海未「海の日ですね」ことり「そうだね!」 (54)

そう私に答えたことりは依然として、グッタリと縁側に寝そべっていた。

夏休み前のなんともいえない祝日の日。

お盆の上で、2つのコップに入った麦茶に浮かぶ氷がカランと音を立てた。

海未「はしたないですよ、ことり」

家には今、私とことりしかいないとはいえ、縁側から足をダランと伸ばすことりをたしなめる。

ことり「明日は学校かぁー」

足先に引っ掛けて、ことりは可愛らしいサンダルで、不規則なリズムでペタペタと音を立てる。

海未「人の話を訊きなさい」

足の爪に塗られた色とりどりの装飾が、太陽の光を反射してキラキラと眩しい。

麦茶を差し出すと、寝そべったままことりが受け取る。

ことり「ありがとう」

その器用さがことりらしくて、でも、普段のことりとは少しかけ離れててる気もする。

海未「せめて、飲み物を飲むときくらいは起き上がってくださいよ」




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ことり「起き上がるのめんどくさいよー」

そう言ってことりは寝たままコップに口をつけて、コクッコクッと麦茶を飲んだ。

海未「まったく......。こぼしてしまっても知りませんからね?」

ことり「んー、そのときは海未ちゃんの服で拭くからいいもん」

こう、グイグイって、海未ちゃんの服に顔を押し付けて

と言ってことりは麦茶のコップを持ったまま両手で空中をつかんで何かを引き寄せ顔をうずめる仕草をした。

ことりが動くたびに、カランカランと氷がコップの中でまるで風鈴のように音を鳴らす。

無言でコップをことりの手からもぎ取ると、ことりは、ありがとー、とやっぱり私に笑い返した。

ことり「ねぇー、海未ちゃーん。今日は海の日だよー」

海未「知ってますけど」

ことり「どっか行かない? というか、海行かない?」


海未「海ですか......」

ことりの方をチラッと見る。

私に無理やり水着を着せて、いつものように私が恥ずかしがる姿を見て楽しむつもりなんだろうか。

目があったことりは、数秒固まった後、
「なにかな?」と言いたげに首を傾げた。

予想以上にことりが首を傾げた仕草が可愛かったから、自然をよそおって、

だけどできるだけ早く視線をことりから目の前にひろがる空へ移した。

海未「海の日に海に行くって」

なんというか、ちょっとあからさますぎではないだろうか。

目の前では入道雲がもくもくとして、辺りでは蝉の声が鳴り響いている。

こんなにあからさまに夏なのに、まだ、終業式前なのだな、と思うとなんだか変な感じがした。

ことり「海の日に海に行くっていう、すっごいベタなことって思えばしたことないなぁって思ってさぁー」

海未「......そう言われてみるとそうですね」

ことり「なんだかんだで毎年海に行くのって8月入ってからだったり、台風が連続で来て海に行けなかったりした年もあったでしょ?」

どうやら、本当にただ単に海に行きたいだけみたいだ......。

疑ってすみません、ことり。

というか、あなた、そんなに海好きなキャラでしたっけ?


海未「ですが、もう2時を回ってますし、海に着く頃には夕方になってますよ?」

ことり「夕方の海もなんだかよくない?」

海未「ですが、あなた暑いの苦手でしょう? 現に今だってそんなにだらけて暑さ負けしているのに」

途端にことりはガバッと身体を起こして、「えっ、寝っ転がってなかったけど?」という顔をした。

......どうしても海に行きたいらしい。

ことり「暑いのは苦手だけど、でも、着くのが夕方ならことりでも大丈夫でしょ?」

そう思わない? 海未ちゃん

と、ことりは私のさっきの発言を逆手にとって私に提案をしてきた。

縁側は日陰で風が通るとはいえ、その風がサウナのように生温い風ならば、縁側なんて室内と同じようである、と言わんばかりにことりは汗をかいていた。

今年もあせもでことりは辛い思いをするのだろうか。

なら、夏とはいえ暑さが本調子にならない7月のうちに海に行くべきなのでは。

例えばそう、今日のような、昼下がりの午後とかに。

左手でポリポリと首をかいて、考えるフリをする。

ことりのあの、お決まりのおねだりの台詞が出る前に、どうせなら、私から提案を。

海未「......行きます?」

ことり「え!」

ことりが両腕をついて私の方に前のめりに距離をつめる。

ことりが起した風の中に、ことりの匂いが混ざって私に届く。

海未「や、だから、その......海、行きます? そんなに行きたいなら」

ことり「いいの!? 海の日に海!!」

海未「いいも何も行きたいのでしょう? 」

喜んでくれるかと思ったら、ことりは少し気難しい顔をしている。

むむむ、と唸った後に

ことり「ちょっと失礼します」

海未「え」

ことりは私のおでこに自分のおでこをぺったりとくっつけてきた。

海未「ちょ、いきなりなんですか!?」

ことり「ふむ、熱はないみたいだね」

海未「あ、あるわけないでしょう!? というか、熱があったらこんな風にことりと会ってませんよ!!」

ことり「うん、そうだよね。海未ちゃんは風邪ひかないもんね」

海未「なんだかそういう言われ方すると、『馬鹿は風邪ひかない』みたいなことを言われてる気がするんですが......」

ことり「違う違う、そうじゃなくって」

ことりは、おでこを合わせるために上にあげた私の前髪を整える。

まるで頭を撫でられているみたいで、少し、照れくさい。

でも、ことりのてのひらが心地が良くて、あえて止める気にはなれない。

ことり「海の日に海に行くなんてベタなこと、海未ちゃんがしようとするなんて
なんか面白くて」

純粋な笑顔を私にことりは向けている。

海未「......馬鹿にされてる感があまり拭えてないのですが」

ことり「馬鹿にしてないよぉー。ベタなことするの、海未ちゃん、あんまり好きじゃないでしょ?」


海未「別にそんなことないですよ......?」

ことり「そう? じゃあ、今度部室でみんなが揃ってる時、ことりに『メンバーの中でキミが一番かわいいよ』って言える?」

海未「......それベタ以前にみなさんにケンカ売ることになりませんか?」

ことり「にこちゃんは突っかかってくるかもね。でも、希ちゃんと凛ちゃんはにやにやしてくれそう」

くすくすと、ことりが笑う。

いや、笑ってる場合じゃないんですが。

海未「というか、ことりは、そ、そう言うこと言われたいんですか?」

ことり「ううん、別に」

自分から提案しておいてバッサリだー!

ことり「そう言う少女漫画っぽいの、ちょっと苦手だし」

海未「そ、そうですか」

これはもしかして、穂乃果にちょくちょく少女漫画を借りてそう言う台詞のストックを書き溜めている私への牽制なのだろうか、と胸が嫌にばくばくした。

ストックノート、2冊目突入したんですけど。

ことり「あ、でも」

海未「なんですか?」

ことり「海未ちゃんには、言われたいかなぁ」

ことり「ふたりっきりの時にだけど」

ゴクッと喉が鳴る。

ふたりの間でカランと氷が音を立てる。

頬が赤らむ。

全てはきっと、日陰なのにやたらと生温い風が通り過ぎる海の日のせいだ。

ーーー
ーー


近場の海に行く電車の中は混んでいた。

なんとか見つけ出した1人分の空席にことりを座らせる。

ことり「えぇー、ことりだけ座るなんて悪いよぉー」

海未「そういうのはいいので、座っててください」

ことりを立たせてことりが痴漢にでも合おうものなら、私の堪忍袋の緒がズタズタに切り裂ける。

ことり「じゃあ、海未ちゃんが座って、その上にことりが座るのは?」

海未「ここ公共機関なんで」

ことり「えっ、公共機関じゃなかったらことりに座られたいの? 海未ちゃん」

慌ててことりの口をてのひらで押さえつけた。

海未「ここ公共機関なんで!!」

ことりがモガモガとして、何かと思ったら口先から舌を出して、私のてのひらをぺろっと舐めた。

そのぬめっとしたあたたかさとやわらかさに驚いて、手をバッと離す。

海未「......ここ、公共機関なんで」

ことり「もう、それしか言えないの? 海未ちゃん」

ことりがムゥと頬を膨らませて、拗ねるのを黙って見ていた。

一息ついて、問いかける。

海未「寒くないですか、ことり」

ことり「うん、......大丈夫」

身体のほてりを、やたらと効きすぎている電車の中のクーラーの風の直撃が和らげてくれた。

都心から通り過ぎていくと、電車の中も空いてきて、私はクーラーが効きすぎていない席へ移動した後にことりの隣に腰を下ろした。

ことりを窓際に座らせた2人掛けのクロスシートの窓の外を、景色がゆっくりと流れ次第に速度を上げていった。

ことり「海未ちゃん」

ことりの呼びかけにことりの方を向くと、右腕にことりがぎゅーっと抱きついてきた。

海未「こ、ことりっ!? 公共機関だと、さっきから」

わたわたと、慌ててことりを自分から引き離そうとする私に、ことりは首をふるふると横に振ってヤンヤンする。

ことり「違うの、そうじゃなくって。クーラー、冷たかったよね?」

海未「あ......」

途端に身体に恥ずかしさが溢れかえる。

そういうものは、自然にさりげなく、気づかれないようにしないと駄目なのに。

こんなに冷えちゃって、とことりが私の背中をさする。

てのひらが熱いと感じるくらい、私はどうやら身体を冷やしていたみたいだ。

ことり「......ありがとね」

海未「ばれたら、格好悪いです、こんなの」

ことり「拗ねないでよ」

海未「す、拗ねてなんてないです!!」

ことり「本当かなぁ〜?」

ことりが人差し指で私の頬をぷにぷにとしてきた。

押すタイミングに合わせて口から空気をぷっ、ぷっ、と出すと、ことりがくすくすと笑う。

ことり「もうヤダァ〜、おならみたい〜!」

あら、ちょっとことり、雰囲気ぶち壊すような台詞はかないでくれませんかね?

海未「女の子がおならとか言わないでくださいよ」

ことり「まぁまぁ、ほら、海未ちゃんもっかい!」

どうやらツボにはまったらしいことりに付き合わされて3駅分、私は口からぷっ、ぷっと空気を漏らし、ことりに頬をぷにぷにされた。

ーーー
ーー


頬の辺りにくすぐったさを覚えて、ハッと目が覚めた。

身体の右側がずんぐりと重たい。

重たい瞼をこじあけて横を見ると、私にしがみつき、体重を預け、ことりが眠りについていた。

ことり「......すぅ......すぅ......んむぅ......」

あ、かわいい。

やっぱり、ことりの寝顔は最高です!

海未「じゃなくて!! い、いつの間にかに眠って......ここはどこでしょうか!?」

窓から差し込む光は角度が低くなり、その色もオレンジの色を増してきていた。

ちょうど停車駅に着いたらしく、都心では考えられないくらいいろんなものがむき出しで、本当に人が電車に乗るためだけに作られた駅のホームに電車がぬるぬると入っていった。

海未「この駅名......ということは、海まではあと2駅ですか」

目的の駅を通り過ぎたわけではないとわかると、安堵に深々と椅子に座りなおす。

クーラー元から遠ざかり少しだけ暑いと感じる席で寝ていたせいか、ことりは汗をかいていた。

ハンドタオルをとんとんと落とし、額に浮いた汗をぬぐってやると、くすぐったいのか、んむむ、とことりの口から声が漏れた。

ことり「ンミちゃー......」

海未「......」

寝言が私の名前だなんて。

海未「どこまでかわいいんですか、あなたは......」

この感動を誰かと分かち合いたい。

しかし、そんなことはできない。

分かち合うためには、ことりの寝顔を私以外の誰かに見せなくてはならない。

ことりの寝顔は私だけのものだ。

他の誰とも分かち合えないのならば、自分と分かち合えばいい。

未来の自分のため、現在の私はことりの寝顔写真に収めた。



十分な量の写真を撮り終え満足した私は、ことりを起こすことにした。

このまま気持ちよさそうにことりを寝かせておいてやりたいが、そうすると買った電車の切符料金を超えてしまう。

人は行ける場所にしか、行けない。

支払った金額に見合った行動範囲内で、どうにかこうにかやりくりするしかないのだ。

そう考えて、ことりの肩を揺すろうとした手がくうで、はた、と止まった。

私とことりはどこまで行けるだろうか。

ふたりでこれから誰かに支払うものの価値は、ふたりをこれからどこまで連れてってくれるだろうか。

私は自分が思う以上にヘタレで弱くて、おそらく世間知らずだ。

ことりは私が思う以上に芯があって、でも、身体があまり強くない。

ふたりで助け合いながら、荒波に飲まれて乗り越える美談は、穂乃果に借りた少女漫画にいくらでも転がっていた。

私はことりに好かれてる。

ことりも私に好かれてる。

だけど、それって世間ではどれくらい価値があるものなのだろう。

窓から差し込むオレンジ色の光が、ことりの顔を横切っていた。

その眩しさに、寝ていることりが、んうぅ、と顔を歪ませて声を出す。

私が起こさなくても、ことりはいずれその眩しさに目を覚ますのだろう。

揺れる電車に不意に、とんでもない音量でアナウンスが鳴り響く。

身体が思わず、びくり、と跳ねた。


ことり「うぇぇ......まぶしい......あちゅい......」

ガサガサとした雑音混じりでほとんど何を言っているのかわからないアナウンスの中でことりが起きた。

2,3度、ぱしぱし、と瞬きをして、ふぁぁと口を手で隠してあくびをする。

目覚めた瞬間からかわいいとか、流石、ことりです。

海未「起きましたか、ことり」

ことり「うーん。まだちょっと眠いけど、眩しくて」

ごしごし、と目をこすることりにペットボトルの飲み物を差し出す。

「ありがとー」といい、ことりはそれでこくっこくっ、と喉を潤した。

ことり「ごめんね、ことりまで寝ちゃってたみたいで」

海未「いえ、私も寝ててさっき起きたんです」

ことり「あー、うん。ていうか、海未ちゃんの方が先に寝たんだよ?」

海未「えっ、......そうなんですか?」

ことり「うん。静かにしてるなぁーって思ってたら、いきなり通路側にぐわんって倒れそうになったからびっくりしたよ」

海未「そ、それは恥ずかしい......。想像してもとても格好悪いですね」

ことり「うん、ちょっとカッコ悪かった」

え、フォローしてくれないの?

ことり「またそっちに倒れるといけないから、ぎゅーってことりが海未ちゃんにくっついてたんだけど、そしたらなんか気持ちよくなってことりも寝ちゃったみたい」

海未「なるほど、それでこんなにくっついて」

ことり「公共機関なのにねっ」

そう言って、えへへー、とことりが笑う。

ことりのこういうところ、卑怯すぎてたまに何も言い返せない。

ことり「今どこら辺? 降りる駅もしかして通り過ぎちゃった?」

ことりが窓の外を眺めながらたずねる。

普段使っていない電車の窓の外の風景なんて見ても地理なんてわからないだろうに。

海未「いえ、通り過ぎてませんよ。次の次の駅です」

ことり「そうなんだ、よかった。でも、通り過ぎてもそれはそれでよかったかな」

海未「そうですか? どうして?」

ことり「海未ちゃんとなら、どこに行っても楽しそうだもん」

電車が駅に止まって、プシューという音ともにドアが開く。

カナカナカナ、と何かの虫が鳴く音がして、降りる人はいても乗ってくる人はいなかった。

外から車内に入ってくる風に吊り広告がかすかに揺れて、ブーンとクーラーの機械の音が誰も会話をすることのない車内でその空間を埋める。

『扉が閉まります。ご注意ください』

と、女の人の声のアナウンスが響き、再びプシューと扉が閉まった。


電車が走り出すと、ことりは私に巻きつけていた腕を解き、何やらバッグの中をガサガサと漁った。

ことり「あと少しで海着くから、海未ちゃん、日焼け止め塗ろっか」

ヒョイと差し出してきたのは、ことり愛用の日焼け止め。

海未「え......。いいですよ、家を出る前に塗ったじゃないですか」

その小さい容器を見せられて、まるで紋所を水戸黄門に突きつけられたかのように、私はたじろぐ。

ことり「いいですよ、じゃないです! 日焼け止めはこまめに塗らないと効き目ないんだからねっ!」

ことりは私を咎めながら自身の手のひらにべぷっ、べぷっと数回白い液体を出した。

ことり「ほら、海未ちゃん、こっち向いて! 顔に塗ってあげるから!」

海未「え、いいですって!!」

ことり「ダーメー!」

海未「私が日焼け止めのベタベタしたの、苦手なの知ってるでしょう!?」

ことり「これそんなにベタベタしないやつだから! 大丈夫!」

海未「ううう......ことりの馬鹿......」

ことり「バカって言う方がバカなんだよ、海未ちゃん。 ほら、目つむって?」

私はおとなしく、しかたなく、ことりに日焼け止めを塗ってもらうことにした。

代わりにことりの顔に日焼け止めを塗ろうとしたら、「海未ちゃん雑だから、自分で塗る」と断られたのが、実は結構胸にキたのは内緒にしておく。

日焼け止め、塗る練習しておこう......。

ーーー
ーー


電車を降りると、都会とはまた違った暑さがムッと辺りに立ち込めていた。

風が隣を歩くことりの髪を揺らして、行く先からはほのかに磯の香りもした。


ことり「もう、海未ちゃん機嫌なおしてよぉ〜」

海未「別に機嫌悪くないですよ?」

ことり「うそだー、ちょっとムッってしてるじゃん」

海未「そんなことないです」

ことり「......はぁ。日焼け止め塗るくらいで機嫌悪くならないでよぉ」

海未「別にそんなことで機嫌悪くなんて......」

ことり「......やっぱり、機嫌悪かったんじゃん」

ことりがそう言って、不意に手を繋いでくる。

少しだけ汗ばんで、でも、弓道でカチカチになっている私の手とは違って柔らかいその感触に、思わず頬が緩んだ。

潰さないようにその柔らかさを握り返した。

ふふっと、ことりが笑う。

海未「何がおかしいんですか?」

ことり「未だに海未ちゃんの機嫌の悪くなるタイミング、ことり、よくわからないけど、でも」

海未「......でも」

ことり「そういう時でもことりが手を繋いだら、ちゃんと握り返してくれるから、楽」

海未「ら、ラクって......もう少し言い方......」

ことり「あと、耳もすぐに赤くなるから、楽」

耳を両手で覆って隠したくても、片手は荷物でふさがっていて、もう片方はことりと繋いでしまっていて、無理だった。

海未「あぁ、もう!! わかりやすくて、すみませんねっ!?」

声を荒げる私に、ことりは続ける。

ことり「海未ちゃんは恥ずかしがり屋さんだから、顔はすぐに赤くなるんだけどねー、でもね、耳まで赤くなるのはことりと色々してる時だけなんだー」

うっ、と喉元で呼吸がとまる。

横を見るとことりがにっこりとして、ほら、今も、と指を指す。

海未「......わかりやすくて、すみませんね......」

ことり「いえいえ、わかりやすくてとっても助かってますっ」

そうやって、ことりに茶化されながらも過ごす時間が私はなんだかんだで好きなのだろう。

長いかと思っていた海までの道のりも、ことりと歩いたら、あっという間に感じたのだから。

海にはまだチラホラ人がいて、それぞれに海の日を楽しんでいるらしかった。

ことり「海だー!」

ことりが海が見えるや否や走り出す。

グイッと、それにつられて私の身体が引っ張られてバランスが崩れる。

手を繋いでいたのだから、当然だ。

海未「うわっ、ちょっと、ことり!? いきなり走り出されたら危ないですよ!?」

ことり「えー、じゃあ、手はなすー」

ことりが私から手を離して、「うみー!!」と叫びながら走り出した。

えー、そんなそんな。

ちょっと私の扱い、海と比べて軽くないですか、ことり。

たまらずに追いかけた。

走っていると荷物が、がこんがこん、と左右に揺れ太ももに当たって痛いけど、今はそんなこと気にしていられなかった。

すぐに追いついて、ことりの手を掴む。

驚いた顔をすることりの横で

海未「う、海未は、私ですっ!!」

と、よくわからないことを叫んでしまった。

ことり「え、なにそれ、海未ちゃん、ヤキモチー?」

海未「そ、そんなんじゃないです!?」

柄にもなく、青春だと思った。

砂浜に持ってきたブルーシートを敷いて飛んでいかないように荷物を置いた。

ことりは早々にサンダルを脱ぎ捨てて、海に足まで浸かって1人でキャッキャしている。

海面から30度くらいの高さまで夕陽が近づいてきていて、辺りはもう夕暮れに染まっていた。

「海未ちゃーん」と呼ばれ、ことりの下まで駆け寄った。

海未「どうしました?」

ことり「早く海未ちゃんも入ろうよー! ことりだけ、こんなにはしゃいでたらなんだかイタい子じゃん!」

海未「イタいのかどうかはわからないですけど、かわいらしいですよ?」

ことり「そ、そういうの今いいから!!」

オレンジの中ででもわかるくらいことりの顔が赤くなる。

言わないけど、ことりだって、私といる時は結構、ラクなのだけど、本人にその自覚はあるのだろうか。

海未「海に来るとは言いましたけど、私、入るつもりは全く無くて」

ことり「えぇー、どうして海来たの!? 入ろうよぉー! ほら、サンダル脱いで!」

海未「実は私、昨日家で床に落ちていた米粒を踏みまして、足の裏に怪我を」

ことり「そういうわかりやすい嘘つくの得意だよね、海未ちゃん。ほら、入るよ!」

海未「あはは、こら、ことり、サンダルくらい自分で脱ぎますからっ」

ことり「はい、海未ちゃん、GO!!」

ことりは私から脱がしたサンダルを海に投げた。

しかし、そこは運動にあまり慣れていないことりのすることだ。

投げられたサンダルは3mもいかないところで海に落ち、数回の波乗りを経て、すぐさま砂浜にシャーっと打ち上げられた。

海未「......あー、なんていうか、ことりっぽくて良かったと思いますよ?」

足を通すとサンダルは海水で濡れてひやっとしていて、そして、へばりついた砂のざらついた感触が足の裏でこそばゆかった。

ことり「海未ちゃんフォロー、ホント、下手」

海未「ことりは投げるのがホント、下」

ピシャ

海未「......」

ことり「ふっふっふっ」

顔に冷たいものがかかったと思ったら、ことりが海水をかけてきた。

どうやってかけたんですか?と言いたいくらい結構な量がクリティカルヒットしたらしく、私の顔と上半身の大体がびしょ濡れになった。

海未「ちょっと......、着替えは持ってきてないんですが」

ことり「タオルあるから、大丈夫だよ」

海未「タオル......タオルを着て帰れと!?」

ことり「それぐらいすぐに乾くよっ。......おっと!!」

水を私が掬っているのに気がついたことりが一目散に走り出した。

海未「あっ!! こら、ちょっと待ってください、ことり!?」

ことり「やだよー! まったら水かけられちゃうもん!」

海未「そ、そうですけど!? あ、いや、別にかけませんけど!! 私がことりに水かけるわけないじゃないですかー!?」

ことり「どうかなぁー。海未ちゃん、たまに本気でわからない嘘つくから」

夕陽が今にも沈みそうな浜辺で、高校生2人が、海水をかけあおうと、駆け回ってる、こんな光景が見られるのは、海の日だけ。

ことり「あ、海未ちゃん! 危ないっ!!」

海未「えっ、何が、 ぶわっぷ!?」

またことりが掬って放った海水を見事に被ってしまった。

ことり「うわぁー。まさか、こんな手に引っかかるとは......海未ちゃん、ことりに弱すぎ」

海未「......なんとでも言ってください」

ビニールシートのところまで戻るとことりも駆け寄ってきた。

荷物から取り出したタオルを奪われる。

ことり「いいよ、座って。ことりがするから」

海未「え、そんな。拭くくらい自分でできますよ」

ことり「いいからいいから、ほら、そんな遠慮いまさらでしょ?」

ことりが私の前に膝をついたかと思うと渇いたタオルが頭からかけられて、優しい手つきでゴシゴシと髪を拭かれた。

ことり「かゆいところはありませんか〜?」

海未「......ノリノリですね」

ことり「ありませんか〜?」

海未「ありませんよ、力加減も大丈夫です」

ことり「そっか、良かった」

タオルが顔半分までかけられて、ことりの表情は見えない。

でも、声色から察するにことりは楽しそうでなによりだ。

閉じていた目を開けてみると、目の前にことりの胸があった。

どうせことりは拭くのに夢中だろうし、目線はタオルで隠れてバレないだろう。

しばらく、ことりにされるがままに髪を拭かれ、ぼぅーと目の前のワンピースとともに揺れる胸元を見ていた。

そろそろか、と思い、目線を下にズラしておく。

下は下で、ことりの太ももが立ちはだかっていて、なんだかなぁーという気持ちになる。

砂浜の砂を一握りして、砂の上で膝たちをしているせいで普段はあまり見ることのないことりの膝の裏に乗せてみた。

ことり「そういういたずらするー?」

海未「いやー、砂乗るのかな、と思いまして」

ことり「乗った?」

海未「乗りましたけど、細いからあまり量は乗りませんね」

3回、4回と砂を掴んではことりの膝の裏に乗せてみるものの、乗せるしりから砂は落ちていき、結局乗った量は1回目と変わらないように見えた。

上の方からタオル越しに「これくらいかな」という声がする。

服は仕方ないにしても髪はそんなに濡れていなかったのかもしれない。

ともあれ、つかの間の目の保養でした。

不意に視野が明るくなり、目線を上げると目の前、すぐ近くにことりの顔があって驚く。

ことりが少し恥ずかしそうに顔を赤らめて、ムッとした目線をこちらに向けている。

夕陽を背負い、逆光になっているせいか、写真に収めたいくらいとてもきれいだった。

海未「あの、何か怒ってます?」

ことり「タオルで隠れてるとはいえ、見過ぎじゃないですか、園田さん」

海未「......なんのことですかねぇ、南さん」

内心、心当たりがあるがゆえ、ギクギク園田さんです。

ことり「とぼける?」

海未「......いやぁ、なんのことなのかさっぱりなもので」

途端にぺしっと頭を叩かれた。

海未「あたっ」

ことり「目線、バレバレだったよ」

海未「あたっ」

叩かれていないのに心が痛くて思わず声が出た。

ことり「もう。海未ちゃんがなんだかんだで一番破廉恥だよねっ」

海未「は、破廉恥って、そんなこと! ことりの方がむしろベタベタ触ってくるじゃないですかっ」

ことり「ことりは他の人に見られても平気なレベルでやってるもん! 海未ちゃんのはなんていうか、人が見てないからやってる感があるから、やっぱり破廉恥だよ」

海未「うぐぐっ......」

何も言い返せずに、そこで私の負けが決定した。

一度黙ってしまい会話のスピードを下げてしまった者がこの先何を発言しようとも、それはすでに負け犬の遠吠えに他ならなかった。

