瑞鳳「私の卵焼き、食べてくれる?」 (60)

提督「彼女達に[ピーーー]と仰るのですか!」

上層部A「そうではない。あくまで敵をひきつけて欲しいだけだ」

提督「戦力差は閣下とてお分かりでしょう!?
   本気で言っているのですか!」
   
上層部A「これはもう決定事項だ。君がここで何を喚こうが変わりはせん。

     それとも、反逆罪を適用されたいのかね?」
    
提督「くっ…!」


上層部A「共に戦ってきた君のことだ。その憤りも分かるが
     我々は戦争をしているのだよ。感情に流されては勝つことなどできん」

提督「しかし…!」

上層部B「彼女らの無事を願う気持ちも分かる。しかし君は軍人だ。
     諦めろ、というつもりは無いが分かってくれ。交信終わる」

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提督「なにが『感情に流されては』だ。今更この戦局が…。
   いや、それこそもう今更だ。止むを、得んか……」

提督「君達を呼んだのは他でもない」

提督「今度行われる作戦…君達には囮部隊を務めて貰いたい」

瑞鳳「囮部隊…」

提督「ああ。これまでの戦闘において敵軍は君達のような
   空母を優先的に狙ってくることが確認されている。
   本隊の突破を容易にするために
   敵の主力を誘き寄せてもらいたい」
   
瑞鶴「私達4人で、ですか…?大丈夫なんでしょうか…」

瑞鶴も眉をひそめる。その不安ももっともだ。
しかし、提督は表情を変えることもなく言葉を続ける。

提督「…ハッキリ言おう。私は君達に『死ね』と言っている。
   客観的に見てこの作戦からの生還率は限りなく低い」

提督「こんな事になって…本当にすまない」

彼自身そう謝罪する事で精一杯だった。

千代田「提督。ちょっといい?」

千代田が唐突に口を開く。
罵倒でもされるのかもしれない、そう思いつつも目を向ける。

千代田「千歳お姉をこの作戦から外して」

千歳「千代田…」

頭を下げつつ告げられた言葉に千歳が困惑する

千代田「お姉の分も千代田が働くわ。だから…!」

瑞鳳「そ、そうです。千歳さんだけはせめて…!」

瑞鶴「お願い!提督さん!」

千代田の気持ちが痛いほど分かるのだろう。
瑞鳳も瑞鶴も頭を下げる。しかし…。

提督「……」

瑞鶴「提督さん!」

どうやって説得したものか。そう考えていると
意外なところから声がかけられた。

千歳「ありがとう、千代田。瑞鳳さんも瑞鶴さんも。
   本当にありがとうございます」

千代田「お姉…」

3人に礼を言った千歳が、真剣な面持ちで
提督に敬礼をしつつ、復唱する。

千歳「提督。千歳型軽空母、1番艦『千歳』囮役の任、了解致しました。
   必ずや提督のご期待に応えて見せます」

提督「頼んだぞ。作戦は1週間後を予定している。各員は準備を怠らぬように」

千歳がまず部屋を辞し、追いかけるように
瑞鳳と瑞鶴も部屋を出て行ったが千代田だけはその場に残っていた。

提督「どうした?」

千代田「お願い!お姉をこの作戦から外して!」

この場に残った千代田が先ほどと同じようにもう一度頭を下げる。
だが、返事は既に決まっていた。

提督「却下だ。申請は認められない」

千代田「提督!なんで!?なんでこんな命令を…!」

涙目になり始めた千代田に罪悪感を抱きつつ
疑問をぶつける。

提督「逆に聞くが、私がこの作戦を立案したと思うのか?」

千代田「それは…」

提督「今回の囮作戦は大本営からの勅令だ。拒否権は私にもない」

千代田「そんな…!」

提督「本当は明日に言う予定だったが…まあいい。
   この作戦はかつてない大規模作戦だ。大和に武蔵、長門、
   伊勢、日向、扶桑、山城たちにも出て貰う。無論、他にもな」

