卯月「これが私たちの、ガンプラバトル」 (262)


注意

・本作は、以前投稿した
春香「ガンプラマイスター?」
の、続編となります。
設定等は全てそちらから引き継いでおりますので、前作を見ていない方は意味分からない事ばかりだと思います。

・スレタイ通り、モバマスメインではありますが、メインばりにがっつり765が絡み、876、315プロ等も絡みます。
なのでそれに嫌悪感を覚える方、モバはモバだけ、765は765だけ、と言ったように考えている方も、読まない方がいいでしょう。

・書き溜めてありますが、メチャクチャ長いです。400字詰め原稿用紙が250ページくらいになるまで書いてます。

・仕事があるので、基本的に日を跨ぐと思います。

・登場キャラクターが、一部ガンダム作品を評価するようなシーンがございますので、
そういった物が嫌いな方もご遠慮いただいた方が無難かもしれません。

注意事項は多いですが、以上の点をお守り頂いた上でお読み頂ければ幸いです。

あと、宜しければ過去作品もよろしくお願いします。

春香「ガンプラマイスター?」

シン「俺は春香のプロデューサーだ」

「眠り姫 the sleeping be@uty」


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1439643946


 プロローグ

ガンダム・ビルドバトラー。

機動戦士ガンダムシリーズのプラモデルを用いた、プラモデルショップに設置されるアーケード形式のゲームである。

このゲームの登場により、ガンプラの生産需要は二十パーセント増となり、今やプラモデル業界には無くてはならない存在となっている。

このゲームが販売に至るまで――そこには数多の戦いがあった。

ゲームプロモーションイベントに参加した、数多くのアイドル達が、己が作り出したガンプラを用い、戦い、そして勝利をその手に掴み取った。

――これはその物語の、長いエピローグ。


一筋の光が、宇宙の彼方で光った。
光を放ちながら、高速で近づくその機体。

既にその姿はボロボロだ。背部は回路まで丸見えの状態。デブリにぶつけでもしたのか、頭部も少し破損している。

だがその機体は美しく光り輝いていた。黄色と黄緑の彩色が宇宙空間に煌めいて見えて、彼女――天海春香は叫んだ。

『来たね――美希!!』

『遅れてごめんなの――春香!!』

 星井美希の声が、聞こえた。

まだ距離はある。春香は如月千早の残したビームサーベルを無理矢理肩部にマウントして、その場に漂い続けていたガンダムのビームライフルを掴んだ。

『戦おう、美希! これが、私と美希の、真剣勝負!』

『うん! 星井美希、ガンダムエクシア――未来を斬り開くの!!』



 その二機の戦いを見据えて、渋谷凛は自身の手に掴むRX-178【ガンダムMk-Ⅱ】を、強く握りしめた。

――私も、あの高みに登り上がりたい。

――【輝きの向こう側】を、見てみたい。

そう願い、彼女はただ、その二人の思いを感じて……

時は流れて、もう半年となった。


島村卯月はその日、テレビ収録の仕事を終え、事務所近くの駅で暇を潰していた。

本日は直帰となっていたが、家に帰ってもする事が無いので、事務所へ寄ろうと考えていたのだが、彼女のプロデューサーも今はイタリアに出向いて他のアイドルプロデュースをしている。後数週間は戻ってこない筈だ。

なので、今事務所に戻っても、誰がいるかは分からない状態だ。
部長や事務員の千川ちひろ位は居るかもしれないが、誰もいないかもしれない事務所でポツンとするのも居心地が悪いので、駅前をぶらついていると言うわけだ。

コンビニ、書店、いろんな所を出向いたが、特に目新しいものがあるわけでは無い――そう思っていた所に、一つだけ寄った事が無いお店がある事に気が付いた。

それは、プラモデル販売店だ。

外には【バンナムプロショップ公認店】と書いてあるのぼりがはためいており、その外から見えるショーケースを覗き見た。
卯月は良く知りはしないのだが、同じ事務所の友人が、半年前にプラモデルを作っていた事を思い出す。

意を決して、そのお店に入ると、店員の「いらっしゃいませー」という声が聞こえる。
前面に押し出されているコーナーは、機動戦士ガンダムのプラモデルだ。

卯月はあまり、ガンダムと言う物を見たことは無い。せいぜい友達が『機動戦士ガンダム00』を見ていた程度で、卯月自身がその内容を知っているわけでは無い。

だが、ショーケースに飾ってある薄い灰色の塗装が成されたガンダムを見据えて、卯月は「うわーっ」と歓喜の声を上げる。
作例の一つとして飾ってあるそれには『765プロ進呈品』と書いてある。


765プロダクション。
卯月にとっては天程にも遠い存在であるその事務所は、卯月の所属する346プロダクションと同じく
アイドル芸能事務所だ。天海春香などのアイドルが、いい例だろう。

その進呈品の所には『作:四条貴音』と記載されている。
機体名は『スターゲイザーガンダム』だそうで、その手足の隙間から光るホログラムシールが、どこか神々しく感じて卯月はつい拝んでしまう。

再び、視線をガンプラ売場へ移す。ガンダムのプラモデルだけでもかなりの数があるのに、
それに加えてガンダムと名の付かない『ザク』だとか『ジム』だとかの名前もある。

何が違うのだろう、と思いながら物色していると、そこで肩を叩かれる感覚がした。

「卯月、何してるの?」

 その声は、聞き覚えのある声だった。

渋谷凛。島村卯月と同じく346プロダクションに所属するアイドルで、凜とはデビューの時から同期として働いている。

「あれ、凛ちゃん? どうしてこんなところに居るんですか?」
「こんな所って……お店の人に失礼だよ」
「あ、えへへ……」

 お店の人に愛想笑いを見せながら、凜へと再び視線を寄越した。

「私は、あれをやりに来たの」

 あれ、と言いながら、凜が店の奥へと入っていく。そこには受付があり、さらに奥にはドーム型の機材が六つ程置いてある。

「何、あれ」
「ガンダム・ビルドバトラーだよ。おじさん、二十五番のパイロットスーツ。回数券で」
「はいよ」

 凜が、財布の中から回数券を取り出し、25番と書かれたロッカーから何やらスーツ上の物を出してもらっている。
そのスーツを、服の上から着込んだ凜は、学生カバンの中から、一つのプラモデルを取り出した。


「あ、それ知ってます! アムロの乗ってるガンダムですね!」
「ぶぶー。違うよ卯月。これはジェリドとか、ティターンズの乗ってるガンダムMk-Ⅱだから。乗った事がある主人公はカミーユとか位だね」
「てぃたーんず……?」
「まぁ、知らないのは無理ないよね。おじさん、この子見学で」
「はいよ」

 さっきから「はいよ」としか喋っていない店員に許可を貰い、その受付を超える。

凜は、ドーム型の機材の中に入り込んで、その中にある球体――目と口があるので、生き物を模した物だろうか。
 球体の口を開かせ、その中にプラモデルを入れ込んだ。

「全国対戦一対一で、ランクはB+で行こうかな――卯月、観戦するんなら後ろのモニタでね」
「え?」
「この中に居たら、衝撃で頭打つよ」

 そう言う凛の言葉に従って、筐体から身を出した卯月。
筐体の出入口は固く閉じられ、開ける事も出来なさそうだ。

「でも、観戦って何を――」

 卯月が後ろのモニタに視線を寄越すと――

『渋谷凛、ガンダムMk-Ⅱ――出るよ!』

 筐体からそう声が聞こえた。

それと同時に、モニタに映されるのは、CGによって作られたガンダム――先ほど凜が持っていた、ガンダムMk-Ⅱと同じ形をしたものであった。


ガンダムMk-Ⅱは、その背部に装備したビームライフルを構え、それを二射する。

その攻撃を避けるのは、紺色の塗装が施された量産機――EMS-010【ヅダ】だ。

【機動戦士ガンダム・MS IGLOO】に登場する機体で、渋谷凛は、その高機動性能に舌舐めずりをした。

「スラスターパーツが、凄く洗礼されてる――良いね、その機体!」

 高速で接近する機体に向けて、もう一度ビームライフルを放つが、
それをスラスター稼働と腕部のAMBAC運動で回避したヅダは、その腕に持つヒートホークをガンダムMk-Ⅱに振り込んだ。

それをビームサーベルで受け切る事に成功した凜は頭部バルカンを放ちながら牽制し、今度はこちらからサーベルを振り込んだ。

だが、それを見切ったかのような動きで避け切ったヅダは、その高機動性を活かしながらガンダムMk-Ⅱの背後に回り込んで、回し蹴りをかます。

「く――こんのぉっ!」

 宇宙空間で蹴り飛ばされるMk-Ⅱを制御しながら、再びビームライフルを構え、それと同時にバルカンも放っていく。

バルカンの回避をしながら、ビームライフルの銃口を確認していたヅダは、凜にとっては隙だらけで――

「貰った!」

 ビームライフルを一射すると、凜の予測進路に回避運動をしたヅダ。
その進路上に向けてビームサーベルを振り切ると、その腹部にビームサーベルの一閃を受け、爆散していく。

『敵機の撃墜を確認』

 音声案内とモニタ案内を見据えながら、凜は満足した表情で、筐体に置かれたICカードを取り、その筐体を後にした。


「お待たせ、卯月――卯月?」

 モニタの前で、呆然としている卯月の背を叩くが、反応が無い。
ひらひらと、彼女の眼前で手を振る事で意識を戻すことに成功して、凜が「どうしたの」と問いかける。

「いや……凄いなぁ、と思って。今のガンダム、凛ちゃんが動かしてたんですよね?」
「そうだよ。自分で作ったガンプラで戦える。これがガンダム・ビルドバトラーの醍醐味なんだ」
「あの、これって私でも出来ますか?」
「出来るよ。でもその前にガンプラを用意しないとなんだけど……
いきなり一から作る事は難しいかもしれないから、まず体験用のプラモデルで一回遊んでから、その後に作ろうか」

 そう言って、凜は先ほど卯月が見ていた展示ケースへと向かい、その扉を開いた。

「え、開けちゃっていいんですか?」
「良いんだよ。だって私が作ったプラモを出すだけだもん」

 凜が少しだけ悩みながら、一つのプラモデルを取り出した。
ガンダムとは違い、後頭部に一本のアンテナが立った、バイザーの取り付けられた機体だった。
機体色は全体的にグレーで、その角ばった装甲のデザインが卯月には格好良く見えた。

「これはなんて言うガンダムなんですか?」
「ガンダムじゃないよ。これはジム・カスタムって言う、人気の量産型モビルスーツだよ」
「量産型……弱いって事ですか?」
「失礼な。この世では試作機・試験機なんて安定性が無いだけ。量産型こそが兵器にあるべき姿なんだよ」
「良く分かんないですけど……そこまで言うって事は、すっごい特徴があるんですよね?」

「特徴がない事が特徴」

「え」

「特徴がない事が特徴」


 しばし、沈黙があったが、一息ついた所で、凜が続きの言葉を言う。

「卯月。特徴が無いって事は、初心者にも扱いやすい、良い機体って事だよ。女の子だって特徴が無い方がいい子の事が多いし」
「それってつまり無個性って事ですよね!?」
「と言っても、卯月は初めての実戦でEXAMとかNT-Dとかバイオセンサーとかトランザムとか使いこなせる自信あるの?」
「何かわかんないから無理です」
「だよね。じゃあまずはこれで遊ぼう」

 卯月にジム・カスタムを手渡し、凜が店員に声をかける。

「この子、新規で始めるから、カード作ってあげて」
「はいよ」

 店員が、店のパソコンを操作し始めて、そのパソコンに繋がれたカードスキャナに、一つのカードを押し込んだ。

「卯月。この書類に必要事項を書き込んで」

 凜に手渡された紙に目を通す。

氏名、年齢、性別、ハンドルネーム、メールアドレス――
卯月はネットゲームのようなものかと思いながら、一つずつボールペンで記載をしていく。

氏名――島村卯月。
年齢――十七。
性別――女。
ハンドルネーム――しまむー。
メールアドレス――省略。

書き終わった後に『好きな作品』とあり、そこに首を傾げると、
凜が「そこは後でパソコンやスマホで変える事が出来るから、一先ず『無し』でいいよ」と教えてくれて、無しと記載を行う。


店員にその紙を手渡すと、それを一枚コピーを取り、パソコンに一つ一つ記入がされていく。
そして書き込みの終わったカードを、卯月に手渡した。

「今は新人無料キャンペーン中だからカード作成はタダだな」
「あ、ありがとうございます」

 普段はいくらするんだろうか、と思いながら、卯月はそのカードと、ジム・カスタムを持って、凛の元へ。
「後はパイロットスーツだね。お兄さん、パイロットスーツ貸出やってる?」
「やってるが、購入の方が結局は安く済むぞ。今なら一着二千五百円だ」
「安――私の時は七千八百円だったのに、どうして?」
「ティターンズ仕様はキャンペーン中でも五千は行くよ。お嬢ちゃんのはただの連邦制スーツだからキャンペーンで安くなってるんだよ」
「ちぇ……卯月、仕事でも使えるから、買っておきなよ」
「あ、はい」

 アイドルとしての活動での給料と、必要最低限の生活費は親から与えられている卯月としては、その程度の金額を払う事は何てことは無い。

新品として用意されたパイロットスーツはバニング大尉仕様のスーツで、それをまとった卯月の姿を、凜は「良い」と言った。

「いいよ卯月。バニング大尉仕様とかカッコ良すぎる」
「そ、そうかなぁ……えへへ、バニング大尉って凄く格好いいキャラクターなんだろうなぁ」
「もうカッコ良すぎるキャラクターだよ。0083のDVD、奈緒が持ってる筈だから貸して貰いなよ」
「うんっ! ――と、その前に、勝負ですね、凜ちゃん!」
「え、私とやるの? いいけど、私はさっきの戦いで満足しちゃったし……野良で誰かと」

『こんにちわーっ』


 そこで、店の入り口から声が聞こえて、卯月と凜が振り返ると、そこには一人の少女がいた。

頭頂部に二つのリボンを付けた、可愛らしい女の子だった。
学生服を身にまとい、眼鏡と帽子を取り外した彼女は、一直線にガンダム・ビルドバトラーの受付へ。

「こんにちわ、二十三番のパイロットスーツ取り出しで!」
「はいよ」

 受付でパイロットスーツを受け取り、それを着込みながら、二人の近くに来ると、その二人を見据えて、きょとんとした。

「あれ。卯月ちゃんと、凜ちゃん?」
「あ、あの……もしかしなくても、天海春香先輩、ですよね?」
「うん! 二人もガンプラバトル?」

 二人の前に現れた少女は、天海春香。

――卯月たちの目指す、トップアイドルの名を我が物とする大人気アイドルである。

「えっと、卯月はこれから初バトルで」
「そうなんだ。じゃあ凛ちゃんが練習相手になるの?」
「いえ。私はさっき野良で遊んだので、初心者エリアとかでやらせようかと」
「あ――じゃあ」

 春香が、自身のカバンの中から、一つのポーチを取り出した。それはバンナムが公式に販売している、持ち運び用プラモデルケースである。

その中から、一つのガンプラが手に持たれる。

凛のガンダムMk-Ⅱにも似た外観と、白・赤・青・黄のトリコロールが綺麗に彩色されているプラモデルだ。

その上に艶の加工を入れ込んであるその出来に、凜はゴクリと息を呑んだ。

「卯月ちゃんの初バトル。先輩がきっちり、指導してあげるよ」

 その申し出を断る事など、今の二人に出来るはずも無く、卯月は緊張した面持ちで、ガンダム・ビルドバトラーの筐体に乗り込んだ。


「ガンダム・ビルドバトラーは、ICカードを用いて記録を残すことが出来る。
逆に言うとカードが無いと遊ぶ事が出来ないから、それを作らないといけない。さっき作ったカードを、筐体端の読み取り口に置いて」
「はい」

 凛の説明を聞きながら、卯月がICカードを筐体端の読み取り口に置いて、そのデータ読み込みを待つ。
読み込み時間は二秒。すぐにパイロットデータが読み込まれ、ハンドルネーム『しまむー』が表示される。
戦績はまだ無しで、続いてコインを入れる様に指示が出る。

「百円玉、ある?」
「ありますよ」

 財布から百円玉を取り出し、それをコイン口に入れ、スタートボタンを押す。
エリアを選ぶように指示が出て、凜も「天海さんは今、店内対戦エリアで待っている。操縦桿を操作して、そっちを選択して」と指示した。

 コックピットにある、二本の操縦桿。その一本を掴み、横に操作すると、画面が動いて『店内対戦エリア』を選択する。
引き金を引くとモード選択が完了し、そこにハンドルネーム『天海春香』がいる事が分かった。

『よろしくね、卯月ちゃん!』
「は、はひっ! よ、よろしくお願いします、先輩!」
『あはは、緊張しなくてもいいよ』

 耳元のスピーカーから、春香の声が届いた。まだ戦闘前であるから、マイクを通しての会話も可能なのだ。

『そろそろ、プラモデルを入れてくださいって案内が出ると思うよ』
「は、はい!」

 春香の言う通り、画面に『プラモデルを読み込んでください』と指示が表示され、卯月はジム・カスタムを掴んで、読み込み場所を探す。

「そこのハロの口、開けて」
「ハロ?」
「緑色の球体みたいな奴。ICカード読み取り口の反対」

 凛の指示通り、緑色の球体らしき物を見つける。目と口らしき線があり、これがハロであるのだと認識する。

 ハロの口を開け、その中にジム・カスタムを立たせて、再び口を閉じさせる。


「ちなみに、これはHG――1/144キットとMG用の筐体なんだ。
PGやメガサイズみたいな、大きいプラモデルを読み込ませる時は、筐体外にそれ専用のビッグハロがいるから、それで読み込ませる」

「実際にガンダムがあるとしたら、何メートルくらいあるんですか?」
「18メートル」
「おっきいですね……」
「お台場行った事ある? 実物大ガンダムが立ってるよ」

 そう言えばそんな話を聞いた事はあると思った瞬間、春香との戦闘が開始になる。

「じゃあ、後は天海さんの指示に従って、まずは動かすことだけ考えてみて。大丈夫、このゲームに難しい操縦スキルは、それ程必要無いから」

 筐体から出た凜の後ろ姿を見据えた後、画面が格納庫内の風景に切り替わる。
プラモデルの読み込みが終わり、ブリーフィングタイムに入ったのだ。

『じゃあ、ここからは私が教えるね』

 春香が先にそう前置きをしてから、説明に入る。

『ブリーフィングタイム中までは、自由に他チームの人と交流が出来るから、ここで戦闘のルールを決める事が出来る。
今日は教えながらやるから、戦闘中通信は自由に出来る設定にしておくね』

「本来なら、戦闘中の通信は出来ないんですか?」

『出来なくはないけど、相手に周波数合わせたりするか、接触回線での会話しか出来ないね。
周波数設定はこのブリーフィングタイム中しか出来ないから、二対二とか三対三の時とかはこの時間中に仲間と予め決めた周波数に修正するんだ』

 たまに初心者が何も知らずにチームを組み、デフォルト周波数で通信がまる聞こえになる事もあるらしい。

『でも一度接触回線で通信を合わせると周波数の割り出しができるから、
相手とコミュニケーションを取りたかったら、一度相手の機体に触りながら通信を取るといいよ』

「いろいろと奥が深いんですね……」
『ガンダムのアニメとか小説とか見たことない? 大抵敵と話すときは機体同士触れ合って通信してるか、相手の周波数を割り出して会話してるよ』
「実はガンダムに触れたのは今日が初めてで……」
『初ガンダム、初ガンプラバトルかぁ……先輩として、これはちゃんと導いてあげないとね。じゃあ、始めようか』
「はいっ」


 双方でスタートボタンを押し、ブリーフィングを終了する。
機体がカタパルトデッキに移され、眼前に宇宙空間が広がった所で『出撃をお願いします』と言う音声と画面表示が出て、春香から指示が出る。

『卯月ちゃん。自分の名前と機体名を言いながら、思い切り操縦桿を押し出して、フットペダルを踏み込んでみて』

「は、はい。えっと――

 ジム・カスタム、島村卯月――頑張りますっ!」

 操縦桿を踏みながら、フットペダルを強く押し出すと、ジム・カスタムの脚部カタパルトが稼働し、その巨体を宇宙へ押し出した。

強い速度と無重力の空間を感じ、卯月が「あわわっ」と慌てていると、いつの間にか近づいてきていた――
RX-78-02【ガンダム】が、ジム・カスタムと手を繋ぎ、その場で留まり続ける。

『落ち着いて。きちんとマニピュレートすれば、コンピュータがだいたいの処理をしてくれるから』
「は、はい……かなり、リアルに表現されるんですね」
『私も最初に乗った時はびっくりしたよ。じゃあまずは操縦方法の勉強だね。

 まず操縦桿は、基本的にカメラと機体の移動に使う。
フットペダルを踏まずに操縦桿を稼働させると、その分だけカメラが上下左右に稼働するから、少しだけ動かしてみて』

 春香の指示通りに、フットペダルを踏まず、まずは操縦桿を前に押し出してみると、カメラがジム・カスタムの脚部を映し出す。
下を見ている、と言う事だ。

『今度は引いてみて』

 操縦桿を引くと、今度は逆に上を見る。
コンピュータグラフィックスによって綺麗に再現された宇宙が煌めいて見えて、卯月は少しだけ心洗われるようだった。

『左右はどう?』

 右、左と動かした所で、左方に春香のガンダムが隣接している事がカメラで分かる。カメラ動作は大丈夫だろう。


『じゃあ次は少しだけフットペダルを踏み込みながら、操縦桿を動かしてみよう。まずは気持ち少しだけ、フットペダルを踏み込んでみて』
「は、はいっ」
『緊張しなくていいよ。私がいつでも止められるようにしてあげるから』
「はい……お願いしますっ」

 フットペダルを少しだけ踏み込みながら、操縦桿を前に押し出すと、押し出す力と踏み込む力に応じて、前に進みだす。

『ちなみに今は左右の操縦桿を同時に押し出してると思うけど、
例えば右の操縦桿を右に押し出しながら左の操縦桿を前に押し出すと、右斜め前に稼働するよ』

「あの。少しだけ気になったんですけど」
『うん、何かな?』

「これ、例えば上昇したいな、とか下に降りたいな、って思った場合はどうすればいいですか?」
『うんとね、そこが初心者から中級者になる為に必要な勉強なんだ』
「そうなんですか?」

『まず最初に、上昇するときはフットペダルを二回連続で踏み込んで上昇する。
下方に降りたい時はステージによって対処が変わる、って教えておくね。

 今日は宇宙空間のステージだから、基本的に移動はスラスター稼働になる。
 大気圏内だと、重力が働いているからスラスター稼働をさせていない時は、大抵地上に落下してる。
地上に降りたい時はフットペダルから足を離せばいいんだ』

逆に言えば、宇宙空間は無重力だ。
フットペダルを離しても宇宙の法則が働き、常にその場で駐留し続けるか、その稼働速度を保ったまま移動し続けるのだ。


『少しだけ、手を離すよ』

 ガンダムがジム・カスタムから手を離し、少しだけ離れた所で、脚部からスラスターが稼働して脚部と頭部の位置を、逆転させた。

つまり宙返りの状態になっているのだ。

その状態で、背部スラスターが強く吹かれ、今度は下方へ強く加速した。
その速度は、早い。
もう一度、脚部スラスターだけを稼働させると、再び宙返り――つまり元の状態に戻ると同時に、再び背部スラスターを稼働させて、卯月の元へ。

『宇宙空間で下方へ向かいたい時は、今みたいに上下を逆転させる事が必要なんだ』
「上下を……逆転?」

『今、私たちが見ている宇宙の景色って、上下なんて無いんだ。
もちろんどっちが上でどっちが下か、って仮定する事は出来るけど、実際は私たちの視点から見て上下ってなるよね』

 大気圏内では、重力の働く方を下に定義すれば問題は無いが、宇宙空間はそうじゃない。常に自分から見た上下を逆転させる事が重要なのだ。

『ただ最初は機体を宙返りにする事がちょっとだけ難しいから、それが出来れば中級者になれる』
「天海さんは、もう上級者なんですか?」
『えへへ、自慢じゃないけど、結構上手に出来る様になったよ。――美希ほどじゃあないけど』

「美希って――星井美希さん、ですか?」
『うん。美希ってすごいんだよ。最初始めた時から、プラモデルを組み立てるのも上手だし、操縦もすっごく上手なの!』

 そんな雑談を終えた所で、再びガンダムが、ジム・カスタムから手を離した。

『じゃあ、今度は自由に操縦してみて。
――あ、ちなみにこのゲーム、ブレーキは無いから、止まりたい時はフットペダルを踏み込みながら、
動いている方向とは逆に操縦桿を強く踏むと緊急停止するし、動いてる状態でフットペダルを軽く踏み込むと、緩く停止する事が出来るよ』

「は、はい……」

『大丈夫。これはゲームだから宇宙空間を彷徨ってもステージ離脱でゲームオーバーになるだけ。はい、スタート!』


 春香の指示を受けて、まずはフットペダルを踏み込みながら、操縦桿を強く前に押し出した。
背部スラスターが稼働し、強く前面に加速した機体の衝撃を受けながらも、卯月はどこか面白いと感じて、今度は右の操縦桿だけを右に動かした。

機体が右斜め前に向けて稼働を開始し、春香のガンダムの元へ帰ってくる。
その近くで操縦桿を強く引くと、機体が脚部スラスターを数回吹かして、その場で急停止する。

『――うん、大丈夫そうだね。卯月ちゃん、筋がいいよ』
「えへへ……ダンスはちょっと不得意ですけど、こういうのは得意かもですっ」
『じゃあ次は戦ってみようか』
「え」

『え、じゃないよ。このゲームは相手を倒す事で勝利、負ければ敗北ってゲームなんだから』
「で、でも私、攻撃の仕方とか分からないですっ」
『画面に武装選択画面ってあるよね』
「え――あ、はい」

 画面の左右端に、武装が選択できる画面がある事が分かる。今装備している武器は、ビームサーベルとジム・ライフルだ。

『あと腕部にシールドがあるから、シールドを使いたい時は武装選択でシールドを選ぶといいよ』
「武器の変更って――」
『操縦桿の親指近くにあるボタンを押しながら、トリガーを押してみて』
「えっと……」

 操縦桿を握る手の親指付近にあるボタンと、人差し指付近にトリガーがある事を確認し、
春香の指示通り動かすと、押している操縦桿の武装選択が出来る。そこで右手の武装をジム・ライフルに、左手の武装をシールドに変更する。

『そんな感じそんな感じ。大丈夫そうだね』

 全然大丈夫じゃない、と思いつつ、卯月が返事を出来ずにいると。

『最初は私も攻撃せず、ただ避けてるから、自由に攻撃してみて』

 そう提案され、少しだけ緊張しながら、卯月が頷く。春香はその場から離れ、そのシールドを構えた。


『はい、スタート!』

 春香の合図に合わせて、卯月がジム・ライフルの引き金を引くと、ほぼタイムラグ無しで引き金が引かれ、銃弾を放つ。

その銃弾をシールドで受け止めたガンダムが、脚部スラスターを吹かせて後ろへ下がると、
ジム。カスタムはライフルの引き金は引きながらもビームサーベルを展開した。

「えいっ!」

 サーベルを展開している右側の引き金を引くと、その動きに合わせて縦に一閃される光刃。
それをシールドで受け流したガンダムが卯月の背後を取り、ジム・カスタムはそちらに向いて、再びサーベルを振り切った。

今度はガンダムもサーベルを構え、ジム・カスタムのサーベルと自身のサーベルを鍔迫り合わせ、それを切り結んだ所で再び後方へ下がる。

『いいよ卯月ちゃん! 凄く上手に攻撃できてる』
「あ、ありがとうございます!」
『じゃあ、次はロックオンの勉強をしようか』
「ロックオン……?」
『うん。今はカメラが固定されてなくて、自由にカメラを動かすことが出来るでしょう?』
「はい」

『基本的には全体の光景を見据えられる事が戦闘時には一番いいけど、こうして広い空間で敵が目の前にしかいない時は、
常に敵の位置をセンサーで追って機体のシステムが自動的にカメラをそっちに向ける、ロックオンシステムを使った方がいい。

 さっき武装選択するときに長押ししたボタンを、今度は二連続でカチカチって押してみて』

 春香の言葉通り、右腕のボタンを二度連打すると、カメラが自動的に春香をロックオンした。


『この状態の時は、カメラが自動的にそっちを向くから、どうやって体を稼働させたらいいかをすぐに確認する事が出来る。

後はロックオンされてる状態だからこの状態でライフルの引き金を引けばそこに向かって銃弾が撃たれるし、

サーベル時に引き金を引けば、距離が近ければサーベルを最適値で振り込んでくれるんだ』

「距離がある時はどうなるんですか?」
『その場で適当にぶんぶん素振りを始めるよ』
「カッコ悪い……」

『じゃあ、ロックオンした状態で戦ってみようか。今度は私も攻撃するね』
「えぇ!?」

『大丈夫大丈夫。今回は頭部バルカンのみで戦うし、卯月ちゃんは気にせず攻撃していいから』

 サーベルをマウントし、近接戦闘はしないアピールをしながら、春香がシールドを構えた。

『じゃあ始めるよ!』

 ガンダムの頭部から、銃弾が放たれる。
頭部のバルカンで、破壊力自体はそほど無いが、何度も連続で受ければダメージとして十分なそれを、卯月が少しだけ機体を動かし、避ける。

「あ、あれ。意外と簡単に避けられました」
『でしょう? 簡単に避けれる程度の攻撃って、大抵少し動かしただけでコンピュータが処理してくれるから、簡単に避けられるんだよ』

 断続的に放たれるバルカンを、その度に避けるジム・カスタム。
だがこれだけではいけないと意識した卯月は、ジム・ライフルを構えて、同じく引き金を引いた。

脚部スラスターが稼働し、後方へ即座に逃げる事によって回避したガンダムは、動きながらも頭部バルカンを放ち、
ジム・ライフルの攻撃が止むと同時に背部スラスターを強く吹かして、急激に接近する。

眼前に迫るガンダムにビックリして「わっ」と声を上げた卯月に、くすくすと笑う春香。

『ほら、これだけ近づいてるんだから、サーベル振った方がいいよ』
「は、はいっ!」

 ビームサーベルの引き金を引き、ガンダムを叩き切ろうとした所で、ガンダムのシールドを持つ腕がジム・カスタムの右腕を防ぎ、
至近距離で頭部バルカンを打ち込んだ。もちろん避ける事など出来ず、ゲームの筐体に座る卯月にまでその衝撃が届く。


「ううっ!」
『ほらほら、少量は受けても、多量は避ける』
「は、はいっ!」

 脚部スラスターを強く吹かしながら後方に下がり、今度は右方に機体を動かしていると、そこに向けても駆けてくるガンダム。

「えぇええっ!? あ、天海先輩!?」
『追わないと思ったら大間違いだよー。ほらほら、逃げながらも攻撃しないと、どんどん不利になるよ?』

「こ――のぉ!」

 ロックオンをしながら機体をガンダムへ向けると、ライフルを軽く放ちながら、接近してきたガンダムへサーベルを振り込んだ。

『っ――!』

もう少しで切り裂かれそうという所で、緊急展開したガンダムのビームサーベルが間に合い、
鍔迫り合いになった所でガンダムの蹴りがジム・カスタムを蹴り飛ばした。

『あ――っと、ごめん! 思ったよりちゃんと攻撃してくるから、思わずカウンターしちゃった! 大丈夫?』
「、っー。結構衝撃が来るんですね……大丈夫です」
『良かった。本当に筋いいよ。もう教える事は無い位』

「で、でもまだ宙返りになったり出来ないですし……」
『あの辺りは経験が物を言うから、数をこなすしかないよ。――じゃあ、最後に少しだけ本気を出しながら、戦おうか』
「わ、わかりました!」

『もう緊張は大丈夫?』
「き、緊張は、もちろんしますけど……でも、一度蹴られて、だいぶ慣れてきました」
『飲み込み速いね。じゃあ――行くよ!』


 ビームサーベルを構えたガンダムがジム・カスタムに迫り、それを一閃して来るところで、
ジム・カスタムが同じくサーベルを振り込んで鍔迫り合い、ジム・ライフルの銃口を、ガンダムに突き付けて引き金を引いた。

数発が着弾しながら、切り結んだビームサーベルをマウントしたガンダムが頭部バルカンを放ち、ビームライフルを手に取ってその引き金を引いた。

『ごめんね――私も負けたくはないんだ!』

発砲。ビームがジム・ライフルの銃口を焼いて、ジム・カスタムの装備が一つ減る。
そこで卯月が装備を切り替えてシールドとサーベルを展開した所で、春香は再び、ビームライフルの引き金を引いた。

ビームライフルの火線が伸びるが――

それをシールドで受け切った卯月が、そのサーベルを再び振り込んだ。

『嘘――凄い!』

振り込まれたサーベルを寸での所で避けたガンダムがシールドをジム・カスタムにぶつけながらビームライフルをマウントし、
ビームサーベルを引き抜き、一閃させた。

そこで、避ける術が無かったジム・カスタムは光刃に焼かれ、勝負は終了となった。


「卯月、お疲れ様」

 渋谷凛が、先ほどまで対戦をしていた卯月の筐体に入り込み、一本のスポーツドリンクを差し出した。
卯月は少しだけボーっとした表情をしていたが、首筋にスポーツドリンクを当てられて、その冷たさに一瞬で目を醒ます。

「り、凜ちゃん!?」
「良かったよ卯月。初バトルにしては凄く筋がいい」
「えへへ……天海先輩にも褒められました」

 スポーツドリンクを受け取り、筐体から出てそれを飲んでいる所で、春香も同じく筐体から身を出し、ヘルメットを取って卯月の元へ。

「凄いよ卯月ちゃん! 初めてでちゃんとロックオンされたビームライフルの攻撃を防ぐなんて!」
「そ、そんなに凄い事なんですか?」
「結構難しいんだ。このゲームの難所、その二だから」

「なんでそんなに難しいんですか?」
「このゲームがリアルに再現され過ぎてるのが原因。ビームって亜高速で放たれるから、引き金を引いた瞬間にはほとんど相手に着弾してるんだよ。
ロックオンされてれば、コックピット目がけて飛んでくるし」

「だから引き金を引かれる前に避ける動作かシールドを構えないといけないんだけど、それをちゃんと出来てた! 凄いよ本当に!」

 と、そこで春香の携帯電話が鳴った。春香がそれを取ると「あっ」と声を上げて、急いで着替え始める。

「ご、ごめん二人とも! 私この後打ち合わせがあるんだった!」
「あ、ごめんなさい。そんな時にいろいろ教えて貰っちゃって」
「ううん。私も楽しかったから」

 着替えを終えた所で、春香がカバンを手に持ち、二人と向き合った。

「じゃあ、卯月ちゃんもガンプラライフ、楽しんでね」
「はいっ、天海先輩、ありがとうございます!」
「春香、でいいよ。先輩もいらない。凛ちゃんもね」

 春香の言葉に、二人は一瞬息を呑んで――卯月が頷いた。

「はい、これからも仲良くしてください! 春香さんっ!」
「宜しくお願いします、春香さん」
「うんっ! じゃあ、またお仕事で会おうね!」


 春香が、パイロットスーツを受付に返却し、急いで店を後にする。

 その様子を見届けた後、卯月は凛の貸し出したジム・カスタムを返却した。

「凛ちゃんもこれ、ありがとう」
「ううん。どうだった、バトル」
「相手が春香さんで、緊張しましたけど、すっごく面白かったですっ」
「良かった。じゃあ次は自分で作ってみないとね」

