ドラ「のび太くんが」のび「ドラえもんが」ドラのび「「消えた!!?」」 (48)

※時空間に関してあれやこれや考察がありますが、独自設定が混じってますので、それはご容赦ください。
 あと以前に途中までは投稿した過去があります、今回は完成させます、すみません。






 2112年9月3日

 猫型ロボット:ドラえもんの製造年月日である。

 これはそれより97年も前の話。





 野比のび太は小学四年生、夏休みの宿題をひーこら泣きながら、ドラえもんに手伝ってもらいつつ、なんとか間に合わせて先生の怒鳴り声を聞かずに済んだのが一昨日の話である。
 のび太は忘れっぽい。だから疲れや恨みなどもすぐ忘れる。昨日もスネ夫に夏休みの海外旅行を自慢され、ジャイアンに特に理由なく殴られ、しずかちゃんはのび太より出木杉と遊ぶことを選び、腹がたって石を蹴ったら野良犬に当たって追いかけ回されたことも、眠ってしまえば大概忘れてしまう。おかげで進歩がない。
 でも、今日という日はのび太でも忘れなかった。先生の教科書の朗読の声も上の空に、のび太は今日を想う。


 ――ドラえもんの、誕生日。


 のび太にとって、ドラえもんは家族で、頼れる保護者で、おっちょこちょいで肝心な時に役に立たない、大事な大事な親友だ。
 だから、ドラえもんがロボットであろうと、今日はドラえもんの誕生日なのだ。
 プレゼントは決まっている。高級ドラ焼きだ。ドラえもんは甘すぎるドラ焼きは邪道だの、なかなか味にこだわっている。その中で、前にお中元でもらった有名なお菓子屋さんのドラ焼きを最高だ最高だと褒めていた。だからその、有名なお菓子屋さんのドラ焼きをたくさん買ってきてあげようと、のび太はポケットの中になけなしの小遣いの入った貯金箱を割って出てきた小銭全部を入れて、帰りに買おうと決めていた。

(ドラえもん、喜ぶだろうな)

 大好きなドラ焼きをむしゃむしゃと頬張り、涙を流しがらありがとうありがとうと喜ぶドラえもんの顔が、今から浮かんでニヤニヤしてしまう。
 結果。
 当然のように先生に見咎められ、叱られ、廊下に立たされた。







「お兄ちゃん!」

 部屋で漫画を読んでいるドラえもんに、呼びかける声がした。だけど姿がない。

「ドラミ?」

 ガダガタと引き出しが勝手に動いている。こんなに建て付けが悪かっただろうか。
 ぐぅっと、力いっぱい開けようとするが、引き出しは開かない。
 引き出しは、開かない。

「おにい……ちゃ……」

 ザザッと、声にノイズが走った。

「ドラミ!? どうしたんだ!?」

「ザ……ザ……はなザザザし……あザザザザと……」

 ガタガタガタガタガタガタガタガタ!

「逃げて!」

 ガタガタ……ガタ。

 それきり、引き出しは沈黙した。

「ド、ドラミ?」

 引き出しを引っ張ってみる。今度はなんなく開いた。だけど。
 それは超空間やタイムマシンなどなにもない、ただの引き出しでしかなかった。



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「ふふふふふ~ん♪」

 いつも運がないだの間抜けだののろまだのと言われるのび太だが、今日は放課後になった瞬間にさっとランドセルをとってジャイアンや野良犬から逃げるのと同じぐらい早く素早く学校を出た。
 いつもこうなら、体育の成績はもう少し上がるだろうに、本人はまったくやる気がない。

「あら、のび太さん」

「あ、しずかちゃん!」

 珍しく急いでいるのび太が気になったのか、しずかが呼び止めた。

「どうしたの? 急いじゃって」

「うん。今日は、ドラえもんの誕生日なんだ!」

「あ、そっか。ドラちゃんの誕生日だったわね。そうだ、今日帰ったらケーキを焼いて、のび太さん家に行くわ! いいかしら?」

「もちろんだよ! ボクはドラ焼きをたっくさん買って、ドラえもんにプレゼントするんだ!」

 自分のことのように嬉しそうに話すのび太に、しずかの顔も自然と綻んだ。

「少し時間がかかっちゃうかもしれないけど……」

「しずかちゃんが手作りしてくれるんなら、なんだっていいよ! ドラえもん、何でも食べちゃうからさ!」

「まあ。うふふ、じゃあむしろ、パーティにしない? 私の家でよければ」

「え? いいの!?」

「勿論!」

「そうだね……そっちの方が喜ぶよね!」

「武さんやスネ夫さんも呼ばないと」

 う、と一瞬固まったのび太だったが、ドラえもんのバースデーパーティーで意地悪されるようなことはないだろうと思い直し、

「わかった、メンバーは多い方がいいもんね! ボク、誘ってくる!」

 そう言って、のび太は校庭から校舎へと引き返した。

 そして、校舎に入る少し手前で、

 のび太の姿が掻き消えた。

「………!?」

 しずかは今、見た光景が理解できずにいた。

(消えた、わよね。今)

 ただ、今までドラえもんの不思議な道具を散々見てきたしずかは、当然のように『何か不思議なことが起こった』ことを理解した。

(ドラちゃんに言わなきゃ!)

 これも当然の帰結として、しずかはのび太の家に急いだ。


 シン、となった机の前で、ドラえもんは立ち尽くしていた。

(逃げろ、って……?)

 だが今優先して考えないといけないのは、タイムマシンが、ひいては亜空間に繋がる入口が理由もわからずに消えてなくなったことだ。
 時間、空間に関するあらゆる道具を取り出し、点検する。

「あ、え、え、え、え、えええええええええ!!?」

 全滅だった。タイムテレビなど時空間の情報を受信するタイプの道具はかろうじて、過去は見ることは出来たが、未来は全く見えなくなっていた。
 どこでもドアのように時間が直接関係していないタイプの道具もダメだった。時間、空間において、何らかのノイズが発生している。
 それも大規模なノイズが、おそらくここより未来のどこかで。

(……時空乱流?)

