画家「肖像画を描け……でございますか」国王「うむ」(36)

ある日、一人の画家が城に呼び出された。

画家「陛下の肖像画を描け……でございますか」

国王「うむ」

国王「元々余は絵画や彫刻といった芸術を奨励しておるし」

国王「そろそろ余も、自身の姿が描かれた絵をいうものを欲しくなってしまってな」

国王「そこで、今我が国でもっとも名声を得ているというおぬしを呼んだのだ」

国王「やってくれるか?」

画家「もちろんでございます!」

画家「私の画家生命にかけましても、必ずや素晴らしい肖像画を仕上げてみせます!」

画家(たとえ私の命がついえても、絵は永久に残る……)

画家(芸術は永久に残る……)

画家(すなわち、後世の人間にも伝わることとなる……)

画家(──ならば!)

画家(陛下の偉大さを後世に知らしめるためにも、陛下のお姿を忠実に再現しよう!)

画家「いかがでしょう!」

国王「…………」

国王「う~む……」

画家(えっ……)

国王「決して悪くはないのだが……」

国王「もうちょっと、こう、なんとかならんものかな?」

画家「なんとか、とおっしゃいますと?」

国王「鼻はもうちょっと高く」

画家「はい」

国王「目はもっとパッチリと」

画家「はい」

国王「もう少しスリムにしてくれ」

画家「は、はい」

国王「あと、髪の毛を増やしてくれ」

画家「か、かしこまりました……」

国王「それと……」

画家(まだあるのか……! これはもう一から描き直す他、なさそうだな……)

画家「いかがでしょう!」

国王「おおっ、すばらしい!」

国王「これこそ余! まさしく余! 余そのものであるぞ!」

画家「ありがとうございます」

画家(だいぶ美化しまくってしまった気もするが……)

画家(陛下が満足しておられるのなら、それでいいのだろう、きっと)

しかし──

画家「陛下、急なお呼び出しをいただきましたが、なにごとでしょう」

国王「うむ」

国王「実は先日、ある国の王と初めて会談したのだが」

国王「絵に比べてブサイクですね、といわれてしまってな」

画家「な、なるほど……(ハッキリいうなぁ)」

国王「ガッカリされるというのは、どうも気分がよくない」

国王「というわけで、もう一度描き直してくれ! 実物よりブサイクにな!」

画家「分かりました……」

画家「いかがでしょう」

国王「う~む、実にブサイク!」

国王「さすがの余も、この絵に比べたらイケメンという自信がある!」

画家(ガッカリされたのがよほど応えたんだろうが、悲しいコメントだ……)

