食人鬼「お前を太らせて食べたいだけだ」 少女「そう」 (188)

「いいか、よく聞くんだ」

…うん

「二度とここに、一人で来るんじゃない」

…どうして?

「…危ないからだ」

でも、

「お前には言っていなかったが、ここには悪い魔物が住んでるんだ」

…まもの?

「そうだ。この森に住み、人間を攫ってしまうんだ」

さらって、どうするの?

「…」

「…食べるんだ」



「お父さんは、猟師だ。銃を持っているし、魔物をどう防ぐかも熟知している」

「けどな、お前は違う。森に入ってはいけない。いいのは、お父さんといるときだけだ」

…うん

「奴はお前みたいな小さな女の子でも、平気で食べるんだ。…人とは違う。化け物なんだ」

…お父さん、怖い…

「もう心配ないさ。お父さんの仕事が終わるまで一緒にいよう。絶対、守ってやる」

…ごめんなさい、お父さん…

「いいんだ。お前が無事だったから…。お弁当届けてくれて、ありがとうな」

…うん!

「いい子だ。行こう。お昼を食べたら、一緒に遊ぼうな」

「さ、」

「おいで」

いつからだったか

私が物心がついた時 自由に外に出て遊びまわっていた時

どうしようもなく手のかかるお転婆な私を

お父さんは大いに心配していたに違いない


私を女らしく育てる役目を担う母親は、私の記憶がない時に他界した

だから私の家族はお父さんだけだった

彼が私にとっての親であり、男であり、友人であり、教師であり、 

世界の全てだった


そしてあの日

お父さんが森に入った私を厳しい表情でしかりつけたあの日

私は魔物の恐怖と初めてみた激高する父親に涙しながらも


途方もないほど、父の愛を感じたのだ


だからあの森に住む魔物は私にとって

父親の愛を確かめる、一つの証なのだ

「…こりゃあ、ひでえな…」

「駄目だよ子どもに見せては。現場から離して」

「畜生、あの鬼…」


保安官「…少女ちゃん、その…気を確かに持ってくれ」

少女「…」

保安官「…この銃と帽子は、お父さんのかな?」

少女「…」

少女「はい。…間違いありません」

保安官「…なんて、こった…」

「おい、やっぱり…」

「いや、まだ。…望みはあるかもしれないだろうが」

少女「…」

保安官「…鬼だ」

保安官「猟師…君のお父さんは、鬼にやられた」

少女「…現場を」

少女「見せてください…」

保安官「駄目だ。女の子が見るものじゃない」

少女「大丈夫です。…見せてください」

保安官「少女ちゃんっ」

少女「退いて」

保安官「おいっ、…やめてくれ!お願いだ!」

少女「…」

少女「…」

保安官「はぁ、はぁ…。少女ちゃん、どうして…」

少女「…遺体は?」

保安官「無いんだ。…だから、俺らもまだ彼が死んでるとは思っていない」

少女「…」

保安官「少女ちゃん、もうよそう。体に毒だ」

少女「嫌です。…ちゃんと教えてください。私は娘なんですよ」

保安官「…しかし」

少女「お願いします。…この通りですから」

保安官「…いいのかい?」

少女「はい」

保安官「…分かった。説明する」

少女「…」コクン

保安官「まず、君のお父さんはこの泉の付近で休憩をしていたんだと思う。お弁当のバスケットが転がっていた」

少女「それも、父のものです」

保安官「そうか。…そしてここで、何者かに襲われた」

少女「…」

保安官「かなりの出血だ。けど、致死量というわけではない」

少女「はい」

保安官「血の跡は森の奥まで続いていた。…けど、急に途絶えた」

少女「…」

保安官「多分、鬼が彼を抱えて飛び去ったのかもしれない」

保安官「…大丈夫だ、少女ちゃん。望みはある。だから、信じて帰りを待ってくれ」

少女「…はい」ギュ

少女「…あの、…父は魔物と戦ったんでしょうか」

保安官「いや。それはない。銃の薬きょうは落ちていないし…」

少女「じゃあ、無抵抗なところをやられたんですね」ギュ

保安官「…少女ちゃん」

少女「…すみません、…ちょっと」

保安官「いや、いいんだ。卑劣なことだよな、許せないよな」

少女「…っ。…ぅ」

保安官「大丈夫だ。俺らが必ず見つけ出して、仇をとる。気をしっかり持つんだ」ギュ

少女「はい…。…お願い、…します」

保安官「もう帰ろう。な?少し休んだ方がいい」ポン

少女「…」コク



保安官「…くそっ…」

医者「…何が生きている可能性がある、じゃ」

医者「現場には猟師の頭蓋の骨と脳が飛び散っていたろう。…何故教えなかった」

保安官「教えられる訳、ないでしょう…」

保安官「…彼女はまだ、16歳なんですよ。こんなこと…」

医者「…鬼め」

保安官「…必ず見つけ出す。今まで犠牲になった人たちのためにも。…必ず」

「本当に?大丈夫なの?」

少女「はい。…一人で、大丈夫です」

「けど」

少女「おばさん。…本当に、大丈夫ですから」

「…」

「変な気を起こしては駄目よ。あの猟師さんだもの。きっと生きているわ」

少女「はい。信じています。父は強いもの」

「…そうね。帰ってくるわ、すぐに」

少女「ええ。…ご心配、ありがとうございます」

少女「さようなら」ペコ

バタン

「…」

「強いのは、あなただわ…」

少女「…」

少女「…」ボフ

…いいか、少女

お父さんが、絶対に守ってやるからな

少女「…」

…また犠牲者だ。小さい子どもが、一人…

俺は… 俺は森にいたのに、何を…

何をやっていたんだろうな…

どうして救えなかったんだろうな…

少女「…」

いってきます、少女

ん? ああ、大丈夫だよ

森の奥には行かない。絶対だ。 

お弁当ありがとう。…戸締りしっかりな

…ん。 …うん。俺もだ。愛してる

少女「…」

少女「…嘘つき」ギュ

少女「戻るって、言ったのに。…約束したのに」

世界観kwsk

>>11 近世ヨーロッパって感じっす 田舎では魔物とか信じられている時代

少女「…」ゴシ

少女(…家事、…しなきゃ)

少女(でも、体が動かない)

少女(…)

少女(何も、したくない)

少女(…ひどく、疲れてる)

少女(…ねむい)

少女「…」

少女「…」ズル

少女(おとう、さん)

少女(もどってきてよ…)

……

××××年 年末

村のはずれにある家に住む少女が行方不明に

年の明けた3日後、森の入り口で遺体が見つかる

死因は頚動脈を切られたことによる失血死

死亡してから両足を切断されていた


×××●年 5月

都市から帰省していた大学生の女性が行方不明に

同日夕方、森の奥の崖下で見つかる

前回の事件同様、失血死

肝臓と頬が切り取られていた


×××●年 11月

村に住む双子の姉妹が行方不明に

4日後、森の泉で浮いている二人が見つかる

死因は失血死 遺体の損傷が激しい

内臓はほぼ抜かれていた 姉は左手を、妹は尻を切り取られる


×××▲年 2月

……

コン

少女「…」

コン コン

少女「…ん」

「少女ー 開けてくれ」

少女「…」モゾ

「俺だよ、少女」

少女「…!」ガバッ

「少女」

少女「…おとう、さん?」

「開けてくれ」

少女「……嘘」

少女「…っ」ダッ


少女「……おとうさんっっっ!!」

ガチャ


少女「…あ、…」

青年「おう、…寝てたのか」

少女「…せい、ねん」

青年「晩飯持ってきた。…入っていいか?」

少女「…」コク

青年「こんな時に、モノなんか食えるかって思うだろうけど」

少女「…たべたくない」

青年「顔色悪いぞ。…なんでもいいから、食えよ。俺の母ちゃんも心配してた」

少女「…おばさんが?」

青年「ああ。っていうか、村の奴ら全員。ほら、座って」

少女「…」ギシ

青年「ご飯が重いんなら、菓子でも食うか?母ちゃんがお前に、ゼリー作ってくれたんだ」

少女「おばさんのゼリー、か。…レモンのやつ?」

青年「おう」

少女「…」

少女「ちょっと、食べる。…ありがとう」

青年「そっか。じゃあ、準備してやるよ」

少女「…」コク

少女「…」

青年「どうだ?」

少女「…おいしい」

青年「じゃあ、ほら。もっと食えよ。パイもあるぞ」

少女「…」フルフル

青年「…そうか。いや、いいんだ。自分の食べれる量でいいから、腹に入れろ」

少女「うん」

青年「…少女」

少女「なに」

青年「おじさんは絶対帰ってくるよ。絶対だ」

少女「…」カチャ

青年「だってさ、あんな強くて…優しくて、いい人が。鬼なんかに食われるわけないだろ」

少女「私も。…そう思ってるよ」

青年「ああ、そうだよな」

少女「…」

少女「…っ」

青年「おい、少女?」

少女「…」バッ

青年「お、おい!大丈夫か!?」

少女「ぐっ、…ぅ、…ごほっ…」

青年「少女!…おい!」

少女「う、っ…ぉ、…えっ…」

青年「大丈夫か?」

少女「ごめ、…ん。服、汚しちゃった…」

青年「いいんだよそんなの!もう、治まったのか?」

少女「…うん」

青年「後片付けしとくから、お前は顔洗って来いよ」

少女「ごめん…」

青年「いいっていいって。ほら、早くしな」ポン

少女「ありがと、青年…」

青年「…いいんだ。俺は、…」



少女「…おばさんに、ごめんなさいって言っておいて」

青年「謝らなくていいよ。いきなり食えって言った俺も悪いし」

少女「…」

青年「それとな、…お前、今日一人で家にいるだろ」

少女「うん」

青年「万が一ってこともあるから、俺がついてろって頼まれたんだ。いいか?」

少女「…」

青年「お、俺だって若干不本意ではあるけど。女はもう暗くなってから外にも出れないし」

少女「私、なんにもしないよ?」

青年「馬鹿、単純に危ないからだ。お前がヤケになるなんて、誰も思ってない」

少女「そう。…うーん、じゃあ毛布用意する」

青年「いや、いい。俺は起きとくから」

少女「…見張りってこと?」

青年「おう」

青年「お前は気にせず、寝ていいから」カチャ

少女「…!」ビク

青年「ん。…あ、…ごめん、怖いか?」

少女「…ううん。ちょっとびっくりしただけ。それ、銃だよね」

青年「ああ。けど、ちゃんと置いておくぞ。何かあったときだけ使う」

少女「…」

青年「はは、懐かしいな。これの使い方教えてくれたのも、猟師さんだったけ」

少女「そうだね」

青年「…ほら、じゃあ。…ゆっくり休めよ」

少女「分かった。青年に甘える」

青年「おう。甘えろ甘えろ」

少女「おやすみなさい」キィ

青年「おやすみ、少女」

バタン

青年「…」

青年「大丈夫だ、少女。皆お前のこと、大事に思ってるんだからな」

青年「…」

バタン

少女「…」

少女「…」キィ

少女「…」ガサ

「…村人へのお知らせ」

「今朝、行方不明になっていた●●ちゃんの遺体を発見

 被害者が5名となりました

 村長は都市の警備隊に捜査の救助を要請しました」


「昨日深夜、行方不明となっていた●●さんの遺体を発見

 被害者は10名となりました

 女性は夜間だけでなく、昼間も必ず武器を携行した男性と外出してください」


少女「…」ガサ

少女「…お父さんで、14人目、か」

少女「…」

少女「…よ、っと」モゾ

少女「ぷは」

少女「…」

少女(このケープじゃ、ちょっと暑いかな)

少女(…ううん、でも外は寒いもんね)

少女(…ブーツも、うん。これだとちゃんと長く歩ける)カツ

少女「…」ゴソゴソ

少女「…」

少女「…お父さん、…これ、借りていくね」

少女「…」カチャ

……

=翌朝

青年「…」ゴシ

青年「…ふ、ぁ」

青年(…大分明るくなったな。…6時、か。もういいだろ)

