【アイマス】君のままで (40)

前の話

【アイマス】踏み出す一歩
【アイマス】踏み出す一歩 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1432990150/)


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1433687101

仕事を取ると言ったものの、結局は足で稼ぐしかない。
これという策もなく、ただひたすらに営業に回る。

「最近、レッスンに顔出せてないなぁ」

理解はしてくれるだろうが、納得してくれるかどうか。
解決するには仕事を取ってくるほかない。
焦る気持ちを抑えながら、今日も外回りに精を出す。


――――――
――――
――

夕暮れが街を赤く染める中、レッスンスタジオの扉を開ける。
彼女たちはそれぞれにストレッチをしていた。
クールダウンをしているらしい、少し遅かったようだ。

「あれ?プロデューサーさん」

「みんな、お疲れ様」

「お疲れ様です、プロデューサー」

「お疲れ様ですぅ」

目ざとく反応した春香を皮切りに、挨拶を交わす。
本当は少しでもレッスンの様子を見たかったんだが。

「今日も間に合わなくてごめん。……間に合っても大したこと言えないけど」

「プロデューサーさん、そういうこと言わないでください。こうして来てくれるだけでも嬉しいんですよ?」

「あ、あの、プロデューサーが私たちのために頑張ってくれてるの、知ってますから」

春香、雪歩にすぐさまフォローされる。
そして何とも言えない冷ややかな目で俺を見る千早。

--その後ろ向きになる癖、何とかしてください。呆れて物も言えません。

そう言われているようで。

なんだかこの一連のやり取りが定例化しつつある。
頼れる大人でありたいんだけどなぁ。

「ところでプロデューサー、何かいいことありましたか?」

不意に、千早に尋ねられる。

「ん?まあ、今日はいい知らせがあるんだが……なんでわかったの?」

「プロデューサーはすぐ顔に出るので」

マジか。
もうこの娘たちに隠し事とかできないんじゃないだろうか。
そんなことを思っていると、千早の後ろにニヤニヤと笑う春香が忍び寄る。

「いやー、流石千早ちゃん。私なんかじゃまだそこまでは分からないよー。ねぇ、雪歩?」

「そうだねぇ。千早ちゃんとプロデューサー、時々眼だけで会話してるもんね?」

「えっ?ちょっと春香?萩原さんも何を言って……」

きゃいきゃいと騒ぐ3人娘。
慌てる千早が可愛いらしく、春香はよくこの流れに誘導している。
雪歩も、空気を悪くしない程度には乗っかっていく。
こういう時の千早は良い顔をしている。
いいぞもっとやれ。