ことり「......まったくもう。海未ちゃんは仕方ないなぁ」

ことりが呆れたように、だけどとても優しく笑って、私の両肩に両手をそれぞれ置いたかと思うと、ぐっとチカラを込めて立ち上がる。

ことりが立ち上がるのに合わせて膝の裏に乗せた砂の山がパラパラとあっけなくこぼれ落ちた。

「なんでこんなところに砂乗せるかなぁ」と言いながら、ことりは膝の裏に残った砂を払い落とし、私の隣に腰を下ろした。

ことりが私の前からいなくなると、ことりによって遮られていた夕陽の光が、真っ向から私へ降り注ぐ。

すでに夕陽は海面にその四分の一ほどを埋めていて、砂浜に座っている私たちの目線の高さくらいのその光源の明るさは目を眩ませるほどだ。


ことり「うわー、まぶしいよー。でも、きれい」

手で日陰を作ったことりが、手暗がりの下でそう呟く。

私は拳半分ほどことりにずりずりと近づいて、そのまま頭にかけていたタオルを半分ことりの頭に被せた。

海未「眩しいですか?」

ことり「ううん、大丈夫になった! ありがとー」

海未「日に焼けてはその、困りますから。夕陽で焼けるのかどうかは知りませんけど」

ことり「ことりの心は今海未ちゃんにキュンキュンしてるよ!」

海未「そ、そういう報告しなくていいですからっ!」

ことり「はい照れたー! ことりの勝ちー!」

海未「なんですか、そのルール。それよりほら、夕陽沈んじゃいますよ?」

いつの間にか夕陽は残り四分の一くらいにまで、その身を沈めていた。

ことり「あれ? さっきまで半分くらいあったような気がするんだけど」

海未「や、夕陽ってそんなに沈むところ見たことないんですが、沈むの速くないですかね?」

ことり「ね。速いよね? なんていうか、情緒なくない?」

海未「わびもさびもあったもんじゃないくらい速いですね!」

少女漫画で男女がキャハハウフフと夕陽をバックに浜辺で追いかけっこをする場面があったけど、あれは誇張なのだ、と思い至る。

ことり「あ、写真撮ってない」


海未「えっ、撮るならはやくとらないともう沈んじゃいますよ!?」

ことりがアワアワと荷物からカメラを探しているうちに夕陽はあっけなく沈んでしまった。




ことり「あ、沈んじゃった。しゃしん〜」

しょんぼりとした声をあげ、ことりがカメラを構えた手を下ろしたかと思ったら

ことり「代わりに海未ちゃん撮っとこ」

と、パシャシャシャシャとすごい速さで私は写真におさめられた。

拒否する暇もなかった。

海未「いきなり写真撮らないでください!」

ことり「やだ!」

力強く拒絶された。

海未「ううう、ことりが意地悪です」

ことり「元気だして、海未ちゃん」

海未「誰のせいですか、もう。というか ......夏の太陽って、落ち込んだ絵里なみにお家に帰りたがりなんですね」

ことり「今の明日絵里ちゃんに言っちゃダメだよ? 絵里ちゃん怒ってお家帰っちゃうから」

海未「落ち込んだり怒ったり、絵里は大変ですね」

ことり「多分ね、真夏のせいだよ」

海未「ワンツージャンプっ! って、歌わせないでください」

パシャシャシャシャ!!

海未「写真撮らないでください!!」

ことりが楽しそうで何よりだった。


夕陽がいなくなると、あたりが急に夜の気配をまとっていった。

海未「そろそろ帰りましょうか」

ことり「そこは『ウミチカおうちかえる!』なんじゃない?」

海未「じゃあ、ことりは『トリチカおうちかえる!』って感じですか?」

ことり「トリチカってなんかやだ」

海未「そんなこと言われても......。コトリチカって語呂悪いですもん」

むぅ、とことりがほっぺたを膨らませた。

人差し指でつつくと、ぷぅ〜とわざとらしく音を立ててことりが空気を漏らす。

しょうもなくて、ふたりでくすくすと笑った。

立ち上がって、お尻についた砂を払い落とすと、ビニールシートに舞い落ちた幾つかがパラパラと音を上げた。

ことり「服乾いた?」

海未「......完全ではないですけど、タオルを着て帰らなくてもいいみたいです」

ことり「よかった。海未ちゃんに風邪ひかれたら、ことり困っちゃうもん」

海未「......馬鹿は風邪ひかないって言いますから大丈夫ですよ」

ことり「あはは、ね、根に持たないでよ......」

海未「持ってませんよっ」

畳んだビニールシートを入れ終え、荷物を持って、ぷいっ、と砂浜を歩き出した。

数歩遅れて、ことりが「海未ちゃん待ってよ〜」とついてくる。

数秒後、あからさまに、私の手がことりの手に包まれた。

ことり「海未ちゃん、海未ちゃん」

海未「なんですか」

繋がれた手を、繋ぎ直して、隣にことりが並べるように歩く速度を落とす。

ことり「海楽しかったね!」

海未「まぁ、......そうですね」

ことり「来てよかったでしょ?」

海未「夕陽はさっさと沈んでしまいましたがね」

ことり「ふふっー、素直になりたくてなりきれない海未ちゃんのそういうところもことりは好きだよ!」

海未「はっ!? な、何を言ってるんですか!?」

ことり「えー、だって本当のことだもんー! こういうのは言いたいときに言っておかないとー」

な、なるほど、言いたいときに言って欲しいのですね、ことりは。

海未「えー、えっと、その、私も、ことりのことがとてもす」

ことり「あっ!! 電車着てるよ!? あれ乗らないと次の電車1時間後でしょ確か!!」

海未「......」

ことり「わー! 走らないと!! ほら、海未ちゃん、走ろう!!」

海未「......はい、そうですね」

グイッと引っ張られて、仕方なくことりの後を走った。

海未「いや、たしかにあの電車乗らないと1時間時間を潰すことになりますけど、でも、あのタイミングで会話を遮られるとか、そんなの少女漫画でもベタベタな展開であって、ましてあのタイミングで電車とかいうのは、なんていうか、もっと空気を読んでくださいよっていう話でして」

ことり「ちょっと海未ちゃんなにブツブツ言ってるのー!? 真面目に走ってよー!?」

海未「わかってますわかってます、そういう雰囲気を望んだ私が悪いんですよね、わかりますわかります。ああいうのは私よりももっとほらそういう青春キャラの方が織りなすストーリーであって、破廉恥キャラで通っている私なんかが演じられるものではないっていうか、そりゃ夕陽もさっさと沈みますよね、わかります」

ことり「海未ちゃーん!?」

『扉が閉まります。ご注意下さい』

というアナウンスが聞こえている電車にかろうじて飛び乗った。

プシューという音とともに後ろの方ですぐさま扉が閉まり、電車ががたん、ごとん、と速度を上げ始めた。

ことり「はぁ......はぁ......ま、間に合ってよかった......」

海未「ですねぇ......げほっ......あまり褒められた間に合い方ではなかったですが」

私たち以外に乗客がおらず、行きの電車よりはクーラーの効きが弱いその車両の中で、座るところは選び放題だった。

ことりは肩で息をしながら、ガラガラなロングシートの2列を避けて、クロスシートに私を引っ張って座らせた。

わざわざ2人掛けのクロスシートを選ぶあたり、ことりだなぁ、と思う。

ことり「はぁ......もう、海未ちゃん、ちゃんと走ってよ、電車乗れないところだったよ?」

海未「す、すみません......」

ことり「たまにああいうスイッチ入るの、海未ちゃんの悪いところなんだからね、反省してください」

めっ、と言いながらことりが軽くデコピンをしてくる。

全然痛くないはずなのに、「痛っ」と声をあげてしまうのはなぜだろう。


海未「だって、タイミングが......せっかく、言おうとしたのに」

ことり「でも、しょうがないでしょ? 電車来てたんだから。間に合わないと帰り遅くなっちゃうし」

海未「そ、そうですけど......」

痛くもないおでこをすりすりと撫でていると、自分の言っていることがとても子どものわがままじみていて、情けないことのように思えて恥ずかしさがこみ上げてきた。

ことり「で、海未ちゃんはなにを言おうとしてたの?」

海未「......えっ、それは、その」

ことり「なんて言おうとしたのー?」

海未「くっ......」

あなた、わかってるでしょ!?

とは言えずに、視線をことりから外して、窓の外を見た。

夜の中で家やお店の明かりらしきものや街頭がビュンビュンと左から右へ流れていく。

こうして当然のように通り過ぎていく一瞬一瞬にも、誰かの生活があり、それによって夜は光に溢れているのだ、と思うと何だか不思議な気持ちになった。

ことり「すぐそうやって逃げるー」

海未「にっ、逃げて、......ません」

ことり「あ、お母さんからメール着てた。ちょっと待っててね、海未ちゃん」

海未「......はい」

逃げているわけじゃない。

タイミングが悪いんです。

心の中でそう呟くけど、自分でもすぐわかるくらい、とても言い訳じみていて。

声には出さず、代わりにため息をついた。

窓にはメールの返事を打っていることりの姿が薄く映って見えていた。

なんて返事を打っているのだろう。

ことり「海未ちゃんと海に来てこれから帰るよーって打ってるんだよ」

海未「なるほど......って、なんで、私が思ったことわかるんですか!?」

ことりの方を急いで振り返る。

ことり「いやぁー、こっち見てる海未ちゃん、窓に写ってすっごく見えてるから」

ことりが指差す。

見る人は見られる人というやつか。

私がことりを見ていたとき、ことりもまた私を見ていたのだ。

海未「うわっ、恥ずかしい......」

顔がカァァと熱くなる。

ことり「海未ちゃん、ことりのこと本当、こっそり見過ぎだよー」

海未「こ、言葉にしないでください。さらに恥ずかしくなるというか、もう恥ずかしさを通り越して自己嫌悪に陥りそうなんで」

ことり「このままだと破廉恥というか、ストーカーって呼んじゃうよ?」

海未「ストーカー!?」

ことり「冗談だよ、冗談。そんな大声出さないで驚かないでよ」

海未「冗談でもストーカーは悲しすぎます......特にことりに言われると」

ことり「ごめんごめん」

ことりが苦笑いして、私の頭をポンポンと撫でた。

ことり「よしよし、ごめんね。海未ちゃんはストーカーじゃないもんねー。ことりの恋人さんだもんねー」

海未「うっ。ちょっと、ここ、公共機関なんで、そういうことは......」

ことり「大丈夫大丈夫、他にお客さん乗ってないから」

海未「たしかに人は乗ってないですけど......」

ことり「海未ちゃーん。疲れたー。ぎゅーしてー?」

海未「......あなた、たまに私との話の流れ結構無視しますよね」

ことり「うーん。海未ちゃんの話、真面目すぎてつまんない時あるからー。ことりなら別にもうそういうの付き合わなくていいかなぁーって。それよりぎゅーするのと、されるのどっちがいい?」

海未「うわぁぁあああん! つまんないですか!? 私真面目でつまんないんですか!? 一つの台詞に天国と地獄を詰め込まないでくださいっ!! 」

ことり「あー、落ち着いて海未ちゃん。ごめんね、口が滑ったよ」

海未「滑ったで済むなら警察はいらないんですよ!?」

ことり「えーっと、つまり、どっち?」

海未「ぎゅーされたいです!!」


ことり「わかったー! 後で交代ねー」

ことりが肘掛けを上にあげると私のすぐ隣に座り直した。

温もりがそれだけで感じられそうな位置の近さに今更ながらにどきりとする。

ことり「海未ちゃん、ばんざーいっ!」

海未「えっ?」

ことり「ほら、こうやって、ばんざーい!」

「その高さだと万歳というより降参の方が意味合いとして強いのでは?」と言いたくなったけど、また真面目でつまらないと言われるのは辛いから、おとなしく降参してみた。

ことりが両手を私の脇の下に入れてグイッと私を引き寄せて抱きしめる。

ことり「苦しくない?」

海未「......だ、大丈夫です」

ことり「海未ちゃんあったかーい」

海未「ことりもあったかいですよ。その、......お、落ち着きます。」

ことり「そう? なら、よかった」

ふふっと笑うと、服を通してその振動までが伝わってくる。

降参したままの手をどうしようか考えあぐねて、ことりの腰まで下ろして、抱き寄せた。

それだけで、グッと距離が近くなった気がした。

ことりもそう思ったのか

ことり「海未ちゃん、気がききますね」

だなんて言ってくる。

海未「苦しくないですか?」

ことり「嬉しくて胸が苦しいです」

海未「いや、そういうんじゃなくて」

ことり「耳赤いね」

海未「......ことりなので」

ことり「そっか、そっか、ことりだからかぁー」

私が抱き寄せ返す、だったそれだけのことでことりが嬉しそうに笑うのがたまらなく嬉しかった。

電車の中には行きの電車の中と同じ吊り広告が垂れていた。

内容は、某という芸能人とこれまた某とかいう芸能人のスクープ写真掲載! だったり、ついに離婚! 3年前から別居していた!だの、少女漫画では見ることのなさそうな物語のその後の結末だったりするものだ。

