妹「うちの変人兄様はどうしようもない」 (59)


妹「うわーん! 兄様! 兄様兄様兄様ぁっ!」

兄様「なんだ我がかわいい妹よ!」

妹「ちょっと聞いていい!? 聞いていいかなあ!?」

兄様「構わんぞ、心の丈をぶちまけろ!」

妹「なんで!? なんでなの!?」

兄様「うむ、俺もちょうど同じことを思っていた。なぜ俺たちはこの地上に生を受けたのだろうと」

妹「違うっ! 逆! 死にそう! なんでトラに追われてるのわたしたち!」

トラ「ガルル!」

兄様「ふうむ……なんでだろうな」

妹「わーん殴りたーいー!」


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1438955589


その日の午前。喫茶店


妹「ぶるるるふへふぅー……」グタ

妹友「うーん? 何、今の。タヌキ?」

妹「タヌキってこんな鳴き声なの?」

妹友「知らない。どうかした?」

妹「うん……中学校が夏休み入ったでしょ? そしたらなんか活発化したの」

妹友「タヌキ? それともあの人?」

妹「タヌキ好きだね……。えっと、活発化したのは後者。いつも変だけどさらに変になった」

妹友「へえーあの人がねえ。よかったじゃない」

妹「良くないよー……大変なんだから、兄様の奇行」


妹友「そうは言うけどお兄さんが元気だと楽しそうじゃん」

妹「誰が?」

妹友「あんた」

妹「ええーやめてよそういう冗談。ホントに大変なんだからね」

妹友「でも羨ましいけどなー。この前は遠出してスカイツリー見に行ったんだって?」

妹「見に行っただけならよかったのに……」

妹友「あ、そっか、乗っ取りにいったんだっけ。活動的だよねー」

妹「きな臭い方の『活動』になっちゃうよ……っていうかなっちゃってたよ。もう……」


TV『夏休みを前にスカイツリーは多くの来場者が――』

妹『スカイツリーかー、一度は行ってみたいなー』

兄様『ほう、スカイツリー』

妹(……しまった)

