咲「池田さんって親切なんですね」 (32)

残暑とは名ばかりで今だ暑さが和らぐ気配もない。

昼過ぎの最も太陽が高い頃、電車を待つ咲の背はジリジリと焼かれる。

両手で抱えた紙袋は汗でふにゃりとし、落とさないように何度も抱え直す。



夏休みももう終わりだ。

今日は恐らく宿題がまだ終わってない者への救済として与えられた夏休み最後の部活休み。

堅実に宿題を終わらせていた咲は好機とばかりに朝から街へ出ていた。

真っ先に向かった古書店街で掘り出し物を見つけ、

嵩張る戦利品の重さに辟易したものの早く読みたくてうずうずとしている。

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ホームに滑り混んできた電車を見て咲は再び荷物を抱え直す。

平日のこの時間帯は乗降客は少ない。

電車のドアが開いた瞬間、暑さで淀んだ空気と冷房の効いた冷たい風が入り混じり、目の前がくらりと歪んだ。

中に入るとぽつぽつととしか人が座っておらず、隅っこに腰を下ろす。

膝の上に置いた荷物を見下ろし咲は思案した。

目的地まで10分ちょっと。

少しは読める。少しは。

思い立ったら我慢できなかった。

丁寧に紙袋のテープを剥がし、一冊を取り出す。

ずっと探してた本。絶版になって諦めていたけれど。

胸を高鳴らせて装丁を眺めた。

いよいよ読もうという瞬間。

?「なー」

本が突如目の前から消え去った。

咲「!?」

?「…くっ、あはははは!その顔やばいし!!」

咲「は…?あ、あなたは…」

華菜「久しぶりだし。宮永」

目の前で片手でつり革に捕まりながらもう片手で腹を抱えて大笑いする少女。

その手には今まさに読もうとしていた本が握られている。

咲「池田さん。返してください」

華菜「はいはい。そんなに大事な本なのか?スゲーにやにやしてさ。目キラキラしてたし」

咲「別ににやにやもキラキラもしてません」

華菜「いや、してたし。電車乗ってたら宮永が乗ってくんの見えてわざわざ挨拶しにきてやったのに」

咲「そうなんですか?」

華菜「ああ。それなのにぜんっぜん気づかねーし!こっちが恥ずかしいっつの!」

ぺち、と華菜は咲の額に小さくデコピンをする。

咲「それはすみませんでした。あの、よかったら隣に座りませんか?」

華菜「んじゃ失礼するし」

咲の隣に腰を下ろした華菜は、咲が買った本を興味深そうに眺める。

華菜「宮永はホント本が好きなんだな。インハイにも持ってきてたし」

咲「はい。今日は街に古書巡りをしに来てたんです。池田さんは?」

華菜「私はお前んとこのタコス娘の買い物に付き合う予定だし」

咲「優希ちゃんとお出かけですか」

華菜「よかったら宮永も一緒にくるか?」

咲「えっ?」

華菜「一度宮永とは遊んでみたかったし」

咲「すみません。お誘いは嬉しいんですけど、早く本が読みたいので…」

華菜「まあ突然だししょうがないか」

咲「あ、来週の日曜なら衣ちゃんと遊ぶ約束してるんで、よかったらご一緒しませんか?」

華菜「天江!?」

咲「はい。衣ちゃんの家で麻雀を…」

華菜「そ、それはちょっと遠慮しとくし!…あ、そだ」

咲「どうしたんですか?」

華菜「ちょっとケータイ貸してくんない?あいつに待ち合わせ場所電話しないと。私のは充電切れちゃってさ」

咲「いいですけど。まさか電話するつもりですか」

華菜「ダメ?自分のケータイで片岡に電話されんの嫌か?」

咲「そういうわけじゃなくて、車内での通話は禁止されてます」

華菜「宮永はド真面目だなぁ。わかった、メールにするし」

咲「ならいいですよ。どうぞ。優希ちゃんの、アドレス帳に入ってるので」

華菜「サンキュ。お、まだ真新しいな」

咲「インハイが終わってからお父さんに買ってもらったんです」

華菜「そっか。…ずっと好きでした!とか送ったら片岡の奴びっくりしそうで面白そうだし!」

咲「貸しませんよ?」

華菜「うそうそ!お願いだしっ!」

手を合わせて咲に懇願する華菜にため息をつきながら携帯を渡すと、

今時の高校生らしくカチカチと素早くメールを打っている。

咲は窓を眺めた。

あともう一駅だ。

本を読む時間もなく手持ち無沙汰で咲は流れる景色に目をやった。




カチカチ。

まだ華菜はメールを打っている。

どれだけ長いメールなのだろうかと思わず呆れる。

やばい、やばい、と華菜は焦りながらメールを打つ手を早めている。

車掌のアナウンスが入り、咲は荷物をまとめ始める。

電車がホームに入り、乗客が列を作っている。

太陽がジリジリとコンクリートを焼いているのを目にして頑張ろうと腹を括る。

終わった!と華菜が携帯から目を離したのとドアが開いたのは同時で、二人で慌てて降りる。

先程までの涼しい車内との落差で咲は再び視界が歪むのを感じた。

具合の悪そうな咲の様子に気付いた華菜は咲の荷物を奪うと、

人混みを避けるようにホームの日陰のベンチまで手を引き座らせてやる。

咲「…ありがとうございます。池田さん」

華菜「ほら、これやるし。ぬるくて悪いけど」

ご丁寧にキャップを外して渡されたのは半分ほど減ったアクエリアス。

礼を言い、一口飲んでベンチの背もたれに体を預ける。

咲「ん…ふう。私ポカリ派なんですけど。それにコレ凄くぬるいです」