海の潮風にあたったり、何かと走ったせいで疲れた身体にことりのあたたかさがゆっくりと眠気を誘う。気がつけばことりの寝息が聞こえていた。

海に行こうとはしゃいだり走ったり私を破廉恥だの真面目でつまらないだの罵ったり。

今日のことりはとにかく元気だったからさぞかし疲れたのだろう。

私はことりを起こさないようにことりに腕枕をしつつ、自分も眠りにつけるような体制を整えた。

うとうとしている頭でボンヤリと思う。

もし、これから先、ことりと離れるようなことがあったらどうしよう。

周りに、ことりと一緒にいられるための対価を支払えずに、ことりといることができなくなったらどうしよう。

ことりが今日、私にしきりに日焼け止めを塗っていたのが、日焼けによって私と海に行ったことを誰かに知られたくないためだったら、どうしよう。

全て私の杞憂で、あるはずもないことなのかもしれない。

心配性な私の杞憂であるなら、それでいい。

ことりがそんな私の情けない姿を見て「海未ちゃんはまたー」とくすくすと笑ってくれるなら、それでいい。

「ことり」

と、呼びかける。

返事はなくて、代わりに寝息が聞こえてくるだけだ。

ことりがちゃんと寝てくれていることを確認してから、私は軽く触れるだけのキスをして、たまらず、重力に逆らい続けた瞼を閉じて、数駅分眠ることにした。

ーーー
ーー


身体が何かによってとてつもなく左右に揺さぶられていることに気がついた。

海未「ふぇ......?」

ことり「ぷくくっ! 『ふぇっ』って、『ふぇっ』って、寝ぼけてる海未ちゃんかわいいなぁー、もぉー!」

海未「なんでしか、......これ」

人の気配がザワザワとして、『っだーしゃーりぁー』と全くなにを言っているのかわからないアナウンスの後、プシュァアアアアアっとけたたましくドアが閉まった。

海未「こちょり......ここ......どこ......?」

ことり「『こちょり』!? えっー!? 寝ぼけてる海未ちゃんってこんなに可愛いのー? やーん!もう、やだぁー」

状況説明を一切してくれないことりがバシバシと私の肩を叩く。

痛いです。

私は必死に意識を覚醒させた。

海未「あー、そうでした......海に行って帰りで......寝たんでしたね......あたたた、シートで寝たせいか身体が痛いです」

あたりを見回すと、秋葉原まではあと数駅と行ったところか。

流石に住んでいる街は、窓の外を流れる景色の雰囲気だけで地理がわかる。

隣では「今度から寝ぼけてる海未ちゃん見るために起こしてみようかな、いや、でも、今回は運が良かっただけで、いつもなら多分海未ちゃん暴れちゃうから......でも、舌足らずにうにゅうにゅ喋る海未ちゃんかわいかったぁ〜」などと、やけに私が恥ずかしくなるようなことをブツブツと呟くことりの姿が。

私もアレだけど、ことりもたまにアレだと思う。

言わないけど。

ことり「海未ちゃん起きなかったらどうしようかと思っちゃったから、結構強くガシガシ揺すっちゃったんだけど大丈夫だった?」

海未「えぇ、大丈夫ですよ。むしろ、起こしていただいてありがとうございます。結構、自分でも驚くくらいグッスリ寝てしまってたみたいですから」

ことり「良かったー! 手加減がわからないし秋葉原近くまで来たのに海未ちゃん全然起きてくれないから、揺すってたら海未ちゃん窓にゴンゴン頭ぶつかってて」

海未「......えっ? そう言われると心なしか頭が痛いような」

左側の頭を撫でる。

たんこぶは......できてないみたいだ。

ことり「まあ、海未ちゃん起きなかったら、そのままやっぱり乗り越して、海未ちゃんが起きてからどっかのホテルでも泊まればいいかなって思っちゃったけどね」

海未「えっ......」

ことりはなんてことのないように、私ではなく吊り広告を見ていた。

ことりの耳が赤らんでいたのを見逃さなかったのは、きっと、私がことりのことが大好きだからだ。

海未「......あの、それってつまりそういう」

そこで再びなにを言っているのかわからないアナウンスが鳴り響き、最寄り駅への到着を告げる。

海未「......」

今日はタイミングに縁がないみたいだ。

ことり「あ、降りる駅だよ? 海未ちゃん。降りる準備しよー?」

海未「......はい。あの、......降りる準備といいますか、その、ことり」

ガサガサと財布の中ポケットから2人分の切符を取り出して、扉付近に移動しながら言う。

ことり「んー、なにー?」

ぬるぬるとホームに電車は入っていく。

屋根があり、こんな時間まで人が溢れかえっているその駅の雰囲気に、少し懐かしさを感じ、勇気みたいなものをもらえるのは、やっぱり、ここが私の地元だからだろうか。

誰にも聞こえないようにことりだけに聞こえるように、ことりの耳元に口を寄せた。

海未「私、あなたのこと、大好きですから」

電車が決められた位置で止まり、数秒後にプシューと扉が開いた。

横を見られずに、駅に降り立つ。
ふと気配が感じられず、振り向くとまだことりは電車の中にいた。

海未「えっ、ことり!? 降りないと!!」

ことりの手を掴んで、グイッとホームに引きずり下ろす。

ガタンゴトンと電車が去っていく。
降りた人たちは出口に向かって歩き出す。

その波に逆らってホームで私とことりはいまさらながら向き合って、私はぼーっと立ち尽くすことりの様子をうかがうことしかできていなかった。

海未「あの、ことり? どうしました? 帰りましょう?」

ことり「海未ちゃん、ズルい」

海未「はい!? 」

真面目でつまらないストーカーの後はズルいときたか。

海未「ズルいって、その、どうして......?」

ことり「あんな降りるタイミングで、ああいうこと言ってくるのズルい!! 」

立ってても仕方ないから、ことりの腕を引いて歩き出す。

ことりはずりずりと、まるで散歩が嫌いな犬のように、拒みながらも歩を前に進める。

歩けるなら自分で歩いてくれないだろうか、と思ってしまう私はダメな奴だろうか。

海未「そんなこと言われましても......、私、今日はとことんタイミングが悪くて悔しい想いをしたので、ことりにも味あわせてやろうと」

ことり「えぇー!? そんなことのためにあのタイミングでああいうこと言うの!? 海未ちゃん性格わるーっ!!」

興奮したのか、ことりが歩く速度を速めて私の隣まで来た。

「海未ちゃん性格わるーっ!!」を私の耳元で叫びたかったのだろう。

海未「や、冗談です! 冗談です!! 本気にしないでください!!」

ことり「この状況で冗談言う海未ちゃんの心がことりは心配です!」

私に散々破廉恥だのストーカーだの、海未ちゃんの話は無視してもいいかなー?とか言ってきた人がなにを......。

海未「いや、まぁ、その、本心だから、いいじゃないですか。機嫌なおしてくださいよ」

腕を掴むのをやめて、手を握ると、少しムッとした後に繋ぎ返してきてくれた。

改札口を出て、お互いになにも言わず、駅から近いことりの家の方へと歩き出す。

ことり「海未ちゃん、いつも言ってくれないのに。久しぶりに言ってくれたかと思ったらあんなタイミングなんだもん。......なんかやだ」

海未「なんか、やだって言われると、私も辛いんですが」

ことり「じゃあ、もっかいいってよ......やり直し」

海未「ものにはタイミングと風情と趣きというものがありまして......」

ことり「......理屈っぽいってか、言い訳っぽいぃー」

海未「それはえーっと、自覚してます、すみません」

ことり「海未ちゃんのばか......」

馬鹿って言う方が馬鹿なんですよって言い返すのをやめるくらいの学習能力くらいは私にもあるつもりだ。


ことりの家の近くまで来ると流石に人が少なくなってきた。

海未「はぁ......」

この辺りまでくると、もうそこの角を曲がってまっすぐ突き当たりまで行けばことりの家だ。

こんな空気のまま、「じゃあ、ちゃんと送ったのでおうち帰りますねー」をしようものなら、数週間は口を聞いてくれなくなるだろう。

海未「あの、ことり」

そこまで言って、息をのんだ。

ことり「ぐすっ......海未ちゃんの......ばかっ......はれんち......」

ええー、泣いてるときまで破廉恥いいますかぁ!

