雪乃「あの頃とはもう違うのよ」(9)

卒業式から、早いもので二ヶ月の時が過ぎた。

私は全国的にも有名な国立の大学へ、八幡と結衣は都内の同じ大学に合格、入学し、日々充実した毎日を過ごしていた。

新生活の始まりという時期で、以前のように頻繁には会えないけれど、
毎日欠かさずくれる電話口や、会った時の顔を見ていると、凄く満ち足りた感じが伝わってくる。

今日も結衣と大学の近くにあるカフェでお茶を飲みながら、日常の些細な事ばかり話題にしている。
でも、そんな些細なやり取りも、今の私には嬉しくて楽しいものばかりだった。

そう、今でも私達の関係はとても穏やかでーー

結衣「…で?どう?」

不意に、話題を変えた結衣が私に意地の悪い笑みを向けてきた

雪乃「…どうっ、て?」

嫌な予感しかしない。結衣のこの顔にはいい思い出がない。

結衣「だから~ヒッキーのこと!上手くいってるの?」

…ほら、やっぱり。もう、事ある毎にそんな質問ばっかり。
別に嫌ではないけれど…

雪乃「別に。普通だと思うわ。八幡も教師になるって夢に向かって頑張っているし、私も応援しているし」

結衣「そうじゃなくて。…心配になったりしない?ほら、ヒッキー大学行ってから変わったし」

雪乃「信用しているもの。それに、彼に浮気する度胸なんてあると思う?」

結衣「それは…ないと思うけど。…んー、まぁ、なら言わなくてもいっか」

雪乃「……え?」

何やら不穏な響きのする台詞に、思わず反応してしまう。

なに?なにかあるの?

結衣「あ、ち、違うよ!?そんな不安そうな顔しないで!ゆきのんが想像してるようなもんじゃないから!」

雪乃「っ、別に不安になんて…」

結衣「じ、実はね、私も最近知ったんだけどね?」

雪乃「…」

結衣の慌てたような言い回しに、ドクリと胸が波打つ。

結衣「あのね、うちの大学の女子の間でね、その……ヒッキーの写真が出回ってて…」

雪乃「…………は?」

結衣「な、なんか女子の間で凄い人気らしい…ってか人気で…」

雪乃「どういう事かちゃんと説明して結衣」

結衣の話を聞いて思わず身を乗り出して詰め寄ってしまう。
って、なんでそんな事に…!

結衣「ほ、ほら!ヒッキーってば、ゆきのんと付き合い出してから腐った目じゃなくなったし!容姿も良い方だし!頭良いし!何より優しいし!」

雪乃「………」

結衣「え、えと…それで、なんか知らない間に携帯の写メやカメラで撮られてて、それが出回ってるみたい。…私も一度見せてもらったから間違いないし…」

雪乃「………」

ふつ、ふつ、と…
これ、私は怒っていいのかしら?

唖然としながら聞いている私の背後を、数人の女性が昼食を終えて過ぎていった。

その、会話が…

「これどうしたの?すっごいアップじゃん!!」

「えへへ、昨日勇気だして目の前に飛び出してみたんだ~」

「え、うそ、すご~い!!あはっ、比企谷君びっくりした顔~。可愛い!」

「ね、ね、私にも送ってよぉ」

「ダメだよー私のお宝写真だもん!」

「え~、ずる~い」








結衣「……あの、ゆき、のん?」

雪乃「…………」

……………


八幡「お、雪乃!こっちだこっち」

雪乃「…………」

久しぶりに彼と一日中一緒にいられる休日。
あなたは何も後ろめたい事なんか無いのでしょうね。
キラキラと、本当、初めて出会った頃には考えられないほどの笑顔で私に手を振って。

八幡「なんか久々だな、こうやって朝から……雪乃?」

雪乃「…………」

一方で、私はムスッと不機嫌顔。まるで初めて出会った頃のように。

八幡「ん、と…あの、雪ノ下、さん?なんでそんなにご機嫌斜め?」

あなたは私に呆れるかしら?

雪乃「…………」

あなたが悪い訳じゃないのに、あなたへ向けられる好意に嫉妬する私に…

八幡「な、なあ、雪乃?ほんと、どうした?俺、何かしーーむぐっ!?」

何にも気づいていないあなたが、どうしようもなく憎たらしい。

イライラする。もやもやする。

だから、私はなにも言わずに…

なにも説明せずに、話さずに…

有無も言わせず、強引にあなたに口づけをした。

驚いた顔。…ざまぁみなさい。

戸惑った瞳…いい気味よ。

それでも私を抱きしめてくれる腕。…それだけじゃ許してあげないんだから。



私を見つめてくれる、愛しげに細められた暖かな眼差し。
……大好きよ。




雪乃「あの頃とは、もう違うのよ」

こうやって堂々と嫉妬できるのは、私があなたの特別でいられるから。
この気持ち、唇から伝わってあなたに届けばいい

短いですが終わりです。ありがとうございました。

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