしょ、女優でしょ、デザイナーでしょ、……」

恒一「ははは、1人でそんなにだなんて欲張りだなぁ……」

有田「そりゃそうだよ。なにせ死んじゃった皆が叶えられなかった夢だから数人分だもん」

恒一「!? 有田さん……それは……!」

有田「ねぇ榊原君。私達<災厄>を生き延びはしたけど、いつか死ぬのは同じでしょ?」

恒一「……うん」

有田「それでさ。向こうで先に行った人と会ったときに『おまえは生き延びといてそんな人生かー!』なんて怒られたら嫌じゃない? せっかく拾った命、楽しんでこその人生でしょ?」

恒一「そうだね……」

有田「以前の私はね、先のことなんて考えない。今を楽しめればそれでよかった……」

有田「でも、知りたくなったの。私の大好きな友達が夢見たものがなんなのかを」

恒一「みんなの夢、か……」

有田「全部かなえて、お土産話にしたいな。反感を買うかもわからないけど」

恒一「そう……何とも壮大な夢だね」

有田「この映画撮影は彩達の夢の1つ。だから私も精一杯楽しむの」

有田「いつの日か彩達に自慢してやるんだから♪」ニカッ

恒一「僕はその夢、素敵だと思うよ」

恒一(到底無理だろうな……でも、ずっと仲間を思うその心が眩しい……)

有田「ありがと♪」

恒一「……有田さんって、実はいい人なのかもね」

有田「おやおや? ひょっとして今のでお姉さんにホレちゃったかな?」 

恒一「なっ……//」

有田「いいよ♪ 『お嫁さん』ってのもリストにあるから、今からでも将来の――」

恒一「……他のを全部かなえた後にでも検討してみるよ」

有田「ひっど~い! その頃には私おばあちゃんだよ!?」

恒一「……ップ」クスッ

有田「笑い事じゃな~い!」プンスカ

恒一「あはははは」

有田「もう……ふふっ」

恒一(『今を楽しむ』か……)

恒一(東京にいた頃は、部活以外は勉強ばかり一心不乱に……それで楽しかったのかな僕……?)

~別の日~

江藤「榊原君。どう?」

恒一「……23点」

江藤「に、にじゅう……!」

恒一「まず、基本問題が出来てないのが……」

恒一「たとえば【問2】のアンモニアの採集法は水上置換じゃダメな典型例で、いわばこれはサービス問題みたいな――」

江藤「…………」

恒一「江藤さん?」

江藤「ぅ……うぐっ」グスッ

恒一「わっ、泣かないで! 何も怒ったりバカにするつもりじゃ――」

江藤「グスッ……違うの」

恒一「えっ?」

江藤「自分が情けないから泣きたくなって、すぐ泣く自分が情けなくて……グスッ」

恒一「えっと……」

江藤「私ね昔から泣き虫で……つらいことや怖いことがあるとすぐに泣き出して……」

恒一(確かにそんな場面を何度も見た気が……)

江藤「直したいと思っても、いつも形から入って、中身は変わらないまま……」

恒一(ボーイッシュな外見とかもそんな理由なのかな……でも)

江藤「映画の役だってそう……グスッ。こんな頼れるお姉さんになりたいなってばかりで、私には全然合ってないし、やっぱり頼もしくなれない……」

江藤「私ずっとダメな子なのかな……グスッ」

恒一「そんなことないんじゃないかな?」

江藤「えっ……?」

恒一「僕は見てきた。江藤さん、撮影で誰に言われなくても設営や片付けを率先してやったり、わかりにくい点を他人の分まで調べてアドバイスしたり」

恒一「そんな江藤さんのこと、僕はとっても頼もしいと思うよ」

江藤「…………」

恒一「それでもまだ足りないと思うんならさ、少しずつでいいから頑張っていこうよ」

恒一「1人じゃ苦しいなら僕が一緒にいる。そのために勉強の方は教えてあげてるんだからさ」

江藤「グスッ……ありがと」

恒一「よし、じゃあ基礎からもう一度見直そうか」

江藤「うん……がんばりゅ」

恒一(どうしてだろう……昔の僕なら……)


そんなこともありながら一方で撮影の方も順調に進んでいる。
和倉結名(有田さん)のエセ方言や川尻崇子(藤巻さん)の英語に2人とも悪戦苦闘しリテイクの連続だけど、スケジュール自体に滞りはない。
主要な登場人物も出揃い、物語は展開していく。それにしても僕の演じる『種村孝一』のすれ違いぶりには同情するなぁ……。

今日は緒花が頑張りすぎて熱に倒れるシーンの撮影。

鳴(私は……)

鳴「『私も……私も働かないと……』」

佐藤「『大丈夫だから。緒花ちゃんがいなくてもちゃんとやれてるから』」

鳴(いなくてもやれる、ね……)

佐藤「『早くよくなってね? また後で様子見に来るから』」バタン

鳴「『私がいなくても喜翠荘はやっていける……』」

鳴(……まるで3組に私は要らないみたいなものね……)



~シーン『緒花夢の中』~

鳴「『こうちゃん……』」

恒一「『帰って来いよ緒花。お前がいなくても喜翠荘は大丈夫だよ』」

鳴「『こうちゃん……』」

恒一「…………」

千曳「ハイ、カット。一旦休憩」

鳴「…………」

恒一「見崎」

鳴「何? 榊原君」

恒一「いや見崎の様子がなんか変だったから、何かあったのかな? って……」

鳴「…………」

鳴「別に……」

恒一「……見崎。この前言ってた『変わりたい』ってことだけど……」

鳴「さぁ……そんなこと言ったかな? 覚えてないわ」

恒一「見崎……」

鳴(私が変わる事なんて……)

~数日前~

――教室――

鳴「…………」

ワイワイ ガヤガヤ

江藤「珊……また居眠りしてた?」

有田「疲れておりまんな~」

渡辺「アンタ、また変な方言を……昨日も夜遅くまで母さんと口論」

佐藤「また? 駄目だよ……おばさんだって珊のために言ってるんだから……」

鳴「……」チョンチョン

佐藤「見崎さん? 私に何か?」

鳴「あのね、私――」

ガラッ

千曳「ああ、江藤君、有田君、渡辺君、佐藤君、ここにいたか」

江藤「先生、何ですか?」

千曳「4人に急ぎの用があるんだ。来てほしい」

4人『はーい』

鳴「あっ……」

佐藤「見崎さん。呼ばれちゃったから後でいいかな?」

鳴「やっぱいい……なんでもない」

佐藤「そうなの……?」

鳴「…………」

鳴「…………」

ワイワイ ガヤガヤ

柿沼「それはどうでしょう……? それ以前からかもしれません」

水野「うーん……」

和久井「式場に来たときあたりからじゃないかな?」

多々良「役の勅使河原さんはどう思われます?」

勅使河原「ライバル旅館に引き戻しにまで行ったとき、だ」

多々良「なるほど……」

鳴「……」チョンチョン

多々良「見崎さん? どうなさいました?」

鳴「あのね、私――」

ガタッ

和久井「うっ……ゲホッ! ゲホッ!」

多々良「わ、和久井さん!?」

和久井「く、薬を……!」

水野「こ、これだな!?」

和久井「ゼェ……ゼェ……」スカッ スカッ

勅使河原「って、また空じゃねぇかよ!」

多々良「早く保健室に……!」

柿沼「和久井君! しっかり!」

和久井「ゼェ……ゼェ……」

鳴「…………」

~時間は戻り、シーン『民子と菜子、緒花を慰める』~

鳴「『よかった……私なんかいなくても喜翠荘は大丈夫よね』」グスッ

多々良「『違うよ。そんなことない。そんなわけないでしょ?』」

鳴「『えっ……?』」

多々良「『アンタ、渡り廊下のコウモリ1人で何とかしようとしたでしょ。女将さんは「アンタ達で何とかしなさい」って言ったじゃない。――』」

鳴「…………」

多々良「『――「アンタ達」っていうのは私とアンタと菜子のことで、菜子はコウモリ駄目だから、私とアンタのことでしょ?』」

多々良「『アンタ1人じゃ無理なの……でも私1人でもアンタいないと無理だから……わかった!?』」

鳴「『うん……』」

コンコン

佐藤「『緒花ちゃん。入るよ』」ガチャ

佐藤「『あっ……もう! 熱あるときは…………えっ?』」

『私がいなくても喜翠荘は――』

佐藤「『…………違うの!違うの緒花ちゃん!』」ズイッ

多々良「『あっ……』」

佐藤「『あのね。ものすごく忙しくてね。誰か1人いなくなってももう絶対ダメって思うことがあってね!』」ズイズイ

多々良「『くっ……』」

佐藤「『でも本当に誰かがいなくなっちゃったりした時なんか不思議。仕事は回るし、地球も崩壊したりしないよね?』」ズイズイ

多々良「『うぅぅ……』」

佐藤「『でも、でも、それはその人が要らないってことじゃなくて、必要だからみんながその人の分も働くって事で、だから本当にその人には早く帰って来てっていうか――』」

多々良「『な、菜子ぉ……』」

佐藤「『あっ、ゴメン……』」

鳴「…………」

千曳「今日の撮影はここまで。お疲れ様」

ゾロゾロ

恒一(見崎……)

鳴「…………」テクテク

恒一「見さ――」

佐藤・多々良「「見崎さん」」

恒一(えっ……佐藤さんに多々良さん?)

佐藤「私達、見崎さんにお話しがあるの……」

多々良「お時間よろしければ、これからわたくし達とお茶などいかがですか?」

鳴「……行く」

佐藤「よかった……」

多々良「では参りましょう」

恒一「…………」

恒一(……あの2人が見崎に話ってなんだろう?)