海未「あの、その、私が悪かったですから、泣き止んでください、ねっ?」

袖で拭おうにも半袖だから、長さが足りない。

わたわたとTシャツのウエスト辺りの布を引っ張ってことりの泪を拭う。

ことり「ばかぁー......うぇぇえぇえん」

おわぁー、本泣きです!

慌てて、ことりを引っ張ってことりの家やご近所さんの視界に入らないような位置で立ち止まった。

海未「ごめんなさい。ことり。私が悪かったです。破廉恥で結構です、本当にごめんなさい」

ことり「ぐすっぐすっ......悪かったと思ってる?」

海未「はい、悪かったと心から思ってます」

ことり「海未ちゃんの冗談やだ。......海未ちゃん、真面目だから本当か冗談なのか、わかんないもん」

海未「うっ、す、すみません。真面目でつまらなくてすみません。......今後はもうふざけた冗談言いませんから」

ことり「ことり......これでも不安なんだからね?」

海未「不安......ですか......」

ことりの顔を位置まで届くTシャツの部位は泪で濡れ尽くした。

仕方ないから、指でことりの泪を優しく拭う。

ポロポロと涙が指を伝うたび、熱い雫で指が濡れていく。

ことり「海未ちゃん好きとか言ってくれないから、ことりだけが海未ちゃんのこと好きなのかなとか、思っちゃう」

海未「ほら、......泣き止みましょう? 目が腫れちゃいますよ?」

ことり「わがまま言っても、海未ちゃんなんだかんだでちゃんと応えてくれるからどんどん甘えちゃって。こんなことり嫌われたらどうしようとか、思う」

海未「いや、そんなこと......ないですから、ね? 大丈夫ですから......」

ことり「日焼け止めだって、ことりと同じ日に同じように焼けてて茶化されたら嫌なのかなぁとか思ったら、一生懸命塗っちゃって。ごめんね? 海未ちゃん、日焼け止め嫌いなのに......」

海未「......そんなことないですよ。なんなら今度から一緒に焼きましょうよ。 日焼けサロンですっけ? 真姫とか詳しそうじゃないですから。すっごい偏見ですけど。いや、偏見すぎますよね、真姫ごめんなさい、本当すみません、真姫」

ことりが泣いてるのに、私はその姿をみて、泣きながら吐露する想いを聞いて、なぜ真姫に謝ってるんだろうとは少し思いつつ

......正直なところ、とても嬉しかった。

私の悩み、やっぱり杞憂だったんだなぁと、胸がいっぱいになる思いだった。

ニヤニヤしそうになるのを堪えつつ、ことりの頭をなでなでした。

ことり「海未ちゃん、優しいから、ことりのこと好きじゃなくても優しくしてくれてるのかなぁとか思って、すっごい不安」

海未「いやー、そんなことないですから、ことり、自信持ってくださいよ」

ことり「じゃあ、自信持たせてよぉ......ぐすっ」

海未「え、......自信?」

ことり「うん、自信......」

海未「......えっと、......えっ?」

海未「えっと...えっと...私は......ことりが好きです」

ことり「......もっと」

海未「ことりが、ことりのことが大好きです」

ことりが距離を詰めて、私のTシャツの胸あたりをギュと握りしめる。

海未「あの? ことり......? 自信持てました?」

ことり「ごめん、......海未ちゃん」

海未「......え、ごめんっていうのは」


ことり「ことり、もう言葉じゃ、足りない......です」

海未「......」

な、なるほど。

今日1日ずっと、タイミングが悪かったのってもしかして、人知れず徳を貯める修行でもしてたのでしょうか、私。

ことりがゆっくりと目を閉じて、私からのキスを待っていた。

私は心の中で

「ごめんなさい、ことり、キス、実は2回目なんです」

と土下座しながら、私たちの初めての合意キスを終えました。

ことりを送って家へと走りながら、お母様への言い訳メールを打っていると、ことりからメールが届いた。

立ち止まって、確認する。

添付された写真を見て「ふふっ」と思わず、笑ってしまった。

写真は、私の寝顔だった。

海未「やってること、私たち、だんだん似てきてませんかね?」

数日したら、夏休みだ。

ことしは例年より私の家にことりが入り浸る回数が増えるだろう。

夜はきっと、私の家の縁側も涼しい風が通って、ことりがバテることはないはずだ。

風鈴もつけて、風に涼しさも付け加えたい。

蚊にくわれやすいことりのために、蚊取り線香を今年は多めに買っておかなければな、とも思う。

海未「返事は、海また行きましょうね、でいいですかね。あぁ、あとそれとこれも忘れずにしないと」

ことりに自分が撮ったことりの寝顔の写真を送り返し、今頃ことりはどんな風に笑ってくれているのかなと、思いながら再び家へと走り出した。

おわり

5月24日(日)
キャサリン・ダラー CP1枚排出,CP孫悟空1枚排出
5月24日(日)
黒沢凛 CP1枚排出,CPタゴマ1枚排出
5月27日(水)
ミサキ・レオーニ CP1枚排出,CPウイス1枚排出
8月09日(日)
紅林珠璃 CP1枚排出,CP孫悟空:GT1枚排出

5月24日(日)
初音ミク SR1枚排出 .. SRメカフリーザ1枚排出
5月24日(日)
春日アラタ SR1枚排出 .. SRクウラ1枚排出
5月24日(日)
雲母あいり SR1枚排出 .. SRメタルクウラ1枚排出
5月24日(日)
セシリー・フェアチャイルド SR1枚排出 .. SRシサミ1枚排出
5月30日(土)
セシリー・フェアチャイルド SR2枚排出 .. SRバータック1枚排出 .. SRシサミ1枚排出
5月30日(土)
初音ミク SR1枚排出 .. SRメカフリーザ1枚排出
5月30日(土)
シーナ・カノン SR1枚排出 .. SRシサミ1枚排出
6月11日(木)
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GDM2弾
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5月24日(日)
黒沢凛 CP1枚排出,CPタゴマ1枚排出
5月27日(水)
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