高垣楓「Sea Is A Lady」 (15)

・モバマス・高垣楓さんのSS
・書けば水着楓さんが来るときいたので
・雰囲気オンリー
・超短い

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楓「Pさん。このまま、逃げちゃいましょうか……」

P「えっ?」

 Pさんに、そんなことを言ってみた。

P「え? いきなり逃げるって……どこへです?」

楓「私たちふたりのことなんか、だーれも知らない。どこか遠い遠い異国、とか」

P「あーいいですねー。でもその前に仕事しますかねー」

 抑揚のないPさんの生返事。
 私は目の前に広がる海を眺め、頭の中で逃避行を試みる。

楓「ふたりで、バナナ農園とか経営したりして」

P「なんでバナナなんすか」

 まあ現実はそれを許すはずがないけれど。

 リゾートで、水着の撮影。
 羞恥の心が占める今の気分は、逃避にもってこい。


楓「ところでPさん」

P「はい」

楓「やっぱり、恥ずかしいですね」

P「温泉じゃあ平気だったのに?」

楓「あれはまあ、趣味ですから」

 この仕事をはじめて、肌を露出することの抵抗感はいくぶん薄らいだとは、思う。
 ただやっぱり、水着ってこう特別ななにか、がある気もするのだ。
 趣味に浸る愉しみとは、そもそも比較対象が違うように感じる。

P「じゃあ、やめます?」

楓「いえ」

 私は即答で否定する。

楓「Pさんが厳選した仕事でしょう?」

P「ええ、そうですね」

 彼はほほを掻いた。

楓「なら、完遂します。私たちは運命共同体じゃないですか」

P「運命共同体、ねえ……ま、そうですかね」

 Pさんはプロデューサーで、私はアイドル。
 ビジネスライクに見えても、そう割り切ることのできない関係。
 それがどうにも歯がゆいことだって、ある。


楓「実をいうと、私。泳ぎ、苦手なんです」

P「え?」

楓「それに、肌も弱くて……熱出しちゃうときもあるんですよ?」

P「楓さん、それならそうと」

楓「でも」

 私は、Pさんの言葉をさえぎる。

楓「Pさんの取ってきてくれたお仕事でしょう?」

楓「なら、完遂するのは当然です。Pさんを、信頼してますから」

 たとえ長く一緒にいたところで。
 お互いに分かり合える機会は、そう多くない。
 ただやみくもにサインを出し合ったりしたところで、受ける相手が分かってくれなければ、意味がない。

 言葉は、大事だ。


P「……」

 Pさんはため息をひとつ。

P「よろしくお願い、します」

楓「大丈夫ですよ? Pさんが支えてくださる、でしょ?」

P「……ええ」

 日差しはいよいよ暑く、私を照らす。

楓「さ。撮影の続き、はじめましょうか。あんまりスタッフさんたちを待たせたら、干からびちゃいますし」

 私は白のビキニをひらめかせ、停泊しているクルーザーに歩いていく。
 スイッチが入る。

 熱を、帯びる。

楓「じゃあ続き、よろしくお願いします」

 伸び行く水平線に想う。
 私は、アイドルで。彼は、プロデューサーで……







 夕暮れ。
 赤く焼けた空を見ながら、考える。

 今日の仕事も、つつがなく。
 たぶん、楽しくできただろうと思っている。
 それはPさんのフォローのたまものであるとも、感じてる。

 でも。

楓「うーみーはー ひろいーな おおきーいなー」

 なんとなく口ずさんでいる、と。

P「お、楓さん。お疲れさまです」

楓「あ。お疲れさまです」

 彼がやってくる。そのとき、ふと。
 熱の残滓が、よみがえってきた。

P「今回はいろいろと、ほんと、ありがとうございます」

楓「いえ。Pさんがいてくれたから、ちゃんとやれました、よ?」

P「疑問形ですか」

楓「ふふっ」

 互いに海を見やる。


楓「Pさん」

P「はい?」

楓「海は、英語で?」

P「……sea、ですね」

 私の熱は、再び高まっていく。

楓「……海は、たのsea……」

P「……楓さん」

楓「……うれsea、たのsea、だいski……」

P「……」

楓「スキーは、冬でしたね……ふふっ」

P「……まったく」

 彼の呆れ顔は、何度見ても飽きない。
 もっとも、こんな軽口にのってくれるのも、彼だけ。


楓「楽しかったです」

P「楽しめましたか」

楓「ええ」

P「そりゃよかった。身びいきかもしれないですけど、完璧、でしたよ」

楓「Pさんがいてくれたから、ですね」

P「いや、そんなたいそうなもんじゃ」

 そういう彼の口を、指で押さえる。

楓「私は、そう思ってます」

 私は高ぶるなにかにまかせ、正直に打ち明ける。

楓「海って、女性なんですよね」

P「……ですってね」

 水平線のかなたに、夕陽が沈む。

楓「昼間、このまま逃げちゃおうかなんて、言ったじゃないですか」

P「言いましたねえ」

楓「その言葉……ウソでも冗談でも、ないんですよ」

P「え?」


 私は熱に、浮かされている。
 それはきっと、昼の残滓だけでなく。目の前のトロピカルカクテルだけでなく。

楓「Pさんはプロデューサーで、私はアイドルで」

楓「それは、いつだってどこだって、変わらないもので」

楓「でも、それがたまらなく苦しいこと、あるんです」

P「……ちょっ」

 夕闇がそばまで、近づいている。
 私は彼を、見つめる。

楓「あなたと、逃げてしまいたい。そう思うんです」

P「……」

 Pさんはなにも言えず。私はただ、目を伏せた。

楓「無理だというのは、分かってます。でもそんな衝動、感じるんですよ」

楓「だけど衝動のままに逃げたら、この海の女神に嫉妬されそうで。そう思いません?」

P「……楓さん」


 夜が近づくからこそ、言える。
 これは私から仕掛けた最初で最後の、ラブアフェア。

楓「欲しいんです、Pさんの」

 私は、Pさんに近づき。

楓「『私を、押し倒したい』って、言葉を」

 唇を。
 奪う。

 海の女神が、見てる。宵闇を視線にとらえ、私は告げた。

楓「私と一緒に、逃げてください……今は、無理でも」

楓「たとえ、嫉妬に焼かれても……」




 私と彼と。
 やや早い夏の残滓が、ふたりを包んだまま。

 夜が、やってくる。



(おわり)


おわりです

勘のいい方はお分かりかと。角松敏生です
楓さんの水着姿、美しいですわ。では ノシ

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