多々良さんと佐藤さんが見崎を連れて行った。
一体何だろう……?
後ろ髪を引かれる思いだが、和久井君の勉強を見る予定があるので、仕方ない。
僕はその場を後にした。

今日はここまで

~翌日~

僕は普段通り授業を受けている。
見崎にも特に変わった様子はない、ようにも見えたが若干の違和感を感じた。
妙にソワソワしてる気がする。あれは、何かが待ちどおしい……?
違和感の正体は昼休みに明らかになった。

鳴「……美味しい」モグモグ

多々良「鳴さん。ご飯粒が付いてましてよ」ヒョイ

鳴「ん……」

多々良「ふふっ、鳴さんったら。それにしても、和江さん、このほうれん草はいいお味ですね」

鳴「里芋も」

佐藤「ありがとね、恵ちゃん、鳴ちゃん。他に食べたいものあったら今度作るよ」

鳴「……ホビロン」

佐藤「そ、それは無理だよ……」

鳴「じゃあサンナクチ……」

佐藤「お弁当のおかずになるものにして……」



恒一「…………」ポカーン

有田「なんとも珍しい組み合わせだよね。こんなに仲良くはなかったはずだけど」

猿田「呼び方まで変わってるぞな」

恒一「一体何が……?」

望月「ひょっとして昨日、お姉さんが言ってたことかな?」

恒一「望月。お姉さんって智香さんのこと?」

望月「うん」

恒一(そうか、あの後3人は『イノヤ』に……)

望月「何かしきりに謝った後に『3組に要らない人なんていない』とか言ってたらしいよ」

恒一(多々良さん……佐藤さん……)

望月「それからずいぶんと長話してたみたい」

恒一「あの3人がねぇ……」

猿田「しかし、多々良もこれでなによりぞな」

恒一「どういうこと?」

猿田「おうとも。多々良があんなに笑ってるのを見るのは久しぶりぞな」

恒一「そうなの?」

猿田「ここ最近、部活でも笑顔を見せることがなくて、そのことで部員達も心配してて……」

――多々良「ふふふっ」クスッ

恒一(多々良さん……)

猿田「それが、あんなに笑えるようになって……もう安心ぞな」

恒一「そうだったんだ……」

有田「それなら私も和江にびっくり」

恒一「有田さん?」

有田「和江っていつもボーッとしてるかオドオドしてるかで、自分から行動することあんまりなかったのに……」

――佐藤「オムライスね。わかった、それなら頑張って作るよ……」

恒一(ああ、なるほど)

有田「昔は私や珊の後ろに隠れてばっかりの和江が……お姉さん、嬉しいやら、寂しいやら……」

恒一(……佐藤さんが有田さんの後ろに隠れる? …………ップ)クスッ

有田「……榊原君。前々から思ってたけど、私に対する扱いが失礼だよね?」

恒一「ゴ、ゴメン……想像したら、つい……」

有田「まぁ、いいけどね」

鳴「……ねぇ2人とも」

多々良「何でしょう?」

佐藤「うん……?」

鳴「お願いがあるの……」

佐藤「お願い?」

鳴「そのうち……そのうちでいいの……私と……私と……」

多々良「鳴さんと?」

鳴「台本の読み合わせ…………してくれない、かな?」

佐藤・多々良「「…………」」

鳴「ダメ……かな……?」

鳴「…………」

佐藤「」ギュッ

鳴「!」

佐藤「……鳴ちゃん……かわいい……」

多々良「ふふっ、ならわたくしもこちらから」ギュッ

鳴「ふ、2人とも……//」

多々良「鳴さんからおっしゃっていただけるなんて、嬉しいです//」

佐藤「いっぱい、いっぱいしようね……//」

鳴「く、苦しい……」



勅使河原「あれさ……何か、こう……いいな……」

前島「ああ……実に美しい……」

辻井「僕はいつかあの美しさを言葉で表現してみせる……」

米村「キマシタワー」

~放課後~

恒一「見崎」

鳴「榊原君」

恒一「多々良さんと佐藤さんのこと、驚いたよ」

鳴「2人とも強引……」

恒一「そうじゃなくって……昨日の撮影の後、友達になったんだね」

鳴「『役だけじゃなくて現実でも』ってね。別に断る理由もないし、それに――」

恒一「それに?」

鳴「あの2人がいれば、私も変われる気がした」

恒一「……『変わりたい』って言ってたのは嘘じゃなかったんだね」

鳴「昨日まではやっぱ無理かな……って思ってたから」

恒一「見崎のことだから、どうせ1人でどうにかしようとしてたんじゃない?」

鳴「そうね……でも1人じゃないなら出来ると思う」

恒一「1人じゃないなら、ね……台本の中に答えはあったんだね」

鳴「ええ」

恒一(よかったね……見崎)

鳴「勿論、榊原君もね……これからもよろしくね、『こうちゃん』」

恒一「だからそれはよしてってば……まぁ僕もその決意を応援してるよ、『緒花』」

鳴「ふふっ」

恒一「ははっ。さてと、撮影に行こうか」

鳴「そうね」


見崎も変わり始めている。
応援している僕としては嬉しいような寂しいような。
ハッ、いかんいかん。これじゃ有田さんのことをとやかく言えないじゃないか……。
見崎が僕の妹分? いやいや、断じて違う。
でも……だとしたら……
僕にとって見崎とは何なのだろう……?

今日はここまで

~日曜日~

今日は学校も撮影もお休み。
だけど、僕の『受験対策係』としての役割は絶賛営業中だ。
今日の担当は柿沼さん。
図書館での勉強を終わらせ、その帰り道でのこと。

柿沼(ずっと好きだった恒一君との図書館デート……あぁ幸せ//)

柿沼(よし! ここはもう一押し!)

柿沼「榊原君。1つ質問してもいいですか?」

恒一「うん。いいよ」

柿沼「榊原君って……」

恒一「僕って?」

柿沼「ど、どんな女性が好みですか……?//」

恒一「ブフッ!」

柿沼「さ、榊原君! 大丈夫ですか!?」

恒一「ゲホッ、ゲホッ……だ、大丈夫だよ……でも、いきなりだね……//」

柿沼「はい……」

恒一(柿沼さんそんなこと聞いてきて、一体どうしたんだろ?)

柿沼「た、例えば……そう! 私の役、『五十嵐波子』とか……」

恒一「うーん……僕は結構いいと思うな」

柿沼「ほ、本当ですか!?//」

恒一「うん。少しあこがれるかも」

柿沼「そうですか……」

柿沼(ええい、ここが正念場よ。恒一君にこの気持ちを伝えるのよ、小百合!//)

柿沼「あの……//」

恒一「ん?」

柿沼「私……あなたが好きって言ったらどうします?//」

恒一「えっ……?//」

柿沼「私、ずっと前から、さか……恒一君のこと好きでした!///」

柿沼(い、言っちゃたぁ……しかも面と向かって下の名前で呼んじゃったぁ//)ドキドキ

恒一「…………」

恒一(へ? どういうこと? 『こういち君』……?)

恒一(……あっ、そうか! セリフ練習か! 勘違いして恥ずかしいな。えっと、確か――)

柿沼「あの……///」

恒一「えっと……『ゴメン、好きなヤツがいてさ』」

柿沼「えっ、それってもう付き合ってたりとかしてるんですか!?」

恒一「えっと、『いや、告白はしたけど、そんな気ないから今は待っててくれって』」

恒一(あれ? 何だかセリフがごちゃ混ぜになってる気がするな……)

柿沼「そ、そんな!? 酷すぎじゃないですか!?」

柿沼(キ、キープ扱い……! 一体誰がそんなことを……!?)

恒一(うーん、今一つ自信ないな……ところで波子って孝一に敬語だったっけ?)

恒一「えっと……『いいんだ。待たされるのはいつものことだし。それに守ってやらないと危ないからさ、あいつ』」

柿沼(『いつものこと』、『守ってやらないと危ない』……いつも恒一君が守ってる…………見崎さんのことかっ!)

柿沼「……榊原君、ありがとう……」

柿沼(そうですか……見崎さんですか……)

恒一「ゴメンね。期待に添えなかったかも……」

恒一(こんなあやふやなセリフで迷惑だったろうな。もう一度読み直さないと……)

柿沼「榊原君が謝る必要はありませんよ……」

柿沼(見崎さん……あなたという人は……!)ムカッ



多々良「盗み聞きなんて、はしたないことをしてしまいましたが……」

佐藤「榊原君、告白までした相手が……た、大変なこと聞いちゃった……!」

鳴「…………」

~数日後~

鳴(榊原君には好きな人がいるらしい……)

多々良(榊原さんに既に告白までした思い人がいらしたなんて……わたくし、どうしたら……)

佐藤(鳴ちゃんが最大のライバルだって思ってたのに、迂闊だった……)

江藤(一体誰なんだろ? このクラスの人かな……?)

柿沼(見崎さん。恒一君をあなたには……!)