 真っ先に思い付いた可能性だったが、しかしそれならば空間のみに作用するどこでもドアまで壊れる理屈にならない。亜空間と今ここにいる空間は直接関係がないからだ。
 四次元ポケットの機能が生きているのは幸いだった。四次元ポケットは四次元空間に繋げる道具だが、このノイズはこの空間から四次元を行き来する分には関係ないらしかった。出入り口が極めて限定的だからか、それともほかの理由があるのか、それはよくわからない。

(……ドラミは逃げて、と言ってたけど)

 移動系の道具が全滅しているのだから逃げようがなかった。さらに言うなら、逃げてとは、一体何から逃げるのだろう?

「ドラちゃーん!」

「ん? しずかちゃん!?」

 ずいぶん焦った声に聞こえた。慌てて玄関まで転がるように(というか転がって落ちた)走り、扉を開ける。

「どうしたの!?」

「のび太さんが消えちゃったの!!」

「きき、消えたぁ!?」

 どうしようどうしようどうしようどうしようどうしよう……!

「ドラちゃん! 落ち着いて! ねえ、一体何があったの!?」

「え、えっと、ボクも良くわからないんだ」

「わからない?」

「うん。実は……」

 ドラミからの連絡、それから亜空間に関する道具が使えなくなっていることを説明したドラえもんは、自分も説明することで落ち着きを取り戻したようで、「こうしちゃいられない」とタケコプターを取り出した。

「しずかちゃん、のび太君が消えたのはどこ!?」

「学校の玄関よ!」

 そして二人はタケコプターで一直線に、学校まで飛んで行った。




 ――――――――
 ――――――
 ――――


 何も感じない。寒くも暑くもない。
 あえて言うなら、耳を手で閉じた時に聞こえる轟々という音が聞こえているような気がする。水の中でさらに泡の中に閉じ込められたような、曖昧さで世界を遮断したような感覚。
 視界は白かった。どっちが上でどっちが下で、自分はどこにいるんだろう?

 そう、野比のび太は、思考とすら言えない揺らめきの中で、夢の中のようにふわりふわりと存在が拡散していくのを感じていた。


「ここだね?」

「ええ」

 ドラえもんはしずかに再度確認する。下校途中の生徒たちが訝しげにこちらを見ているが、気にしてはいられなかった。
 四次元ポケットから測定器を取り出し、数値を図っていく。

「やっぱり……時空の揺らぎがある……」

「時空の揺らぎ?」

「前に、時空乱流で突然人が行方不明になった話をしたこと、覚えてるかい?」

 しずかは頷いた。
 世界中で起きている、突如人が忽然と消えてしまう神隠しの現象。古今東西で起きているその現象の数パーセントは、時空乱流に巻き込まれ、過去や未来に飛ばされてしまうことで起きている。

「のび太さんも、時空乱流に巻き込まれたの?」

「わからない。でもだとしたら大変だぞ……!」

「ククルさんは、七万年の時間を移動したのよね……のび太さんも?」

「わからない。ククルは運良く出口がこの時間に繋がったけど、ほとんどの場合は永久に亜空間を彷徨うことになる」

「そんな……! 早く助けに行かないと!!」

「無理なんだよ!!」

 ドラえもんは泣きながら時間や空間に関する道具が使えなくなっていることを、しずかに説明する。
 事態を理解し、しずかも顔が真っ青になっていった。

「そんな……!?」

「うわああああん!! のび太くーん!! バカでドジでのろまで運が悪いのは知っていたけど本当に運が悪すぎるよぉぉぉ!!」

 泣き叫んで衆目を集めてしまっていたドラえもんだったが、ピタ、と動作が止まった。

「待てよ……? 運の問題なのかな?」

「ドラちゃん?」

「…………」

 ドラえもんは考え込んでしまった。しずかは声をかけるにかけられずにいる。

「おーい、何やってんだ?」

「あ、武さん! スネ夫さんも!」

 ジャイアンとスネ夫が駆け寄ってくる。学校の玄関にドラえもんがいるという滅多にない状況に加え、ドラえもんが難しい顔で考え込んでいるのを見て、『何かよくわからないけどとりあえず大変なことが起こったらしい』というのは雰囲気で分かったようだった。

「のび太はどうしたんだよ?」

「それが……」

 しずかが断片的に説明をしている間にも、ドラえもんは考え込んでいる。

「……というわけなの。詳しいことはまだ全然わからないんだけど」

「そ、それって大変じゃねぇのか!?」

「ったく、なんでいつもいつもあいつはワケわかんないことに巻き込まれるんだよ!」

「みんな! ボク達の家に来てくれ!」

 突然、ドラえもんが声を張り上げ、ジャイアンとスネ夫にも当然のようにタケコプターが渡された。

 飛び立ったドラえもんを追いかけるように、三人はタケコプターのスイッチを押した。


「………?」

 のび太が目を覚ました時、壁や天井全体がほんのりと光る不思議な部屋の中のベッドに眠っていた。窓はなく、家具もベッドぐらいしかない。唯一ある扉に向かって立ち上がろうとした時、

『目を覚ましましたか?』

 突然、どこからか声が聞こえてきた。水のように澄んだ、女性の声だった。

『すぐに向かいますね。少しお待ちください』

 本当にすぐに来た。
 銀髪に紫の瞳という、アニメやゲームのキャラクターのような整った顔立ちの女性だった。年齢は16,7歳ぐらいのように見える。

「お身体は大丈夫ですか?」

「えっと。ここ、どこですか?」

 状況の把握がついていかず、名乗ったりするよりもまず一番の疑問が口を突いて出た。
 女性は答える。

「ここは亜空間内に建設された基地です。亜空間というのは、普段あなたたちが住んでいる世界の次元と位相のずれた……そうですね、本の中のページがずれた世界と理解してください。亜空間を移動することによって、過去や未来に行くことも可能です」