青年「…おい、少女おー。朝だぞー」トントン

青年「起きて支度しろー…。村長さん家行くぞ」

青年「…」

青年「このねぼすけが…。俺と交代しろよー…おーい…」トントン

青年「…おいってば」

青年「…開けるぞ?」

ギィ

青年「起きろ、って」

青年「…」



青年「…え」

青年「少女…?」

青年「……」

青年「嘘、だろ」

保安官「どういうことだ、おいっ!」

青年「だからっ、いないんだ!あいつ!家中探し回っても!」

保安官「お前が見張っていたんだろうが!どうしていなくなる!」

青年「分かんねえよ!怪しい奴は来てないし、大きな物音もしなかった!」

村長「…む。本当か?」

青年「ああ!ずっとおきてたんだ、俺は!」

保安官「…部屋見せてもらうぞ」グイ

保安官「確かに、ここに入って寝たんだな?」

青年「ああ。多分10時くらいには。…物音もしてない」

保安官「…待て。外出用の靴と上着がないぞ」

村長「どういうことだ」

保安官「窓の鍵も開いてる。…」

青年「…まさか自分から外に、出たってのかよ…?」

保安官「ああ。多分な」

青年「どうしてだよ、こんな危ないのに!」

村長「…いや。だから、身を守るために持っていったのだろう」

保安官「…はい?どういうことです?」

村長「…もう一つ無いものがあるんだ。隣の猟師の部屋から」



村長「…銃が一丁、無くなっている」

「…ねえ」



「ねえ…だれか、いるん、でしょ」



「……わたし、…どうなってる…?」



「めが、…みえない。 からだの、かんかくが、…ない」



「さむい… すごく、…さむい」



「わたし、…… どうなってる?」



「…わたし、…たすか、る?」



「ね、え」

…いいや。もう、死ぬ

「…」

…助けることは、できない

「…そ、う」



「…おかあさんに、…あいたい」



「…」

「…しにたく…ない」

告白しよう

腹はいつでも空いていた

ここで永遠に一人で暮らすことになってから、ずっと

動物を食べた

獣と変わらず、生のままむさぼり食った

血は喉を潤した 肉は胃に溜まった

けれど腹は減ったままだった

果実やきのこを食べようとも思った

けれど、血の通ったものを食べても満足しないというのに

…意味がない



味がするだけだった



腹はいつでも空いていた

告白しよう

僕はやはり、ヒトでないと駄目なようだ

住処を出て森で過ごすと

村からの匂い、ヒトの匂いをたまらなく感じる

何度も何度も、うなる腹を殴った

やがて外に出なければいいのだと気づいた

僕は外に出るのをやめた

うずくまって、ただ目を閉じて

死ぬのを待った



信じて欲しい

死のうとは何回も思った 

思うだけじゃない 行動もした 気が遠くなるほどした

しかし無駄だった


死ねない

飢えて死ぬことすらできない

誰か 

…僕を助けて

ガサッ

少女「…」ビク



少女「…」

少女「はぁ」

少女(森に一人で入るのが、こんなに怖いことだったなんて)

少女(…お父さんって、すごいな)

少女「…ふぅ」

少女(…ここだ)

少女「…」

少女「…」チャキ

少女「お父さん」

少女「ごめんなさい…こんな娘で」

少女「けど」

少女「こうするしか、もう、方法がない気がする」カチ

少女「……ごめん、なさい」






パンッ

「…」

「あ、っ…」

告白しよう

「なに、を」

その時

「…!」

あの子が自分に銃口を向けたとき


パンッ


「…!!」

乾いた音がして、血が高い木々の間に舞い上がった時

「…」

彼女がゆっくりと落ち葉の中に倒れた時

「…ぁ」

僕は

「…あ、ぁ…」




何が何でも彼女を食べたいと思った

少女「…ぐ、…っ」

ドサ

少女「はぁ、…はぁ…」

少女「…っ、ぐ、ぁっ…」ギュ

少女(いた、い…。体が、動かない。…いたい…!!)

少女(…っ、気が…)クラ

少女「いるん、でしょう…」

少女「…出て、きなさいよ」

ガサ

少女「……食べなさい」

少女「…っ、早く!!」

「……」

少女「早くしろっ!…殺して!殺してよっ!!」

「…ぁ、…」

少女「…っ、はぁっ、ぐ、っ…」

「でき、ない」

少女「…早く…」

「できない。…できない!!」

少女(…あ、れ)

少女(変だな。…なにも、きこえない。…あれ?)

少女(…あ、れ…?)

……


保安官「…確かに、このあたりか?」

村人「あ、ああ。けどよ」

保安官「…手分けして探そう。気をつけてくれ」

青年「分かった」

村人「お、おい。本当に少女ちゃんなのか?猟師とかじゃあ」

保安官「少女の父親がいなくなってから、猟は禁止された。誰もここで銃は使わない」

青年「…」

村人「じゃあ、じゃあ…いなくなった少女ちゃんが、ここで…?」

保安官「可能性は、…高い」

青年「…違う!少女は、自殺なんか」

保安官「否定はできない。とにかくここに少女はいた。探すのが先だ」

青年「…っ」

保安官「…一体、どういうことなのか…俺にも分からん」

青年「…俺だって」

村人「…お、おい!」

保安官「!どうしたっ」

村人「あ、あそこ!あそこに何か引っかかってるんだ!」

保安官「今行く!危ないから下がっていろ!」ダッ

青年「…っ、おい、あれ」

保安官「見覚えがあるのか?」

青年「…少女の、ケープだ」

保安官「…ここで待て。俺がとりに行く」

青年「…」コク

保安官「…」ガサ

保安官「…っ」

保安官「…くそ…」

青年「おい、…なんだよ!どうかしたのか!?」

保安官「…急いで村長に連絡してくれ」

保安官「…少女は、…もう」

青年「…!」

保安官「ここに、血が広がっている。…けど、まただ。消えている。猟師と同じだ」

青年「じゃあ、じゃああいつは」

保安官「…」

保安官「もう、駄目だ」

青年「……!」



「少女」



「少女。なあ、開けてくれ」

…いや

「何日も出てきてないじゃないか。…体を壊すぞ。顔を見せてくれ」

…いやだ。もう、…誰にも会いたくない

「…少女」

……なんで、あの子が

「辛いだろうよ。友達だったんだもんな。…悲しいだろうよ」

…っ

「けどな、少女。お前までふさぎ込んだままじゃ、あの子も報われない」

報われる、って。何よ

「お前が体を壊すと、余計あの子は悲しむだろう。あの子の親もだ」



「泣きたいなら、泣けばいい。一杯に悲しめばいい」

「けど、自暴自棄にならないでくれ。お願いだ。泣くんなら、俺の腕の中で泣いてくれ」

…お父さん

「開けてくれ少女。俺も一緒に泣く。だから、背負わないでくれ…」




ギィ

……


少女「…」

チャプ

少女「…」

ゴシ ゴシ

少女「……」モゾ

「…っ」

少女「…ん」

少女「…おとう、…さん?」

「…」

少女「……」

少女「…!」バッ

「ひ、っ!」

ガシャン!

少女(…痛…ぁ)

少女「な、に。…だれ」

「……」

少女「…あなた。…誰?」

「…っ」

少女「…村の、人?私を助けたの?」

「…」

少女「出てきてよ。…誰なの?」

「…お、おまえこそ」

少女「…は?」

「お前こそ、誰だ…。この、…イカレ野郎」

少女「…はぁ?」

「い、いきなり自分の足を撃ったじゃないか!」

少女「…」

少女「…そうだった」

「ぼ、僕がここまで運んでこなかったら死んでたんだ!」

少女「…」

少女「誰なの」

「…っ」

少女「あなたの声、聞いたことない。…村の人じゃ、ないわ」

「……」

少女「顔を見せてくれないんなら、私がそっちに行く」ズリ

「やめろ!…あ、っ。…傷口が、まだ完全に塞がってない…!」

少女「いいわ別に」ギシ

「寝てろ!馬鹿!来るんじゃない!」

少女「…っ」ギシ

ズキ

少女「!ひ、っ…」

ドサッ

「あぁ…!」

少女「ぐ…っ、っ…」

「な、何してるんだ!だから言ったのに…!」

少女「…っ、はぁ、…はぁっ…」ジワ

「…!血が、血がまた…」

少女「…っ」ズリ ズリ

「…な、何で…動くんだ!やめろ!」

少女「顔を…見せてよ」ズリ

「…っ」

「分かった、分かったから!…動くな!」

ギシ

「…っ」

少女「…ん」

「大人しくしとけよ、暴れたら……ええと…酷くしてやる」グイ

少女「…なんで紙袋被ってるのよ」

「う、うるさい!」

少女「顔を見せてってば」

「うるさいっ!触るな!」ボフ

少女「いたっ」ゴロ

「!あっ…」

少女「何すんのよ…。痛い…」

「し、知らん!お前が暴れるからだ!」

少女「…」

「じっとしとけよ!…傷が治ったら、帰してやるから…」

少女「…」

「わ、分かったか!今度動いたら鎖でもつけてやるからな!」

少女(…ああ)

少女(…この声だ)

「な、なんだ。お前、何笑って」

少女「あなたが魔物なのね」

「…」

少女「私、猟師の娘なの。鼻も耳も鍛えられてる」

少女「私が自分を撃ったとき。…いいえ、森に入ったときから私の近くにいたわね」

少女「…私が気絶したときも、あなたの声が聞こえた」

「…」

少女「そうでしょ」


「な…」


食人鬼「…なん、で」

少女「…」

食人鬼「…いや。…違う」

少女「変な匂いがする。…人の匂いじゃない」

食人鬼「…」

少女「どうして私を食べなかったの」

食人鬼「…」

少女「言ったでしょう。早く食べてって」

食人鬼「…」

少女「どうして看病なんかしてるの?…今でいい。早く殺して」

食人鬼「…僕は、…食人鬼なんかじゃない」

少女「…じゃあ顔を見せて」

食人鬼「…」

少女「古い言い伝えでは、食人鬼は人間の成りをしてるけど、顔が風変わりなんですって」

少女「目と髪が、この地方にはない風変わりな色で。…それに、異常に大きな犬歯があって」

少女「爪も見せて。食人鬼は固くて尖った爪を持ってるそうよ」

食人鬼「…嫌だ」

少女「どうして?」

食人鬼「お前になんで…見せなきゃいけないんだ」

少女「…」

食人鬼「僕は、…人間だ。変なこと言うな」

少女「そう」

食人鬼「ああ」

少女「…っ。…足が。…痛い」

少女「お願い、包帯を替えて。痛痒くなってきたの」

食人鬼「え、っ…」

少女「…血が、止まってないみたい…」

食人鬼「くそっ、あれだけ動くからだろ!」バッ

少女「…」グイ

食人鬼「あっ!やめっ、触るな!」

バサッ

少女「…!」

食人鬼「あ、っ…!?」

少女「…」

少女(…赤い目だ。…それに、長い犬歯)

少女(…髪が、真っ白で、長い…)

少女(……女の、子…?)

食人鬼「お、お前っ」

少女「やっぱり魔物だわ」

食人鬼「……っ」

少女「ほら、手も。長い爪だし」

食人鬼「う、っ」バッ

少女「…食人鬼なのね。あなたが」

食人鬼「…」

食人鬼「…だったら、…何だ」

少女「…」

食人鬼「ああ、そうだ。僕がお前らの村に伝わる食人鬼だ」

少女「知ってた」

食人鬼「…っ。お前だって、食べれるんだぞ」

少女「ええ」

食人鬼「…なんでそんな冷静なんだよ。…なんなんだ、お前っ」

少女「だって、都合がいいから」

食人鬼「は、あ?」

少女「私を食べてよ」

食人鬼「なっ」

少女「そのために森に入ったの。血の匂いがすれば、出てくると思って」

食人鬼「…」

少女「本気だよ」

少女「ほら、早く。簡単でしょ。その爪で首を切って、殺して」グイ

食人鬼「や、めろっ!」バッ

少女「…」

食人鬼「お前なんか、お前なんか…食べたくない」

少女「どうして?」

食人鬼「…食指が、動かないんだ」

少女「あなたは若い女が好きなんでしょう?散々食べたんじゃない」

食人鬼「…!」

食人鬼「…食べない」フイ

少女「…」

食人鬼「…」

少女「おかしいじゃない」

少女「あの子たちを殺して食べたくせに。私は食べないの」

食人鬼「…」

少女「早く」

食人鬼「嫌だって、言ってるだろ」

少女「…」ギリ

食人鬼「…っ」ギイ

少女「待って、どこ行くのっ」

食人鬼「うるさい。お前には関係ないっ」

少女「待っ」

バタン

少女「…」

少女「…くそっ…」ダン

バタン

食人鬼「…」

食人鬼「はぁ…はぁ…」

食人鬼「なんなんだ、あの女…頭おかしいんじゃないのか…」

食人鬼「…」

「おかしいじゃない」

「あの子たちを殺して食べたくせに、私は食べないの」

食人鬼「…」

食人鬼「…」ギュ

食人鬼(…うるさい。…うるさいっ…)

食人鬼(お前に、…何が分かる…)

食人鬼(…なんで)

食人鬼(助けたんだ…)

食人鬼(放っておけば、…あのまま死んでたのに)

食人鬼(…)

……


食人鬼「…」スー

食人鬼「…」ハー

食人鬼「…」

コンコン

食人鬼「…おい。…入るぞ」

ギィ

少女「ん、…あっ」

食人鬼「な、なにやってんだお前!!」

少女「何って。傷口を」

食人鬼「また血が出てる!馬鹿なのか!?」

少女「…」

食人鬼「ただでさえ血が少なくなってるんだぞ!」

少女「やめてよ、触らないで。放っておいて」

食人鬼「止血しなきゃ死ぬだろ!」

少女「いいじゃない別に。死んだらあなたの食料にもなるし」

食人鬼「だから、お前の肉なんか食べたくないんだ!」グイ

少女「やめてってば!触んないでよ!」

食人鬼「うるさい!」ギュ

少女「もう…!何なの、本当に!」

食人鬼「お前こそ何考えてるんだ!気持ち悪いぞ!」

少女「…っ。つぅ…」

食人鬼「!…薬を、塗るから。じっとしろ」

少女「…」ジロ

食人鬼(…顔色が悪いし、足も冷たい。…危険だ)

少女「いっ、…たい…」

食人鬼「が、我慢しろ」

少女「っ…。殺してよ…」

食人鬼「…ぼ、僕の手を汚したくないんだ」

少女「じゃあどうして自殺を止めるのよ。勝手に死ぬから、放っておいて」

食人鬼「!…ぼ、僕の家で死ぬと、…寝覚めが悪いだろ!」

少女「意味わかんない。魔物のくせに」

食人鬼「…」ギュ

食人鬼「…めし」

少女「は?」

食人鬼「だから、飯!食え」ズイ

少女「嫌よ」

食人鬼「なっ…」

少女「何入ってるか分からないし、いや」

食人鬼「…っ、死ぬぞ!」

少女「だからいいんだって」

食人鬼(くそ、何だこの女。本当に変なんじゃ)

少女「…」フイ

食人鬼(そもそも、僕と普通に話してる時点でおかしい)

食人鬼(…何なんだ、本当に…)

少女「…」

食人鬼「…食えってば」

少女「嫌」

食人鬼「…っ。ここに置いておく」カチャ

少女「食べないわ。下げて」

食人鬼「黙れ!指図するな」

バタン

食人鬼(…流石に、腹が減れば、食べるだろ)

食人鬼(…食欲には、勝てないんだ)

食人鬼「…はぁ」フラ

ドサ

食人鬼(疲れた…)

食人鬼(拾わなければよかった。村人を呼べば)

食人鬼(…無理か。僕が捕まって終わりだ)

食人鬼(…明日の朝にでも、どこかの家の前に置いていこうか)

食人鬼「…」チラ

食人鬼(…いや。…人の気配が多い。あの女を捜してるんだ)

食人鬼(ここから出たら、僕は…殺されるんだろうな)

食人鬼(…はぁ)

食人鬼(面倒だ)

食人鬼(…)

食人鬼(そういえば、人とまともに喋ったのって、何時ぶりだったけ)

……


食人鬼「…」

食人鬼「入る、ぞ」

ガチャ

少女「…」

食人鬼「…嘘だろ」

少女「…」

食人鬼「何で食べない!?」

少女「お腹空いてないの」

食人鬼「嘘つけ!そんなわけないだろ!」

少女「…」

食人鬼(昨日より全然元気がない。…どうしたら)

少女「…出てってよ」

食人鬼「無理矢理食べさせるぞ」

少女「ふうん。勝手にしたら」

食人鬼「…っ」

ボフ

食人鬼「ほ、本気だぞ」

少女「…」

食人鬼「こ、のっ」グイ

少女「っ…」

食人鬼「口を開けろってば!開けろ!」

少女「…」ギリ

食人鬼「いいかげんに…」グイ

少女「!」ビク

食人鬼「し…」

メキ

少女「っ、痛…」

食人鬼「!」バッ

少女「…」

食人鬼(あ、…あぶな、い。力の加減が、わかんなかった…)ドキドキ

少女「…っ」

食人鬼「ち、違…。お前が、口をあけないから」

食人鬼「痛がらせたかったわけじゃ、…ない…」

少女「…」

食人鬼「…ぅ」

少女「…あっちに行ってよ」

食人鬼「で、も」

少女「何があっても食べないわ。力ずくで死ねるならそれでもいいしね」

食人鬼「…っ」

少女「…」フイ

食人鬼(…どうしたら)

食人鬼(…あ)

「食指が動かないんだ」

食人鬼「…お、おいっ」

少女「…」チラ

食人鬼「お前、なにか勘違いしてないか」

少女「勘違い?」

食人鬼「お前のことを看病してるわけじゃないんだ」

食人鬼「…お前はやせすぎなんだ!全然美味しくなさそうだし」

少女「…」

食人鬼「お前を太らせて食べたいだけだ」

少女「…」

少女「そう」

食人鬼「あ、ああ」

少女「私があなたの理想の体型になったら、食べるの?」

食人鬼「そうだ。けど、今は駄目だ。怪我して血も少ないし、不味そうだ」

少女「…」

食人鬼「でもまあ、そこまで頑なに拒否するんなら」

少女「待って。…食べる。ちょうだい」

食人鬼「…!」

食人鬼「分かった。自分で食べれるか?」

少女「うん。…もっといっぱい、欲しい」

食人鬼「持ってくるから…。食え。いいか、太れよ」

少女「うん」カチャ

食人鬼(…なんだ。単純な女。あはは、簡単だったな)クス

少女「…これ、なに」

食人鬼「水鳥の肉。ローストしたやつだ」

少女「…あなたが作ったの?」

食人鬼「ん。…そうだ」

少女「ふうん…。おいしそう」

食人鬼「!」

少女「…」カチャ

食人鬼「…ど、どうだ」

少女「…普通」

食人鬼「む。そ、そうか。…まあ、味は関係ないんだ。食えばいいんだからな」

少女「…水」

食人鬼「分かった」カタ

男娼のSS書いてた人?

食人鬼「…」タタタ

食人鬼(あ、水も…ただの水じゃなくて牛乳か果汁でも飲ませよう)

食人鬼(とにかく栄養をとらせないと)

ガシャン!

食人鬼「!」ビク

「…っ、ぅ、っ…」

食人鬼「な、なんだ!どうかしたのか!」

少女「…なんでも、…ないわよ…」

食人鬼「…吐いたのか?」

少女「…また、食べればいいんでしょ」

食人鬼「昨日のだから古くなってたんだろ!どうして早く言わないんだ!舌まで馬鹿なのか!?」

少女「…」

食人鬼「別のものを持ってくるから、…ほら、水分をとっておけ!」

少女「…」

食人鬼「ったく…」ブツブツ

少女(…変な魔物)ゴク

>>65 何 故 分 か っ た 

食人鬼「…ほら、新しいのだ」

少女「…肉は嫌」

食人鬼「はあ?」

少女「嫌いなの。…野菜がいい」

食人鬼「チッ…。わがまま言うな。食え」

少女「…」モソ

食人鬼「それは、ええと。…鹿だ」

少女「…そう」

食人鬼「…」

少女「…っ」グッ

少女「……」ゴク、ン

少女「…はぁ」

食人鬼「…食べづらい、のか?」

少女「違う。ちゃんと食べてるでしょ」

食人鬼「衰弱してたから、喉を通らないんだろう。固形はやめるか?」

少女「放っといて。食べれるから」

少女「…っ」バッ

食人鬼「あっ、…おい!大丈夫か!」

少女「げほ、っ…がはっ…」

食人鬼「ああ、もういい!粥を作るから、無理するな!」

少女「…」ゴク

食人鬼(水は飲めるんだな。…流動のものにするか)

少女「…ねえ」

食人鬼「な、なんだ」

少女「どうして扉を開けたままにしてるの」

食人鬼「お前を監視するためだ」

少女「逃げないわ。逃げれないし」

食人鬼「違う。…ええと、また自殺未遂でもしそうだからだ」

少女「…しないわ。私を食べてくれるんでしょ?」

食人鬼「…あ、ああ」

少女「…」

少女「意外だわ」

食人鬼「は?」

少女「こんな人間と変わらない家に住んでるのね。すこし古いけど」

食人鬼「…」

少女「言葉も話せるし、料理もするし…本棚もある。本も読むの?人間みたい」

食人鬼「うるさい」

少女「もっと獣じみた魔物だと思ってた。ほら、狼男みたいな」

食人鬼「…。似たようなものだろ。満月を見ても平気なだけだ」

少女「ふうん」

食人鬼「…あまり喋るな。貧血になるぞ」

ちょっと落ちます

少女「…」キョロキョロ

食人鬼「…あんまりじろじろ見るな」

少女「いいじゃない」

食人鬼「…」ムス

少女「料理、上手なのね」

食人鬼「そ、…うか?」

少女「私より上手だわ。包丁の扱い方が本物の料理人みたいだもの」

食人鬼「…お、お世辞はいい」

少女「…」

少女「女の子はやっぱり、焼いたほうが美味しいの?それとも生で食べるの?」

食人鬼「…」

ガシャン

少女「…あ」

食人鬼「…やめろ」

少女「指切ってる。血が出てるよ」

食人鬼「…っ」

少女「ねえ、人間ってどんな味がするの?」

食人鬼「黙れ!」ダン

少女「…」

食人鬼「静かに、…してろ。変なことを言うな」

少女「…」

食人鬼「ほら。…リゾットだ。食えるか?」

少女「うん。いただきます」

食人鬼「…」

少女「…」モグ

食人鬼「…食える、か?」

少女「うん」ゴク

食人鬼「そうか」

少女「…」カチャ

食人鬼「…その」

食人鬼「僕は…やることがあるから、あっちに行ってる」

食人鬼「いいか、変なことするなよ。何かあったら、呼べ」

少女「うん」カチャ

食人鬼「…ドアは開けておくからな」

少女「…」

食人鬼(…急に、静かになった。…怖がらせたのか)

食人鬼(…いや、今まで逆に怖がらなかったほうがおかしいけど)

食人鬼「…はぁ」

少女「…」カチャ

少女「…う」

少女「……」ギュ

少女「ん、…ぐ」ゴク

少女「…はぁ、…はぁ」

少女(…やっぱり、戻しそうになる)

少女(味も、…わかんないや。どうしてだろう。熱さしか感じない)

少女「…」

少女(お父さんと、食べたら)

少女(きっと…もっと…)

少女「…」

少女「…」ポロ

少女「!」ゴシ

少女(…泣いたら、だめだ。もう。泣かないって…決めたんだから)

食人鬼「…」チラ

少女「…」

食人鬼「…」

食人鬼「お、おい」

少女「…何」

食人鬼「ずっと…窓の外ばっかり見てても、退屈じゃないか」

少女「そうでもない」

食人鬼「…本、読めるか」

少女「好きよ」

食人鬼「そうか。…何冊か、貸そうか」

少女「…」

少女「…」コク

食人鬼「!…何がいい?」

少女「何でもいい」

食人鬼「そうか。じゃあ、…適当に持っていく」

少女「…」

食人鬼「ほら。これでいいか?」

少女「…案外最近の本なのね」

少女「この詩集、都市で今人気のやつでしょう?」

食人鬼「知ってるのか?」

少女「一節くらいなら、知ってるわ。でも全部は知らない」

食人鬼「そうか。この作家はな…」

少女「…」

食人鬼「あ。…いや、なんでもない。さっさと読め」ズイ

少女「うん」ペラ

食人鬼「…読み終わったら、言え」

少女「待って」

食人鬼「何だ」

少女「…あなた、どうやってこれを?」

食人鬼「…」

食人鬼「人から奪ったとでも言いたいのか?」

少女「まあ、妥当な入手経路だとは思うわ」

食人鬼「…何とでも言え」

少女「そう」

食人鬼「黙って読め。気が散る」

少女「分かったわ」ペラ

少女(…謎ね)

少女(殺した相手から奪ったのかな)

少女(でも、それにしては新しすぎるし。この村の人がこんな新書持ってるわけないし)

少女(…)

少女(私、…悪趣味なことばかり考えるようになってしまったのかな)

少女(…嫌だ)

少女(心が乾いてるみたいだ。…薄情になったみたい)

少女「…」ペラ

食人鬼「…」ジッ

少女「ん」

食人鬼「!」バッ

少女「……」

少女(…思ったのと違うわ。全然)

少女「…困ったな」ボソ

少女「…」パタン

食人鬼「…終わったのか」

少女「あ、うん。…面白かったわ。良い感性を持った作家さんね」

食人鬼「!そうだよな、うん。…良い書き手なんだ」

少女「…お気に入りなの?」

食人鬼「ち、違うっ。…人間の読み物なんて。手慰みにすぎないしなっ」

少女「ふーん」

食人鬼「も、もっと読むか?」

少女「いらないわ。…その手に持ってるものはなに?」

食人鬼「夕飯だ」

少女「…」

食人鬼(一瞬、嫌そうな顔をする。…そんなに食事が苦痛なのか?)

少女「リゾット?」

食人鬼「いや。ポトフだ。少し噛んだほうがいい。胃も元通りになる」

少女「…食べる」

食人鬼「その、…無理はするなよ。また吐かれてもこっちが困るんだからな!」

少女「分かってる。ちゃんと飲み込む」カチャ

食人鬼「…」

少女「…」グッ

少女「…っ。はぁ」

食人鬼「…ふ、ふん。…太るのはまだまだ無理そうだな」

少女「すぐにでも太るわ」

食人鬼「どうだか。赤ん坊程度の食事しかできてないのに」

少女「女性なんてこんなものなの」

食人鬼「ふうん…そうなのか?」

少女「うん」

食人鬼「…いや、嘘だ。ちゃんと食え。お前はただでだえひょろひょろなんだから」

少女「…はぁ。…うるさい…」

食人鬼「なっ、なんだと!」

少女「食事に集中したいの。静かにしてよ」

食人鬼「っ…。生意気な女だ。僕を、なんだと…」

少女「暫くの我慢ね。私にストレスを与えると余計やせるから」

食人鬼「……」ムス

少女「…っ。ぐ、…」ゴク

食人鬼(…辛いのか。なら、少し味付けを変えるか。さっぱりしたものに…)

少女「…」カチャ

食人鬼「おい、残ってるぞ」

少女「……無理。やっぱり。気分が悪い」

食人鬼「…そ、うか」

少女「下げてくれない?…吐かないようにするのに必死なの。匂いでも、きつい」

食人鬼「ああ…。その、無理はするな」カチャ

食人鬼「…残りは僕が処理するけど、いいか」

少女「…」コクン

食人鬼「せめて牛乳だけは飲めよ」モグ

少女「…食べるんだ」

食人鬼「は?」

少女「普通の食べ物」

食人鬼「…ああ。食べる。いや、別に食べれないわけじゃないんだ」

少女「ふーん…」

食人鬼「…な、なんだ」

少女「それで満足はできないの?美味しい普通の料理じゃ」

食人鬼「…」ゴク

少女「できないのね」

食人鬼「…横になってろ。体力が減る」

少女「…」

少女「お風呂」

食人鬼「はあ?」

少女「気持ち悪い。汗でべたべたするの」

食人鬼「ふ、風呂…?いや、無理だ。傷が開く」

少女「じゃあ体を拭きたい」

食人鬼「ん、それなら。…別に、いい。待ってろ、用意する」

少女「…」

食人鬼(あれ、お湯って人間は何度くらいが適温なんだ…?)

食人鬼(…沸騰はだめだよな。うん…?)ポリポリ

食人鬼(まあ、いいか。熱かったら冷ませばいいし)

食人鬼「おい、持ってきたぞ」

少女「ん」

食人鬼「…こ、ここに置いておくから。終わったら言え」

少女「え、私が全部するの?」

食人鬼「当たり前だろ!甘えるな馬鹿女!」

少女「無理よ。手もまだ力が入らないのに」

食人鬼「し、知るか!適当にやれ!」

少女「手伝ってよ」

食人鬼「ぼ、僕が!?何でそうなる!?い、いやだね。断る!」

少女「何…そんなに大事じゃないでしょ」プチ

少女「いま上を脱ぐから。背中をお願いして良い?」

食人鬼「や、やめろ!!脱ぐな!!ばかっ!!」バッ

少女「…うるさいなぁ」プチ

食人鬼「お、おいこら!聞いてるのか!脱ぐな!!」

少女「もう、女同士なんだから別にいいじゃない!」グイ

食人鬼「へ!?な、に…」

少女「村じゃよくあることだから、気にしないわ。手伝って」

食人鬼「待て!違う!そうじゃない!」

少女「だから、何をそんなに」

食人鬼「お、おと、おとっ!」

少女「はあ?音?なに?」

食人鬼「男だってば!!」

少女「…」

食人鬼「な、なんで…女じゃない!見たら分かるだろ阿呆!」

少女「…え、でも、…髪も長いし、顔も」

食人鬼「髪が長いだけでなんで女になる!?お、男だっ!殺すぞ!」

少女「…」

少女「は、離れてよ!!」バシッ

食人鬼「はぁあああ!?」

少女「何で早く言わないの!?信じられない!」

食人鬼「し、知るか!声とかで分かるだろ!」

少女「声が低めの女の子なんて大勢いるでしょ!?」

食人鬼「知るかぁあ!!」

少女「…」バッ

食人鬼「僕は悪くないぞ!大体、女が僕って言うかよ!?」

少女「そういう特殊な人なのかと思ったのよ」

食人鬼「なっ…。失礼すぎるぞ!」

少女「ああ、どうりで…。全然胸がないと思った…」

食人鬼「!ひ、品のないことをっ…」

少女「紛らわしいのよ!何で髪を伸ばすの?」

食人鬼「すぐ伸びてくるんだから、切っても意味ないだろ!」

少女「意味わかんない!…出てってよ!」

食人鬼「は、はあ!?」

少女「自分でやる!触んないで、見ないで!ドア閉めて!」

食人鬼「く、…っ。死ね!!」

バタン

食人鬼「なんて女だ…!最低だ」

「聞こえてるわよ!最低なのは性別詐欺してたそっちでしょう!」

食人鬼「こんの…」ギリギリ

少女「…終わったわ」

食人鬼「あっそ」ムス

少女「…足は無理だったけど」

食人鬼「…」

食人鬼「や、やろうか」

少女「…は?」

食人鬼「綺麗にしておかないと、化膿するかもしれないだろ」

食人鬼「別に…僕だって進んでやりたいわけじゃない!」

少女「…」

少女「膝から上は絶対触らないで」

食人鬼「だ、誰が触るか!」

少女「包帯も替えてくれるの?」

食人鬼「ああ。また少し滲んでる。動きすぎだ」

少女「そうかな…」

食人鬼「…ふ、拭くぞ」

少女「…ん」

食人鬼「……」ゴシ

少女「…」

食人鬼「包帯、取るぞ」

少女「うん」

食人鬼「その、足。…あげろ。少しでいいから」

少女「…うー」

食人鬼「そのままにしとけよ」シュル

少女「早く…。痛い」

食人鬼「…薬も塗るから。我慢しろ」

少女「……」ギュ

食人鬼「…何で、撃ったんだよ。馬鹿か」

少女「本当は…太ももを撃とうと思ったんだけどね」

食人鬼「…どうしてだ」

少女「太い血管があるから。血も一杯でると思って」

少女「でも、…無理だった。怖くて、足首をかすっただけだった」

食人鬼「それでもたくさん出血はした。お前は馬鹿だ」

少女「…目的があるなら、何でもするわ」

食人鬼「…」シュル

食人鬼「終わりだ。降ろしていいぞ」

少女「…」ポフ

食人鬼「じゃあ、…もう遅いし寝ろ」

少女「うん」

食人鬼「…電気、消すぞ」

少女「ああ、待って」

食人鬼「ん?」

少女「…ええと、こんなことを言うのが適当かどうかは分からないけど」

少女「…ありがとう。色々、良くしてくれて」

食人鬼「!」

少女「それと、おやすみなさい。また明日」

食人鬼「……」ポカン

少女「なに?」

食人鬼「い、や。…いや…」

少女「…ありがとうって言われたら、どういたしまして」

少女「おやすみって言われたら、おやすみって返せばいいのよ」

食人鬼「…」

食人鬼「どう、いたしまして。…おやすみ」

少女「うん」

食人鬼「……っ」

バタン

少女「…あはは」

少女「変なの」クス

ねえ、お父さん

「ん?何だ、少女」

…それ、食べるの?

「ああ、そうだ。そのために撃ったんだ」

…可哀相

「あのな、少女」



「俺たちは、この鳥さんを食べて生きていく。鳥さんは、俺たちの命になる」

うん

「食べたら、それは命を繋ぐ大事な行為だ」

「けど、…食べなければ、それはただの殺しなんだよ」

ころし、

「そうだ。ただこの鳥を、撃って、殺した」

…そんなの、だめだよ

「そうだな。この鳥だって、魚を捕まえる。けど、殺しじゃない。食べるから、殺しではないんだ」

食べたら、鳥さんは可哀相じゃないの?

「…」

「ああ。罪ではない」

「だから、しっかりいただきますって言うんだ。鳥さんの命を、ちゃんと食べてあげるんだ」

うん、分かった。…食べる

「そうか。良い子だな、少女。賢い子だ」

わたし、残さないよ

「お父さんもちゃんと食べるぞ!嫌いな野菜もちゃあんとな」

「さ、帰ろう。今日はシチューにしてやる」

やった!シチュー、シチュー!

父は村でも腕利きの猟師だった

銃の扱い、勘、経験、…村では、…ううん。きっと何処を探したって、彼以上の猟師はいないだろう

お父さんは、ただ狩るだけではなかった

獲物にいつだって敬意と感謝の心を持っていた

仕留めた獲物は食べるところは全て食べ、使えるところは使った

無駄にしたら、ただの殺し。

いつも私に言い含めていた。


だから私は、どんな食べ物残さなかった。

全てを咀嚼し、嚥下し、自分の体に取り込んだ。

一欠けらも無駄にしないように、丁寧に皿を綺麗にしていった。


そして食事が終わった後は、お父さんと小さなテーブルにむかいあって

ごちそうさま、と 二人して真面目に祈ったのだ


…命をごちそうさま、と 謝罪と感謝を一生懸命に、幼い祈りにこめたのだ

コンコン

少女「…」モゾ

少女「…う。…痛」

コンコン

少女「…ん」

少女(…どこだ、ここ)

「…おーい、起きてるか」

少女「あ」

「入るぞ」

少女「…そ、っか」ボソ

食人鬼「…足の調子は、どうだ」

少女「わかんない。じんじんする」

食人鬼「感覚がないよりはマシだ」

少女「…そうかなぁ…」

食人鬼「…朝飯」

少女「う。…ん、食べる」

食人鬼「持ってくる。布団は脇に退けとけよ」

少女「…あ、そうだ。おはよう」

食人鬼「…」ピタ

食人鬼「あ、ああ。…おはよう」

少女「…」モソ

食人鬼「…相変わらずだな。お婆ちゃんみたいな食べ方だ」

少女「はあ…。きつい」

食人鬼「…これ、飲め」

少女「…これ、ホットチョコレート?」

食人鬼「ん」

少女「わ…チョコレートなんて、何時振りだろう。良い匂い」

食人鬼「熱いからな、冷まして飲めよ」

少女「…」ズズ

少女「うー…。すっごく、美味しい。芳醇」

食人鬼「そうか。…好きか、チョコレート」

少女「大好き。でも村じゃなかなか手に入らないわ。高級品だもの」

食人鬼「へー…」

少女「美味しい…。これなら、ずっと飲んでいられるかも」

食人鬼「それじゃ駄目だ。他のものもバランスよく食え」

少女「はいはい」ズズ

食人鬼「ったく…どんな育てかたしたらこんな女になるんだ」

少女「…」

少女「…ごちそうさま」

食人鬼「…結局飲み物だけか!」

少女「あんまり動かないしお腹もすかないわ」

食人鬼「…作り甲斐がない」ムス

少女「申し訳ないわ。けど、戻すのも失礼だし」

食人鬼「あー、いい。何も口に入れないより、ましだから」

少女「そう」

食人鬼「いつか食べたくなる日が来るだろ」モグ

少女「その時がきっと私の寿命ね」

食人鬼「ん、ぐ」

少女「あら。何?」

食人鬼「…何でもない」ゴクン

食人鬼「えっと、安静にしとけよ。分かったな」

少女「うん」

少女「…」

パン パン 

食人鬼「…何見てるんだ」

少女「いや、魔物が洗濯物してるって思って」

食人鬼「わ、悪いか。僕だって服は着る」

少女「変なの。…本当に人間くさいわ」

食人鬼「ふん。…お前の着ていた服だって洗ってやってるのに」

少女「ああ、昨日は着替えを貸してくれてありがとう」

少女「けど、…あなたのシャツとズボンじゃぶかぶかね。動いたら脱げそう」

食人鬼「はん、お前はえらくチビだからな」

少女「そのようね。好き嫌いはしない子だったんだけど」

食人鬼「どうだか。今みたいに屁理屈こねて残しそうだがな」

少女「…遺伝なのよ。多分」

食人鬼「遺伝、か」

食人鬼「…」

少女「良い天気ね」

食人鬼「おい、お前」

少女「何?」

食人鬼「お前ってやっぱり、変だよなあ。本当に人間なのか?」

少女「足を銃弾がかすっただけで瀕死になる、か弱い人間だわ」

食人鬼「…自虐的な」

食人鬼「僕を見ろよ」

少女「うん」

食人鬼「村では忌み嫌われる魔物だぞ。…食人鬼だぞ?」

少女「そうね」

食人鬼「怖くないのか?それか、憎いとか」

少女「…怖くはないわ。全く」

食人鬼「な、なんで」

少女「だって私が少しでも痛がる素振りをみせたらオドオドするし、なんだか小心者なんだもの」

少女「確かに力はあるんでしょうけど。けど、怖くないわ。普通の男の子ってかんじだわ」

食人鬼「…!」

少女「まあ、つまり私はあなたを舐めきってるってことね」

食人鬼「なんだよそれ!」

少女「…」クス

食人鬼「!あ、…。くそ、生意気なガキだ!」

少女「ガキじゃないわ。あなたと同じくらいじゃない」

食人鬼「僕はお前よりずっと長く生きてるんだぞ!馬鹿にするな!」

少女「へえ、そうなんだ。やっと魔物らしくなった」

食人鬼「わ、笑うな!!」

食人鬼(…異常だ)

食人鬼(初めて見たときから、ずっと思っていたけど)

食人鬼(どうして?…なんで僕を怖がらない?)

少女「…あ、そうだ」

食人鬼「な、なんだよ」

少女「あなたの名前をまだ聞いてなかったわ。教えて」

食人鬼「…」

少女「何ていうの?」

食人鬼(…危険、なのか?何か、目的があるのか?)

少女「…ねえ?」

食人鬼「…名前なんてない。好きに呼べ。呼ばなくても構わないけど」

少女「そう。…じゃあストレートに食人鬼と呼ぶわ」

食人鬼「…ああ、そうかよ」

少女「私は少女って言うの」

食人鬼「!…そ、そうか。ふうん、変な名前」

少女「好きに呼んでくれてかまわないから」

食人鬼「…め、面倒だ。別に…名前なんて知らなくくていい」フイ

少女「そうね。エサを名前で呼ぶなんてどうかしてるわ」

食人鬼「…」

少女「…ね」

食人鬼「…ん。…ああ」

少女「…もう。いいわ」カチャ

食人鬼(…やっぱり、全然食べないな)

食人鬼(これじゃ、いつまで経っても回復しない)

食人鬼(なんでもいいから、栄養のあるものを…)

食人鬼「…あ」

少女「ん?」

食人鬼「お前、…チョコレート好きだって言ってたろ」

少女「うん」

食人鬼「…甘いものも?」

少女「大好き」

食人鬼「…」

食人鬼「少し、家を出る。…留守番できるか」

少女「え?」

食人鬼「いいか、逃げようなんて考えるなよ。死ぬだけだからな」

食人鬼「すぐ戻ってくるから、これでも読んで大人しくしておけよ、分かったな!」ドサ

少女「え、ええ。まあ、いいけど」

食人鬼「いいか、絶対に逃げるなよ!」ダッ

少女「…いや、歩けないし」ボソ

少し落ちます!

