美希「デスノート」 (985)

美希「もー……今日もプロデューサーにセクハラされたの」

美希「意味も無くミキの身体あちこち触ってきて……本当嫌いなの。死んじゃえばいいのに」

美希「そういえば最近、アイドル事務所のお偉いさん達がばたばた死んじゃってニュースになってたし……」

美希「プロデューサーもどさくさに紛れて死んでくれたらいいのに」

美希「……ん?」

美希「何だろ、この黒いノート」スッ

美希「『DEATH NOTE』……『デスノート』?」パラッ

美希「わっ。なんか英語で色々書いてある」

美希「『The human whose name ……』うーん。面倒なの。今辞書持ってないし」

美希「……でもなんか気になるの。妙に作りとか凝ってるし」

美希「とりあえず持って帰ろう」

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【美希の自宅】


美希「よし。英文を全部翻訳サイトで翻訳したの。あー疲れた」

美希「で、どういう意味なのかっていうと……」

美希「『このノートに名前を書かれた人間は死ぬ。』」

美希「『書く人物の顔が頭に入っていないと効果はない。ゆえに同姓同名の人物に一遍に効果は得られない。』」

美希「『名前の後に人間界単位で40秒以内に死因を書くと、その通りになる。』」

美希「『死因を書かなければ全てが心臓麻痺となる。』」

美希「『死因を書くと更に6分40秒、詳しい死の状況を記載する時間が与えられる。』」

美希「ふーん。要するにこのノートに名前を書かれた人は死ぬ……と」

美希「……ばっかみたい」

美希「こんなの今時小学生でも騙されないの」

美希「まあでも、せっかく頑張って翻訳したんだし……」

美希「…………」カキカキ

美希「……よし! これであのセクハラプロデューサーは40秒後に心臓麻痺で死ぬの! あはは」

美希「あはは……」

美希「…………」

美希「……あほらし」

美希「もういいや。寝ちゃおーっと」ゴロン

美希「あーあ、本当に死んでくれたらいいのに。あのプロデューサー……」

美希「あの人さえいなければ、本当に良い事務所なのにな……あふぅ」

【翌日・765プロ事務所】


美希(今日もまたあのプロデューサーに会わなきゃいけないの)

美希(本当嫌だなあ。もう事務所辞めちゃおうかな)

美希(でもあんな奴のためにミキが辞めなきゃいけないのもシャクだし……)

美希(まあ考えてても仕方無いか)

 ガチャッ

美希「おはよーございますなの……ん?」

社長「……おはよう、美希ちゃん……」

美希「? どうしたの、小鳥? なんか様子が……」

小鳥「…………」

美希「あれ? そういえばプロデューサーは? まだ来てないなんて珍しいの」

小鳥「…………」

美希「それに律子は? 律子もまだ来てないの?」

社長「星井君」

美希「あっ。社長。おはようございますなの」

社長「……おはよう。君は今日、朝一で収録の予定だったんだね」

美希「そーだよ。だからミキ眠いけど頑張って早起きして来たの。あふぅ」

社長「それで君だけは家を出た後だったんだね。他の皆にはさっき電話で連絡したんだが……」

美希「? 何の話?」

社長「……落ち着いて聞いてほしいんだがね」

美希「え?」

社長「……昨日、プロデューサーが亡くなった」

美希「…………え?」

社長「ここで律子君と残業しているときにね。いきなり苦しみ出したそうだ」

美希「…………」

社長「律子君がすぐに救急車を呼んだんだが、心不全か心臓麻痺かだったらしく……」

美希「…………」

社長「そのまま、帰らぬ人となってしまったんだ」

美希「……ウソ……なの……」

社長「その後、律子君もショックで寝込んでしまってね。今は自宅で安静にしている。まあ無理も無い。目の前で同僚が死ぬところを見てしまったわけだからね」

美希「…………」

社長「それから今朝まで、私と音無君とで手分けして彼の家族に連絡をしたりしていて……君達への連絡が遅くなってしまったんだ。申し訳無い」

美希「……それは別にいい、けど……」

社長「そういう状態なので、今日から数日間、君達アイドル諸君は自宅待機とする。君達もショックを受けているだろうし、私と音無君は彼がしていた仕事の引き継ぎ処理をしなければいけないからね。なので、すまないが君も今日のところはこのまま帰宅してくれたまえ」

美希「えっ。で、でも……」

社長「なに、仕事先にはもう話をつけてあるから心配しなくていい。こちらの処理が落ち着いたらまた連絡するよ。彼の通夜や葬儀についても日取りが決まり次第伝える」

小鳥「ごめんね。美希ちゃん」

美希「……わかったの……」

【美希の自室】


美希(まさか、ね……)

美希(昨日、ミキがこのノートにプロデューサーの名前を書いたのは確か夜の7時頃)

美希(社長が律子から聞いた話によると、プロデューサーが倒れたのも夜の7時頃)

美希(そしてプロデューサーの死因は心不全か心臓麻痺……)

美希「……って、だからそんなのあるわけないの!」

美希「ばっかみたい。こんなのただのグーゼンに決まってるの。グーゼン」

美希「あーあ、それにしてもよかったの。プロデューサーが死んでくれて。ミキ的には超スッキリしたってカンジなの」

美希「これでもうセクハラされることもない、し…………」

美希「…………」

美希(……何なの? この胸のモヤモヤは……)

美希(だからこんなノート、デタラメに決まって……)

美希「……そうか」

美希「だったらもう一度試してみればいいの」ペラッ

美希「それで名前を書いた人が死ななければ、ただのグーゼンだったってことが証明されるの」

美希「……でも、誰の名前を書こう?」

美希「どうせこんなの嘘に決まってるんだから、誰でもいいけど……」

美希「でも万が一ってことも……」

美希「あ」

美希「そういえばさっき、リビングのテレビで……」ピッ

TV『……昨日新宿の繁華街で無差別に6人もの人を殺傷した通り魔は、今もなお幼児と保母8人を人質にこの保育園にたてこもっており……』

TV『……警視庁は犯人を音原田九郎・無職42歳と断定……』

美希「よし。覚えたの。顔と名前」カキカキ

 『音原田 九郎』

美希「これで40秒経っても何もなければ……」

美希「…………」

TV『あっ! 人質が出てきました!』

美希「!?」

TV『皆、無事のようです。そして入れ替わるように警官隊が突入! 犯人逮捕か?』

美希「ま……まさか……」

TV『えー、どうやら犯人らしき人物は出て来ていないようです。一体どうなっているのでしょうか……』

美希「…………」

TV『今情報が入りました! 犯人は保育園内で死亡! 犯人は死亡した模様です!』

美希「!」

TV『人質の証言によると、犯人は警察官が射殺したのではなく、突然苦しみ出して倒れたとのことで……』

美希「…………!」

美希「や、やっぱり、これ……」

美希「い……いや……」

美希「いやぁああああああああああああ!!!」

【翌日・美希の学校】


美希(昨日は結局一睡もできなかったの)

美希(だってミキは……ミキは……)

美希(この手で……二人も……)

美希(いや、でもまだ……そうと決まったわけじゃ……)

女子生徒「ねぇ美希、聞いてる?」

美希「え? あっ、ごめん……聞いてなかったの」

女子生徒「もー。……っていうか美希、なんか顔色悪くない? 大丈夫?」

美希「あー、うん。へーき、へーきなの。ちょっと寝不足なだけで……」

女子生徒「寝不足? あんなに寝るの大好きだった美希が?」

美希「まあ、ちょっと色々あって……」

女子生徒「そっか……やっぱり大変なんだね。アイドルのお仕事って」

美希「あはは……まあそんなカンジなの」

男子生徒A「なんだ星井、寝不足だって?」

美希「あー……うん。(こいつ……いつもいつもミキの気を引こうとしてちょっかいばっかりかけてくるの。よりによってこんな時にまで……)」

男子生徒A「そりゃあ良くないなあ。ちゃんと睡眠取らないと、自慢のバストにも栄養がいかないだろ?」

美希「! …………」

女子生徒「ちょっと! 何てこと言うのよ!」

男子生徒A「いやいや、俺は星井の為を思ってだな……ところで星井、次の写真集はいつ出す予定なんだ? また水着着たりするのか?」

美希「…………」

女子生徒「もう。そっとしといてやんなさいよ。美希疲れてるんだから」

男子生徒A「なんだよ。俺はアイドル星井美希の一ファンとして質問をしてるだけだぜ? なあ星井。どうなんだよ」

美希「……次の写真集の予定は特に無いの」

男子生徒A「なーんだ。もしまた出るんならオカズに使わせてもらおうと思ってたのになー」

美希「!」

女子生徒「ちょっと! いい加減に……」

男子生徒A「はいはい。わーったよ。るせーやつ」スタスタ

美希「…………」

女子生徒「み、美希? 大丈夫? 後で私から先生に……」

美希「ううん。いいの」

女子生徒「でも」

美希「ミキなら大丈夫だから。こういうの、慣れてるし」

女子生徒「美希……」

美希「それよりほら。もう始業のチャイム鳴るよ?」

女子生徒「う、うん……」スタスタ

美希「…………」

【休み時間・女子トイレ】


美希(……念の為、持って来ておいてよかったの)スッ

美希(まあ、本当は怖くて家には置いておけなかっただけだけど……)

美希(……あんな奴、どうせ死んでも誰も困らない)

美希(もし死ななければ、このノートは偽物で、プロデューサーの件も通り魔の件もただの偶然だったってことが証明される)

美希(死んだら死んだで別に構わない。もう今更二人[ピーーー]のも三人[ピーーー]のも一緒なの)

美希(…………)カキカキ

美希(今から40秒……もう次の授業が始まる頃だから、教室に居るはず)

美希(どうせならこの目で確かめてやるの)ダッ

【教室】


男子生徒B「だよなー」

男子生徒A「ハハハ。そうそう」

美希(……いた。時間は……)チラッ

美希(……あと5……4……3……)

男子生徒A「そんでさ、あいつが……っ!?」

男子生徒B「? A?」

男子生徒A「あっ……ぐっ……」ドサッ

男子生徒B「ちょ、おい!?」

男子生徒A「ぐあっ……あ……」

男子生徒B「ちょ……」

男子生徒A「――――」

男子生徒B「う……うわぁあああああああああ!!!」

女子生徒「きゃああああああ!!」

男子生徒C「お、おい……なんだよ、なにやってんだよ!?」

男子生徒B「し、しらねーよ! い、いきなり苦しみ出して……!」

 ガラッ

教師「おいお前ら静かにしろ! もう授業……ん? A? おいA!? おい!」


 ザワザワ…… ザワザワ……


美希「…………」


美希(やっぱり……)

美希(デスノート……本物なの)

【翌日・765プロ事務所】


美希(今日もまたあのプロデューサーに会わなきゃいけないの)

美希(本当嫌だなあ。もう事務所辞めちゃおうかな)

美希(でもあんな奴のためにミキが辞めなきゃいけないのもシャクだし……)

美希(まあ考えてても仕方無いか)

 ガチャッ

美希「おはよーございますなの……ん?」

小鳥「……おはよう、美希ちゃん……」

美希「? どうしたの、小鳥? なんか様子が……」

小鳥「…………」

美希「あれ? そういえばプロデューサーは? まだ来てないなんて珍しいの」

小鳥「…………」

美希「それに律子は? 律子もまだ来てないの?」

社長「星井君」

美希「あっ。社長。おはようございますなの」

社長「……おはよう。君は今日、朝一で収録の予定だったんだね」

美希「そーだよ。だからミキ眠いけど頑張って早起きして来たの。あふぅ」

社長「それで君だけは家を出た後だったんだね。他の皆にはさっき電話で連絡したんだが……」

美希「? 何の話?」

社長「……落ち着いて聞いてほしいんだがね」

美希「え?」

社長「……昨日、プロデューサーが亡くなった」

美希「…………え?」

社長「ここで律子君と残業しているときにね。いきなり苦しみ出したそうだ」

美希「…………」

社長「律子君がすぐに救急車を呼んだんだが、心不全か心臓麻痺かだったらしく……」

美希「…………」

社長「そのまま、帰らぬ人となってしまったんだ」

美希「……ウソ……なの……」

社長「その後、律子君もショックで寝込んでしまってね。今は自宅で安静にしている。まあ無理も無い。目の前で同僚が死ぬところを見てしまったわけだからね」

美希「…………」

社長「それから今朝まで、私と音無君とで手分けして彼の家族に連絡をしたりしていて……君達への連絡が遅くなってしまったんだ。申し訳無い」

美希「……それは別にいい、けど……」

社長「そういう状態なので、今日から数日間、君達アイドル諸君は自宅待機とする。君達もショックを受けているだろうし、私と音無君は彼がしていた仕事の引き継ぎ処理をしなければいけないからね。なので、すまないが君も今日のところはこのまま帰宅してくれたまえ」

美希「えっ。で、でも……」

社長「なに、仕事先にはもう話をつけてあるから心配しなくていい。こちらの処理が落ち着いたらまた連絡するよ。彼の通夜や葬儀についても日取りが決まり次第伝える」

小鳥「ごめんね。美希ちゃん」

美希「……わかったの……」

【休み時間・女子トイレ】


美希(……念の為、持って来ておいてよかったの)スッ

美希(まあ、本当は怖くて家には置いておけなかっただけだけど……)

美希(……あんな奴、どうせ死んでも誰も困らない)

美希(もし死ななければ、このノートは偽物で、プロデューサーの件も通り魔の件もただの偶然だったってことが証明される)

美希(死んだら死んだで別に構わない。もう今更二人殺すのも三人殺すのも一緒なの)

美希(…………)カキカキ

美希(今から40秒……もう次の授業が始まる頃だから、教室に居るはず)

美希(どうせならこの目で確かめてやるの)ダッ

以下、>>10からの続きです。

【同日夜・美希の自室】


美希(三人、殺した)

美希(ミキが)

美希(この手で……)

美希(…………)

美希(でも)

美希(今日、学校でAが死んでから一斉下校になったけど)

美希(悲しんでいる様子の生徒は一人もいなかった)

美希(女子は皆、あいつのセクハラ発言の被害にしょっちゅう遭ってたから嫌っていたし)

美希(一部の男子連中もきっと、なんとなくつるんでただけで本当はどうでもよかったんだろう)

美希(そうだよ。あんな奴、いてもいなくてもどうでもいいような奴だったんだ)

美希(プロデューサーにしたってそう)

美希(さっきのお通夜でも、皆口にこそ出さなかったけど内心ではホッとしてたに違いないの)

美希(ミキ以外にも、春香や雪歩とかもたまに身体触られるって言ってたし)

美希(言葉でのセクハラなら、ほぼ全員のアイドルが被害に遭ってたし)

美希(人をバカにするような発言も多かった。あずさに『短大卒だから教養無いんだろ』とかよく言ってた)

美希(元々は、うちの事務所に出資してる大きな会社の社長の息子で、就職先が決まらなかったからって、父親のゴリ押しでうちのプロデューサーになったって小鳥から聞いた)

美希(だから、誰も何も言えなかった。プロデューサーとしての能力も経験も無くて仕事では全く使い物にならなかったけど、裏で社長や律子や小鳥が必死にフォローして何とかしていた)

美希(そんな皆の努力を知っていたから、ミキ達も何も言えなかった。セクハラのことも、せいぜいアイドル同士で愚痴を言い合うのが精いっぱい。社長達は何も知らない)

美希(そんな風に、誰もが『どうしようもないこと』と思っていた)

美希(ほんの数日前までは)

美希(でも、その『どうしようもない』現実が今、変わった)

美希(いや、違う)

美希(ミキが変えたんだ)

美希(それだけじゃない。昨日の通り魔なんて完全に犯罪者だったし、あの時ミキがデスノートを使っていなかったらどうなっていたか)

美希(きっと人質にされていた八人は皆殺しにされていたに違いない)

美希(ミキが救ったんだ。このデスノートで)

美希「ふ、ふふふ……」

???「気に入っているようだな」

美希「!?」

美希「きゃ、きゃあっ……!」

???「何故そんなに驚く。そのノートの落とし主、死神のリュークだ」

美希「し……しにがみ……?」

リューク「ああ。それにお前、さっきの様子だともうそれがただのノートじゃないってわかってるんだろ?」

美希「…………」

リューク「どうした。俺が怖いのか?」

美希「……こ……」

リューク「?」

美希「怖く、ないの……」

リューク「ほう」

美希「覚悟なら……もうできてるの」

リューク「覚悟?」

美希「ミキは……ミキは、このデスノートでもう三人もの人間を殺したの。皆、死んでも誰も悲しまないっていうか、死んでもどうでもいいような奴だったけど……」

リューク「…………」

美希「でも、人を殺したことには変わりないの。それでミキはどうなるの? あなたに魂を取られるの?」

リューク「ん? 何だそれ? 人間が作った勝手なイメージか?」

美希「えっ」

リューク「俺はお前に何もしない」

美希「…………」

リューク「人間界の地に着いた時点でノートは人間界の物になる。もうお前の物だ」

美希「……ミキの物……」

リューク「いらなきゃ他の人間に回せ。その時はお前のデスノートに関する記憶だけ消させてもらう」

美希「…………」

リューク「ちなみに、元俺のノートを使ったお前にしか俺の姿は見えない。もちろん声もお前にしか聞こえない」

リューク「デスノートが人間・星井美希と死神・リュークをつなぐ絆だ」

美希「……絆……」

リューク「ああ」

美希「じゃあ本当にデスノートを使った代償って何もないんだね」

リューク「……強いて言えば……」

美希「…………?」

リューク「そのノートを使った人間にしか訪れない苦悩や恐怖……」

美希「…………」

リューク「そしてお前が死んだ時……俺がお前の名前を俺のノートに書くことになるが……」

美希「…………」

リューク「デスノートを使った人間が天国や地獄に行けると思うな」

美希「! …………」

リューク「それだけだ」

美希「…………」

リューク「ククッ。……ま、死んでからのお楽しみだ」

美希「……なるほどなの」

美希「じゃあ、ついでにもう一つ聞いてもいい?」

リューク「ん? なんだ?」

美希「なんでこのノートを落としたの? ご丁寧に使い方の説明まで書いて……しかも何故か英語で」

リューク「英語で説明を付けたのは人間界で一番ポピュラーな言語だったからだ。そしてノートは落とした理由は……」

美希「…………」

リューク「退屈だったから」

美希「退屈……?」

リューク「ああ。死神がこんなこと言うのもおかしいが、生きてるって気がしなくてな」

美希「…………」

リューク「実際、今の死神ってのは暇でね。昼寝してるか博打打ってるかだ。下手にデスノートに名前なんて書いてると、『何、ガンバっちゃってるの?』って笑われる」

美希「…………」

リューク「自分は死神界にいるのに人間界の奴を殺しても面白くもなんともない。だからといって死神界の奴をノートに書いても死なないんだからな」

美希「…………」

リューク「こっちに居た方が面白いと俺は踏んだ」

美希「面白い……」

リューク「まあそういうとこだ」

美希「…………」

リューク「もちろん、さっきも言ったがそのノートをこれからも使うかどうかはお前の自由だ」

美希「…………」

リューク「もういらないってんなら、ここで返してもらってもいいが……?」

美希「…………」

リューク「…………」

美希「ううん」

リューク「お」

美希「ミキ……使うよ。デスノート」

リューク「ほう」

美希「乗りかかった船だから……っていうのもあるけど、実際にこのノートを使ってみて分かったことがあるの」

リューク「…………」

美希「この世の中には、死んだ方が良い人間がいる」

リューク「…………」

美希「そういう人間を消すことは、悪いことなんかじゃない……むしろ世の中全体にとってみれば、良いことに違いないの」

リューク「なるほどな」

美希「そうすれば、今のこの世界が、皆がもっと楽しく生きていける過ごしやすい世界になる……いや、そういう世界に変えてみせる」

リューク「ククッ……世界を変えるなんて、神にでもなるつもりか?」

美希「……ミキは神様になんかならないよ。ただ、皆がもっと笑って生きていけるようになったらいいなって思うだけ」

リューク「まあ、俺には人間の価値観なんて分からないからどうでもいい。面白いものが観れればそれでいい」

美希「じゃあ、まずは――……」パラッ

リューク「おっ、早速殺る気か?」

美希「……世界のお掃除なの」


【一週間後・ICPO国際刑事警察機構会議】

『ここ一週間で分かっているだけで52人です』

『その全てが心臓麻痺です』

『全て追い続けてきた、もしくは刑務所に留置されていた犯罪者』

『普通に考えて、居場所の分からない指名手配犯の多くも死んでいますな』

『そう考えると軽く100人以上……』

『こうなるとまたLに解決してもらうしかありませんな』

係長「……夜神局長。『L』って何ですか?」

総一郎「ああ。君はこの会議初めてだったな」

総一郎「Lというのは名前も居場所も顔すら誰も知らない……しかしどんな事件でも必ず解決してしまう、まあ探偵とでも言えばいいのか」

総一郎「世界の迷宮入りの事件を解いてきたこの世界の影のトップ、最後の切り札……そんなところだ」

係長「へぇ……そんなすごい人がいたんですね」

???『Lはもう動いています』

係長「? な、なんだあのコートの男は……?」

総一郎「彼はLとコンタクトを取れるただ一人の男……ワタリだ。もっともワタリの正体も誰も知らない」

ワタリ『Lはとっくにこの事件の捜査を始めています。今からLの声をお聞かせいたしますのでお静かに願います』

一同『…………』

(ノート型PCを設置するワタリ。PC画面に『L』の文字が映し出される)

L『ICPOの皆様。Lです』

L『この事件はかつてない大規模で難しい。そして絶対に許してはならない凶悪な大量殺人事件です』

L『この事件を解決する為に是非全世界、ICPOの皆さんが私に全面協力してくださることをこの会議で可決して頂きたい』

総一郎「……L……」

係長「…………」

【数日後・765プロ事務所からの帰り道】

春香「最近すごいよねー、もうニュースから目が離せないって感じ」

千早「でも本当に不思議よね。何故犯罪者がことごとく心臓麻痺で死んでいくのか……」

響「偶然にしちゃあ出来過ぎって感じだよなー」

伊織「じゃあ何? あれを全部誰かが故意にやってるっていうの? そっちの方がありえないじゃない。大体どうやって他人を心臓麻痺にさせるっていうのよ?」

響「そ、それはわかんないけどさ……」

美希「…………」

亜美「ねーねー、ミキミキはどー思う?」

美希「……んー。ミキはそういうのあんまりキョーミないの。あふぅ」

真美「ありゃありゃ。ミキミキにはまだ早かったかー」

亜美「まだまだお子ちゃまだからねー、ミキミキは」

美希「むー。亜美真美にお子ちゃま呼ばわりされたくないの」

雪歩「でもこれ見て、真ちゃん」スッ

真「ん? うわっ、何だこのサイト……『救世主キラ伝説』?」

雪歩「うん。『killer(キラー)』からきてるみたいだけど、もうネット上では『誰かが悪人に裁きを下している』っていう考えが浸透してるみたい」

真「なるほど、それで『キラ』ね……。まああれだけたくさんの犯罪者が死んでるんだから分からなくもないけど」

伊織「ふん、ばっかみたい。非科学的だわ。だったらまずその他人を心臓麻痺にさせる手段とやらを証明してみなさいってのよ」

美希「…………」

春香「あっ」

千早「? どうしたの? 春香」

春香「えっと、そういえば……プロデューサーさんの死因も『心臓麻痺』だった……よね」

千早「えっ」

美希「! …………」

春香「もしかして、プロデューサーさんも、キラに……」

千早「春香。いくらなんでもそれは不謹慎よ。第一彼は犯罪者でも何でもなかったでしょう」

春香「それはそうだけど……。でも実際、私達、色々ひどいことされたり言われたりしてたじゃん」

千早「それは……まあ……」

春香「私もよく身体触られたりしてたし……雪歩や美希だって」

雪歩「わ、私はそんな……。確かに嫌だったけど、でも流石に死んじゃったのはショックだった、かな……」

美希「…………」

春香「ねえ、美希はどう思う?」

美希「えっ。み、ミキ的には……まあ、どうでもいいっていうか……確かにあの人のことキライだったけど、でも千早さんの言うように犯罪者とかじゃないし……」

春香「…………」

美希「……もし他の犯罪者がキラに殺されたんだとしても、プロデューサーは違うって思うな」

春香「ま、それもそうか。それにもし仮にそうだとしたら、私達の中にキラがいるってことになっちゃうもんね」

美希「!」

響「確かに。アイツ外面だけは良かったから、アイツの悪いところ知ってるのって多分自分達だけだもんな」

亜美「仕事の出来なさについてはしょっちゅう律ちゃんやピヨちゃんも嘆いてたけどねー」

真美「うんうん」

美希「…………」

千早「……皆、もうこのへんにしておきましょう。どんな理由であれ、亡くなった人をあれこれ悪く言うのは良くないわ」

春香「それもそうだね。ごめんね、千早ちゃん」

亜美「あっ。そーいえば、いよいよ来週から新しいプロデューサーが来るっぽいよー!」

真美「えっ、マジ!?」

亜美「マジマジ! さっきピヨちゃんがそれっぽい電話してるの聞いちゃったもん!」

真美「そっかー、今度は良い人だったらいいなー」

亜美「ねー。前のプロデューサーは本当サイアク……」

響「こーら、亜美真美。今千早に言われたばっかだろ? もう亡くなった人の悪口はやめるさ」

亜美真美「はーい」

美希「…………」

とりあえず今日はここまで。
続きはまたぼちぼち書いていきます。

今日中にもう少しだけ投下します

【美希の自室】


美希「ふー……」

リューク「ククッ。さっきは結構冷や汗かいたんじゃないか?」

美希「え?」

リューク「ほら、言われてただろ。お前らのプロデューサーもキラにやられたんじゃないかって」

美希「ああ……あんなの誰も本気にしてないの。春香だって、たまたま死因が同じだったから思いつきで言っただけだと思うし」

リューク「意外と落ち着いてるんだな」

美希「そう?」

リューク「ああ。まあ一週間であれだけの数の犯罪者を殺したんだ。そりゃ肝も据わってくるか」

美希「まーね。さて、今日もテレビのニュースで犯罪者の情報収集っと……」ピッ

リューク「随分熱心だな」

美希「当然なの。……ん?」

TV『番組の途中ですがICPOからの全世界同時特別生中継を行います。日本語同時通訳はヨシオ・アンダーソン』

美希「?」

リューク「何だ? これ」

TV『私は全世界の警察を動かせる唯一の人間、リンド・L・テイラー。通称“L”です』

美希「……“L”……?」

TV『相次ぐ犯罪者を狙った連続殺人。これは絶対に許してはならない、史上最大の凶悪犯罪です』

美希「…………」

TV『よって私はこの犯罪の首謀者、俗に言われている“キラ”を必ず捕まえます』

リューク「必ず捕まえるってよ。ククッ」

美希「…………」

TV『キラ。お前がどのような考えでこのような事をしているのか大体想像はつく。しかし、お前のしている事は……悪だ!』

リューク「悪、ねぇ。随分な言われようだな」

美希「…………」

リューク「なあ、ミキ」

美希「ん?」

リューク「殺さないのか? こいつ」

美希「…………」

TV『すでに全世界の警察が捜査を始めている。お前がどこの誰なのかもすぐに……』

美希「……殺さないよ」

リューク「あれっ」

美希「言ったでしょ? ミキが殺すのは死んだ方が良いような悪人だけだって」

リューク「…………」

美希「確かに、ミキが世界を良くするためにやってることを悪だって言われるのは心外だけど……」

美希「でも、この人はこの人で自分が正義だと思ってキラを捕まえようとしてるだけだから、ミキ的にはほっとけばいいって思うな」

リューク「でもこいつ、キラであるお前を捕まえようとしてるってことは、いずれお前の敵になる奴かもしれないじゃないか」

美希「もう、リュークってば意外とお馬鹿さんなの」

リューク「…………」

美希「だって『デスノート』なんだよ? このノートを押さえない限り証拠も何も残らないんだから、ミキが捕まるわけがないの」

リューク「まあ、そりゃそうだが」

美希「それに、こんな生中継やってるときにこの人が死んだら、今テレビを観てる人の中にキラがいるってばれちゃうの」

リューク「……お前、結構ちゃんと考えてるんだな」

美希「そりゃあね。このノートを使って世界を良くしようって決めたんだもん。これくらい考えるのは当然って思うな」

リューク「ちぇっ。せっかく面白い展開になりそうだったのにな」

美希「残念でしたなの。それにこのLって人、結構イケメンだしね」

リューク「おいおい、そんな理由かよ」

美希「なんてね、冗談なの。っていうわけで、この話はここでおしまい。バイバイ、イケメン君。せいぜいキラ探し頑張ってなの」プツッ

【同日夜・警視庁/凶悪連続殺人特別捜査本部(キラ対策捜査本部)】

総一郎「……というわけで、今日はこれにて解散とする」

一同「お疲れ様でした!」



係長「局長。今日はこのままお帰りですか?」

総一郎「ああ。もうここ何日も家に帰っていなかったからな」

係長「お疲れ様です。しかし、Lには正直拍子抜けでしたね……」

総一郎「…………」

係長「関東、関西、中部ときて、結局最終的には日本全地域に生中継を流したのに、何の成果も挙げられず……」

総一郎「…………」

係長「こうなると、Lのそもそもの推理の『キラは日本にいる』って線も怪しくなってきましたね。まあLに言われるがままにこっちに捜査本部置いちゃってから言うのもなんですけど」

総一郎「まあまだ判断するのは早計だろう。それにLの推理にも根拠はあるしな」

係長「最初の犠牲者が新宿の通り魔だったってことですよね? 他の凶悪犯罪者に比べて目立って罪が軽い事件だったから、殺しの実験台に使ったんじゃないかっていう」

総一郎「ああ。それに何より、この事件が報道されていた国は日本だけだった。やはりこの点は大きい」

係長「うーん……でも正直、私はLのやり方自体もどうかと思いますよ。あの『リンド・L・テイラー』って人物、結局替え玉だったんですよね? 今日死刑が執行される予定の犯罪者だったって……」

総一郎「うむ。どうやらそうらしいな」

係長「犯罪者なら死んでもいいって考えなら、キラと同じのような……」

総一郎「私もLのやり方を全て肯定しているわけではない。だがこの事件は普通に捜査していても核心に迫るのは難しいだろうとも思う。如何せん、まだキラについて分かっていることは少な過ぎるからな」

係長「そうですね。先はまだまだ長そうだなあ……」

総一郎「君も今日はもう上がりか?」

係長「あ、はい。そろそろ家に帰らないと娘に顔忘れられそうですし」

総一郎「ああ、あのアイドルやってるっていう娘さんか。うちの娘もよくテレビ観てるよ。最近随分売れて来てるそうだな」

係長「あはは……光栄です」

総一郎「じゃあまた明日な。星井君」

とりあえずここまで。
続きはまた明日以降に。

【美希の自室】


美希「ふぅ。これで今日の裁きは終了なの」

リューク「しかし本当にブレないな、ミキは」

美希「えっ?」

リューク「いや、あんなやつが出てきたってのに、全然意に介さずいつも通りに裁きをこなすあたりが」

美希「あんなやつ……? ああ、あのイケメン君のこと? ミキ、もうすっかり忘れてたの」

リューク「とことんマイペースだな」

美希「前向きって言ってほしいの」

リューク「でも流石にもうちょっと警戒した方がいいんじゃないのか? 全世界の警察が捜査を始めてるとか言ってたぞ」

美希「ふふん。ミキは警察なんかちっとも怖くないの」

リューク「? なんだ、えらく自信ありげだな」

美希「うん。だって……」

 コンコン

「美希ー? 入っていい?」

美希「! お、お姉ちゃん!? ちょ、ちょっと待つの!」ガタガタ

(慌ててデスノートを机の引き出しにしまう美希)

美希「い、いーよ!」

 ガチャッ

「わー。相変わらず散らかってるね」

リューク(星井菜緒……美希の姉か)

美希「もー、入ってくるなりうるさいの。それで何か用なの?」

菜緒「うん。この前貸した漫画返してくんない? 友達が読みたいって言ってて」

美希「あー、あれなら……あっ」

菜緒「?」

美希「(しまった……今デスノートを隠した引き出しなの)あ、後で探して持って行くの!」

菜緒「あんた……まさかなくしたんじゃないでしょうね」

美希「な、なくしてないの! ホントだってば!」

菜緒「まあ、それならいいけど……」

リューク「気を付けろよ、ミキ」

美希「?」

リューク「今机の中にあるデスノート、触られたら触った人間には俺の姿が見える」

美希「! ……(そういう大切な事を今頃……この死神は……)」

菜緒「どしたの? 美希」

美希「ん? んーん、なんでもないの」

菜緒「そう? あ、それとさっきパパ帰ってきたから。まだ起きてたら下りてきて顔見せなさいって、ママが」

美希「ん。わかったの。すぐに行くの」

菜緒「じゃ、漫画の件よろしくねー」

美希「はいなの」

 バタン

美希「……もー、そういうことは先に言っておいてほしいの」

リューク「すまん」

美希「もしお姉ちゃんがリュークの顔見たら、それだけで心臓麻痺で死んじゃうって思うな」

リューク「それは流石にひどいって思うな」

美希「ミキのマネしちゃ、ヤ」

リューク「すまん。で、さっき言いかけてたのは何だったんだ? 警察なんかちっとも怖くない、って」

美希「ああ、それはね……」

リューク「?」

美希「下にいこ。説明する手間が省けたの」

【星井家のリビング】


美希「パパ、お帰りなさいなの」

星井父「おう、ただいま美希。いい子にしてたか?」

美希「うん。ミキはいつでもいい子なの」

星井父「そーかそーか。えらいぞー美希」ナデナデ

美希「えへへ」

菜緒「相変わらずパパは美希にデレデレねぇ」

星井父「む。そんなことはないぞ。パパは菜緒の事も大好きだからな」

菜緒「はいはい」

星井父「あー、またそうやって父をぞんざいに扱う! 美希ー、菜緒が冷たいよー」

美希「もう。困ったパパなの」ナデナデ

星井父「ありがとう。美希は本当に優しいなぁ……パパ感動して涙が出ちゃう」

星井母「もう、帰ってくるなり何やってるのよ」

星井父「何って……娘達とのスキンシップだよ。大切な事だろ?」

星井母「まあそれはそれで大いに結構だけど。でも帰るなら帰るって言っておいてほしかったわ。おかずもう残ってないわよ?」

星井父「ああ、いいよ。ありあわせのもんで適当に食うから」

菜緒「パパ、最近また忙しいの?」

星井父「まあな。ほら、今テレビでもやってるだろ? キラ事件っての。パパ、あれの捜査本部に入っててな」

美希「!」

菜緒「えっ、そうなんだ! あっ、じゃあ今日やってたあれもパパが絡んでたの?」

星井父「今日……? ああ、あの生中継か。あれはLって探偵が独断でやったんだ。警察はほとんど関与してない」

菜緒「そうなんだ。って、Lってあのイケメンの人? パパ、あの人と一緒に捜査してるの? いいなー」

星井父「いや、あれは替え玉だよ。本物のLは俺達警察の人間もまだ会ったことがない。一応、協力して捜査している形にはなってるけどな」

美希「! (……替え玉……)」

星井母「ちょっとあなた。そんなこと喋っちゃっていいの?」

星井父「これくらい別にいいだろう。家族なんだし。あっ、でも学校の友達とかには言っちゃだめだぞ」

菜緒「分かってるよ、そのくらい。ねー美希?」

美希「…………」

菜緒「美希?」

美希「えっ、う、うん! もちろんなの!」

リューク(……警察官の父親……! これがミキが警察を恐れていない理由……!)

星井母「明日はまた早いの?」

星井父「ああ。それに多分また数日は帰って来れないと思う。なんせ雲をつかむような事件だからな」

菜緒「そうなんだー。じゃあまだキラってのがどんな奴かってのも分かってないんだね」

美希「!」

星井父「そうだな。もしかしたら今日の生中継である程度目星が付くかとも思われてたんだが……」

菜緒「てんで手がかりなしって感じ?」

星井父「まあそんなとこだ」

菜緒「そっかー。まあそもそも本当にキラなんているの? って感じだしね。心臓麻痺で人を殺すなんてさ」

星井父「まあな。今日めぼしい結果が出なかったこともあって、警察の中でも結構意見は割れてるよ」

美希「…………」

星井母「美希? どうしたの? なんかさっきからえらくおとなしいけど」

美希「えっ? そ、そんなことないの! ただえっと、ちょっとお話が難しいかなって……」

星井父「はは。まあ美希にはまだちょっと早かったかな」

菜緒「新聞も読まないしね、美希は」

美希「むー。お姉ちゃんだってテレビ欄と四コマ漫画しか読まないくせに」

菜緒「うっ、うるさいな! 大学生は忙しいの!」

美希「ふーんだ。ミキだってアイドルやってて忙しいもん」

星井母「はいはい、もうくだらないことでケンカしないの。今日は遅いからもう寝なさい。パパは明日も朝早いんだし」

菜緒・美希「はーい」

【美希の自室】


リューク「警察官の父親か……なるほどな。父親からある程度警察の情報を得られる自信があったから、警察なんて怖くないって言ってたのか」

美希「まあね。でもまさかキラ事件を直接捜査するチームに入っていたとまでは思わなかったの。ミキ、ちょっとびっくりしちゃった」

リューク「ククッ。どうだ? 父親に追われる気分ってのは」

美希「追われる? 何言ってるの? リューク」

リューク「えっ」

美希「パパ、さっき言ってたじゃん。警察はまだ全然キラの目星も付いてないって」

リューク「いや、でも捜査情報の全部を話しているとは限らないだろ」

美希「大丈夫だよ。パパはミキ達家族には絶対ウソつかないもん」

リューク「……ああ、そう……。(どこからくるんだ? こいつのこの根拠の無い自信は……)」

美希「でもまさかあのイケメン君が替え玉だったとはねー。Lって人もなかなかやるの」

リューク「どんな奴なんだろうな? 本物のLって奴は」

美希「さあね。ま、どっちにしろミキにはカンケ―無いの。今日はもう眠いから寝ようっと。あふぅ」

リューク「…………」

一旦ここまで。
続きはまた明日以降に。

【数日後・765プロ事務所】


社長「えー、今日は諸君らに大事な話がある」

アイドル一同「…………」

社長「プロデューサーだった彼が突然この世を去るという痛ましい出来事から二週間余り……おそらくまだ諸君らの心の傷は癒えてはいまい」

社長「だが、いつまでもこうして立ち止まってはいられん。彼の為にも、我々765プロはより強固に団結し、より高みを目指さなければならない」

社長「そこで今日は、君達をその高みへと導く新たなる仲間を紹介しようと思う。君、こちらへ」

P「こんにちは。今日から765プロのプロデューサーになった○○といいます。よろしくお願いします」

アイドル一同「よろしくお願いします!」

P「はは……なんか照れくさいな」

千早「? あの人……」

あずさ「どうかしたの? 千早ちゃん」

千早「いえ……確かどこかで……」

亜美「ねぇねぇ、新しいプロデューサーの兄ちゃん!」

P「ん? 何だ?」

亜美「ここに来る前は何やってたの?」

真美「もしかしてニートとか?」

P「違うわ! えっと……」チラッ

社長「ん? ああ、構わんよ。別に隠すことでもあるまい」

P「ありがとうございます。……実は俺はこの前まで、961プロっていうアイドル事務所でプロデューサーをやっていたんだ」

アイドル一同「えーっ!」

亜美「く、961プロ!?」

真美「あのジュピターとかの?」

P「ああ。というか、ジュピターの担当プロデューサーは俺だった」

アイドル一同「えーっ!」

 ガヤガヤ…… ガヤガヤ……

小鳥「思ったとおりの反応ですね」

社長「まあ無理もなかろう」

律子「私も最初に聞いたときはかなり驚きましたし」

千早「そうか……だから見覚えがあったんだわ」

あずさ「千早ちゃん?」

千早「実は私、少し前にあった歌番組の収録の時に彼に挨拶したことがあったんです。その番組にジュピターも出ていて、それで」

あずさ「ああ、なるほどね」

千早「あの時は春香も一緒に出ていて……ねぇ、春香。春香も覚え」

春香「お久しぶりです! 私の事覚えてらっしゃいますか?」

P「ああ、もちろんだ」

春香「ありがとうございます! 光栄です!」

千早「て……」

あずさ「流石春香ちゃんね」

千早「……ですね」

P「天海春香、如月千早。あの節は世話になったな」

千早「どうも」

春香「まさかこんな形でお会いできるなんて、夢にも思っていませんでした!」

P「俺もだよ。ま、改めてよろしくな」

春香「はい!」

千早「よろしくお願いします」

響「……なんか、感じ良さそうな人だね」

貴音「ええ。少なくとも、邪な気は感じません」

響「いや、邪って」

美希「…………」

伊織「どうしたの? ぼーっとしちゃって」

美希「え? ああ、別に……」

伊織「大丈夫? あんたちょっと疲れてるんじゃない?」

やよい「美希さん、大丈夫ですか?」

美希「全然へーきなの。新しいプロデューサーも来てくれたし、今日からまたいっしょうけんめーがんばるの」

伊織「あらあら。あんたが一生懸命なんて、明日は雪かしらね」

美希「むー。でこちゃんってばひどいの」

伊織「でこちゃん言うな!」

真「あの、プロデューサー。一つ質問してもいいですか?」

P「ん? 何だ?」

真「プロデューサーは、どうして961プロを辞めてうちに来たんですか?」

雪歩「あっ。それ私も聞きたいかも……」

P「……それは……」

社長「私の口から説明しよう」

P「社長」

社長「今、世間を騒がせているキラ事件。その陰にすっかり隠れてしまったが……前任のプロデューサーが亡くなる少し前の頃、アイドル業界の関係者が相次いで死亡した……というニュースがあっただろう」

真「あー、そういえばありましたね」

雪歩「確かほとんどが事故や自殺……だったよね」

千早「ええ。それも、大きな事務所の社長や会長ばかり」

社長「うむ。まあキラ事件とは違い、こちらはあくまで偶然の連続だろうが……それでもこの頃、アイドル業界全体が陰鬱な空気に覆われていたのは事実だ」

伊織「まあ無理も無いわよね。なんか不吉な感じがしたもの」

貴音「真、面妖な出来事でした」

社長「そんな最中、我が事務所の前任のプロデューサーが急死した。それまで亡くなった人物に比べて地位が低かったということもあり、世間的には特にニュースにもならなかったが……」

美希「…………」

社長「彼の死から一週間ほど経った頃、961プロの黒井社長から私の元に連絡があってね。『後任のプロデューサーが決まっていないなら、うちの敏腕プロデューサーを雇ってみないか』と」

春香「じゃあ、961プロの方から申し出があったってことですか?」

社長「うむ」

春香「それはまた、なんで……」

社長「実は、私と黒井社長は昔馴染みでね。かつては一緒に仕事をしていた仲だった」

社長「しかし、やがて私と黒井はアイドルの育成に対する考え方の違いから対立してしまってね。結局そのまま袂を分かつことになったんだ」

社長「それから早二十数年……もうほとんど碌に連絡も取っていなかったが、今になってこんな申し出をしてくるとは……やはり私達は、深いところではつながっていたのかもしれんな」

春香「それでプロデューサーさんはうちに移籍してきたんですか」

P「ああ。まだ育成途上だったジュピターにも未練はあったが、黒井社長直々に『アイドル業界全体を活性化させるために力を貸してくれ』って頭を下げられてね。そこまでされて応じないのは男じゃない、って思ったんだ」

亜美「へー。クロちゃんはなかなか熱い漢なんだねぇ」

真「亜美、流石にそれは気安く呼び過ぎなんじゃないかな……」

社長「とまあ、そういう経緯で彼はうちのプロデューサーになってくれたというわけだ。彼の辣腕ぶりは今のジュピターの活躍を見れば語るまでも無いだろう」

社長「突然の事態でありながら潔く決断をしてくれた彼、そして極めて優秀な逸材である彼を我が事務所に移籍させてくれた黒井社長の為にも、我々はより高みを目指して走り続けなければならん」

社長「さあ、今日は新たなる765プロの門出の日だ。では君、最後にプロデューサーとしての所信表明を頼む」

P「えっと……まだ移籍してきたばかりですが、とにかく一生懸命頑張ります。夢は皆まとめてトップアイドル! どうかよろしくお願いします!」

 パチパチパチパチ……

【同時刻・961プロ事務所/社長室】


冬馬「なあ、おっさん」

黒井「何だ」

冬馬「アイツの件……本当におっさんが決めたのか?」

黒井「何度同じ事を言わせる気だ」

冬馬「だって今まであれだけ765プロを目の敵にしてたってのに、何で今更急に……」

黒井「フン。別に高木の事を認めたわけではない。ただ今奴らに潰れられても面白くないだろうと思っただけだ」

冬馬「そりゃまあ、敵に塩を送るってこともあるかもしれねぇけどよ。でも何もアイツを渡さなくても……」

北斗「冬馬。もういいだろ。この件はプロデューサー自身も納得済みなんだから」

翔太「そーそー。僕達がとやかく言うことじゃないって」

冬馬「……チッ、分かったよ。その代わり、新しいプロデューサーはアイツくらいやれる奴じゃないとこっちから願い下げだからな」

黒井「フン。お前に言われるまでもない」

北斗「冬馬、もう行くぞ。次の仕事が始まる」

冬馬「ああ、分かってる」

翔太「じゃあまたね、クロちゃん」

 バタン

黒井「……フン」

黒井「これで満足か……?」

黒井「……キラめ……」

【Lの私室】


L「…………」

L(リンド・L・テイラーを出演させた生中継から今日で一週間)

L(何故あの時、キラはテイラーを殺さなかったのか)

L(……あるいは、殺せなかったのか?)

L(いや、テイラーは他の犯罪者達と同じ状態……実名も素顔も晒した状態でテレビに映っていた)

L(キラがあの中継を観ていたとしたら、他の犯罪者達同様、殺すことに何ら支障は無かったはず)

L(では……たまたまあの日、中継を観ていなかったとしたら?)

L(いや、仮にそうだとしても、あの後『L』の存在は大きくニュースで取り上げられていたし、あの日の生中継の映像は今も無数の動画サイトにアップロードされている)

L(キラが『L』の存在を認知していないはずはない……その気になれば今でも『L』であるテイラーを殺せるはず)

L(しかし現実には、テイラーは今もICPOの完全監視の下、確かに生存している)

L(つまりキラは意図的に『L』を殺していないということ……)

L(それは何故だ……?)

L(もしキラがテイラーの犯罪者としての素性を知っていれば、殺すことに躊躇は無かったはず)

L(しかし実際にはそうしていない……つまりキラはあくまでもテイラーを『L』として認識しており……かつ)

L(犯罪者でない以上、たとえ自分を追う者であっても手には掛けない……そういうことか?)

L「…………」

L(あるいは、もう既にテイラーが偽物であるという可能性に気が付いている……?)

L(しかし日本国内でその事実を知っているのは捜査本部の者のみ)

L(では仮に捜査本部の情報が漏れていた、としたら……?)

L(可能性は高くはない。だが今は少しでも手がかりが欲しい。……試してみるか)

L(昨日警察から送られてきた情報……これを基にすれば……多少無理筋でも……)

L「…………」

【同時刻・警視庁/凶悪連続殺人特別捜査本部(キラ対策捜査本部)】


星井父「Lからの緊急招集って……何ですかね」

総一郎「さあな……未だにLの考えは読めんからな」

松田「もしかして、もうキラの正体が分かっちゃったりとか?」

星井父「あのなあ。日本全国民が容疑者なのに、どうやってもう分かるんだよ」

松田「そこはまあ、天才ならではの名推理で……」

星井父「天才ねぇ。今のところあんまりそういう風には見えないけどな」

松田「この前の生中継も空振りに終わりましたしね。……あっ。そういえば係長の娘さんの美希ちゃんも『天才アイドル』って呼ばれてますよね」

星井父「いきなり何の話をしてるんだお前は」

松田「いやあ、最近すごくよく見るから僕も段々ファンになってきちゃって。あ、今度サインお願いできますか?」

星井父「……俺の代筆で良ければやるよ。結構似てるって評判なんだぜ」

松田「えっ、係長が代筆してんすか? マジで?」

星井父「なわけないだろ。冗談だよ。つかお前こそ冗談だよな? 俺の娘のファンとか」

松田「え? マジですけど」

星井父「……マジか」

松田「はい。ダメですか?」

星井父「いやダメっていうか……普通にキモい」

松田「そんな! キモいとかひどいですよ……お義父さん」

星井父「誰がお義父さんだ! 誰が! 本当に気持ち悪いわ!」

総一郎「……二人とも、お喋りはそこまでにしておけ。ワタリが来たぞ」

星井父・松田「! …………」

ワタリ「捜査本部の皆様。本日は急に招集をかけてしまいすみません。Lから皆様にお話がありますので、つなぎます」

捜査本部一同「…………」

(ワタリの設置したノート型PCの画面に『L』の文字が映し出される)

L『Lです。皆さんお集まりいただきありがとうございます』

L『今日は早速ですが、皆さんに現時点での私の推理をお伝えしようと思います』

星井父「推理……?」

L『推理の内容は、キラの人物像についてです』

松田「ほら! やっぱりLにはもう分かってるんですよ、キラの正体が」

星井父「本当か……?」

総一郎「…………」

L『私が思うに……キラは、まだ子どもである可能性が高い』

星井父「こ……子ども?」

L『はい。私はこの事件が起こった当初からその考えを持っていましたが――それを裏付けるデータがまだ無かったので、これまでその旨の発言は控えていました』

L『ですが昨日、皆さんからご提供いただいたデータを観て、自分の考えを強くしました。こちらをご覧ください』

(ノート型PCの画面が複数の棒グラフを表わしたものに変わる)

総一郎「これは……」

L『キラ事件の被害者の死亡推定時刻を表わしたものです』

L『ご覧の通り、被害者の死亡推定時刻……つまりキラが殺人を行っていると思われる時間帯は、平日ではもっぱら19時頃から22時頃の間、土日はばらつきはありますが昼頃からやはり22時頃までとなっています』

星井父「つまり……深夜まで起きていないと考えられるから子ども、ってことか?」

L『そうです』

星井父「そうです、って」

松田「な、なんかえらく安易ですね……」

総一郎「…………」

L『もちろん、これだけが理由ではありません。さっきも言いましたが、私は元々キラは子どもではないかと思っていましたので』

L『その最たる理由は、このキラとしての活動そのものです』

星井父「? どういうことだ?」

L『もし仮に、ある日突然、直接手を下さずに人を殺せるような能力が手に入ったら……普通の大人であれば金や地位、名誉といったものを得るために使うでしょう』

L『おそらくキラは、神か何かを気取って悪人を裁いていき、世の中を良くしようとでも考えているのだと思われますが……そんなことを真面目に考えて実行に移すのは……せいぜい小学校高学年から高校生くらいまでです』

松田「……まあ、そう言われたらそうかもしれませんね」

星井父「確かにそんな能力の持ち主なら、その気になればいくらでも金も地位も手に入れられるだろうしな」

L『また、これも皆さんからご提供いただいた情報ですが……これまで殺された犯罪者は、いずれも日本で情報を得ることができる者でした』

L『このことを先ほどの推理と合わせると、キラはテレビやインターネットなどに比較的自由に接することのできる……ある程度裕福な家の子どもではないかと推測されます』

星井父「ふむ……」

総一郎「…………」

L『――……以上が、現時点でのキラの人物像についての私の考えです。また何か分かりましたらお伝えします』

L『では、私からは以上です』プツッ

総一郎「――では今日はこれにて解散とする。夜勤は二組。他の者は捜査を続けるなり今日は上がって体を休めるなりしてくれ。以上だ」

星井父「緊急招集かけられた割には、なんか拍子抜けって感じの内容でしたね」

総一郎「うむ……」

松田「まあ子どもって言っても対象範囲広すぎですもんね。それなら局長や係長のお子さんだって入ってくるし」

星井父「松田。お前な……」

松田「あっ。今のは言葉のあやですよ。僕だってミキミキがキラだなんて思ってないですし」

星井父「ミキミキって呼ぶな! 人の娘を!」

松田「えー。ミキミキはミキミキでしょ」

総一郎「……Lは……」

星井父「え?」

松田「どうしました? 局長?」

総一郎「いや……なんでもない」

星井父・松田「?」

総一郎「…………。(『キラは子どもである可能性が高い』……星井君の言うように、このことを伝えるためだけに、わざわざ我々を集めたのか……?)」

【Lの私室】


L「…………」

L(多少の飛躍はあったが、これならそこまで無理の無い推理だろう)

L(またキラが子どもであるという可能性は、私が実際に考えていたことでもある)

L(これでもしキラが、捜査本部の情報を得る術を持っているとすれば……)

L(今後のキラの裁きの傾向に、何らかの変化がみられるかもしれない)

L「…………」

【同日夜・星井家のリビング】


菜緒「久しぶりだね。パパがこんな時間に帰って来れたの」

星井父「ああ。今は事件の方もそれほど目立った動きは無いからな」

美希「…………」

菜緒「ふーん。じゃあまだ全然目途立ってないの? キラの正体」

美希「!」

星井母「ちょっと菜緒。食事中にそういう話は……」

菜緒「えーでも気になるじゃん。ねぇねぇ、どうなのパパ?」

星井父「まあ確かに、まだほとんど絞られてはいない。だが……」

菜緒「だが?」

美希「…………」

星井父「今日になって、Lが『キラは子どもである可能性が高い』と言い出した」

菜緒「子ども?」

美希「! …………」

星井父「ああ。なんでも、これまで夜の10時以降には犯罪者を殺していないから、ってのが理由の一つらしい」

菜緒「10時以降には殺していない……その時間にはもう寝てる、だから子どもってこと?」

星井父「ああ」

菜緒「……それはちょっと強引じゃない?」

星井父「まあな」

星井母「大人でも早寝の人はいるしねぇ」

菜緒「あっ。ママものってきた」

星井母「え? べ、別にのってないわよ」

菜緒「ねぇ、美希はどう思う?」

美希「えっ。み、ミキ? ミキは……」

菜緒「うん」

美希「……よくわかんないの」

菜緒「あんたねぇ。ちょっとは考えなさいよ」

美希「だってわかんないんだもん」

星井父「まあ、いずれにせよまだ核心には迫れていないってことだ」

菜緒「だよねー。大体日本中の子どもが容疑者なら、美希だって容疑者ってことになっちゃうし」

美希「!」

星井母「もう、何バカなこと言ってるの。菜緒」

菜緒「あはは、ごめんごめん」

美希「…………」

【美希の自室】


美希「…………」

リューク「ククッ。Lの推理も大したもんだな。まさか死亡推定時刻から割り出してくるとは」

美希「…………」

リューク「で、どうするんだ?」

美希「え? 何が?」

リューク「何がって……裁きの時間帯。変えないのか?」

美希「? 変えないよ?」

リューク「そうか……っておい。変えないのかよ」

美希「だって、日本中の子どもなんて何百万人もいるんだよ? その中からミキ一人が特定されるなんてありえないって思うな」

リューク「まあそりゃそうだけど」

美希「それに、夜遅くに裁きをするのは眠くて辛いの。ミキの目は夜の10時を過ぎると上のまぶたと下のまぶたがくっついちゃうの」

リューク「いや、それなら時間指定して殺せばいいだろ」

美希「え? そんなことできるの?」

リューク「……ルールの中に書いてただろ。死因を書けば、更に詳しい死の状況を書けるって」

美希「あー。なるほど。そこで何時何分何秒に死ぬって書いたらその通りになるんだね」

リューク「そういうことだ」

美希「なるほどなの。でもまあめんどくさいからいいや」

リューク「あ、そう……」

美希「あふぅ。そういうわけで、ミキはもう既に眠いの。ぱぱっと今日の分書いて寝ちゃおうっと。明日も朝からレッスンだしね」

リューク「…………」

一旦ここまでなの

【翌日・765プロ事務所】


美希「あふぅ。レッスン疲れたの」

春香「朝からハードだったね」

美希「おかげでもうクタクタなの」

P「レッスンお疲れ様。春香。美希」

春香「あっ。プロデューサーさん!」ダッ

P「ん? どうした春香?」

春香「ふふっ、えっとですね……」ゴソゴソ

P「?」

春香「はい、これ! 私が焼いてきたクッキーです! どうぞ!」

P「おっ。これは美味そうだな。ありがとう。後で頂くよ」

春香「えー、今食べてくれないんですか?」

P「すまん、あいにく今から外出なんだ。……美希」

美希「? はいなの」

P「悪いがすぐに着替えてくれ。今から、今度一緒に仕事をする相手の会社のところに挨拶しに行くことなった」

美希「えー! 聞いてなかったの!」

P「すまん、さっき急に決まったんだ」

美希「もー、ミキ疲れてるのにー」

P「そう言うなって。これも仕事のうちだ」

美希「はーいなの」

春香「何なら私が代わりに行きましょうか? プロデューサーさん」

P「いや、悪いがこの仕事はもう美希に決まってるんだ。春香はまた今度な」

春香「ちぇっ、ざーんねん。……あっ、そうだ。美希」

美希「? 何? 春香」

春香「はい、これ。美希の分。春香さん印の特製クッキー。これ食べてお仕事頑張って!」

美希「! ありがとうなの! 春香!」

P「美希。早く」

美希「わ、分かってるの! ちょっと待っててなの!」ダッ

【ヨシダプロダクション/応接室】


P「なんとか間に合ったな……」ハァハァ

美希「た、ただでさえ疲れてるミキに全力ダッシュさせるなんて、プロデューサーは結構ひどいって思うな……」ハァハァ

P「仕方ないだろ。タクシー渋滞につかまっちゃったんだから」

美希「それで? ミキ、まだ何のお仕事かも聞いてないんだけど……」

P「ああ、それはだな……」

 ガチャッ

「失礼します」

P「! ご無沙汰しています」

「ご無沙汰しています。本当に移籍されたんですね」

P「ええ、まあ……色々あって」

美希「……プロデューサー?」

P「ああ、えっと……こちらが星井美希。当事務所の所属アイドルです。ほら美希、挨拶」

美希「あっ、うん。えっと。星井美希です、なの。よろしくお願いしますなの」ペコリ

「ふふっ。はい、よろしくお願いします。よく存じていますよ、星井美希さん。私はヨシダプロダクションでマネージャーを務めている吉井という者です。そしてこちらが――」

「はじめまして! 弥 海砂 っていいます。ヨシダプロダクションでアイドルやってます! まだデビューして日も浅い新人ですが、どうぞよろしくお願いします!」

P「よろしくお願いします。弥さん」

美希「よろしくお願いしますなの」ペコリ

海砂「…………」ジーッ

美希「?」

海砂「ほ……」

美希「ほ?」

海砂「本物だ! 本物のミキミキだ!」

美希「えっ」

吉井「ちょっとミサ。落ち着いて」

海砂「だってミキミキだよ、ヨッシー! 本物の! 765プロの!」

美希「え? え?」

海砂「すごいすごい! やだ、ちょーかわいー! キャー!」

美希「…………」

P「は、ははは……」

美希「アイドル同士のコラボCM?」

P「ああ。○×ピザのCMだ。元々は弥さんにきていた話だったんだが、吉井さんに頼んで、美希も一緒に出してもらえないかと企業側に推してもらってな。それでなんとかオーケーしてもらえたってわけだ」

吉井「あなたには以前からよくお世話になっていましたからね」

P「いえいえ、それはお互い様ですよ」

美希「? そうなの?」

P「まあ狭い業界だからな。俺が961プロに居た頃から、よくお互いに仕事先を紹介しあったりしていたんだ」

美希「へー」

吉井「それに、今を時めく765プロのアイドルさんとのコラボCMとなれば話題性も上がるし、まだ駆け出しのミサにとってはより名前が売れるチャンスになりますからね。まさにWin-Winというわけです」

海砂「うんうん。ミサも、ミキミキと一緒のCMに出れて嬉しいしね」

美希「ありがとうなの。そう言われるとミキも嬉しいの」

海砂「ふふっ。それにしても、やっぱり本物はテレビで観るよりずっと可愛いね」

美希「え? あ、ありがとうなの」

吉井「ミサ。一応星井さんの方が先輩なんだから」

海砂「あっ、そっか。ごめんなさい。気悪くしないでね?」

美希「えっ、ぜ、全然そんなことないの!」

海砂「そう? 良かった。ふふっ」

美希「あはっ」

P「…………」

美希「? どうしたの? プロデューサー」

P「いや……なんかこう、事務所の垣根を越えてのアイドル同士の交流、ってのも良いもんだと思ってな」

美希「何それ。なんかジジくさいの」

P「じ、ジジくさいってお前……」

吉井「ああ、でも分かりますよ。最近色々ありましたからね、この業界」

海砂「あー、あの一連のやつね。うちも社長が亡くなったし」

P「そうでしたね」

吉井「あなたのところも、確か……」

P「ええ。うち、といっても前の職場ですが。役員が一人、事故死で」

吉井「大変でしたね、お互い」

P「まあ不幸中の幸いといいますか、うちはほぼ社長のワンマンだったので、大きな影響は無かったですけどね」

海砂「765プロは大丈夫だったんだっけ?」

美希「え? え、えっと……」

P「他の事務所とはちょっと違いますが、俺の前任のプロデューサーが……」

吉井「ああ、そうか。それであなたが移ったんでしたね」

P「ええ、まあ」

海砂「なーんか、こんな感じでここんとこずっと、アイドル業界全体が暗い感じだよね。早く明るくなってほしいな」

P「業界というか、今は世の中全体が暗い雰囲気に包まれているような気がしますよ。キラ事件もありますし……」

美希「…………」

吉井「……だからこその、今回のアイドルコラボCM。そういうことですよね?」

P「ええ。この二人の頑張りが、世の中を再び明るく照らし出すきっかけとなる。俺はそう信じています」

美希「なんかすごいことになってるの」

吉井「それだけ期待してるってことよ。あなた達二人に」

海砂「よーし、美希ちゃん。一緒に力を合わせて頑張ろう」

美希「うん。ミキもガンバるの。海砂ちゃんと一緒に」

海砂「あ!」

美希「? どうしたの?」

海砂「ねぇヨッシー。前から考えるように言われてたミサの公式ニックネームの件だけど……『ミサミサ』って、どうかな?」

吉井「え」

海砂「美希ちゃんの人気にあやかってさ。良いと思わない?」

吉井「……いや、あやかるのは別にいいけど、でも何もネーミングまで真似なくても……」

P「良いんじゃないですか?」

吉井「え?」

P「『ミキミキ』と『ミサミサ』。なんだか覚えやすいし、コラボCMにもうってつけだと思います」

美希「うん。ミキもそれが良いって思うな」

吉井「……まあ、お二人にそう言っていただけるのなら……」

海砂「よーし! じゃあ改めて、『ミキミキ』と『ミサミサ』で頑張ろう! 美希ちゃん!」

美希「はいなの! 海砂ちゃん!」

【同日夜・美希の自室】


美希「へー。海砂ちゃんってまだデビューして日も浅いって言ってたけど、もう結構ティーン誌やファッション誌とかに出てるんだ」

リューク「…………」

美希「あっ。深夜番組のアシスタントもやってる。ふーん。今度観てみようかな」

リューク「…………」

美希「あっ! 分かったの!」

リューク「え? 何がだ?」

美希「あのヨッシーっていう海砂ちゃんの女マネージャー、ずっと誰かに似てるなーって思ってたんだけど、律子に似てるの! あのメガネとか!」

リューク「……ああ、そう……」

美希「そういえば性格も結構律子っぽかったの。なんか真面目そうなとことか」

リューク「…………」

美希「……え?」

リューク「? 今度は何だ?」

美希「これ……海砂ちゃんのファンの個人サイト……」

リューク「ん? 何々……『今から一年前、弥海砂の両親は強盗に殺された』……? うお、マジかよ」

美希「しかもこの犯人の名前……多分……」パラパラ

美希「! ……やっぱり……」

リューク「おー、ばっちり書いてあるな」

美希「…………」

リューク「ククッ。つまりお前は彼女の両親の仇を討った恩人ってわけか。もちろん、向こうはそんなこと知るわけもないが」

美希「…………」

リューク「こういうことならいっそ、あの子に自分がキラだって教えてやったらどうだ? 今よりもっと仲良くなれるかもしれないぞ」

美希「…………」

リューク「そうしたら、お前が今一人でやってる裁きだって、喜んで手伝ってくれるかもしれない」

美希「……何バカなこと言ってるの、リューク」

リューク「あれ」

美希「海砂ちゃんはミキのアイドル仲間で普通の友達。それ以上でもそれ以下でもないの」

リューク「……ああ、そう……」

美希「…………」

美希(そうだよ。ミキは誰の力も助けも借りない)

美希(このデスノートだけで、皆が楽しく生きていける世界を作ってみせるの)

一旦ここまでなの

美希「これ……海砂ちゃんのファンの個人サイト……」

リューク「ん? 何々……『今から一年前、弥海砂の両親は強盗に殺された』……? うお、マジかよ」

美希「しかもこの犯人の名前……確か……」パラパラ

美希「何日か前、まだ裁いていなかった過去の凶悪事件の犯人をまとめて裁いたときに……」

美希「! ……やっぱり……」

リューク「おー、ばっちり書いてあるな」

美希「…………」

リューク「ククッ。つまりお前は彼女の両親の仇を討った恩人ってわけか。もちろん、向こうはそんなこと知るわけもないが」

美希「…………」

リューク「こういうことならいっそ、あの子に自分がキラだって教えてやったらどうだ? 今よりもっと仲良くなれるかもしれないぞ」

美希「…………」

リューク「そうしたら、お前が今一人でやってる裁きだって、喜んで手伝ってくれるかもしれない」

美希「……何バカなこと言ってるの、リューク」

リューク「あれ」

美希「海砂ちゃんはミキのアイドル仲間で普通の友達。それ以上でもそれ以下でもないの」

リューク「……ああ、そう……」

美希「…………」

美希(そうだよ。ミキは誰の力も助けも借りない)

美希(このデスノートだけで、皆が楽しく生きていける世界を作ってみせるの)

【Lの私室】


L「…………」

L(先日、私は捜査本部に対してキラの人物像についての自分の見解を述べたが……結局、その後もキラの裁きの傾向に変化はみられなかった)

L(この現状では、キラが捜査本部から情報を得ている可能性は低いと判断せざるを得ない)

L(あわよくば、ここからキラの手掛かりをつかめるかとも思ったが……)

L(これでまた振り出しか)

ワタリ『L。日本の警察に頼んでいた情報が上がってきました』

L「分かった。回してくれ」

ワタリ『こちらです』

L「…………」

L(私が警察に調べるよう依頼していたのは、これまでキラに殺された犯罪者が日本でどのような報道のされ方をしていたか、という点)

L(キラが殺人を行う上で必要となる条件を知るために依頼していたものだ)

L(それによると……)

L(これまで殺された犯罪者は、すべて日本で顔と名前が報道されていた者……か)

L(とすると、キラが殺人を行うためには、少なくとも対象者の顔と名前の両方を知ることが必要……?)

L(つまりキラは、殺したい人物がいても、その者の顔を見ただけでは殺せない……?)

L(いやだが、氏名不詳の者などでない限り、そもそも犯罪者の顔だけが報道されるということは無い。そして少なくともキラが活動を始めてからそのような報道がされたケースは無い)

L(ならばもう少し……捜査本部の情報が漏れていないという前提であれば……)

L「…………」

【同日・警視庁/凶悪連続殺人特別捜査本部(キラ対策捜査本部)】


L『捜査本部の皆さん。この度は私の依頼に応じて情報を提供して下さりありがとうございました』

L『これにより、私はキラの殺人に必要な条件をほぼ特定することができました』

星井父「! 本当か」

総一郎「…………」

L『ただ、これは今後のキラ捜査の基本となる情報ですので、可能な限りより明確にしておきたい』

L『そこで、皆さんに報道機関を使ってやって頂きたいことがあります』

星井父「また報道操作か……? 今度は何をする気だ」

松田「まさかまた自分の身代わりを晒させる気ですかね?」

総一郎「…………」

L『今回お願いしたいことは、犯罪者の報道内容の操作です』

星井父「? 報道内容?」

総一郎「…………」

L『そしてできれば、今から述べる内容を明日の報道で実施して頂きたい』

L『まず、これまでのキラの裁きの傾向から、裁きの対象となりそうな重大犯罪を犯した者のうち、任意の一名を偽名で報道させて下さい。この際、顔写真は本人の物をそのまま使用して報道させて下さい』

星井父「? 偽名ということは……わざと誤った報道をしろということか?」

L『はい。私の考えではキラの殺人には顔と名前が必要……しかしもし仮に顔だけでも殺せるとすれば、偽名での報道でもこの容疑者は殺される筈。逆にこの容疑者が殺されなければ、名前まで必要という私の考えが裏付けられることになります』

星井父「なるほど……」

総一郎「…………」

L『そして次に、それとは別に、同じくキラの裁きの対象となりそうな犯罪を犯した者のうち、比較的年齢の近い容疑者二名の顔写真を入れ替えて報道させて下さい。この際、名前については二名とも本名での報道をお願いします』

松田「さっきの逆のパターンですね」

星井父「これでもしその二名が殺されれば名前だけでも殺せる……逆に殺されなければ名前だけでは殺せない、ということになるということか」

L『その通りです。もっとも殺害対象を特定するという観点からは、いくら名前が分かっていても顔が分からない相手を殺せるとはまず考えにくいですが……念の為です』

L『この三名以外の者は、これまでの犯罪者と同様、本名と本人の顔写真で報道させて下さい』

L『そしてこれらの報道操作にもかかわらず、誤った情報で報道した三名の容疑者全員が殺された場合は速やかに……もしその中で殺されなかった者がいた場合は、数日間様子を見、それでも何も起こらなければ訂正の報道をさせて下さい』

総一郎「…………」

星井父「Lがやろうとしていることは分かった。しかし……」

総一郎「……L。これでは犯罪者をキラの殺人の条件を知るための実験台に使っているのと同じ……やっていることはキラと大差無い。申し訳無いが、警察としては承服しかねる」

星井父「局長」

松田「確かにそうっすよね……。この捜査本部の中でも、キラが報道から犯罪者の情報を得ている以上、犯罪者個人が特定されるような報道はやめるべきだって意見も出ていますし」

L『……その考えは一意見としては理解できますが、今警察がそのような措置を取ってしまうと、キラが抗議と脅しの意を込めて無作為に一般人を殺し始めたりする可能性もゼロではありません』

L『犯罪者だから死んでもいい、などと言うつもりは毛頭ありません。それではまさにキラと同じ考えです』

L『しかし現状のまま手をこまねいていても状況が変わらないことも確かです。これまで通り、キラの基準に沿う、一定以上の重大犯罪を犯した者が殺され続けるだけです』

L『それならば、少なくとも今この状況でできることはやっておきたい』

総一郎「………」

L『必ずしも人道に沿ったやり方とはいえないことは否定しません。しかしキラ事件そのものを終結させるためには必要なことです』

L『どうかご理解下さい』

総一郎「……分かった。Lがそこまで言うのなら……」

星井父「局長」

松田「良いんですか?」

総一郎「良いとは思っていない。だが現時点で我々警察がキラの殺人の条件を特定できていないのも事実だ……」

星井父「それは……そうですが……」

L『ご協力、感謝いたします。では、よろしくお願いいたします』

総一郎「…………」

【翌日夜・美希の自室】


美希「さて。今日も裁きの時間なの。テレビテレビっと」ピッ

リューク「もうすっかりキラとしての活動が日常の一コマになってるな」

美希「まーねー。なんだかんだでもうこの裁きを始めてから一か月近くになるし」

リューク「アイドルとしての活動の方も忙しくなってきてるっていうのに大したもんだな」

美希「その分ガッコの勉強はやばいけどね……ミキ、これでも一応受験生なのに」

リューク「受験なんてどうにでもなるだろ。たとえばデスノートを使って入学したい高校の校長を脅してみるとか」

美希「むー。ミキはそういう目的でノートを使ったりはしないの。見くびらないでほしいな」

リューク「ククッ。それは悪かったな」

TV『……本日未明、東京都渋谷区で強盗殺人事件が発生し……』

美希「おっと。早速きたの」

TV『……警察は中岡寺松四郎容疑者の行方を追っており……』

美希「中岡寺松四郎……ね。よし、顔も覚えたの」

リューク「……ん?」

美希「? どうしたの?」

リューク「いや……なんでもない」

美希「? 変なリューク。まあいいや」カキカキ

リューク「…………」

美希「よし。これでまず一人なの」

TV『……続いて、昨日都内で起きた銀行強盗事件ですが、警察は恐田奇一郎容疑者の犯行と断定し……』

美希「はいはい、恐田奇一郎……っと。こんな大人しそうな顔して銀行強盗なんて、結構大胆な奴なの」カキカキ

リューク「……?」

TV『……先月15日に起きた女児誘拐殺人事件で、警察は鳩梅﨑元次郎容疑者を逮捕……』

美希「鳩梅﨑元次郎……ね。こっちはなんかいかにも悪そうな顔なの」カキカキ

リューク「……ククッ。なるほど、そういうことか」

美希「え? 何か言った? リューク」

リューク「いや、何も?」

美希「もー。人が頑張って裁きしてる時にジャマしないでほしいの。……あっ。海砂ちゃんから電話なの!」

リューク「俺はダメでミサはいいのかよ」

美希「うん。だって海砂ちゃんはミキの友達だもん」ピッ

リューク「…………」

美希「……もしもし? 海砂ちゃん? うん、まだ起きてたの」

美希「……うん。ああ、そこミキも行ってみたいって思ってたの! あはっ」

美希「うん、大丈夫なの。じゃあまた明日ね。おやすみなさいなの」ピッ

リューク「……ミサと会うのか? 明日」

美希「うん。明日オフだから駅前にできたケーキ屋さんでも行ってみない? って。ミキもちょうど明日お休みだし、前から一度行ってみたかったところだから良かったの」

リューク「へぇ。それは良かったな」

美希「さて、じゃあ残りの裁きもちゃっちゃと終わらせて寝ようっと。あふぅ」

リューク「…………」

【翌日】


美希「なんか友達と遊ぶの久しぶりなの」

リューク「そうなのか?」

美希「うん。事務所の友達とは、前のプロデューサーが亡くなってから、ちょっとしばらくそういうのはやめとこうみたいな空気になっちゃってたし」

美希「ガッコの友達の方も、ちょっと前にクラスメイトの男子が死んじゃったから、なんとなく羽目を外しにくい感じになってるの」

リューク「……どっちも自分で殺しといて……」

美希「なんか言った?」

リューク「いや、別に……」

美希「あっ、そうだ。これ、うっかり海砂ちゃんに触られないように気を付けないと。もうちょっと鞄の底の方に押しやっといた方がいいかな」グイグイ

リューク「……遊びに行く時でも持って行くんだな。デスノート」

美希「うん、そうだよ。当然なの」

リューク「前から思ってたんだが、そうやって常にノートを持ち歩くのって危なくないか? 今自分で言ってたように、何かの拍子に他のやつに触られたりする可能性もあるわけだし」

美希「それを言うなら、家に置きっぱなしの方がよっぽどアブナイの。ミキの部屋、ママがちょくちょく掃除しに入ってくるし、お姉ちゃんも勝手に入ってきてはミキの服とか借りてっちゃうしね」

リューク「……なるほどな。常に肌身離さず持ち歩いてる方が安全ってことか」

美希「そういうことなの。あっ! 海砂ちゃんなの! おーい、海砂ちゃーん!」

海砂「やっほー美希ちゃん。あっ、ちゃんと変装してるんだね」

美希「そーなの。ミキ的にはどっちでもイイって感じなんだけど、律子がしろしろってウルサくて」

海砂「それだけ売れてるって証拠じゃん。いいなあ、早くミサも売れるようになりたい」

美希「ミキ的には、海砂ちゃんならすぐ売れるようになるって思うな」

海砂「本当? 嬉しい、ありがとう! じゃ、早速行こっか」

美希「はいなの!」

【同日・Lの私室】


L「…………」

L(昨日報道された犯罪者で、キラの裁きの対象となりそうな重大犯罪を犯した者のうち、実際に殺されたのは顔と名前が正しく報道された者のみ)

L(顔と名前のいずれかが誤った情報で報道された三名については、まだ誰も殺されていない)

L(これはやはり……)

L「……ワタリ。例の三名の犯罪者だが、数日間様子を見て何も無ければ……」

ワタリ『はい。その際は予定通りの対応を取る旨、警察と再度確認済みです』

L「分かった。引き続きよろしく頼む」

L(……さあ、どう出る? キラ……)

【数日後・美希の自室】


美希「あふぅ。今日もちゃっちゃと裁きいってみよーなの」ピッ

リューク「…………」

TV『……先日お伝えした、東京都渋谷区で起きた強盗殺人事件についてですが、容疑者の名前を誤ってお伝えしていました』

美希「……え?」

TV『正しくは『中岡字松四郎』容疑者でした。訂正してお詫びいたします』

美希「……ってことは……」パラパラ

美希「あっ。やっぱりミキ、間違った方で書いちゃってる。……ねえリューク、名前を間違えて書いちゃってたらやっぱり無効?」

リューク「ああ。無効だな」

美希「もー。二度手間になっちゃったの。ちゃんと報道してよね」カキカキ

リューク「…………」

TV『……えー、これも先日お伝えした銀行強盗事件と女児誘拐殺人事件についてですが、この二つの事件の容疑者の顔写真を取り違えてお伝えしていたことが判明しました」

美希「えっ! 取り違え!?」

リューク「…………」

TV『正しくは、銀行強盗事件の容疑者、恐田奇一郎の顔写真がこちら、そして女児誘拐殺人事件の容疑者、鳩梅﨑元次郎の顔写真がこちらとなります。訂正してお詫びいたします』

美希「……ねぇ、リューク」

リューク「ん? 何だ?」

美希「一応聞くけど、違う人の顔を思い浮かべながら名前を書いちゃった場合もやっぱり無効?」

リューク「ああ。無効だな」

美希「もー! 何なの!? こんなにいっぱい間違えないでほしいの!」カキカキ

リューク「……ククッ。不便だな、人間ってやつは。殺したい奴の顔を見ても名前が分からないとは」

美希「? どういうこと?」

リューク「ああ。そういやまだ説明してなかったな」

美希「?」

リューク「いいか、ミキ。死神とデスノートを持った人間とでは二つの大きな違いがある」

美希「二つの違い?」

リューク「ああ。そもそも何故、死神がデスノートに人間の名前を書くか知ってるか?」

美希「そんなの、ミキが知るわけないの」

リューク「……ククッ。それはな、死神は人間の寿命をもらっているからだ」

美希「? 寿命をもらう?」

リューク「ああ。たとえば、人間界で普通に60歳まで生きる人間を40歳で死ぬようにノートに書く。そうすると、60-40=20、その人間界での20年という時間が死神の寿命にプラスされるんだ」

リューク「だからよほど怠けてない限り、頭を拳銃でぶち抜かれようと心臓をナイフで刺されようと死神は死なない」

美希「ふぅん。そうなんだ」

リューク「もっとも、ダラダラと何百年も人間の名前を書く事を忘れていて死んだ死神も俺は見たし……」

リューク「俺も知らないが、死神を殺す方法ってのも存在してるらしい」

美希「へぇ」

リューク「しかし、ミキがデスノートに人間の名前を書いてもミキの寿命は延びない。これが死神とデスノートを持った人間との違いのひとつめだ」

美希「なるほどね。まあミキも流石に何百年も生きたくはないからそれはそれで良かったの」

リューク「ククッ。確かにもう散々殺しまくってるからな、お前の場合」

美希「むー。死神に言われたくないの」

リューク「ああ、すまん」

リューク「次にふたつめの違いだが……俺達死神は死神界から人間界を見下ろし、ノートに書く人間を選んでいる」

リューク「そこに多少の好き嫌いはあるかもしれないが、ほとんどがたまたま目に留まった人間だ」

リューク「じゃあ何故死神界から覗いているだけでその人間の名前が分かるかだが……」

美希「…………」

リューク「死神の目には……人間の顔を見ると、そいつの名前と寿命が顔の上に見えるんだ」

美希「! ……名前と寿命……」

リューク「そうだ。だから死神は殺す奴の名前が分からなくて困ることはないし、その人間を殺せば自分の寿命がどれだけ延びるかがはっきり分かる」

リューク「目が違う。それが俺とミキとの決定的な違いだ」

美希「…………」

リューク「そしてもちろん今、俺の目にはミキの名前と寿命が見えている」

美希「! …………」

リューク「人間界単位に直すと何年かはっきり分かる。もちろんそんな事はここまで口の裂けている俺でも口が裂けても言えない」

美希「……なるほどね。じゃあ……」

リューク「……?」

美希「もし名前が分からない犯罪者がいた場合、リュークに聞いたらそいつの名前を教えてくれるの?」

リューク「いや、あいにくだがそれもできない。死神界の掟があるからな。だが……」

美希「?」

リューク「死神は、自分の落としたノートを拾った人間の目を死神の目にしてやることができる」

美希「! 目を……死神の目に?」

リューク「ああ。ある古くから伝承されてきた取引をすることでな」

美希「と……取引って?」

リューク「死神の眼球の値段は……その人間の残りの寿命の半分だ」

美希「! …………」

リューク「つまり、あと50年生きるとすれば25年。あと一年の命なら半年だ」

美希「…………」

リューク「どうする? ミキ。この取引をすれば顔を見るだけで全ての人間の名前が分かる。そうすればもう今日みたいなことは無くなる」

美希「……リューク」

リューク「おう」

美希「確かにさっき、ミキは何百年も生きたくはないって言ったけど……だからって、寿命をみすみす減らすようなことはしたくないの」

リューク「…………」

美希「悪人達を消していき、皆が笑って生きていける世界を作るには、きっとそれなりに時間がかかると思うしね」

美希「だからそのためには、元々持ってる寿命まで減らすようなことはしたくないの。それに今日みたいなこともそう滅多には起こらないと思うし」

リューク「そうか。分かった。まあこの取引はミキがノートを持っている限りいつでも出来る。また気が向いたら言ってくれ」

美希「…………」

【翌日・Lの私室】


L「…………」

L(顔と名前のいずれかを誤った情報で報道していた三人の容疑者全員が、昨日、その訂正の報道を行った直後に心臓麻痺で死亡した……)

L(状況的に、訂正報道を見たキラによって改めて裁きがなされたものとみてまず間違いないだろう)

L(しかしこうも簡単に……これでは『私は顔と名前のいずれか一方の情報だけでは殺せません』と宣言しているようなもの)

L(いや、だが当初の誤った情報による報道の時点で殺せていなかった以上、それはどのみち分かることともいえるか)

L(いずれにせよ、キラの殺人には顔と名前の両方が必要……つまり、どちらか一方のみの情報では殺せない。今回そのことがはっきりと分かった)

L(今後はこのことを念頭に置いて捜査を行うべき)

L(そしてもちろん、この事実が意味するリスクも踏まえた上で……)

L「…………」

L(待っていろ……キラ)

L(私は必ずお前を……死刑台に送ってみせる!)

一旦ここまでなの

【警察庁/凶悪連続殺人特別捜査本部(キラ対策捜査本部)】


総一郎「な……何だこれは?」

捜査員A「見ての通り辞表です」

総一郎「…………!」

捜査員A「他の事件の担当に回して頂くか、それができなければ警察を辞めます」

総一郎「……キラに殺されるかもしれないからか?」

捜査員A「はい」

総一郎「…………」

捜査員B「Lがキラの殺人の条件を特定してくれましたからね」

総一郎「キラは顔と名前が分からなければ殺せない……」

捜査員B「ええ。しかし逆に言えば、顔と名前さえ分かれば殺せる」

捜査員C「もちろん、顔と名前以外の条件がある可能性も否定はできませんが、これまでの裁きを見る限りおそらくそれは無いでしょう」

総一郎「…………」

捜査員B「私達はLとは違い、警察手帳という顔写真と名前の入った身分証明書を持って捜査をしています。堂々と顔を隠さずです」

捜査員A「キラはこれまでまだ犯罪者以外は殺していませんが、それはまだ我々捜査本部がキラに迫れていないからと考えます」

捜査員B「今後捜査が進展し、もし自分が捕まりそうになったら……私がキラなら、たとえ犯罪者でなくとも自分を捕まえようとする者は殺します」

捜査員C「捕まれば自分が死刑ですからね」

捜査員A「つまり我々はいつキラに殺されてもおかしくない……局長の仰ったとおり、これが部署異動を希望する理由です」

捜査員B「では局長、よろしくお願いします」

総一郎「…………」

【Lの私室】


L「…………」

L(キラの殺しの条件は分かった。これで今後ある程度キラに近づき、仮に顔を見られたとしても名前さえ知られなければ殺されることは無い)

L(つまりこれからは、より直接的にキラの身辺に探りを入れる捜査も可能となるということ)

L(ただそれは、私のようにどこにも顔や名前といった自分の情報を残していない者に限った話)

L(常に身分証明書を携帯している警察の人間にとってはまた勝手が違うだろう)

L(それに今後の捜査はキラの足取りに直結する可能性もある……現状、捜査本部の情報が外に漏れているとは考えていないが、それでもリスクは可能な限り減らしておきたい)

L(そのために必要なのは……今後のキラ捜査は、外部に情報を漏らすことが無いと確信できる人間のみで行っていくこと)

L(この点、今の捜査本部は捜査効率は高いが大所帯過ぎる……)

L(しかしこちらから『捜査員を厳選してくれ』と切り出すのも『私はあなた方を信用していません』と言うようなもの)

L(キラ捜査に警察の協力は不可欠……ここで警察との信頼関係を壊してしまうのはまずい)

L(さて……どうするか……)

ワタリ『L。捜査本部の夜神局長からです。携帯電話からの発信のようです』

L「携帯から? 分かった。つないでくれ」

総一郎『L。局長の夜神だ』

L「お疲れ様です。携帯からとは珍しいですね。何かありましたか?」

総一郎『ああ。今は周囲に他の者がいない状況で通話している。実は今日、捜査本部から三名、異動を希望する者が現れた』

L「! ……理由は?」

総一郎『このまま捜査が進めば、いつキラに殺されるか分からないから、ということだ』

L「……そうですか。実は私も同じことを考えていました」

総一郎『そうなのか?』

L「はい。キラが顔と名前だけで人を殺せると分かった以上、身分証明書を持って捜査している警察の皆さんが殺されてしまう可能性は十分にありますから」

総一郎『なるほどな』

L「で、どう対応されたんですか?」

総一郎『……私の方から、捜査本部の捜査員全員に向けて一つの提案をした』

L「? 提案?」

総一郎『ああ。……確かに今後、我々はキラに殺されるかもしれない。このような状況である以上、今ここで捜査から外れても降格などにはしない。自分の人生、家族、友の事をよく考え、そういったものを犠牲にしてでもキラと戦おうという信念のある者だけ、今から三時間後にこの捜査本部に居てくれ、と』

L「! 夜神さん」

総一郎『L。あなたは勝手をされて怒っているかもしれないが、これは我々警察内部の組織体制の問題……どうか許してほしい』

L「いえ……逆です。夜神さん」

総一郎『? 逆?』

L「はい。私もこれからの捜査は人数を絞って行うべきと考えていました。それをどうそちらへ切り出そうかと思案していたところです」

総一郎『! そうだったのか?』

L「はい。その理由はまた後ほどお話しいたします。とにかくその夜神さんの提案は私にとっては願っても無いものです。感謝します。ではメンバーが確定した段階でまた連絡して下さい」

総一郎『ああ、分かった』

【三時間後・警察庁/凶悪連続殺人特別捜査本部(キラ対策捜査本部)】


L『今、そこに残っておられる方が今後もキラと戦って行く覚悟をお持ちの方、ということでよろしいですね』

総一郎「ああ。私を含めて七名が残っている」

星井父「…………」

松田「…………」

相沢「…………」

模木「…………」

伊出「…………」

宇生田「…………」

L『分かりました。私は強い正義感を持ったあなた方こそを信じます』

L『それでは、これから今後の捜査の進め方についてご説明します』

総一郎「……いや、待ってくれ。L」

L『?』

総一郎「ここに居る者は全員、命を懸けてキラを追う覚悟を持った者だが……全員が全く同じ考えというわけではない。伊出。宇生田」

伊出「L。我々は命懸けでキラを捕まえると決心した。キラに対して命を懸ける意味は分かっているはずだ」

宇生田「しかし、あなたはいつも顔を見せず我々に指図するだけ……このままでは我々はあなたを信用して協力することができない」

L『…………』

伊出「キラの殺人には顔と名前が必要……これは他でもない、L。あなたが検証してくれたことだ」

伊出「そして今後、互いに信用し協力してキラを追っていくためには……そもそもの前提として、互いに互いをキラでないと確信しあっていることが必要不可欠」

宇生田「現に世間では『L=キラ』、つまりLの二重人格という説を立てている者もいる」

宇生田「もちろん、我々がそう思っているというわけではない。だが、L。我々とともに捜査をする気があるならここに来て顔を見せ、名前も教えてほしい」

L『! …………』

伊出「あなたは当然、我々全員の顔と名前を知っているだろう。なのに我々はあなたの顔も名前も知らない……これではあまりにアンフェアだ」

伊出「もしあなたが今言った条件を受け容れてくれるのなら……我々もあなたと共にキラを追うことに異存はない」

総一郎「…………」

L『……すみません』

伊出・宇生田「!」

L『私は、いずれにせよあなた方全員の前に顔を見せることは考えていました』

L『これはあなた方も仰ったように、互いに対する信用の証とするためです』

L『しかし、名前を教えることだけはできません』

L『これは私が世界のどこにも自分の名前を情報として残していないからということもありますが……』

L『それ以上に、いかなる状況においても、キラの殺人に必要となる情報を開示するべきではないと考えているからです』

総一郎「L……」

伊出「分かりました。それならば仕方ありません。私はあなたとは組まずに、警察内部で独自にキラを追います」

宇生田「私も同じです」

総一郎「伊出。宇生田……」

伊出「局長。後の事はお任せします」

宇生田「こちらでもし有益な情報が見つかれば、必ずお伝えしますので」

総一郎「すまん……よろしく頼む」

(伊出と宇生田が捜査本部から去る)

総一郎「では、改めて……L。今この場に居る五名が、あなたを信用し、あなたと共にキラを追う覚悟を持った者達だ」

星井父「…………」

松田「…………」

相沢「…………」

模木「…………」

L『分かりました。……ワタリ』

ワタリ「はい」

(『L』の文字が映し出されたノート型PCを総一郎達の方へ向けるワタリ)

総一郎「?」

星井父「なんだ?」

(PCの画面にメッセージウィンドウが表示され、文字が次々と入力されていく)


『今、これから起きることは
 我々七人だけの秘密にして
 頂きたい。

先ほども言ったように、
 私が信用した、あなた方五人と
 今すぐにでも会う事を考えています。

 会う事、会った事、これからの我々の行動、
 全てを一切会話にしない。
 今ここに居ない者、もちろん警察内部、
 自分の身内や友人等にも漏らさない。

 上記の事を約束して頂けるのであれば、
 警察庁の建物からすぐの帝東ホテルまで来て下さい。
 
 私は今、このホテルの一室にいます。

 私はこれから数日おきに
 都内のホテルを移動します。

 今後、警察庁の捜査本部は
 飾りの捜査本部とし、

 私の居るホテルの部屋を
 事実上の捜査本部として頂きたい

 もちろんこれは、キラに私の顔を知られたくない
 という防衛策であり、
 あなた方とまったく同じ土俵に立つ事にはなりません。
 しかし、これが私を信用してもらい共に捜査をする為に
 今、私が歩み寄れるボーダーラインです。

 この条件で協力して頂けるなら
 二組に分かれ、30分以上の間を空けて
 ワタリに私の居る部屋の番号のメモをもらい、
 午前0時までに、ここに来て頂きたい。

 では、お待ちしております。』

(ミキ出なかったけど)一旦ここまでなの

(PCの画面にメッセージウィンドウが表示され、文字が次々と入力されていく)


『今、これから起きることは
 我々七人だけの秘密にして
 頂きたい。

 先ほども言ったように、私が信用した、あなた方五人と
 今すぐにでも会う事を考えています。

 会う事、会った事、これからの我々の行動、
 全てを一切会話にしない。
 今ここに居ない者、もちろん警察内部、
 自分の身内や友人等にも漏らさない。

 上記の事を約束して頂けるのであれば、
 警察庁の建物からすぐの帝東ホテルまで来て下さい。
 
 私は今、このホテルの一室にいます。

 私はこれから数日おきに
 都内のホテルを移動します。

 今後、警察庁の捜査本部は
 飾りの捜査本部とし、

 私の居るホテルの部屋を
 事実上の捜査本部として頂きたい

 もちろんこれは、キラに私の顔を知られたくない
 という防衛策であり、
 あなた方とまったく同じ土俵に立つ事にはなりません。
 しかし、これが私を信用してもらい共に捜査をする為に
 今、私が歩み寄れるボーダーラインです。

 この条件で協力して頂けるなら
 二組に分かれ、30分以上の間を空けて
 ワタリに私の居る部屋の番号のメモをもらい、
 午前0時までに、ここに来て頂きたい。

 では、お待ちしております。』

(PCの画面にメッセージウィンドウが表示され、文字が次々と入力されていく)


『今、これから起きることは
 我々七人だけの秘密にして
 頂きたい。

 先ほども言ったように、
 私が信用した、あなた方五人と
 今すぐにでも会う事を考えています。

 会う事、会った事、これからの我々の行動、
 全てを一切会話にしない。
 今ここに居ない者、もちろん警察内部、
 自分の身内や友人等にも漏らさない。

 上記の事を約束して頂けるのであれば、
 警察庁の建物からすぐの帝東ホテルまで来て下さい。
 
 私は今、このホテルの一室にいます。

 私はこれから数日おきに
 都内のホテルを移動します。

 今後、警察庁の捜査本部は
 飾りの捜査本部とし、

 私の居るホテルの部屋を
 事実上の捜査本部として頂きたい

 もちろんこれは、キラに私の顔を知られたくない
 という防衛策であり、
 あなた方とまったく同じ土俵に立つ事にはなりません。
 しかし、これが私を信用してもらい共に捜査をする為に
 今、私が歩み寄れるボーダーラインです。

 この条件で協力して頂けるなら
 二組に分かれ、30分以上の間を空けて
 ワタリに私の居る部屋の番号のメモをもらい、
 午前0時までに、ここに来て頂きたい。

 では、お待ちしております。』

【一時間後・帝東ホテル】


(ホテルの一室のドアの前に立つ総一郎と星井父)

総一郎「この部屋にLが……」

星井父「一体どんな人なんでしょうね」

総一郎「うむ……」

星井父「おっ、来たな。後発組」

相沢「お待たせしました」

松田「いよいよっすね」

模木「…………」

総一郎「よし。では行こう」

 コンコン

「お待ちしておりました。お入り下さい」

総一郎「…………」

 ガチャッ

「Lです」

総一郎「…………」

星井父「…………」

相沢「…………」

松田「…………」

模木「…………」

L「? どうしました? 面食らったような顔をして」

総一郎「あ、いえ……申し遅れました。警察庁の夜神です」

星井父「星井です」

相沢「相沢です」

松田「松田です」

模木「模木です」

L「よろしくお願いします。もっとも今後、その名前はこの捜査本部以外では名乗らないようにして下さい」

総一郎「え?」

L「用心のためです。そして私のこともこれからは『L』ではなく『竜崎』と呼んで下さい」

総一郎「わ、分かった」

L「では早速ですが……捜査の話をする前に、『この中にキラはいない』ということを明らかにする為に一人ずつお話をさせて頂きたい」

星井父「? し、しかしエ……いや、竜崎。あなたはさっき我々を信用すると……」

L「もちろん信用しています。そうでなければこのように顔を出すことはしません」

星井父「じゃあ……」

L「それとこれとは別の話です。キラが巧みに私を誘導し、自分の顔を出しても良いと思わせる程度にまで私を信用させたという可能性もありますから」

松田「それって結局信用してないってことなんじゃ……」

総一郎「いや、ここは竜崎の言うとおりにしよう」

星井父「局長」

総一郎「もし仮に、始めから捜査本部にキラがいて情報を得ていたのなら、今ここに残っている可能性は高い。ならば納得のいくまで調べてもらった方が我々としても安心できる」

松田「確かに。ここに残れば竜崎の顔見れたわけですしね」

星井父「分かりました。局長がそう言うのなら」

相沢「私も構いません」

模木「私もです」

L「ありがとうございます。では夜神さんからこちらの部屋へ」

【数時間後】


L「一人一人に尋問する様な事をして申し訳ありませんでした」

L「この中にキラはいません」

総一郎「竜崎……何故いないと言い切れるんです?」

L「一言でいえば、キラであるかどうか確かめるあるトリックを用意していたんですが……皆さんにはそのトリックを仕掛ける気すら起こりませんでした」

一同「…………」

 ピピピピ

L「失礼」ピッ

L「……わかった。こっちも終わった所だ。自分のキーで入ってきてくれ」ピッ

L「ワタリが来ます」

一同「!」

 ガチャッ

「皆様、お疲れ様です。ワタリと申します。と言っても、先ほどまで一緒に居たばかりですが」

一同「…………」

ワタリ「いつもの格好だとワタリですと言わんばかりで、このホテルに竜崎がいるとばれますので」

総一郎「な、なるほど……」

ワタリ「こうして私の顔をお見せできるのも、竜崎が皆さんを信用した証拠です」

星井父「は、はい……」

松田「ハハハ……」

ワタリ「竜崎、言われた物をお持ちしました」

L「皆さんにお渡しして」

(持っていたボックスを開いて総一郎達に見せるワタリ)

ワタリ「皆さんの新しい警察手帳です」

総一郎「!?」

星井父「新しい?」

松田「名前も役職もでたらめ……」

相沢「偽名の警察手帳、ってわけか」

L「キラは殺人に顔と名前が必要……その前提で命懸けでキラを追うんです。このくらい当然です」

総一郎「さっき『この本部以外で名前を名乗らないように』と言っていたのはこういうことか」

L「はい。今後、外でどうしても名前を出す時はその偽名の警察手帳でお願いします」

星井父「しかし警察が偽造証というのは……」

総一郎「いや、キラが殺人に名前も必要ならば、これは我々の命を守る為に大いに効果がある……これは持っていた方がいい」

松田「私もそう思います」

相沢「うむ」

L「では……いよいよ本題に入らせて頂きます。今後の捜査の進め方について」

L「まず基本的な事ですが……今のまま、キラの裁きの対象となっている犯罪者の情報だけを基にキラを追っていても、おそらく永久にキラは見つけられません」

総一郎「! …………」

L「それは言うまでもなく、キラがテレビやネットといった誰でも簡単にアクセスできる情報から裁きの対象となる犯罪者を選んでいるからです」

星井父「まあ、そうだな。このままじゃ日本全国民……いや、下手すりゃ世界中の人間がキラ候補だ」

L「ですので現状、キラを絞り込める要素があるとしたらただ一つ。『キラの手による犯罪者以外の被害者』だけです」

相沢「『犯罪者以外の被害者』……そんなのいるのか?」

松田「キラはこれまで、少なくとも表立っては……犯罪者以外は殺してないですよね。あのエ……竜崎の身代わりとして生中継に出演していた者も殺さなかった」

L「はい。でも本当にいないかどうかは調べてみない限り分かりません」

星井父「だが竜崎。仮にいたところで死因は心臓麻痺だぞ? それをキラの手によるものとそうでないもの、どうやって判別する?」

L「もちろん一人や二人の心臓麻痺死者だけでは無理でしょう。しかし百人や二百人、あるいは千人や二千人……」

L「それだけの数の心臓麻痺死者を網羅的に調べれば、その中から、何らかの共通項を持った者達が浮かび上がるかもしれません。同じ地域、同じ会社、同じ学校……」

星井父「…………」

L「そしてその共通項はキラに……神を気取り、犯罪者殺しをしているキラではなく、あくまで普通の社会生活を営んでいる一人の人間としてのキラに、結びつく可能性があります」

L「またもしキラが犯罪者以外の者を殺していたとしたら……そこには必ず何らかの『動機』があるはずです。神を気取った犯罪者殺しとは、また別の動機が」

相沢「怨恨か?」

L「そうですね。その可能性が一番高いと思います。キラが普通に社会生活を送っている人間なら、日常の中で殺してやりたいと思う人間の一人や二人いてもおかしくはありません。そして言うまでもなく、それはキラを特定する上での大きな手がかりとなります」

松田「竜崎。別の可能性として、金や地位を得る目的、というのも考えられるのでは?」

L「一応の可能性としてはそれもあると思います。ただ私はキラはまだ子どもではないかと推理しているので、可能性としては低いと思っています」

松田「あっ。そういえば言ってましたね……」

総一郎「だが仮にキラが子どもだとしても、特に個人的な怨恨等は無く、単純に自分の殺人の能力を試しただけ……という可能性はあるんじゃないか?」

L「はい。もちろんその可能性はあります。その場合はキラ個人を絞り込むのは難しいでしょうね。たまたま目に留まっただけの赤の他人を殺した可能性もあるわけですから」

相沢「しかしそんなことを言って捜査の範囲を広げようとしなければ、いつまで経ってもキラを捕まえることはできない……というわけか」

L「そういうことです。だから私達は、たとえ99%無駄になると分かっていても、残り1%がキラにつながる可能性があるのなら、その可能性を信じて徹底的に捜査するしかありません」

総一郎「ああ、そうだな。現状での目ぼしい手掛かりが無い以上、しらみつぶしにやるしかない。で、竜崎。具体的にはどうする?」

L「そうですね。とりあえず……キラの最初の犯行と思われる新宿の通り魔の殺人……その日から過去一年間分の日本全国の心臓麻痺死者を洗い出しましょう」

星井父「!」

松田「い、一年間分!?」

L「はい。また死因は『心臓麻痺』に限らず、心不全、心筋梗塞、心臓発作……その他、現在行われているキラによる殺人と実質的に同視しうる死因により亡くなった者全てです」

相沢「それはまた膨大な数になるな」

松田「しかも日本全国ですか」

L「はい。現状、キラが日本の……いえ、この地球上のどこに居るのか、まだ特定できていませんので」

星井父「…………」

L「ただ、私はやはり少なくとも日本にはいるだろうと思っています。理由は前に述べたとおり、キラは日本国内でしか報道されていなかった、件の新宿の通り魔を最初に殺しているからです。ですので、まずは日本国内を徹底的に洗いたい」

総一郎「過去の分から、というのは何か理由があるのか?」

L「はい。普通の人間が、ある日突然顔と名前だけで人を殺せるような能力を持ち、またその能力を実際に使うとしたら、まず最初に思いつくのは自分の身近にいる人間で、殺したいと思っている人間を殺すことだと考えられるからです」

L「逆に、神を気取った犯罪者殺しを始めた後で、思い出したように身近な人間を殺すとは少し考えにくいですから」

松田「なるほど」

L「また先ほど夜神さんが仰ったように、犯罪者殺しを始める前に適当な人間で能力を試していた可能性もありますしね。この場合には、先ほども言ったようにキラ個人を特定しうるほどの確証は得にくいと思われますが、キラの居る地域をある程度絞り込むくらいならできるかもしれません」

相沢「竜崎。あなたの考えはよく分かった。しかしそこまで具体的に捜査方法を考えていたのなら、捜査員がもっと大勢いたときにこの捜査を始めていても良かったのでは? この人数でも可能ではあるが、掛かる時間が段違い……」

L「いえ……逆です。私はむしろこうなるまで、今言った捜査方法を取るつもりはありませんでした」

相沢「? それはどういうことだ?」

総一郎「そういえば竜崎……あなたは今日、『これからの捜査は人数を絞って行うべきと考えていた』と言っていたな。そのことか?」

L「はい。この捜査方法はいわば小細工無しの正面突破。その代わりもし的中した場合には、一気にキラに肉迫しうる可能性があります」

松田「確かに」

星井父「…………」

L「しかしそれは同時にリスクでもある。もし身内……つまり捜査本部にキラに通じる者がいた場合、その情報がそのままキラに伝わる可能性がある」

L「そうなればキラを捕まえるどころか、追う者は逆に殺されてしまう可能性が高い。そしてキラは逃げ、また生き残った捜査員の多くも殺されることを恐れ、委縮してそれまでのようにキラを追えなくなると考えられます」

総一郎「……だから、あなたは捜査本部が今の状態になるまで待っていたということか。捜査本部の人間が死を恐れず悪に立ち向かい、そしてあなたを信用し、またあなたも信用できる人間だけの集まりになるまで……」

L「はい」

L「ここに残り、命懸けでキラを追うと言っていただけた皆さんとだからこそ……私はこの方法でキラを追うことができます」

相沢「そう言ってもらえるのは光栄だが……しかし現実的にはなかなか大変な作業だな」

松田「まあこの人数で過去一年分、日本全国の心臓麻痺死者ですからね」

総一郎「しかしやるしかあるまい。今は竜崎の言うように正面突破しかないんだ」

L「はい。私も探偵としてのネットワークを活用して可能な限り調べます。皆さんもどうかよろしくお願いします」

星井父「…………」

模木「係長?」

星井父「ん? な、何だ。模木」

模木「いえ……何か思い詰めてらっしゃるように見えたので……」

星井父「あ、ああ……これでまた当分家に帰れないと思うとな……ハハハ」

模木「そうですか」

星井父「…………」

星井父(新宿の通り魔の事件の直前……美希の事務所のプロデューサーが……)

星井父(それに確か、同じ頃に美希のクラスメイトの男子も……)

星井父(…………)

星井父(いや、どうせどちらもキラ事件には無関係だろうし、調べればすぐに分かること……あえて今言う必要も無いだろう)

星井父「…………」

【同時刻・美希の自室】


リューク「ククッ。珍しいな。こんな時間になってもまだ起きてるなんて」

美希「だって明日テストなのにまだ範囲の半分も終わってないんだもん……あふぅ」

リューク「大変だな。中学生ってのも」

美希「ねぇリューク。問題を見ただけで答えが分かる目って無いの? ミキ、そういう目なら取引考えるんだけど……」

リューク「残念ながら無いな」

美希「あーんもー! 誰か助けてなのー!」

一旦ここまでなの。あふぅ

【翌日・765プロ事務所からの帰路】


美希「くぁあ……あふぅ」

春香「随分大きなあくびだね。美希」

美希「んー……今日テストだったから、昨日ほとんど寝てないの」

春香「えっ! 美希が? 試験中すらも余裕で爆睡してそうな美希が!?」

美希「……流石にそれは失礼って思うな」

春香「あはは、ごめんごめん」

伊織「でも確かに、あんたが睡眠時間削ってまで勉強してたなんて驚きね」

美希「むー。そりゃするよ。ミキだって一応受験生だもん」

美希(裁き始めてからいきなり成績下がったらパパやママに変に思われそうだし……)

伊織「? なんか言った?」

美希「なんでもないの」

伊織「そう? ならいいけど。でも確かにもう受験シーズンなのよね。私も気合入れて頑張らないと」

やよい「伊織ちゃん、頑張ってね」

伊織「ありがとう、やよい。でも来年はあんたも受験なんだから、今のうちから少しずつでも準備しといた方が良いわよ」

やよい「……えへへ~」

伊織「? 何? その笑い」

やよい「実は私、とっておきの秘策があるんだ」

伊織「秘策?」

春香「もしかして、もう通う塾を決めてあるとか?」

やよい「いえ、私の学校の友達に、ものすごく頭の良いお兄さんがいる子がいるんです。そのお兄さん、今高3らしいんですけど、全国模試は毎回一位、東大合格間違い無し、って」

美希「全国模試一位!?」

伊織「それはまたすごいわね」

春香「じゃあやよいの秘策っていうのは……」

やよい「はい! 友達に頼んで、来年そのお兄さんに家庭教師お願いしようかなーって。あ、もちろんお金はちゃんと払いますよ!」

伊織「なるほど、確かにそれは名案かもね」

春香「でもそこまで頭良い人だったら、授業を受ける側の理解が追いつかなさそうな気もするなあ」

やよい「あう……確かにそれはあるかもです。私、学校の成績かなり下の方だし……」

美希「大丈夫なの、やよい。ミキだって特別学校の成績良くないし!」

伊織「何のフォローなのよそれは……」

春香「あはは。まあ受験生諸君頑張れって感じだね」

やよい「あれ? でも春香さんも来年高3じゃ」

春香「やめてやよい! 私はまだ夢見る少女でいたいの! 数Ⅱとか数Bとか見たくないの!」

やよい「ご、ごめんなさい」

伊織「にひひっ。じゃあこっちの受験が終わったら散々プレッシャーかけてあげるわよ、春香」

春香「あうぅ、やめてぇ……」

やよい「春香さん、来年は受験生同士、一緒に頑張りましょう!」

春香「うん、そうだね。やよい。一緒に頑張ろう! ていうか、私もそのお兄さんに勉強見てもらいたいな……」

やよい「じゃあ明日、学校で友達に聞いてみましょうか?」

春香「え、いいの?」

やよい「はい。とりあえず聞いてみるだけなら」

春香「ありがとう、やよい! じゃあ早速よろしく!」

やよい「はーい、わっかりましたー!」

春香「よーしよし。これでもう春香さんの未来は開けたも同然ですよ! 同然!」

伊織「ったく、もう。調子良いんだから」

春香「えへへ」

美希「…………」

伊織「? どうしたの? 美希」

美希「ん? んーん、別に? ただやっぱり眠いなあって。あふぅ」

伊織「もう。勉強も大事だけど、夜はちゃんと寝なきゃだめよ? 無理して体調崩したら元も子も無いんだからね」

美希「はーいなの」

美希(こういう時間が、いつまでも続けばいいのにな)

短いけど一旦ここまでなの

【三週間後・キラ対策捜査本部(都内のホテルの一室)】


L「皆さん、過去一年分、日本全国の心臓麻痺死者の調査お疲れ様でした」

L「現時点で、我々が検知した該当の心臓麻痺死者――これには心不全、心筋梗塞、心臓発作などキラによる殺人と実質的に同視しうる死因により亡くなった者全てを含みますが――その数は15万2435人です」

L「毎年厚生労働省が発表している心臓麻痺等の死者の総数から推計するに、おそらく全量の7~8割方に相当するデータは収集できたものと思われます」

L「今後も残りのデータを収集する作業は継続しますが、もう既にこれだけの数のデータが集まっていますので、並行してこれらのデータの分析も行っていきたいと思います」

L「ここまで来れたのも、ひとえに皆さんの不断の努力の賜物です。本当にありがとうございます」

総一郎「いや、竜崎……この短期間でここまでの量のデータが集められたのは、あなたの探偵としてのネットワークによるところが大きい。こちらこそ感謝する」

相沢「L、コイル、ドヌーヴ……まさか世界の三大探偵といわれるこの三名が全員竜崎だったとはな」

L「私は元々持っていたものを利用したに過ぎません。ですが一応、私が他の名前も持っていることは秘密にしておいてください」

松田「しかし、年代別、性別、地域別、職業別、死亡時期……可能な限りあらゆる項目でこれらの死亡者を類型化してみましたが、まだこれといって目立った共通項はありませんね」

星井父「強いて言えば、そのほとんどが高齢者ってことか……まあある意味当然だが」

総一郎「そうだな。だがまあこの数だ。後は竜崎の言うように、残りの2~3割の死亡者のデータを収集しつつ、既にあるデータについては地道に分析を重ねていくしかあるまい」

L「そうですね……キラ事件開始に近い時期に死亡した者達が何らかの共通した傾向を持っているなどということも、今のところは特に……ん?」

相沢「? 竜崎?」

L「…………」

L(収集したデータのうち、最も新しい日付のものは新宿の通り魔がキラに殺された日の前日のもの)

L(この日、日本全国で計412名が心臓麻痺等により死亡。そのうち398名が元々心臓に病を患っていたと思われる高齢者)

L(残り14名のうち、それまで全く心臓に関する病気を患っておらず、既往歴も無かった者は4名。そしてその中で死因が文字通り『心臓麻痺』と分類された者は1名)

L(その1名は『765プロダクション』というアイドル事務所のプロデューサーだった者……)

L(…………)

相沢「どうしたんだ?」

L「いえ……ただ少し……」

相沢「?」

L「『765プロダクション』……この名前、どこかで……」

星井父「!」

L(そうか。確か、この捜査本部を日本の警察内に設置してもらった当初、捜査員及びその家族のプロフィールを警察からもらった時に――……)

総一郎「竜崎。それは――」

星井父「局長。私から」

総一郎「! 星井君」

星井父「竜崎」

L「はい」

星井父「どうせ知られていることだろうし、隠すことでもないから言う。その事務所は俺の娘・星井美希が所属している事務所だ」

L「ええ、そうでしたね。今思い出しました。では星井さん。あなたはこのプロデューサーの件は……」

星井父「ああ。もちろん知っていた」

L「…………」

星井父「変に勘ぐるなよ。言わなかったのはどう考えてもキラ事件には結びつかないからだ。そもそも死んだプロデューサーは犯罪者でもなんでもない。俺も娘が事務所に入るときに一度だけ会ったことがあるが、まだ若いのに人当たりの良い男だった。どう考えてもキラに標的にされるような人間じゃない」

L「……そうですか」

松田「そ、そうですよ。ミキミキの事務所がキラ事件に関係してるわけないじゃないですか」

L「ミキミキ?」

星井父「……娘のアイドルとしてのニックネームだ。しかし松田、今その呼び方をするのはやめろ」

松田「す、すみません」

L「……松田さんは765プロダクションのアイドルに詳しいんですか?」」

松田「えっ。ああ、まあ……それなりに。765プロ以外のアイドルも好きですけどね。特に最近のイチオシはヨシダプロの……」

L「ではこの頃、765プロダクション関係で他に何か心当たりのある出来事はありませんでしたか?」

松田「えっ」

星井父「おい竜崎。お前……」

L「別に娘さんの事務所を疑っているわけではありません。ただ新宿の通り魔が殺された日の前日に、文字通り『心臓麻痺』で死亡していたのは765プロダクションのプロデューサーだけだったから聞いているだけです」

星井父「…………」

松田「そうっすね……まあでも、765プロに限っての話は多分無いと思いますけど……あっ」

L「?」

松田「そういえばこの頃、アイドル事務所の関係者が相次いで死亡した、っていうニュースがありましたよ」

L「! …………」

星井父「…………」

相沢「ああ、そういえばワイドショーが中心となって何度か取り上げていたな。確かほとんどが事故や自殺っていう」

松田「そうなんすよ。それも大手事務所の社長や会長ばかり。もっともその後にキラ事件が起こったんですっかり陰に隠れちゃいましたけどね。それに最近はアイドル事務所関係者で新たに誰かが亡くなったっていう話も聞かないですし」

L「……ワタリ。その事件、というか出来事についての情報を」

ワタリ『はい』

(LのPC画面に複数のネット記事の情報が表示される。それを素早く目で追うL)

L「アイドル事務所関係者……それも大御所ばかりが事故や自殺により相次いで死亡……」

L「その数、実に三か月間で八人……」

星井父「竜崎。それは確かに奇妙な出来事だったが、死因が事故や自殺である以上、キラ事件と結びつけるのは無理があると思うが……」

L「キラが心臓麻痺以外でも人を殺せるとしたら?」

星井父「! …………」

総一郎「心臓麻痺以外で……?」

相沢「竜崎。それは流石に飛躍では……」

L「そうでしょうか? 今我々に分かっているのはキラの殺しの条件だけです。具体的な殺人の方法はまだ解明できていません。単にこれまでキラによって殺されたと思われる者の死因が心臓麻痺だっただけで、それはキラが心臓麻痺以外では殺せないとする論拠にはならないはずです」

松田「それはまあ、確かに……」

星井父「…………」

L「それならば、少しでも可能性がある以上は徹底的に調べるべきです。以前から言っているように、そうしなければいつまで経ってもキラの糸口はつかめません」

星井父「……しかし……」

L「三か月間で八人ものアイドル事務所の大御所が事故や自殺により死亡」

L「それとほぼ同時期に、765プロダクションのプロデューサーが心臓麻痺により死亡」

L「そしてその直後にキラ事件が始まり、被害者は全て心臓麻痺により死亡」

L「……現状では、これらの事件ないし出来事の間に相互に関連性があるのかどうか分かりません。なので、それをはっきりさせるためには調べてみるしかありません。たとえ99%が無駄になるとしても、最後の1%がキラにつながる可能性があるのなら、です」

総一郎「うむ……そうだな……」

星井父「…………」

L「では相沢さんと松田さんは765プロダクションのプロデューサーが亡くなった日の一年前から現在に至るまで、既に報道されている分も含め、日本全国全てのアイドル事務所の関係者で死亡した者について調べて下さい。死んだ者の地位、死因は問いません」

L「そして夜神さんと模木さんは……同じく765プロダクションのプロデューサーが亡くなった日の一年前から現在に至るまで、765プロダクションの役員、従業員、所属アイドルに限定して、その周囲で死亡した者について重点的に調べて下さい。本人、家族、友人、知人全て含めてです。死因は問いません」

星井父「! …………」

総一郎「竜崎。そこまで捜査範囲を広げるのか」

L「765プロダクションは所属アイドル12人の小さな事務所です。この規模なら従業員も多くはないでしょうから、そこまで時間は掛からないはずです」

総一郎「いや、そういう意味ではなく……」

星井父「竜崎。何故そこまでうちの娘の事務所を?」

L「……仮に、件のアイドル事務所関係者連続死亡事案に含めて考えるとしても、765プロダクションのプロデューサーだけは少し性質が異なります」

L「まずこの事務所だけ、社長や会長などではなく一従業員が死亡しています。しかもその死因も他の事務所の者とは異なり、キラ事件の被害者と同じ心臓麻痺です」

L「そしてこのプロデューサーの死亡直後にキラ事件が発生しています」

L「さらにこのプロデューサーの死を最後に、現在報道されている限りにおいては、アイドル事務所関係者で新たに死亡した者はいないとのことです。……もっとも、この点の正確な情報については相沢さん達の捜査結果待ちですが」

L「以上が、765プロダクションの関係者を他の事務所の関係者より詳しく調べる理由です。別に星井さんの娘さんが在籍しているからではありません」

星井父「…………」

星井父(この流れでは、美希のクラスメイトの男子の件もすぐに……どうせ調べられるなら今言っておくべきか?)

星井父(いやだが美希の名前が何度か挙がった後でそれは……そもそも美希がキラ事件に関係しているはずがないし……)

星井父(…………)

L「なお、これらの捜査については星井さんは外れて下さい。娘さんは元より、星井さん自身も捜査対象者に入ることになりますので。星井さんは引き続き、残りの心臓麻痺死者のデータを収集するとともに、アイドル事務所関係者以外の心臓麻痺死者間において、何らかの共通項がみられないかの分析をお願いします」

星井父「……分かった……」

(またミキ出なかったけど)一旦ここまでなの

【三週間後・キラ対策捜査本部(都内のホテルの一室)】


L「皆さん、過去一年分、日本全国の心臓麻痺死者の調査お疲れ様でした」

L「現時点で、我々が検知した該当の心臓麻痺死者――これには心不全、心筋梗塞、心臓発作などキラによる殺人と実質的に同視しうる死因により亡くなった者全てを含みますが――その数は15万2435人です」

L「毎年厚生労働省が発表している心臓麻痺等の死亡者の総数から推計するに、おそらく全量の7~8割方に相当するデータは収集できたものと思われます」

L「今後も残りのデータを収集する作業は継続しますが、もう既にこれだけの数のデータが集まっていますので、並行してこれらのデータの分析も行っていきたいと思います」

L「ここまで来れたのも、ひとえに皆さんの不断の努力の賜物です。本当にありがとうございます」

総一郎「いや、竜崎……この短期間でここまでの量のデータが集められたのは、あなたの探偵としてのネットワークによるところが大きい。こちらこそ感謝する」

相沢「L、コイル、ドヌーヴ……まさか世界の三大探偵といわれるこの三名が全員竜崎だったとはな」

L「私は元々持っていたものを利用したに過ぎません。ですが一応、私が他の名前も持っていることは秘密にしておいてください」

松田「しかし、年代別、性別、地域別、職業別、死亡時期……可能な限りあらゆる項目でこれらの死亡者を類型化してみましたが、まだこれといって目立った共通項はありませんね」

星井父「強いて言えば、そのほとんどが高翌齢者ってことか……まあある意味当然だが」

総一郎「そうだな。だがまあこの数だ。後は竜崎の言うように、残りの2~3割の死亡者のデータを収集しつつ、既にあるデータについては地道に分析を重ねていくしかあるまい」

L「そうですね……キラ事件開始に近い時期に死亡した者達が何らかの共通した傾向を持っているなどということも、今のところは特に……ん?」

相沢「? 竜崎?」

以下、>>184からの続きとなります。

【翌日・765プロ事務所へ向かう道中】


春香「おはよう、美希」

美希「あっ、春香。おはようなの」

春香「今日も寒いね」

美希「うん。冬真っ盛りってカンジなの」

春香「そして近づく受験の足音……」

美希「うぅ……それは言わないでほしいの」

春香「あはは。ごめんごめん。あ、そういえばこの前のテストはどうだったの?」

美希「まあぼちぼちってカンジかな。一夜漬けで詰め込んだ割には」

春香「そっか。志望校には手が届きそう?」

美希「そうだね。元々ミキは家から近くてそんなに難しくないトコ受ける予定だったから、多分大丈夫なの」

春香「そっかー。真や雪歩ももうすぐセンター試験だし、本当受験シーズン真っ只中って感じだね」

美希「春になったら、入れ代わりで春香も受験生デビューだしね」

春香「そうなんだよね……はあ、気が重いなあ」

美希「そういえば、この前やよいに頼んでた家庭教師の話はどうなったの?」

春香「ああ、多分やってもらえるって」

美希「よかったの。これで春香も東大合格間違い無しなの」

春香「東大て。どんだけハードル上げるのよ」

美希「あはは。あ、着いたの」

【765プロ事務所】


春香「おはようございます」

美希「おはよーございますなの」

P「ああ、おはよう。春香。美希」

春香「ん?」

(事務所内に見知らぬスーツ姿の男性が2名立っており、社長、律子、小鳥と何か話している)

春香「プロデューサーさん。そちらは……」

P「ああ、えっと……」

(春香と美希に気付いた2名の男性が、スーツの内ポケットから黒い手帳のようなものを取り出す)

総一郎「警察庁の朝日です」

模木「模地です」

春香「えっ」

美希「け、警察?」

社長「ああ、おはよう君達。ちょっと急なんだが、この刑事さん達が我々に聞きたいことがあるということでね。今日事務所に来た者から順に、一人ずつ話を聞いてもらうことになった」

美希「!?」

春香「そ、それって……何かの事件の捜査ってことですか?」

社長「ああ、例のキラ事件の関係だそうだ」

美希「! …………」

春香「キラ事件って……それで何でうちに?」

総一郎「詳しくは後ほどご説明いたしますが……キラ事件開始に近い時期に、こちらでプロデューサーをされていた方が心臓麻痺でお亡くなりになったとの情報を得たものでして。おそらくキラ事件とは無関係だろうとは思うのですが、念の為、お話をお聞かせ願いたいということです」

春香「前のプロデューサーさんの……」

美希「…………」

P「まあ、あくまで参考人としての事情聴取って位置付けだ。ちなみに俺と社長、律子、音無さんはもう話をした」

美希「!」

P「もっとも俺は入れ代わりで入った身だから、前のプロデューサーについて話せることはほとんど無かったけどな」

総一郎「そういう次第ですので、ご協力をお願いします。なおお話し頂いた内容の秘密は厳守しますので、その点はご安心下さい」

春香「あ、はい。そういうことなら……」

美希「…………」

美希(どういうことなの……? 何でいきなり警察が?)

美希(まさかもうミキに辿り着いて……? いや違う、そんなことありえない)

美希(証拠はノートしか無いんだから、ミキがキラだって分かるはずないの)

美希(だからこれはさっき、朝日って人が言ってたように、前のプロデューサーがキラ事件開始の直前に心臓麻痺で死んだから……それで、念の為に話を聞きに来ただけ)

美希(そう。ただそれだけのこと……別にミキを疑っているわけじゃない)

美希(でもこの人達、キラ事件の捜査で来たってことは、パパと一緒に仕事してる人達ってことだよね)

美希(ってことは当然、ミキがパパの子どもだってことも知っているはず)

美希(パパはこのことを知っているの?)

美希(最近ほとんど帰って来ないし、帰って来ても夜遅くてミキとはすれ違いばっかだからまともに話せてないけど……)

美希(もしパパが知っているとしたら……)

美希「…………」

社長「えー、天海君はこの後レッスンの予定だったな。刑事さん達もできる限り君達の都合を優先して下さるとのことなので、まずは星井君から頼む。天海君はレッスンの準備を」

美希「!」

春香「は、はい。じゃあ頑張ってね。美希」

美希「う……うん」

総一郎「では星井さん。こちらへお願いします」

美希「…………」

【765プロ事務所/社長室】


(社長室の中央部分にパイプ椅子が三つ置かれており、そのうちの一つに美希が、向かい合う残りの二つに総一郎達が腰掛ける)

総一郎「星井美希さん、ですね」

美希「は、はい……なの」

総一郎「そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。先ほどもお話ししたように、ちょっとお話をお聞きするだけなので」

模木「知っていることだけをお話し頂ければ大丈夫ですので。また、言いたくないことは言わなくても結構です」

美希「わかりました、なの」

美希(パパのことは何も言ってこない……まさかミキがパパの子どもだってことを知らない? いや、そんなはずは……)

美希(……まあ、いいの。今はこっちに集中しないと……)

総一郎「では早速ですが、以前この事務所に務められていたプロデューサー……□□さんの事についてお聞きします」

美希「! …………」

総一郎「□□さんが亡くなられた時――○月×日の19時頃ですが――この時、あなたはどこで何をしていましたか?」

美希「えっ。そ、それって」

総一郎「ああ、別にあなたを何か疑っているとか、そういうわけではありません。この事務所の方全員にお聞きしていることですので」

模木「ご容赦下さい」

美希「……えっと、確か……普通に家……自分の部屋に居ました、なの」

総一郎「部屋で何をしていたか、覚えていますか?」

美希「うーん……あんまりよく覚えてないけど、多分漫画読んだり、スマホいじったり……そんな感じでゴロゴロしてたと思います、なの」

総一郎「なるほど。ではそのことを証明できる方はいますか?」

美希「多分マ……お母さんが家に居ました、なの。だからミキが家に居たことは聞いてもらえれば分かると思います、なの」

総一郎「分かりました。では□□さんが亡くなったことを知ったのはいつですか?」

美希「えっと……その次の日、朝事務所に来たときに社長から聞きました、なの」

総一郎「ではそこで初めて知ったと」

美希「はい、なの」

総一郎「分かりました」

美希「…………」

総一郎「では次に、この□□さんという方ですが……生前、どういう方でしたか?」

美希「どういう、って?」

総一郎「星井さんから見て、良い人だったか、それとも悪い人だったのか。何でも結構です。あなたの印象をお聞かせ下さい」

美希「え、えっと……」

模木「これは□□さんが亡くなったことがキラ事件と関係があるのかどうかを調べるために聞いているものです。あなたもキラ事件の事はご存知ですね?」

美希「は、はい、なの。テレビでよくやってるし……」

模木「テレビ等で報道されている通り、キラは現在、犯罪者を心臓麻痺で殺していると考えられます。そしてこの□□さんは犯罪者ではありませんが、キラ事件が始まる直前に心臓麻痺で亡くなっている」

美希「…………」

模木「なのでもし□□さんも犯罪者達と同じようにキラに殺されたのだとすれば、殺されるだけの何らかの理由があったと思われます。犯罪者ではないとしても、キラの標的になってしまうような理由が。それを知るための質問だとご理解下さい」

美希「えっと、じゃあ前のプロデューサーが裏で悪いことをしてなかったかとか、そういうこと……?」

総一郎「簡単に言えばそういうことです。たとえば、キラが犯罪者以外に不道徳な人間や人に迷惑を掛けるような人間も殺しているとすれば、そういった人達はこれまで『キラ事件の被害者』としては検知されていませんので」

模木「つまり、これはキラの殺害対象がこれまでの我々警察の認識よりもっと広かったとすれば、という仮定の下での捜査です」

美希「なんかちょっと難しいけど……要は前のプロデューサーがキラに殺されてもおかしくないような悪い人だったか、っていうことだよね」

総一郎「そうです。何か心当たりはありませんか? どんな些細な事でも結構です」

美希「…………」

美希(どうしよう……本当の事を言うべき?)

美希(社長や律子、小鳥は前のプロデューサーがミキ達にセクハラしていたことは知らない……多分、正直に話したとしても『仕事の出来はあまり良くなかった』とかそんな程度のはず)

美希(でも仮にここでミキがウソをついても、この後春香が同じ質問をされるんだろうし、さらにその後には他の皆も……)

美希(そうなったら、もし皆が全部正直に話した場合、ミキだけが違うことを言っていたらかえって怪しまれる……)

美希(そもそも他の皆が警察に対してウソをついたりするとは思えないし……『話した内容の秘密は守る』って言われてる以上、ウソをついてまで前のプロデューサーをかばう理由も無いの)

美希(そうするとやっぱり……正直に言うしか……)

美希(いや、大丈夫……前のプロデューサーにひどいことされたり言われたりしてたのはこの事務所のアイドル全員だし、ミキだけが特別疑われたりすることは無いはず)

美希(直接身体を触られたりしてたのは、ミキ以外だと春香と雪歩くらいだったけど……それでも、ミキだけが前のプロデューサーを恨んでいたように思われることは無いはず……多分……)

美希(…………)

総一郎「星井さん?」

美希「は、はいなの」

総一郎「どうですか? 先ほどもご説明したように、ここで話して頂いたことの秘密は厳守します。他の方に言いにくいようなことでも、安心して話して頂いて構いませんよ」

美希「は、はい……なの」

総一郎「…………」

模木「…………」

美希「正直に言うと……前のプロデューサーからは、よくセクハラをされていました……なの」

総一郎「!」

模木「セクハラ……ですか」

美希「はい、なの」

総一郎「どういうことをされていたのか、具体的にお聞かせ願えますか」

美希「う、うん……。えっと、たとえば、事務所で二人きりのときとか、仕事先に向かう車の中とかで、いきなり肩や腰に触ってきたりとか……」

総一郎「肩や腰……他には?」

美希「……太ももやおしりも、時々……」

総一郎「頻度……回数でいうと、どのくらいですか?」

美希「えっと……毎日とかではなかったけど、週に3~4回はあったかな……」

総一郎「なるほど」

美希「…………」

総一郎「あなた以外にも、セクハラ被害を受けていた人はいますか?」

美希「うん。春香や雪歩も、ミキと同じように身体触られたってよく言ってたの」

総一郎「天海さんと萩原さん……ですね」

美希「うん。触られてるところを直接見たことはないけど」

総一郎「他の方は、そういう被害には?」

美希「身体触られたっていう話は聞いてないけど、言葉でセクハラっぽいこと言われたりとかは、多分うちのアイドルの子は全員……」

総一郎「言葉でのセクハラ……それはどういう内容ですか?」

美希「えっと……人によって違うと思うけど、たとえば『なんでそんなに胸がデカいんだ』とか、逆に『何でそんなに胸が無いんだ』とか……言われた相手が傷つくようなこと、いっぱい」

総一郎「では、あなたが言われて嫌だったことにはどんなことがありますか?」

美希「今言った『なんでそんなに胸がデカいんだ』とか、『胸に栄養がいってるから頭に栄養がいってない』とか……『いっそ俺が揉んでもっと大きくしてやろうか』とか……そういう感じ」

総一郎「なるほど。でも先ほどのお話からすると、実際に胸を触られたことはなかったということですか?」

美希「うん。それは流石にやばいって思ったんじゃないかな」

総一郎「そうですか」

美希「…………」

総一郎「ありがとうございました」

美希「いえいえ、なの」

総一郎「ではすみませんが、もう少しだけ……」

美希「…………」

美希(まだあるの? もう嫌なの……)

総一郎「□□さんが亡くなった日の一年前くらいから現在に至るまで、あなたの周囲で亡くなった方はいますか? 家族、友人、知人全て含めてです」

美希「!」

模木「これは心臓麻痺に限らず、死因は問いません」

美希「えっと、それって……ミキを疑ってるってコト……?」

総一郎「いえ、そうではありません。ただ□□さんがキラに殺されたのだとすれば、その他にも765プロさんの関係者の方が被害に遭っている可能性がありますので、念の為の確認です」

美希「でもそれなら心臓麻痺で亡くなった人だけでいいんじゃ……?」

総一郎「仰る通りです。ただキラの殺人の方法はまだ完全には特定できていませんので、これも念の為です」

美希「…………」

美希(まさか警察は『キラは心臓麻痺以外でも人を殺せる』ということまでもう掴んでいるの?)

美希(いや、これは警察というよりLって人の考え?)

美希(でもそれこそ、デスノートのルールを知らない限り絶対に分からないはず……ミキは心臓麻痺以外で誰かを殺したことはないし……)

美希(いや今はそれより、この状況をどう切り抜けるかを考えないと……)

美希(クラスメイトのAの件……でもここで言わないと流石に怪しまれる……)

美希(当然だけど、少なくともパパはとっくに知ってるし……もしパパがもう既にこの人達に話しているとしたら、ミキが知らないって言った場合すぐにそれがウソと分かる)

美希(もしパパがまだ言っていなくても、警察が調べればどうせすぐに分かるだろうし……)

美希「…………」

美希(ならやっぱりもう正直に言うしか……でもこのことが分かったら、キラの容疑者ってもうミキ一人だけになる……?)

美希(前のプロデューサーとA……どっちとも関わりがあるのは、ミキしかいないし……)

美希(どうしよう? 最悪、今ここでこの刑事さん達を……ってバカ、そんなことしたら一層ミキが疑われるだけ)

美希(それにノートは今持ってるこの鞄の中に入ってるけど、どのみちこの状況で二人分の名前を書けるわけもないし……)

美希(じゃあやっぱりここは……もう……)

リューク「……ミキ」

美希「? (リューク?)」

リューク「いつでも目の取引はできるからな。コンタクトを入れるのと変わらない。数秒で済む」

美希「…………。(取引? 何でこのタイミングで?)」

総一郎「星井さん?」

美希「あっ、ご、ごめんなさいなの。(もう……今色々考えてるんだからちょっと黙っててほしいの!)」

リューク「……ククッ」

総一郎「どうですか? 特にいないようであれば……」

美希「あ、えっと……い、います、なの」

総一郎「! それはどなたですか?」

美希「えっと……ミキと同じクラスだった、A君……」

総一郎「亡くなったんですか?」

美希「はい、なの」

総一郎「死因は?」

美希「……確か、心臓麻痺……」

総一郎「! それはいつ頃ですか?」

美希「えっと確か、前のプロデューサーが亡くなった日の……次の、次の日……かな」

総一郎「! ………」

模木「それは……」

美希(……驚いてる? ってことは知らなかったの?)

美希(じゃあパパは……Aの事、この人達には言ってなかった……?)

総一郎「前のプロデューサーが亡くなった日の……翌々日……か」

模木「ちょうど、ぎりぎり前回の調査範囲外ですね」

総一郎「うむ……」

美希「? (調査範囲外……?)」

総一郎「ああ、失礼しました。ではそのA君の事についていくつか質問させて下さい」

美希「は、はい……なの」

総一郎「まず、そのA君というのはどういう子でしたか?」

美希「えっと……特にどうってことは……別に不良とかでもなくて、普通の子だったの」

総一郎「では性格でいうと、大人しい方ですか?」

美希「ううん、どっちかというと結構騒がしいタイプ……かな」

総一郎「なるほど。ではA君が他のクラスメイトに迷惑を掛けたりしていたことなどはありましたか?」

美希「え、えっと……」

美希(どうしよう……本当の事を言うと、ますます……でももしこの刑事さん達がミキのクラスの他のコ達にも聞き取りしたら……)

美希(ダメなの。ここでウソをついても結局どこかでボロが出る)

美希(もうここは賭けに出るしか……)

美希「迷惑っていうか……ちょくちょく、女子にセクハラっぽい事を言って困らせたりしてたことはあったかな……」

総一郎「セクハラ……具体的には?」

美希「えっと、たとえば、『昨日休んでたのは生理か?』とか『スカートもっと短くしたらどうだ』とか……そんな感じの、色々」

総一郎「なるほど。ではあなたもそういうことを言われたことはあったんですか?」

美希「まあ……ミキはアイドルもやってたから、その関係で時々……」

総一郎「どんなことを言われたんですか?」

美希「えっと、『もっと際どい水着着て写真集出せよ』とか『雑誌で見る方が胸デカく見えるけど、何か入れてるのか』とか……」

総一郎「そうですか。ではそれ以外には? 言葉以外に、身体を触られたりとかはありましたか? あなた自身でも、あなた以外の生徒でも」

美希「そういうのは無かったの。他の子にも、多分してなかったと思う」

総一郎「分かりました。では次に、A君が亡くなった当日の事について教えて下さい」

美希「はい……なの」

総一郎「A君が亡くなったのは……○月△日でよろしいですか」

美希「うん」

総一郎「時間で言うと、何時頃ですか? それと、亡くなった場所は?」

美希「えっと……二限の始まる前だったから……朝の10時前くらいかな。場所は教室」

総一郎「A君が亡くなった時、あなたも教室にいましたか?」

美希「う、うん……いました、なの」

総一郎「ではその時の状況について教えて下さい」

美希「えっと……確か、急に何人かの男子が騒ぎ出して、何事かと思って近付いてみたら、A君が床に倒れてて……」

総一郎「そのまま亡くなった、と」

美希「多分……その後先生が来て、すぐに救急隊員の人を呼んで、そのまま運ばれて行ったから……それからどうなったのかまでは分からないけど」

総一郎「なるほど。ちなみにこの日、あなたはA君と何か話したりはしましたか?」

美希「確か……朝、始業前にミキのところに来て何か言ってきたような気はするけど……いつものことかと思って、適当にあしらったから……内容までは覚えてないの」

総一郎「そうですか」

美希「はい、なの。(一応、これくらいは言っとかないと後で矛盾出てきそうだし……)」

総一郎「分かりました。模地、他に何かあるか?」

模木「いえ。私の方からは特に」

総一郎「それでは、今日はこのへんで。長時間にわたり、ご協力ありがとうございました」

美希「今日は、ってことは……またあるの?」

総一郎「ええ。今後の捜査の状況次第では、またお話をお伺いさせて頂くかもしれません。そのときはまたよろしくお願いします」

模木「よろしくお願いします」

美希「……わかりました、なの」

【765プロ事務所/執務室】


春香「あっ。美希」

美希「春香」

春香「どうだった?」

美希「んー。別にフツーだったの。ただ知ってることを話しただけ」

春香「そっか。お疲れ様」

美希「ありがとうなの」」

総一郎「えー、では次、天海さん。お願いします」

春香「はーい。じゃあ行ってくるね」

美希「うん。行ってらっしゃいなの」

(総一郎に促され、社長室へと入っていく春香)

美希「…………」

リューク「ククッ。大ピンチってやつじゃないのか? コレ」

美希(確かに……このままだと……)

P「美希? 大丈夫か? 少し顔色がすぐれないようだが……」

美希「ん? ううん、大丈夫なの。ただちょっと慣れないことだったから、疲れちゃっただけ」

P「はは。まあそうだよな。俺も初めてだよ、こんなの」

美希「あはっ。……さてと、じゃあミキ、レッスン行くね」

P「ああ。でも疲れてるようなら、少し休憩してからでもいいぞ。一応、先生には事情を言ってあるから」

美希「ありがとう、プロデューサー。でも大丈夫なの」

P「そうか。じゃあ頑張って来い」

美希「はーいなの」

 ガチャッ バタン

美希「…………」

【同日夕刻・765プロ事務所からの帰路】


真「いやー、でもびっくりしたなあ。まさかいきなり警察の人が来るなんて」

雪歩「私、あんな近い距離で男の人二人から色々質問されたから、すごく気疲れしちゃった……」

真「はは、確かに雪歩には別の意味で辛かったかもね」

雪歩「でも警察の人も大変だよね。こんな風に、心臓麻痺で亡くなった人を一人ずつ、順々に調べてるのかな……」

真「うーん、どうなんだろ? 少なくとも前のプロデューサーの場合は、たまたま亡くなった日がキラ事件の時期に近かったからだと思うけど。確か、あの朝日って刑事さんが最初にそう言ってたし」

美希「…………」

真「ねえ。美希は何か知らないの?」

美希「えっ」

真「いや、美希のお父さんって警察官だったよね? だから何か聞いてないかなって」

美希「えっと……ちょっとわかんないの。最近、パパあんまり帰って来てないし……」

真「そっか。残念」

美希「…………」

雪歩「でもこれって、私達の中にキラがいるかも、って思われてるってことなのかな……」

美希「!」

真「いやー、流石にそれはないと思うけど」

雪歩「でも前にも同じような話したと思うけど、前のプロデューサー、外面だけは良かったから、あの人の悪いところを知ってるのは多分私達だけだって……」

春香「……ねぇ、もうやめない? そういう話するの」

真「! 春香」

雪歩「春香ちゃん」

春香「警察の人達がどういう考えのもとで私達に聞き取りをしたのかなんて、私達がいくら考えても分かるわけないんだし……大体私達の中にキラがいるはずないんだから、考えても仕方ないよ」

真「でも春香、前に『前のプロデューサーはキラに殺されたのかも』って言ってなかった?」

春香「あ、あの時はだって、まさかこんな風に本当に刑事さんが来たりするなんて思ってもみなかったし……なんていうか、実際にこういうことになると、考え過ぎるとかえって良くないかなって」

真「まあ、それもそうだね。ボク達が考えてどうにかなることでもないし」

雪歩「そうだね。それに私達の場合、キラ事件よりもっと大事な事が目の前に迫ってるし……ね。真ちゃん」

真「もちろん分かってるよ、雪歩。もう10日切ったもんね」

春香「ああ、センター試験だね」

雪歩「うん。これから二人で一緒にファミレスで追い込みする予定なんだ」

春香「そっか。頑張ってね」

真「ありがとう。じゃあそういうわけで、ボク達こっちだから。また明日ね、春香。美希」

雪歩「バイバイ、春香ちゃん。美希ちゃん」

春香「うん。またね」

美希「…………」

真「美希?」

美希「えっ。ああ、うん……またね、なの。真くん、雪歩」

真「大丈夫? なんか疲れてない? 美希」

美希「ううん。へーきなの」

真「そう? ならいいけど。じゃ、またね」

美希「うん。また明日」

(ファミレスの方に向かって歩いて行く真と雪歩)

春香「どうする? 美希。私達もどっかで晩ごはん食べてく?」

美希「あー、今日はやめとくの。ミキも一応受験生だし、帰って勉強しないと」

春香「そっか、了解。美希も頑張ってね」

美希「うん。ありがとうなの、春香」

美希(…………)

【同日夜・星井家】


美希「…………」

美希(まさかこのドアを開けたらパパがミキを待ってて、『美希、お前を逮捕する』とか……)

美希(な……ないない! そんなことあるはずないの!)

美希(大体こんな風に家の前で立ち止まってるところを誰かに見られた方が怪しまれるの)

 ガチャッ

美希「……ただいま、なの」

星井父「おー、お帰り。美希」

美希「!」

星井父「ん? どうした? 面食らった顔して」

美希「あ、え、ええと……パパがこんな時間に家に帰って来てるのって久しぶりだから、ちょっとびっくりしたの」

星井父「はは、それもそうだな。すまんすまん。たまたま仕事を早く切り上げられてな」

美希「そ、そうなの」

星井母「美希、もうこの後すぐにごはんでいい? 今ちょうどできたところなんだけど」

美希「うん」

星井母「じゃあちょっと待っててね」

美希「お姉ちゃんは?」

星井母「今日は大学のサークルの飲み会だって」

美希「そう」

星井父「…………」

美希「…………」

美希(パパは何も言ってこない……)

美希(どうして? まさか知らないの? 今日あの刑事さん達がうちの事務所に来たこと……)

美希(もしかして、パパ、キラ事件の担当から外れたのかな……?)