 ジム・カスタムを受け取り、ショーケースの中にしまい込む。
卯月はパイロットスーツを脱ぎ、下に着込んでいた制服を整えると、凛と二人でプラモデル売場へ。

「でも、いっぱい種類があって、困りますね……」
「どんな機体がいいとか、リクエストある?」
「あんまり作るのが難しくなくて、カッコいい機体が良いです!」
「うーん。じゃああんまり初期のプラモデルは止めておいた方がいいかも。
組み立てるのは簡単だけど、色合いとかまだまだ発展途上の物が多いし……なら比較的新しいのが簡単かな……」

 凜が幾つかリストアップし、そこから選ぶ事にする。

「まずはさっきまで動かしてたジム・カスタム。量産型の中でシンプルかつ格好いいデザインを両立してる。

 次はHGのジム。連邦軍最初の量産型モビルスーツで、組み立てや着色の練習にはもってこい。安価だからちょっと安っぽい。

ジム・コマンド寒冷地仕様。簡単で色合いも非常に優れてる。ただシンプル過ぎるかな。宇宙空間で動かすのは難しいかも。

グフ・カスタム。とにかくカッコいい」

「あの、量産型だけ選んでませんか?」
「そ、そんな事あるよ」
「あるんですね?」


「一応釈明すると、ガンダムの好みってかなり分かれるんだ。

初代ガンダムが好きでも、リファインデザインのAGE-1やストライクが好きじゃない人もいるし、

ストライクフリーダムとかEW版ウイングゼロとか、蘭子が好きな機体も評価が分かれるし」

「うーん……確かに」

 一通り見てみるが、ガンダムと名の付くものは、様々なデザインがある上に、値段もマチマチだ。

だがいわゆる量産型機体に関しては、比較的デザインは共通している上に、洗礼されたデザインが多いように見える。

「分かりました。じゃあジム・カスタムにします!」

「いいの? あれだけ量産型推しておいてなんだけど、ガンダムタイプじゃなくて」

「ガンダムに興味が湧いてきたので、アニメを一通り見てからガンダムタイプを買おうかなって思います!」

「そっか――じゃあそれ買って、事務所で組み立てようか。私の組み立てセット貸してあげるよ」

「はいっ!」


346プロダクション・シンデレラプロジェクトの事務所には、一人の少女が座っていた。

神谷奈緒と言う少女で、茶色の髪を一部後頭部で団子状に結い、それ以外を下したロングヘアと多少太めの眉毛が印象強いアイドルだ。

彼女しかいない空間に、島村卯月と渋谷凛が帰ってくる。

「お疲れ様でーす」
「お疲れ様です」
「お疲れさん、二人とも」

 二人を出迎え、コーヒーを飲んだ奈緒は、凜に向けて一つのボックスを手渡した。

「はい、言われてた0083のDVD。でも珍しいな、凜があたしにDVD貸してくれなんて」
「私じゃないよ。卯月がガンビルに興味持ってさ」
「マジかよ!? 卯月ってガンダム知ってたっけ?」
「知らないから、見せようと思ったんだ。それより今からプラモ作るから」
「何作るの?」
「ジム・カスタム。私のお勧め」
「渋いのチョイスするなぁ……」

 二人の会話を聞きながら、キョトンとした表情をした卯月。
凜が事務所のロッカーから「はいこれ」と取り出したケースの中には、ニッパーとヤスリ、後はペンが何本か入っていた。


「ニッパーとヤスリは分かりますけど、このペンは何ですか?」
「ガンプラマーカーって言う簡単な部分の着色をするマーカーと、プラモデルのディティールを深める為に使う、スミ入れ用マーカーだよ」

「初心者に着色は難しいぞ。まずはシールで慣れさせないと」
「塗り絵みたいに塗ればいいんじゃないんですか?」
「それだとムラが出ちゃうんだよ。そういう時はマーカーを皿に出して、筆で綺麗に着色するか、そもそもスプレーかエアブラシで着色した方がいい」

「難しいんですね、プラモデルって……」
「まぁ、半分大人の遊びだしね」

 箱を開け、中身を確認する卯月。凛と奈緒も後ろで見守り、卯月はそのパーツ数に驚いていた。

「こ、こんなにパーツあるんですか!?」
「少ない方かな」
「ランナーがポリパーツと掌、サーベル合わせても八か……少ない方だな」

「こ、これ組み立てに何日かかるんですか!?」
「一日あれば十分だよ」
「十分だな」

 卯月は少しだけ愕然とした。
プラモデルは子供用のおもちゃだし、それ程時間はかからない物と考えていたのだ。

「でも見てよ卯月。これ私の組み立てたMk-Ⅱのランナーなんだけど、数自体は十でも、パーツ数はジムカスの比じゃないよ」


 スマホの写真を見せられると、そこには全てのランナーが一枚の写真で収められている光景が。かなりの数のパーツがある事が分かる。

「これに比べたらマシだよ」
「まぁでも、初心者にはジムから入らせた方が良かったかもな」
「最初から数が有った方が、後でプラモデル作る苦痛を得なくて済むから」

 説明書を取り出し、組み立てに入る卯月。ニッパーを部品スレスレに押し当て、力を入れようとした時、そこで凛の手が止めに入る。

「ストップ卯月。最初は少しだけ余裕を持ってパーツをランナーから切り離して。
その後、カッターで余分な部分を切り落とした方が、パーツの傷は少なめで済むよ」
「えっと……こうですか?」

 パーツとランナーの間に少しだけ余裕を持たせ、ニッパーで切り取る。
その後に凜の取り出したカッターナイフを受け取り、その余ったランナー部分を削ぎ落した。

「跡が出来ちゃいました!」
「いきなり全部削ぐから……少しずつ剃っていくのが最良だよ」
「初心者ならそんなもんだよ。焦らず少しずつ作っていきなよ」

 奈緒の言葉通り、焦らず作る事にした卯月は、教えを活かしながらパーツを切り離し、説明書通りに組み立てていった。


二時間後。
少しだけ慣れた卯月が手を止め、買っていたジュースを飲んでいると、凛と奈緒の会話が聞こえてきた。

「奈緒はガンビルやらないの?」
「あたしは、あんまりバトルは好きじゃないな。プラモデルはジオラマにしてこそ映えるし」

「じおらまってなんですか?」
「立体物を使った表現の一つ。

例えばガンプラなら月面で戦うガンダムとかを再現して、とかだな。
ガンプラは元々飾ったり動かして遊ぶ物だから、あたしはそっちの方が好きだな」

 ほら、と写真を見せられる。刀を構えたガンダムが、コロニー内で敵と戦うシーンが描写されている。

「まぁ、ジオラマってカッコつけたけど、あたしが作るのはどっちかと言うとデジラマだな」
「あ、ちなみにデジラマは、プラモデルとかを撮影して、パソコンで画像加工して作られた表現の事だよ」
「プラモデルには、そういう遊び方もあるんですね……」

「むしろバトルさせるなんて邪道さ。自分の作ったプラモデルが、CGの中とはいえ傷つけられるなんて、考えたくも無い。それはダメージ加工とは違う」

「だから最初のプロモーション予選、参加すらしなかったんだね」
「プロモーション、予選?」

 そこで、凛と奈緒が「ああ」と声を合わせた。


「卯月、あのガンダム・ビルドバトラーがかなりの人気がある事、知ってる?」
「そうだったんですか?」

「うん。少なくとも停滞気味だったガンプラ需要を二十パーセント向上させる程には。第三次ガンプラブームって呼ばれてる」

 確かに、こうして華の女子高生(アイドル)がプラモデルのランナー片手に談笑しているなど、普通は有り得ないだろう。

その世の中を作り上げたのが、あのゲームであるのだろう。

「元々女性はプラモデルを買いにくかったんだ。
やっぱりガンダムって男の人が夢中になるアニメであったし、プラモデルなんてもっと敷居が高かった。

――それを良しとする風潮が出来たのが、ガンダム・ビルドバトラー最大の功績なんだ」

 どういう事なのだろう。そう問おうとした所で、奈緒が立ち上がって物置から一つのDVDを取り出した。

「これが、そのプロモーションイベントの決勝戦の映像だ」

 事務所に備え付けられたDVDプレーヤーにディスクを挿入し、その映像を流しだす。

映像には、とある会場の映像が流された。東京ビッグサイトの映像だ。

「ガンダム・ビルドバトラー。

その発表会と同時に『アイドル』によるプロモーションイベントがあって、実際にゲームを使った戦いが催された。

当初は『アイドルがちょっとゲームに参加する程度だろう』って言われてたんだけど……」


 参加者は、かつて男性アイドルの中でも絶好調であった961プロダクションの人気アイドル『ジュピター』から。

天ヶ瀬冬馬。
伊集院北斗。
御手洗翔太。

その三人の参加と、その宿敵ともいえる芸能プロダクション、765プロダクションから。

我那覇響。
四条貴音。
萩原雪歩。
如月千早。
星井美希。

――そして、本日対戦した、天海春香。

その九人の操縦するガンプラによる、激戦が繰り広げられていた。

その死闘を見据えて、いつの間にか三人は息を呑んでその映像を見据えていた。

最後に。
星井美希と天海春香の一騎打ちが終わると同時に、卯月はハーッと息を吐いて、そのバトルの凄さを身に染みて感じていた。


「これが後に『アイドルマスター戦役』と呼ばれた、伝説的なプロモーション大会決勝の様子。

 この決勝戦の映像はテレビ放送とネット配信サイトで話題を呼んで、多くの女性が『私たちも輝きたい』と感じ、プラモデルの需要が多く生まれた」

凜が、手に持っていたMk-Ⅱを握り、表情を俯かせた。

「私と幸子、蘭子の三人と、他にも幾つかのチームがこのプロモーションイベントの予選に参加したけど、
ジュピターと876プロダクションのディアリースターズに勝つことが出来なかった……。

 だから私は、その悔しさをバネに、今まで戦ってきた。

 ――私も、あの高みに上り詰めたいから」

「あたしは逆に、壊れていくガンダム達を見て、自分は作る事に夢中になろうって思えた。
前よりプラモデルが買いやすくなったから、その点は感謝してるけどな」

 その培ってきた歴史。その事実を知り、卯月は少しだけ――何だかワクワクしている自分に気付いた。

 ――私も、あの人たちみたいに輝ける事が、できるのだろうか。

そう考えていた時だった。


「おはようございます」

 事務所に入室してきたのは、緑色のスーツを着込んだ女性。

千川ちひろ。346プロダクションの経営を支える存在であり、プロデューサーを手助けする事務員である。

『おはようございます』

「おはようございます、皆さん。あ、凜さんと奈緒さん。メール、見て頂けましたか?」

「メール?」

「――あ、業務メール来てた」

 凛と奈緒が、スマホを取り出して内容を確認していると、凜が即座に顔を上げて、奈緒が顔をしかめた。

「ちひろさん、これ……!」

「またあのプロモーション――やるんですか?」

「ええ――


 第二次アイドルマスター戦役、開催です!」


第二次アイドルマスター戦役。

それはガンダム・ビルドバトラー事業部が企画した、プロモーションイベントだ。

各芸能プロダクションのアイドル達が参加してガンプラバトルを行う販促イベントであるが、

その内容はまるで『最強のガンプラアイドル決定戦』だった。

「今回、各芸能プロダクションの参加出来る人数は無制限となっており、私たち346プロダクションも総力を挙げて参加する事を決定しました。
奈緒さんは今回、参加されますか?」
「うーん……やめときます。やっぱり自分のガンプラが、CGの中とはいえ傷付いていく様は、見たくないです」
「そうですか……凜さんはどうですか?」
「もちろん参加します。――卯月はどうする?」
「あれ? 卯月さんも、ガンビルをやるんですか?」
「今日から始める事になったんです。――どうする?」

 いきなりの事で、卯月は一瞬躊躇いを見せたが、奈緒の用意したDVDを見据え――そして、決意の表情で頷いたのだ。

「――参加します! 島村卯月、頑張ります!」

 その決意を聞き、ちひろは満面の笑みを浮かべ、凜は表情を明るくした。

奈緒だけが唯一寂しそうにしていたが「頑張れよ」と声をかけてくれる。

卯月は、その期待を裏切るわけにはいかないと、プラモ作りを再開。

その目がキラキラと輝いており、凛と奈緒は少しだけ、その目を羨ましそうに見据えていた。


後日。渋谷凛はとある雑誌の撮影に出向いていた。

内容は『第二次アイドルマスター戦役開催!』と言う触れ込みで、
各プロダクションのアイドルがインタビューとグラビアを撮影する、と言う内容だった。
凜は346プロダクション代表としてその仕事に参加し、その撮影を今終えた。

「お疲れ様です」
『渋谷さん、ありがとうございましたー』

 スタッフに礼をし、少しだけ休憩をしてから帰ろうとした凜だったが、そこで少しだけ撮影所が慌てだす。
何事かと思ったが、すぐにその理由を知る。

「おはようございますなのーっ」
「本日はよろしくお願いします」

 二人の人物が、撮影所に顔を出した。

一人は爽やかな表情の男性で、スーツを着込んで周りへ挨拶をしている。
アイドルと言う風貌ではなく、それが別事務所のプロデューサーなのだろうとは、すぐに凜は理解した。


――問題は、その隣に居る女性だ。


「星井美希さん、入りましたっ!」

スタッフの一人が叫ぶ。

星井美希。

765プロダクションの中でもかなりの人気を誇る女性アイドルで、
その美貌と歌唱力、そして魅力あるダンスで多くのファンを魅了する、大人気アイドルだ。
プロジェクト・フェアリーと呼ばれるトリオグループで活動するものの、ソロでの活動も多く、その活躍は留まる事を知らない。

彼女は、その長く美しいカールをした金髪をなびかせ、カバンを置いて、凜の隣にある控えに座り込んだ。

「おはようございます、星井先輩!」
「あれ、しぶりんだ。おはようございますなの!」

 しぶりんと、ファンや事務所での凛の愛称を呼ばれ、少しだけ顔を赤くさせながら、凜はぺこりを頭を下げた。

「星井先輩も、次のイベントに参加されるんですね」
「うん、しぶりんも参加するんだ。あはっ、これは次のイベントも面白くなりそうなの」
「よろしくお願いします!」

 美希の元へ、先ほどの男性が挨拶回りを終え戻ってくる。


「渋谷さん、おはようございます。今日はウチの星井がお世話になります」
「いえ。私はもう撮影を終えたので――765プロの、プロデューサーさんですか?」
「ああ。そちらのプロデューサーさんは元気かい?」
「ウチのプロデューサーは今、他のアイドルを引き連れて、イタリアへ飛んでます」
「そうか。また飲みに行きたいんだけどな……次のイベント、そっちはまた大人数で参加するのかい?」
「はい。もちろん765プロは――」

「全員参加さ。宜しく」

 撮影の準備が終わった事を境に、会話が終わり、美希が撮影へと挑む。

その手に持つ自作ガンプラ・ガンダムエクシアMk-Ⅱを見据えて、凜はゴクリと息を呑んだ。

「……キラキラ、しているかい?」
「え……あ、はい。星井先輩は、凄いって思います」
「そうか……良かった。身内びいきってわけじゃあなさそうだ」


 少しだけ切なそうに語る、その男性の言葉に、凜は少しだけ違和感を覚えながら、ただ美希の撮影を眺めていた。

可愛くて、綺麗で、美しい。

そんな輝きを、凜はいつの間にか目標としている。

嫉心を抱くが、でも辿り付きたい。

そんな矛盾を抱きながら、凜は立ち上がって、男性に向けてお辞儀しながら「お疲れさまでした」と挨拶する。

「ああ――次に会う時は、敵同士だな」

 頷き、凜はその場を後にした。

――次こそ、辿り付いて見せる。

――あの『輝きの向こう側』へ。


第一章【第二次アイドルマスター戦役・予選開始】

渋谷凛が、シンデレラプロジェクトの事務所にあるソファで、とある書類を確認していた。

それは『第二次アイドルマスター戦役』のレギュレーションだった。

予選は、全参加者にて行われるバトルロワイヤルだ。アイドルの総数は百八十人弱。
 凜たちの所属する346プロダクション、春香や美希が参加する765プロダクション、876プロダクションを筆頭に、東豪寺プロや315プロ等の面々が参加する。

961プロダクションは今回参加を見送るが、
元々961プロダクションに所属していた『ジュピター』は、315プロに移籍しており、そちらで参加しているので、実質ジュピターが961プロの枠とも言えるだろう。

まずは六十分に及ぶ予選バトルロワイヤルが行われ、生き残った面々で本戦が行われる。

本戦は、その残った面々での一対一を行い、勝ち残った者が決勝戦のバトルロワイヤルに参加。

 プラモデルのスケールは1/144に限定されるので、PGやメガサイズ、MG、REの使用は認められない。

そのレギュレーションを確認し、凜はこの大会が常に自分の身を守る為に戦う、個人戦である事を理解し、フッと息をついた。

――予選だけは、卯月の面倒を見てあげられるかな。

最近始めたばかりの卯月を思い、ちらりと視線をプラモデルに向けた。


ジム・カスタムは、既に完成している。
着色は無しで、全てシールで賄われているそのプラモデルは、既に凜のMk-Ⅱと何度も対戦を行っているが、卯月の勝利数は未だにゼロだ。

だが戦闘能力は格段と上昇し、プラモデルを改修する腕さえあれば、卯月は強くなると、凜は感じていた。

――卯月のポテンシャルは高い。春香の言う通り、卯月は凄いと言えるほど、パイロットスキルを持つ。

それがどこか悔しくて、少しだけ下唇を上唇で圧迫していると――その卯月が、ポカンとした表情を浮かべて、事務所へやってくる。

「おはよう卯月。……卯月?」

「あ、おはようございます、凜ちゃん」

「どうしたの?」

「……0083全部見たんですけど……」
「どうだった?」
「まず、作中用語がわかりませんでした……」
「……ああ」

『機動戦士ガンダム0083・スターダストメモリー』は、
一番最初のガンダム作品である『機動戦士ガンダム』と、その続編である『機動戦士Zガンダム』の中継ぎとなる歴史のガンダムだ。
予め前情報としてその二作を知っている方が、楽しめる事は間違いない。


「あと、ニナがガトーの元恋人って、絶対最初はそんな設定なかったですよね!?」

「普通に思うよね、そこは。でも、面白かったでしょう?」

「戦闘シーンとかは、凄く楽しめました! ……でも、やっぱり他のガンダムを知ってた方が、楽しめそうですね」

「それは間違いないね。次は劇場版ガンダム三部作と、Zガンダム三部作を見るのが最善かな」

「あと凜ちゃん、バニング大尉ってオジサン……」

「はい卯月。これがイベントのレギュレーション」

「あ、ありがとうございます。バニング大尉って」

「かなり個人スキルが重要視されるレギュレーションになってるから、卯月はまず予選バトルロワイヤルで勝ち残る事だけ考えないとね」

「バニング大尉」

「カッコ良かったでしょう?」

「……カッコ良かったですけど」

 どうやら卯月は、バニング大尉を中性的な意味合いで格好いいキャラクターだと考えていたようだが、
凛としては嘘をついては居ないので、そこを訂正する理由は無い。むしろしてたまるかとまで思っていた。

「それにしても、事務所もかなり風変りしたよね」

 事務所の至る所に置かれる、プラモデルの数々。

シャア専用ゲルググや、ガンダム試作二号機サイサリス、ガンダムレオパルドなどなど……
 女性アイドルがなぜこれをチョイスしたのか、と言える機体がいくつもある。


「凛ちゃん、このファイティングポーズを構えて、何も武装を持ってないガンプラは何ですか?」
「ああ、これは――」
「おっはようございまーすっ!!」

 タイミングよく、一人の女の子が事務所へやってくる。

日野茜。346プロダクション所属の熱血アイドルである。
彼女は体操着とブルマーと言う扇情的な格好で、汗だくなまま事務所へ入室してきた。

「茜……その恰好は何?」
「今度放送するドラマに出演したんですが、その衣装です!!」

「汗だくだけど、どうしたのさ」
「ドラマでは物静かな女の子役で、撮影中の溢れるパッションを抑えきれませんでしたので、撮影後に走って帰ってきました!!」

「……シャワー浴びてきなよ」
「わっかりましたぁ!!」

 バタンッと。強く閉じられた扉を、少しだけ放心状態で見据えた卯月と凜。
凜は溜息をついて、卯月の質問に答える事にした。

「機動武闘伝Gガンダムの後期主人公機、ゴッドガンダム。作ったのは、今シャワー浴びに行った茜だよ」

「へぇー。武器を持たないガンダムもあるんですねぇ」
「その拳が本当の力ってね……私は少し苦手だったけど」
「どうしてですか?」

「もちろん、面白いけど……何て言うか、泥臭くはあるけど、もっとSFチックの方が私好みって言うか」
「色んな作風があるんですね」


 うーんと、少しだけ何か考える様にした凜が「うん」と頷き、卯月へ説明を開始する。

「ある程度ガンダム知っていた方がいいのは間違いないし、とりあえず大きく分けてガンダムが四種類あるって説明しておくね」
「四種類、ですか。もっと作品はあるのだと思ってましたが……」

「もちろん作品は、アニメから小説、漫画やゲームを含めればいっぱいあるけど、作品の種別は大きく分けて四つ。

 一つは、ガンダムを実質作ったと言っていい冨野由悠季監督の作品が、冨野ガンダムと呼ばれる作品。
初代からF91までの作品を手がけた後、Vガンダムや∀ガンダム、最新作であるGのレコンギスタ……
手がけた作品自体は多くないけれど、その名を轟かせる作品を多く生み出した人の作品。

二つ目は宇宙世紀OVA作品。これは冨野監督が手掛けた宇宙世紀の歴史には含まれるけど、冨野監督は関わってない作品。
『機動戦士ガンダム0080・ポケットの中の戦争』を筆頭に0083や第08MS小隊、近年では機動戦士ガンダムUCがこれに含まれる。

三つめはアナザーガンダムと呼ばれる作品。
これにはさっき冨野ガンダムで話した∀ガンダムも含まれるけど、いわゆる宇宙世紀とはあまり関係の無い歴史のガンダム作品。
Gガンダムから∀ガンダムまでがこれに当たる。

最後にニュージェネレーションガンダム。
機動戦士ガンダムSEEDから、この間まで放送されていたガンダム・ビルドファイターズシリーズやGのレコンギスタがこれに含まれる。
Gのレコンギスタは宇宙世紀後の歴史だって明記されてるけど、これに含んでいいんじゃないかな」


「いっ、いっぱいガンダムがあるんですね……」

「これにゲームや漫画とか小説含めると、もう数えきれない位あるけど、全部は覚えなくていいよ。自分の好きな作品だけ覚えておけば」

「凛ちゃんは、全部知っているんですか?」

「漫画版とか、完全には無理かな。機体知識位。アニメシリーズは全部見てるけど」

「その四つの中で、凜ちゃんがオススメするのは」

「冨野ガンダムやOVA合わせて、宇宙世紀ガンダム全般。

もちろんアナザーやニュージェネレーションも好きだけど、宇宙世紀ガンダムのリアリティには敵わないかな。

――結構この話題は荒れるから、あんまりしたくないけど」

「荒れる?」

「人には好き嫌いがあるって話だよ。卯月もまずは宇宙世紀を歴史順で見ればいいと思うよ」


 **

「いやー、シャワーっていいですね! 溢れる汗を流す、熱いシャワーっ! 私、好きな食べ物はお茶とシャワーです!」
「お茶もシャワーも食べ物じゃないよ」

「失礼しました! 好きな飲み物はお茶とシャワーです!」
「シャワーは飲み湯では無いです」

「度々失礼しました! 好きな飲み物はシャワーで、好きな事はお茶です!」
「偽りの鏡なり……(訳:逆です、逆)」

 茜がシャワーを浴び終わり、事務所に戻ると同時に。
仕事を終えたアイドル・神崎蘭子も、そのゴスロリチックな普段着を身にまといながら事務所へと戻ってきた。

「蘭子ちゃんも、次のイベントに参加するんですか?」
「如何にも……我が翼の機械人形が、この世界に終焉を呼び寄せる!(訳:もちろん参加します! 私のゼロカスタムを、いろんな人に見てもらいたいなって!)」

 もはや、蘭子の言葉に誰もツッコミはしない。
既に慣れたもので、彼女が放つ言葉の意味を、事務所の面々は完全に解読できるのだ。


「あ、そういえば」

 なんとなく。そう本当に何となくだった。卯月はふと声を上げた。

「気になったんですけど、皆さんの好きなガンダムの魅力って何ですか?」

 卯月がなんとなくそう尋ねると、全員の眼力がどこか強くなる感覚を、一瞬で見切った卯月。

「……へぇ、いいね。そういう語らいは、私も好きかな」

「はいっ! 皆さんにGガンダムの魅力を、余す所無く語っちゃいますよぉ!!」

「ふふ……有限の時に、我が盟友を永き語らいへと導こう……
(訳:ガンダムWの良さを私に語らせますか!? 一時間は聞いてもらいますよ!?)」

 しまった――そう感じた卯月は、如何にしてその空間から逃げようかと思考するが、すぐにそれぞれが自らのプラモデルを用意する光景を目にし、諦める事とした。


「まずは私からだね。

 機動戦士Zガンダムは、冨野由悠季監督によって作られた、二作目のガンダム作品。
 機動戦士ガンダムのリアリティさを引き継ぎながら、更にパワーアップして帰ってきた本作は、後の作品にその爪跡を残す問題作となったんだ」

「問題作?」

「初代である機動戦士ガンダムは、大きく分けて二つの組織が戦う、単純な物語。
 連邦軍とジオン軍って言う大きな二つの陣営が、一年戦争と言う大規模な戦争を生み出してしまう。
でも理解してしまえば、自治権戦争って言う、ある意味では解り易いお話である事は間違いない。

 Zガンダムは、そのジオンとの戦争が終わり、勝利した連邦軍の腐敗した体制・ティターンズと、
そのティターンズの独裁を良しとしないエゥーゴと呼ばれる反対組織の小競り合いから始まり、
後にジオンの思想を受け継いだアクシズと呼ばれる陣営までが参加、三つ巴の戦いへと発展する。

そのドロドロとした人間ドラマや思想……語りたくても語り尽くせない、ロマンがこの作品にはこれでもかって位に叩き込まれてる。

もちろんガンダムと言う作品を語る上で、モビルスーツと言う存在が外す事の出来ないファクターである事は間違いない。

でもその点に置いても、ガンダムMk-Ⅱの存在や、可変モビルスーツ・Zガンダム、マラサイやリックディアス、百式などの機体を見ても、
モビルスーツと言う存在を無視せず、かつ話として立派な作品として仕上げてる。まさに完璧と言っていい作品だよ」


 卯月には何が何だか分からず、ただ「へー」と端的な返事を返すしか出来なかったが、
語る事が出来て満足なのか、凜はフッと息をついて、今度は茜へとバトンタッチする。

「機動武闘伝Gガンダムは、記念すべきアナザーガンダムの第一作目とした、Zガンダムが目じゃない位の問題作なんです!」

「こっちも問題作何ですか?」

「まぁ、確かにGガンダムは問題作かな」

「その理由としては、それまでガンダムと言えばリアリティある戦争の物語である、と言う点が、
Gガンダムは、まずその前提から覆り、ガンダムで格闘技をするという異質な点が特徴ですっ! もちろん戦争と言う括りにはありますがねっ!

 当時のストⅡブームなどに乗っかったと言う面と、子供に取っつきやすくする為に作りこまれた格闘ストーリーは、
最初こそ親しまれなかったものの、後にジワジワと人気が出始めます!

 その理由として、魅力あるキャラクターとキャラクターが駆る個性あるモビルファイターと言う存在が一番である事に、誰も異論を唱えません!」

 その点に関しては、凜も蘭子もうんうんと頷いている。


「まず主人公のドモン・カッシュは、悲しい過去を持つ流派・東方不敗の伝承者であり、
その内に秘める熱い心は、当時の少年――お父さんの残したビデオで全話視聴した私の心までもグッと捉えて離しませんでした!

 そして彼を支える、シャッフル同盟の仲間たちとの友情、メカニックであるレインとの、すれ違いながらも燃えるような熱い愛!

 そして何より!

 ドモンを一人前へと導く師匠・東方不敗と言う存在が、何よりも魅力的で、涙無しには見られぬ名作へと辿り付いたのです!!

もちろん、そのキャラクターたちが駆るモビルスーツ……

正確には『モビルファイター』と呼ばれるガンダム達が繰り広げる熱いバトルが、

いかにキャラクターだけでは無くバトルを盛り上げる要因となった事も説明しなければなりません!

 ドモンが最初に搭乗するモビルファイター・シャイニングガンダムを筆頭に、

ガンダムマックスター、ドラゴンガンダム、ガンダムローズ、ボルトガンダム――

そしてシャイニングガンダムの意思を継いで立ち上がる後期主人公機・ゴッドガンダムっ!!

またそれと対を成す様に立ちはだかる、最大の強敵であり最強の師匠、東方不敗の駆る最強の機体・マスターガンダムっ!!

その熱さと、単純ながらも涙無しには見られないストーリー!

 原稿用紙百枚でも語りつくせず、燃やし尽くす程の熱量で、私たちを魅了するんです! うーっ、ボンバァーッ!!」


 茜のまるで政治家の街角演説のような熱演に『熱い』と言う印象しか抱けなかった卯月は、今度は視線を蘭子へと移す。

蘭子は待ちかねたと言わんばかりの明るい表情を一瞬見せた後に、楽しそうに笑みを浮かべた。

「うふふ、待ちわびたぞ! 遂に私が、世界を満たす刻が来たっ! 我が盟友よ、聞くがいい!

(訳:ようやく私の番ですね! ガンダムWの魅力を、卯月さんにきっちり教えてあげますよっ)」

 これは、解読に骨が折れそうだと感じた卯月だったが、その卯月と対して凛や茜は楽しそうに蘭子の言葉を待ち構えている。

「新機動戦記ガンダムW――それは少女達の永遠の憧れ。

 翼をもがれた五人の戦士による、負ける事の強いられた戦いは美しき聖戦の刻を歩み出す……。

(訳:新機動戦記ガンダムWは、五人の兵士たる少年たちに焦点を当てた作品なんですが、
 少年たちはそれぞれの想いを抱きながら、負け戦へと挑む事となるんです)」

「この惑星の戦争を基幹とし、宇宙へと羽ばたいた地球人類を律する為に誕生した強大なる力・地球圏統一連合――
その根源であるOZと言う力は、世界を委縮させるが……宇宙へと羽ばたいた人類が、五人の少年たちと聖なる力・ガンダムを地球へと導いて行く……。

(訳:戦争が原因で、宇宙へと逃げ延びた人類が多くなっていき、その人々を押さえつける為に
地球圏統一連合って言う組織が生まれて、その為の軍事力である『OZ』が、主に戦いを始めるわけですね。

そのOZへと対抗しうるため、宇宙へと生き延びたコロニー側の人間は五人の少年たちと五機のガンダムをエージェントとして地球に送り込んだんです)」


「それを序章とし、物語だけでなく、この世の処女が願う美貌を持った少年たち――

彼らは自らの思春期を殺し、任務や己の想いを持って、宿敵と戦う。その力が名作へと変貌を遂げた。

(訳:ストーリーは言わずもがな、ガンダムWは女性ファンを意識してキャラクターを全員美形の男の子にした点も特徴です。

それまでのガンダムも多くの女性ファンを獲得していましたが、この作品を主にして女性の心を強く掴んだと言っても過言ではありません!

 思春期を捨てた少年たちが、自らの任務や願いの為に戦う、そのプロセスとストーリーが絡み合い、名作となる事が出来たのです!)」

「この私が持つ、白き翼の機械人形は、その次章とも言うべき物語に名を出した、カトキハジメ――彼の存在により作り直された機械人形だ。

これも、我が心を揺さぶる、罪な存在よ――

(訳:ちなみに私の持つウイングガンダムゼロカスタムは、その続編とも言うべきOVA『新機動戦記ガンダムW・Endless Waltz』に出てくる主人公機で、

テレビアニメ版の機体をメカデザイナー・カトキハジメ氏が作り上げたリファイン版で、テレビ版とOVA版も多大な人気を誇ります!

 私も大好きです!)」

 解読に、数分必要としたが、蘭子の言葉を解読及び理解する事が出来て、卯月は初めて「へぇ!」と関心を見せた。


「女性ファンが多くいるガンダムですかぁ……いいですね、次はガンダムウイングを見てみようかなぁ」

「っ! わ、我が盟友! 歓迎するぞ! 望む光の円盤を持って行くがよい!