 ただ、欲しい答えとは若干ずれていた。タイムマシンを使った冒険を何度も経験しているのび太にとって、今更亜空間の説明は必要なかった。
 しかし、女性が誠実に答えようとしていることはわかった。微笑みも優しく、悪い人ではないんだろうとのび太は楽観的に考える。

「えっと、あなたはだれなんですか?」

「この基地を拠点としてある活動を行っている者です。その中には、時空乱流……時の乱れですね、そういったものに巻き込まれた人の救助活動もあります」

「うーんと、えっと。つまり、タイムパトロールの人なんですか?」

「…………」 

 微笑はそのままに、女性は固まった。何かまずいことを言ったのかなとのび太は考えるが、よくわからない。

「あなたは21世紀の初め頃の人ではないのですか? 持ち物からそう判断させていただいたのですが」

「あ、はい。ボクはそうなんですけど。あ、あの持ち物は」

「すみません、危険物がないか検めさせていただきました。後ほど返却いたしますので」

 女性は後ろを向き、そのまま部屋を出ようとする。のび太は慌てて呼び止めた。

「す、すみません! あの、ボクは? あと、お姉さんの名前は?」

 女性は一瞬の間を置いた後、後者の質問のみに答える。

「私はA。アルファベットのAです。呼びにくければアルトとお呼びください」

 そう言って、アルトはのび太を振り返ることなく出て行った。



「……申し訳ありません。身元の確認を本人からとしたのが失敗でした」

 アルトはサブリーダーに向かって頭を下げる。

「キミは何も失敗していないし、謝るようなこともしていないよ」

 サブリーダーは柔らかい声でアルトの謝罪を流す。それでもアルトは黙って頭を下げていた。

「しかし、野比のび太君だったか。そういえば、キミは日本語は話せても、文字の読み書きは出来ないんだったね」

「地球の日本語は得意でなくて……」

「それだけ話せたら十分だよ。今は翻訳こんにゃくで言語学者は寂しい思いをしているからね。コミュニケーションとしては素晴らしい発明だが、相手の文化を知るにはやはりまず初めに言語を学ぶべきだよ」

 そこでサブリーダーの言葉が止まった。彼の話が脱線するのはよくあることで、だからアルトは黙る。

「そうだね。相手を知るためにはまず自分を紹介しないといけないか。ボク達は野比のび太君やドラえもんというロボットに危害を加えたいわけではないからね」

 サブリーダーは立ち上がる。

「野比のび太君に会いに行こう。彼にとっては時の裂け目にハマってしまったのは、何も理解できずに事態が終わるよりはずっといい事だったかもしれない」

 アルトも当然、サブリーダーについていく。
  

    ЖЖЖ


 ドラえもんはタイムテレビで何とか過去の映像を探ろうとしていた。学校の玄関に場所を設定し、時間設定を弄っていく。だが普段ではあり得ないほどにノイズが多く、殆ど受信できていないに等しかった。