美希(でももしパパが知っているとしたら……ミキがそれを言わずに黙っているのは……)

美希(…………)

美希「ね、ねえ……パパ」

星井父「ん?」

美希「えっと、今日ね。ミキの事務所に刑事さん達が来たの」

星井父「!」

美希「確か、朝日さんって人と、模地さんって人。前のプロデューサーの事とか、色々聞かれて。パパ、何か知ってる?」

星井父「……いや、パパ、今ちょっと別の仕事をやっててな」

美希「え? そうなの? じゃあもうキラ事件の担当じゃないの?」

星井父「んー、まあそんな感じかな。ハハ……」

美希「……ふぅん……」

美希(パパ……なんか隠してる……? でもここでミキが深く突っ込むのもおかしいし……)

星井父「…………」

星井父(今の捜査状況……765プロに比重を置いた捜査がされている事は美希には話せない……局長達がどこまで美希に話したのかも分からないし……)

星井父(本当は『お前が疑われているわけじゃないから安心しろ』と言ってやりたいが……しかし俺がそれを言うと、俺が捜査状況を知っていることが美希にばれてしまう……)

星井父(どのみち話せないのなら、知らないふりをしておいた方が良い……中途半端に情報を与えると、かえって不安を煽ることになりかねない……)

星井父(……すまん、美希……)

星井母「はい、お待たせ。どうしたの? 二人とも押し黙っちゃって」

美希「え? んーん、なんでもないの。いただきまーす!」

星井父「はは。落ち着いて食べろよ。美希」

星井母「なんか久しぶりね。こうして親子で食卓を囲むの」

美希「お姉ちゃんがいないけどね」

星井父「じゃあ今度は菜緒もいるときに帰って来るようにするよ」

美希「本当? パパ」

星井父「ああ、約束する」

星井母「大丈夫なの? 気軽にそんなこと言っちゃって」

星井父「ああ。前よりは仕事も落ち着いてきたからな」

星井母「そうなの? それならいいけど」

美希「…………」

【二時間後・美希の自室】


美希「…………」

リューク「あれ? ミキ。今日の裁きはお休みか?」

美希「…………」

リューク「まあ、今の状況だと下手に動かない方が良いか」

美希「……ううん。裁きはするよ」パラッ

リューク「お、するのか」

美希「だって『765プロの関係者に聞き取りした直後に裁きが止まった』なんてことになったら、ますます疑われるの」

リューク「ククッ。確かにな。じゃあ同じ理由であの刑事達も殺さないってことか」

美希「そうだよ。そんなことしたら、うちの事務所の中にキラがいるって言ってるようなものなの」

リューク「なるほどな。まあでもどのみち……」

美希「?」

リューク「おっと、なんでもない。危うく口が滑るところだったぜ。ククッ」

美希「? なんなの? リューク」

リューク「いや、本当に何でもない。忘れてくれ。あ、それよりお前もリンゴ食うか? 美味いぞ」シャクシャク

美希「いらないの。死神の食べかけなんて」

リューク「……ああ、そう……」

美希「…………」

(ネットのニュース記事を読む美希)

美希「実子を窒息死させた疑いで逮捕……皮梨響子……」

美希「……皮……梨……」プルプル

リューク「おいおいミキ。手が震えてるぞ?」

美希「う、うるさいの!」

リューク「ククッ。今日の一件で相当動揺しているようだな。まあ無理も無いか」

美希「…………」

美希(今、警察はどこまでミキを疑っているの……?)

美希(前のプロデューサーの件、Aの件……おそらくもうどちらもLに伝わった)

美希(でもこれだけではまだミキ=キラっていう証拠にはならないはず)

美希(このデスノートが押さえられない限りは……)

美希「……隣人をナイフでめった刺しにして殺害……柾原省吾……」

一旦ここまでなの

【一週間後・キラ対策捜査本部(都内のホテルの一室)】


L「……皆さん、ご報告ありがとうございました」

総一郎「…………」

相沢「…………」

模木「…………」

松田「…………」

星井父「…………」

L「…………」

L(アイドル事務所関係者については……既に報道されている者以外で、ニュースになっていたアイドル事務所関係者連続死亡事案に関連しそうな死亡者はいなかった。また765プロダクションの前任のプロデューサーの死亡以降、新たに亡くなった者もいない)

L(そして、765プロダクションの方は……)

L(心臓麻痺で亡くなった前任のプロデューサー……社長、事務員、同僚の女性プロデューサーからは一様にその仕事能力を疑問視する声が……しかしコネで入社したがゆえに誰も彼に注意が出来なかったという実態)

L(そして所属アイドルからは……その全員から、彼による何らかのセクハラ被害を受けていたとの証言が得られた。無配慮な言動によるものがほとんどのようだが、その中で身体への接触までされていたのが……星井美希、天海春香、萩原雪歩の三名)

L(以上のことから、強弱はあれど、一応、当時在籍していた765プロダクションの関係者全員に前任のプロデューサーを殺害する動機はあったといえる)

L(もう一点、765プロダクション関係者の周辺での死亡事案については……)

L(近親の高齢者の死亡など、特段キラと無関係と思われるものが大半だったが……ただ、一人だけ)

L(何の予兆も前触れも無く、ある日突然、心臓麻痺で死亡した者がいる。しかもキラ事件の開始とほぼ同じタイミング……新宿の通り魔が殺された日の翌日に)

L(その人物は区立△△中学校三年の男子生徒……765プロ所属アイドル・星井美希のクラスメイト)

L(またその男子生徒は、普段から性的な言動で女子生徒をからかうことが多く、星井美希もその対象となることが間々あった)

L(この事実は星井美希自身の供述に加え、他のクラスメイト数名への後日の聞き取り調査からも裏付けられたとのこと)

L(これらの事実が意味するのは……)

L「…………」

星井父「…………」

L「……星井さん」

星井父「…………」

L「美希さんのクラスメイトの件、あなたは知っていましたね」

星井父「ああ。妻から聞いていた」

L「だがあえて今まで言わなかった……」

星井父「前任のプロデューサーの件もあったし、娘に変にバイアスを掛けられたくなかったからな。それにいずれ分かることだろうとも思っていた」

L「そうですね。捜査官としての立場を別にすれば、一般的な父親の心理としてはそれが自然だと思います」

星井父「…………」

L「しかし実際どう思われますか?」

星井父「どう、とは?」

L「765プロダクションの前任のプロデューサー、新宿の通り魔、そして区立△△中学の男子生徒。この三名の死亡日は全て連続しています。そしてその死因は全て心臓麻痺です」

星井父「…………」

L「新宿の通り魔は別にしても、765プロダクションの前任のプロデューサーと区立△△中学の男子生徒。この両名と接点があったのは星井美希さんただ一人」

L「さらにいずれの人物に対しても、美希さんが少なくとも好意的な感情は持っていなかったであろうことが推測されます」

星井父「…………」

L「これらの事実を踏まえて、どう思われますか」

星井父「だからどう、というのは」

L「娘さんがキラであるという可能性についてどう思われますか、という意味です」

星井父「! …………」

L「…………」

星井父「確かに、美希が現時点でそのような疑惑を掛けられるのは仕方がないことだとは思う」

総一郎「星井君……」

松田「係長……」

星井父「俺は前任のプロデューサーの件も、美希のクラスメイトの件もいずれも知っていた。しかしたまたま時期と死因が重なっただけで、キラ事件には到底結びつくはずが無いと思っていたし、仮に結びついたとしても、美希とは全く無関係だろうと思っていた」

L「だから知っていたけどあえて言わなかった。そういうことですね?」

星井父「そうだ。いずれの人物に対しても、美希には殺す動機なんて無いと思っていたからな。……今日の、局長達の報告を聞くまでは」

総一郎「星井君……」

L「では、今は考えが変わった……と?」

星井父「いや……それでも美希が人殺しなんてするはずがない。そう思っていることに変わりは無い。だが……」

L「? だが?」

星井父「俺は美希が前任のプロデューサーにセクハラされていたことも……クラスの男子からそんなからかいをされていたことも全く知らなかった。今までずっと、誰よりも美希の事を理解していたつもりだったのに……だ」

L「…………」

星井父「だから、もし俺もまだ知らないような美希の別の一面があるとすれば、あるいは……。さっきからずっと、そんな考えが頭の中をよぎっているのは事実だ」

松田「そ、そんなことないっすよ! 係長!」

星井父「松田」

松田「ミキミ……美希ちゃんがキラなんて、そんなことあるわけないじゃないっすか!」

星井父「……しかし……」

松田「しっかりして下さいよ! 父親が娘を信じないでどうするんですか!」

星井父「松田。気持ちは嬉しいが、俺は美希の父親である前に一人の警察官であり、このキラ対策捜査本部の捜査員だ」

松田「係長……」

星井父「だから……竜崎。どうかあなたの気の済むまで、娘を捜査してほしい」

松田「! 係長」

総一郎「星井君」

L「…………」

相沢「まあ、そうだな……。係長の娘さんとはいえ、嫌疑がある以上、捜査は捜査として、しないわけにはいかないだろう」

総一郎「うむ……」

L「そうですね……ただ現状ではまだ状況証拠しかありませんし、単に相対的にみて、美希さんが一番疑わしいだけというレベルに過ぎません」

星井父「竜崎」

L「前任のプロデューサーだけなら、少なくとも身体を触られていた天海春香や萩原雪歩と同程度の動機ということになるでしょうし……男子生徒の方も、美希さんだけが被害に遭っていたというわけでもなく、またそのからかいの程度も殺意まで生じさせるレベルであったかというと正直疑問です」

L「ただ現状で美希さんが一番疑わしいのは今言った通りですので……とりあえず、もう少し彼女の身辺を洗うことにします」

L「そういうわけですので、模木さんは引き続き、美希さんのクラスメイトの残り全員に対する聞き取りをお願いします」

模木「はい」

L「相沢さんと松田さんは、美希さんの周囲で死亡した者が他にいないか、可能な限り過去に遡って調べて下さい」

相沢「分かった」

松田「やりましょう。係長の為にも」

星井父「松田……」

L「夜神さんは、美希さんと天海春香、萩原雪歩の三名に少し比重を置きつつ、当時在籍していた765プロダクションの関係者全員と前任のプロデューサーとの間の人間関係についてもう少し詳しく調べて下さい」

総一郎「……ああ、分かった」

L「そして星井さんは……」

星井「分かってる。引き続き、残りの心臓麻痺死者のデータ収集と、アイドル事務所関係者以外の心臓麻痺死者間における共通項の有無の分析……だろう。俺が自分の娘の捜査をするわけにはいかないからな」

L「はい。申し訳ありませんがよろしくお願いいたします」

L「私も、美希さんだけにこだわらず、キラへの手がかりが他に無いかを横断的に調べてみます。では今日はこれで解散とします。お疲れ様でした」

総一郎「…………」

【キラ対策捜査本部のあるホテルからほど近くの路上】


 ピピピピ……

総一郎「? 非通知の着信?」

総一郎「はい」ピッ

L『もしもし。竜崎です。朝日さんですか』

総一郎「ああ、朝日だ。どうした?」

L『今、お一人ですか?』

総一郎「ああ、一人だが?」

L『では大変申し訳ありませんが、今すぐ誰にも言わずに一人で捜査本部に戻って来て下さい。朝日さんにだけお話ししたいことがあります』

総一郎「……分かった。実は私もあなたに話したいことがあったんだ」

L『そうですか。ではすみませんがよろしくお願いいたします』

総一郎「ああ。すぐに行く」ピッ

【キラ対策捜査本部(都内のホテルの一室)】


総一郎「竜崎」

L「お手間を取らせてしまいすみません。夜神さん」

総一郎「いや、いい。それより話とは」

L「夜神さんの方から先にどうぞ」

総一郎「……分かった。端的に言って、今はやはり星井君の娘さん……星井美希を徹底的に調べるべきだと思う」

L「…………」

総一郎「竜崎も言っていたが、彼女と接点のある人物が二人も、しかもそのいずれもがキラ事件開始とほぼ同じタイミングで心臓麻痺死なんて怪し過ぎる」

総一郎「先ほど、あなたは私に765プロの関係者全員と前任のプロデューサーとの間の人間関係の精査を指示したが、今はそれより星井美希に絞って捜査した方が……私も彼女の身辺に限定した捜査を行った方が良いと思う」

L「……夜神さん」

総一郎「? 何だ? 竜崎」

L「素晴らしいです」

総一郎「え?」

L「私が夜神さんにお話ししようとしていたことは、今夜神さんが私に仰ったこととほぼ同じです」

総一郎「! では竜崎。あなたも……」

L「はい。私も今は可能な限り星井美希に焦点を絞って捜査すべきと考えています。彼女は現時点において限りなく黒に近いグレーです」

総一郎「そうだったのか。では、先ほどの私への指示は……」

L「はい。あれは他の捜査員の方の目を逸らすために出したダミーの指示です。本当の指示は今からお伝えします」

総一郎「……分かった。では頼む」

L「はい。他の捜査員の方には黙って、星井美希の部屋……いえ、星井係長の自宅全体に監視カメラと盗聴器を設置します。夜神さんには私と共にその監視をして頂きたい」

総一郎「! か……監視カメラと盗聴器!?」

L「はい」

総一郎「い……いくらなんでもそれは無理だ。竜崎。もしばれたら人権侵害どころか完全に犯罪……」

L「絶対にばれないように取り付けます」

総一郎「し、しかし……」

L「先ほども言いましたが、今一番キラとして疑わしい者が星井美希であることは間違いありません」

L「そして仮に星井美希がキラであるとした場合、彼女は以前リンド・L・テイラーの挑発をかわしている」

L「つまりこちらがいくら罠を張っても、それには乗ってこない可能性が高い。そうすると、現状と同様の捜査を続けて状況証拠だけを積み重ねていっても、おそらく決定的な証拠は掴めないままでしょう」

L「ならばもう殺人の現場……今彼女がキラとして裁きを行っている場面を直接押さえる他ありません」

総一郎「理屈は理解できるが……しかしそれならせめて、星井君の了承を……」

L「いえ。それは無理です」

総一郎「無理?」

L「はい。星井さんは優れた捜査官ですが……自分の娘の事となると明らかに私情を優先させています。現に彼は、前任のプロデューサーの件も、娘のクラスメイトの件も、いずれも知っていたのに我々には伝えていなかった」

L「伝えれば娘に確実に嫌疑が掛かる。いずれ知られることだとしても、それを少しでも先延ばしにしたい……あわよくば、我々が見落とすことを期待していたものと考えられます」

総一郎「…………」

L「しかしそれは娘を想う一人の父親の感情としては極自然なものだと思います。ですので私はこのことで特に彼を咎めようとは思っていません」

L「ただ捜査については話が別です。我々の目的はキラを捕まえること。その為には常に最善の一手を打っておく必要がある」

L「星井さんは先ほど『気の済むまで娘を捜査してくれ』と言っていましたが……だからといって、年頃の娘の私生活を、赤の他人である私達に24時間監視されることを呑むとは到底思えません。また仮に一度は呑んだとしても、監視が続く中で『もうやめてくれ』などと言い出さないとも限らないですし、耐え切れなくなって星井美希本人に事実を打ち明けてしまう可能性すらあります」

総一郎「…………」

L「そんな形で、キラの殺人の証拠を押さえるチャンスをみすみす棒に振ることだけは絶対に避けたい」

L「また他の捜査員の方も、星井さんに同情してこの捜査には反対する可能性が高い。だから夜神さん。あなただけにお伝えしました」

L「あなただけは、私情を排して真の正義のために最善の行動を選択して頂けるものと確信しているからです」

総一郎「…………」

総一郎「竜崎」

L「はい」

総一郎「本当にばれないように設置できるんだな?」

L「はい。絶対にばれません」

総一郎「設置の期間は?」

L「そうですね……とりあえず七日間としますが、状況により早く撤去することも延長することもありえます」

L「そしてカメラを撤去する場合はあわせて必ず盗聴器も撤去することとし、盗聴器だけをこっそり残すようなことは絶対にしません。これでどうですか?」

総一郎「……分かった。あなたを信じよう。竜崎」

L「ありがとうございます。夜神さん。……ワタリ」

ワタリ「はい」

L「盗聴器、カメラ、モニターの準備にどれくらいかかる?」

ワタリ「明日以降であれば……家人全員の不在時間が分かればいつでも取り付けられます」

L「分かった。星井さんは言うまでもなくこの捜査本部に常駐……母親は地方公務員、姉は大学生、そして星井美希本人は中学生でありアイドル事務所にも通っている……この状況ならほとんど苦労なく付けられるでしょう」

L「ただ流石にこの部屋にモニターを置くわけにはいきませんので……資料室という名目で別の部屋を借りてそこにモニターを置き、我々はそこで監視をするようにしましょう」

L「また監視カメラの映像データと盗聴器が拾う音声は自動でこの捜査本部外にあるワタリのPCにも転送されるようにしておき、我々が監視できないときはワタリに監視してもらうようにします」

総一郎「……分かった」

L「ご理解頂き、ありがとうございます」

総一郎「…………」

【同時刻・765プロ事務所からの帰路】


美希「…………」

リューク「大丈夫か? ミキ。ここ最近、目に見えてやつれてきてるぞ」

美希「…………」

リューク「あらら。無視かよ。こりゃ重症だな」

美希「…………」

美希(一週間前のあの日から、不安が日に日に膨らんでいく)

美希(あの後はこれといってミキの周りで大きな動きは無い。裁きも今までと同じペースで続けてる……)

美希(パパにはあれから何も聞けてない。家に居る時間は前より増えたけど、もうキラ事件には関わっていないようなことを言っていたから、ミキからそれ以上には聞けない)

美希(いや、でももうどのみち、パパから情報を得るとかどうとかいうレベルの話でもないか)

美希(前のプロデューサーとクラスメイトのA……この両方と接点があるのがミキしかいない以上、遅かれ早かれ……)

美希(いや、でもデスノート……デスノートを押さえられない限り、証拠は……)

美希(ああ……だめなの。最近もうずっと同じ思考が頭の中をぐるぐる回ってて、吐きそう)

春香「みーきっ!」ドンッ

美希「うひゃあ!」

春香「わっ! びっくりした」

美希「は……春香? もう、驚かせないでなの……」

春香「あはは。ごめんごめん。ちょっとびっくりさせようと思ったら、勢いつき過ぎちゃった」

美希「もー……」

春香「……怒った?」

美希「ううん。怒ってないの」

春香「そう、良かった。じゃあ一緒に帰ろ」

美希「うん」

春香「でさ、響ちゃんが……」

美希「あはは。実に響らしいの」

春香「……なんか、ちょっと久しぶりだね」

美希「え?」

春香「こういう風に、他愛も無い話で盛り上がるの」

美希「あー……まあ最近、色々あったしね」

春香「うん。そうだね」

美希「…………」

春香「ねえ、美希」

美希「? 何? 春香」

春香「実は私……美希にずっと聞きたいことがあったんだ」

美希「……え?」

春香「今、聞いてもいい……かな?」

美希「な、何?」

春香「うん……えっとね」

美希「…………」

美希(ま、まさか……『実は美希がキラなんじゃないの?』とか……?)

美希(い、いや、そんなことはありえないの。だって春香はAのことは知らないんだし)

美希(今の状況でミキだけを疑うはずが……)

春香「美希って、さ」




















春香「いつデスノートを拾ったの?」


















美希「…………え?」

一旦ここまでなの

【キラ対策捜査本部(都内のホテルの一室)】


総一郎「竜崎」

L「お手間を取らせてしまいすみません。夜神さん」

総一郎「いや、いい。それより話とは」

L「夜神さんの方から先にどうぞ」

総一郎「……分かった。端的に言って、今はやはり星井君の娘さん……星井美希を徹底的に調べるべきだと思う」

L「…………」

総一郎「竜崎も言っていたが、彼女と接点のある人物が二人も、しかもそのいずれもがキラ事件開始とほぼ同じタイミングで心臓麻痺死なんて怪し過ぎる」

総一郎「先ほど、あなたは私に当時在籍していた765プロの関係者全員と前任のプロデューサーとの間の人間関係の精査を指示したが、今はそれより星井美希に絞って捜査した方が……私も彼女の身辺に限定した捜査を行った方が良いと思う」

L「……夜神さん」

総一郎「? 何だ? 竜崎」

L「素晴らしいです」

総一郎「え?」

L「私が夜神さんにお話ししようとしていたことは、今夜神さんが私に仰ったこととほぼ同じです」

総一郎「! では竜崎。あなたも……」

L「はい。私も今は可能な限り星井美希に焦点を絞って捜査すべきと考えています。彼女は現時点において限りなく黒に近いグレーです」

総一郎「そうだったのか。では、先ほどの私への指示は……」

L「はい。あれは他の捜査員の方の目を逸らすために出したダミーの指示です。本当の指示は今からお伝えします」

総一郎「……分かった。では頼む」

以下、>>253からの続きとなります。

【三日後の夜・キラ対策捜査本部/資料室(都内のホテルの一室)】


(星井美希に対する監視・一日目)

ワタリ「竜崎。取り付けた監視カメラと盗聴器は全て正常に作動しています」

L「よし。よくやってくれた。ワタリ」

総一郎「…………」

L「夜神さん」

総一郎「何だ? 竜崎」

L「まだ完全には納得されていませんか?」

総一郎「……まあな。だがやると言った以上は徹底的にやる覚悟でいるつもりだ」

L「ありがとうございます。心から感謝します」

総一郎「…………」

ワタリ「竜崎。星井美希が帰宅したようです」

L・総一郎「!」

美希『ただいまなのー』

星井母『お帰り、美希』

菜緒『お帰りー』

美希『今日、パパは?』

星井母『遅くなるって』

美希『そっか』

菜緒『でもパパ、もうキラ事件の担当じゃなくなったんでしょ? なのに何でまだ帰って来るの遅いんだろ?』

星井母『さあ』

美希『ミキ的には、前に比べたら家に居る時間が大分増えたから、とりあえずは良いんじゃないかなって思うな』

菜緒『まあねぇ』

L「……星井さん、ご家族にはある程度捜査の事について話しているようですね」

総一郎「そのようだな。だが竜崎……」

L「分かっています。ここで明らかになったことをもって星井さんを問い詰めるようなことはしませんし、そもそもできません」

総一郎「ああ。それをすれば、我々がこうやって極秘に家の中を監視していることまで分かってしまうからな」

L「はい」

L「…………」

L(星井美希がキラだとしたら……父親から捜査本部の情報を得ることができていた……?)

菜緒『あっ。美希のCM』

星井母『あら、ホント』

美希『なんか未だにTVの中の自分を観るのは慣れないの』

菜緒『ねぇ、この一緒に出てる子誰?』

美希『海砂ちゃんなの』

菜緒『ふーん。かわいいね』

星井母『ミキミキとミサミサって、なんかダジャレみたいね』

美希『それはちょっと失礼って思うな』

L「…………」

総一郎「…………」

L「一家団欒、といった感じですね」

総一郎「……うむ」

L「ところで、今日報道された犯罪者の中でキラの裁きの対象になりそうなものはいましたか?」

総一郎「ああ。老夫婦を殺害し、金品を奪った強盗殺人犯が一名。これまで同様なら、おそらく本日中に裁かれるだろう」

L「キラの殺しの時間帯は平日は一貫して19時頃から22時頃……そろそろですかね。そちらの準備は大丈夫ですか?」

総一郎「ああ。警察庁にいる部下に、キラによる裁きが行われたらすぐに私に一報を入れてもらうように頼んである。『キラの動きをリアルタイムで捕捉しておきたいから』と言うと二つ返事で快諾してくれた」

L「! 警察庁……もしかして、あの時の……?」

総一郎「ああ。伊出と宇生田だ」

L「そうでしたか」

総一郎「キラを追っている者はこの捜査本部の者だけではないからな。彼らも彼らで懸命にやってくれている」

L「……はい」

【同日・21時頃】


L「…………」

L(夕食後、星井美希はすぐ風呂に入り、その後はずっと自分の部屋でくつろいでいる……)

L(今のところ、特に目立った行動はみられないが……)

 ピピピピッ

総一郎「! 伊出だ」ピッ

L「!」

総一郎「私だ。……そうか。分かった。わざわざすまんな」ピッ

L「夜神さん」

総一郎「ああ。今日報道された強盗殺人犯が留置場内で死亡したそうだ」

L「!」

総一郎「死因はおそらく心臓麻痺。死亡推定時刻は今から約30分前」

L「30分前……!」

(監視カメラの録画映像を巻き戻すL)

L「…………」

総一郎「……星井美希は今と同様、自分の部屋でくつろいでいた時間帯だな……」

L「はい。ベッドに寝そべり、手にはスマートフォン……念の為、天井に仕掛けたカメラの映像を拡大し、スマートフォンの画面を確認してみます」

総一郎「うむ」

L「……ずっと同じアプリゲームをやっていますね」

総一郎「…………」

L「…………」

L(星井美希がキラだとすれば……今、この状態で人を殺したというのか?)

L(キラの殺人には顔と名前が必要……そして、先ほど殺された強盗殺人犯の顔と名前は今日の昼には報道されていた)

L(星井美希は今日、家に帰ってからはニュース等を一切観ていなかったが……日中、家の外でこの犯罪者の情報を得ることは十分可能だっただろう)

L(とすると日中、家の外でこの者の顔と名前の情報を得ておき、今殺した……ということか?)

L(しかし、仮に念じるだけで人が殺せるとしても……生身の人間であれば殺しを行う際、挙動や表情に何らかの変化はあっていいはず……)

L(だがこの監視カメラの映像を観ている限り、星井美希にはとてもそのような変化は……)

L「…………」

総一郎「! 部屋の電気を消した」

L「遠赤外線カメラに切り替えます」

美希『…………』

総一郎「……普通に寝ているようだな……」

L「そうですね」

L(午後10時過ぎに就寝……以前私が推理したキラの人物像に当てはまってはいる、が……)

L(…………)

【翌日夜・キラ対策捜査本部/資料室(都内のホテルの一室)】


(星井美希に対する監視・二日目)

L「…………」

総一郎「…………」

L(今日報道された犯罪者のうち、三日前に下校中の小学生を包丁で刺殺した疑いで逮捕された者がつい先ほど……21時頃に心臓麻痺で死亡した)

L(同時刻、星井美希はバスルームでシャワーを浴びていた)

L(……本当に可能なのか? こんな日常の動作を当たり前にこなしながら人を殺すなどということが……)

L(それに昨日も今日も、犯罪者が死んだとされる時刻に星井美希に挙動や表情の変化は一切みられなかった)

L(…………)

L(犯罪者が死んだとされる……時刻……?)

L「……夜神さん」

総一郎「? 何だ? 竜崎」

L「私は今まで思い違いをしていたのかもしれません」

総一郎「思い違い?」

L「はい。これまで私は、キラによって殺された犯罪者の死亡推定時刻=キラが裁きを行った時刻、と思い込んでいました」

L「それは、殺された犯罪者の死亡推定時刻が平日では19時頃から22時頃の間、土日は昼頃から22時頃までと固定していたからです」

L「しかしキラは、顔と名前が分かる者ならいつでも自由に殺すことができる……。つまり、人の死そのものを自由に操ることができる」

L「ならば、その死の時間をも操ることができるとしても不思議ではない」

総一郎「つまり……殺しの行為自体は先にしておいて、実際に犯罪者が死ぬ時間は後の時刻にずらしておくことも可能……ということか?」

L「はい。そしてそれが可能であるとすれば、犯罪者が死んだ瞬間の挙動を観ていても意味は無い」

総一郎「確かにな。日中、家の外で殺しの行為をしておけば、後は夜になって犯罪者が勝手に死ぬだけということか」

L「ええ。ですから、明日以降はその可能性……日中、外で殺しの行為をされてしまう可能性を排斥して監視をする必要があります」

総一郎「うむ。しかし具体的にはどうする気だ?」

L「夜神さん。明日以降、星井美希の監視を終えるまでの間……キラの裁きの対象となりうる凶悪犯の報道は21時以降に限定して行うよう、報道機関に要請してもらえますか?」

総一郎「! …………」

L「キラの殺人には顔と名前が必要……仮に死の時間を操ることができるとしても、少なくとも殺しの行為をする際にはその二つの条件が備わっていることが必要だと考えられます」

L「そうであるとすれば、夜まで報道がされなかった犯罪者に対して、昼の間に殺しの行為をしておくことはできないはずです」

総一郎「なるほどな。では、我々が監視している間に新たな犯罪者が報道された場合……」

L「はい。殺しの行為は、その後……つまり、我々が監視している状況下においてしかできないはず」

総一郎「いやだが、星井美希が必ずしもその報道された情報を得るとは限らないのでは? 少なくとも昨日と今日、21時以降にニュース等は観ていなかったぞ」

L「それはそれで構いません。星井美希が報道された情報を得ず、そして報道された犯罪者が死ななければ、結果的に星井美希がキラであるという疑いが強まりますし……」

L「逆に、星井美希が報道された情報を得ていないにもかかわらず、報道された犯罪者が死ねば、星井美希以外の者がキラであるという可能性が高くなります」

総一郎「なるほど……星井美希が報道された情報を得なければ、彼女がキラである可能性とそうでない可能性、そのいずれであってもある程度の確度をもって判断することができる。また彼女が報道された情報を得て、報道された犯罪者が死んだ場合、彼女がキラならその殺しの方法を観察できるかもしれない……ということか」

L「はい。お願いできますか? 夜神さん」

総一郎「分かった。今回は前のような偽名での報道などに比べれば人道上の問題も少ない。早速、要請しよう」

L「ありがとうございます。助かります」

L「…………」

L(さあ、どう出る? キラ……)

一旦ここまでなの

菜緒『あっ。美希のCM』

星井母『あら、ホント』

美希『なんか未だにTVの中の自分を観るのは慣れないの』

菜緒『ねぇ、この一緒に出てる子誰?』

美希『海砂ちゃんなの』

菜緒『ふーん。かわいいね』

星井母『ミキミキとミサミサって、なんかダジャレみたいね』

美希『それはちょっと失礼って思うな』

L「…………」

総一郎「…………」

L「一家団欒、といった感じですね」

総一郎「……うむ」

L「ところで、今日報道された犯罪者の中でキラの裁きの対象になりそうな者はいましたか?」

総一郎「ああ。老夫婦を殺害し、金品を奪った強盗殺人犯が一名。これまで同様なら、おそらく本日中に裁かれるだろう」

L「キラの殺しの時間帯は平日は一貫して19時頃から22時頃……そろそろですかね。そちらの準備は大丈夫ですか?」

総一郎「ああ。警察庁にいる部下に、キラによる裁きが行われたらすぐに私に一報を入れてもらうように頼んである。『キラの動きをリアルタイムで捕捉しておきたいから』と言うと二つ返事で快諾してくれた」

L「! 警察庁……もしかして、あの時の……?」

総一郎「ああ。伊出と宇生田だ」

L「そうでしたか」

総一郎「キラを追っている者はこの捜査本部の者だけではないからな。彼らも彼らで懸命にやってくれている」

L「……はい」

以下、>>301からの続きとなります。

【翌日夜・キラ対策捜査本部/資料室(都内のホテルの一室)】


(星井美希に対する監視・三日目)

美希『…………』

L「今日は夕食後、風呂に入ってからはずっと勉強していますね」

総一郎「アイドルといえど中学三年生だからな。受験勉強ってことだろう」

L「一応、天井と机に仕掛けたカメラからの映像を拡大したものをサブモニターに映していますが、ごく普通に問題集を解いているようです」

総一郎「勉強している様子に特に不審な点は無し……と。やはりこの後の報道待ちか」

L「はい。お願いしていた通りにできそうですか?」

総一郎「ああ。今日捕まった連続放火魔の報道が21時ちょうどに、同じく今朝起きた通り魔殺人の犯人の報道が21時30分に、それぞれ予定されている」

L「ありがとうございます。これで上手くいけば、星井美希が報道を観た場合と観なかった場合の両方のパターンを観察することができます」

総一郎「うむ。まあ昨日と一昨日の様子からするとニュース自体観ないかもしれないが……」

L「そうですね。ただでさえ今は勉強中ですし」

総一郎「だがそれならそれで、明日は報道の時間を夕食の時間帯にでもずらせばいいか。夕食時は家族でテレビを観ているようだしな」

L「ええ。そうしましょう」

総一郎「……と。そろそろ時間だ」

L「では、サブモニターの一つをテレビ画面に切り替えます」ピッ

TV『ニュースの時間です』

L「………」

総一郎「…………」

TV『本日、都内北部の民家五軒に相次いで放火し十三人を殺害した疑いで、白身正亜希容疑者が逮捕されました』

L「星井美希は……ずっと机に向かって勉強していますね」

総一郎「ああ。携帯電話にも触れていない」

L「…………」

L(もしこのまま、今報道された者が死ねば……)

 ピピピピッ

総一郎「! もしもし」ピッ

L「! …………」

総一郎「ああ、そうか。分かった。ありがとう」ピッ

L「夜神さん」

総一郎「先ほど、21時のニュースで初めて報道された連続放火魔が心臓麻痺で死亡した」

L「! ということは……」

総一郎「星井美希が報道された情報を得ていない間に、犯罪者が死んだということになるな……」

L「…………」

総一郎「竜崎。これは……」

L「もうすぐ21時30分のニュースです。今はとりあえず監視を続けましょう」

総一郎「うむ……」

L「! 星井が動いた」

美希『…………』

総一郎「ベッドの方へ……もう寝る気か?」

美希『…………』

総一郎「寝ている……」

L「…………」

総一郎「竜崎。もう21時30分になるぞ」

L「……はい」

TV『今朝、都内路上で三人を殺傷した疑いで、南原海軽十容疑者が逮捕されました』

美希『…………』

L「完全に寝ていますね」

総一郎「うむ……」

L「…………」

L(顔は布団から出している……本当に睡眠しているかどうかまでは分からないが、少なくとも目を閉じていることは確か)

L(布団の中に何かを持ち込んだ形跡も無い)

L(先ほどの勉強中もそうだったが、この状態で報道された情報を得ているとは到底思えない)

L(しかし21時に報道された犯罪者は確かに死んだ)

L(これはつまり……)

 ピピピピッ

総一郎「! もしもし」ピッ

L「…………」

総一郎「ああ、分かった。何度もすまんな」ピッ

L「…………」

総一郎「竜崎。21時30分のニュースで報道された通り魔も心臓麻痺で死亡したそうだ」

L「…………」

総一郎「そしてニュースが報道される前から今までずっと、星井美希はベッドで寝ていた……」

L「…………」

総一郎「竜崎。これはもう完全に白と言っていいのでは……」

L「……まだ三日です」

総一郎「しかし」

L「明日は先ほど夜神さんが言っていたように、夕食の時間帯に合わせて報道を流します」

総一郎「…………」

【翌日夜・キラ対策捜査本部/資料室(都内のホテルの一室)】


(星井美希に対する監視・四日目)

L「…………」

総一郎「竜崎……」

L「…………」

L(今日は星井家の夕食の時間帯に合わせて報道を流したが、結局、星井家はその時間はバラエティ番組を観ていたため、星井美希が報道された情報を得ることは無かった)

L(しかしそれにもかかわらず、夕食後……星井美希がシャワーを浴びている時に、彼女が情報を得ていない、報道されたばかりの犯罪者が心臓麻痺で死んだ)

L(もうこれで三人連続……いくらキラでも、顔も名前も知らない、それどころかその存在すら認知していない犯罪者を殺せるはずがない……)

L(星井美希はキラではない……もうそう考えるしか……)

総一郎「どうする? 竜崎……」

L「…………」

総一郎「私はもう、これ以上監視を続けても結果は同じ……それどころかむしろ、星井美希がキラでない可能性が裏付けられていくだけのように思えるが……」

L「そうですね……」

総一郎「…………」

L「ですがあと三日……あと三日だけ観させてください。それでも同じなら、速やかにカメラと盗聴器を外します」

総一郎「……分かった……」

L「…………」

【三日後の夜・キラ対策捜査本部/資料室(都内のホテルの一室)】


(星井美希に対する監視・七日目)

L「…………」

総一郎「竜崎……」

L「…………」

L(この三日間、報道を流す時間帯を色々変えてみたが……)

L(結局、星井美希が報道された情報を得たのは監視を始めて六日目の夜……姉が大学の飲み会でおらず、母親と二人きりとなった夕食の時のみ)

L(それは地方公務員でもある母親が『たまにはニュースでも観なさい』と言ってテレビのチャンネルを変えてくれたおかげだが……)

L(しかし結果的には、その時報道された犯罪者も、他の日にそうであったのと同様、星井美希が夕食後にシャワーを浴びている時に心臓麻痺で死亡した)

L(その際も、星井美希の挙動や表情に何ら変化は見られず……他の日と全く同じようにシャワーを浴び、身体を洗っているようにしか見えなかった)

L(そして五日目と七日目は、いずれも星井美希が報道された情報を得ていない間に、報道された犯罪者が心臓麻痺で死亡した)

L(これでは『星井美希が報道された情報を得ていようが得ていまいが、彼女とは全く無関係にキラが犯罪者を裁いている』と判断するほかない……)

総一郎「竜崎。これでもう星井美希に対する監視は……」

L「……分かっています。明日にでも、カメラと盗聴器は全て外します」

総一郎「ああ、よろしく頼む。しかしこれでまた振り出しか……」

L「…………」

【翌日夜・美希の自室】


リューク「おいミキ。やっぱりカメラ取れてるぞ。全部だ全部」

美希「! …………」

リューク「おいミキ。聞いてるのか?」

美希「…………」トントン

(自分の耳を軽く指差す美希)

リューク「ああ、そうか。まだ盗聴器は付いてるかもしれないのか」

美希「…………」コクッ

リューク「じゃあ早速、明日にでも探知機買ってきて調べようぜ」

美希「…………」コクッ

リューク「そして盗聴器も無いことが分かったら……その時は頼むぜ、例のヤツ」

美希「…………」コクッ

【翌々日・765プロ事務所】


リューク「しかし盗聴器も無いことが分かってスッキリしたな」

美希「まあね」

リューク「これも全部あの子のおかげだな」

美希「……まあね」

 ガチャッ

美希「おはよーございますなの」

P「おう。おはよう、美希」

小鳥「おはよう、美希ちゃん」

春香「……おはよ、美希」

美希「! …………」

P「? どうした? 美希」

小鳥「まだ寝ぼけ眼なのかしら?」

美希「えっ、ううん。違うの」

春香「…………」

美希「……ねぇ、春香」

春香「ん?」

美希「あのね、ミキ……」

春香「…………」

美希「今日、久しぶりにぐっすり眠れたの! あはっ」

春香「! ……そう。良かったね。美希」

美希「はいなの!」

P「?」

小鳥「睡眠報告……?」

春香「さて、じゃあ私はレッスンに行ってきまーす!」

P「おう、行ってらっしゃい」

小鳥「頑張ってね」

春香「はーい」

美希「春香」

春香「ん?」

美希「……また、後でね」

春香「……うん。また後で」

 ガチャッ バタン

P「おーい美希。お前もすぐCM撮影に向かうから、準備しとけよー」

美希「はいなの! すぐ支度するの!」

美希「…………」

美希「……ありがとうなの。春香」

P「? 何か言ったか?」

美希「んーん。何でもないの!」

P「?」

一旦ここまでなの

【同日夕刻・765プロ事務所近くの公園】


(隣り合う二つのブランコに並んで腰を下ろしている春香と美希)

春香「じゃあ本当にカメラは全部取れてたんだね? それと盗聴器も」

美希「うん」

春香「そっか……良かった。本当に」

美希「これも春香のおかげなの」

春香「私は別に何も……あ、じゃあこれ返しとくね」スッ

(美希にデスノートを渡す春香)

美希「……うん。ありがとうなの。春香」

春香「どういたしまして。美希」

美希「でも、やっぱり不思議な感じなの」

春香「不思議って?」

美希「だってまだあれから……十二日しか経ってないのに、ミキ達、十二日前までとはまるで違う関係になってるの」

春香「そうだね」

美希「十二日前までは、同じ事務所のアイドル仲間で、仲の良い普通の友達だったのに。今は……」

春香「……うん。本当にね」

美希「十二日前は夢にも思わなかったの。まさか春香と、こんなことを話すようになるなんて――……」





――――遡ること、十二日前。





【十二日前・765プロ事務所からの帰路】


春香「美希って、さ」

春香「いつデスノートを拾ったの?」

美希「…………え?」

春香「…………」

美希「は、春香? 今、なんて……?」

春香「……ああ、そっか。やっぱり美希は目を持ってないんだね」

美希「え?」

春香「そっか、そっか。そういうことね。いや、もしかしたらって思ってさ」

美希「…………」

春香「もし美希もそうなら、私のことも当然気付いてて、その上で黙ってるんだろうなーって。まあでも持ってないなら分かりっこないもんね。うんうん」

美希「は、春香? さっきから、一体何を言ってるの?」

春香「まあそういうことなら、見せた方が早いよね」

美希「え?」

春香「えっと……」キョロキョロ

(周囲を見渡し、他に人がいないことを確認する春香)

春香「よし。今なら大丈夫そう。美希。これ」スッ

美希「えっ……」

春香「触って。あ、でも絶対大きな声とか出さないでね。まあ初めてじゃないから大丈夫だろうとは思うけど」

美希「これって……」

美希(デス……ノート? でもこの表紙の文字は……何語?)

春香「ほら美希。早く早く。人来ちゃうよ」

美希「えっ、ええっと……」

春香「美希」

美希「わ、分かったの」サッ

美希「!」

(美希が春香の持つノートに触れた瞬間、春香の背後に白い化け物が姿を現した)

美希「きゃ……」

春香「ダメッ!」バッ

(素早く両手で美希の口を塞ぐ春香)

美希「…………!」ムグムグ

春香「もう。だから言ったのに」

美希「…………」

春香「もう大丈夫かな?」

美希「…………」コクコク

春香「よし」パッ

美希「…………」

春香「えっと……じゃあとりあえず、レム。自己紹介」

「……名乗らせるなら先に名前言うなよ」

春香「あっ。ごめんごめん。ついうっかり」

「まったく……」

美希「…………」

美希(黒いノート……触ったら化け物が見えた……これはもう間違い無く……)

「私は死神のレム。この子が持っているノートの落とし主だ」

美希「…………!」

美希(やっぱり、死神……! ということは……)

美希「じゃあ、そのノートは……」

春香「うん。デスノートだよ」

美希「…………!」

美希(春香が、デスノートの所有者……! でも、な、何で……?)

美希(しかも……これまでの会話からして、ミキが所有者だってことも知っている……?)

美希(何で? どうして?)

美希(何が何だか分からないの……)

美希「…………」

春香「ありゃりゃ。流石の美希も固まっちゃったか」

レム「まあ仕方無いだろう。この様子だと、今まで全く気付いてなかったみたいだしな。お前のこと」

春香「そうみたいだね。でもそうすると一から説明しないといけないからちょっと時間かかるな……ここだと人目につきそうだし……」

美希「…………」

春香「よし、美希。とりあえず公園行こう」グイッ

美希「え? あっ、あの……」

春香「大丈夫大丈夫」

美希「な、何が大丈夫なの……」

春香「全部話してあげるから」

美希「……全部……?」

春香「そ。ぜーんぶ、ね」

美希「…………」

【765プロ事務所近くの公園】


(隣り合う二つのブランコに並んで腰を下ろしている春香と美希)

春香「とは言ったものの、一体どこから話そうか……」

美希「………」

レム「やっぱり最初から順を追って話してやった方がいいんじゃないか?」

春香「まあそうか。そうだよね。うん。じゃあ美希……」

美希「は、春香!」

春香「ん? 何?」

美希「えっと……春香がデスノートを持ってて、その死神……」

レム「レムだ」

美希「……レムが、そのノートの落とし主……」

レム「そうだ」

美希「ってことは……今は春香がそのデスノートの所有者で……それでレムが憑いてるってことだよね?」

春香「そうだよ。流石美希。飲み込みが早いね」

美希「じゃあ……何で春香がデスノートを持ってるのかってことも気になるんだけど、それより先に……」

春香「?」

美希「何で、ミキもデスノートを持ってるって分かったの?」

春香「ああ、その事。そっかそっか、それも知らなかったんだね」

美希「え?」

春香「えっとね。死神の目を持つと他の人の寿命と名前を見る事ができるようになるんだけど、ノートを持ってる人だけは寿命の方が見えないの」

美希「そ……そうなの?」

春香「そうなんだよ。その理由は……何だっけ? レム」

レム「……デスノートを持った人間は命を取られる側から取る側になる為、殺す人間の寿命だけが見えていればいいからだ。ゆえに死神の目を持った人間は、自分を含め、他のデスノートを持った人間の寿命は見る事ができない」

春香「そうそう、そういうこと」

美希「なるほど……って!」

春香「? どうしたの? 美希」

美希「じゃあ春香……目の取引したってことなの!?」

春香「うん。したよ」

美希「! ……じゃあ、それと引き換えに残りの寿命の半分を……」

春香「うん。まあそういうことになるかな」

美希「! ……何で、そんなこと……」

春香「それは……後で、詳しく話すよ」

美希「…………」

春香「それよりさ、美希はいつからデスノートを持ってたの?」

美希「え?」

春香「いやほら、前のプロデューサーさんが心臓麻痺で亡くなったって聞いた時にさ、私はすぐに『これはきっとデスノートだ』って思ったんだよね」

美希「! …………」

春香「で、もしそうだとしたら、絶対765プロの皆の中に他のデスノートの所有者がいるって思ったの。前に他の皆との話でも出てたけど、あの人の悪い一面を知ってるのは私達だけだったからね」

春香「それで、レムに他のノートの所有者を見分ける方法は無いかって聞いたら、さっきの方法を教えてもらえて」

美希「じゃあ、それで目の取引を……?」

春香「ううん。目自体はもっと前から持ってたの。ただその見分け方は知らなかったってだけで」

美希「……そうなんだ……」

春香「それでその翌々日、前のプロデューサーさんのお通夜で美希に会ってすぐに分かったよ。寿命が見えなかったからね」

美希「じゃあ、あの時から気付いてたんだ……」

春香「うん。でも実際のところ、美希がいつからノートを持っていたのかまでは分からなくて。ほら、毎日何十人何百人って人の名前と寿命が見えてたし、寿命が見えない人もいるなんて知らなかったから、そこまでちゃんと意識して見てなかったんだよね」

春香「だから私が気付いてなかっただけで、本当はもっと前から美希はノートを持ってたのかなって思って。それでさっき、最初にその質問をしたってわけ」

美希「ミキがノートを拾ったのは……ミキが前のプロデューサーの名前を書いたその日だよ」

春香「そうなんだ。じゃあ結局、私は美希がノートを持ってからほとんどすぐ後に気付いてたってことだね」

美希「うん。でもその時から気付いてたなら、何で今までずっと黙ってたの? そして何で今になって言う気になったの? 春香」

春香「それは……」

美希「…………」

春香「うん。じゃあ……そのことも含めて、改めて今から全部話すよ」

美希「! …………」

春香「私がデスノートを拾った経緯、目を持った理由、これまでデスノートを使ってしてきたこと……そして、今になって美希に全てを打ち明けようと思った理由。その、全部を」

美希「…………」

一旦ここまでですよ!ここまで!

春香「それよりさ、美希はいつからデスノートを持ってたの?」

美希「え?」

春香「いやほら、前のプロデューサーさんが心臓麻痺で亡くなったって聞いた時にさ、私はすぐに『これはきっとデスノートだ』って思ったんだよね」

美希「! …………」

春香「で、もしそうだとしたら、絶対765プロの皆の中に他のデスノートの所有者がいるって思ったの。前に他の皆との話でも出てたけど、あの人の悪い一面を知ってるのは私達だけだったからね」

春香「それで、レムに他のノートの所有者を見分ける方法は無いかって聞いたら、さっきの方法を教えてもらえて」

美希「じゃあ、それで目の取引を……?」

春香「ううん。目自体はもっと前から持ってたの。ただその見分け方は知らなかったってだけで」

美希「……そうなんだ……」

春香「それでその翌々日、前のプロデューサーさんのお通夜で美希に会ってすぐに分かったよ。寿命が見えなかったからね」

美希「じゃあ、あの時から気付いてたんだ……」

春香「うん。でも実際のところ、美希がいつからノートを持っていたのかまでは分からなくて。ほら、毎日何十人何百人って人の名前と寿命が見えてたし、寿命が見えない人もいるなんて知らなかったから、そこまでちゃんと意識して見てなかったんだよね」

春香「だから私が気付いてなかっただけで、本当はもっと前から美希はノートを持ってたのかなって思って。それでさっき、最初にその質問をしたってわけ」

美希「ミキがノートを拾ったのは……ミキが前のプロデューサーの名前を書いたその日だよ」

春香「そうなんだ。ちなみにそのときって、死の日時指定とかってした?」

美希「ううん。ただ名前を書いただけ」

春香「そっか。じゃあ結局、私は美希がノートを持ってからほとんどすぐ後に気付いてたってことだね」

美希「うん。でもその時から気付いてたなら、何で今までずっと黙ってたの? そして何で今になって言う気になったの? 春香」

春香「それは……」

美希「…………」

春香「うん。じゃあ……そのことも含めて、改めて今から全部話すよ」

美希「! …………」

春香「私がデスノートを拾った経緯、目を持った理由、これまでデスノートを使ってしてきたこと……そして、今になって美希に全てを打ち明けようと思った理由。その、全部を」

美希「…………」

春香「あ、でもその前に」

美希「?」

春香「美希に憑いてる死神さんも私に見せて」

美希「……わかったの」スッ

春香「へー。英語でタイトル書いてあるんだ。なんかかっこいいね。でも美希、いつもこれ持ち歩いてるの?」

美希「うん」

春香「なんか危なくない? それ……」

美希「ミキの場合、家の中に置いてる方がアブナイの。お姉ちゃんとかに触られちゃいそうで」

春香「なるほどね。では早速……」サッ

(春香が美希のノートに触れた瞬間、美希の背後にいるリュークが春香にも視認可能となった)

春香「へえー。死神っていってもレムとは全然違うタイプなんだね。あっ、名前だけは聞いてるよ。リューク。これからよろしくね」

リューク「ああ、よろしく」

美希(春香とリュークが普通に会話してる……なんかすごい光景なの)

春香「じゃあ改めて……えっと、最初は……」

レム「最初のくだりは私から話そう」

春香「レム」

レム「いいね? ハルカ」

春香「うん。じゃあお願い」

レム「あれは今から一年と少し前……死神界にジェラスという死神がいた」

美希「…………」

リューク「…………」

レム「ジェラスは死神界からずっと一人の少女を眺めていた」

レム「最初、私はジェラスがその子に恋をしているのだと思った。今の死神界じゃ大笑いされることだがありえない話ではないからな」

レム「しかしジェラスを見ているうち、私は、ジェラスがその少女に抱いている感情はいわゆる『恋愛感情』と呼ばれる類のものとは少し性質が異なるのではないか、と思うようになってきた」

美希「? 恋じゃなかったってこと?」

レム「まあ広い意味では『恋』といえるのかもしれないが……分かりやすく言うと、ジェラスはその子のファンになっていた」

美希「ファン?」

レム「そう。その子は当時、デビューして間もない、いわゆる新人アイドルってやつだった。まだ名も売れておらず、自分のCDを手売りで販売したりしていた」

レム「ジェラスに詳しく話を聞いてみると、元々は、殺す人間を適当に探している時に、偶然その子を見つけたらしい。最初はなんとなく見ていた程度だったらしいが、その子が健気に、前向きにアイドル活動を頑張る姿を見ているうち、段々と情が湧いてきて……気が付けば、寝ても覚めても彼女の事を考えてしまうようになっていたそうだ」

美希「へー。でもそれはやっぱり恋っていえそうな気もするの」

レム「まあそうだったのかもな。だがジェラスとしても人間にそのような感情を抱くこと自体初めてだっただろうから、自分の感情が何に分類されるものなのか、おそらくはっきりとは自覚できていなかったのだろうと思う」

美希「なるほどなの」

春香「……………」

レム「だが確かにその少女は、メスの私から見ても魅力的だった」

美希(レムってメスだったんだ。っていうか、死神に性別ってあったんだ……)

レム「何より明るく、元気が良くてね。少しドジなところもあったが、そこもまた魅力だった」

春香「ちょ、ちょっとレム。そのへんの話は今別にいいんじゃない?」

レム「そうか? だがジェラスの話をする上では結構重要な部分だと思うが……」

春香「うー……でもやっぱりちょっと恥ずかしいよ……」

美希「? 何で春香が……って、あ! もしかして……」

レム「そう。ジェラスがファンになっていた、当時まだデビューして間もない新人アイドルだったのがこの子……天海春香というわけだ」

美希「! 春香の、ファン……」

春香「……………」

レム「日を追うごとに、ジェラスはよりハルカの虜となっていった。最初は死神界から眺めているだけだったんだが、いつしかそれに飽き足らず、ハルカの出演するイベントがある日にははるばる人間界に降りて、実際にそのイベントに参加するようにまでなった」

美希「えっ! そんなことしていいの? 死神が」

レム「まあ本当はダメなんだがね。ただ死神界の掟で、『ノートを渡す人間を物色する目的なら、一定時間人間界に居てもいい』というものがあってね。ジェラスはこれを理由に死神大王を騙し、しばしば人間界に降りてはハルカの出演するイベントに参加していた」

美希「すごい根性なの」

リューク「ククッ。まさか人間のためにそこまでする死神がいたとはな」

美希「少なくともリュークは絶対しなさそうなの」

リューク「まあな」

レム「そうしてジェラスは、ハルカが出演するミニライブはもちろん、村祭りイベントや芸能事務所対抗大運動会など、765プロ全体が参加するイベントにも可能な限り足を運んでいた」

美希「えっ! 来てたの? あの村祭りや運動会に」

レム「ああ。ちなみに私も、ジェラスに付き合ってそれらのイベントに同行していた」

美希「! そ、そうだったんだ……」

レム「私もジェラスほどの入れ込みではなかったが、死神界から長い間眺めているうち、ハルカに対して陰ながら応援してやりたいという気持ちは芽生えていたからね」

美希「へー。死神を二人もファンにしちゃうなんて、やっぱり春香はすごいの」

春香「うぅ、恥ずかしい……ていうか本当にこのくだり必要なの?」

レム「だがもちろん、どんなに近くで応援していてもジェラスの姿はハルカからは見えない。まあ当然だがね。しかしそれでもジェラスは満足だった。『好きなアイドルを間近で応援できる』……ただそれだけで、ジェラスの心は満たされていたんだ」

美希「ファンの鑑ってカンジなの」

レム「しかしそこまでジェラスが入れ込んでいた理由は、ハルカのアイドルとしての魅力以外にもう一つあった」

美希「? 何なの?」

レム「ジェラスがハルカを見つけたとき、ハルカの寿命はもうあとわずか……およそ一年ほどしか残っていなかったんだ」

美希「!」

春香「…………」

レム「デビューからわずか一年余りでの死……その予定された運命の儚さが、そんなことは知る由も無いままひたむきに頑張るハルカの魅力をより一層引き立たせ、またジェラスの心を惹きつけてやまなかった」

美希「…………」

レム「またハルカを観察しているうち、ジェラスの胸の内には様々な感情が生まれていた。たとえば、ハルカが前任のプロデューサーから受けていた度重なるセクハラ被害……お前もハルカ自身から聞いて知っていると思うが、ハルカはその男から日常的に身体を触られるなどしており、精神的にも相当参っているようだった」

美希「…………」

レム「その男に身体を触られ、辛そうな表情を浮かべるハルカを見るたび、ジェラスは何度も自分のノートにその男の名前を書こうとした。しかし結局、ジェラスはその男を殺さなかった」

春香「…………」

レム「自分はあくまで一ファンであり傍観者……ハルカの人生に直接介入すべきではないと考えていたからだ」

美希「そうだったんだ……」

レム「いずれにせよハルカの寿命はもうあとわずか。ならば自分がファンとして出来ることは、彼女がその人生を全うするまで見守ることのみ……ジェラスはそう決意し、胸の内に押し寄せる様々な感情を押し留めてハルカの応援をし続けた」

レム「そしてついにハルカの寿命の日が来た。奇しくもその日は、今から五か月ほど前……765プロファーストライブの日だった」

美希「!」

【(回想)765プロファーストライブの日/ライブ会場】


レム「まさかファーストライブの日が寿命の日とはね」

ジェラス「……なんで、よりによって今日なんだろう……」

レム「人の元々の寿命は我々が決めるものではないからな……こればかりはどうしようもない」

ジェラス「…………」

レム「まあいずれにせよ、今日がハルカの最後のステージだ。精一杯、悔いの無いよう応援してやりなよ」

ジェラス「……うん……あっ」

レム「? どうした?」

ジェラス「あそこに居るの……あの子がまだ駆け出しだった頃からずっと応援してるファンだ。今まであったほとんどのイベントで見かけたから覚えてる」

レム「そうか……。そいつはまだハルカの運命なんて知らないだろうが、知ったらさぞ悲しむだろうな」

ジェラス「……うん……」

レム「お、もうそろそろ始まる頃だな」

ジェラス「…………」

【数時間後・ライブ会場の外】


レム「良いライブだったな」

ジェラス「うん」

レム「竜宮小町が遅れると聞いたときはどうなることかと思ったが……ハルカはじめ、他のアイドル達が上手くカバーしていた」

ジェラス「うん」

レム「今日のライブを皮切りに、竜宮小町以外のアイドル達のファンも増えるかもしれないな」

ジェラス「でも、もう、あの子は……」

レム「……ああ。そうだな。しかし今日はもう後残り何時間も無いが……これからどう死ぬんだろうな……」

ジェラス「…………」

レム「今日のライブの様子を見る限り病気とかではなさそうだったし……普通に考えれば事故か何かか。かわいそうではあるが……」

ジェラス「……レム」

レム「ん?」

ジェラス「……本当はこのまま死神界に帰ってあの子の最期を見届けるつもりだったけど……やっぱり最後は、この目で直接見届けてやりたい。……だめかな?」

レム「ああ、お前ならそう言うだろうと思っていたよ。幸い、あと数時間ならまだこのまま人間界に居ても大丈夫だ。私も一緒に見届けよう」

ジェラス「……ありがとう。レム」

【同日深夜・春香の家の最寄駅の構内】


春香「…………」ピッ

(駅の改札を通り、家路へと向かう春香)

レム「事務所での打ち上げでも、特に変わった様子は無かったね」

ジェラス「……うん……」

レム「しかし今日はもう後残り二十分も無いが……本当に今日死ぬんだろうか?」

ジェラス「……あっ」

レム「?」

ジェラス「あれ……今日、ライブ会場に居た……」

ファンの男「…………」

レム「……ああ。ハルカがまだ駆け出しだった頃からずっと応援しているっていうファンか……でも何でこんな所に? いや、というかあいつ……明らかにハルカの後を……」

ジェラス「…………」

春香「…………」

ファンの男「…………」

レム「ハルカの方は気付いていない……」

ジェラス「…………」

ファンの男「――――」ダッ

レム「! 走り出した!」

ジェラス「! …………」

ファンの男「ねぇ!」ガシッ

春香「!?」

(ファンの男が突然背後から春香の腕を掴む)

春香「や、ちょっ……」バッ

(反射的に、思わずその手を振りほどく春香)

ファンの男「あっ」

春香「! あなたは……」

ファンの男「…………」

春香「……私がデビューした頃からずっと、ライブやイベントに来てくれてる……」

ファンの男「! 覚えててくれたんだ……嬉しいよ」

春香「…………」

ファンの男「ねぇ……春香ちゃん」

春香「!」ビクッ

ファンの男「君も覚えてくれていたとおり、僕は君がデビューしてすぐの頃から、ずぅっと君の事を応援していた」

春香「…………」

ファンの男「嫌な事があった日も辛い事があった日も……君の笑顔が、声が、歌が……君という存在の全てが、僕を元気づけてくれた」

春香「…………」

ファンの男「……でも」

春香「……?」

ファンの男「君は今、人気アイドルとしての階段を着実に上り始めている」

春香「…………」

ファンの男「今はまだ、世間一般での知名度はそこまで高くはないけど……今日のライブを観て、僕は確信した」

春香「…………」

ファンの男「そう遠くない未来、君は今よりもっと多くの人に愛されるアイドルになる。そしていつか、本物のトップアイドルになるって」

春香「…………」

ファンの男「天海春香を応援するファンの一人として、それは大いに喜ぶべきことなんだろう。いや、心の底から待ち望んでいた瞬間の到来といっても過言ではない」

春香「…………」

ファンの男「でもそのことは同時に……君が今より、ずっとずっと遠くの世界に行ってしまうということを意味する。今僕の居るこの世界から、ずっとずっと遠くの世界に」

春香「! …………」

ファンの男「それは僕には耐えられない。これ以上、遠い世界に行ってほしくない。今のまま、僕と同じ世界に居る君のままでいてほしいんだ」

春香「えっ、と……」

ファンの男「だから……春香ちゃん」

春香「! な……何?」

ファンの男「僕と結婚して、アイドルは今日限りで引退してほしい」

春香「!」

ファンの男「そして、僕だけのアイドルになってほしい。そうすれば、僕と君はずっと同じ世界に居られる」

春香「…………」

ファンの男「……ね? 春香ちゃん……」

春香「……ごめんなさい」

ファンの男「! …………」

春香「私はまだ、アイドル続けていたいんです」

ファンの男「…………」

春香「これからも、765プロの皆と一緒に、沢山ライブやったり、色んなお仕事したりして……私達の事、もっと多くの人に知ってもらいたいんです」

ファンの男「…………」

春香「そしてより多くの人を笑顔に、幸せにしてあげられるような……そんなアイドルになりたいんです。だから……」

ファンの男「…………」

春香「……私は、あなたのお気持ちにお応えすることはできません。どうかこれからもファンの一人として、私……いえ、私達765プロ皆の事を、温かく見守っていて下さい」ペコリ

ファンの男「…………」

春香「…………」

ファンの男「……分かった。じゃあ仕方ない」

春香「はい。本当にごめんなさ……」

ファンの男「今ここで君を殺して、僕も死ぬ」

春香「……え?」

(持っていた手提げ鞄から包丁を取り出すファンの男)

春香「! ちょ……」

ファンの男「そうすれば、君はこれから先もずっと、永遠に僕と一緒の世界に居られる。そうだろ?」

春香「や……やめて……」


レム「まさか……こんな結末だったとはな……」

ジェラス「…………」

レム「今日はもう後残り十分も無い。この男に殺されるのがハルカの寿命だったということか……」

ジェラス「…………!」バッ

レム「ジェラス!? おい、何を……」 

ジェラス「…………」

ファンの男「さあ、僕と永遠になろう。春香ちゃん」

春香「い……いやっ!」ダッ

ファンの男「! 待て!」ダッ

春香「誰か……誰か!」

ファンの男「フフッ、春香ちゃん。そんなに急いで走ると転んじゃうよ? そう、いつもみたいに――……ッ!?」

春香「……え?」クルッ

ファンの男「……あっ……ぐっ……!」

春香「な……何?」

ファンの男「……あ……が……」ドサッ

春香「!」

ファンの男「――――」

春香「…………え?」


レム「ジェラス。お前……」

ジェラス「……レ、ム……」ボロボロ

レム「! ジェラス! お前、身体が……」

ジェラス「……あの子の、事……たの、む……」

レム「ジェラス!」

(次の瞬間、ジェラスは砂とも錆ともわからぬ物に変わった)

レム「……ジェラス……」


春香「…………」

(恐る恐る、倒れたファンの男に近付く春香。男は目を見開いたまま仰向けに倒れており、ピクリとも動かない)

春香「……し、死んでる……?」

春香「何が起きたのか分からないけど、助かった……のかな……」

春香「えっと、こういう場合、どうしたら……。とりあえず、警察……?」

 ドサッ

春香「?」

春香「何? この黒いノート……」スッ

「そのノートはお前の物だ」

春香「……え?」

(春香の目の前に舞い降りるレム)

春香「!? な……!」

レム「おっと。大きな声を出すんじゃない」

春香「…………!」

レム「私は死神のレム。今から、お前の身に起こったことを教えてやる」

春香「…………?」

【(回想終了)765プロ事務所近くの公園】


レム「……そして私は、今までお前達に話してきたのと同じことを全てハルカに教えてやり……ジェラスの使っていたノートをそのままハルカに与えた」

美希「じゃあそれが、今春香が持ってる……」

春香「そう。これね」スッ

美希「そうなんだ……って、あれ? じゃあ結局、春香の寿命はどうなったの? それに何でジェラスは死んじゃったの?」

レム「……死神は本来、人間の寿命を短くする……頂く為だけに存在している。人間の寿命を延ばすなんてもっての他」

レム「ゆえに死神は人間の寿命を延ばす目的でデスノートを使ってはならない。それをすると死神失格……死神は死ぬ」

レム「死神が死ぬと、その死神の命が助けられた人間に見合った寿命として与えられる。だから本来、あのファーストライブの日に終わるはずだった春香の寿命は、ジェラスの命が与えられたことによって延長された」

美希「そうだったんだ……」

レム「もっとも、死神が死ぬのは特定の人間に好意を持ち、その人間の寿命を延ばす為にデスノートを使った時だけだ。ジェラスの場合、それが恋愛感情と呼べる類のものだったかどうかまでは分からないが……少なくとも、ジェラスはハルカに対して明確に好意を持っており、そのハルカの寿命を延ばすためにファンの男を殺したから、死んだ」

リューク「ククッ。なるほどな。それが噂に聞く『死神の殺し方』ってやつか」

レム「そういうことだ」

美希「でも、その後ジェラスのデスノートが春香に与えられたってことは……死神が死んじゃっても、死神が使ってたデスノートはそのまま残るってこと?」

レム「そうだ。死神が死んだ場合、死神は消えるがデスノートは残る。このような場合、常識的には死神大王に返上するものとされているが、私は常識よりジェラスの遺志を尊重し、ジェラスの遺したノートをハルカに渡した」

レム「このノートをハルカの幸せのために使わせてやってほしい……ジェラスはきっとそう思って死んでいっただろうからね」

美希「なるほど。すごい愛なの」

春香「…………」

レム「ただハルカも、全ての事情を理解してからも本当にノートを使うべきかどうかは最後まで悩んでいた。あくまでも人間を殺す為の道具……悩むのも当然だ」

春香「…………」

レム「私はハルカが要らないと言うのなら、すぐにでもノートを返してもらうつもりでいた。しかしハルカは……悩みに悩んだ末、最後にはデスノートを使うことを決めた」

美希「……春香……」

春香「さっき、レムも説明してくれてたけど……私は本来、あのファーストライブの日に死ぬはずだった」

美希「…………」

春香「でもそれが、一人のファンの……それも、私がデビューして間も無い頃からのファンのおかげで、死なずに済んだ」

春香「そしてその一人のファンの命が、私の寿命として与えられ……そのおかげで、私は今日もこうして生きている」

春香「つまり、今の私が在るのは、そのたった一人のファンの……ジェラスっていう死神のおかげなの」

春香「もちろん私は見たことも会ったこともないけど……でも私にとって彼は命の恩人であり、かけがえのないファンの一人」

春香「そんな彼が、自分の命を犠牲にしてまで私の寿命を延ばしてくれたのに、そのことに気付かないふりをして、忘れたつもりになって与えられた寿命を生きていくなんて……そんなこと、私にはできない」

春香「だから考えた。今私ができることは何なのか。ジェラスがファンになってくれたアイドルとして……私は何をすべきなのか」

春香「そうやって考えたら、答えは自ずと見つかった。ジェラスはアイドルとしての私を応援してくれていた。ならばジェラスのくれた命を使って、私がすべきことはただ一つ」

春香「アイドルとしての夢を実現すること。つまり、765プロの皆と一緒に、より多くの人を笑顔に、幸せにしてあげられるようなアイドル……トップアイドルになることなんだって」

美希「! 春香」

春香「その時から、私にとって“夢”だった『トップアイドルになること』は私にとっての“使命”になった。これが私に命を与えてくれたジェラスに対して私ができる、たった一つの恩返し」

春香「だから私は、その為に……いや、その為だけにデスノートを使おう。そう決めたんだ」

美希「……春香……」

一旦ここまでですよ!ここまで!