華菜「お姫様かこのやろー!」

咲「冗談です。ありがとうございました」

ふう、と一息付き日陰の涼しい風に目を閉じる。

もう少しだけ休んでいこう。

突っ立ったままの華菜の姿を伺うために小さく片目を開ける。

華菜「ポカリ、買ってきてやろうか?」

咲「大丈夫ですよ。せっかく池田さんから貰ったんですから」

華菜「そ、そうか?//」

咲「コレで我慢してあげます」

華菜「おい!とんだ小悪魔だし!」

咲き「買うならオレンジジュースでお願いします」

華菜「めんどくさいし!」

咲「ふふ。冗談です。あ、もう私は大丈夫なのでどうぞ行ってください。優希ちゃんに怒られますよ」

華菜「あ、おい」

重たい体を起こして立ち上がろうとすると、素早く華菜の手が腰に添えられる。

そういえば荷物も全部持ってくれていた。

アクエリアスもくれた。

自分のわがままにも付き合おうとしてくれた。

咲「…池田さんって、親切なんですね」

華菜「今頃気づいたのか。うん、もっと褒めるし!」

咲「面倒見もいいですし」

華菜「華菜ちゃんは長女だからな!」

咲「試合のときは結構意地悪いイメージだったので」

華菜「褒めるか貶すかどっちかにしろし!」

咲「優希ちゃん待ってますよ」

華菜「無視か!ああ待ってるだろうな、待たされて怒り心頭だろうな」

だから、と。

華菜にグッと腕を引かれ咲は思わずよろめく。

今度は支えられることなく華菜に引き摺られるように改札へ向かう。

再びぐるぐると視界が回り出す。

咲「待って、目がまわる…」

華菜「だからファミレスで休むし。お、いたいた片岡ー!」

優希「遅ーい!池田に咲ちゃん!」

華菜「年上にはさんを付けるし!」

咲「あはは…」


・・・・・

・・・・・



・・・・・

・・・・・


華菜「じゃーなー宮永。倒れんなよー」

優希「水分をちゃんと取るんだじぇー咲ちゃん」

咲「二人とも、今日はありがとう」



ファミレスで三人で涼んだ後。

これから古着屋へ向かうという二人と別れ、咲は本屋へ向かう。

華菜がくれたアクエリアスを持ちながら。

二人はついて行くと言い張ったのだが、さすがにそれは申し訳ないと思い丁重に断った。

いきなり涼しいところから暑いところへ出ないこと。その逆もダメ。

二人にくどくどと注意され、逃げるようにファミレスを出た。

ほら、まだ見送っている。

咲はもう一度振り返り、ぺこりと頭を下げると近くの書店に入った。



・・・・・・

・・・・・・


また荷物が増えてしまった。

更に重たくなった袋を抱えて電車に乗る。

一応、二人の意見を参考に弱冷房車に乗った。

最初こそは混んでいて座れなかったが、自宅のある郊外へ向かう電車はほどよく空いていて

ようやく腰を下ろして咲は軽く息を吐く。

席は華菜と座った隅っこの席。

そういえば、と思い出して携帯を取り出す。

今日一日全く見なかった。

携帯の画面に目をやる。

咲「あれ…?」

そこにあったのはいつもの待ち受け画面ではなく、メールの作成画面。

ああ池田さんか、と納得する。

咲「優希ちゃんに送り忘れたんだ」

よくそれで会えたなあと不思議に思う。

メールを送信すべきなのか判断しかねて、

本人には悪いが内容を見させてもらうことにする。

大事な用事だったら悪いし。

世話をやいてもらったお礼に送信ボタンくらいは押してあげよう。

ごめんなさい、と心の中で小さく呟きながらメールに目を通す。

あれ?

宛先が優希ちゃんじゃない。

宛先をよくよく見るとそこには見覚えのないようで、

ありまくりの名前が表示されていた。


「いけだ、かな」


アドレス交換した覚えもないのになぜ名前が表示されるのか。

もしかしてあのときギリギリまで携帯を弄ってたのはメールじゃなく、

自分のアドレスをこの携帯に登録していたから?


手の込んだイタズラだ。

咲は呆れてため息をつき、本文を見ようとスクロールする。

『宮永へ。にやにやしちゃってエッチな本でも買ったのか?宮永ってマニアックなプレイ好きそうだよな。
今度華菜ちゃんにも貸すし。でもってアドレス教えて。華菜ちゃんより』


メキ。

華菜のメールを読み進めるうちに無意識に携帯を握り締めてしまい、携帯から悲鳴が聞こえる。

親切な人だと思ったのに。

何よりも私の大切な本を愚弄するのは許さない。


咲は華菜の本文を改行し、下に『お断りします』と付け加え送信した。

誰がアドレスなんて教えるか。

メール送信画面を確認して携帯を仕舞う。



咲がアドレスを教えたことのないはずの相手から返事が来て、

自分が大きな誤ちを犯したと気付くのはすぐのことである。



カンッ!

華菜「宮永って結構抜けてるとこあるよな」

咲「うるさいです」

華菜「ま、華菜ちゃんしっかり者だし丁度いいかも」

咲「何が丁度いいんですか」

華菜「だからさ、私ら付き合わないかって言ってんの//」

咲「…っ//」

華菜「宮永、顔真っ赤だし」

咲「うるさいです//」

華菜「手握っていい?」

咲「…勝手にしてください//」


もいっこカンッ!

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