国王「これなら、実物の余を見られた時もガッカリされることはない!」

画家「でしょうねえ」

しかし──

画家「再び私に用とのことですが、いかがなされましたか?」

国王「うむ、この間のブサイクに描かれた余の絵についてなのだが」

国王「余の妻である王妃から猛抗議が来てしまったのだ」

国王「“こんなブサイクと結婚したなんて、社交界で笑われちゃうわ!”」

国王「などと怒られてしまってな」

画家「はぁ……(モノマネうまいな)」

国王「かといってガッカリされるのも、イヤなので」

国王「いっそとことん化け物フェイスにしてくれんか」

国王「そうすれば、妻も“美女と野獣ね!”とかいって笑うであろう」

画家「分かりました……やってみましょう」

画家「……いかがでしょう」

国王「うむ、グロイ! なんかもう人間ではなくなっている!」

画家「ありがとうございます」

国王「ここまで現実離れして、突き抜けておれば、王妃もなにもいわんであろう」

国王「むしろ自分の美しさが際立つ、と喜ぶはずだ!」

画家「そういうものでしょうか……」

しかし──

画家「今度はなんでしょうか?」

国王「この前描いてもらったグロテスクな余のことなのだが」

国王「あれを見た幼い王子と王女が泣いてしまってな」

国王「パパの正体はモンスターなんだ、と近づかなくなってしまったのだ」

画家「そうですか(そりゃそうだ)」

国王「というわけで、描き直してくれ! 可愛く! ポップな感じで!」

画家「……分かりました」

画家「これでどうですかね」

国王「おおっ、これは可愛い!」

国王「絵本の中から飛び出してきたような、キュートな余が誕生だ!」

画家「ありがとうございます」

国王「これなら、我が愛しき王子と王女も喜んでくれるにちがいない!」

画家「……どうも」

しかし──

画家「……なんでしょうか」

国王「あのキュートな肖像画、なかなか好評だよ」

画家「どういたしまして」

国王「なのだが、こうなるとやはり絵だけでは物足りん」

国王「というわけで、セリフや効果音、ストーリーなどもつけてくれんか?」

画家「まぁ、やってみます」

画家「いかがでしょう?」

画家「絵を複数枚描き、さらにそれぞれにセリフや効果音を描き足すことで」

画家「キュートな陛下が大冒険をする、というストーリー肖像画が出来上がりました」

国王「おおっ、すばらしい! しかもストーリーも面白い!」

国王「これなら、王子と王女はもっと喜んでくれる!」

画家「…………」

しかし──

画家「なんすか?」

国王「王子と王女が喜んでくれたのはいいのだが……」

国王「やっぱり、これって肖像画とはいわないんじゃないか、って気がしてきたのだ」

国王「というわけで、改めて余の姿を忠実に再現した肖像画を──」





画家「芸術ナメんじゃねえええええッ!!!」

国王「ひっ!?」ビクッ

画家「陛下、いやアンタ……」

画家「美化しろだ、不細工にしろだ、可愛くだの、もうワケ分かんねぇんだよ!」

画家「しかも結局行きつくところがループってよぉ……」

画家「ワガママと迷走がすぎんじゃねえのか!? おお!?」

国王「な、なんだと! 絵描き風情が偉そうに!」

国王「しょせん絵描きなど、余のような財力の持ち主が庇護しなければ」

国王「満足に食っていけん存在ではないか!」

画家「だまらっしゃいッ!!!」

画家「たしかに絵を見たって腹は満たせねぇし、喉も潤わねぇし、寒さもしのげねぇ」

画家「画家なんつうもんは、しょせん虚業よ……」

画家「だがな! だからこそ、プライドを持たなきゃならねぇ!」

画家「自分の芸術家魂ってヤツにウソをついちゃならねぇんだ!」

国王「あうう……」

画家「芸術は芸術好きな金持ちがいなきゃ成り立たんが──」

画家「その金持ちに決して媚びないこともまた、芸術の本質よ!」

画家「分かるか! 分かるかねッ!? 分かるだろうッ!?」

国王「わ、分かる! 分かります! 分かっております!」

画家「本当か!?」

国王「ほ、本当ですとも!」

画家「じゃあどうする? 分かったんなら行動で示せや」

国王「あの……これ以上ワガママは申しません!」

画家「ほう……?」

画家「じゃあ、アンタの肖像画はどうすんだ? どれにするんだ?」

画家「あんなたくさん肖像画があったら、未来の人たちが混乱しちまうからな」

画家「どれか一つに絞れ」

国王「えぇとですね。あの……二番目に描いてもらった、イケメンのやつ!」

国王「あれでいいです!」

画家「で!?」

国王「あれがいいです!」

画家「あ!?」

国王「ひっ!」

画家「あんな美化しまくった絵が、肖像画だなんて私は認めんぞッ!」

画家「私の芸術家としてのプライドが許さんッ!」

国王「ひええええっ! すみません、すみませんっ! じゃあ他の──」

画家「王が一度決めたことを簡単に覆すんじゃねえ!」

国王「おうっ!?」

画家「っつうわけで、アンタにゃあの肖像画に相応しい王になってもらう!」

画家「心身ともにイケメンになってもらう!」

国王「へっ!?」

画家「さぁ、こんなところで油売ってるヒマはない!」

画家「イケメンキング、略して“イケキン”目指すぞ!」

国王「は、はいぃ~っ!」

画家「さぁ、ジョギングだ! いちに! いちに!」タッタッタ…

国王「えっほ! えっほ!」タッタッタ…

画家「いつもアンタは玉座にふんぞり返って、運動不足だからな!」タッタッタ…

画家「足腰から鍛え直すんだ! ほら、あと2キロ!」タッタッタ…

国王「えっほ! えっほ!」タッタッタ…

画家「いいぞ! なかなかの根性だ! さぁ、もう3キロだ!」タッタッタ…

国王「ふ、増えてませんか!?」タッタッタ…

国王「さぁ、運動したら食事にしましょう!」

画家「なんだ、この豪勢すぎる食事は! なんかのパーティーでもあるまいし!」

画家「栄養バランスを考え、もっと質素な食事にしろ!」

国王「はいぃ~!」

画家「料理人! 陛下の健康はキサマにかかっている! 頼んだぞ!」

料理人「イエッサー!」ビシッ

画家「飯を食ったら、絵を描け!」

国王「余がですか?」

画家「そうだ! 芸術は心を豊かにする!」

画家「アンタ自身も絵を描くことで、心に威厳とゆとりを持つ王になるのだ!」

国王「は、はいっ!」サラサラ…

画家「ダメだ、ダメだ! デッサンがなってなぁい! やり直し!」

国王「すみませぇん!」

画家「政治についてはよく分からんが──」

画家「下々のいうことに耳を傾けること! 独裁はいかん!」

国王「はいっ!」

画家「あとイエスマンばかり周囲に置くな!」

画家「目下の人間にあれこれいわれるのはそりゃ嫌だろうが」

画家「もう私に散々あれこれいわれてるから、大丈夫だろう!」

国王「ええ、そりゃもう!」

国王「風通しのいい政治を目指します!」

……

……

……

大臣「陛下、お喜び下さい!」

大臣「市民が、自発的に陛下を祝うパレードを行っております!」

大臣「このところ、陛下の民からの人気は高まるばかりですよ!」



画家「やりましたね、陛下!」ガシッ

国王「うむ!」ガシッ

ワァァァ…… ワァァァ……

「陛下バンザーイ!」 「名君バンザーイ!」 「国王バンザーイ!」





国王「おぬしと出会ってからはや数年、王としては成長できたかもしれぬが」

国王「結局……この肖像画のような“イケキン”にはなれなかったな……」

国王「鼻は低いし、目もパッチリしてないし、髪の毛も増えることはなかった」

画家「ですが……今の陛下は、いい表情をしておられますよ」

国王「……ありがとう」

画家「陛下」

国王「ん?」

画家「ここらでもう一枚、描かせてもらえませんか? 肖像画」

国王「おお、そうだな! ぜひお願いする!」



………………

…………

……

~ 現代 ~

学生A「この王様は有名画家と親交があって、肖像画がいっぱい描かれたらしいけど」

学生A「この二枚だけが残ってるんだってさ」

学生B「へぇ~、だけど全然顔ちがくね?」

学生B「こっちの王様はすげえイケメンだけど、こっちはあんまり……」

学生A「最初に描かれた方の肖像画は、相当美化されたものだといわれてるね」

学生B「だけどなんか──」

学生B「こっちの美化されてない方の肖像画のが、いいツラ構えしてるよな」

学生A「うん、ボクもそう思う」







おわり

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