将軍「兵の士気を高めるために演説!? わ、私が!?」(33)

― 基地 ―

将軍「戦況はどうか?」

副官「先の奇襲作戦が功を奏し、戦況は我が軍に大きく傾いております」

副官「これも、将軍が立てられた作戦のたまものといえましょう」

将軍「ふっ、おだてよるわ」

副官「しかしながら、敵軍の残存戦力は未知数ですし、油断は禁物かと」

将軍「うむ、まだ祝杯というわけにはいかんな」

将軍「しかし、次の一手を成功させれば、ようやく我が軍の完全勝利が見えてくる」

将軍「今、この局面こそが正念場といえよう」

副官「将軍、このような勝負どころでは、作戦や兵の運用はもちろんですが」

副官「兵士の士気というのも、勝敗を左右する重要なファクターとなりえます」

将軍「そのとおりだ。なにか士気を高める方策があるのか?」

副官「ございます。この方法であれば、必ずや士気を高められるでしょう」

将軍「ほう、申してみよ」

副官「ここはひとつ、我が国きっての名将といわれるあなたが」

副官「兵士たちに向けて、直々に演説をするというのはいかがでしょうか」

将軍「兵の士気を高めるために演説!? わ、私が!?」

副官「はい」

将軍(おいおいおい、冗談じゃねえぞ……。やりたくねえよ、んなもん)

将軍「いいよ、演説なんて古臭いことせんでも……」

将軍「だいたい、そんなもん兵士は聞きたくないだろうしな……」

副官「いえ、そんなことはありません」

副官「将軍はどちらかというと寡黙なことで有名なお方ですから」

副官「そのような方からここらでビシッと決めて下されば」

副官「兵士の士気はグーンと右肩上がりになることでしょう!」

将軍(うぐっ、いつもイエスマンのくせに、今日は妙に食らいついてくるな……)

将軍「わ、分かった、分かった。演説の件は善処しよう」

将軍(善処……すなわち後回し……つまり“やらない”ってことだけどな)

副官「あのう、実はですね……」

副官「明日の朝、将軍からの演説があると、すでに基地中にアナウンスしておりまして」

将軍「は……?」

副官「会場もすでにセッティングが完了しております」

将軍「いつの間に!?」

将軍(ちょ、なに勝手なことしてくれてんだよ、このバカ!)

将軍「なんで、私に相談もなしに……!」

副官「申し訳ありません。しかし、善は急げ、と思いまして」

将軍「ええぇ……どんな理屈……」

副官「明朝8時より、基地の兵士全員の前で演説していただきますので」

副官「よろしくお願い致します」

将軍(マジかよ……! あと12時間もないじゃん……!)

将軍「えぇ~と、私はなにをしゃべればいいのかな……?」

副官「なにをおっしゃる」

副官「将軍のお言葉を、私如きが指図するわけにはいきますまい」

副官「それに、将軍ほどのお方なら、すでになにを話すべきかは分かっているのでは?」

将軍(分かんねーよ、バカ!)

副官「では、おやすみなさいませ」

将軍「う、うむ……」

ベッドの中にて――

将軍(うわぁ~、とんでもないことになった……。演説なんかやったことねえぞ……)

将軍(後方支援や作戦立案が得意で、そういう方面から将軍になったタイプだからな、俺)

将軍(兵士の前に立って云々とかはほとんど経験ねぇんだよ)

将軍(あ~……いやだいやだいやだ。やりたくない、逃げ出したい、田舎帰りたい)

将軍(もし、敵軍の夜襲があれば、明日は演説どころじゃなくなるよな……)

将軍(夜襲こないかなぁ~、きてくんないかなぁ~)

将軍(先の戦いであれだけ大打撃を与えたのに、くるわけねえよな……)

将軍(それに、夜襲対策は完璧に整えてあるし……)

将軍(こんなことなら、もうちょっと基地の守りを手薄にしとくべきだった)

将軍(――ってなんてこと考えてるんだ、俺は!)

将軍(うぅ~ん、演説ってなにを話せばいいんだ?)

将軍(結婚式のスピーチぐらいしかやったことねえぞ、俺)

将軍(ようするに、あれだろ?)

将軍(諸君らはすばらしい兵士で、勝利は目前だし頑張ろう、みたいな内容を)

将軍(すんげえ引き延ばして、かっこいい言葉でいえばいいんだろ? 楽勝!)

将軍(ええい、なんとかなる! なんとかなるさ!)



将軍(なるかなぁ……)

明朝――

副官「おはようございます、将軍」

将軍「お、おはよう」

副官「目にクマがございますが、大丈夫ですか?」

将軍「今日の演説でなにを話すかを考えていたら、眠れなくなってしまってな」

副官「ハハハ、またまたご冗談を」

将軍(ご冗談じゃねーよ、バカ!)