兄様『ならば行こうではないか妹よ。スカイツリーごとき、俺の手で貸し切りにしてみせようぞ、ふははは』

妹『いらないよそんな意気込み……』

兄様『兄様頑張っちゃうぞ♪』

妹『やめてって。いやホントにやめて』


妹友「で? 乗っ取りは何時間ねばったの? 一時間くらい?」

妹「一時間半」

妹友「へー頑張ったじゃない。それだけできりゃ大したもんさ」

妹「うん、危うく乗っ取りが成功するとこだった……」

妹友「うん?」

妹「一時間半わたしがねばって、それでもあと一歩で制圧が完了するってところで泣き落としてなんとか止めて一緒に逃げた……」

妹友「へー……すっご」

妹「危うく兄妹揃って犯罪者になるところだった……」

妹友「あーほらほら泣かない泣かない」


妹「他にも、地底人はいるはずだから探しに行こうとか、いないみたいだから地底人を作ろうとか、作れないなら地底人第一号になろうとか」

妹友「ふーん」

妹「わたし疲れた。もう動きたくない」

妹友「大変なのはわかった」

妹「でも夏休み入ってさらに元気になってたからもっと大変なことになるんだろうなあ……いやだなあ……」

妹友「お兄さんの高校の休みってまだ先じゃないの?」

妹「兄様が学校とか社会とかのくくりに縛られるわけがない」

妹友「すごい認識だね。わかるけど」


「苦難は幾たびも人を襲うものだ。折れそうになるのもわからないではないな」

妹「でしょー? せめて今のうちに体力貯えとかないと持たないよ」

妹友「……」

「言いたいことには同意だ。だが俺たちはもう行かねばならない。わかるだろう?」

妹「わかりたくなーい」

妹友「ねえねえ……」

妹「なに?」

兄様「それでも行くべき時には行くんだよ、妹よ」

妹「あー……」

妹友「行ってらっしゃい」


電車


ガタンゴトン、ガタンゴトン……


妹「……」

兄様「……」

妹「兄様」

兄様「なんだ、妹よ」

妹「どこへ向かってるの?」

兄様「どこへ行きたい?」

妹「え?」

兄様「どこへ行きたい、と聞いている」

妹「聞いてるのはわたしなんだけど」

兄様「俺も聞いている。大事なことだ。どこへ連れていかれるかではなく自分がどこへ行きたいか、ということはな」

妹「……。わたし帰りた」

兄様「山へ向かっている」

妹「……」


妹「ねえ、なんで聞いたの? わたしに選択肢ないならなんで聞いたの?」

兄様「言ったはずだ。大事なことなんだ。どこへ行かねばならないか、行くべきか、ではなくどこへ行きたいか、というのは」

妹「えっと、でも」

兄様「だがそれとは別に俺が行きたいのだ。以上」

妹「……そう」

兄様「ああ」

妹「……」

兄様「……」

妹(……こんにゃろーめ)

つづく

つづきはよ

つづきあくしろや


兄様「さあ着いたぞ、山だ、妹よ」

妹「ん」

兄様「緑のいい匂いだ」

妹「そだね」

兄様「だがやや鬱陶しいくらいなので燃やそうと思う」

妹「やめた方がいいと思う」

兄様「根拠は何だ?」

妹「社会倫理」

兄様「大したことはない」

妹「と、わたしの涙」

兄様「やめておこう」

妹「ん」


兄様「さて、早速山の中に入るぞ妹よ」

妹「ええーやだよぅ。こっちの動物園にしない?」

兄様「動物など山でも見られる」

妹「キリンさんは山にはいないじゃない」

兄様「それもそうか……ちょっと待っていろ」

妹「? 動物園行くの?」

兄様「俺だけでな」

妹「兄様だけずるい!」


妹「あーあ、タヌキの写真撮って帰ったら友ちゃんも喜ぶのに……」

兄様「待たせた」

妹「あ! 今度こそ一緒に入るんだよね、動物園!」

兄様「何を言っている。今度こそ山に入るんだ」

妹「えー……行ってらっしゃーい」

兄様「無論、一緒にだ」

妹「えー! やだよ!」

兄様「馬鹿者! 兄様の苦労も知らないで!」

妹「意味わかんないよ! 何の話!?」

兄様「うむ、言われてみれば俺が苦労とか意味わからん。だが、まあとにかく入山なのだ。いざ行かん、ふはは!」ガシ!