「あー、さっきのいい知らせってやつの話をしたいんだが」

名残惜しいが、このままではキリがないので軌道修正を図る。

「ようやく仕事取れました。おまたせ」

この前出演したTV番組のディレクターと会う機会があり、ユニットの話をしてみると存外に興味を持ってくれた。
どうやら、千早のことを気に入ってくれていたようだ。

「い、いきなりTVだなんて。うぅ、私なんかで大丈夫かなぁ」

「大丈夫よ、萩原さん。自信を持って」

「そうだよ雪歩。私も千早ちゃんも一緒だし、プロデューサーさんも見ててくれるんだから」

さっそく不安になったらしい雪歩にフォローが入る。
何となくだけど、このユニットは上手くいくんじゃないかなという期待を覚える。

「特別なことをする必要はないよ。日頃のレッスンの成果を発揮できればそれでいい」

「は、はいぃ。まだちょっぴり不安ですけど、とにかく頑張ってみますぅ」

不安だけど、自信はないけど、前を向いて頑張る。
多分自覚はないんだろうけど、その強さは春香や千早にもプラスに働いている気がする。


***************************


昼下がり、いつものようにレッスンスタジオの扉を開ける。
中には春香と千早の2人だけで、雪歩の姿は見えない。

「あ、プロデューサーさんお疲れ様です」

「2人ともお疲れ様。雪歩は?」

「萩原さんは、体調がすぐれないとかで……」

心の何処かで予想していたことだった。
起こって欲しくないことだったが、今ならまだ間に合うかもしれない。

「あの、プロデューサーさん。雪歩は……」

「わかってる、こういう時の為に俺がいるんだ。頼りないかもしれないけど、任せてくれ」

言い残してスタジオを後にする。
行先に心当たりなんてない、足に任せて虱潰しにするよりほかない。

事務所近くの書店、CDショップ……いない。
ユニットのみんなでたまに寄るという喫茶店……いない。
まさかと思い事務所に戻ってみたが……いない。

半ば途方に暮れて歩いていると公園に差し掛かった。
少し頭を冷やそうと、ベンチへ向かう。
探し人はそこにいた。

「隣、いいかい?」

ビクッと肩を震わせ、雪歩が顔を上げる。
その目からうかがえたのは、自責の念。
拒絶はされていないようなので、遠慮なくベンチに腰掛ける。

「運動不足かな?ちょっと走っただけで息が上がっちまった」

落ち込んでいる雪歩に気付いていないかのような口調。
赤く染まり始めた空を見上げ、雪歩が口を開くのを待つ。

「……プロデューサー、やっぱり私ダメダメです」

昨日の収録での失敗を言ってるんだろう。

「弱い自分を変えたくてアイドルになりましたけど、みんなの足を引っ張っちゃって……」

収録前に注意事項を説明しに来たADに驚いた雪歩は、思わず悲鳴を上げてしまった。
スタジオは一瞬静まり返り、雪歩に視線が集中した。

「ひんそーでちんちくりんで、何のとりえもない私なんかがアイドルなんて、おこがましかったですね」

春香と千早のフォローもあり、何とか収録を終えることはできた。
雪歩の顔に、いつもの笑顔が浮かぶことはなかったが。

「私なんかじゃこの先もみんなに迷惑かけちゃいます。ユニットは誰か他の人に代わってもらえませんか」

その帰り、雪歩は痛々しい作り笑いを浮かべていた。
俺はその時、何の言葉もかけることができなかった。

「ねぇプロデューサー、何とか言ってくださいよ」

横で肩を震わせる気配が伝わってくる。
考えるより先に、思いが口からこぼれていた。

「雪歩は、強いな」

こちらに視線が向けられた気がする。

「俺にはさ、雪歩が私なんかって言うとき、『今の私なんか』って聞こえるんだよ。悔しい思いをしても、絶望はしてないように感じるんだよ」

俺はかつて絶望して殻に閉じこもった。
悔しいとか、そういう感情はどこかに置き忘れて。

「力が足りないことを歯痒く感じてはいても、諦めてはいないように聞こえるんだ」

俺は、そんな強さを持つことはできなかった。
安易な道へ逃げ込んだ挙句、今の自分がいる。

「足を引っ張るから、迷惑をかけるからって言ったよな。できないから、じゃない。きっといつかできるようになる。そう言っているように聞こえるんだ」

過去、そうありたかった自分を雪歩の中に求めているだけなのかもしれない。

「辛いことも苦しいことも、正面から受け止めようとしている。そんな姿が、俺には眩しいんだ」

俺の願望が思わせることなのかもしれない。
けれど、俺と同じ道を歩んで欲しくはないから。

「雪歩は、俺の希望なんだ」

なぜ、俺の視界がにじんでいるのか。
どうしてこう恰好がつかないのか。


――――――
――――
――

「ごめんな雪歩。励ましに来たはずなのに」

相変わらず視線は上を向いたまま。
恥ずかしくて目を合わせられない。

「い、いえ」

ようやく視界が晴れてきた。
目に映るのは深い青。

「勝手な話だけどさ、一歩ずつ前を向いて進んでいく雪歩を見てると、頑張ろうって思えるんだ」

「そんな、私なんてダメダメで……」

「俺が言うなって話ではあるんだけど、雪歩はもっと自信を持っていいと思う。春香も千早も、もちろん俺も、雪歩のこと信じてるからさ」

「プロデューサー……」

雪歩は確かに引っ込み思案ではあるけれど、その分周囲をよく見て気遣うことができる。
みんながそれにどれだけ助けられているか。

「それとも雪歩は、みんなこと信じられないか?」

「そ、そんなことないです」

「ならさ、みんなが信じてる雪歩のこと、信じてやってよ」

雪歩の芯の強さが、どれだけみんなを励ましているか。

「……はい。ど、どこまでできるかわかりませんけど、頑張ってみます」

「焦らず一歩ずつ、な」

雪歩の隣に腰かけてから、はじめて視線を合わせることができた。
いつもの笑顔を取り戻した雪歩は、夕闇迫る中、一際輝いて見えた。


***************************


ユニットとしてのTV初出演以来、着実に仕事は増えていた。
ミニライブ、雑誌の取材、握手会にフェスへの出演。
少しずつではあるけれど、確実にステップアップできいるという実感があった。