(訳:は、はいっ、ぜひ! DVDでもBDでもLDでも何でも貸します!)」

「LD持ってんの……?」

 三人の言葉に、卯月は全てを(特に蘭子の言葉を)理解できたわけでは無い。無いが――

「でも、自分の好きな作品を語ってる皆さんは……凄く、楽しそうです」

 卯月の言葉に、一瞬唖然とした表情を浮かべた三人だが、すぐに笑みを浮かべて頷いた。

「当然、好きな作品だもん」

「そうですっ! 好きな物を好きと言える時間が、何より大好きなんですっ!」

「真、愚問なり……(訳:当たり前ですよっ)」


 卯月は少しだけ、そんな三人を、羨ましく思えた。

好きな物を好きと言える――そんな当たり前の事を。


そんな、短い準備時間は、すぐに終わりを告げ。
 第二次アイドルマスター戦役の予選が開催される。

予選はその戦いの様子だけをネット配信サイト『ドットップネット』にて配信される。
その後の本戦は、テレビでも放映がされるので、人気取りの為だけに参加するアイドル達も、珍しくは無い。

もちろんガンダムと言う作品を愛し、その熱意をぶつけるアイドル達もいないわけでは無い。

――渋谷凛のように。

 会場には、たくさんのアイドル達が顔を見せていた。卯月は、回りのアイドル達を見据え、恐々とした表情で凛の腕に捕まっていた。

「876プロのディアリースターズに、東豪寺プロの魔王エンジェル、男性歌手の雪野守さんもいらっしゃいます……!」
「落ち着いて卯月。何も全員を相手にする必要は無いんだから。この予選はバトルロワイヤル。
まずは挑んでくる相手をかわして、生き残る事だけ考えればいい」
「は、はい――あっ」

 卯月が、見知った顔を見つけた。頭頂部に二つのリボンを付けた、先輩アイドル――

「春香さ――っ!」

 卯月と凜が、そのアイドルに手を振ろうとした、その時だった。

天海春香――彼女から発せられるのは、いつもの穏やかな空気では無い殺気を感じたのだ。

誰も近づく事を許さないと言った様子で前を見て、卯月と凜に気付く事無く、予選の会場を練り歩いていく。

「今の……春香さん、ですよね?」
「う、うん。でも、凄い殺気だった」

 その殺気の意味を理解する事も出来ず――二人はその場で立ち尽くし、試合開始の時間となった。


ナレーターから軽く、レギュレーションの確認が流れながら、卯月と凜はパイロットスーツを確認している。
特に卯月は、初めてこの様な大々的な大会に参加すると言う事もあり、緊張で首元の二重ファスナーを付けれずにいた。

「あ……あれ……?」
「くっ……」

 凜も、先ほど春香から発せられた殺気に当てられてか、緊張した面持ちで着替えているが、そのスピードは遅い。

着慣れている筈なのに、まるで初めてイベントに参加した時のように感じられて。
 凜は軽く下唇を噛みながら、慌てないようにパイロットスーツを着込もうとしていた。

――その時だった。

一人の少女が近づいてきて、柔らかな表情で「ちょっとごめんね」と言いながら、
卯月の閉めようとしていた二重ファスナーをしっかりと閉め、更に他の部位の確認を終えた。

その後、凛のパイロットスーツにファスナーの食い込みがある事を確認した少女は、
その食い込みを柔らかな手つきで直し、凜へ「はい、どうぞ」と指示した。

「あ――ありがとう」
「ううん。こっちこそ、余計なお節介だったかな?」
「緊張してて、良く分かってなかったから、助かったよ。ありが――」

「あぁ! は、萩原雪歩、先輩!?」


 凜の言葉を遮り、卯月がその少女の名を叫ぶ。

茶色の髪を肩まで伸ばし、その柔らかな表情ではにかむ少女――

765プロダクションに所属するアイドル・萩原雪歩は、頷いてぺこりとお辞儀した。

「うん、萩原雪歩です。えっと……卯月ちゃんと、凜ちゃん、でいいかな? 茜ちゃんは元気にしてる?」

「は、はいっ!」

「ご、ごめんなさい! 萩原先輩だって気付かなくて、ため口きいちゃって……!」

「大丈夫だよ、落ち着いて。――やっぱり、緊張するよね」

「は、萩原先輩も、緊張されてるんですか?」

 卯月の問いに、雪歩は顔を赤くしながら頷く。

「私なんかは、どんな仕事でも緊張してるよ。自分に自信が無いから、何時でも緊張して、お仕事を何とかこなしてる」

「でも、萩原先輩はあのアイドルマスター戦役で、勇敢に戦って、チームを勝利に導く、大きな戦果を挙げました!」

 凜が、鼻息荒く雪歩の手を掴み「尊敬してます!」と言い放つ。

その凜の言葉に、嬉しそうに笑みを浮かべた雪歩。


「うん。自分には自信が無いけど、私と一緒に戦ってくれる、仲間の為ならどれだけでも戦える。

そう思って、あの戦いを勝ち抜けた。緊張はするけど、仲間の為に。

 二人も、緊張はすると思うけど、仲間と一緒に頑張れば、きっと大丈夫。

――大丈夫、怖くないって、自分に言い聞かせて仕事に励めば、大丈夫」

テレビで見る萩原雪歩と同じく、彼女の一言一言は、耳で聞く分には、儚げで、音量としては小さい。

だがそれでも、しっかりと耳に届く、その言葉の意味に、卯月はどこか、勇気づけられていた。

「あ、あの、萩原先輩っ」

「雪歩でいいよ、卯月ちゃん」

「雪歩さん、ありがとうございます! 島村卯月、頑張りますっ!」

「うん。凛ちゃんも、頑張ってね」

「はい、雪歩さんと一緒に戦える事が光栄です!」

「じゃあ――次は戦場でね」

 ニッコリと微笑みを見せた雪歩は、ヘルメットを掴んで、自らの乗る筐体へ向かう。

 凛と卯月も、パイロットスーツを確かめた後に、ヘルメットを持ち、歩き出す。

自らの筐体に触れ、しっかりと手に力を込め、その筐体の入り口を開いた。


『第二次アイドルマスター戦役予選では、四つのフィールドが繋がっており、スタート地点フィールドをそれぞれ選ぶことが可能となっています。

 フィールドは「宇宙空間」「宇宙空間・デブリ群」「大気圏内・平地」「大気圏内・森林」の四つです。

大気圏突破オプションを持つ機体であれば、宇宙空間から大気圏内へ移動も可能であり、

また逆へ移動が出来るオプション装備を持っている場合は、大気圏内から宇宙空間へ向かう事が可能となっています』

「どうしましょうか、凜ちゃん」

 周波数を予め決めていた72.91に調整した卯月が、ブリーフィングタイム中に通信を行うと、
同じくその周波数に設定していた凜が『ただの宇宙空間にしよう』と声を発する。

『一見するとデブリ群にした方が見つかりにくいし、攻撃を避けられるとは思うけど、
その場合ハイメガキャノンみたいな高火力攻撃に対して避け辛くなるのが難点だからね』

「大気圏内はどうでしょう」

『逃げられる空間が一方行減る地球空間内はあんまりかな。
逆に言うとそっちが手薄になる可能性はあるけど、私と卯月の機体じゃあ、大気圏内で行動がしにくい分、手薄でも攻撃を受けやすい欠点がある』

「じゃあまずは――」

『宇宙空間で合流しよう。まずは逃げる事を最優先。合流してからの事は、戦況を見てから考える』

「分かりました」


 ブリーフィングを終えて通信を切った二人は、それぞれの筐体でしっかりと深呼吸を行い、
開始を待っている間に――先輩から言われた言葉を胸に、口を開く。
 
――大丈夫、怖くない。

『では、これより第二次アイドルマスター戦役・予選バトルロワイヤルを、開始致します』
 
操縦桿をしっかりと握りしめ、グッと顎を引く。

 カタパルトが稼働する感覚を受け、卯月と凜はしっかりと前を見据え、その言葉に備えた。


『ガンプラファイト――レディ、ゴーッ!』

 
「ジム・カスタム――島村卯月、頑張りますっ!」

「渋谷凛、ガンダムMk-Ⅱ――出るよ!」

 それぞれが、想いと誓いを込め、叫ぶと同時にフットペダルを踏み込む。

それと同時にカタパルトが急激に加速し、二人の駆る機体を宇宙空間へ射出した。

>>1です。書いてる最中に疲れからか寝落ちしていました。
仕事が終わったので今から再開します。


広大に広がる宇宙空間に射出された卯月のジム・カスタムは、
その左手にシールドを構えながら、まずは全方位をカメラで確認する。
無数の機体が見えるが、その機体群を無視し、まずは通信を行う。

「凛ちゃん、そっちは!?」
『卯月から見て後方! 今背中を預ける!』

 凛の言葉通り、ジム・カスタムの背中に一つの機体が背を合わせる。凛の駆るガンダムMk-Ⅱだ。

『参加者に比例して、やっぱりこのエリアを選ぶ人は少なかったみたい。皆デブリ群や森林に向かってる――僥倖だね』
「合流は完了しましたけど、どうしましょうか?」
『互いの背を守りつつ、まずは避ける事と近付いてくる敵を撃つ事だけ考えよう。時間は一時間だし、疲れが来ないように、まずは集中して――』

 凛の言葉が、そこで遮られた。一つの光が、二人の眼前を横切ったからだ。

スラスターを吹かせ、全速力で宇宙の海を駆けるトリコロールのシンプルな機体が、ビームサーベルを構えて駆け抜ける。

天海春香の作り上げた、RX-78-02【ガンダム】

それと同時にデブリ群から駆けてくる、フレッシュグリーンと黄色の彩色のされた、ガンダムエクシアを素体とした機体。

星井美希の駆る、GN-001MK【ガンダムエクシアMk-Ⅱ】

エクシアはGNロングブレイドを構えてそれをガンダムに向けて振り込むと、ガンダムもサーベルを振り切り、
鍔ぜり合った事を確認したと同時に切り結び、スラスターを吹かせて一瞬距離を取ると再び斬り合った。

その動き、早い。


一瞬、見惚れていた卯月と凜だったが、すぐに視線を前に向けるが、二人の機体など誰も見ていない。

最大の敵は奴らと言わんばかりに三機のモビルスーツがガンダムとエクシアに接近し、
それぞれの武器を向けて引き金を引くが、二機はそちらに視線を向けると同時に、
一瞬だけ互いの背中を守るようにビームライフルとGNブレイドを構え、引き金を引き、その剣を振り切った。

その動作だけで、ガンダムは一機のビルドストライクガンダム・フルパッケージを撃ち、

エクシアはアルトロンガンダムとアメイジング・ザクを切り裂き、再び斬り合いへと戻っていく。

『ごめん、邪魔しないでっ!』

『なのっ!』

 その宙域全てに聞こえる様に周波数を整えて叫んだ後も、二人は戦いを続けている。

その一瞬の出来事に、誰ももう近づく事は出来ない。

それぞれが近くに居る者達と戦う事でしか、その時間を埋める事は出来なかった。


 デブリ群の中心で戦う、二機のモビルスーツがあった。
一機は白い翼のガンダム、蘭子の駆るウイングガンダムゼロカスタム。もう一機は――。

『蘭子さん、よろしくお願いしまーすっ!』
『う、うむ! 眷属よ、我に従え!(訳:よよよよ、よろしくお願いします、高槻先輩!)』

 765プロダクション所属のアイドルにして、しっかり者の少女――高槻やよいだ。

彼女は自身の駆るガンプラ――ガンダムXのシールドバスターライフルを掴みながら、
蘭子のゼロカスタムに背中を預け、肩部のショルダーバルカンを放ちながらライフルを放ち、
近付いてきた機体に向けて大型ビームソードを振り切り、その腹部を切り裂いた。

『こっちは後五分後に撃てますよ! 蘭子さんはどうですか?』
『こ、こちらは何時でも構わんっ!(訳:い、いつでも行けます!)』

 二人はしばらく他機からの攻撃をいなしながら、少しずつ撃墜させていくと、
やよいがXのスラスターを吹かせて上昇し、背負ったX状のバックパックを展開。大型砲塔を構えた。

月から放たれるマイクロウェーブを受信するガンダムXに続き、ゼロカスタムもバスターライフルを二丁連結させ、
互いに背中を守るように立ち塞がった後に、その引き金を引いた。

ガンダムXの大型砲塔から放たれる高出力のビームは、光の渦となりデブリ群を焼き、多大な量の機体を屠っていく。

対して地球を目がけて放たれたゼロカスタムのツインバスターライフルも、
その射線を少しずつずらしながらビームを放ち続け、その射線上にあった機体群を焼き払っていく。

『これでだいぶ楽になりますねーっ』
『そ、それでこそ我が眷属よ……(訳:この人だけは敵に回したくないです……)』


そこから少しだけ離れた宙域に、315プロ所属アイドルである御手洗翔太と伊集院北斗は、
それぞれの武器を構えて、相対する敵に向けて引き金を引いた。

『北斗君、任せる!』
『オーケー、翔太!』

 翔太の駆る、漆黒のストライクフリーダムガンダムがドラグーンを八基同時に射出してビームを放つと、
同時にドラグーンを援護するように、散弾砲と収束ライフルの銃口をドッキングし、高出力ビームを放つ漆黒のバスターガンダム。

そのバスターへと駆ける、ストライダー形態のモビルスーツ――ガンダムAGE-2がハイパードッズライフルを射出した後に、
モビルスーツ形態に変形し、そのビームサーベルを振り切った。
バスターの収束ライフルを、光刃で焼き切ったAGE-2を駆る少女――水谷絵里が、その口を小さく開き、呟く。

『……今っ』
『わっかりましたぁっ!!』

 何時も聞いてる声と似ている音量。だが確かに違う声で、少女が返事する。
少女――日野茜は、ゴッドガンダムのスラスターを吹かせながら
ストライクフリーダムガンダムに向けて、その熱く燃える掌を、突き出した。


『ばぁああ熱ぅ!! ゴッド、フィンガァアアッ!!』
 真っ直ぐ、だがそれ故に早い攻撃に対処する事が出来ず、その掌で腹部を貫かれたストライクフリーダム。

『ヒィイトッ、エンドォッ!』
『翔太!』

 ストライクフリーダムを思うように、一瞬動きを止めたバスターだが、その隙を突かないAGE-2では無い。
AGE-2はハイパードッズライフルの銃口をバスターのコックピットに押し付け、その引き金を引いた。

渦を巻いたビーム砲は、バスターのコックピットを貫いて、その機体を行動不能にさせていく。

ストライクフリーダムは、貫かれた内部から機体を爆散させ、散っていく。

『くっ、そおおっ! あとは、任せたよ! 冬馬くんっ!』
『冬馬! 俺たちの代わりに――!』

 爆ぜていく二機を確認した後、AGE-2とゴッドガンダムが前進していると、
そこに現れる、漆黒のモビルスーツ――クロノス。

『テメェら――容赦しねぇぞ!』

 化け物のような風貌をした、クロノスを駆るパイロット――天ヶ瀬冬馬は、
その機体の掌からビーム刃を展開し、二機を相手に戦い始めた。


ビームブレイドを構えながら、一機のモビルスーツを守るように立ち塞がる黒い機体――
765プロ所属アイドル・我那覇響が駆るストライクノワールガンダムが、
その背部のリニアガンを放ちながら、隣り合う機体と手を繋ぎ、高加速を行う。

ノワールと手を繋ぎ、加速するモビルスーツは、
響と同じく765プロに所属するアイドル・四条貴音の駆るスターゲイザーガンダムだ。
スターゲイザーはその手にハンドガンタイプのビームライフルを持っており、
背部のヴォワチュール・リュミエール発生装置より受信する太陽風を推力へ変換し、
得られた高加速の中で確実な射撃を行っていく。

『行くぞ貴音! 自分たちのコンビネーション、見せつけてやるぞ!』
『かしこまりました、響!』

 スターゲイザーとノワールから放たれるビームとリニアガンの射撃は正確に接近するモビルスーツへと直撃し、
一機一機確実に屠っていく。その射撃能力の高さは、もはや誰も近づかない――かと思われた。

『二人とも、危ない!』

 六枚の翼を羽ばたかせた、蒼色のモビルスーツ――フリーダムガンダムが、
二機の間に割って入り、二機を突き飛ばすと同時に、自身の機体もスラスター稼働で上昇させる。

三機が先ほどまでいた場所に、ミサイルとビームガトリングが無数、放たれていく。
その直撃を食らっていれば、如何に装甲が厚かろうとお陀仏だっただろう。

『た――助かったぞ、千早』
『千早、あの攻撃はどこから』
『上ですっ!』

 フリーダムガンダムのパイロット――765プロ所属アイドルである如月千早が、
羽部に搭載された二門ビーム砲を展開し、撃つと同時に、その羽根を羽ばたかせて駆け抜ける。

ミサイルとビームガトリングを放ちまくる、一機のモビルスーツは、ガンダムレオパルド――
操縦するのは、346プロ所属アイドル・川島瑞樹だ。

『アイドルとしては貴女達が先輩でも、芸能界の歴は、私の方が長いわよ――765プロの皆さんっ!』


 砲塔を全て、三機に向けたレオパルドを見据え、散り散りとなる事で全員の負担を減らすことを考えた三人。
だが、瑞樹はただ、如月千早のフリーダムに向けて、放たれるだけの弾を全て放っていく。

『距離、速度――良し! 全門斉射ぁ!』
『くぅ――っ!』

 襲い掛かるビームとミサイル群を、加速をかけるだけかけて引き付けた後に急制動をかけてやり過ごすと同時に
二門ビーム砲とレールガンで可能な限り撃ち落とすと、ビームサーベルを二本を掴み取って、レオパルドを切り裂くフリーダム。

『まあ、高火力射撃機体が接近を許した時点でお察しよね。わかるわ』

 そう呟きを残して散っていった、瑞樹のレオパルドを見据え、三人が息をついたその時――警報が鳴り響く。

『また上!?』
『マズイです――響、千早!』
『なぁ……!?』

 三人が、各々の機体へその大きな砲身を向ける機体に目をやると――そこには、ガンダム試作二号機・サイサリスが、アトミックバズーカを構えて、引き金に手をかけていた。


『――待ちに待った時が来たのだ。

 多くの英霊たちが、無駄死にで無かった事の、証しの為に。

再びジオンの理想を掲げる為に――星の屑成就の為に!

 ソロモンよ、私は帰って来たぁ!!

……一度このセリフ、言ってみたかったんであります! もう悔いはありません!』

アトミックバズーカから、核弾頭が放たれ、それがフリーダムガンダムの近くで光を放ち、その熱量で全てを塵にしていく。

そのガンダム試作二号機を駆るアイドル――346プロ所属のアイドル・大和亜季も、
供えられたシールドで自身の機体を守る事もせず、ただ散っていく。

『何がしたいんだ346プロはぁ!?』
『真……面妖な事務所ですね』
『春香……っ、春香――!』

 如月千早の、嘆きのような声。
その声を、春香は聞いていない。

だが、彼女は叫ばざるを得なかった。

親友を思う、彼女であるからして。


――宇宙空間から、大気圏内の平地へ降りてくる、二機のモビルファイター。
大気圏を抜けると、二機はそれぞれ、地に足を付けて、ファイティングポーズを構えたまま、一歩も動かない。

その様子を見据えていた四機ほどのモビルスーツが、その手に持つライフルを構え、その二機に向けて、引き金を引いた。

ライフルの銃弾やビームが重力に従いつつも、その二機に向けて放たれていく――
が、二機はその銃弾を一歩後ろに下がる事によって避け、脚部に力を込めて、飛び上がった。

『邪魔ぁっ!』
『すみません、皆さんっ!』

 765プロ所属アイドル・菊地真は、自身の駆るシャイニングガンダムのビームサーベルを振り切り、
四機の内二機――イナクトとジム・コマンドのコックピットを焼き切る。

それと同時に、876プロ所属アイドル・日高愛が、その両腕に力を込めて、
ダークネスフィンガーを発動させた上で残り二機――陸戦型ガンダムとブルーディスティニー一号機の腹部を貫いた。

『――さあ、続きと行こうか。愛』
『はいっ、勝負です、真さん!』

 二人は再び、自身の機体に構えを取らせ、そのまま沈黙する。

二機はただ、互いの呼吸を見合っていた。

それが、互いの隙を探る為の心理戦である事を、その場にいる者達は感じる事が出来なかった。


再び、宇宙空間へ。

比較的地球へ近い位置に、萩原雪歩がハッ、ハッ、と呼吸をしながら、ただ敵を待っていた。
その敵は、肩部のビームキャノンと、二連装メガビームライフルの砲身を、雪歩の駆るユニコーンガンダムへ向けて、放っていく。

両手で掴んだ二つのシールドで防ぐと同時に、スターク・ジェガン用のミサイルポッドを全弾射出するユニコーン。
近付いてきたミサイルポッドを、頭部のハイメガキャノンを放つ事で撃ち落とした機体――
雪歩と同じく765プロに所属するアイドル・三浦あずさの駆るダブルゼータガンダムが、背部スラスターを稼働させながら接近する。

『雪歩ちゃん、ここは――!』
『私たちが勝つわ!』

 ダブルゼータの背後で備えていた、765プロ所属アイドルである水瀬伊織の駆るガンダムスローネドライが、
GNコンデンサーからGNステルスフィールドを展開し、ユニコーンのセンサーやメインカメラが、全て砂嵐状態となる。

その隙に接近するダブルゼータだが、ユニコーンは搭載されていた武装を全て同時展開すると同時に、放てるだけの攻撃を放っていく。

狙いもつけず、またロックオンも出来ない状況ではあるものの、全方位に向けて放たれる弾頭を避け、撃ち落とす事に集中するダブルゼータと、
またステルスフィールドを解除しながら弾頭を避け切ったスローネドライの視線には、装甲の隙間から見える虹色の光が見えた。


『――ごめんなさい、ごめんなさい……っ!』

 デッドウエイトにならぬよう、武装を全てパージしたユニコーンは、
背部に搭載されたブースターユニットを武装としてダブルゼータとスローネドライに向けて射出。

そのブースターユニットにビームマグナムを打ち込むと、大爆発を起こして、二機の視界を遮ると同時に――その機体を『変身』させた。

三基のシールドが、ユニコーンの元を離れ、だが二機の敵に向けて急激に接近していく。
シールドに搭載されたビームガトリングガンによるオールレンジ攻撃を避けながら、ユニコーンに視線を向けようとした二機だったが、
いつの間にか接近していたユニコーンガンダム――そのデストロイモードのビームトンファーに、それぞれコックピットを焼かれ、墜ちていく。

『……ごめんなさい、あずささん、伊織ちゃん』
『謝る必要なんて、無いわ。先に仕掛けたのはこっちだもの』
『雪歩、アンタは勝ち残りなさい。そして……答えを』

 爆ぜていく二機を視界に入れながら、雪歩はフゥッと息をついた後に、再びシールドファンネルを展開し、それまで傍観していた回りに向けて、攻撃を開始する。

――あんな化け物に、勝てるわけがない。

ライトニングガンダムを駆り、戦いに参加していた315プロ所属の男性アイドル・桜庭薫は、後にそう述べた。


だいぶ時間が経過した。残り時間は十五分弱。
卯月と凜は、目の前に来る敵に対して対処する事を目標としていたが、遂にはその敵が、誰もいなくなった。

『いや→、しぶりんとしまむーはユーシューなヘーシですなぁ亜美』
『ですな→、真美』

 765プロ所属アイドルにして、双子の少女――双海亜美と、双海真美だ。

双海亜美はデスティニーシルエット装備のインパルスガンダムを。
双海真美はマルチプルアサルトストライカー装備のストライクガンダムを駆り、卯月と凜を従え、戦っていた。

『でも、何で私たちと一緒に』
『んー、一番面白そうって思ったからかな』
『そーいう感覚は、大事にするのが双海姉妹ですぜ』
「助かりました……ありがとうござ」

 卯月の言葉を、遮るように接近警報が鳴り響く。卯月以外の三機はすぐに武装を構え、卯月も慌ててそれに続いた。

その時だった。
高出力のビーム砲が放たれた事を確認した瞬間、デスティニーインパルスガンダムの腕部ビームシールドがそれを防ぎ、ストライクのランチャー砲が火を噴いた。

『涼ちんだねっ!』
『下がって、二人とも!』

 亜美と真美が、左右に展開して、その敵機に向けて駆け出す光景を、凜も卯月も唖然とした表情で見据える事しか出来なかった。

目の前で、物凄い速度で加速をする機体は、ガンダムタイプでは無かった。

その高出力スラスターと、空気抵抗を無くす為か、丸みを帯びたデザインのそれは――トールギスⅢ。

876プロ所属アイドル、秋月涼の駆る機体だった。


『亜美さん、真美さん――覚悟!』

 綺麗な声だが、普段テレビで聞く、秋月涼の声色では無い。

彼女――いや、彼は男性でありながら、女装をしてアイドル活動に励む男の子だ。

ガンプラを、ガンダムを愛する一人の少年は、その手に掴むメガキャノンを放ち、その手にシールド内蔵型のヒートロッドを展開し、それを一振りした。

インパルスとストライクの対艦刀がそれを防ぎ、ランチャー砲と二門ビーム砲塔を稼働させ、それを連続して放っていく。

『卯月、援護するよ!』
「え、え、でも下がってって――」
『秋月先輩は、正直765プロの皆さんでも手こずる化け物クラスのパイロットなんだよ!』

 その理由は、トールギスⅢの高機動性と、そのスラスター稼働を支える、涼自身のパイロットスキルだ。

大型のビームをまるで意味が無いように避け、ヒートロッドを振り回すと同時に、バルカンを放っていく。

――まるでガトーのようだ。

そう卯月が、唯一知っているガンダム作品で、その戦い方を例えた後に、ジム・ライフルの銃口を、トールギスに向ける。

発砲。宇宙空間を駆ける銃弾だったが、それを避ける事もせずに受け切ったトールギスは、その手に持つメガキャノンの砲身をジム・カスタムに向ける。

だがその攻撃を遮ったのは、凛のMk-Ⅱだ。
ビームサーベルを構えて切り込むと、それをシールドで受け切ったトールギスが距離を取り、ヒートロッドでMk-Ⅱのサーベルを叩き落した。


『遅いよ、346プロ!』
『じゃあ765プロは』
『いかがかな、涼ちん!』

 インパルスとストライクの構えた対艦刀が、計二振り。
それを脚部スラスターを稼働させ、その身を一回転させて避けた後に、そのヒートロッドを横薙ぎした。

対艦刀で受け切った二人だが、そこで止まらない。
三機によってなされる剣劇――その後三機が一瞬だけ動きを止めると同時に。

それぞれの獲物を振り切った。

トールギスⅢのヒートロッドは、インパルスのコックピットを焼き切り、メガキャノンの砲身から放たれた光は、ストライクの上半身を丸ごと吹き飛ばしていた。

そして二機の対艦刀は、トールギスのコックピットを貫いており――

『相討ち――』
『あーもー。ちょっとはパイセン面しようと思ったのにね、亜美』
『だね。ひどいよ! 涼ちんっ』
『こ、こっちも真剣に戦ってただけですよ!?』

 涼の慌てる様に弁明する姿を見て、凛と卯月が一瞬微笑むと、亜美が小さく呟いた。

『……でも真美。これで亜美たちは脱落だね』
『しょうがないよ――ねぇ、しまむー。ちょっといいかな』
「は、はいっ!」

『――はるるんと、ミキミキを、止めて欲しいんだ真美達の代わりに』

 その言葉を理解する事が出来ぬまま、亜美真美との通信が途絶えた。

――その時。予選時間が終了した事を知らせるブザーが鳴り響いた。



試合終了。生き残った機体のカウントがなされる。

346プロからは。
島村卯月、ジム・カスタム。
渋谷凛、ガンダムMk-Ⅱ。
神崎蘭子、ウイングガンダムゼロカスタム。
日野茜、ゴッドガンダム。
以上の四機が。

765プロからは。
天海春香、ガンダム。
星井美希、ガンダムエクシアMk-Ⅱ.
萩原雪歩、ユニコーンガンダム。
菊地真、シャイニングガンダム。
高槻やよい、ガンダムX。
以上の五機が。

876プロからは。
日高愛、マスターガンダム。
水谷絵里、ガンダムAGE-2。
以上の二機が。

315プロからは。
天ヶ瀬冬馬、クロノス・エデン。
以上の一機が。


ある程度プロダクションで固まってはいるものの、この人数での予選通過が決定し、悔しそうな表情を浮かべる者達もいる。
そんな中、卯月と凜がコックピットから顔を出すと――。

「お疲れ様。予選通過おめでとう、卯月ちゃん、凜ちゃん」

 同じくコックピットから出たばかりの、萩原雪歩が、ヘルメットを脱いで、その笑みを浮かべた。

「雪歩さんも、おめでとうございます!」
「本戦では、負けません」
「うん。――私も、出来るだけ頑張るね」

 覇気のない声で、雪歩が小さく微笑みを見せると、更衣室へと向かって行く雪歩。

その姿は、二人の少女を追いかけていた――天海春香と、星井美希だ。

二人は、まだ醒めぬ殺気をまとわせたまま、更衣室へと向かっていく――その姿を見据えて、卯月と凜は、冷や汗を流した。

「……次の本戦は、あの人たちと、本気で戦わなきゃいけないんですよね」
「……うん」

 765プロ、876プロ、315プロの天ヶ瀬冬馬――

アイドルマスター戦役を戦い抜いた英雄たちの中で、346プロダクションは、どう輝きを放てばいいのか。

まだ二人には、分からなかった。


『第二次アイドルマスター戦役、次の勝負は、一対一での真剣勝負となります。
この勝負で勝利したアイドルが、決勝バトルロワイヤルに進めるのです。

 では、組み合わせを発表致します』

 第一試合
島村卯月VS萩原雪歩。
 ステージはギアナ高地。

第二試合
菊地真VS日野茜。
ステージはコロニー内。

第三試合
高槻やよいVS神崎蘭子。
ステージは地上市街地。

第四試合
天海春香VS水谷絵里。
ステージはデブリ群。

第五試合
天ヶ瀬冬馬VS日高愛。
ステージは森林地帯。

第六試合
星井美希VS渋谷凛。
ステージは宇宙空間。

それぞれのアイドル達が淀めく中、天海春香と星井美希だけが、互いに互いを睨み合っていた。

――勝ち上がって来い。

そう言わんばかりの視線で、二人がにらみ合いを終えると、その日のプログラムが終了となった。


以上で第二章【第二次アイドルマスター戦役・予選開始】は終了です。
第三章【本戦開始】を明日公開予定にはなりますが、もしかしたら長引くかも……


>>1です。誰も見ていないかもしれませんが、長らく投下せず申しわけありません。
ちょいと仕事のトラブル続きで投下できない状況が続いていました。
とりあえずまた投下していきます。


第三章【本線開始】

島村卯月は、その手にジム・カスタムを掴んで、事務所のソファで頭を抱えていた。

アニメ・機動戦士ガンダムUCを見ながら、こんな化け物みたいな機体に、どうやって対処すればいいのか――そればかり考えていたのだ。

「おはようございます――おはよう、卯月」
「あ、凜ちゃん……おはようございます」
「緊張してるね。まぁ、私もだけど」

 組み合わせが発表されて以来、346プロには緊張した空気が張り詰めていた。

何せ、この事務所のメンバーが次の試合で相対する敵は、全員が765プロ――
アイドルマスター戦役で、伝説的な戦いを残し、今もなお成長を続けるアイドル達であるからして、その緊張は計り知れないだろう。

「アニメ見るより、卯月は雪歩さんの記録を見た方が良いかも」

 スマホを操作し、それを卯月へと渡した凜は、そのスマホ内に残した映像を再生した。

「雪歩さんは、とある異名を持つパイロットなんだ」
「異名?」

「『生けるニュータイプ』――UCを見てたなら、ニュータイプって言うのが何かは分かるよね」

「えっと……エスパーみたいな人?」

「そう。でも兵士としての側面を言うならば、直観力に優れ、サイコフレーム搭載機を極限までに動かすことの出来るパイロット……
と言った方が良いかな。雪歩さんは、現代に現れたニュータイプって呼ばれている」


 その理由として、と再生したスマホの中にある動画には、まず第一次アイドルマスター戦役の決勝にて、
御手洗翔太の駆るストライクフリーダムガンダム・ネーロを相手にする雪歩の姿が。

最初こそ劣勢を見せていた雪歩だったが、デストロイモードへ変身をした後には、攻勢へと打って出る。

「ここ」

 映像を指さした先は、ユニコーンが掌を握りしめた瞬間に、ストライクフリーダムのドラグーンユニットが、一斉にストライクフリーダムに襲い掛かる場面だ。

「ユニコーンには、そのサイコフレームを用いた、サイコミュジャックと呼ばれる機能がある。
サイコミュ兵器を奪い、自在に操る事が出来る能力――でも、このストライクフリーダムのドラグーンユニットは、
似てる武装ではあるけど、遠隔操作ユニットー―ただの無線操作ユニットでしかないんだよ」

 その操作を奪い、操る。

当初はただのバグか、ゲーム上の仕様と言われていたが、後にガンダム・ビルドバトラー事業部がこれを否定。

ログデータには異常が無く、ゲーム仕様でもあのような動作を行う筈がないとなっていた。

事実、他のパイロットが同様の操作を行っても、雪歩のような動作を行うことは無かった。


それ以外にもある、と凜が続ける。

それは第一次アイドルマスター戦役の一回戦、雪歩と絵理の駆るAGE-2との戦いでの事だ。

萩原雪歩は、その勝敗が敗北で決しそうな段階で、ユニコーンモードからデストロイモードに変身を遂げ、見事勝利を遂げている。

だがおかしいのは、後のインタビューだ。

後に語られた内容では、その際に雪歩は『HGユニコーンモードのプラモデル以外は、ガンプラスキャナに読み込ませていない』旨が語られている。

本来、変身機能を備えていない、HGのユニコーンガンダムは、ユニコーンモードとデストロイモード、
二つのプラモデルを用意しなければ、変身機能を使用する事は出来ない筈なのに。

異常動作を疑ったプログラマが、対戦中にそのログデータを参照したが、そこに異常は無く――
ただユニコーンガンダムに萩原雪歩が搭乗している事実だけがあった事が語られている。

ゲーム仕様でも無く、バグでも無い。

その様な現象を多く引き起こし、その愛機であるユニコーンガンダムの力量を百パーセント以上に引き出すその能力――

その能力を称え、多くのパイロットが呼ぶ名が。

『生けるニュータイプ』であった。


「そんな人にどうやって勝ったら……」

「落ち着いて。今回の試合、卯月と雪歩さんの試合は、ギアナ高地での試合って決まってる。
大気圏内ではフルアーマーは重すぎて装備は避けるはずだし、シールドファンネルも使えない――筈。雪歩さんも避けると思う」

 生けるニュータイプといえど、ゲーム仕様を最初から避けて通れるとは考えていないだろう。
ステージがギアナ高地と分かっていれば、通常装備のユニコーンガンダムを使用する筈だ。

「だから卯月が考えるべきは、一つだけ」
「一つ」

「そう。雪歩さんは、ある程度自身の流れが来ないと、デストロイモードへ変身出来ないと思われる」

 それは、今までの試合記録が物語っていると、凜が言う。

「だから、ユニコーンモードからデストロイモードへ変身する前に、倒すしかない。
――デストロイモードに変身したら、勝ち目はない。それだけ分かって最初から戦っていれば、勝機はあるよ」

 凜の励ましに、少しだけ助けられた卯月は、微笑みを見せて凜へ「ありがとう、凜ちゃん」とお礼を言う。

「でも凜ちゃんは大丈夫? 相手は星井先輩なんだよね」

「うん――でも、始めから勝機の無い戦いはしないよ」


その時、事務所の扉が開かれ、スーツを着た大男が鋭い目つきで二人を見据え、ぺこりとお辞儀をした。

「お疲れ様です、お二人とも」
「あ、プロデューサーさん!」
「イタリアから帰ってたんだ。お疲れ様」

 彼女たちのプロデューサーだ。
今までイタリアでアイドル達の引率を行っていたが、その仕事も終わったらしい。

「……第二次アイドルマスター戦役での勝ち残り。素晴らしい活躍だと思います」

 彼は手帳を取り出して、仕事の確認を始める。

「次回の試合は五日後、東京ビッグサイトで行われます。勝ち上がった事務所毎でのミニライブを行った後に、本戦の一対一が行われます」
「ミニライブ! 765プロの皆さんや、876プロの皆さんと歌えるんですね!」

 嬉しそうにする卯月と対照的に、凜が問う。

「謎だったんだけど、もし予選で全員が保身に走ってたら、どうなってたんだろう。
さすがに百八十人弱、全員戦わないとは思わないけど、制限時間がある中で百人程度が戦わないって事も考えられるよね」
「そうならないよう、予め話が幾つかの事務所に振ってありました――経験豊富な765プロダクションと、876プロダクションです」

 765プロと876プロには、予め戦局を荒くしてほしく、ある程度暴れてほしいと言う旨が伝えられていたという。


「こちらにも話が振られていましたが、幾人か好戦的なプレイヤーがいますので、問題ないと返答してはおきました。
――それでも三十人弱で挑んだバトルが、四人しか勝ち抜け出来なかったと言うのは、いささか765プロや876プロの方々が強すぎました」

 346プロの強みは、個性の強いアイドル達が百五十人以上いると言う点だ。
その利点を生かし、少しでも多くのアイドルを本戦に進ませたかったそうだが、実状765プロが約半数を誇る。

「……ですが、私の予想では765プロの方々はもう少し多く生き残ると考えていました」
「それは、どうして」

「765プロの強みは、その強い団結力です。もちろんワンマンアーミーなプレイヤーは居ますが、
その彼女たちも仲間との連携を取る力量はある――それを振り回されれば、ほとんど765プロの方々が本戦に入り込むと考えていました」

 だが、内容は違った。

連携どころか天海春香や星井美希、萩原雪歩や三浦あずさ、水瀬伊織のように、協力せずに事務所同士で争った形跡すら見られる。

「内部分裂……?」

「あれ程強い絆で結ばれた事務所なので、そう簡単に内部分裂を引き起こすとは思いませんが――
それに近い、何かがあったとは予想できます」

 だからこそ、チャンスだとプロデューサーは言う。


「あなた方は、あなた方の強みを引き出している。一矢報いるチャンスは、十分にあります」

「私たちの強み?」

「笑顔です」

 プロデューサーは、臆面も無くそう言って、自身もその不動の表情を、少しだけ笑みに変えた。

「あなた方は戦いを楽しみ、最後まで笑顔でいればいいのです。戦いの女神は、そんなあなた方を祝福するでしょう」

 彼の力強い言葉に、卯月と凜は目を合わせて、最後に笑顔を浮かべた。

「はい、笑顔には自信があります!」

「私、そこまで戦いの中で笑顔にはなれないけど――勝って笑いたいって思いはあるよ」

 二人の言葉にしっかりと頷いたプロデューサーは、卯月のジム・カスタムを手に取り、その隅々までを観察する。

「……島村さんの機体は、スミ入れを行いましょう。後はセンサーやV字マーク等のシール部分は、全て簡単に塗装できますので、塗装も」

「スミ入れは分かるけど、塗装は初心者には難しくない?」

「渋谷さんの指導があれば、可能と思いました」

 凜が頷き、ツールを取り出すと、それを卯月へと手渡した。


「渋谷さんのMk-Ⅱは高いレベルを持っています。後は時の運と戦局次第。

大丈夫、あなた方の勝機は必ずある。

それを大切に――悔いの無いように」

『はいっ』

 二人が返事を返すと、凜は卯月のプラモデルを見据えてスミ入れ個所と塗装箇所の確認を行い、

卯月はその凜の教えを守り、自身のプラモデルを改修していった。


346プロダクションの中にある噴水で、神崎蘭子は黒い日傘を差しながら座り、日傘をくるくると回し、小さく溜息をついた。

その隣に、巨体の男性が腰を下ろす。

「む……我が盟友。戻っていたか。闇に呑まれよ!
(訳:あ……プロデューサーさん。帰っていたんですね。お疲れさまです!)」

「お疲れ様です。――次回の戦いは」

「心配は無用ぞ。私の白き翼の機械人形、そう易々とやられるわけは無し。
(訳:大丈夫です! 私もレベルアップしてますから、そう簡単にやられません!)」

「ですが、神崎さんは悩んでいます」

「……なぜそう感じるか?
(訳:……なんで分かっちゃうんですか?)」

「笑顔です。貴女の表情から、その力を感じません」

「……まったく、我が盟友に嘘はつけんな。
(訳:……流石プロデューサーさんですね)」


 蘭子は立ち上がり、その日傘を閉じてフゥッと息をついた。

「如何にも。柄にも無く恐怖している……彼の存在、高槻やよいと言う太陽のような存在に、闇の使者である、この私が……。
(訳:すっごく緊張してます。だって、相手はあの高槻やよいさんですよ? 緊張しない方がおかしいです)」

 プロデューサーは、少しだけ言葉を探す様に沈黙した後、決意を秘めた表情で顔を上げ、口を開いた。

「神崎さんは、いつも通り戦えばいい。ガンダムWを好きと語る貴女の表情を、私は知っています。

――貴女の想いと、それを引き出す笑顔があれば、必ず勝機はある」

「……感謝するぞ、我が盟友よ。
(訳:プロデューサーさん……ありがとうございますっ!)」

 最後に、小さく笑みを浮かべた蘭子の表情を見据え、プロデューサーも安心し、その場を後にした。


日野茜は、レッスンスタジオで一人、その小柄な体に似合わぬシャドーボクシングをしながら、体を温めていた。

そんな中、プロデューサーがレッスンスタジオに入室し、茜はそちらを見据えて、表情を驚かせた。

「プロデューサーっ! 戻っていたんですね!」

「お疲れ様です。調子はいかがですか」

「絶好調っ――と、言いたいのはやまやまですが、ちょっとだけへこんでます」

「対天ヶ瀬冬馬、ですか」

 はい、と小さく呟き、茜は先日の予選を思い出していた。

確かに茜は生き残った。876プロの水谷絵里と協力する事により。

だが、315プロ所属アイドルである天ヶ瀬冬馬と相対した時には、二人がかりで戦っても勝負は五分五分だったのだ。

結局、茜は絵理のサポートを受けながらも、伝説のパイロットとの戦いを、勝ち残る事が出来なかったのだ。


「そして、次の対戦相手は、尊敬する菊地真先輩ですっ! ……ワクワクします、凄く嬉しいです、今からものすごっく楽しみですっ!!