妹「ぎゃー! ホントのホントに意味わかんなーい!」ズルズル


「あれ、ここの檻の動物いなくない?」

「こっちもからっぽだ」

「あれ本当……一体どうしたんだろう?」


妹「兄様ー蚊に食われた」

兄様「奇遇だな、俺もだ」

妹「別に奇遇じゃないよ……虫よけちょうだい」

兄様「ああ」

妹「……兄様、この山結構高い?」

兄様「いや。七百メートルもないくらいだ」

妹「なら登るのは簡単だね」

兄様「? ああ確かにそうだろうな」

妹「良かったー。ちゃっちゃと終わらせて帰っちゃおうよ」

兄様「終わるのならば別に構わんが、果たして可能なのだろうか」

妹「任せてよう、わたしこれでも足は強いんだから!」

兄様「果たしてトンネル掘りに足が役立つかどうか……」

妹「え?」


妹「なんでー!? なんでわたしこんなことしてるのー!?」

兄様「黙って掘れ」

妹「普通さ! 山に来たら思うのは登山じゃない!? 何歩か譲って虫取りや山菜摘みでもいいよ! でもトンネル掘りはないって絶対ー!」

兄様「俺たちの場合はあり得た。それだけのことだ。さあ掘れ」

妹「ううう自分でやれと言う前に兄様はもう三メートルぐらい掘り進んでる」

兄様「他人を動かすには自分から、だ」

妹「ふぐぅぅぅ隙がない……」


兄様「さあさあ掘れ掘れ! 今日中に終わらせてしまうぞ!」

妹「普通に無茶だと思うけどその前に聞かせて!」

兄様「なんだ?」

妹「なんで掘るの!? 向こうに何があるの!?」

兄様「ここにはないものが」

妹「ちがう! なんかいいなって思っちゃったけどそうじゃない!」

兄様「……実は、な。お前には隠していたんだが、俺はあるお婆さんと知り合いなんだ」

妹「?」

兄様「足を悪くしている人でね、入院しているんだが気がふさぎがちで、俺がたまに顔を見せに行く。そうするとすごく喜んでくれるんだ」

妹「……まさか」

兄様「ああ。その病院が山の向こうにあるのだよ」


妹「じゃあ兄様はそのお婆さんに会うために……」

兄様「だがまあそれはそれとして」

妹「え」

兄様「俺はついに突き止めたんだ。地底人の国の入り口がどうやらこの山のどこかにあるらしいと」

妹「……」

兄様「今度こそ逃さない。絶対に見つけ出して引きずりだす。妹よ、手伝ってくれるな?」

妹「嫌」

兄様「そうか」


兄様「残念だ……」ズルズル

妹「自分で歩いてよー」

兄様「駄目だ……兄様は生きる希望を失った」

妹「引きずる身にもなってよ、体力いるし人目がつらいし。っていってもあんまり人いないけど」

兄様「わざわざ山に登る必要もないだろうに」

妹「せっかく来たんだし登っとかないとなんか損した気分になるじゃん」

兄様「そうか、ならば兄様も思う存分引きずられないと損だな」

妹「よくわかんない損得勘定やめてってばー」

妹(それにしても人少ないなあ。そういう時期なのかな?)