挙げられた名前に千代田は絶句する。切り札ともいえる
大和・武蔵に加え、伊勢や扶桑達までを出すということは
相当な部隊となるだろうことは容易に想像できた。

提督「そんな中、千歳だけを特別扱いするわけにはいかん。
   もし、仮に出撃しなかったとして、千歳の扱いはどうなる?
   大本営に目をつけられたら何をされるか
   分かったものではないぞ?」

千代田「でも、でも…!」

提督「お前の気持ちは分かる。そして私も同じ想いだ。
   お前たちを見捨てるような真似はしたくない。
   …だが、お前の願いに応えてやることはできない」
   
千代田「そう…分かったわ」

提督「恨んでくれて構わんよ。それでお前の気が済むのならな」

千代田は失意のまま部屋に戻るのだった。

瑞鶴「ここは?」

??「イタイ…」

瑞鶴「?」

翔鶴「痛い…。痛い…。沈みたくない…。助けて、瑞鶴…」

瑞鶴「し、翔鶴姉!!」

翔鶴「瑞鶴?あなたなの?」

瑞鶴「翔鶴姉…」

翔鶴「どうしてあなたは無傷なの?どうして私ばかりなの?ねえ、瑞鶴…」

翔鶴「あなたも私の痛みを受けなさい。早く、早く早く早く早く早く早く!」

瑞鶴「ひっ…!?」

蒼龍「痛い、痛いよ…助けて…熱いよ…」

飛龍「なんでアンタだけ生き残ってんのよ…さっさと沈みなさいよ…」

加賀「さっさと沈んで楽になればいいものを…」

赤城「あなたがどれだけ頑張っても無駄なのよ。全部無意味。さあ早く沈みましょう」

瑞鶴「い、嫌…私は…!!」

大鳳「沈め…沈め沈め沈め…!!」

瑞鶴「イヤ!!」

跳ね起きるとそこは見慣れた私室だった。

瑞鶴「また、あの夢…」

散っていった仲間たちが自分に怨念をぶつけていく
翔鶴がいなくなってからよく見る夢だ。
この夢のせいで最近は眠りも浅く、疲労が抜け切らない。

瑞鶴「囮、か…」

提督に言われたことを私室で一人呟く
姉を失って以来、呆けている時間が増え訓練にも身が入らなかった。

瑞鶴「幸運艦『瑞鶴』もこれまで、かな…」

赤城たちが沈んだ後、新生一航戦として戦い抜いた瑞鶴も今や搭載航空機にすら困る有様だ。
飛ばす航空機がなければ空母などただその場にあるだけの存在でしかない。
最前線で戦ってきて、何度も仲間の撃沈を目の当たりにしてきた彼女も
ぼんやりとだが思っていたことだ。

瑞鶴「ちょっと、風に当たってこよう…」

瑞鶴「ちょっと、風に当たってこよう…」

気分転換も兼ねて外に出ることにした瑞鶴は人影を見つけた

瑞鶴「どうしたの?提督さん」

提督「瑞鶴か…。寝なくていいのか?」

自分でもこんなことを言うのはどうかと思うが、他に話題もなかった。
誰がやられた、誰が行方不明になった…そんな話題ばかりだ。
もとより苦しい戦いであるとは覚悟していたが最近は特に酷い。

