岡崎泰葉「私とP坊と駄菓子屋のおばちゃん。」 (28)


私の最近の趣味は散歩をすること。

仕事の関係で東京に住んでいる私、東京はあまり好きじゃない。

変装もしなきゃいけないし、一人にもなれない。

オフの日に都会の喧騒から抜け出して静かな街を歩く。

といっても電車で1時間でいけるような場所。そんなに遠くはない。

知らない場所、知らない人。変装はいらない。

今だけは素直な岡崎泰葉になれる。

子役じゃない。何も演じていない岡崎泰葉。

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「今日は暑いね。」


季節はずれの猛暑。6月だというのに雲ひとつもない空。

お散歩日和なのか違うのか。


「ただ少し疲れたから休憩したいな。」


天気がこうも清々しいと自分の解放的な気分になる。

いつもはめったに言わない独り言を言ってしまう。


「どこかいいところはないかな?」


周りを見渡すと少し古臭い駄菓子屋があった。



駄菓子屋自体は知っていた。うん、ドールハウスでも作ったことがある。

実物を見るのは初めてだった。いや、ショッピングモールの中とかでは見かけたことはあった。


「駄菓子屋か。どんな感じなんだろ。」


私は近寄ってみる。わくわくする。

チリンチリン、駄菓子屋につるされている少し季節を先取りした風鈴は私を導いてるようだった。

ドアのガラス越しに店の中をのぞく。たくさんの駄菓子が並べられている。

それと、おばちゃんが一人。

あっ、目が合った。

優しく微笑みかけてくれる。

なんだか、暖かい。



おばちゃんと話したいな。

あれ?少しおかしいかな?

人と関わりたくなくて、人から逃げたくてやった散歩。

なのに今は自分から人と話したいと思っている。

それほどまでにおばちゃんの笑顔は私の中に入ってきた。


「こんにちは。」


ドアを開けてみると中はクーラーがかかっていた。

涼しい。生き返る。なんておじさんくさいかな?




「いらっしゃい。ここにくるのは初めてかな?」

「はい。」

「でもあんたどこかで見たような顔してるね。」

「そうですか?」

「にしても、えらいべっぴんさんね。」

「ありがとうございます。」


おばちゃんは私が子役の岡崎泰葉ってことは知らないみたい。

少しほっとする。


とりあえず中を見渡してみる。

駄菓子って色々な種類があって悩んじゃうな。

大きな冷蔵庫もある。

チョコ系のお菓子は溶けちゃうからそこにいれてあるんだね。

あ、ビンのジュースもある。ちょうどのども渇いていたしこれを買おう。


「すいません。これください。」

「はい、100円ね。そこに座って飲んでていいから。」


そこっていったて。これなんていうんだっけ?

P箱だったかな?ビンを入れるケース。それを逆さにして座るのかな?



ごくり、冷たくて気持ちいい。

ビンのジュースなんてはじめて飲んだけど何か違う気がするな。

飲み物の容器のせいか、それとも駄菓子屋という雰囲気のせいか。


「おいしい。」

「それはよかった。」


おばちゃんが話しかけてくる。

うん、やっぱり嫌じゃない。優しく受け止めてくれるようなそんな感じ。


「ビンで飲むとしっかりと冷えているからいつも飲むのと一味違うだろ?」

「そうなんですか。だからおいしかったのかな?」

「あんた、ここら辺じゃ見ない顔だけどどこから来たの?」

「東京のほうから。」

「へー、やっぱり東京の子はお洒落だね。」

「そうですか?」



そんな会話をしているうちにジュースは全部飲み終えた。


「ビンは回収してるからこっちにちょうだい。」

「あ、はい。お願いします。」



まだ帰りたくないな。もう少しここにいたいな。

それは涼しいからか、暖かいからか。なんてことを考えて一人くすりと笑う。


「もう少しだけここにいていいですか?」


おばちゃんは私の言葉にちょっと驚いたみたいだ。

そのあとに優しく。


「ここはおばちゃんが趣味でやってるだけだから話し相手がいると私も嬉しいよ。」

「ありがとうございます。」



そこから、たくさんのことをおばちゃんと話した。

時計の長い針が一周したころだろうか。私は不意におばちゃんに悩みを打ち明けたくなった。


「あの、ちょっと悩みがあるんですけど…。」

「なんだい。」


ここで止まってしまった。

本当に言っていいのかな?初対面の人だしやめるべきじゃないかな?

思考がぐるぐると頭を回る。

チクタクチクタク、時計の針もぐるぐる回る。

おばちゃんは何も言わず私のことばを待っていた。


「私、今やっているものに自信が持てないんです。」

「そうかいそうかい。」

「昔は好きだったのに今は楽しめないんです。」

「うんうん。」


一度言ってしまえばそれからは早かった。

言葉が堰を切って出てきた。

勢いが付きすぎて止まらなくなった私と対称におばちゃんはゆっくりと私の話を聞いてくれた。

こっくり、こっくり全身で私の言葉を聞いているようだった。



「若いうちはね、視野が狭くなっちゃうもんだよ。」

「え?」

「お嬢ちゃんは前しか向いてない。前にしか進めない。それは悪いことじゃないんだよ。ただそんな生き方してたら疲れて息が詰まっちゃう。」

「じゃあどうすれば…。」

「そういうときは立ち止まって周りを見渡せばいい。横にだって道はあるもんだよ。」

「横道?」

「そうだよ。それと思い出したよ。お嬢ちゃん、岡崎泰葉だろ?どっかで見たことあった気がしたんだ。」


あ、ばれちゃった。もうここにはいられないかな。今は素の岡崎泰葉でいたかったのに。



そんなとき、一人の男がこの駄菓子屋に入ってきた。


「お、ばあちゃん。久しぶり。」

「おお、P坊じゃないか。いいところにきたね。」

「もういい年なんだからP坊はやめてくれよ。」

「いいや、お前はいつまでたってもP坊だよ。それとね、その子。お前が一時期熱を上げてた岡崎泰葉ちゃんだよ。」

「まじで?!」


こう、騒がしくなるから嫌だったのに。

今まで居心地のよかった場所は今すぐに帰りたい場所に変わった。

チクタクチクタク、時計の針の音が重い。

チリンチリン、風鈴の音はむなしく響く。


「でもばあちゃんだめだぞ。プライベートなんだから干渉しちゃ。」

「それもそうだったね。ごめんね。」


あれ?案外素直に引いてくれた。


「い、いえ。私が話したかったので平気です。」

「ばあちゃん聞き上手だからな。」

「P坊、泰葉ちゃんは今悩んでるみたいだよ。」

「そうなの?」

「は、はい。今女優を続けるべきかどうか悩んでいて。」


まさか二人に私の悩みを話すなんて思ってもいなかった。




「あー、確かに最近の泰葉ちゃん、演技がちょこっと不自然だもんね。」

「え?わかるんですか?」

「いや、本人の前で言うのも恥ずかしいんだけど。俺さ、泰葉ちゃんのファンでさ。ずっと見てきたからすこしわかるんだ。」


ファンだって言ってもらえたけどそれ以上に複雑な気持ちになった。

私のなにがわかるの?

そう叫びだしたい。

沈黙を破ったのはおばちゃんだった。




「P坊、お前の仕事はなんだ?泰葉ちゃん、おせっかいかもしれないけど少しだけこいつの話を聞いてくれないか?」

「はい。」

「泰葉ちゃんはさ、仕事にやりがいがなくなっちゃったんだよね。もしもっと輝く舞台を俺が用意できるって言ったらどうする?」


何言ってるの?この人は。

私には全く理解できなかった。


「泰葉ちゃんはアイドルに興味ないかい?」


「アイドル…ですか?どうして急に。」

「俺さ、アイドルのプロデューサーやってるんだ。これ名刺ね。」


確かに事務所名も聞いたことあるし詐欺ってわけではないみたい。

でも、アイドルか。考えたこともなかった。


「アイドルってすごくキラキラしてるんだ。例えば、渋谷凛ってわかるかな?」

「はい。何回か共演させてもらったことが。」

「あいつはやりたいことが見つからないって思いながら日々をすごしてたときにスカウトしたんだ。」

「そうなんですか?」

「まあ、スカウトするときに色々あったけど。でも今のあいつステージの上ですごくいい顔するんだ。キラキラしてるんだ。」


確かに前にあった渋谷さんは楽しそうだったな。


「他にも高垣楓ってわかる?」

「歌姫で有名な人ですか?」

「そう、あの人は元モデルだったんだ。泰葉ちゃんと一緒でやりがいがないって言ってたな。」

「同じ…。」

「当時の自分を振り返ってマネキンって言ってたかな?この感じわかる?」


痛いほどわかる。今の私は人形。

大人たちの着せ替え人形で、操り人形。そこに自分の意思はない。

高垣さんも多分自分のことを服をうつすためのマネキンだと自分を思ってたのかな。

だけど前に見た高垣さんは輝いていた。

私もあんな風になれるのかな?

少し揺れ動いた。



「あの人もアイドルになって大分変わったと思うよ。」

「私もそう思います。」

「もし、今の現状を変えたいと思うならアイドルになって見ないかい?」


私も変われるのかな?もしそうだとしたら…。

でも一歩前に踏み出せない。怖いんだ。

別に今のままでもいいじゃないか。

今の私は弱い、誰かに背中を押してもらわないと進めなくなっている。



「やってみたらいいんじゃないかな。」


そんな私の背中を押してくれたのは、おばちゃんだった。

今日会ったばっかりのおばちゃんに私は全幅の信頼を寄せていた。

初対面だけどこの人なら私のことを考えてくれているだろう。なぜかそんな風に思えてしまう。

今まで一人がいいとか言ってたのにね。自分でも調子がいいと思う。

でも、今まであった誰とも違うそんな人だった。


「おばちゃんは子役もアイドルもあんまりわかんないけどね、挑戦して後悔するほうが気持ちがいい。なんならおばちゃんの失敗話してあげようか?」


やっぱり年を重ねた人の言葉は重いな。

多分おばちゃんはいい年の重ね方をしたんだな。なんて若造が生意気かな?

笑みがほんの少しこぼれる。



「すみません。即決は出来ないので家に戻って考えていいですか?」

「もちろん、無理強いはしないからゆっくり考えてね。」

「ありがとうございます。それじゃそろそろ帰ります。」

「そうかい、頑張ってね。」

「また来ます。」

「またいらっしゃい。」


適当な口約束。だけど絶対に守らないといけないきがした。

いつかまたこの駄菓子屋にこよう。

チリンチリン、私を歓迎してくれた風鈴の音は今は私を送り出してくれた。

私はセミの鳴き声の中帰路に付くのであった。



「泰葉もこの事務所に来てそろそろ一年だな。」

「はい。あのときPさんに会えてなかったらどうなっていたか。」

「俺じゃなくてばあちゃんに会ってなかったらじゃない?」

「そうかもしれませんね。」


私はあのとき帰って迷って悩んで、結局はPさんの誘いを受けてこの事務所に来ました。

子役だからって色眼鏡で見られたりして最初は大変だったけど今は毎日が充実しています。



「Pさん。ありがとうございます。」

「なんだよ急に。」

「感謝の気持ちはしっかり思ったときに伝えとくべきかと思って。」

「そっか。ありがとな。泰葉。」

「昔から私を見てきたPさんから見て今の私はどうですか?」

「凄く輝いてるよ。」


ふふっ、なんかこのやり取りが楽しいです。

多分心に余裕があるからかな?少し前には考えられなかったです。

この一年で私を取り巻く環境は一気に変わりましたね。


「Pさん、お願いがあるんですけどいいですか?」

「なんだ?」

「あの駄菓子屋にもう一回行きたいんです。」

「そんなの行ってくればいいじゃないか。」

「いえ、Pさんと二人で行きたいんです。」

「そうか、わかった。行こうか。」


もう一人感謝を伝えたい人。

私の背中を押してくれた人。

私にとってのアイドル。

優しい人。

色々な言葉で表せるけど一番簡単なのは駄菓子屋のおばちゃん。

あの場所でいつも笑顔でキラキラ輝いてる。




「今日も暑いですね。」

「去年もこんな日だったな。」


雑談をしているうちに見えてきました。

チリンチリン、あいも変わらず風鈴はそこにあり私たちを迎えてくれます。


「ばあちゃん、久しぶり。」

「こんにちは。おばちゃん。」

「いらっしゃい、泰葉ちゃん、P坊。」


私の求めていた暖かさがそこにはありました。

以上で終わりです。

泰葉はアイドルになって成長した部分がたくさんあると思います。

それとセミのくだりは間違えました。

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