妹「兄様がようやく自立歩行できるようになった」

兄様「誤解なきよう言っておくが、もともと自立歩行は可能だった」

妹「知ってるってば。その方がたち悪いってば」

兄様「まあそんなことよりもだ。もう夕方だな。頂上からの夕日はいいものだ」

妹「ああうん疲れたね」

兄様「なぜ兄様をにらむ」

妹「分からないなら死んじゃえ」

兄様「呪いか。受けてたとう」

妹「……やっぱりやめた。取り消してあげるからさっさと下山しよう?」

兄様「少し残念だがそうだな、了解だ」

つづく


妹「……ねえ兄様。前から思ってたんだけど」

兄様「ああ」

妹「なんで兄様って……その、そんななの?」

兄様「ああ」

妹「あ、そんなっていうのはね、気を悪くしないでよ? ちょっと変っていうか」

兄様「ああ」

妹「……もっと言うと頭おかしいんじゃないかっていうか」

兄様「……妹よ」

妹「あ。ご、ごめん、言いすぎた……」

兄様「ん? 何がだ? 何か言っていたのか?」

妹「は?」

兄様「実を言うと下山しながらの夕日が綺麗であまり聞こえていなかった」

妹「兄様ぁ……」


妹「だからさー、兄様の自由人さ加減にはわたしちょっとついて行けてないっていうか」

兄様「……」

妹「ホントに正直なところ言うともう遠慮したいっていうかごめんこうむりたいっていうか、すごくやだっていうか」

兄様「……」

妹「わたしももうそろそろ高校生なるしそうなったら自由になる時間も……だからねえ聞いてる!?」

兄様「う、む……すまん」

妹「はあ……そんなに夕日がきれいならここで一人で見てなよ。わたしだけで帰るから」

兄様「いや……夕日じゃない。ついでに言うと見とれていたわけでもない」

妹「んー?」

兄様「すぐそばにトラがいる」

妹「……え、なに?」

兄様「すぐそばにトラがいるんだ」

トラ「……グルル」

妹「えっ」


トラ「……」ジリ

妹「……」

兄様「俺としたことがぬかった」

妹「どういうこと?」

兄様「忘れていたんだ。動物園の動物をいくらか脱走させていたことを」

妹「脱走……ってなんで?」

兄様「我がかわいい妹が言うのだ。山でキリンさんが見たいと」

妹「おおよその事情は察したかも。でもそういう風に大曲解されるとは思わなかったな……」

兄様「どうした? そんなに下唇をかみしめたら痛いぞ?」

妹「知っでる……! でもなぎぞうだがら……!」

兄様「ははは大袈裟な」

妹「うるさい!」

兄様「よっし逃げるぞ」ダッ

妹「! 待って兄様ぁ!」ダッ


トラ「ガルル……」

妹「ひぐっ……やだぁ死にたくないー!」

兄様「馬鹿者! 敵を刺激するな!」

妹「手遅れだよぅ変な逃げ方しちゃったし……」

兄様「よし、なら木だ! 登れ!」

妹「で、でも」

兄様「ためらうな、兄様が足台になる!」


 ガサっ……


妹「わっと!」

兄様「よし登ったな!」

妹「兄様も早く!」

兄様「いや、兄様はやめておく」

妹「! そ、そんな、駄目だよ兄様!」

兄様「どの道今からでは間に合わないんだ」

妹「でも、兄様だけが犠牲になるなんて!」

兄様「……ふっ。さらばだ妹よ。最後に言っておく」

妹「な、なに?」

兄様「トラは木に登れない」

妹「知ってる」

兄様「だが世の中には例外があるものだ。よかったな妹よ、レアだぞレアトラだ」

妹「ど、どういうこと?」

兄様「あの虎は木に登れる」

妹「……」


妹「兄様ああぁぁぁッ!」

兄様「はぁーはっはっは!」

妹「お願い行かないで! せめて一回殴らせて! 後生だからー!」

妹「……行っちゃった」

トラ「グルル」

妹「……」

トラ「……」ジー

妹「あはは……」


トラ「……」ジリ

妹「ストーップ! 木に登るのそこでウェーイト!」

トラ「?」

妹「……ああえっとどうしようどうしよう。うう……」

トラ「ウー……」ググ

妹「ひ、ひえ……っ。う、うちの変人兄様がどうしようもないんだけど興味ない!? ないでしょうか!?」

トラ「?」

妹「うちの兄様は頭おかしいの! ネジが飛んでる、っていうかネジが一本も残っていません!」

トラ「???」

妹「興味あるよね!? ね!?」

トラ「ガ、ガウ……」


妹「うちの兄様の奇行はなんと小学二年生の時に始まります! 兄様は神童と呼ばれていたそうです!」

妹「兄様は勉学運動芸術さまざまな分野に秀でていましたがその中でも特に音楽、バイオリンが得意でした!」

妹「ですがある休みの日、兄様はどこかへ出かけてきた後に言いました!」


兄様『ねえ。バイオリンって水によく浮くよね』


妹「意味がわかりません! なぜならバイオリンは水に浮かべるものじゃないからああぁぁーっ!」

トラ「っ」ビク

妹「ぜぃ、はぁ……」


妹「……なにやらわかりませんが兄様はバイオリンを海に流したそうです。どのみち意味わかりませんけど」

妹「もっと聞くとバイオリンが唐突に船に似ているように見えたからだそうですが、やっぱり意味が分かりません」

妹「未だに謎です。でもきっと兄様のバイオリンは今もハワイあたりを漂っているのでしょう。多分」

トラ「……」

妹「聞いてくれてありがとう」

トラ「……」コクコク

妹「でもまだこれだけじゃありません!」

トラ「っ」ビク


妹「兄様は言うんです!」


兄様『バイオリンをたくさん並べたら本当に船になるよね』


妹「なりません」


兄様『綺麗な音色の響くいい船になるよ』


妹「なりません」


兄様『あ、ところで僕、いや俺のことはこれから兄様と呼ぶように』


妹「そうでした、兄様呼びになったのはこの時からでした」


兄様『というわけでバイオリンを買ってきてくれ。ここに五百万ある。なに、安物でいいよ』


妹「小学生の身分でどこにそんな財力が……聞けませんでしたが」


妹「なにやら怖くなってお母さんに相談したら怒ってくれました。バイオリンを粗末にしたらバチが当たりますよって」

妹「そこかなあと思いましたがとにかくこれで懲りると思いました」

妹「次が来ました」


兄様『ティッシュ箱に弦を張ればバイオリンになるんじゃないか?』


妹「なりません」


兄様『よし次の発表会はこれで行こう』


妹「それが兄様最後の発表会になりました……」

妹「素晴らしい演奏ではあったんですけどね。なぜか」


妹「それからまだまだいろいろあるんですが、まあとにかく今日にいたります」

トラ「……」

妹「ふふ、聞いてくれてありがとう。なんだかすっきりしました。もう食べてもいいですよ」

妹「これでようやく楽になれる……」


 シュッ プス ドサ


妹「え」

トラ「っ……」ピクピク

兄様「待たせたな」


妹「な、なにが……」

兄様「麻酔銃だ。こんなこともあろうかと用意しておいたのを取りに行っていた」

妹「ま、麻酔……」

兄様「いやあ危ないところだったよ。さすがの俺も肝を冷やした」

妹「う、うわーん兄様ぁ!」

兄様「うむ、妹よ」


 ボグゥ!


妹「兄様のバカヤロー!」

兄様「ふぐぅ……なぜだ」

妹「妹をこんな危ない目に遭わせる人なんか兄様じゃなーいー!」


兄様「そうか、怖かったか。すまないことをした」

妹「ホントだよもう……」グス

兄様「だが聞いてほしい、お前を一人で残したのは、お前が必ずや時間を稼いでくれると信じていたからだ」

妹「兄様……」

兄様「うむ、事実お前はあの怖いトラ相手にしっかり時間稼ぎをしてくれたじゃないか。誇りに思うぞ」

妹「兄様ぁ……」

兄様「おかげで途中トイレに行く時間もティータイムも取れたしな。最高の妹だよ」

妹「……」

兄様「俺はもっとお前に頼るべきだったかもしれない。そうだな、もうちょっと遅らせておやつの時間を……どうした?」

妹「……ううん、何でもない。兄様には何言っても無駄だろうなって思っただけ」

兄様「うむ、そうか。そうだな。帰るか」

妹「うん……」

つづく


次の日。喫茶店


妹「ふぐぅぅ……」グタ

妹友「妖怪テーブル拭き」

妹「何とでも言って……」

妹友「大変だったみたいねー」

妹「うん……あの後動物を全部見つけてこっそり檻に返すとこまでやった……疲れた……」

妹友「動物と直接触れ合い体験かーいいなー」

妹「そんなことないよ……あ、でも生キリンさんはちょっとよかったな……」


妹友「今度さーわたしも連れてってよ」

妹「駄目じゃないかな。だって兄様、妹以外の面倒は見ない! って言い切ってたし」

妹友「ちぇーブラシスコンコン兄妹め」

妹「やめてってば。どっちも違うし」

妹友「でも実際さ、お兄さんはあんたの気を引くために変なことやってるんじゃないの?」

妹「えぇ……?」

妹友「昨日も言ったけどあんたなんだかんだで楽しそうだしお兄さんもそりゃ頑張っちゃうって」

妹「昨日も言ったけどわたしは嫌なんだってば」

妹友「えー、そう?」

妹「ホントだよ!」


妹「兄様が奇行に目覚めて以来、わたしは振り回されてばっかりで! ホント大変で! 大変で……」

妹友「ふむふむ」

妹「……」

妹友「ん? どした?」

妹「……あ、いや。兄様があんな風になった時のこと、思い出した」

妹友「バイオリン事件?」

妹「うん……それなんだけど。少し付け足しがあったこと、忘れてた」

妹友「付け足し?」

妹「そう。付け足し」


妹「わたしの家族はみんな出来がいいの」

妹友「……急な自慢が来て、友ちゃんはちょっと戸惑ってる」

妹「あ、ごめん。そんなつもりじゃないんだけどそう言う以外なくて」

妹友「まあいいや、続けて」

妹「ありがと。でね、お父さんもお母さんも兄様もみんな頭よくてさ。何でも知ってたし、運動もよくできた」

妹「楽器の演奏も得意。特にバイオリンがみんな好きで演奏もよくしてたんだ」

妹「わたしはまだ幼稚園入ったばっかりで弾けなかったけど、演奏を聴くのは好きだった」

妹「もう少し大きくなったら弾けるようになって、家族全員で演奏しようって決めてたんだ」


妹友「でも弾けなかった?」

妹「分かる?」

妹友「あんたはそういうの向いてなさそうに見えるよ」

妹「……えへへ。兄様が初めてバイオリン曲を通しで演奏したのは幼稚園卒園の頃。わたしも頑張ってたけど、ものになる兆しは全くなかった」

妹「で、ようやく気付いたの。出来のいい家族の中で、わたしだけが凡人なんだって」

妹「頭もよくないし運動はむしろ人よりできないくらいだしそのほかの才能もないし」

妹友「それで親に疎まれたり?」

妹「そういうの気軽に聞くかな……。あるわけないじゃん。でも気を使われてる感じがあって、それはショックだったかもね」


妹「できるのが普通の家族の中で、できないわたしは普通じゃなかった」

妹友「大袈裟な」

妹「まあね。でも寂しかったのはホント。悔しかったのもホント」

妹友「お兄さんが変になったのはその頃?」

妹「うん。部屋でぼーっとしてたら兄様が来たの。バイオリンって水によく浮くよね、って」

妹友「あはは、やっぱりそれ頭おかしいー」

妹「あれってわたしを慰めようとしてたのかなって」

妹友「あー、なるほど?」