過去分いくつかまとめて訂正します。
お見苦しくてすみません。

TV『……続いて、昨日都内の銀行で発生し、行員ら三名が殺害された銀行強盗事件ですが、警察は犯人を麻薬取締法違反の容疑で行方を追っている恐田奇一郎・無職51歳と断定し……』

美希「はいはい、恐田奇一郎……っと。こんな大人しそうな顔して銀行強盗なんて、結構大胆な奴なの」カキカキ

リューク「……?」

TV『……先月15日に起きた女児誘拐殺人事件で、警察は鳩梅﨑元次郎容疑者を逮捕……』

美希「鳩梅﨑元次郎……ね。こっちはなんかいかにも悪そうな顔なの」カキカキ

リューク「……ククッ。なるほど、そういうことか」

美希「え? 何か言った? リューク」

リューク「いや、何も?」

美希「もー。人が頑張って裁きしてる時にジャマしないでほしいの。……あっ。海砂ちゃんから電話なの!」

リューク「俺はダメでミサはいいのかよ」

美希「うん。だって海砂ちゃんはミキの友達だもん」ピッ

リューク「…………」

美希「……もしもし? 海砂ちゃん? うん、まだ起きてたの」

美希「……うん。ああ、そこミキも行ってみたいって思ってたの! あはっ」

美希「うん、大丈夫なの。じゃあまた明日ね。おやすみなさいなの」ピッ

リューク「……ミサと会うのか? 明日」

美希「うん。明日オフだから駅前にできたケーキ屋さんでも行ってみない? って。ミキもちょうど明日お休みだし、前から一度行ってみたかったところだから良かったの」

リューク「へぇ。それは良かったな」

美希「さて、じゃあ残りの裁きもちゃっちゃと終わらせて寝ようっと。あふぅ」

リューク「…………」

【三週間後・キラ対策捜査本部(都内のホテルの一室)】


L「皆さん、過去一年分、日本全国の心臓麻痺死者の調査お疲れ様でした」

L「現時点で、我々が検知した該当の心臓麻痺死者――これには心不全、心筋梗塞、心臓発作などキラによる殺人と実質的に同視しうる死因により亡くなった者全てを含みますが――その数は15万2435人です」

L「毎年厚生労働省が発表している心臓麻痺等の死亡者の総数から推計するに、おそらく全量の7~8割方に相当するデータは収集できたものと思われます」

L「今後も残りのデータを収集する作業は継続しますが、もう既にこれだけの数のデータが集まっていますので、並行してこれらのデータの分析も行っていきたいと思います」

L「ここまで来れたのも、ひとえに皆さんの不断の努力の賜物です。本当にありがとうございます」

総一郎「いや、竜崎……この短期間でここまでの量のデータが集められたのは、あなたの探偵としてのネットワークによるところが大きい。こちらこそ感謝する」

相沢「L、コイル、ドヌーヴ……まさか世界の三大探偵といわれるこの三名が全員竜崎だったとはな」

L「私は元々持っていたものを利用したに過ぎません。ですが一応、私が他の名前も持っていることは秘密にしておいてください」

松田「しかし、年代別、性別、地域別、職業別、死亡時期……可能な限りあらゆる項目でこれらの死亡者を類型化してみましたが、まだこれといって目立った共通項はありませんね」

星井父「強いて言えば、そのほとんどが高齢者ってことか……まあある意味当然だが」

総一郎「そうだな。だがまあこの数だ。後は竜崎の言うように、残りの2~3割の死亡者のデータを収集しつつ、既にあるデータについては地道に分析を重ねていくしかあるまい」

L「そうですね……キラ事件開始に近い時期に死亡した者達が何らかの共通した傾向を持っているなどということも、今のところは特に……ん?」

相沢「? 竜崎?」

【765プロ事務所/執務室】


春香「あっ。美希」

美希「春香」

春香「どうだった?」

美希「んー。別にフツーだったの。ただ知ってることを話しただけ」

春香「そっか。お疲れ様」

美希「ありがとうなの」

総一郎「えー、では次、天海さん。お願いします」

春香「はーい。じゃあ行ってくるね」

美希「うん。行ってらっしゃいなの」

(総一郎に促され、社長室へと入っていく春香)

美希「…………」

リューク「ククッ。大ピンチってやつじゃないのか? コレ」

美希(確かに……このままだと……)

P「美希? 大丈夫か? 少し顔色がすぐれないようだが……」

美希「ん? ううん、大丈夫なの。ただちょっと慣れないことだったから、疲れちゃっただけ」

P「はは。まあそうだよな。俺も初めてだよ、こんなの」

美希「あはっ。……さてと、じゃあミキ、レッスン行くね」

P「ああ。でも疲れてるようなら、少し休憩してからでもいいぞ。一応、先生には事情を言ってあるから」

美希「ありがとう、プロデューサー。でも大丈夫なの」

P「そうか。じゃあ頑張って来い」

美希「はーいなの」

 ガチャッ バタン

美希「…………」

【(回想終了)765プロ事務所近くの公園】


レム「……そして私は、今までお前達に話してきたのと同じことを全てハルカに教えてやり……ジェラスの使っていたノートをそのままハルカに与えた」

美希「じゃあそれが、今春香が持ってる……」

春香「そう。これね」スッ

美希「そうなんだ……って、あれ? じゃあ結局、春香の寿命はどうなったの? それに何でジェラスは死んじゃったの?」

レム「……死神は本来、人間の寿命を短くする……頂く為だけに存在している。人間の寿命を延ばすなんてもっての他」

レム「ゆえに死神は人間の寿命を延ばす目的でデスノートを使ってはならない。それをすると死神失格……死神は死ぬ」

レム「死神が死ぬと、その死神の命が助けられた人間に見合った寿命として与えられる。だから本来、あのファーストライブの日に終わるはずだったハルカの寿命は、ジェラスの命が与えられたことによって延長された」

美希「そうだったんだ……」

レム「もっとも、死神が死ぬのは特定の人間に好意を持ち、その人間の寿命を延ばす為にデスノートを使った時だけだ。ジェラスの場合、それが恋愛感情と呼べる類のものだったかどうかまでは分からないが……少なくとも、ジェラスはハルカに対して明確に好意を持っており、そのハルカの寿命を延ばすためにファンの男を殺したから、死んだ」

リューク「ククッ。なるほどな。それが噂に聞く『死神の殺し方』ってやつか」

レム「そういうことだ」

美希「でも、その後ジェラスのデスノートが春香に与えられたってことは……死神が死んじゃっても、死神が使ってたデスノートはそのまま残るってこと?」

レム「そうだ。死神が死んだ場合、死神は消えるがデスノートは残る。このような場合、常識的には死神大王に返上するものとされているが、私は常識よりジェラスの遺志を尊重し、ジェラスの遺したノートをハルカに渡した」

レム「このノートをハルカの幸せのために使わせてやってほしい……ジェラスはきっとそう思って死んでいっただろうからね」

美希「なるほど。すごい愛なの」

春香「…………」

以下、>>356からの続きとなります。

美希「でも春香。デスノートを使ってトップアイドルになるって、一体どういう……?」

春香「美希はさ」

美希「? 何?」

春香「今の私達のままで……いや、正確には少し前の私達のままで……トップアイドルになれたと思う?」

美希「? どういう意味?」

春香「確かに、この世界は実力がまず第一。実力が無ければ上にはいけない」

美希「それはそうなの」

春香「でも実力さえあれば必ず上にいけるかというと、必ずしもそうではない」

美希「っていうと……運とか?」

春香「それもあるけど……一番大きい要因は、外圧の有無」

美希「外……圧?」

春香「そう。もう半年以上も前になるけど……さっきレムの話にも出た、去年私達765プロが出場した芸能事務所対抗大運動会。覚えてるよね?」

美希「もちろんなの。だってその運動会、ミキ達が女性アイドル部門で優勝したんだから」

春香「そう。私達が優勝した。……『空気を読まずに』ね」

美希「あー……そういえばあの頃、ちょくちょくそういうこと言われてたね。弱小事務所のくせに、みたいな」

春香「そしてあの頃から、徐々に私達、765プロの仕事先で変な事が増えてきた」

美希「変な事?」

春香「美希は気付かなかった? あったはずの仕事の予定が何故かキャンセルになっていたり、逆にダブルブッキングしてたり」

美希「それは確かにあったけど……。でも前のプロデューサーって元々全然仕事できない人だったし……」

春香「確かにそうだね。でもあの運動会以降、その傾向は明らかに強くなった。それまでは社長さんや小鳥さん、律子さんのフォローがあったからなんとかなっていたけど、それも追いつかないくらいに」

美希「あー……言われてみればそうだったかもなの。正直その頃ずっと、前のプロデューサーからのセクハラがひどくて、そこまで気が回ってなかったけど」

春香「そうだね。でもそれだけじゃない。明らかにこちらの落ち度じゃない場合……たとえば律子さんが担当していた竜宮小町のラジオ収録なんかでも、いざ現場に行ったら知らないうちに収録時間が変更されていた、なんてこともあったみたい」

美希「ああ、それは覚えてるの。でこちゃんすっごく怒ってたよね」

春香「それと似たようなことが、私達のほぼ全員の仕事先で起こっていた。これだけでも十分変なのに、より違和感があったのが、前のプロデューサーさんの態度」

美希「? っていうと?」

春香「私が彼と一緒に現場に行ったときにも、さっき言った竜宮小町の件と同じようなことがあったの」

春香「本当は16時からの収録のはずだったのに、30分前に現場に着いたら『15時からの収録なのに、30分も連絡無く遅刻するなんてどういうことだ』ってすごく怒られて」

美希「言ってたね。事務所では小鳥も事前にスケジュール確認してくれてたから間違えてるはずないのに、っていう」

春香「そう。でも私が気になったのは、現場でそれを告げられた際、前のプロデューサーさんが、微塵も表情を変えなかったこと」

美希「え? そうだったの?」

春香「うん。眉一つ動かしてなかった」

美希「んー。でもそれは、単純に興味が無かったんじゃない? 事務所のお仕事そのものに」

春香「仮にそうだとしても、普通、全く予想していない事態に不意に直面したら、少なからず動揺が表に出ると思わない?」

美希「まあ……それはそうかもなの」

春香「でも彼にはまったくそんな素振りが無かった。現場でそう告げられて『ああ、どうもすみません』って、まるで台詞を棒読みするように一言謝っただけだった。まるで、そうなることが最初から分かっていたかのように」

美希「うーん。でもやっぱり、単純に事務所のお仕事に興味が無かっただけなんじゃないかなって気もするけど……」

春香「まあね。ただ私はその違和感がずっと心に残ってて、彼が裏で何かしてるんじゃないかという疑念がどうしても消せなかった」

美希「裏で?」

春香「うん。私達を陥れようとする何者かと、裏で手を引いてるんじゃないかって」

美希「あー……でもミキ的には、なんかあんまりそういうずる賢そうなことするタイプには見えなかったの。セクハラするし、仕事はできないし……」

春香「もしそれらがカモフラージュだったとしたら?」

美希「え?」

春香「アイドルにはセクハラ、仕事はいい加減にこなす……表立ってそんなことをする人間が、裏で私達を『さらに』陥れようとしているなんて普通思わない。今美希が言ったみたいにね」

春香「現に美希は当時、さっき言っていたみたいに、彼によるセクハラの方に意識が向いていて、仕事の方の不自然な出来事にまでは気が回ってなかったんでしょ?」

美希「うん、まあ……。でも今までの話からすると、春香はそうじゃなかったってことだよね?」

春香「まあね。私もセクハラ被害は受けてたし嫌だったけど、こっちの方も同じくらい気にはなってた」

春香「誰かが故意に私達を陥れようとしているのでなければ、説明のつかないくらい、不自然な出来事が多く起こり過ぎてたからね」

美希「まあ確かに、そう言われてみれば……なの」

春香「またそうだとすれば、これらの出来事は、どれも私達の内部情報……誰が、いつ、どこで、どういう仕事をするのかといった情報が入手できなければ起こせないことばかりだった。仕事予定の変更にしろ、ダブルブッキングにしろ」

美希「そっか。うちの事務所に全然関係無い人にはそもそも出来ないってことだね」

春香「そう。だから私の中ですぐに答えが出た。『ああ、この人が私達の情報を流してるんだ』って。言うまでもないけど、彼以外にそんなことをするような人はうちの事務所にはいないからね」

美希「そこは確かに納得なの」

春香「そう考えると、普段の様子も実は全部演技だったんじゃないかって思えてきて」

美希「じゃあ……わざと仕事できないふりしてたってこと? セクハラも?」

春香「多分ね。まあ流石に100%そうだったとまでは断定できないけど。でももし私の考えの通りなら、前のプロデューサーさんはどこかのスパイだったわけで、本当に無能な人だったらスパイなんて任せられないでしょ」

美希「確かに。すぐ失敗してばれちゃいそうだしね。でもそうだとすると、一体どこのスパイだったんだろう?」

春香「美希も聞いたことあったよね。前のプロデューサーさんがどういう経緯でうちに来たのか」

美希「あー、うん。確か、うちの事務所に出資してる大きな会社の社長の息子で、就職先が決まらなかったから、父親のゴリ押しでうちのプロデューサーになったって……小鳥からそう聞いたの」

春香「そう。ちなみにその大きな会社って、どういう会社か知ってる?」

美希「んーん。知らないの」

春香「その会社はね。実はとあるアイドル事務所と密接なつながりがある会社だったんだよ」

美希「? とあるアイドル事務所?」

春香「うん。その事務所の名前は―――961プロダクション」

一旦ここまでですよ!ここまで!

美希「961プロって……あのジュピターとかの?」

春香「そう」

美希「なんでそんなこと分かったの? 春香」

春香「うん。私一人で考えていても本当のところは分からないままだろうから、思い切って社長さんに聞いてみたの」

美希「? 何て?」

春香「『プロデューサーさんは私達を陥れるためにどこからか送り込まれてきたスパイなんじゃないですか?』って」

美希「春香は時々すごいの」

春香「そしたら社長さん、目に見えてうろたえちゃって。『そ、そんなことはないぞ』とかなんとか言ってたけど、もうみえみえでさ」

美希「実に社長らしいの」

春香「でも結局その時は、否定されたままで『すまないが私は用事があるのでこれで』って逃げられちゃったの」

美希「よっぽど言いたくなかったんだね」

春香「うん。でもおかげで私は自分の推測に確信を持てた」

美希「社長がウソをつけないタイプの人で良かったね」

春香「そうだね。ただ同時に、これ以上直接聞いても真相は教えてもらえないだろうなとも思ったから、少し作戦を変えることにしたの」

美希「というと?」

春香「多分だけど、小鳥さんもある程度事情を知ってるんじゃないかなって思ったんだよね。そもそも前のプロデューサーさんがうちに来るようになったいきさつを私達に教えてくれたのも小鳥さんだったし」

美希「確かに。じゃあ次は小鳥に聞いたんだ?」

春香「ううん。それはしなかった。小鳥さんに聞いても上手くはぐらかされるだろうと思ったし、そのことが社長さんに伝わったらかえって警戒されるだろうなって思ったから」

美希「なるほどなの」

春香「でももし社長さんと小鳥さんが事務所で二人きりになるタイミングがあれば、もしかしたらその関係の話をすることがあるかもしれない。だから私はその可能性に賭けることにした」

美希「ってことは……」

春香「毎朝事務所に行く時と、夕方以降また事務所に戻る時、いつも必ずドアを少しだけ開けて、中の会話の内容を確認してから入るようにした」

美希「流石春香なの」

春香「まあね」

美希「でもそれで上手くいったの?」

春香「もちろんそう簡単にはいかなかった。でも社長さんと小鳥さんが事務所で二人きりになるタイミングって比較的多いから、いつかはボロを出すんじゃないかと思って繰り返し試みてみたら……案の定だった」

美希(春香が悪い顔になってるの)

【(回想)765プロファーストライブの二週間前/765プロ事務所】


(仕事を終え、事務所に戻ってくる春香。事務所のドアの前で立ち止まり、ドアを少しだけ開く)

春香(今日この時間は、事務所にいるのは社長さんと小鳥さんの二人だけのはず……)

春香(そろそろうっかり喋ってくれてもいいと思うんだけどな……)

社長「……まったく、あの男にも困ったものだ」

春香「!」

小鳥「もう何回目か分かりませんね。仕事がいつのまにかキャンセルされてるの」

社長「うむ。今まではまだ我々の事務所内だけでの問題だったが、最近は明らかに外部の者と裏で連携しての工作がなされている」

小鳥「どうします? もう流石に本人に言っても……」

社長「いや……確たる証拠があるわけではないし、言ったところでどうにもならん。この事務所はまだ資金的には苦しい……今もし出資を打ち切られでもしたら……」

小鳥「でも社長。このままだと会社自体が……」

社長「確かに、今のこの状況が続くようでは何らかの手を考えねばなるまい」

小鳥「ファーストライブも二週間後に迫っていますし……。もし妨害とかがあったら、あの子達が……」

社長「そうだな。ライブ当日、彼の動きは極力監視するようにして……後は黒井か。まああいつが直接動くとは考えにくいが――……ん?」

春香「…………」

社長「!? あ、天海君!?」

小鳥「春香ちゃん!?」

春香「…………」

社長「き、君、いつから……」

小鳥「春香ちゃん。今の話……聞いてた?」

春香「……はい」

社長「…………」

春香「社長さん。小鳥さん。……教えて下さい」

社長「…………」

小鳥「…………」

春香「あの人は……プロデューサーさんは、やっぱりスパイなんですね? 私達を陥れようとしている……」

社長「…………」

春香「そして彼をこの事務所に送り込んだのは……黒井……というと、もしかして、あの961プロの黒井社長ですか?」

社長「! …………」

春香「お願いです。教えて下さい。もうここまで聞いているんです」

社長「しかし……」

春香「さっき小鳥さんも言いかけていましたけど……実際にお仕事をできなくされたりして辛い思いをするのは私達、アイドルなんです」

社長「! …………」

小鳥「春香ちゃん」

春香「だから私には……私達には、聞く権利があるはずです。あの人は……プロデューサーさんは何者なのか。そして何故うちに送り込まれてきたのか」

社長「…………」

春香「そしてそれをしたのが黒井社長なのだとしたら……何故そんなことをしたのか」

社長「…………」

春香「お願いします。教えて下さい」

社長「…………」

社長「……分かった」

春香「! 社長さん」

小鳥「社長」

社長「君が言うように、今この状況で一番憂き目に遭っているのは他ならぬ君達アイドルだからな」

春香「社長さん。……ありがとうございます」

社長「ただそうは言っても、これから私が話すことには推測や憶測も多分に含まれる。ゆえに今はまだ君の心の中だけに留めておいてほしい。時が来れば、他の皆には私の方から改めて話す」

春香「……分かりました」

社長「ではまず……そうだな。私と黒井……961プロの黒井社長のことから話そうか」

春香「じゃあやっぱり、さっきの『黒井』というのは……」

社長「ああ。君の言うとおり、961プロの黒井社長のことだ」

春香「…………」

社長「私と黒井は、かつて一緒に仕事をしていた仲でね。同じ頃この業界に入り、良きライバル、そして友人として一緒に頑張ってきた」

社長「しかし、やがていつしか私と黒井はアイドルの育て方で意見がぶつかるようになってしまってね。彼のやり方が目に余るようになり、私は彼と話し合ったんだが、思いは受け入れてもらえなかった」

社長「そして結局、私達はそのまま袂を分かつことになったんだ」

春香「そうだったんですか……」

社長「それ以来、私と黒井は絶縁状態となった。またそれと共に業界における私達の立場も大きく異なっていった」

社長「アイドルを売るためならどんな手でも使う黒井は、まさに圧倒的なスピードでこの業界の頂点にまで上りつめた」

社長「一方私は私で、自分の信念にもとづいてアイドルの育成に力を注いできた。確かに今も、資金的には潤っているとはいえない状況だが……それでも私は、自分の選んだ道に間違いは無かったと思っている」

小鳥「社長……」

春香「…………」

社長「そうして私と黒井は別々の道を歩むこととなり、もう交わることは無いだろうと思ったまま、二十年近くの歳月が流れた」

春香「…………」

社長「そんな中、とある大手の投資会社から、うちの事務所に出資をさせてもらえないか、との申し出があった」

社長「なんでも、うちの事務所のアイドルに将来性を見出したとかなんとか……。最初は訝しんだが、その会社の社長に会って話を聞くうち、信頼に足る人物だと判断できたので、私は彼の申し出を受け入れることにした」

春香「…………」

社長「それから三年ほどの月日が流れた。事務所の利益はあまり上がらなかったが……それでもその社長はうちの事務所を見放さず、『いつか必ず芽が出ますよ』と言っては私を励ましてくれた」

社長「私は単純に嬉しかった。自分の会社を応援してくれる人がいるというのは、経営者としてこの上ない喜びだと……心の底からそう思った」

社長「ところがその頃、その社長がばつが悪そうな顔をして、ある話を切り出してきた。『実は息子が今年大学を出るのだが、まだ就職先が決まっていない。もしよかったらそちらの事務所に入れさせてもらえないか』と……」

春香「! …………」

社長「正直、私は当惑した。まずそもそも、うちの事務所には新たに人を雇うほどの資金的な余裕は無かったし……。何より、いくら世話になっている人の息子さんとはいえ、全く知らない人物をいきなり迎え入れろと言われても……」

社長「しかし先方の意思は強かった。何度も何度も頭を下げられ……結局、最後には根負けした。もちろん背後には、ここまでされて断った場合、もし出資をやめられては……という危惧があったのだが」

社長「そうしてその社長の息子がうちの事務所に入った。何の経験も無い新人だったが、経緯を踏まえると、当然ぞんざいに扱うことはできない……たとえ名ばかりとなってもやむを得ない。そういう思いで、私は彼に『プロデューサー』という役職を与えた」

春香「そうだったんですか……」

社長「その後の彼の働きぶりは……まあ、君達も知っての通りだ」

小鳥「正直言って、仕事と呼べるレベルじゃないですよね……」

春香「…………」

社長「とはいえ、その後は君達アイドル諸君の頑張りもあって、事務所としては大きく成長を遂げることができた」

社長「律子君も途中でプロデューサーに転向してくれたため、彼の分の穴を一層強固にカバーすることができるようになった」

社長「そして今年の夏には念願のファーストライブ開催も決まり、更には先日の芸能事務所対抗大運動会での女性アイドル部門優勝と……いよいよ、我が765プロダクションが勢いに乗ってきたところで……だ」

春香「……ここ最近の、仕事先での相次ぐトラブルですね」

社長「そうだ」

社長「元々、プロデューサーの彼のミスで仕事が上手くいかないことは間々あった。しかし最近頻発している数々のトラブルは、明らかに性質が従来のそれとは異なっている」

社長「どう考えても、彼一人のミスだけで発生したものとは思えない……明らかに、外部にこのトラブルを惹起している者がいる」

社長「そしてそれはおそらく、事務所内の情報が外部に伝えられることによって起こされている……この可能性に気付いた時、私は天海君と同じ推測をした」

春香「プロデューサーさんが、スパイ……」

社長「そうだ。確証は無いが、しかし仮にそうであるとすれば、情報を外に漏らしているのは彼としか考えられない。だから私は彼の身辺を調べることにした」

社長「彼の父親が経営している投資会社……この会社も、これまでの社長の態度からある程度は信頼していたが、この状況では調べないわけにはいかない」

春香「でも調べるって……一体どうやって?」

社長「善澤君のことは知っているね?」

春香「えっ。はい。よく社長さんと一緒にお茶を飲んでる……」

社長「そうだ。彼はああ見えても名うての記者でね。あらゆる業界の事情に通じている」

春香「そうだったんですか」

社長「そして私の昔馴染みでもある。だからその縁で、件の投資会社についても調べてもらった」

社長「その結果……驚くべき事実が明らかになった。件の投資会社は、裏で961プロから多額の資金提供を受けており、さらにその事業活動のほぼ全てを961プロに牛耳られていたんだ」

春香「えっ!」

社長「しかし961プロとその投資会社との間に資本関係は無く、表面的にはまるで無関係に見えるようにされていた」

社長「もっとも、これだけなら単なる偶然とも思える。しかし善澤君がさらに調べてくれたところによると……ここ最近のうちの事務所に対する数々のトラブルも、どうやら961プロが主体となって仕組んでいるものらしい、ということだ」

春香「! …………」

社長「961プロは、今やこの業界の絶対的王者といっても過言ではないほどの地位にいる。同業者の多くはそんな961プロに目を付けられることを恐れているが、同時に、あわよくばその利権にあずかれないかと目を光らせている者も少なくない」

春香「それは……どういうことですか?」

社長「ここ最近、うちの事務所で頻発している数々のトラブル……そのいずれについても、我々の内部情報と、それを利用できる立場にいる者の存在が必要だ」

春香「利用できる立場にいる者……ですか?」

社長「たとえば、本来君達がするはずだった仕事を、たまたま他の事務所のアイドルが代役を務めることになった……とかね」

春香「あっ」

社長「つまり我々を外しても、その穴埋めができなければ結局仕事に穴が出る。でも逆にそれを埋めることができるならば問題は無い、ということだ」

春香「じゃあ……私達を陥れようとしていたのは……」

社長「そう。961プロのみならず、その利権にあずかろうとしている他のアイドル事務所――つまり、961プロに協力することで何らかの見返りが得られることを期待している連中――も関与している可能性が極めて高い。またそれらの事務所は件の運動会で我々765プロに出し抜かれたという恨みもあろう」

春香「そんな……」

社長「だがこれはまだ確定的な情報ではない。黒井もしたたかな男だ。そう簡単にボロは出すまい。善澤君も『765プロ周辺でここ最近起こっていることを総合すると、961プロとそれに追随する複数のアイドル事務所による“765プロ潰し”が行われているとみるのが最も自然だ』と述べるに留めている」

春香「でももしそうだとすると、それを可能にしているのは……」

社長「ああ。彼が持ち出していると思われる我々765プロの内部情報だ」

春香「…………」

社長「繰り返すが、確証は無い。あくまでも状況的にそうである可能性が最も高いというに過ぎん」

春香「…………」

社長「しかし私には、確証は無いが確信はある。私は黒井の性格をよく知っているからね」

春香「というと?」

社長「これはあくまでも私個人の考えだが……あの日袂を分かってから、奴はずっと、自分の考えに同意しなかった私を恨んでいたのだろうと思う」

社長「そしてずっと、私の考えを根本から否定し、圧倒的な権力で私を叩き伏せることを目論んでいたのだろう」

春香「…………」

社長「やがて奴は力をつけ、業界トップの地位に君臨した。そしてその潤沢な資金にものをいわせて、件の投資会社を支配するに至った」

社長「さらにいつかスパイを送り込むことまでを企図して、その会社にうちの事務所に対する出資までさせた」

社長「そして彼をうちの事務所に送り込み……事務所の仕事をいい加減にこなさせ、内部からうちの事務所を瓦解させようとした。同時に、彼に『いい加減な人間』を演じさせることで『スパイ』などという狡猾な側面を我々に察知されないようにしていた」

春香(あっ。私と同じ考え……。じゃあセクハラも黒井社長の指示だったのかな? まあ社長さんはセクハラの事は知らないから聞きようがないけど……)

社長「それで我々を内部から崩壊させられればよし。させられなければ……」

春香「次は外部から……ですか」

社長「そうだ。我々がそれにも動ぜず力を伸ばし始めると、黒井は、今度は彼をして自分の考えに同調するであろう他の事務所に我々の内部情報を流させ、組織ぐるみで我々を潰しにかかった」

社長「それが今の状況……私はこう考えている」

春香「…………」

小鳥「もし本当にそうだとしたら……。なんでそこまで……」

社長「さあな。ただ奴にも曲げられない信念があるのだろうとは思うよ」

春香「でも仮に社長さんの考えが正しいとしても……黒井社長はこんな遠大な計画を、全部たった一人で考えたんでしょうか?」

社長「いや、おそらくそうではない。実は私と黒井が同じ事務所で仕事をしていたとき、黒井が自ら他の事務所から引き抜いてきた部下の男が同じ事務所にいてね。その男は文字通り黒井の右腕ともいうべき人物で、黒井が私の元から去ったとき、迷わず黒井について事務所を出て行ったんだ」

社長「そしてその男は今もそのまま961プロの取締役として在籍している……いわば黒井の側近、参謀だ」

社長「この男が今も黒井の右腕として、黒井と共に“765プロ潰し”を画策しているとみてまず間違い無いだろう」

春香「なるほど」

小鳥「でも社長。これからどうするんですか? さっきも言いましたが、彼に情報を持ち出されているとほぼ分かっていながら放置というのは……」

社長「これも同じく先ほど述べたとおりだ。仮に今、下手に動いて件の投資会社に出資を打ち切られでもしたら、事務所の経営がたちゆかなくなるおそれがある」

春香「でも……その出資自体、黒井社長の計画の一部なんだとしたら、どのみちいずれなくなるんじゃ……?」

社長「おそらくはな。だが今はまだこのままでいい。我々は黒井の策には気付かぬふりをして、黒井側の出資がなくなっても持ちこたえられるよう、力をつけられるようにすればいい」

春香「社長さん」

小鳥「社長」

社長「そのために最も必要なのは、君達アイドル諸君の更なる躍進だ。幸いにも二週間後にはファーストライブがある。これで風向きが変われば、黒井の妨害工作など関係無くなるはずだ。そうすればもう何も怖くはない。彼を追い出すことも含めて、前向きに考えられるようになるだろう」

社長「だから今はとにかく、二週間後のファーストライブに全力を注いでくれたまえ」

春香「……分かりました」

【(回想終了)765プロ事務所近くの公園】


春香「そして二週間後のファーストライブ……結局、この日は特に妨害は無かった。多分だけど、これで更に私達の人気を一時的にせよ上げさせて、私達の反対勢力となるアイドル事務所の数を増やしたかったんじゃないかな?」

美希「なるほどなの。でも春香。この日って……」

春香「そう。このファーストライブがあった日……さっきレムが話してくれた経緯で、私はデスノートを手に入れた」

美希「…………」

春香「そしてその後、五日間ほど悩みに悩んで……結局最後には、私はデスノートを使うと決めた。私に命をくれたジェラスのためにも、私は絶対に765プロの皆と一緒にトップアイドルになるんだって」

美希「じゃあ、その為にノートを使うっていうのは……」

春香「うん。今のままじゃ、どんなに実力があっても私達はトップアイドルにはなれない。実力とは無関係の力を使って、私達に害をなそうとする人達がいる限り」

美希「…………」

春香「だから私は決意した。私達765プロに害なす全ての者を、このデスノートを使って排除しようと」

美希「! …………」

春香「そしてそのうえで……765プロの皆と一緒にトップアイドルになる。それが私の使命であり、私に命を与えて死んでいったジェラスの夢」

美希「……春香……」

一旦ここまでですよ!ここまで!

春香「一度そう決意すると、もう迷いは無かった」

春香「まずは私達765プロを潰そうとしている人達の情報を得る事……でもこの時点で私に分かっていたのは、“765プロ潰し”計画の首謀者が黒井社長であるらしいということと、彼には側近がいること。その計画には961プロに追従している他の複数のアイドル事務所も関与していると思われること」

春香「そして前のプロデューサーさんは黒井社長によってうちに送り込まれたスパイであり、うちの内部情報を外部に持ち出していると考えられること……これだけだった」

春香「デスノートで殺すには顔と名前が必要……このとき私にその両方が分かっていたのは黒井社長と前のプロデューサーさんの二人だけだった」

美希「あれ? 春香って黒井社長と会ったことあったの?」

春香「いや、無いけど。でも961プロのホームページに普通に写真載ってたから」

美希「あー。まがりなりにも社長だもんね」

春香「そういうこと。あと、黒井社長の側近の人の名前も、社長さんに『もし何かの機会に出会った時に警戒できるようにしておきたいから』って言ったらすんなり教えてもらえた」

美希「流石春香。あざといの」

春香「何か言った?」

美希「なんでもないの」

春香「でも他の人については何の手がかりも無かった。情報を探ろうにも、そもそもどのアイドル事務所が計画に関与しているのかすら分からなかったしね」

美希「確かにね。じゃあどうしたの?」

春香「……ねぇ、美希」

美希「? 何? 春香」

春香「デスノートのルールで、『死因を書くと更に6分40秒、詳しい死の状況を記載する時間が与えられる。』っていうルールがあるのは知ってるよね?」

美希「うん。リュークが書いてくれてたルールの中にあったの。ミキは一回も使ったことないけどね」

リューク「めんどくさいって言ってたもんな」

美希「まあね」

春香「あはは。美希らしいね」

春香「でもこのルール、実はすごく便利なんだよ」

美希「死の時間指定ができるってやつでしょ? ミキでもそれくらいは知ってるの」

リューク「俺が教えたからな」

春香「もちろんそれもできるけど……でも実はもっとすごいことができるんだよ」

美希「?」

春香「まあこれは実際に見せた方が分かりやすいかな」パラッ

(自分のデスノートを開き、その1ページ目を美希に見せる春香)

美希「! これは……」


--------------------------------------------------

轡儀 柳次  事故死

誰にも気付かれない場所、
怪しまれない行動範囲の中で、

現在765プロダクションを陥れようとしている計画に関する情報
およびその計画に関与している者達に関する情報のうち
自分が閲覧することのできる全ての情報のデータと、

これらの情報に関連する情報および961プロダクションがこれまで行ってきた悪事に関する情報のうち
自分が知っている全ての情報を書き込んだテキストのデータを
私物のUSBメモリにコピーし、

そのUSBメモリと『ハルカちゃんにうちの可愛いペット達の写真を見てもらいたいので送ります。
ハルカちゃんだけに見てほしいので家で一人の時に見て下さい』と書いた手紙を封筒に入れ、
差出人名を「ハルカちゃんの大ファンより」とだけ書き、
東京都大田区矢口2丁目1番765号 株式会社765プロダクション
ハルカちゃん 宛てに出す。

20××年○月○日より23日間以内にこれらをすべて実行した後、
この事は誰にも言う事なく不慮の事故に遭い死亡。

--------------------------------------------------

春香「でもこのルール、実はすごく便利なんだよ」

美希「死の時間指定ができるってやつでしょ? ミキでもそれくらいは知ってるの」

リューク「俺が教えたからな」

春香「もちろんそれもできるけど……でも実はもっとすごいことができるんだよ」

美希「?」

春香「まあこれは実際に見せた方が分かりやすいかな」パラッ

(自分のデスノートを開き、その1ページ目を美希に見せる春香)

美希「! これは……」


--------------------------------------------------

轡儀 柳次  事故死

誰にも気付かれない場所、
怪しまれない行動範囲の中で、

現在765プロダクションを陥れようとしている計画に関する情報
およびその計画に関与している者達に関する情報のうち
自分が閲覧することのできる全ての情報のデータと、

これらの情報に関連する情報および961プロダクションがこれまで行ってきた悪事に関する情報のうち
自分が知っている全ての情報を書き込んだテキストのデータを
私物のUSBメモリにコピーし、

そのUSBメモリと『はるるんにうちの可愛いペット達の写真を見てもらいたいので送ります。
はるるんだけに見てほしいので家で一人の時に見て下さい』と書いた手紙を封筒に入れ、
差出人名を「はるるんの大ファンより」とだけ書き、
東京都大田区矢口2丁目1番765号 株式会社765プロダクション
はるるん 宛てに出す。

20××年○月○日より23日間以内にこれらをすべて実行した後、
この事は誰にも言う事なく不慮の事故に遭い死亡。

--------------------------------------------------

美希「これって……」

春香「どう? ここまで人間の死の前の行動を操ることができるんだよ。デスノートは」

美希「じゃあ、全部ここに書かれた通りになったってこと?」

春香「うん。これを書いてから五日後くらいに、私はここに書いてある情報を全部手に入れることができたからね」

美希「すごいの。デスノートってなんでもありなんだね」

春香「いや、なんでもかんでも操れるってわけじゃないよ。物理的に不可能な事をさせたり、その人が知りもしない情報を書かせたりすることはできない」

美希「そうなんだ。じゃあ万能ってわけじゃないんだね」

春香「まあでも逆に言えば、その人がやってもおかしくない行動ならほぼ完全に操れるから、実際上の不都合はほとんど無いけどね。たとえば『自殺』だって、ほぼ全ての人間にとって可能性がある事とされているから、死因として書けば有効だしね」

美希「へー。で、この轡儀って人は誰なの?」

春香「さっき言ってた黒井社長の側近の人だよ」

美希「ああ、春香が社長から名前だけは聞いてたっていう」

春香「そう。この人なら、黒井社長が持ってるのとほぼ同じ情報……つまりこの“765プロ潰し”計画に関するほぼ全ての情報を持ってると思ったからね。最初に操り、情報を送らせてから殺すにはうってつけだった」

美希「なるほどなの」

春香「そして情報さえ送らせれば後は簡単……住所さえ合っていれば確実にうちの事務所に届くし、『はるるんの大ファンより』と書かれた封筒が『はるるん』宛てに出されていれば小鳥さんは何の疑いも持たずに私に渡してくれる。本名をノートに書くと私が死んじゃうからね」

美希「あー。それでこういう書き方なんだ」

春香「もちろん、防犯上の理由から封は一回開けられるけど……この内容が書かれた手紙が同封されていれば、小鳥さんもあえて私より先にUSBメモリの中身を見るようなことはしない」

美希「すごいの春香。それでまんまと“765プロ潰し”計画の情報を手に入れたってわけだね」

春香「まあね」

美希「でもこれ、何で『23日間以内』なの?」

春香「ああ、デスノートで死の前の行動を操れるのはノートに名前を書いた日から23日間以内だけなんだよ」

美希「へー。そうなんだ。よく知ってるね」

春香「レムが知る限りのルールをほぼ全部教えてもらったからね。ノートを実際に使い始める前に」

美希「ふーん。レムは随分優しいんだね」

レム「私もある意味ハルカのファンだからね。ジェラスの件もあるし、できる限りの協力はしてやりたいと思っている」

美希「同じ死神なのに、基本的にミキのことほったらかしなリュークとはえらい違いなの」

リューク「ククッ。俺は別にミキの敵でも味方でもないからな」

美希「じゃあこれで春香は“765プロ潰し”計画の情報が一気に入手できて……って、あれ?」

春香「ん?」

美希「春香は、この黒井社長の側近の人の顔って知ってたの?」

春香「ううん、知らなかったよ。ホームページに写真が載ってたのは黒井社長だけだったしね」

美希「ってことは……」

春香「うん。だからこの人の顔は直接確認するしかなかった」

美希「直接って……961プロに行って、ってこと?」

春香「まあそういうことだね。要は張り込みですよ。張り込み」

美希「張り込みって、刑事ドラマとかでよく見る、あれ?」

春香「そう、あれ。オフの日や仕事の合間の空き時間とかを使って、961プロ本社の正面玄関が見える位置でひたすら張り込みしてたんだ。目当ての人物が現れるまでね」

美希「えっと……でも側近の人って、名前しか分からなかったんだよね? 春香は」

春香「うん」

美希「じゃあ実際にその人が現れても、その人がそうだって分からないんじゃない?」

春香「そこでこれですよ。これ」

(自分の目を指差す春香)

美希「目……あっ」

春香「そう。私は961プロへ張り込みをする前に、レムと目の取引をした」

美希「! ………」

春香「死神の目を持った人間は顔を見た人間の名前が分かる……。私はこの目を使って、可能な限り、961プロに出入りする人間の名前を確認し続けた」

美希「…………」

春香「そうして張り込みを始めてから……五日目くらいだったかな? ようやく、お目当ての名前を持つ人――つまり、黒井社長の側近――を見つけ、その人の顔を知ることができたってわけ」

美希「……なるほどね。でも春香、その為に残りの寿命の半分を……」

春香「まあね。でもこの人の為だけってわけじゃないよ。“765プロ潰し”計画に関与している人達の情報を得ても、その全員の顔まで分かるようになるとは限らなかったし」

春香「それにこの業界、皆が皆、本名で活動しているとも限らないしね。明らかな芸名を名乗ってる大手事務所の社長とかもいるし」

美希「それはまあ、そうかもしれないけど。でも……」

春香「あのね。美希」

美希「…………」

春香「確かに、名前が分かっている人の顔くらいなら、地道に調べていけばいつかは分かるかもしれない。あるいは芸名を使っている人の本名も」

春香「でも私には、その時間がもったいないの」

美希「……時間……」

春香「そんな時間があるなら、私は今しかできないことをしたい」

美希「今しかできないこと?」

春香「うん。たとえば少しでも多くの時間、皆と一緒にレッスンしたい。もっと多くのお仕事をこなしたい。そうやって可能な限り、アイドルとしての実力を磨きたい」

美希「春香」

春香「私がデスノートを使ってしようと思ったのは、あくまでも私達に害をなす人達を排除することだけ」

春香「そしてそれもすべては、正真正銘、本当の実力のみで――……トップアイドルになって、皆と一緒のステージに立ちたいから」

美希「…………」

春香「でもその為には圧倒的に時間が足りない。私がアイドルでいられる時間なんて、きっともう後何年も無い」

春香「だから、今の私には無駄にしていい時間なんて無い。今アイドルとして活動できる一週間を得る為なら、私は将来の十年を捨ててもいい」

美希「! …………」

春香「トップアイドルになれないまま50年を生きるより、トップアイドルになって25年で死ぬ方が、私は良い」

春香「ジェラスもきっと、それを望んでいると思うから」

美希「…………」

春香「私はそういう気持ちと覚悟で……レムと目の取引をしたの」

美希「……春香……」

春香「で、話の続きだけど……」

美希「…………」

春香「……そうやって私は、まず黒井社長の側近の人を操って殺し、“765プロ潰し”計画の情報を得ることに成功した」

春香「得た情報の内容としては、社長さん伝いに聞いていた善澤さんの予想と同じだった。首謀者は黒井社長で、その利権にあずかろうとしている他の複数のアイドル事務所がそれに協力して、私達765プロを組織ぐるみで潰そうとしていた」

春香「運動会以降、急増した私達の仕事先での不自然なトラブル……不意打ち的な予定のキャンセルやダブルブッキング等、全部彼らの差し金だった」

美希「…………」

春香「そして961プロが件の投資会社を通じてうちに出資していたのも……前のプロデューサーさんがスパイとしてうちに送り込まれていたのも、すべて黒井社長の指示によるものだった」

春香「さらに黒井社長は、前のプロデューサーさんにうちでの仕事をいい加減にこなすように命じ、うちを内部からも崩壊させようとしていた。スパイと察知されないためのカモフラージュも兼ねてね」

美希「じゃあ、やっぱりわざとだったんだ。前のプロデューサーのあのテキトーな仕事ぶりは……」

春香「うん。そういうことになるね。もっとも私達に対するセクハラに関しては私が入手した情報にも記載が無かったから、おそらく前のプロデューサーさんの独断によるものだったんだろうと思うけど……」

美希「なるほどね。でも黒井社長は一体何のためにそこまで……」

春香「その動機は、復讐。かつて自分と袂を分かった高木社長に、自分の考え、やり方の正当性を見せつけ、敗北感を味わわせるため。……まあ、これもほぼ社長さんが予想していた通りだったってことだね」

美希「そんなことのために……」

春香「そして前のプロデューサーさんがうちの情報を持ち出し、黒井社長ら、“765プロ潰し”計画のメンバーに渡していたことも事実だった。それが計画を実行していく上での基礎情報として用いられていたことも」

美希「じゃあ本当に……善澤さんが予想していた通りだったんだね」

春香「そういうことだね」

美希「でも春香。それ、何で側近の人じゃなくて黒井社長でやらなかったの? 黒井社長なら最初から顔も名前も分かってたのに」

春香「……黒井社長は私達を一番苦しめてきた首謀者……いわば黒幕だからね。ただ殺すだけじゃ割に合わない。少なくとも私達765プロに十分な“償い”をしてもらってからじゃないと」

美希「“償い”……?」

春香「だからこそ、側近の人には“765プロ潰し”計画とは直接関係の無い『961プロダクションがこれまで行ってきた悪事』についての情報も送らせたわけだしね」

美希「? どういうことなの? 春香」

春香「まあ……そのへんについては後でまた詳しく話すよ」

美希「…………」

春香「ともあれそういう経緯で、私は“765プロ潰し”計画に関するほとんど全ての情報を得ることができ、どこの事務所の誰が計画に関与しているのかもほぼ完全に把握することができた」

春香「その中には顔のデータがある人もいれば無い人もいたけど……少なくとも計画の主要人物は皆、大手アイドル事務所の社長や会長ばかりで、何らかのメディアに顔が出てる人ばかりだった。だから、最初の時のように張り込みをする必要は無かった」

美希「そうなんだ」

春香「ただ、顔は分かっても芸名を使ってる人は何人かいたからね。やっぱり死神の目は持ってて正解だったよ」

美希「…………」

春香「そうして顔と名前が分かった計画の主要人物を……私は次々と事故死や自殺で消していった。その数は、最初の側近の人も含めると実に三か月で八人にも上った」

美希「……主要人物だけ? 関与した人全員じゃないんだ?」

春香「まあ別にそうしてもよかったんだけど、明らかに雑魚っぽい人を殺しても意味無いしね。それにあんまり多く殺して足がついても面倒だったし」

美希(春香が氷のような目をしているの)

春香「何か言った? 美希」

美希「ううん。なんでもないの。って……ん?」

春香「? 何?」

美希「事故死や自殺……? それに大手アイドル事務所の社長や会長ばかり……?」

春香「…………」

美希「あっ! じゃああれ、もしかして春香がやってたってことなの? アイドル事務所のお偉いさん達がばたばた死んじゃったっていう……」

春香「そうだよ! っていうか美希、気付くの遅いよ!」

美希「ご、ごめんなさいなの。そっか、そうだったんだ……」

春香「いやいや、もうとっくに気付いてるもんだと思ってたよ……ここまでの話の流れからして」

美希「あはは……。あっ、ってことはヨシダプロの社長さんも?」

春香「? ヨシダプロ?」

美希「ほら、ヨシダプロダクション。ミキが最近、そこの所属アイドルの弥海砂ちゃんって子と○×ピザのCMでコラボ出演した……」

春香「ああ、あそこね。うん、確かにあそこの社長も私が消したよ」

美希「……そうだったんだ」

春香「元々、ヨシダプロと961プロは密接な提携関係にあったみたいだね。よく同じ芸能企画のスポンサーになったりしてたみたい」

美希「そうなんだ。あっ、そうか。それで……」

春香「? 何?」

美希「えっと、うちの今のプロデューサー、海砂ちゃんのマネージャーと昔から知り合いだったみたいなの」

春香「そうなの?」

美希「うん。961プロに居た頃から、よくお互いに仕事先を紹介しあったりしてたって言ってた」

春香「ああ、なるほどね。まあ提携関係にある会社同士だから、社員間でも交流はあったんだろうね。もっとも、トップ同士の裏のつながりについては末端の社員は知らなかっただろうけど」

美希「? 裏のつながりって?」

春香「簡単に言うと、裏でグルになって弱小事務所をいじめたりとか、色々やってたみたい。たとえばさっき言った芸能企画のスポンサーの件でも、弱小事務所はスポンサーにさせないようにしたりとかね」

美希「……それって、黒井社長の側近の人に送らせたっていう『これまで961プロがしてきた悪事』の情報の一部?」

春香「そういうこと。まあでも、その海砂さんのマネージャーさんの事はよく知らないけど……少なくとも、うちの今のプロデューサーさんは信頼できると思うよ。側近の人に送らせた情報の中にも名前出てこなかったしね」

美希「そうなんだ。確かに今のところかなり良い人っぽい感じなの」

美希「あ、でも春香。なんで死因を事故死や自殺にしたの? 心臓麻痺じゃなくて」

春香「だって同じ業界の人が急に何人も心臓麻痺で死んだりしたら怪しまれるでしょ。流石に」

美希「あー。まあ確かにそれはそうかもなの」

春香「ただ三か月で八人ってのはちょっと急ぎ過ぎだったかもね。結局『アイドル事務所関係者が短期間に相次いで死亡』って感じでニュースになっちゃったし」

美希「でも流石に誰も、あれが実は殺人事件だったなんて思ってなかったの」

春香「まあね。当時はまだキラもいなかったしね」

美希「! …………」

春香「……それから、前のプロデューサーさんの事だけど」

美希「…………」

春香「私は正直、前のプロデューサーさんを殺すかどうかは最後まで迷ってた。黒井社長が送り込んだスパイだし、セクハラの事もあったから……本心では一刻も早く殺してやりたかったけど」

春香「でも現実問題として、彼の父親の会社を通じて黒井社長がうちの事務所に出資をしている、という事実があったから」

美希「あー……確かに」

春香「もし彼が死ねば、黒井社長がうちに対する出資を続ける意味は無くなる。その出資は、私達に彼の振る舞いに口出しさせないようにするための、いわば口止め料としての意味しかなかったからね」

春香「そして少なくとも私がノートを手に入れた頃……つまり、ファーストライブが終わった直後の頃のうちの事務所は、まだその資金に頼らざるを得ない状況だった」

春香「でもそれから三か月……私が“765プロ潰し”計画の主要人物のほとんどを殺害したこともあってか、私達に対する妨害工作はほぼ無くなった」

美希「確かに……ファーストライブの後はそういうのはほとんど無かったような気がするの。まあ、前のプロデューサーの適当な仕事ぶりとセクハラは相変わらずだったから、やっぱりどうしても、そっちの方に意識が向いちゃってはいたけど……」

春香「そう。要するに外圧は収まり、また以前のような事務所内部の問題だけが残った」

春香「そしてライブで勢いをつけた私達は、妨害が無くなったこともあり一気に人気が上昇した」

美希「うん。ファーストライブの後は本当に世界が変わったみたいだったの。次から次へと新しいお仕事が舞い込んできて……」

春香「そうだね。だから私も思った。『もうそろそろ、プロデューサーさんを殺してもいいんじゃないか?』って」

美希「! …………」

春香「仮にこの人が死んで、うちの事務所に対する例の出資が無くなっても……もう、うちの事務所は十分やっていけるんじゃないか。ファーストライブの前に社長さんが言ってた、『黒井側の出資がなくなっても持ちこたえられるよう、力をつけられるようにすればいい』という言葉は、もう現実のものになっているんじゃないか、って」

美希「…………」

春香「ただそうは言っても、ファーストライブが終わってからまだ三か月ほどしか経過していない。もう少し様子を見てからでも―――そんな事を考えていた矢先だった。突然、前のプロデューサーさんが心臓麻痺で死んだ」

美希「…………」

春香「美希が、殺した」

美希「! …………」

春香「念の為、もう一度だけ確認するけど……それで間違い無いんだよね? 美希」

美希「……うん」

春香「そしてそのすぐ後に現れた“キラ”」

美希「…………」

春香「やっぱりこれも……美希なんだよね?」

美希「…………」

春香「…………」

美希「……うん」

春香「…………」

一旦ここまでですよ! ここまで!

美希「じゃあこれで春香は“765プロ潰し”計画の情報が一気に入手できて……って、あれ?」

春香「ん?」

美希「春香は、この黒井社長の側近の人の顔って知ってたの?」

春香「ううん、知らなかったよ。ホームページに写真が載ってたのは黒井社長だけだったしね」

美希「ってことは……」

春香「うん。だからこの人の顔は直接確認するしかなかった」

美希「直接って……961プロに行って、ってこと?」

春香「まあそういうことだね。要は張り込みですよ。張り込み」

美希「張り込みって、刑事ドラマとかでよく見る、あれ?」

春香「そう、あれ。オフの日や仕事の合間の空き時間とかを使って、961プロ本社の正面玄関が見える位置でひたすら張り込みしてたんだ。目当ての人物が現れるまでね」

美希「えっと……でも側近の人って、名前しか分からなかったんだよね? 春香は」

春香「うん」

美希「じゃあ実際にその人が現れても、その人がそうだって分からなかったんじゃない?」

春香「そこでこれですよ。これ」

(自分の目を指差す春香)

美希「目……あっ」

春香「そう。私は961プロへ張り込みをする前に、レムと目の取引をした」

美希「! ………」

以下、>>444からの続きとなります。

春香「まあそりゃそうだよね。いくらなんでも、デスノートを拾った人間が同じようなタイミングでそう何人も現れるはずないし」

美希「…………」

春香「でも、美希の口から直接聞けてスッキリしたよ。正直、まだ100%の確信までは無かったからね」

美希「? そうなの?」

春香「うん。動機から考えても、前のプロデューサーさんを殺したのは美希で間違い無いと思ってた。でも実はキラの方はそこまでの確信は無かったんだ」

美希「…………」

春香「なんというか、犯罪者を次々と裁く“キラ”のイメージと、いつものゆるゆるっとした“美希”のイメージが、どうしても上手く結びつかなくて」

美希「あー……それはまあそうかもなの」

春香「美希はキラなのか? それとも違うのか? この二か月間、私はずっとそれを考えてた」

美希「…………」

春香「あと、美希が目を持っているのかどうかも気になってた。もし持ってるなら当然私の事も気付いているはず。でも美希は何も言ってこない……」

美希「ミキは目の取引もしてないし、デスノートの所有者の見分け方も、さっき春香に教えてもらうまで知らなかったの。だからまさか、春香もデスノートを持ってたなんて夢にも思わなかった」

春香「そうなんだよね。おかげで私は独り相撲だったよ。美希がキラかどうか確かめようと思って、色々カマ掛けたりもしてたのに」

美希「えっ。そうだったの?」

春香「ほら。美希が犯罪者裁きを始めてからすぐの頃、皆で事務所から帰ってる時にさ」

美希「……あっ」


――えっと、そういえば……プロデューサーさんの死因も『心臓麻痺』だった……よね。

――もしかして、プロデューサーさんも、キラに……。

――ま、それもそうか。それにもし仮にそうだとしたら、私達の中にキラがいるってことになっちゃうもんね。


美希「……本当なの。ミキ、全然気づかなかったの」

春香「あはは……まあ、それだけ信頼されてたってことかな」

春香「そんな感じで、多少想定外ではあったけど、とにかく前のプロデューサーさんが死んで……私は次に何をするべきか考えた」

美希「えっと、ミキ達に害をなす人でまだ殺してないのって……黒井社長? あ、でもさっき“償い”がどうこうって……」

春香「そう。いずれにせよ、黒井社長には私達への“償い”をしてもらうつもりでいたから、このタイミングで美希が前のプロデューサーさんを殺してくれたのは私にとってはむしろ好都合だった」

美希「? 好都合?」

春香「うん。まあもっともその後、美希が犯罪者裁きまで始めたのは完全に予想外だったけどね」

美希「…………」

春香「でもそれも大した問題じゃなかった。それにそのときはまだ美希が犯罪者裁きをしているっていう確証も無かったしね」

春香「とにかく、美希にせよ他の誰かにせよ、犯罪者裁きが始まったのなら、それも当初の計画に組み込んでしまえばいいだけ……私はそう考えて、美希による犯罪者裁きが始まってから数日後、黒井社長宛てに一通の手紙を送った」

美希「手紙?」

春香「そう。今度は難しい工作は必要無い。指紋とかが付かないようにだけ注意して、後は普通に961プロダクション代表取締役社長・黒井崇男宛てに匿名で送るだけ」

春香「ただその手紙の内容は、黒井社長にとっては絶対に無視できないものだけどね」

美希「? どういうことなの?」

春香「黒井社長の側近の人をデスノートで操って得た『961プロがこれまで行ってきた悪事』に関する情報……私はそのうちのいくつかを手紙に書いて、黒井社長を脅迫した」

美希「あー。それでその情報を送らせてたの」

春香「そういうこと。そしてその情報の中には、もしそれらが表に出たら961プロが完全に社会的信用を失うであろうものもいくつかあった」

美希「それで『これらの事をばらされたくなければ言うことを聞け』って言ったんだね」

春香「うん。そしてこうも言った。『これまで複数のアイドル事務所関係者を事故死や自殺などに見せかけて殺してきたのは私です。今は犯罪者達を裁いています』ってね」

美希「ああ、組み込むってそういう……」

春香「そ。美希には悪いけど、勝手に使わせてもらっちゃった。もっとも、そのときはまだ裁きが始まってすぐの頃だったから、“キラ”っていう名前は浸透してなかったけどね」

春香「それから手紙には続けてこう書いた。『私は離れている人の心を読むことができるしその人を自由な手段で殺すこともできます。ゆえにあなたの考えていること、これまで行ってきた悪事については全て分かっています。死にたくなければ、また過去の悪事をばらされたくなければ私の言うことに従って下さい』ってね」

美希「あはっ。春香ったら嘘八百なの」

春香「まあね。でもこれくらい書いてもばれっこないし、本当に殺されるかは別にしても、どのみちばらされたくない秘密がある以上黒井社長は従うしかない」

美希「確かにね」

春香「まあでも結果的には美希がやってくれてた犯罪者裁きにかなり助けられたかもね。私がやってたアイドル事務所関係者殺しの方だけだと、偶然性を完全には否定しきれず、脅迫材料としては少し弱いかな、って思ってたから。実際、世間的には偶然に見せかけるために死因を事故死や自殺にしてたわけだしね」

春香「そういう意味で、『今現在、犯罪者だけが次々と心臓麻痺で死んでいっている』という事実は、黒井社長をして私が手紙に書いた指示内容に従わせるのに十分だった」

美希(春香がまた悪い顔になってるの)

美希「で、春香は黒井社長になんて指示したの?」

春香「えっと、まず『あなたの弱者をいたぶる姿勢は正義として見過ごせません。今後はあなたの命を賭して、これまであなたが踏み付けてきた弱者に贖罪をしなさい』と」

美希「へえ」

春香「それから『まず手始めに、あなたが長年痛めつけてきた765プロダクションに対し、今あなたの下で働いている○○というプロデューサーを移籍させなさい』って」

美希「えっ! それって……」

春香「うん。そういうこと」

美希「春香が……移籍させたんだ。今のプロデューサーを、961プロから。……でも、何で?」

春香「今のプロデューサーさんとは、前に一度、歌番組の収録でジュピターと共演した時に会ったことがあってね。現場での対応力を見る限り有能そうだったし、当時彼が担当していたジュピターの人気ぶりを見るに、その実力も申し分無いだろうと思って」

美希「そうだったんだ」

春香「それにさっきも少し言ったけど、今のプロデューサーさんは961プロが行ってきた過去の悪事にも絡んでいないようだったしね」

美希「でも、春香。流石にそれってちょっとあからさま過ぎない? 黒井社長に『765プロの中にキラがいます』って言ってるようなものなの」

春香「別にそう思われてもいいんだよ。いずれにせよ黒井社長は手紙の内容は絶対に口外できないし、もし少しでも不審な動きを見せたらデスノートで殺せばいいだけ」

美希「…………」

春香「いい? 美希。私達が捕まる証拠があるとしたらこの『デスノート』しか無いんだよ。これを直接押さえられでもしない限り、絶対に捕まりっこないんだから」

美希「それはまあ、そうだけど……」

リューク「ククッ。どっかで聞いたことのあるセリフだな。ミキ」

美希「…………」

春香「まあでも、流石に最低限のカモフラージュはするように指示したよ。移籍させるプロデューサーさんに対しても高木社長に対しても、絶対に脅迫されていることを悟られないように、極力自然な形で話を切り出せってね」

美希「それだけ? もっと具体的に指示しなかったの?」

春香「うん。そこはもう黒井社長の判断に任せた方がいいかなって」

美希「でもプロデューサーの方はともかく、うちの社長は絶対警戒すると思うんだけど……前のプロデューサー自体、黒井社長が送り込んだスパイだったわけだし」

春香「まあね。でも元々、黒井社長は高木社長とは旧知の仲だったから、どういう言い方をすれば自然に受け取られるかも熟知しているだろうし、何より黒井社長は自分の命と会社の社会的信用がかかっているからね。まず下手を打つようなことはしないだろうと思ってた」

美希「なるほど。じゃあ結果的には上手くいったってこと?」

春香「うん。今のプロデューサーさんがうちに来てから、あくまでも元々一連の事情を知っていた立場として、社長さんに話を聞いたんだけど……黒井社長は、“765プロ潰し”計画に関与していたアイドル事務所の関係者達と、うちの前のプロデューサーさんが相次いで死んでいったのを見て、『765プロを潰そうとしていたから天罰が下った』と思ったんだってさ」

美希「へぇ。一応それっぽい理由なの」

春香「でしょ? それで、黒井社長はこれまでの経緯も全て認め、謝罪し、そのお詫びとしてプロデューサーさんをうちに移籍させることを申し出たってさ。さらにこれまで例の投資会社を通じて行っていた出資も継続するし、これまでの妨害工作でうちに発生した損害も全部補填するとまで言ったらしいよ」

美希「へー。そこまで言ったんだ」

春香「もちろん、事情を知らない他の皆の前では、社長さんも、『黒井社長がかつての仕事仲間だった高木社長を助けてくれたらしい』っていう形にして説明してたけどね」

美希「ああ、確かにそんなこと言ってたね。今のプロデューサーがうちに来た日に。でも実際のところ、この件はそれでもうおさまったの?」

春香「うん。黒井社長がそこまで言えば、後は我らが高木社長だからね。全てを信じて、水に流すことにしたってさ」

美希「そっか。実に社長らしいの」

春香「まあ実際、アイドル事務所関係者がもう九人も死んでる上、犯罪者裁きまで始まってたからね。黒井社長の立場上、『次は自分の番だ』と思ってもおかしくないし、その黒井社長の言葉を社長さんが信じても不自然じゃないよ」

美希「確かにね。で、他には何か指示したの? 黒井社長に」

春香「他には……そうだ。『自分の息のかかった事務所にも、これまでのように弱者をいたぶるような真似はさせず、自由で公平な競争をさせるように』みたいなことも書いたね。要は961プロと裏でつながってる事務所にも、弱小事務所いじめをさせるなってことだけど」

美希「あー……それは、ミキが海砂ちゃんと例のCMにコラボ出演できたことに関係ありそうな気がするの」

春香「? どういうこと?」

美希「えっと、今のプロデューサーがね。そのCMのコラボ出演の件、うちの方からヨシダプロにお願いしたって言ってたの。でも元々、ヨシダプロの社長さんが黒井社長と裏でつながってたのなら……」

春香「ああ、そうだね。確かに、以前ならそういう話も黒井社長の指示で確実に断られていたと思う」

美希「ってことは……ミキが海砂ちゃんと共演できたのは春香のおかげだったんだね。どうもありがとうなの」ペコリ

春香「あはは……どういたしまして」

春香「で、こんな具合に、私は黒井社長に対しては最大限の脅迫をしつつ、今後もまた利用できそうな場面があればいつでも利用できるようにしてるってわけ」

美希「なるほど。それでずっと殺さずにおいてるんだね」

春香「うん。“償い”はまだ終わってないからね。まあ、終わりがあるのかどうかも分からないけど」

美希「…………」

春香「でも、いくら脅迫したりするにしても、黒井社長がやってたみたいに、他のアイドル事務所を実力以外の力で蹴落とすような真似だけは絶対にしないよ。それをしたら黒井社長と同じになっちゃうし」

美希「うん。そうだね」

春香「ただ961プロ時代にプロデューサーさんが担当していたジュピターに対してだけは、ちょっと悪いことしちゃったかなって思わないでもないけど……まあでも961プロの資金力なら、すぐに有能な人を雇えると思うし。実際、人気も落ちてないしね」

美希「むしろ前より人気出てるような気もするの」

春香「ともあれ、そんな感じでようやく、私も美希のことは気になりつつも、“765プロ潰し”の危機が事実上去ったことから、とりあえずはまたアイドルの本業に集中しようと思い始めた。そんな矢先だった」

春香「今から一週間前……突然、二人組の刑事さんがキラ事件の捜査でうちの事務所に来た」

美希「! …………」

春香「警察手帳を出されたとき、目を持つ私にはすぐにそれが偽名だと分かった」

美希「えっ! あれ偽名だったんだ。二人とも?」

春香「うん。流石にちょっと考えたよ。こんな物まで用意してるってことは、警察は既にキラの殺しの条件がある程度分かってるんじゃないかって」

美希「…………」

春香「それに何より、警察がうちの事務所に来た……この事実は大きい。確かに前のプロデューサーさんの死因と死亡時期を考えたら、たとえ一応でも確認しようとするのは分かるけど」

美希「…………」

春香「でも一方で、これはチャンスかとも思った。美希がキラなのかどうかを確かめられるかもしれないと思ったから」

美希「! …………」

春香「そして実際、先に聞き取りを終えた美希の顔を見てほぼ確信したよ。『ああ、やっぱり美希がキラだったんだ』って。美希は一見、平静を装っているように見えたけど、明らかに普通の様子じゃなかったからね」

美希「…………」

春香「まあ、それでも美希自身の口から聞いていない以上、99%ってとこだったけどね。そして残りの1%が今日やっと埋まったって感じ」

美希「じゃあ、それがさっきの……」

春香「うん。そういうこと。で、その後に自分の聞き取りがあったんだけど、正直もう美希のことが気になって気になって仕方なかったよ。とにかく怪しまれないようにすることだけを考えて、無難に答えて終わったけど」

美希「…………」

春香「それで、その日の帰りになっても美希の様子がおかしいままだったから、もういっそ何もかも全部話そうか、って思ってご飯に誘ってみたんだけど、あっさり断られちゃって」

美希「あー……うん。ごめんなさいなの。あの日はもうそれどころじゃなくて……」

春香「ううん、いいの。気にしないで。でもそれからというもの、美希は日に日に憔悴していっているように見えた。私はもう、いつ言おうか、いつ言おうかということばかり考えていたんだけど、いざ言おうとするとなかなかタイミングが無くて」

春香「でも、昨日。いよいよ思い詰めたような表情を浮かべていた美希を見て、『もう四の五の言っていられない。美希がキラであろうとそうでなかろうと、自分の秘密を全部話して、美希の話も全部聞こう。そのうえで、私にできることがあれば何が何でも協力しよう』……そう思った」

美希「……春香……」

春香「それで今日、自分のノートを持参して美希に話しかけ、今に至る……ってわけ」

美希「そうだったんだ。……でも、春香」

春香「ん?」

美希「なんで……そこまでしてくれるの?」

春香「なんで、って?」

美希「さっき春香も言っていたように、デスノートによる殺人は、ノートそれ自体を押さえられない限り証拠は出ない」

春香「うん」

美希「でももし、デスノートを持っていることを他の人に知られてしまったら、当然、知られた方は不利になる」

春香「…………」

美希「つまり、今日ミキにデスノートの所有者であることを話してしまったことで、春香は……」

春香「……バカだなあ、美希は」

美希「えっ?」

春香「そんなこと、いちいち考えてるわけないじゃん。それに私は、美希も既に目を持ってて、とっくに私がノートを持ってる事に気付いてるっていう可能性も考えていたわけだし」

美希「…………」

春香「まあでも、そんな理屈じゃなくて……私が美希の力になろうと思った理由は、ただ一つ」

美希「…………」

春香「仲間だから、だよ」

美希「……仲間……」

春香「ずっと前から言ってるでしょ? 私達765プロはずっと仲間だって。それはノートを持っていようが持っていまいが一緒だよ」

美希「春香」

春香「それに私の目指す先は、あくまでも『765プロの皆と一緒に』トップアイドルになることなんだから。もし誰か一人でも欠けてしまったら……そこには絶対たどり着けない。それは美希も同じなんだよ」

美希「…………」

春香「だから……美希」

美希「…………」

春香「私は、もし美希が困っていたら必ず助ける。そしてもし美希が誰かに捕まえられそうになっていたら全力で阻止する。たとえこのデスノートを使ってでも……ね」

美希「……春香……」

一旦ここまでですよ! ここまで!

美希「で、春香は黒井社長になんて指示したの?」

春香「えっと、まず『あなたの弱者をいたぶる姿勢は正義として見過ごせません。今後はあなたの命を賭して、これまであなたが踏み付けてきた弱者に贖罪をしなさい』と」

美希「へえ」

春香「それから『まず手始めに、あなたが長年痛めつけてきた765プロダクションに対し、今あなたの下で働いている○○というプロデューサーを移籍させなさい』って」

美希「えっ! それって……」

春香「うん。そういうこと」

美希「春香が……移籍させたんだ。今のプロデューサーを、961プロから。……でも、何で?」

春香「今のプロデューサーさんとは、前に一度、歌番組の収録でジュピターと共演した時に会ったことがあってね。現場での対応力を見る限り有能そうだったし、当時彼が担当していたジュピターの人気ぶりをみるに、その実力も申し分無いだろうと思って」

美希「そうだったんだ」

春香「それにさっきも少し言ったけど、今のプロデューサーさんは961プロが行ってきた過去の悪事にも絡んでいないようだったしね」

美希「でも、春香。流石にそれってちょっとあからさま過ぎない? 黒井社長に『765プロの中にキラがいます』って言ってるようなものなの」

春香「別にそう思われてもいいんだよ。いずれにせよ黒井社長は手紙の内容は絶対に口外できないし、もし少しでも不審な動きを見せたらデスノートで殺せばいいだけ」

美希「…………」

春香「いい? 美希。私達が捕まる証拠があるとしたらこの『デスノート』しか無いんだよ。これを直接押さえられでもしない限り、絶対に捕まりっこないんだから」

美希「それはまあ、そうだけど……」

リューク「ククッ。どっかで聞いたことのあるセリフだな。ミキ」

美希「…………」

美希「なんで……そこまでしてくれるの?」

春香「なんで、って?」

美希「さっき春香も言っていたように、デスノートによる殺人は、ノートそれ自体を押さえられない限り証拠は出ない」

春香「うん」

美希「でももし、デスノートを持っていることを他の人に知られてしまったら、当然、知られた方は不利になる」

春香「…………」

美希「つまり、今日ミキにデスノートの所有者であることを話してしまったことで、春香は……」

春香「……バカだなあ、美希は」

美希「えっ?」

春香「そんなこと、いちいち考えてるわけないじゃん。それに私は、美希も既に目を持ってて、とっくに私がノートを持ってる事に気付いてるっていう可能性も考えていたわけだし」

美希「…………」

春香「まあでも、そんな理屈じゃなくて……私が美希の力になろうと思った理由は、ただ一つ」

美希「…………」

春香「仲間だから、だよ」

美希「……仲間……」

春香「ずっと前から言ってるでしょ? 私達765プロはずっと仲間だって。それはノートを持っていようが持っていまいが一緒だよ」

美希「春香」

春香「それに私の目指す先は、あくまでも『765プロの皆と一緒に』トップアイドルになることなんだから。もし誰か一人でも欠けてしまったら……そこには絶対たどり着けない。それは美希も同じなんだよ」

美希「! …………」

春香「だから……美希」

美希「…………」

春香「私は、もし美希が困っていたら必ず助ける。そしてもし美希が誰かに捕まえられそうになっていたら全力で阻止する。たとえこのデスノートを使ってでも……ね」

美希「……春香……」

以下、続きとなります。

春香「ただまあそうは言っても、実際のところ、現時点で美希がそこまで疑われてるとは思えないけどね」

美希「! …………」

春香「確かに、前のプロデューサーさんの死因が心臓麻痺で、死亡時期がキラが裁きを始める直前だったから……前のプロデューサーさんの死がキラ事件と何か関係があるんじゃないか、と思われても仕方の無いところではあるけど……」

美希「…………」

春香「でも、流石にこの一件だけをもってキラ事件との関連性を見出すのは無理があるし、仮に強引にそう決めつけたとしても、容疑者はせいぜい私達765プロ全員だよ。美希一人を疑えるはずがない」

美希「…………」

春香「だから、美希。不安な気持ちになるのは分かるけど、もう少し落ち着いて……」

美希「……違うの。春香」

春香「えっ?」

美希「……ミキが犯罪者以外で殺したのは……前のプロデューサーだけじゃないの」

春香「! …………」

美希「…………」

春香「じゃあ、美希。誰を……?」

美希「……ミキの、クラスメイトの男子」

春香「! それ……いつ?」

美希「前のプロデューサーを殺した日の……翌々日」

春香「! …………」

春香「美希。それは、何で……?」

美希「えっと……デスノートを拾って、すぐに前のプロデューサーの名前を書いて……そしたらその次の日に、心臓麻痺で死んだって聞いて……」

春香「…………」

美希「でもその時はまだ、ノートが本物かどうか分かってなくて」

美希「たまたまその日、新宿の通り魔が人質を取って保育園にたてこもってたから……試してみる意味で、そいつの名前もノートに書いたの」

美希「そしたらその通り魔も死んで……もうノートが本物だって、その時点でほぼ確信したの」

美希「それで、その日は一睡もできずに一晩過ごして……翌日。学校で、朝、その男子にからかわれて……」

春香「…………」

美希「いつもなら適当にあしらうんだけど、その時はもう精神的に大分参ってたのもあって、すごくイライラして……もうどうでもいいや、って投げやりな気持ちになっちゃって……」

春香「……書いたんだ」

美希「うん。デスノート、家に置いておくのが怖くて学校に持って来てたから、つい……」

春香「……そっか」

美希「…………」

春香「この事、刑事さん達には?」

美希「一週間前の聞き取りの時に話したよ。警察が調べたらいずれ分かることだし、それにパパはもう知ってたから……」

春香「パパ……? あっ、そうか。美希のお父さんって……」

美希「うん。警察官。しかも……少し前まで、キラ事件の捜査本部に入ってた」

春香「!」

春香「キラ事件の捜査本部に……? 美希はその事を知ってたの?」

美希「うん。『学校の友達とかには言っちゃだめ』って言われてたから、事務所の皆には言ってなかったけどね」

春香「そうだったんだ……。でも、『少し前まで』ってことは、今は違うってこと?」

美希「多分……。刑事さん達がうちの事務所に来た日の夜に、パパにその事を話したんだけど、『今は別の仕事をやってる』ってことだけ言われて……。結局、パパはそれ以上何も言わなかったし、ミキにも何も聞いてこなかったの」

春香「…………」

美希「その時、なんとなく、パパが何か隠してるようにも思えたんだけど……」

春香「…………」

春香(もしかして、警察はもう美希をかなりの程度まで疑っている……? だからこそ、美希のお父さんはその事を美希に言えなかった……?)

春香(いや、今美希から聞いた話を前提にすれば、むしろ……)

春香「……キラ事件の開始とほぼ同じタイミングで、美希と接点のある人間が心臓麻痺で死亡……それが一人だけならまだしも、二人」

美希「…………」

春香「そして当然、二人とも犯罪者ではない……」

美希「…………」

春香「ねぇ、美希。この二人の両方と接点があるのは……おそらく美希だけだよね」

美希「うん。多分……」

春香「…………」

春香「だとしたら……はっきり言って、警察が美希をキラとして疑っている可能性はかなり高いと思う」

美希「! …………」

春香「美希」

美希「な、何? 春香」

春香「リュークが美希の前に姿を現したのはいつ頃?」

美希「? リューク?」

春香「うん」

美希「えっと……確か、そのクラスメイトの名前を書いた日の夜……かな。時間的には、前のプロデューサーのお通夜の後くらい」

春香「前のプロデューサーさんのお通夜の後……つまり、私が美希がデスノートの所有者だと知った直後ってことだね」

美希「うん。そういうことになると思う」

レム「確かに、あの通夜の時点ではリュークはまだミキに憑いていなかった。ハルカの言うとおり、ノート自体は既に持っていたようだが」

春香「……リューク」

リューク「? 何だ?」

春香「あなた……何で、美希にノートを渡してからすぐに姿を現さなかったの?」

リューク「え?」

春香「あなたがすぐに美希の前に姿を現していれば、美希は何ら疑うことなくノートを本物だと信じただろうし、結果、身近な人間を二人も殺すことはなかった。そうでしょう?」

美希「春香……」

リューク「いや、そんなことを言われてもな……。そもそも人間にノートを渡した場合、すぐに姿を現さないといけないなんて掟は無いし……そうだよな? レム」

レム「ああ。死神は通常、人間がノートを使った日から39日以内に使った者の前に姿を現すものとされている」

リューク「ほら。俺なんてミキがノートを使ってから二日だぜ? むしろ褒めてもらいたいくらいだ」

春香「…………チッ」

リューク(舌打ち!?)

