「――っあ、っ! 奏……かな、で……っ!」
満月よりも白い周子の喉笛へ、何の遠慮も無しに牙を突き立てる。
薄い皮の破れる感触と、流れ出る温かな感触と。
滑らかに肌を伝う、たった一すじの流れに。
私は溺れそうになっていた。
「ふっ……んぅっ」
赤ワインは飲まない。
トマトジュースは嫌い。
ブラッディマリーなんてだいっきらい。
ただこの静脈からの流れだけが、私のどうしようもない渇きを潤してくれる。
「っ、はぁ…………どう、だった? 奏……」
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1433507653
磨き上げた黒曜石に似た瞳が、目の前で炎のように揺れる。
吸血鬼の眼は魅了の瞳。
なら、私を捉えて。
捕えて離さないこのコの瞳は、一体何なのかしらね?
「――ええ、とっても美味しかったわ。御馳走さま、周子」
口の端に残った雫を舐め取って、私はいつものように魔法を掛けた。
夜明けのヴァンパイアこと速水奏と、真夜中の妖狐こと塩見周子のSSです
前作とか
神崎蘭子「白馬に乗ったお姫様」 ( 神崎蘭子「白馬に乗ったお姫様」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1430319387/) )
速水奏「凶暴な純愛」 ( 速水奏「凶暴な純愛」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1411827544/) )
速水奏「雨に躍れば」 ( 速水奏「雨に躍れば」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1427535253/) )
いずれも今作と関連はありません
百合及び流血描写を含みます
ハッピーエンドではないかもしれません
そりゃーもちろん過去作も読んでもらいたいからだぜ
せっかく書いたんだし勿体無いじゃない?
良かったら他の話も読んでみてねー
― = ― ≡ ― = ―
「――あー。そういやニンニク嫌いって言ってたっけ」
「まぁそれは単なる私の嗜好だけど」
私、本当は吸血鬼なの。
馬鹿みたいな私の言葉に、周子はいつもの涼しい顔で応えた。
「そのチョーカーの飾り、銀じゃなかった?」
「武器として振るわれなければ平気」
「胸に杭打ち込まれると死ぬんだっけ」
「死なない人が居たら是非見てみたいわね」
「良い天気だね」
「ええ、本当に」
「吸血鬼日和?」
「日光が苦手と言うより夜が好きなのよ、私の場合」
穏やかな風の吹く気持ちの良い昼下がり。
オープンカフェは賑わいに満ちて、絶好の雑談日和だった。
「吸血鬼さんかー。やっぱトマトジュースとか好きなん?」
「むしろ嫌いね。血もそんなに好物じゃないし」
「それ吸血鬼としてどうなの」
「昔からよく言われるわ」
血なんて数えられる位しか啜った記憶が無い。
ただ、落ち零れめ、と事あるごとに蔑まれたのはよく覚えている。
口癖のようにそう呟いていた両親の顔は、もう記憶の海に埋もれて思い出せないけれど。
「ミルクの方がずっと美味しいじゃない」
「奏のイメージ的にはブラックコーヒーとか飲みそうだよね」
「そっちの分はPさんに任せてるの。二人合わせればカフェオレで丁度良いでしょう?」
「後はブランデーとか……っていうか奏、そしたら年上?」
「最近は数えてないけど、だいたい貴女の十倍ちょっとかな」
物心が付いた時、私は今で言う中東に居た。
中東、欧州、新大陸。
血の匂いのする国を、両親に連れられて転々として。
争いに嫌気が差してこの国にやって来たのも、もう十数年前になる。
「日本は平和で良いわ。吸血鬼狩りも居ないし」
「え、マジでそんな奴ら居んの」
「ええ。銀の弾丸で撃たれた時は焦ったわ」
襲われて、騙して、殺して、狙って、逃げて。
そんなのはやりたい奴等同士で勝手にやっていてほしい。
「そっか、奏がねー……あ、すみませーん。本日のケーキくださいな」
店員さんを呼んで周子が注文を頼む。
……あら、ザクロのケーキとは珍しいわね。私も頼もうかな。
「吸う?」
「え?」
「血」
タートルネックの首元をぐいと捲って、周子が私へ首筋を見せ付ける。
レアチーズケーキみたい。
場違いにそんな感想を抱いた。
「いや、別に大丈夫だけれど」
「遠慮せんでええよ。献血で慣れとるし」
「一緒にされても……大体、吸わなくても死にはしないし」
「わけわかんないね吸血鬼って」
「私もそう思うわ」
実際、私は私自身の事をよく知らない。
何時、何処でどう生まれたのか。
何故魔法が使えるのか。
一体、何の為に生きているのか。
興味も無いし、別に構わないけどね。
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