妹友「バイオリン演奏に囚われていたあんたを、そんなの大したことないよと遠回しに諭したと」

妹「兄様が簡単にバイオリンを捨てちゃったのはショックだったけど、スカっとしたのも確かに少しはあったかな」

妹友「……」

妹「……」

妹友「ないわー」

妹「ないよー」


妹「兄様がそんな細かいこと考えて行動するわけないじゃん」

妹友「わたし的には自由に好奇心の赴くまま動いた結果あんな感じってのが好みだし」

妹「げっ、友ちゃんあんなのがいいの?」

妹友「前から言ってるじゃん。いらないみたいだしわたしにちょうだいよー」

妹「兄様に直接交渉してねー」

妹友「よし! 妹様のオッケーいただき!」

妹「どこがいいのかホントにわからないよ……」


妹友「じゃあわたしはこれで」ガタ

妹「うん、それじゃ」

妹「……ふぅぅ」

「まだ午前だ。疲労には早い」

妹「……兄様のせいなんだからね」

兄様「何がだ?」

妹「わからないなら死んじゃえ」

兄様「なら死ななくてもいいな」

妹「もっと死んじゃえ」


電車


兄様「さて、今日は海へと向かうわけだが」

妹「どうせ竜宮城探しとかでしょ」

兄様「惜しい、地底人探しだ」

妹「惜しくない! ていうかまだこだわってるの!?」

兄様「まあ一度決めたことはやり遂げねばな」

妹「その熱量、もっと別のところに生かせばいいのに……」

兄様「例えば?」

妹「親孝行とか? お母さんたすごくち心配してるよ。あの子はいつか闇堕ちするって」

兄様「はっはっは、異なことを」

妹「うん、なんていうかすでによくわからないサイドに堕ちてるとは思うけどさ」


兄様「それに俺が愛を注ぎ込めるのは妹にだけだ」

妹「えっ……!?」

兄様「俺はな、お前の喜ぶ顔を見るためならなんでもするのさ」

妹「兄様……」

兄様「なんだその微妙な顔は」

妹「そりゃ微妙な気分だからだよ」


兄様「まあ、とにかくだ、言うべきことだけ言っておく。その人にはその人が見るべき景色がある」

妹「?」

兄様「天才だからすべての景色を見れると思ったら大間違いだ。それだけは覚えておけ」

妹「……わかった。多分」

兄様「というわけで心置きなく海底人探しに行けるな」

妹「……海底人だったっけ?」

兄様「ん? 違ったか? まあどっちでもいい。お前と行けるなら些細な問題さ」

妹「わたしと行くことが重要ってこと?」

兄様「そう言っているが。嫌か?」

妹「……えっと」

兄様「そうか」

妹「! まだ何にも言ってない!」

兄様「兄様は心が読める。問題ない。しかと受け取った」

妹「な、なにを?」

兄様「……ふふふ」

妹「……」


妹「……はあ」

兄様「兄様は思うのだよ、幸せだ、と」

妹「妹は思うのです、疲れるなあ、と」

兄様「では行こうか」

妹「はぁーい、早く帰ろうね」


兄様「あ」

妹「な、なに?」

兄様「いや、些細なことだ。忘れてくれ」

妹「一応聞かせてみて?」

兄様「本当に大したことはないんだが、そういえば今から行く海岸はサメが出るとかで封鎖されていたな、と」

妹「……」


妹「帰るううぅぅ! 降ろしてええぇぇ!」

兄様「はっはっは妹よ、電車では静かにしてような」

妹「放してお願い死にたくなーいー!」

兄様「大丈夫、兄様がしっかり守るから」

妹「助けてーっ! 誰か兄様からわたしを守ってーっ!」

兄様「こらこらそろそろ兄様も本気になっちゃうぞー具体的には頸動脈への圧迫とかだー」

妹「ぐ、ぐえ……」

兄様「はっはっは、あっはっはっは!」


妹(こんな感じで、うちの変人兄様はホントにどうしようもないのです)

おわり


ほっこりして好き

おわるのかよ

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2016年04月20日 (水) 18:46:22   ID: E3B5NYuL

ギャグ漫画日和愛好家が書いたと推測。よかった

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom