北条加蓮「シンデレラ前夜」 (20)

私がアイドルか。神様に感謝しなきゃいけないのかな。

少し昔の事を思い出す。





校庭で鬼ごっこをしている。

私が鬼だ。皆が逃げていく。

「いーち、にー、さーん、しー…」

十秒数えて私は周りを見渡す。

逃げていくみんなの背中が見える。

私は駆けだす。私の足は元気よく前に進む。

あと少し、あと少しであの子に追いつける。

精一杯右手を伸ばす。あと少し!右手を振りかぶる。

でもその右手は虚しく空を切る。


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力強く進んでいた足は泥のように崩れ、
それまでスムーズだった呼吸が苦しくなる。

私は必死に右手を伸ばす。でもどこにも届かない。

いつの間にか私はのど元まで校庭に沈んでしまっている。

やがて口も鼻も沈んでいく。いくらもがいても何にも掴まれずに沈んでいく。

息が出来ない。泣いても誰も助けてくれない。誰も私に気付いてくれない。

何で私だけ…

そうして私は目を覚ます。

鼻を突く消毒液の匂いが一瞬で私を現実の、病院の一室に引き戻す。

咳が止まらない。悪夢の原因はこれのせいだろう。

何で私だけこんなに辛い思いをしなきゃいけないんだろう。

神様がいるとしたらとても不公平だ。

白い天井、消毒液の匂いで満たされた部屋、隣のベッドから聞こえてくるすすり泣き。

私の日常はこの小さくて偏った病院の一室だけ。

神様はみんなに平等じゃないの?なんで私だけが辛い思いをしなきゃいけないの?

こんな小さい世界で私は生きていかなきゃいけないの?