「ダメだ。やっぱりこのあたりは時空の揺らぎが強すぎて、タイムテレビで確認することもできない」

 三人は不安げにドラえもんを見る。

「のび太は結局、どこに行ったんだ?」

 ジャイアンは先ほどから置いてきぼりを食らっていたので、作業が中断したのを見計らって真っ先に質問した。

「多分、時の裂け目に嵌ってしまったんだと思う」

「鮭の目? なんだよそれ」

「ジャイアン、裂け目。シャケの目じゃないよ」

「んなことわかってるっつーの!!」

 スネ夫の横やりをゲンコツで黙らせた後で、また質問が繰り返される。

「なんか、しずかちゃんはククルの時みたいなことがのび太に起こったって言ってたぞ」

「似ているけど、少し違う。時空乱流が原因じゃないんだ」

「というと?」

 スネ夫が問い返す。ジャイアンは頭を悩ませていた。



「時の裂け目っていうのはね、亜空間に干渉した時に起きるものなんだ」

 ドラえもんは時間に関する知識を丁寧に説明していく。

「時空乱流は、歴史が大きく変わりそうな時に起こる。起こる現象は似ているけど、根本的な原因は違うんだよ」

「それがどうしたんだ?」

「時空乱流は自然に発生する場合もある。これは未来の世界でもメカニズムはよくわかっていない。けどね、時の裂け目は必ず人災なんだよ」

「人災?」

「うん。……亜空間で何かが起きているんだ」

「何かって……」

 しずかが心配そうに机の引き出しの方を見る。引き出しは相変わらず沈黙したままだ。

「亜空間に大規模な干渉を起こすと、時々亜空間への裂け目が出来てしまうんだ」

「大規模な干渉?」

「例えば、建物を建築したりね」

「建物を建築?」

「あまりないよ。キミたちも、タイムマシンで亜空間を移動しているときに、タイムマシンとすれ違ったことはあっても建物を見たことはないでしょ?」

「ああ、確かに」

 三人は納得した。確かに見たことはない。

「亜空間に建物を作るっていうのは、こちらの世界にほとんど影響を及ぼしたりはしないことなんだ」

「のび太が思いっきりやられてるじゃねーか!」

「相当な例外だよ。やっぱりのび太は運が悪いんだけどね。でも」

「でも?」

「亜空間で人が住み続ける環境を作るのってね、すごくコストがかかるんだ。そんなことをするのはタイムパトロールか、組織的な時空犯罪者ぐらいだ」

「組織的な、時空犯罪者……」

「うん。多分、ドラミも、そいつらから逃げてって言いたかったんだと思う。けどね」

 ドラえもんはゆっくり息を吸い、吐いた。目を閉じると、決心は固まっていく。

「ボクはのび太くんを助けに行くよ」

「あったりまえよぉ!」

「わたしも、もちろん手伝うわ!」

「あ、あのボク……」

「ああ!? またお前は塾がとかママがとか言うんじゃねぇだろうな!?」

「わわわ、わかったよ! けどさ!」

 スネ夫は涙目になりながら、それでも現実的に問題を上げていく。

「どうやって助けに行くの? のび太はどこにいるんだよ」

「…………」

 誰も答えは持っていなかった。


「やあ。僕はこの組織のサブリーダーをしている者だ」

 のび太は青年と対面していた。
 20代ぐらいに見える。
 しかしそれ以上に見覚えがある。

「……出木杉くん!?」

「やっぱり覚えていてくれたんだね。嬉しいよ」

 サブリーダーと名乗り、青年になった出木杉と出会い、ようやくホッとした。
 知っている人間がいる。それだけで、人は安心できる。

「出木杉くんも、タイムマシンを知ったんだね」

「小学生の時、一度乗せてもらったね。あの体験がなければ、ボクはきっと、今の人生を生きていないと思うんだ」

「……のび太くん」

 出木杉君は、真剣な目で、少年ののび太を見ていた。

「今の、大人のキミと会ってみないかい?」

「え……会うのはいいけど」

「何度か見たことのあるのは、きっと静香くんを嫁にして、子供が生まれて、家族の大黒柱になったのび太くんだろう?」

 出木杉は厳しい目をしたままだった。

「ここにいるのび太くんは、そうじゃない未来を歩んでしまったんだ。それは子供のキミにはショックかもしれないけど、でも……のび太くんの親友として、ボクはキミたち二人は出会うべきだとも思う」

「……ボクに、何が、あったの?」

 当然の質問に、出木杉は――

「…………」

 頭脳明晰な出木杉が、何も答えようとはしなかった。

「目を閉じて、このままの世界に返すことも出来る」

「何も知らないまま、ドラえもんの道具で、夢のような時間を過ごしていけばいい」

「それでもいいんだ。ボクはそれでよかったと、のび太くんにも言ったんだよ」

 だんだんと、当事者以外の事情が混ざって、部外者である子供ののび太には伝わらなくなってくる。

 だけど、わかってきたこともある。

 未来のボクに、問題が起きている。
 
 今は部外者だから、何も知らないから、何もわからないまま、置いてきぼりにされている。

 多分、ボクはいらない。子供の力なんて大したことはなくて、ボクがいなくてもきっと何とかなるんだ。

 だけどボクはここにいる。ここにいるなら、問題の前にいるなら……問題に向かわなくちゃ。

 先生も、ママも、ドラえもんも、みんながみんな言ってたこと。

 宿題は、先に片付けるものだって、みんなが言ってた。



「うーん、うーん」

 可能性を信じてぽいぽいと道具を四次元ポケットから取り出していくが、やはり時空に関する道具は殆ど使い物にならない。

「やっぱり駄目だ、使える道具はない」

「ない、じゃねーよ! のび太があぶねぇんだぞ!?」

「タケシさん、落ち着いて。ドラちゃんも一生懸命なんだから」

「あのさ、ちょっといい?」

 スネ夫がおずおずと手を挙げて問いかけてきた。スネ夫は機械を扱うことに関しては、かなり柔軟性を持っている。何かアイデアがあるのだろうか。

「えっとさ、今のネットでもそうだけどさ、ネットにアクセスできなくてダウンロードできなくても、自動でアップデートしてたりするじゃない」

「全然意味わかんねぇぞ説明しやがれ」

「えっと、要するに……時空乱流か時の裂け目が起きるまえに、そういう自動的更新してたりした中に、例えば情報がなかったりしないかってこと。ニュースサイトとかは今の時代でも当たり前にメール送られてくるじゃんか」

 ネットやパソコンに詳しくないジャイアンや静香はまだ意味がよくわかっていなかったが、それ以上にドラえもんが興味を示したことの方が重要だとすぐに悟り、それ以上の茶々は入れない。

「『タイムニュース』♪」

「これは今スネ夫くんが言ったように、今言った時代のネット配信されるニュースと殆ど変わらない」

「違うのは、どの時代にいても関係なく、起点とする時間に起きたニュースをちゃんと配信するってこと。この場合、未来のニュースも送られてくるということ。時空の裂け目が起きる前に起きたニュースは、ここに保存されているんだ」

 端末はタブレット型だが、現代のタブレットよりも入る情報量が膨大らしい。最大容量は、

「ゼタバイト!?」

 驚いているのはスネ夫だけだった。

「まあ、未来は音楽や動画だけでなく、立体映像や時間の概念も送ったりするからね。それぐらいの容量がいるんだ」

「それってすごいの?」

「今の時代の、地球にあるデジタルの総情報量が0.7ゼタバイトじゃなかったかな」

「……すごいの?」

「キロとかテラとかは単位なんだよ。1キロは1000、1メガは1000000、みたいに単位が変わっていく。メガの上がギガ、ギガの上がテラ、ペタ、エクサと続いて、ゼタって単位があるんだ」

 算用数字のみで表すと『1000000000000000000000』となる。

「で、この端末には全部埋まってるわけじゃないから、六割ぐらいかな、二十二世紀最初の年を基準に、過去も未来も百年単位のニュースが入ってる。自動更新は時空の裂け目が出来た時から止まってるけど、それまでは普通に動いていた筈だよ」

「さっき、今わたしたちの時代のネットの総情報量がそれぐらいって……」

 パソコンなどに詳しいわけではない静香などはあまりにも情報が多すぎて調べられるのかと不安になってしまうが、

「立体映像のファイルが大きかったりするだけで、ニュースそのものの情報量は新聞とかと変わらないよ。同じことを言っていても、文字だけの情報はファイルが小さいし、動画は大きい。それと一緒だよ」

 ジャイアンは苦手だろうが、タブレットの中のファイルを洗って何か情報がないか、それを調べるしかとりあえず今出来ることはなさそうに思えた。
 同じ型のタブレットを取り出し、リンクを繋げ、全部のタブレットでファイルを閲覧できるようにすると、