中島(私……榊原君に叩かれた頬の感触が忘れられないの……)

藤巻(it's foolish. なにやってんだか……)

渡辺(様子のおかしい和江を問い詰めたら面白い話が聞けて……)

有田(広めてみたら……なんかさらにおもろそうなことになっとるがな♪)

望月「教室の居心地が悪いよ……あの話だよね? いっそ榊原君に聞いてみる?」

勅使河原「俺らにも秘密にしてんだ。サカキだって相手が誰かなんて言いたくないんだろ」

望月「確かに……」

勅使河原「それに『君子危うきに近寄らず』が<災厄>から俺達の学んだ教訓だ」

望月「うん……」


おかしい。ここ数日、教室の空気がやたらピリピリしてる。
女子がお互いを警戒してたり、僕と目が合うと視線を逸らしたり。
勅使河原や望月に聞いても話をそらされるし、転校したばかりの頃のような疎外感を感じる一日だ。
今後に支障を来すようでなければいいけど……。

ストーリーは緒花が雑誌記事に対する抗議のため東京に行く場面。母との再会シーン。

鳴「『ママはいっつもそう。こっちの気持ちなんて考えてくれない』」

恒一(撮影は普段通り問題ないみたいだし……)

鳴「『相談もしてくれないで勝手に決めて、この記事のことも夜逃げのことも小二のクリスマスも、小五のプレゼントだって……』」

恒一(女子達のことはそれほど気にしなくてもいいのかな)

鳴「私は……人形なんてほしくなかった……」

恒一(ん? ここはクマのぬいぐるみのはずだけど……)ペラッ

鳴「お母さんに会いたかった……」

恒一(千曳先生……)

千曳(構わない。続けさせてみよう)

渡辺(えっ? 続行? あぁもう、アドリブやるなら先に言ってよ……)

渡辺「……『古いことよく覚えてんのねぇ』」

鳴「悲しかった……」

渡辺「『でもアンタ別に文句言わなかったじゃない?』」

鳴「我慢したから……そう、いっぱいいっぱい我慢してきた……」

恒一(見崎……)

鳴「夜……暗くても、一人で怖くてもそれでも我慢した……会わせてくれなくても我慢して、我慢して……!」

恒一(見崎、その話って……)

渡辺「『ねぇ? 話が個人的恨みにシフトしてない?』」

~休憩~

恒一「見崎さっきのセリフって……」

鳴「緊張してたみたいね……頭が真っ白になって、何言ったか思い出せない」

恒一「見崎、あれって……」

鳴「…………」

恒一「あれって、見崎の家の――」

鳴「榊原君。少しお節介が過ぎるんじゃないの?」

恒一「!?」

鳴「…………私のことは気にしなくていいから」

鳴(榊原君には告白までした好きな子がいる……)

鳴(私ったら、いつも気にかけてもらってるからって勘違いして、バカみたい……)

恒一「……ゴメン」

恒一(そうだよね……見崎だってこの話にはあまり触れられたくないだろうしね……)



柿沼「…………」ジー

柿沼(思った通り……見崎さんは恒一君の善意を袖にして……!)

~シーン『緒花と波子』~

柿沼「『気持ちが無いんだったら解放してあげて下さい。孝一君のこと』」

恒一(最初から思ったけど、やっぱり柿沼さんはまり役だなぁ)

鳴「『人聞き悪いですよ、そんな言い方って。私は何も……そりゃ……』」

恒一(見崎……でも、僕はそれでも見崎が放っておけない。撮影が終わった後にでも、もう一度話そう)

柿沼「『何ぶつぶつ言ってるんですか? 気持ち悪いですよ』」

鳴「『えっ……?』」

柿沼「『解放と言うのは心の解放です』」

鳴「『えっ!』」

柿沼「『ちなみに私達が座ってるベンチ。ここ……私が孝一君に告白した場所です』」

鳴「『ええっ!?』」

柿沼「ズルいですよ、あなた。孝一君の気持ちに胡座かいてる」

柿沼(そう……恒一君のやさしさに胡座をかいてるのは見崎さんも同じ……)イラッ

鳴「『す、好きですよ。ちゃんと私だってこうちゃんのこと』」

柿沼「『異性としてじゃなく、人間としてとか都合のいいこと言うんですよね?』」

柿沼(……きっと見崎さんも恒一君に対して都合のいいことばかり……!)イライラ

鳴「『ち、違います……』」

柿沼「(プチッ)じゃあ、榊原君をキープにするなんてどういう了見ですか!? 見崎さん!」

鳴「…………はい?」

恒一(???)

柿沼(やっ、やっちゃったぁ……//)

千曳「カット。リテイクだ」

~リテイク後~

柿沼(私ったらなんてことを! クラスメイト全員の前で……!//)

恒一「あの……柿沼さん?」

柿沼「ひゃっ!?//」

恒一「おっと……驚かせてゴメン。あのさ、さっきのことだけど……」

柿沼「あ、あわわ……// あわ、あわあわあわあわあわ……!//」アタフタ

恒一「柿沼さん?」

柿沼「わ、私っ! き、気分が優れないみたいなので、お先に失礼します!///」ピュー

恒一「…………」

恒一(そうか、さっきのミスは気分が悪かったせいか……でもそれ以外は完璧なくらいだったし、柿沼さんってすごいなぁ)

~シーン『孝一との別れの電話』~

鳴「『私ねママを喜翠荘に連れて帰らないといけなくて、そのためにはこうちゃんも連れて行かなきゃで……』」

恒一「『は? なんだそれ。意味わかんない』」

鳴「『それでこうちゃんに電話した。あの時だってこうちゃんに助けてもらったのに、今度もまた助けてもらおうとした』」

鳴(榊原君はずっと私を助けてくれた……)

鳴「『がんばろう、ぼんぼろうって、それって自分のことしか考えてないってこと。自分のことを見守って応援してくれる人の気持ち考えてなかった』」

鳴(私は榊原君に特別な感情があるなんて思ってもみなかった……)

鳴「『私最悪だったの。だから来てくれなくていい……』」

鳴(でも、榊原君の一番は私じゃないって知ったら胸が痛い……)

恒一「『……よくわかんねぇけど……わかった。行かない』」

鳴「『うん、ゴメンね。またね』」

恒一「『じゃあな』」ガチャ

鳴(いつのまに私、榊原君のこと、こんなにも……)

~シーン『三代ガールズトーク』~

鳴「『グスッ……私知ってた』」

渡辺「『うんうん。何をだい?』」

鳴「『こうちゃんのこと……大切だっていうのは知ってた……でも……』」

渡辺「『もう……とっとと告っちゃえばよかったじゃない』」

鳴「『こうちゃんが好きだってわかった瞬間に……フラれちゃったんだもん!』」バンッ

中島「『何言ってるんだい? 四十万の女が一度や二度フラれたくらいであきらめる気かい?』」

中島(そう、私だって榊原君のことあきらめるつもりないんだから……!)

鳴「『ちっがーう! あきらめるんじゃないの! もう振り回したくないんだもん……』」

鳴(私、決めた。榊原君から直接聞いて、私の気持ちも伝えよう……)

鳴(…………それでこの気持ちに区切りを付ける……)

~撮影終了後~

千曳「今日はここまで。皆遅くならないうちに帰るように」

オツカレー マタナー

鳴「……私決めた。榊原君にこの気持ちを伝える」

多々良「そうですか……」

佐藤「やるんだね……」

鳴「2人には……その……」

多々良「お気になさらず……わたくし達が躊躇しているだけですから」

佐藤「でも『逃げない』よ。私達もそのうち榊原君に告白するから……」

鳴「わかった……2人ともありがとう」

―――
――


鳴「榊原君。話があるの」

恒一「……見崎。僕も見崎と話したいと思ってた。あの公園に行こう」

鳴「ええ」

――公園――

柿沼(あぁもう、あんなことをしてしまうなんて……)

柿沼(だいたい、これというのも見崎さんが恒一君の気持ちを蔑ろにするから…………ん?)

――恒一「……それで見崎。話って言うのは……」

――鳴「あのね、榊原君」

柿沼(……恒一君と見崎さん?)

――鳴「私、榊原君に、はっきり言おうと思って……」

――恒一「僕に?」

――鳴「榊原君の……告白のことで……」

――恒一「えっ……?」

柿沼(見崎さん、まさか! そんなの許さないですよ!)

柿沼「見崎さ――むぐぐ」

佐藤「駄目だよ。今は邪魔しちゃ……」ガシッ

柿沼「むぐぐ、ぐぐ(佐藤さん、何で)!?」

佐藤「気持ちはわかるけど、邪魔するのはフェアじゃないよ……」

柿沼「むぐ……(息が……)!」

多々良「……和江さん。離してあげて下さい」

佐藤「あっ、ゴメン……」パッ

柿沼「ハァ、ハァ……佐藤さん、多々良さん、どういうことですか!?」

佐藤「しっ、鳴ちゃんは榊原君に気持ちを伝えようとしているの」

柿沼「気持ちを伝える? 見崎さんにそんな権利があるんですか?」

多々良「……柿沼さん。それはあまりな仰りようではありませんか……?」ギロッ

柿沼「ヒッ……そ、そんなこと言ったって、こ……榊原君をキープ扱いしといて、今さら何を……」ビクッ

多々良「…………はい? 何のことでしょうか?」

柿沼「えっ……?」

多々良「……どうやら思い違いがあるようですね。わたくしの話をお聞き下さい」

柿沼「はい……」

(多々良説明中)

柿沼「えっ、じゃあ告白の相手って見崎さんじゃないんですか!?」

多々良「そのようです」

佐藤「私達もびっくり……榊原君に好きな子いるとしたら鳴ちゃんだと思ってたのに……」

柿沼「それじゃ……一体誰が……?」

多々良「それも含め、鳴さんは今、全てはっきりさせようとなさっているのです」

柿沼「そ、そうだったんですか……」

佐藤「それにしてもまだ本題に入らないのかな……」チラッ

恒一「ねぇ……見崎? だから告白って、どういうこと……?」

鳴「えっと……だから……その、榊原君は言いづらいだろうけど……」

恒一 (さっきから要領を得ないな。 何を言いたいんだろ、見崎は……?)

鳴「榊原君が告白したけど返事をもらえなかった子って……誰なの?」

恒一「………………へ?」

鳴「だから……榊原君が告白したけど返事を――」

恒一「待った!」

鳴「っ!」

恒一「……あのさ、それ何の話? 身に覚えがないんだけど……」

鳴「えっ……?」

柿沼(えっ!?)