千早は不器用ながらもみんなと積極的に交わろうとしている。
春香はその笑顔と前向きな姿勢でみんなを引っ張っている。
雪歩は後ろ向きな言動も減り、さり気なくみんなのフォローをしてくれている。


「お疲れ様、みんな。良いお知らせがあるぞ」

ラジオの収録を終え、事務所で今後の打ち合わせを行う。

「なになに、どんなお話ですか、プロデューサーさん」

こういう時真っ先に食いついてくるのは春香だ。

「さっきラジオ局の人と話してたんだけどな、君たちで番組やらないかって」

「おおっ、冠番組ですよ、冠番組っ」
「私は、少し自信がないわね」
「大丈夫だよ千早ちゃん、私も春香ちゃんもいるんだし」

ふむ、みんな結構前向きだな。

「まぁ、具体的な話はこれからだから。何か決まったら教えるよ」

「ぬか喜びは嫌ですからね、プロデューサーさん?」

「了解。それともう一つ、こっちはほぼ固まった話なんだけど。新曲について」

「本当ですか、プロデューサー!?」

新曲と聞くや、千早が飛びつかんばかりに身を乗り出す。
近いです、顔が近いのでそのことに気づいてください。
千早ほどのリアクションはなくとも、春香も雪歩も嬉しそうだ。

「こんなことで嘘は吐かないよ。で、その新曲なんだけど……みんなで作詞してみる気はある?」

腐れ縁のアイツ経由で作曲家の先生と話をすることができた。
みんなを売り込んでみると、思いのほか気に入っていただけたのだが、どうせならみんなの想いを曲に乗せたい、という要望をいただいたのだ。

「是非、やらせてください」

千早は即答。
相変わらず歌に関することには貪欲だ。

「作詞、ですか。ちょっとやってみたいかもです」

どうやら雪歩も前向きなようだ。

「うまくできる自信はないですけど、何事も挑戦ですよね」

春香も賛成、となれば話は決まった。

「先方によると、かっちり詩を仕上げてもいいし、イメージやコンセプトをまとめるだけでもいいらしい。ただ、時間的な制約はあるからそこだけは注意してくれ」

「「「はいっ」」」

息の合った返事を合図に打ち合わせを切り上げる。
3人はさっそく作詞について話し合いを始めたようだ。

俺は、かすかな違和感を覚えていた。
このところ、ふとした所で春香に不安や焦りの影が感じられる。
作詞の話をしたときの反応も、以前とは微妙に違う気がする。
何がどう、という明確な答えはまだ見つかっていないが。

「いつもの春香、だよな」

真剣に、でも楽しそうに話す3人を見ると、ただの気のせいのようにも思える。
気にし過ぎなだけであればそれでいいのだが。

***************************


作詞の件は、その日のうちにイメージが固まったらしい。
なぜか俺には詳しく教えてくれないので、らしいとしか言えない。
とりあえずの形が出来上がるのもそう遠くない、とのことなので作曲家の先生には連絡しておいた。

仕事をこなし、レッスンを積み、合間に新曲の打ち合わせを行う。
胸を張ってアイドルと言えるところには来たのではないだろうか。
この流れを逃しさえしなければ、もっと上を目指せる。
そこで俺は一つの賭けに出ることにした。

 単独ライブの開催

今自分たちがどの位置にいるのかを見極めるため。
今後どこまで駆け上がれるのかを見定めるため。
俺は彼女たちを信じているが、世間はどうなのか。
試してみよう、そう思った。

他方、ずっと感じていた引っ掛かりはその存在感を増していた。
時折物憂げな表情を見せる春香。
単独ライブの話が持ち上がって以降、それが気のせいでないことは明らかだった。

***************************


カタカタとキーボードをたたく音が事務所に響く。
今日、アイドルたちは久しぶりの全日オフ。
対してプロデューサーの俺は溜まった仕事を片付けるため、事務所に缶詰め。
順調な証拠なのだから、嬉しい悲鳴ではある。
ライブに向けた各方面との折衝も一段落、想定していた中では最良の状況と言っていい。