春香「まあ今更過ぎたことを言っても仕方無いか。とりあえず現状を正確に把握した上で、次にどんな対策を取るべきかを考えよう。……美希」

美希「! は、はいなの」

春香「さっき、お父さんが少し前までキラ事件の捜査本部に入ってたって言ってたけど……何か具体的な捜査情報とかを聞いたことはあった?」

美希「う、うん。えっと……」

春香「…………」

美希「春香。ミキが裁きを始めてすぐの頃、テレビの生中継に“L”って名乗ってた人が出てたの覚えてる? あのイケメンの……」

春香「ああ、覚えてるよ。確か……通称“L”、リンド・L・テイラーって人だったよね。あの後、結局出てこなくなっちゃったけど」

美希「うん。あの人ね、実は替え玉だったんだって。本物の“L”の」

春香「……替え玉?」

美希「うん。そうらしいよ」

春香「ってことは……“L”は自分の身代わりをテレビに出演させて、キラがその身代わりを殺すかどうかを見ようとしてた……ってこと?」

美希「うん。多分……」

春香「何てやつ……! 人の命を何だと思ってるんだろう」

美希「…………」

春香「? どうかした?」

美希「ううん。なんでもないの」

春香「じゃあ……そのLって人が警察を動かしてるっていうのは本当なの? 確か、あのときの中継ではそう言ってたと思うけど」

美希「うん。それは多分本当。パパが、その替え玉の生中継も、警察はほとんど関わってなくてLが独断でやったって言ってたし」

春香「なるほど。確かにそこまでの事ができるとすれば、警察を自由に動かせる……いや、警察を従えられる人でないと無理だろうね。つまり捜査本部の実質的トップ……か」

美希「あと、Lの推理が捜査本部に伝えられたりしたこともあったみたい」

春香「Lの推理? どんなの?」

美希「えっと……裁きが行われている時間帯が遅い日でも夜10時までだったから、キラは子どもじゃないかって推理してたみたい。で、これは実際当たってたの」

春香「……一体何者なの? そのLって」

美希「さあ……パパは探偵って言ってたけど」

春香「探偵……」

春香「じゃあ、今一番気を付けないといけないのは警察よりもそのLって人かもね。今聞いた話からすると、Lが実質的にキラ事件の捜査指揮を執っている可能性が高そうだし」

美希「そうだね。ただ、ミキがパパから聞けてた情報はそれくらいで……Lについて、それ以上詳しいことは分からないの」

春香「…………」

春香(しかし、いくらなんでも自分の身代わりをテレビ出演させて殺させようとするなんて普通じゃない……)

春香(目的の為なら手段を選ばないタイプか……厄介だな)

春香(それに一週間前に事務所に来た刑事さん達が偽名を使っていたことを考えると……少なくとも、『キラの殺しには名前が必要』ということはばれていると考えた方が良い)

春香(また普通に考えて『顔が分からない人間でも殺せる』というのは無理がある……殺す対象として特定しようがない)

春香(ならばもう『キラの殺しには顔と名前の両方が必要』というところまでばれていると考えるべき)

春香(でも『顔と名前だけで人を殺せる』……そんな人間がいたとして、一体どうやって確保する?)

春香(もし私がLの立場なら……名前が知られなければ殺されない、ならば顔は見られても構わないと考え、直接相対して確保する?)

春香(いや……別に顔だって、フルフェイスのヘルメットでも被ればそう簡単には見られない。ましてや警察の装備が使えるならそんな手段はいくらでもあるはず……)

春香(しかし実際には美希は確保されていない。だとすれば……)

春香(Lは、たとえ美希がキラだと分かっていても、確保するのはその証拠を挙げた上で……と考えている?)

春香(Lは仮にも探偵……もし彼が、パズルを解くようにこの事件の謎を解き明かそうとしているのであれば、あるいは……)

春香(そしてもしそうなら……Lが次に考えることは、美希からキラとしての殺しの証拠を挙げる事)

春香(しかし『顔と名前が必要』という殺人の条件は分かっているとしても、具体的な殺人の方法については何も分かっていないはず)

春香(それは当たり前……『ノートに名前を書くだけで人が死ぬ』なんて、想像できるわけがない)

春香(そんな状況の下、キラとしての殺しの証拠を確実に挙げるには……美希が実際に殺しをしている現場を押さえるしかない)

春香(ならばまず、今この場で確認すべきことは……)

春香「……レム」

レム「? 何だ? ハルカ」

春香「今、美希を尾行している人が周囲にいないかどうか……少し上の方から、ぐるっと見渡して確認してみてくれる?」

美希「!?」

レム「……ああ。いいだろう」バサッ

美希「び……尾行?」

春香「うん。もしLが美希の殺しの現場を押さえる気でいるなら、それくらいはしていてもおかしくはないかな、と」

美希「あー。なるほどなの」

春香「…………」

春香(正直な所、美希はほぼ無防備と言っていい……今の反応からしても、自分が尾行される可能性なんて考えてもいなかっただろうし、実際に尾行されていたとしてもまず気付かないだろう)

春香(もっとも、尾行の可能性に気付いたとしても……『尾行されていないかどうかを確認する』という素振りを見せただけで、本当に尾行されていた場合、それはそれで結局怪しまれてしまうから……実際できることなんて何も無いんだけどね)

春香(ただでもそれはあくまで……死神なんかが憑いていない、普通の人間の場合の話)

春香(この点、死神のレムなら……上空をどれほど飛び回り周囲を見渡そうが、絶対に誰にも気付かれない。つまり本当に尾行者がいたとしても、何の支障も無くその存在を確知できる)

レム「……少なくとも周囲100メートルほどの範囲にはそれらしき奴はいないな」バサッ

春香「分かった。ありがとう。レム」

美希「一安心なの」

春香「…………」

春香(とすれば後、考えられる『証拠を押さえる為の手段』としては……)

春香(考えろ。もし私がLなら……キラを追う者なら……)

美希「? 春香?」

春香「…………」

春香(キラは顔と名前だけで人を殺せる……としても、もし自分の意思で選べるなら、普通は他に誰もいない状況で殺しを行うだろう。というより、あえて人前でそれをする必然性が無い)

春香(つまりキラが殺しを行う場所として、一番考えられるのは自分の家の中……より正確に言えば、自室)

春香(そしてLは目的の為なら手段を選ばない性格……だとすれば……)

春香「美希」

美希「! は、はいなの」

春香「もし私がLなら……美希の部屋に監視カメラを付ける、くらいの事はすると思う」

美希「えっ! か、監視カメラ!?」

春香「いや、それだけじゃない。殺しの手段が何なのか、全く見当もつかないとすると……たとえば呪文か何かを唱えて殺す可能性などもあると考えて……盗聴器も仕掛ける」

美希「盗聴器!?」

春香「まあ、あくまで可能性だけどね。でもそれくらいの事はしないと、キラとしての証拠は挙げられないと思う」

美希「で、でもそういうのって犯罪じゃないの? プライバシーの侵害っていうか……」

春香「自分の身代わりを殺させようとする人に、そんな当たり前の理屈が通じるとは思えないけど」

美希「そ、それは、まあ……。でもパパが同じ捜査本部にいるのにそんな事……」

春香「でも多分、もう外れてるんでしょ?」

美希「……そうだったの」

春香「そして、美希のクラスメイトの件がLにも伝わっているとしたら……もう今頃、仕掛けられているとしてもおかしくはないね」

美希「えっ!」

春香「現時点で尾行が無いのなら、なおさらそっちでケリをつけるつもりなのかも……」

美希「そ、そんな……」

春香「ねぇ、美希。美希が最後に裁きをしたのはいつ、どこで?」

美希「昨日の夜……普通に、自分の部屋でしたの」

春香「ならもしもうカメラが付けられているとしたら、それは当然Lに観られていたことになるね」

美希「!」

春香「ただもしそうなら、今頃美希は捕まっていてもおかしくないはず……」

美希「あっ。それは確かにそうなの。じゃあまだ……」

春香「いや、何日か様子を見てから……ということも考えられるし、安心はできないよ」

美希「そっか……」

春香「まあそうは言っても、もしもう観られていたとしたら仕方無い。その場合は今更どうしようもないから、考えるだけ無駄」

美希「…………」

春香「だから考えるなら、『まだ』付けられていない可能性の方で考えるべきだよ」

美希「そ、そうだね。春香」

春香「で……美希。たとえば今日、美希の家の人が全員家に居ない時間帯ってあった?」

美希「えっ、うん。うち共働きだし、お姉ちゃんも大学生だから、今日に限らず、基本的に平日の昼は誰も家に居ないの」

春香「そっか。じゃあもう今日の昼には付けられている……最悪のパターンを想定するなら、今からその前提で動いた方が良いね」

美希「!」

春香「まあ本当の最悪のパターンは昨日以前に付けられていて、もう美希の裁きの場面もばっちり撮られているってことだけど」

美希「…………」

春香「じゃあとりあえず、今日からしばらくの間、犯罪者裁きは私が代わりにやるよ」

美希「えっ」

春香「だってカメラの可能性を考えたら、当然美希の家ではできないでしょ? かといって家の外じゃ、夜に報道された犯罪者を翌日以降にしか裁けなくなり、今までと裁きの傾向が変わってしまう」

美希「……なるほどなの。でも、いいの? 春香」

春香「もちろん。言ったでしょ? 美希が困っていたら必ず助けるって。しかもこれでもし本当にカメラが付けられていたとしたら、美希が何もしていないことが明白な状況で、犯罪者裁きが起きることになる。つまり美希を捕まえるために仕掛けられたカメラによって、逆に美希の身の潔白が証明されることになる」

美希「! ……春香……」

春香「そういうわけで当面の間、裁きは私が代行する。それでいいね? 美希」

美希「……もちろんなの。ありがとう。春香」

春香「どういたしまして。あと、美希のデスノートも一旦預からせてもらっていいかな? もしカメラが付けられていた場合、うっかり映っちゃうかもしれないし」

美希「なるほどなの。こんな黒いノート、見るからに怪しいもんね」

春香「そういうこと。あ、ちなみにレム。私がノートを預かるだけなら、美希の所有権に影響は無いよね?」

レム「ああ。その場合はミキのノートの隠し場所がハルカってことにしかならない」

春香「だってさ。じゃあ、美希」

美希「分かったの。はい、春香。よろしくお願いしますなの」スッ

春香「うん。あ、でも……」

美希「?」

春香「…………」ピリリ

(美希のデスノートから、その1ページ分をきれいに切り離す春香)

春香「はい、これ。一応持ってて」

美希「? なんで?」

春香「この先何があるか分からないから、念の為に。それに、これならもしカメラに映っても怪しまれないでしょ。切り取ったノートの1ページ分くらい」

美希「でも、春香。これって普通にデスノートとして使えるの? もうノートから完全に切り離されちゃってるのに」

春香「……切り取ったページや切れ端でも全て、デスノートの特性は有効だよ」

美希「そうなんだ。知らなかったの。へー」

春香「…………」ジロッ

リューク「いや、そんな風に睨まれても……。別に死神には全てのルールを人間に教える義務は無いし……」

春香「ただそれでも、『カメラが付いているかもしれない』という状態でずっと過ごすわけにもいかないよね。あるならある、無いなら無いとはっきりさせておいた方が良いに決まってる」

美希「それは……そうなの。『誰かに観られてるかもしれない』って思いながらじゃ、くつろごうにもくつろげないし」

春香「盗聴器だけなら、それを探す探知機を買ってくれば探せるけど……カメラが付けられている可能性がある以上、カメラ自体は勿論、盗聴器もカメラの有無を確かめない限りは探せない」

美希「そっか。探してること自体が観られちゃうと、それだけで怪しまれちゃうもんね」

春香「そういうこと。カメラに映らないように探すことができればいいけど、でもそのためにはカメラの位置が分かっていないといけないわけで、これじゃ堂々巡りに……ん?」

美希「? 春香?」

春香「カメラに映らないように探す……そうか、それだよ」

美希「え?」

春香「さっき、私がレムにしてもらったことをすればいいんだ」

美希「?」

春香「……リューク」

リューク「ん?」

春香「今日帰ったら、美希の部屋にカメラが仕掛けられていないか、確認してみてくれない?」

リューク「……はあ? 何で俺がそんなことをしないといけないんだ?」

春香「だってリュークなら、どんなに探し回っても絶対カメラには映らないでしょ?」

美希「ああ、なるほどなの」

リューク「……あのな、ハルカ。俺は明らかにお前の味方をしているレムとは違って、別にミキの味方ってわけじゃないんだ。だからそんな、あるかどうかも分からないカメラを探すなんて面倒な手伝いはしない」

春香「…………」

リューク「それに今お前が言った通り、俺はカメラがあったとしても絶対にそれには映らないからな。何も気にすることなく、いつものようにのんびりリンゴでも食いながら、高みの見物を決め込ませてもらうぜ」

春香「……リンゴ?」

レム「リンゴは死神にとっての嗜好品……人間でいう、酒や煙草みたいなものだ。私はあまり食べないがね」

春香「リュークはリンゴをよく食べるの? 美希」

美希「そうだね。毎日ってわけじゃないけど、それなりによく食べてるの」

春香「…………」

美希「?」

春香「ねぇ、リューク」

リューク「ん?」

春香「もし美希の部屋にカメラが付けられていた場合……リュークがリンゴを食べている様子はどう映るの?」

リューク「……あっ」

美希「?」

リューク「確かに……俺の口の中に入ってしまえばリンゴは見えなくなるが……手に持っている間は宙に浮いているように見えるな……」

春香「いくらなんでも、そんなB級ホラーじみた映像をLに見せるわけにはいかないってことくらいわかるよね? 今のこの状況で」

リューク「ちょ、ちょっと待て。じゃあ俺にリンゴ食うなって言うのか? ハルカ」

春香「じゃあ逆に聞くけど、もしリュークがリンゴを食べなかったらどうなるの? 」

リューク「……俺が長時間リンゴを食べなかった場合……体をひねったり、逆立ちしたりとか……人間でいう禁断症状が出るな」

春香「なるほどね。まあそれはそれで面白そうだけど」

リューク「…………」

春香「でも、要はカメラさえ無ければ安心して食べられるわけだから、食べる前に確認すればいいんだよ。美希の部屋にカメラが付けられていないかどうか」

リューク「何?」

春香「リュークなら問題無くできるはずだよ。だって絶対にカメラに映らないんだから」

リューク「そ、そうか……確かに俺なら絶対にカメラには映らない。つまりリンゴが食いたくなったら、事前にミキの部屋を一通りチェックして……カメラが付けられていないことさえ確認できればそれでいいってわけか」

春香「そういうこと。流石リューク。理解が速いね」

リューク「ククッ。ならそうさせてもらうぜ。……って、あれ? 何か騙されてるような……?」

美希(春香って、案外詐欺師とかに向いてそうな気がするの)

春香「さて……そういうわけで、美希」

美希「はいなの」

春香「とりあえず、当面の間は最悪の事態……『今もう既に美希の部屋にはカメラと盗聴器が付けられている』という前提で行動するように。いいね」

美希「うん。分かったの」

春香「とはいっても、別に特別なことをする必要は無いし、むしろ何もしない方が良い」

美希「…………」

春香「あくまでも自然に、ノートを拾う前と全く同じように生活をする」

美希「うん」

春香「リュークはその場に居ない者として扱い、家の中では一言たりとも会話をしない」

美希「うん」

リューク「…………」

春香「そしてもし……リュークによって本当にカメラが発見されたら、その時はできるだけ早く私に教えてね」

美希「分かった。すぐ言うようにするの」

春香「あ、でもメールや電話は無しね。そんなの、その気になれば後からいくらでも履歴とか調べられちゃうから。あくまでも事務所で会ったときに、口頭で」

美希「うん、分かったの。本当に色々ありがとう。春香」

春香「いえいえ。どういたしまして」

春香「あ。ところで……美希」

美希「? 何? 春香」

春香「まだ肝心な事を聞いてなかったんだけど……」

美希「?」

春香「……何で美希は、犯罪者裁きをしようと思ったの?」

美希「! …………」

春香「どうして美希は、“キラ”になったの?」

美希「…………」

春香「…………」

美希「……最初は、ね」

春香「…………」

美希「ただただ、前のプロデューサーが憎くて、嫌いで……『死んじゃえばいいのに』って思ってて……」

美希「そんな時に、偶然デスノートを拾って……何の気無しに、そのノートに名前を書いた」

春香「…………」

美希「もちろん、本当に効果があるなんて思ってなかったけど……でも現実に、前のプロデューサーは死んだ」

美希「そして、その次の日に名前を書いた新宿の通り魔も死に……」

美希「さらにその次の日に、半ばやけになって名前を書いたクラスメイトの男子も……死んだ」

美希「このノートは間違い無く本物……ミキはそう確信するとともに」

美希「自分がこの手で、三人もの人を殺してしまったという現実……正直もう、自分でもどうしていいのか分からなくなった」

春香「…………」

美希「でも」

美希「それは本当に間違っていることなのかな、とも思った」

美希「『人を殺すのはいけないこと』……そんなことは分かってる。でも現実には、『死んだ方が良い』人間も確実にいる……」

春香「…………」

美希「確かに、新宿の通り魔に比べれば、前のプロデューサーやクラスメイトの男子は、死刑になるほどの悪人じゃなかったかもしれない」

美希「でも彼らが死んだことで、救われた人は確実にいる」

美希「前のプロデューサーに散々セクハラされていた765プロの皆。彼のいい加減な仕事ぶりに頭を抱えていた社長や小鳥、律子」

美希「クラスメイトのAに性的な言動でからかわれていた女子たち」

美希「彼らが死んだことで……皆、心のどこかでほっとしたに違いないの」

春香「…………」

美希「でもだからといって、ミキは今後もそういう人たち――犯罪者とまではいかないけど、他の人に迷惑を掛けるような人たち――まで、殺していこうとは思ってないの」

美希「なぜならきっと、凶悪な犯罪者達を地道に消していくことで……そういう人たちも、やがていつかは自分の行動を見直すようになると思うから」

美希「そしてその結果、他人に迷惑を掛けたり、嫌な思いをさせたりすることは極力しないようになる」

美希「そうすれば、皆がもっと他人を思いやれるような……優しい世界になる」

美希「皆が、笑って毎日を過ごせる世界になる」

美希「そういう世界になればいいなって思って……ミキはこの裁きを始めたの」

春香「……美希」

美希「うん」

春香「……ぬるいね」

美希「えっ」

春香「はっきり言って、そう簡単に何もかも思い通りになるほど……この世の中は甘くないと思うよ」

美希「…………」

春香「でも」

美希「?」

春香「……私は嫌いじゃないよ。そういうの」

美希「春香」

春香「そもそも世の中が平和じゃなかったら、アイドルもファンも成り立たないし、それに……」

美希「?」

春香「私がトップアイドルを目指す理由も、少しでも多くの人に笑顔になってもらいたいからだしね」

美希「……春香……」

春香「それに当然、美希だって目指してるんでしょ? トップアイドル」

美希「! もちろんなの」

春香「じゃあ、私達の目指す先は同じだね。少しでも多くの人が笑顔になれる……そんな世界を作ること」

美希「うん」

春香「じゃあ二人で一緒に頑張ろう。平和な世の中を作って……そして765プロの皆と一緒に、トップアイドルになろう!」

美希「はいなの!」

一旦ここまでですよ! ここまで!


(次の更新は一週間後くらいになる予定です)

春香「さて……そういうわけで、美希」

美希「はいなの」

春香「とりあえず、当面の間は最悪の事態……『今もう既に美希の部屋にはカメラと盗聴器が付けられている』という前提で行動するように。いいね」

美希「うん。分かったの」

春香「とはいっても、別に特別なことをする必要は無いし、むしろ何もしない方が良い」

美希「…………」

春香「あくまでも自然に、ノートを拾う前と全く同じように生活をする」

美希「うん」

春香「リュークはその場に居ない者として扱い、家の中では一言たりとも会話をしない」

美希「うん」

リューク「…………」

春香「そしてもし……リュークによって本当にカメラが発見されたら、その時はできるだけ早く私にも教えてね」

美希「分かった。すぐ言うようにするの」

春香「あ、でもメールや電話は無しね。そんなの、その気になれば後からいくらでも履歴とか調べられちゃうから。あくまでも事務所で会ったときに、口頭で」

美希「うん、分かったの。本当に色々ありがとう。春香」

春香「いえいえ。どういたしまして」

以下、>>501からの続きとなります。

春香「あ。あとそれから、美希も明日来るよね?」

美希「明日? 何かあったっけ?」

春香「ほら、雪歩と真のセンター試験お疲れ様会。明日で二日目終了だから」

美希「ああ、うん。行くの。正直行く気無かったけど、今日、春香の話が聞けてすごく気分が楽になったから」

春香「それなら良かった。二人もきっと喜ぶよ」

美希「他には誰が来れるんだっけ?」

春香「えーと、千早ちゃんと響ちゃんに、伊織とやよいかな。他の皆はお仕事だね」

美希「そっか……ふふっ」

春香「? どうしたの?」

美希「なんていうか……さっきまでデスノートがどうとか死神がどうとか言ってたのに……765プロの皆の名前が出た途端、まるでいつもの春香みたいなの。それがちょっとおかしくって」

春香「お、おかしいって……そもそも私はいつも通りですよ! いつも通り! さっきも言ったけど、デスノートがあろうが無かろうが、死神さんが憑いていようがいまいが、私達765プロがずっと仲間なのには変わりないんだからね」

美希「うん、そうだね。実に春香らしいの」

春香「何よそれ。まあとにかく今はこんな状況だけど、それはそれとして明日は楽しもうよ」

美希「うん。最近こういう機会も少なかったしね」

春香「そうだね。前のプロデューサーさんが亡くなってから暫くの間は、どうしてもこういうのやりづらかったし……あっ」

美希「…………」

春香「……ごめん」

美希「ううん。いいの」

春香「あ、あとカメラの事だけは忘れずにね」

美希「うん。もちろんなの」

春香「じゃあお願いね。リューク」

リューク「ああ。俺もリンゴがずっと食えないままなのは困るからな」

春香「それじゃあね。美希。また明日」

美希「はいなの。またね、春香」

(レムと共に去って行く春香を見送る美希)

美希「……こんな偶然ってあるんだね」

リューク「ん? 偶然?」

美希「うん。だってミキのこんな身近に他のデスノートの所有者がいて、しかもノートを拾った時期もミキとたった三か月くらいしか違わないなんて……ミキ的にはすごい偶然だって思うな」

リューク「……ククッ」

美希「? 何で笑うの? リューク」

リューク「……偶然なわけないだろ」

美希「えっ」

リューク「ミキ。お前はもう少し人……といっても俺は人じゃないが……疑った方が良いと思うぞ」

美希「……どういうこと? リューク」

リューク「まあもうお前もここまで知ってしまったんだ。これを機に教えておいてやろう」

美希「…………?」

リューク「俺がお前にノートを渡したのは偶然なんかじゃない」

ミキ「!」

リューク「今から五か月くらい前のある日……死神界で噂になった。名前の書き忘れでもないのに死んだ死神がいると」

美希「それって……」

リューク「そう。ジェラスのことだ」

美希「! …………」

リューク「その話に興味が湧いた俺は、事情を知ってそうな奴に手当たり次第聞いて回った」

美希「…………」

リューク「そうこうしているうち、俺は死神界からその時の様子、つまりジェラスが死んだ時の様子を偶然観ていた奴を見つけることができた。だがそいつも『ジェラスは人間界に居て、そこで人間の名前を書いた後に死んだ』以上の事は分からないようだった」

リューク「名前を書かないで死ぬならともかく、名前を書いたのに死んだとはどういうことなのか……俺はジェラスが死んだ理由にますます興味が湧き、さらに何匹かの死神に聞いて回った」

リューク「その結果、ジェラスは生前、レムとよく行動を共にしており、ジェラスが人間界で死んだ時もレムが一緒に居たらしいということが分かった」

美希「! …………」

リューク「そこで俺はレムに詳しく話を聞いてみようと思った。ジェラスが死んだ後もレムはまだ人間界に残っているようだったから、俺は死神界からレムの居場所を探してみた。……すると、驚いた」

リューク「なんとレムは人間にノートを渡していて、その人間に憑いていた」

美希「! ってことは……」

リューク「そう。俺はもうその時点から、レムがハルカに憑いていることを知っていた」

美希「! …………」

リューク「しかし死神界の掟によって、死神は必ずデスノートを一冊は所有していなければならないとされている。レムの性格的に、死神大王を騙してまで二冊目を持つようになったとは思えなかったし、また死神が死んでもその死神が使っていたデスノートは残ることから、詳しいいきさつは分からなかったが、状況からみて、レムがハルカにジェラスの使っていたデスノートを使わせているであろうことは推測できた」

美希「…………」

リューク「その後、俺は暫くレムとハルカの様子を死神界から観察することにした。死神が人間に憑くことなんて滅多に無いからな。この後どうなるのか、単純に興味があった」

リューク「そして俺が観始めてからすぐ、ハルカの寿命が減った。どうやらレムと目の取引をしたらしいと分かった」

美希「! …………」

リューク「自分の残りの寿命の半分を差し出してまで死神の目を手に入れた人間……俺はますますハルカの行動に興味が湧いた」

リューク「もっともその後の話は、さっきハルカ自身が話していたとおりだ。ハルカはレムから渡された元ジェラスのノートを使って、何人もの人間を殺していった」

リューク「自分の夢のため、仲間達の夢のためにだ」

美希「…………」

リューク「夢のために、自分の残りの寿命を減らしてまで他の人間を殺す……ハルカのそのさまを観ているのはとても面白かった」

リューク「ただ、そうやって他の人間を殺していくハルカを観ているうち、俺も死神界から観ているだけでは飽き足らなくなってきた」

リューク「いつしか俺は、『自分も人間にデスノートを使わせてみたい』……こう思うようになっていた」

美希「! …………」

リューク「たださっきも言ったように、死神は必ずデスノートを一冊は所有していなければならない。俺は人間に使わせるため、なんとかして二冊目のデスノートを手に入れようと思い、死神界をうろうろしていたんだが……」

リューク「ちょうどその頃、偶然にも、どっかの間抜けな死神がデスノートを落としたらしく、それが死神大王の元へ届けられているという話を耳にした」

リューク「俺は早速大王の元へ行き、しれっと『そのノートを落としたのは自分だ』と言い、大王から二冊目のデスノートを貰うことが出来た」

美希「! じゃあ、それが……」

リューク「そう。今、お前が使っているデスノートだ」

美希「…………」

リューク「こうして二冊目のデスノートを手に入れた俺は、次にどの人間にこれを渡したら一番面白くなるだろうかと考え……」

リューク「またどうせなら、既にノートを持っているハルカの身近な人間に渡してやろうと思った」

美希「! 何で……」

リューク「まず第一に、俺がデスノートを渡した人間がそれを使い、ハルカの身近な人間を殺したりした場合、ハルカが何を考え、どう動くのか興味があったし……」

リューク「また互いにノートを持っていることに気付かないまま、各々ノートを使い続けるのか……あるいはそのうち、何らかのきっかけでどちらかが相手もデスノートの所有者であることに気付くのか……そのあたりも非常に興味深かったからだ」

リューク「もっとも、死神の目を持っていたハルカはすぐにミキもノートの所有者だってことに気付いちまったみたいだがな。俺もそんな見分け方があったなんて今日まで知らなかった」

美希「…………」

リューク「ともあれその後、俺はノートを渡す人間を物色する為に人間界に降りることにした。やはり実際に近くで観て決めた方が良いと思ったからだ」

美希「それって、ジェラスが春香のイベントに参加するために使ってたっていう……」

リューク「そうだ。まあそいつのは嘘の理由だったみたいだがな」

美希「…………」

リューク「しかし、死神がノートを渡す人間を物色する目的で人間界に居ていい時間には限りがある。俺はあまり時間をかけずに、ハルカの身近に居る人間で、かつ実際にノートを使いそうな人間を見定めないといけなかった」

リューク「その中で最も有力な候補に挙がったのは……お前ら765プロ所属のアイドル達だった」

美希「! …………」

リューク「俺は死神界からハルカの様子を観ていた時、ついでにその周囲の人間達の事もよく観察していたが……お前らは皆、前のプロデューサーに恨みを抱いているようだったからな。その中の誰にノートを渡しても、そいつの名前を書く可能性は高いだろうと思っていた」

美希「…………」

リューク「その中でも特に使う可能性が高そうなのは誰か……そこで俺が絞りをかけたのは、前のプロデューサーから直接身体を触られ、他のメンバーより強い嫌悪感を抱いているように見えた人間……つまり、ミキと萩原雪歩だった」

美希「! …………」

リューク「しかし観察している限り、萩原雪歩はかなり消極的な性格のようだった。ノートを落としたところで、そもそも拾わないかもしれない」

リューク「一方、ミキは比較的何事にも物怖じしない性格……ノートを拾いそうだったし、実際すぐに使いそうな気もした」

リューク「またミキは、一度何かに興味を持つと没頭するタイプのようだった。俺はミキのこの性質がデスノートの持つ特性と上手くハマれば、より面白くなるかもしれないと思った」

美希「…………」

リューク「こうした理由から、俺はミキ……お前をノートを渡す第一候補として決めた」

美希「! …………」

リューク「そして今からおよそ二か月前。俺が、ミキにデスノートを渡した日――……」

【(回想)765プロ事務所からの帰路】


(事務所からの帰路を歩く美希を上空から眺めているリューク)

リューク(星井美希……今日もプロデューサーから身体を触られて辛そうにしていた。きっと殺意も相当程度募っているだろう)

リューク(後はノートを落とすタイミング……できれば一番殺意が高まっている時が良いが……)

リューク(ん? 何か独り言を喋ってるな……)

美希「もー……今日もプロデューサーにセクハラされたの」

美希「意味も無くミキの身体あちこち触ってきて……本当嫌いなの。死んじゃえばいいのに」

美希「そういえば最近、アイドル事務所のお偉いさん達がばたばた死んじゃってニュースになってたし……」

美希「プロデューサーもどさくさに紛れて死んでくれたらいいのに」

リューク(! 今だ)パッ

(手にしていたデスノートを美希の前に落とすリューク)

 ドサッ

美希「……ん?」

美希「何だろ、この黒いノート」スッ

美希「『DEATH NOTE』……『デスノート』?」パラッ

美希「わっ。なんか英語で色々書いてある」

美希「『The human whose name ……』うーん。面倒なの。今辞書持ってないし」

美希「……でもなんか気になるの。妙に作りとか凝ってるし」

美希「とりあえず持って帰ろう」

リューク(さあ……殺れ。俺を楽しませてみせろ。星井美希)

【同日夜・美希の自宅】


美希「ふーん。要するにこのノートに名前を書かれた人は死ぬ……と」

美希「……ばっかみたい」

美希「こんなの今時小学生でも騙されないの」

美希「まあでも、せっかく頑張って翻訳したんだし……」

美希「…………」カキカキ

美希「……よし! これであのセクハラプロデューサーは40秒後に心臓麻痺で死ぬの! あはは」

リューク(……ククッ! 本当にやりやがった!)

リューク(やっぱりこいつを選んで正解だったな)

リューク(さて、この後どうするか。もう姿を現してやるべきか?)

リューク(いや、どうせならもう二、三日様子を見るか。この調子なら後何人か殺すかもしれないしな)

リューク(しかし、こうも簡単に他人を殺しちまうとは……)

リューク(あのハルカって人間を死神界から観ていた時も思ったが―――)

リューク(やっぱり人間って……面白!)

【二日後・美希の自室】


リューク(結局、こいつはあれからさらに二人殺した)

リューク(もう流石にデスノートの効力を疑ってはいないだろう)

リューク(よし。そろそろ行くか)バサッ

美希「ふ、ふふふ……」

リューク「気に入っているようだな」

美希「!? きゃ、きゃあっ……!」

リューク「何故そんなに驚く。そのノートの落とし主、死神のリュークだ」

美希「し……しにがみ……?」

リューク「ああ。それにお前、さっきの様子だともうそれがただのノートじゃないってわかってるんだろ?」

美希「…………」

リューク(さあ……星井美希。俺にもっと面白いものを見せてくれ!)

【(回想終了)765プロ事務所近くの公園】


リューク「……そういう経緯で、俺はお前にノートを渡した」

美希「じゃあ、じゃあ……全部……」

リューク「そうだ。全ては偶然なんかじゃない。お前がデスノートを拾ったことも、お前のすぐ近くに他のデスノートの所有者がいたことも……全部、俺の仕組んだ必然だ」

美希「……だったら何で、英語でノートの説明なんて付けてたの? 最初から春香の身近な人間に使わせるつもりでいたなら、何で……」

リューク「あれは拾った人間にノートを信じさせるためのカモフラージュだ。日本語で『どうぞ使って下さい』と言わんばかりに説明文が書いてあったらかえって怪しまれるんじゃないかと思ってな」

美希「……じゃあ全部、ウソだったの? 退屈だったから落とした、とか言ってたのに……」

リューク「いや、それは本当だ」

美希「…………」

リューク「俺はあの日言ったはずだ。『退屈だったからノートを落とした』『人間界に居た方が面白いと踏んだ』……いずれも本当だ。詳しい経緯の説明は省いたけどな」

美希「…………」

リューク「さて、どうする? ミキ。これでお前は、これまで自分の周りで起こっていた出来事を全部知った。俺の事をどう思おうがお前の自由だし、デスノートを使い続けるかどうかもお前の自由だ」

美希「…………」

リューク「もし『今までずっと騙されてた。もうこんなノート使いたくない』って言うなら、今すぐデスノートの所有権を放棄することだってできる。その時は最初に言った通り、お前のデスノートに関する記憶だけ消させてもらう」

美希「……所有権を、放棄……」

リューク「ああ。ちなみにその場合、所有権は今お前のノートを預かっているハルカにそのまま移ることになる」

美希「…………」

リューク「もしそうするつもりなら、後はもう全部ハルカに任せて――……」

美希「……なんて、するわけないの」

リューク「! …………」

美希「ここまできて……それに春香にもあそこまでしてもらって……今更全部を無かったことになんて、そんなのできるわけないの」

リューク「…………」

美希「それにリュークだって……ミキがそんなことするはずないって分かってるから、これまでの事、全部教える気になったんでしょ?」

リューク「……ククッ。まあな」

美希「いいよ。ミキがやることはこれまでと何も変わらない。デスノートで悪い人達を消していき……皆が笑って過ごすことのできる、心優しい人達だけの世界を作るの」

リューク「ああ。そうこなくっちゃな。ミキ」

美希「じゃあそういうわけで、リューク。今日帰ったら、早速カメラ探しよろしくなの」

リューク「え? でも俺昨日もリンゴ食ったし、今日はまだ別に……」

美希「……ミキの事、今までずっと騙してたくせに……」ジトー

リューク「……分かった分かった。別に騙してたつもりはないが……今日だけは特別に探してやるよ」

美希「! 本当?」

リューク「ああ。でも次からは俺がリンゴを食いたくなった時だけだからな」

美希「うん! ありがとうなの。リューク」

リューク「はいはい。どういたしましてなの」

美希「もー。ミキのマネしちゃ、ヤ!」

リューク「ククッ。悪い悪い」

【その翌日・765プロ事務所近くのファミレス】


春香「えーそれではこれより、真と雪歩のセンター試験お疲れ様会を開きたいと思います! 皆、ジュースは手に持ったね? では……」コホン

春香「お疲れ様でしたーっ! イエーイ!」

一同「お疲れ様でしたー!」

雪歩「はぁ……これでやっと肩の荷が下りた気分だよ……」

千早「お疲れ様。萩原さん」

雪歩「ありがとう。千早ちゃん」

千早「萩原さんはセンター利用で出願するのよね」

雪歩「うん。いくつか出してみて、通ったとこに行くつもりなんだ」

千早「そう。受かるといいわね」

雪歩「ありがとう。結構難しかったからあんまり自信は無いんだけど……でもとりあえず暫くは受験の事は忘れて、リフレッシュすることにするよ」

千早「それがいいわね。どこか旅行でも行くの?」

雪歩「お仕事もあるから旅行は難しいけど……今度、自分へのご褒美として一人焼肉でも行こうかなって」

千早「一人焼肉?」

雪歩「うん。今度千早ちゃんも行ってみたら? 一人だと一枚一枚のお肉と深く向き合えるからお勧めだよ。もちろん皆と行くのも楽しいけど」

千早「そ、そう……。考えておくわ」

雪歩「ああ、今から楽しみだなあ……何食べようかなぁ……うふふふふ……」

千早「…………」

真「ねぇねぇ聞いてよ伊織! ボク、ついに運命の王子様と出会っちゃったかも! それもセンター試験の会場で!」

伊織「はぁ? 何なのよいきなり」

真「実は昨日も今日も、隣の受験生がなかなか来なくてさ。試験5分前くらいに教室に入って来たんだよね」

伊織「ふぅん。それで?」

真「でもその人、いざ試験が始まったら解くのめちゃくちゃ速くてさ……どの科目も半分以上時間残して、残りずっと寝てたんだよ」

伊織「それ、単に解けなくて諦めただけじゃないの?」

真「いや、あれは違うね。絶対超天才君だよ!」

伊織「なんでそこまで断言できるのよ」

真「だってすっごくイケメンだったし! 背も高くてすらっとしてて、まるで王子様みたいだったな~」

伊織「どういう根拠よ……って、ああ、それで運命の王子様って……そういうこと?」

真「そうなんだよ! ああ、あの人と一緒の大学に行けたらな~」

響「いや、でも確か真の志望校って女子大じゃなかったっけ?」

真「うん、そうなんだよね。だから今からでも国立出してみようかなって。あの王子様は多分国立……それもきっと東大とかだと思うし!」

伊織「いやいや、あんた東大舐めすぎでしょ……」

雪歩「それ以前に、そもそも真ちゃんの受験科目じゃ国立受けられないと思うけど……」

真「え? そうなの?」

雪歩「だって理科とか受けてないよね? 真ちゃん……」

真「うん。だってボク文系だし……え? もしかして、国立だと文系でも理科って要るの?」

響「思いっきり要ると思うぞ……」

真「えーっ。そうなの? 知らなかったよ。ちぇっ、残念だなぁ」

雪歩「真ちゃん……」

千早「とても受験生とは思えない発言ね……」

響「はー。でもいよいよ自分達も受験生かー。頑張らないとなー」

千早「そうね。アイドルのお仕事との両立は大変だと思うけど、頑張りましょう。萩原さんも真も、こうして乗り切ったのだし」

雪歩「まあ私達の場合、夏くらいまではそこまでお仕事が忙しくなかったっていうのはあるけどね」

真「確かにね。今の忙しさに加えて受験勉強もってなると、かなり大変かも……」

響「そうだなー。特にファーストライブ以降、学校休む回数もちょっとずつ増えてきてるし」

千早「私も……海外レコーディングで大分休んでしまったから、追いつくのが大変だわ」

伊織「それでもやっぱり、皆大学には行くもんなのね」

真「まあ一応ね。ボクも父さんから、大学行くのを条件にアイドル続けても良いって言われてるし」

雪歩「私も同じような感じかな」

やよい「皆さん大学とかすごいです……私なんか高校に行けるかどうかも怪しいのに……」

響「でもやよいは確か、友達のお兄さんに家庭教師してもらえるんでしょ? すっごく頭良いっていう噂の」

やよい「はい。それはそうなんですけど……前に春香さんが言ってたみたいに、私の頭でついていけるかどうか不安になってきて……」

千早「高槻さんなら大丈夫よ」

やよい「そうでしょうか……」

千早「ええ。高槻さんなら大丈夫だわ」

やよい「……えへへっ。千早さんにそう言ってもらえると、なんだか大丈夫なような気がしてきたかも! ありがとうございまーっす!」

千早「ふふっ。そういえば、春香もその人に家庭教師してもらうって言ってたわよね」

春香「うん。私は学校での勉強は基本捨てて、そのお兄さんに教えてもらう時間だけで受験を乗り切るつもりだよ!」

伊織「何もそこまで割り切らなくても」

春香「だって今は一分一秒が惜しいっていうか……極力多くの時間をアイドルのお仕事に使いたいからさ」

美希「! …………」

真「ま、確かに最近、ボク達のお仕事も増えていく一方だしね。ところで伊織と美希は大丈夫なの? 受験もうすぐだけど」

伊織「私は問題無いわ」

美希「ミキも多分大丈夫なの」

春香「よーし。じゃあ全員無事に合格したら、また改めて祝勝会をしないとね! 響ちゃんの奢りで!」

響「えぇ!? なんで自分!?」

春香「いや、なんとなくこういう役回りは響ちゃんかなって」

響「なんでだよ! おかしいでしょ!」

春香「まあまあ。あ、じゃあ私ちょっとお手洗いに……」チラッ

美希「! ミキも行くの」

【ファミレス内・トイレ前の通路】


春香「美希」

美希「春香」

春香「ごめんね。なかなか二人で話せるタイミング無さそうだったから……」

美希「ううん、大丈夫なの。ミキもそろそろどっかで春香と二人で話したいなって思ってたし」

春香「そっか。……で、カメラはあった?」

美希「ううん。昨日帰ってからリュークが部屋中探してくれたけど、カメラも盗聴器も無かったの」

春香「そう。じゃあとりあえず一昨日までの裁きについては観られてないってことだね。良かった」

美希「うん。それから春香、昨日早速ミキの代わりに裁きしてくれてありがとうなの」

春香「いえいえ。まだカメラは無いってことだけど、当面はこのまま私が裁きをするってことでいいよね? 今後いつ付けられないとも限らないし」

美希「うん。よろしくお願いしますなの。カメラもまたリュークに探してもらうようにするの」

リューク「まああくまでも俺がリンゴを食いたくなった時に、だけどな」

春香「分かった。じゃあ暫くはこのままで。引き続き頑張ろう! 美希」

美希「はいなの! 春香」

一旦ここまでですよ! ここまで!

【ファミレス内・トイレ前の通路】


春香「美希」

美希「春香」

春香「ごめんね。なかなか二人で話せるタイミング無さそうだったから……」

美希「ううん、大丈夫なの。ミキもそろそろどっかで春香と二人で話したいなって思ってたし」

春香「そっか。……で、カメラはあった?」

美希「ううん。昨日帰ってからリュークが部屋中探してくれたけど、無かったの」

春香「そう。じゃあとりあえず一昨日までの裁きについては観られてないってことだね。良かった」

美希「うん。それから春香、昨日早速ミキの代わりに裁きしてくれてありがとうなの」

春香「いえいえ。まだカメラは無いってことだけど、当面はこのまま私が裁きをするってことでいいよね? 今後いつ付けられないとも限らないし」

美希「うん。よろしくお願いしますなの。カメラもまたリュークに探してもらうようにするの」

リューク「まああくまでも俺がリンゴを食いたくなった時に、だけどな」

春香「分かった。じゃあ暫くはこのままで。引き続き頑張ろう! 美希」

美希「はいなの! 春香」

以下、続きとなります。

【その二日後・星井家】


美希「ただいまなのー」

星井母「お帰り、美希」

菜緒「お帰りー」

美希「今日、パパは?」

星井母「遅くなるって」

美希「そっか」

菜緒「でもパパ、もうキラ事件の担当じゃなくなったんでしょ? なのに何でまだ帰って来るの遅いんだろ?」

星井母「さあ」

美希「ミキ的には、前に比べたら家に居る時間が大分増えたから、とりあえずは良いんじゃないかなって思うな」

菜緒「まあねぇ」

美希「…………」

美希(三日前、リュークがミキの部屋を調べてくれた時はまだカメラは無かったけど……今はどうか分からない)

美希(このリビングにだって、カメラや盗聴器が仕掛けられているかもしれない)

美希(家の中では、常に観られている可能性を考えながら行動しなきゃ……)

菜緒「あっ。美希のCM」

星井母「あら、ホント」

美希「なんか未だにTVの中の自分を観るのは慣れないの」

菜緒「ねぇ、この一緒に出てる子誰?」

美希「海砂ちゃんなの」

菜緒「ふーん。かわいいね」

星井母「ミキミキとミサミサって、なんかダジャレみたいね」

美希「それはちょっと失礼って思うな」

美希(自然に……自然に……決して怪しまれないように……)

【同日22時頃・美希の自室】


美希「…………」

美希(とりあえず今日はひたすらスマホのアプリゲームをしてやり過ごすの)

美希(リュークはまだ探してくれる気配は無いし……)

美希(でも大丈夫。何も心配することは無いの。裁きは毎日、春香が代わりにやってくれてるし……)

美希(大丈夫……大丈夫……)

美希「…………」

美希(もう10時過ぎか……そろそろ寝ようっと)

(部屋の電気を消す美希)

美希(でも正直、ここ最近は寝つき良くないんだよね……常にこんなことばっかり考えてるから)

美希(本当にカメラなんて付けられたりするのかな? 春香の考え過ぎじゃないのかな……)

美希(まああと一か月くらいの間何も無ければ、春香にノート返してもらって、また自分で裁きするようにしよう)

美希(あんまり春香にばかり迷惑掛けられないしね)

美希「……あふぅ」

【その二日後・美希の自室】


美希「…………」

美希(カメラで観られている可能性を意識しながら生活するのもなんとなく慣れてきたの)

美希(今日は夕食の後はずっと勉強するって決めてたし、このまま寝る前まで集中して……)

美希「…………」チラッ

リューク「…………」ウネウネ

美希(そういえば、今日のリュークはなんだか少し様子がおかしいの)

美希(さっきからずっと体をひねったりして……あっ)


――俺が長時間リンゴを食べなかった場合……体をひねったり、逆立ちしたりとか……人間でいう禁断症状が出るな。


美希(禁断症状……!)

美希(確かに、もう五日も食べてない……ということは……)

リューク「あー。ダメだ。もうそろそろリンゴ食わないと……」

美希(! やっぱり……)

リューク「正直、カメラ探すのが面倒だから我慢してたんだが……そうも言ってられないな」

美希「…………」

リューク「じゃあ探すぞ。ミキ。無いことが分かったら後でちゃんとリンゴくれよ」

美希「…………」

美希(大丈夫、大丈夫……。もし本当にカメラがあったとしても、今まで常にその可能性を意識しながら生活してきた)

美希(絶対にボロは出さない……。裁きは春香がやってくれてるし……)

美希(だからミキが不安になる要素は、何も……)

リューク「……おい。ミキ」

美希「!」

リューク「落ち着いて聞けよ。エアコンの中にカメラがあった」

美希「! …………」

リューク「ククッ。まさか本当に仕掛けられてるとはな。ハルカに救われたな、ミキ」

美希「…………」

リューク「じゃあ俺はとりあえずこの部屋にあるカメラを全部探し出す。こんないきなり見つかったんだ。どうせ一個や二個じゃないだろう。ま、せいぜいお前は平静を装って勉強を続けてくれ」

美希「…………」

美希(ほ、本当に……仕掛けられていた……!)

美希(じゃあ今のこの状況も、全部、Lに観られている……?)

美希(手、手が震え……)

美希(あ、焦るな……焦っちゃダメ……今変な動揺が顔に出ると、それだけで怪しまれちゃう……!)

美希(リュークの言うとおり、平静を装わないと……!)

美希(大丈夫。大丈夫……。ミキはただの受験生……。ミキはただの受験生……)

美希(ごく普通に方程式を解いて、ごく普通に答え合わせをすればいいだけ……)

美希(この状況だけで、疑われるはず、ないの……!)

リューク「おっ。天井の照明の中にも発見。机の上はここからのカメラだけでもバッチリだ」

美希「! …………」

美希(机の上……つまりこの真上から、Lが……)

美希(ああ、まずい。まずいの。頭がパニックになりそう)

美希(ええっと、問題……問題を早く解かないと、怪しまれ……あっ、そうだ。解けなくても怪しまれないように、発展問題を……)

美希(いや、違う。いきなりそんなことしたら余計変に思われるから……ああ、なんかこんがらがってきたの)

リューク「ククッ。大丈夫か? ミキ。顔が青ざめてきてるぞ」

美希「! …………」

リューク「まあ勉強中で良かったな。これなら多少表情が強張っていてもそんなに違和感は無い。ただ問題に手こずってるようにしか見えないからな」

美希「…………」

リューク「しかしLも大したもんだな。もう6個も見つけたぜ」

美希「! …………」

美希(もう、6個も……)

リューク「この分だとまだまだありそうだな……ていうかこれ、俺がリンゴ食える死角なんてあるのか?」

美希「…………」

美希(大丈夫……大丈夫なの……)

美希(カメラがどれだけ仕掛けられていようが、今の状況でミキが怪しまれるようなことは絶対に無い……!)

美希(今はただ、目の前の問題だけに集中……集中……)

【同日21時頃・美希の自室】


リューク「はぁ……はぁ……」

美希「…………」

リューク「み……ミキ……。カメラ多分全部探し出したぜ……。死神も頑張ると疲れるんだな……」

美希「! …………」

リューク「えっと……ああ、カメラの場所と向き、全部口で説明するんだったな……。ちょっと大変だからよく頭に入れてくれ。二度説明するのはごめんだからな」

美希「…………」

(カメラの場所と向きを美希に伝えるリューク)

リューク「……以上、全部で64個。カメラ付けてる奴は見つかるの覚悟で付けてるとしか思えない」

美希「! …………」

美希(64個……! まさか、ここまで……!)

美希(これはもう、完全にミキをキラとして疑ってるとしか……)

美希(ど、どうしよう……どうしよう……)

リューク「で……この状態で俺どこでリンゴ食うの?」

美希(リュークが何か言ってる……ああ、だめなの。何も頭に入ってこない)

リューク「あっ……家の中じゃ喋れないんだったな。明日外に出たときに教えてくれ」

美希「…………」

美希(怖い……怖いよ……)

美希(そうだ! 春香、春香に早く知らせなきゃ……!)

美希(……あっ)


――でもメールや電話は無しね。そんなの、その気になれば後からいくらでも履歴とか調べられちゃうから。あくまでも事務所で会ったときに、口頭で。


美希(そうだった……今春香に伝えるわけにはいかない)

美希(怖いけど……不安に押し潰されそうになるけど……今は、今は我慢しなきゃ……)

美希(明日、事務所で春香に会うまで……)

美希(今は……まだ9時半前か。少し早いけど……)

(部屋の電気を消し、ベッドに入る美希)

美希(早く明日になってほしい。早く春香に会いたいよ……)

美希(……春香……)

【その翌日・765プロ事務所の屋上】


春香「ろ……64個!?」

美希「は、春香。声大きいの」

春香「ご、ごめん。でもそれ……美希の部屋だけで?」

美希「…………」コクッ

春香「カメラの設置自体は想定の範囲内だったけど……まさかそこまで……」

春香(やっぱりLはこういう性格……目的の為なら手段を選ばない。それのみならず……限度ってものを知らない!)

美希「ねぇ、春香。これって多分、盗聴器も……」

春香「うん。カメラを付けずに盗聴器だけ付けるとは考えにくいと思ってたけど……カメラがあった以上は、普通に考えてまず盗聴器もあるだろうね」

美希「! …………」

春香「カメラの場合、どんなに小さいものでも必ずレンズがこっちからも見える位置にあるはずだから、まだ探しやすいけど……盗聴器の場合はそうはいかない。つまりリュークでも探しきれるとは限らない。万全を期すなら、探知機を買ってきて入念に調べないと」

美希「…………」

春香「でもそれをするのは当然、カメラが全て外されたのを確認してから……だから今はとにかく、何も気付いてないふりをしつつ、これまで通りの生活を続けるしかないね」

美希「ねぇ、春香……」

春香「ん?」

美希「ミキ、やっぱり捕まっちゃうのかな……?」

春香「美希」

美希「今までは、ずっと『大丈夫、大丈夫』って自分に言い聞かせてたんだけど……でもそれは多分、心のどこかで『実際そこまではされないだろう』って思ってたからで……」

春香「…………」

美希「だから、いざ現実にこうやってカメラとか仕掛けられると、不安が一気に込み上げて来て……もうどうしたらいいのか、分からなくなってきちゃって……」

春香「……大丈夫だよ。美希」ギュッ

(美希の身体を抱きしめる春香)

美希「! ……春香……」

春香「何があっても、私が絶対に美希を守ってあげるから」

美希「……春香……」

春香「それに裁きも、美希がやっていた時と全く同じように続けていく」

美希「…………」

春香「そうすれば、そのうち美希が情報を得ていない犯罪者も裁かれることになるから、やがてはLもカメラを外さざるを得なくなる。だから、その時までの辛抱だよ」

美希「……そうだね。ありがとうなの。春香」

春香「…………」

春香(実際、そういう状況になってもLが本当に全部のカメラを外すかは分からないけど……今はとにかく、美希を安心させることを優先すべき)

春香(それにしても、L……まだ十五歳の美希をここまで追い詰めるなんて……絶対に許せない)

春香(もし何らかの手段によって、私がLの顔を知ることが出来たなら、そのときは必ず――……)

美希「……春香?」

春香「ううん。なんでもない。それより落ち着いた? 美希」スッ

美希「うん。春香のおかげなの」

春香「そう。良かった」

春香(……殺す。美希の為にも……そして、私の為にも)

春香(美希の敵は私の敵……そして、765プロの敵だ)

春香(私達765プロの邪魔は、誰にもさせない。私達765プロに害をなす者は、いかなる手段を用いてでも必ず排除する)

春香(それが私の使命……ジェラスに貰ったこの命を使って、私が為すべき事)

春香「……リューク」

リューク「ん?」ウネウネ

春香「今日から、家に帰ったらまず美希の部屋に付けられたカメラのうち、任意の一個の有無を確認してみてくれる?」

リューク「何?」

春香「その一個が付いたままなら、残りの63個も付いたままと判断して良い。でも逆にもしそれが外されていれば、次の一個、さらに次の一個……と、取り外されずに残っているカメラに当たるまで確認を続けてほしいの」

リューク「…………」

春香「『無い』ことを確認するより、『ある』ことを確認することの方が容易いはずだから……お願い」

リューク「……まあ、いいだろう。今のままじゃいつまで経ってもリンゴ食えそうにないしな」

春香「ありがとう。リューク」

春香(リュークがリンゴ食べるだけなら、今ここで私があげてもいいんだけど……それをするとカメラの確認してくれない可能性高いしね。この死神の場合……)

春香「で、美希は……完全には難しいかもしれないけど、カメラの事はあまり意識しないようにして、なるべく普通の生活を送ること」

美希「うん」

春香「そして美希が情報を得ていない犯罪者が死んでいき、美希の潔白が証明されているのにもかかわらず、何日もカメラが外されないようなことがあれば……その時は、偶然に見つけてもおかしくないような位置にあるカメラを美希がたまたま見つけたふりをして、美希のお父さんに言って外してもらう」

美希「分かったの」

春香「それでももしまた辛くなったら、いつでも……ってわけにはいかないけど、こうやって私に相談して。できる限りのことはするから」

美希「ありがとう、春香。正直、ミキ一人だと頭がおかしくなりそうだったけど……こうして春香に話を聞いてもらえて、すごく気分が楽になったの」

春香「美希」

美希「それにミキ達の夢のためにも……こんなところで、挫けるわけにはいかないもんね」

春香「その意気だよ、美希。じゃあそろそろ戻ろっか。もうすぐレッスンの時間だし」

美希「うん」

【その四日後・美希の自室】


リューク「じゃあ今日も確認するか」

美希「…………」

リューク「でももう何日もミキが情報を得ていない犯罪者が裁かれてるんだから、そろそろ外されてもいい頃だと思うんだが……」

美希「…………」

リューク「俺もいい加減リンゴ食いたいし……ん?」

美希「?」

リューク「……無い。無くなってる。天井の照明の中のカメラ」

美希「! …………」

リューク「おっ。ベッドのやつも無くなってる。ちょっと待ってろよ、ミキ。この分だと全部取れてるかも」

美希「…………」

美希(や、やっと……いや、まだ安心しちゃ駄目。全部外された事を確認するまで、たとえ一瞬でも表情を緩めちゃ駄目なの)

美希(それにまだ盗聴器だってあるかもしれない。その場合、もしカメラが全部外されていたとしても、うっかりリュークと会話したりしたら全てがパーになっちゃう)

美希(大丈夫……今まで何度もイメージしてきたの。こういう場合にどのように振る舞うべきかは……)

リューク「おいミキ。やっぱりカメラ取れてるぞ。全部だ全部」

美希「! …………」

美希(やった! とりあえずはこれで……)

リューク「おいミキ。聞いてるのか?」

美希「…………」トントン

(自分の耳を軽く指差す美希)

リューク「ああ、そうか。まだ盗聴器は付いてるかもしれないのか」

美希「…………」コクッ

リューク「じゃあ早速、明日にでも探知機買ってきて調べようぜ」

美希「…………」コクッ

リューク「そして盗聴器も無いことが分かったら……その時は頼むぜ、例のヤツ」

美希「…………」コクッ

美希(良かった……まだ完全には安心できないけど、これでとりあえず声さえ出さなければ……)ドサッ

(ベッドに倒れ込む美希)

美希(つ……疲れた……自分でも思った以上に気を張ってたみたい……)

美希(でもこれで一旦は、ミキは少なくともキラ容疑者の最有力候補からは外れたはず……)

美希(春香……本当にありがとう)





――――そして時間はその二日後――――現在へと戻る。





【現在・765プロ事務所近くの公園】


(隣り合う二つのブランコに並んで腰を下ろしている春香と美希)

春香「……本当に、色んな事があったね。この十二日間は」

美希「うん。でも本当、春香には感謝してるの」

春香「美希」

美希「もし春香が全部、話してくれてなかったら……ミキは確実にLに捕まってたと思うし。まさに命の恩人なの」

春香「私はただ……当然の事をしただけだよ。美希の友達として……また、765プロの仲間として、ね」

美希「春香……」

春香「まあでもとりあえずは良かった。これでまた、裁きも美希が自分でできるようになったわけだしね」

美希「うん。あ、でも春香」

春香「ん?」

美希「今、ミキのノート返してくれたけど……春香は元々、ノートは持ち歩いてないんじゃなかった?」

春香「ああ……うん。自分のノートは部屋に隠してあるよ。机の引き出しを二重底にしてね」

美希「二重底?」

春香「うん。開けたところにはダミーの日記を入れてあるの。その下に板を一枚敷いて、底との隙間にノートを入れてるってわけ」

美希「へー。そこまでしてるなんて流石春香なの」

春香「でも、そこはノート一冊分のスペースしか無かったし、他に良い隠し場所も無かったから、美希のノートは常に持ち歩くようにしてたの。だから結構ドキドキしてたんだ」

美希「そうだったんだ……ごめんね。ミキのために」

春香「いいって。さっきも言ったでしょ? これくらい当然だって」

美希「春香……」

春香「でも、美希。これからどうする?」

美希「ん? これからって?」

春香「裁きはまたこれまで通り美希が行うとしても……Lの方」

美希「あー……」

春香「流石に今回の件で、Lも、少なくとも『美希が情報を得ていない犯罪者が死んだ』ってことは認めざるを得ないだろうから、美希一人だけを疑い続けることはできなくなったと思うけど……」

美希「うん」

春香「でも『キラと同じ能力を持つ者が他にもいるのかもしれない』って疑われる可能性はあるからね。さらに前のプロデューサーさんに限って言えば、私達765プロの全員に彼を殺す動機があったわけだし」

美希「そうだね。でも……」

春香「でも?」

美希「ミキ的には、それでもやっぱり……Lを殺したりするのは抵抗があるってカンジかな……」

春香「……それは、Lが犯罪者じゃないから?」

美希「うん……。そういう意味ではむしろ、ミキ達の方が犯罪者になるって思うし……」

春香「…………」

美希「あっ。でもミキ達が間違った事をしてるとは思ってないよ? ただなんていうか、法律とかを考えたらっていう意味で……」

春香「……分かってるよ。美希の言うとおり、今の法律の下では私達の方が犯罪者であり、それを捕まえようとするLの方が正義になる……それは間違い無い」

美希「うん。だからそういうこととかも考えたら……せいぜい、Lに『これ以上キラの邪魔をしたら殺す』みたいな脅迫をするのが精一杯かなって」

春香「…………」

美希「まあでもそれも、Lの顔と名前……あ、春香は死神の目を持ってるから顔だけでいいのか……Lの顔が分かってないと、意味が無い事だけどね」

春香「……そうだね。じゃあとりあえずはLの顔を知る手段を考えよう。そしてそれが分かったら、Lを脅迫して私達を追わないようにさせる……」

美希「うん。それが良いって思うな」

春香「…………」

【同日夜・春香の自室】


春香「…………」

春香(やはり美希は甘い……というより、純粋すぎる)

春香(自分の正義を貫くには、相反する他のすべての正義を悪とみなし、それらを遍く排斥していくだけの覚悟が必要……その意味で、私達と異なる正義を掲げるLは悪でしかない)

春香(それに今までのやり方を見る限り、Lがたかが脅迫程度で止まるとは到底思えない)

春香(仮に一旦は止まったように見せたとしても、必ず私達の目を欺いて捜査を続け、いずれは私達を捕まえようとするに違いない)

春香(だから本当にLを止める手段があるとしたら……ただ一つ)

春香(Lを……殺すしかない)

春香(それに私個人としても、美希をここまで追い詰めたLを許してはおけない)

春香(美希も今日は普通に振る舞っていたけど、これまで内心、どれほどの不安と恐怖に駆られていたことか……)

春香(いや今だって、『もしもLに捕まったら』という恐怖感と戦い続けているはず)

春香(あそこまでのことをされたんだから、それは至極当然の感情)

春香(だから、美希を本当の意味で安心させてあげるためにも……私は、一刻も早くLを消さなければならない。……たとえそれが、美希の意思に反することになるとしても)

春香(そしてその為には、Lの顔を知ることが必要条件……でも一体、どうやって知ればいいんだろう)

春香(今のままでは、あまりに手掛かりが無さすぎる)

春香(美希のお父さんはLと直接会ったことがあるのかもしれないけど……でもだからといってLの写真なんて持ってるはずないだろうし、そんな物を美希から求めさせるのもおかしい)

春香(何か別の手段を考えないと……でも相手は警察を従えられるほどの力を持った探偵……ただの一高校生に過ぎない私じゃとても……)

春香(……ただの一高校生に過ぎない……?)

春香(! ……そうか。別に探るのは私じゃなくても……)

春香(何で、今まで思い当らなかったんだろう)

春香(お金も権力も人脈も……私よりもずっと豊富に持っている人がいるじゃないか)

春香(こういう時のために生かしておいてよかった)

春香(まさかもう、私達に対する“償い”を終えたつもりじゃないですよね)

春香(ね? ……黒井社長)

一旦ここまでなの

【二日後の深夜・キラ対策捜査本部(都内のホテルの一室)】


(捜査員のほとんどは既に帰宅しており、Lと総一郎だけがまだ部屋に残っている)

L「…………」

L(あれから何度も星井美希の監視映像を見直したが……結局、彼女の行動・挙動に何ら不審な点は見付けられなかった)

L(それに何より、星井美希が報道された情報を得ていない状況下で、新たに報道された何人もの犯罪者が心臓麻痺で死んでいる……)

L(この事実は、星井美希以外の者が裁きを行っていたという事の証左に他ならない)

L(また他の捜査員の追加捜査により得られた情報にも、特に彼女がキラであるという可能性を裏付けるようなものは無い……)

L(これはやはり、私が間違っていたということなのか……?)

L「…………」

総一郎「竜崎」

L「はい」

総一郎「今後のキラ捜査についてだが……やはり一度、星井美希から離れた方が……」

L「…………」

総一郎「私も可能な限り星井美希の監視映像を検証したが……むしろこの映像により、星井美希がキラでないことが証明されたようにしか……」

L「そう……ですね」

L「…………」

ワタリ『竜崎。南空ナオミさんから連絡です』

L「! 分かった。つないでくれ」

ワタリ『はい』

総一郎「? みそらなおみ? 誰だ?」

L「……元FBIの捜査官です」

総一郎「何?」

L「詳しくは後でご説明します」

総一郎「…………」

ナオミ『南空です』

L「Lです。どうしましたか? こんな夜更けに」

ナオミ『すみません。本来はもっと早くにご報告するつもりだったのですが……彼とちょっと喧嘩になってしまって』

L「喧嘩?」

ナオミ『はい。『ここ最近、いったいこそこそ何をやっているんだ』と問い詰められまして……ああ、大丈夫です。私の渾身の説得により今は和解しています。もちろんLの事も話していません』

L「それは何よりです。では報告の方をお願いします」

ナオミ『はい』

総一郎「…………」

ナオミ『とりあえず、この一週間で765プロ所属アイドルのうち、星井美希、天海春香、萩原雪歩の三名に対する尾行捜査を行いましたが……』

総一郎「! …………」

ナオミ『結論から言って、際立って不審な動きを見せた者、明確にキラだと疑えるような行動を取った者はいませんでした』

L「……そうですか」

ナオミ『ただ、二点ほど気になった事がありました』

L「? 何ですか?」

ナオミ『はい。まず一点目。萩原雪歩についてですが……』

L「…………」

ナオミ『私が尾行を始めてから三日目……彼女は簡単な変装をした状態で一人で焼肉店に入り、食事をしていました』

L「…………」

ナオミ『変装はアイドルとして普段しているのと同様のものですが……18歳の女子高生が一人で焼肉を食べる、というのはちょっと異常な光景です』

L「まあ……そうですね」

ナオミ『もっともアイドルとしてのプロフィール上、彼女の好物は焼肉となっていますので、ただの個人的嗜好だった可能性も否定できませんが』

L「……分かりました。一応、記憶には留めておきます。二点目は何ですか?」

ナオミ『二点目は、星井美希と天海春香についてです』

L「! …………」

ナオミ『私が尾行を始めてから六日目……つい一昨日の事です。この二人は夕刻頃に事務所を出た後、近くの公園のブランコに並んで座り、暫くの間会話をしていました』

ナオミ『私は尾行していることを気付かれないよう十分な距離を取っていたため、会話の内容までは聞き取れませんでしたが……』

ナオミ『会話の途中で、天海春香が星井美希に黒いノートのような物を渡していました』

L「ノート……ですか?」

ナオミ『はい。一瞬、学校の授業のノートかとも思いましたが、この二人は学校も学年も違う……また黒色のノートというのはあまり見かけないので、少し気になりました』

L「確かに……そうですね」

ナオミ『まあ二人の年齢を考えれば、単なる交換日記か何かの類だろうと考えるのが素直だとは思いますが……』

L「……分かりました。これも一応、記憶しておきます」

ナオミ『他には特に報告すべき内容はありませんでした。三名とも、普通に学校に行ったり、アイドルとしての仕事をこなしたりしているだけでした』

L「そうですか。お忙しい中、どうもありがとうございました。また今後、必要に応じて捜査協力を要請させて頂いてもよろしいでしょうか?」

ナオミ『……L』

L「? はい。何でしょう」

ナオミ『私としても、あなたの捜査に協力したいのはやまやまなのですが……結婚を前に、これ以上彼に不信感を持たれてしまうのは……ちょっと』

L「……そうですね。では、どうしても南空さんの協力が必要になった時に限り、再度ご連絡させて頂く……というのでも駄目でしょうか?」

ナオミ『……分かりました。それなら』

L「ありがとうございます」

ナオミ『いえ。お役に立てずすみません』

L「とんでもありません。それでは」

ナオミ『はい。失礼いたします』

総一郎「……竜崎。今の女性はいったい……? しかも元FBI捜査官だって?」

L「はい。彼女の名は南空ナオミ。かつて私の下で働いてもらったこともある、極めて優秀な捜査官です」

総一郎「! 竜崎の下で?」

L「はい。といっても、上司・部下という関係ではありません。とある事件で、私の……いわば代理人のような立ち位置で働いてもらったという関係です」

総一郎「そんな女性が……なぜ、今? しかも星井美希達の尾行を……?」

L「はい。夜神さんもご存じの事ですが、星井美希の監視を始めてから三日目……星井美希が情報を得ていない犯罪者が心臓麻痺で死に、さらにその翌日にも同様の事が起こりました」

総一郎「ああ」

L「これを受けて、私は、他の捜査員の方への説明の都合上、夜神さんに出していたダミーの指示を別の誰かに代行してもらう必要があると感じました」

総一郎「……確か、星井美希、天海春香、萩原雪歩の三名に比重を置いての、当時在籍していた765プロの関係者全員と前任のプロデューサーとの間の人間関係の精査……だったか」

L「はい。私は当初、監視映像から星井美希がキラである証拠が掴めるものと踏んでいましたが……それが得られない可能性が高くなった以上、夜神さんが何の捜査もしていないという状況は不自然ですから」

総一郎「確かに……」

L「とはいえ、当然、他の捜査員の方には頼めませんから……必然的にこの捜査本部外の者にやってもらう必要がありました」

総一郎「それで先ほどの女性、というわけか」

L「はい。彼女の能力は十分信頼できますし、また『元』FBI捜査官という身分も好都合でした。現役のFBIですと国際管轄等の問題もありますので」

総一郎「なるほど。しかしよくこんなに早く動いてもらえたな」

L「元々、ダメ元で依頼し、もし無理なら他を当たるつもりでした。そもそも彼女は米国在住でしたので」

総一郎「じゃあ彼女はわざわざこの為に日本へ?」

L「いえ。ちょうど婚約者を自分の両親に会わせるために日本に来ていたそうです。これも極めて好都合でした」

総一郎「ではさっき彼女が言っていた、『彼との喧嘩』というのは……」

L「はい。婚約者といえど、私の指示で動くことについては絶対に秘密にするようにと伝えていましたので」

総一郎「……よくそんな状況で捜査に協力してくれたな」

L「最初はかなり難色を示していましたが……私が他に頼める人がいないと言って懇願すると、最終的には折れてくれました」

総一郎「……もし無理なら他を当たるつもりだったのでは?」

L「それはそれ。これはこれです」

総一郎「…………」

L「ただ、日本の警察官でもない彼女が聞き込み捜査などを積極的に行うのは現実的ではないと考え……また彼女が動ける時間・行動範囲も限られていたことから、例の三名に対する尾行捜査だけを依頼しました」

総一郎「それがさっきの報告につながるわけか」

L「はい。ちなみに先ほどの報告内容は、夜神さんの捜査の一部を私の指示で南空ナオミが補佐したものとして他の皆さんに伝えてもらいますので、そのつもりで適当に辻褄を合わせて下さい」

総一郎「……分かった。しかしそうなると、やはり監視カメラの事は他の皆には……」

L「はい。くれぐれも内密にお願いします。特に星井係長の場合、娘の私生活を無断で私に覗き見されていたなんて知ったら、それだけで私を殺しかねません」

総一郎「…………」

L「それに監視映像の結果を伝えてしまうと、大っぴらに星井美希を追えなくなる……それも困ります」

総一郎「! ということは……」

L「はい。私はやはりまだ、星井美希に対する疑いを完全には捨てることができません。確かにあの映像からは彼女はキラではないと推論するのが妥当ですし、だからこそその検証結果を他の皆さんに伝えたら、星井係長への同情心も相まって、これ以上星井美希を追うことには確実に抵抗を示されるでしょう」

総一郎「ではやはり……竜崎。あなたはあの二名の心臓麻痺死者の件がまだ引っかかっているということか?」

L「はい。やはり偶然で片付けるには不自然過ぎる……。またその直前に起きていたアイドル事務所関係者連続死亡事案についても、その全てを単なる偶然の連続と判断していいものなのかどうか……現時点ではその確証も持てていません」

総一郎「なるほどな……。確かに私もまだ、星井美希を完全に白と判断していいものか……心の奥底に何がしかの引っかかりがあったのは否定できないところだ」

L「……では今後も、相対的にみて星井美希が一番疑わしい者と位置付けつつ、次点で天海春香と萩原雪歩、その次に残りの765プロ関係者……という順に捜査の比重を置いていくという方向で進めたいと思います」

総一郎「うむ。星井君も一応は『気の済むまで娘を調べてくれ』とまで言っていたし……ひとまずはそれでいいだろう」

L「はい。もっとも、現状ではまだ次の打ち手を思いついていませんが……とりあえずそれは明日以降、皆さんと今の情報を共有した上で考えるとしましょう」

総一郎「分かった」

【翌日・キラ対策捜査本部(都内のホテルの一室)】


L「……以上が現在の捜査状況です。まだこれといって目新しい手掛かりが無い以上……当面の間は、これまでの捜査方針を維持したいと思います」

松田「じゃあまだミキミ……美希ちゃんの疑いは晴れてないってことですね……」

星井父「…………」

相沢「俺と松田が、美希さんの周囲で亡くなった者を可能な限り過去に遡って調べてみたところ、特段キラ事件につながりそうな者はいなかった……。だがやはり、例の二名の心臓麻痺死者の件があるからな」

総一郎「そうだな……星井君は辛いだろうが……」

星井父「……いえ。『気の済むまで、娘を捜査してほしい』 と言ったのは私ですから。しかし……竜崎」

L「? はい」

星井父「俺が言うことではないのかもしれないが……俺はこのまま、まだこの捜査本部に居てもいいのか?」

L「…………」

総一郎「星井君」

星井父「仮にも娘がキラではないかと疑われている状況で、いくら娘の捜査に直接関与していないとはいえ、父親の俺が同じ捜査本部に居るというのは……」

L「…………」

星井父「たとえば、俺が娘に捜査情報を漏らすかもしれない……などとは思わないのか?」

L「……私は捜査官としての星井さんを信頼していますので、別に娘さんが容疑者になったからといってそのような心配はしていませんし、またここを抜けてもらおうとも思っていません」

星井父「…………」

L「ですが当然、星井さんにここに残るよう強制することもできません。辞めたいというならいつでも辞めて頂いて構いません」

星井父「! …………」

総一郎「竜崎……」

L「…………」

星井父「……いや、辞めたくはない」

松田「係長」

星井父「確かに、キラ事件の容疑者として娘が捜査されるのは辛いが……ここで結末を見届けずにこの場を去るのはもっと辛い」

総一郎「星井君……」

星井父「俺は美希がキラではないと信じているし、だからこそその潔白が証明されるのをこの目で確かめたい。……また、結末が逆の場合であっても然りだ」

松田「逆って……」

L「分かりました。ではこれまでと同様に、娘さんの捜査には直接関わらない形で、引き続き捜査を続けて下さい」

星井父「! 竜崎」

L「美希さん以外の者がキラとして特定されれば、それで美希さんへの疑いは晴れます。ここに居る誰よりもそれを望んでいるのは星井さんのはずですから」

星井父「竜崎……恩に着る」

L「いえ……キラを捕まえ、真実を解明したい。その気持ちは皆同じです」

L「では、捜査を続けましょう。これまでに得られた情報に関して、何か気になる点がある方はいますか?」

相沢「……一ついいか? 竜崎」

L「はい、どうぞ。相沢さん」

相沢「この……局長の補佐として、南空ナオミという元FBI捜査官が行ったという尾行の件だが」

総一郎「…………」

相沢「美希さんと天海春香との間で行われた黒いノートの受け渡し……これは一体、何だったんだろうか?」

L「……そうですね。私もそこは少し引っかかりました。……星井さん」

星井父「!」

L「星井美希さんの父親として答えて下さい。美希さんの部屋に黒色のノートはありましたか? または彼女がそのような物を持っているところを見たことは?」

星井父「……すまないが、俺は美希が中学生になってからはほとんど部屋に入っていないから、分からない。だが少なくとも、美希がそのような物を持っているところを見たことはない」

L「そうですか」

星井父「……何なら、美希の部屋を調べてみてもいいが」

L「いえ、結構です。申し訳無いですが、星井さんが美希さんの部屋を調べた結果、『無い』と言われてもそれを安易に信用することはできませんので」

星井父「……ああ、そうだな。だからこそ俺は美希の捜査からは外されているわけだし……」

L「はい。なので、次の質問もあくまで星井美希さんの父親として答えて下さい。美希さんは友達と交換日記などをするようなタイプですか?」

星井父「いや……どちらかというと、そういうのは面倒くさがるタイプだ。小学校の時とかも、友達とそういったことをしているところは見たことが無い」

L「なるほど」

星井父「それにもうすぐ高校受験だからな……俺が自分の意見を述べるべきではないのかもしれないが、やはり勉強関係ではないかとは思う。高校生の天海さんに勉強を教えてもらっていたのかもしれないし、もしそうなら黒という、女の子らしくない色のノートでもさほど変には思わないが……」

L「……まあ、そうですね。いずれにせよ友人間でのノートの受け渡しなど特に珍しい事でもない……。現時点ではここからキラ事件のヒントを得るのは難しそうですね」

総一郎「うむ……」

相沢「珍しいといえば、女子高生の一人焼肉というのも珍しいな」

松田「ゆきぴょんのっすか? まあでも彼女は焼肉マニアですからね。別におかしくもなんともないっすよ」

相沢「……何でそんなに詳しいんだお前は」

松田「あ、そういえば受験で思い出しましたけど……確か局長の息子さんも今年受験でしたよね?」

総一郎「ん? ああ……先日センター試験が終わったところだ」

模木「局長の息子さんって……確か、過去に何件かの事件に助言して解決に導いたこともあるんですよね」

L「! …………」

相沢「ああ、去年あった保険金殺人事件とかな。勉強の方も、さぞかし優秀なんだろうな」

総一郎「……一応、センター試験は自己採点で全科目満点だったそうだ」

松田「ひゃー、そりゃあすごい。まあでもあの子ならありえるか」

相沢「? 松田、会ったことあるのか? 局長の息子さんに」

松田「あ、はい。何年か前に局長のご自宅に遊びに行かせて頂いたことがありまして……顔立ちからして利発そうなお子さんでしたよ。確か将来は警察志望なんですよね?」

総一郎「ああ。早く大学に行って勉強したいとよく言っている」

松田「すごいなあ。志望校はやっぱり東大ですか?」

総一郎「ああ」

相沢「それだけ優秀なら、ゆくゆくは警察庁長官も夢じゃありませんね」

松田「本当、何なら今からでもこの捜査本部に入ってもらいたいくらいっすよ」

相沢「確かに……でもそうなったら松田の立場が危うくなるんじゃないか?」

松田「えぇ!? そ、そりゃないっすよ。相沢さん」

総一郎「あのな……一応言っておくが、息子はまだ高校生なんだぞ」

松田「はは、分かってますって。冗談ですよ」

L「…………」

ワタリ『竜崎』

L「? どうした? ワタリ」

ワタリ『探偵のエラルド=コイルの所に『Lの正体を明かしてほしい』という依頼が……』

L「!」

松田「エラルド=コイルって、確か……」

総一郎「竜崎の持つ、『L』以外の探偵の名義のうちの一つだ。世間的には人捜しで名高い探偵として知られている」

L「……依頼主の詳細は分かるか? ワタリ」

ワタリ『はい。それなりのエージェントを二人通して依頼人が分からない様工作してありますが……』

ワタリ『依頼主は、株式会社961プロダクション代表取締役社長・黒井崇男と突き止めました』

L「! …………」

L(……961プロダクション……)

(ミキ出なかったけど)一旦ここまでなの

総一郎「961プロダクションって、確か……」

松田「業界最大手のアイドル事務所ですね。男性アイドルのジュピターとかが所属している」

相沢「ここでまたアイドル事務所……?」

星井父「…………」

L「……ワタリ。依頼主は具体的には何と言ってきている?」

ワタリ『はい。『Lの正体、素性を明かしてほしい……もし難しければ、顔写真だけでも入手してほしい』と』

L「……顔写真だけでも……?」

松田「? 顔だけ手に入れてどうするんすかね?」

相沢「確かに……大体、それが本物の“L”だとどうやって確認する気なんだ」

L「…………」

ワタリ『ちなみに報酬は前金で1万ドル、成功報酬として14万ドル……ただし、顔写真の入手のみにとどまった場合はその半額の7万ドルを提示してきています』

総一郎「日本円で約1500万円か……」

L「……コイルが請ける仕事の報酬としては安過ぎますね……企業規模からしても、会社の資産を使えるのであればこの10倍は提示できるはずです。つまり……」

総一郎「黒井氏は個人でコイルに依頼をしてきている……ということか?」

L「おそらく……。しかし何の理由で私を捜そうとしているのか……まずはそれを知ることからですね。タイミング的にみて、キラ事件と何らかの関係があるのかもしれませんし、妙に顔写真にこだわっているのも気になります」

松田「? キラ事件と関係があるかもしれないって?」

相沢「もし黒井氏がキラと関係のある人物なら、“L”の正体を知りたがっても不思議じゃないってことだろ」

松田「ああ、そういうことっすか」

L「まあ“L”の正体を探ろうとする者は珍しくありませんし、キラ事件との関係では“L”はまだほとんど動いていないことになっていますから、可能性としては低いですけどね」

星井父「そうか……。確かに世間的には、キラ事件の開始当初にリンド・L・テイラーが“L”として生中継を行ったことくらいしか認知されていないからな」

L「はい」

松田「なるほど」

L「…………」

L(そう……だからこそ気になる。私が“L”としてキラ事件の捜査に深く関わっている事を知っているのはこの捜査本部の者と……後はせいぜい、警察関係者くらいのはず)

L(にもかかわらず、黒井氏がキラ事件の捜査に“L”が関わっていることを知っており、かつその正体を探ろうとしているのであれば……)

L「……ワタリ」

ワタリ『はい』

L「二、三日間、エージェントとは報酬の増額交渉をして時間を稼いでくれ。私はその間に黒井氏と961プロダクションについて可能な限り調べる」

ワタリ『分かりました』

L「……夜神さん」

総一郎「? 何だ? 竜崎」

L「例のアイドル事務所関係者連続死亡事案ですが……961プロダクションの中でも亡くなった人がいましたよね」

総一郎「ん? ああ……確か……これだ。一連の連続死亡事案の一人目だな。轡儀という取締役が事故死している」

L「……一人目……」

総一郎「うむ。そしてこの後、他の事務所の社長や会長が相次いで七名死亡している」

L「そして最後は、765プロダクションの前任のプロデューサーが心臓麻痺で死亡、ですか……あっ」

総一郎「? どうした?」

L「……今思い出したんですが、765プロダクションの『今』の方のプロデューサーって、確か……961プロダクションから移籍してきたんでしたよね」

総一郎「ああ、そういえば聞き取り調査の時にそう言っていたな」

松田「しかもあのジュピターの元担当プロデューサーって話でしたよね」

相沢「ああ。今一番勢いのある男性ユニットの担当プロデューサーがこんな急に移籍するなんてちょっと変だ……って言ってたな。松田が」

松田「はい。まあ我々が重点的に調べていた765プロの前のプロデューサーの死亡とは直接関係無さそうだったので、その後特に調べてはいないんすけどね」

L「…………」

L(黒井氏のエラルド=コイルに対する“L”捜しの依頼……キラ事件……アイドル事務所関係者連続死亡事案……そして765プロダクション……)

L(これらは互いに関係しているのか? それともしていないのか?)