瑞鶴「ちょっと、寝付けなくてね…」

提督「そうか…」

瑞鶴「……夢、見るんだ」

提督「……」

瑞鶴「空母のみんなの夢、楽しかったあのときの夢を見られることもあるけど、大半は悪夢。
   みんなが私に恨みを呟いて『沈め』って言うの」

戦場で生き残った兵士が良く見る夢だ。
生き残ることに後ろめたさを感じ、その引け目のせいで
死んだ者から罵倒されるような悪夢を見る。

瑞鶴「私…どうすればよかったのかな…」

提督「…以前、翔鶴と話をしたことがあってな。まあ、もういいだろう…」

瑞鶴「?」

提督「お前と違い、翔鶴はよく損傷していただろう?そんな時に話をしたことがあった」

ある日、戦果の報告に訪れた翔鶴と、ふと気になって話した時のことだ。

提督「妹は無傷だが翔鶴はよく被弾するな。
   戦い方の問題なのか?だが、訓練では違いはそこまで…」

翔鶴「特別なことはしていませんよ?」

提督「そうか?だが運だけでは…」

翔鶴「提督」

提督「ん?」

翔鶴「私はあの子が無事でいてくれるなら…自分が被弾することで
   瑞鶴を守れるのなら…私はこの傷さえも嬉しく思います」

提督「……」

翔鶴「本当は瑞鶴に向けられる砲撃も爆撃も全て自分が受けられれば、
   いいえ、『自分の方に来い』と何度も思っています」

提督「…翔鶴、お前という奴は」

翔鶴「たった一人の可愛い妹ですもの。おかしいですか?」

提督「そんなことはない。立派だよ、とてもな」

翔鶴「でも…このこと、瑞鶴には言わないでくださいね?」

提督「何故だ?」

翔鶴「私がこんな事を考えている、なんて言ったら瑞鶴が怒りますから」

提督「確かにな。分かった。黙っているよ」

提督「そんな話をしたことがあった」

瑞鶴「翔鶴姉…それで自分が沈んじゃ意味ないじゃない…!
   私は翔鶴姉がいてくれないと何も出来ないよ!
   もっと翔鶴姉と一緒に戦いたかった!!一緒にいたかったのに…!」

提督「瑞鶴…」

瑞鶴「…ごめんね。情けないところ見せて。
   …ね、提督さん。手、だして?」
   
唐突に告げられた言葉に困惑しながらも右手を出すと
その手は瑞鶴の両手に包まれた。

提督「ず、瑞鶴?」

瑞鶴「ねえ、提督さん。私『幸運艦』って呼ばれてるの、知ってる?」

提督「ああ。知っている」

瑞鶴「この運も多分もう残ってないと思う。でもね、
   たとえ出涸らしでも私の運が残っているのなら提督さんにあげる。
   私達は出撃したら多分…あれだからさ。私達のこと、忘れないで。
   そして、提督さんは…この戦い、終わりを見届けて?
   私の…ううん。私達艦娘の想いが、あなたを守るから。
   あなたは絶対に死なせない」

