少年「……やきゅう?」(22)

2006年、小6の夏。
僕は一匹の「幽霊」と出会った。

少年「……ぁ……ぇ……?」 幽霊「……」

キッカケは納戸で埃を被ってた爺ちゃんのグローブ。
何気なく触れた瞬間――ソイツは現れたんだ。

幽霊「俺はウチカワ。よろしくな」

少年「ぎゃああああアゴのオバケだあああ!!!」

幽霊「アゴ……?」

少年「助けてママー!!!!」ウワアアアア

幽霊「あっ……おいこら! どこ行くんだよ!」

ママ「あらあらどうしたの?」

少年「納戸に変なオバ……アゴがぁああ!」グスン

ママ「ふふっ、そんなのいないわよ。ほら見てごらん」

少年「えっ、ほんと……?」

幽霊「おい」アゴゴゴゴゴ

少年「ぎゃああああ! いるじゃんかあああ!!」グスン

ママ「えっ? いるって……どこに?」

少年「どこにって目の前だよぉ! ほらそこっ!」グスン

ママ「うーん……ママには見えないけど……」

幽霊「言っとくが、お前以外の人間に俺は見えないからな」

少年「……えっ……?」

幽霊「ほら、少し前にあったろ? ヒカルの碁って漫画」
幽霊「設定はアレと一緒だ。分かったら練習すっぞコラ」

少年「ヒカルの碁……? ああ、あの囲碁の――」
少年「――って、そんなので納得できるわけないよ!」

幽霊「一理ある。だが納得しろ。そして練習だ」アゴゴゴゴゴ

少年「ぎゃあああああああああ!!!!」グスン

ママ「ね、ねぇ。いったい誰と話してるの……?」

少年(うぅ……! ママには本当に見えてないんだ……)

幽霊「いい加減認めろ。練習できる時間は限られてるんだぞ」

少年(うぅ……どうしてこんなことに……)グスン
少年(怖いよこの幽霊……もう嫌だよぉ……)グスン

ママ(どうしたのかしらこの子……? まさかこの暑さで……)

ママ「うーん……ちょっと水でも飲んで落ち着こっか」

少年「……僕、水よりママのおっぱいがいい……」グスン

ママ「……もう……甘えん坊さんなんだから……」ハァ

幽霊「ファッ?」

幽霊「おいコラ。お前いくつだよ?」

少年「……」グスン

幽霊「無視すんな。テレパシーでいいから答えろ」

少年「(……11才だよ。でもそれが何なの?)」グスン

幽霊「アホか。幾ら何でもママっ子が過ぎるだろ」
幽霊「そんな根性でプロになれるとでも思ってんのか?」

少年「(プロ……? えっ、何のこと?)」

幽霊「おっと、肝心なことを言い忘れてたな……」
幽霊「俺の目的はお前を《プロ野球選手のスター》にすることだ」

少年「(……プロ野球選手の……スター……?)」

幽霊「そうだ――ある球団を優勝させるためにな」

少年「(そんな……僕、野球なんて興味ないのに……)」

幽霊「ウソつけ。さっき納戸でグローブに触ってたろ」

少年「(別に野球が好きで触ったわけじゃないよ)」

幽霊「でも少しは興味があった。だから触ったんじゃないのか?」

少年「(いや、本当にただ偶然、手が掠ったぐらいで……)」

幽霊「……」 少年「……」

幽霊「だとしてもだ。お前が野球を拒絶することは許されない」

少年「(うぅ……何で? どうして僕に固執するの……?)」

幽霊「決まってるだろ? お前には可能性があるからだ」

100年もの長い間、野球界が諦めつつも望み続けた――
そう――《究極のユーティリティープレーヤー》になる才能がな。

少年「(ゆーてぃりてぃー……ぷれーやー?)」

幽霊「ああ。全てにおいてプロレベルな――」
幽霊「つまり、投げて打てて走れて守れる選手のことだ」

少年「(うぅ……そんなのどうでもいいよぉ……)」

ママ(はぁ……この子ったら、本当に甘えん坊さんね……)
ママ(ずっとこのままだと……将来が心配だわ……)

少年「……ねぇママ。おっぱいは……?」

ママ「もうおっぱいはダメ。来年中学生になるんだから……」

少年「えええ……」グスン

ママ「ほら、リビングでお水でも飲んで落ち着きましょ?」

少年「……うぅ……」グスン

幽霊(おいおい……乳児かよコイツ……)

こうして僕とウチカワは初対面を交わした。
最初はずっとこんな感じで、ウチカワも不安気だったな。

ウチカワは20代くらいの成人男性に見えた。
ちょっと人よりアゴが出てて怖いけど……。

服装はどっかで見たことあるようなユニフォームで、
胸元には英語で書かれた「ベイスターズ」の文字。

もしかして優勝させたいチームってココのこと……?

まぁ何にせよ、野球なんか興味ないんだ。
僕はママと一緒にいるだけで十分。

――だから僕は彼に告げた。「ねぇ……帰ってよ」。

でもウチカワは手に持ってるバットを振り上げ、
そのアゴでまた僕を威嚇した。「いいから練習しろ」。

――うぅ……やっぱりこの幽霊怖い……。

◆リビング◆

――僕の家は4人家族。
構成としては、父、母、妹、そして僕。

『三振~~~! 試合終了~~~!!』
『早稲田実業、甲子園初優勝です!!』

パパ「おおおおおおおおおおおお!!」

妹「きゃあああああああああああ♪」

幼馴染「うむ。良い直球だ」

少年「あれ幼馴染ちゃん、来てたの……?」

幼馴染「まぁな。と言ってもこれから御暇するが」

少年「えっ、何で? 久しぶりにオママゴトでもしようよ」

幼馴染「あほ。こんな素晴らしいゲームを見た後だぞ?」
幼馴染「この黄金の左腕が、野球がしたいと疼いている」フフッ

少年「えぇ~、こんな暑い日に外行くの?」

幼馴染「あほ。絶好の野球日和だろ。てかお前こそ――」

『いつまでそんな女々しい事ほざいてるつもりだ?』

少年「そんな……女々しいことだなんて……」

幼馴染「はぁ……やっぱりお前を見てるとイライラする」

少年「……えっ?」

幼馴染「おばさん、お邪魔しました」

ママ「あら、もう帰るの? もう少しゆっくりしていけばいいのに」

幼馴染「いや、もうすぐリトルリーグのトーナメントが始まるんで」

ママ「あっ、そっか。来週の日曜日だっけ? じゃあ今日は練習?」

幼馴染「はい。エースですから、皆の期待に応えないと」

ママ「ふふっ、頼もしいエースだこと。また応援しに行くからね」

幼馴染「ありがとうございます。そんじゃ行ってきます」

少年「あ……ば、バイバイ……また来てね……」アハハ

幼馴染「……」 『ガチャン!』  少年「……」

うぅ……幼馴染ちゃん、僕のこと嫌いになったのかな……?

『ドカッ!』

少年「痛っ! えっ……!?」

幽霊「おいコラ。野球やってる友達がいるじゃねーか」
幽霊「しかも女の子だぞ? 何でお前はやってないんだよ?」

少年「(だから僕は野球に興味が……ってそんなことより!)」
少年「(今、僕のこと殴ったよね? 何で物理攻撃できるの!?)」

幽霊「ん? ああ、このバットだけは物理的干渉ができるんだよ」
幽霊「まぁ、普通の人間には見えないだろうから安心しな」

少年「(そ、そうなんだ……)」

な、何が安心だよ! 下手したら殺されるじゃないか!

幽霊「てか、そんなことどーでもいいから」
幽霊「早く彼女を追っかけろ。そして一緒に練習しろ」

少年「(嫌だよ野球なんて。汗かくし臭いし……)」

『ボコッッッッッ!!!』

少年「痛ッ!!」

幽霊「俺の前で野球を侮辱すんな。ぶっ殺すぞ」

少年「(……ご、ごめんなさい……)」グスン

少年「(でも本当に興味なくて……うぅ……)」グスン

幽霊「……お前、あの野球少女のこと好きだろ?」

少年「ッ!? え、な、いきなり何言ってるの……!!」アセアセ

妹「え?……お兄ちゃん、どうしたの?」

少年「へ!? あ、いや、何でもないよ! 何でも!」アセアセ

妹「……?(あ、怪しい……)」

幽霊「動揺しすぎだ馬鹿。やっぱり好きなんだな?」

少年「(そ、それはまぁ、嫌いではないけど……)」ウジウジ

幽霊「でも彼女はお前のこと嫌いだと思うぜ?」ニヤッ

少年「……!」

 お 前 を 見 て る と イ ラ イ ラ す る

幽霊「ふっ……どうやら自覚はあるようだな」

少年「(……うん……最近僕と全然遊んでくれない……)」

幽霊「なら好かれる方法教えてやろうか?」

少年「(……えっ?)」

少年「(好かれる方法って……?)」

幽霊「もちろん、野球をやって根性をつけることだ」

少年「(うぅ……また野球……)」

幽霊「また野球って……お前一度もやったことないだろ?」

少年「(だって……全然楽しそうじゃないもん……)」

『ボカッッッッ!』 少年「痛っ!」

幽霊「そういうのはやってから決めろ」

少年「(うぅ……そんな事言われても……)」

幽霊「いいから行くぞ! ほら、ついてこい」

少年「(えっ、どこに行くの? 幼馴染ちゃんのとこ?)」

幽霊「違う。まずは野球に興味を持つところからだ」

少年「(えっ……じゃあどこに……?)」

幽霊「決まってんだろ? バッティングセンターさ」

◆バッティングセンター◆

『カキーン!』『ズドン!』『カキーン!』

少年(……うぅ……成り行きで来ちゃったよ……)

幽霊「……」

少年「(あれ? どうしたのウチカワ?)」

幽霊「……ん? ああ、いや……何でもない……」

幽霊「それより早速プレーだ。金は持ってるな?」

少年「(う、うん……500円玉持ってき――)」

『カキーン!』『おおおおおおおおお』

幽霊「……ん?」

少年「(……何だか向こうの方が騒がしいね)」

幽霊「ああ。すげーバッターがいるのかもな」

『カキーン!!』『ドカッ』『ホームラン!』

少女「えへへ。やっとホームランゲットだよ♪」ニコッ

モブa「うわ……この子マジすげぇ……」
モブb「このゲージ……130キロだろ……?」
モブc「しかも可愛いし……何なんだこの子は……」

幽霊(へぇ……)

少年「(……か、可愛い……)」

幽霊(ほう……コイツは使えるな……)ニヤッ

幽霊「おい。見とれてないで少女の隣のゲージに入れ」

少年「(えっ? ここ!? 140キロって書いてあるけど……)」

幽霊「大丈夫だ……何も問題ない」ニヤリ

少年「……?」

◆140キロゲージ◆

少年「(ね、ねぇ……バットってどうやって握るの?)」

幽霊「……」

少年「(ねぇ、ウチカワったら!)」

モブa「ん? おい! 隣のゲージに小学生入ってるぞ」

少女(えっ……?)

モブb「隣のゲージってお前……140キロじゃねーか」
モブc「ははっ、今日は天才野球少年少女が集まる日か?」

少年「(ちょっ、ウチカワ! 何か凄く見られてるよぉ!)」

幽霊「……」

少年「(ええええええ! ちょっと無視しないでよぉ!)」

幽霊「……少年。力を抜いて目を閉じろ……」

少年「……えっ?」

少年「……こ、こう?」

幽霊「ああ、そうだ。それでいい……」

少年「ねぇウチカワ……こんなことして何を……」

『ドクンッ』 少年「!?」

幽霊「……」 少年「……」 幽霊「……!?」

少年「(この身体、少し借りるぞ……)」ニヤッ

幽霊「ちょっ!? えっ!? どうなってるのこれ!?」
幽霊「何で僕がウチカワと入れ替わってんのさ!?」

少年「(まぁ少し黙ってろって……)」

『ビシュッ!』

幽霊「あっ、ボールが来……!」

『カキィィイイイイイイイインッッッ!!!』

幽霊「!?」

――それは透き通るような金属音だった。
今まで聴いたどんな音よりも気持ちよく、
心に抱える闇を、全てかっ飛ばす感じの……。

幽霊「……」

『ホームラン!』

モブa「……す、すげぇ……」
モブb「な、何者なんだコイツ……」
モブc「し、信じらんねぇ……」

少女「……うそ……」

パパ「……ほう……」
幼馴染「やるじゃん」
妹「お兄ちゃんすごいすごーい!!」
ママ「うぅ……立派になったわね……」

何故かそこには皆がいて、僕のことを褒めてくれた。
お陰で野球が好きになった。だから毎日ウチカワと練習した。

そして6年後、僕は見事プロ入りを果たし、
横浜ベイスターズは、優勝するのであった。

~終~

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