L(調べてみないと分からないが……どうにも気持ちの悪い引っ掛かりを感じる……)

L「…………」

【二日後・キラ対策捜査本部(都内のホテルの一室)】


L「……以上が、961プロダクションについて私がこの二日間で調べた内容です」

総一郎「この会社……裏ではこんなに派手に動いていたのか」

相沢「粉飾決算に脱税……明らかに法に触れるものから、他の事務所に対する様々な圧力や妨害まで……まさに傍若無人だな」

星井父「どうします? 他の事務所への圧力とかはともかく、違法性のあるものを我々警察が認知した以上は……」

総一郎「そうだな。少なくとも社長である黒井氏を任意で事情聴取し、容疑が固まり次第……」

L「いえ。待って下さい」

総一郎「? 竜崎?」

L「私が961プロダクションについて調べたのは、黒井氏を逮捕してもらうためではありません。あくまでも、そこからキラ事件の糸口を掴めるかもしれないと思ったからです」

総一郎「……いやだが、竜崎。流石に我々の立場上、犯罪を見過ごすわけには……」

L「ではせめてキラ事件が終結してからにして下さい。まず優先すべきはそちらのはずですし、今黒井氏を逮捕されると色々と面倒です」

総一郎「……しかし……」

相沢「まあ、局長。竜崎が調べなければまだ判明していなかった犯罪でもあるわけですし……」

総一郎「……分かった。今はキラ事件の捜査を優先しよう」

L「ありがとうございます。夜神さん」

星井父「あと確か、竜崎は黒井氏個人についても調べると言っていたが……」

L「はい。もう一日程度使ってそれも調べようと思っていましたが……もうこれだけの材料が出揃った以上、後は直接本人に聞いた方が早いと判断しました」

星井父「? どういうことだ?」

L「私は皆さんとは違い、警察ではありませんので……皆さんが取れないような手段も取れるということです。……ワタリ」

ワタリ『はい』

L「エラルド=コイルの専用回線から、黒井氏の携帯につないでくれ」

ワタリ『かしこまりました』

総一郎「! もう直接、黒井氏に接触するのか? 竜崎」

L「はい。まあ少し見ていて下さい」

総一郎「…………」

【同時刻・961プロ事務所/社長室】


黒井「…………」

黒井(エラルド=コイルめ……。金で動く探偵だとは聞いていたが、まさかこちらの提示の10倍の額を吹っ掛けてくるとは……)

黒井(決して払えない金額ではないが……だがこれで“L”の正体が分かったとしても、どのみち私がキラの脅迫から逃れられるという保証は無い……)

黒井(かといってキラの指示に背いた行動を取った場合、それがキラに知られたら私の命は……)

黒井(くそっ……どうすれば……どうすればいいんだ……)

 ピピピピッ

黒井「? ……通知不可能?」

黒井「! ま、まさかキラ……?」ピッ

黒井「……はい」

『株式会社961プロダクション代表取締役社長・黒井崇男さんですね』

黒井「ああ……そうだが。お宅は?」

『エラルド=コイルと申します』

黒井「!?」

黒井(な、何故コイルが……私のところへ直接!?)

『もしもし? 私に仕事の依頼を頂いていると思うのですが』

黒井「…………」

黒井(どういうことだ? 昨日までのやりとりは全てエージェントを介して行われていたのに……こいつ本当にコイルなのか?)

黒井(いやだがコイル本人とエージェント……そしてキラ以外に、私が“L”捜しの依頼をしたことを知りうる者はいない……)

『ああ……すみません。昨日までやりとりしていたエージェントではなく、いきなり私本人からの電話では困りますよね。心中お察しします』

黒井「…………」

『ですがこれから私がお話しする事は、エージェントを通してお伝えするわけにはいきませんので……御了承下さい』

黒井「…………?」

黒井(何だ? 報酬の話ではないということか?)

『端的に申し上げます。黒井社長……あなたは961プロの経営に関し、自ら複数の違法行為を部下に指示して行わせていたほか、部下の行った犯罪行為の揉み消し等もしていますね』

黒井「!」

『粉飾決算、脱税、系列子会社の詐欺破産、従業員による会社資産の横領・背任……私がざっと調べさせて頂いただけでも、961プロに関する表に出ていない違法・犯罪行為が現時点で17件ほど確認できました』

黒井「…………」

黒井(ば、バカな……。コイルに“L”捜しの依頼をしたのは二日前だぞ……。たった二日間でそこまで……)

黒井(! そういえば、これらの情報はキラも……まさかキラとコイルがつながって……?)

黒井(だとしたら目的は金か? コイルの報酬額の吹っ掛け方からしても……)

黒井(いや、だがキラは私に『“L”の正体を明かせ』と指示してきただけ……コイルに依頼したのはあくまで私の判断……)

黒井(それにキラならわざわざコイルと結託して私から金を巻き上げなくとも、単に私を脅迫して『殺されたくなければ金を出せ』と言えばいいだけか……)

『もしこれらの事実が明るみになれば、あなたは当然逮捕……961プロの社会的信用も地に落ちる』

黒井「…………」

黒井(キラとつながっていなくとも、どのみち私を脅迫して金を得る気か……?)

『またあなたが犯罪者として捕まりその事実が報道されれば、キラによる殺人……犯罪者裁きの対象となるかもしれません』

黒井「! …………」

『そこで取引です。黒井社長。あなたが私に“L”捜しの依頼をしてきた本当の理由、背景を包み隠さず教えて頂きたい』

黒井「!」

『それをしてもらえれば、これらの事実はどこにも漏らさないと保証しましょう。また依頼の報酬もあなたの当初提示額でお請け致します』

黒井「…………」

黒井(どういうことだ? コイルは金で動く探偵と聞いていたが……)

黒井(金ではなく、依頼の本当の理由を知りたいだと……?)

黒井(いやだが、この状況で私に選択肢など……)

『どうされますか? まあ応じられないというのであれば、私が調べた事実を全て警察に……』

黒井「ま、待ってくれ。分かった。分かったから」

『では、応じて頂けるのですね?』

黒井「……ああ」

黒井(やむを得ん……この事がキラにばれれば私は殺されるだろうが、ここでコイルの要求を拒んだとしてもどのみち同じ事……)

黒井(私が警察に逮捕され、その事実が報道されれば……確実にキラは私を殺す)

黒井(表向きは犯罪者裁きの一環としてだろうが……しかしその裏の目的としては)

黒井(……キラの正体を最も知りうる位置にいる私を、警察が取り調べるのを防ぐために……)

黒井(ならばもうこれは賭けだ。今ここでコイルに全てを話しても、その事が即キラに知られるわけではない……そう信じて賭けるしかない)

『では……早速お聞きいたします。あなたが私に依頼をしてきた本当の理由を教えて下さい。もしあなたの背後に真の依頼人がいるのであれば、それが誰なのかも』

黒井「……分かった……」

『…………』

黒井「私に、あなたに“L”捜しの依頼をするよう言ってきたのは……キラだ」

『! ……詳しく、お聞かせ願えますか』

黒井「最初は……キラ事件が起こってすぐの頃だった。会社に、私宛てに一通の匿名の手紙が届き――……」

【数十分後・キラ対策捜査本部(都内のホテルの一室)】


黒井『……以上が、私があなたに“L”捜しの依頼を行った全ての経緯だ』

L「分かりました。大変詳細に話して頂き、どうもありがとうございました」

黒井『ここまで話したんだ。最初に言っていた件は……』

L「はい。あなたがしてきた過去の違法行為等については誰にも口外しませんし、また依頼についてもあなたの当初の提示額でお請け致します」

黒井『……助かる。で、“L”の正体は掴めそうなのか?』

L「それはまだなんともいえません。何せ“L”は正体不明の探偵ですから」

総一郎「…………」

黒井『……そうか。まあ、私としても“L”の正体など本当はどうでもいい。ただ自分がキラに殺されたくないからそうしているだけだ』

L「そうですね。ただどんな経緯であれ、依頼は依頼です。誠心誠意、対応させて頂きますのでご安心下さい」

黒井『ああ。よろしく頼む』

L「あと最後に一つだけ……キラは今回、『もし難しければ“L”の顔写真だけでも入手してほしい』と言っているそうですが、その意味するところについて、何か心当たりはありますか?」

黒井『? さあ……キラは私に対して指示はするが、その目的については何も明かさないから分からない』

L「……分かりました。では結構です。また今後も随時ご報告いたします」

黒井『ああ……では頼む』プツッ

L「…………」

L(アイドル事務所関係者連続死亡事案と犯罪者裁き……その両方を自らの犯行と認めた上で、961プロの過去の悪事を列挙し、脅迫……)

L(しかもその脅迫内容は、当時961プロダクションに居たプロデューサーを765プロダクションに移籍させる事……)

L「…………」

総一郎「……竜崎。これは……」

L「はい。この状況で黒井氏が嘘をつくとは考えられません……今言っていたことは信用して良いでしょう」

総一郎「そうすると、キラは……」

L「はい。キラは765プロダクションの中にいる……そう考えて、ほぼ間違い無いでしょうね」

総一郎「! …………」

星井父「…………」

松田「ほぼって……もう確定なんじゃ?」

相沢「確かに……黒井氏の言っていたことが本当なら、キラによって、961プロに居た黒井氏の右腕でもあった取締役の者と、961プロと結託して765プロを陥れようとしていた他のアイドル事務所の社長や会長が軒並み殺されたということになる……つまりそれが、あのアイドル事務所関係者連続死亡事案の真相……」

松田「それに加えて、キラは961プロのプロデューサーを765プロへ移籍させるよう命じていたわけですからね……」

L「……一応、キラがカモフラージュとして、そのように765プロダクションの人間を疑わせるように仕向けている、という可能性もありますから」

松田「ああ、なるほど」

L「ただその場合、その事実を黒井氏に口止めし、他に漏れないようにしていたのでは意味が無い……なので可能性としては限りなくゼロに近いと思われます」

相沢「確かに」

総一郎「……では竜崎。765プロダクションの中にキラがいるという可能性は……」

竜崎「99%以上です」

星井父「! …………」

総一郎「まあ……そうだな。黒井氏の供述内容にも不自然な点は無かったし……竜崎の言うように、自分の命がかかっているこの状況で、あえて嘘をつくとは考え難い」

松田「そうっすね……」

L「そして今回、キラが黒井氏を使ってエラルド=コイルに“L”捜しを依頼してきた事を考えると……キラは“L”が自分を追っていることに気付いていると考えられます」

相沢「そうだろうな。だからこそコイルにその正体を掴ませ、消そうとしている……」

L「はい。ですが……二日前にも同じ話が出ましたが、現時点で“L”がキラ事件の捜査に関わっている事を知っている者はそう多くはありません」

星井父「…………」

L「この捜査本部にいる皆さんと……後はせいぜい、警察関係者くらいのはずなんです」

星井父「……竜崎」

L「はい」

星井父「それは……やはり美希を第一に疑っているということか?」

L「! …………」

星井父「765プロダクションの中で、警察関係者が身近にいるのは美希しかいない……ましてや俺は捜査本部の一員……」

松田「係長」

星井父「つまり俺が……『捜査本部でLと一緒に捜査している』……そう美希に教えた、と。だからキラはそれを知っていると……そういうことか?」

L「はい。その点に関してはその通りです」

総一郎「! 竜崎」

星井父「…………」

L「ですが、それは単に情報源が美希さんであるということにしかなりません。美希さんが他の者にうっかり話してしまったという可能性もあるわけですから、それだけでキラ=美希さんとまでは断定できません」

相沢「まあ……それはそうか」

星井父「竜崎」

L「? はい」

星井父「……俺に確かめないのか? 美希にその事を教えたかどうか……」

L「はい。『教えた』と言われようが『教えていない』と言われようが、いずれも裏を取りようがない事なので無意味です。それに申し訳ありませんが、前にも言った通り、美希さんへの容疑に関する星井さんの発言はどのような内容のものであれ、信用することができませんので」

星井父「……分かった……」

L「それより、今後私達がキラを追っていく上でより注意しなければならないのは……アイドル事務所関係者連続死亡事案もキラの犯行だったという点です」

松田「? それがどうかしたんすか? ただの偶然じゃなかったって事が分かってすっきりしたと思いますけど……」

総一郎「竜崎が言いたいのは、アイドル事務所関係者連続死亡事案で亡くなった者の死因の事だろう」

松田「死因……? あっ」

L「はい。アイドル事務所関係者連続死亡事案で亡くなった者は、最後に亡くなった765プロダクションの前のプロデューサーを除き、全員、事故や自殺により死亡しています」

相沢「そうか。つまりキラは……」

L「はい。……心臓麻痺以外でも、人を殺せる」

松田「そういうことか……そういえば、いつか竜崎がその推理をしてましたね」

総一郎「しかしそうなるとかなり厄介だな……アイドル事務所関係者以外にも、キラが心臓麻痺以外の手段で殺しを行っている可能性がある」

L「はい。キラにとってどちらがメインでどちらがサブなのかは分かりませんが……被害者から犯人を割り出しようがない犯罪者裁きは心臓麻痺で殺し、それ以外の者……つまり自分の身元につながりそうな者は事故や自殺で殺しているのかもしれません」

総一郎「そう考えると、アイドル事務所関係者と犯罪者で死因を使い分けているのにも納得がいくな」

L「ただアイドル事務所関係者の方は、短期間で殺し過ぎてしまったため、結果的にニュースで取り上げられたりする事態になってしまった……そこで世間の関心を逸らすため、犯罪者を裁き始めたのかもしれません」

総一郎「なるほど。確かにアイドル事務所関係者連続死亡事案とキラ事件の開始は時期的にほぼ連続していた……そう考えると、犯罪者裁きの方がむしろキラにとってはカモフラージュなのかもしれないということか」

L「はい。ただそう考えると、一つだけ分からない点があります」

総一郎「? 何だ?」

L「765プロダクションの前のプロデューサーです。今の考え方からすると、彼を事故死や自殺ではなく心臓麻痺で殺したのは明らかにおかしい」

総一郎「確かに……いや待てよ。ならば完全に偶然の心臓麻痺死だったのでは?」

L「まあその可能性もありますが……それよりはむしろ、こう考えた方がいいのではないでしょうか」

総一郎「?」

L「アイドル事務所関係者を殺した者と、765プロダクションの前のプロデューサーを殺した者は異なっている……という考えです」

総一郎「!」

L「これらが同じ人間によるものだとしたら、どう考えても死因の使い分けが説明できません。また夜神さんの言うように、前のプロデューサーは単なる偶然の心臓麻痺死という可能性も確かにありますが……彼は全く心臓に関する病気を患っておらず、既往歴も一切無かったことなどを考えると……それよりは、私はこちらの可能性の方が高いと踏んでいます」

相沢「つまり……キラは二人いるということか?」

L「はい。ただ正確には二人『以上』です。三人かもしれないし、四人かもしれない。あるいはそれ以上の可能性も……」

松田「でも今まで、そんなことは誰も……」

L「確かに誰も言っていませんでしたが、可能性としては十分ありえるものです。むしろキラが一人しかいないと断定できる根拠は無いはずです。犯罪者裁きだって、765プロダクションとは全然無関係の者がやっているのを、一連のアイドル事務所関係者殺しの犯人が黒井氏を脅迫する際に騙っただけかもしれません」

相沢「……確かに。だがそう考えると、犯罪者裁きをしている者以外は厳密には“キラ”ではないということになるが……」

L「まあそこはただの呼称の便宜上の問題ですので……一旦は全部まとめて“キラ”としておいていいでしょう。要は、キラと同じ能力を持った者が他にもいるという可能性は否定できないということです。そしてとりわけ、765プロダクションの前のプロデューサーに関してはそう考えるのが最も合理的です」

総一郎「では、竜崎。その考えを前提とした場合でも……あなたはやはり、前のプロデューサーを殺した方のキラも765プロの中にいると考えているのか?」

L「そうですね……。夜神さん達の聞き取り調査の結果を見る限り、765プロダクション関係者の全員に彼を殺す動機があったといえそうですし、その可能性は十分にあると思います。……が」

総一郎「……が?」

L「もしそうなら、同じ事務所の中にいる以上、アイドル事務所関係者を殺した方のキラと連携を取っていたと考える方が自然です。しかしそうだとすると、やはり前のプロデューサーの死因が心臓麻痺となっている事の説明が難しくなります」

L「なので、前のプロデューサーを殺した方のキラの正体について考えられる可能性としては……①765プロダクション関係者の誰かだが、アイドル事務所関係者を殺した方のキラとは何らかの理由により連携が取れなかった②そもそも765プロダクション関係者ではない、のいずれかと考えられます」

総一郎「なるほど……」

L「現時点では、このいずれであるかを確定するのは少し難しい気がします。前のプロデューサーの事を恨んでいる者が765プロダクション関係者以外にもいて、突発的に殺したりした可能性もありますので」

総一郎「うむ」

L「いずれにせよ、今後は①アイドル事務所関係者を殺した者②765プロダクションの前のプロデューサーを殺した者③現在、犯罪者裁きをしている者……これらが全て異なる者なのか、あるいは一部、または全部同じ者なのか……それを見極めながら捜査していく必要があります」

総一郎「……だが、黒井氏の話を前提にするならば、少なくとも①は黒井氏を脅迫している人物とみてまず間違いないだろうな。そしてその者が765プロダクションの中にいるであろうということも」

L「はい。①の者は行動原理が明らかに765プロダクションの利害と直結していますし、そこはまず間違い無いでしょう。なのでまずはここから洗っていくことにしたいと思います」

相沢「……竜崎。もうここまで分かっているんだ。765プロダクション関係者全員を任意で取り調べてもいいのでは?」

L「いえ。殺し方が特定できていない現状ではそのやり方は危険です」

相沢「しかし殺すには顔と名前が必要……確かに、局長と模木は前の聞き取り調査の際に顔を晒しているが、名前は偽名の警察手帳を使っていたから知られていないはず」

松田「確かに」

L「相沢さん。黒井氏を脅迫している方のキラが、エラルド=コイルに言っていたことを思い出してください」

相沢「?」

総一郎「……『もし難しければ顔写真だけでも入手してほしい』……か」

相沢「あっ」

L「はい。私も最初に聞いたときは、何故? と思いましたが……もしかしたらこのキラは顔だけでも人を殺せる能力を持っているのかもしれません」

松田「なるほど……」

L「以前、私が犯罪者を誤った名前で報道させたとき、その犯罪者は訂正報道がされるまでは殺されなかったということがありましたが……その事も、犯罪者裁きをしているキラは黒井氏を脅迫しているキラとは別の者だと考えれば一応の説明はつきます」

松田「で、でもそれだと、765プロの全員に顔を見られてる局長と模木さんはやばいんじゃ……」

総一郎・模木「…………!」

L「はい。……ですが、実際に今二人を殺すことは考えられません。相沢さんが言っていたとおり、二人は偽名を使っていたのですから……今二人を殺せば、『765プロダクションの中に顔だけで殺せるキラがいる』というようなものです」

松田「いやでもそれだけじゃ、何の保証にも……」

L「私が言いたいのは、だから慎重に捜査すべきということです。絶対に、765プロダクション側に我々が調べていることを気付かれてはなりません。気付かれたらその時点でキラは捕まえられなくなる……どころか、追っていることが気付かれた者は全て殺されるくらいに考えて下さい」

L「765プロダクションの中にキラの能力を持った者が何人いるのかはまだ分かりませんが、765プロダクションを洗っていけばきっとたどりつけます。まず誰が能力を持っているのか、何人持っているのかを完璧に把握する」

L「その能力は顔と名前さえ……あるいは顔だけでも分かれば念じるだけで殺せる物だと考えた場合、その見分けはとても難しく危険も伴います」

L「ですので繰り返しになりますが、絶対に気付かれないよう慎重に調べ……その者がその能力を持っているという証拠と、殺しを行って来たという証拠を誰に説明しても明白であると納得できる形で捕まえます。気付かれずに証拠を押さえる……それしかありません」

L「くれぐれも、焦った行動、先走った行動……一人の判断で動かないようにして下さい」

総一郎「うむ……そうだな。いくら容疑者の範囲は絞れても、肝心の殺し方はまだ何も分かっていない。ここからが肝要だ」

相沢「しかし洗うって言っても難しいですよね……少なくとも、直近一年間ほどの日本全国全てのアイドル事務所関係者の死亡者、および765プロ事務所関係者周辺の死亡者についてはもう調べていますし……」

松田「はい。いずれも、キラ事件に関係しそうな死亡者はいませんでした」

星井父「……美希のクラスメイトの男子を除いて、な」

松田「係長」

L「そうですね……。では少し違った角度から……以前にこの捜査本部でも話に出ていた、『適当な人間で能力を試していた可能性』で探ってみましょうか」

総一郎「ああ、そういえば言っていたな」

L「アイドル事務所関係者連続死亡事案……いえ、もうキラの能力による殺人と分かった以上……アイドル事務所関係者連続殺人事件と呼ぶべきでしょうね。この事件についても、その開始直前に能力が試されている可能性はあります」

L「そして無関係な人間で試すだけならそう足を延ばす必要も無いでしょうから……一旦は、各765プロダクション関係者の住所地近辺から洗ってみましょう」

相沢「そうなると、死因はまずは心臓麻痺……いや、このキラの場合は事故や自殺でアイドル事務所関係者を殺しているから、そっちからの方がいいのか?」

L「いえ、流石に無関係の第三者を事故や自殺で殺されたのでは特定しようがないですので……一旦は心臓麻痺死者に絞って考えてみましょう。それに過去一年分の心臓麻痺死者のデータならもうほとんど全部集まっていますし、そう時間は掛からないはずです」

総一郎「よし。皆、手分けして洗い出しだ。まずはアイドル事務所関係者連続殺人事件……その最初の犠牲者、961プロ元取締役の轡儀柳次……彼が死んだ日から、過去に遡って順々に調べてみよう」

相沢・松田「はい」

星井父「…………」

模木「……係長」

星井父「ん? 何だ? 模木」

模木「いえ、その……」

星井父「……大丈夫だ。変な気を遣うな」

模木「係長」

星井父「美希が疑われていたのは前からの事だし……それにもう、覚悟はできている」

模木「…………」

星井父「今は自分にできることをやるだけだ。……竜崎」

L「はい。何でしょう」

星井父「心臓麻痺死者の洗い出し……美希以外の765プロ事務所関係者の住所地近辺の死亡者の分については、俺が担当しても構わないな?」

L「はい。是非よろしくお願いします。ですが……」

星井父「分かってる。俺一人に任せるのは不安なんだろう? キラが複数存在する可能性がある以上、美希が所属している765プロの中からキラにつながる者が出る事は俺にとっては決して望ましい事じゃないからな。だから模木、お前も手伝え。ダブルチェック体制だ」

模木「! はい」

星井父「これなら文句無いな? 竜崎」

L「……はい。ではそれでお願いします」

L「…………」

L(キラの能力を持つ者が全部で何人いるのか分からないが……少なくとも、765プロダクションの中に必ず一人はいる)

L(そしてキラが複数存在する可能性が出てきた以上、例の二人の心臓麻痺死者の件のみをもって、星井美希をキラであると推理する論拠は少し弱くなったが……)

L(もし仮に、犯罪者裁きをしている者も含め、キラの能力を持つ者が全て765プロダクションの中にいて、そのうちの一人が星井美希なのだとすれば……)

L(例の私達の監視中に、星井美希と他のキラが連携して裁きを行うことも容易だったといえる)

L(いずれにしても……一人であれ複数であれ、まずは765プロダクションの中にいるキラを特定し、捕まえる事)

L(そして勿論、こちら側の犠牲者は一人も出してはならない)

L(誰一人欠かすことなく……キラの能力を持つ者を、必ず全員捕まえてみせる)

(またミキ出なかったけど)一旦ここまでなの

例えば「美希がクラスメイト男子のセクハラの愚痴を765プロ内のキラに言って、それが原因で力試しの意味も含んでキラが心臓麻痺させたのだ」と捜査本部が推理したとすると
「これまでの経緯から美希はそれがキラの犯行だって気付くだろうし、それを隠しているということはつまり共犯である」って捜査本部は考える
それに「美希が愚痴を他の誰かに言っているのを美希に気付かれずに聞いて麻痺らせた」と捜査本部が推理した場合でも、美希は愚痴を聞いた765プロ関係者をキラだと思い、美希がその関係者のことを警察に話したとしてもその人間は無実であるので美希への疑いが深くなる
もしくはキラが「美希から聞いたセクハラ男子のことを麻痺らせるなんて美希に正体をばらす様なものだ」と考えて犯行に及ばなかった場合、なぜ美希のクラスメイトの男子が死んだのかと考えるとやはり美希がキラであるである可能性が高くなる
あとはあの時期にクラスメイトの男子が死んだのは本当に偶然だった、または765プロ関係者以外が何らかの偶然でクラスメイトの男子をやったという可能性もあるけど流石に低すぎる

当たり前で今更のことだけど美希が捜査本部から見てどれだけ疑われているのかをまとめてみた
クラスメイトの男子が全部悪いんだ(暴言)

Lも可能性としては考えてるっぽいけど、『裁きキラ』と『アイドル関係者殺害キラ』は全く無関係ってのが一番自然な考えなんじゃないの?
クラスメイト殺しの件からしてミキはキラっぽいが、監視カメラの映像から裁きをしている様子はなかったので『裁きキラ』の可能性は低い。よってミキを『アイドルキラ1』とすると、『アイドルキラは』あともう一人いる。
脅しの信憑性を増すために『アイドルキラ1or2』が『裁きキラ』を騙って黒井に接近、ミキが父から手に入れた情報からLが邪魔と判断し、依頼。
キラが単独って推定なら『アイドルキラ=裁きキラ』が主流だろうけど、複数いるなら『アイドルキラ=裁きキラ』は成り立ち辛いのでは。

前回分、複数訂正します。
お見苦しくてすみません。

黒井(どういうことだ? コイルは金で動く探偵と聞いていたが……)

黒井(金ではなく、依頼の本当の理由を知りたいだと……?)

黒井(いやだが、この状況で私に選択肢など……)

『どうされますか? まあ応じられないというのであれば、私が調べた事実を全て警察に……』

黒井「ま、待ってくれ。分かった。分かったから」

『では、応じて頂けるのですね?』

黒井「……ああ」

黒井(やむを得ん……この事がキラにばれれば私は殺されるだろうが、ここでコイルの要求を拒んだとしてもどのみち同じ事……)

黒井(私が警察に逮捕され、その事実が報道されれば……確実にキラは私を殺す)

黒井(表向きは犯罪者裁きの一環としてだろうが……しかしその裏の目的としては)

黒井(……キラの正体を最も知りうる位置にいる私を、警察が取り調べるのを防ぐために……)

黒井(ならばもうこれは賭けだ。今ここでコイルに全てを話しても、その事が即キラに知られるわけではない……そう信じて賭けるしかない)

『では……早速お聞きいたします。あなたが私に依頼をしてきた本当の理由を教えて下さい。もしあなたの背後に真の依頼人がいるのであれば、それが誰なのかも』

黒井「……分かった……」

『…………』

黒井「私に、『“L”の正体を明かせ』と言ってきたのは……キラだ」

『! ……詳しく、お聞かせ願えますか』

黒井「最初は……キラ事件が起こってすぐの頃だった。会社に、私宛てに一通の匿名の手紙が届き――……」

松田「ほぼって……もう確定なんじゃ?」

相沢「確かに……黒井氏の言っていたことが本当なら、キラによって、961プロに居た黒井氏の右腕でもあった取締役の者と、961プロと結託して765プロを陥れようとしていた他のアイドル事務所の社長や会長が軒並み殺されたということになる……つまりそれが、あのアイドル事務所関係者連続死亡事案の真相……」

松田「それに加えて、キラは961プロのプロデューサーを765プロへ移籍させるよう命じていたわけですからね……」

L「……一応、キラがカモフラージュとして、そのように765プロダクションの人間を疑わせるように仕向けている、という可能性もありますから」

松田「ああ、なるほど」

L「ただその場合、その事実を黒井氏に口止めし、他に漏れないようにしていたのでは意味が無い……なので可能性としては限りなくゼロに近いと思われます」

相沢「確かに」

総一郎「……では竜崎。765プロダクションの中にキラがいるという可能性は……」

L「99%以上です」

星井父「! …………」

総一郎「まあ……そうだな。黒井氏の供述内容にも不自然な点は無かったし……竜崎の言うように、自分の命がかかっているこの状況で、あえて嘘をつくとは考え難い」

松田「そうっすね……」

L「そして今回、キラが黒井氏に“L”の正体を明かすよう命じてきた事を考えると……キラは“L”が自分を追っていることに気付いていると考えられます」

相沢「そうだろうな。だからこそ黒井氏をしてその正体を明かさせ、消そうとしている……」

L「はい。ですが……二日前にも同じ話が出ましたが、現時点で“L”がキラ事件の捜査に関わっている事を知っている者はそう多くはありません」

星井父「…………」

L「この捜査本部にいる皆さんと……後はせいぜい、警察関係者くらいのはずなんです」

相沢「……竜崎。もうここまで分かっているんだ。765プロダクション関係者全員を任意で取り調べてもいいのでは?」

L「いえ。殺し方が特定できていない現状ではそのやり方は危険です」

相沢「しかし殺すには顔と名前が必要……確かに、局長と模木は前の聞き取り調査の際に顔を晒しているが、名前は偽名の警察手帳を使っていたから知られていないはず」

松田「確かに」

L「相沢さん。黒井氏を脅迫している方のキラが、同氏に指示していた内容をよく思い出してください」

相沢「?」

総一郎「……『もし難しければ顔写真だけでも入手してほしい』……か」

相沢「あっ」

L「はい。私も最初に聞いたときは、何故? と思いましたが……もしかしたらこのキラは顔だけでも人を殺せる能力を持っているのかもしれません」

松田「なるほど……」

L「以前、私が犯罪者を誤った名前で報道させたとき、その犯罪者は訂正報道がされるまでは殺されなかったということがありましたが……その事も、犯罪者裁きをしているキラは黒井氏を脅迫しているキラとは別の者だと考えれば一応の説明はつきます」

松田「で、でもそれだと、765プロの全員に顔を見られてる局長と模木さんはやばいんじゃ……」

総一郎・模木「…………!」

L「はい。……ですが、実際に今二人を殺すことは考えられません。相沢さんが言っていたとおり、二人は偽名を使っていたのですから……今二人を殺せば、『765プロダクションの中に顔だけで殺せるキラがいる』というようなものです」

松田「いやでもそれだけじゃ、何の保証にも……」

L「私が言いたいのは、だから慎重に捜査すべきということです。絶対に、765プロダクション側に我々が調べていることを気付かれてはなりません。気付かれたらその時点でキラは捕まえられなくなる……どころか、追っていることが気付かれた者は全て殺されるくらいに考えて下さい」

L「765プロダクションの中にキラの能力を持った者が何人いるのかはまだ分かりませんが、765プロダクションを洗っていけばきっとたどりつけます。まず誰が能力を持っているのか、何人持っているのかを完璧に把握する」

L「その能力は顔と名前さえ……あるいは顔だけでも分かれば念じるだけで殺せる物だと考えた場合、その見分けはとても難しく危険も伴います」

L「ですので繰り返しになりますが、絶対に気付かれないよう慎重に調べ……その者がその能力を持っているという証拠と、殺しを行って来たという証拠を誰に説明しても明白であると納得できる形で捕まえます。気付かれずに証拠を押さえる……それしかありません」

L「くれぐれも、焦った行動、先走った行動……一人の判断で動かないようにして下さい」

模木「……係長」

星井父「ん? 何だ? 模木」

模木「いえ、その……」

星井父「……大丈夫だ。変な気を遣うな」

模木「係長」

星井父「美希が疑われていたのは前からの事だし……それにもう、覚悟はできている」

模木「…………」

星井父「今は自分にできることをやるだけだ。……竜崎」

L「はい。何でしょう」

星井父「心臓麻痺死者の洗い出し……美希以外の765プロ事務所関係者の住所地近辺の死亡者の分については、俺が担当しても構わないな?」

L「はい。是非よろしくお願いします。ですが……」

星井父「分かってる。俺一人に任せるのは不安なんだろう? キラが複数存在する可能性がある以上、美希が所属している765プロの中からキラにつながる者が出る事は俺にとっては決して望ましい事じゃないからな。だから模木、お前も手伝え。ダブルチェック体制だ」

模木「! はい」

星井父「これなら文句無いな? 竜崎」

L「……はい。ではそれでお願いします」

L「…………」

L(キラの能力を持つ者が全部で何人いるのかは分からないが……少なくとも、765プロダクションの中に必ず一人はいる)

L(そしてキラが複数存在する可能性が出てきた以上、例の二人の心臓麻痺死者の件のみをもって、星井美希をキラであると推理する論拠は少し弱くなったが……)

L(もし仮に、犯罪者裁きをしている者も含め、キラの能力を持つ者が全て765プロダクションの中にいて、そのうちの一人が星井美希なのだとすれば……)

L(例の私達の監視中に、星井美希と他のキラが連携して裁きを行うことも容易だったといえる)

L(いずれにしても……一人であれ複数であれ、まずは765プロダクションの中にいるキラを特定し、捕まえる事)

L(そして勿論、こちら側の犠牲者は一人も出してはならない)

L(誰一人欠かすことなく……キラの能力を持つ者を、必ず全員捕まえてみせる)

以下、続きとなります。

【二週間後・キラ対策捜査本部(都内のホテルの一室)】


総一郎「アイドル事務所関係者連続殺人事件……その最初の犠牲者、961プロ元取締役の轡儀柳次……彼が死んだ日から過去に遡って、各765プロ関係者の住所地近辺で心臓麻痺、心不全、心筋梗塞、心臓発作など、キラの能力による殺人と実質的に同視しうる死因により亡くなった者を皆で手分けして調べてみたが……竜崎」

L「はい」

総一郎「現時点で、轡儀氏が亡くなった日から過去半年間分の死亡者を洗い出したが……この中で、キラの能力により殺された可能性が高いと考えられるのは……この一名だけだな」

L「……はい。死因も文字通り『心臓麻痺』ですし……その他の死亡時の状況からしても……まず間違い無いでしょう」

L「…………」

L(烏森隼人……会社員、享年24歳……轡儀氏が亡くなった日の二週間前の日に心臓麻痺により死亡。それまで心臓に関する病気を患ったことはなく、既往歴も無し)

L(死亡推定時刻は同日23時50分頃。その約一時間後の翌日深夜1時頃に、ランニングをしていた付近の住民が路上で仰向けに倒れていた烏森氏を発見し、警察と救急に通報……その後間も無く、搬送された病院内で死亡が確認されている)

L(さらにその後、念の為に検死されたが……『心臓麻痺で死亡した』ということ以外に新たな事実は発見されず、また当時はキラ事件が始まる前だったこともあり、特に事件化もされなかった)

L(しかし今回の捜査において……この烏森氏について、着目すべき事実が明らかになった)

L(同居していた家族に聞き取り調査を行ったところ……烏森氏は死亡した当日、765プロのファーストライブに行っていた)

L(さらに家族の証言、ライブ当日の所持品、さらにブログやSNSで烏森氏が行っていた書き込み等から……彼は765プロの中でも、特定のアイドルのデビュー当初からの熱狂的なファンだったことが分かった)

L(そのアイドルとは……765プロダクション所属アイドル・天海春香)

L(そして彼が死亡していた場所は、彼の自宅や職場からも、またそのライブ会場からもかなり距離の離れた場所であり、一見すると、何故こんな所に行っていたのか分からないような場所だった)

L(その場所とは……天海春香の自宅から、徒歩十分程度の距離にある路上)

L(さらに、当日現場に駆け付けた警察官の証言から、烏森氏の遺体のすぐ傍には一本の包丁が落ちていたことが判明)

L(家族の証言から、その包丁は同氏が自宅から持ち出した物と確認。血痕等の付着は無く、柄に付いていた指紋も烏森氏及びその家族のもののみだった)

L(そして烏森氏の死亡推定時刻から遡り、最寄駅の防犯カメラをチェックしたところ……)

L(彼の死亡推定時刻の僅か十分ほど前に、その駅の改札を通過する天海春香と、そのほとんどすぐ後に、彼女の後を追うように改札を通過した烏森氏の映像が確認できた)

L(そして烏森氏が死亡していた場所は、駅からほど近い距離の路上……)

L(天海春香の熱狂的なファンであった彼が、765プロのライブに行った日の深夜に、自身とは何の縁もゆかりも無い場所にある天海春香の自宅の最寄駅の改札を、天海春香のすぐ後を追うように通過する……こんな事が偶然で起こるはずが無い)

L(100%、彼は天海春香の後をつけていた)

L(そして彼が天海春香の後を追って駅の改札を通ってから十分後に心臓麻痺で死亡……しかもその遺体の横には血痕等が付着していない包丁……)

L(一方、彼の死から二週間後に轡儀氏が殺され、それを皮切りにアイドル事務所関係者連続殺人事件が発生……)

L(黒井氏に対する脅迫の件から、アイドル事務所関係者連続殺人事件の犯人が765プロダクションの中にいることは間違い無い)

L(そしてその者が『“L”の顔写真だけでも入手してほしい』と黒井氏に言っていたことから、その者が『顔だけで人を殺せる』キラの能力を持っていると仮定すれば……)

L(状況証拠しか無いことは百も承知だが……『烏森氏が何らかの理由で天海春香を襲い、彼の顔を見た天海春香がキラの能力で彼を殺した』……そう考えるのが最も自然だ)

L(いくらデビュー当初からのファンとはいえ、普通に考えてそのファンの氏名まで知っている可能性は低いだろうが……天海春香が『顔だけで殺せるキラ』と考えればその点も十分説明がつく)

L(ここまで情報が揃えば、後は天海春香本人に当日の彼との接点の有無について聞きたいところだが――……)

L(言うまでもなく、キラの能力を持っている可能性が濃厚な相手にそれをするのは危険過ぎる……ましてや『顔だけで殺せるキラ』の可能性があるのであれば猶更)

L(天海春香の家族にでも聞けば、彼女の当日の帰宅時刻、帰って来た際の様子がどうだったか等は分かるだろうが……それすらも、天海春香本人に、我々が彼女を調べている事実が伝わってしまう危険性を考えたらすべきではない)

L(またあるいは、彼女にこちら側の顔を一切見られないようにした上で逮捕・拘束し、監禁の上、尋問……それも考えたが、物的証拠が何も無い状況でそこまでするのは無理がある……)

L(しかし……アイドル事務所関係者連続殺人事件との関係において、天海春香は現時点では限り無く黒に近いと言っていい)

L(その上で肝要なのは、今後……天海春香から、どうやってその証拠……キラとしての能力を使い、人を殺してきたことの証拠を掴むかだ)

L「…………」

総一郎「……竜崎。烏森隼人……この者がキラの能力によって殺されたとすれば……」

L「はい。十中八九……いえ、ほぼ100%……天海春香でしょうね。そうでなければ、正直言ってここまでの偶然は考えられません」

L「そして烏森氏の死亡からわずか二週間後に轡儀氏が殺され、アイドル事務所関係者連続殺人事件が起こっていること、さらにその犯人も765プロダクションの関係者であると考えられることからすると……」

総一郎「その人物も、当然天海春香……ということになるな」

L「はい。まず間違い無いと思います」

松田「はあ……まさかはるるんがキラだったなんて……ショックでかいなあ……」

相沢「……松田」

松田「あっ、す、すみません!」

星井父「…………」

模木「係長……」

星井父「ああ……すまん。大丈夫だ……」

模木「…………」

星井父「…………」

星井父(確かにこの状況では、そう考えるしか……しかし天海春香がキラなら、美希は……)

星井父(いや、竜崎の言うように、アイドル事務所関係者を殺した者が前のプロデューサーを殺した者とは別の者なら……)

星井父(たとえ前者が天海春香であったとしても、後者が美希でないという事にはならない……)

星井父(それに加えて、美希のクラスメイトの男子の件……)

星井父(もし仮に、キラの能力を持つ者が他にも何人かいて、前のプロデューサーを殺した者と美希のクラスメイトの男子を殺した者も別々の者だとしたら……)

星井父(いや、だがこの両名の死亡日はたった二日しか違わない……こんなに近接した時期に、美希と接点のある者が二名も、全く別々の者によって殺されたとは……)

星井父(しかし逆に、この二名を殺したのが同じ人物だとすると……その嫌疑が最も強いのは、どう考えても……)

星井父「…………」

L「……しかし物的証拠が何も無い現状では、いくら『疑わしい』といっても、それだけで天海春香を逮捕することはできません」

L「彼女を逮捕するためには、何としてでもキラとしての証拠を挙げることが必要……それも、向こうにはこちらが調べていることを絶対に気付かれないように、です」

総一郎「そうだな……。殺し方もまだ判明していないし、何より天海春香が『顔だけで殺せるキラ』である可能性がある以上、より慎重に捜査しなければ……」

松田「そうっすね。じゃないと、既に顔を見られてる局長と模木さんはいつ殺されてもおかしくないっすもんね」

総一郎・模木「…………」

相沢「松田!」

松田「す、すみません!」

L「ただそうは言っても、ある程度は踏み込んだ捜査をしなければならないのも事実です。そうしなければ、いつまで経ってもキラとしての証拠は挙げられない……」

総一郎「うむ……」

L「とりあえず、天海春香の持つであろうキラとしての証拠の掴み方についてはもう少し考えてみます。それと並行して、今できる捜査を進めていきましょう」

総一郎「ああ、そうだな」

L「まずこれまで述べてきたとおり、天海春香がアイドル事務所関係者連続殺人事件の犯人であることはほぼ間違いないと思われます」

L「それは即ち、現在黒井氏を脅迫しているキラも天海春香であるとみてほぼ間違いないということに帰結しますが……念の為、765プロダクションの現プロデューサー……つまり元961プロダクションのプロデューサーと、天海春香の接点について調べてみましょう」

L「これも状況証拠にしかなりませんが……天海春香が彼を765プロダクションに移籍させようと考えても不自然では無い程度の接点を持っていたことが分かれば、天海春香が黒井氏を脅迫し、961プロダクションのプロデューサーを自分の所属事務所に移籍させるよう働きかけたものと推知できます。そしてそれは天海春香がキラであるとする考えをより強く裏付けることになります」

相沢「ではその捜査は俺と松田で担当しよう。961プロダクションの関係者で、765プロ側に情報が伝わらないような者を見定めて聞き取りを行う。それでいいな? 竜崎」

L「はい。よろしくお願いします」

星井父「では俺と模木は……引き続き、さらに過去に遡って、烏森氏以外にも各765プロ関係者の住所地近辺で不審な心臓麻痺死者がいなかったかの洗い出しをしよう。そしてもちろん、俺は美希の住所地近辺の死亡者分については一切携わらない」

L「そうですね。黒井氏を脅迫しているキラだって一人とは限りませんし……765プロダクション内において、その関係者の複数人に順次キラの能力が宿っていったという可能性も否定できません」

L「またキラの能力自体、持つ者の意思によって他に移せるのかもしれませんし、あるいは一定の時間の経過などによって、自動的に他の者に移っていったりするのかもしれません」

総一郎「もしそうなら非常に厄介だな……いくらキラを追い詰めても、土壇場でその能力を他の者に移されたり、勝手に能力が他の者に移ったりするのではいつまで経っても捕まえられないことになる」

L「はい。ただ、私が今言った事はあくまで一つの可能性に過ぎませんので……」

L「また、黒井氏を脅迫しているキラが765プロダクションの中に複数いるとしても、少なくともその中の一人が天海春香である事はほぼ確定していますので……さっきも言いましたが、私はまず、天海春香からキラとしての証拠を得るための方法を考えたいと思います」

L「それと並行して、765プロダクションの前のプロデューサーを殺した方のキラ……こちらについても、アイドル事務所関係者を殺した方のキラと同様、事前に無関係な者で能力を試していないかを、彼が亡くなった日から過去に遡り、不審な心臓麻痺死者がいなかったかを洗い出すことで調べてみたいと思います」

L「なおこちらの捜査で重視するのは、地域性よりも時期的な近接性です」

L「これまで繰り返し言ってきたことですが、765プロダクションの前のプロデューサーと、新宿の通り魔……そして、美希さんのクラスメイトの男子」

星井父「! …………」

L「この三名は、全員死亡日が連続している……まずはこれが偶然なのか、そうでないのかを見極める必要があります」

L「ポイントは、この三名の死亡時期と近接した時期に、キラの能力による殺人と考えられる死に方をした者……つまり、烏森氏のような……『突然の心臓麻痺死』以外の情報が何も無い形で死亡した者がいたかどうか」

L「心臓麻痺、心不全、心筋梗塞、心臓発作など、キラの能力による殺人と実質的に同視しうる死因により亡くなった者の総体は以前調べましたが、今回は少し捜査の角度を変え……死亡者の個人としての属性ではなく、各人が死亡した際の具体的な状況、状態……こちらに焦点を当てて調べます」

L「その結果、先の三名の死亡時期と近接した時期に、キラによる殺人と考えられる死に方をした者が複数名いたのであれば、たまたまこの時期にキラの能力を持った者が複数名現れたのだと考えられ、この三名についてもそれぞれ全く無関係の者が殺したのだという可能性が成り立ちます」

L「だがしかし逆に、この三名しかいないのであれば……正直言って、この三名が全員、全く別々の者により、相互に無関係に殺されたとは考え難い」

星井父「…………」

L「少なくともそのうちの二名……765プロダクションの前のプロデューサーと美希さんのクラスメイトに関しては、同じ人間によって殺されたとみるべきです」

L「なぜなら……この両名はいずれも美希さんと接点がある者だからです」

星井父「! …………」

L「もしこの両名を殺した者が全く別々の者だとした場合……日本全国で、美希さんの身近な人間だけが、三日間という短い期間において二人も、全く別々の者により、互いに関係無く、同じ能力によって殺されたということになる……しかし、こんな偶然は正直考えにくい」

L「それよりはむしろ、端的にこの二名を殺したのは同じ人物……そうみるのが自然です」

星井父「…………」

L「そして現状、その可能性があるのは……その二名と接点があり、かつそのいずれに対しても、少なくとも好意的な感情は持っていなかったと考えられる者……つまり」

星井父「……美希、か……」

L「……はい。もっとも、美希さん以外にもこの二名の両方と接点のある者がいないかは、再度調べてみる必要がありますが……」

星井父「…………」

総一郎「……だが、竜崎。もし仮にそうだとしても……新宿の通り魔はどうなる? これはおそらく、今犯罪者裁きをしているキラと同一人物だろうが……」

L「そうですね……この通り魔の後に、世界中の大犯罪者が軒並み殺されたため、この通り魔はキラの能力を試すための実験台だった……そうみるのが自然です。事実、私はキラ事件が起こった当初にそのような推理をしました」

L「そこで、私が今述べた内容を前提にした場合……つまり、765プロダクションの前のプロデューサーを殺した者と美希さんのクラスメイトの男子を殺した者はいずれも美希さんであると仮定した場合……」

星井父「…………」

L「この場合においても、新宿の通り魔を殺し、今犯罪者裁きをしている者は美希さんとは別の者である……その可能性も、一応考えられないではないですが……」

L「そうであるとすれば、美希さんと今裁きをしている者は、ほとんど同じタイミングで能力を使い始めたということになります」

L「しかもそのタイミングは歩調を合わせたように、まず美希さんが能力を使い、その翌日に別の者、そしてそのまた翌日に美希さん……と一日おきです」

L「これならむしろ、同じ者が一日に一人ずつ、三日連続で能力を使ったとみる方が自然です」

総一郎「そうなると……」

L「はい。結局これも美希さんということになりますね……」

星井父「…………」

L「ただそうは言っても、今から行おうとしている捜査は、あくまでもその可能性を検証するためのものです。私がこれまで述べてきたことは、例の三名の死亡時期と同じ時期にキラの能力によって殺されたと思われる者が他にいないかを調べた上で、その結果……そういった者がいなかったときに、初めて可能となる推理です」

星井父「ああ……そうだな。それは分かっている」

総一郎「……うむ。今はとにかく捜査を続けることだ」

L「はい。では夜神さんは、私と共に、例の三名の死亡時期と同時期の心臓麻痺死者の洗い出し……そして、765プロダクションの前のプロデューサーと美希さんのクラスメイトの男子の両方と接点のある者が美希さん以外にいないかの調査をお願いします」

総一郎「ああ、分かった」

【同日・765プロ事務所】


春香「プロデューサーさん! バレンタインデーですよ! バレンタインデー! というわけで、はいどうぞ!」

P「おっ。サンキュー春香。チョコカップケーキか。これまた美味そうだな」

春香「えへへ~。腕によりをかけて作りましたから! あっ、社長さんもどうぞ! それに律子さんと小鳥さんも!」

社長「おお、ありがとう。天海君」

律子「なんだか悪いわね、私達までもらっちゃって」

春香「いえいえ、事務所の皆の分、作ってきましたから!」

小鳥「ありがとう。春香ちゃん。うわぁ、すごい綺麗……まるでお店に売ってる物みたいね」

春香「いえいえそんな……褒め過ぎですよ。小鳥さんったら」

亜美「はるるーん! 亜美達にもちょーだい!」

真美「ちょーだい!」

春香「はいはい。亜美真美の分もちゃんとあるから。はい、どーぞ」

亜美「わーい! ありがとー! はるるん!」

真美「最早はるるんのお菓子無くして、765プロのバレンタインデーは語れませんなあ」

春香「何言ってんのよ、もう」

 ワイワイ…… ガヤガヤ……

美希「…………」

千早「美希? どうかしたの?」

美希「え?」

千早「いえ、いつもなら真っ先にお菓子貰いに行きそうなのに」

美希「ああ……うん。ちょっとね」

千早「?」

美希「……なんかこうやって見てると、まるでいつも通りの春香なのになって……」

千早「? どういう意味?」

美希「! な、なんでもないの。あ、千早さんも春香にお菓子貰いにいこ!」グイッ

千早「きゃっ。み、美希。急に引っ張らないで……」

美希「あはっ。ごめんなさいなの。春香! ミキと千早さんにもお菓子ちょうだいなの!」

春香「おっ、きたなー、育ち盛り星人め!」

美希「何なのそれは」

春香「分かんないけど、ノリで」

美希「もう。春香ったらおかしいの」

春香「あはは」

美希「…………」

美希(いつも通りの事務所、いつも通りの皆。そして……)

美希(いつも通りの、春香)

美希(…………)

美希(ねぇ、春香)

美希(ミキ達はこれからも、ずっとこうしていられるよね?)

美希(ずっとこうして、皆で、仲良く)

美希(だってミキ達は、そのために……)

美希「…………」

亜美「どったのミキミキ? ぼーっとしちゃって」

美希「えっ?」

真美「もしかして、なんかお悩み中?」

亜美「亜美達でよければ、話くらい聞くよ?」

美希「……んーん、大丈夫なの!」

美希(そう、大丈夫……だから信じて、前に進もう)

美希(デスノートがある限り、ミキ達の未来はきっと明るい)

美希(そうだよね? 春香……)

一旦ここまでなの

【二週間後・キラ対策捜査本部(都内のホテルの一室)】


総一郎「竜崎。これで我々が行った追加捜査の結果が出揃ったわけだが……」

L「……はい」

相沢「…………」

松田「…………」

模木「…………」

星井父「…………」

L「…………」

L(まず、アイドル事務所関係者連続殺人事件についての追加捜査の結果……)

L(765プロダクションの現プロデューサー……つまり元961プロダクションのプロデューサーと、天海春香の接点について)

L(同プロデューサーが961プロダクションに在籍していた当時、担当していた男性アイドルユニット・ジュピターのメンバー三名……)

L(彼らに対する聞き取り調査によって得られた証言によると、同プロデューサーが移籍する前、765プロダクション関係者と接点を持った機会は一度のみ)

L(同プロデューサーが765プロダクションへ移籍するおよそ二か月前、歌番組の収録の際に、共演者だった765プロダクションのアイドル二名と顔を合わせている)

L(その二名とは……如月千早と天海春香)

L(そう。やはり……天海春香だった)

L(なおその時、現場で機材のトラブルがあったらしいが、同プロデューサーの的確な対応と現場スタッフへの助言により、ほとんどタイムロス無く収録を終えられたとのこと)

L(そして何より、彼のプロデュースによって、ジュピターは今や日本の男性アイドルの中では流河旱樹と並び、トップクラスの人気アイドルといっていいほどの地位にまで上りつめた……)

L(メンバーの三名も、彼が移籍した後に新たな担当となった後任のプロデューサーにも特に不満は無いらしいが……それでも、全体的な能力で比較するとやはり前任のプロデューサーに軍配が上がるとのこと)

L(移籍前の同プロデューサーとの接点……そして彼のプロデューサーとしての能力の把握……)

L(以上を前提にすれば、天海春香が黒井氏を脅迫し、同プロデューサーを自分の所属事務所に移籍させようと考えることの合理性は認められると言っていいだろう)

L(また、さらに過去に遡って、各765プロ関係者の住所地近辺で不審な心臓麻痺死者が例の烏森氏以外にいなかったかの洗い出しも、収集していた残りの全データ分について行ったが……結局、これに該当する者はいなかった)

L(これらの事実と、これまでの捜査結果をあわせ考えると……アイドル事務所関係者連続殺人事件は、天海春香単独による犯行)

L(未だ物的証拠は無いままだが、これはもうほぼ確定と言っていいだろう)

L(そして次に、765プロダクションの前のプロデューサーと、新宿の通り魔……そして、星井美希のクラスメイトの男子)

L(この三名を殺した者と……今犯罪者裁きをしている者について)

L(この三名の死亡時期と近接した時期に、キラの能力による殺人と考えられる死に方をした者……つまり『突然の心臓麻痺死』以外の情報が何も無い形で死亡した者は……いなかった)

L(よって、新宿の通り魔を別にすれば……少なくとも日本全国で、星井美希の身近な人間だけが、三日間という短い期間において二人もキラの能力を持つ者によって殺されたということになる)

L(また星井美希以外に、この二名の両方と接点のある者がいなかったかについても再度調べ直したが……結局、そのような者の存在も見つからなかった)

L(以上の事実とこれまでの捜査結果、そしてこの二名に対する殺害の動機等をあわせ考えると……この二名を殺害したのは星井美希とみてほぼ間違い無い)

L(そしてこの二名に新宿の通り魔を加えた三名の殺害が三日連続で行われていること、この三名の死亡時期と同時期にキラの能力によって殺されたと思われる者が他にいないことからすると……新宿の通り魔を殺害した者も、星井美希とみるのが最も自然)

L(このことに、新宿の通り魔の殺害は、今犯罪者を裁いているキラが大犯罪者を殺し始める前に実験的に行ったものだとする私の推理をあわせ考えると……)

L(今犯罪者を裁いているキラも……星井美希と考えてほぼ間違い無い)

L「…………」

L「これまでの捜査結果と、今回行った追加捜査の結果により……今後の捜査は、今から述べる推理内容を前提に行っていきたいと思います」

一同「…………」

L「まず……アイドル事務所関係者連続殺人事件の犯人……および、今現在黒井氏を脅迫している者は……765プロダクション所属アイドルの天海春香」

一同「…………」

L「そして……765プロダクションの前のプロデューサー、新宿の通り魔、区立△△中学校三年の男子生徒の三名を殺害した者……および、今現在犯罪者を裁いている者は……こちらも765プロダクション所属アイドルの星井美希」

星井父「! …………」

L「ただし現段階では、この両名についての推理はいずれも状況証拠の積み重ねの結果でしかなく、これらの推理を裏付ける物的証拠は何もありません。ゆえに100%とまでは断定できませんが……」

L「私の中では、いずれも99%以上の確信があります」

一同「! …………」

L「まずこの段階で、異論のある方は仰って下さい。今述べた推理の内容を今後の捜査の前提とする以上、そこに疑念を残したままでは円滑に捜査を進めることができませんので」

星井父「……竜崎」

L「はい。何でしょう? 星井さん」

星井父「……竜崎の推理の内容自体に異論は無い。ただ……」

L「…………」

星井父「何度も同じ確認をしてすまないが……ここまでの状況においても、俺はまだこの捜査本部に……」

L「はい。美希さんへの嫌疑がどれだけ高まろうが、私の考えは変わりません。辞めたければ辞めて頂いて構いませんし、捜査を続け、その結末を見届けたいのであればこのままここに居て下さい」

星井父「……分かった……」

L「…………」

L(星井美希への情報漏洩の可能性を考えた場合、星井係長をここに残すことにはリスクもあるが……しかしそれは、今ここで抜けられても同じ事)

L(また今後、実際に星井美希・天海春香の二人と直接的に接触してキラとしての証拠を掴むような場面になった場合、星井係長が娘を守ろうとし、何らかの行動に出る可能性がある……その事を考えると、彼には今のまま捜査本部に居てもらった方が、こちらも常にその動きを監視できて都合が良い)

L「では他に、何かご意見のある方はおられますか?」

一同「…………」

L「――それでは、以上の内容を前提として、今後の捜査方法を考えていきたいと思います」

L「まず、これまで言ってきた事の繰り返しとなりますが……いくらキラである可能性が高いといっても、キラとして殺しを行ってきたことの明白な証拠を挙げられなければ、二人を捕まえることはできません」

L「そしてその証拠の挙げ方ですが……基本的には、何らかの形で二人の双方、またはいずれか一方に直接接触し、キラとして殺しをしている現場を押さえるか、あるいは誰が見てもキラとしての殺しを行ってきたことが明白といえる証拠を押さえる……これ以外にはありません」

一同「! …………」

総一郎「直接接触か……だがこちらが殺されるリスクを考えれば、当然……」

L「はい。絶対に捜査目的で接触していることを知られないようにしなければなりません。もっとも、捜査目的で接触してきた者を殺せば、当然キラとしての嫌疑も一層高まるわけですから、それはしないだろうと考えることもできますが……逆に、こちらに対する威嚇として殺す可能性も十分にあると考えられますので」

総一郎「そうだな。いくら命を懸けて捜査するとはいっても、命をやすやす奪われるようなやり方を取るべきではない」

相沢「捜査目的で近付いたことがばれたら殺される……か。確かにキラからすれば、それによりたとえ自分に対する嫌疑が高まるとしても……いやもっと言えば、自分がキラだと断定されたとしても……自分を捕まえようとする者を片っ端から殺していけば、誰もが死を恐れ、キラを追うことができなくなる……そうすれば、結果として自分が捕まることもなくなる……」

L「はい。だからこそ、捜査目的であることが絶対に知られることが無いような方法を考えた上で、かつ慎重に接触しなければなりません」

L「またそれに加えて、今現在……この二人は、キラとしての行動に関して、互いに連携を取っている可能性が高い。したがって、いずれか一方のみに接触した場合、たとえそれが捜査目的であるとはばれなくとも、接触したこと自体はほぼ確実にもう一方にも伝わる……そう考えて動くべきです」

L「キラとしての情報連携を密にしているのであれば、どんなに些細な事であっても、相互に連絡・報告し合っていると考える方が自然ですから」

松田「? 二人が連携? そんな話ありましたっけ? ……いや、でもまあ同じ事務所の所属アイドル同士なんだから、当然っちゃ当然か」

L「はい。それも当然ありますし……また改めてこれまでの捜査の結果を検証していくと、その可能性を裏付けうるものがあることに気付きました」

松田「? これまでの捜査の結果……って、何かありましたっけ?」

総一郎「……あの黒いノートの受け渡しの件か。元FBI捜査官・南空ナオミの尾行捜査により得られた情報……」

松田「ああ! ありましたね。交換日記とか、勉強関係じゃないかって言ってた……」

L「はい。南空ナオミから報告を受けた時点では、私もさほど気にする内容ではないと思っていましたが……この二人がキラ容疑者としてほぼ確定した以上、話は変わってきます」

L「またそもそも、交換日記であれ勉強関係のノートであれ、その程度の物なら普通に事務所内で会った時に受け渡せばいいわけですから……それをあえて冬の寒い時期の夕刻に、わざわざ外の公園で行ったというのは幾分不自然です」

L「しかしそれも、事務所の他の者には見られたくないやりとり……つまりキラとしての行動に関する、秘密の連絡であったと考えれば辻褄が合う」

L「電話やメールはその気になればいくらでも警察が通信記録を調べられますが……情報を紙媒体に記し、かつそれを本人同士が手渡しで授受すれば、媒体を直接奪われでもしない限り……その秘密性はほぼ完全に守られますから」

総一郎「確かに……」

L「ただ、以前にも述べましたが、他のアイドル事務所関係者が事故死や自殺で殺されていたにもかかわらず、765プロダクションの前のプロデューサーだけは心臓麻痺で殺されています。このことから、少なくとも、二人は同プロデューサーの死亡時点ではまだ連携していなかったものと思われます」

L「この時点で既に二人が連携していれば、同プロデューサーも他のアイドル事務所関係者と同様の死因で殺されていたはずですので」

総一郎「うむ……」

L「では何故、この時点で二人は連携できていなかったのか……それはおそらく、二人の間で能力を持った時期にずれがあったからではないかと思われます」
  
L「つまり時系列でいうと、天海春香は星井美希より先に能力を持っていたことになると思われますが……星井美希も能力を持った時、天海春香はすぐにはそのことに気付かなかったか、あるいは気付いていたが自分が既に能力を持っていたことは隠していた……」

L「一方、星井美希も天海春香が既に同じ能力を持っていたことには気付かず……結果、天海春香と連携を取ることなく、独断で765プロダクションの前のプロデューサーを殺したものと考えられます」

L「それゆえ、同プロデューサーだけが他のアイドル事務所関係者とは異なり、心臓麻痺で殺された……これが私の考えです」

相沢「なるほど……そう考えると、確かに765プロの前のプロデューサーだけが心臓麻痺で殺された事にも説明がつくな」

総一郎「しかしそうだとすると、星井美希は、先に能力を得ていた天海春香とは全く無関係にキラの能力を得たということになるな……」

L「そうですね……現時点で、キラの能力が持つ者の意思によって他に移せたり、または分け与えたりできるものなのかどうかは分かりませんが……少なくとも、星井美希の能力は天海春香の意思によって移されたり、または分け与えられたりしたものではない。そこは間違い無いはずです」

相沢「……ってことは、全くの偶然に、同じ事務所の所属アイドル二人にだけ、同じ能力が宿ったということか? 三か月という、時期的なずれはあるにせよ……」

松田「確かに……偶然にしてはちょっと出来過ぎているような……」

総一郎「もしこれが偶然ではないとすると……たとえば、765プロダクションの中にいる、さらに別の者もキラの能力を持っていて、その者が二人に順次能力を与えた……という可能性は無いか?」

