唯「ねぇうい、もう解けた?」 (18)


「ひみつが女を美しくするんだって。澪ちゃんがゆってた」

「そっかあ。じゃあ秘密がなくなったらどうなるのかなぁ?」


さぁね、
って言いながらお姉ちゃんが松前漬けをひとくち。

ぼんやり遠い目をしてて、ちょっと居心地わるかった。


今思えばあの時決めてたのかも。

次の日、お姉ちゃんが消えた。

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生まれた時からずっと仲良し、って言っちゃっていいと思う。
私たちのこと。

こんな歳になるともう
いろんなことにはっきりした決めつけなんてできなくなっちゃうけど、
お姉ちゃんは私のことずっと深くわかってて、
私はいろんなことを知ってる。

食べ物の好み、
箸のくせ、くちびるの味、
声もにおいも全部。


『もんだい!』


置き手紙にはそう書いてあって、
まだかすんでる目や点けたばかりの照明が明るすぎて
ぐじぐじやってる私はびっくりしちゃった。

なーんかごそごそやってるなぁなんて思ってたけど、
お姉ちゃんはこういう時いきなりだから
ずるい。

ひどいなぁ、って
誰もいないうちに口に出して目を通す。


『これからわたしはお出かけしてきます。
 夜になったらちゃんと帰ってくるよ。

 だけど、
 ういには行き先をぜったいおしえません!ざんねんでしたー!


 さてここで平沢唯から問題です。

 唯ちゃんは、
 きょう一日どこで何をしてくるのでしょーかっ?!』



うん、お姉ちゃんだった。


とりあえずお姉ちゃんがお姉ちゃんで、
昨日からの延長線上であんまり何も変わってなくて、
たぶんお姉ちゃんは夜には帰ってくるんだろうって思うと
気が抜けたみたいで、

とにかく朝起きてすることをひとつずつこなしてく。

トースト焼いて
たまご乗せて
賞味期限たしかめて
夕方買うもの決めたりして。


掃除機の音が鳴り止むと急にリビングが静かで、
あぁきょう日曜日なのにひとりかあって
ちょっと自分が小さくなった気がした。

お姉ちゃんの字、やっぱり踊ってるみたいで、
変な落書きとかしてあって、
私ははっきりと頭の中で声にできる。

そこに居るみたい。

でも、今日のことはまだ分からない。


まず、これ反則かなーって思ったけど
和ちゃん、梓ちゃん、純ちゃん、あと律さんにメール。
(ただし返事来てもすぐには開かない!)


それからお茶をいれて、いつもの席。

今日だけ一杯しかいれないのもおかしい
ってなんとなく作っちゃって
向こう側の空っぽの席に置くけど、

お供え物みたいで失敗だった。


お姉ちゃんのいきそうなとこ。

学校。
楽器屋さん。
駅前のMAXバーガー。
近所の公園。
あの河原。

ううん、それだけじゃ一日使い切れない。

じゃあ、電車に乗って?
どこへ?
澪さんみたいに?
お姉ちゃんのお小遣いでどこまで行けるかなあ?

それとも自転車はあるから、歩いて?
何の歌をくちずさみながら?


頭の中でお姉ちゃんが生まれては消える。
どのお姉ちゃんも正しくって、でもどれもはっきりしない。

はじめ私は想像の中で
お姉ちゃんの後ろを尾行して歩く探偵さんみたいだったけど、
やってること、

どっちかといえば小説家や脚本家みたい。



頭に浮かぶお姉ちゃんはみんな私に振り向いてくれる。

だから尾行は成立しない。

私は探偵にはなれない。


『でも憂なら唯先輩のこと、普通に分かりそうだけどな』

「そうでもないよ。梓ちゃんにしか分からないことだってあるよ」

『まさかあ』

言いながら、ああもうお昼だって気付く。
お姉ちゃん今ごろ何を食べてるかな。

なるべく確かに想像する。
昨日乾いた服がなかったから、きっとあれとあれ、なんて。


お買い物に行くまでのちょっとした時間。

学校の宿題も終わっちゃって、
お姉ちゃんがしてるみたいにソファーに寝そべってみて、

天井こんなに高かったっけ、

なんて思う。


天井の高さを知ってるお姉ちゃんの目線で想像してみる。

ぷちん、と自分の髪の毛を一本抜いてみて、
お姉ちゃんの色と重ねたりする。


いっこの身体で生まれられたらよかった、

なんて昔思ったの思い出した。


私たち元はひとつの存在で、
便宜上ふたりに分けられてて、
チューペットアイスをちぎった傷口みたいに
今も生乾きで、
時々ぴとってくっつけてみたくなる。


でも、
お姉ちゃんは私じゃないから、知らない世界を教えてくれる。



17時38分、玄関のベルが鳴った。

おかえり、っていつもの声。
肩や背中の形、首のにおいを確かめるように、ぎゅってする。
なるべくいつもみたいに。


「今日はね、楽しかったよ」



そういうお姉ちゃんの微笑み、
なんだか変に大人びて見えた。

きっと錯覚なのに、目に焼き付いた。



あれからもう何年も経って、

私は高校も卒業して、
隣にいた人が遠く離ればなれになったりもして、
時の流れって大きいなあなんて考えちゃうほどだけど、

クイズは未だにとけてない。



お姉ちゃんはたまに、
ちょうどこんな天気の時なんかに思い出して、
わかった?なんて聞く。

今のところ、全問不正解。


海に行ってきた、
山に行ってきた、
子猫を拾った、おばあちゃん家に行った、
だれかの結婚式に出た、

いろんなお姉ちゃんの話を一緒にした。


お姉ちゃんはうんうんって聞いて、
最後にぶっぶーざぁんねん、なんて途切れさせる。


私は間違い続けていて、
だから今も無限のお姉ちゃんをそこに存在させられる。


想像の余地、って和ちゃんが言った。
でも本当はどれも実在しててほしい。


あの日、
私のお姉ちゃんは
世界中で思いつかない分も含めて全部を成し遂げちゃう
天の神様か魔法使いになってて、

そのバラバラになったジグソーパズルの
1ピースごとに笑ってくれてる、


そんな風に信じてたい。

違うって保証はない。


だからきっと、
これからも時々思い出しては、
お姉ちゃんのこと間違い続けてく。

頭の中のお姉ちゃんをいくつも重ねて、
世界中を旅させてあげたい。

そうすれば、私は
変わっていく、離れていくお姉ちゃんを
いとおしく思えるから。


ひみつはひみつのままでいい。

そういうことにした。


「ねぇうい、もうとけた?」

「ごめん、まだかなぁ」


お姉ちゃんが私にかけた魔法、まだとけない。



おわり。

約一ヶ月前に書いたSS

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