どんなに問いただしても答えは返ってこない。
あるのは繋がれた点滴のチューブだけ。

そんな私を支えてくれるものがあった。私の世界を広げてくれるものがあった。

小さい備え付けのテレビ。

バラエティーもアニメも、映画もドラマも、移り変わる光景に私は心奪われる。

私の出来ないことや行けない場所、知らなかった世界がそこにはある。

そして何より私の心を掴んで離さなかったのは、アイドルだった。

他の何よりもキラキラ輝いて、時に泣き、時に笑い、そして何よりも真剣な眼差しに、私は釘づけだった。

あんな風に可愛く歌えて、楽しそうに踊れたらどれだけ楽しいだろうか。

私にとってアイドルは生きていくための活力だった。

「お母さん!私大きくなったらアイドルになる!」

お母さんはその言葉を聞いてどう思ったのだろう。

強く抱きしめられ、ごめんねと頭を撫でられる。

激しい運動も、日常生活も辛いぐらい病弱だった娘が、
テレビに映るアイドルに憧れて口にした言葉を、お母さんには受け止められなかったのだろう。

ごめんねと涙を流しながら私を抱きしめ続けていた。

そんな風に泣くお母さんを見て、私には出来ないことが沢山あるんだと気づかされた。

元気に走れない、踊れもしない、普通に生活するのがやっとなんだって。

色んな人が私に可哀想だと声をかけてくれる。

あれも出来ない。これも出来ない。無理をさせてはいけない。

私は小さいころから「無理」と言う言葉を積み重ねていくしかない。

自分の夢も理想も、その言葉で埋め尽くして見えないようにするしかない。

そうしなければきっと耐えられなかったから。

「無理」その言葉で抑え込まなければ、私は私の夢をを諦めることが出来なかったから。

でも、こうやって生きていられるだけで幸運だと考えれば、少しは気が楽にもなる。

夢は捨てて、現実だけを見て生きていかなければいけない。

私はそういう体で生まれて、そうやって生きていくしかないんだから。

小さいころから少し達観していた部分はあった。

捻くれている訳じゃないけど、出来ないことばかりだし、
無理なんだと割り切る性格がそうさせてしまっているんだと思う。

今生きることに精いっぱいだったし、それ以上を高望みするのは贅沢なこと。

夢も理想もずっと奥にしまいこんで、今はそれがどんな色だったのかも忘れてしまった。

今はどこを見てもアイドルだらけで、病室のテレビから見た姿がそこかしこにあるのに、ちっとも心は躍らない。

あれは出来る人たちがやっていて、普通の人じゃない、選ばれた人たちなんだって。

私はただ思うだけの人で、何にも出来ない、憧れているだけの普通の人だ。

「加蓮聞いた!?」

「なにー?」

「同じ中学だった渋谷凛って子覚えてる!?」

「いたねー。スラーッとして髪の長い子でしょ?」

「そう!それでね!」

「?」

「その渋谷凛がアイドルデビューしたんだって!!」

「へっ?」

「同じ高校に行っている友達に聞いたら、何かスカウトされたらしいよー」

彼女の話はあまり頭に入ってこなかった。

渋谷凛、知っているぐらいの子だった。

特に目立った噂は聞かなかったけれど、少し大人びていて、静かな子だった印象ぐらいだ。

そんな彼女がアイドル?

胸がざわつく。本当に小さなさざ波が、私の中の何かを動かしている気がする。

それでも、きっと違う。私は彼女と違う。違うんだ。

久しぶりに音楽情報を漁ってみる。

『渋谷凛』

そのワードを探してみる。少し話題になっていたみたい。

346プロのシンデレラプロジェクトメンバーで、この前の346プロのライブで、城ヶ崎美嘉のバックダンサーの一人として参加。

ニュージェネレーションズというユニットを組んでいるらしい。

多分、彼女は何でもない子だったと思う。

見たことはあるし、同じ中学にいて、特に目立ったところもなくて、変なオーラとかもなくて、ただそれだけで…。

正直、羨ましいと思った。
何で私じゃないんだろうって、胸がむかむかした。

でも、私には無理なんだって。出来ない人間なんだって。
そうやってこの胸の不快感を消化しなければ。

でも、そうやって思おうとすればするほど、私の中の何かが暴れだそうとする。

駄目なんだって。そんな風に思っちゃ。

そんな風に夢に憧れて生きていくには、あまりにも多くの「無理」という言葉を心に被せてきた。
重ねてきた言葉が私の思いを深く、暗い底へ押しやろうとする。

無理なんだよ、と。

春が終わりを迎え、夏の暑さを迎える少し前、
ミントの花が咲き始めて、その葉の匂いに心落ち着かせる。



シンデレラ。



私は魔法使いが来てもシンデレラのようにはなれないだろう。

健康になった今も、お城から目を背け、逃げていく方法を知らない私が、魔法使いに出会えるわけがない。




それに、こんな目つきの悪い大男が魔法使いだとは思いもしない。

「アイドルに興味はありませんか?」

低く響く声よりも、その大男から発せられた言葉の内容に、胸がざわめきたつ。

「アンタがアタシをアイドルにしてくれるの?」

咄嗟に出た言葉は、いつも考えている否定の言葉ではなかった。

「貴女がそれを望み、立ち向かっていく勇気があるのなら」

その言葉が、私の心に重ねた「無理」という言葉をそぎ落としていく。

「でもアタシ特訓とか練習とか下積みとか努力とか気合いとか根性とか、
なんかそーゆーキャラじゃないんだよね。体力ないし。それでもいい?」

そんな言葉が出てしまう。積み重ねてきた言葉が私を止めさせようとしている。

無理なんだと、駄目なんだと言ってほしかったのかもしれない。

「一緒に頑張っていきましょう。最初は小さな一歩でも、
その一歩を積み重ねていけば、それがいつか形になります」

一歩ずつ。私に出来るだろうか。

私は一歩目を踏み出すことが「無理」だと思って今まで生きてきたから。

「…少し考えさせて」

「はい」

そういって大男は名刺を渡してくる。



346プロ
シンデレラプロジェクトプロデューサー



これは運命なのだろうか。

神様は少しだけ私にいい思いをさせてくれようと、
辛い思いや、苦しい思いをした日々から救ってくれようとしているのだろうか。

別に、誰かに救ってもらいたかったわけじゃない。

でも、この大男は、沈んでいく私の手を取って、救い出してくれるのかもしれない。


「無理」という言葉で守ってきた弱虫な私の夢が、光を浴びて色づいていく、そんな気がした。

私がアイドル。


昔、目を背けて見ないようにしていた夢が、小さいころに思い描いていた夢が叶った。


キラキラ輝いて、誰かの生きる目標にだってなれるアイドルに、私がなったんだ。








だから私は、夢中になれる何かを探していただけの、渋谷凛というアイドルを認めない。

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