L「もしそうだとすると、星井美希が能力を得た当初、二人が連携していなかったというのは不自然ですね……。第三者が何らかの目的を持って身近な二人に能力を与えたのなら、星井美希にも能力を与えた時点で、そのことを先に能力を与えていた天海春香に教えない理由が無い」

総一郎「うむ……確かに……」

L「ですので、残念ながら……現時点では、二人に能力が宿った経緯についてはよく分かりません。ただいずれにせよ言えることは、765プロダクションの前のプロデューサーに関しては、天海春香と連携することなく、星井美希が独断で殺害した……そう考えてほぼ間違い無いであろうということです」

総一郎「うむ。しかし、公園で黒いノートの受け渡しをしていたことから考えると……現在では、二人は互いに情報を共有・交換し、連携してキラとしての行動を取っている可能性が高い……そういうことだな? 竜崎」

L「はい。おそらくキラ事件の開始後、どこかの時点で二人は互いに互いがキラの能力を持っていることに気付き、連携してキラとしての行動を取るようになった……そしてそうであるとすれば、今行っている犯罪者裁きや黒井氏への脅迫も共同して行っている可能性が高い」

総一郎「うむ……」

星井父「…………」

L「…………」

L(何よりそう考えれば、星井美希の自宅への監視カメラの設置期間中にも、犯罪者裁きが普通に行われていたことが合理的に説明できる……)

L(もっともその場合でも、星井美希が監視カメラの設置に気付いた上でそうしていたのだとすると、何故そのことに気付けたのかという疑問は残るが……)

L(だがカメラの設置にまでは思いが至らなかったとしても、カメラの設置の十日前には、夜神局長達が765プロダクションの事務所へ行き、二人を含めた同プロダクションの関係者全員に聞き取り調査を行っている)
  
L(そしてその際の星井美希への聞き取りから、彼女のクラスメイトの男子の件が発覚している……とすれば、そこから足がつくのを恐れ、二人で相談した結果……一時的に、あるいは当面の間……天海春香が星井美希に代わって裁きを行うことにしたのかもしれない。……そう考えれば、この点についても説明がつく)

L「…………」

L「……ですので、今後接触するとしても二人同時にか、一方だけにするならもう一方に伝わっても捜査に支障が出ないと考えられる方法で……ということになります」

L「ただそうは言っても、いきなり本人達に接触するのは危険過ぎますし、何より、彼女らは今人気急上昇中のアイドルです。そんな二人にいきなり接触すること自体、まず不可能でしょうから……まずは二人の両方、あるいはいずれか一方にとって身近な人物にあたりをつけましょう」

L「そしてまずその者に接触し……その後、自然な形でその者を介して星井美希と天海春香の両方、またはいずれか一方に接触する……それしかありません」

総一郎「他の者を介して……か。可能なのか? そんなことが……」

L「分かりません。でもその方法しか無いと思います」

総一郎「…………」

L「その上で、キラとして殺しをしている現場を押さえるか、あるいは誰が見てもキラとしての殺しを行ってきたことが明白といえる証拠を押さえるか……ですが」

総一郎「……?」

L「正直、前者は難しいと思っています。いくらなんでも、他人に観られている状況で殺しの行為をするとはちょっと想定しがたいですし……もし仮にそのような場面に遭遇しようものなら、それだけでこちらが殺される危険がある」

総一郎「うむ……」

L「相手に気付かれないように観察する、という手もありますが……もしこれをするなら、いつ、どこで、どうやって殺しをしているのかが何も分からない以上、二人を24時間監視し続けるという手段を取るしかありません」

星井父「! …………」

L「しかし、そこまでの大がかりな監視となると、その準備をしている間に気付かれて殺されてしまう危険性が極めて高い」

相沢「確かに……」

L「また、いくらキラ容疑者といっても相手はまだ十代の少女達……その私生活を完全監視するなどという手法は人権上も問題があります」

総一郎「…………」

L(もっとも、二人の自宅にだけ再度監視カメラを付けるという手ならまだ可能だろうが……前の結果を見るに、その場合でもキラとしてのボロはまず出さないだろうし、カメラの方が先に見つけられてしまうだろう……)

L「……だとすれば、最も現実的な手段は、これまでにキラとしての殺しを行ってきたことが明白といえる証拠を押さえること。そして現時点で、その証拠になりうると考えられる物があるとすれば……」

総一郎「二人が公園で受け渡していた黒いノート……か。確かに、あれがキラとしての活動に関する、何らかの秘密を記載した物だとすれば……」

L「はい。決して可能性として高くはないですが、ただ低いとも思いません。先ほども言いましたが、あの二人がキラだとして、わざわざ事務所の外でキラとしての活動とは全く無関係なノートの受け渡しをしているとは、少々考えにくいですから」

L「そしてまた、そこに書かれていることがキラとして殺しを行ってきたことの自白と同視できるような内容であれば、それを証拠として二人を捕まえることは十分可能であると考えます」

星井父「…………」

総一郎「確かに、殺人自体の直接的な証拠とはならないが……烏森氏の件、アイドル事務所関係者の件、765プロの前のプロデューサーの件、星井美希のクラスメイトの件、黒井氏への脅迫の件、そして犯罪者裁きの件……これらの全部または一部について、犯人しか知りえないような情報が記載されていれば、あるいは……」

L「はい。それを目の前に突き付けて尋問すれば、キラとしての自白……さらにはその自白をもとに、殺人自体の直接的な証拠を得る事も不可能ではないと思います。もちろん、こちらは常に顔を隠しながらそれを行うということにはなりますが……」

総一郎「……うむ。そうだな」

L「ですので、一旦の目的は例の黒いノートを押さえることとし……そのためにも、まずは二人に接触する手段を考えていきたいと思います」

相沢「……すまん、ちょっといいか? 竜崎」

L「はい。何でしょう? 相沢さん」

相沢「情報さえ伝達すれば事足りると考えた場合、内容を伝えた後のページは処分されていると考えた方が自然……ノートを押さえたところで、中は白紙ということも十分ありうるのでは?」

L「確かにそうかもしれません。しかしそうなら、もっと小さなメモ用紙にでも書いておき、それを封筒などに入れて渡すといった手段でもいいはずですから……あえてそうせず、わざわざノートごと受け渡しをしているということは、ノートに記録した形で渡す必要がある情報なのかもしれません。そうであれば、これまでに記載された情報がそのまま残っているという可能性も十分にあると思います」

相沢「なるほど。そう言われてみれば、確かに……」

松田「それにひょっとすると、人を殺す時に必要となる、すごく長い呪文か何かが書いてあったりするのかもしれませんしね」

相沢「松田。真面目にやれ」

松田「や、やってますよ! 真面目に!」

L「そうですね……。殺し方が分からない以上、松田さんの考えもあながち的外れではないのかもしれません」

松田「ほら!」

相沢「…………」

L「情報をノートに記録した形で残しておく必要があるのか、あるいはノートという媒体そのものが、殺しの能力に関係があるのか……」

L「現時点ではまだそこまでは分かりませんが……少なくとも、この黒いノートがキラとしての活動に関係があるのであれば、このノートは天海春香と星井美希のいずれかが必ず所持しており、かつ第三者に奪われたりすることの無いよう、常に目の届く形で管理しているものと考えられます」

L「それこそ、常時肌身離さず持ち歩いているとしても不思議ではありません。客観的に見ればただのノートなのですから」

模木「……そういえば」

L「? 何ですか? 模木さん」

模木「先月、局長と共に765プロに聞き取り調査に行った時……ほとんどの者は、聞き取りの際、何も持っておらず、手ぶらでしたが……」

模木「美希さ……星井美希だけは、ずっとハンドバックを膝の上に抱えていました」

星井父「! …………」

総一郎「……ああ、言われてみれば確かにそうだったな。ただ年頃の子だし、携帯か何かを常に傍に持っておきたいのだろうと考え、その時はさして気にもしなかったが……今思えば……」

L「まあ……それだけで決め付けるわけにもいきませんが……一応、可能性はありますね」

L「ただ、南空ナオミからの報告では『天海春香が星井美希に渡した』ということでしたから……常に決まった一方が持ち続けているというわけでもなさそうですが……今の模木さんの話からすると、常にどちらかが肌身離さず身に着けている、ということにはなるのかもしれません」

星井父「……じゃあ令状を取って、美希と天海春香の二人を同時に身体検査ってところか? もちろん、俺がそれをするわけにはいかないが……」

L「普通の事件ならそうなりますが……やはり先ほど言った理由により、その方法は取れません。たとえ全員がフルフェイスのヘルメットを被って検査を実施しようとしたとしても、その時点で、既に警察官として顔を知られている夜神さんと模木さんは殺されてしまう可能性が高い」

総一郎・模木「…………」

L「ですので、やはりあくまでも捜査であると気付かれることなく接触し、その上でノートを押さえる……それ以外にはありません」

総一郎「しかし、もし本当にどちらかが常に肌身離さず身に着けているような物なら、何があっても他人に見せたりはしないだろうし……仮に身に着けることができない状況であっても、他の者が手に取ることができるような場所には保管しないと思うが……」

L「そうですね……。ただまあいずれにせよ、まずは接触する人物のあたりをつけないといけませんから……。ノートを押さえるための具体的な方法はその後で考えましょう」

L「とにかく二人の両方、または少なくともいずれか一方と接触することができなければ、何も始まりませんので」

総一郎「うむ……そうだな。まずはそこからか……」

ワタリ『竜崎』

L「? どうした? ワタリ」

ワタリ『黒井氏からエラルド=コイルのサブ回線宛てに連絡が入っています』

L「! ……分かった。つないでくれ」

(ミキ出なかったけど)一旦ここまでなの

L「エラルド=コイルです。どうされましたか? 黒井社長」

黒井『キラからまた手紙が届いた……『“L”の正体を明かせ』と命じてからもう一か月になる……そろそろ“L”の正体が分かっている頃合いかもしれないから、“L”の正体を次の手段により自分に分かるように示せ、と……』

L「どんな手段ですか?」

黒井『わが社のホームページの中に、新人のアイドル、タレント、俳優を紹介しているページがある……そのページで紹介されている新人の一人の写真として“L”の写真を掲載した上で、自分が提示する複数の名前の中から最も自然なものを一つ選び、“L”の写真と共に載せろ、と……』

L「! ……なるほど……そうすれば、他の者がそのページに掲載されている“L”の写真を見ても、ただの新人のアイドルか俳優の一人としか思わない……だがキラにだけは、その写真の人物が“L”であると分かる」

黒井『そういうことだ。……一応聞くが、現時点ではまだ“L”の正体は掴めていない……そういうことでいいんだな? 顔写真も含めて』

L「はい。以前にも述べましたが、“L”は正体不明の探偵ですから……顔写真はおろか、現時点ではまだ何の手がかりも掴めていません」

総一郎「…………」

黒井『そうか……ならば暫くはこのまま放っておくしかないな……。どのみち私の方からキラに連絡を取る術は無いし、むしろ私が下手な動きをすればそれだけで……」

L「そうですね……。ちなみにですが、キラから『何月何日までに“L”の写真を載せろ』という風に、明確な期限を伝えられているわけではないのですね?」

黒井『ああ。指示内容は今述べたものだけだ』

L「分かりました。ただそうは言っても、キラの指示を無視し続けるのもそれはそれで危険ですので……一旦、どう対応すべきかは私の方で考えます。またご連絡いたします」

黒井『そうか……すまないな。依頼外の事まで……』

L「いえ。依頼人を守るのも探偵の務めですので」

総一郎「…………」

松田「そうなんですか?」

相沢「俺が知るか」

黒井『……では、悪いがよろしく頼む』プツッ

L「…………」

総一郎「動いてきたな……キラ。いや……」

L「天海春香……および星井美希」

総一郎「……ああ」

星井父「…………」

ワタリ『竜崎。黒井氏から、キラが提示してきたという複数の名前のリストがメールで送られてきました』

L「分かった。画面に出してくれ」

ワタリ『はい』

(捜査本部内のPC画面に、複数の名前のリストが表示される)

L「…………」

松田「わー。日本人名に外国人名、男性の名前に女性の名前……全部で30個くらいありますね」

相沢「明らかに芸名っぽいのもいくつかあるな」

L「まあこれだけの種類があれば、“L”の性別、年齢、容姿がどんなものであれ、ほぼ問題無く対応できるでしょうね」

総一郎「それでいて、どの名前を選ぼうがキラにはそれが“L”と分かる……か。また、961プロの当該ページで紹介されている者はアイドル、タレント、俳優と幅広い……」

L「はい。中高年の男性なら俳優、若い女性であればアイドルなど……その写真の人物にとって最も自然に見えるカテゴリーに当てはめれば、普通に見る限り何の違和感も無いでしょう」

相沢「そしてキラはこの公開されているホームページを普通に閲覧すればいいだけ、か……これでは、ここからキラの正体を特定することは不可能だな……」

L「はい。もし仮に、特定のアドレス宛てに“L”の写真をメールで送るように、などと指示されていた場合であれば、そのアドレスの取得元を探るなどの手段を取ることもできましたが……単に公開されているホームページに掲載するというだけでは、当然の事ながら、それを見たからといってイコールキラの証明にはなりません」

L「また、少なくとも961プロダクションのホームページにアクセスしたIPアドレスは割り出せるでしょうが……それも『ライバルとなりうる他のアイドルの動向は常にチェックするようにしていたから、他事務所の新人アイドルの紹介ページは毎日欠かさず閲覧していた』で問題無く通ります。キラ自身も現役のアイドルなのですから、何の不自然さもありません」

星井父「…………」

総一郎「確かに……結構考えているな」

松田「はるるんって、テレビでは結構ドジキャラで通ってるのに……女の子って分かりませんね」

相沢「松田」

松田「す、すみません!」

総一郎「しかし……名前は自分が提示したものの中から任意のものを選んで使え、というのは……もう、この黒井氏を脅している方のキラ……いや、キラ同士が連携している可能性が高い以上、どちらの方のキラ、として特定するのはあまり意味が無いが……とにかく、キラの能力を持つ者のうち、いずれかの者が『顔さえ分かれば人を殺せる』という能力を持っているのは間違い無いようだな」

L「はい。ただ、キラの能力も時間の経過と共に進化しうるものなのかもしれませんので……キラの能力を持つ者のうちのいずれか、またはその全ての者が『顔だけで人を殺せる』能力を持っている、ということはもう確定と言っていいと思います」

総一郎「だがどうする? 竜崎。相沢が言ったように、これではキラの正体を特定することはほぼ不可能……」

L「そうですね……まあでも、現時点でキラの正体はほぼ分かっていますし、今更『黒井氏を脅迫していた者』として特定したところで、それがキラとして殺しをしてきたことの直接的な証拠になるわけでもないですから……あまり大きな意味はありません。極端な話、『黒井社長が765プロを陥れようとしていたことに対して復讐するために、キラの名を騙って脅迫していた』で通ります」

松田「いや通らないでしょう……どう見たって脅迫罪……」

総一郎「いや、竜崎が言っているのは、そのことがキラとしての証拠につながるわけではないって意味だ……」

L「その通りです。もちろん、上手い言い訳が作れないようなら、そこをつつくことでキラとしての自白を引き出すことも不可能ではないかもしれませんが……黒井氏を脅迫した内容のうち、『961プロのプロデューサーを765プロへ移籍させろ』は、実際まさに黒井氏への復讐がその理由でしょうし、『“L”の正体を明かせ』も、自身を本物のキラっぽく見せるために行ったものだ、といえば一応通ります。さらに、『捜査本部が“L”と一緒に捜査をしている』という事実を知っていたことも、『父親が警察関係者だったから聞いたことがあった』で説明がつきます」

星井父「…………」

総一郎「では、もうこの件から天海春香、または星井美希に辿り着いたとしても……」

L「はい。今更、彼女らが黒井氏に手紙を送ったことが分かろうが、キラと名乗ったことが分かろうが……もうそんなことによって事態が大きく動くわけではありません。もうそんな次元の話ではないんです」

L「今我々がすべきことは、二人がキラとして殺しを行ってきたことの明白な証拠を挙げること。ただそれだけです」

相沢「では、黒井氏に送られてきた手紙の検証等もしないでおくか? 一応、指紋等が付着している可能性もゼロではないと思うが……」

L「はい。それも必要ありません。仮にそこで物的証拠が出たとしても、結局言い逃れが出来てしまうのであれば意味がありませんし……またここまで色々と考えて行動している相手が、今更そんなヘマをしているとも思えません」

相沢「それもそうだな……」

L「それに黒井氏にキラから届いた手紙を我々の元へ転送させたりするのは危険です。実際無いとは思いますが、あまり下手な動きを見せると黒井氏が殺されてしまう可能性がありますので」

松田「確かに……って、あれ? 黒井氏の話では、キラからの最初の手紙に『私はあなたの考えていることが分かる』とかって書いてあったんですよね? もしそれが本当なら、行動の有無にかかわらず、黒井氏の内心はもう全部読まれてるんじゃ……?」

L「もしそうなら、黒井氏はキラから脅迫されていることをエラルド=コイルに打ち明けた時点で殺されているはずです。そもそもキラが“L”の正体を知りたがっているのは、“L”に自分の正体を知られる前に殺してしまいたいと考えているからのはずであり、そうであるとすれば、キラの正体につながる情報をコイルに話した黒井氏を生かしておくはずがないからです。ゆえにその部分は、黒井氏をより確実に脅すために書いた稚拙なハッタリです」

松田「な、なるほど……」

L「ただそうは言っても、実際に今キラが黒井氏を殺すとは考えられません。そもそも黒井氏に『“L”の正体を明かせ』などと命じてきたのは、端的に言って、自分ではそれができないからです。まあアイドルであることを除けば普通の女子高生と女子中学生に過ぎませんので、ある意味当然といえば当然ですが……」

星井父「…………」

L「よって、今黒井氏を殺したところで、キラとしては“L”の正体についての情報源を失うだけで何の意味も無い。今回のホームページへの掲載にしたって、『何月何日までに掲載しなければ殺す』としてもよかったはずなのに、あえてそれをしなかったのはそういった理由からです。もしそのように脅しておいて、指定した期限が過ぎたのに殺さなければ、キラであることの信憑性は一気に怪しくなる……だからといって実際に殺してしまうと、“L”の正体捜しがまた振り出しに戻ってしまう」

総一郎「しかしそうは言っても、さっき竜崎も黒井氏との会話の中で言っていたことだが……ずっとこのまま放置しておくというわけにもいくまい」

L「そうですね。やはり何らかの手は打っておくべきです。たとえば、既に死んでいる者の写真を“L”として掲載するとか……」

相沢「なるほど。それならキラが“L”の写真を見て殺しの能力を使ったとしても、新たな犠牲者が出ることはない」

L「はい。ただこの案を採用したとして、もし嘘だったことがばれた場合……キラが、明白に自分を欺こうとした黒井氏を殺してしまう可能性が高い、という問題点があります」

総一郎「確かに……そうなると、この案は採れないな……」

松田「あっ。じゃああの人物は? 以前、“L”として生中継に出演した死刑囚の……リンド・L・テイラー。彼なら一度“L”を名乗っている以上、黒井氏が嘘をついたことにはならないんじゃ……」

L「リンド・L・テイラーが“L”で通るなら、そもそもキラは黒井氏にこんな命令をせず、普通にテイラーを殺しているはずです。しかしキラは未だにテイラーを殺していない……それはテイラーが本物の“L”ではないと気付いているからでしょう」

松田「ああ……それもそうか」

総一郎「いずれにせよ、キラが直接手を下さずに人を殺せる能力を持っていると分かっている以上、今もなお生きている人間を身代わりに差し出すことなどは決してできん。それがどんな人間であれ、またどんな理由があろうともだ」

L「……そうですね……人命優先……当然ですね」

相沢「…………」

L「であれば、方策は一つしかありません。キラの指定したページに、一般の閲覧者からは違和感が無いように見え、かつキラにだけはこちらの意図が伝わるようなメッセージを掲載しましょう」

相沢「こちらの意図?」

L「端的に言えば、『もう少し待って下さい』ということです。それさえ伝われば十分です」

松田「そ、そんなの通用しますかね? キラに……」

L「通用しますよ。先ほども言ったように、キラとしてもそう簡単に黒井氏は殺せないはずですので……取り急ぎ、何らかの反応を返してさえいれば、まず下手な事はしないでしょう」

相沢「確かに、理屈でいえばそうかもしれんが……しかし、どうやってキラにだけこちらの意図が伝わるようにするんだ?」

L「別に大した技術は必要ありません。もちろん、無関係な第三者が見た時にも不自然に映らないようにしておく必要はありますが」

松田「あっ。ひょっとして、一見無関係に見える文章を載せておいて縦読みさせるとか?」

相沢「松田」

松田「えっ! 今のも駄目っすか!?」

L「いえ、発想としては近いですよ。松田さん」

松田「ほら!」

相沢「…………」

L「ただ、黒井氏はキラに脅迫されているわけですから……そもそも『無関係』なんてありえないんですよね。下手な動きを見せれば殺されるという状況下において、キラの指示に関係していそうに見えて実は無関係だった、なんて行動を取るはずがないんです」

松田「? どういうことですか?」

L「つまり今、黒井氏がキラの指示内容に関係する範囲で何らかの行動を起こすなら、それはキラの指示に関係する内容以外にはありえないんです。そうであれば、ややこしい小細工を弄せずとも、必ずキラにこちらのメッセージは伝わります」

松田「な、なんか難しくて僕にはよく……」

総一郎「まあ竜崎には考えがあるようだし、ここは任せてみるとしよう」

相沢「そうですね」

総一郎「ではすまんが頼む。竜崎」
  
L「分かりました。……ワタリ。今からもう一度、黒井氏の携帯につないでくれ」

ワタリ『はい』

L「…………」

L(こっちはこれでなんとかなるだろう……一応の対応をしている限り、現時点で黒井氏が殺されることは無いはず)

L(後はキラ……天海春香と星井美希の双方、またはそのいずれか一方と接点があり、かつこちらが付け入る隙がありそうな者……それを早く見定めなければ……)

L「…………」

【二日後の夜・春香の自室】


春香(黒井社長に『“L”の写真を961プロのホームページに載せろ』と指示する手紙を送ってから、今日で三日……)

春香(どうなったかな……)

春香(まあ、そんなに簡単にLの尻尾を掴めるとも思ってないけど……)カチッ

(961プロのホームページ中、新人アイドル等の紹介ページを開く春香)

春香「! ………」

春香「『只今更新中です。今しばらくお待ちください』……」

春香「…………」

春香(このタイミングで、黒井社長がキラの指示とは無関係に、キラが『“L”の写真を載せろ』と指定したページをあえていじるはずが無い……)

春香(つまりこれは……キラに対するメッセージ)

春香(要するに……『まだ見つかっていないからもう少し待って下さい』……ということか)

春香「…………」

春香(どうする……? これまでの脅迫内容から、黒井社長は自分を脅迫している人物……つまりキラが765プロの中にいることには当然気付いているだろうけど……)

春香(キラにいつ殺されてもおかしくない状況にある以上、それを第三者に対して口外しているはずはない……)

春香(しかし今もなお生きている以上、いつか口外されてしまうリスクはゼロではない……このままLの正体を掴むことも出来ないのならもう用済みとも……だったら、今のうちに殺しておくべきか?)

春香(これまで十分苦しめてきたし、“償い”としてももう十分……)

春香(……いや、でもLが美希の部屋に監視カメラまで付けていたことを考えれば……前のプロデューサーさんの件から、同じ事務所の私もある程度疑われていてもおかしくない)

春香(事故死や自殺で殺せば、キラによる殺人とはまず疑われないだろうけど……一連のアイドル事務所関係者殺しの件もあるし、一応、今新たにアイドル事務所関係者を殺すのは控えておいた方がいいか……)

春香(もっとも、一連のアイドル事務所関係者殺しの件については、キラ事件とは無関係のものとして扱われているだろうから、そこまで気にしなくてもいいのかもしれないけど……まあ一応、念の為にね)

春香「……よし!」

レム「? 何だ? いきなり」

春香「そうと決まれば、今は自分にできることをしよう」

レム「?」

春香「まずは、来月の定例ライブの振り付けの練習から。時間は一秒だって無駄にはできないからね」

レム「ハルカ。もう遅いし、あんまり騒ぐとまた母親に怒られるぞ」

春香「もー、レムってばカタいんだから。あ、何ならレムも一緒に踊る?」

レム「……私はいいよ。お前を見ているだけでいい」

春香「そう? じゃあそこで見てて! 天海春香のオンステージ! はい、サイリウム」サッ

レム「…………」ポキッ

春香「じゃあいくよ」

レム「ああ、頑張れ。ハルカ」

春香「…… GO MY WAY GO 前へ 頑張ってゆきましょう!」

春香「一番大好きな 私になりたい!」

(またミキ出なかったけど)一旦ここまでなの

【一週間後・キラ対策捜査本部(都内のホテルの一室)】


L「…………」

L(天海春香と星井美希の双方、またはそのいずれか一方と接点があり、かつこちらが付け入る隙がありそうな者……)

L(そうなると、やはり現時点ではこのアイドルしか……星井美希とは違う事務所でありながら一度同じCMにコラボ出演しており、以来プライベートでも交流がある……)

L(それでいて、まだ星井美希達765プロ所属のアイドルほどには売れていない。これならこちらから接触するのもそう難しくはないだろう)

L(それに、このアイドルのファンサイトに書かれていた内容……)

L(念の為、ワタリに裏を取らせてみたが――……真実だった)

L「…………」

L(星井美希への接点……そしてキラとの関係性……そこに上手く付け入り、こちらに引き込めば……)

L(もっとも、今のところ天海春香とは接点が無いようだが……まあそれは仕方が無い)

L(天海春香に対する接触の仕方はまた改めて考えるとして……まずはこのアイドルに近付き、そこから星井美希との接点を作る……)

L(だが問題は……誰がそれをするか)

L(今の捜査本部のメンバーでは……)

L(星井係長は言うまでもなく、既に顔の割れている二人……夜神局長と模木も当然除外。そうすると……後は相沢、松田……そして、私)

L(この中でアイドルと最も自然に接点を作れそうなのは松田だが……実際、アイドル全般に対するファンのようだし……)

L(しかし、最終的にキラ容疑者である星井美希と接触することを考えると……松田では些か不安が……)

L(アイドルと自然に接点を作ることができ、かついざという時に的確な状況判断ができる者……)

L(この際、その条件を充たす者であれば、捜査本部外の者でも……)

L「…………」

松田「竜崎。まだ迷ってるんですか? こちらから接触する相手を誰にするか」

L「……ええ、まあ……下手をしたら死にますから」

松田「それはそうですけど……でもこんなのやってみないと分からないところもあるし、とりあえず出たとこ勝負でも」

総一郎「まあ松田の言うことも一理ある。いきなりキラ容疑者と直接接触するわけではないのだしな」

L「……そうですね……」

L(本当はもう接触する相手は決まっているが……流石にここで『あなた達にその役を担わせるのは不安です』と言うのも……)

松田「まあ、たまには気分転換にテレビでも観ましょうよ」ピッ

相沢「松田。お前な……」

松田「す、すみません!」

総一郎「まあたまにはよかろう。確かに気分転換も必要だからな」

松田「ほら!」

相沢「…………」

TV『……本日、東応大学の前期日程試験の合格発表が行われ……』

松田「あ、今日東大の合格発表だったんですね。局長の息子さん、どうでした?」

総一郎「ああ、合格したそうだ。さっき妻からメールがあった」

松田「おめでとうございます! というか、えらくあっさりしてますね」

相沢「前に聞いていた話だと落ちる方が難しいレベルだろ。センター試験全科目満点だぞ」

松田「それはまあ……そうですね」

L「…………」

L(夜神局長の息子……そういえば以前、ここでの会話で……)


――局長の息子さんって……確か、過去に何件かの事件に助言して解決に導いたこともあるんですよね。

――ああ、去年あった保険金殺人事件とかな。勉強の方も、さぞかし優秀なんだろうな。


L「…………」

相沢「どうした? 竜崎。ボーッとして」

L「……いえ、何でもないです」

L「…………」

【一ヶ月後・都内某公立高校/入学式当日】


リューク「ミキも高校生か……。何かこう……感無量だな」

美希「…………」

リューク「? どうした? 折角の入学式なのに浮かない顔して」

美希「ん……別に。なんでもないの」

美希「…………」

美希(監視カメラの設置以降……今日まで特に大きな動きは無かった)

美希(春香も黒井社長を脅してLの正体を明かさせようとしているけど……特に進展は無いみたいだし……)

美希(まあでも、これならこれでいいのかな)

美希(穏やかに過ぎゆく時間の中でも、犯罪者裁きは変わらず続けているし……犯罪の発生率はキラ出現前に比べて激減している)

美希(ネットではもう大分前からキラ賛成派の方が多数派だし……最近はテレビでも、キラ支持を掲げる有名人が増えつつある)

美希(こうやって緩やかに……でも確実に……世界は変わっていくのかな)

美希(そしてそれは……ミキが望んだこと)

美希(ミキがそうしようと、決めたこと)

美希(だからこのまま、少しずつ世界が良い方向に変わっていくのなら、それで……)

美希「…………」

(保護者に付き添われた他の新入生達を眺める美希)

リューク「寂しいのか? ミキ」

美希「……どうしたの? リューク。さっきからそんなことばっかり言って」

リューク「いや……他の新入生は皆、父親や母親に付き添われているのに、お前に憑いているのは死神が一匹だけ……流石にちょっとかわいそうに思えてな」

美希「かわいそう? ミキが?」

リューク「ああ」

美希「もう。冗談きついの。リュークってば」

リューク「…………」

美希「別に、パパとママがお仕事忙しくて学校行事に来られないことなんて、うちでは昔からよくあることだし。それに……」

リューク「……それに?」

美希「ミキはね。ノートを拾ってこの能力を得た事を不幸だなんて一度も思ったことはないの」

リューク「…………」

美希「この能力を得たミキは最高に幸せなの。そしてみんなが笑って過ごすことのできる……最高の世界をつくるの」

リューク「……ノートを持った事でミキが幸せになろうが不幸になろうが、そんなこと俺はどうでもいい。ただ……」

美希「ただ?」

リューク「普通は……死神に憑かれた人間は不幸になるらしい」

美希「……だったら、リュークは普通じゃない方のパターンを見れるって思うな」

リューク「ククッ。それはありがたい」

美希「…………」

美希(そう、ミキは最高に幸せ……デスノートの力を使って、悪い人達の居ない、心優しい人間だけの世界をつくるの)

美希(そして春香や他の皆と一緒に力を合わせて、トップアイドルにもなって……)

美希(…………)

美希(でも)

美希(何だろう? この……心の奥に潜む不安は)

美希(確かに……いつかLに、あるいはパパに――……捕まってしまうかもしれない。……そういう恐怖はある)

美希(でも、本当にそれだけなのかな?)

美希(もっと違う、何か……)

美希(まるで、今まで当たり前のようにあったものが、少しずつ失われていくような……)

「みーきっ!」

美希「!?」クルッ

菜緒「やっほ」

美希「お姉……ちゃん? なんで? 今日はサークルの人達とお花見のはずじゃ……」

菜緒「バッカだなー。そんなの、可愛い妹の入学式を優先するに決まってるじゃん」

美希「…………!」

菜緒「ま、本当は家から一緒に行ってあげても良かったんだけどさ。こっちの方がサプライズになって良いかなーって思って」

美希「…………」

菜緒「? どうしたの? 美希」

美希「お姉ちゃん!」ダキッ

菜緒「うおっ!?」

美希「…………!」ギュー

菜緒「ど、どうしたの美希……もしかして、パパもママも来れなかったから寂しかったの?」

美希「…………」フルフル

菜緒「美希」

美希「違うの。そうじゃないの。ただね、ミキ……」

菜緒「…………」

美希「今日、お姉ちゃんが来てくれて……それがすっごく、嬉しかったの!」

菜緒「……そっか。そう思ってもらえたなら……お花見サボって来た甲斐があったってもんだよ」

美希「…………」

美希(ああ……そうか)

美希(デスノートを拾って……死神に出会って……裁きを始めて……)

美希(ミキの中で、それまでの『日常』が少しずつ『非日常』に変わっていって)

美希(そしていつか、今まで当たり前のようにあった『日常』が影も形も無くなってしまうんじゃないかって……そんな気がして、不安だったんだ)

美希(でも……違った)

美希(ミキがデスノートを拾っても。死神に出会っても。裁きを始めても……)

美希(それまでと何一つ変わらない、確かな『日常』が……ちゃんとここにあったんだ)

美希「……いこっ。お姉ちゃん! もう入学式始まっちゃうの」

菜緒「はいはい。そんなに急がなくても入学式は逃げないって」

美希「あはっ」

菜緒「あはは」


















【同時刻・東応大学/入学式式場】


『新入生 挨拶』

『新入生代表 夜神 月』


月「―――はい」

一旦ここまでなの

次回から第二部なの

【一ヶ月後・都内某公立高校/入学式当日】


リューク「ミキも高校生か……。何かこう……感無量だな」

美希「…………」

リューク「? どうした? 折角の入学式なのに浮かない顔して」

美希「ん……別に。なんでもないの」

美希「…………」

美希(監視カメラの設置以降……今日まで特に大きな動きは無かった)

美希(春香も黒井社長を脅してLの正体を明かさせようとしているけど……特に進展は無いみたいだし……)

美希(まあでも、これならこれでいいのかな)

美希(穏やかに過ぎゆく時間の中でも、犯罪者裁きは変わらず続けているし……犯罪の発生率はキラ出現前に比べて激減している)

美希(ネットではもう大分前からキラ賛成派の方が多数派だし……最近はテレビでも、キラ支持を掲げる有名人が増えつつある)

美希(こうやって緩やかに……でも確実に……世界は変わっていくのかな)

美希(そしてそれは……ミキが望んだこと)

美希(ミキがそうしようと、決めたこと)

美希(だからこのまま、少しずつ世界が良い方向に変わっていくのなら、それで……)

美希「…………」

(保護者に付き添われた他の新入生達を眺める美希)

リューク「寂しいのか? ミキ」

美希「……どうしたの? リューク。さっきからそんなことばっかり言って」

リューク「いや……他の新入生は皆、父親や母親に付き添われているのに、お前に憑いているのは死神が一匹だけ……流石にちょっとかわいそうに思えてな」

美希「かわいそう? ミキが?」

リューク「ああ」

美希「もう。冗談きついの。リュークってば」

リューク「…………」

美希「別に、パパとママがお仕事忙しくて学校行事に来られないことなんて、うちでは昔からよくあることだし。それに……」

リューク「……それに?」

美希「ミキはね。ノートを拾ってこの能力を得た事を不幸だなんて一度も思ったことはないの」

リューク「…………」

美希「この能力を得たミキは最高に幸せなの。そして皆が笑って過ごすことのできる……最高の世界をつくるの」

リューク「……ノートを持った事でミキが幸せになろうが不幸になろうが、そんなこと俺はどうでもいい。ただ……」

美希「ただ?」

リューク「普通は……死神に憑かれた人間は不幸になるらしい」

美希「……だったら、リュークは普通じゃない方のパターンを見れるって思うな」

リューク「ククッ。それはありがたい」

以下、>>766からの続きとなります。

【一時間後・東応大学キャンパス】


(入学式を終え、式場の外に出る月)

月「さて、と……この後はクラスで懇親会か」

「……夜神月くんですね?」

月「? はい」クルッ

月「…………?」

「…………」

(月が振り返った先には、長袖の白いシャツとブルージーンズを身に着けた男が立っていた)

(男はくたびれたスニーカーを裸足に直接履いており、その顔にはひょっとこのような面を着けている)

月「そうですが……あなたは?」

月(何だこいつ? 演劇サークルか何かの勧誘か?)

「私はLです」

月「!?」

「…………」

月「L……だと?」

「はい。私はLです」

月「…………」

「推理してもらえますか」

月「……何?」

「今ここであなたに『Lです』と名乗った、私の正体を推理してもらえますか」

月「…………」

月(なんなんだ突然こいつ……相手にしない方が良いのか?)

「…………」

月(しかし何だ? こいつのこの雰囲気は……)

月(なぜか無視することを許さないような、妙な威圧感がある……)

月(まあいい。僕に危害を加えるつもりがあるわけでもなさそうだし、少しだけ付き合ってやろう……退屈しのぎにはちょうどいい)

月「そうだな……“L”……そう聞いて、普通はまずあのリンド・L・テイラーを思い浮かべるだろう」

「…………」

月「犯罪者だけが次々と心臓麻痺で死んでいく奇怪な事件……世に言う『キラ事件』。あの事件が起こった当初、全世界同時生中継で顔を晒した“L”こと、自称『全世界の警察を動かせる唯一の人間』……リンド・L・テイラー」

「…………」

月「だが……あなたは彼ではない」

「……なぜ、そう思いますか?」

月「まず、いくら面で素顔を隠しているとはいえ、ぱっと見た感じの全体的な雰囲気がまるで違うし……」

「…………」

月「もしあなたがリンド・L・テイラーなら、堂々と素顔を晒し、それをもって自らの証明とするはずだ。リンド・L・テイラーの顔は既に全世界に公開されているのだから、それが最も確実な証明手段となる」

「…………」

月「だがあなたはそれをせずに面を被り、顔を隠している……ゆえにあなたはリンド・L・テイラーではない」

月「もちろん、その面を取ってあの顔が出て来るのなら、今述べたこの推理は引っ込めるが……」

「……正解です。私はリンド・L・テイラーではありません」

月「…………」

「そしてまた、この場でこの面を取ることもできません」

月「! …………」

「さて、夜神月くん。私が今述べた内容をもとに、さらに私の正体を推理できますか?」

月「…………」

月「そうだな……あなたはリンド・L・テイラーではないが……『本物のL』かもしれない」

「……『本物のL』?」

月「ああ」

「どういうことですか?」

月「……そもそも、あのリンド・L・テイラーの公開生中継は、当初……『キラがテレビ局の電波をジャックして行った自作自演の映像』などと言われていた。いわゆる『L=キラ』を唱える二重人格説ってやつだが……しかし結局、リンド・L・テイラーが登場した中継はあの日放送されたものだけとなったことから、今ではあの中継は『警察がキラをおびき出すために“L”なる架空の人物をでっち上げて放送したもの』……そういう見方が大多数となっている」

「…………」

月「そして僕も……“L”自体の実在性はさておくとしても……あの中継はリンド・L・テイラーではなく、あの中継には映っていなかった、もっと別の者の意思によって行われたものだと考えている」

「それはなぜですか?」

月「あの生中継の目的……つまりあの中継を行った人物は、それによって一体何をしようとしていたのか……それを考えれば、答えはすぐに分かる」

「…………」

月「リンド・L・テイラーが生中継を通じて呼び掛けた相手はキラ……犯罪者だけを狙って心臓麻痺で殺す殺人鬼……しかしその殺人の手段は不明……」

月「そこまで分かっていながら、リンド・L・テイラーは自らの名前と顔を晒した上で、キラを『悪』と断じ、挑発した……まるで『私を殺せるものなら殺してみろ』と言わんばかりに」

月「もしリンド・L・テイラーが本当に『全世界の警察を動かせる唯一の人間』なら、そんな無謀な事をするはずがない……下手をすれば自殺行為だ」

月「つまりリンド・L・テイラーは……警察か、または警察を従えるほどの力を持った何者かによって、何らかの目的の下、あの生中継に出演させられ……定められた台詞を読まされただけの者に過ぎないと考えられる。そしてその目的とは……」

「…………」

月「―――生中継を観ているキラに、リンド・L・テイラーを殺させる……それによってキラの存在を証明し、さらにあわよくば殺人の方法を暴くこと」

「! …………」

月「正体不明の殺人鬼を相手に、あそこまでの挑発をする理由は他には無い。つまりリンド・L・テイラーはいわば……『偽のL』」

「今度は『偽のL』……ですか?」

月「ああ。ここでなぜ今、僕はリンド・L・テイラーのことを『偽のL』と呼んだのか……」

月「これも答えは簡単だ。常識的に考えて、生きている人間を殺人の証明の道具に使うなんて非人道的な真似……『警察』がするはずがない」

「…………」

月「とすれば、あの中継を行った主体は『警察』ではなく『警察を従えるほどの力を持った何者か』ということになる……」

月「それはつまり、リンド・L・テイラーが自称していた『全世界の警察を動かせる唯一の人間』なる人物が実在することを強く推認させる」

月「その者を仮に『L』とするなら……まさしくリンド・L・テイラーは『偽物のL』ということになる」

「……そして、私がその『本物のL』かもしれない、と?」

月「ああ」

「……なぜ、そう思われますか? 仮に、リンド・L・テイラーとは別に『全世界の警察を動かせる唯一の人間』である『本物のL』なる者が存在するとしても……私が単に『Lです』と名乗っただけでは、私がその『本物のL』であるとは断定できないのでは?」

月「ああ、そうだな。確かにまだこの時点では、あなたが『本物のL』である可能性と、『本物のLではないが、何らかの理由により『Lです』と名乗った者』である可能性とが併存している」

月「だがいずれの場合であれ言えることは、あなたは『本物のLが存在していることを知っている者』だということだ。そうでなければ『Lです』などとは名乗らない……いや、名乗れない」

月「『本物のL』が存在することを知らない者なら、『“L”=リンド・L・テイラー』という認識しかないはず……そんな者が、リンド・L・テイラーの名を一切出すことなく、単に『Lです』とだけ名乗るのは不自然だ」

「……確かに」

月「では次に、『本物のLが存在していることを知っている者』とはどういう者か……まあざっと考えつくのは、①『本物のL』その者、②『本物のL』の配下の者、③警察関係者……こんなところだろうか」

「①と②は分かりますが……③はなぜですか?」

月「『本物のL』は『全世界の警察を動かせる唯一の人間』だからだ。一般にはその存在を認知されていなくとも、実際に警察を動かせるほどの力を持った人物なら、当然警察の……少なくともその上層部には存在を知られているはずだろう」

「なるほど」

月「ではこの①②③のうち、あなたがどれに当てはまるかだが……少なくとも③ではない」

「なぜそう思いますか?」

月「もしあなたが警察関係者なら、刑事局長・夜神総一郎の名は当然知っているはず……」

「…………」

月「そしてあなたはさっき、僕に『夜神月くんですね?』と話し掛けてきた」

月「もしあなたが刑事局長・夜神総一郎の名を知る警察関係者なら……夜神総一郎とは全く無関係の者として『夜神月』の名を認識しているはずがない。つまりこの仮定の下なら、あなたは――……」

月「初めから僕が刑事局長・夜神総一郎の息子であることを知った上で、僕に対し、その妙な面を着けて『私はLです』と名乗ってきた……ということになる」

「…………」

月「しかし常識的に考えて……警察関係者が、刑事局長・夜神総一郎の息子である僕に対してこんな奇矯な行動を取るはずがない。よってあなたは警察関係者ではない」

月「もちろん警察関係者であっても、『全世界の警察を動かせる唯一の人間』である『本物のL』の指示によりこのような行動を取っているという可能性は残るが……その場合はむしろ、②の『本物のL』の配下の者と同視できると考えられるので……ここでは一旦除外して考える」

月「……ここまでで、何か異論はあるか?」

「いえ、ありません。あなたの言うとおり、私は警察関係者ではありません」

月「では、あなたは①『本物のL』その者か、または②『本物のL』の配下の者であると考えられる」

「…………」

月「そして次に、あなたがその①②のいずれであるかを推理する――……が、その前に……」

「? 何ですか?」

月「あなたは……僕がキラであるという可能性を考えている」

「! ……なぜそう思うのですか?」

月「言うまでもない。あなたがその面を着けているからだ」

「…………」

月「『本物のL』は、あの公開生中継において、『偽のL』ことリンド・L・テイラーを自分の身代わりとしてキラの前に差し出し、キラが彼を殺すかどうかを見ようとした……」

「…………」

月「ここまでの事をしている以上、当然、『本物のL』はキラ事件を捜査しているものと考えられる」

月「『本物のL』が日本の警察と一緒に捜査をしているのか、あるいは独立して捜査をしているのか……僕にはそこまでは分からないが、いずれにせよ、『本物のL』がキラ事件の捜査をしており、キラを追っていることは間違い無い」

月「そんな『本物のL』、またはその配下の者が面をして素顔を隠し、その上で特定の相手に『Lです』と名乗る……」

月「なぜそんなことをするのか? ……答えは一つしかない」

月「それは名乗った相手がキラであるという可能性……つまり、素顔を晒して『Lです』と名乗れば自分が殺される可能性があると考えているからだ」

「…………」

月「もし『Lです』と名乗った相手が、今まさに僕がしてみせたような推理をすれば……『本物のL』の存在と、その『本物のL』がキラを追っているということは容易に推測できる」

月「そしてその名乗った相手がキラだった場合……『Lまたはその配下の者』、つまりキラを追っている者と認識されれば……たとえ犯罪者でなくとも殺される可能性は十分にある。キラとしては、捕まれば自分が死刑になるわけだからね」

月「だからキラかもしれない相手に『Lです』と名乗るなら、必然的に、そうしたとしても殺されないようにする為の工夫が必要となる……そう考えれば、その面はまさにその為に着けている物と考えるのが自然」

月「『キラに顔を見られたら殺されるかもしれない』……そう考えているからこそ、あなたはその面を着けている」

「……つまりあなたは、キラは『顔を見るだけで人を殺せる能力』を持っている可能性がある……そう考えているということですか?」

月「そういうことになる。もっとも、これまでも僕は報道された情報をもとに、独自にキラ事件を追っていたが……今までは、殺された犯罪者の報道のされ方から『キラの殺人には顔と名前が必要』としか考えていなかった」

月「しかしもし本当にそうなら……あなたが今ここで面をしている理由が無い」

「…………」

月「つまり僕に対し『Lです』と名乗ったあなたが面を着けている……この事実だけで『キラは顔だけで人を殺せる』可能性があること、および『あなたが僕がキラである可能性を考えている』ことが推理できる」

「……なるほど」

月「ではそのことを前提に、話を元に戻すと……あなたが①『本物のL』その者、または②『本物のL』の配下の者のいずれであるかという点だが……最初に述べたとおり、おそらくあなたは①『本物のL』その者だ」

「……なぜそう思われますか?」

月「『本物のL』はキラを追っている……つまり『本物のL』としては、キラの正体が掴めるなら当然掴みたいと思っている」

「…………」

月「もしあなたが『本物のL』の配下の者であり、『本物のL』が何らかの意図の下、配下であるあなたをキラである可能性のある僕に会わせたのだとしたら……『本物のL』はあなたに最初から面など着けさせずに会わせるか、あるいは後からでも外させ、どこか遠くの安全な場所から見ているはずだ」

月「それはなぜか? ……それによって観察できるからだ」

月「僕が『本物のL』の配下の者―――つまりあなたを殺すかどうか。リンド・L・テイラーの時のようにね」

「! …………」

月「そこで僕があなたを―――『本物のL』の配下の者を殺せばキラ確定……リンド・L・テイラーを身代わりにした『本物のL』がそれをしない理由は無い」

月「よってそれをしない、いやできないのは……あなたが『本物のL』の配下の者などではなく、『本物のL』本人だからだ」

月「そしてそのことを証明するかのように、あなたはさっき僕に『この面は取れない』と言った」

「…………」

月「以上より、あなたは『全世界の警察を動かせる唯一の人間』である『本物のL』その者である可能性が高いと推理できる」

「……お見事です。夜神月くん」

月「…………」

「仰る通り、私は『全世界の警察を動かせる唯一の人間』である『本物のL』その者です」

L「では、最後にもう一つだけ……」

月「まだ何かあるのか?」

L「“L”である私が、なぜあなたに声を掛けたと思いますか?」

月「……そうだな……」

L「…………」

月「さっきも言ったが、あなたは僕がキラである可能性があると考えている」

L「…………」

月「にもかかわらず配下の者ではなく、あえてL本人であるあなたが危険を承知の上で僕に接触を図った……」

月「それはなぜか? ……単に僕がキラであるかどうかを確かめるというためだけなら……さっきも言ったように、配下の者を自分の身代わりとして僕の前に出し、僕がその者を殺すかどうかを観察すれば済む」

月「だがそうしなかったのは……L本人であるあなたが、キラである可能性がある僕と直接相対しなければならなかったのは……そうしないといけないだけの理由があったからだ」

L「…………」

月「その理由とは……今まさにあなたが僕にしていることだ」

L「! …………」

月「あなたは僕に『自分の正体を推理しろ』と言った」

L「…………」

月「つまり……あなたは僕にどれほどの推理力があるのかを確かめようとした」

月「では、なぜそんなことをしようとしたのか?」

L「…………」

月「キラ事件を追っているLが、自らの命の危険を冒してまで、キラであるかもしれない相手の推理力を確かめる理由……そんなもの、一つしか考えられない」

月「僕の推理力が確かなら自分の協力者として迎え入れ、共にキラ事件の捜査をしようと持ち掛ける……つまり今から、あなたが僕に言うであろうことだ」

L「! …………」

月「また、いくら僕が刑事局長の息子であり、東応大学の首席入学者であるといっても……そのことだけで、『全世界の警察を動かせる唯一の人間』である『本物のL』がこんな話を持ち掛けてくるとは思えない」

月「おそらくあなたは、僕が過去に警察に対し、数件の事件について助言をし、解決に導いたことを知り……僕を捜査協力者として迎え入れることを思いついた」

月「だが実際に僕の推理力がどれほどのものなのかは自分の目で確かめてみる必要があった……だからこうして、面で顔を隠してまで僕の前に姿を現し、僕の推理力を試した……違うか?」

L「……素晴らしいです。夜神くん。すべてそのとおりです」

月「…………」

L「私はあなたにキラを追うに足るだけの能力があるかどうかを確かめていました」

L「また、今こうして面を着けている理由も夜神くんの推理の通り……夜神くんがキラであるという可能性を一応考えてのことです」

月「…………」

L「ですが、それは夜神くんがキラであるということを100%否定する根拠は無いからというだけのことです」

L「実際のところ、夜神くんがキラである可能性は0.01%未満……正直言って、今そのへんを歩いている他の東大生と同程度の可能性に過ぎません」

L「あくまでも私が『L』と名乗るための必要やむを得ない措置だとご認識下さい」

月「ああ、別に構わないよ。むしろ自分の推理が当たっていて誇らしい気持ちですらある」

L「そうですか。それならよかったです」

L「では改めて……夜神月くん」

月「…………」

L「私の見込み通り、あなたの推理力は大変素晴らしいものがありました。是非、キラ事件への捜査協力をお願いしたいと思います」

月「…………」

L「ただ、そうは言っても夜神くんは大学生になったばかりの身ですから……気の向いたときに私の所へ来て頂き、知恵を貸してもらえるだけで十分です」

月「……配慮してくれてありがとう、L。だが申し訳無いが……現時点では『こちらこそお願いします』などと言う気にはなれないな」

L「えっ」

月「いくらあなたが『本物のL』でも……自分の素顔も見せないような奴は正直信用できない。そもそも警察と一緒に捜査しているのかどうかすらも分からないしね」

L「……分かりました。今ここで私の素顔を見せるのは無理ですが……これで信用してもらえませんか?」

月「?」

(携帯電話をズボンのポケットから取り出すL)

L「…………」ピッ

L「……朝日さんですか? 竜崎です」

月「?」

L「今、息子さんと一緒にいます」

月「!?」

L「今から捜査本部に連れて行きたいのですが……え? ああ、すみません、そのへんの説明はまた後で……」

月「…………」

L「ええ、はい。どうもまだ私の事を信用して頂けていないようなので……朝日さんからも、一言言って頂けませんか?」

L「ええ……別に難しいことではありません。今から電話を代わりますので、私の事を『彼が本物のLだ』とでも言って頂ければそれでいいです」

月「! …………」

L「はい。どうぞ」サッ

月「…………」

(Lから携帯電話を受け取り、耳に当てる月)

月「…………」

総一郎『……ライトか?』

月「! 父さん」

総一郎『! ……ライト……そうか、本当に……』

月「父さん……じゃあ今、父さんに電話を掛けた、この男は……」

総一郎『ああ……そうだ。彼がLだ。本物のLだ』

月「! ……『本物のL』……じゃあ、本当に……」

総一郎『ああ。今お前の傍にいるその人物が、間違い無く本物のLだ』

月「……そして、父さんがそのことを知っているということは……父さんはずっと、このLと……?」

総一郎『そうだ。私と……数名の部下が、今日までずっと、彼と一緒にキラ事件を捜査してきた』

月「! …………」

総一郎『だが、ライト。りゅうざ……Lから何を言われたのか分からんが、この捜査には危険も伴う。大学に入ったばかりのお前がこの捜査本部になんて来る必要は……』

月「……心配してくれてありがとう。父さん」

総一郎『ライト?』

月「父さんのおかげで決心がついた。……Lを信じる決心がね」

総一郎『ライト? お前、何を……』

月「じゃあまた後でね。父さん」ピッ

月「…………」

L「では、私の事を信用し、ついて来て頂ける……ということでよろしいですね? 夜神くん」

月「ああ……信用しよう。ついていくよ。L」

L「ありがとうございます。なお、これから私のことは……」

月「?」

L「……竜崎、と呼んで下さい」

(ミキ出なかったけど)一旦ここまでなの

【一時間後・都内某ホテル】


(ホテルの一室のドアの前に立つLと月)

L「この部屋が捜査本部です」

月「こんな所で捜査していたのか」

L「はい。警察内でも独自にキラ事件を追っている方はおられますが……私と共に捜査をする意思のある方にはここに来てもらっています」

月「じゃあずっとこのホテルで?」

L「いえ。何日かおきに都内のホテルを移動しています。ただ最終的にはひとつの所に腰を据えて捜査すべきと考えていますので、現在、捜査本部が入る高層ビルを建設しているところです。あと四か月ほどで完成する予定です」

月「なるほど。今は仮の住まいってわけか」

L「はい。少し不自由はありますがご容赦下さい」

月「構わないよ。キラを追うならこれくらい用心深い方が良い」

L「ご理解頂きありがとうございます。では、こちらへ」

 ガチャッ

L「月くんをお連れしました」

総一郎「! ライト」

月「父さん」

総一郎「…………」

月「そんな顔をしないでくれ。父さん。これは僕の意思で決めたことなんだ」

総一郎「ライト。しかし……」

L「まあ折角こうして来て頂いたわけですし、とりあえずは挨拶をお願いします。月くん」

月「ああ。えっと……夜神月です。今後、この捜査本部で捜査協力させて頂きます。よろしくお願いします」

相沢「相沢です」

模木「模木です」

星井父「星井です」

松田「松田です。覚えてる? 月くん。前に一度、お家に行かせてもらったことがあるんだけど」

月「松田さん……ああ、覚えてます。確か、僕が中学生の頃でしたよね」

松田「そうそう。早いなあ、あの月くんがもう大学生だなんて……あっ、遅くなったけど大学合格おめでとう」

月「ありがとうございます」

L「そして、私が……」スッ

(着けていた面を外すL)

L「『竜崎』こと……Lです。どうぞよろしくお願いします」

月「……随分あっさり取るんだな」

L「え?」

月「いや、その面」

L「ああ、はい。今現在、私をLだと知っているのは、この捜査本部に居る皆さんと……月くんだけですから」

月「……なるほど。つまり竜崎は、ここの皆にはずっと以前から“L”として顔を晒していたが、今日まで死なずに生きていた……」

L「はい。ですので今日以降、私が死んだら……」

月「僕がキラってわけか」

L「はい」

松田「? 月くんがキラ? 何の話をしてるんです? 竜崎」

相沢「もしこのタイミングで竜崎が死んだら、今日竜崎の顔を見て“L”だと認識した月くんにキラとしての疑いがかかるってことだろ」

松田「いやいや……月くんがキラだなんて、そんなことあるわけないじゃないっすか。相沢さん、今までの捜査の間寝てたんすか?」

相沢「……お前もう黙ってろ」

総一郎「竜崎」

L「すみません。夜神さん。私も別に月くんをキラだと思っているわけではありません。ただ、ひとつの可能性として……」

総一郎「そうではない。私が言っているのは、息子がこの捜査本部に加わるということについてだ」

月「父さん。さっきも言ったように、これは僕の意思で……」

総一郎「ライト。お前はこれから勉強して警察庁に入るんだ。その後でも遅くないじゃないか」

月「それは……」

総一郎「それに何より、この捜査には命の危険が伴う。刑事局長として、そして父親として……まだ学生のお前をこの捜査本部に入れることには賛成できない」

月「……父さん……」

L「月くん」

月「? 何だ? 竜崎」

L「さっき大学で言っていましたよね? 『これまでも報道された情報をもとに、独自にキラ事件を追っていた』と」

月「ああ」

L「では……現時点での月くんのキラ事件に対する考え、推理を聞かせてもらえませんか?」

総一郎「! …………」

L「その内容によっては夜神さんの気が変わるかもしれませんし……また変わらなくとも、今、月くんが推理している内容をここのメンバーに伝えることで、キラ事件の捜査が何かしら進展するかもしれませんので」

月「ああ。それは別に構わないが」

L「よろしいですね? 夜神さん」

総一郎「……いいだろう。ただしあくまで、捜査の参考情報としてライトの話を聞くだけだ」

L「ありがとうございます。それでは月くん、お願いします」

月「分かった」

月「キラ事件……今最も世間で注目を集めている、犯罪者だけが次々と心臓麻痺で死んでいくという奇怪な事件だが……」

月「この事件が起こるよりも前から、僕は別の事件についても独自に推理をしていた」

L「別の事件、ですか?」

月「ああ。昨年8月頃から11月頃にかけて、アイドル事務所の関係者ばかりが相次いで事故や自殺で亡くなったという……あの事件だ」

L「!」

松田「それって……」

月「三か月間で八人……全く無関係の者同士であればまだしも、同じ業界の、それも社長や会長といった一定以上の地位を持った者達ばかりが事故や自殺で死亡……普通に考えて、これがただの偶然だとはとても思えない。事実、ワイドショーなどでも何者かの陰謀によるものではないか、といった有識者の見解がしばしば伝えられていた」

月「もっともその後、入れ代わるようにキラ事件が起こったので、こちらの事件の報道はすっかり影を潜めてしまったけどね」
  
L「…………」

月「しかし僕はこの事件――仮に、アイドル事務所関係者連続死亡事件と呼ぶが――については、やはりただの偶然ではなく、人為的に起こされたものではないかとずっと疑っていた」

月「サスペンスドラマでもよくあるだろう? 事故死や自殺に見せかけて人を殺す……なんて手口は」

松田「確かに……」

月「何よりこの事件の場合、『複数のアイドル事務所の社長や会長』ばかりが死亡しているのだから……これがもし人為的なものだと仮定した場合、自然とその動機、そして犯人像は絞られることになる」

月「すなわち、犯人像として最も想定しやすいのは同じ業界のライバル事務所。そしてその動機は、『同業者のトップを殺して勢いを削ぎ、相対的に自らの事務所を躍進させよう』という目論みと考えられる」

月「そうすると、次にあたりをつけるのは、アイドル事務所関係者連続死亡事件と同時期に勢いを伸ばしたアイドル事務所が無いかどうか、という点になるが……」

月「ここまで考えたとき、僕はすぐにピンときた。『もしかして、あの事務所じゃないか?』と」

松田「? あの事務所って?」

月「株式会社765プロダクションです」

一同「!」

L「…………」

松田「765プロって……なんで?」

月「はい。松田さんは一度会っていると思いますが……僕には、この四月に中学三年になったばかりの妹がいます。名前は夜神粧裕」

松田「ああ、粧裕ちゃんか。うんうん、覚えてるよ」

総一郎「? 粧裕が何か関係あるのか? ライト」

月「……父さんは、自分の娘ともっと会話をした方がいいかもしれないね」

総一郎「…………」

月「まあ、ここで答えを勿体ぶっても仕方がないから言うが……実は、粧裕の昨年のクラスの友達に、現役のアイドルの子がいたんだ」

松田「えっ!」

月「その子の名は、高槻やよい。765プロダクション所属のアイドルだ」

L「! …………」

松田「や、やよいちゃんが……粧裕ちゃんのクラスの友達!?」

総一郎「そ……そうだったのか」

月「知らなかっただろう? 父さん」

総一郎「うむ……」

月「そして粧裕は元々、無類のアイドル好き……常日頃から、やれ流河旱樹だ、やれジュピターだと目を輝かせている」

月「そんな粧裕が、同じクラスの友達がアイドルをやっていて、興味を持たないはずがない……おかげで僕は、まだ765プロのアイドル達が売れ始める前から、彼女らの話を粧裕からしょっちゅう聞かされる羽目になっていた」

月「だから僕は、昨年の8月に行われた765プロのファーストライブのことも、それを機に765プロの人気が一気に上昇したことも……粧裕経由で聞いていた」

相沢「そうか。それで月くんは……」

月「はい。昨年の8月といえば、まさにアイドル事務所関係者連続死亡事件が始まった時期にあたります」

月「ただもちろん、765プロの人気が急上昇したのはファーストライブの成功によるものとみるのが普通だろうし、アイドル事務所関係者連続死亡事件とはたまたまタイミングが重なっただけということも十分考えられる」

月「しかしそれでも、もし仮に……この事件が、何者かの陰謀によって起こされたものなのだとしたら……それは、765プロ関係者によるものなのかもしれない。あくまでも憶測の域は出ないものの、僕は一旦そのような推理をした」

月「また、この事件では765プロ関係者の犠牲者はいなかったということもあったしね」

L「…………」

月「そしてその後、アイドル事務所関係者連続死亡事件と入れ代わるようにキラ事件が起き……世間の注目は完全にこちらに移った」

月「犯罪者ばかりが『心臓麻痺』という死因で何十人も死んでいく『キラ事件』……これは事故死や自殺とは違い、普通に考えて他人が偽装できるような死因ではない。またその犠牲者は世界中に存在している……その全てを同一の人間、ないし集団が直接手を下して行っているとは到底考えられない」

月「また、これが人為的なものではないという可能性……たとえば、『犯罪者』という属性を持った者だけが罹患するウィルスが自然界に存在している可能性……などというのも正直考え難い」

月「そうであるとすれば、これはもう、『離れた場所にいる他人を、直接手を下すことなく心臓麻痺で殺すことができる』という超能力のような力を持った何者かが行っている連続殺人事件……そう考えるしかない」
  
月「そこでL……竜崎は、キラ事件開始当初、リンド・L・テイラーという男を自らの代役に立て、その男をその何者かに殺させることで、その人物の存在を証明しようとしたが……結局、その試みは失敗に終わった。そうだな? 竜崎」

L「……はい。結果的に、あの生中継からは何も得られませんでした。皆さんご存知の通りです」

月「だが、その後も犯罪者ばかりが次々と心臓麻痺で死んでいることから……もはやこの事件が、何者かの意思にもとづいて行われている連続殺人事件であることは間違い無いものと考えられる。したがって……この事件を起こしている者を世間の呼び名に倣って『キラ』と呼ぶなら、キラは必ずどこかに存在している……そういうことになる」

月「そこで僕は、このキラ事件についても独自に推理を行うことにした」

L「…………」

月「まず、キラは何者なのかという点だが……キラ事件の犠牲者の共通点は、顔と名前が報道された犯罪者であるということと、そのいずれもが心臓麻痺で死んでいるということのみ……強いて言うなら、最初の犠牲者が新宿の通り魔だったことと、殺された犯罪者の大多数が日本に集中していることから、おそらくキラは日本にいるのだろうと考えられるが、それ以上の事は分からない」

L「……よく、最初の犠牲者が新宿の通り魔だということに気が付きましたね。あれはまだキラ事件が広く世間に認知される前の事件でしたが」

月「ああ……僕も当時は気付いていなかったけどね。でも独自にキラ事件を追い始めてからはすぐに思い当たったよ。世界中の大犯罪者が一気に裁かれた時期の直前に、心臓麻痺で死んでいた犯罪者は他にいなかったからね」

L「なるほど」

月「しかしここまでの情報だけだと、キラが日本にいるということ以外は何も分からない。だがそこで、僕は先ほどの事件――アイドル事務所関係者連続死亡事件――との関連性を思いついた」

松田「? どういうこと? 月くん」

月「この二つの事件には、実は二つの共通点があったんだ。まず一点目は、いずれも特定の属性を持った者だけが犠牲となっていること。すなわちキラ事件の方は犯罪者であり、アイドル事務所関係者連続死亡事件の方は文字通りアイドル事務所の関係者」

月「そして二点目は、いずれも『最初の犠牲者』から殺しの実験のような要素が読み取れること。この点、キラ事件の最初の犠牲者は、さっきも言ったように新宿の通り魔だが……その直後に世界中の大犯罪者が一気に殺されたということを考えると、この通り魔はまさに殺しの実験台に使われたとみるのが自然だ」

松田「りゅ、竜崎と全く同じ推理ですね……」

相沢「ああ……」

L「…………」

月「そして次に、アイドル事務所関係者連続死亡事件の方だが……こちらも実は、最初の犠牲者にだけ、後に死亡した七人とは違う特性があった」

月「同事件の最初の犠牲者は、株式会社961プロダクション取締役・轡儀柳次……彼より後の犠牲者は、皆、社長や会長ばかりなのに、彼だけがただの平取締役……とすればこれも――あくまでも、この事件自体が人為的に起こされたものだったという仮定の下での話だが――後に社長や会長らを殺すための実験台だった、とみれなくもない」

L「……事故死や自殺に上手くみせかけて殺すことができるかどうかの実験台……ということですか? しかしそれなら実験などせず、最初から本命を狙ってやった方がいいような気もしますが……」

月「ああ、確かにそうだ。『離れた場所にいる他人を、直接手を下すことなく心臓麻痺で殺すことができる』という能力ならまだしも、普通に事故死や自殺に偽装するだけであれば、多く殺せば殺すだけ足がつきやすくなる……」

月「それなら竜崎の言うように、最初から本命の社長や会長を狙って殺した方が良い。たとえ偽装が失敗しても、殺すという目的は果たせるのだから」

松田「? でも月くんの推理だと、この事件の最初の犠牲者……961プロの平取締役も、実験台として殺されたっていう見方なんですよね? ってことは……」

月「そう。理由は後に述べるが……僕はこのアイドル事務所関係者連続死亡事件についても、キラと似た能力……つまり、『離れた場所にいる他人を、直接手を下すことなく事故死や自殺で殺すことができる』という能力を持つ者によって起こされたのではないかと考えている」

L「! …………」

月「こんな発想、この事件だけを単独で追っていては絶対に出てこなかっただろうが……しかし現実に、キラ事件という『離れた場所にいる他人を心臓麻痺で殺すことができる』という能力による殺人事件が起きている以上、それと似た能力を持つ者がいてもおかしくないのではないかと思った」

月「そしてもしそうであるとすれば、アイドル事務所関係者連続死亡事件の犯人は、予定より多少多くの人間を殺したところで足がつく危険は少ないと考え、最初に961プロの平取締役を実験台として殺した……そう考えることも不自然ではない。『離れた場所にいる他人を事故死や自殺で殺すことができる』という能力を確かめるためにね」

L「しかし……その論理には少々飛躍がありませんか? 先ほど月くん自身が言っていたように、『心臓麻痺』は事故死や自殺と違い、普通に考えて他人が偽装できる死因ではありません。しかし事故死や自殺の場合はそうではない……そうであるにもかかわらず、それをキラの能力と似た能力によるものだと推論するのは……」

月「ああ、確かにその点は竜崎の言うとおりだ。しかしそれは、あくまでもアイドル事務所関係者連続死亡事件だけが単独で起こった場合の話……ここで少し考えてみてほしい。アイドル事務所の関係者ばかりが短期間に相次いで事故や自殺で亡くなった……これだけでも十分不可解なのに、時期的にそれとほぼ入れ代わるような形で、今度はキラ事件の発生……さらに、両事件は犠牲者の死因という点でこそ異なるものの、それぞれ特定の属性を持つ者だけが犠牲となっていること、そして最初の犠牲者が殺しの実験台のようにみえること、といった共通点がある」

L「…………」

月「時期的な連続性に加え、これら二つの共通点……ここまで材料が揃っているのに、単に『犠牲者の死因が異なる』というだけの理由で両事件を全く無関係なものと位置付ける方が、僕にとってはむしろ違和感がある」

月「よって僕は、この両事件は、『離れた場所にいる他人を心臓麻痺で殺すことができる』という能力、および『離れた場所にいる他人を事故死や自殺で殺すことができる』という能力……いやむしろ、それらの手段を任意に選択して行使できる能力……そのような能力を持った者、ないし集団によってなされた、全体として一個の連続殺人事件……その可能性が最も高いと考えている」

月「そしてこれこそが、僕がアイドル事務所関係者連続死亡事件についても、キラと似た能力を持つ者によって起こされたのではないかと考える理由だ」

L「……では、月くんの推理によると、アイドル事務所関係者連続死亡事件もキラ事件と同様、人為的に起こされたものであり……かつ、両事件の犯人は同一人物、または同一の集団である……と?」

月「ああ。僕はそう考えている。そして今まで述べてきたことに加え、先ほどから話に出ている『両事件の死因の違い』も、この考えの論拠になりうると考えている」

L「と、いいますと?」

月「まず、アイドル事務所関係者連続死亡事件の犠牲者の死因が事故死や自殺であるという点だが……仮にこの事件の犯人が、キラ事件と同様、『心臓麻痺で人を殺せる』という能力を持っていたと考えた場合……『なぜ、心臓麻痺ではなく、事故死や自殺で殺したのか』という疑問が生じる」

月「しかし、これについては答えは簡単。心臓麻痺で殺せば、今のキラ事件と同様……とまではいかなくとも、確実にそれに近いレベルで、世間の注目を浴びることになるからだ。事故死や自殺ならまだ『偶然の連続』でも一応の説明がつくが、『心臓麻痺』ともなるとそうはいかないからね」

月「そして注目を浴びるのを避けたのは、単純に足がつくのを恐れたから……つまり犠牲者の共通点、そしてこの事件によって何らかの利益を得ている者……などを辿っていけば、いずれは犯人の身元につながる可能性があったからだと考えられる。……さっき、僕がそう推理してみせたように」

L「…………」

月「しかし結果的に、三か月で八人ものアイドル事務所関係者が死亡したことで、この事件はニュースとなり、世間の注目を集める事態となってしまった。そこで犯人としては、その注目を逸らすために、また別の事件を起こす必要が生じた。それが……」

松田「キラ事件!」

月「そう。犯罪者ばかりが『心臓麻痺』で次々と死んでいく……その注目度はアイドル事務所関係者連続死亡事件とは段違いだ。世の中の関心は完全にキラ事件の方に移り……今ではもう、アイドル事務所関係者連続死亡事件の方はほとんど誰も覚えていないだろう」

月「また言うまでもなく、キラ事件の方では報道された犯罪者しか殺していないから……どんなに報道されても足がつくことはない」

月「これが、僕の考えるアイドル事務所関係者連続死亡事件およびキラ事件の推理。そして最初に述べたように、アイドル事務所関係者連続死亡事件の犯人としては、765プロダクションの関係者を一応疑うことができるので……両事件の犯人が同一人物、または同一の集団だと仮定するなら……キラ事件の犯人も、765プロダクションの関係者ではないかと推理できる」

L「! …………」

月「もっとも、これが単独犯なのか複数犯なのか……というところまでは僕には分からないけどね。事務所ぐるみでの組織的な犯罪、という線も十分考えられるし」

月「そして僕は、次に、自分の推理の裏付けを取るべく、765プロダクションについて調べてみることにした。同プロダクション所属アイドルの高槻やよいを友人に持つ粧裕からそれとなく話を聞いてみたり、自分でもネットを使って情報を検索したりね」

月「しかし様々な情報を集積してはみたものの、これといって、何か黒い噂がある事務所のようには思えなかった。よって僕は、両事件の犯人が同一人物、または同一の集団であるとしても、それは765プロとは無関係の者なのかもしれない……とも思うようになっていた」

月「……最初に述べたように、昨年の8月以降、765プロの人気が上がっているのは、単純にファーストライブが成功したことによるもの……ということで十分説明はつくしね」

月「しかしそんな中……僕は、粧裕から予想外の相談を受けた」

L「? 相談? 何のですか?」

月「この春から受験生になる、高槻やよいと……同じ事務所の所属アイドル・天海春香の家庭教師をしてもらえないか、という相談だ」

L「!」

(またミキ出なかったけど)一旦ここまでなの

月「そしてその後、アイドル事務所関係者連続死亡事件と入れ代わるようにキラ事件が起き……世間の注目は完全にこちらに移った」

月「犯罪者ばかりが『心臓麻痺』という死因で何十人も死んでいく『キラ事件』……これは事故死や自殺とは違い、普通に考えて他人が偽装できるような死因ではない。またその犠牲者は世界中に存在している……その全てを同一の人間、ないし集団が直接手を下して行っているとは到底考えられない」