 ――でも、勝てる気が、しないんですっ!」

思い切り右足を振り切り、素振りをするが、この攻撃も真との実戦であれば、受けられるだけだ。

「日野さんは今、仕事にかける情熱だけを見据えて物を言っています。それは、貴女の本当の力では無い」

「私の――本当の、力!?」

「はい。貴女の力は、仕事にかける情熱だけでなく、自身の心を燃やそうとする、熱い思いです。

 仕事の事など、どうでも良いとそっぽ向いて頂いて構いません。

――貴女は、貴女の笑顔に自信を持ち、楽しむ心を持って、戦いに挑めばいいのです」

 プロデューサーの言葉を、茜はどう捉えたのだろう。

茜は、言ってしまえば頭はそれほど良くは無い。だがそれ故に、純粋だ。

「楽しみます! プロデューサーが高めてくれたこの想いと、自分のガンプラに――

 そして、この仕事にかける情熱とっ!

自分の笑顔に自信を持って、この手に勝利を収めてみせますっ!!」

防音対策のされたレッスンスタジオに、ビリビリと響く彼女の声を聴き、プロデューサーも頷き、彼女に向けて緑茶を手渡した。

無表情だが、確かに感じたプロデューサーのアイドルへかける情熱を受け取り、茜はその可愛らしい笑みを浮かべ、特訓を再開した。


東京ビッグサイトは、沢山の人間がすし詰めになっていた。

当日券は販売開始前に完売が確約。前売り券などはオークションに高値で流されている始末となっていた。

『第二次アイドルマスター戦役』
――その会場は慌ただしく、本会場は開場二十分で満席、別フロアに用意された立見席や着席フロアも席が足らずの状態となっていた。

 アイドルのファンは、むしろ少ない方だ。

ガンダムを愛し、ガンダム・ビルドバトラーと言う作品を愛する者。

そして伝説の『アイドルマスター戦役』の事を忘れる事の出来ない人間たちが、そこに駆けつけていたのだ。

島村卯月、渋谷凛、神崎蘭子、日野茜は、ステージパフォーマンス用のパイロットスーツを身にまといながら、ミニライブの工程表を確認していた。

今日の仕事は、ただガンプラバトルをする事だけでは無い。プロモーションイベントに相応しいミニライブで、新たなファンを獲得する事も仕事の一つだった。


ちらりと、卯月が周りを見渡すと、そこには嬉々とした表情でミニライブの工程を確認する、日高愛と水谷絵里。

愛がふと、卯月の視線に気が付くと、そちらに駆け寄ってくる。

「346プロの皆さんっ! 本日はよろしくお願いしますっ!」

『宜しくお願いしますっ!』

 挨拶を返し、茜と愛が対面する。二人は以前とあるラジオで共演した時から仲が良かったはずだ。

「茜ちゃんっ! 真さんは手ごわいから、気を付けてね!」

「はいっ! 私の熱血パワーで、出来うる限りの戦いを繰り広げて来ますっ!」

「……ここだけ、熱気が凄い……?」

 二人の怒号に、少しだけ引いているのが、水谷絵里だ。凛と卯月が簡単に挨拶を済ませると、絵理もぺこりと頷いた。

「……えっと、346プロの皆は、緊張、してる?」

「は、はいっ! すごく緊張してますっ」

「何せ相手は全員、765プロの皆さんですから」

「うーん……確かに」

 彼女も、765プロの化け物じみた戦い方を知っている。
絵理はその彼女たちに匹敵する実力を持ってはいるものの、実力が同程度ならばそれを相手にする苦労も人一倍知っている。


「……でも私も相手は天海春香さんだから、条件は、同じ?」

「応援してますっ」

「……水谷絵里、頑張りますっ」

「あぁ! 取られました、凜ちゃんっ」

「ふふっ、それは良いね。私もこれからそうするよ」

 そんな談笑をしていると――楽屋からステージ裏へと歩いてくる、三人の男女。

天海春香。

星井美希。

天ヶ瀬冬馬。

三人はそれぞれ隣り合わせに歩いていると、工程表を持ち、顔を合わせた。

「天海。俺が最初のステージだから、〆はお前達に任せる」

「うん。美希も良いよね」

「大丈夫なの」

 短い意志疎通。それを済ませると、冬馬が346プロの面々に近付いてくる。


「天ヶ瀬冬馬だ。今日は宜しく頼む」

「は、はいっ! 私、島村卯月です! よ、よろしくお願いしますっ!」

「渋谷凛です。よろしくお願いします」

「日野茜ですっ! 今日は宜しくお願いしますっ!!」

「我が名は神崎蘭子……闇に呑まれよ!(訳:神崎蘭子です、お疲れ様です! よろしくお願いします!)」

「おう、闇に呑まれよ!」

『!?』

 蘭子の言葉に、冬馬が応じ、全員が動揺していると、冬馬もしまったという表情でワザとらしく咳払いし、工程表を取り出した。

「えっと……876プロ。俺の後、お前たちだから、繋ぎ頼む」

「はいっ! 任せてください!」

「……泥船に乗ったつもりで、安心してください?」

「それ安心できねぇじゃねぇか!」

「その後は346プロの皆さんの出番ですね! 765プロの皆さんへの繋ぎ、任せましたよ!」


 愛の言葉が、卯月たちを緊張した面持ちに変化させる。

卯月が春香と美希の元へ駆け、強く頭を下げる。

「きょ、今日はよろしくお願いしますっ!」

「うん、よろしくね、卯月ちゃん」

「よろしくなの、しまむー」

 二人は先日と同じく、空気はどこか重めだが、まだ戦いの雰囲気では無い。戦いの前にあるミニライブに集中している、と言う事だろう。

そこで、遅れて三人の少女もバックステージに入ってくる。

高槻やよい、菊地真、萩原雪歩の三人だ。

「おはようございますーっ」

「おはようございますっ、今日はよろしくお願いしますっ」

「お、おはようございますぅ」

 三人がそれぞれの面持ちで入って来た事を確認すると、卯月、茜、蘭子の三人が、彼女たちに駆け寄った。


「雪歩さん、その……きょ、今日はよろしくお願いしますっ」

「うん。宜しくね、卯月ちゃん」

「菊地先輩っ! 私今日は負けませんよっ」

「良く勝ち上がって来たね、茜――大丈夫、僕も手加減する気は無いから、正々堂々と戦おう!」

「序章では世話になったな……我が眷属。此度の戦線、共に死闘を繰り広げようぞ!
(訳:高槻先輩、先日はありがとうございました! 私、精一杯戦います!)」

「えへへ、私も楽しみにしてきましたっ、一生懸命戦いますので、よろしくお願いします、蘭子さんっ」

 それぞれ、互いに戦う者達への挨拶を終えると、スタッフが近づきミニライブの最終確認へと移っていく。

まずは天ヶ瀬冬馬による二曲のライブを行った後に、876プロへとバトンタッチ。

 876プロも同じく二曲演奏を終えた後に、今度は卯月たち346プロへと続く。

346プロも同様に二曲のプロモーションを終えると、765プロによる締めが行われる。

 この締めも二曲で、それぞれのプロダクションが二曲ずつライブを行っていく方式となった。

「では、よろしくお願いします。――アイドル達のライブを、こんな特等席で観れるなんて、この仕事をしてて、思いもしませんでしたよ」

 最後に、そうゲーム側スタッフの言葉を聞いて、全員が笑みを浮かべた所で、リハーサルの時間となった。


リハーサルの最中。765のプロデューサーと346プロのプロデューサーは、互いに顔を見合わせていた。

男性としては標準的だが、爽やかな印象が強い765のプロデューサーと。

ガッチリとした体つきと不愛想な顔立ちの346のプロデューサーは、誰がどう見ても正反対な性質を持者達だったが、二人は普通に談笑している。

「それにしても、そっちのアイドルも良い子達を揃えてるよな」

「……はい。先輩のアイドル達には、まだまだ到底及びませんが」

「まだまだって事は、追いついて来れるって事か?」

「当然、如何なる事があろうとも、そうします。彼女たちには、その名誉に相応しい笑顔がある」

「――笑顔、か。なぁ、アイツら今、お前のお眼鏡に敵う笑顔してるか?」

「……何時もの彼女たちを街中で見つければ、私は知らず知らずの内に名刺を差し出してしまうかもしれませんが――今の彼女たちは、その力を感じません」

「だよな。そうだよな」

 苦笑を浮かべた765プロのプロデューサー。

「……何が、あったのですか」

「お前には言っておくよ――実は」


 彼の口から告げられる事実に、346プロのプロデューサーは、表情を変えずに聞いている。

だが、その内心は、彼のプロデュースするアイドル達に対しての理解が渦巻いていた。

「……そういう、事でしたか」

「だが、そんな事は言い訳にならない。アイツらが一人ひとり、乗り越えていかなければいけないんだ。

 真、やよい達は、もう答えを見つけてくれているけど、春香と美希、雪歩……アイツらはまだ、迷ってる。美希に至っては、危ない所まで来ている」

「星井さんは、貴方にべったりですから」

「アイツももうトップアイドルだ。そんな甘えは許されないさ」

「例えトップアイドルでも、彼女はまだ十五歳の少女です」

「……理解はしてるさ」

 含み笑いをした彼に、346プロのプロデューサーは何も言う事は出来ず。

今、開場の時間となった。


『あの伝説が――今宵帰ってくる。だが地球に住む連中は、その温かさが分かっていない。私には分かるのだよ、アムロ』

『だから! 人々に希望の光となる戦いを、見せなければならないんだろう!?』

 イベント会場が盛り上がる。

映し出される映像は、かつて『アイドルマスター戦役』と呼ばれた戦いの映像で、観客がその映像を見ながら、雄叫びを挙げた。

『第二次・アイドルマスター戦役』

『ここに今、開催を宣言する!』


 アムロとシャアのオープニングが終わると同時に、舞台が一度暗転する。

それと同時に、軽やかな音楽と共に姿を現す、天ヶ瀬冬馬。

『皆――俺たちの戦いは、まだ終わってねぇぜ!』

 彼の言葉に、観客は湧き上がり、そして冬馬が歌い上げるのは、彼のソロ曲である『BANG×BANG』だ。
軽やかだが力強くもある歌詞と、冬馬の強い歌声で歌われる曲、そして冬馬のキレがあるダンスで魅了される観客も少なくない。

961プロの時から彼を追いかけていたファンも、冬馬の登場に歓喜せざるを得ない。

そんな彼のソロ曲が終わると同時に、冬馬が一度踊りを止めると、一言呟く。

『――この曲は、今ここに居ない、315プロの皆と歌う筈だった曲だ。俺だけで歌う事になっちまって悪いけど、精一杯歌うぜ!』

 流れる曲は、彼の言う通り315プロの全体曲である『DRIVE A LIVE』だ。

ジュピターや、デビュー間もない315プロ全員の気持ちを表すかのような、
次なるステージへと向かう者達の想いを込めた一曲に、ファンだけでなく戦いを見に来た者たちをも魅了していく。


そんな魅力ある彼のミニライブが終わり、今度は876プロへとバトンタッチする。

愛と絵理が歌い上げる最初の曲は、まず彼女たちの代表曲と名高い『HELLO』だ。

前回のライブの際も歌われたが、今回は愛と絵里の二人だけだ。
涼が居ない分をカバーしようと、二人は高く強く、その想いを込めて歌い終える。

『再び、あの戦いが帰ってきますね、絵理さん!』

『うん――今ここに居ない、涼さんの為にも』

『はいっ! 精一杯、このイベント成功させましょう!』

 続いて歌われるのは、HELLOのカップリング曲である『ハッピース』だ。

ワクワクとドキドキ、そしてイライラする事があっても、
皆と居たいと言う思いを込めて歌われる歌詞と情熱を聞き、観客は全員、耳を澄ませて聞いていた。


「……私たちの出番だね」

「はいっ、でも大丈夫です」

「765プロの方々へ、無事にバトンタッチしましょう!」

「さぁ、宴の始まりぞ(訳:さぁ行きましょう!)」

 四人が円陣を組み、手を合わせると、卯月の掛け声と共に、その言葉を叫んだ。

『目指せ――トップアイドル!』

 **

暗転した舞台から、突如光が降り注ぐ。

メロディの前に、歌声が響く。

まるで、これから輝こうとする者を鼓舞するかのような歌声と歌詞は、観客の視線を一つに集めた。

 ――346プロダクション、シンデレラプロジェクトの全体曲である『Star!!』だ。

四人のダンスと、その明るい笑顔、そして何よりも、初めてこのイベントに参加したにも関わらず、
先輩と言える者達と対等に渡り合おうとする輝きに、その場に居た全員が注目していた。


一番の演奏が終わると同時に、四人がその場に腰を下し、祈るように手を合わせた。

それと同時に流れ出すメロディと歌。

その力強い歌声と、Star!!に続くように次へのステージへと向かう少女達の想いを込めた一曲。

 ――346プロダクションの全体曲『お願い!シンデレラ』だ。

まだまだダンスも歌も、拙い所のある彼女たちだが、精一杯楽しんでいる雰囲気が伝わっているのか、観客も盛り上がっている。

卯月をセンターにしながら最後のフレーズを歌い終わると同時に、曲が止まるが、彼女たちはそれぞれ声を張り上げて叫ぶ。

『皆さーんっ! 第二次アイドルマスター戦役、来ていただいて、本当にありがとうございます!』
『私、前のイベントでは予選落ちだったから……今このステージに立てて、本当に嬉しいです!』
『私もですよっ!! 先輩方に負けない、熱いパッションを、皆さんにお届けしますっ!』
『ふふ、今こそ契約の刻――この舞台に再び、戦いの火蓋が切って落とされる!
(訳:このステージで、あの戦いがもう一度見られるんですね! 感激ですっ!)』

『私たち346プロの面々はまだまだいっぱいアイドルがいますが、勝ち残れたのはこれだけでした……

 でも、皆の想いを受け取って、私たちは一生懸命、戦い抜いて見せますっ!』

『応援、よろしくお願いしますっ』

 最後に、四人全員で頭を下げ、そのままバックステージへ駆けると――

王者と名付けるのが相応しい者達が、ステージへと駆けつけた。


『皆――お待たせ!』
『ミキ達の戦い、とくとご覧あれなのーっ!』

 大音量で、まずは前奏が流れると、力強い曲が歌われる。

シャイニーフェスタで初披露した人気楽曲である【Vault That Borderline】だ。

あの空の向こうへ、国境のその先へ。

まるで彼女たちがこれから駆けようとしている景色を映し出しているようで、観客も乗って手拍子を送る。

この曲のセンターは春香で、彼女の満面の笑顔が、観客を魅了していた。

その曲の演奏が終わると、今度は激しい前奏と共にダンスも激しくなる。

この曲のセンターは美希で、美希の激しいダンスを中心に、残る四人もバックダンサーを務める様にする。

こちらも、シャイニーフェスタで初披露した人気楽曲【edeN】だ。

先ほどの曲とはうって変わって、物悲しい雰囲気と共に、美希の扇情的なダンスが、観客一人一人の心を鷲掴みにしていた。


そのダンスを、346プロの面々は唖然とした表情で見据えていた。

レベルが違い過ぎる。

そのダンスから歌唱力まで、彼女たちの何倍も先を行くその光景を見据えて、凜は下唇を噛んでいた――が。

「いつか、私たちも、あんな風にキラキラしたいですね」

 卯月の言葉に、茜が「はいっ」と同意し、蘭子も頷いていた。

 凜は、ただその光景をまぶしく見据えていただけだ。

その事実を受け止め、凜も頭を一度切り替え「当然だよ」と強がった。

「いつかと言わず、今日なってやろうよ。765プロの人たちを、戦いの中でアッと言わせるんだ」

「はいっ!」


 楽曲が終わると、765プロの面々も息を整えながら、会場に向けて手を振り、声を上げる。

『皆さんっ、本日は第二次アイドルマスター戦役に来ていただいて、ありがとうございますっ!』

『ミキたち、前の戦いだけじゃあ物足りないの!』

『新たに勝ち上がってきた、346プロの面々も含めて、精一杯戦いますっ』

『こ、この舞台にまた立てて、私……感激ですぅ!』

『うっうーっ! 勝ち上がれなかった皆の為にも、私たち、一生懸命頑張りますっ!』

 そう、観客に向けて声をかける面々が、次第にバックステージへと戻り――最後に、舞台が暗転したその時、ナレーターの声が会場全体に響き渡る。

『ではこれより、十分間の休憩を挿んだ後、アイドルマスター戦役、第一回戦を開始致します』

 モニターに写し出される、二人の人物像と、二つの機体。

『第一回戦は――346プロダクション・島村卯月VS、765プロダクション・萩原雪歩』


十分間の休憩は、卯月にとっては一瞬に近い休憩時間だった。

深呼吸をしながら自らのジム・カスタムを握りしめ、パイロットスーツの安全確認を済ませていた。

今度は、きちんと自分で着る事が出来た。

凜も茜も蘭子も心配そうな表情で見据えていたが、卯月が最後に笑顔を見せて「行ってきます!」と挨拶すると、三人も手を振って見送った。

バックステージから現れる、卯月と雪歩に、観客が湧きあがる。

だが、誰もが勝利を雪歩と疑っていない。アウェーな雰囲気に呑まれないようにした卯月が、雪歩に視線を向ける。

雪歩は静かな視線を卯月に向けて、はにかんだ笑顔を見せた。

「宜しくね、卯月ちゃん」
「はいっ! 宜しくお願いしますっ」

 やり取りはそれだけだ。二人はステージに用意された筐体に入り込み、卯月はガンプラスキャナに自身のプラモデルを読み込ませた。

「レベルは――あ、19に上がってる!」

 ガンプラは、その完成度によってレベルが左右される。最大は30、最少は6。
以前調べた際のレベルは16で、そこから少しではあるものの、レベルが上がっているようだ。
 ブリーフィングタイム中に、周波数をランダム設定にし、雪歩に自分の息遣いなどを悟られないようにし――

『ではこれより、バトルスタートです』
 
ナレーターによる開始が示唆される。
卯月は操縦桿を握りしめ、そのスタートを待った。

『ガンプラファイト――レディ、ゴーッ!』

「島村卯月、ジム・カスタム――頑張りますっ!」

『萩原雪歩、ユニコーンガンダム――行きますぅ!』

 第一回戦のステージは、ギアナ高地と決まっている。

ジム・カスタムが最初に着地した場所は、緑生の濃い森の中。
ジム・ライフルとシールドを構えながら一歩ずつ前進していると――湖と池の前で、立ち尽くしているユニコーンガンダムが見える。

一本角のフォルムが印象強いガンダムで、その純白の装甲は、隙だらけに見える。

ロックオンシステムを駆動させて、そのコックピットに向けて、まずは軽くけん制を放つと、
それをシールドで受け切ったユニコーンが狙撃したジム・カスタムに視線を向けた。

「来た!」

 急ぎ退避を行うと、ユニコーンがその背を追いかけてくるようだった。

まずはスラスターを稼働させて高く飛び上がると同時に、再び森林に入り込むと、
サブカメラからユニコーンがビームマグナムを構える光景が目に入った。

(ビームマグナムは、そのビームを避けても熱線が恐ろしい。まずは全力で避ける事を考えて)

 凛のアドバイスを思い出し、卯月は引き金が引かれる瞬間を見計らって、機体を高く上昇させた。

ユニコーンが引き金を引くと、一秒近いメガ粒子の圧縮時間があったものの、その高出力ビームがジム・カスタムに向けて放たれる。
亜高速で迫るビームだが、予め計算していた射線予測と事前回避の結果、避ける事が出来た。

そして避けた事を確認すると、今度はジム・ライフルの銃身から銃弾が発砲される。
その銃弾はユニコーンの強固な装甲へ着弾するが、それを気にする様子の無いユニコーン。
だがダメージは確実に入っている筈だ。

(現実的に考えて、マグナムの弾数は大目に見積もって二十程度の筈。その撃ち尽くしを待っていると、デストロイモードが待ってる。
デストロイモードにさせてはダメ。でもマグナムの直撃を受けてもダメ。

 だったら、デストロイモードにさせても、後少しで撃墜って所まで、ダメージを持っていければ理想形だね)

着地し、再び空へと舞い上がると、今度はユニコーンも足を止めて、マグナムの銃口を再びこちらに向けていた。
高度を上げて更に射線から逃れると、再び放たれるマグナムも避ける事に成功。再び発砲――着弾。

「良しっ」

 卯月がそう小さく成功を祈ると、今度はジム・カスタムの動きを止めて、ユニコーンに向けて駆ける。
シールドを構えながらサーベルを展開し、それを振り切ると、ユニコーンもサーベルを展開し鍔迫り合いとなる。
それをすぐに弾いて切り結んだ瞬間に頭部のバルカンを放てるだけ放ち、
着弾を確認した後に、ユニコーンの後ろを取ると、そのまま再び距離を取った。

実弾では、ユニコーンの固い装甲を貫く事は難しい。

しかし、ダメージは確実に響いている筈――。


どこかおかしい。凜は観戦モニタでその戦いを見据えながら、ユニコーンに視線を送る。

行動があまりに単調すぎる。

ユニコーンの武装は確かに標準のガンダムタイプと同じで、頭部バルカンとビームマグナム、そしてサーベル程度だ。

これがデストロイモードになると、そのチート性能に誰もが苦戦を強いられる事になる。

だがユニコーンモードでも、雪歩の駆るユニコーンガンダムは非常に高性能の筈だ。

「――でも、チャンスかも」

 雪歩が完全に力を引き出せていないのならば、付け入る隙がある。もう少し強気で攻めても良いはずだ。

「卯月……勝てるよ、卯月……!」

 親友の勝利。

今の凜には、それ以上の事を考える事など出来なかった。


卯月も、次第におかしいと感じていた。

雪歩の戦闘記録は幾つか拝見し、その全てでユニコーンモードでの力量を見ていたからこそ、
卯月は彼女に対して恐怖感――いや畏敬の感情を持っていたのだ。

だが、今の彼女は違う。

自分のような、ゲームを始めて間もない素人にあしらわれる等、普段の雪歩ならあり得ない。

「何で――っ!」

 だからこそ、卯月は少しだけ無茶をした。

ビームサーベルとシールドを構えながら、ビームマグナムを構えるユニコーンへ正面から突撃する。

引き金が引かれるタイミングを計ると同時に背部スラスターを吹かせて上空へ舞い上がると同時に、
マグナムの射線から逸れると、再び全力でスラスターを吹かせて、シールドをユニコーンガンダムへ叩きつけた。

『つぅうっ!』
「雪歩さんっ! 接触回線で聞こえますか!?」
『う、卯月ちゃん……!?』

「何で――何で本気で戦ってくれないんですか!? 私が、私が弱いから、手加減しても、勝てると思ってるんですか!?」
『違う……違うよ』
「じゃあ、何で!」

 ユニコーンの腹部を、思い切り蹴り付けて、ジム・ライフルを掴んで引き金を引く。
ユニコーンは、ここでようやく動きを思い出したかのように、蹴り飛ばされた衝撃をスラスターで緩和させた後に、地を蹴って銃弾を避けた。
 その動きは、俊敏で正確だ。

だが、そこから何もない。

ユニコーンも、ジム・カスタムも。

二機はそのまま動かない。


「……雪歩さん。私、嬉しくないですよ。確かに負けるのは悔しいし、勝ちたいって思いは強いです。

 でも、勝つなら全力で戦い合って勝ちたいですし、負けても笑いながら『いい勝負だった』って笑いたい!」

『……だよね。ゴメンね、卯月ちゃん。でも、ダメなんだよ』

「何で……何でですか!?」

『私だって、本当は楽しく戦いたい、勝ちたい……。でも、迷い事があって……ふと考えるの。

 これは誰の為の戦いなんだろうって……この勝負は、誰の為なんだろうって考えたら……力なんて沸いて来なくて。

半年前は、仲間の為に頑張れた。でも、今の戦いはそうじゃあない。

 迷いながらも戦えば、きっと答えはあるんだと思って、バトルロワイヤルを勝ち抜いてみたけど……でも分からなかった……。

私は……私の悩みが、私を本気に、させないんだ……!』

卯月は、雪歩の話を聞いて、何一つ、雪歩の悩みなど、理解を出来ない。
だがそれでも、卯月は叫ぶのだ。

「わ――私の、私の為に、戦ってくれませんか!?」
『え……?』

「雪歩さんの悩みとか、私にはわからないです。
 でも私は、そんな雪歩さんに勝っても、負けても、きっと後悔するって思うんです。

だから、私の為に、私のワガママの為に、本気で――真剣勝負、させてください。お願いしますっ!」


そこで、雪歩は少しだけ項垂れ、そして考えるのだ。

――いいのだろうか、本気で戦っても。

そう考えた時、頭の中で卯月の可愛らしく、そして素敵な笑顔が横切った気がした。

――今私は、あの笑顔を歪ませている。

――そうだ。あの笑顔は、彼女自身の物では無い。

――あれは、誰もを笑顔にしようとする、アイドルの笑顔なのだ。アイドルとしての、魅力なのだ。

――私は、あんな笑顔を出来ているのだろうか。

否。断じて否。

モニターに薄く映る自身の表情を、どれだけ醜いと感じるだろう。

雪歩はどこか、自分が卑しく、卑怯な人間だと感じた。自分の為しか、戦う事が出来ない自分が、酷く愚かな存在に見えたのだ。

『……良いのかな、私』

「いいかどうか、それは私にはわからないです。それは、雪歩さんが出す答えですから。

 でも私は嫌なんです! だから――」

『……うん。ありがとうね、卯月ちゃん』


 ユニコーンのコックピット内で、タッチパネルが薄紫に発光している。

その画面を優しく撫で――彼女は、前を向いた。

『待たせてゴメンね、ユニコーン――ここからは、正真正銘、真剣勝負!』

 ユニコーンの装甲が、分裂を始める。

装甲の分裂により、パッシブな体格と変わると同時に、フレーム部分が露わになり、
そこから認識できない光が、ゲーム上では虹色の光として発光を始める。

最後に、頭部の一本角が裂けて、ガンダムタイプ特有のV字アンテナに変わった所で、

 ユニコーンガンダム――デストロイモードは、ビームマグナムを放り投げ、両手にビームサーベルを構えた。

『私と卯月ちゃんの為に、力を頂戴、ユニコーン!』

 雪歩の想いに呼応するように、ツインアイが光ると同時に、ユニコーンが動く。

両手のビームサーベルを振り切ると、それを卯月のジム・カスタムが片方をサーベルで、もう片方をシールドで受け切ったと同時に、距離を取り始める。

「強い……! 強いです、雪歩さん!」

 だが卯月はどこか嬉しそうだ。

島村卯月と萩原雪歩。

二人は笑みを浮かべながら、全力でその勝負を行い始めた。


「あぁもう……バカ卯月……! 何を焚き付けるような事を……!」

「でも、これでこそ真剣勝負って奴ですよねっ! くぅう……っ、燃えてきたぁ!!」

「秘めたる力――それは見目麗しい。萩原雪歩はその可能性の獣を奮い立たせるに相応しい聖女よ。
(訳:やっぱりデストロイモードへの変形っていいですよね……私見惚れちゃいます……)」

 後ろで茜と蘭子が見入るようにしている光景を見据え、凜はどこか、置いてきぼりにされている気分になる。

――私は、間違っていない。

勝利の為に、相手の弱みに付け込む事は間違いでは無い。

ましてこれは、ゲームなのだ。命をかけた勝負では無い。勝たなければ、意味はないのだ。

 だが――やはり疎外感がある。

筐体の中で楽しそうに笑う卯月と、後ろの二人。

同じプロダクションメンバーの筈なのに。

凜は今の居心地を、最悪と表現する他無い心境にあった。


「しまむー。強いね」

「うん」

 美希がそう呟くと、春香もそれに頷き、モニターでの観戦を続けている。

デストロイモードとなった雪歩の攻撃を、可能な限りいなして、そしてあまつさえ反撃のチャンスさえ伺っている様子も見受けられる。

普通のアイドルならばこうもいかない。

避ける事だけで手一杯で、誰もが雪歩の力に恐怖する。

「卯月ちゃんは、パイロットスキルだけなら美希を超えるかもね」

「むう。ミキあんなに無謀じゃないの。相手が弱ってるならそこに付け込むの」

「間違ってないよ。でもそれが出来ないのも、卯月ちゃんの魅力で、強さなんだと思う。――美希と違った、ね」

「……春香の強さとも、違く見えるよ」

「……そう、かもね。うん、卯月ちゃんは強い」


卯月は強い。
それは雪歩も実感していた。

ビームサーベルとトンファーの猛攻を、避け、捌き、そしてなおも反撃を行ってくる。
ここまでワクワクする戦いは久しぶりだと、熱き血が滾る思いとなってくる。

雪歩は、操縦桿を握りしめ、次の攻撃に思考を回した――その時だった。

背部スラスターと脚部スラスターを吹かしながら、雪歩の後ろを取り、そのまま逃げるジム・カスタムは、滝の方角へ向かう。

『逃がさない!』

 バルカンを放ちながらも、ジム・カスタムの背を追う雪歩。

そこでジム・カスタムが――滝の近くの湖へ着水した。

 チャンス。雪歩はそう考えた。

 水の中では、どうしても動きが遅くなる。それならば出力やプラモデル工作レベルで優れているユニコーンの方が有利になる事は間違いない。

ユニコーンが、ビームトンファーを構えて、それを振り下ろすと、思い切り湖に着水する。
同時に、二機のメインカメラが水しぶきで覆われ、前が見えなくなった――

その時だった。


ビームトンファーの攻撃に対して、左腕を犠牲にする事で致命傷を回避したジム・カスタムが、水しぶきで前が見えない状況の中、右手でビームサーベルを構えた。

――確かに白い装甲のままでは、ユニコーンがどこにいるか、メインカメラが水しぶきに覆われている状態では分からないだろう。

だが、今のユニコーンならば、分かる。

なぜなら、ユニコーンはゲーム上で、認識できない光を虹色に表現をしているのだから――!

水しぶきで完全に覆い隠せない、その虹色の光を頼りに、コックピットの位置を計算し、卯月はビームサーベルの光刃を、ただ前面に突き出した。

水しぶきが蒸発しながら、ユニコーンの装甲に突き刺したビームサーベル。

じじじじ……と。焼ける音がインカムから流れ、卯月はただ冷や汗を流した。

――落とせただろうか。

コックピットを外していれば、まだダメージは許容範囲であるだろうし、雪歩の猛攻が襲い掛かるだろう。そうなれば、この勝負は敗北となる。

会場の誰しもが、その行方を見届けようと、息を呑んだその時。

『――おめでとう、卯月ちゃん』

 雪歩の、最後の声が聞こえると同時に、ユニコーンガンダムの発光が薄くなり、次第にその巨体が崩れるように項垂れた。

ユニコーンは、落ちた。

萩原雪歩、ユニコーンガンダム、撃墜を確認。


会場が湧き上がる。

初参加で、ガンプラバトルを始めて間もないと言う卯月が、生けるニュータイプ――萩原雪歩に勝利した。

誰もが歓声を上げる中、凜だけが親友の勝利を、ホッと安堵した表情で見据えていた。

「まったく……ハラハラさせるなぁ、卯月は」

 卯月と雪歩が、筐体から姿を出すと、コメントを出す前に卯月が雪歩に向けて駆け出して、彼女に抱き付いた。

だがすぐに離れ、卯月は作り物めいたジトッとした表情で雪歩を見据えた。

「雪歩さん、私、怒ってますよ」

「うん。ごめんね卯月ちゃん」

「……今度は、最初から最後まで、真剣勝負で、戦いましょう!」

「……うんっ、こんな私で良かったら、また勝負しよう」

「約束、ですね!」

 最後に、卯月が笑顔を出すと同時に、ナレーターによる勝敗判定が下される。

『第一回戦、勝者――島村卯月、ジム・カスタム!』

 その判定と共に、卯月が満面な笑みで会場に笑顔を向け、手を振りながら雪歩と手をつなぎ、舞台裏へ――。

そこには、既に二人のアイドル……否、ファイターが、パイロットスーツを身にまといながら、次戦のスタンバイを完了させていた。

「卯月――ありがとう。雪歩の事」

 菊地真が、ガンプラを握りしめながら、そう呟くと、茜と共に舞台へと向かった。


『では、第二回戦。

 346プロダクション、日野茜と、765プロダクション、菊地真によるガンプラバトルを開始致します』

二人のファイターが、筐体内に入り込み、プラモデルを読み込ませる。

茜のゴッドガンダムの総合レベルは21と表示され、茜は頷きながら、ブリーフィングタイムを終わらせた。

『周波数設定、変更しなくていいのかい?』

「はいっ! ファイターは声じゃなくて、拳で語る者です。声に出ようが、それは力量を左右しません!」

『なら僕も――本気で行くよ』

「望むところですっ!」

 二人が、臨戦態勢となった事で、ナレーターが声を上げる。

『ガンプラファイト、レディ――』

『ゴォオオッ!!』

 ナレーターの言葉を全て待つ前に、二機が同時に発進し、そのステージへと飛び立った。

そのステージは、薄暗い空間だった。

コロニー内をイメージしたそのステージに降り立った二機は、眼前で構えるそれぞれの相手に向けて、まずは構えた。


『――行くよ、茜!』

「ハイっ!」

 菊地真の、シャイニングガンダムが先に動いた。

軽いフットワークでその拳を真っ直ぐに突き出してくると、その拳に拳を合わせた。

強い衝撃波がコロニー内を襲い、建物を瓦解させていく。

ゴッドガンダムの、腹部を狙った膝蹴りを、シャイニングガンダムの右肘がそれを受け止め、そのまま二機は三秒ほど睨み合った。

その後、脚部スラスターを吹かしながら二機が後方へ下がると同時に、その両腕のラッシュが、画面上を埋め尽くした。

『オラオラオラオラオラアアアッ!』

「ウリャリャリャリャアアアアッ!」

 拳と拳の混じり合い、せめぎ合いの熱量が、まるで会場にまで伝わりそうな、気合と声のラッシュを放つ。

最後に、二機の回し蹴りが互いの脚部を弾き合うと、真と茜はそれぞれ、冷や汗を流した。

 ――強い。

このゲームでは、基本的にパイロットの動きに合わせてコンピュータが演算・処理を行い、その結果エースパイロットのような動きを再現すると言う利点がある。

だが、それを差し引いても、双方の実力は互角。

ファイターとしての力量が互角ならば、互いの必殺技が、勝負を分ける。


――ならば!