「キーワードは『時空乱流』『時空の裂け目』『2015年』あたりでいいのか?」

「うん。みんなはパソコンで調べるのと同じようにやってくれたらいい。ボクは最近活動を起こした『時空犯罪者』がいないか、とにかく調べてみるよ。このあたりは未来の情勢を知ってるボクじゃないと難しいだろうから」

「そうね。とにかく、わたしたちには情報が足りないんですもの、やってみるしかないわ」


 のび太は予感を抱えていた。
 あの頭脳明晰で運動神経も抜群な出木杉くんが、副リーダーをしている組織。
 そんな組織のリーダーは誰だろうか、というと……

「子供のころの僕とこうして会うと、なんだか不思議だね。毎回思ってたけど」

 大人の僕は、今までに出会ったどのボクでもない、諦めから来る優しさをその呑気な顔に浮かべていた。

「ここ、何? 説明してほしいよ」

「そうだね。最初からだとちょっと説明は長くなるけど、いいかい?」

 うん、と答えると、大人の僕は目を閉じて、言葉を選んでいる。

「ドラえもんと初めて会った時のこと、覚えているかい?」

「忘れるわけがないよ」

 いきなり机の引き出しから出てきて、餅だけ食べてその時はそのまま帰った。そのすぐ後に、孫の孫であるセワシと一緒に、改めてやってきて、このままだとジャイ子と結婚するんだけど、その未来を変える為にドラえもんがやってきたんだ。

「その時、僕はある質問をしたんだけど、覚えてる?」

「えっと……」

 過去を変えて、静香ちゃんと結婚したら、セワシは生まれなくなるんじゃないか、みたいなことを聞いた気がする。

「そうそう。セワシくんは乗り物で例えていたね。でももうちょっと違う例え方をするね」

 大人のび太は3Dホログラフを起動する。川の流れに小さな小舟がたくさん浮かんでいる。

「この川が、時の流れ。この舟一つ一つが、僕達の……意識、命、時の中で生きている者だと思ってほしい」

 小舟は川の流れに沿ってゆらゆらと浮かんでいる。一つの小舟が、やがて分かれ目にさしかかろうとする。そこがアップになり、ホログラフはいったん止まった。

「この舟は、どっちに行くと思う?」

「ん、こっちかな」

「どうして?」

「こっちの方が川が大きいから、なんとなく」

 大人のび太は頷くと、ホログラムを再開させる。のび太の言った通り、舟は大きな川の流れにそのまま流され、支流に流れることはなかった。

「時の流れってのは一つじゃないんだ。小さな支流がいくつもある。でもほとんどは、大きな本流に乗ったままなんだ」

「うん。ううん?」

 正直頭がショートしそうだった。ただ、大事な話なのは伝わってくるから、寝るわけにもいかない。

「ギガゾンビを覚えてる? ギガゾンビはね、この小さな支流を本流に変えようとしたんだ」

 小さな人形が川の流れをせき止め、無理矢理に新しい支流を作り、そこにたくさんの船を流し込もうとしていた。

「だからタイムパトロールは歴史改変の恐れがあるとして、ギガゾンビを逮捕したんだ」

 本流と無理矢理に作られた支流がぶつかり合い、渦を巻いている。その中に舟が一艘巻き込まれた。

「この渦が時空乱流、この舟がククルだよ。覚えているだろ?」

「忘れるわけがないよ」

 どんなに忘れんぼでも、友達のことは忘れない。絶対に。

「で、ドラえもんもさ、過去を変えようとしてたじゃない。僕らを良くすることで。でもそれは逮捕されない。不思議に思ったことはない?」

「んー、言われてみれば」

 ドラえもんはそんな悪いことするわけないけど、確かに言われてみると違いが良くわからないかもしれない。


「どうしてかっていうとね、ドラえもんが来たことでのの影響ってのが」

 ホログラムの川に、小石が落ちて、僅かに波紋が広がっていく。舟が僅かに揺らいだ。

「この程度なんだ。本流には無視していいぐらいのレベルでしか影響がない。だからこれは歴史改変に当たらないんだ」

「そうなの?」

「ドラえもんはね、ドジでそそっかしくて間抜けだけど、そこはちゃんとしてたんだよ」

 容赦のない物言いに、やっぱり僕はボクなんだなあと変に納得した。

「未来の道具なら、僕をもっと楽にすぐに天才にすることだって出来たはずなんだけど、なんだかんだで僕自身が努力するようにしていただろう?」

 そしてなんだかんだで助けてくれたけど、と大人ののび太は笑った。

「ドラえもんが来たことの影響はね、来なかったとしても、僕が努力していたら手に入れられる程度のものでしかなかったんだ。それだけなんだよ」

 自嘲という言葉を、のび太は知らない。だから、のび太にとって今の大人ののび太はとても寂しそうな笑い方をしていて、それがなんだか、とても苦しかった。

「静香ちゃんと結婚しても、ジャイ子ちゃんと結婚しても、どういう結果になっても、小舟が一艘ちょこまか動くだけなら、時間には何も関係ないんだ」

「ねえ、昔のボク」

 大人のび太は、そんな寂しそうな笑い方をしたまま。

「ひとりで、頑張れないかな?」

 そんな、意味の分からないことを、言ってきた。


    †††


「あったあ!」

 ドラえもんが叫ぶと、三人が一気に駆け寄る。

「手掛かりがあったの!?」

「うん、タイムパトロールから、タイムトラベラー……この場合はボクだね、それに向けた注意喚起の文章だ。全然読んでなかった」

「早く読めよ!」

「えーっと、『時空テロ組織、時空間原理主義集団Aについて』」

「なんだ、そのAとかって」

 スネ夫が代表して訊くと、ドラえもんも困ったように、

「ボクも詳しくは知らないんだけど……タイムパトロールも良くわかってないから。でも時空間原理主義ってのは聞いたことがある。簡単に言うと、未来人が過去に干渉するのは一切やめようっていう人たちのことだよ」