柿沼「なっ……! 恒一君!? 私に言ったじゃないですか!?」ガサッ

恒一「わっ! 柿沼さんどこから出てきたの!? ……それに体調はもういいの?」

柿沼「そんなことはどうでもいいんです! それより『告白はしたけど、今はそんな気ないから待っててくれって』って言われたって……!」

恒一「ええっと……?」

柿沼「この前! 図書館での勉強の後! 帰り道で!」

恒一「…………あぁ、セリフ練習の時にそんなこと言ったかも」

鳴・柿沼「「えっ……?」」

多々良・佐藤「「えっ……?」」ガサッ

恒一「あれ? 多々良さんに佐藤さんまで……何してるの?」

佐藤「さ、散歩……かな?」

多々良「え、ええ……」

恒一「ふーん」

柿沼「あ、あの……あ、あれ、映画のセリフ……言ってたんですか……?」

恒一「あー……あの後、台本見直したら、やっぱ色々間違えてたみたいだったよ」

柿沼「あがっ……!」

恒一「あれじゃ練習にならなかったよねゴメン」ペコリ

柿沼「…………」

柿沼「そ、そんな……それじゃ……勇気を出してまで……」ブツブツ

恒一「……柿沼さん?」

柿沼「はわっ! …………う~ん」フラッ

恒一「か、柿沼さん!」トスッ

柿沼「私は……私は……」ブツブツ

恒一「しっかりして!」

鳴・佐藤・多々良「「「…………」」」

恒一「仕方ない。僕が責任持って家まで送り届ける。三人も遅くならないうちに帰った方がいいよ」

鳴・佐藤・多々良「「「……そうだね(ですね)」」」

恒一「よいしょっと……それから見崎」

鳴「な、何……?」

恒一「僕は何て言われてもお節介をするよ。見崎を放っておくなんて出来ない」

鳴「えっ……//」

恒一「つらい思いしてる見崎を見て見ぬふりするくらいなら、いっそ嫌われてでもお節介を焼く方を選ぶ。僕にとって見崎はそれだけ大切なんだ」

鳴「~~//」

恒一「それだけは言っておきたかった。それじゃ、また明日ね」テクテク

鳴・佐藤・多々良「「「…………」」」

多々良「どうやら勘違いしていたのはわたくし達も同じだったようです……」

佐藤「そうみたいだね……」

鳴「……//」

佐藤「……それにしても鳴ちゃんはズルイ。あんなに想われてるなんて……私達が不利だし、淑女協定は無効にしようか」

多々良「確かにそうですね」

鳴「ふ、2人とも……」

佐藤「嘘」クスッ

多々良「冗談ですよ」クスッ

鳴「……いぢわる」

佐藤「あっ、そう言えば、鳴ちゃんの気持ち伝え損なったね……」

鳴「あっ……それはまた別の機会で……」

佐藤「でも、あんまりボヤボヤしてると本当に誰かに先を越されるかも……」

多々良「わたくし達も悠長にしている暇はありませんね」

鳴「うん……そうだね……」

今日はここまで

~翌日~
教室では昨日までのピリピリした空気がすっかり雲散霧消していた。
どうやら僕が悪女に弄ばれた哀れな男子という誤解が女子達の間に広まっていたようだ。
そうか、その人から僕を救おうと……みんな正義感が強いんだな。
ともかくもう既に誤解も解けたらしいし、これ以上気にする必要もないだろう。

さて、僕の出番は物語の終盤を残すだけとなった。
しばらくはまた裏方や『受験対策係』として奔走することになりそうだ。
そんなある日のこと――

恒一「さてと、小道具の補充はこれでよしっと」

渡辺「おーい!」

恒一「あっ渡辺さん」

渡辺「よお、色男!」

恒一「ちょっ……! 変なこと言うの、やめてよ!」

渡辺「またまた、『英雄、色を好む』っていうじゃないの。3組のヒーローさんよぉ」

恒一「…………」

恒一「そういえば聞いたよ……この間の噂、広めたの有田さんと渡辺さんらしいじゃないか!?」

渡辺「ああアレね。もう少し楽しめるかと思ったんだけどなぁ……」

恒一「嫌だよ。いくら僕がモテないからってあんな扱いされたくないよ!」

渡辺「…………」

恒一「何、その目は?」

渡辺「別に……」

渡辺「ところでなにしてんの?」

恒一「小道具が足りなくなってきたからその買い出し」

渡辺「ふーん」

恒一「それからこの後、佐藤さんの家に勉強を見に行く」

渡辺「おっと、それは聞き捨てなりませんなぁ。何? やっぱ和江に手ぇ出しちゃう?」ニヤニヤ

恒一「出さないよ!」

渡辺「おいおい、それでも健康な男子中学生かね、キミ?」

恒一「ハァ……」

恒一(有田さんといい……何でこういう性格なのに佐藤さんと仲いいんだろ…………あれ?)

渡辺「くくく」

恒一「……ねぇ。渡辺さん」

渡辺「ん?」

恒一「顔腫れてるけど、何かあったの……?」

渡辺「…………」

恒一「いや、言いたくないなら別に――」

渡辺「1、母さんと口論になった。2、殴り合いの喧嘩になった。3、家を飛び出した。以上」

恒一「…………」

渡辺「そんな顔しなさんな。母さんとの喧嘩なんてしょっちゅうだから」

恒一「……そうなの?」

渡辺「まぁ殴り合いまでするのは珍しいけどね。だいたいあの映画じゃあるまいし、年頃の娘の顔、引っぱたくなんてねぇ……」

恒一「…………」

恒一「どうしてって聞いてもいいのかな……?」

渡辺「理由? つまらないことだよ。成績のこと」

恒一「それで殴り合い?」

渡辺「あはは、それだけでこんなことしないよ…………でも、『勉強のために映画なんてやめなさい』って言葉にカッとなった」

恒一「ああ……」

渡辺「ねぇ榊原君。映画と言えばさ、私の役って面白いよね。母であり娘だなんて」

恒一「確かにそうだね」

渡辺「私は娘でしかないから母の気持ちなんてわからないな……」

恒一「それは、みんなそうだよ……」

渡辺「子供の勉強しか頭にないってイメージだわ。いっつも五月蝿いのなんの」

恒一「さすがにそれは……」

渡辺「でも、母さんの言ってることが正しいのはわかってるよ……このままじゃ第一志望マズいかもだしね」

恒一「それじゃ親なら口うるさくもなるだろうね……」

渡辺「うん……」

恒一「…………」

渡辺「まったく……こんな馬鹿娘、私だったら育てるの無理。とっくに捨ててるっての」

恒一「そんな……渡辺さんだってきっと立派なお母さんになれるって……」

渡辺「ありがと……でもそういうことじゃなくてね……」

渡辺「…………私、親不孝だなって」

恒一「親不孝……」

渡辺「これでも両親には感謝してるんだ。出来の悪い娘なのにここまで育ててくれてさ……」

恒一「…………」

渡辺「本当はね、親孝行したいんだ。でも、このザマじゃ親が死ぬまで親不孝を続けるだけかもね……」

恒一「…………」

渡辺「まったく……こんな失敗作なら、いっそ死んだ方が孝行だったかもね……」

恒一「渡辺さん……」

渡辺「あはは、つまんない話だったね。さ、早く和江んち行ってあげなよ。きっと大喜びで――」

恒一「あのさ、僕は違うと思う」

渡辺「…………」

渡辺「……何が?」

恒一「僕は渡辺さんが親不孝だなんて思わない」

渡辺「…………そりゃ榊原君は家での私を知らないだろうけど……」

恒一「僕はね。親不孝は子供が先立つことに他ならないと思ってる」

渡辺「……親より先に死ぬのが不孝?」

恒一「うん」

渡辺「…………チッ」

渡辺「……おい、何だよそれ……お前、死んでいった連中を――」

恒一「そうだね。みんな、望んで死んだ訳じゃない」

恒一「でも、子供に先立たれるのは親にとって何よりもつらい。これだけは絶対、どうしたって親不孝でしかないんだよ」

渡辺「…………」

恒一「僕のお祖父ちゃんはね。昔は頑固親父だったらしいんだ」

恒一「けど15年前と2年前に僕のお母さんと叔母さんを亡くして以来、今じゃずっとふさぎ込んでてさ……」

渡辺「榊原君、お母さんを……ゴメン。気が回らなかった」

恒一「気にしてないから大丈夫」

恒一「それでね、叔母さんってのが、僕もたまにしか会ったことなかったけど、ずいぶん奔放な人だったんだ。それでよく喧嘩してたみたい」

渡辺「ははっ、ウチと似てるね……」

恒一「でも、その叔母さんの葬式で一番泣いてたのもお祖父ちゃんだった」

渡辺「…………」

恒一「どうして年寄りの自分よりまだ若い2人が先に逝かなきゃならないんだって。そればかり仏壇の前で毎日言ってる……」

渡辺「…………」

恒一「お祖母ちゃんが言うには、お祖父ちゃん、2人ともが結婚して幸せな家庭を作ってくれることが夢だったって」

恒一「それさえ叶えば、あとはいつお迎えが来てもよかったって……」

渡辺「娘の幸せ、か……」

恒一「だからね『どんなに迷惑をかけてもいい。でも絶対私達やお父さんより先に死んじゃ駄目よ』ってのがお祖母ちゃんとの約束」

渡辺「ふふっ、そうなんだ……」

恒一「それとさ……『死んだ方が良かった』なんて言うのはやめて。渡辺さんが死んで喜ぶ人なんていない」

渡辺「…………」

恒一「渡辺さんの家族も3組のみんなも悲しむよ……」

渡辺「…………ゴメン」

恒一「ねぇ、渡辺さんは今幸せ?」

渡辺「……そうね、バカみたいにいい奴らとバカみたいに騒いで、楽しいよ」

恒一「だったらさ、渡辺さんは親不孝なんかじゃないよ。お母さんだって渡辺さんが幸せで嬉しいはずだよ」

渡辺「だといいんだけどね……」

恒一「僕が保証する」

渡辺「…………」

渡辺「でも、私が楽しいばっかりじゃ……生きてる内になんかしてあげたいな……」

恒一「だったらさ、渡辺さんもいつかいい人と結婚して、元気な子供産んで、幸せな家庭を作ったらいいんじゃないかな?」

渡辺「え?」

恒一「そしたら孫に会わせてあげるといい。きっと喜ぶよ。これで喜ばない親なんていないよ」ニコッ

渡辺「…………」ジー

恒一「渡辺さん?」

渡辺「うーん、だったら榊原君が私を貰ってくれるかな?」

恒一「ええっ!?///」

渡辺「だって、榊原君なかなかの優良物件になりそうだし、今の内ツバ付けとかないと競争率がね……」

恒一「い、いや……それは、ぼ、僕としてもですね……しかし///」

渡辺「『僕としても』……何?」

恒一「あの、その……あのっ!///」

渡辺「……ップ。あはははは! 冗談冗談!」

恒一「なっ!?//」

渡辺「くくく……あー、顔真っ赤にしちゃって、おっかし♪」

恒一「ちょっ……ヒドイよ! 渡辺さん!」

渡辺「同い年のくせしてちょっとマセたこと言うから、ついからかいたくなっただけ」クスクス

恒一「も、弄ばれた……」ガクッ

恒一(やっぱり有田さんといい、渡辺さんといい、苦手だ……)