真が、先に動いた。

両腕を腰の位置で構え、強く気を練るように力を込めると、それがパワーとして還元され、力場が周りにせめぎ合うようだった。

ゴゴゴ――と、コロニーの建物が崩れ去っていく光景を見据えながら、茜も同じく構えを取り、気を練り上げる。

互いに互いの力場をぶつける様にした後――互いにその気を、拳に集中させるように、その右手を構えた。

シャイニングガンダムは、フェイスカバーとアームカバーを解放させ、多大な熱をその手に発する。。

ゴッドガンダムは、ゴッドフィンガープロテクターが手の甲を覆うように展開させ、エネルギーを集中させる。

『ボクのこの手が光って唸る! 茜を倒せと、輝き叫ぶっ!!』

「私のこの手が真っ赤に燃える! 勝利を掴めと、轟き叫ぶっ!!」

 互いに、地を蹴って、その掌を――思い切り突き出した。

『シャイニング――フィンガアアアアアアッ!!』

「爆ぁ熱っ!! ゴッド――フィンガァアアッ!!」

 薄い緑色のシャイニングフィンガーと、豪炎をまとうゴッドフィンガーが、ぶつかり合う。

エネルギーとエネルギーのぶつかり合いは、それだけでコロニーを刺激し、既にコロニーは崩壊寸前となっている。

だがまだエアーは生きている。

まだ二人は、地に足を付けている。


互いに互いの必殺技を弾くと、再び距離を取る。

『茜――強くなったね』

「真さんも。まさか私のゴッドフィンガーが、受け切られるとは思ってなかったです」
 
ファイターが、互いに認め合うと、そのまま睨み合う。

――次の攻撃が、最後となる。

二人が思考を繋げた時、真が声を上げる。

『ボクは――雪歩みたいに迷わない。最初から最後まで、真剣勝負だ』

「嬉しいですっ! 私、真先輩と、ガンダムファイターとして戦えている。それだけで感無量ですっ!」

『茜、君は何のために戦う?』

「私は、自分の勝利と、仲間の笑顔――そして私自身の、笑顔の為にっ!!」

『そうか……強い筈だよ。今のボクには無い強さだ』

 だけど――そう真は言うと、右手の人差し指と中指を左手で包むようにして、その静かな闘志を――解放させた。

『ボクは負けない。ボクの勝利で何かが変わるわけじゃあない。

 でも――自分に嘘はつきたくない。勝ちたいって気持ちに、嘘はつけない』

「私も――そうですっ!!」

 茜も真と同じく、静かな――だが確かな闘志を燃やし、それを解放する。

『行くよ茜。これが最後だ』

「はい。――ここから先は」

『二人のガンダムファイトっ!!』


 二人が叫ぶと、その解放された力が、互いの機体を黄金に輝かせた。

――真のスーパーモード。

――茜のハイパーモード。

二つの黄金戦士は、互いに気をその手に集中させ、その気功弾を肥大化させてゆく。


『流派! 東方不敗がッ!!』


「最終奥義っ!!」


『石っ!』


「破っ!」


『天驚ケエエエエエエンッ!!』


 互いにエネルギーを圧縮した気功弾が放たれ、それが干渉しつつ互いを倒す為にぶつかり合う。

シャイニングガンダムには、石破天驚拳の設定は無い。

 だが真のファイターとしての力量が、それを可能としたのだろう。

緑色の石破天驚拳は、茜の天驚拳を押し込み、今にもそれを破りそうだ。


『負けられないんだ! ボクは、勝利をこの手につかみ取る!!』

「負けられない理由は私にもある! 全力で、笑顔で勝ちたい!!」

『ならば、このボクを超えてみろ!!』

「今、超えるっ!!」

 茜の石破天驚拳が威力を増すと同時に、二つの天驚拳は掻き消え――だが一瞬、真が先に動いた。

『今ぁああっ!!』

 シャイニングガンダムのエネルギーが全てその両腕に込められ、それは緑色の剣と成る。

『ボクのこの手が光って唸るっ! 茜を倒せと、輝き叫ぶっ!

 くらえっ! 愛と怒りと悲しみの――

シャイニングフィンガァアア、ソーォオオオオオオオドッ!』


シャイニングフィンガーソードが、その切先を思い切り、茜のゴッドガンダムを、突きにて貫いた――


『まだだァアアアッ!!』

 否。貫いたのは、ゴッドガンダムの右腕だけ。

もう少しで規定ダメージ越えで敗北となる、その寸前に。

ゴッドガンダムの左手が、その拳に爆炎を込めながら、それをシャイニングガンダムのコックピットに叩き込んだ。

『左の――ゴッドフィンガー……!?』

「ヒィイイト――エンドっ!!」

 その言葉を最後に。

シャイニングガンダムが機体を爆散させ、誰もが息を呑んだ。

菊地真、シャイニングガンダム。撃墜を確認。

そこから一秒も経たないタイミングで、ゴッドガンダムも機体を爆散させ、散ってはいったが、

 撃墜のタイミングがシャイニングガンダムの方が早く――

『二回戦――勝者は、日野茜、ゴッドガンダムっ!』

 ナレーターの言葉を聞いて、静かだった会場が湧き上がった。


会場のBGMが、スタッフが空気を読んだ結果であるのかはわからないが
『我が心、明鏡止水。されどこの掌は劣化の如く』になっていた。

観客も、両手を拳にして歓声を上げ、誰もが今の勝負に熱狂していた。

その中へ、茜と真が筐体から身を乗り出して、互いに互いの手を取り合った。

「ボクの負けだ、茜」

「いえ。これは――私だけの勝利じゃあ有りませんっ!

 真先輩の熱意と、この勝負に勝ちたいって思いを引き出してくれた、仲間達との勝利なんですっ!」

「ボクも、そんな勝利を飾りたかったよ」

「じゃあ、また戦いましょう! 今度は、真先輩も、仲間の熱意を借りてっ!!」

 茜の、何気ない一言で、真は一瞬唖然とした表情を浮かべながらも、最後は笑みを浮かべて頷いた。

「次はボクが勝つ! ボクの熱意と、皆の想いを受け取って――ボクが!」

「はいっ! 楽しみに待ってます!」

最初から読んでたけど、ずっと「アメイジング・ザク」でモヤモヤしてる……


>>128
ホントだ…アメイジング・ザクになってる…
普通にミスってました、すみません。


その裏で、二人の少女が隣り合いながら、その出撃を待っている。

神崎蘭子と、高槻やよい。

蘭子はどこか落ち着かない表情を。

やよいは笑顔と期待を秘めた表情を。

それぞれの想いをその表情に描き、アナウンスを待っている時だった。

「蘭子さん、私……実はすっごく緊張してるんです」

「何? 表情からはこの私も汲み取れぬ。
(訳:そ、そうなんですか? そうは見えないです)」

「緊張してますよ! 何時だってドキドキですっ!」

 えへへと笑った彼女の笑みに――どこか蘭子は救われた気がして。

「感謝するぞ。先遣者よ。
(訳:ありがとうございます。先輩)」

「今日はいっぱいいっぱい! 戦いましょう!」

 その言葉だけでいい。

二人は緊張と決別し、ただ自身の作り上げたプラモデルを手にして、舞台へと歩いていく。


『高槻やよい、ガンダムXディバイダー――いってきまーすっ!』

「神崎蘭子、ウイングゼロカスタム――出撃す!(訳:神崎蘭子、ウイングガンダムゼロカスタム、行きまーす!)」

 二機のガンダムが出撃し、その地に足を付けた。

ステージは雪の降り積もる市街地だ。既に夜となり、綺麗に輝く月夜がどこか神秘的に見えた。

その時だ。

建物の間に白く輝く機体が見えて、ゼロカスタムはその翼をはためかせて空を舞うと、ビームマシンガンの射撃がその脇腹を横切った。

「来たな――光の巫女!(訳:来ましたね!)」

 ゼロカスタムはマシンキャノンを放ちながら牽制し、バスターライフルを一射すると、高出力のビームがその機体――
ガンダムX・ディバイダー装備のシールドに叩き込まれた。

だがシールドは破れない。
 どころかビームが掻き消えると同時にシールドを稼働させて、内部に搭載された対MS用十九連装ビーム砲・通称『ハモニカ砲』を放った。

広い範囲に向けて放たれるハモニカ砲の射線から逃れながら、マシンキャノンを放ち、
その場から離脱するゼロカスタムは、建物の間に入り込んでビームサーベルを抜き放った後、後ろを取って切り込んだ。

だが、それをバックパックに仕込まれていた大型ビームソードで受け切ったXは、
そのビームサーベルの柄を焼き切ると、零距離でビームマシンガンの引き金を引こうとした。

「まだ!(訳:まだです!)」

 引き金が引かれる一瞬早く、バスターライフルの砲身でXの胴体を殴りつけ、再びマシンキャノンを放った。


 それをシールドで受け切った後に、牽制としてビームマシンガンの引き金を引きながら、バックパックにシールドをマウント。
スラスターモジュールとして利用され、ホバリングモードとなったXは、その素早い動きでゼロカスタムを惑わせながら、ビームマシンガンを乱射していく。

それを背部のウイングパーツがシールドとして稼働する事で防いだゼロカスタムだが、蘭子は冷や汗を流しながら、自らの不利を悟っていた。

やよいのパイロットスキルは高い。おそらく765プロでも、その力量は上位に入るだろう。

加えて、通常のガンダムXならばいざ知らず、目立った火力こそ無い物の、総合的な汎用性に優れたディバイダーを、
その力量で使われている事が、今回蘭子にとって非常に困難な状況となっていた。

 だが蘭子は、負けそうであると言う恐怖心に負けない、楽しいと感じる心があった。

「ふふ――愉悦。この私をここまで愉しませるとは!(訳:楽しいです! 楽しいですよ、この勝負!)」

『私も、すっごく楽しいですよ、蘭子さん!』

 先ほどのサーベル同士の鍔迫り合いで、周波数の割り出しをされたか、やよいの声が聞こえる。

『でも、私だって勝ちたいから――勝負、行きますっ!』

 ディバイダーが、そのシールドをアンマウントし、ハモニカ砲の砲身からビームを放つと同時に、
胸部のブレストバルカン、ビームマシンガンまでも放っての高火力を見せるが――

 それを上空に舞う事で避け切ったゼロカスタムは、残る一本のビームサーベルを構えて、空を蹴るように一気に加速をかけた。

その加速、Xには一瞬の事にように思えただろう。それがハモニカ砲の砲身に突き刺さると、内部で誘爆を起してシールドが落ちる。

シールドが爆ぜる寸前でそれを放棄し、ビームマシンガンを構えたXだったが、
それもビームサーベルを突きつけると同時に放っていたマシンキャノンの銃弾が焼き落としており、二つの武装を失ったやよい。


「勝てる!(訳:勝てます!)」

『負けません!』

 Xのスラスターが吹かれ、ゼロカスタムに思い切り体当たりを仕掛けながら、二機がそのマシンキャノンとブレストバルカンを放っていく。

二機の硬い装甲に打ち込まれる、無数の銃弾。それは互いの装甲を焼いていた。

地面にその身を叩きつけられたゼロカスタムは、ついでと言わんばかりに叩き込まれた右の拳を頭部に受け、その強化のされていない頭部ユニットが砕けて散った。

「っ――まだ、ですっ!」

 もはや、気取る必要は無い。

蘭子はただ叫び、ゼロカスタムの膝でXのコックピットを蹴り付けたが、蹴り飛ばされるXと共に、ゼロカスタムの右足ももがれた。

コックピット回りが非常に強固な加工がされている。だが、今の攻撃で、やよいのXは規定ダメージを超え、一時的に動けぬ状態となった。


 ――ここで、ゲームの説明をすると。

ガンダム・ビルドバトラーでは敗北の仕方が二つある。

一つはコックピット内部を破壊される事。いわゆる機体だけでなくパイロットが戦闘不能になれば、それだけで敗北となる。

もう一つは、コックピット内部以外の部位が、規定ダメージを与えられた場合で、プラモデルの製作レベルにより規定ダメージは変動する。

また、この規定ダメージが後わずかになった場合、またはダメージはそれほどでも無くとも、システム障害を引き起こす攻撃を受けてしまった時など、
操縦不良で満足に操縦ができなかったり、また今のやよいのように一定時間動けなくなる等のレギュレーションも存在する。

(公式の大会ではこのレギュレーションが公開される。
個人同士の戦いでは、操縦不良・操縦不可の有り無しがブリーフィングタイム中に選択できるので
『アリアリ』や『アリナシ』、『ナシナシ』等の呼称でレギュレーションを決める事もある)


そして、蘭子は自らの武装を確認し、動けなくなったやよいを倒す術を、一瞬の内に思考する。

コックピットを一突きできるサーベルは、鍔迫り合いの際に出力の差で負けて焼き切られた一本と、ハモニカ砲破壊の際に使い切ってしまっている。

マシンキャノンでは、ダメージを与える事は出来ても、致命傷は与えられない。おまけに弾切れも近い。

ではバスターライフルがある――と思考を巡らせるが、通常の出力ではいかんせん、やよいのXが硬過ぎる。

 蘭子のゼロカスタムが持つバスターライフルは、ツインバスターライフルの状態でこそ高出力を誇るが、ほとんどが素組みに近い状態だからだ。

だからといって、バスターライフルの出力を上げれば、既にボロボロのゼロカスタムにその威力を抑え込むことが出来るかどうか。

では自爆――否。

自爆では、確かにやよいを破る事は出来るが、自らも敗北する。

――もっと楽しみたい。勝てないかもしれないから冒険はせず、勝ちも負けもしない戦いは、楽しくない。

ならば――蘭子のゼロカスタムは高く飛び上がる。

装甲の節々は既に悲鳴を上げており、今にも崩れて散っていきそうなゼロカスタムが。

 上空でそのバスターライフルを二丁、繋ぎ合わせてXにロックを合わせた。


「春香は、どっちが先に落ちると思う?」

「蘭子ちゃんのゼロカスタムは、もう限界に近い。ツインバスターライフルの威力に機体が耐えきれるかどうかと。

 やよいのXはコックピット回りの装甲が強化されているから、下手に出力を抑えると破る事さえ難しい。その装甲をいかに破るかどうか、だね」

「ミキ、らんらんが勝つと思うな」

 春香は、答えない。分からないからでは無い。その答をいう事が出来なかったのだ。

――その時だった。


『確認する。このゲームの衝撃設定は完璧だな。
(訳:確認します。このゲーム、衝撃設定ってちゃんとされてますよね?)』


「え――」

 春香が思わず、戸惑いを口に出した。

『衝撃設定は完璧なんだな。
(訳:安全なんですよね?)』

 蘭子の声だ。

彼女の声に、ゲームスタッフはナレーターに二度頷き、ナレーターもマイクを使い、アナウンスする。

『は、はい。衝撃設定はきちんと作動しています』

『了解した(訳:わかりました)』


 通信を切った後に、蘭子はバスターライフルの出力を今出せる限界まで上げられるだけ上げて、ただ引き金を引いた。

数秒のタイムラグを経て、高出力のビームがやよいのガンダムXを襲う。

その衝撃は、衝撃設定が完璧に設定されている筈の筐体が小刻みに揺れる程のものであったものの――ガンダムXは、装甲の外壁を焼き、内部パーツを露出させるだけで済む。

蘭子はその内部を観察する。HGの特性上発生してしまう、パーツとパーツの空洞部分に、金属線のような物を埋め込むことで、装甲強度を底上げしていたのだろう。

――だが、蘭子はその観察をほどほどに、もう一度、ツインバスターライフルの出力をそのままに、引き金を引く。

再び放たれるビームが、今度はその金属線を焼き切ろうと襲い掛かる。

 僅かに破れず、ゼロカスタムの関節の節々が火を噴いた。

今にも爆ぜそうな機体。

蘭子は一度だけ、操縦桿から手を離し――そのモニタを、優しく撫でた。


「――行けるな、ゼロ(訳:私に力を貸して。ゼロ)」


 蘭子は、右の武装設定をツインバスターライフルに、左の武装設定をマシンキャノンに設定し、二つの引き金を――今同時に引いた。

放てるだけ放たれるマシンキャノンと、高出力のビームが、やよいのガンダムXを襲い、その内部パーツを焼き切ると同時に。

蘭子のゼロカスタムも、その身を爆ぜさせながら、今静かに、地に落ちた。


僅かな静寂。

それと同時に、スタッフが気を利かせたのか、画面上にダメージ表記を映し出す。

――ガンダムX・ディバイダー。

コックピット消失。

――ウイングガンダムゼロカスタム。

残り規定値・二。

僅かに、蘭子のゼロカスタムが競り勝った事を観客は知って。

しん、と静まり返っていた会場が湧き上がる時間は、非常に長かったと蘭子は感じた。

「任務、完了。

(訳:任務、完了……です)」


ぐったりと、二人のパイロットが筐体で倒れている。

やよいは衝撃に晒されて軽く酔っている状態。

蘭子は極度の緊張で汗をかき過ぎている。

「蘭子……大丈夫?」

「ふ、ふふ……私の身体は今し方の戦線において酷使し過ぎた……私の本気、しかと見届けたか……?
(訳:すっごく疲れましたぁ……でも、勝ちましたよ、私)」

「はいっ! すっごく熱い勝負でした!」

「蘭子ちゃん、はい、お水」

 卯月が蘭子に水を渡すと、凛と茜が彼女に肩を貸してステージ裏へと戻っていく。

同じく真に背負われながら、やよいが少しだけ青い表情で戻ってくる。筐体内で揺らされて酔ったのだろう。

「おめでとう、蘭子。ほら、やよいも」

「うー……お、おめでとうございます、蘭子さん」

「な、何を言うか。勝負は所詮、刻の運よ。
(訳:そんな。高槻先輩に勝てたのは、本当に偶然です)」

「蘭子。やよいは全力で戦って、君は偶然でも勝利を掴んだ。その勝利を謙遜しちゃあいけないよ」

 真が、蘭子の頭を撫で、そしてフッと微笑むと、蘭子はどこかその言葉が嬉しくて――


「……あり、がとう、ございます……高槻先輩。私、高槻先輩と、こんなにいい勝負が出来て……嬉しい、です」


 ぼそぼそと、小さく呟いた蘭子の言葉に、やよいもニカッと太陽のような表情を向けた。

「次は、私も負けません!」

「……はいっ!」


第四回戦は、もうすでに始まっていた。

広大なデブリ群を突き抜ける、戦闘機のような一つのモビルスーツ――ガンダムAGE-2は、背後を駆けるRX-78-02【ガンダム】を、少しずつ引き離していた。

「……よしっ」

水谷絵里は、デブリ群の隙間を縫い抜けながら、一度だけAGE-2のストライダー形態を解除してハイパードッズライフルの引き金を引く。

その渦を巻くビームが、ガンダムの近くにあるデブリを破壊すると、その破片をシールドで受け止め、足を止めるガンダム。

再びストライダー形態に変形したAGE-2は、ガンダムと距離を取り、近くのデブリ群の回避をしようとした所で――

『甘いよ、絵里ちゃん』

 春香の声が聞こえた。

ガンダムは、ビームライフルとバズーカ砲をアンマウントして、ビームライフルを三連射すると同時に、後追いでバズーカを二発放つ。

AGE-2の進路上にあったデブリ群を破壊すると、絵理はその破壊片すらも器用に避けていく。

「この程度……っ!?」

 放たれる、ガンダムのビームライフルは、真っ直ぐにAGE-2の右翼を焼き――

一瞬動きを鈍らせたその機体が、投擲されたビームジャベリンに貫かれ、敗北した。


「い、今何があったんですか……?」

 卯月が、モニターで観戦していた勝負に理解が追いつかなくなっている。

凜も少しだけ表情を鈍らせながら「私も全部が見えたわけじゃないけど、たぶんこう」と説明を開始する。

「ガンダムが、まずAGE-2の進路上にあるデブリ群をビームライフルとバズーカで破壊すると、僅かだけどAGE-2が速度を落とした。

 そして、速度が落ちた瞬間に、ロックオンせずにビームライフルを放って右翼にあるスラスターを破壊して、
さらに速度を落とした所で――ロックオンシステムを使ってジャベリンを投擲し、落とす……。

邪魔になるようなデブリは全てバズーカとビームライフルで破壊してあって、阻む物は何もなかったとは言え、
高速で動くAGE-2を相手に、冷静になってその動きをするなんて、おかしいよあの人」

 開幕、三分という時間だった。

観客も沸く事が出来ないレベルの戦いを見せられ、少しだけ静まり返っている。

勝利はしたが、これではプロモーションイベントで無く、公開処刑ではないか、と少しだけ思考を巡らす凛だが、少しして、否と首を振った。

(……春香さんは、全力で戦って、全力で相手を落としただけ)

 そう言い聞かせて、自分もああなるのだと、参考にする事にする。

「うーん……負けちゃった……?」

「絵理さん、ドンマイですよ! 次は私の番ですねっ!」

 パイロットスーツを着込みながら、日高愛も嬉々とした表情で準備運動をしている。

春香がバックステージへ戻ると、その彼女に声をかける一人の少年――天ヶ瀬冬馬だ。

「天海、少しは観客の事も考えとけ。幾らなんでも三分は早すぎる」

「うん。でもAGE-2の高速戦闘は、あのステージじゃあ活かしきれないから、ある意味しょうがないかなって」

 まったく、と言いながら。冬馬もパイロットスーツのヘルメットを手に持ちながら、愛と共にステージへと向かう。

「日高。ああは言ったが俺も、お前をすぐにでも倒すつもりだぜ」

「望むところです! 私だって負けませんよ!」


森林地帯に降り立ったマスターガンダムが、そのメインカメラに一つの機体を捉えた。漆黒のモビルスーツ――クロノスだ。

「行きます!」

 掌を全面に押し出し、それを円を描くように回すと、凡字が出現し、その凡字が小さなマスターガンダムとして顕現する。

「秘儀っ! 十二王方牌大車併っ!!」

 小さなマスターガンダムが、一斉にクロノスに襲い掛かるが、冬馬は冷静に機体を上空へと羽ばたかせる。

森林地帯で視認しにくいクロノスは、掌のビームガンと両肩のビーム砲を放ち、数体の小型マスターガンダムを撃墜すると、
今度はマスターガンダム本体に向けて駆け出し、その際に前面に居た二対の小型マスターガンダムを両手のビーム刃で焼き切った。

残り三機の小型マスターガンダムがいる――だが愛のマスターが帰山笑紅塵でそれを回収。

自身の体にエネルギーをまとわせて、頭部以外を気弾で渦巻き状に包み、放つ。

「超級覇王――っ! 電影弾っ!!」

『甘いっ!』

 クロノスが、かなりの速度で襲い掛かる超級覇王電影弾に向けて両肩のビーム砲を当てることで、
マスターガンダムの動きが一瞬だけ遅くなった瞬間を見計らいそれを避けると、背後から両肩ビーム砲と掌ビームガンを集中砲火する。

舌打ちをしながら、そのまま電影弾状態でそれらをかき消すと、電影弾を解除して、一気に掌に力を込める。


「ダークネス――フィンガァアアッ!!!」

 右腕に込められたエネルギーが、ダークネスフィンガーとして顕現し、それが突き出される。

クロノスは、同じく右腕の掌にビーム刃を展開させ、それをダークネスフィンガーに突き付けた。

バチバチとエネルギーとビームの干渉が起きるが、出力は愛のマスターの方が優れている。

「その程度で!」

『その程度はお前だ、日高』

 破壊されるクロノスの右腕。

だがその時には、左の掌に成形されていたビーム刃が、マスターガンダムのコックピットを焼いていた。

「な――!」

『左のダークネスフィンガーを展開しなかったお前の負けだ。日野のようにな』

 勝負あり。

こちらも所要時間は三分と、観客は二回連続で唖然とした勝負を見せつけられる他無かった。


「また慢心しちゃいました……師匠ごめんなさいっ!」

「うーん……でも、仕方ない?」

 愛がバックステージへと戻ってくると、愛にスポーツドリンクとタオルを差し出した絵理が出迎える。

これで、876プロの二人は全員敗退した事になる。

――凜はその姿を見て、どこか胸に宿る黒い感情を抑えきる事が出来ず、思わず二人に尋ねてしまう。

「……悔しく、無いんですか?」

「え?」

「……?」

「あれだけ、早々にやられて、悔しくないんですか……?」

 自分だったら、悔しくて悔しくてたまらない。なぜこの二人は、こうも容易くその結果を受け入れられるのだろう。

「もちろん、悔しいです!」

「うん、悔しい」

「だったら、何で!」

 思わず、声を大きくしてそれを問うと、二人はまるで、当たり前の事を言うようにさらりと、凜の疑問に対して答えるのだ。

「でもそれは、自分自身の実力がまだ足りなかった証拠です! それを受け止める事が本当の強さだって、社長もママも言ってました!」

「……私はそこまでポジティブじゃあないけど……でも、勝負は、その時出来る最高の勝負をするべき……?」

「……そう、ですか」


 凜は、二人に「お疲れ様でした」と小さくお辞儀をして、自分のパイロットスーツを確かめた。――もう、自分の番だ。

「――よろしくお願いします、星井先輩」

「ミキでいいよ。しぶりん」

 ステージ裏からステージへと向かう通路には、既に美希もスタンバイしている。

彼女は、真っ直ぐに視線を筐体へと向けており、凜は自分が視野に入っていない事が悔しくて、つい想いを口に出す。

「……私は、勝ちます」

「うん。それだけ本気で来てくれる方が、ミキとしてもありがたいよ」

 本気で、叩き潰せると。美希はそれでも視線を凜へと寄越さない。

凜が、悔しさで下唇を噛んでいると――

「凛ちゃん!」

 後ろから、卯月が声をかけてくる。凜が振り返ると、卯月はいつもの無邪気な笑顔で、ダブルピースを見せた。

「勝って、一緒に決勝で戦いましょう!」

 彼女のその表情に、凜は笑みを見せて、その拳を振り上げた。

――約束。

そう二人が決めた瞬間、美希が卯月を面白そうな視線で見ている光景を見た。

「しまむー。強かったよね」

「はい。卯月はもっと強くなります」

「ミキもしまむーと戦いたいから、決勝にはミキが行くね」

 ――それは、まるでお前には興味が無いと言われているようで。

凜は強くプラモデルを握りしめ、その怒りを戦いでぶつける事にした。


『ではこれより、第六試合。

 渋谷凛、ガンダムMk-Ⅱ



星井美希、ガンダムエクシアMk-Ⅱ・TMの、

試合を開始します』

 凜がまずブリーフィングタイムで行おうとしたのは、周波数設定だ。

だが、先に筐体に着いた美希の側から、美希の呑気そうな鼻歌が聞こえて、思わず凜はデフォルト周波数のまま、美希に問いかけた。

「周波数、弄らなくていいんですか?」

『うん。どうせ接触回線で割り出しちゃうし』

 いらないよ、と呑気な声で言った美希に対して、凜もどこか悔しく感じて、そのまま周波数設定を弄らず、操縦桿を強く握りしめた。

『ガンプラファイト――レディ、ゴーッ!』

「渋谷凛、ガンダムMk-Ⅱ――出るよ!」

『星井美希、ガンダムエクシア――出撃するの!』

 二機が母艦から一斉に射出される。

広大な宇宙空間は、遮るものが何もない。近くにデブリと地球が見えるが、
既に目の前で煌めく一機のエクシアを見据え、凜は武装設定をビームライフルとシールドに設定し、まずは牽制として一射、放った。

それを右腕のシールドで受け切ったエクシアは、シールドにマウントされていたGNビームライフルを展開して三連射した。

正確に凜のMk-Ⅱを狙った射撃を、シールドで防いだままライフルをマウントし、ビームサーベルを構えると、それを振り切った。


『甘い!』

読んでいたのか、GNビームサーベルで受け切ったエクシアは、そのままMk-Ⅱを弾き飛ばした後に、
サイドアーマーにマウントされていたGNショートブレイドを投擲したが、それをバルカンで迎撃したMk-Ⅱは、そのままバルカンを放って、エクシアを狙う。

回るように舞い、そのバルカンを全て避け切ると、GNソードを展開してそれを横薙ぎするエクシア。

その一閃を、シールドで受け切るMk-Ⅱだが、Mk-Ⅱのシールドに切れ目を入れていく光景を見据え、すぐにシールドを放棄。

眼前に迫るエクシアに向けて、思い切りサーベルを再び振りぬいた。

シールドを蹴り、ひらりと一回転しながらビームサーベルの斬撃を回避したエクシアは、そのままGNロングブレイドを構えて、それを一振りした。

ビームコーティングでも施されているのか、ビームサーベルと干渉しながらバチバチと音を鳴らすスピーカーを、
どこか不快に感じ、Mk-Ⅱはその脚部を思い切り前面に押し出し、エクシアを蹴り飛ばした。

ハァ、ハァと息継ぎをする凜とは対照的に、ミキは『へぇ、意外とやるね』と軽やかだ。

本当にたった今、一連の動きを繰り広げたのは彼女なのだろうかと疑りたくなったところだったが、凜はその欲求を排し、二対のビームサーベルを構え、突撃した。

そのMk-Ⅱの直線的な動きを見据え、左手首に搭載されたGNバルカンを放つが、それをひらりと避け切ったMk-Ⅱは、そのサーベルの光刃を二振り、一斉に振り込んだ。

それを、GNロングブレイドで受け切ったエクシアだったが、二対のサーベルを一つのブレイドで受け切るには威力が強すぎる。

ブレイドは弾き飛ばされ、急きょGNソードを展開し、それを振り切るが、その時には既に、Mk-Ⅱは一歩近く後ろへと下がり、
腰部のマウントラッチからハイパーバズーカを取り出して、弾頭を散弾に切り替えて、放つ。


放たれる散弾の雨は、エクシアの装甲を襲うが、その威力はそほどでも無い。

問題は、すぐに通常弾頭に切り替えて、エクシアのシールドを吹き飛ばした次弾の攻撃であり、エクシアは今この瞬間、思い切り無防備となった。

「はああああっ!」

 ハイパーバズーカをマウントし、再び二対のサーベルを構えたMk-Ⅱは、それを思いきり大振りで振り込み、エクシアを襲う。

何とかGNソードを展開してそれを受け切るが、思い切り振り込まれる二対のサーベルを、まともに受けられるわけがない。

美希はコックピット内で揺れ動かされ、初めてここで、冷や汗を流した。

『やるね……っ、しぶりん!』

「やっと――やっと私を見てくれた……星井美希!」

『え?』

 二対のサーベルと、GNソードの応酬。

 攻勢に出ているのはMk-Ⅱで、エクシアは防戦一方だ。

だが、凛の嘆きのような叫びは、二人のコックピットで轟いていく。


「私はっ! 確かに、春香さんみたいに、貴女の目に留まる実力は無い!

 卯月みたいに将来性があるわけでもない!

 でも今戦っているのは私だ! 私なんだ!

 今は――私の事だけを見てよっ!


――私と本気で、戦ってよぉ!」


 ずっと、悔しかったのだ。

始めたばかりの卯月がチヤホヤされ。

茜も蘭子もその実力を認められ。

その中で、自分はただ一人。

まるで――いらないと言われるような疎外感だった。

だから悔しかった。

力が無いのが悔しかった。

――今証明するのだ。私だって強いんだって事を!


最後の一振りと同時に、Mk-Ⅱの右脚部で腹部を思い切り回し蹴りされたエクシアが、吹き飛ばされる。

「貰った!」

 その隙を見計らって、ハイパーバズーカとビームライフルの砲身を向け、ロックオンシステムを稼働させ、引き金を引く――その時だった。

『ごめんね、しぶりん。苦しんでたんだね』

 美希の声と共に、エクシアが一瞬で、その場から消えた。

刹那の時間だけ、その機体を見ることが出来た凛の視線に映ったのは――赤色の粒子。

Mk-Ⅱの右腕が、切り落とされる。一瞬の事で、何が起こったかもわからなかったが、

全方位モニターを稼働させて、今どこにエクシアがいるかを視認しようとした。

――だが、視認した瞬間には、もう視線から外れる機体。

――薄い赤色の粒子を身体にまとわせる、ガンダムエクシア。

『大丈夫――今ミキは、ホントに本気の、全力投球だよ』

「TRANS-AM……!!」


 残像が生まれる程の高速移動で、GNビームサーベルを構えるエクシアは、

その速度を保ったままMk-Ⅱの左腕と左脚部を切り落とした後に、逆制動をかけて振り向き様にサーベルを横薙ぎした。

頭部を切り落とされるMk-Ⅱだが、反応する術は無い。

最後に展開されたGNソードが、Mk-Ⅱのコックピットへ、無慈悲に突き刺さる。

止めと言わんばかりに横薙ぎされる、GNソード。Mk-Ⅱのコックピットが切り落とされて――


「……ごめん、卯月……」


 ――約束、守れなかった。


その瞬間、二人の勝負は、決した。


試合が決した。

第六試合の勝者は、星井美希。

誰もが、美希のトランザムを見据えて、狂喜乱舞している所で、美希と凜が筐体から姿を現し、美希が凜の元へと駆け寄った。

「しぶりん、強かったよ。楽しかった」

 その美希の言葉を聞いて、凜はまぶたに涙を溜めたまま、走る。

バックステージへと駆け、卯月の横を通り過ぎ、プロデューサーにも何も言わず、駆け抜ける凜の姿を見据えて、
プロデューサーは思わず、振り返りながら彼女の背を追いかけようとした。

だが。

「ま、待ってください、プロデューサーさん!」

 その動きを止めたのは、卯月だった。

「あの、私が――私が、行きます」

 そう言って、凜を追いかける様に駆ける卯月の姿を、春香がどこか後ろめたそうな視線で眺めていた。

「――おかえり、美希」

「ただいま、春香」

 そんな彼女が声をかける相手は、ゆっくりと帰還した美希だった。

美希は髪の毛を振り払い、流れる汗を拭った後――春香へと言う。

「勝ったよ、春香。これで、また戦えるね」

 美希の視線は、春香を捉えて離さない。

春香と美希は、しばし互いの瞳を見据えたままだった。


出演者待合席の奥にある、荷物置き場がある。

その場所に、凜は一人膝を折り、涙を他人に見せないように俯いていた。

負けた事が悔しかった。

約束を違えた事が悔しかった。

そして何より――

目指した場所に、まだ辿り付けていない己の未熟さが悔しかった。
 
その凜の隣に、一人の少女が、同じように腰を下ろした。

島村卯月だ。

彼女は、何も言わずに凛の隣に腰かけ、ただ前を向いて、何も言わなかった。

「……ごめんね、卯月」

「うん。凛ちゃんもお疲れ様」

「悔しい……私悔しいよ……!」

「そっか」


 それ以上、卯月は何も言わない。

肩と肩が合わさるが、パイロットスーツの遮熱性が、その二人の体温すら通さない。

凜はただ、その時間の中で泣き続けた。

卯月はただ、その時間の中で一人、凜が泣き止むのを待っていた。

「……強くなりたい」

「はい。もっと強くなりましょう」

「あの人たちと、もっといっぱい、戦えるようになりたい」

「はい。もっともっと戦いましょう」

「でも私じゃあ無理。輝けない……私、キラキラ、してない」

「してますよ」

 初めて、卯月が凜の言葉を、否定した。


凛の泣き顔、その両頬を掴んで、卯月は彼女の目を見据えた。

見つめていると、言っても良い。

「凛ちゃんは誰より、凜ちゃんの輝きを放ってる。

他の誰も放つ事の出来ない、凛ちゃんだけの光――それは今はまだ、小さいだけ。

 だから一緒に輝きましょう。

出来ます。――私たち、二人一緒なら」

えへ、と笑った卯月の笑顔が、眩しかった。

凜は、その笑顔に小さな『輝き』を見た気がして。

卯月と一緒なら――辿り付ける気がした。

――あの『輝きの向こう側』へ。

 しっかりと握りしめていた、ガンダムMk-Ⅱの、頭部パーツを。

凜はゆっくりと取り外し、それを卯月へと差し出した。

「――私と、一緒に」

「うん」

「私と一緒に、戦ってくれる? 卯月」

「何時だって一緒ですよ」

 卯月は凛の手を取り、そのパーツを――受け取った。

「私と凛ちゃんなら、どこへだって行けます」


萩原雪歩は、一人の男性の前に立って、深呼吸をしながら、声を放つ。

「あ、あの――プロデューサー!」

「雪歩か。お疲れ様」

 765プロのプロデューサーだ。彼は、バックステージの奥で、他のスタッフに指示を出す仕事に従事していたが、今その仕事も終わった。

雪歩と話す時間は、たっぷりとある。

「いい試合だった。迷いは、振り切ったみたいだな」

「はい……だからこそ、言わないといけない事があるんです」

「ああ。俺も待ってた」

 雪歩は、自らの胸元でユニコーンガンダムのプラモデルを握りしめ、想いをぶつける事とする。

「私――プロデューサーと、ずっと一緒に居たい!

 一人じゃあだめだめな私を、こんな【輝き】まで引っ張ってくれた、プロデューサーと、ずっと……ずっと一緒に……」

 彼女の想い。

その想いを受け入れ、それでも尚、プロデューサーは首を横に振る。

「俺は、行くよ」

「……そうだと、思いました」

「俺は――ハリウッドに行って一年間、勉強してくる。

 雪歩を――いや、765プロの皆を、もっとキラキラと輝かせるために……俺はもっと上に行きたい。

――皆と同じ光景を、俺もこの目で見たいから」


ミキは、プロデューサーに――ハニーに示さねばならない。

ミキは、誰よりも輝いている事を。

ミキはもう、トップアイドルとなっている事を。

ハリウッドに行き、彼がステップアップする必要など、ない事を。

ミキは誰より――示さねばならない。


 その為に、春香を討つ。


**


私――天海春香は、プロデューサーさんに示さねばならない。

私は「一人」で大丈夫だと言う事を。

私はプロデューサーさんがいなくても、しっかりと輝ける事を。

ハリウッドに行き、彼が自分の目指した光景を、その目で見ることが出来る様に。

私は誰より――示さねばならない。


その為に、美希を討つ。


『それでは、第二次アイドルマスター戦役・決勝戦は一週間後に持越しとなります。

 決勝戦は、バトルエンカウント方式を採用し、勝ち残った六人による、バトルロワイヤルとなります。

一体誰が――アイドルの頂点に立つのか。

その結果は、一週間後に明らかとなります。


――ガンダムの歴史に、アイドルの歴史に名を残す、トップアイドルの座をかけた戦いが、その時、幕を閉じるのです!』


 第四章 合間の時を

煌々と煌めく日差しが視界を焼くようだった。

若い女性が、駐車スペースの隅で立ち尽くしている。

齢はまだ若そうに見えるが、そのオレンジの髪色とカールの効いた柔らかなポニーテール、そして水色と紫色のオッドアイが印象強い。

女性の目の前にあるのは、古びたプラモデルショップ。彼女はその建物の前で一人佇んでいた。

まだ時刻は朝の八時。この時間に開店しているプラモデルショップも珍しかろう。

だが、その女性は僅かにも動く事無く、プラモデルショップの開店を待っていた。

古びたショップだ。仕入れの確認と問屋との連絡を行うために出勤していた店長も、思わず店のブラインドを上げ、店のドアを開いた。

「あの……何かご用ですか?」

 そう問いかけた所で、女性はフッと笑みを浮かべた。

「愚問だね。プラモデルショップに来ているのだから、プラモデルを買いに来たんだよ。開店は十時半で良いかい?」

「はぁ、そうですが……あの、品物がお決まりでしたら、お持ちして販売いたしましょうか?」


 本当は出来ない。きちんと作業を行ってくれているアルバイトに対する面目があるし、売上計上は正しく、正確でなければならない。

今販売をするとなれば、前日の売上計上を修正して販売しなければならず、非常に面倒極まりないが、開店までは二時間半の時間がある。

若い女性一人が長時間立ちっ放しにしながら放置するのは、何とも気分が悪い。

「いや。あたしは今、気分を高めているんだよ。これから得られる、新たな子達に出会える喜びを、人一倍感じ取りたいんだ」

「いや、でもさすがに」

「好意は受け取るよ。――だがあまり店の前をうろついては、そちらにご迷惑だな」

「うちは大丈夫ですが――」

 言葉を言いかけた所で、駅へと向かおうとしていただろう女性が――足を止めて、思わず叫びをあげた。


「れ――玲音っ!?」


 その名を叫んだ女性に呼応するように、その通りを歩いていた全ての人が、思わずそちらを向き、そしてその姿を見て、歓喜する。

玲音。オーバーランクの名を持つ、トップアイドルである。

彼女はフッと笑みを浮かべて女性に向けて手を振ると、女性は思わず涙を流して、その場で膝を折った。

多くの人間が、寂れたプラモデルショップに殺到する――その光景は、その店を経営し始めて十数年にもなる店長ですら、見た事が無い光景だった。


「志保ちゃーん、どこまで行くの?」

 二人の少女が、駅前から歩いている光景がそこにはあった。

一人は、オレンジ色の短髪に、髪留めを付けた少女で、まだその齢は小学生のようにも見えなくはないが、十四歳の中学生だ。

名を矢吹加奈と言い、アイドル養成所に通うアイドル見習いであり、以前765プロのライブにはバックダンサーとして参加した事もある。

「すぐそこ。駅からそんなに歩いてないし」

 スマホの地図アプリを片手に、加奈の前を歩いていく、少しだけウェーブの効いた茶髪の少女。

その顔立ちは整っているものの、非常にむっつりとしている。

名を北沢志保と言い、加奈と同じく十四歳にしてアイドル養成所に通うアイドル見習いである。

彼女もまた765プロのライブでバックダンサーとして参加した経歴を持つ。


「……って言うか、加奈が来たいって言ったんじゃない。どこに行くかも聞かずに」

「そうだね、ちなみにどこに行くの?」

「……プラモデルショップ」

「えぇ!? 可愛い物好きの志保ちゃんが!?」

「うるさいわね! スレイプニールのプラモデルが欲しいのよ!」

 ちなみにスレイプニールとは【アルドノア・ゼロ】と言うロボットアニメに登場した機動兵器・カタフラクトの機体名称で、主人公である界塚伊奈帆らが駆る機体だ。

ガンプラ需要が拡大した昨今では、ガンプラ以外のプラモデルも多く企画・発売されている。

機動戦艦ナデシコ、コードギアス・反逆のルルーシュ、フルメタル・パニック!、アルドノア・ゼロなどだ。

ちなみにそれらはガンダム・ビルドバトラーに読み取らせる事も出来、戦わせることが可能になるが、スケールモデルはあくまでプラモデル準拠となる。

例えれば、MGのガンダムとHGのガンダムでは、サイズが十センチ弱と十八センチ弱とかなりサイズに違いが出る。

さらに例えれば、フルメタル・パニック!に登場する機体、ARX-7【アーバレスト】は作中全長は8.5メートルとやや小さいサイズだが、
アオシマーから販売されているプラモデルのスケールモデルは1/48となっており、ガンプラのMGと同等サイズとなっている為、
MGのガンダムとアーバレストを読み取らせても、同等の大きさで表現される。

また、それらの装備もあくまで創作レベルによって左右される為、バンナムが販売したプラモデルであれば作中データがあるのである程度原作によった表現は可能だが、
アオシマーやコトブキなどが販売したプラモデルでは、間違った武装が表現される事がある。

例としては、アーバレストの装備であるボクサー散弾砲は、有志が読み取らせ、操作した時にはビーム散弾砲と言う表現がされた、等だ。

だが紛いなりにも、数多の世界に存在するロボットを操縦し、戦う事が出来る為、擬似的なスーパーロボット大戦として遊ぶプレイヤーも珍しく無く、
最近はバンナムや各プラモデルメーカーも、提携準備を始めている旨がインタビューで語られたこともある。


「この近くでスレイプニールを販売してるショップはそこしかないから」

「そう言えば最近、大きなガンプライベントあったんだよね。春香さんとメールして、聞いた事あるよ」

「第二次アイドルマスター戦役。私も一応フリーアイドルとして参加したけど、HGで試作中だったジム・スナイパーⅡで出撃して早々、星井先輩に切断されて終わった」

 第二次アイドルマスター戦役の予選はある程度プロダクションに向けた大会とは言え、フリーで活動をするアイドルや地下アイドルでも参加できるようになって居た。

だが、いかんせんプロダクション所属アイドル達が強すぎて、手も足も出なかったアイドルの方が多い。

「うーん……でもこの近く、それっぽいお店無いよ?」

「本当……おかしい、アプリだとこの辺の筈なのに」

 面を上げて、周りを見渡すと――そこには、怪しいほどの人混みがあった。

地図アプリが示す目的地はその場所となっており、加奈と志保は顔を見合わせて、その人混みへと向かっていく。

「あの、何かイベントでもあるんですか?」

 志保が、人混みの最後尾に立つ男性にそう尋ねると、男性は荒い鼻息をそのままに「玲音だ!」と叫ぶ。

「玲音がこの店に来てるんだよ!」

「レオン――」


 その名を、どこか聞いた事があると一瞬だけ思考を巡らせたその時、奥から声が聞こえて来た。

「へぇ! これがメタルビルドか! 凄い、この質感と重圧感。まるで本物じゃあないか!」

 そこには、加奈や志保の憧れるべき存在が居た。

玲音。オーバーランクの称号を我が物とし、日本のみならず、様々な国々でその名を轟かせる、トップアイドルの中のトップ。

――そんな存在が、この寂れたプラモデルショップに居るなんて!

驚きを隠せないまま、加奈と志保が周りを見渡すと、警官と玲音のSPらしき方々が何やら話している光景が目に入る。

「イベントをやるなら事前にお話を通して頂かないと……」

「いえ、ですから本日彼女はオフでして……この事態はあくまで不測の事態で」

 そんな声が聞こえるからして、玲音は本当に、プラモデルを買いに来ただけなのだろう。

加奈と志保は人混みを押し通り、その彼女へと近付いた。

「うん? 君たちは――765プロの所に居た子達かい」

「ははははは、はい! わ、私、矢吹加奈です!」

「北沢志保です」

「君たちのダンスは中々だったからね。覚えておくよ。

それより見てくれコレを! これがメタルビルドだ! アタシは今猛烈に感動している。だから現物を見ることが大事なんだと思い知らされる……!」


 キラキラと目を輝かせながら、プラモデルショップを見渡している玲音。彼女の視線を見ながら、加奈が小さく声に出し、志保に尋ねた。

「玲音さんって、ガンダム好きだったんだ」

「ガンプラアイドルとして、天海さん達や天ヶ瀬さん達と戦った事もある、化け物クラスのパイロットでもあるわよ」

「そう言えば、君たちはそのガンダムが好きなのかい?」

 聞こえていたようだ。志保は「人並みに」と答え、加奈は少しだけ気恥ずかしそうに「全然知らないです」と答えた。

「北沢志保――だったね。君は今すぐガンプラバトルをする事は可能かい?」

「え」

「バトルだよ。こうまで本能を駆り立てられると、どうも戦わないと気が済まない。――回りの人たちは、どうもそんな空気は無いしね」

 店外にひしめく、こう言っては何だが有象無象の人々が、玲音に対して歓喜の声を送っている。

その中にはガンダム・ビルドバトラーを行う者もいるかもしれないが、それを探すことも一苦労だろう。

「――スケールサイズがMGで良ければ、すぐに準備できます」

 志保は、カバンの中から一つのホルダーを取り出して、バラバラに分かれたパーツを一つずつ組み立てていく。


全体的にオレンジの塗装が目立つプラモデルだったが、ボディはケルディムガンダムをメインに改造された機体だった。

頭部だけMGジェガンを流用しているが、それ以外は1/100のケルディムガンダムを使用しているようだ。

「MGサイズ――ならばこれでいいな」

 玲音は、先ほどまで手に持っていたメタルビルド【デスティニーガンダム】を手に取り、それを店員に見せた。

「これ、いくらだい?」

「えっと……一万五千円になります」

「安いね。十万円位すると思ってた」

 それを簡単に清算を終えると、そのままパッケージを開けて、その完成品稼働フィギュアを手に持った。

武装を装備させて、その稼働を楽しんだ所で――ニヤリと笑みを浮かべ、志保へ言う。

「では、やろうか」

「はい」

 志保と玲音は、そのまま店内奥にある、ガンダム・ビルドバトラーの筐体へと向かう。

パイロットスーツの貸し出しを注文し、それを簡単に着込むと、二人は筐体へと入り込んで、そこで店外に居た玲音のファンたちが、店内に押し寄せた。


筐体にあるハロ型のガンプラスキャナに、志保は自身のガンプラを読み取らせる。

それをCG技術で綺麗に映像化したものが画面上に表示され、自身のガンプラの出来に頷いた。

 モードは店内対戦モード。ステージはランダム設定にされている。玲音が決めた物だが、公平性がある内容選びにも満足して、周波数を弄ろうとした、その時だ。

『弄っても良いけど、どうせ割り出すよ』

「――話しながら戦う事が趣味ですか」

『ガンプラバトルは殺し合いじゃあない。果し合いだ。拳や銃弾、熱線だけじゃあなく、言葉による語らいも、その果し合いをより良い物にする為に必要だよ』

「失礼ですが、私は意味あることでなければ頷けません」

 そう言って、周波数を変更する志保。どこかヤレヤレと言うように、最後に溜息の音が聞こえたが、志保はそのような事は問題としていなかった。

『志保ちゃん! 大丈夫!?』

「大丈夫。――それより、お願いがあるの、加奈」

『何かな!?』

「スレイプニール、確保しておいて。ここまで来て売り切れや観客に押しつぶされて買えなかったなんて、愚行過ぎる」

 その言葉を最後に、出撃シークエンスへと入る二機。志保は、操縦桿を握りしめて、ただ声に出す。

「北沢志保、ケルディム・ジェガン――行きます!」


玲音は、広い宇宙空間のステージに出た事を確認しながら、まずは武装を確認した。

通常のデスティニーと同じく、対艦刀【アロンダイト】を筆頭に長距離ビーム砲とビームブーメラン、
そしてマニピュレーターに搭載されたパルマフィオキーナが問題なく搭載されている事を確認する。

いかんせん、玲音は完成品フィギュアをガンダム・ビルドバトラーに読み込ませる事は初めてだった。

動作確認は有志のユーザーが既に行っている物の、実際に自分で操作をしないと、解らない事もある。

「だが良い完成度だ。これならば満足できる戦いが――」

 瞬間、無意識の内に玲音の腕が動いていた。

背部の出力ユニットである【ヴォワチュール・リュミエール】を稼働させて、放たれる鋭いビームを、間一髪の所で避けた所で、玲音はその射線上を見据えた。

「来たかい!」

 射線上にあるのは、デブリ群。

だがその奥には、スコープを覗きながらそのスナイパーライフルを構える、ケルディム・ジェガンの姿がある。

 ヴォワチュール・リュミエールを再び稼働させて、かく乱させるように左右へ揺れ動きながら、デブリ群へと突入するデスティニーだが、
その動きをまるで見切っているように、放たれるスナイパーライフル。

それを左腕に搭載されたビームシールドで防ぐと、玲音は珍しく、冷や汗をかく感覚に見舞われた。


「強い――強いねキミ!」

 周波数設定が合っていないので、こちらからの声を一方的に届ける国際救難チャンネルを使ったものだが、そう褒め言葉を送りながらも、デブリを盾に前進を開始する。

だが、ケルディム・ジェガンも、その場にただ駐留するわけでは無く、その素早い動きを見せながら後方に下がり、なおもライフルを再び放った。

短く放たれる、だが確かな威力のスナイパーライフルを紙一重で避けながらも、玲音は対艦刀を構え、突撃する。

ビームシールドを展開しながらその身を守り、振りぬかれる対艦刀。

だがその一閃も、サイドアーマーに搭載された実体剣式のサーベルで受け切ったケルディム・ジェガンはそれを弾いて、
サーベルに内蔵されていたビームガンで、デスティニーに向けて砲撃する。

「おっと!」

 そのビームガンの攻撃を避けながら、小回りの利かない対艦刀をマウントし、今度は両手にビームブーメランを装備して、ビームサーベルとして流用する。

接近し、振り込まれるビームブーメラン。だがそれをも、冷静に判断してサーベルで受け切ったケルディム・ジェガンは、既に両手に持っていたサーベルで、斬り合いへと発展する。

「初めてだよ! まだアイドルとなり得ていない子が、私とここまで渡り合うなんて!」

『それはどうも……!』

 接触回線により割り出され、玲音の声が直接志保の元へと届き、志保の声も同じく、玲音の元へと届く。

斬り、撃ち、そして離れる。

その一連の動きに、志保はついてきた。

それどころか、離れた瞬間を狙ったスナイパーライフルの狙撃は、コックピットでは無く急所を狙った正確なものだ。

玲音も、その射撃を正確に読み切る事は不可能だと判断し、ビームシールドを多く使用する他無い。


(……下手をすれば、本編でのライル・ディランディより、射撃の腕は正確じゃあないかな、彼女)

 ゲーム内のロックオンシステムには一つだけ欠点がある。

それは、攻撃の放たれる位置が必ずコックピットになってしまうと言う点だ。

その正確な射撃故、防ぐ事、避ける事は中級者になれば容易い事だ。

だからこそ、中級者から上級者への境目は、その「ロックオンシステムを多用しない正確な射撃」になる。

その点で言えば、志保は間違いなく上級者だ。

アイドルとしての力量は候補生程度でも、そのガンプラファイターとしての腕前は――伝説の765プロにも匹敵する。

「――ならば、本気を出しても構わないな?」

 背部の、ヴォワチュール・リュミエールを稼働させ、ビームブーメランを構えながら、二機同士が斬り合いに発展する。

だが、デブリ群へと突入する事で、まずは互いに互いを斬り合う事が難しくなる。

 しかし、玲音は違った。

長距離ビーム砲を稼働させて周りのデブリ群を焼き払うと、今度は片手に対艦刀を、片手にビームブーメランを構えながら、まずはブーメランを投げ放つ。

ケルディム・ジェガンは投げ放たれたブーメランを避けながら、サーベル内蔵型のビームガンで牽制を行うが、
背部から急速に接近するビームブーメランの軌道に気付き、急ぎ回避を行った瞬間、回避経路に向けて、ビームライフルを放つデスティニー。


それを、何とか紙一重で避ける事が出来たケルディム・ジェガンであったが、すぐに振り込まれた対艦刀の一振りを実体剣で防ぐものの、弾かれ、一瞬だけ無防備になる。

『まだっ!』

 志保の叫びと共に、ケルディム・ジェガンの尻部にマウントされていた、GNシールドビットが稼働する。

シールドビットが玲音からの攻撃を防いでいる間に、態勢を整えた志保は、スナイパーライフルを構えて、高出力で放つ。

ビームシールドに直撃。手に持っていた対艦刀は、熱によってその取っ手を焼き落とされ、二人は互いに獲物を失った事になる。

「この勝負――アタシの勝ちだ!」

『それは――どうでしょうか!?』

 左手のパルマフィオ・キーナを稼働させながら突撃した玲音のデスティニーとは対照的に、
志保はシールドビットを稼働させ、その攻撃を防ぐと同時に、スナイパーライフルをデスティニーの腹部に押し付け、その引き金を引く――

その一瞬早く。

玲音が、いつの間にか放っていたビームブーメランが、デスティニーの元へと戻ってくる。

ビームブーメランの斬撃により、切り裂かれるケルディム・ジェガンのコックピット部。

だが、同時に放たれる高出力のスナイパーライフルが、玲音のデスティニーを貫いた。

ほぼ同時に両機が撃墜した事もあり、観客も加奈も、そして当事者である玲音も志保も、全員が息を呑んだが――。

コンピュータによる演算処理の結果、デスティニーガンダムのビームブーメランが決めた一撃で、ケルディム・ジェガンがわずかに早く落とされた事を知らされ、玲音の勝利が確定した。


メタルビルド・デスティニーガンダムを手に持ちながら、玲音は少しばかり考えていた。

プラモデルの工作精度はかなり高レベルで表記される。

それこそ25のレベルが表示されたこのメタルビルドは、ガンダム・ビルドバトラーを始めたばかりの初心者が使う分には良い物だろう。

だが、やはり自身の作り上げたプラモデルで無い分、その想いを込められない。

765プロの天海春香や三浦あずさのようなエースパイロットとして名を連ねる者達には、総じてこの想いを力と変える者が多い。

だからこそ、このゲームは面白いのだろう。

「私の負けです」

「いや。君は強かった。アタシも久々に良い勝負が出来たと、喜びを表現する術が無い」
 
志保と軽く喋ると、玲音はそのメタルビルドをパッケージにしまい直し、紙袋に入れて店の出入り口へと向かう。

「北沢志保――その名を胸に刻んでおこう。

君がトップアイドルまで上り詰めるその時まで――今日の勝負はお預けだ」

 観客の中を歩き、その場を後にする玲音の背を、志保と加奈はずっと見据えていた。

店の中は観客で窮屈となっていたにも関わらず、玲音のいなくなった今、その店内も閑散としていた。


「負けちゃったね」

「うん。でもいい勝負が出来た。それだけでも今日は御の字ね」

「あ、志保ちゃん。プラモデル、買っておいたよ」

「ありが……パッケージ、小っちゃくない?」

 加奈の渡した紙袋。その中にある箱は、やけに小さい。

手に持ってそれを取り出すと――

『モデロック・インベル』

「加奈、これは?」

「えっと、そんな名前だったかなぁって。違ってた?」
 
志保は、思い切り加奈の両頬を引っ張って遊んだ後、店内を闊歩してスレイプニールを探す。

幸い、スレイプニールはすぐに見つかり、売り切れていたというオチを回避する事には成功した。


「なんかさっきまでお客さんいっぱいいたっぽいけど、なんかイベントでもあったのかな?」

「さぁ……」

 寂れたプラモデルショップに、二人の少女が店内へと入った。

一人は島村卯月。もう一人は、卯月と共に346プロダクションでアイドルとして活躍する、本田未央だ。

彼女達は店内を歩き回り、様々なプラモデルのパッケージを手に取っていた。

「ガンダムって弟が見てた覚えあるけど、私は見た事ないなぁ」

「未央ちゃんは、ガンプラバトルをやらないんですか?」

「やんないよ。だってガンダムを好きって言ってるウチのアイドル達、目が怖いんだもん」

「ああ、確かに……」

 こうして店内を見渡すだけで、ガンダムのプラモデルは無数にある。

それは熱狂的なファンがいるからこそ成り立つ需要であって、346プロのアイドルには、その熱狂的ファンが多すぎる。


「――うん!? ねぇ、しまむー。あれって」

 未央が、卯月を棚の影に押しやり、指さした場所には、一人の男性がプラモデルを手に持ち、顎に手をやって考え事をしている。

チェック柄のシャツを着込み、その跳ねた茶髪が印象強い少年――天ヶ瀬冬馬だ。

「天ヶ瀬冬馬だ……ジュピターが何でこんな所に?」

「あ。天ヶ瀬さんも大会に出場してるんですよ」

「マジで!? ガンダムって凄いんだなぁ」

 冬馬は、しばらく店内を伺い、幾つかの武装パックとプラモデルを買い込んだ後に店を出た。

「よーし……追うよ、しまむー!」

「えぇ!? み、未央ちゃん!?」

「面白そうじゃん! 天ヶ瀬冬馬のプライベート!」

「ひ、否定はしませんけど……」

 その未央の言葉に否定しきれず、拒否しきれず。

卯月は未央と共に、天ヶ瀬冬馬の背を追うのだった。


「はっ、はっ……!」

「茜、凄いねキミ! 愛以外で僕のランニングに付いて来られるアイドルは、君が初めてだよ!」

「どうもっ!! 真さんと共に走れてすっごく光栄です!!」

 共に薄着で、ランニングをする二人の少女が居た。

菊地真と、日野茜だ。

彼女たちは、緩やかにスピードを落とした後に、流れる汗を拭った後、自動販売機でスポーツドリンクを買って、その身体を休ませていた。

「で、どうしたんだい。急に話がしたい、だなんて」

「はいっ! 実は前の戦いから、皆さんの様子が気になってて」

 765プロダクションは、その団結力が強さと言っても過言では無い。

だが、以前の戦いでは、その団結力が微塵も感じられなかった、と言うのが、茜の考えだった。

「でも、今回は個人種目だよ。765プロの団結力が裏目に出るなんて、分かりきってる事じゃないかい?」

「それでもおかしいです! 雪歩さんが迷ってるなら、それをすぐに助ける筈の真さんが、何もせず、卯月さんに解決を委ねたなんて、考えられません!」


 茜の力強い言葉に、真は少しだけ表情を俯かせながら「そう、だね」と、それを認めた。

「そうだ。何時もならそうだった――でも、あの時は、雪歩が自分で答を決めなければならなかった。その答を、卯月が示してくれた事は、本当に感謝している」

「教えて下さい! 765プロに、何が起こったのか!」

 真は、茜に背を向けながら、公園のベンチに腰を下ろして、語ってゆく。

「……ボク達のプロデューサーがね、ハリウッドにいく事が決まった。期間は一年間。

 それまでボク達は、もう一人のプロデューサーである律子や、自分たちでセルフプロデュースを行わなければならない――そんな事は、どうでもいい。

プロデューサーとボク達は、いわばもう一つの家族なんだ。765プロって言う小さな事務所で出会った、もう一つの家族。

――その家族が、夢を追いかけて、ボク達の為に、遠い所へ旅立ってしまう。

それを応援する子がいる。春香を筆頭に、多くのメンバーだ。

対してそれを嫌がる子が美希。

そして、プロデューサーを思えばこそとは考えるものの、自分の気持ちを否定できない子もいた――これが、雪歩だ」


神崎蘭子は、高槻家のキッチンに立ち、高槻やよいから手渡される皿を布巾で拭いながら、その話を聞いていた。

「それで……春香さんと美希さんは、この大会で決着を付けようって話になったんです。

 プロデューサーに、笑って行ってらっしゃいをするか――行かなくても大丈夫ですってお願いするか」

「白き少女は(訳:萩原先輩は……?)」

「雪歩さんは、最後まで迷ってたんです。

春香さんと共にプロデューサーの願いを受け入れて美希さんと戦うか、美希さんと一緒に『ハリウッドに行かなくても大丈夫ですよ』って、説得するかどうか。

――それは、雪歩さんが、戦いの中で決める事だと、皆で決めました」

 そして雪歩は、自分の想いに決着をつけた。

自分の想いを告白しても、それでも尚、彼の決めた言葉を否定しないと言う答えに達する事が出来た雪歩は、雪歩自身救われていたのだろう。

全て、卯月のおかげだ。


「……彼の者の願いは、尊重されるべき物だ(訳:そちらのプロデューサーさんの想いは、正しいと思います)」

「はい。だから春香さんと美希さん、雪歩さん以外のメンバーは、最後まで楽しくガンプラバトルをしようって誓ったんです」

「だが金色の少女や白き少女の願いとて、同じ事。間違いなぞ無い。

(訳:でも星井先輩や、萩原先輩の願いもそうです。間違ってなんか無いですよ)」

「……はい」

「正義と正義の撃鉄が落ち、二人の戦士は戦いに赴く。その戦いの後に、どちらが正義かを定めるのか?

(訳:天海先輩と星井先輩――正しさと正しさのせめぎ合いですよ、そんなの。勝った方が正しい……そう、皆さんは決めたんですか?)」

 蘭子の言葉に、やよいは答えない。

蘭子の言葉こそが正解であったからこそだ。


「闇の使者である私の述べる事象では無い、無いが。彼の者はそれを望んでいるのであろうか。

(訳:部外者の私が口を挿む事じゃあないかもしれないです。でも、そちらのプロデューサーさんは、その争いを望んでいるんでしょうか。)


……正義と正義の衝突は、果たしてそれを正義と呼べるのか。

(訳:……正しさと正しさのせめぎ合いは、本当に正しいと言えるんでしょうか……?)」


 **

「正しくなんかないさ。でも戦いの火蓋は切って落とされて、二人は戦いを始めてしまった。それを止める権利なんか、ボク達には無いんだ」

「そんな……っ!!」

「ねぇ、茜。ボクは君に聞いたよね。君は何のために戦うのかって」

「はいっ」

「君は言ったね。『自分の勝利と、仲間の笑顔、そして自分自身の笑顔の為に』って。

 それは、二人を止める事が出来ず、戦う事しか出来ないボク達には、無い強さなんだ。

――でもだけど、ボク達はもう、戦うしかない。

ボク達が戦うことで、何かが変わるわけではないけれど――それでも、この心の傷は、ボク達の願いは、もう、戦うことでしか、癒せないんだ」


**

「……そ、その、正しさは、本当の……力じゃあ、ない、です」

 蘭子は、何時もの言葉づかいでは無く、ただ自分の言葉を綴る。

「願いは、思いは尊重されるべきでも、それで戦ってしまえば、それまでなんです。

 戦う事じゃあ無く、対話をする事……願う事、思う事、それが大事なんじゃあないでしょうか……?

戦いは何時だって、醜い事なんです。でもその争いを楽しい遊びにしようって試みが、ガンダム・ビルドバトラーなんです。

この遊びを、相手を認めさせる、屈服させる戦いにさせちゃあいけない――

それは……エレガントじゃあ、ないです……っ!」


**

「拳は、ただ殴る為の武器じゃあありません!

 その指を広げて手を差し伸べる事も、二本指を立ててピースにする事だって出来る!!

 私、認めません! 真さんの言う癒しとか、強さとか、そんなの過ちです!!

拳は自分を――皆を笑顔にする為の力なんです!

 その願いを、思いを語る為の道具を、自らの考えに屈服させる為に使っては、その拳が報われません!」

茜の言葉――その言葉は、どれほど真の胸を抉っただろう。

真とて分かっているのだ。

このままでは、皆取り返しのつかない事となると。

二人の想いが正しいからこそ、二人は戦いを始めてしまった。

だがその戦いは、互いの心を壊す戦いに等しい。

そんな戦いをしてしまえば――春香も、美希も、そのうち身も心も壊してしまうだろう。


「じゃあ――どうしろって言うんだよ!

 今から、二人を説得しろって言うのかい!? それとも二人を殴ってでも止めろっ言うのかい!? それこそ本末転倒じゃあないか!

 ……もう遅いんだ――遅いんだよ。

二人が争い始める前だったら、無理にでも止める事が出来た。

……でもその火蓋はもう、切って落とされたんだから……」

「遅くなんかない――無いですっ!!」

 **

「ふふ、遂に我が究極の力を、目覚めさせる刻が来たようだな(訳:私が、ひと肌脱ぎましょう!)」

「蘭子さん?」

 先ほどまでとはうって変わって、何時もの調子で語りだす蘭子の姿に、やよいは首を傾げてその名を呼んで、問いかける。


「二人の戦士を止める。それこそ、争いを治める唯一の方法だ――ふ、闇の使者である私が、平和の為に動くとは……少々毒されたな。

(訳:天海先輩と、星井先輩は、私たちが止めます。部外者が口を出すことじゃあないけれど――願いの正しさを、正しさのまま終わらせる事はできます)

 だから光の巫女よ。皆は二人を迎える儀式を行え。二人を、優しく包む込んでやるがいい。

(訳:だから高槻先輩達は、二人を迎えてあげてください。『お疲れ様』って、優しく。それが、皆さんに出来る事だって思います)」

 やよいは、その言葉を聞いて少しだけポカンとした表情を浮かべていたが――

すぐに笑みを浮かべて「はいっ!」と頷いた。

「蘭子さん、春香さんと美希さんの事、よろしくお願いしますっ!」

「任せるがよい!(訳:任せて下さい!)」

 やよいは、蘭子と共に晩御飯の用意を始める。

本日、高槻家の食卓は、非常に盛り上がった事は言うまでも無い。


**

「真さん、私はただ戦うだけです。でも、その先でお二人を救って見せます!