「それって、ドラちゃんも入るの?」

「この人たちは観光だけの時間旅行とかも一切許さないって聞いたことがある」

「なんでダメなんだ?」

「ギガゾンビみたいに、歴史を変える恐れがあるから……だったと思う」

「ドラえもん一人で?」

「バタフライエフェクトって言葉があるんだ。日本で蝶が羽ばたいたら、ニューヨークで嵐が起きるっていう話」

「蝶の羽ばたきみたいに些細な風でも、様々に入り組んだ要因で、遠い遠い場所で嵐を起こすかもしれない。何がキッカケになるかわからない、だから時間はあるがままにしておくべきだ、っていう意見だよ」

「ウラシマ効果ってやつ?」

「タイムパラドックスとかもそうだよ。だからそういう意味では、一理あるんだ」

「でも、未来ではドラちゃんみたいな人がいっぱいいるんでしょう?」

「うん、未来ではね、そんな危ないことが起こりそうになったら、探知する機械があるんだ。そういう時は必ず時空乱流が発生しているからね。時空乱流が発生しない限り、時の流れはそのまま流れる」

「時の流れって、みんなが思ってるよりずっと大きくて、強いんだよ」

「だから、ボク達未来人は、ちょっとだけ過去に寄り道が出来るんだ」


「でもそれは、本流だけしか見てないからなんだ」

 大人ののび太は、寂しそうに笑う。

「僕も出木杉くんもね、今のキミから見るなら、支流にいた人間なんだ」

「ドラえもんの未来では、時間軸は一本だけだと思っているけど、本当は細かい支流がいくつも生まれては消えてるんだ」

「僕達の世界は、時空はね。本流だと全然平気な小さな波で、全部洗い流されたんだ」

 ホログラムには、のび太の家が、世界が、地球が、宇宙が、様々ないのちと共に滅び、無になっていく様子が映し出される。

「パパもママも、静香ちゃんも、……みんな、全部、世界の全てが」

 のび太は、あまりに理不尽な話に、泣いていた。嘘だとすら思った。

「ドラえもんを未来に返せば、過去に干渉する未来人を全部元に戻せば、僕達の世界は元通りになるかもしれない」

「パパやママや静香ちゃんに、もう一度会えるかもしれない」

「世界が元に戻るかもしれない」

「僕達はそれを信じて、未来人が過去に干渉すること全てを止めようって運動をしているんだ」

「ねえ、ボク……」




「ドラえもんのこと、忘れてくれないかな」




「いやだああ!!」

 のび太は泣き叫ぶ。

「ドラえもんが世界を滅ぼしたなんて嘘だ嘘だ嘘だ! ドラえもんが帰らなくても、きっとみんなの世界は元に戻せるよ!!」

「だから、そんなこと言わないでよ!! どうしてそんなこと言うんだよ!!」

 ぽかぽかと、小さな拳で大人ののび太の胸板を殴る。大人ののび太はあの寂しそうな笑い方をしたまま、動かない。

「のび太くん」

 出木杉が、いつの間にか後ろに立っていた。

「ドラえもんが来たことで行われた改変の事実は、本流に投げ込まれた波紋は、消せない。だけど、最小限にすることは出来る」

「キミたちみんなが、ドラえもんのことを忘れればいい。それだけでいいんだ」

「ドラえもんがいなくても、キミは望む未来にたどり着く力を持っているんだよ」

「嫌だ、嫌だ!! ドラえもんとは絶対別れない!!」

「絶対別れないから!! ねえ、ドラえもんに話そうよ!! ドラえもんならなんとか」

「出来なかったよ」

 大人ののび太は、やっぱりさびしそうなままで。

「ドラえもんは、僕達の世界では、生まれる前に、時の流れにのみ込まれたんだ」

「だから、僕達のドラえもんは、もういない」

「僕と出木杉君は、滅びた時、この亜空間にいた。だからドラえもんの思い出も、みんなとの冒険も、覚えてる」

「せめて、生まれてきてほしいんだ。僕達の世界でも」

「僕はね、ドラえもんも、取り戻したいんだよ」

「~~~~~~」

 のび太は全部理不尽に聞こえてしまう。

 ここに来たのはついさっきの筈なのに、ずいぶん時間が経っているように感じる。

 ポケットの中から、たくさんの小銭が、ちゃりんちゃりんと鳴く。

 ドラえもんのバースデープレゼントは、まだ買えていない。


 もう遅いからいったん帰ろうと、ドラえもんはそう三人に切り出すと、案の定ジャイアンが怒って、だけど家族が心配するからとなだめて、ようやく帰っていった。

 時空間に関する道具はやっぱり使えないままだったし、ドラミとも連絡が取れない。今できることは何もなかった。

 ママがぷんすか怒っていたので道具を使って一時的にのび太がいないという事実を忘れてもらう。パパにも同じことをした。

 のび太のいない部屋で一人、ドラえもんは座っている。

(ボクが帰った時も、こんな感じだったのかな)

 一度、のび太と、この時間とお別れしたことがあった。あの時とは違ってのび太は何処かに行ったままで、ここが帰る場所なんだとわかっていても、でも“本来いるはずのない人がいない”という寂しさは、きっと同じものだと思う。

「どこ行ったんだよ、のび太くん」

 思わず愚痴をこぼして、だけど答える人は誰もいなくて、ロボットの癖に涙が出てきて、だけど肝心のポケットからは何も役に立つ道具が出てこない。

「道具がないと、ホント、ボクはポンコツ中古ロボットだなあ」


『――そんなことないよ』


「!?」

 机の引き出しから確かに、声が聞こえた。

「のび太くん!? おおい、いるならいると返事しろ!」

 引き出しに向かって、ありったけの声をかける。

 すると、ゆっくりと引き出しが、がたん、と一回揺れて。

 誰も引っ張っていないのに、引き出しが開いて。

「ごめん、僕はそっちにいけないんだ。ドラえもんから来――」

 声が終わる前に、飛び込んだ。




 うわああああああああああああああああ!!