「あとは春香か」

このところまともな休みがなかったので、リフレッシュの為のオフだと説明したのに。
春香は今、自主トレに汗を流している。


――――――
――――
――

「……げ」

残った書類仕事を終え、窓の外に目を向けると空には星が瞬いていた。
夕方までに済ませて春香の顔を見に行く算段がご破算になってしまった。
さすがにもう帰っただろうが、念のため、念のため。

「……おいおい」

レッスンスタジオの窓からは明かりが漏れている。
昼過ぎに自主トレの話をしに来てから、何時間経っているのか。
扉を開けて中に入ると、春香の背中が見えた。
その背中は、何かに追い立てられているかのようだった。

「お疲れ、春香」

「プ、プロデューサーさん!?」

俺が入ってきたことにも気づいていなかったようだ。
心ここにあらず、という表情が浮かんでいた。

「まさかとは思うが、今までぶっ通しでってわけじゃないよな」

「あはは、それはさすがに体力がもちませんよ」

頭に手をやりながら、苦笑気味に返答する。
疲れてるとか、そういうのとはちょっと違うよな、やっぱり。

「ともかく、時間も時間だ。今日はおしまい、な?」

「わかりました、って。え?」

時計を目にした春香の目が点になる。
時間の経過を認識できていなかったかのような反応。

「……プロデューサーさん、終電間に合いません」


***************************


しきりに遠慮する春香を助手席に押し込み、車を走らせる。
千早か雪歩の家に泊まらせる手もあったが、この機会に少し話をしておきたかった。

「なあ春香」

信号待ちの最中、視線を横に向ける。
俯く彼女が顔を上げ、目が合った。
どことなく精彩を欠いている表情だった

「なんですか、プロデューサーさん?」

流れ出す車とともに、視線を前に戻す。

「俺の勘違いなら笑い飛ばしてくれていいんだが。……なんか隠してないか?」

返ってきたのは笑い声ではなく、小さく息をのむ音。
やはり、思い過ごしではなかった。

「気になってたんだ。千早や雪歩の見えないところで、時々辛そうな顔してたろ」

「プロデューサーさん……」

俺はひたすらに前を向き続ける。
春香は多分、顔を見られたくないだろうから。

「俺で良ければ話してくれないか。力になりたいんだ」

車内を張りつめた空気が支配する。

「……バレちゃい、ましたか」

ぽつり、呟きが漏れた。

「時々、考えちゃうんです。なんで私はここにいるんだろう、って」

思いもしなかった言葉。
後頭部を殴られたような衝撃を受けた。

「千早ちゃんみたいに歌が上手なわけじゃない。雪歩みたいにステージでの表現力があるわけじゃない」

天海春香のアイドルとしての資質は、技術的な話とは別のところにある。
しかしそれは、本人には無自覚だったということか。

「私の、私だけの取り柄ってなんだろうって。これだけは、っていうものが見つからないんです」

車をコンビニの駐車場に止める。
前を向いたまま、隣に座る少女の頭をそっと撫でる。

「……!!…うぅ……っ、プロっ、デューサっ、さん」

嗚咽が零れる。
関を切ったようにあふれ出る感情の奔流。
感情を吐き出し切るまで、無言で頭を撫で続けた。


――――――
――――
――

「ほれ、紅茶で良かったか?」

春香が気持ちの整理をつけている間、コンビニで飲み物を買ってきた。
この時期、暖かいのはお茶類かコーヒーくらいしかないのが難点だ。

「ありがとう、ございます」

幾分すっきりした表情をしている。
まだ俯いているのは、赤くなった目を見られたくないからだろう。

「春香さ、ユニットに選んだ理由覚えてるか?」

「……特別歌が上手いわけでも、ダンスがすごいわけでもないって言ってましたね」

うっ。
そっちじゃないんだ、そのあとに言ったほうなんだ。

「もしかして、根に持ってる?」

「そんなことないですって言っちゃうとウソになっちゃいますね。あそこまではっきり言われて、悔しかったのは事実ですし」

「……プロデューサー失格だな」

俺の発言が、春香の悩みの一因になってしまっていた。
アイドルを苦しめるプロデューサーなど存在していいはずがない。

「ちょ、ちょっと。プロデューサーさんに落ち込まれたら、私の立場がないんですけど……」

あー、いい加減この性格何とかしないとなぁ。
いやしかしここで本格的に落ち込んだら、それこそここにいる意味がない。