そう言ったあと、瑞鶴は手を放した。

瑞鶴「じゃあ、今度こそ寝るから。おやすみなさい」

提督「瑞鶴…ありがとう。そして…すまない」

瑞鶴「ええ。また明日」

提督「おやすみ、瑞鶴」

作戦3日前のある日、23時を過ぎる頃、執務室がノックされた。

提督「誰だ?」

千歳「千歳です。提督、よろしいですか?」

提督「どうした、急に」

千歳「お・さ・け。飲みません?」

そういって千歳は後ろ手に隠していた
日本酒を取り出した。

提督「そうだな…付き合うよ。どうせ仕事も終わりかけだしな」

本当は全く終わっていなかった。
だが今日を逃せば千歳とは飲めなくなる…、
そんな想いが頭を過ぎり、承諾することにした。

提督「…すまないな」

千歳「最近謝ってばっかりですよ?提督」

提督「む?そうか…」

千歳「ねえ、提督。お一つだけ、聞かせて下さい」

提督「なんだ?」

千歳「私達の囮部隊…発案は提督じゃないですよね?」

提督「そうだ」

千歳「提督はその案に反対してくださった…そうですよね?」

提督「……」

千歳「提督?」

提督「…そうだ」

千歳「それだけ聞ければ十分です。本当に、ありがとうございます」

提督「…だが俺はお前達を守れなかった…。最低の上官だ」

千歳「いいえ。そんなことはありません。
   少なくとも私にとっては最高の上官ですよ」

提督「結果を出せなければ何の意味もない。
   お前達にあんな命令を出さなければならなかった自分が憎い」
   
千歳「そこまで私達のことを考えて下さっているのでしたら
   あなたの下に就いた甲斐がありました。これで心置きなく
   戦場に向かうことが出来ます」

千歳「叶うのであれば、もっと早くに…平和な時にこういった
   お話が出来たらな、って思いますけどね?」

提督「全くだな。お前の言うとおりだ」

千歳「さ、湿っぽい話はこれで終わりにしましょう。
   私の秘蔵っ子、ここで飲んじゃいましょうね!」

扉の外で話を聞いている千代田には二人とも気付くことはなかった。

千代田「なんで…納得しちゃうのよ…お姉の馬鹿…!
    もう一回進言しに来た千代田が馬鹿みたいじゃない…!」

そして作戦の前日・19時頃

瑞鳳「提督。いいかな?」

提督「どうした?」

瑞鳳「今日の夕飯を持ってきたんだ」

提督「わざわざすまないな。ありがとう」

瑞鳳「腕によりをかけて作ったの!
   今日のは今までで一番の出来よ!!」
   
瑞鳳の空元気を身にしみて感じていた。
明日の作戦、よほどの理由が無ければ生還の見込みは無い。
最後の思い出作りということだろう。

瑞鳳「これが…もしかしたら、最後かもしれないから…」

提督「……」

瑞鳳「ご飯なんだから悲しい顔はダメだよね!
   さあ、召し上がれ!」
   
提督「そうだな…頂こう」

なんとなく会話が続かなくて二人とも静かになってしまう。
どうしたものかと思案していると瑞鳳が口を開く。

瑞鳳「あのね…提督…。この戦争って…勝てる、かな?」

刻々と悪化していく戦況は瑞鳳も散々に思い知っているが
それでも聞かずにはいられなかった。
その思いは理解しているからこそ本心とは裏腹の回答を口にする

提督「…ああ。そうでなければ先に散ったあの子たちに申し訳が立たん」

瑞鳳「そうだよね。みんながいて、負けるはず無いよ、ね…?
   私達の作戦も、全ては勝利のためのものだから。
   今回は大和さんも武蔵さんも長門さんも出る。
   最後は、笑顔で終わらせられるよね?」

提督「もちろんだとも」

瑞鳳「絶対、帰ってくるからね。私達は沈まない…!沈まないから…!
   また会えたら…その時はまた、私の卵焼き、食べてくれる?」
   
提督「分かった。約束しよう」

そして作戦は決行され、これまでの歴史上、類を見ないほどの艦隊戦が繰り広げられた。
瑞鶴たちの囮作戦も予定通り成功し敵軍は瑞鶴を旗艦とした空母隊を最優先目標としたため、
部隊が殺到。見事、敵主力を釣り上げる役目を果たしたが、戦力差はあまりにも大きかった。
もはや飛ばす飛行機も碌に持ち合わせない彼女達に抵抗の術は無く、
一方的な嬲り殺しとなっていた。4人の内最後まで生き残った瑞鳳の撃沈を以って、
日本軍の機動部隊は事実上の完全壊滅となるのだった。

日本軍もこれまでに無いほどの戦力を投入した総力戦は、瑞鶴達の犠牲も
空しく一方的な敗戦で幕を閉じた。
主力艦隊は武蔵、金剛、愛宕、摩耶、鳥海、鈴谷 熊野、
筑摩、能代、早霜、浦風、野分を失い、西村艦隊は時雨を残し全滅。
多摩、阿武隈、鬼怒、秋月、初月、不知火、若葉、浦波の戦没も確認された。

その後も敗退に次ぐ敗退を重ね、最終的に日本は降伏した。
呉で戦い、大破した艦娘は生き残りが引っ張り上げて
治療を行ったため、かろうじて撃沈は免れた。
しかし、艤装はもはや修理が間に合わない状態だった。
もっとも、戦うことなど無かったのだが。

戦争が終わり、多くの兵が復員し、日本に戻ってきている。
提督自身も家族と連絡を取り、父は戦争中盤に戦死したが、
母と双子の弟と妹は田舎へ疎開したため無事であると知り安堵した。
一区切りしたら会おう、ということは既に手紙で約束しており、送られてきた
写真には、学校に通い始めたという弟妹と母が写っている。提督の宝物だ。
自分としてはあまり似ていないと思っていたが、写真を見た鳳翔曰く
「目元がよく似ている」らしい。龍鳳にも聞いてみたが、同じ事を言われた。

長門や酒匂など一部の艦娘が連れていかれるも、
まだ鎮守府には戦争を生き残った艦娘達がいる。
彼女達の待遇を少しでも良くする為、また、戦後に向けての
作業に追われていた提督へ一通の手紙が届いた。

提督「召集、か…」

鳳翔「提督…?召集とは…?」

提督「いや…1週間後に東京で会議が行われるようだ。
   戦争が終わってこれからが忙しくなるからな。
   …色々あるんだろうさ」

元々物静かな提督ではあったが、こちらを見ずに淡々と話す
提督に対し鳳翔は言い知れぬ不安に襲われた。
引き止めなければ彼が遠い所へ行ってしまうような、
寂寥感と不安が襲い掛かってくる。
それでも鳳翔は必死に平静を取り繕った。

鳳翔「そうですか。会議はどの程度かかりそうですか?」

提督「少し、時間がかかるかもしれないな…」

鳳翔の心情を知ってか知らずか、
最後まで彼は鳳翔に視線を向けることはなかった。

所用が入ったため一旦中断します。
再開は20時頃を予定しています

再開します

召集の内容は東京で開かれる裁判への出頭命令。
そこで戦争犯罪人を裁くといったものだった。

しかし、裁判はまさに茶番としか言いようの無いものだった。
艦娘を戦争に利用し、世界平和を乱した罪。
艦娘…少女たちは彼に洗脳されて善悪を教えられずに
戦場へ送り込まれていたとされる、人道に対する罪。
中には捕虜の虐待など全く身に覚えの無いことまで
挙げられ、弁護団の言い分もほぼ黙殺された。

「勝った者が正義」といえばそれまでだし、
提督自身反論する気もなかった。

裁判長「……●●に死刑を宣告する!」

判決が決まった後。特にやることも無いので
拘置所のベッドで横になっていると、
顔も知らない士官がやってきた。

士官「君は銃殺と絞殺、どちらがいい?」

提督「選べる権利はあるのか。…痛みも苦しみも
   感じる暇も無く死ねる方がありがたいかな」

士官「そうか。では銃殺刑としよう」

提督「ありがとう。出来れば脳に一発で決めてくれると嬉しい」

士官「了解した。そう伝えておく。刑の執行は
   3日後だ。それまではゆっくりしてくれ」

どうやら皮肉も通じないようだ。提督は肩をすくめた。

提督「なあ、軍人ってやっぱり地獄行きなのかな?」

士官「私は死んでいないから分からない。宗教によっては神を信じるだけで
   天国に行けるぞ?そういえば、君の宗教は?」

提督「残念。神道なんだ。……そうだ。手紙とか書けないか?」

士官「構わないが、内容は検閲するぞ?」

提督「問題ないよ。ああ、それと…」

士官「どうした?」

提督「処刑の日、できれば卵焼きを食べたい」

士官「卵焼き?」

提督「…好物なんだ。あっちへ行く前に、味を再確認しておきたくてね」

士官「まあいいだろう。用意するよう、伝えておく」

本当は言うほどの好物でもなかったが、一々本当の理由を言うことでも無い。
当たり障りのない理由を口にして希望を通すことに成功した。

当日の朝、朝食には約束どおりの卵焼きが出ていた。
最後の食事となるであろう、卵焼きをしっかりと咀嚼し、嚥下する。

提督「やっぱり、瑞鳳の卵焼きの方が美味いよなあ…」

こんな形ではあったが、
あの子達を想い出すいい切欠となったことに感謝する。

磔にされ、目隠しをされた提督は
処刑場で静かに最期の時を待っていた。

提督(俺は十字架じゃないけど
   イエス・キリストの最期ってこんな感じだったのかな…。
   暴れたりしなかったんだろうか)

などとぼんやりと考えていると士官が口を開く。

士官「何か言いたいことは?」

提督「これまで自分に関わってくれて、自分に豊かな人生を
   提供してくれた両親、家族、恩師、友人…。
   そして、共に戦ってくれた仲間たちに心からの感謝を」

士官「他には?」

提督「もうひとつ。できれば…彼女たちが平和な世界で
   暮らせることを祈っている、と伝えて欲しい。
   また、自分を責めたり、相手を怨む事は決してしないように、とも。
   そして…これが、自分からの最後の命令だと」