 私が出来なくても――私の仲間がっ!」

「……任せて、いいのかい? それは、ボク達の問題なのに」

「言ったじゃないですか、私。私のこの拳は、自分を――皆を笑顔にさせるための、力なんだって。

 だから私は、この拳をただ、振るうだけです! そこに迷惑と言われると、逆に難しくなりますっ!!」

茜の言葉に、真がプッと笑いを浮かべた。

「やっぱり――君は強いよ。憧れる」

「そ、そんな! 私なんて若輩者ですっ」

「……じゃあ茜、任せても、いいかな。二人を。

 大事な――大事な家族だから」

「任せて下さいっ!!」

 茜は、ただその想いを受け取って、力強い笑みを浮かべた。

その笑顔に魅せられ。

自分もそうなりたいと願う真の想いに、嘘や謙遜など、欠片もなかった。


**

天ヶ瀬冬馬は、一つの公園のベンチに腰を下ろした。

フッと息をついて、視線を横に向ける。

「……何で付いてきてんだ、お前ら」

「げ」

「ばれてましたね……」

 未央と卯月が、隣のベンチで素知らぬ顔をしていたが、その冬馬の言葉に冷や汗を流した。

「島村。お前次のイベントまで時間ねぇだろ。こんな所で油売ってていいのかよ」

「仰る通りです……」

「あ、天ヶ瀬先輩が、どんなプライベートしてるのか気になっちゃってぇ」

「俺の周りはただでさえゴシップ記者多いんだから、気を付けろよな」

 冬馬は一回、溜息をついた後に、公園の前にある一つのビルに視線を寄越した。


「あれって――」

「961プロの事務所だよ」

「961プロって、天ヶ瀬さんの元々居た――」

 天ヶ瀬冬馬は、元々961プロダクションに所属していたアイドルだった。

 だが、後に彼らジュピターは、961プロダクションから315プロダクションへ移籍。今もなお活躍している。

「……あの、聞いてもいいんでしょうか?」

「何がだよ」

「どうして、移籍って話になったのか」

「し、しまむーっ!?」

 卯月の言葉に、未央が狼狽するが、冬馬はどこか上の空になりながらも「ああ、別に」と、軽く頷いた。

「聞かれて困るようなことじゃあねぇしな。

世間じゃあ、高い金で売り払われたとか、手前勝手に記事書かれてるし、少しだけ気分が悪い。吐き出すにはうってつけだしな」

 冬馬は、頭の中で話す順序を考えながら――その時の事を、口に出した。


**

「何でだよオッサン!」

 961プロダクションの社長室に乗り込む、天ヶ瀬冬馬率いる、ジュピターの三人。

その社長室の椅子に座る、一人の男性――

961プロダクションの社長にして、元敏腕プロデューサーである、黒井嵩男は、フンっと鼻で笑いながら「何が不満だ」と言い放つ。

「貴様らは私の指示にこれまで散々背いてきた。貴様らには315プロのような三流事務所がお似合いだ」

「クロちゃん……移籍って本当なの? ぼく達、クロちゃんの元から、離れなきゃいけないの?」

「社長。俺たちは貴方の元でトップアイドルになろうと心がけてきました。

貴方の考え方についていけないと思った事はありましたが、それでも俺たちは貴方の……!」

「くどいぞ。翔太、北斗。私は一度した発言を撤回するのは好まん」

「それがアンタの決定かよ……っ」

「ウィ。王者は孤高であるべし。お前たちは315プロで仲良くしているがよい」


 その言葉に、冬馬は耐える事が出来なかった。

その体を翻し、社長室の扉に手を取って、二人に声をかけた。

「行くぞ。二人とも」

「ま、待ってよ冬馬君! 冬馬君はそれでいいの!? クロちゃんと、この961プロでトップアイドルになるって――」

「オッサンにその気が無ぇなら、もう無理って事なんだろうが!」

 怒号を上げ、翔太がビクリと震えると、冬馬は黒井を睨み付ける。

「……後悔すんなよ」

「お前たちこそ、私の教えに背いてきた事を、後悔するときが来るやもしれん。その時が来ても、もう遅いんだぞ」

「そうかよ」

 その会話を最後に、冬馬は翔太と北斗を従えて退室し、事務所近くの公園でやさぐれていた。


「黒井のオッサン――まだ俺たちは、恩を返せてねぇって言うのに……!」

「ねぇ、冬馬君。どうしてクロちゃん、あんな事言ったのかな」

 翔太の言葉に、冬馬が面を上げると、北斗も翔太の言葉に頷いた。

「社長は少なからず、俺たちの事を認めてくれていた筈だ。あの戦いの後も、俺たちに『良くやった』と、褒めてくれたじゃないか」

「……分かってるよ。――今でも覚えてるよ、くそっ」

 かつてのアイドルマスター戦役で、冬馬達は認めて貰えた事が、何より嬉しかった。

「良くやった」と言われた事が嬉しかった。

勝てはしなかったが、自分たちの努力や、頑張りが認められた気がして。

あの時は三人で泣きながら、笑いあったのだ。

「……ねぇ冬馬君、せめてクロちゃんの気持ちだけでも、確かめに行こうよ」

「気持ち……?」

「何で僕たちを315プロに移籍させたのか、クロちゃんはどう思ってるのか……確認する必要は、あるんじゃないかな」

「俺も、翔太に賛成だ。――少なくとも、それを知るまでは、新しい事務所に馴染める気がしないさ」

「……そうだな」

 頭も冷えて来た。冬馬達は立ち上がり、再び社長室へと足を運んだ――その時だった。


『ふん――貴様がわざわざ私の所に来るとはな。斎藤』

『お前が俺の所に、将来有望なアイドルを寄越してくれたんだ。挨拶の一つもしなければならんだろう!』

 黒井と話す人物。その人物は、今後の冬馬達にとっても、重要な人物であった。

(あれ――俺たちが移籍する事になった、315プロの社長じゃねぇか)

(斎藤孝司さん、だっけ)

(聞いた話によると、765の社長さんや黒井社長とも繋がりがあるらしい)

 三人は、社長室の前で聞き耳を立てながら、その二人の会話を聞いていた。

『なぜ、彼らを俺の元へ?』

『何か不満でもあるか。奴らは最高の素材だ。貴様の三流プロダクションを、一瞬で一流にする事も可能だぞ』

『その素材を、なぜお前は手放すんだ?』


 黒井の言葉が止まる。

だが斎藤の『黒井』と問いただすような物言いで、黒井も口を開いた。

『私は自分の考えが間違っているとは、欠片も思っていない。

「王者は孤高なれ」――全ては勝つ為に、奴らも最初は個人の力で戦ってきた。

 だが、あの戦いを見て、奴らは知ったのだ。

孤高でない者の想い……それは時として王者へ牙を向く。

 ……三人の絆が、オーバーランクに辿り付く光景。それがあの戦いで見えてしまったんだよ。

その力は、この事務所で完璧に引き出すことは出来ない。

ならば、それを引き出せる場へ送ってやろうと思っただけだ』

僅かな沈黙。だが、斎藤孝司はすぐに、声を張り上げた。

『――なるほど、そのパッション、確かに受け取った! 任せろ黒井、俺が、ジュピターをトップアイドルにのし上がらせて見せる!!』

『いや、プロデュースするのは貴様の所のプロデューサーだろう……』


 **

 冬馬達は、黒井に会う事も無く、ただ先ほどの公園で、ただ項垂れていた。

――黒井は誰よりも、三人の事を思ってくれていた。

その彼らに相応しいステージを。

ただ与えようとしていただけだったのだ。

「……馬鹿野郎……オッサンの、馬鹿野郎……っ」

 冬馬はただ涙と、後悔の念を呟きに乗せていた。

だが、目の前に立つ二人は違った。

「冬馬君、見せつけてやろう」

「……え?」

「そうだ。黒井社長が、俺たちを手放した事、後悔させるような――そんなトップアイドルになってやろうじゃないか」

「翔太、北斗……」


「出来るよ、きっと……ううん、絶対!」

「俺たち三人なら――【輝きの向こう側】でも、輝ける」

 二人の言葉に、冬馬は――頷いて、立ち上がった。

「……そうだ。俺たちは辿り付かなきゃならねぇんだ。

黒井のオッサンの想いを継いで、オッサンの望んだ世界――


 いや、それ以上の場所へ!」


 冬馬が、叫ぶ。声を大にして。

「見てろよ黒井のオッサンっ!

 俺たちはその場所へ、辿り付いてやる!

俺たちなら、楽勝っ! だぜっ!!」


**

彼――天ヶ瀬冬馬は、手を握りしめた後に、そっと力を抜いて、961プロ事務所を、指の隙間から覗くようにして、眼前にやった。

「……俺も、北斗や翔太も、実は勝ち負けなんて、どうでもいいんだ。ただ、証明しなきゃならねぇ。

 黒井のオッサンが、俺たちにしてくれた事、俺たちが見つけた絆の力って奴が、正しかったこと。

 黒井のオッサンが居たから、今の俺たちがいるんだって事……それを証明しなきゃならねぇんだ」

彼の想いが、願いが、卯月には悲鳴のようにも聞こえた。

証明。

誰もが望むその言葉の意味を、卯月は理解しているのだろうか。

否。それを理解できるほど、卯月は知ってはいないのだ。

アイドルの事も、他事務所の事も、そして――ガンダムの事も。


「なぁ、島村。お前は何でイベントに参加したいって思ったんだよ」

「え」

「その理由さ。

良く知らねぇゲームのイベントに参加して、勝ち進んで。

そして、あの萩原とあんないい勝負ができるまで、成長出来たその理由を、俺は知りたい」

「えっと……上手く、言葉に出来ないんですけど……」

 そう、卯月は迷いながらも、言葉に直して、思いを語る。

「私、何も知らなかったんです。ガンダムの事も、ゲームの事も、それに事務所の皆が夢中だったって事も。

 でも皆、好きな事を好きって語る笑顔が、すっごく眩しいんです。キラキラしてるんです。

私も、あんな笑顔になって、キラキラして――そんな輝きに、辿り付きたくて。

何も知らなくて良い。ただ楽しみたい。ただ輝きたい。

……そんな思いだけじゃあ、ダメなのかもしれないけど……でもそれが、私の力の源なんです。

だから雪歩さんとの戦いも、思いっきり全力で戦えました。次の戦いも、本当にワクワクしてます。

笑顔で楽しく頑張って戦う――それが、私にとって【輝きの向こう側】に辿り付く為の、力なんです」


そう言って笑った卯月の笑顔に、冬馬はどこか、半年前の事を思い出していた。

こうして、共に語らったあの少女は、今どんな表情をしているのだろう。

自分と対等に戦った彼女は、このようして、輝きに上り詰めたのだろうか。

――冬馬には、まだそれは分からなかった。

「……そうか」

 冬馬はそういうと、立ち上がって荷物を持ち、笑みを浮かべてその場を立ち去った。

その後ろ姿を見据えながら、卯月はただ茫然としている未央の手を引いて、歩き出した。

互いに背を向けて、二人は歩き出す。


次に会う時。

二人は戦士として互いに競い合うのだろう。



 第五章【決勝戦・その輝きへ。】


星井美希は、自宅のベッドから起き上がった。

よく眠る彼女が、最近はあまり深い眠りにつけていないのは、やはり彼女のプロデューサーの事が関係しているだろう。

どれだけ眠ろうとしても、深い眠りにつく事が出来ない。

考えて、目が覚めてしまう。

――美希、本当にそれでいいの?

 彼女に、自分のライバルに言われた言葉が、頭の中に常に響いてくるのだ。

「……いいに、決まってるの」

 唇を噛み締める様に。

美希は、ベッドから立ち上がって、着替え始める。


――今日は、春香との決着だ。


この感情は今日で完結する。

今日こそ、美希はぐっすりと眠る事が出来るのだ。


プロデューサーの運転する車の中で、島村卯月は本日共に戦う事となる、神崎蘭子、日野茜と共に、プラモデルの出来を確かめ合っていた。

「わぁ……蘭子ちゃんのウイング、綺麗に輝いてますね!」

「如何にも! 我が翼より放たれる輝きが、私を勝利に導かん!
(訳:はいっ! トップコート処理を行いました! 今日こそ私の力を見せつけますよー!)

「茜ちゃんのゴッドガンダムは、あまりかわってなさそうですけど……」

「それがですねっ、全体的に装甲の隙間隙間を埋めていったので、強度が非常に上がってます!

 なので石破天驚拳の衝撃もある程度抑えきれますよ!」

 そんな語らいの中で、プロデューサーはナビを頼りにどれだけ移動時間があるかを算出するが、あと十数分であると予想する。

その間に、彼はアイドルと語らう事とする。

「皆さん、体調は万全ですか?」

『はいっ!』

 三人の揃った声を聞いて、彼も「良かった」と一言呟きを残した後に。


「今日は、歴戦のパイロットたちとの戦いになります。皆さんはなるべく互いに戦い合わないよう気を付けながら挑んでください」

「あの、他のアイドル達は――」

 卯月の言葉に、プロデューサーは頭に叩き込んでいるスケジュールを確認した上で、口にする。

「一部アイドル達は他の仕事がありますが、渋谷さんと神谷さん、後は予選参戦したアイドル達は、個々で会場へと向かっているでしょう。

応援席で、彼女たちの声を聴いて下さい」

 彼の言葉に、卯月は自分の手に持つプラモデルを確認していた。

掌に収まる小さなプラモデル。

その機体色は、今までの薄いグレーでは無かった。


東京ビッグサイトの会場は、本戦と同じくごった返した上で、さらにテレビ中継が多く押し寄せていた。

会場入りした卯月たちも、そのインタビュアーにマイクを向けられて委縮しながらも、控え室へと入っていく。

そこには既に先客がいた。決勝に進出していない筈の、876プロの面々だった。

「卯月さん、蘭子さん、茜ちゃん! 今日の決勝、応援してますよ!」

 日高愛が、その小柄な体をググッと寄せ、そう声を大にして言うと、茜が「はいっ!!」と、さらに大きな声を上げて頷いた。

「私たちは常にフルスロットルです!! 絶対に勝ってみせます!!」

「……やっぱり、温度違い過ぎ?」

「あはは……愛ちゃんと茜ちゃんは、デュオで活動したら凄そうだね」

 愛の後ろに居た、水谷絵里と秋月涼は苦笑していた。

控室で着替えを始めた面々は、軽く語らいながら、会場の様子をモニターで確認している。

「すっごいお客さんですね!」

「はい! この中で戦うなんて、緊張します!」


「卯月さんと蘭子さんは、すごく落ち着いてるね。緊張してないの?」

 涼が持ってきたお弁当を広げながら問いかけると、卯月が冷や汗を流しながら「緊張してます、もちろん」と笑った。

「ふ、ふふ……ぐ、愚問なり! この力にひれ伏す者どもに、我が神秘の姿を見せつけてやるわ!

(訳:き、緊張なんかしてませんよ! 私の戦いを、精一杯見せるだけです!)」

 強がってはいるものの、緊張した様子を隠せない蘭子ではあるが、その心意気だけは嘘では無い。

と、そこで扉をノックされる音が響いた。

『失礼します。後三十分後に開始となります。準備の方をよろしくお願いします』

 彼女たちのプロデューサーの声が聞こえて、三人が元気に「はいっ!」と返事をすると、絵里が涼の用意したお弁当のお箸を差し出した。

「じゃあ、今の内に力を付けておこう……?」

 その好意を受け取り、三人がお箸を手に持って、声を上げた。

『頂きます!』


三十分など、早い物だ。

涼の用意した弁当を平らげた三人は、バックステージで既に用意を開始していた、三人の戦士と対面した。

天海春香。

星井美希。

天ヶ瀬冬馬。

三人は、既にパイロットスーツを着込んだ上で、ステージの近くで、その出撃を待っている。

「おはようございます!」

 卯月が代表してそう声をかけると、三人が頷いて「おはようございます」と返事をした。

決戦の前だ。それ以上話す必要は無いとして、六人はそれぞれ、隣合って試合の開始を待っていると――

『ではこれより、メインステージを開催いたします。写真・動画の撮影はご遠慮下さるよう――』

 来た。

六人は足を前に出して、その会場へと姿を現した。

湧き上がる観客。その姿に震える346プロの三人。堂々とした態度で前に足を出す先輩三人の姿。

六人は、それぞれが搭乗する事となる筐体の前に立つと、観客へと手を振った。


『皆! 今日は絶対勝ってやるぜ! 見ててくれよな!』

『ミキ、負ける気なんてサラサラないの。安心して見ててね!』

『卯月ちゃんたちも、緊張してる?』

『は、はいっ! でも、負けません!』

『もっちろんです! 先輩たちと戦えるこのステージで、勝利をこの手に収めて見せます!』

『ふふ! この地に、我が名を刻んでくれるわ!
(訳:勝って、私たちの事を忘れられなくさせて見せますよ、皆さん!)』

 挨拶を終わらせると、ステージ隅に居るナレーターが、今回のルールを説明する。

『今回の決勝戦では、ランダムエンカウント方式を採用します。

卯月さん、ガンビルを始めて間もない、と言う事ですが、ルールは理解していらっしゃいますか?』

『えっと……ランダムでステージに出されるんですよね』

『その通りです。コンピュータがランダムで開始地点を算出しますので、出撃した瞬間に六人が同時に戦い合う可能性も、全く違う地点に居すぎて相手を見つけられない! みたいな事も有り得ます!』

『とは言っても、ステージはある程度広さに限りがあるから、心構えが出来る時間があるかどうか、程度の要素だね』

 ナレーターの、脅かすような物言いに春香が付け足すと、卯月がホッと息をついた。


『では細かい説明を行います』

 ランダムエンカウント方式は、先ほどまでの説明と同様、ランダムでスタート地点が決まる。

その為ステージへ出た瞬間に敵が目の前にいる危険性もあると同時に、相手に奇襲をかける事が出来る場合もありえる。

また、卯月たちのようにプロダクション内で協力して戦う事もできなくはないが、

そのためには合流の必要があり、チームプレイに慣れた者を危険にすると言う側面もある。

センサーやロックオンシステムにも手が加わり、一定の距離に居なければ通信もロックオンシステムも稼働させる事が出来ない事が難点である。

『このルールで行われます! 大丈夫でしょうか!?』

 そう尋ねるナレーターの言葉に、全員が頷き、筐体の中へ入り込んだ。


『ではこれより、第二次アイドルマスター戦役の、決勝戦を開始致します。

 トップアイドルの名は、誰の物となるのか――その結果は、観客の皆さん一人一人が、目の当たりにしてください!』


観客の声が、静まり返る。誰もが、ナレーターの、そして戦うアイドル達の、言葉を待っているのだ。

『では――ガンプラファイト! レディ……ゴォオッ!!』


「天海春香、ガンダム――行きます!」

「日野茜! ゴッドガンダム――行ってきまーすっ!!」

「星井美希。ガンダムエクシアMk-Ⅱ・TM、出撃するの!」

「神崎蘭子、ウイングガンダムゼロカスタム――参る!
(訳:神崎蘭子、ウイングガンダムゼロカスタム、出ます!)」

「天ヶ瀬冬馬、クロノス・エデン――出撃、だぜ!」


「――島村卯月。ガンダム・Mk-Ⅱカスタム! 頑張ります!!」


 五人の兵士が出撃していく中。

卯月は覚悟を決めて、ただ叫び、そのフットペダルを押し込んだ。

 そのツインアイが輝く、ガンダムMk-Ⅱの頭部パーツと、黒い機体色のジム・カスタムのボディ。

卯月の作り上げた機体――ガンダム・Mk-Ⅱカスタムが、カタパルトにその脚部を押し出され、出撃した。


島村卯月が、Mk-Ⅱカスタムの装備品を確認する。

通常のジム・カスタムと同じくジム・ライフルとシールド、一本のシールドがある事を確認した上で、

頭部バルカンポッドも問題なく動く事を確認した彼女は、今度は出撃地点を確認した。

コロニー付近の、宇宙ゴミが溜まる部分だ。

その部分で身を隠し、回りの索敵を開始しようとしたが、その一瞬早く、接近警報が鳴り響く。

『やぁ、しまむー』

 国際救難チャンネルで、声が聞こえた。

ぞわり、と殺気が背筋を走り、Mk-Ⅱカスタムが振り返ってシールドを構える。

その動きが幸いしてか、シールドに思い切り、GNビームサーベルが叩きつけられた。

宇宙ゴミを背につけて衝撃を殺しながら、その脚部を目の前の機体――ガンダムエクシアに向けて振り、蹴り付ける。

股間部を蹴り付けられたエクシアが、後方へと下がった。

『あは、反応速度はしぶりんより高いね。やっぱりミキの見立て通りなの』

 接触した事による回線の割り出しから聞こえる、あっけらかんとした態度の声。

今度はゆっくりGNブレイドを構えたエクシアの動きを、注意しながら息を呑んだ卯月。

そんな卯月に彼女――星井美希が言い放つ。

『――春香は絶対負けないし。

味見、させてよ。しまむー』


 再び殺気が走ると同時に、卯月は素早い動きで両指に構えたトリガーに触れ、武装選択を即座に済ませる。

Mk-Ⅱカスタムが右腕にビームサーベルとシールドを構えると同時に、背部のGNドライブを稼働させて急接近するエクシア。

エクシアは既に構えているGNブレイドを振り切ると、左腕にGNショートブレイドを手に取った。

GNブレイドとビームサーベルの鍔迫り合い。

その一瞬遅く行われるGNショートブレイドの突きを防ぐシールドの攻防を終わらせた二機は、同時に脚部スラスターを吹かして距離を取ると、今度は互いの獲物を構えて、もう一振り。

ジジジ――と音を鳴らしながら鍔迫り合うサーベルとブレイドを切り結んだ瞬間、Mk-Ⅱカスタムのシールドがエクシアの腹部に叩きつけられ、

一瞬だけ動きをよろめかせたエクシアへサーベルを付きつけようとした。

だが、その一瞬だけ早く、エクシアの脚部がMk-Ⅱカスタムの右手首を蹴り、サーベルを宇宙空間へ叩き落された。

『甘いよ、しまむー!』

 腹部を蹴り付けられ、吹き飛んだMk-Ⅱカスタムに向けて、GNブレイドを収納したエクシアは、GNビームライフルを放とうとした。

その時、拳が伸びた。

GNビームライフルの砲身を殴られ、銃口が逸れると、Mk-Ⅱカスタムはその場から離脱を開始する。

弾き飛ばされ、宇宙ゴミの中に漂っていたビームサーベルを回収した卯月の視線に映ったのは、ファイティングポーズを構える、ゴッドガンダムだった。


『星井先輩! いざ尋常に、勝負っ!!』

 日野茜の怒号と共に、エクシアも動きを止めて、美希が溜息を一つ落とした。

『茜か……ごめんね。ミキ、茜にはあんまり興味無いんだ』

『私が、貴女を止めます! 貴女と天海先輩は、私が――』


『茜。どこで聞いたかは知らないけど、ヒトサマの問題に口を出すべきじゃあないと思うな』


 口調は軽やかだったが、その声に含まれた怒りを、茜も卯月も聞き逃さなかった。

GNドライブを稼働させて、素早い動きでゴッドガンダムの頭部を膝で蹴り付けたエクシアが、左足で肩部を蹴り飛ばし、その際の勢いを利用して宙を舞った。

宙を舞った上で方向転換を行い、GNビームライフルの砲身をゴッドガンダムに向けられた事を確認した卯月が動く。

ゴッドガンダムを庇うように前面へ出て、シールドを構えると、シールドに着弾するビーム。

その卯月の援護に『感謝します!』と一言礼を言いながら、ゴッドガンダムの拳が伸びた。


ゴッドガンダムの拳と、エクシアの構えたGNブレイドの応酬が、目の前で行われる。

卯月が、援護としてジム・ライフルを放つが、その攻撃すら避け、その上でゴッドガンダムを蹴り付けたエクシア。

『くうぅう!!』

『ほら、さっきまでのイセーはどうしたの!?』

 怒りを含みながらも、愉しんでいる様子の美希を前にして、ゴッドガンダムが右腕部のプロテクターを展開した。

『ばぁく、熱っ!!』

 スラスターを吹かして、エクシアへと接近しながら、プロテクターを覆う豪炎。

『ゴッド――フィンガアアアッ!!』

 突き出される、ゴッドフィンガーの攻撃に。

エクシアは両手首のGNビームバルカンを放ちながら牽制し、少しスピードが落ちた所で、その攻撃線上から退避するばかりか、その背後に思い切り、回し蹴りをかまし、吹き飛ばした。

宇宙空間を漂っていくゴッドガンダムの姿を見据えながら、卯月がゴクリと息を呑むと、美希がフッと息をついた。

『さて。続けようか、しまむー』


コロニーを挿んだ反対側の宙域。

その宙域では、白と黒のモビルスーツが二機、それぞれの獲物を振りながら戦っていた。

天海春香のガンダム。

天ヶ瀬冬馬のクロノス・エデン。

二機は両手に構えたサーベルとビーム刃を振り込みながら、互いの隙を伺っている。

 ジジ、とスピーカーに入るノイズが混じりながらも、声を上げる冬馬。

『こうしてサシで戦うのは、あの時以来だな、天海!』

『そうだねっ、でも私は、あの時とは違う!』

 一旦距離を置いて頭部バルカンを乱雑に放ちながら、ビームサーベルの一つをジャベリンに変更し、投擲する。

その投擲されたジャベリンはクロノスの股間部を目がけ無重力の海を素早く駆ける。

背部スラスターの一部のみを吹かして、態勢を崩しながらそれを避けたクロノスだが、その隙を狙い、ガンダムのビームライフルがその銃口を向けていた。


『ちっ!』

 急ぎ脚部スラスターを吹かしてその場から緊急退避を行いながら、背部の二門ビーム砲を放つと、それぞれの脚部にビームがかすめる。

だが動作に問題は無い。ダメージもそれほど無い。

ガンダムが一本のビームサーベルとシールドを構え、クロノスが二本のビーム刃を展開し、今斬り合いに発展しようとした時――


コロニーが爆ぜた。


外部からの高出力ビームを受けて、周囲にまき散らしながら散っていく残骸を避けながら、春香と冬馬はそれぞれ、ビームの放たれた進路上を見据えた。

二機から見て下方。距離はかなり離れている。

その機体は、モニター上ではまだ米粒のような大きさにしか見えないが、だが確かに見える。

ウイングゼロカスタム――神崎蘭子の駆る機体が、二門のバスターライフルを連結させ、その砲身を今宇宙空間で冷却していた。

『ふん――この程度では墜ちぬか!
(訳:やっぱり、この程度の奇襲じゃあダメですね)』


 その翼をはためかせ、二機に向けて急激に接近するウイングゼロの姿を見据えて、春香はだがしかし、その姿をあえて無視した。

ツインバスターライフルの砲撃は、そう何度も連続で放てるものでは無い。

その最初の砲撃が、ガンダムとクロノスに向けなかった彼女の実戦経験の無さを喜んでいた。

クロノスも同様で、彼女の事を気にする事無く、むしろ宇宙ゴミが増えた事により、奇襲をかけやすいと考えていたのだろう。

だが、二人の思考を嘲笑うかのように。

再びバスターライフルの砲身を、今度は二丁繋げる事無く、引き金を引いた蘭子。

それぞれ高出力のビームが伸びて、二機の近くにあったデブリを焼き払う。

何とかその射線から逃れた二機ではあったものの、驚きを隠せない様子で一旦動きを止めた。

『冷却が速ぇ!』

『――多分、試合が始まる前に、氷か何かで冷やしてたみたい』

『それだけでは無い!(訳:それだけじゃあありませんよ!)』

 胸部のマシンキャノンを放ちながら接近し、ビームサーベルをガンダムに向けて振り切ったウイングゼロの攻撃を受けながら、春香はそのバスターライフルの砲身を、よく観察する。


『金属が、埋め込んである?』

『如何にも! よくぞ見破った!(訳:その通りです! 良く分かりましたね!)』

 バスターライフルの砲身部に、金属片を埋め込んであるのだ。

その金属片ごと予め冷やしておけば、金属に当てられた冷気は中々無くならない。その理論を用いて、冷却時間を短縮しているのだ。

『私が葬ってみせる! 天海春香!(訳:天海先輩! あなたは私が倒します!)』

『なんでそこまで敵視されるか分からないけど――倒すと言われて、ハイそうですかってわけにはいかない!』

 斬り合う二機。二人の攻防を見据えた上で、天ヶ瀬冬馬は自身が無視されているという現実に気付き、ハッと意識を戻した。

『おい! 俺を忘れんじゃねぇぞお前ら!』

『今は構っている暇は無いのだ!(訳:ごめんなさい、今はこっちで手一杯なんです!)』

 サーベルとサーベルの鍔迫り合いを行いながら、返事を返す蘭子と、その蘭子に反撃しようとタイミングを計る春香――

その三人の前に。



『春香、みーつけた』


 Mk-Ⅱカスタムと斬り合いを行う、美希のエクシアが、その場に姿を現した。

Mk-Ⅱカスタムの腹部を蹴り飛ばしたエクシアが、春香のガンダムを狙うウイングゼロへと、GNビームライフルの射線を放った。

その攻撃を避けつつ、バスターライフルの一砲身をエクシアに向け、今引き金を引こうとした瞬間――春香のガンダムが、その砲身を切り落とした。

『何――!(訳:えぇ!?)』

 砲身を綺麗に切り落とされた事を確認する前にそれを放棄し、残った一つのバスターライフルの砲身をも向けるが、その砲身さえ、エクシアのビームライフルが焼き落とした。

『くぅ、不覚っ!!(訳:そ、そんな!)』

『美希、勝負!』

『やっぱり春香との決着を真っ先に優先だね!』

 ガンダムの光刃が伸び、エクシアの頭部を突こうとするが、その攻撃を回避し、GNブレイドを展開したエクシア。

GNブレイドの切先がガンダムの腹部を貫く――かと思われたが、その攻撃すら綺麗に避けたガンダム。

一瞬の間に行われたその攻防を見据えて、卯月と蘭子はゴクリと息を呑んだ。



『美希――ィイ!!』

『春香――ァア!!』


 サーベルとサーベルの斬り合い。

ライフルなど使わない真剣勝負を目の当たりにしながら、その場に残っていた三人が、目を合わせた。

『何か――様子がおかしくねえか、アイツら』

 冬馬が訊ねると、卯月も同様に「ええ……」と頷いた。

二人の実情を知っている蘭子は、二人に話したものかと考えながらも、その二機の諍いを目の当たりにしていると――

間に割って入る、もう一機の機影があった。

『二人は――私が、止めますっ!!』

 両手に、ゴッドフィンガーを展開させながら、二機の斬り合いに割って入った、茜のゴッドガンダム。

ビームサーベルを弾き、GNブレイドの刀身を焼き落としたゴッドフィンガーの攻撃に、二人の舌打ちが聞こえた。

『邪魔しないで!』

『なのっ!』


 まるで、予選バトルロワイヤルの時のように、一旦互いに距離を取りながら、ビームライフルとGNビームライフルを展開した二機。

その二機は、示し合わせてもいない筈なのに、それぞれ三射、別の位置を目がけて放ったのだ。

ガンダムは頭部、右腕部関節、左脚部関節を。

エクシアは胸部、腹部、右脚部関節を。

『う――ぐうううっ!!』

 頭部、右腕部、腹部、胸部は避けたものの、両脚部と左腕部を一気に失って、宇宙空間を漂うゴッドガンダム。

一瞬の事に、唖然とするほか無かった卯月と蘭子だったが、冬馬だけは『相変わらずだな』と感心しているようだった。

『――二人の漆黒騎士よ。ここは共闘としようぞ。
(訳:卯月さん、天ヶ瀬先輩、ここは一緒に戦いましょう)』

「あ、は、はいっ! それが良いですね!」

『確かに、それが良いかもしれねぇな』

 春香にしても美希にしても、どちらも相手をするには厄介な相手に間違いは無い。

冬馬も頷き、ウイングゼロがサーベルを手に持った。


『突撃す!(訳:突っ込みます!)』

「わ、私も――」

『待て島村。オレが行く、お前は援護!』

 卯月の返事を待つまでも無く、両手のビーム刃を展開したクロノスは、その光刃を煌めかせながら、ウイングゼロと隣接し、その光刃を振り切った。

ガンダムへ切り込んだウイングゼロと、エクシアに切り込んだクロノス。

その二機を見据えながら、先ほどの乱入と同じく舌打ちをした二人は、互いに叫ぶ。

『何で邪魔をするの、二人とも!』

『ミキ達は、決着を付けなきゃならないのに!』

『その様な無益な諍いを、この娯楽に持ち込むな!
(訳:そんな喧嘩なんかを、こんな大事なプロモーションまで持ち込まないで下さい!)』

 蘭子がついに言い放ちながら、マシンキャノンの砲身をガンダムに向けて放つと、クロノスが背を付けて、両掌のビームガンを放つ。

『言ったね、らんらん――!』

 美希が、遂に我慢の限界と言わんばかりに、右腕にGNソードを、左腕にGNビームサーベルを構えながら突撃する。


その一瞬の間に、春香のガンダムもビームサーベルを構えながらクロノスへと斬りかかり、二者同士の争いに発展する。

 そんな四人の争いに「え? え?」と呆然としていた卯月だったが、二人の援護をしなければとカメラを見渡し、まずは春香のガンダムへロックオン。引き金を引いた。

ジム・ライフルの銃口から発砲された銃弾が、真っ直ぐに春香のガンダムを狙うが、その攻撃をシールドで受け切った春香は、無造作にビームライフルを掴み、その射撃を一射。

ビームはMk-Ⅱカスタムのシールドに直撃し、一瞬動きを鈍らせた。

『何なんだよお前ら! この戦いにはオレもいるんだ! 無視してんじゃねぇぜ!』

『あまとうには興味無いの! 引っ込んでてよロリコン!』

『お、俺はロリコンじゃ――ねぇっ!』

 一瞬の間に、五撃、六撃とサーベルとGNソードの斬り合いが行われると、二機は距離を取ってお互いの状態を伺う。

美希のエクシアも、冬馬のクロノスも万全の状況だ。このまま争えば、長期戦になる事は二人にも見て分かった。

『おい島村! こっちに援護だ!』

「は、はいっ!」

『させない!』


 その言葉を聞いていたか、春香のガンダムが蘭子のウイングゼロを蹴り飛ばすと、卯月のMk-Ⅱカスタムへ接近してくる。

『卯月ちゃん、勝負!』

「あわわ……っ!」

『我が友よ!(訳:卯月さんっ!)』

 蹴り飛ばされ、機体制御を行っている最中の蘭子が、何とか態勢を立て直してガンダムへと向かおうとするが、その眼前に迫る、クロノスと斬り合うエクシア。

『遠慮しないでよらんらん。売られた喧嘩は買うシュギだよ、ミキは――!』

 怒りを含んだ声で、クロノスの腹部を蹴り付けたエクシア。

蹴り付けられた反動で、クロノスとウイングゼロが接触し、二機の筐体がガクガクと揺れた。

『く――ううっ!』

『ちっ――調子乗ってんじゃ、ねぇぜ!』

 背部の二門ビーム砲を放ちながら、応戦するクロノスだったが、何分美希の圧力が強すぎる。

その実力を実感し、舌打ちをしながらも、応戦を始める冬馬と蘭子であった。


その少し離れた位置で、卯月と春香は戦っている。

春香のガンダムと、対等に戦っているMk-Ⅱカスタムの姿に、春香はただ驚いていた。

『強くなったね――卯月ちゃん!』

「そ、そうですね――あの時とは違います!」

 ビームサーベルの一振り同士が鍔迫り合い、結び払い、攻防が行われている。

春香が頭部バルカンを放ちながら牽制を行うと、それと同時にMk-Ⅱカスタムの頭部バルカンポッドも火を噴いた。

二機の装甲に着弾。だがダメージは二機ともそれほどでも無く、再びサーベル同士を切り込んだ。

卯月の実力は確かに高くなった。初めて戦った時より、圧倒的に強い。

だが春香の実力は元から高い。その上でさらに、ガンダムの製作技術が高く、二機の差を更に深めているようだった。

そこで春香は、どこか懐かしい感覚を覚えた。

――この感覚は、何時の事だったろうか。

思い出すことも出来ないまま、サーベルを振り切って、今一度斬り込もうとした、その時。

殺気が、彼女を襲った。

 
 **

しばし、宇宙空間の海を漂った日野茜が操るゴッドガンダムは、ステージアウト寸前で機体制御を取り戻し、そのスラスターを吹かして、ステージアウトを逃れた。

だが、距離はあまりに離れすぎてしまった。おまけに脚部は無くなり、背部スラスターも破損している。

あまり吹かし過ぎてしまえば、それだけでダメージ判定が規定値を超えるだろう。

茜は、コックピットの中でしばし、呼吸を整え、そして。

一言、呟く。

「ごめんなさい、真さん。私……貴女との約束を、一つ守れませんでした」

 二人を止めると言う約束を、彼女は果たすことが出来なかった。

「でも、もう一つの約束は、守りたい。――だからっ!!」

 彼女は、右腕を腰部で構え、その腰を落とし、静かに闘志を燃やした。

ゴッドガンダムの装甲が、金色に輝く。

右腕しか無い物だから、彼女の動きが全て反映されるわけでは無い。無いが――

「これが、最後の一撃です、ゴッドガンダムっ!!」

彼女は、ただコックピットの中で、叫ぶのだ。


「流派! 東方不敗が、最終奥義ィッ!」

 右腕の掌に力を込めて、凝縮されるエネルギー弾は、その収束だけで彼女の機体を破壊していく。

だが機体が散っていく前に、彼女はただ、祈りを込めて――

「石破っ!!」

その掌を、前面に押し出した。


「天驚ケエエエエエエンッ!!」


 無数の光が放たれる、遙か彼方の宇宙空間に向けて。

ゴッドガンダムは、石破天驚拳を、撃ち放った。

その瞬間、衝撃に耐えきる事ができず、爆ぜていく機体。その機体コックピットの中で、日野茜はフフッと、微笑みを漏らす。


「お疲れ様、ゴッドガンダム。

 皆さんっ!! 後は任せましたよっ!!」


日野茜。ゴッドガンダム、撃墜を確認。


**

その瞬間、殺気は残る五人の戦士へ襲い掛かった。

急速に近付く巨大なエネルギー弾を見据えて、五人は防御が間に合わないと踏み、回避へと専念しようとしたがそれも敵わず。

春香のガンダムと卯月のMk-Ⅱカスタムは、直撃こそ避けたものの、その衝撃だけで互いに吹き飛ばされ、距離が取られた。

直撃コースに居た美希のエクシアは、何とか右脚部を犠牲にしながらも避ける事に成功し、その奥にいた天ヶ瀬冬馬の駆るクロノスへ、今直撃する――

そう思われた、その時だ。

クロノスへと、背部の白き翼を羽ばたかせ、急速に接近した、神崎蘭子のウイングゼロカスタムが。

クロノスの背を突き飛ばし、その機体半身が、エネルギー弾の直撃を受け、消し飛んだ。

『神崎っ!』

 自分を庇った機体に、すぐに近付き、その様子を伺う。

下半身が全て吹き飛んでいる。コックピットを避けている為に、まだ通信は可能だが、すぐにそれも叶わなくなる。

その前にせめて――彼女の真意を、問いたかった。

『お前、なんで』

『……だって、私だったら、星井先輩を、止める事……出来ないから』


 蘭子は、まだ見ることの出来るメインカメラを通じて、クロノスの負傷を確認する。

――石破天驚拳の攻撃で、ダメージは負っていない。

フッと息をついて、蘭子は今までの言葉遣いを、まるで忘れたかのような違うのある声で、ただ願う。

『こんな事、頼む事は……筋違い、なのかもしれません。でも……お願いがあるんです。天ヶ瀬先輩に』

『何だよ。何なんだよ』

『せめて星井先輩を、止めて下さい。彼女は……今、一人ぼっち』

 美希は、誰かを思うが故に、一人ぼっちだ。

彼女を知る、彼女を想う仲間が、居る筈なのに。

彼女は今、たった一人っきり。

『こんな戦いを続けていれば……星井先輩は、心を壊しちゃいます。仲間を、失ってしまいます』

 私がもしそうなったとしたら。

そう考えると、蘭子には耐え切る事は出来ない。

『私も、仲間に恵まれたから……星井先輩にも、その思いを、思い出してほしいんです……。


 仲間に支えられて、立ち上がり、戦う事の――エレガントさを』


散っていった半身から火花を散らして。

今まさに、ゼロカスタムが散り行く光景を、ただ冬馬は見据えていた。

そして彼に見据えられながら。

蘭子は、メインカメラを少しだけ動かし、宇宙空間を漂う、ただ一つの機体を、視界に捉えた。


『――我が友よ。どうか祝福が、あらん事を。

(訳:卯月さん。頑張ってくださいね)』


 その言葉を最後に、ゼロカスタムは宇宙の中を散っていき。

冬馬はその姿を、静かに見届けた。


神崎蘭子、ウイングガンダムゼロカスタム。撃墜を確認。


 **

神崎蘭子の機体が散り行く様を、冬馬はただ見ている事しか出来なかった。

目の前には、石破天驚拳の攻撃を受けて、ダメージチェックを行うエクシアがいる。

そのエクシアのパイロットに向けて、冬馬は震えるような声で、問いかける。

『なあ星井。お前――仲間はどうした』

『ナカマ……仲間』

 一瞬だけ、彼女は、戸惑った。

『――春香達の、事?』

 問いかける彼女の言葉に、冬馬は握りこぶしを作って、思わず、筐体内で、叫んだ。


『何でお前が、仲間の事を戸惑うんだよ……!』


 操縦桿を握りしめ、ビーム刃を整形したクロノスに連動し、エクシアもGNビームサーベルを掴んだ。

鍔迫り合う二機。

だがエクシアが、僅かに圧されている。


『決めたぜ! 神崎の言葉通り、俺がお前を止める!』

『あまとうには、関係ない……!』


『ああ、関係ねぇさ! だけどな!』


 ――俺たちが憧れたお前たちは、仲間の団結力を誇る、お前たちだったんだ。


『だから俺が今のお前を倒す! 本当は勝ちなんかどうでもいい……

――だがなっ! 今のお前だけには、負けたくねぇっ!』


『あまとうぉおおっ!!』
『星井ィイッ!!』


 GNビームサーベルとGNソード、両手のビーム刃の斬り合いが、まるで舞うかのような華麗さを繰り広げている。

観客は大盛り上がり。

だが、コックピットに居る彼、彼女は、互いに額に汗をかきながら、まるで本当の殺し合いのように、その気概を持って、操縦桿を振り続け、トリガーを引き続けていた。

互いのメインカメラを、ビームサーベルが焼き落とす。

だが、互いにまだ動ける。墜ちてはいない。


『っ!』

 エクシアの左脚部が、クロノスの胸部コックピットを強く蹴り付けて、そのGNソードを上段で振り切ろうとしたその時。

クロノスの二門ビーム砲からビームが放たれ、GNソードを掴んだ左腕ごと持っていかれる。

『っ――トランザムッ!!』

 赤色の粒子が、エクシアの機体全体を覆い、その機体出力を約三倍ほどに増幅させる。

その速度ではロックオンを付ける事すら難しい。

冬馬はロックオンシステムをオフにした上で、ビーム刃を展開し、エクシアからの攻撃を、何とかいなしている。

だが、その速度を相手に、長続きはしない。

その左腕が切り落とされ、動きを一瞬怯めた瞬間、美希は好機と読んだ上で、GNビームサーベルを、そのコックピットに向けて、突き付けた――

『捕まえたぜ……っ!』

 だがコックピットスレスレで、その突きを避けたクロノス。しかしビームサーベルの熱は段々とコックピット回りを蒸発させていく。

ダメージは物凄い勢いで増していき、もう少しで撃墜する、その瞬間。

クロノスは、右腕のビーム刃をエクシアの腹部に突き立てた上で、さらに追い打ちと言わんばかりに、背部ビーム砲を放てるだけ放っていく。

首元に着弾するビーム砲と、腹部に突き立てられたビーム刃のダメージは――エクシアのダメージレベルを、通り越した。


爆ぜていくエクシア。

段々と沈黙していくクロノス。

二機のコックピットの中で、彼女は叫ぶ。彼は落胆する。

『何で――何で邪魔するの皆! ハニィが――プロデューサーが、ハリウッドに行って、誰より悲しいのは、皆も同じ筈なのに……何で……!』

『そんな事かよ! 全く、心配して損したぜ』

『そんな事!? あまとうにミキ達の、何が分かるの!? あの人がいなくなる事で、皆がどれだけ悲しいか――』

『そんな事だよ。

――離れてたっていいじゃねえか。お前たちは仲間のままだ。お前たちの団結って奴は、その程度なのかよ』

『でもっ……でも、本当に離れるなんて、悲しいよ』

『悲しくなったっていい。泣いたっていい。

――でも、心配はかけちゃあいけねぇよな。仲間……いや、家族だったらよ』


 星井美希。ガンダムエクシアMk-Ⅱ・TM、撃墜を確認。


天ヶ瀬冬馬。クロノス・エデン、撃墜を確認。


**

 筐体を出た時。

天ヶ瀬冬馬と星井美希は、汗で蒸れるヘルメットを脱いで、その熱気のせいで足取りが不安定なまま、舞台裏へ歩いていく。

星井美希の表情は暗い。

舞台裏へと辿り付いた彼女は、その体を前のめりに倒し、今まさに地面へ身体を預けようとした――その時だ。

彼女の体を抱き留めた、一人の青年。

青年は、美希の顔をジッと見据え、美希も彼の表情を見据える。

「……ハニィ。ミキ、負けちゃった」

「ああ、いい勝負だったよ」

「ハニィ、でもミキね、ハニィと別れたくないよ……ずっと一緒に居たいよ……ハニィ、見捨てないで……ハニィ……!」

「バカだな美希。俺はお前が、お前たちが大好きなんだ」

 ギュっと。彼女の体を抱き留める。

「一年たったら帰ってくる。お前たちを――オーバーランクを超える輝きまで押し上げてやる。だから、覚悟しておけ」

「ホント……? ホントにホント……?」

「ああ。お前が、俺なんかの為に、こんな一生懸命戦ってくれたんだ。


 俺が、お前たちに相応しい男になる為に――『いってらっしゃい』って、言ってほしんだ」


美希は、俯き、彼の言葉をどう受け止めようか。そればっかりを考えていた。

だが――その答えは先延ばしにされる。

一斉に、彼女へと飛びかかる765プロのアイドル達。

彼女たちは美希に向けて涙を流し、ただ言う。


「美希、頑張ったわね」

「美希ちゃん、お疲れ様」

「美希、熱いバトルだった……最高だったよ、美希!」

「美希さんっ、すっごくカッコ良かったですーっ」

「ミキミキっ」

「真美たち、すっごくワクワクしたよ!」

「まっ、アンタにしては、頑張ったんじゃない?」

「美希ちゃん。よく頑張りました」

「美希っ、自分たちすっごく感動してるさー!」

「ええ……美希の熱い思い。私たちにも届きました」

 彼女たちは、ポカンとしている美希に――ただ手を差し伸べて、言う。


   『お疲れ様』


 涙が流れた。

美希は、想いを殺し、戦い、大切な物を、無くす所だったのだ。

仲間たちの想い。

仲間たちとの絆。

冬馬が怒った理由。

蘭子や茜が、必死になって美希と春香を止めようとした理由。

その理由が分かって、美希は胸に手を当てて、ただ嘆く。

「ごめんなさい……皆、ごめんなさいなの……!」

 こんな自分を、必死に止めようとしてくれた者達に。

こんな自分の帰還を、ただ待ち続けてくれた仲間に、ごめんなさいを。

 そして、ありがとうを。

美希の事を思ってくれてありがとうを。

 彼女はその思いを込めて、ただその場で、大粒の涙を流し続けた。


 **

そんな彼女達の光景を見据えながら、冬馬は一息ついた。

「お疲れ、冬馬」

「冬馬君、お疲れ様」

 伊集院北斗と、御手洗翔太が、そんな彼にスポーツドリンクと、タオルを差し出した。

 だが、それを受け取らず、俯いたまま、彼は一言詫びを入れた。

「……わりぃ。勝てなかった」

「何言ってるんだ冬馬。勝ったじゃないか」

「そうだよ冬馬君。寝ぼけちゃった?」

 北斗と翔太は、ニッと笑みを浮かべて、彼に言い放つ。


『団結の力、見せつけてやった』


 舞台裏の隅に立ち、ただ彼らを見据える男の存在に、その時冬馬は気づいた。

男に向けて、冬馬は声を上げようとする。だが焦りか疲れか、すぐに声が上げられなかった。

男はフッと笑みを浮かべた後、舞台裏を去っていく。その後ろ姿を見据えながら、冬馬がようやく、声を上げた。


「――おっさんっ!!」

 彼の言葉に、男――

黒井嵩夫は、手を上げて言う。


「良くやった」


 半年前と、同じ言葉。

その言葉を聞き届けて、冬馬も彼女たちと同じく、涙を流す。


――証明、出来たんだ。

――団結の力を。あの人に育てられた、自分たちの力を。

冬馬はようやく報われた気がして。

仲間たちの胸で、ただ泣き続け。

仲間たちも、決してそれを咎めはしなかった。


**

まだ戦いは、終わっていない。

二人の少女が駆る機体は、まだ生き残っている。

天海春香は、石破天驚拳の衝撃によって、一時的に動かない機体の制御が可能になるまで、胸を抑え、美希の敗退を悲しんでいた。

『美希……負けちゃったんだね』

 それは、決着がつかない事に対しての後悔か、それとも安堵か。

彼女には分からない。分からないが、涙を一筋流した。

『……ねぇ、卯月ちゃん。どうして卯月ちゃんは、そんなに強くなれたの?』

 メインカメラ――目の前でしばし機体を動かせずにいる、Mk-Ⅱカスタムのパイロット、島村卯月に問いかける。

「……どうして、でしょうね。私自身、よく分かってないんですけど」

 段々と、二機の制御が戻ってくる。春香も卯月も、互いに機体操縦桿を握りしめ、そして動作チェックを行う。

「でも分かってる事、一つあるんです。――皆さん、半年前の戦いより、キラキラ、してない。春香さんも、雪歩さんも」

『私たちが、キラキラしてない』

 指の関節一つ一つに至るまで、動作チェックが行われる。続いて武装の確認だ。

「……雪歩さんも、春香さんもそうです。胸に何か秘めて、本当に大切な力を、引き出せてない。そんな気がしました」

『本当の、力』

 武装チェックは完了。二機が互いに動けるようになった事を確認した瞬間、卯月が顔を上げた。


「あ――わかりました! 笑顔ですっ」

 卯月が、答えを見つけたと言わんばかりに、声を大きくして歓喜していた。だが、春香はポカンと……彼女の言葉を聞いていた。

『笑顔……?』

「はいっ! ――っと言っても、受け売りなんですけど……」

 えへへと笑った卯月は、だがしかし、語るを止めぬ。

「半年前の戦い。映像で見ただけですけど、皆さんすっごく楽しそうでした。

やっぱり、皆笑顔で、楽しもう、楽しもうって、そう思ってたからだと思います。

 でも今回は、皆さん『勝たなきゃ』って思いが強すぎて、逆に皆さんの強みを、消してしまっていたんです」

『それが、笑顔』

「はいっ!」

 笑顔が消えた理由――それは、春香にとっては耳が痛いものだった。

半年前の戦いで、春香はどうやって勝ったのだろうか――それは、今でも思い出せる。

仲間が居たから。

仲間の言葉、想いに後押しされて、未熟者だった彼女が冬馬を破り、美希と相討ちになるまでになった。


今は違う。

今は些細なすれ違いで、彼女たちは少しだけ離れてしまった。

互いに想い合ってはいても。

その声が今は誰にも届かない。

そう。それを考えれば。

今の卯月とて、特別な事は、何ら無いのだ。

――仲間の想いを受け取って、彼女はただ、笑顔で戦い続けた。

それが彼女の魅力であり――強さだったのだ。

『そっか……強い筈だよね』

 忘れていた自分の片割れ。それが今の彼女の姿だ。

――ならば私は、その強さを、取り戻さなければならない。

――彼女に勝ち、笑顔で、仲間の元に、帰ってやろうじゃあないか!

『戦おう卯月ちゃん! これが――』

「はいっ! 私と春香さんの――」


『正真正銘、本気のガンプラファイト!!』


 二機が動いた。

それぞれビームサーベルを掴んだまま、頭部バルカンとバルカンポッドから銃弾を発砲、着弾。

だがしかし、二機の装甲は破れない。

銃弾が撃ち尽くされるまで放ちながら、ビームサーベルの鍔迫り合い、切り結びまでを行い、その瞬間二機は左腕に掴んでいるシールドを、互いに叩きつける。

シールドとシールドのぶつかり合いは、火花を散らしながらその手を離れ。

二機は機体顔面と顔面をまたもぶつけ合った。

「春香さん! これは、貴女から教わった事です!」

 ――操縦桿を、フットペダルを踏み込む事無く操作すると、カメラの操作が行われる事。

「これも――!」

 機体脚部のスラスターを一瞬だけ吹かして、視界の上下を反転させると、そのまま強く背部スラスターを吹かして、羽ばたく二機。

――宇宙空間では上下は無い。機体の視界を反転させる事が重要である事。

「私、春香さんに、たくさんの事を、教わりました! だから――その力で、貴女を倒します!」

『やってみて卯月ちゃん! 師弟対決、これほど燃えるシチュエーションは無いよね!』

「はい、今――やります!」


 互いに右腕で掴んだサーベルとサーベルを振り切り、互いの左腕部を関節部から切り落とすと、右脚部と右脚部の蹴りが振り切られる。

今度はMk-Ⅱカスタムの右脚部がもがれ、ガンダムはそのまま右脚部をMk-Ⅱカスタムの腹部に叩き込む。

だが、その一瞬早くガンダムの右肩を掴んでいたMk-Ⅱが、蹴られた衝撃に負けずその場で留まると、残った右腕で胸部コックピットを、思い切り殴りつけた。

互いの筐体が揺れる。

だが二機は止まらない。

まだ二人は戦える。

三度、サーベルを振り続ける動作を互いに行い、弾いた互いの手から、サーベルが零れ落ちる。

だが二機はそのサーベルに視線をやる事無く、残る右腕の拳と拳をぶつけ合わせた。

ゴウン……っ、と。接触回線から流れる鈍い音が耳元に鳴り響いた瞬間――Mk-Ⅱカスタムの右拳が砕け散って、宇宙空間に漂っていった。

『勝った――!』

 もう、卯月に武装は無い。

春香は勝利を確信し、卯月もこの一瞬だけは、敗北を察する事が出来た。

――春香が、宇宙空間を漂っているサーベルを掴もうと一瞬だけ戦線を離脱し。

――卯月が冷や汗を流しながら、春香を倒す方法を模索する、その一瞬。

――そう、その一瞬の事だ。



「勝って!! 卯月――ィ!!」


 筐体の外から聞こえる。

観客席の方から、聞こえる。

その声が聞こえる。

姿は見えなくとも。

その声を、卯月は知っている。


「私だけの力だったら――負けでした。春香さん」


 ――でもまだ。


「まだっ!! この子には――凛ちゃんの力が残ってますっ!!」


 機体スラスターを極限まで吹かし、春香のガンダムへ背後から近付いた後、残った左脚部を用いて、その背から思い切り蹴り付けたMk-Ⅱカスタム。

その衝撃で、もう寸での所でビームサーベルを拾わんかとしたガンダムが思い切り宇宙空間の海を漂い、その機体をコロニーの残骸へとぶつけた。

背中から思い切り蹴り付けられ、そして背中からコロニー外壁残骸へと叩きつけられたガンダムは、一瞬動きを止めた――その時には。



「凛ちゃん――力を、貸してぇぇええっ!!」


Mk-Ⅱは、ガンダムに向けて、その背部と脚部のスラスターを吹かしながら急速接近し、その機体頭部を。

凛のガンダムMk-Ⅱから譲り受けた、その頭部パーツを。

思い切り、ガンダムのコックピットに、叩きつけた。

砕け散る、Mk-Ⅱの頭部パーツと。

その衝突を一身に受けて、上下左右へ揺れる、春香の筐体。

そして――今。


試合終了のブザーが、会場全体に鳴り響いた。


 **

春香は、自身のコックピットの中で、ただだらりと腕を下し、機体隅にあるダメージレベルを確認した。

 ――残り規定値は、ゼロ。

「負けた……負けちゃったかぁ……」

 苦笑が湧き出て来た。

あんなハチャメチャな戦い方があっただなんて、誰も考え付かなかっただろう。なんだ、頭部を思い切りコックピットに叩きつけるなんて。

でも負けた。

その力に負けた。

弁解のし様も無い程に、完膚なきまでに。

卯月と――彼女の仲間である、凛によって。

春香は今日この時、敗北したのだ。

「悔しいなぁ……私、悔しいよ……!」

 勝って、あの人に手を振ろうと思ったのに。

春香は勝つことが出来なかった。

美希との決着をつける事も出来ず。

春香はただ、涙を流して、筐体内で泣き続けていた。


「……春香、お疲れ様なの」

 筐体のドアが開け放たれ。

そこには、フッと微笑みを向けた、美希が立っていた。

「美希……私、勝てなかった……勝てなかったよ……」

「うん。負けちゃったね、春香」

「でもね、美希。私……プロデューサーさんも、美希も……みんなみんな、大好き……!


 負けちゃったけど、勝てなかったけど……私、皆の所に、帰っていいのかな……?


ちょっと、離れちゃったけど……また、皆で……!」

「いいんだよ春香。姉妹喧嘩は、これでオシマイだ」

 美希の隣で。

一筋の涙を流しながら微笑む、一人の男性にそう言われて。

春香は、涙を流しながらも、美希の手を取り、そして舞台裏へとその足を向け――

『おかえりなさい、春香っ!!』

 仲間に。――765プロの家族に言われた言葉に。

「……ただいまっ」

 ニッコリと満面の笑みを浮かべて。

差し伸べられた手を、自身の手でしっかりと、掴んだ。


**

島村卯月は、自身の筐体の中で、今もまだ操縦桿を握りしめ、動悸を抑える事無く息継ぎを行っている。

試合終了のブザーは鳴り響いた。だが、自分の機体はまだ規定値を残している。

まだ終わっていない筈だ。

春香はまだ立ち上がってくる筈だ。

そう思っていた――その時だ。

「卯月っ!!」

 筐体のドアを開け放ち、筐体の中へと入ってくる、一人の少女。

そのブレザーの制服と、長い黒髪、綺麗な瞳の少女は、渋谷凛。

「り、凜ちゃん! ダメだよ、まだ試合――」

「勝ったんだ……勝ったんだよ、卯月!」

 凜は、涙を流しながら彼女の体を抱きしめて――ただ呟く。

「ありがとう……私と一緒に、戦ってくれて……勝ってくれて、ありがとう……ありがとう……! 大好き……大好き……!」

 その言葉の意味を把握するのに、少しだけ時間がかかった。

卯月は、自身を抱きしめて泣き散らかす親友を見据えた後に目を閉じ、フフッと微笑みながら彼女の背を優しく擦る。

そして、彼女に向けて言うのだ。

「……二人で、辿り付きましたよ、凜ちゃん」


 ――二人の力でこの場所へ。


**

第二次アイドルマスター戦役の、閉会式。

その閉会式の中心には、島村卯月と天海春香が隣り合って立っており。

その二人と手を繋ぐ、渋谷凛と星井美希の光景は、見ている者を微笑ます光景に他ならなかった。

そして卯月と凜の隣には神崎蘭子と日野茜が。

春香と美希の隣には天ヶ瀬冬馬が立っている。

そしてその周りを囲むように立っている、765プロの面々と876プロの面々、ジュピターの面々がいる。

ナレーターはその人数の多さに圧巻されながらも、マイクを構えて口を開いた。

『改めて、第二次アイドルマスター戦役の優勝、おめでとうございます。島村さん』

『あ、はいっ! ……まだ、実感わかないんですけど……』

『卯月ちゃん。私を倒したんだから、もっと笑顔で誇ってくれないと。私の立つ瀬がないよ?』

『あわわ……っ、す、すみません! え、えへへ!』

 ワザとらしく笑みを浮かべた卯月の表情を、凛と美希が拭き散らかし、笑った。


『お、お二人とも!』

『い、いや……でも、いい勝負だったよ、卯月』

『ホントそうなの。次はミキとイッキウチで戦おうね、しまむー』

『あ、それはごめんなさい、美希先輩。卯月は先約があるので、その後にでもお願いします』

『あれ、先約?』

『はい。それより、蘭子と茜はどうだった? 決勝戦』

『愚問なり! 此度の決戦は聖女達の聖戦として、我が魔導書に書き綴られる事であろう!
(訳:もう今更言葉にするのもはばかられる位興奮しました! 私の中の永遠の思い出です!)』

『うぅ……! 私は良い所が全っ然! 無かったので、もっと精進します! あと蘭子さん、石破天驚拳で巻き込んでごめんなさい!』

『あれが無かったら、島村もオレも、天海や星井に勝てなかったさ。それだけは誇れよ、日野』

 茜の言葉に、そう注釈を入れて。冬馬がニッと笑みを浮かべた。

『冬馬君ってば、女の子にこんだけ優しいなんて珍しいねー』

『全くだ。今日は槍が振りそうだ』

『大雨とか雪とかふっ飛ばしていきなり槍かよ!』

 後ろに立つ翔太と北斗の茶化しにいちいちツッコむ様子を見ながら、その場にいた全員が笑う。


『……ところで、何で島村さんと天海さんは、渋谷さんと星井さんと手を繋いでるんですか?』

『春香と美希は姉妹喧嘩してたので。そのオシオキですよ、オシオキ』

『えへへー。仲良しこよしさんですね、春香さん、美希さんっ』

 ヘヘッと意地悪く笑った真と、満面の笑みを浮かべたやよいの言葉に、春香と美希が少しだけ顔を赤めた。

『島村さんと渋谷さんは?』

『私が卯月の事大好きだからです』

『ちょ――凜ちゃんっ! 誤解されるような事言わないでください!』

 会場全体にどよめきと爆笑が蔓延る。その言葉を遮って、卯月がハーッと溜息をついた後、えっと、と言葉を探す様に、言葉を紡いだ。


『……今日の勝利は、決して私だけの力じゃあ、無いんです。

半年前、春香さんと美希さんが勝ちあがった、あの戦いのように――

凛ちゃんや茜ちゃん、蘭子ちゃんの想いを受け取って、足掻いて……何とか手にした勝利なんです。私一人だったら……絶対に勝てなかった』

『私は、成長する卯月や、春香さんや星井先輩を追い越そうと、一人で無我夢中だったんです。

でも、そんな私に卯月は、「二人一緒なら、どこにだっていける」って、言ってくれた。

だから――私は、卯月達と共に、どこまでも行こうと、その時に決心したんです』


 この手は、その証です。

二人でそう言った彼女たちを、まるで祝福するかのように、拍手が会場に鳴り響いた。


『でも! それだったら私も手を繋ぎたいですっ!!』

『む、あ、あの……えっと……その、あ! と、友と歩を同じくする事も悪くは無いっ!
(訳:わ、私も! 私も繋ぎたいです!)』

 茜が卯月の空いた手を取り、蘭子もそれに続いて慌てながらも凛の手を取った。そんな彼女たちを温かな目で見据える、会場の者達。

『では。そんな346プロの皆さんに、ぜひ一曲、お願いしたいのですが』

『え?』

 346プロの全員が、一斉に表情をキョトンとさせた。

観客は拍手喝采。舞台に立つ他のアイドル達も、待ってましたと言わんばかりに、舞台裏へと向かっていく。

『え、でもそんなの予定に無かったですよ!?』

『いい、のかな?』

『歌えるならぜひ! 歌いたいですけど……!!』

『わ、我が友よ……
(訳:プ、プロデューサーさん……)』

 おろおろとしていると、舞台裏からスタッフが一人現れ、四人に耳打ちした。
楽曲データはあるから歌ってくれ、と言うプロデューサーからの指示だそうだ。

舞台裏から、頷いて親指を立てる、彼女たちのプロデューサーがいる。四人はパッと表情を明るくし、マイクチェックを行った。


『突然だけど、皆さん大丈夫ですか?』

『卯月こそ。リハじゃないんだから転ばないでね』

『まっかせて下さい! 私は何時でも熱いハートを燃やしてます!』

『我々の鎮魂歌を聞け!
(訳:皆さん! 私たちの歌、聞いて下さい!)』

 四人が息を吸い込んで――そしてその曲名を叫ぶ。


『聞いて下さい! ――【Shine!!】』


 四人のシンデレラから歌われるその歌は。

まるでこれから【輝きの向こう側】へと駆けようとする、彼女達を鼓舞するかのような曲だ。

観客は慣れないコールをしながら。

バックステージにいるアイドル達はその様子を眺めながら。

その曲をずっと聞いていた。

「新たな光に会いに行こう」

 その思いを込めた歌を歌いながら、彼女たちは少しだけ覚束ない足取りで踊る。


卯月は、その熱狂する観客席を見据えて、ただ手を伸ばす。

隣で歌う凜も、卯月と視線を合わせながら、同じく手を伸す。


――凜ちゃん、あったよ。

――うん。あったね。


 観客席の奥。

スポットライトに当てられたその景色の向こう側に。



……彼女たちは【輝きの向こう側】を、見た気がした。



――さあ、行きましょう。

――新たな光へ、会いに。



エピローグ

第二次アイドルマスター戦役から、一か月の時が過ぎた。

765プロのアイドル達やプロデューサーである秋月律子は、それぞれ変装を施しながら成田空港の中で一人の男性の前に立っていた。

彼女たちのプロデューサーだ。

彼は頬をかきながら苦笑し「こんな所まで、見送りに来なくていいんだぞ」と軽く言い含めた。

だが、アイドル達は「来ちゃいました」と笑みを浮かべ、彼の言葉を気にしてもいない。

「ハニィ。ミキがいないからって、ウワキはダメだよ?」

 美希の言葉に、プロデューサーは「何だよそれ」と頭を撫でた。

「……騒ぎになるといけないから、もう行くぞ」

 手を振って身を翻し、搭乗口へと向かう彼の背中に――春香が「プロデューサーさんっ」と声を上げた。

「お、おい……そんな大声出したら」

 咎めようとした、その時。


「どこに居ても! 私たちの心は一つ――そうですよね?」

 アイドル達は、全員瞳に涙を溜めている。

リーダーで、いつも笑顔を心がけている春香でさえも、今は泣きそうになりながら、何とか声を張り上げているのだ。

一年離れるだけだと言うのに、大げさなとも思いながら――彼もまた声を張り上げる。

「当たり前だろ!

 俺は――お前たちのプロデューサーだからな!」

彼の言葉に。

全員は頷いて。

ただ、彼に向けて、一言。

『行ってらっしゃい! プロデューサー!!』

 そう。その言葉だけで良い。

プロデューサーは、まぶたに感じる潤いをぬぐいながら――彼女たちの言葉を背に、歩き出した。

――彼らがまた会う日は、一年後の今日である。


 **

「ええええええええ!?」

 876プロダクションの事務所。その応接室に座っている、一人の少女――いや少年は、秋月涼。

彼は、目の前に提示された書類を穴が開かんばかりに凝視し、目の前に座る女性へ、声をかけた。

「ぼ、僕が――315プロに!?」

「はい。是非如何かと思いまして」

 女性は柔らかな笑みを浮かべると、涼の隣に座る女性――876プロの社長である石川に視線を移した。

「876プロでは女性アイドルとして。315プロでは男性アイドルとして、いわゆる住み分けを計る形での業務提携をお願いしたいと思っています。
いかがでしょうか、石川社長」

「うーん、いいんじゃないかしら。少なくとも斎藤の所なら、961プロより信頼できるわね」

「しゃ、社長!? いいんですか!?」

「涼はこの話、受けたくないの?」

「ぜ、ぜひお願いしたいですけど!」

「じゃあ受けましょう。その代わり、こっちの仕事もちゃんとこなして貰うわ。覚悟しなさいよ、涼」


 石川の言葉にお辞儀をして、涼へと説明を開始するその女性――315プロダクションのプロデューサーにその場を任して、石川は席を外す。

「社長! 涼さん、315プロに行っちゃうんですか!?」

「……少し、さみしい……」

 876プロダクションに所属するアイドル、日高愛と水谷絵里が、その表情を曇らせながら石川へと問いかけると、石川はふぅと溜息をついた。

「変な心配しなくていいわ。住み分けするだけ。少しだけ、こっちにいる時間は少なくなるけど――」

 彼女たちの頭を撫でる。

「あなた達は、もう一つの家族よ。少しだけ離れる時間が増えても――それだけは変わらないわ」

 石川の言葉に、二人は少しだけ考える時間はあったものの。

納得した面持ちで、涼のいる応接室へと、押しかけた。

今日は、日高家でパーティが行われるそうだ。


**

「では、送っておいたデータの住所に行ってみて下さい。
私の友人が在留していますので、もし何かトラブルがあれば、そこから私へ連絡を頂ければ、私が765プロへご連絡致します」

『ああ。何か悪いな』

「いえ」

 シンデレラプロジェクトの事務所。

パソコンを操作しながら携帯電話で346プロのプロデューサーは、その電話口の相手――

もう既に渡米を済ませている筈の765プロのプロデューサーと話をしていた。

『礼を兼ねて、一年後に飲みに行こう。奢るぞ』

「お礼ならば、もう既に頂いています」

『俺、なんかしたっけ?』


「……貴方の育てたアイドルが、今は笑顔で輝きを放っている。その笑顔が見れただけで、私は十分です」

『まぁた笑顔か……お前も、彼女でも作って、自分自身を笑顔にしろよ』

「先輩には、言われたくありません」

『ほっとけ!』

 そんな他愛もない話をし終わった後に、346のプロデューサーは電話を切り、席を立った。

「……あの、大西さん。何でしょうか」

「な、何でもないよプロデューサー! ……でへへへ……」

 346プロのアイドルである大西由里子へ問いかけると、彼女は慌てたようにそう取り繕った。

どうにも明らかに何でもないように思えたが、彼にはその真意を推し測る事は出来ない。

プロデューサーは、必要な書類だけを手に掴み、そのまま由里子に視線を向けた。

「では、行きましょう」

「はーいっ! ――あ、ねぇプロデューサー。さっきの電話の人、イケメン?」

「男の私から見ても、中々の好青年だとは思いますが」

「でへへへ……そっかー。プロデューサーもイケメンだと思ってるんだぁ……」

「……一体、何なのですか……」


 **

秋葉原にある一つの模型店。

その模型店では本日、イベントが行われている。

ガンダム・ビルドバトラーを用いた大会であるものの、本日のメインイベントはそれでは無い。

モニターに映る、二つの機体。

神崎蘭子の駆る、ウイングガンダムゼロカスタム。

日野茜の駆る、ゴッドガンダム。

二機のガンダムは、宇宙空間を煌びやかに駆けていた。

『蘭子さん! いざ尋常に――勝負!!』

『ふん! 我が翼の機械人形に、恐れ! 慄き! ひれ伏すがよい!
(訳:はいっ! 私のゼロの力、見せつけてやります!)』

 第二次アイドルマスター戦役以来。

346プロには数多く、ガンプラ関係の仕事が殺到するようになった。

ガンプラアイドルは今やテレビへの露出も増え、その人気を絶大な物としていく。

その中で、彼女たちは確かに戦い、そして力を増していくのだ。

『ここに、卯月さん達がいない事が悔やまれますね!』

『致し方なし。なぜならば(訳:仕方ありませんよ。だって――)』


 **

それは、何の変哲もない、寂れた模型店。

その模型店の入り口に立ち、彼女は自動ドアが開くのを待った。

開かれたドアに体を通し、少しだけ店内のプラモデルに視線を移した後、彼女はレジにいる店員へ声をかけた。

「九〇番のパイロットスーツ、お願いします!」

「はいよ」

 店員はロッカーの中に入っていたパイロットスーツを取り出し、少女へとそれを手渡した。

連邦軍のスーツを身にまとった少女は、その手に百円玉と、ガンプラを持ち――そして。


筐体の前で、パイロットスーツを着込んで待つ。

渋谷凛に、視線を向けた、島村卯月。


「お待たせ、凜ちゃん」

「ううん。……時間、かかっちゃったね」

「仕方ないですよ。お仕事、いっぱいありましたから」

「今日も、本当なら仕事の筈だったけど――蘭子たちに、感謝しないとね」


 二人は、互いに笑みを浮かべて。

ガンダム・ビルドバトラーの筐体へ、入り込んだ。

ステージ設定、周波数設定を済ませ、バトルの設定も簡単に済ませた二人は――筐体の中で、声を上げた。


「さあ、卯月。やろうか」

「うん。凜ちゃん」


 ――今こそ、決着の時。

――果たせなった約束を、今まさに果たす。


渋谷凛は、ジム・カスタムの頭部パーツを取り付け、機体色を薄い灰色で塗装したガンプラ――ジム・カスタムMk-Ⅱを。

島村卯月は、ガンダムMk-Ⅱの頭部パーツを取り付け、機体色を漆黒に塗装したガンプラ――ガンダムMk-Ⅱカスタムを。

二人はこの時。互いの出せる全力を用いて戦い合う為のガンプラを、読み込ませていた。。


『ガンプラファイト――レディ、ゴーッ』

 二機のガンプラは。

煌めく宇宙空間を。

自らのガンプラで、駆け抜けていった。



卯月「これが私たちの、ガンプラバトル」 END

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