「うん、ごめん。でも、俺が言いたかったのは春香のそういうところなんだ」

「どういうことでしょう?」

「今自分が辛い状況なのに、誰かが困ってると迷わず手を差し伸べるだろ」

たいていの人間は、自分のことで手一杯になる。
周りを気にかけられるのは余裕のある時くらいのものだ。

「春香がいるだけでみんな安心できるっていうか」

天海春香には、力がある。
お日様のようにみんなを照らし、温めてくれる力が。

「千早が色んな表情を見せるようになったのも、雪歩が自信を持って前を向けているのも。春香の存在が支えになってるからなんだ」

「そんな。それはプロデューサーさんが頑張ってくれてるからじゃ」

「そりゃあ、俺もフォローはするさ。でも、舞台の上でみんなが輝けているのは春香によるところが大きいと思う」

みんなが舞台に立ってしまえば、俺は脇で見守ることしかできない。
その中で見えてくるのが、春香の存在の大きさだった。

「自分も、仲間も、その場にいるすべての人を、まとめて笑顔にしてしまう。それがアイドルだと思うし、それができるのが春香なんだよ」

「みんなを……笑顔に……」

「歌やダンスなんて、後からどうにでもなる。でも、アイドルの資質は教えてどうにかなるもんじゃない」

「私……でも、やっぱりまだ、自信が……」

春香の頭に手を置き、ゆっくりと撫でる。
今度はしっかりと目を合わせて。

「なら、みんなを頼れ。俺もできるだけのことはする。支え合うのが仲間だろ?」

俺は今どんな表情をしているだろう。
春香の不安を溶かすことができる、そんな笑顔ができているだろうか。

「プロデューサーさん……はいっ」

そういって笑顔を見せてくれた春香は、やっぱりアイドルだった。


***************************


「例の新曲、作詞のほうはどうだ?」

「9割方、というところでしょうか」

みんなで作詞をがんばっているのは知っているのだが、なぜかこの件では蚊帳の外に置かれている。
何を企んでいるのやら。

「それでですね、プロデューサーさん。作曲家の先生と直接話したいかなぁ、なんて」

「それは構わんが、これまで通り俺がいないほうがいいのか」

「うぅ、ごめんなさいプロデューサー」

悪気があってのことではないのは重々承知だが、少々寂しい。

「私たちに信頼されてないとか考えてないですよね、プロデューサー?」

「……千早、心を読むのはやめてくれ」

俺は一向に構わんのだが、後ろで春香の目が怪しく輝いてるぞ。

「千早ちゃんって、プロデューサーさんと通じ合ってるんだねー」

「春香?何を……」

途端に騒がしくなる。
今日も3人娘は元気なようだ。
誤魔化されたような気がしないではないが、この楽しそうな姿を見て満足している自分がいる。

「近いうちに時間とってもらえるよう、お願いしてみるよ」

電話片手に席を立つ。
俺の声が届いたのかどうか、背中を向けてプラプラと手を振っておいた。


***************************


単独ライブ当日、舞台袖で最後の確認を行う。

「ようやくここまで来たな」

「お、お客さんがいっぱい。ちょっぴり緊張しますぅ」

「大丈夫よ萩原さん。私たちならやれるわ」

「そうだよ、せっかくのライブなんだから楽しまなくっちゃ」

雪歩も言葉ほどには怖気づいていないようだし、みんないい状態のようだ。
これなら、このライブを成功させることも難しくないだろう。

「初めての単独ライブ、このステージでみんなは何を届けたい?」

これからアイドルとして進む道を問う。

「みんなに笑顔を!!」

とびっきりの笑顔で、春香は答える。

「わ、私はみんなに支えてもらってここまで来れました。だから、ありがとうの気持ちを伝えたいです」

力強い光を目に宿し、雪歩は答える。

「誰かの希望になれるような、そんな歌を歌いたいです」

伸び伸びとた表情で、千早は答える。

「よしっ、行って来い!!」

「「「はいっ!!」」」

背中を押して送り出す。
スポットライトが照らす舞台へ。
赤、青、白のサイリウムの海へ。


――――――
――――
――

「みんなお疲れ」

予定していたのアンコールの曲も歌い終え、今できる最高のパフォーマンスを発揮できたと思う。
けれども、会場に響くアンコールの声は途切れることがなかった。
この先は何も予定していないのだが。
最後にみんなからの挨拶で終わらせるか、などと考えていると。