少女「…」ペラ

少女「ふぅ」パタン

少女「…まだかな」

少女(…一体何しに行ったのかな。…っていうか、外でて見つからないの?)

少女「…次の本は、と」

少女「……“コミュニケーション論 排他的集団と上手く付き合うには”?…」

少女「…なんでこんな本が」

少女「少なくとも今の私には必要ないわ」ポフ

少女「…はぁ」

グゥ

少女「…」

少女(…最近、残してばっかりだ)

少女(初めは肉だった。でも、今じゃ…)

少女「…食べなければ、ただの殺しだ」ボソ

バタン

食人鬼「…ふぅ」

少女「あら、おかえり」

食人鬼「ただい……。…お、お前。少しは寝たんだろうな?」

少女「ずっと本読んでたわ。このコミュニケーション論、面白いわね。的を得てる」

食人鬼「…少しは寝て血を作れよ、馬鹿」

少女「で、どこに行ってたの?」

食人鬼「街だ」

少女「…」ポカン

食人鬼「な、何だよっ」

少女「街?街って、ええと、北の繁華街?」

食人鬼「そうだ」

少女「無理だわ。馬を使っても2日はかかる道のりだし。…こんな早くに」

食人鬼「僕は行けるんだ。普通の奴らとは違う」

少女「はぁ…。魔物らしいところもあるのね」

食人鬼「う、うるさいっ!」

少女「…何、その袋。随分たくさんあるけど」

食人鬼「う…。…あ、開けてみろ」

少女「…私に?」

食人鬼「あ、ああ。そうだ」ズイ

少女「この箱、見たことある。有名なお菓子屋さんのものじゃ」

食人鬼「…」

少女「…チョコレート?」チラ

食人鬼「…」コクン

少女「それに、ケーキとムースも。…どうして?」

食人鬼「お前が…甘い物が好きって言ったから。食うかと思って」

少女「…」

少女「そうね。確かに、食べやすいかもしれない。…命をあまり意識しないでいいし」

食人鬼「どういうことだ?」

少女「ううん、別に。一つ食べていい?」

食人鬼「あ、ああ。好きにしろ」

少女「…ん。美味しい!食べたことない味がする!」

食人鬼「!…た、たくさん食えそうか?」

少女「食べれるわ。うわぁ、こんなに美味しいのねあのお店」モグ

食人鬼「そうか。…よかった」ボソ

少女「わざわざこれを買いに行ってくれたの?」

食人鬼「は、はあ!?いや、違う!たまたま用があって、そのついでに」

少女「そうなんだ。でも、ありがとう。嬉しいわ」

食人鬼「あ、…いや。僕は、…別に」

食人鬼「…」

少女「コーヒーみたいな香りがするのね。やっぱり高いのは違うわ」

食人鬼「…ほら、これも」ガサ

少女「…何、これ?」

食人鬼「見たら分かるだろ、着替えだ」

少女「そんなものまで用意してくれたの」パサ

少女(…あはは。なんか、少女趣味な服ね。白いワンピースだ)

食人鬼「…女が着る服なんて、良くわかんないから適当だ」ムス

少女「気に入ったわ」

食人鬼「そ、そうか。なら、いい」

少女「下着も買ってきてくれたらよかったんだけど…」

食人鬼「!お、お前はすぐに増長する!」

少女「だって大事なことだもの」

食人鬼「わ、分かった。何とか用意する。…不衛生だしな」

少女「サイズ教えようか?」

食人鬼「聞きたくない。…適当だ、適当」

少女「えぇ…」

食人鬼「ほ、ほら。これもやる」

少女「はぐらかしたわね。…あ、松葉杖?」

食人鬼「足が良くなったらさっさと歩く練習をしろ。骨がもろくなる」

少女「リハビリって何時からしたほうがいいのかしら」

食人鬼「まあ、…傷の程度から見て明日からでも大丈夫だ」

少女「そう。案外早いのね」

食人鬼「足は動くんだろ?」

少女「どうかしらね。激痛が走るからなんとも言えないわ」

食人鬼「…痛み止めも用意してあるから、飲め」

少女「分かったわ。至れりつくせりね」

食人鬼「…だ、だからついでだ」

少女「素朴な疑問なんだけど」

食人鬼「何だ」

少女「…お金、どうしたの?」

食人鬼「…」

少女「…」

食人鬼「秘密だ」

少女「うわあ、気になる。すごく気になる」ボフ

食人鬼「も、もう食べないのか!?だったら冷やしておくから箱をよこせよ!」

少女「はぐらかしてばっかりだわ」ムス

食人鬼「お前が言うな!」

少女「…ごちそうさまでした」

食人鬼「ん。まあ、多くはないが食べれたな」

少女「舌が肥えそうだわ。もう普通のお菓子食べれないかも」

食人鬼「…人間の食うものはよく分からん」

少女「あなたの食べるもののほうが理解不能だわ」

食人鬼「…」

食人鬼「薬を飲めよ」

少女「分かってる。…うえ。…苦そう」

食人鬼(…フルーツや菓子だったら何とかまともな量を食べれるんだな)

食人鬼(少しづつつまませて、食欲が回復してきたときに元の食事に戻そう)

少女「ぷは。…はい、飲んだ」

食人鬼「じゃあ、寝ろ」

少女「はーい」

食人鬼「明かり消すぞ」

少女「あ、待って」

少女「あのね、明日は…新聞が読みたいの。できる?」

食人鬼「新聞?…村のものか?街か?」

少女「村の方。出来る?」

食人鬼「できないことはない。取ってくる」

少女「できれば昨日の夕刊と明日の朝刊が欲しいんだけど」

食人鬼「またワガママな…。わーかった、わかった」

少女「ありがとう。お願いね」

食人鬼「…ん。じゃあ、消すぞ」

少女「…ねえ」

食人鬼「何だ」

少女「…他の、女の子にもこういうことした?」

食人鬼「…」

少女「こうやって優しくしてから、食べたの?」

食人鬼「…人間だって」

少女「…」

食人鬼「家畜や植物に愛情を与えた後、食べるだろ」

少女「私はそれを残酷だと思ったりしないわ。彼らは自然競争をしないで安全に一生を終えられるもの」

少女「食べられるのはその代償じゃないかしらね。…質問に答えて?」

食人鬼「おやすみ」

パチン

少女「…」

バタン

少女「…答えられないわよね。…そうよね」



夢を見た。

小さい頃の夢だ。

私は買ってもらったばかりの靴を履いて、お父さんの後を付いて行ってる。

お父さんが振り向く。

優しい、切れ長の瞳。 顔を覆うひげ。 柔らかく笑った口元。

「おいで、少女」

私はお父さんの腕に、だきつく。


場面が暗転する。

私は机に向かって勉強している。

扉が開いて、お父さんが入ってくる。

顔面蒼白で、唇が震えている。

「…少女」

なあに、お父さん

「…村のはずれにいる、女の子が殺された」

…え?

鉛筆の落ちる音がどこかで聞こえた。

場面が暗転する。

私は、縄が張られた森の入り口に立っている。

保安官さんと、村の医者が何かを覗き込んでいる。

「…××!! ××!!」

若い母親が、絶叫している。 彼女はあの子をたった一人で育てていたのだ。

私は、目を見開いている。 涙は、出ない。

保安官さんの体が動いて、その下に投げ出された青白い足が見えた。

すでに生きた人の色をしていない。

片方の足が、無い。

「…少女!」

お父さん、ねえ。どうして

「見ちゃ、だめだ。…だめだ」

どうして…あんな、酷いことが

涙が出ない。



夢を見た。

小さい頃の夢だ。

僕は母親に手を引かれて、この家に入る。

「ここが今日からあなたの家よ」

僕は目を丸くする。 今まで生活してきた空間とは、全く違う。

温かい色、広い部屋、清潔な空気。 人が人らしく暮らせる家だ。

「気に入った?」

…うん!

僕ははしゃいで家の中を走り回る。 母親は微笑みながら、それを見ている。


場面が暗転する。

僕は丘の上から村の祭りの様子を見つめている。

ねえ、お母さん

「なあに?」

僕も遊びたい。あそこに行きたい。

母親は僕の頭を、困ったように数回撫でた。

「そうね。…いつか、きっと行けるわよ」

いつかって?

「私達が、受け入れられたときよ」

僕はその言葉の意味が、今でも理解できない。

場面が暗転する。

僕は森で立ち尽くしている。

遠く先には、猟銃を構えた若い男性が二人。

ダン、 ダン

激しい二発の音が、鼓膜をゆさぶった。

鹿の首から、血しぶきがあがった。

「おい、大物だ」

「これでやっと帰れるな」

二人はにこやかに言い合いながら、死んだ鹿に近寄る。


僕は、思わず身を乗り出した。

木の枝を踏む音が響き、男性の一人がすばやく振り向く。


ああ

逃げなきゃ

食人鬼「ほら、新聞」ポイ

少女「ありがと」

食人鬼「…朝食の最中に読むなんて、行儀が悪いぞ」

少女「効率的じゃない?」パラ

少女「…」

食人鬼「何を見てる」

少女「占いのコーナーじゃないことは確かね」

食人鬼「僕にも見せろ」グイ

少女「ああ、もう。破ける!読みたいんなら横に並んでよ」

食人鬼「なっ…。僕が取ってきたものなのに」

少女「集中できないわ。黙って」

食人鬼「…」ムス

少女「…」ペラ

「猟師の娘、行方不明。 家出か」

少女「…」ペラ

「猟師の娘のものと思われるケープが発見された。現場には血痕があり、これも魔物の仕業だと考えられる」

「犠牲者はこれで15人となった」

「未だに両名の安否は不明」

少女「…なるほど」

食人鬼「…これ、お前のことか」

少女「そうね」

食人鬼「家出したのか?」

少女「まあ、…そうね」

食人鬼「…父親は、どうした?」

少女「…」

少女「魔物にやられたわ」

食人鬼「…」

少女「皆は生きてるって言うけど、私は思わない。彼はもう死んでる」

食人鬼「……僕は、…」

少女「新聞、もういいわ。大体分かった。ありがと」

食人鬼「待ってくれ。…僕は」

少女「何も言わないで。ご飯ももういいわ」

食人鬼「…どうしてだ」

食人鬼「どうしてそんなに普通なんだ」

少女「…ん?」

食人鬼「お前は僕が村の殺人事件の犯人だって、分かってるんだろ。父親も被害にあったんだろ。なら、どうして」

少女「…」

少女「さあ。どうしてだろう」

食人鬼「…憎いだろう、僕が」

少女「…」

少女「いいえ?」

食人鬼「…!」

少女「着替えたいから、少し出てくれない?」

食人鬼「…わ、わか、った…」

少女「…よい、しょ」カツ

食人鬼「…」

少女「やっほー」

食人鬼「!」ビクッ

少女「うん、歩けないことはないわ。使いやすい」

食人鬼「な、なにやってんだ!まだ…」

少女「足の痛みも昨日ほどひどくないの。薬のおかげね。大丈夫よ」

食人鬼「けど、まだ危ないんだぞ!体力だって」

少女「まあ、転んだ時には助けてね」ヒョコヒョコ

食人鬼「ああ、…そっちは段差だ!気をつけろ馬鹿!!」

少女「大丈夫大丈夫」

食人鬼「くそっ、大人しく寝ときゃいいのにっ…」タタタ

少女「ねえ、ドア開けて。外の空気が吸いたい」

食人鬼「…逃げないだろうな」

少女「街に半日で行ける体力の持ち主から逃げれるわけないわ」

食人鬼「…いや、あれは。…まあいい。いいか、庭から先に出るなよ」

ガチャ

少女「うわ。…すごい」

食人鬼「…」

少女「森にこんなところがあったのね。見たことない」

食人鬼「人間が立ち入らない場所なんだ」

少女「え、そうなの?…ああ、猟師でさえ入らない場所があったわね。崖の近くか」

少女「でも、変ね」

食人鬼「何が」

少女「あなたを殺そうと捜索隊が入ったはずだけど」

食人鬼「…ああ、来た」

少女「なんでこんな目立つ家が見つからなかったのかしらね」

食人鬼「結界があるんだ」

少女「けっか、い?」

食人鬼「ああ。ずっと張ってる。…外からじゃ絶対見えない」

少女「…なにそれ。ファンタジーなの?」

食人鬼「ほ、本当だぞ!抜け道用の結界だってあるんだ」

少女「信じがたいわね。…なんだか、魔法使いみたい」

食人鬼「魔力を持ってれば、人間だってできる。…いや、相当力が要るけど」

少女「へえ、いいなあ。便利なんだ」

食人鬼「結構大変なんだぞ」

少女「ふーん。…おっと」ズル

食人鬼「おいっ!…前をちゃんと見ろよ!段差があるだろ!」グイ

少女「ごめんごめん」カツ

食人鬼「ったく…車椅子とかにすればよかった…」

少女「飽きた。帰るわ」

食人鬼「…くぅ…」

寝おちます!また昼にでも会いましょう

カツ カツ

食人鬼「…」

カツン

食人鬼「あのなあ」

少女「ん?」コツ

食人鬼「あんまりカツカツ言わせるな!気が散るだろ」

少女「暇なんですもの」コツ

食人鬼「うろちょろするなって言ってるんだ!転んだらどうすんだよっ」

少女「運動神経はいいほうだから」コツ

食人鬼「こらっ、どこ行く!そっちは駄目だ!」

少女「なんで?」

食人鬼「地下室なんだ。危ないだろ」グイ

少女「ちょっと、自分で戻れるから触らないでよ」

食人鬼「もう没収だ。座ってるか寝てるかどっちかにしろっ」

少女「横暴!」

食人鬼「座れ!」

少女「あー…つまんないの…」ポフ

少女「…」

食人鬼「少しは静かにできないのか」

少女「魔物の住処なんて珍しいし。できるだけ見ておきたいじゃない」

食人鬼「…はぁ…」

少女「ねえ、ずっとここに住んでるの?」

食人鬼「そうだ」

少女「一人で?」

食人鬼「…前は、同居人がいた」

少女「へぇ。それって、誰?家族?」

食人鬼「そんなとこだ」

少女「何で今はいないの?」

食人鬼「…死んだから」

少女「そう」

食人鬼「…」

少女「お母さんかしら?」

食人鬼「!」

少女「家の趣味から見て、女性かなあって」

食人鬼「…そうだけど」

少女「じゃあ、あなた孤児なのね。かわいそうに」

食人鬼「ど、同情なんていらない!別に悲しくもないし、辛くもない」

少女「同情なんてしてないわ。けど、気持ちは分かる。私もお母さんいないもの」

食人鬼「…そうなのか」

少女「でも顔すら覚えてないんだ。私が二歳くらいのころ、事故で亡くなったらしいの」

食人鬼「ふうん、じゃあいてもいなくても気にすることはないな」

少女「そうね。私にはお父さんがいるから」

少女「…」

少女「いや、いた…から」

食人鬼「…」ギュ

食人鬼(…こいつも、一人ぼっちなのか)

少女「あぁ、何だか家が気になってきた」

食人鬼「…」

少女「今きっと無人なのよね。それか保安官さんに荒らされてるのかしら」

食人鬼「…帰りたければ、帰ればいい」

少女「嫌よ。村には戻らないわ」ギシ

少女「私はここで死ぬんでしょう?戻る必要はないわ」

食人鬼「…」

少女「…」ペラ

食人鬼「少し、外に出てくる」

少女「何処行くの?」

食人鬼「庭だ」

少女「私も行く!」

食人鬼「はあ?何でお前が…」

少女「日の光を浴びたいのよ。お願い、杖貸して」

食人鬼「邪魔すんなよ。少しでもうるさくしたら帰すからな」

少女「うん」コツ


少女「…へえ、畑があるの!」

食人鬼「できるだけ野菜はここで育ててる。…いや、僕じゃなくて母さんが、だったけど」

少女「お母さんの畑を受け継いだわけね。偉いじゃない」

食人鬼「…そ、そうか?」

少女「土も良いし、植物がつやつやしてる。大切にしてるんだ」

食人鬼「そ…そうでもない。普通だ」プイ

少女「あ、トマトだ」

食人鬼「少しなら?いで食べてもいい」

少女「ううん、見てるだけでいいわ」

食人鬼「…あっそう」

少女「何か収穫するの?」

食人鬼「いや、水遣りするだけだ。お前は結局食べないだろ」

少女「手伝おうか?」

食人鬼「ふん、お前なんか足を引っ張るだけだ。しなくていい」

少女「む…。できるわよ、水遣りくらい。如雨露貸して」

食人鬼「あ、こらっ」

少女「う、わ。…ひゃ!」グラ

食人鬼「あ、危ないっ!」バッ

ドサ

少女「きゃ…」

食人鬼(…あ)

少女「び、びっくり、した…」

食人鬼(…甘い匂い、する)

少女「ご、ごめんなさい。あんなに重いとは思わなくて」

食人鬼「…」

少女「食人鬼…?」

食人鬼(腕、柔らかい。…おいしそ)

少女「ねえってば」

食人鬼「!!」バッ

食人鬼「お、お前!だから言っただろ!馬鹿!!」

少女「うん、だから謝ってるじゃない。腕、離してくれる?」

食人鬼「…あ。…う、ん…」パッ

少女「頭打つところだった。あー、どきどきした」

食人鬼(…)ギュ

食人鬼(なんだ、今の。…くらくらした。あの時と、一緒だ)

食人鬼(あいつが血を出して倒れた時と、…一緒だ)

少女「ねえ、どうかした?目がなんか怖い」

食人鬼「な、…んでもない!驚いただけだ!」

食人鬼「お、お前は…。もう帰れよ…。危なっかしい」

少女「そうね。本当に邪魔みたいだし」

食人鬼「…」

少女「よいしょ」カツ

食人鬼(早く、行け。…行っちまえ…)

少女「…ごちそうさま」

食人鬼「ん。…全部食ったな」

少女「少しづつ胃が働いてきたみたいね」ポンポン

食人鬼「ま、この調子で順調に太れ」カチャ

少女「うーん、少し肉はついてきたと思うんだけど」

食人鬼「いきなり変化があるわけないだろ、馬鹿め」

少女「あら、女の子なんてすぐよ。すぐぷにぷにになる」フニ

食人鬼「…知らん。薬飲んどけよ」

少女「あ、ちょい待って」

食人鬼「何だ」

少女「何か日記でも書ける冊子とペンが欲しいんだけど」

食人鬼「…何するんだ、そんなもの?」

少女「食人鬼との交流日記を書くのよ」

食人鬼「却下だ」

少女「嘘よ!暇だから絵とか詩とか書いてみたいの!」

食人鬼「本当か?」ジト

少女「この目を見なさいよ!嘘つくような目に見える?」

食人鬼「…よ、よく分からない。けど、まあいい」プイ

少女「やった」

食人鬼「適当なのを探してくるから、待ってろ」

少女「はーい」

食人鬼「ほら」ポン

少女「ありがとう。…万年筆?初めて使うわ」

食人鬼「あまり力を入れて書くなよ。つぶれるんだから」

少女「分かった」カリ

食人鬼「強い強い!」

少女「うわ、インクが手についたっ」

食人鬼「不器用なのか!」フキフキ

少女「うーん、普通の鉛筆がいいんだけど」

食人鬼「生憎これしかない。我慢するんだな」

少女「ちぇー…」カキ

食人鬼「…」ジッ

少女「ちょっと、なに見てるの?」

食人鬼「あ、え?そ、そうか。見られたくないか」

少女「別に大したことは書かないけど、いい気分はしないわ」

食人鬼「分かった。その、すまん」ポリ

食人鬼「…ええと、僕はあっちの部屋にいるから。眠たくなったら言え」

少女「分かった」カリ

食人鬼(…松葉杖は持っていくか。歩き回られたら困るし)カチャ

少女「…」カリ

少女(…ペンのほうが都合が良かったかもしれないわ)

少女(鉛筆だと消されるかもしれないし)

少女「…」カリカリ

少女(伝えたいことだけを最小限に書くって難しいのね)

少女(書き物って苦手だわ。…もう箇条書きのほうがいいかな)

少女(…)チラ

食人鬼「ふんー…ふんふーん…」カチャカチャ

少女(律儀に皿洗いしてるし)カリカリ

少女(…気が引けない、と言えばうそになる)

少女(けど、…これは必要なことなんだと思う)

少女(…誰にとって?)

少女(…よそう、もう。考えるのは)カリカリ

×月×日

少し落ち着いたので、私の身におこった出来事を整理したい。

私が死んでしまう前に、知りうるかぎりのことを書き留めるつもりだ。


彼は確かに存在する。

髪の色は白で、女性のように長い。

目は赤色。 容姿は細身の少年。背が少し高い。

言葉が通じる。文明感覚があるようだ。会話もした。


私はまだ生きている。 けど、彼がこの後どういう行動に出るかは分からない。

家に帰りたい。 


お父さんに会いたい。

食人鬼「よし、っと」

食人鬼(…あれ。やけに静かだな)

食人鬼「…おい?」ソロ

少女「…」

食人鬼「どうかしたか?」

少女「…すぅ、…すぅ…」

食人鬼「ね、寝てる?」

少女「…」

食人鬼「はぁ…。布団もかけてないし…」

コロ

食人鬼(…あ。あいつにやった、ノート…)

食人鬼(…何書いたんだ、一体)ヒョイ

少女「…」モゾ

食人鬼「…」

食人鬼(いや、別段…興味もないしな。いいや)

食人鬼「…」パチ

食人鬼「…お」

食人鬼「おやすみ」ボソ

食人鬼「…」モゾ

あの女を拾ってから、今のソファで眠るようになった。

食人鬼「…」ゴロ

今奴が使っているのは元々僕のベッドなんだけど。足が悪いので仕方ない。

食人鬼(…なんか)

ふと、思う。

食人鬼(…らしくもないな)

ずっと昔に諦めたはずなのに、まだこういう気持ちが残ってるなんて

食人鬼(人間と関わったって、ろくなことないのに)

そうだ。ろくなことがない。

食人鬼(あんな…酷い奴らのことなんか)

しかし、彼らの目からすれば僕こそ悪なんだろう。

食人鬼(…僕は鬼だ)

鬼だ。口に出すのも憚られる悪行を重ねる魔物だ。

食人鬼(なのに何で、あいつの世話をしたりするんだろう)

分からない。 けど、多分それはあの女のせいだ。

あんまりにも僕に対して自然だから。

それが狂気にも似た純粋さだということを、僕は理解している。

食人鬼(あの女はいかれてる)

僕もだ。

食人鬼「…」ムク

食人鬼「…」チラ

あいつを拾ってから増えた日課が一つある。

少女「すぅ…、…」

食人鬼「…」ジッ

夜、寝ている女の部屋を静かに覗く

少女「ん、…」

奴が繰り返す深い呼吸を、少しの間確認する。

食人鬼「…」フー

生きているかどうかを確認する。

食人鬼「…」ボフ

そうすると少しだけ、安心する。

僕は命を奪ったりしていない。

少女「…」

一人では何もできないあの女の命を、懸命に守っている。

食人鬼「…」

そう考えると、一瞬



全ての罪が許されて、自分が人間になれた気がするのだ。

ザアア…

少女「…雨ね」

食人鬼「雨だな」

少女「今朝からなんかじめじめすると思った。最悪だわ」

食人鬼「お前は外に出ないんだからどの道関係ないだろうが」

少女「まあ、たしかに」

少女「けど、本当に暇だわ。飽きてきた…。早く太りたい」

食人鬼「ま、まだまだ全然だめだな。ひねた豚みたいだし」

少女「ほーう、もしかして私を怒らせようとしてる?やめたほうがいいわよ」

食人鬼「素直な感想を述べたまでだぞ」

少女「前々から思ってたんだけど、あなた言い回しにセンスがないのよ。だいたいねぇ…」

食人鬼「…」ピタ

少女「ん。…どうかした?」

食人鬼「…静かにしろ」

少女「ああ、負けそうになったからってそんな」

食人鬼「違う。足音が聞こえるんだ」

少女「え?…雨の音じゃなくて?」

食人鬼「…」フルフル

食人鬼「明かりを消す。お前はとにかく喋るな」

少女「気のせいだと思うけど…」

食人鬼「しーっ!」

少女「…」

食人鬼「…」カツカツ

少女「くらーい」

食人鬼「喋るなってば!お前の声は通るんだから」

少女「自分の方が大声出してるくせに」

食人鬼「む。…と、とにかく口を閉じろ。次喋ったら縫い付けてやる」

少女(こわーい)パクパク

食人鬼「…」シャッ

食人鬼(…たくさんの足音だ。…多分全員男。足音が重い)

食人鬼「…おい」

少女「…?」

食人鬼「僕は外に出てくるけど、お前はそこから動くなよ」

少女「…」コクコク

食人鬼「…」カチャ


食人鬼「…!」

「おい、どうだ?」

「いや。こっちには何も」

「崖の方まで行ってみるか?」

食人鬼(…村の男たち、か?)

食人鬼(…大丈夫だ。結界が破られることは、絶対にない)

食人鬼(けど、…音や強い光までは防げない場合もある)

食人鬼(静かにしてれば、普通の地形にしか見えない)

青年「…」ザッザッ

「…あ、青年」

食人鬼「!」バッ

少女「それに保安官さんも。皆こんな寒い雨の中で」

食人鬼「な、なんで出てくるんだよっ」

少女「だって気になるんだもの」ヒョコ

食人鬼「あああああっ、もう!!」イライラ

少女「…」ジッ

青年「くそっ…もう2日ですよ。いつになったらあいつは…」

保安官「…せめて、体だけでも見つけてあげたいな」

青年「…」ギュ

少女「私を探してる」

食人鬼「…ああ」

保安官「おい、大丈夫か?顔色が悪い」

青年「平気です。それより早く捜索を」

保安官「いや、お前がへばってもしょうがない。ここらで休もう」

青年「…はい」

保安官「…お前も、ずっと寝てないもんな」

青年「俺なんて…何も、できなかった」

少女「…」

食人鬼「…」

少女「青年、…本当に顔が青い。死にそう」

食人鬼「…し、知り合いなのか?」

少女「恋人よ」

食人鬼「えっ…」

少女「嘘。ただの幼馴染」

食人鬼「し、しょうもない嘘をつくな!びっくりしたろ!」

少女「なんで?」

食人鬼「…」

食人鬼「し、静かにしてろ。感づかれる」

青年「俺…悔しいです」

保安官「ああ。俺もだ」

青年「一番近くにいたのに…守ってやれなかった」

保安官「自分をせめても何も始まらないんだよ、青年」

青年「…ですよね」ゴシ

青年「だから俺、少女と猟師さんの仇を絶対に取るって決めたんです」ギュ

少女「…あ」

青年「…見つけたら、絶対殺してやる」ジャキ

食人鬼「…!ひ、っ」ビク

少女「あーあー、銃身を雨にぬらしちゃ駄目だよ、青年」

食人鬼「……」

少女「どうしたの?…顔が青いよ?」

食人鬼「あ、…っ。何でも、ない」

少女「銃が怖いの?」

食人鬼「ちっ、…違うっ!!」

少女「しー、しー。落ち着いて」

保安官「行こうか、青年」

青年「はい」

ザッ ザッ

食人鬼「…っ。はあ…」

少女「なんだ、本当にビビりなのねー」クスクス

食人鬼「う、うるさいっ!女にそんなこと言われたくない!」

少女「あなた、銃で撃たれたら死ぬの?だから怖いの?」

食人鬼「…ぼ、僕は死なない。痛みはあっても、死ぬことはない」

少女「へえ、すごいじゃない」

食人鬼「…でも、…銃は苦手だ。確かに」

少女「…何か嫌なことでもあったの?」

食人鬼「…ない」プイ

少女「ふうん、そう」

食人鬼「…入るぞ」

少女「うん」コツ

少女「びっくりしちゃった。結界って本当なのね」コツ

食人鬼「なんだ、疑ってたのか?」

少女「だって信じられないじゃない。けど、今ので納得いった」

少女「皆ここ素通りだものねー。全然気づかないの」

食人鬼「強力な結界だからな」

少女「あなたが張ってるの?」

食人鬼「…」

少女「えっ、違うの?」

食人鬼「は、母親が遺していったものだ」

少女「へえー。そうなんだ。てっきりあなたがやってるものだと」

食人鬼「僕は…。僕は、この家を覆うほどの力はない」

少女「何で?」

食人鬼「…何で何でうるさい!お前は二歳児か!」

少女「だって、あなたのこと色々気になるんだもの」

食人鬼「!」

食人鬼「き、…気になる、って。僕が?どうして」

少女「変わってるから」

食人鬼「お前に言われたくないっ!」

少女「私はいたって普通よ」

食人鬼「自分の足を撃ちぬく女が普通な訳あるか!」

少女「あ、撃ち抜くで思い出した。私の銃どこ?」

食人鬼「…」ズリ

少女「何処って聞いてるだけじゃない。帰してもらえるなんて期待してないわ」

食人鬼「も、勿論隠してある。危険だからな」

少女「あれお父さんの形見なのよ」

食人鬼「物騒な形見だな」

少女「結構思い出あるの。13歳くらいのころ、護身のために基礎射撃は教えられたから」

食人鬼「…女に武器の扱いを教えるなんてどうかしてるな」

少女「だって危ない殺人鬼がいるし」

食人鬼「…僕のことか?」

少女「他に誰がいるのよ」クス

食人鬼「……」

少女「あら、機嫌を悪くした?」

食人鬼「別に。…僕はやることがあるから、もう話しかけるな」ガタ

少女「…怒ってるじゃない」ボソ

食人鬼「…」

少女「…」ゴロ

少女「…なにやってるの?」

食人鬼「教える義務はない」

少女「冷たいなー…。つまんないしお話しましょう。マンネリだわ」

食人鬼「お、おい。危ないからテーブル揺らすなっ」

少女「よいしょ」ヒョコ

食人鬼「あっ、…くそ。しくじったじゃないか…」

少女「…なにこれ?ビーズ?」

食人鬼「安い審美眼だな!これはれっきとした宝石だ!」

少女「ええ!本物!?…は、初めてみたかも」

食人鬼「村の経済状況ってどんななんだ…」

少女「コットンから作った真珠のまがい物くらいしか見たことないわ。ね、もっと見せて」

食人鬼「…傷つけるなよ」ジャラ

少女「すごーい。あ、でもこれって原石よね?」

食人鬼「まあな」カリ

少女「削って加工してるの?」

食人鬼「そうだ」

少女「へえ…。すごい。綺麗な色」

食人鬼「…これは石榴石って言うんだ。都で流行ってる」

少女「きれーい!あなたの目の色に似てるわね」ピト

食人鬼「な、気安く触るな!」ブン

少女「ね、こっちの黄色いのは?」

食人鬼「そっちは琥珀。樹脂が固まった物だ」

少女「へえぇ…。こんな美しいものになるのね」

食人鬼「…僕が好きな色なんだ」

少女「そうなの?蜂蜜みたいで、ちょっとおいしそう」

食人鬼「感想が低俗すぎるぞ」カリ

少女「ちまちま何かしてたのって、これだったんだ」

食人鬼「まあな」

少女「…」ジー

食人鬼(…や、やりづらい)

少女「何を作ってるの?もしかして、アクセサリー?」

食人鬼「そうだ。ペンダントトップとか…指輪に加工する」

少女「ああ、それを売ってお金にしてるんだ?」

食人鬼「そんなところだ」

少女「…こんな複雑にカットするのねー」

食人鬼「お前もこういうの、つけたりするのか?」

少女「つけたことないし、興味もなかったわ。でも今ちょっと欲しくなった」

食人鬼「…田舎娘に着けたってなあ」

少女「まあ、そうね」クス

少女「さしずめ内職ってところかしら」

食人鬼「ただの手慰みだ。僕だって退屈だし」

少女「確かに。ずっとここで一人なんだものね」

食人鬼「…」カリ

少女「ね、私もやりたい」

食人鬼「駄目」

少女「なんでよ!」

食人鬼「案外力が要るし、傷つけたら取り返しがつかないからだ」

少女「ちょっとだけ!くず宝石でいいから!商品になりそうなやつには何もしないわ」

食人鬼「だーめーだ」

少女「けち!自分だけ暇つぶししてずるい!」

食人鬼「だー、もう、うるさいっ!分かった!」ジャラ

食人鬼「この傷がついた奴だけだぞ!どうせ難しくてすぐ投げ出すんだから」

少女「やったー」

食人鬼「ったく…集中できやしないよ…」ブツブツ

少女「なんか、職人さんになった気分」

食人鬼「怪我すんなよ。手当てが面倒くさい」

少女「任せて。手先は器用なの」

食人鬼「ここを、こうやって削るんだ」カリ

少女「ん、こう?」ガリ

少女「あ」ボロ

食人鬼「何してんだ、ヘタクソ」

少女「む、難しい…」ガリ

食人鬼「…」イライラ

少女「あ、おっと」ボロ

食人鬼「だから、こうだって!」ガシ

少女「う、わ」

食人鬼「この縁をなぞるみたいに削るんだ。なんでこんな簡単なこともできない?」

少女「…」

食人鬼「おい?どうした?」

少女「いや、…別に」

食人鬼「なんだよ、熱でもあんのか?」

少女「…手よ」

食人鬼「…」

食人鬼「あ、っ!…こ、これは違っ」バッ

少女「…」

食人鬼「い、いや。お前があんまり不器用だったから!」

少女「だ、だから。コツを掴めば簡単なんだってば…」カリ

食人鬼「おい、その持ち方はやめ…」

少女「痛っ」

食人鬼「あぁ…!」

少女「…っ、つぅ…」

食人鬼「刃を置け!ほら、傷を洗うぞ!」

少女「触らないで、血が…付いちゃうから」

食人鬼「洗えばいいだろ!あーあ、何でこんなざっくり切るんだよ」ガシ

少女「…」

少女(痛い。…切った、…切った)ゾワ

食人鬼「ほら、脇支えてやるから流し台に…」

少女「触らないで」

食人鬼「滴ってるだろ!早く止血…」

少女「さわら、ないで。おねがい」

食人鬼「…おい?」

少女「はぁ、…はぁ」

少女「嫌。…来ないで!私に触るな!!」バッ

食人鬼「う、わ!?」

ビシャ

少女「はあ、…はぁっ…」ブルッ

被害者の女性は首を鋭利なもので

少女「ひ、…っ」

中には首が千切れかけていた遺体まで

食人鬼「おい、…どうしたんだ?なあ?」

少女「来ないで、…嫌。…痛い、の…」フラ

ガタン

食人鬼「お、おいっ!危ない!」

血が大量に流れて

少女「…っ、ぁあああああああああああ!!!」

食人鬼「少女、…!僕は何もしない!落ち着け!」

少女「お父さん!お父さん、助けてっ!」

食人鬼「…少女っ」バッ

少女「嫌だぁあ!…たくない!お父さんっ…!!」

食人鬼「く、そっ。暴れるな…」ギュ

少女「!う、…む…」

食人鬼「大丈夫だ、大丈夫だから…」ギュウ

少女「お願い、お願い…。お父さん、守って。お願い…」

食人鬼「…」

少女「怖いよぉ…。お父さん、お願い…」

食人鬼「…守る、から。大丈夫だ。傷つけたりしない」

少女「…っ」

少女、大丈夫だ。

お父さんが守る。

何があっても、守ってみせる。

だから怯えなくていい。泣かなくていい。

少女「…おとう、さん…」

「…落ち着け。…大丈夫だから」

大丈夫だから、少女。

お前を傷つけたり、しない。 俺はお前の味方だ。

少女「…本当に?こわく、ない?」

「ああ。…大丈夫だ。な?」ポンポン

少女「…うん」


お父さん、ありがとう。 抱きしめてくれて、撫でてくれて、ありがとう。



お父さんって、こんなに細い腕をしていたっけ。



「大丈夫だ」

少女「…うん。ありがとう、お父さん」

お父さん


大好き

食人鬼「…と」キュッ

少女「…」

食人鬼「はぁ…びっくりした…」

食人鬼(いきなり泣き出したと思ったら気絶、だもんなあ)

食人鬼(指切っただけで、そんなに怖かったのか?気が小さい奴)

食人鬼(いや待て、こいつもっとすごい負傷してたのに)

食人鬼(…まあ、いいや。血も止まったし)ギシ

食人鬼「後片付け…しないとなー」

食人鬼「ったく、そこらじゅうに血つけやがって」

ゴシ

食人鬼「…」

食人鬼(…いいにおい、する)

食人鬼「…っ」バシン

食人鬼(何考えてんだ、…馬鹿か。…駄目だ、落ち着け)

食人鬼(…約束は、…守るんだ。何があっても)

ゴシ ゴシ

少女「…」

食人鬼(なにが、あっても)

ちょっと落ちます

少女「…ん」

ザアア…

少女「…」ムク

食人鬼「…」ウト ウト

少女(…指、包帯巻いてある)

少女(あれ?…私、何してたんだろう)

食人鬼「ん、…起きたか」

少女「あ。…ごめん、ちょっと。よく覚えてないけど、大変だったみたいね」

食人鬼「覚えてないのか?」

少女「指切ったことまでは…なんとか」

食人鬼「…えーと」

食人鬼「いや、お前パニックになって頭打ったんだよ。気絶したみたいだな」

少女「そ、そうなの?…別に頭に痛みはないけど」

食人鬼「ま、まあいいだろ。ったく、こんなに眠りこけやがって」

食人鬼(…起きないかと思った。よかった)

少女「ああ、もう夜なのね。本当、ごめんなさい」

食人鬼「…別に、いい。眠ってる分静かだったしな」

食人鬼「丁度良かった、晩飯の時間だから、食え」

少女「…」ギシ

食人鬼「どうした?」

少女「いらないわ。なんか、気分悪い」

食人鬼「はあー?」

少女「…見たくない。ごめん」フイ

食人鬼「…じゃあ、水分だけでも」

少女「……」フルフル

少女「…すぅ、…」

食人鬼(…そうだ)ガタ

食人鬼(医学書は…これだな。ええと…)パラパラ

食人鬼(摂食障害、か)ペラ

食人鬼(…拒食症…、摂食の後嘔吐などの症状が見られる)

食人鬼(これか…)

少女「……」

食人鬼(原因は、何なんだ?やっぱり体のどこかが悪いってことなんじゃ)

食人鬼(…ストレス?)ペラ

食人鬼(ああ、そうか。精神苦痛でなる場合があるのか…)

…お父さんはもう、帰ってこない


食人鬼「…」

食人鬼(どうすれば、治る?…治せるのか?)

食人鬼(いや、でも。…僕がやったって)ペラ

食人鬼(…できるだけ前向きな気持ちにさせる。外出、外部とのコミュニケーションも有効…)

食人鬼「…」パタン

少女「ん、…」ゴロ

食人鬼「…苦しい、よな」ボソ

少女「お、なんか調子いいかも」

食人鬼「足、見せてみろ」

少女「はい」シュル

食人鬼「…熱もなくなってる。傷口も塞がってるな」

食人鬼「痛みは?まだあるのか?」

少女「うん、まあ歩きづらいくらい程度には」

食人鬼「そうか…」

少女「あ、それ朝ごはん?…ええと、ジュースだけ飲みたい」

食人鬼「…」ポリ

食人鬼「あの、さ」

少女「ん?」チュー

食人鬼「お前ももう、4日もまともに外に出てないだろ。…逆に健康に悪いと思うんだが」

少女「確かに。お日様あんまり浴びてないかもしれない」

食人鬼「…」

食人鬼「少し、出てみるか?」

少女「え?…いや、いいわ。まだちゃんと歩けるかわかんないし…」

食人鬼「杖があるだろ。それに僕が着いてるから危険はない」

少女「出たい、けど…」

食人鬼「じゃあ決まりだ。準備しろ」スタスタ

少女「え、えっ。でも」

食人鬼「いいから!早くしないともう二度と出さないぞ!」

少女「わ、分かった」

少女「ん、しょ」カタ

食人鬼「平気か?」

少女「うん。杖がしっかりしてるし、歩けるわ」

食人鬼「そうか」

少女「怪我してても着易いように、スカートにしてくれたのね」

食人鬼「…ぐ、偶然だ。女といったらスカートだろ」

少女「最近の女優なんかはズボンも履いてるわ。ちょっとあこがれる」

食人鬼「…ふーん」

少女「ねえ、それ、何詰めてるの?」

食人鬼「内緒」

少女「えー!けち!」

食人鬼「うるさい!…行くぞ、ほら!」

少女「はーい」カツ

食人鬼「雨、昨日のうちに上がってるしな。地面もぬかるんでない」

少女「本当だ。綺麗な空ね」

食人鬼「ゆっくりでいいからついて来いよ」

少女「…ふと、疑問に思ったのだけれど」カツ

食人鬼「なんだ?」

少女「出たら見つかるんじゃない?大丈夫?」

食人鬼「大丈夫だ。村人の気配はないし、皆村にいる。森に入ってない」

少女「ものすごい五感ね…。猟師がうらやましがるわ」

少女「…いい天気ねー。涼しいし、気持ちがいいわ」

食人鬼「ん。雲ひとつないな」

少女「で、何処行くの?」

食人鬼「だから内緒だ」

少女「…ヒントくらいくれてもいいじゃないの」カツ

食人鬼「ぶつぶつ言うな。帰すぞ」

少女「はーい」

食人鬼(…変なかんじだ)

食人鬼(少し先に行っては、あいつがちゃんと2歩後ろにいるか確認して)

食人鬼(苦しそうじゃないことを確認してから、また歩く)

食人鬼(…森をこんなにゆっくり歩いたのって、初めてかもしれない)

少女「ねえ、まだなの?」

食人鬼「まだだ」

少女「ちょっと疲れてきたー」

食人鬼「甘えるな。これはリハビリなんだぞ」

ザク ザク

少女「…ふぅ、ふう」

食人鬼「大丈夫か?もう少しだ」

少女「うん。…大丈夫」カツ

食人鬼「…ほら、この斜面は危ないから手を貸してやる」

少女「あら、ありがと」

食人鬼「よ、っと」ヒョイ

少女「うわ!…び、びっくりした。軽々持ち上げるのね」

食人鬼「お前は軽すぎるんだよ」

少女「そうかしら…?あなたが怪力なだけじゃ」カツ

食人鬼「あ、待て。目を閉じろ、動くな」

少女「え?なんで?」

食人鬼「い、いいから!早くしろっ」

少女「…こう?」

食人鬼「僕が手を引くから、来い」

少女「分かった」カツ

食人鬼「…いいか、まだだぞ」

食人鬼「…よし、いいぞ。開けろ」

少女「…」パチ


少女「わ、…すごい…」

サワ

少女「…こんな綺麗な湖、この森にあったんだ…」

食人鬼「深いほうにはあるんだ。ほら、こっち」

少女「底が見える!すっごく透明!」

食人鬼「はしゃぐな、転ぶぞ!」

少女「…」パシャ

少女「冷たいっ!あはは!」ケラケラ

食人鬼「綺麗だろ。魚もいるんだ」

少女「あ、本当だ!光って見えた!」

食人鬼「ま、好きに見るなり遊ぶなりしろよ」

少女「いいの?」ウズウズ

食人鬼「傷口はちゃんと覆ってあるし、あんまり濡らさないならいいぞ」

少女「やっほー!」パシャッ

少女「冷たい!きもちいー!」ピョン

食人鬼(…急に元気になったな。やっぱ田舎娘だなー)

少女「食人鬼-!」

食人鬼「ん?何d」

バシャッ

食人鬼「…」

少女「あははは!ひっかかったー!」

食人鬼「…こんの野郎!」バッ

少女「きゃー!」クスクス

少女「こわーい!」バシャ

食人鬼「ぶは、やめろっ!濡れるだろ!」

少女「どうせ着替え持ってきてるんでしょ!濡れなさいよ!」バシャ

食人鬼「くそ、この…」バシャ

少女「ぎゃー!やめて!」

食人鬼「お前が先に売った喧嘩だろうが!」バシャバシャ

少女「冷たい!ちょっと!やめなさいよ!!」

少女「あ、痛っ」ドサ

食人鬼「…ふふっ。あははっ」

少女「…」ピタ

食人鬼「あはは、必死な顔。おかしいの」クスクス

少女「…笑った」

食人鬼「え?」

少女「なんだ、あなたそんな顔して笑うのね」

食人鬼「…」

食人鬼「…っ」カァ

少女「ずーっとむっつりしてるから、表情筋が死んでるのかと思ってた」

食人鬼「わ、…笑ってなんか、ない」

少女「今思いっきり笑ってたわ。あははーって」

食人鬼「ち、違う。今のはお前があんまり滑稽だったから」

少女「ふーん」

食人鬼「な、なんだ」

少女「隙あり」バシャッ

食人鬼「うわぁあ!?なな、何するんだお前!」

少女「あーあ、全身ずぶ濡れになっちゃった。バケツって便利ね」

食人鬼「沈めてやろうか!?」


……


少女「はー、面白かった」ノビー

食人鬼「…最悪だ。寒い…」グショ

少女「馬鹿ね、手加減して反撃しないからよ」

食人鬼「し、してない!僕は本気でお前を湖の藻屑にしてやろうと」

少女「…うー」

少女「…お腹空いたかも」グルル

食人鬼「!そ、そうか!」

少女「何か食べたい。…ある?」

食人鬼「ある。じゃあ配膳手伝えよ」

少女「うん!」

食人鬼「テーブルクロスを広げて、この上に座って食べよう」

少女「おー、ピクニックってかんじ」パサ

食人鬼「サンドイッチ、…固形だし、菓子でもないけど。食べれるか?」

少女「具は何?」

食人鬼「卵と、ベーコンと、ポテトサラダと…あとカスタードで和えたフルーツ」

少女「全部食べたい!」

食人鬼「はいはい」

少女「いただきます!」

食人鬼「い、…いただきます」

少女「…」モグ

食人鬼「…どうだ?」

少女「…ん、ぐ」ゴク

少女「すっごく、美味しい!」ニコ

食人鬼「吐き気は、ないのか?」

少女「ううん、全然!胃にすって落ちてく」

食人鬼「そうか…。まあ、運動したからな」

少女「なんか久しぶりにまともなご飯食べたわ。感動する」モグ

食人鬼「ゆっくり食えよ」

少女「分かってるって」モグモグ

食人鬼(…良かった。やっぱり、外に出すべきだったんだな)

少女「ごちそうさまでした」ペコ

食人鬼「結構食べたな」

少女「そうね。お腹が重たい」

食人鬼(…それでも全然、子どものような量だけど。進歩ではあるな)

少女「はー…。なんか、生きてるってかんじがする」ボフ

食人鬼「食べた後にすぐ横になるな。…豚になるぞ」

少女「牛じゃない?」

食人鬼「どっちでもいいだろ」

少女「いいじゃない。あなたも寝れば?一緒にお昼寝しよう」

食人鬼「いや、…ぼ、僕はいい。座ってる」

少女「そう。…あー、きもちいい」ノビ

食人鬼「…風邪が心地いいな」

サワ

少女「…」

少女「…懐かしいな」

食人鬼「ん?」

少女「お父さんとも、よくこうやって外でご飯を食べて、一緒にお昼寝したの」

食人鬼「…そうか」

少女「あなたは?お母さんとピクニックした?」

食人鬼「いや、したことない」

少女「どうして?」

食人鬼「母親は…病気がちだったから。外に出れなかった」

少女「あなたのお母さんって、やっぱりあなたと同じなの?」

食人鬼「…」

少女「あ、答えたくなければいいんだけど…」

食人鬼「母親も、そうだ。…人を食べる種族の生まれだ」

少女「そうなんだ」

食人鬼「…」

少女「魔物にも病気ってあるのね。大変ね」

食人鬼「それでも十分生きてた。…いや、苦しかっただけなのかな」

少女「そんなことないわ。子どもと長く生きれるって、いいことじゃない」

食人鬼「そういうものか」

少女「そういうものよ。親って、無条件に子どもを愛してくれるの」

食人鬼「…」

少女「あなたのお母さんの話、もっと聞きたいわ。明るい話がいい」ゴロ

食人鬼「僕の話なんか、つまんないだろ」

少女「ううん。聞かせて」

食人鬼「…」

少女「お母さん、美人だった?」

食人鬼「人間の観点はよく分からないから、何ともいえない」

少女「あなたから見ると?」

食人鬼「…ま、まあ。整ってたとは思う」

少女「へえー」

少女「じゃあ、あなたはきっとお母さん譲りの顔なのね」

食人鬼「どういうことだ」

少女「だってあなた、綺麗な顔してるもの」

食人鬼「!?」

少女「はじめてみた時、すっごく美人な女の人だと思ったくらい」

食人鬼「な、な、何を言ってる!せ、世辞のつもりか」

少女「いやいや、本当だってば。あんまり見ない、切れ長の目してるし。色だって白いし」

食人鬼「は、母親の話をしてるんだろ!」

少女「あ、そうそう。そうだった」

食人鬼「…何を話せばいいのか、分からない」

少女「そうねー、ええとじゃあ、楽しかった思い出を聞かせて」

食人鬼「楽しかった?…そうだな」

食人鬼「…」

少女「数え切れない?」

食人鬼「…言葉にするのは、難しい」

少女「そうよね、確かに」

食人鬼「…本を」

少女「お、うんうん」

食人鬼「本を、読んでもらった。…僕は母親の膝の上に乗ってた」

食人鬼「母親の声は…よく、覚えてないけど。それでも、この世界で一番綺麗な音だったって記憶してる」

少女「へえ、いいわね」

食人鬼「…は、恥ずかしいんだけど」

少女「いいじゃない、いいじゃない!羨ましいわ」クス

少女「お母さんなんて顔も知らないから、実感湧かないわ」

少女「あ、そうだ。あなたお父さんは?」

食人鬼「…父親は」

食人鬼「…」ギュ

食人鬼「父親の話は、したくない」

少女「そう」

食人鬼「ああ」

サワ

少女「ふ、…あ」

食人鬼「眠いのか?」

少女「うん。…ちょっとだけ、眠りたい」

食人鬼「ああ、僕は起きておくから。眠ればいい」

少女「ありがと。…おやすみー」ゴロ

食人鬼「ん。…」

少女「…すぅ、…すぅ」

食人鬼(…寝付くの早いな)

少女「…」

食人鬼「…」ソッ

サラ

食人鬼(…綺麗な、髪)

食人鬼(…母親の髪を、思い出す)

食人鬼「…」

少女「…ふふ」

食人鬼「!!!?」バッ

少女「なに、髪の毛が気になるの?」

食人鬼「ち、違う!その、ごみがついてて」

少女「触りたければ触ればいいじゃない。どうぞ?」サラ

食人鬼「べ、別にそういうわけじゃ…」

少女「私、髪の毛触られるの嫌いじゃないわ。なんだか気分がいいし」

食人鬼「…」

食人鬼「じゃあ、…少しだけ、このまま…触ってもいいか?」

少女「どうぞー」

食人鬼「…」サラ

少女「あなたの髪も綺麗な色してて、いいわよね」

食人鬼「そ、そうかな」

少女「…ますます眠い。撫でられてる猫のきもちが分かる」

食人鬼「…」

少女「これでお礼になるといいけど」

食人鬼「え?お礼?」

少女「うん。わざわざここに連れて来てくれたのは、私にご飯を食べさせるためでしょ?」

食人鬼「!…違う。ただ」

少女「嘘よ。…私のために全部してくれてるんだわ」

食人鬼「だ、だから違うって!たまたまだ!」

少女「優しいのね」

食人鬼「…っ」

少女「私、あなたのこと、…好きだわ。今まで接してきた人の中でも、ひときわ優しいもの」

食人鬼「す、…す!?」

少女「友人として、好きよ。うん」

食人鬼「………」

食人鬼「ゆ、友人って」

少女「あら、もう立派な友達じゃない?私達」

食人鬼「ぼ、僕とお前が?なんで」

少女「普通に話すし、遊ぶし。あなたは私の事、嫌いじゃないんでしょ?」

食人鬼「…け、…嫌悪してるわけじゃ、ない。けど」

少女「なら友達だわ」

食人鬼「…」

食人鬼「こんな、…男でもか?僕は、君の村を」

少女「そうね」

ザワ

少女「それでも何だか、あなたを昔からの友人のように感じるわ」

食人鬼「…」

ザワ

食人鬼「なあ、…聞いてくれ」

少女「…」

食人鬼「…。僕は、…僕は」

少女「ん、…ふ、あ…」

食人鬼「…」

少女「すぅ…」

食人鬼「…」サラ

正直に言うと、人生で一番戸惑っている。

少女「ん…」

化け物であり、敵である自分のことを「友人」と呼ぶ少女と

その体の一部に触れたいと思う自分

食人鬼「……」

僕の頭の中に浮かんだ感情が、何か

知るのが怖い

少女「…」

食人鬼「…少女」

近づくのは、怖い

あってはならない 認めるわけにはいかない

少女「…」

僕はこの小さな、静かに息をする人間のことを

食人鬼「…少女」サラ


ザワ

今日はお終いです。
また更新遅れたらごめんなさいね。

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