士官「了解した。確実に伝えよう。…そろそろ時間だ。もういいか?」

提督「ああ。ありがとう」

士官「構え!」

目隠しをされているので見えないが、
ライフルが自分に向けられていることは理解した。
自分がこの世にいられるのはあとどれくらいか。
1分も無いだろうが…。
生き残ったあの子達に自分の無様な姿を
見られずに済んだのはせめてもの幸運かもしれない。

提督(やっぱり…怖いな…)

提督(そういえば…顔、出せなかったな…。
   まあ、あいつらが母上を守ってくれるよな?
   俺のガキの頃よりよっぽどしっかりしてるし。
   給料も国から振り込まれてるはずだ)
   
提督(…母上、お国のため、精一杯戦いましたが力及びませんでした。
   坊は父上の元に先に逝きます。どうか、お元気で)

提督(そして、みんな…これでお別れだ)

士官「撃て!!」

某月某日 未明
刑は執行され、少女達を洗脳し、
戦争に悪用したという人道及び多数の罪で
提督は戦争犯罪人として銃殺処刑された。

潮「そ、そんな…嘘、ですよね?」

隼鷹「…お兄さん。酒がマズくなる冗談なんかいらないよ?」

士官「悪いが冗談ではない。君たちの上官は既にこの世を去っている」

榛名「よくも…!よくも提督を!」

利根「よさぬか、榛名!気持ちは分かるが落ち着け!」

鳳翔「榛名さん、落ち着いて!いけません!」

榛名「離して!離して下さい!!いやあああああああ!!」

あの榛名が今にも掴みかからんとするが
利根と鳳翔が必死に止めている。もちろん彼女たちも悔しいのだ。
姉妹も仲間も守れず、国も守れず、敬愛する上官まで失ってしまった。
普段飄々としている北上でさえ、憎悪の伺える瞳で男を見ている。
それでも、彼女達は最後の命令を必死に守ろうとした。

士官「君たちの処遇は追って連絡する。ではまた…、おっと、そうだ。
   彼から手紙を預かっていたな。君達の責任者は誰だ?」

一瞬の逡巡の後、鳳翔が名乗り出た。

鳳翔「…私です」

士官「では、確かに渡したよ。それでは今度こそ失礼する」

そういって男は立ち去った。

龍鳳「鳳翔さん。手紙にはなんて…?」

先程男は「責任者」といった。名指しではないということは、
特定の誰かに向けられたものではないようだ。ならば…。

鳳翔「…皆さんを呼んで下さい。これは、全員で読んだ方がいいでしょう」

葛城「そう、ですね…」

食堂に全員が集められたことを確認すると、鳳翔が少し震える手で
手紙を開き、読み始める。

親愛なる仲間たちへ

この手紙を読んでいるという事は、私はこの世にいないと思う。
だからこうして筆を取った。
まずは、礼を言いたい。これまでついてきてくれて、本当にありがとう。

本当に天国や地獄などという物があるのなら、多くの仲間達を沈めた
私は、先に散った皆がいるであろう天国には行けないと思う。

できれば君達を今後も見守っていきたい、と思っていたが
私はもう、他に何もする事が出来ない。
私の指揮や態度に不満があった子達も多いと思う。
私の力不足で、自分の実力が発揮できないと嘆いた事もあったかもしれない。
だが、君達の力はきっと、これからも必要になる。
だからどうか、未来を信じて、これからの時代を作っていって欲しい。

ただ、今後も「艦」として生きることを望むのならば、
「敵を倒す」のではなく「みんなを守る」艦になって欲しい。

誇りある日本は必ずや復興する。しかし、戦争に負けた日本は
苦しい立場に立たされる時が何度も来るだろう。
そんな脅威から、国民の笑顔を守ってやって欲しい。
このような悲劇は二度と起きる事が無いことを祈っている。

もう私にはそんな資格など無いのかもしれないが、
君達を大切な仲間だと想う気持ちは、一度も揺らいだことは無い。
もしできるのであれば、天の上から君達を見守りたいと思っている。

未来の皆と共に歩めない事を、許して欲しい。

提督「……」

提督「………」

提督「…………」

提督「………………」

提督「……?」

提督「ここは……?」

提督(夢?でも俺は…ああ、そうだ、処刑されたんだっけか)

提督「これがあの世ってやつか…?」

提督「一面原っぱか…。困ったな。とりあえず移動するか」

提督「ぶっ通しで歩いてるのに時間の感覚が全然無いし全く疲れない。
   世俗から切り離されたって事なのかな…」

提督「ん?」

提督「あれは…凄いな。あれほどの桜は初めてだ。
   どこに行けばいいのか分からんしとりあえず、あの桜を目指そう」

提督(桜、か。俺にここへ来る資格は無いと思っていたが…。
   ちゃんとこっちへ来れたのか。俺には、勿体無いな)

???「あーーーーーー!!」

提督「…?」

卯月「司令官がいるぴょーん!!」トトトトトッ

提督「卯月!?ということは…」

卯月「みんないるぴょん!」

提督「なんだって!?みんなが!」

卯月「うーちゃん間違えたぴょん。全員はいないけど…」

卯月「とりあえずみんながいる所まで案内するぴょん!」

提督「頼む」

赤城「提督も…そうですか。お疲れ様でした。
   戦争を生き残った方以外は皆、集まっています」

弥生「ちょっと前に…長門さんと酒匂さんも…来ました」

提督「赤城、弥生…。そうか。みんなが…」

金剛「んー。提督に会えたのは嬉しいデスけど…、もう少し長生きして欲しかったデース」

提督「金剛…すまんな。期待に応えられなくて」

瑞鶴「あ、提督さん。そっか…来ちゃったか」

千歳「御立派でした。提督」

千代田「最後の任務、ちゃんと果たしたわよ」

瑞鳳「久しぶり、提督」

提督「お前達…」

夕雲「あら、提督。泣いてらっしゃるの?」

提督「目にゴミが入ったようだ。ん?そうか…お前達がいるということは」

飛龍「どうかしたんですか?」

提督「いや、父上もいるのかも知れんと考えてな。せっかくだから話を、と」

ザワ…ザワ…

提督「ん?どうした?」

金剛「提督のご両親にご挨拶して公認の仲に…Perfect!!これしかありまセーン!!」

提督「いや、母上は生きてるんだが…」

扶桑「ここに来て私達に運が回ってきたのね…。これはチャンスよ。山城」

山城「ね、姉様。さすがに遅すぎると思いますが…」

天津風「これは…いい風が吹いてきたわね…!」

時津風「雪風もアンラッキーだったね。こんな時にいないなんて」

鈴谷「マジで!?うわー、ご両親に挨拶って、ちょっとお化粧直してこないと!!」

熊野「紳士の傍にいるべきはやはり淑女。ご両親もこの熊野こそが提督の
   隣に相応しいとお考えになりますわ」

叢雲「フ、フン。仕方が無いわね。どうしても、って頼み込むのなら
   この私が一緒に行ってもいいわよ?」

提督「聞けよ人の話。生きてんだよ、うちの母親は…。いや、多分…」

村雨「みんな、提督にまた会えて嬉しいのよ」

白露「もっちろん、私もね!」

提督「やれやれ…。ま、お前達がいるなら、退屈しなくても済みそうだな」

初霜「提督。向こうの丘に綺麗な桜の木があるんです。見に行きませんか?」

提督「ああ。ここに来る途中でも見えたよ。大きくて、美しい桜だった」

初霜「はい!とても大きくて綺麗で…悲しいことなんて忘れてしまいそう」

武蔵「おう提督。いい酒が手に入ってな。桜の下で飲む酒というのは格別だぞ?付き合え」

那智「めでたい、といえるのかは分からんが、今日ばかりは飲むぞ」

提督「分かったよ。後で付き合う」

瑞鳳「ねえ、提督。これからどうするの?」

提督「初霜の言っていた桜の丘に行くよ。
   そこでのんびりしながらあの子たちを待つさ。
   …いくらでも時間はあるからな」

瑞鳳「そうね。あの、その…」

提督「お前は行かないのか?」

瑞鳳「行くよ。でもね、これだけ聞いておきたくて」

提督「ん?」

瑞鳳「ねえ、また会えたから…私の卵焼き、食べてくれる?」

提督「…ああ。約束だからな」

終わりです。

昨日は瑞鳳の進水式でしたので
メインヒロイン風味です

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