 わあああああああああああ

 あああああ……




 ドスン!


「痛つつつ!」

「ドラえもん! まだ受け入れる準備も出来ないのに無理するなよ!!」

「あれ?」

 声は確かに面影あるが、ここにいるのは知っているのび太の姿ではなく、

「ごめん、僕は野比のび太だけど、ドラえもんの知ってるのび太じゃないんだ。別の世界の、未来ののび太なんだよ」

「あ、え? えっと」

「あー、床に穴開けちゃって。ホント、ドラえもんはドジで間抜けだ」

「のび太くんに言われたくないよ!!」

 反射的に返すけど、知っているのび太と違って、目の前ののび太は嬉しそうに笑うだけだった。



「そっちの時間軸のボクが紛れ込んじゃってね。すぐに返したかったんだけど、いろいろ難しいこともあって」

 ボリボリと頭を掻く姿は、やっぱりのび太だった。

「怪我でもしたの?」

「そうじゃないんだけど、説明すると長くなるんだ。止めておくことも出来るけど、でもドラえもんには聞いてほしい」

 そして子供ののび太にされた説明が繰り返される。ドラえもんはのび太よりは冷静だった。

「キミたちは何の活動をしてるの? 人を傷つけてるの?」

「ドラえもん、僕がそんなことをすると思う?」

「しない、けど、タイムパトロールはそう思ってる……」

 なにせ、時空テロ組織とまで言われているのだ。

「組織ってほどじゃないよ。ここにいるのは僕と出木杉くん。あと僕達のほかにも滅んだ支流で辛うじて助かった人たちを救助したりしてそのまま僕達のメンバーになったり。でもそれも二十人ほどかな」

「あと、アルトちゃん。出木杉くんが発明したロボットだよ。可愛いでしょ」

 アルト、と呼ばれた銀髪の女の子がぺこりと頭を下げる。ドラえもんよりも表情が乏しく、いかにもコンピューター的だが、それでも身の回りを助けるロボットとしては十分優秀なのは、同じロボットだからわかった。

「僕達の活動は、時空乱流に巻き込まれたり滅んだ時間でも辛うじて生き延びた人を救出すること。あと、タイムトラベラーのタイムマシンにクラッキングをかけて、本来の時間に帰らせること」

「それは……時空航法違反だよね」

 現代で例えるなら、車の運転を無理矢理に止めてUターンさせるようなものだ。

「でも、傷付けたり、人の命を奪うようなことはしてないよ」

 それだけは信じて、とのび太の目が訴えてくる。

 どんな時代でどんな場所にいようと、のび太がそんなことするわけない。だからドラえもんは、のび太を信じた。

「ボク達の時間でも、時空の支流っていうのは仮説としてはあるんだ。発見されてはいないけどね」

「そうなんだ。じつはさ、このあたりは出木杉くんの発想なんだ」

「だろうね。のび太くんがそんなこと思いつきっこない」

 壁に向かって胡坐をかいて無言を決め込んでしまった。

「ごめんごめん。でも、のび太くんがリーダーか」

「タイムパトロールにはそんなふうに思われていたんだね。確かに、何回か追いかけられて生きている支流に逃げたりしたことはあったけど」

「それが原因じゃないかなあ」

「でも、やめるつもりはないよ。ドラえもんと会えなくても、僕達の世界でもドラえもんは生まれてほしいから」

 真剣な、大人びた表情に、やっぱりこののび太はいろいろ選んできた大人ののび太なんだと、ドラえもんは思った。

「こっちの、ボクたちののび太くんは?」

「寝てる。疲れちゃって。ショック受けたみたい。仕方ないよね。僕ならショック受けるもん」

「そりゃ同じのび太だからね」

「…………」

「…………」

「キミは、ボクに未来に帰ってほしいの?」

「ボクがやってきてからの、ボクとの全部思い出、失くしていいの?」

「そうしたら、キミの世界は、元に戻るの?」

「わからない」

 ドラえもんの切実な問いに、のび太は真摯に答える。



「時の支流は、ちょっとしたことで簡単に滅びるんだ。この活動を始めてから、たくさん見てきたよ」

「出木杉くんが言ってた。タイムトラベルが禁止になって、過去への干渉が全部なくなったとしても、滅んだ支流が元通りになることは、殆どないんだって」

「でももしかしたら、て。帰る場所、なくなっちゃったし、ちょっとでも可能性があるなら、って」

「でもそれには、子供の僕の記憶をね、失くさなきゃいけないよって言われたんだ」

「全部なかったことにしないといけないって、そうしないと可能性がもっと低くなっちゃうからって」

「その時は、それでもいいと思ったんだ」

「でも、ドラえもんともう一度会ったら」

 眼鏡の奥から、涙が溢れた。

「やっぱり、忘れたくないよ……」

 膝を抱えて、涙を隠す姿は、子供の時のままで。

 だからドラえもんは、それ以上何も言えない。


    ††


「出木杉くん」

「ドラえもんか。久しぶりだね」

「会わせてくれて、ありがとね」

「礼を言われることじゃないよ。本当にね」

「僕は殴られたって、仕方がないんだ」

「キミたちは記憶を消すこと、出来るの?」

「……のび太君から聞いたんだね。本当を言うとね、僕はキミたちは、忘れる必要なんてないんじゃないかって思う」

「でも、そうするとね。他の滅びた時間の人たちが、僕達を許さないだろうなと思うんだ」

「そっか。そうだね。ここにいるのは、のび太くんや出木杉くんだけじゃなくて、何人もいるんだもんね」

「ボクを恨んでいる人も、いるのかな」

「……そもそも話をしてないから、ドラえもんのことを知らないよ」

「支流を元に戻す話も、仮説でしかない。ただ、それしか可能性がないから、僕達はそうするってだけで」

「のび太くんはずいぶん悩んだし、悲しんでた。だから僕はみんなには内緒にしとこうって言ったんだ」

「もっと大規模なタイムトラベルはたくさんあって、それを直して様子を見てからでもいいんじゃないかって」

「でも、リーダーだから、そんな我儘出来ないよって」

「……そっかあ」

「のび太くんは、大人になったんだね」

「そうだね。本当に、僕なんかより、ずっと立派になったと思う」

「でも、でもね。一番悲しんでるんだよ」

「僕には、アルトがいたからね」

「うん。わかってる」

「のび太くんは、ボクだけを取り戻したいんじゃ、ないだろうから」

「だから、出木杉くん」

「二人ののび太くんが気付かないうちに、記憶を消してくれないかな」

「いいの?」

「うん。ボクは……どうしようかな」

「未来に送るよ。ドラミちゃんやセワシ君だっけ、その子たちも2015年近辺のドラえもんの記憶を消しとくよ」

「全部、なかったことになる。子供ののび太君も、静香君もジャイアンもスネ夫君も、本流の人たちは、みんな忘れる」

「僕達は亜空間にいるから、記憶は残してても問題ない。結局は本流の中の出来事だから」

「そしてね、本流の中にいても、もし何もしないなら、ドラえもんだけは、覚えてても問題ないんだ。だから、」

「じゃあ……覚えとくよ」

「ボクは、のび太くんたちを、忘れないよ」

「……言葉が見つからない。どう謝罪すればいいのか」

「ううん、いいんだ。のび太くんを、よろしくね」

「うん。ここののび太君も、ドラえもんの思い出を忘れない。きっとのび太君は、忘れるなんて選択をしないだろうから」


    ††


 そして、ドラえもんの記憶は、みんなの中から消えた。
 でも消えた時の流れは蘇り、ドラえもんは生まれてくるという希望が残った。
 のび太のポケットにはたくさんの小銭が入ったままで、それは誰かの為の何かを買う為だということだけを覚えている。

読了ありがとうございました。

えー、

続き必要ですかね。一応ここでいったん区切りは付けたつもりですが、望む方がいるなら少しお時間をいただければ書いてみたいと思います。

じゃあ今日の更新はこれまでってことで。なるべく早いうちに続き書きます。章ごとの更新になりそうです、一応もう少しは考えていたので大丈夫。多分。
本日のご読了、感謝いたしますm(__)m それではノシ

前も書いてなかった?
見覚えがある


「……ちゃん! お兄ちゃん!」

「んあ?」

「もう! 昼間っからボーっとして!」

 妹のドラミに叱られて、ドラえもんはタイムテレビのスイッチをそっと消した。

「いきなりタイムパトロールの人に送られてくるのよ、びっくりしたわ!」

 そういうことになった。ちょっとした時間旅行中に小さな時空乱流に巻き込まれ、タイムパトロールに保護されて戻ってきた、と。

 正しい判断だったとは思えない。だけど、違う時空の違うのび太であっても、諦めないで頑張るのび太を、膝を抱えて泣いているのび太を応援しないという選択肢が、どうしても自分の中には存在しなかった。

 今でも時空間の中でタイムトラベルを妨害して、時空に飲み込まれた人たちを助けているのだろうか。

 傍にいようか、と聞いたけど、ドラえもんには帰る場所があるだろ、と、未来まで送られた。

 子供の、この時空ののび太に何も説明せずにいたり、助けようとした静香ちゃんやジャイアンやスネ夫に本当にごめんと謝りたくなるけど、みんなもう自分のことは忘れて、子供らしく生きている。

 タイムテレビを見るのはもうやめようと、ドラえもんは妹の言うことを聞いてセワシのママのお手伝いをすることにした。


「へたくそ! そんな凡フライもとれないのか、のろま!」

「ボールがミットに入ってからバットふるんじゃねえ!! このぐず!!」

 しょぼくれ~とのび太は変わらない日々を過ごしている。0点は取るし宿題は忘れるし遅刻はするし先生やママからは叱られるしジャイアンやスネ夫からはいじめられる。

 何も変わらないから、落ち込む理由もないはずだ。忘れっぽい自分はすぐに立ち直るのがいいところのはずだからだ。

 だけどずっと落ち着かない、何故か泣きたくなるような気持ちがずっとあって、それは特に青空を見ると強く思う。

「最近、元気ないわね。のび太さん」

 静香は心配しているし、口にはしないがジャイアンもスネ夫も、落ち込んでるのび太を励まそうといつもなら入れない野球のレギュラーに入れたりしていた。失敗して追いかけまわして余計に落ち込ませることが殆どだったが。

「つーわけで遊びに来てやったぞ!」

「……んー、ありがと。良かったら、上がって」

 やる気のない物言いは、サボりたいとか面倒とかよりも、動く気力がないと言った感じで、少し病気にも見えた。

 ジャイアンにスネ夫、静香の三人はのび太の様子を痛ましく思いながらも、それでも共感して、それが何故かわからないから不思議に思っていた。

「何かさ、足りなく思ってて」

 ぼうっと、のび太は三人に座布団を出すこともなく、ただ呟く。

「でも何かよくわからなくて。ずっとしんどいんだ」

「気のせいだ、って言いたいんだけどよ」

 ジャイアンも珍しく溜息を吐いた。

「オレも似たような感じなんだよなあ」

「私も」

「ボクも。すっごく退屈になった気がするよ」

 スネ夫の言葉が他の三人の心情だと言わんばかりに、大きく共感を生む。

 ずっとこのままでいいのか、良くわからない不安が、四人を包んで動けなくしてくる。

 カリ……カリ……

 何かを引っ掻くような音に、のび太たちは気付けないでいた。

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