渡辺「まぁまぁ、榊原君を好きな子だっているから、元気だしなよ」

恒一「うぅ……そんな気休め……」

渡辺「それにほら。和江んちに行くんでしょ? さっさと行った行った!」グイッ

恒一「押さないでよ……そうだ。よかったら渡辺さんもいっしょに来ない?」

渡辺「アホ」ポカッ

恒一「痛っ!」

渡辺「私がお邪魔したら和江は面白くないでしょうが」

恒一「面白くないって……どうして? 佐藤さんと仲良しでしょ?」

渡辺「チッ……あぁもう……」

渡辺「……それに私は今から帰って、母さんに勉強のこととか、映画のこととか話したいの」

恒一「……そう。なら頑張って」

渡辺「うん……それじゃ、またね」

恒一「またね。お母さんに文句言われないように、これから勉強はみっちりしごいてあげるからね」

渡辺「うへ……お手柔らかに……」

恒一(母と娘か……そういえば見崎はどうしてるんだろう?)

――佐藤家――

佐藤「どうぞ。粗茶ですが」

恒一「これはどうも」

佐藤「それからお茶請けにきなこもちでも……」

恒一「なんだかいつも悪いね」

佐藤「いいの、お客様なんだし。それに家庭教師代なら安いよ」

恒一(なんかいつもくつろいじゃうな。部屋もよく片付いてるし…………あれ? この写真は……)

恒一「前に来たときにはこんな写真なかったよね?」

佐藤「そうだね。この前、鳴ちゃんの家に台本の読み合わせとお料理教えに行ったときの写真だよ」

恒一「写ってるのは……佐藤さんと多々良さんと見崎と……霧果さん?」

佐藤「うん。おばさんとも意気投合してね。せっかくだから写真を撮りたいって言ったの」

恒一(意外だな……そういうの嫌いそうな人ってイメージなのに)

佐藤「恵ちゃんのこと気に入ってね。『日本人形にも挑戦してみようかしら』だって」

恒一「へぇー」

佐藤「……ねぇ、榊原君は鳴ちゃんの家の事情って……」

恒一「知ってるよ。直接本人に教えて貰ったからね」

佐藤「やっぱそうなんだ……変に他人行儀なのが気になって、鳴ちゃんから無理に聞き出しちゃったけど……」

恒一「大丈夫、見崎は本当に嫌なら言わない。2人のこと信頼してる証拠だよ」

佐藤「うん……ありがと」

佐藤「私達ね、見てて思ったの。鳴ちゃんもおばさんも悪い人じゃないし、不仲でもない。ただお互い不器用なだけなんだって」

恒一「確かにね……」

佐藤「だから2人にもう少し素直になってみたらって、お節介言った」

恒一「はははっ、『お節介』ね……」

佐藤「それとお菓子作りを一緒にやって……鳴ちゃんとおばさん、なんだか楽しそうだった」

恒一(あの親子が一緒にお菓子作りか……)

佐藤「帰り際に『またお菓子作りやってみたいから、いつでも来てね』って」

恒一(僕がお節介を焼くまでもないみたい……ありがとう。佐藤さん、多々良さん)

~撮影日~

――海――

ザザーン ヒュー

千曳「君達……それじゃいつまでも撮影が始まらないよ」

鳴「……寒い」

多々良「そうですね……もう秋ですし……」

佐藤「私なんて、夜の海なんだよ……」

有田「彩たちのアホンダラー!」

ザザーン ヒュー

恒一「…………」


今日は海水浴のシーン。
作中での舞台は宮崎県なのだが、生憎とそんな予算的・時間的余裕はない。
しかたなく市外での撮影という運びになったのだが、それ以上に問題は気温だ。
前に辻井君が飛び込んだ日にはまだ夏の名残があった。けれども今はもうすっかり秋づいておりとても涼しい。
当然、僕らの他に海水浴なんて人はいない。
さっきから通行人の訝しげな視線も多数感じる。
正直恥ずかしい……。

勅使河原「…………」

恒一(……勅使河原がやけに神妙だな)

勅使河原「ここで海水浴か……赤沢……」

恒一(そうか……勅使河原のヤツ。前に海水浴に来たときのことを……)

水野「勅使河原」

前島「何しょげてんだよ」

猿田「元気出すぞな」

恒一(水野君に前島君に猿田君……)

水野「今、赤沢って言ったか?」

勅使河原「……聞こえちまったか…………へっ、女々しいな」

前島「いや同感だ。あの中学生離れした乳を撮れないというのは痛恨の極みだ」

水野「ああ、他にも杉浦や桜木と言った戦力を失ったのも痛い……」

勅使河原「…………おう! いやぁ、あの乳をこのカメラに納められないのは実に惜しい、ははは!」

恒一(……僕がバカだった)

猿田「せいぜい、多々良くらいだからなぁ……」

前島「有田や見崎じゃな……」

水野「しかも、今となってはその多々良で3組トップクラスというのが嘆かわしい……」

辻井「おやおや……君達、佐藤さんを失念してないか?」ヒョコ

水野「辻井? そうなのか? アイツあんま目立たねぇから知らないが」

辻井「間近で見た僕だから言える……佐藤さんなら君達の期待に添えると保証するよ……」

前島「マジで!?」

勅使河原「待て、お前ら。確かに乳は偉大だ。だが、そればかりに囚われては本質を見失う。いいか――」ペラペラ

水野「むむっ! それは盲点だった!」

辻井「なるほど……さすがは勅使河原!」

米村「おっ、なんだか面白そうな話してんな。俺も混ぜろ」ヒョコ

恒一「…………」

恒一(僕はよそ行ってよ……)


季節外れの海水浴。
寒さと羞恥心に耐えながらも、撮影は終了した。
帰りの車では男子数名の一様にやり遂げた顔が印象的だった(「榊原の分も用意してやるよ」ってやたら上機嫌だったな)。
もっともその約束は果たされることはなかった。
お宝映像を内輪だけで鑑賞すべきか高値で売りさばくべきかで仲間割れを起こし、女子にバレて制裁を受けた挙げ句、フィルムは破棄されたらしい。
ははっ、残念だったね。まっ、僕は別に残念だなんて思って…………
思ってなんて……ないよ?

~別の日~

望月「…………」

恒一「…………」

望月「……なんで僕が……」

恒一「仕方ないじゃないか。クラスの決めごとなんだから」

望月「うぅ……だ、だからって……」

佐藤「大丈夫だよ、望月君」

多々良「ええ。とても殿方とは思えないほどに」

鳴「かわいい……」

望月「いやああああああ!」ガタッ


望月は今セーラー服を着ている(らしい)。
『水野枝莉』という女子生徒の役なのだが、ここにきて女子だけでは役者が足らないというアクシデントが発生した。
そこで仕方なく男子から回すということになったのだが、『だったら望月しかいないだろ』と満場一致で可決した(本人は嫌がったけど)。
そして、なぜか知らないけど僕は今、見崎に目隠しをされている。
なんでも望月の女装姿を見た勅使河原、他男子数名が『扉』を開いてしまったらしい。
僕も目にしたら最後、自分を保っていられるか怪しいかも……。

佐藤「逃がさないよ」ガシッ

望月「くっ……」

多々良「わたくし達、望月さんの女形としての才能に感服しておりますの」

望月「全然嬉しくないよ……」

恒一「それにセーラー服は今でも由緒正しい海軍制服だし、着てもおかしくなんてないさ」

恒一(スカートではないけどね……)

望月「目隠しして言われても……」

恒一「……それは見崎に言ってよ」

鳴「榊原君は見ちゃダメ」

恒一「……だ、そうです」

望月「見られたくないからいいけど……」

恒一(僕だってこの前、役で女装してオモチャにされたんだ。望月も同じ目に遭え……)

望月「だいたいさ、この役、物静かな美術部女子っていうなら見崎さんこそ適任だったんじゃないの?」

鳴「そうかもね」

恒一「今更それを言われても……」

望月「ほら、メガネかけたり、カツラを付けないとかでさ!」

恒一「台本上緒花と一緒に映るカットもあるからそれは無理」

望月「なら……なら……」

恒一「望月。ここは男らしく腹をくくってこい」ポンッ

望月「…………」

望月「……わ、わかったよ……でも、榊原君」

恒一「何?」

望月「このことはお姉さんには内緒にしてね」

恒一「も、勿論さ……」

恒一(ゴメン、もう言っちゃってる。それにコーヒー提供の交換条件にフィルムの約束も……)

~さらに別の日~

キャッキャッ ウフフ

勅使河原「穢れ無き純白とはこのことだな……」

米村「ああ、汚された心が浄化されるようだ」

辻井「望月で危うく道を踏み外すところだったが……もう大丈夫だ」

望月「僕のせいにしないでよ!」

中島「ちょっと男子。またいやらしい目で見ないでくれる?」

柿沼「ええっ! そうなんですか!?」

有田「ねっとりと絡み付く視線じゃったの~」

勅使河原「し、心外だ! 俺たちは純粋に美しいと褒めていただけで……」

女子一同「」ヒソヒソ

恒一「はははは……」


劇中でウェディングドレスを着るシーンがあり、その試着をしている。
映画の中で着るのは藤巻さん、佐藤さん、多々良さんの3人。
ただ他の女子達も興味津々のご様子。
勅使河原たち同様、僕も眼福と言ったところだ。
それにしてもホントに綺麗だなぁ……。

恒一「2人とも綺麗だよ……」

佐藤「う、うん……//」

多々良「ありがとうございます//」

女子一同『キャー//』ワイワイ

鳴「…………」

男子一同『解せぬ……』

佐藤「でもウェディングドレスを着て婚期が遅れたりしたらどうしよう……//」チラッ

多々良「そ、そうですね……それは困りますね//」チラッ

恒一「2人なら大丈夫だよ。男子から結構人気あるし、大人になってからも引く手あまただと思うよ」ニコッ

佐藤・多々良「「…………」」

鳴「……」ニヤリ

恒一「……そういえば、藤巻さんの姿が見えないけど……」

和久井「藤巻さん2人と一緒じゃなかったっけ?」

多々良「そうでしたけど……お花摘みに行かれたり」

佐藤「戻ってきた後も、もたもたして『先に行ってて』とか……」

和久井「ふーん」

佐藤「悠がついてるはずだけど……遅いな」

恒一(なにしてるんだろ?)

有田「『僕が様子を見に行こうかな?』」

渡辺「『ついでに着替えてるとこ覗こうかな?』」

恒一「見崎。ちょっと様子を見に行ってくれないか?」

見崎「わかった」

渡辺「スルー!?」

有田「こやつ、やるようになりおったわ……!」

オスナ イイカラ

恒一(ドアの向こうが騒がしいな……)

ガラッ

藤巻「うお……っとと、危ね……あっ」

一同『あっ……』

藤巻「…………」

恒一「……藤巻さん」

藤巻「…………laugh」

恒一「えっ……?」

藤巻「笑えって言ってんの……笑いすらとれないピエロほど惨めなモンはねぇよ……」

恒一「…………」

恒一「……わかった」

藤巻「…………」

恒一「綺麗だよ。藤巻さん」ニコッ

藤巻「なっ!?//」

女子一同『キャー!//」』ワイワイ

藤巻「バ、バカじゃねぇの!? アタシは笑い物にしろっつったんだ! 何でてめぇのお世辞とスマイルが来んだよっ!?//」

恒一「お世辞じゃないよ。これは偽りない僕の本心だ」

藤巻「はぁっ!?//」

恒一「僕の目にはウェディングドレスの藤巻さんが映っている。僕はその光景を『綺麗』という言葉でしか表現できない」

藤巻「ばっ!//」

恒一「そして綺麗な物を観ると微笑ましくなる」

藤巻「こ、このっ! ……そ、そういうのはあっちの佐藤や多々良に向かってだけ言え! アタシなんかガサツであの2人に比べりゃ――//」

恒一「勿論あの2人も綺麗だよ。でも、藤巻さんが2人に比べて劣ってるなんて思わない。3人ともがそれぞれに魅力的だと僕は思う」

藤巻「~~!///」

恒一「だから僕は何度だって言うよ。藤巻さん、綺麗だ」

藤巻「……//」

恒一「…………」

恒一「藤巻さん……?」

藤巻「…………便所行ってくる」

恒一「えっ、その格好じゃ……」

恒一(またトイレ? さっきから顔赤いし、体調が悪いのかな?)

藤巻「うっせぇ! だったらもう着替えてやる! 覗くんじゃねぇぞ!//」

恒一「し、しないよ……」

藤巻「フンッ……ヴァーカ、ヴァーカ! バカキバラ!///」

江藤「ちょっと、奈緒美!」

ピシャ

恒一「…………」

恒一「……行っちゃった」

江藤「榊原君ゴメンね。恥ずかしがってるだけで本心は嬉しいはずだから気にしないで」

恒一「そうなの?」

江藤「そうなの。奈緒美、口は悪いし素直じゃないけど、本当は優しくて女の子らしいとこあるんだよ?」

恒一「確かに、それは同感だね」

江藤「さて、奈緒美追いかけなきゃ……そうだ」

恒一「?」

江藤「私もさ、後で着てみるから……その時感想とか……よろしくね?//」

恒一「うん。楽しみにしてるよ」

江藤「うん……//」ガラッ 

ピシャ

恒一「ふぅ……ってあれ?」

一同『…………』ジー

恒一(な、何……? この色んな感情が入り混じったどどめ色の空気……)

佐藤「榊原君だから仕方ないのはわかるけどさ……」

多々良「目の前で見せつけられては……少し、悲しくなります……」

鳴「…………」

有田「このすけこまし……」

勅使河原「サカキ……ズルイぜ……」

和久井「榊原君……その言葉、僕が言いたかった……」

恒一(僕、何かまずいこと言ったんだろうか……)

今日はここまで
そろそろ終わらせるか


ストーリーはいよいよ大詰め。
あとはラストまで一直線。
僕も久々の出番だ。
シーンは種村孝一と松前皐月が出くわし、緒花について語る場面。

千曳「カット!」カンッ

渡辺「『アタシが夜逃げなんかしなければ、今でもあなた達、東京で上手くやってた?』」

恒一「『それは……何とも……それに子供が親の都合で右往左往するってのはよくあることっていうか、養ってもらってるんだからある程度は仕方ないです、って緒花さんは思ってると――』」

恒一(僕も親の都合で夜見山に来た訳だけど)

渡辺「『あら、緒花のことやっぱりよく知ってるわね』」

恒一(僕には別れって感覚はなかったな……)

恒一「『知りません』」

渡辺「『えっ?』」

恒一(でも、来年には僕も東京に……みんなともお別れか……)

恒一「『教えて下さい! 僕、緒花さんが仕事してるところも見たこと無いんです。あの……何も……』」

渡辺「『じゃ、アタシに付き合いなさい』」

~シーン『孝一、喜翠荘のビデオを見る』~

恒一「『あの、コーヒーもらってもいいですか?』」

渡辺「『あら? 飲めないんじゃないの?』」

恒一(僕も前は飲めなかったな……でも智香さんにお願いしたこのコーヒー……)

渡辺「……」コポコポ

恒一「『コーヒー』」

渡辺「『ん?』」

恒一「『こないだ緒花さんと会ったときのが最後で……』」

恒一(確かハワイコナのエクストラファンシーって言ったっけ……)

渡辺「『そう……』」

恒一「『ファミレスのヤツ。薄くてあんまり美味しくなかったけど……なんかそのときの味ずっと覚えていたくて、忘れたくなくて、それから飲むの……』」

恒一(勅使河原曰く、コーヒーの味と緒花との思い出が重ねてる、だっけ)

渡辺「『どう? 久々のコーヒーの味は』」

恒一(やっぱり美味しい。コーヒーの思い出か……確かこれを飲んでその後……)

恒一(……ん)ズキッ

千曳「ハイ、カット」カンッ

恒一「…………」

千曳「それじゃあ一旦休憩入っていいよ」

恒一「千曳先生」

千曳「榊原君? どうしたんだい?」

恒一「今からどうしても行きたいところがあります。出番まで外してていいですか?」

千曳「それは…………」

千曳「……ふむ、急ぎのようだね。夕暮れまでには戻るんだよ」

恒一「はい。わかってます」

恒一(そうだ。今行かないと……)

――霊園――

恒一(ここから…………ん?)

勅使河原「…………」

恒一(あれは勅使河原? 今日は体調が悪いからって……)

勅使河原「赤沢……もうすぐだ……」

恒一(手に持ってるのは……アルバム?)

勅使河原「もうすぐ……けじめを付けられる」

恒一「…………」

勅使河原「だから、お前との思い出は――」

恒一「勅使河原」

勅使河原「サ、サカキ……!」

恒一「勅使河原……お前……」

勅使河原「よ……よぉ、サカキ! き、奇遇だな!」

恒一「赤沢さんのお墓に……」

勅使河原「お、俺はたまたまこの辺を寄りかかってさ……」

恒一「…………」

勅使河原「素通りってのもアレだし、ついでに――」

恒一「やっぱり赤沢さんのこと……つらいんだな」

勅使河原「…………」

恒一「それで赤沢さんを……思い出を捨てて、忘れようと……?」

勅使河原「……何のことかな?」

恒一「映画の話からここずっと、勅使河原の様子がおかしい気がした」

勅使河原「……俺がおかしい?」

恒一「この撮影以来、見聞きする勅使河原の行動が変に軽薄すぎる」

勅使河原「おいおい、俺は元からこういう――」

恒一「それにしたってやり過ぎだ。まるで無理矢理明るく振る舞って何かを振り払おうとしているみたいに」

勅使河原「…………」

恒一「はじめは男子同士の仲を深めるためだと思ったけど、台本の中のセリフを見て、本当の理由はこっちなんじゃないかって」

勅使河原「……『忘れられないからこそ新しい恋を探したい』ってヤツか?」

恒一「うん」

勅使河原「…………」

勅使河原「……へっ、やっぱ女々しいな……しかも俺の場合、『むしろアンタには忘れて欲しい』って言われるくらい嫌われてたのにな」

恒一「勅使河原……でも、どうして? この映画も赤沢さんが――」

勅使河原「…………」

恒一「――いや、お前も赤沢さん達と協力して書いたからこそ意気込んでたんだろ?」

勅使河原「……!」

勅使河原「……気付いてたのか。綾野と小椋に色々教えて欲しいって頼まれてな……赤沢は嫌がってたけど」

恒一(あの3人が書いたとは考えにくい描写に加えて、勅使河原の翌日には台本を暗記、妙に人物の内面の詳しくて上手い演技、もしやと思ってたけど……)

勅使河原「嬉しかったさ。あの時の台本が見つかったって聞いて」

恒一「なら……」

勅使河原「……でも、撮影が始まってからずっと、夢に出てくるんだよ……赤沢のヤツ」

恒一「えっ?」

勅使河原「赤沢達が書いてたその時の光景……でも目が覚めて、もういないってわかると、胸が痛くて涙が止まらなくて……」

恒一「…………」

勅使河原「写真を見れば赤沢の思い出1つ1つが……そのうち、おかしくなっちまいそうだ……」

恒一(勅使河原の気持ち、わからなくもない……僕だって……)

勅使河原「だからもうこれを機に全部綺麗サッパリ忘れちまいたいんだ……」

勅使河原「全部なかったことにしないと、俺は……俺はこの先、前に進めないんだ……!」

勅使河原「だから記憶も記録も消して――!」

恒一「勅使河原、落ち着け……!」

勅使河原「ハァ……ハァ…………悪ィ」

恒一「……出来るのか? なかったことになんて」

勅使河原「出来るさ……」

勅使河原「……って思ってたけど、ダメだな……」

勅使河原「ようやくついたはずの決心だったのに、サカキに見つかったらまた鈍っちまった……」

恒一「…………」

勅使河原「へっ……こんなフラフラしてるヤツだから赤沢にも嫌われたんだろうな……」

恒一「…………無理して忘れることはないんじゃないか?」

勅使河原「えっ?」

恒一「いや、忘れちゃいけないんだ……赤沢さんは、死んでいったみんなは僕達の思い出の中に生きてるんだから」

勅使河原「おい『生きてる』って……それじゃ、<始まりの年>の……」

恒一「逆だよ。ありのままを受け止めるんだ」

勅使河原「受け止める……?」

恒一「亡くなった人の思い出ってさ、嬉しいことばかりじゃない。つらいこと、悲しいことだってあるだろうさ、でもそれは全部含めてその人が確かに生きてたって証なんだよ」

勅使河原「…………」

恒一「死を受け入れないのも、思い出を消すことも、その人が精一杯生きたって証を否定することなんじゃないかな」

恒一「だから僕は死んだ人の思い出を消すべきじゃないと思う」

勅使河原「…………」

恒一「ただ、これはあくまで僕の考えってだけ。強制は出来ないし、勅使河原が考え抜いた末の選択なら僕はそれを尊重する」

恒一「だけど、どんな選択であれ悔いの無いことを願うよ」

勅使河原「俺は……」

恒一「それと、悩みは1人で抱えず、望月でも、他のみんなでも、仲間を頼ればいい……僕らがあの<災厄>から学んだ事は忘れずに」

勅使河原「…………」

勅使河原「……俺さ、正直今も頭ん中グチャグチャで、どうすりゃいいのかわかんねぇよ……」

恒一「うん」

勅使河原「でも、これだけは言える。サカキに思いの丈ぶつけたら、少しだけ気が楽になった気がする……」

恒一「ははっ、少しだけかよ……」

勅使河原「俺、もう少し考えてみるよ……他のヤツにも相談したりさ……どうするかはそれから決める」

恒一「そうか……」

勅使河原「サンキュ、俺はもう帰るよ」

恒一「またな」

勅使河原「ああ、また……」テクテク

恒一(頑張れよ。勅使河原)

勅使河原「失うなうも~の~♪ その痛みを~♪ 受け止める覚悟決めたら~♪」

恒一(……墓場で歌い出すヤツがいるかよ)クスッ


赤沢さん達の残した物はもうすぐ完成しそうだよ。それともそっちからは全部見えてるのかな?
ありがとう。おかげで3組は楽しい思い出を残せそうだ。
赤沢さん、僕は今となっては残念なんだ。
赤沢さんも東京の高校にって話、叶ったら楽しかっただろうね……。
じゃあね。完成した時にまた来るよ。

死んだ人との思い出を消す。僕はそんなことをしたくはない。
でも、消したくなくても、消えてしまう記憶がある……。

『三神家之墓』

恒一「また来ました……怜子さん」

恒一「…………」

恒一「<災厄>を止めて、退院した後以来ですね……」

恒一「…………」

恒一「最近じゃ、4月からの『三神先生』と『怜子さん』の思い出をもう覚えてなくて……」

恒一「今日だって、たまたま思い出せて……でもあと何回思い出せるか……だから覚えてるうちに来ました」

恒一「…………」

恒一「僕は怜子さんと暮らした日々、楽しかったです」

恒一「それから、三神先生。3組で今、映画撮影やってるんです。楽しい思い出を残そうって」

恒一「…………」

恒一「そちらから見ていて下さいね。3組のみんなが固い絆で結ばれた成果を」

鳴「榊原君」

恒一「……見崎」

鳴「やっぱり、ここにいたんだね」

恒一「……見崎は『怜子さん』を覚えているの?」

鳴「いいえ……私が覚えてるのは2年前の美術部顧問『三神先生』だけ」

恒一「…………」

鳴「それ以外は榊原君の叔母さんで……今年の<死者>だったらしいってくらい。それで……何となくここかなって」

恒一「そう……」

鳴「やっぱり、忘れていく事がつらい?」

恒一「怜子さんは確かにこの5ヶ月を生きていた。そのことを僕も忘れていく」

恒一「いっそ忘れた方が楽かとも考えたけど、やっぱりそれは悲しいよ」

鳴「…………」

恒一「でも、ずっとくよくよしてたら、それこそ怜子さんに怒られそうだ。僕は美術の大学に行くって怜子さんと約束したから。これから頑張らなきゃ」

鳴「そう……前に言ってたものね。大切な人なんだって」

恒一「うん。本当のお母さんみたいにね…………そうだ。見崎」

鳴「何?」

恒一「霧果さんとのことどうなったの? 佐藤さんと多々良さんのおかげで進展したって聞いたけど……」

鳴「聞いたんだ」

恒一「うん」

鳴「あの2人、ウチによく遊びに来るようになってね……それをきっかけに母さんとも随分打ち解けた」

恒一「へぇー」

鳴「……それで私ね。実の娘じゃないけど今まで大事に育ててくれてありがとうって伝えた」

恒一「見崎……」

鳴「そしたらね。母さん喜んでた……初めて私自身を娘として見てくれたように思う」

鳴「……それで……本当の両親にはいつ会おうかって」

恒一「よかったじゃない。2人のおかげだね」

鳴「うん……でも1番は榊原君のおかげ」

恒一「僕は何もやってないよ?」

鳴「2人は榊原君ならどうするかって考えて行動したって。それにあの2人は榊原君に勇気を貰ったからこそ私と友達になれたって」

恒一「…………」

恒一「そんなことない……」

鳴「謙遜することないよ。それに私も榊原君にはずっと前から感謝してる」

恒一「えっ?」

鳴「私ね。榊原君と会えてよかった。榊原君がつまらない毎日を変えてくれた。私のヒーローだよ」

恒一「…………」

鳴「だから……だから……//」

恒一「……やめて」

鳴「えっ……?」

恒一「違うんだ『ヒーロー』なんて、僕はそんな賞賛される人間じゃない」

恒一「僕は……3組の、みんなの仲間じゃない」

鳴「……どういうこと?」

恒一「今までずっと黙ってきた……」

恒一「けど、もう洗いざらい白状する……」

鳴「うん。わかった……」

恒一「僕はね、クラスメイトをどうとも思わない人間だったんだ」

恒一「クラスメイトなんて所詮、蹴落とし合う相手。わざわざ敵意を向けるまでもないけど、だからって助ける義理もない。落ちていくヤツなんか勝手に落ちればいい」

鳴「…………」

恒一「東京でまわりがそうだったように、いつからか、僕もクラスメイトに対して何の仲間意識も持たなくなってた」

鳴「でも榊原君は私達を無視しない、助けもする。だからみんな『ヒーロー』って……」

恒一「みんな誤解してる。僕は<災厄>のときだってクラスのためなんてこれっぽっちも考えてなかった」

恒一「それだけじゃない。君達を心の底では見下してすらいたのかもしれない」

鳴「見下す……?」

恒一「きっと、こんな簡単な問題も覚えられない、解けない君達は、僕の競争相手にもならないとでも思ってたんだろうね」

恒一「哀れんでお情けでもかけてるつもりだったのかもね」

恒一「でなければ僕みたいな人間が『受験対策係』として面倒を見れるはずないんだ」

鳴「…………」

恒一「……だけどこの映画撮影を通して気づいたんだ」

恒一「3組みんな仲間思いで僕なんかよりもずっといい人ばっかりだって……僕の方がよっぽど見下されるべき人間なんだって」

恒一「自分の卑しい本性に気付いても『ヒーロー』の正体を明かさなかった。それで僕の方が見下されることが怖かった」

恒一「でも、そんないい人達に偽るのももう限界。だからこうして、見崎に打ち明けた……」

鳴「…………」

恒一「僕は3組の仲間にはなれない……いや、なっていい人間じゃないんだ」

恒一「僕を除く3組みんなが仲良くなってくれれば、それでいい。僕のことは軽蔑してくれても構わない」

鳴「…………」

鳴「……私は榊原君のことは……」

佐藤「がっかりだよ」

恒一・鳴「「!?」」

一同『…………』

恒一「佐藤さん……いや、みんな……どうして……?」

勅使河原「撮影の方に顔出したらみんながサカキのこと探してるってな。それでここにいるって」

恒一「勅使河原……そうか、なるほど」

米村「それよりさっきのこと」

柿沼「本当……なんですね?」

恒一「うん。本当だよ」

水野「榊原が俺らのことそんな風に思っていたなんてな」

多々良「大変悲しいですね……」

辻井「ああ、まったくだ」

恒一「…………」

恒一(覚悟は出来てる……つもりだったんだけどね)

恒一「うん……だから僕のことは軽蔑してくれて――」

佐藤「ホント……そんなことで私達が軽蔑するなんて思われてるなんて」

多々良「あまりに悲しいですね」

前島「そうだよな」

勅使河原「まったく……さっきまで俺に説教くれてたヤツがこのザマだなんて……」

恒一「えっ?」

和久井「僕らはそんなことで榊原君に対する見方を変えたりなんかしないよ」

望月「榊原君がどういうつもりだったかはともかく、僕達は<災厄>から今まで何度も助けられたことは事実だよ」

江藤「その事実だけで私達は十分感謝してるの」

恒一「待ってよ、僕は心の底でみんなを見下してたかもしれないのに……」

藤巻「そりゃ全然ムカつかないって言ったら嘘だけどよぉ。別にいいんじゃねぇの?」

勅使河原「実際俺ら全員、サカキと比べたらバカばっかりなんだしよ」

猿田「おうとも!」

中島「さすがにあんたら2人とまで一緒くたにされたくないけどね」

勅使河原・猿田「「あはは……」」

望月「それにさ、僕達だって榊原君に不愉快なことしたし、僕達だけが怒る筋合いなんてないんじゃないかな?」

恒一「そんな……でも、僕は……」

佐藤「ねぇ榊原君。いくら『仲間』でも好意的な感情しか持たないなんてあり得ないんだよ?」

恒一「それは……」

佐藤「私だって松子や珊のことは大好き。でも、2人のデリカシーのなさには呆れるし、腹が立つことも多い……」

有田「たはは……」

渡辺「うぅ……ごめんなさい」

佐藤「でも2人とも大切な友達で仲間にかわりはない」

佐藤「だからさ、榊原君も心の内で、それも悲観的な憶測でしかないことで負い目を感じる必要はないと思う」

恒一「…………」

鳴「ねぇ榊原君。前に『僕にとって見崎は大切なんだ』って言ったでしょ? あれは嘘?」

恒一「……いいや、違う。あれは偽りない本心だ」

鳴「じゃあ大切なのは私だけで、他のみんなはどうでもいい?」

恒一「それも違う。僕は3組の全員を大切に思ってる」

鳴「なら、この話はここまで」

佐藤「榊原君は今私達を大切に思ってくれてる。それならいいの」

中島「それでもまだ言い続けるなら、今度は引っぱたくよ?」

多々良「たとえ榊原さんがご自身を赦せなくとも、わたくし達は榊原さんを赦します」

勅使河原「まぁ、そういうことだ。さっきサカキが言ってただろ『仲間を頼れ』って。俺、お前にも頼るつもりだからな。覚悟しとけよ」

江藤「私だって、一緒に頑張ろうって言ってくれた人が仲間じゃなきゃ嫌だよ」

渡辺「確かに私らみんなバカだろうね。でもそれだけじゃない。みんなバカみたいにいい奴らなんだって。前に言ったの忘れたの?」

恒一「…………」

恒一(やっぱり、みんな最高のクラスメイトだ……僕には勿体ないくらいの……)

恒一(こんなみんなに仲間として認めてもらえて、僕は幸せだ……)

柿沼「あっ、もうこんな時間ですよ!」

鳴「そろそろ撮影に戻った方がいい」

多々良「そうですね。急ぎましょう」

恒一「……あっ、ちょっと待った」

恒一(行ってきます、お母さん。僕これからみんなと、仲間達と頑張るよ)

鳴「榊原君?」

恒一「さてと。じゃあ、行こうか」


今とっても晴れやかな気分だ。
クラスメイトと仲間になれたことがこんなにも嬉しいなんて……。
仮に同じ言葉を東京のクラスメイトから聞いても、こんな幸せな気持ちにはならないだろう。
この気持ちは僕を受け入れてくれる3組のみんなだからこそだ。
だからこそ、ここにいられて嬉しいと思えるんだ。

そうか……僕はいつの間にか、夜見山が……
いや、3組が……

――居場所になってたんだ。

~撮影最終日~

撮影は今日で終わり。
見回せば、みんな一様に感慨深い面持ちを浮かべている。
みんな同じ気持ちなんだね。
そういえば始めの頃、「クラスの溝を埋めたい」って考えてたんだっけ……今じゃそんな空気はまったく感じないな。
さて、悔いの残らないよう、最後まで精一杯頑張ろう。
やっと見つけた僕の居場所、3組のために

~シーン『ぼんぼり祭り、その後』~

恒一「『タダなんて、何か申し訳ないな』」

鳴「『いいのいいの。私が友達誘うの珍しいって変な喜び方された』」

恒一「『ははっ、やっぱすげぇいいな。この旅館』」

鳴「『えっ?』」

恒一「『旅館も……働いてる人達も……お前が見つけたんだな』」

鳴「『私が見つけた?』」

恒一「『居場所ってさ。元々そこにあるモンじゃないんだってな。自分で見つけて自分で作ってくモンだってな。お前見てて思った』」

恒一(ようやく僕もここに居場所を見つけられた……)

鳴「『こうちゃん』」

恒一「『俺も……見つけるよ、俺の居場所。その居場所がさ……もし俺とお前の居場所が同じになったりしたら――」

恒一(僕は今までずっと足場もわからず、ただ闇雲に走ってた。でも居場所があればこれから先、どこへ行こうと頑張っていける)

鳴「えっ?//」

恒一「『緒花!』」

恒一(ありがとうみんな……ありがとう見崎)

鳴「えっ?///」

恒一「お、お、お、……」

鳴「…………」

恒一(……あれ? 早くふすまを開けなよ見崎)

鳴「私はあなたが……//」ズイ

恒一(ちょ……ここきてアドリブ!?)

鳴「私、私の居場所は……//」スゥー

恒一(え、待って! 近い近い! それに何で目を閉じたりしてるのさ!?)

鳴「榊原君……//」

恒一(お……お……!//)

ガタン

女子一同『おーう!!』ドタドタ

恒一「うわぁ!」

女子一同『そこまでよ(です)』ビシッ

鳴「………………チッ」

恒一(た、助かった……のか?)

佐藤「鳴ちゃん……いくらなんでもこれは抜け駆け過ぎるよ」

多々良「淑女協定違反です」

柿沼「アドリブにかこつけてなんてフェアではありません!」

辻井「いや、このシーンで部屋に倒れ込むのは僕だから、君達も――」

多々良「……辻井さん。お静かに」ギロッ

辻井「ひっ……すみませんでした。僕が間違ってました。もう口答えいたしません!」

中島「榊原君も駄目だよ。引っぱたいてでも拒まなきゃ」

江藤「そ、そうだよ! しっかりして!」

恒一「えっ……僕も悪いの?」

渡辺「くっくっく……今度は長く楽しめそう」

有田「修羅場♪ 修羅場♪ 修羅場♪」

藤巻「ア、アタシは……ノリで……その……別に……//」

ギャーギャー



千曳「…………」

千曳「やれやれ……榊原君。やはりキミという少年は尋常ではないね」


かくして、撮影はすべて終了した。
長いようで短かった撮影期間。それでも僕らは全力で取り組んだと胸を張って言える。
なによりこの時間は実に楽しかった。
この思い出を中学生活の1ページに刻もう。僕も含め3組が一致団結して作り上げたこの映画はかけがえのない記憶だ。
綾野さん、小椋さん、赤沢さん、ありがとう。3人の遺した物のおかげで、3組は初めて1つになれたと思う。他のみんなとも一緒にそっちから見ていてね。

~文化祭当日~

勅使河原「とうとうこの日が来たか」

柿沼「いよいよですね」

藤巻「案外早かったな」

望月「そうだね」

渡辺「準備いい?」

前島「もう時間ないぞ」

辻井「大丈夫だ」

和久井「緊張するな……」

水野「おいおい、ビビってんのか?」

江藤「こらこら」

中島「大丈夫。あれなら絶対面白いから」

米村「ちょっと便所行ってくる」

有田「今から?」

佐藤「さっきも行ってなかった?」

多々良「ふふふっ、お気を楽に」

鳴「……始まる」

恒一「うん……」

ピンポンパンポーン

アナウンス『これより、第○回夜見北中学文化祭を開催します』


夜見北中学校文化祭は開催された。
開始直後こそ客入りはまばらだったものの、やがて口コミにより客足は増え、席が足りなくなるほどの盛況ぶりを博した。
結局、上映は終日まで満員御礼、大成功と言える出来だった。
僕達はこの成功を祝して打ち上げを執り行った。

~打ち上げ~

勅使河原「ええ……それでは3年3組映画の成功を祝しまして――」

勅使河原「乾杯!」

一同『かんぱーい!』カチ カチ

ワイワイ ガヤガヤ

勅使河原「さぁさぁ、今日は勉強のことも忘れて、飲めや食えや」

恒一「まったく……今日だけだぞ」

勅使河原「ノリ悪いぞサカキ。お前も一杯飲め」

望月「そのビールもどき(麦茶のコーラ割り)って……美味しいの?」

前島「こういうのは気分なんだよ」

水野「試しに榊原も望月もググッといってみろ」

有田「私、ビールおかわり!」

勅使河原「おお、ネェちゃんいける口だな」ニヤニヤ

恒一「もう……」

柿沼「恒一君~こっち来て下さいよ~//」ベロンベロン

恒一(柿沼さん……どうしてこれで酔えるの!?)

多々良「いけません。まだ席交代の時間じゃありません」

佐藤「あと、30分ほどはこのままだからね」

柿沼「そんな~//」

恒一「はははっ」

佐藤「あと1時間ほどはこのままだからね……」フラフラ

多々良「あら? 榊原さんがぁ……2人ぃ……いつの間に分身をぉ……」フラフラ

恒一(雰囲気に酔ってるだけ……だよね?)

鳴「……」チョンチョン

恒一「見崎?」

鳴「ねぇ、榊原君。映画撮影楽しかったね」

恒一「うん……楽しかったよ」

鳴「また、こんな風にみんなで楽しめることってあるのかな?」

恒一「……うん、きっとあるさ。またいつかみんなで一緒に」

鳴「そう……」

恒一「まだまだ、僕らの人生はこれからなんだ。楽しいこともいくらでも作れるさ」

鳴「そうね」


僕らはこれから先、別々の道を歩んでいく。
人の数だけ枝分かれする道、それぞれの道が交じわることはもうないかもしれない。
でも僕らはこの夜見北中学校3年3組として同じ居場所に根を下ろしている。
僕らには仲間との思い出と固い絆がある。
どんなに離れていても、どんなに時間がたっても、この絆は色褪せることはない。
僕らは同じ思い出を胸にそれぞれの道に枝を伸ばしていこう。
そしていつか、皆が花を咲かせ、この場所でまた会う日を夢見て。

<終演>

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