月「また、これが人為的なものではないという可能性……たとえば、『犯罪者』という属性を持った者だけが罹患するウィルスが自然界に存在している可能性……などというのも正直考え難い」

月「そうであるとすれば、これはもう、『離れた場所にいる他人を、直接手を下すことなく心臓麻痺で殺すことができる』という超能力のような力を持った何者かが行っている連続殺人事件……そう考えるしかない」
  
月「そこでL……竜崎は、キラ事件開始当初、リンド・L・テイラーという男を自らの代役に立て、その男をその何者かに殺させることで、その人物の存在を証明しようとしたが……結局、その試みは失敗に終わった。そうだな? 竜崎」

L「……はい。結果的に、あの生中継からは何も得られませんでした。皆さんご存知の通りです」

月「だが、その後も犯罪者ばかりが次々と心臓麻痺で死んでいることから……もはやこの事件が、何者かの意思にもとづいて行われている連続殺人事件であることは間違い無いものと考えられる。したがって……この事件を起こしている者を世間の呼び名に倣って『キラ』と呼ぶなら、キラは必ずどこかに存在している……そういうことになる」

月「そこで僕は、このキラ事件についても独自に推理を行うことにした」

L「…………」

月「まず、キラは何者なのかという点だが……キラ事件の犠牲者の共通点は、顔と名前が報道された犯罪者であるということと、そのいずれもが心臓麻痺で死んでいるということのみ……強いて言うなら、最初の犠牲者が新宿の通り魔だったことと、殺された犯罪者の大多数が日本に集中していることから、おそらくキラは日本にいるのだろうと考えられるが、それ以上の事は分からない」

L「……よく、最初の犠牲者が新宿の通り魔だということに気が付きましたね。あれはまだキラ事件が広く世間に認知される前の事件でしたが」

月「ああ……僕も当時は気付いていなかったけどね。でも独自にキラ事件を追い始めてからはすぐに思い当たったよ。世界中の大犯罪者が一気に裁かれた時期の直前に、心臓麻痺で死んでいた犯罪者は他にいなかったからね」

L「なるほど」

月「しかしここまでの情報だけだと、キラが日本にいる可能性が高いということ以外は何も分からない。だがそこで、僕は先ほどの事件――アイドル事務所関係者連続死亡事件――との関連性を思いついた」

松田「? どういうこと? 月くん」

月「この二つの事件には、実は二つの共通点があったんだ。まず一点目は、いずれも特定の属性を持った者だけが犠牲となっていること。すなわちキラ事件の方は犯罪者であり、アイドル事務所関係者連続死亡事件の方は文字通りアイドル事務所の関係者」

月「そして二点目は、いずれも『最初の犠牲者』から殺しの実験のような要素が読み取れること。この点、キラ事件の最初の犠牲者は、さっきも言ったように新宿の通り魔だが……その直後に世界中の大犯罪者が一気に殺されたということを考えると、この通り魔はまさに殺しの実験台に使われたとみるのが自然だ」

松田「りゅ、竜崎と全く同じ推理ですね……」

相沢「ああ……」

L「…………」

以下、>>822からの続きとなります。

>>852
名前欄消し忘れました。すみません。

以下、改めて>>822からの続きとなります。

総一郎「か、家庭教師?」

月「ああ。どうも粧裕が、僕の模試の成績の事とか色々話していたみたいでね。元々、アイドル活動をしながらの受験勉強はかなり時間的に厳しいと思っていたところ、もし家庭教師でもやってもらえたら……という相談だった」

L「…………」

総一郎「それでライト、お前……その話は」

月「ああ……少し迷ったが、受けることにしたよ」

L・総一郎「!」

月「そして一週間くらい前……僕と粧裕と、その二人のアイドルとで、挨拶も兼ねて四人で一度顔を合わせた」

L「! ……もう、会ったんですか」

月「ああ。早速、明日には天海春香の家で一回目の授業をすることになっている。そして来週には高槻やよいの家に行く予定だ」

総一郎「ら、ライト……お前……」

月「父さん」

総一郎「相手がキラかもしれない……そこまで推理していながら、何故、そんな危険な事を……」

月「……ごめん。父さん。今まで話せていなくて」

総一郎「…………」

L「月くん」

月「何だ? 竜崎」

L「先ほど、大学で聞いたことの確認ですが……月くんは、キラの殺しに必要な条件が分かっていたんですよね?」

月「ああ。これまでに殺された犯罪者の報道のされ方から考えて、キラの殺しには顔と名前が必要……それは当然分かっていた。もっとも、さっきの大学での竜崎との会話で、『キラは顔だけでも人を殺せる可能性がある』ということまで分かったが」

L「しかし、高槻やよいと天海春香の家庭教師をするとなれば、当然、この二人に対しては自分の顔も名前も晒すことになる……」

月「ああ。もちろんそうなる。まさか竜崎のように面を着けて授業をするわけにはいかないし、粧裕とのつながりがある以上、偽名も使えないからね」

L「…………」

総一郎「ライト。繰り返しになるが、それなら何故……」

月「父さん。少し落ち着いて考えてみてくれ。もし高槻やよいか天海春香のいずれかがキラであったとしても……ただの一家庭教師に過ぎない僕をいきなり殺したりするはずがない。そうだろう?」

総一郎「それは……そうだが」

月「もっとも、僕と粧裕の父親が警察官であることは、既に粧裕が高槻やよいに話していたために知られていたが……それでも父さんが『キラ事件の捜査をしている警察官』であることは知られていないし、またこれからも知られることはない」

L「……今はそうでも、いずれ二人に伝わる可能性はありませんか? 月くんは大丈夫としても、妹さんの方から」

月「それも大丈夫だ。確かに粧裕も、父がキラ事件の捜査本部の指揮を執っているということについては、前に家族会議で聞いていたから知っているが……この事件に限らず、父が何の事件を担当しているかということについては、絶対に家族以外には話さないよう、僕も粧裕も、小さい頃からよく言い聞かせられてきた」

L「……そうなんですか? 夜神さん」

総一郎「ああ。私が担当している事件の犯人、またはその関係者がどこにいるか分からんからな。ライトや粧裕を危険な目に遭わせないためにも、そのことだけは昔から徹底してきた」

松田「確かに……犯人を検挙しても、その仲間が報復を図って担当刑事の家族を狙う……とか、考えられない話じゃないですもんね」

総一郎「ああ」

L「……なるほど」

月「したがって、僕はもちろん、粧裕からも……父がキラ事件の捜査をしていることが高槻やよいや天海春香に伝わることはない。それはつまり、僕がこうしてキラ事件の捜査に関わっていることも知られることはないということだ」

総一郎「…………」

月「父さん」

総一郎「……何だ? ライト」

月「僕はキラ事件についても、さっき述べたように、これまでの事件と同様、独自に推理をしていたし……もしその推理の裏付けを取れる機会が持てるのなら、是非持ちたいと思っていた」

総一郎「…………」

月「そう思っていた矢先に、降って湧いたこの家庭教師の話……765プロ関係者を疑っていた僕にとっては、自分の推理の裏付けを取るための絶好のチャンスとなった」

月「だが相手がキラ本人だった場合……自分が殺される危険もゼロではない」

月「そのリスクを踏まえてもなお、二人の家庭教師を引き受けるべきか否か……自分の中で僅かな迷いが生じた。それも事実だ」

月「しかし……父さん」

総一郎「…………」

月「将来、僕は警察に入り、父さんのような立派な刑事になるつもりだ」

総一郎「! …………」

月「そのためには、この程度の危険から逃げてなどいられない……むしろこの程度の危険、進んで引き受けるくらいでなければ、将来、もっと凶悪な犯罪に出くわしたときに、立ち向かうことなど決してできない……そう思うんだ」

総一郎「……ライト……」

月「だから僕は、この二人の家庭教師を引き受けることにした」

月「そして僕がこの二人と直接接触することで、自分の推理の裏付けを取ることができたなら……すぐにでも父さんに報告し、事件の解決に役立ててもらうつもりだった」

総一郎「…………」

月「ただ、父さんに余計な心配は掛けたくなかったから……自分の推理の裏付けが取れるまでは、この件について話すつもりはなかったんだ」

総一郎「…………」

L「つまり月くんは、危険を承知の上で、キラ事件の犯人である可能性がある二人のアイドルと接点を持った……それは自身の推理の裏付けを取るための行動であるとともに、捜査本部の長としてキラ事件を追っている父の力になりたいという強い思いがあったからこそ……そういうことですね? 月くん」

月「ああ。その通りだ。竜崎」

総一郎「…………」

L「……夜神さん。月くんが独自に行っていたキラ事件についての推理の内容、さらに今述べて頂いた、父である夜神さんの力になりたいという強い思いをも踏まえて……改めてお聞きします」

総一郎「…………」

L「月くんを、この捜査本部に加えることを認めて頂けませんか?」

総一郎「…………」

L「月くんには既にお伝えしましたが……もしこの捜査本部に入ってもらうとしても、月くんはまだ大学生になったばかりの身……気の向いたときにこの捜査本部へ来てもらい、我々に知恵を提供してもらう形を基本とする」

L「もっとも、私としても、月くんが既に765プロダクション所属のアイドルと接点を持っていたとは予想外でしたが……現状、この家庭教師の件以外に、月くんに危害が及びかねないような捜査は頼まない」

L「この条件で……どうでしょうか」

総一郎「……ライト」

月「はい」

総一郎「……本気、なんだな」

月「ああ。将来、警察庁入庁を志す者として……そして刑事局長・夜神総一郎の息子として……この未曽有の凶悪犯罪を放置しておくことなど決してできない。自分にできることがあるなら全力で協力し……必ずやキラを捕まえたいと思う」

総一郎「……分かった」

月「! 父さん」

総一郎「ただし、お前が少しでも危険な目に遭いそうになったら私は止める。そしてその際には必ず私の指示に従え。いいな」

月「ああ、分かったよ。ありがとう。父さん」

L「ありがとうございます。夜神さん」

松田「良かった良かった。これで晴れて、月くんも我らがキラ対策捜査本部の一員だね」

月「ありがとうございます。松田さん。改めてよろしくお願いします」

松田「うん。こちらこそよろしくね。さっきの推理も凄かったし、月くんが入ってくれたら百人力だよ」

相沢「本当にな。しかしこれで本当に松田の立場が危うく……」

松田「だ、だからそういうのやめて下さいって! マジでシャレになってないっすから!」

L「……さて、月くん」

月「? 何だ? 竜崎」

L「今、松田さんも仰っていましたが……結論から言って、月くんの推理内容は非常に素晴らしいものでした。一般に報道されている情報だけでここまでの推理ができる人間は、おそらく月くんを置いて他にいないでしょう」

L「そんな月くんをこの捜査本部に呼んだことはやはり間違いではなかったと……私はそう確信しています」

月「……ありがとう。竜崎。そう言ってもらえると嬉しいよ」

L「そして先ほど、夜神さんからも、月くんをこの捜査本部に迎え入れることを認めて頂けましたので……これまでに私達が行ってきた捜査の状況についても、今から全て月くんにお伝えしたいと思います。よろしいですね? 夜神さん」

総一郎「……ああ。ライトが正式に捜査本部の一員となった以上、当然の事だ」

L「ありがとうございます。夜神さん。それでは、月くん。全てお話しします」

L「これまでに私達が知りえた……キラ事件についての全てを」

L「―――以上が、現在の我々の捜査状況です。いかがですか? 月くん」

月「……正直言って、驚いたな……。まさか本当に、765プロの関係者にキラとしての嫌疑が掛かっていたなんて……」

月「しかも、そのキラ容疑者の最有力候補の一人が、僕が既に会っている天海春香だったとは……」

L「はい。しかし、我々よりも遥かに少ない情報量から、ほとんど同じ結論に辿り着いていた月くんはすごいです」

月「まあ僕の場合は、あくまでも相対的にみて最も可能性が高いと考えられる……という程度の推理だったけどね」

松田「いやいや、本当にすごいよ。月くん。これならもうキラ逮捕も時間の問題……まあ個人的には、やっぱりはるるんやミキミキを捕まえるのは複雑な気もするけど……」

星井父「…………」

相沢「松田」

松田「あっ。すみません……」

月「?」

星井父「……竜崎」

L「はい」

星井父「……そろそろ、俺の事も……」

L「そうですね。ここで話しておくべきですね。月くん」

月「? 何だ? 竜崎」

L「今ここに居る星井係長は、765プロダクション所属アイドル・星井美希の実の父親です」

月「! …………」

星井父「元々、俺は娘が疑われるようになる前からこの捜査本部に居たんだが……よもや、こんなことになるとはな」

月「……そうでしたか」

星井父「で、どうするんだ? 竜崎。お前の考えを貫くなら、月くんが捜査本部に加わった今のこの状況でも、俺はまだここに居ていいってことになるが」

L「そうですね。ただそれは、あくまでもこの捜査本部の構成員が既存のメンバーのままである場合を前提としていましたので……月くんという、新たなメンバーが加わった以上は事情が変わってきます。ましてや、月くんは既にキラ容疑者の最有力候補の一人である天海春香と直接接触しているわけですから猶更です」

星井父「……つまり俺が『夜神月という男が近付いてきたら気を付けろ』と娘に言うかもしれないと?」

L「はい」

星井父「…………」

総一郎「竜崎。それはいくらなんでも……」

星井父「いえ。いいんです。局長。私の娘に掛かっている嫌疑の度合いを考えれば、これくらい疑うのは当然です」

総一郎「しかし、そういうことまで言い出しては……もはや、星井君をこの捜査本部に居させること自体……」

L「そうですね。なので今後、星井さんにはこの捜査本部にいる間以外は、常にこれを身に着けてもらいます」スッ

星井父「? これは?」

L「タイピン型の超小型マイクです。加えて超高感度ですので、小声の会話でも極めてクリアに拾えます」

星井父「! ……これを、常に……?」

L「はい。ここにいるとき以外は常に肌身離さず身に着けて下さい。防水加工もされていますので、風呂場にも持ち込めるつくりになっています」

星井父「…………」

総一郎「りゅ、竜崎……」

L「星井さん。これは単に、あなたから美希さんへの情報漏洩を防ぐための措置というだけではありません。このマイクが拾う音声は、リアルタイムでこの捜査本部にある私のPC、および別の場所にあるワタリのPCに自動で転送され、かつ録音もされるようになっています」

月「……なるほど。つまり監視と捜査を同時に行えるということか」

星井父「! …………」

L「はい。その通りです。ただ捜査といっても、星井さんに何か特別なことをして頂く必要はありません。日常生活の範疇で、娘さんと普通に会話をして頂ければそれで十分です。そのやりとりの中から、キラ事件解決のヒントが得られるかもしれませんので」

星井父「…………」

総一郎「星井君……」

星井父「……分かった。良い案だ。喜んで着けさせてもらおう」

松田「係長」

L「ただしくれぐれも、録音を意識するあまり、かえって不自然な会話運びとなったりしないよう……そこだけは細心の注意を払って下さい」

星井父「……ああ。それは分かっている」

模木「係長……」

星井父「何、大丈夫だ。これでこの捜査本部に残ったまま、事件の結末を見届けられる……そう思えば、これくらいどうということはない」

模木「…………」

月「ところで、竜崎」

L「はい。何でしょう」

月「今『ワタリ』って言っていたが……まだ他に居るのか? この捜査本部のメンバーが」

L「はい。もうじき来ると思いますが――」

 ガチャッ

ワタリ「お待たせいたしました」

L「ワタリ。例の物は?」

ワタリ「もうできております」

L「では月くんに」

ワタリ「はい。はじめまして。ワタリと申します」

月「あ、はい。夜神月です」

ワタリ「では早速ですが、こちらをどうぞ」スッ

月「? 学生証……? って、名前が……『朝日 月』?」

L「はい。既に他の皆さんには偽の警察手帳をお渡ししているのですが……月くんはまだ学生さんですので」

月「……なるほど。キラ対策の偽の身分証ってわけか」

L「はい。ただ、キラは既に『顔だけでも人を殺せる』能力を持っているものと考えられますし……それに加えて、月くんはもう顔と名前を765プロダクション所属のアイドル二名に知られていますので、あまり使う機会は無いかもしれませんが……一応、持っておいて下さい」

月「分かった。ありがとう」

L「そして、今後の捜査方針ですが……」

一同「…………」

L「私は元々、ある特定の人物に近付いてほしくて、月くんをこの捜査本部にお呼びしたんですよね。もちろんキラ容疑者本人ではありませんが……」

月「? そうだったのか?」

L「はい。実は星井美希……美希さんと接点のある、他の事務所所属のアイドルに接触してもらおうと考えていたんですが……もう既に月くんが天海春香と接点を持っていた以上、今、月くんが両者に対して同時に接触するのはやめておいた方がいいだろうと思っています」

松田「えっ。誰なんです? その他の事務所のアイドルって」

L「まあ今は一旦忘れておいて下さい。流石にこのタイミングで月くんが天海春香とそのアイドルの両方と同時に接点を持つのは怪しまれるでしょうから」

月「そうだな。まあ接点の持ち方にもよるだろうが」

松田「誰なんだ……気になる……なりますよね? 相沢さん」

相沢「お前は単に個人的に興味があるだけだろ」

松田「そ、そんなんじゃないですって!」

L「ですので、一旦は月くんは天海春香との接触のみに努めて下さい。あとは一応、高槻やよいの方とも」

月「ああ、もちろん。そのつもりで家庭教師になったわけだからね」

総一郎「……ライト。くれぐれも無理だけはするんじゃないぞ」

月「分かってるよ。父さん。ただ、それよりも……」

総一郎「? 何だ? ライト」

月「さっき、竜崎から聞いた話によると……父さんは一度、模木さんと共に765プロの事務所に聞き取り調査に行っており、その時に天海春香・高槻やよいのいずれとも顔を合わせている……そうなんだよね?」

総一郎「ああ、そうだ。だが私はその際、『朝日四十郎』という偽名の入った警察手帳を提示している。仮にその名を覚えられていたとしても、『あの時事務所に来た刑事が夜神月の父親である』ということは分からないはずだ」

月「それはそうだが……天海春香・高槻やよいの両名と接点があるのは僕だけじゃない……粧裕もだ」

総一郎「! …………」

月「というか、当然の事だが……粧裕の方が二人との接点は強い。元々は粧裕と高槻やよいが友達同士だったというところから、僕に家庭教師を依頼するという話が出てきたんだからね」

総一郎「そうか……ではもし、天海春香・高槻やよいの両名、あるいはいずれか一方が粧裕に会いに、うちに遊びにでも来たりすれば……」

L「そのとき、もしたまたま夜神さんが在宅しており、鉢合わせでもしようものなら……ちょっと面倒なことになりますね」

月「ああ……そうなれば、少なくとも『夜神月の父親』が、偽名を用いてキラ事件の捜査をしていたということはばれる……そうすれば、息子で警察志望の僕も、何らかの形でこの事件の捜査に関わっている可能性がある……と推測することも不可能ではない」

L「月くんが警察志望であることは、二人は知っているんですか?」

月「ああ。僕が二人に会った時点では既に知られていた。粧裕が、父が現職の警察官であることを高槻やよいに話したときに一緒に話したそうだ」

L「なるほど……まあ仮にそこまでばれたとしても、流石にそれだけで夜神さん、あるいは月くんを殺すとは思えませんが……一応、注意はしておいて下さい。たとえば夜神さんの在宅中に粧裕さんの友人が遊びに来た場合などは、その相手が誰であろうとも、夜神さんは自然に外出するなどして顔を合わさずにやり過ごす……」

総一郎「うむ……」

L「それから、月くん」

月「何だ? 竜崎」

L「今後、家庭教師をする際には、原則として二人の自宅に行くのでしょうから……先ほどご説明した『黒いノート』の存在についても、一応意識しておいて下さい。もっとも、もしこれが本当にキラとしての活動に関係するような物なら、一見して分かるようなところにはまず置いていないだろうとは思いますが……」

月「ああ。分かった」

L「それから、ノートを持っている可能性があるとすれば、天海春香の方だと思いますが……765プロダクション全体がキラ事件に関わっている可能性も否定できない以上、高槻やよいの方についても、念の為、注意だけはしておいて下さい」

月「そうだな。いずれの自宅に行ったときも、不自然にならない程度に観察するようにするよ」

L「よろしくお願いします。それでは早速ですが、明日の天海春香の一回目の授業、頑張って下さい」

月「ああ。ありがとう。竜崎」

月「まずは家庭教師としての信頼を得る……そしてそこから、少しでも有益な情報が引き出せないか探ってみるよ」

L「はい。お願いします。月くんならきっと上手くできると思います」

総一郎「……ライト……」

月「大丈夫だよ。父さん。そんな心配そうな顔をしないでくれ」

総一郎「…………」

月「さっきも言ったように、決して無理はしないから」

総一郎「……ああ。分かった」

月「…………」

月(キラの正体……765プロ……真相はまだ謎のままだが……)

月(必ず僕が……その全ての謎を解き明かしてみせる)

月(退屈だった日々は、もう終わりだ)

(またミキ出なかったけど)一旦ここまでなの

【同日夕刻・765プロ事務所近くのファミレス】


春香「えーそれではこれより、真と雪歩、伊織と美希の大学・高校合同入学祝賀会を開きたいと思います! 皆、ジュースは手に持ったね? では……」コホン

春香「入学おめでとう! イエーイ!」

一同「おめでとー!」

真「あはは、ありがとう」

雪歩「皆……ありがとう」

伊織「ていうかこれ、何回目のお祝いなのよ……」

美希「2月に真くんと雪歩の合格祝賀会やって、3月にミキとでこちゃんの合格祝賀会やってもらったから、これで三回目なの」

伊織「うん、そうね。いつになく冷静な解説ありがとう。美希。でもでこちゃん言うな」

やよい「でも、お祝いごとは何回やってもいいかなーって。だから入学おめでとう! 伊織ちゃん!」

伊織「ありがとう。やよい。やよいの言うとおりだわ。おめでたいことは何回お祝いしてもいいわよね。にひひっ」

春香「むー。なんか私のときとリアクション違わない? 伊織」

伊織「そう? 別にそんなことないわよ」

亜美「いおりんはやよいっちには甘々ですからな~」

真美「うむうむ。こればっかりはイカンともしがたいかと……」

伊織「う、うるさいわね。だから別にそんなことないって言ってるでしょ! もう!」

千早「美希もおめでとう。よく頑張ったわね」

美希「ありがとうなの。千早さんもこれから頑張ってね」

千早「ええ。アイドルのお仕事も受験勉強も両立させてみせるわ」

美希「千早さんなら絶対大丈夫って思うな。春香と響は微妙に怪しいけど」

春香「ちょっ! そこで私に振るかな!?」

響「自分はちゃんとやってるぞ。春香と違って」

春香「だからなんで私だけ貶めようとするかな!?」

やよい「春香さんだって大丈夫ですよ! ライト先生がついてますから!」

春香「! …………」

亜美「? ライト先生?」

真美「何それ?」

やよい「ほら、前に話してた、私と春香さんに勉強教えてくれる家庭教師の先生だよ。ちょっと前にご挨拶したんだ」

亜美「あー! 全国模試一位の!」

やよい「そうそう。で、早速来週から授業してもらうんだ。春香さんは明日からでしたよね?」

春香「えっ? あ、ああ……うん。そう。明日から」

美希「? …………」

真美「なるほど、噂の天才東大生クンかぁ。でもその人の名前『ライト』っていうの? 随分変わった名前だね」

やよい「うん。夜神月先生。『夜』に神様の『神』に『月』って書いて『ライト』って読むんだよ」

亜美「へ~。なんかアイドルにいそうな名前だね」

真美「現役東大生アイドルかぁ。それありかも!」

やよい「あ、でもライト先生なら本当にアイドルになれちゃうかも。だってすっごくかっこいいもん! ね? 春香さん!」

春香「ああ……うん、そうそう。ホント、ジュピターとか流河旱樹さんとかと並んでも遜色無いくらい、イケメンの先生だよ。あはは……」

美希「…………」

真「えーっ! いいなあ。ボクもその人に勉強教えてもらいたいなぁ~」

伊織「いやいや、あんたはもう受験終わったでしょ……」

真「だって女子大じゃ全然出会いとか無いしさ……まあ、もしあってもアイドルやってるうちはどのみち付き合うとかは無理なんだけど……」

雪歩「でも真ちゃん、同じ大学の女子からはすごい人気なんでしょ?」

真「うん……まあね……ははは……」

響「ま、真がなんか乾いた笑いを浮かべてるぞ……」

千早「色々あるんでしょう、きっと。そっとしておいてあげましょう」

響「だな……」

真「あーあ。センター試験の会場にいた王子様もあれっきり見かけないし……運命の王子様だと思ったのになぁ。ちぇっ」

あずさ「でも、すごい先生に教えてもらえることになってよかったわね。春香ちゃん。やよいちゃん。これで受験もばっちりね」

やよい「はい! ライト先生にお勉強いーっぱい教えてもらって、頑張ります!」

春香「私も、やよいに負けないように頑張ります。一緒に頑張ろうね、やよい」

やよい「はい! 頑張りましょう! 春香さん」

美希「…………」

千早「私も、学校の勉強以外に何かした方がいいのかしら……今年は去年以上にお仕事も忙しくなりそうだし。我那覇さんは何か考えてる?」

響「いやー、自分も特にまだ何も……普通に学校の授業の予習と復習をするくらいかなあ。夏休みに予備校の夏期講習くらいは行くかもしれないけど」

亜美「あ、でもさーひびきん。夏はライブあるかもじゃない?」

真美「うんうん。去年も夏にやったしね」

響「あー、そうか。ていうか、もうあのファーストライブから一年になるんだな」

春香・美希「! …………」

あずさ「そうね。時の流れは速いわねぇ」

亜美「懐かしいなぁ。台風で亜美達だけ会場着くの遅れちゃって、今にも泣きそうになってたいおりん……」

伊織「は、はぁ!? 勝手な事言わないでよ! 泣きそうになってたのはあんたの方でしょ!」

亜美「な!? あ、亜美そんなんなってないし! チョー余裕だったし!」

伊織「どこがよ! 完全に涙目になってたくせに!」

亜美「な、なってないもん!」

あずさ「こーら。けんかはだめよ。二人とも」

亜美「……はーい」

伊織「ふんっ」

春香・美希「…………」

貴音「でもライブとなると……今年も、去年と同じ会場でやるのでしょうか?」

響「んー。どうだろ? ファンの人数も大分増えてるし……去年よりは大きい会場でやるんじゃないか?」

真美「ドームとか?」

雪歩「さ、流石にそれは無理じゃないかな……」

真「まあどっちにしろ、もしあるならそろそろ社長かプロデューサーあたりから発表されそうだよね。楽しみだなぁ」

春香「……ライブ、か」

千早「? どうしたの? 春香」

春香「いや、なんていうか……“今年も”ライブが出来るんだなって思うと……純粋に嬉しくて」

美希「! …………」

千早「そうね。いつも応援してくれているファンの人たちに、感謝しないといけないわね」

春香「うん。応援してくれる人たちのため……ファンのため……一分一秒たりとも無駄にはできない。本番で最高のパフォーマンスを発揮するためにも、今できることは全部やらないと……」

美希「……春香……」

春香「? 何? 美希」

美希「……ううん。なんでもないの」

春香「そう? あ、美希も練習サボっちゃだめだよ」

美希「サボらないよ! 春香の方こそ、イケメン東大生にゾッコンになっちゃったりしないか心配なの」

春香「そ、そんなことあるわけないでしょ! 何言ってんのよ、もう!」

響「あはは。春香はわかんないぞー。こう見えて意外と流されやすいとこあるし」

春香「あー! 響ちゃんまでそういうこと言うの!? じゃあもう今日は響ちゃんの奢りで決定ね!」

響「えぇ!? いくらなんでも理不尽過ぎるぞ!」

春香「いや、なんとなくこういう役回りは響ちゃんかなって」

響「なんでだよ! おかしいでしょ! って、このやりとり前もやった気がする!」

春香「あはは。ばれた?」

響「もー!」

貴音「……御馳走様です、響。では私はこのちょこれーとぱふぇを」

響「奢らないからね!?」

美希「…………」

【二時間後・ファミレスからの帰路】


春香「じゃあ私はこっちだから」

美希「あっ。ミキもちょっと寄りたいお店あるからそっちから帰るの」

春香「そう? じゃあ途中まで一緒に帰ろっか。美希」

美希「うん」

やよい「じゃあ春香さん、美希さん、また明日! それと春香さんは明日のライト先生の授業、頑張って下さい!」

春香「うん。ありがとう。やよい。頑張るよ」

美希「じゃーね、皆。また明日なの」

真「うん。お疲れ様!」

響「お疲れ様だぞー」

雪歩「またね。春香ちゃん。美希ちゃん」

(一緒に帰っていた他のアイドル達と別れ、二人きりになる春香と美希)

春香「さて、と。……で、どうかしたのかな? 美希ちゃん」

美希「……もー。春香のイジワル」

春香「あはは。ごめんごめん」

美希「……で? 何があったの? 春香」

春香「何がって?」

美希「何かあったんでしょ? 多分だけど、例のイケメン東大生絡みで」

春香「……よく分かったね、美希。もしやエスパー?」

美希「ただのカンなの。カン。その人の話題になった時、春香、ちょっと変なカンジだったから」

春香「なるほどねー。流石は天才美希ちゃんだわ」

美希「もう、そういうのはいいから。で、何があったの?」

春香「んー。と言っても、まだ別に何も無いんだけどね。やよいも言ってたけど、まだ挨拶で一回会っただけだし」

春香「……ただ、ちょっと気になることがあってさ」

美希「? 気になること?」

春香「うん。それを確認してから、美希には話すつもりでいたんだけど……実はこの家庭教師の……夜神月さんって、お父さんが現職の警察官らしいんだよね」

美希「! そうなの?」

春香「うん。で、ライトさん自身も将来は警察志望なんだって。お父さんと同じに」

美希「……そうなんだ」

春香「まあそれだけなら特に問題視することもないんだけど……美希、覚えてるよね? 今年の1月の……半ばくらいだったかな。キラ事件の捜査の一環で、二人の刑事さんがうちの事務所に来て、私達も事情聴取されたの……」

美希「! そりゃあ……だってそれがきっかけで、春香がミキに、それまでのこと全部打ち明けてくれたんだし……」

春香「うん。そうだよね。で、その刑事さん達が私達に名乗っていた名前は実は偽名だった……ってことは前に話したと思うけど」

美希「うん」

春香「その時私も、もし今後何かあった場合に備えて、死神の目で見た二人の刑事さん達の本名は一応記憶してたんだけど……実は、そのうちの一人……『朝日』って名乗ってた方の年配の刑事さんの本名が、『“夜神”総一郎』だったんだ」

美希「えっ! それって……」

春香「一応、確認はするつもりだけど……ほぼ間違い無いと思う。『夜神』なんて珍しい名字で警察官なんて……そう何人もいるとは思えないからね」

美希「じゃあ、そのライトって人のお父さんが……あの時、事務所に来てミキ達を事情聴取した刑事さん……ってこと?」

春香「おそらく、ね」

美希「そっか……それで春香、今日ちょっとおかしかったんだ」

春香「うん。まあ、美希にそこまで勘付かれてるとは思わなかったけど」

美希「でも、これって完全に偶然だよね? 春香はそのライトって人の名前も知らずに、やよい経由で家庭教師を頼んだわけだし……」

春香「そう。完全に偶然……それに普通に考えて、いくら警察志望の息子とはいえ、キラ事件の捜査をしている父親が、その捜査状況をべらべら話してるっていうことは無い……よね? 美希のお父さんが捜査本部にいたときだって、そんなに多くの情報を美希に話してはいなかったみたいだし……」

美希「そうだね。少なくともミキは、『キラとして誰々を疑っている』みたいな話をパパから聞いたことはなかったの」

美希「……まあでもそれは、ミキ自身が容疑者に入っていたからかもしれないけど……」

春香「…………」

春香(確かに……美希のお父さんのパターンがそのまま当てはまるとは思わないけど……)

春香(でも仮に、ライトさんにキラ事件の捜査状況が父親経由で伝わっているとしても……私は『キラとしての疑いがある765プロ関係者の中の一人』でしかないはず)

春香(そうであるとすれば、もしライトさんが私の事を父親に伝えたとしても……ごく普通のアイドル、ごく普通の高校三年生として振る舞っている限り……私に対する嫌疑が高まることは無い)

春香(それならむしろ、この偶然を利用して……)

春香(ライトさんが父親からキラ事件の捜査状況を伝えられているとしたら……Lの正体についても、何らかの情報を伝えられていてもおかしくはない)

春香(まあ仮にそうだとしても、ただの家庭教師の生徒という立場から、私がそれを探るのは難しいだろうとは思うけど……)

春香「…………」

美希「春香? 大丈夫?」

春香「……うん。大丈夫」

美希「…………」

春香「仮に、ライトさんがお父さんから色々聞いていたとしても……私は普通に授業を受けるだけだし、何の問題も無いよ」

美希「…………」

春香「それに、本当にライトさんのお父さんが『夜神総一郎』かどうかも、まだ確認してないしね」

美希「……それは、そのライトって人に直接聞いて確認するの?」

春香「まあそれでもいいし……もし怪しまれるようなら、他の手でもいい。そこは多分どうとでもなるよ」

美希「…………」

美希「……ねぇ、春香」

春香「ん?」

美希「……無理、しないでね」

春香「……え?」

美希「もし春香に何かあったら、ミキ……」

春香「……大丈夫だよ、美希。何も心配すること無いって」

美希「でも、春香……もしそのライトって人が、本当にあの時事務所に来た刑事さんの息子だったら……そこからLの正体を探れないか、とか考えてるでしょ?」

春香「……本当にエスパー? 美希ちゃん」

美希「もう。それくらいミキにだって分かるよ。春香は黒井社長を脅してまでLの正体を探ろうとしてるんだし」

春香「……まあね。でもそれは、あくまでもそういうチャンスがあったらっていう話だよ。実際問題、ただの家庭教師と生徒の関係から、そんな情報を引き出すのは相当難しいと思うし」

春香「それに、お父さんからライトさんに『765プロ関係者が怪しい』っていう情報が伝えられている可能性だってあるんだから、そうそう下手な動きはできないしね」

美希「それは……そうかもしれないけど……」

春香「……それでも、不安?」

美希「…………」コクリ

春香「もう。だーいじょうぶだって」ギュッ

(美希を正面から抱きしめる春香)

美希「! 春香……」

春香「さっき、ファミレスでも話題になっていたけど……夏にはきっとまたライブがある。ライブが……出来る」

春香「それも響ちゃんが言っていたように、きっと去年よりも大きな会場で」

美希「……うん」

春香「それなのに、こんなところで捕まりかねないような危険……私が冒すわけないでしょ?」

美希「……うん」

春香「だったら、私の事……信じてて。そして美希は、自分にできること……自分がやるべきことをして」

美希「……わかったの」スッ

春香「美希」

美希「ミキは今まで通り、アイドルのお仕事も犯罪者裁きも、一生懸命やるの」

春香「うん。お願いね。そして二人で一緒につくろう。皆が笑顔になれる、幸せな世界を」

美希「そうだね。……でも、春香」

春香「ん?」

美希「もし何か、少しでも危険な目に遭いそうになったら……その時は必ずミキに教えてね。約束なの」

春香「うん。もちろん。約束するよ」

美希「それじゃあ、明日の授業頑張ってね。春香」

春香「ありがとう。それじゃあまたね。美希」

春香「…………」

春香(夜神月……夜神総一郎……)

春香(美希に余計な心配は掛けたくないけど……もし本当に、ここからLの手掛かりが掴めるようなら……)

春香(現状、黒井社長の方も特に動きは無いし……今の膠着状態をこのまま続けるよりは……)

春香(……うん。大丈夫。きっと上手くやってみせる)

春香(美希はもちろん、誰一人欠けさせたりしない)

春香(邪魔者は全て排除し、ライブも必ず765プロ全員で成功させる)

春香(今の私なら、それができる。……いや、しなければならない)

春香(それが私の……使命なのだから)

春香「…………」


















【翌日・春香の自宅】


 ピンポーン

春香「はーい」

 ガチャッ

月「……こんにちは。春香ちゃん」

春香「……こんにちは! ライトさん」ニコッ

一旦ここまでなの

(月を家の中に案内する春香)

春香「お母さん。ライトさ……夜神先生来てくれたよ」

天海母「あらあら、どうもこんにちは。春香の母です」

月「夜神月です。今日から春香さんの家庭教師を務めさせて頂きます。どうぞよろしくお願いします」

天海母「いえいえ、こちらこそふつつかな娘ですが……末永くよろしくお願いいたします」

春香「お母さん。その挨拶おかしいから」

天海母「……それにしても」

月「?」

天海母「娘から聞いていましたけど、本当にイケメンさんですのね」

春香「ちょっ!」

月「…………」

天海母「こんなにかっこよくて東大生だなんて。天は二物を与えずというのは嘘だったのかしら?」

春香「お母さん! もういいから! ライトさん、もう行きましょう。私の部屋二階なので」

月「あ、ああ……」

天海母「休憩の時にケーキでも持って行きますね。あ、夜神先生はコーヒー? 紅茶?」

春香「お母さん!」

月「……じゃあ、コーヒーでお願いします」

天海母「コーヒーね。じゃあ二人とも、ごゆっくり……フフフ」

春香「いや、フフフって何!? フフフって!」

月「…………」

春香「あっ。な、なんかごめんなさい! うちの母、ちょっとミーハーなところがあって……その……」

月「いや、いいよ。楽しいお母さんだね」

春香「そ、そうですか?」

月「でもアイドルの母親なのにミーハーって面白いね」

春香「あ、た、確かに! そう言われてみたらそうですね! あはは……」

月「…………」

春香「えっと……あっ、じゃあどうぞこちらへ。階段気を付けてください」

月「ああ、ありがとう」

春香「…………」

月「…………」

春香(お母さんの天然のおかげで、多少雰囲気が和らいだ……かな?)

月(今のところはごく普通の……少し裕福な一般家庭、といった感じだな)

【春香の自室】


春香「どうぞ……散らかってますが」

月「お邪魔します。すごく綺麗じゃないか。粧裕の部屋とは大違いだ」

春香「え? 粧裕ちゃんの部屋ってそうなんですか?」

月「ああ。いくら言ってもなかなか片付けなくてね。母さんも手を焼いてるよ」

春香「あはは」

月「さて。じゃあ早速始めようか」

春香「はい。お願いします!」

(机に向かう春香。月はその隣に置かれた椅子に腰を下ろす)

月「先週会った時に簡単には聞いたけど……春香ちゃんは私立文系志望でいいんだよね?」

春香「はい」

月「となると、当面は英・国を中心にやって……夏頃からは社会と、あとセンター対策で数学もやるようにしようか。社会は何選択?」

春香「えっと、まだ決めてなくて……」

月「じゃあできるだけ早く決めておくようにね」

春香「はい」

月「じゃあ今日は英語をしよう。簡単なテストを作ってきたから、まずはこれを解いて」

春香「えーっ。いきなりテストですか?」

月「現在の春香ちゃんの学力を正確に知るためだよ。その方が対策も立てやすいから。いいね?」

春香「はぁい……」

月「一応、高2の教科書レベルから出題しているから。普通に授業を受けていれば解ける問題だよ」

春香「そ、そういうプレッシャーの掛け方やめて下さい……」

月「制限時間は今から30分ね。はい、始め」

春香「わわっ。そんないきなり……」

月「…………」

春香「…………」

月(部屋の中も特に怪しい点は無いな……普通の10代の女の子の部屋って感じだ。黒いノートなんて影も形も見当たらない)

春香(えっ。これで教科書レベル? ウソでしょ……なんか全然分かんないんだけど……)

月「――はい。じゃあそこまで」

春香「あっ。まだ途中……」

月「いいよ。どこまで解けるかも含めてのテストだから」

春香「…………」

月「どれどれ」

春香「うぅ……なんか恥ずかしい……」

月「…………」

月(学力レベルは……まあ中の下ってところか。アイドルとしてなら良い方なのかもしれないな)

春香「ど、どうですか? やっぱり全然ダメでしょうか……」

月「いや、そんなことはないよ。確かに基礎的な文法の理解不足や単語のスペルミスなどはあるが……今からきっちりやれば十分間に合う」

春香「ホントですか? よかったぁ……去年の夏くらいからお仕事一気に忙しくなっちゃって、勉強時間すごく減っちゃってたから……」

月「ああ。そこが普通の受験生とは違って難しいところだよね」

春香「はい。でも、せっかくこうしてライトさんに教えてもらえることになったので、気合入れて頑張ります!」

月「ああ、その意気だ。じゃあ早速解説を始めようか。まずはこの問題だけど――……」

月「――じゃあ、一旦このへんで休憩にしようか」

春香「はい」

月「疲れた?」

春香「はい……って、い、いえ! 教えて頂いてるのに疲れるなんて失礼ですから! 疲れてません!」

月「いや、そこは普通に『疲れた』でいいけど」

 コンコン

春香「はーい」

 ガチャッ

天海母「今、ちょうど休憩中? はい。予告してたケーキ」

月「わざわざすみません」

天海母「とんでもございません。で、どうですか? 春香は」

春香「ちょ、ちょっとお母さん」

月「ええ。アイドルとして多方面で活躍されている中、勉強もよく頑張っておられると思いますよ」

天海母「本当ですか? でもこの子、昔からドジが多くて……何も無い所で転ぶなんてしょっちゅうですし……」

春香「お、お母さん! もういいから!」

天海母「えー。なんでよ、いいじゃない。休憩中でしょ?」

春香「ライトさ……夜神先生だって休憩中なんだから!」

天海母「あら。それもそうね。ごめんなさいね」

月「いえ」

天海母「それじゃあ引き続き、ごゆっくり……フフフ」

春香「だからフフフって何!? フフフって!」

 バタン

春香「もー……」

月「…………」

春香「…………」

月(何か聞くなら今のタイミングがベストだな)

春香(何か聞くなら今のタイミングがベストだよね)

月・春香「あの」

月「…………」

春香「…………」

月「……先、どうぞ」

春香「い、いえ。ライトさんの方こそ、お先にどうぞ」

月「そう? じゃあ……」

春香「…………」

月「春香ちゃんは、何でアイドルになったの?」

春香「えっ」

月「いや、今まで身近にアイドルやってた子なんていなかったからね。単純に興味があって」

春香「…………」

月「…………」

月(昨日捜査本部で聞いた、これまでの捜査状況を前提とすれば……天海春香が、アイドル事務所関係者連続殺人事件の犯人である可能性が高い)

月(そして今揃っている数々の状況証拠以外に、その可能性をさらに高めるものがあるとすれば……)

月(同事件の犯人の人物像……それに天海春香が当てはまるかどうか)

月(捜査本部では、これまでこの点に深く踏み込んだ捜査はできていなかった)

月(だがそれは、これまで天海春香と捜査本部のメンバーとの間に直接の接点が無かった以上、当然の事)

月(しかし今こうして……僕が天海春香と直接の接点を持った以上、この点に踏み込んだ捜査を行わない手は無い)

月(そしてこの場合、次に考えなければならないのは、アイドル事務所関係者連続殺人事件の犯人とは如何なる人物であるかだが――……)

月(この者は、765プロを陥れようとしていた961プロ、およびそれに追従していた他のアイドル事務所の関係者を軒並み殺害している)

月(そしてさらにその後も、961プロ社長・黒井崇男を脅して961プロのプロデューサーを765プロに移籍させている)

月(これらの行動原理はすべて、765プロの利害に直結していると言っていい)

月(つまりそれだけ、765プロに愛着……いや、執着のある人物であるとプロファイルできる)

月(よって……天海春香にとって、765プロとは執着に値するほどの存在なのかどうか……換言すれば、『人を殺してでも守りたい』と思うほどの存在なのかどうかを確かめる必要がある)

月「…………」

春香「…………」

春香(『何でアイドルになったの?』か……。今までにもよくされてきた質問だし、必要以上に構える必要は無いよね)

春香(それに、ここで私が答えた内容がライトさんから粧裕ちゃん、さらにやよいを経て事務所の他の皆に伝わったりする可能性もあるわけだし……変に答えを作るのはかえって危ない)

春香(うん。大丈夫。ここはありのままの回答で問題無い)

春香(もしライトさんからお父さんに今日の事が伝えられたとしても、ここから私に足がつくことはありえない)

春香(あくまでも『アイドル天海春香』として普通に質問に答えるだけなんだから)

春香「そうですね……」

月「…………」

春香「夢……ですかね。憧れなんです。小さい頃からの」

月「夢……」

春香「はい。ずっと……夢見てたんです。大きなステージで、大勢のお客さんの前で歌を歌って……」

月「…………」

春香「それで、ステージを観に来てくれたお客さん皆を笑顔にできたら、って……」

月「…………」

春香「なんて、ちょっと抽象的過ぎますかね?」

月「いや、そんなことはないよ。それだけアイドルに懸ける情熱があるってことだよね」

春香「はい! それはもう、人一倍に!」

月「……じゃあ……」

春香「?」

月(少しカマをかけてみるか)

月「もし仮に……今より、もっと大きな会場で、もっと多くのお客さんの前で歌えるチャンスがあったとしたら……どうする?」

春香「えっ」

月「いや、たとえばの話だけどね」

春香「……つまり……そういうチャンスが持てるような、もっと大きな事務所に移籍することもありえるかって話……ですか?」

月「うん」

春香「それだけはありえません」

月「……なんで?」

春香「なんでって……765プロは、私の全てだからです」

月「…………」

春香「他のアイドルの皆はもちろん、高木社長、律子さん、事務員の小鳥さんにプロデューサーさん。皆揃って765プロで……それが私にとってかけがえの無い、本当に大切な場所だから」

春香「だから、この先何があっても……私はアイドルを引退するまで、765プロを離れるつもりはありません」

月「…………」

春香「はっ! ご、ごめんなさい! 私ったら、なんか熱くなっちゃって……」

月「いや、いいよ。ありがとう。春香ちゃんは本当に765プロのことが大好きなんだね」

春香「はい!」

月「…………」

月「じゃあ、次は春香ちゃんの番だね」

春香「え?」

月「さっき、僕に何か聞こうとしてただろ?」

春香「あ、ああ……そうでした。えっと、ライトさんは将来、警察志望だって聞きましたけど」

月「ああ」

春香「それはやっぱりお父さんの影響なんですか?」

月「……そうだね。幼い頃から刑事として働く父の背中を見て育ったから、自然と父のような刑事になりたいと思うようになった」

春香「なるほど。じゃあ、お父さんとは仲良いんですか?」

月「そうだな……結構何でも話す方だとは思う。ただ、最近の父は帰って来るのも遅いし、なかなか話す機会も無いけどね」

春香「お忙しいんですね。お父さん」

月「ああ」

春香「…………」

春香(この流れなら……)

春香「お父さん、何か難しい事件を担当されたりしてるんですか?」

月「! ……いや、父も具体的な事件の事までは話さないからね。父が何の事件を担当しているかまでは僕も分からないんだ」

春香「そうなんですか」

月「ああ」

春香「…………」

月「っと、そろそろ休憩も終わりだね。じゃあさっきの続きから始めようか」

春香「あ、はい!」

月「ではさっきやった構文の復習から……この問題、解いてみて」

春香「はい」

月「…………」

月(765プロに対する強い想い……愛着……)

月(そして父の仕事に関する質問……)

月(いずれも一般的な会話の範疇に収まるものではあるが……)

月(…………)

春香「えーっと……これはここで区切れるから……」

春香「…………」

春香(話し過ぎた? あるいは聞き過ぎた?)

春香(いや、大丈夫……いずれにしても、そこまで不自然さを覚えられるようなやりとりではない……はず……)

春香(あ、でも……お父さんに関係することばかり聞いたのは少し変に思われるかな……? 一応後でフォローしといた方が良いか……)

春香(でも今後も色々と聞きたいし……そうしても不自然に思われないようにするためには……)

春香(……! そうだ!)

月「分からない? 手が止まってるけど」

春香「えっ、あ、すみません! 大丈夫です!」

月「…………」

春香(大丈夫。相手がこの人なら……十分自然だ)

月「――よし。じゃあ今日はこのへんにしとこうか」

春香「あー、疲れ……じゃない、あ、ありがとうございました!」ペコリ

月「はは。いいよ。疲れるのは頑張った証拠だからね」

春香「え、えへへ……あ、ライトさん」

月「ん?」

春香「えっと……もし答えられたらでいいんですけど」

月「? 何?」

春香「ライトさんって、今付き合ってる人とかいるんですか?」

月「えっ」

春香「…………」

月「……いや、いないけど」

春香「そうなんですか! よかったー」

月「……よかった?」

春香「あ、わわ、ちが、ちがいます。でも意外ですね! ライトさんすっごくかっこいいのに!」

月「…………?」

春香「あ、あと、ライトさんって、お菓子で、何か食べられないものとかってあったりしますか?」

月「? お菓子で?」

春香「はい。実は私、お菓子作りにはちょっと自信ありなんです! だから次からは毎回、私の手作りのお菓子をご用意したいなって思って……それで、もし食べられないお菓子とかがあったら、事前に聞いておきたいなって……」

月「……ああ、それはどうもありがとう。特に好き嫌いは無いし、何でも好きだよ」

春香「ホントですか? じゃあ、腕によりをかけてた~っくさん作っちゃいますね!」

月「ああ、ありがとう」

春香「えへへ~楽しみだなぁ!」

月「…………」

月(こんな風に女の子から好意を示されるのは一度や二度の事じゃないが……しかし今回の相手はアイドル……いくら東大生とはいえ、所詮一般人に過ぎない僕にいきなりここまで分かりやすく好意を持つだろうか?)

春香(これだけかっこいい人なんだし、これくらいの態度でも別に不自然じゃないよね……。それにこう振る舞っておくことで、今後も『あなた個人に興味があります』という体で色々質問することができる)

月(見たところの不自然さは全く無い……だが、それが逆に不自然さを感じさせる。とすると、やはり何か裏があるとみる方が自然)

春香(流石にこの人も自分がかっこいいってことは自覚してるだろうし……この程度のアピールなら、裏があるとは思われないはず) 

月(それにアイドルといっても、ドラマ等で演技の仕事もしているだろうしな……念の為、天海春香の過去の出演作には目を通しておくか)

春香(ただあまりに過剰なアピールになってしまうと流石に怪しまれるだろうし……あくまでも仄かな好意、憧れを抱きつつあるくらいの按配で……。うん、大丈夫。そういう役なら以前ドラマで演じたことがある)

月(まあ演技であればそのうちボロを出すだろうし、そうでなければ適当にはぐらかしておけば済む話だ。大した問題じゃない)

春香(あ、しまった。まだ肝心な事を確認してなかったな……。まあいいか。後で粧裕ちゃんに確認しよう。流石に今の流れでライトさんに聞くのはちょっと不自然だしね)

月「……さて、じゃあ今日はこのへんで失礼するよ」

春香「あ、はい。どうもありがとうございました!」

【同時刻・キラ対策捜査本部(都内のホテルの一室)】


月『……さて、じゃあ今日はこのへんで失礼するよ』

春香『あ、はい。どうもありがとうございました!』

L「…………」

総一郎「……どう思う? 竜崎」

L「そうですね……まだ今日のやりとりだけでは何とも言えません……が」

総一郎「……が?」

L「少なくとも、天海春香は何らかの意図を持って月くんに接しているようには感じられます」

松田「意図って……単純に、月くんに好意があるってことっすよね? 最後の方の言動からするに……」

L「はい。確かに月くんのルックスを考えれば、その可能性はあると思います。アイドルとはいえ、天海春香も18歳の女の子ですし」

松田「ですよね。……はぁ……いいなぁ……月くん」

相沢「松田」

松田「はい! すみません!」

L「またアイドルであるからこそ、おそらく普段できないであろう恋愛事に興味があってもおかしくありません」

松田「あっ。そうですよね。アイドルって普通は恋愛禁止ですもんね」

L「ただ、あるいは逆に、そう見えるように……つまり『月くんに好意がある』ように見える演技をしている……という可能性も考えられます」

松田「? 本当は好意が無いのに、あるように見える演技……ってことですか? なんでそんなことを?」

L「そのように振る舞うことで、今後、月くんの個人的な事を色々と聞いても不自然ではなくなる……そう考えての事なら十分ありえます」

松田「あー……なるほど」

総一郎「確かに……先ほどの会話でも私の仕事の事について聞いていたしな」

L「はい。ただ厄介なのは、今言ったように、月くんのルックスからすれば、単純に異性として興味を持たれたとしてもおかしくはないということです。だからこそ、素なのか演技なのかの判断がつけづらい……」

松田「確かに。月くんがもっと普通の容姿だったら、アイドルであるはるるんがそこまで好意を持つのは不自然……つまり演技の可能性が高いと判断できるってわけか」

L「はい。ただ、その場合はそもそもそのような演技をしない可能性が高いと考えられます。すぐばれる演技をするのは逆効果ですから」

松田「なるほど……ああ、せめて映像も観れたらな~。流石に音声だけじゃそこまで見極められないっすよね」

相沢「それは仕方ないだろう。いくらなんでも隠しカメラまで持ち込ませるのはリスクが高過ぎる。まだ身分的には一学生に過ぎない月くんにそこまでの事はさせれらない」

松田「それはそうっすけど……」

L「そうですね。ただ、もし仮に映像が観れたとしても、素か演技かの見極めは困難だと思います」

松田「? 何故です?」

L「天海春香はアイドルですが……舞台女優としての演技力についてもかなり高い評価を受けています。現に、天海春香が主役、星井美希が準主役を演じ、今年の2月から3月にかけて公演されたミュージカル『春の嵐』は、既に全国公演が決定しています」

松田「りゅ、竜崎……いつの間にそこまでコアなはるるんファンに……。『春の嵐』が高評価だったのは僕も知っていましたが、全国公演決定までは知りませんでしたよ」

L「捜査に必要な情報だと思ったので調べたまでです」

相沢「しかし我々がキラ容疑者として追っている二人が主役と準主役を演じるミュージカルとは……なんとも皮肉なもんだな」

星井父「…………」

相沢「あっ。すみません。係長……」

星井父「いや……。しかし、俺がこの捜査本部外で着けているタイピン型の超小型マイク……これを月くんが二人の家庭教師をしている間、身に着けておくっていうのは良いアイディアだったな」

相沢「そうですね。月くんが自ら言い出したのは驚きましたけど」

L「はい。これによって、我々もリアルタイムで月くんと二人のアイドルとの会話が把握できる上に、もしキラの証拠となりそうな発言があればそのまま証拠にできる……」

L「月くんにはあまり危険な捜査はさせられないという前提があったとはいえ……正直、私も考えていなかったアイディアでした。流石は月くんです。また夜神さんもこの点、ご了承頂きありがとうございました」

総一郎「盗聴がばれた場合の事を考えると、私としては複雑な思いではあるのだが……ライト自身の提案・希望とあってはやむを得んだろう」

L「はい。ありがとうございます。また今日の月くんの天海春香との接し方も……あくまでも自然な雑談の流れの中で、彼女がアイドル事務所関係者連続殺人事件の犯人像に適合するかを確かめようとしていました」

L「これはこれまでに私達がしていなかった、というよりできなかった探り方でもありましたので、大変参考になりました。やはり月くんはすごいです」

総一郎「では後は、天海春香の発言、態度がどこまで素なのか、あるいは全部演技なのか……そのあたりの見極めか」

L「そうですね。ですがいずれにしても、天海春香が『765プロダクション』という事務所自体に強い愛着を持っているということ……おそらくここは間違い無いと思います」

総一郎「? 何故だ?」

L「もし彼女がアイドル事務所関係者連続殺人事件の犯人だったとした場合……あえて自らその嫌疑を強めるような演技をするとは思えませんので」

総一郎「ああ……確かに」

L「よって私は、天海春香は、同事件の犯人であるにせよないにせよ、765プロダクションに対して強い愛着……いえ、執着といってもいいのかもしれませんが……それを持っている。だからこそ、演技をするしない以前に、その想いが言葉の端々から溢れ出ていた……そんな印象を受けました」

L「もっとも、アイドルとしての天海春香は、常に『765プロの皆と一緒に頑張る』というスタンスを前面に打ち出しているため、それと齟齬をきたさないような回答に終始しただけという可能性もありますが……」

松田「なるほど。確かに月くんの場合、事前に粧裕ちゃんからそういう情報を聞いている可能性もありますしね。それにしても竜崎、本当に詳しくなりましたね」

L「捜査に必要な情報だと思ったので調べたまでです」

松田「とか言って、本当はもう気になってる子とかいたりして」

相沢「松田」

松田「はい。すみません」

L「…………」

L(天海春香の765プロダクションに対する強い愛着……執着……)

L(もしこれが嘘偽りの無い、彼女が真に抱いているものだとすれば……)

L「…………」

【同日夜・春香の自室】


春香「……って感じで、すごく丁寧に教えてもらえたよ」

粧裕『そうなんだ~。でもお兄ちゃんも幸せ者だよね。まさか今を時めくアイドルの家庭教師ができるなんて』

春香「いやいや、むしろ私の方が幸せ者だよ。あんなにかっこよくて頭の良い先生に教えてもらえるなんて」

粧裕『ふっふっふー。でしょでしょ? 自慢の兄なのです』

春香「いーなーホント。私もあんなお兄さんが欲しかったよ」

粧裕『あはは』

春香「あ、そういえばちょっと気になったんだけどさ」

粧裕『? 何?』

春香「ライトさんの名前ってかなり変わってるけど……あれってやっぱりお父さんが考えたの?」

粧裕『うん。そうだよ』

春香「じゃあ、やっぱりお父さんも変わった名前だったりするの? それで息子も変わった名前にしたとか」

粧裕『うーん、まあちょっと珍しい方かな? でもお兄ちゃんほどじゃないよ』

春香「ふぅん。ちなみに何て名前なの?」

粧裕『総一郎』

春香「! …………」

粧裕『? 春香さん?』

春香「あ、ああ。ごめん。そっか、確かにちょっと珍しいけどライトさんほどじゃないね」

粧裕『でしょ?』

春香「まあでも考えたら粧裕ちゃんだって別に変わった名前じゃないもんね。あ、そういえばさ――……」








春香「……おっと。もうこんな時間になっちゃった。じゃあそろそろ明日のお仕事の準備しなくちゃ。ごめんね粧裕ちゃん。遅くまで付き合わせちゃって」

粧裕『ううん。こっちこそ色々話せて楽しかったよー。またやよいちゃんも誘って遊ぼうね』

春香「うん、もちろん! それじゃあまたね。粧裕ちゃん」

粧裕『うん。バイバイ。春香さん』

春香「…………」ピッ

春香(やっぱり……思ったとおり)

春香(あの時事務所に来た刑事……夜神総一郎)

春香(彼と夜神月は……親子)

春香(後は今後、この偶然をどう利用するか……)

春香「…………」

(ミキ出なかったけど)一旦ここまでなの

あと、少し早いですが次スレです

美希「デスノート」 2冊目
美希「デスノート」 2冊目 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1443343964/)

970くらいになったら移ろうかと思います
よろしくお願いします

【春香の自室】


春香「どうぞ……散らかってますが」

月「お邪魔します。すごく綺麗じゃないか。粧裕の部屋とは大違いだ」

春香「え? 粧裕ちゃんの部屋ってそうなんですか?」

月「ああ。いくら言ってもなかなか片付けなくてね。母も手を焼いてるよ」

春香「あはは」

月「さて。じゃあ早速始めようか」

春香「はい。お願いします!」

(机に向かう春香。月はその隣に置かれた椅子に腰を下ろす)

月「先週会った時に簡単には聞いたけど……春香ちゃんは私立文系志望でいいんだよね?」

春香「はい」

月「となると、当面は英・国を中心にやって……夏頃からは社会と、あとセンター対策で数学もやるようにしようか。社会は何選択?」

春香「えっと、まだ決めてなくて……」

月「じゃあできるだけ早く決めておくようにね」

春香「はい」

月「じゃあ今日は英語をしよう。簡単なテストを作ってきたから、まずはこれを解いて」

春香「えーっ。いきなりテストですか?」

月「現在の春香ちゃんの学力を正確に知るためだよ。その方が対策も立てやすいから。いいね?」

春香「はぁい……」

月「一応、高2の教科書レベルから出題しているから。普通に授業を受けていれば解ける問題だよ」

春香「そ、そういうプレッシャーの掛け方やめて下さい……」

月「制限時間は今から30分ね。はい、始め」

春香「わわっ。そんないきなり……」

月「…………」

春香「…………」

月(部屋の中も特に怪しい点は無いな……普通の10代の女の子の部屋って感じだ。黒いノートなんて影も形も見当たらない)

春香(えっ。これで教科書レベル? ウソでしょ……なんか全然分かんないんだけど……)

以下、>>937からの続きとなります。

【一週間後・やよいの自室】


やよい「ライト先生! これどうやって解くんですか?」

月「ああ、これはこうして……」

やよい「すごーい! 魔法みたいですーっ!」

月「そんな大げさな」

やよい「ライト先生はすごいなぁ。私、尊敬しちゃいます!」

月「はは……ありがとう」

やよい「ねぇねぇ、ライト先生」

月「ん?」

やよい「今日、せっかくなので、私の家で晩ごはん食べていきませんか?」

月「えっ」

やよい「だめですか……?」

月「いや、駄目じゃないけど……流石にそれは悪いよ。ご両親もいることだし」

やよい「今日はお父さんもお母さんも遅いので大丈夫です! 私と弟達だけなので!」

月「分かった。じゃあご馳走になろうかな」

やよい「やったぁ! ライト先生、はいたーっち! いぇい!」

月「はは。はい」パシン

やよい「うっうー! じゃあ今日は腕によりをかけて作っちゃいますよー! もやし祭りです!」

月「? もやし祭り?」

やよい「はい! 楽しみにしていてください!」

月「ああ。ありがとう」

月(流石にこれは演技じゃないよな……)






【同時刻・キラ対策捜査本部(都内のホテルの一室)】


やよい『はい! 楽しみにしていてください!』

月『ああ。ありがとう』

L「…………」

松田「なんか月くん、モテモテっすね」

L「……まあ、これは演技でもなければ異性に対する好意というわけでもなさそうですけどね」

松田「いやいや、分かりませんよ? 流石に演技は無いと思いますけど、やよいちゃんもこう見えて14歳の女の子ですからね。これが初恋ってことも十分……」

L「はい。そうですね」

松田「そんなどうでもよさそうに」

L「…………」

L(高槻やよいがキラでないとすれば……彼女を通じて天海春香や星井美希に探りを入れることも可能だろうか)

L(あるいは別のアイドルでも……夜神月のコミュニケーション能力をもってすれば……)

L「…………」

【翌日・765プロ事務所】


やよい「……それでその後、ライト先生も一緒にもやし祭りしたんです!」

春香「へぇ。それは良かったね、やよい」

やよい「はい! あと、長介たちもすっごく懐いてて。なんか本当のお兄さんができたみたいでした!」

春香「そっか。でもやよい、肝心の勉強の方はどうだったの?」

やよい「あぅ……」

春香「あっ。ごめん……」

やよい「で、でも! ライト先生が『今からきっちりやれば十分間に合う』って!」

春香「そ、そうなんだ。良かったね。(私と全く同じこと言われてる……)」

やよい「はい。だから私、これからはお勉強もアイドルのお仕事と同じくらい頑張ります!」

春香「その意気だよ。やよい。私も頑張るから、一緒に頑張ろう」

やよい「はい! 春香さん!」

 ガチャッ

美希「あふぅ。おはよーなの」

春香「美希。おはよう」

やよい「おはようございます! 美希さん」

美希「朝から元気コンビなの」

春香「雑なくくり方……」

やよい「はい! 私は元気ですよ! 美希さんは元気じゃないんですか?」

美希「んー。まあまあってカンジかな。あふぅ」

春香「…………」

やよい「あっ。いっけない! 私もうレッスンに行かなきゃ! それじゃあ春香さん、美希さん。また後で!」

春香「うん。いってらっしゃい」

美希「いってらーなの」

 ガチャッ バタン

春香「…………」

美希「…………」

春香「ちょっと屋上行こっか、美希」

美希「うん。いいよ」

【765プロ事務所の屋上】


春香「……それで? 今度は何が心配の種なのかな? 美希ちゃんは」

美希「心配ってほどじゃないけど……っていうかよく分かるね。春香こそエスパーみたいなの」

春香「まあ、私と美希は今やただの友達じゃないからね」

美希「……うん。そうだね」

春香「で? 美希は何が気になってるの?」

美希「えっと、例の夜神月って人……この人が、やっぱり前に事務所に来た刑事さんの息子だったっていうのは春香から聞いたけど」

春香「うん」

美希「それってつまり……この人を探っていけば、Lにつながる可能性があるってことだよね」

春香「そうだね。少なくとも、ライトさんのお父さんはLと一緒にキラ事件の捜査をしているはずだから」

美希「…………」

春香「美希?」

美希「春香はこの前、『今捕まりかねないような危険は冒さない』って言ってたけど……」

春香「…………」

美希「それでもやっぱり、不安なの。春香がLの正体を探ろうとして、そのライトって人に近付き過ぎないか……そして、そこから逆に春香の正体が辿られたりしないか……って」

春香「…………」

美希「春香のことを疑ってるわけじゃないんだけど……」

春香「大丈夫だよ。美希」

美希「…………」

春香「前にも言った通り、危ない橋は渡らないから」

美希「春香」

春香「それに……Lの正体を探る手段なら、もっと安全な方法を考えてるからさ」

美希「? それって……黒井社長の事?」

春香「それも一応あるけど……正直言って、あの人にはもうあんまり期待できないかな……。『“L”の正体を明かせ』って命じてからもう二か月以上経つのに、何の進展も無いし」

美希「じゃあ……」

春香「やっぱりデスノートですよ! デスノート!」

美希「! …………」

美希「デスノート、って……?」

春香「ほら、前に教えたでしょ? デスノートに詳しい死の状況を記載した場合、その人がやってもおかしくない範囲の行動ならその通りに操れるって」

美希「ああ。黒井社長の側近の人を操った時のやつだね」

春香「そうそう。それをまた使おうと思ってね」ゴソゴソ

(手提げ鞄の中からデスノートを取り出す春香)

春香「たとえばこんな感じに」パラッ

美希「どれどれなの」


--------------------------------------------------



                     心臓麻痺

誰にも怪しまれない行動範囲の中で任意のインターネットカフェに行き、
そのインターネットカフェに設置されているパソコンから、
現在『L』と称されている探偵について自分が知っている全ての情報を
インターネットサイト『救世主キラ伝説』の掲示板に書き込む。

20××年○月○日より23日間以内にこれを実行した後、
この事は誰にも言う事なく、上記のインターネットカフェから
10km以上離れた路上にて死亡。

--------------------------------------------------


美希「あー。前のやつをちょっと簡単にした感じだね」

春香「そういうこと。今回のは公開されても困らない情報だし、あんまり何回もファン名義で事務所にUSB送らせるのもリスクあるしね」

美希「なるほどなの。……でもこれ、名前書いてないけど?」

春香「ああ。デスノートは死因や死の状況を先に書いておいて、後から名前をその前に書き込んでも有効なんだよ」

美希「そうなんだ。知らなかったの。でもなんか、名前のところ妙にスペース広く空けてあるね」

春香「これは労力削減のためだよ」

美希「?」

春香「死因や死の状況を先に記しておき名前を後から記す場合、その名前が複数でも40秒以内に記せば何人でも、その死因や状況に不可能がなければその通りになるんだ」

美希「えっ。そうなの? すごいね」

春香「ちなみに名前を複数記し、最初に名前を記した時から40秒以内にあるひとつの死因を記した場合でも、それが書かれた名前全てに適用されるよ。また死因を記した後、6分40秒以内にあるひとつの死の状況を記した場合も、可能な者はその通りに、不可能な者は死因のみ適用されるんだ」

美希「へー。すごいの春香。まるでデスノート博士なの」

春香「な、なんか微妙な称号だねそれ……」

美希「じゃあこのスペースに名前をたくさん書けば、書いた人全員にこの内容が適用されるんだね」

春香「そう。ただし設定した状況が不可能な場合……つまり『L』の情報なんて何も持ってないって人の場合は、知らない情報は書き込みようがないから、死の状況設定は適用されずにただ心臓麻痺となる」

美希「ふむふむ」

春香「またいくら複数の名前が書けるといっても40秒以内に書けるものに限られるから、一度にまとめて適用できる人数はせいぜい十人くらいだと思うけどね」

美希「なるほどなの。……ところで、春香」

春香「ん?」

美希「このスペースに誰の名前を書くの?」

春香「決まってるじゃん。犯罪者だよ」

美希「! …………」

春香「美希が毎日裁いている犯罪者……その中で、任意のインターネットカフェに行くことができそうな者……つまり、まだ逮捕されていない、逃亡中の犯罪者の名前をここに書き入れようと思う」

春香「ただ、先に美希が自分のノートに書いちゃうとそっちの効力が優先されちゃうから、予めその割り振りを相談しとこうと思って」

美希「…………」

春香「? どうしたの? 美希」

美希「あ、いや、なんていうか……」

春香「?」

美希「前の……黒井社長の側近の人の時は、まさにその人が持ってる情報を得るためだったから、その情報を送るように操って殺したっていうのは分かるんだけど……」

春香「うん」

美希「今回の場合は、その……その人が持ってるかどうか分からない情報を書き込ませるように操って殺す……ってことだよね」

春香「そうだね」

美希「なんか、それってその……犯罪者を実験に使ってるみたいな……」

春香「? 何言ってるの? 美希」

美希「えっ」

春香「私が操るか否かにかかわらず、どのみち美希が殺すことになる犯罪者だよ?」

美希「! そ、それは……そうだけど……」

春香「別に本来よりも無駄に苦しめて殺そうとしているわけじゃないし、そもそも情報を持っていない人は普通に心臓麻痺になるだけなんだから。美希が殺した場合と同じに」

美希「…………」

春香「どうせ殺す命なら、有効に利用した方が良いでしょ?」

美希「! …………」

春香「それにもし彼らが書き込んだ情報によってLの正体が掴めれば、それだけ私達が捕まる危険は減る。つまりその結果、キラの裁きは続く」

美希「…………」

春香「そうなれば、ごく少数の凶悪な犯罪者の命によって、より多くの善良な人達の平穏な生活が維持されることになる。それは、美希が望む理想と合致することだと思うけど?」

美希「……うん。そうだね」

春香「でしょ? じゃあ何も気にすることないじゃん」

美希「……うん」

春香「じゃあ早速、犯罪者の割り振りをしよう。えーっと、まだ捕まっていない犯罪者は……」

美希「…………」

春香(……まあ、本当はこんなのどうだっていいんだけどね)

春香(所詮一介の犯罪者風情がLの情報なんて持っているはずがない)

春香(せいぜい『Lはリンド・L・テイラーだ』程度の情報だろう)

春香(でも少なくともこうしておくことで……美希の不安を取り除いてあげることはできる)

春香(夜神月に近付くことを通じて、私が何か危険な行動を取るのではないかという……美希の不安を)

春香(……これ以上、美希の不安そうな顔は見ていたくないからね)

美希「…………」

美希(……春香……)






 カンカンカン

春香「! 誰か来た! 美希、続きはまた後で」バッ

美希「は、はいなの」

 ガチャッ

P「お、なんだお前ら。こんな所にいたのか」

春香「どうしましたか? プロデューサーさん」

美希「レッスンまではまだ時間あるよ?」

P「ああ、実はちょっと重大な連絡があってな。……お前ら二人に」

春香・美希「えっ?」

P「悪いが、ちょっと執務室まで来てくれ。もう他の皆も集まってるから」

春香・美希「…………?」

一旦ここまでなの

予告通り、次回分以降は以下の次スレに投下します
というわけで再貼り

美希「デスノート」 2冊目
美希「デスノート」 2冊目 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1443343964/)


2冊目もよろしくお願いします

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2015年10月30日 (金) 09:17:37   ID: bJwi6xoa

マジでおもしろかった!続きもよむぜっ

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