副官「すでに大勢の兵士が集まっております。お急ぎ下さい」

将軍「うむ」

ズラッ……



将軍(うへぇ~、数千……いや一万人以上いるぞ、これ)

将軍(こんな大勢の前で話すのかよ……)ドキドキ…

将軍(手のひらに人という字を書いて……)コソコソ…

副官「聞け! 勇敢なる兵士たちよ!」

副官「これより、将軍の演説を執り行う!」

副官「此度の戦争で数々の戦を勝利へと導いてきた名将からの、ありがたい激励だ!」

副官「各々、心して拝聴せよ!」

将軍(名将とか、心してとか、ハードルあげないでくんないかな……)

将軍(てか、いい声してるし、お前そのまま演説やってくれよ……)

将軍(第一声は“よくぞ集まってくれた、兵士たちよ”でいこう! ――よし!)

将軍「…………」ザッ…





シ~ン……





将軍(――あ)

将軍(まずい! 頭が真っ白に! 真っ白に!)

将軍(なにかしゃべれ! なんでもいい! しゃべれえええええ!)

将軍「あ……え……」

将軍「ほ、本日はお日柄もよく……」

将軍(うわぁぁぁぁっ! なにいってんだ俺!)

将軍「私の演説のために、大勢の兵士の方々にお集まりいただき……」

将軍「誠に、ありがとうございます……」ペコッ…

将軍(演説っつうか挨拶だ、これ! とにかく敬語はやめないと!)

将軍(あと戦争! 戦争についてしゃべれ! 途切れさせたらダメだ!)

将軍「せ、戦争というのは……」

将軍「文字通り……戦い、争うという意味である!」

将軍「そう、戦うことである! 敵と戦うことなのである!」グッ…

将軍(まずい! 中身がなさすぎる!)

将軍(軌道修正しろ! 戦争に勝つ秘訣みたいなもんをしゃべるんだ!)

将軍「私も軍に入ってから、戦争をたくさん経験してきた……」

将軍「今日は私から、戦争に身を置くうえでの秘訣を紹介しよう」

将軍「戦争には大切な“三つの袋”というものがある!」

将軍「一つ目は給料袋、二つ目は堪忍袋、そして三つ目はお袋である!」

将軍(ちがう! これちがう! 結婚式のスピーチでやったやつだ!)

将軍(だけど、このままいく! いくっきゃない!)

将軍「まず、給料袋……お金というのはやはり大切である」

将軍「金目当てで戦うのはよくないという風潮もあるにはあるが、私はそうは思わん」

将軍「きっちり仕事をしているのなら、それに対する代価を欲するのは」

将軍「当然の権利であると、私は思う」

将軍「次に堪忍袋……これはいかなる時にも怒らず、冷静であれということだ」

将軍「戦場で冷静さを失うということは、すなわち死を意味するからだ!」

将軍「兵士諸君、君たちも常に冷静であって欲しい!」

将軍(お!? なんか意外といい感じじゃないか!?)

将軍「そして三つ目……お袋!」

将軍「諸君らにも母親や父親、兄弟……あと親戚とか、家族がいるだろう!」

将軍「もし我が軍が敗れれば、君たちの家族もまた、敵国に蹂躙される運命にある!」

将軍「戦え! 兵士たちよ! 愛する家族のために!」

将軍(お、お!? いいぞ、これ! なかなかいいぞ! かなり演説っぽい!)

将軍(よっしゃ、余裕が出てきた! ここでユーモアを出していくか!)

将軍「そして、私は独自に“四つ目の袋”を提唱したい!」

将軍「金をもらい、冷静さを失わず、家族のために戦えば、もはや諸君らは無敵!」

将軍「君たちの力で敵軍を“袋叩き”にするのだァ!!!」





シ~ン……





将軍(うっわ、スベった! いわなきゃよかった!)

将軍(ていうか、今のがギャグだって気づいてる奴自体が少なそうだ……)

将軍(やべぇ、話題を変えよう! そうだ! 戦争に勝った時の話をしよう!)

将軍「え、あ……と、とにかくだ!」

将軍「戦争に勝てばいっぱいいいことあるし、賠償金とかも多分もらえるし」

将軍「みんなで頑張ろうってことだ!」

将軍(まずい! さっきの“袋叩き”がスベった影響で、動揺してしまっている!)

将軍(ボキャブラリーが悲惨なことになってる!)

将軍(ええい、ここは勢いで乗り切るしかあるまい!)

将軍「せ、戦争は……他の言語で……ウォー、ともいう……」

将軍「ウォーッ!」

将軍「ウォーッ! ウォーッ! ウォーッ! ウォーッ! ウォーッ!」

将軍「ウォーッ! ウォーッ! ウォーッ! ウォーッ! ウォーッ!」

将軍(気持ちが落ち着くまで、しばらく叫びまくろっと……)

将軍「ウォーッ! ウォーッ! ウォーッ! ウォーッ! ウォーッ!」



ウォー…… ウォー…… ウォー……

ウォーッ! ウォーッ! ウォーッ! ウォーッ! ウォーッ!



将軍(おおっ!? 兵士たちがノッてきやがった! これは嬉しい誤算だ!)

将軍(……だけど)



ウォーッ! ウォーッ! ウォーッ! ウォーッ! ウォーッ!

ウォーッ! ウォーッ! ウォーッ! ウォーッ! ウォーッ!

ウォーッ! ウォーッ! ウォーッ! ウォーッ! ウォーッ!



将軍(止まらなくなっちまったぞ! どうすんだこれ!?)

将軍(完全にアブない集団じゃねえか!)

将軍(しかも、うるさい! 耳にガンガン響いてくる! 大勢で叫ぶんじゃねえ!)

将軍(あぁ~、もう!)

将軍「黙れッ!!!」





ピタッ…… シ~ン……





将軍(うわっ、止まった……)

将軍(自分からウォーウォー叫んでおいて、部下が言い始めたら怒鳴るとか)

将軍(俺ってなんて自己中なんだろう……)

将軍(いやいや! 自己嫌悪に浸っているヒマはない! 話を続けなければ!)

将軍「う、嬉しいぞ……」

将軍「私は嬉しい!」

将軍「今のように、激しく叫び、命令があれば急に黙ることもできる君たちは」

将軍「まさしく世界最高の軍隊だ!」

将軍「諸君らなら、どんな敵にも負けはしない!」

将軍「え、えぇと……歴史とは――勝者が作るもの!」

将軍「我々の手で、また一つ、栄光ある歴史を築き上げようではないか!!!」





ウオォォォォォ……!





将軍(もうワケ分からん……)

……

……

……

将軍(やっと終わった……)ホッ…

副官「お疲れ様でした、将軍」

将軍「……どうだった?」

副官「さすが将軍、バッチリですよ!」

副官「特に“袋叩き”のところなど、殺気に満ちていて迫力がすごかったです!」

将軍(あれ、ギャグだったんだけどな……。やっぱり伝わってなかったか)

副官「他にも、連続して叫ぶことで兵士たちに一致団結させたり」

副官「栄光ある歴史を築き上げよう、というフレーズも感動いたしました!」

将軍「そ、そうか」

副官「他にも……」

将軍「いや、もういい! もういい! やめてくれ!」

将軍「演説は終わったのだ。ここからは戦いに意識を切り替えんとな」

副官「はっ!」

将軍(演説なんか二度とやるものか! 絶対に!)

その後――

副官「――敵国が全面降伏いたしました!」

副官「我が軍の勝利です! おめでとうございます、将軍!」

将軍「うむ……将兵ともに一丸となって、よくやってくれた」

副官「これも、あの演説があったからこそですよ!」

将軍「いや、関係ないと思うが……」

副官「ですが、あの演説が行われた日からの我が軍は一手のミスもなく」

副官「快進撃を展開したではありませんか!」

将軍「ううむ、そうかもしれんが……」

将軍(たしかに、あの日から兵士の動きは飛躍的によくなったな)

将軍(あの演説のことは、とっとと忘れたいんだがな……)

将軍(まぁいいや。戦争は終わったんだし、すぐに風化するさ……)

………………

…………

……

ところが――

― 兵士養成所 ―

教官「戦争において大切なことは、給料袋! 堪忍袋! そしてお袋だ!」

教官「これらを胸に秘め、敵を“袋叩き”にするつもりで訓練に臨め!」

教官「ウォーッ! ウォーッ! ウォーッ! ウォーッ! ウォーッ!」

ウォーッ! ウォーッ! ウォーッ! ウォーッ! ウォーッ!



将軍(やめてくれえええ……っ! 恥ずかしいからぁぁぁっ!)

将軍(なんであの演説がウチの軍の基本理念みたいになってるんだよぉ……!)

将軍(戦争に勝利して栄光ある歴史を築き上げられたのはよかったが――)

将軍(同時に恥ずかしい歴史も築き上げちまったぁぁぁっ!)

将軍(今夜も布団の中でジタバタするはめになりそうだ……)





                                   ― 完 ―

以上で終わりです

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