「プロデューサー、歌いたい曲があります」

そう言って、千早は真っ白なCDを差し出した。
春香、雪歩もまっすぐにこちらを見つめている。

「大丈夫なのか、って聞くだけ野暮だな。MCで時間つなげるか?」

「任せてください、プロデューサーさん」

「頼んだぞ、みんな」

再び彼女たちを送り出すと、音源を手に走り出す。
今は信じよう。

「アンコール、ありがとうございまーすっ」

赤のサイリウムが応える。

「是非、今日みなさんに聞いていただきたい歌があるんですぅ」

白のサイリウムが喜びに打ち震える。

「準備不足で、不格好かもしれませんが、聞いていただけますか?」

青のサイリウムが励ますように揺らめく。

会場に溢れる3色の光が、怒涛のように押し寄せている。
これに応えないわけにはいかない。
急な変更にも、スタッフは快く対応してくれた。

「これは、3人で作詞に挑戦して、今の想いの全部を込めた歌です」

……え?

「応援してくれるファンのみなさん、支えてくれるスタッフのみなさん、励まし、競い合う仲間たちへ」

確かに、後は調整するだけの段階に来ているとは聞いていたが。

「笑顔と、感謝と、希望が届きますように」

スタッフから準備完了のサインが届く。
前奏が流れ出す。
俺は頭が真っ白になっていた。

「「「聞いてください、『君のままで』」」」


http://www.nicovideo.jp/watch/sm17080009

 歌声が響く
 視界が滲む
 
 自惚れてもいいのだろうか
 この歌が自分に向けられたものだと
 
 視界は靄に覆われているのに
 3人の煌めく笑顔が見える
 
 過去の傷跡はそのままに受け入れて
 新しく生まれてくるものがあった

***************************


恥ずかしながら、そのあとのことはよく覚えていない。
聞いた話では、颯爽と現れた社長が撤収作業を取り仕切ってくているらしい。

俺はアイドルたちに楽屋に引っ張り込まれ、我に返った。
今は、彼女たちの慈しむような視線に晒されている。
穴があったら入りたい。

「……雪歩、穴掘ってくれ。埋まるから」

「プロデューサー、だ、大丈夫ですか」

心配された。
それもそうか。

「プロデューサーさん、しっかりしてください」

春香がコップの水を手渡してくれた。
とりあえずこれを飲んで落ち着こう。

「ここがどこで、私たちが誰か、わかりますか?」

なかなか失礼なことを聞かれた。
千早たちのことを忘れるわけがない。
ただ、恥ずかしすぎて身の置き所がないだけだ。
3人揃って嬉しそうに笑っている。
ああ、背中がむず痒い。

「私たちの想い、プロデューサーさんにも届きましたか?」

これ、わかってて聞いてるよな。

「えへへ、プロデューサーにはいつも助けてもらってますから」

俺はできることしかしてないぞ。

「いつかの女性のように、歌えていましたか?」

とっくに超えてるよ。

なんなんだこいつらは。
また俺を泣かせたいのか?
……違うか。
いつも通りに笑う俺でいて欲しいんだよな。

「ああもう」

言葉が出てこない。
感謝と歓喜と困惑と、他にも色々混ざり合って訳が分からない。

「やってくれたな、お前ら最高だ!!」

なぜそうしたのか、さっぱりわからない。
気づくと3人の頭をまとめて抱きかかえ、ぐしゃぐしゃに撫でまわしていた。
後で何を言われるかわかったもんじゃない。
でも、そうせずにはいられなかった。

また、涙が零れた。
でも、それ以上の笑顔が溢れた。


<了>

君のままで聞いてたらアイデア湧いて出たので意外と筆が進んだ
何とか形にできたとは思う
色々詰め込みすぎた感があってその辺は課題
せっかくユニットにしたのにユニット内の絡み少ないし

またなんか思いついたら投下するかも
その時は生暖かい目でお願いします

HTML依頼してきま

Pが春香たちに君達は~の部分から春香と雪歩の台詞ってざわわんから取った?ざわわんの最終巻で春香と雪歩やPが同じこと言ってたような

>>39
お察しの通りざわわんには多大なる影響を受けてます
OFAも混ざってますが

当初予定ではもっと違う展開だったのにキャラが思い通りに動かなかったo...rz

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom